悠久を奏でる地にて・・・
第四話『アキトの初仕事は?』
アキトがジョートショップに就職した翌日・・・・・
「・・・・・・・・・暇だなぁ」
「そうっスねぇ〜〜・・・・・・」
アキトはいきなり暇を持て余していた・・・・・
元々、ジョートショップにはそれほど頻繁に依頼が来るというわけではない。
目の不自由なアリサさんが営んでいるので、それとなく難しいものは回ってこないのだ。
別にそれは意地悪やそう言うのではなく、アリサさんをおもんばかってのことなのだ・・・・・が!
ここ最近はそれに輪をかけたように少なくなった。
理由は至極簡単。無料で仕事を請け負う公安維持局(通称『公安』)という国家組織ができたからだ。
やはり、お金が掛かるよりは無料の方が良いと考えるのは何処の世界でも同じものだ。
従って、自然とジョートショップに来る依頼は少なくなるわけである。
それでも依頼が来るのは、アリサさんの人望と信頼、
そして公安の手際の悪さと、国家公務員を笠に着たエリート意識から来る態度の大きさからくる反感から
二度とは頼まないと言う人もそれなりにいるからではあった。
(仕事がなかったら、俺ってただのひもにしか見えない・・・・いや、今現在はその通りだな。
なんとしても仕事をして食事代くらいは稼がないと・・・・・・)
「最近はお仕事が途切れがちだったから・・・・でもきっと大丈夫よ。そのうちお仕事がくるわ。
だから、アキト君もそんなに焦らないで・・・・・ゆっくりと待てば良いわ」
アリサはアキトの心情を雰囲気から察して優しい言葉をかける。
といっても、あくまで焦っていることを察しただけで、ひも云々はわかってはいないのだが・・・・・
「そうですね。こういったことは焦っても仕方ありませんし」
「そうよ。だからお仕事がくるまでの休憩ぐらいに考えていると良いわ」
「ええ、そうですね・・・・・・・?シーラちゃんが来たみたいですね」
アキトは店の扉の方に視線を向ける。
アリサとテディもアキトにつられて扉の方に顔を向ける。
それと同時に店の扉が開き、そこからシーラがおずおずと入ってくる。
「こ、こんにちは。アリサおばさまにテンカワさん。それにテディ君も」
「こんにちは、シーラちゃん」
「こんにちわっス!」
「こんにちは、シーラちゃん。何か用があってきたのかい?」
「え、ええ。ちょ、ちょっと依頼したいことがあって」
シーラはアキトを見るとちょっと焦ったような素振りを見せる。
元々、シーラは男性に対して免疫が無く、今までの人生で一番近い男性といったら父親ぐらいなものだった。
その上シーラ自身、アキトに対して今まで感じたことのない感情を持っており、
それがなにかわからず、余計に混乱して焦ってしまっていた。
アリサはシーラの心情をくみ取り、落ち着かせるように優しく声をかける。
「何かあったの?」
「は、はい。今、家で大掃除をしていたんですけど・・・・
その際に部屋のレイアウトも変えようということになったので・・・」
「重い家具を運ぶのに男手がほしい・・・・ということかしら?」
「はい。今日からテンカワさんが働いているとパティちゃんから聞いたもので・・・」
「わかったわ、アキト君。早速お願いできるかな」
「ええ、もちろんですよ」
「ど、どうもすみません」
「別に謝らなくても良いよ、シーラちゃん」
「それで、料金の方ですけど・・・・・」
「そんな事は気にしないで。シーラちゃんには色々とお世話になってるのだし」
「そう言うわけには・・・」
「アキト君もそれで良いわよね」
「ええ、俺もこれからお世話になることがあるかもしれないし。だから気にしないで、シーラちゃん」
アキトの頭の中は、既にこの時点で、
先程まで悩んでいた『ひも』云々については綺麗さっぱり忘れ去られている。
これがアキトの美点ともいえるし、欠点ともいえるのだが・・・・・・
「あ、ありがとうございます」
「うん、それじゃあ・・・すぐにでも行こうか?」
「は、はい。お願いします」
「じゃあアリサさん、シーラちゃんの家に行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
「頑張ってくるっスよ〜〜〜」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アキトはシーラに案内されて、シェフィールド家にたどり着いた。
シーラは最初のうち、男性と二人きりで歩くという行為に気恥ずかしさをおぼえ無言だったが、
アキトの温かい雰囲気に触れたせいか、少しずつうちとけてきたようだった。
いつの間にか、アキトのことも『テンカワさん』から『アキト君』と呼ぶようになっていた。
「結構大きい家だね」
「ええ、でもその分お掃除とかも大変って、ジュディがいつも言ってて・・・
あ、ジュディっていうのはうちで働いてもらっているメイドの名前なんです。私の一番の友達です」
「随分と仲がいいようだね、シーラちゃんとても嬉しそうだし。
それにしても・・・確かにこれだけ大きかったら掃除とかの手間が大変だろうね」
実際、アキトが目にしたのは家と言うよりも、屋敷という方がピッタリと言うほどの豪邸。
作りは西洋建築風で、以前、アキトがいた西欧方面でもなかなか見かけられないほどの大きさだった。
「じゃあ、ジュディが待ちくたびれてるといけないから、早くいきましょう。アキト君」
「そうだね」
アキトとシーラはそういって門をくぐった。
門から入り口まで少々離れている為、歩かなくてはならない。
アキトは歩きながら、丁寧に整備されている庭等を見ていた。
(いい感じの庭だな。趣味も良い・・・その分、維持費とかがかかりそうだけど・・・・ん?)
アキトは遠く・・・というか、庭の端の方から猛然とダッシュしてくる何かに気が付いた。
感じる『氣』自体は小さいものの、闘氣と言ったものは溢れ出さんばかりに放っている。
家の影の方からの接近で、アキト達からは死角になってはいるものの、
この勢いでは姿が見えるまでそう大した時間はかかりそうにもない。
あきらかに(とある数名を除く)人間の走るスピードをはるかに越えている。
「シーラちゃん。ちょっと良いかな?」
「え?どうかしたの?アキト君」
「何か動物でも飼っているのかなぁって思ってね」
アキトが屋敷の角の方をじっと見ているのにつられてシーラもそちらの方を見た。
丁度その時、激しい砂埃と共に現れた、角をドリフトしながら曲がっている何かが視界に入った。
「犬・・・・かな?たぶん大型犬の・・・子供と大人の中間といったところかな?」
遠目に見えたその姿から、アキトは大体の予想をつけた。
犬が曲がり角でドリフトすることは意図的に無視している。
非日常的な事とは親友のアキトにとっては対して気にすることではないのだろう。
「あっ!忘れてた!!」
「この家の番犬か何かかな?けっこう勇ましそうだけど」
「そんな事より!アキト君、早く逃げて!」
「はい?」
そうこうしている間にもその犬?はもの凄いスピードでアキトに迫っている!
このスピードならへたな噛みつきよりも体当たりの方がはるかに威力が勝っているだろう。
「ガウッ!!」
「おっと!」
アキトは身体を少し横に避けることで、跳びかかってきた犬をかわした。
そして、そのまま犬の首根っこを掴もうと手を伸ばし・・・・
「ダメ!!ハーリー君!!」
「え??」
「キャイン!!」
「あ、ごめん」
シーラの声に・・・というか、知り合いの名前に驚き、
アキトは犬の首根っこを掴むつもりだったのが、つい手加減を忘れて叩き落としてしまった。
といっても、さほど力を入れているわけでは無かったので、怪我らしい怪我もなくすぐに立ち上がったのだが・・・
「グルルル・・・・・」
敵意丸出しの視線でアキトを睨むハーリー犬(仮)
アキトもその様子を見て軽く嘆息した。
(これは完全に嫌われたかな・・・・)
ハーリー犬が、再びアキトに跳びかかろうと、身を低くしてかまえる。
いざ跳びかかろうとしたときに、シーラがアキトの前に割って入った。
「ハーリー君。この人は侵入者じゃないの。私のお友達だから大丈夫よ」
「グルルル・・・・・・・・・・・・・・ワン!!」
納得がいかなかったのか、しばらくの間アキトを睨み続けていたのだが、
主であるシーラの命に従って渋々と庭の方に向かって歩いていった。
アキトはその様子を端で黙って眺めていた。
どことなく、哀愁が漂わせながら・・・・
「あの〜・・・シーラちゃん。ちょっと聞いても良いかな?」
「何?アキト君」
「あの犬のことなんだけど・・・ハーリーって名前なのかな?」
「うん。調教していた人が名前を付けたんだって。
それをお父さんが番犬代わりにって譲り受けて・・・それがどうかしたの?」
「いや、ちょっとね・・・知り合いの愛称と同じだったからちょっとビックリしてね」
「へ〜、そうなんだ。偶然ってあるのね」
「ははは・・・そうだね」
異世界では番犬の名前になっているハーリーを思い出して少しばかり哀れむアキト。
調教師の名前も聞きたいと思ったようだが、聞かない方が良いという判断で聞かなかった。
(知りたい人へ・・・調教師の名前は皆さまの予想通り、ラピスと申します。)
ちなみに、このハーリー君。番犬としてはかなり優秀な方で、数々の侵入者を撃退している。
この家に来てから一年あまり、不埒なことを考えて進入した男どもを返り討ちにしたという戦歴を持っている。
特に、あの驚異的なダッシュからなる体当たり攻撃には大の大人も昏倒者が続出したらしい。
妙なところで似ているといえば似ているのであろうか・・・・
そんな事がありつつも、アキトはシーラ宅に入ることとなった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「うん、ただいまジュディ。こちらがアキト君よ」
「それはそれは!はじめまして、ジュディと申します。
テンカワさんの事はお嬢様から色々と聞いておりますわ」
「はははっ、どうも初めまして。テンカワ・アキトです。
それで俺は一体どういった物を運んだらいいのかな?」
「早速ですみません。こちらに来てください」
そしてアキトが案内された場所はシーラの部屋だった。
そこは清潔感のある部屋で、棚に置かれてある様々な人形が女の子らしさというアクセントを加えていた。
ちなみに、アキトはシーラの父親を除き、初めて部屋に招き入れられた男性だった。
「とりあえず、このタンスをあちらの壁際に移動させまして、
これから暑くなるために、日陰になるこの場に、ベッドを移動させようと考えているのです」
ジュディは、軽く言ってはいるが、タンスもベッドも高級な趣がある一品で、結構重そうに感じる。
とてもではないが、女性二人だけでは移動はおろか、持ち上がるのかすら怪しい。
「ねえジュディ?タンスの中身はどうしたの?出しておいてっていったはずだけど・・・・・」
「申し訳ありません、時間が無くてまだ・・・」
「そうなの・・・しかたないわ、他の部屋の整理を優先してもらっていたから・・・・」
シーラもジュディも、まさかこんなに早くアキトが手伝いに来てくれるとは思っていなかったのだ。
急な仕事を頼むのだから、早くても夕方近く・・・と、考えていたのだが、
アキトが暇だったという、予想外の結果によって段取りが少々狂ってしまったのだ。
アキトは、そのタンスを少々眺め、大体の見当で重さを割り出す。
「この中身は何が入ってるの?」
「主に衣服なんだけど・・・ドレスとかは別室のクローゼットルームにまとめてあるから」
「ん〜〜・・・・・ここの引き出しを開けてもいいかな?」
「え?ええ、そこはかまわないけど・・・・」
「じゃあ、ちょっと失礼して・・・」
アキトは手頃な高さの引き出しを開ける。
その中には、今シーラが着ているような普段着がきちんと整頓されて入っていた。
アキトはそれを別に気にした様子は見せず、空けた場所を引っ掛かりにしてタンスを持ち上げる。
シーラ達は、まさか一人で持ち上げるとは思わず、驚きのあまり目を丸くしていた。
さらに、アキトは無理をしているのではないかと顔をうかがったところ、
さして苦もしていない様子だったのでさらに驚きを重ねた。
「ここでいいのかな?」
「も、もうちょっと奥に詰めてくれればそれで結構です・・・・」
「よっ・・・・・・っと。はい完了。中身がずれていたりすると思うから後で直しておいてね」
「うん・・・・でもアキト君、辛くなかった?あんまり無茶しないでね」
「大丈夫。こういうことだけは人並み以上だからね」
シーラの半分驚き、半分心配の声に、アキトは大丈夫だということを裏付けるように笑って返事した。
シーラも、アキトの笑顔を見て納得したのか、微笑み返した。頬は少し赤かったようだが・・・・
「テンカワさんってかなり力持ちなんですね・・・・そうは見えないのに・・・・」
「よく言われるよ。でもちょっとしたコツがあってね。それと俺のことはアキトでいいよ」
「はい。アキトさん」
ちなみに、アキトの言っていたコツとはタンスの重心バランスの調整と、氣による力の向上だったりする。
どっちにしても、コツですまされるレベルのものではない。
「次はこのベッドを動かせばいいのかな?」
「はい、それを先程言ったあの場所に・・・・・」
―――――あの後、シーラの部屋の他にも、居間や客室の家具も移動することとなった。
・・・が、当初に予想していた以上に時間がかかることはなかった。
それもひとえにシーラ達の頑張りと、アキトの予想外なまでの力のおかげだった。
仕事が終了した途端、アキトはジョートショップに戻ろうとしたが、
ジュディやシーラに引き止められ、仕事後の一服としてお手製のクッキーとお茶をご馳走になった。
そしてアキトが帰るときには、既に辺りは夕日のために赤い色に染まっていた。
「それじゃあ、お茶とクッキーをごちそうさま」
「そんな・・・アキト君はいっぱい働いてくれたのに・・・私の方こそ大したおもてなしもできなくて御免なさい」
「アキトさん、これ・・・少ないかもしれませんがお受け取りになってください」
ジュディは手に持っていた袋をアキトに渡そうとする。
アキトは、一目でそれがなにかを悟り、やんわりと断る。
「これはシーラちゃんにも言ったけどね、この仕事は挨拶代わりなんだ。だから気にしなくてもいいから」
「しかし、あそこまでやってもらっておいて無料というわけには・・・・・・」
「アキト君、やっぱり受け取って。お礼程度にしか入っていないけど・・・・」
「う〜ん・・・・まいったな・・・・」
二人の頑とした言葉に迷うアキト・・・・
といっても、もらうかどうかではなくどうやって断ろうかと悩んでいるところがアキトらしい・・・・
「じゃあこうしようか。この仕事の料金はさっきご馳走してもらったお茶で・・・・」
「しかしそれでは!」
「足りない分は、俺と友達になってくれたお礼にということで・・・・ね」
それでもまだ納得しなかったシーラとジュディだが、アキトの笑顔に勢いを消されてしまう。
「・・・・・・・はぁ、わかりました。でも今度何かを頼むときはきちんと貰ってもらいますから」
「うん、わかった。じゃあ俺はこれで」
「アキト君、今日は本当にありがとう」
アキトは歩くのをやめ、振り返ってシーラに手を振る。
シーラもやや嬉しそうに手を振って返した。
しばらくすると、アキトは正門を抜けその姿は見えなくなった。
二人は最後まで玄関に立ったままアキトを見送った。
アキトが見えなくなっても少しの間沈黙したまま立っていた二人。
その沈黙を破ったのはジュディだった。
「お嬢様。アキトさんのことを好きになったのですか?」
「え!?す、す、好きって!?・・・・・・えーー!?!」
つき合いの長いジュディですら見たことがないぐらい動揺するシーラ。
顔は夕日の所為だとは思えないほど真っ赤になっている。
「あ、そ、そ、そんな。え・・・・えーーー!!」
「お嬢様、落ちついてください」
ジュディは慌てだしたシーラの肩を掴み、現実へと連れ戻す。
すぐさま落ちついた様子を見せるが、顔は赤くなったままだ。
「で?どうなんですか?」
「どうって・・・・わからないわ・・・・でも、アキト君の笑顔を見ると、心が暖かくなるの。
側にいるだけで心臓がドキドキいって苦しいけど・・・・それでもなんだか気持ちが落ちつくし・・・・
私っておかしいのかなぁ・・・・・」
シーラは自分の気持ちを理解できず、持て余しているようにジュディには見えた。
「(男の方に奥手なお嬢様がここまで・・・・・まあ、気持ちは分からなくはありませんけど・・・・)
お嬢様、急ぐことなく、ゆっくりとその気持ちを確かめたらいいと思います。
ご自分を偽ることなく、少しずつ、少しずつ・・・・・・・」
ジュディは、まるで娘にでもむけているかのような、母性溢れる柔らかい表情でシーラにそっと助言した。
その優しそうな顔を見たシーラも、柔らかく微笑んで返事をした。
「うん・・・・・ありがとう、ジュディ」
「どういたしまして。
さあ、お嬢様!遅くなりましたが、御夕飯の用意に取りかかりますので、しばらくお待ちくださいませ」
「そうね、今日はいっぱい動いたからお腹空いたわね。私も手伝うわ」
「ありがとうございます」
二人の少女は笑顔のまま、屋敷の中へと戻っていった。
こうして、アキトの初仕事が終わった。
色々と問題はあったかもしれないが・・・・結果は大成功といっても差し支えはないだろう。
そのアキトの仕事ぶりをシーラの口より仲間(特に噂好きのトリーシャ)に伝わり、
そしてエンフィールド中に伝わるまで、一日もかかることはなかった。
その噂により、少しずつ依頼が増えるジョートショップ・・・まさに順風満帆といってもいい出だしだった。
しかし、アキトがこの世界に来て半月・・・・・運命の歯車は早くも動き始める。
それは、アキトを中心とした物語の始まりの合図だったのかもしれない。
―――――あとがき―――――
どうも、ケインです。久方ぶりに、悠久をお届けします。
『赤き力・・・・』の方を楽しみにしている人(いると思います)安心してください。ちゃんと来週にお届けします。
今回の話、短いですが・・・・大体、悠久の一話というのはこういったものです。ご理解してください。
次回は、アキトが自警団に掴まるという話です。つまり、やっと本編開始と言うことです。
できれば月一投稿にしたいな〜と思っています。感想をくれれば、それだけ早くなります。
最後に・・・watanukiさん、カインさん、ほたてさん、K・Oさん。ご感想、ありがとうございます!
では、一週間後の赤き力の方で会いましょう。
代理人の感想
プライドさえ捨てればヒモほど気楽な稼業はありませんが、アキト君のお気には召さないみたいで(爆笑)。
に、しても・・・
ハーリー犬というのが原作にもいるのかそれともオリジナルなのか一寸興味があったり(笑)。