悠久を奏でる地にて・・・
第9話『乙女の実力?』
―――――四月二十一日―――――
四月に入って三度目の休日。
アキトは、特にやることも無いため、ジョートショップの店内にあった椅子に座り、
この世界を少しでも学ぼうと、旧王立図書館で借りた本を読んでいた。
そんな折、アキトの元を、クレア、シーラ、アレフとパティといった面々が尋ねてきた。
「失礼します。アキト様」
「こんにちは。アキト君」
「おっす」
「みんないらっしゃい。今日はどうしたの?」
「今日はあんたに約束を果たしてもらおうと思ってね」
「約束?」
パティの言葉に首を捻るアキト。
パティ達と交わした約束というやつが思い浮かばないのだ。
「完全に忘れてるわね・・・・武術の稽古をつけてくれるって言ったでしょうが」
「そういえば・・・今月の始めにそんな約束をしてたね」
「せっかくの休日ですので、是非とも稽古をつけてもらおうと詣ったのですが・・・だめでしょうか?」
「アキト君に用事があるのなら、無理にとはいわないけど・・・」
「いや、構わないよ。今だって、本を読んでいただけだからね。
わかったよ。じゃぁ・・・とりあえず、武器屋にでも行こうか?」
「マーシャルの所に行ってどうするつもりなんだ?」
「ちゃんと武器を持っているクレアちゃんは良いとして・・・
アレフとパティちゃんは素手で戦うつもりなのかな?」
アレフとパティは、アキトに言われてクレアの方に目を移した。
クレアは、手に持っている包みを二人に見えるように差し出す。
それは、折り畳みができるように特別に拵えた、携帯用の長刀だった。
本来の長刀より、刃も薄く、強度も低いが、携帯できるという点でかなり便利なため、
クレアが学生時代からずっと愛用している一品だった。
「そうだな・・・なんの武器も持たずに戦うのはちょっとな・・・」
「そうは言っても・・・武器って、どんなのを使えばいいかさっぱりだし・・・・」
「それは実際に見てから決めると良いさ。ここで議論しても仕方が無いしね」
「それもそうね。じゃ、行きましょうか」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いらっしゃいアル〜」
アキト達がマーシャル武器店に入った途端、妙ななまりで話しかける貧弱そうな男が出迎えた。
この武器店の店主、マーシャルだ。
「おお!アキトさん達、よく来たアルな!エルさんに用事アルか?」
「いいえ、今日はパティちゃんとアレフの武器を探しに来ました」
「武器アルか?二人とも、なんで武器がほしいアルか?」
「私達がジョートショップの手伝いをしているってのは知ってるでしょ?」
「エルさんから大体聞いたアル。おかげで倉庫の中身が半分になったアル」
初日に、エルが引き受けた倉庫整理の依頼のことだろう。
粗大ゴミの日に、大量に出された鉄クズを、マーシャルが泣きながら見ていたという噂を聞いたアキトは、
少しだけ哀れに思ったらしく、次からはアキト自身が依頼を受けるようになったそうだ。
「あの時はすまなかった。まさかあんなことになるとは・・・・」
「もう構わないアル。秘蔵品は確保していたアルし・・・・で?ほしい武器はどんなものアルか?」
「そうねぇ・・・私としては・・・・比較的扱いやすいものがいいかな?」
「俺は・・・やっぱり剣かな?槍とかは扱いづらそうだし」
「アレフさんはわかったアルが・・・パティさんは具体的に決めないと商品出せないアルよ?」
マーシャルにいわれて、パティはどんなものがいいか?と、悩みながら、店内を見回す。
一瞬、並べてあったどでかいトゲつき棍棒に目がいったが・・・・結局は無視する。
「ん〜、何かいいものは、っと・・・・・・これなんかいいんじゃない?」
そう言って、パティが手に取ったのは長さが二メートル近い細い棒。
世間一般では、『棍』と呼ばれているものだ。
これならば、比較的素人でも、すぐにある程度の強さを得る事ができる。
「わかったアル。ちょっと待つヨロシ」
「え?これじゃいけないの?」
「それは展示品ある。二人にはもっといい武器を持ってくるアル」
マーシャルは二人の希望した武器を探しに、店の奥に姿を消した。
しばらくして、なぜか大量に武器を持ったマーシャルとエルが出てきた。
「お待たせしたアル。こっちがパティさんので、こっちがアレフさんのある」
「まったく・・・武器磨きしてるといきなり呼び出すから何かと思えば・・・・こういう訳だったのかい」
「すまなかったね、エルさん」
「なに、気にするな。これも仕事のうちだからね」
「ありがとう」
アキトとエルが話をしている間にも、パティとアレフは自分に合った武器を探し出そうとしていた。
クレアとシーラも、物珍しそうに武器の数々を傍から眺めていた。
「パティさん。これなんかどうアル?」
そういってマーシャルが出したのは、赤い色をした棒。両端に、青い水晶球みたいな物がついている。
「これは、岩から生まれた妖怪が持っていたという、不思議な棒ある。
持ち手の意志に従って、伸びたり縮んだりするという摩訶不思議な・・・・」
「却下。そんな胡散臭そうなもの使いたくないわよ」
「そうあるか・・・・ではこれはどうアル?
東方の、とある武器商人を護衛していた四つ子の一人が持っていたという棍棒アル。
こうやって、ちょっと手を加えれば、五節根にもなるという便利な品物ある。ただ、壊れやすいのが難点アルな」
「あのねぇ・・・・・・もうちょっとまともなやつはないの?」
「それなら・・・・これなんかはどうアル?桃色の髪をした少女が持っていたという・・・・」
「なんなのよそれ・・・というか、それって棒じゃなくて槍じゃない!」
「だめアルか・・・・ならばこれ、魂を削って力を得るという不思議な武器!
難点なのは、魂がなくなってしまえば、妖怪になってしまうことアルな・・・・」
「それも槍!あたしがほしいのは、こういった棒みたいなものなの!」
パティは、端に置いてあった、長さが七十センチ少々の棒を突き付ける。
「ん?これってなんなの?硬いのに結構軽いわね・・・・」
「それはつまらないものアルよ?」
「面白ければいいってものじゃないでしょ!それで、これってなんなの?」
「振ってみればわかるアル」
「ふ〜ん・・・・こう?」
シャキン!!
パティが棒を振ると、軽い金属音と共に、両端からさらに棒が突き出る。
長さは二メートル近く伸びた。立派な<棍>の出来上がりである。
「これいいじゃない。これ買うわ!いくらなの?」
「別に無料でいいアル。この前、伝説の剣を買ったおまけで付いてきたアル」
「そうなの?ま、いっか・・・・材質はなんなの?鋼鉄みたいに見えるけど・・・そのわりには軽すぎるし・・・・」
「不明ある。えらく頑丈アルけど・・・・」
「不明ね・・・・頑丈ならいいか・・・」
パティは、持ち前の主婦根性を出し、材質不明よりも、安い買い物をしたことに納得した。
それを横目で見ていたアレフは、自分もいい剣を探し出そうと躍起になる。
「なぁ、マーシャル。何かいい剣はないのかよ」
「いい剣ってね・・・アレフ、練習用なんだからそういいものは使わなくてもいいだろうに・・・」
「もちろん、練習用は練習用で買うさ。これは普段使うやつだよ」
「普段ね・・・・こんなのがまだましじゃないの?」
そういってエルが差し出したのは、なんの変哲もないただの鋼鉄製の剣。
飾り気もなければ、特徴もない。大量生産されたものの一つと一目でわかる。
「もうちょっとなぁ・・・面白みがあるというか、格好いいのはないかよ」
「マーシャルみたいなこと言ってんじゃないよ」
「アレフさん、話がわかるアルな。ならこれはどうアルか?」
呆れた顔をしていたエルを押しのけ、マーシャルが一本の刀を差し出す。
「こいつは・・・刀ってやつか?」
「そうアル。この刀は、とある王家に災いをもたらした刀の一つで・・・・」
「んな物騒なものを人にすすめるな!もうちょっとましなのはないのかよ・・・・」
「それならこれはどうアル?彼の<剣聖>と敬われた人物が昔使っていた剣アル」
「剣聖・・・・って、要するにリカルドのおっさんのお古ってことじゃないかよ」
「ここじゃぁ、彼の<剣聖>もただのご近所さんだからね、ありがたみもないな・・・・」
エルが苦笑しながら、マーシャルに突っ込みを入れる。
トリーシャ辺りがここにいれば、そんな粗大ゴミがなんで売れるの?と首を捻っていただろう。
「う〜ん・・・ならばこれはどうアルか?とある王が湖の精に授けられたという剣・・・・・」
「お!?なんだか良さそうだな・・・かなり胡散臭いけど」
「胡散臭いは余計アル。それに最後まで話を聞くアル。湖の精に授けられた剣・・・の前に使っていた剣アル。
なんでも、岩に刺さっていて、抜けた者が次代の王だと言われていたアル」
「なんだかグレードが下がったような、上がったような・・・まぁいいや、ちょっと見せてくれないか?」
「はいアル」
「ふ〜ん、どれどれって、折れてるじゃねぇか!」
「そういう伝説アル」
「意味がねぇじゃねぇかよ・・・・」
アレフは呆れたような表情を浮かべ、やがて諦めたような顔になる。
「もういいや、変な欲を出したらキリがない。エル、最初に出した剣をくれ」
「だから最初に言っただろ?これにしとけって」
「悪かったな。代金は・・・・月末に給金が入ったら払うよ」
「毎度ありアル〜」
アレフが剣を買ったのを確認すると、アキト達は武器屋を出て、ローズレイクの畔に移動した。
シーラ達の進言で、ここなら人が滅多にこないし、大きな音を出しても迷惑にならないと言われたからだ。
「さて・・・先に言っておくことがあるんだけど・・・」
アキトは、自分の前に並んでいる六人に向かって話しかける。
右から、クレア、シーラ、エル、パティ、アレフにメロディといった順番だ。
エルはあの後、ついでに自分も行くと言いだし、アキト達についてきた。
メロディに至っては、ここで昼寝していただけ。面白そうだからと言って、一緒に並んでいる。
「俺が教えるといっても、基本しか教えられない。というか、基本しか知らない。
俺が得意なのは剣と無手だからね。それから先は、自分の努力次第だとおぼえておいてほしい」
アキトの言葉に、皆はわかったと言わんばかりに頷く。
「それじゃぁ、アレフとパティちゃんは、今日一日で徹底的に基本を覚えてもらう。
実戦で鍛えるのは、基本を完全に覚えてからだ。エルさんは・・・基礎は知っているみたいだね」
「護身術をちょっとね。でも、そんなに大したもんじゃないよ」
「どれ程なのか、後で組み手でもしようか。二人に基礎を教えるまで待ってて」
「わかった。その間にでも、体をほぐしておくさ」
「クレアちゃん。悪いんだけど、パティちゃんに基礎を教えてくれないかな?」
「私がですか?確かに、棒術の基礎ぐらいは知っておりますが・・・」
「頼むよ。俺はその間に、アレフに基礎を教えるから」
「わかりましたわ。さ、パティ様。こちらでご指導をさせていただきますわ」
「よろしくお願いね、クレア」
クレアとパティは、共に少し離れた場所で、訓練を始める。
「さて・・・シーラちゃんなんだけど・・・教えることなんてあるのかな?」
「おいおい、シーラが一体どうしたっていうんだよ」
怪訝な顔をしながら、アキトを見るアレフ。エルの方も、同じ様な顔をしていた。
お嬢様育ちのシ−ラに対して、武術を教える必要がない、というアキトの発言の意味が分からなかったのだ。
そんな二人の様子を見て、アキトはある考えに達した。
「もしかして・・・・シーラちゃん。みんなは知らないとか?」
「え、ええ。進んで教えることじゃないし・・・それに、なんだか恥ずかしいし・・・・」
「そんなものかな?」
アキトの身の回りには、強い女性が多かったため、シーラの恥ずかしがるという感覚がわかりづらいのだ。
アキトの考える強さというのは、もつ力を完全に制御できる意志をもって、初めて強いと考えている。
鞘のない抜き身の刀が危険なように、制御できない力は、凶器に他ならない。
「おいおい・・・もしかしてシ−ラが強いっていうのか?冗談もいいところだぜ」
「・・・・・・シーラちゃん、少し組み手をしようか」
「え?わ、私とアキト君が!?でも・・・・いいの?」
「ほんの数手だけだよ。もちろん、本気でね」
「うん、わかった・・・・」
シーラとアキトは、エル達から少し離れて対峙する。
エル達は、意外なほど重苦しい雰囲気にのまれ、固唾をのんで二人を見ている。
離れたところで訓練をしていたクレアとパティも、何事かとシーラとアキトを見ていた。
「いきます!!」
次の瞬間、アキトとメロディ、クレアを除いた三人には、シーラの姿がかき消えたように見えた。
もの凄いスピードで移動したため、そう見えただけなのだが・・・・
油断さえしていなければ、三人も見るぐらいはできたかもしれない。あくまで、見える程度だが・・・・
クレアも、予めシーラの実力を知っていたため、見ることができたにすぎない。
完全に見切っていたのは、動体視力が優れたメロディと、人外的実力者のアキトだけだった。
「ハッ!!」
シーラが右足から繰り出した二段蹴りを、アキトは動揺した様子もみせず、受け止める。
シーラはそのまま回し蹴りに移行、アキトは軽く上半身を後ろに引くだけで避けた。
シーラが習った体術は、足技が中心なのか、あまり手を出すことがなかった。
ちなみに・・・シーラは普段着でなく、動きやすい服を着ている。もちろんズボン。
仮にスカートだったとしても、中が見られてしまうような生半可なスピードではない。(アキトは別にして)
・・・・・・シーラがスカートをはいていれば、アキトを倒せたかもしれないような気もするが・・・・
「結構早いね」
アキトは感心したように呟く。
その間も、シーラは休むことなく連続した蹴りを放っているが、全て防がれていた。
「はい、そこまで。もういいよ、シーラちゃん」
アキトは、シーラの逆さ回し蹴りを受け止め、ストップをかける。
「大したものだね。体重のかけ方も申し分ない。後は力をつけるのと、経験を積むだけだね」
「はい。ありがとうございました」
シーラは、軽く息を整えながらアキトに返事をする。
「ということだ・・・わかったか?アレフ」
「わ、わかった(・・・シーラを怒らせないようにしよう)」
アレフは半ば呆然とした表情で頷いた。
エル、パティにいたっても、友人の意外な能力にかなり驚いていた。
「シーラ・・・一体いつ格闘技なんか習ったんだ?」
「いつって・・・小さい頃から。指を痛めるといけないから、足技を主体にした流派なんだって。
それに、格闘術じゃなくて、護身術なんだけど・・・・」
(((それは絶対に嘘だ・・・・)))
アレフとエル、パティは心の中でつっこむ。
護身術という範囲を通り越した攻撃。しかも、狙っているのは全て人体急所。
これが護身術ならば、世の中に戦闘術という名前がついた格闘技が半分消えるだろう。
「アキトもアキトだ。シーラが強いことをいつ知ったんだ?」
「最初に会ったときから。あの時、アレフ達が走ってきたなか、シーラちゃんだけが息を切らしてなかったし・・・
普段の歩く動作なんかを見たら、すぐにわかったしね。感じる『氣』の波動も強かったし。
オーガーに捕まったときも、叫び声で身体が硬直していなければ、余裕で避けていただろうしね・・・・」
「そ、そんなこと無いよ・・・」
アキトに褒められた?シーラは、顔を赤くしながらうつむいて恥ずかしがる。
「シーラちゃんには・・・メロディちゃんと鬼ごっこでもしてもらおうかな?」
「鬼ごっこ?」
「そ。ただし、全部ギリギリまで引きつけて、寸前で避けること」
「それって・・・紙一重で避けろって事?」
「そう。メロディちゃんも良いかな?」
「わ〜い!鬼ごっこなのだ〜☆」
シーラと遊ぶと思っているメロディは、飛び上がってはしゃいでいる。
「メロディちゃん。みんなの邪魔にならないように、あっちで遊びましょうか」
「うみゃ〜!わかった〜」
じゃれついてくるメロディを伴いながら、シーラは少し離れたところに場所を移し、鬼ごっこもどきを始めた。
野生の俊敏力と、優れた動体視力を持つメロディの手は、
いかなシーラといえども、簡単に避けきれるものではなく、数秒で鬼を交代する。
シーラも、その体術を駆使して、メロディにさわろうとするが、なかなか触れないでいた。
「あれで、反射神経を鍛えることができるな。素早い相手の先読みの練習にもなるし」
「なるほどね・・・で?あたしはどうするんだい?」
「アレフに基礎を教えた後に、組み手でもしようか。エルさんも、後は経験だけみたいだし」
「わかった」
その後、アレフに基礎を教えてから、素振りや型の練習を言い渡すと、
今度はエルに、組み手を交えながら戦闘術を教えた。
そして、パティの練習を見学し、思った事などを口出ししたりした。
元々、スポーツ少女で運動能力抜群だったパティは、数時間ほどで基礎をマスターし、
後は実戦経験と毎日のたゆまぬ訓練の繰り返し・・・・というレベルにまで持ち込んだ。
意外だったのはアレフで、かなり剣術の筋がよく、こちらもパティから遅れること数時間で、
ほぼ同レベルという程度に追いつくことができた。
本人曰く、『この体型を維持するための運動が役にたった』らしい。
ナンパという軽い趣味に隠れた、影の努力家だったらしい。
「正直言って驚いた。まさか二人がここまで早く上達するとはね・・・」
「まぁな!ここまで真剣に人からものを学んだのは久しぶりだったけどな」
アレフは軽くウィンクをしながら、片手で持った鋼鉄の剣を二、三回ほど素振りをする。
その動きに、まだぎこちなさは残るものの、習い始めてすぐとは思えないほどのスムーズさだった。
「あんたは偶に真面目になればいいのよ。いっつも女のお尻ばっかり追いかけてるんだから」
「追いかけてるんじゃないぞ。あれはれっきとした俺の趣味、ナンパだ」
「はいはい」
パティは呆れた顔をしながら横目でアレフを見る。
「パティちゃんも、かなり自由自在に棍を扱えるようになったね」
「まだまだ。あたしのはスポーツの延長線上。戦闘とかいったもののレベルじゃないし」
「そうだな。俺も似たようなものだし」
「じゃぁ二人とも、試してみる?」
「なによ、試すって・・・・相手にでもなってくれるの?」
「そういうこと」
アキトはそう言うと、赤竜の力を具現化させ、その手に赤い棍を創り出す。
その棍は、両極に蒼銀の宝玉がついており、棍を振り回すたびに綺麗な軌跡を宙に描いた。
アキトが武器を創り出すのを見たことのあるシーラとエルは多少驚いた程度だったが、
クレアやパティ、アレフといった初見のメンバーは、驚きに目を大きく見開く。
同じく、メロディも初めてだったのだが、別段気にした様子はなく、
むしろ、蒼銀の宝玉が宙に描く、光の芸術がいたく気に入ったようだった。
「ななななな!!なんなのよ!い、今、なにもないところから・・・・」
「落ち着いて、パティちゃん。ちゃんと説明するから」
「う、うん・・・」
「これはね、しばらく前に、とある人からもらった力なんだ」
「力・・・ですか?一体どの様なものなのですか?アキト様」
「この世界から見れば、異世界の神の力になるかな。といっても、ほんの一欠片なんだけどね。
その神・・・『赤き竜神』というんだけどね、その力を武具として具現化したものなんだ。
シーラちゃんやエルさんは、この前見たことがあるよね」
「あ、ああ。あの後、色々とバタバタしてて聞きそびれたけどね」
エルが、アキトが言った言葉に驚き、ややどもりながらこたえる。
エルだけではない。他のみんなも、似たようなものだったが・・・
「でも、この間見せたときは、そんな形じゃなくて、まっ赤な剣だったよね?」
「俺の意思次第で、色々な武具に変わるからね。剣や棍だけじゃなくて、槍や斧、盾にもなるよ」
「それは便利ですわね。武器の持ち運びには、常々苦労していますもの・・・」
クレアがややずれたようなことを言う。しかし、当人にとっては重要なことなのだろう。
ナイフといった小さい武器はともかく、クレアが使う長刀は持ち運びが便利なものではない。
やはり、携帯用などではなく、本来の長刀を使う方がいいのだろう。
「前からアキトは普通じゃないって思ってたけどさ・・・本当に普通じゃなかったんだな」
「やっぱり・・・こんな力を持っている俺は気味が悪いか?」
「そうだな・・・正直に言うと、そう思っている気持ちがないわけじゃないな」
「アレフ君!!」
「アレフ様!!」
アレフのもの言いに、シーラとクレアが怒り、貫かんばかりにアレフを睨んだ。
アレフは、そんな二人に向かって、手で落ち着けと言わんばかりの動作をする。腰が引けてはいたが・・・・・
「綺麗事言ったって、お前は喜ばないからな。でも、それだけじゃないぜ。
ホンの少しの『気味が悪い』以上に、アキトならなんとなく納得できるという気持ちの方が強いんだからな」
「そりゃ言えてるね。何かと不思議な雰囲気を漂わせてるからね」
「それに、神の力だとか云々言っても、今のあんたが急に変わるわけじゃないしね」
褒めているのか貶しているのか解らないアレフの言い様に、
エルとパティは、うんうんと頷きながら、相づちを打つ。
「アキト様・・・貴方様は自分が思ってらっしゃる以上に、皆さまから信頼されているのです。
もっと自信をお持ちになってくださいませ」
「私達はみんなアキト君のことが好きなの。だから、みんなアキト君のために頑張ろうって、集まったの。
だから、アキト君もみんなのことを信じてあげて」
クレアとシーラが、やわらかく微笑みながら、アキトに語りかける。
そんな二人の笑顔に、アキトも頷きながら、二人に微笑みかえした。
アキトの杞憂を余所に、仲間達はアキトの力の一つを難無く受け入れたようだった。
ちなみに、メロディは、アキトに近づき、棍の先についている蒼銀の珠を、つついたりして遊んでいた。
彼女にとって、アキトは温かい感じがする、優しい人。という認識なのだ。
意外と、メロディが一番人を見る目が備わっているのかもしれない。
「さて・・・話が逸れたね。どうする?パティちゃんにアレフ。やめておく?」
「あたしはやるわよ。訓練なんだからね。遠慮してたらあがるものもあがらないし」
「俺も。やるだけやっても、損にはならないしな」
「わかった。じゃぁ、パティちゃんから」
「わかった」
パティは、手に持っていた短棍を振り、本来の長さに戻し、かまえる。
アキトも、パティがかまえたのを確認し、手に持っていた赤竜棍を手の内で回転させる。
「最初にも言ったけど、俺は棍の扱いなんてよく知らないから」
「だったらなんで棍なんか構えるのよ」
「俺のやることは、同じ武器で、パティちゃんの実力に合わせて相手をすること・・・
それに、基本だけなら、それなりに習っていたし・・・パティちゃんの練習も見てたしね。
それから推測すると・・・棍の実力は、パティちゃんよりやや上ってところかな?」
アキトは過去、一通りの武器について扱い方や基礎を学んだことがある。
あらゆる武器、防具の長所と短所を知ることにより、
その武器を持つ相手に対して、即座に対処ができるようにするためだ。
主に、前の世界で学んだものが多いのだが
同じ人型である以上、武具の性質もそれなりに似通っている処がある。
「だったらいいけどね。怪我しても文句言わないでよ」
「わかったよ。ちゃんと自分で治療するから」
「そう言うこと言ってんじゃないけどね・・・ま、いいか。じゃぁいくわよ!!」
パティは、アキトに一声かけると同時に、一気に間合いをつめながら突きを繰り出す!
アキトはその突きを冷静に見ながら、パティの棍に赤竜棍をそっと当てる。
ただ、それだけでパティが繰り出した突きの軌道がそれ、アキトのすぐ横の空間を突いた。
「結構速いね。人間相手の時は気をつけないと、相手の喉を突き破るよ?」
「忠告どうも!まだまだ続くわよ!!」
パティはすぐさま手元に棍を引き、今度は連続して突きを繰り出す。
しかし、アキトはまたもや同じ様に、流れに逆らうことなく、赤竜棍で突きの軌道を変える!
「クレア。あれを見てどう思う?」
「パティ様の動きはとてもお速いです。元々、運動神経が優れていらっしゃったのですね。
それに、つい数時間前までは素人だったとは思えないほどなめらかな動き。
相手がそれなりに武術を学んだ者だとしても、そうそう引けはとらないと思います」
「そのパティが、アキトの前では子供扱いか?恐ろしいもんだな」
「だってアキト君だもの。この街でも、対等に戦える人は少ないんじゃないかな?」
「そうですわね。少なくとも、兄様程度の腕前では、相手になりませんもの」
ちなみに、アルベルトの実力は、実力者が数多いと言われる自警団の中でもダントツに強い。
間違いなく、五本の指にはいるほど・・・
「あのアルベルトがねぇ・・・妹にそこまで言われたら、アルベルトのやつ悲しむよ?」
「いいんです。事実ですから・・・それにアキト様を今尚犯罪者扱いする兄なんて、私は知りません!」
クレアは、可愛らしく頬を膨らませながらそっぽを向く。
エルは、やれやれ・・・と言いたげな表情でアキト達の方に視線を戻す。
そこでは、アキトに必死に打ち込んでいるパティの姿があった。
(なんで当たんないのよ!アキトの動きはそんなに速くないのに!!)
パティの考えている通り、アキトの動きはそう速くはない。手の動き、棍の速さ、共にパティの速さと大差はない。
ひとえに、アキトが手加減をしているからではあるが・・・パティの焦りも尤もかもしれない。
自分より速いのなら、体格差云々と納得したかもしれない・・・が、同じ速度で自分を圧倒すると云うことは?
答えは、自分の実力より、相手の実力の方が勝っているということだ。
(アキトの奴、本当に私より少しだけ上なの?)
「どうかした?パティちゃん。何か考え事でも?」
「なんでもないわよ!!」
パティは、アキトに打ち込みながら、自分とアキトの違いを探していた。
自分よりやや上の実力・・・それが本当ならば、自分とアキトとの差は、僅かしかないはず。
その僅かの何かさえわかれば・・・・・そう考えているのだ。
そんな焦るパティの耳に、場違いな程のんびりした声が聞こえてきた。
「うみゃぁ〜☆アキトちゃんの棒、くるくる回ってきれ〜い☆」
何気ないメロディの言葉に、パティは何か引っ掛かりをおぼえた。
(クルクル回って?アキトの棍が回転でもしてるっていうの?)
パティは、アキトに攻撃をすると同時に、アキトの操る棍の軌道をそれとなく観察した。
するとどうだろうか・・・アキトが持つ棍は、円を描くように動いていた!
繰り出す攻撃は全て、まるでそれが全て一つの動作であるかのような軌道で、
アキトにさばかれていたのに、パティは気が付いた。
メロディがクルクル回るといっていたのは、棍の先にある宝玉が描く光の軌跡が、
円を描いていることから、そう言っていたのだった。
(直線的な動きではなく、円を描くように・・・流れるように動かす。)
パティは、アキトの動きに合わせ、一つ一つの動きが単調にならないように気をつける。
突きを捌かれたにしても、無理に反発せず、受け流すような感じで次の動作に移る。
最初は動きがぎこちなかったが、時間が経つにつれ、その動きに淀みはほとんど無くなり、
アキトの動きと相まって、一つの演舞のようにすら見えてきた。
(パティちゃんの動きに、無駄な動きが無くなってきたな・・・・動きもかなり速い)
「ここまで。これ以上は続けても意味がないだろうしね」
「ハァ・・・ハァ・・・ふ〜〜。疲れたぁ・・・」
「ご苦労様、後は基本を体に覚え込ませるまで、くり返し練習だね」
「そうね・・・でも、今日は疲れたわ。この後、店も手伝わなくちゃなんないし・・・」
「よければ、俺も手伝うけど?」
「お願いするわ」
「さぁー!次は俺の番だな。どんと来いってんだ!!」
「お手柔らかに・・・・」
パティの上達に触発されたのか、アレフはやる気満々で剣を構える。
アキトは手に持っていた赤竜棍を消すと、地面に落ちてあった長さが四十センチ少々の木の枝を拾う。
「おい、アキト。ふざけてるんじゃないよな・・・・」
「もちろん。アレフの相手はコレでやるんだよ」
「なんでだよ。さっきみたいに創り出したらいいんじゃないのか?」
「まぁ、そうなんだけど・・・・アレフにとって、試験も兼ねているから」
アキトは拾った木の棒を逆手に構え、素振りをかねて一閃させる。
それを見たアレフ達には、アキトの一閃により、空気が裂かれたような錯覚をおこした。
シーラやクレアといった、ある程度実力のある者には、
一閃させた瞬間、アキトが持った木の棒が、ほんの微かに光ったように見えた。
「さぁ、始めようか。この木の棒が斬れたら、アレフは即戦力になるということだ」
「なんだかわけがわからんが・・・見てろよ・・・・せいっ!!」
アレフが力を篭めて振り下ろした鋼鉄の剣は、サシュ・・・という軽い音と共に、
アキトの持った木の棒に、いとも簡単に止められてしまう。
「おいおい!冗談じゃないぞ!!」
目の前で起こった現象に、アレフは我が目を疑う。
それもそうだろう。同じ鋼鉄の剣ならいざ知らず、そこらで拾った木の棒で受け止められるなど、
そんな非常識なこと、常人には到底信じられるものではない。
「硬氣功の応用でね。物に氣を通わせて硬度を上げたんだ。
その気になれば、レンガでも貫けるよ。で、もう終わりなのか?アレフ」
「んな訳ねぇだろ!」
アレフは再度、剣を振る。上段から振り下ろし、右薙ぎ、そして左上から斬り下ろし。
その全ての攻撃を、アキトは手にした木の棒で受け止める!
「こなくそっ!!」
「力任せに振っても斬れないぞ。肩の余計な力をぬいてみろ」
「余計な力っていってもな・・・・」
アレフは剣を構え直し、二、三度、ゆっくりと深呼吸をし、改めてアキトに斬りかかる。
アキトのアドバイスが効いているのか、先程より、剣速がかなり速くなっている。
「結構いい感じになってきたね。剣術始めて一日目とは思えないな」
「そりゃどうも!」
「そろそろ、こっちからも手を出そうかな?」
アキトは言うや否や、アレフの振り下ろした剣を、横手から思いっきりひっぱたくような感じで払う。
ガン!という、木の棒で出したとは思えないような音と共に、鋼鉄の剣は弾かれる。
「っっっ痛ぅーー、手が痺れた!」
「それでも剣を手放さなかったのは大したものだ。どんどんいくぞ!!」
「ちょ、ちょっと待て!!」
アレフはストップをかけるが、アキトはお構いなく、木の棒をアレフに叩きつけようとする。
アレフは、正に死に物狂いという表情で、必死にアキトの攻撃をさばく!
「だぁぁぁーーー!!パティの時と扱いが違うぞ!?」
「そうかな?ちゃんと手加減はしてるけど?」
その手加減に、微妙・・・というか、かなり差があることに、アキトは気がついていない。
今まで、殴ろうが昂氣をぶつけようが、平気で復活するような男連中を相手にしてきただけあって、
男に対する手加減というものが、著しく狂っているのだ。
「俺を殺す気か!!」
「まさか。骨の一本や二本、一日経てば治るだろ?」
「そんなにすぐに治るか!!」
アレフはアキトのもの言いに絶叫しながら、思いっきりアキトに向かって剣を振り下ろす!!
その鋼鉄の刃は、アキトを脳天から体の半ばまで、まるで溶けこむように素通りした・・・・ようにアレフは見えた。
「な!?!」
驚きに目を剥くアレフ・・・その次の瞬間!
アキトの姿は、そこになにもなかったかのように消え去り、
その代わりといわんばかりに、アレフの喉元に、硬い何かが押し付けられていた。
「アレフこそ、俺を殺す気じゃないのか?」
後ろから、木の枝を喉に押し付けたままアキトが声をかける。
アレフは何がなにやらさっぱりわからず、頭を混乱させている。
「一体なにがあったんだ?目の前にいるアキトが消えてたと思ったら、後ろにアキトが居て・・・」
「ただ単に、後ろに回り込んだだけだよ。少しばかり本気を出してね」
「つまり・・・俺が斬ったと思ったのは・・・」
「たぶん、俺の残像か何かじゃないか?」
「おいおい・・・・」
一体どれぐらい速く動いたら、残像が見えるんだよ・・・・と、心の中でつっこみを入れる。
端で見ていた皆も、アキトの残像しか見ることができなかった。
例外は、人を越えた動体視力を持つメロディくらいだ。
といっても、彼女もアキトの動きが微かに見えた程度。黒い閃光みたいなものが見えただけだったが・・・
「アレフは体を鍛えるのと、剣術の基礎を毎日くり返して、体に憶えさせないとね。
途中で、基礎から外れた動作をしたりしていたからね」
「わかったよ・・・・ちぇ、結局、木の棒が斬れないし。まだまだ先が長いな・・・」
「いきなりそこまで腕が上達したら、アレフは天才を越えているよ」
「いつか斬ってやるからな・・・・」
アレフは、手に持っていた鋼鉄の剣を、腰に下げていた鞘にしまう。
アキトはそれを見ながら、真剣な顔をして、口を開く。
「アレフ。それにパティちゃん。他のみんなもよく聞いてほしい。
武術というのは、誰かを守るという大義名分を持とうとも、何かを傷つけるものでしかない。
アレフの剣術然り、パティちゃんの棒術でさえ、人を殺すことが容易なんだ」
「ちょっと待ちなさいよ!私は別に人にむかって・・・・」
「わかっているよ。でも、絶対じゃない。やらなければならない時がくるかもしれない。
だから忘れないでほしい。力を持つということは、同時に責任を持つということだと・・・」
『・・・・・・・・・・・・』
アキトの言葉を聞いた皆は、一様に黙り込む。
「こんな暗い話をしてすまない。だけど、今のような、中途半端な実力をもっている時が一番危ないんだ。
感情にまかせて戦うと、魔物ならまだしも、人間相手だったら洒落にならないからね」
「わかった・・・・十分に気をつけるよ」
アレフは何か重い物を持ったような口振りでアキトに言う。
事実、アレフは、先程まで剣の重さが頼もしく思えていたのだが、今は、もの凄く重たいように感じていた。
パティも、同じ様なことを感じていた。
「まぁ、要はみんなが強くなればいいだけだから。公安の相手を余裕でできるぐらいにね」
「確かにそうですわね・・・質、量共に、公安維持局の方達の方が、劣っていますものね。妥当だと思いますわ」
なにげに酷いことをサラッと言うクレア。
アキトの邪魔をする公安を快く思っていないから仕方がないかもしれないが・・・
「これから、暇があればいつでも付き合うから。みんなも頑張って」
「はい」
「わかりましたわ」
「わかった」
皆それぞれに返事をする。その顔は、やる気に満ちあふれたものだった。
後日・・・毎日の訓練が実を結び、公安相手にアレフ達が活躍したのだが・・・それはまた別の話。
さして怪我をさせることなく倒した皆に、アキトは驚きと嬉しさがあったのは確実だろう・・・・・・・
(第十話に続く・・・・・)
―――――あとがき―――――
どうも、ケインです。
今回の話は、店員達の戦闘力アップといったところでしょうか・・・・
クレアは元からある程度強かったのですけどね・・・シーラに至っては・・・まあ、そういうものだと思って下さい。
(悠久関係のSSでは、シーラは実は強かった・・・というネタがよくありますからね)
マーシャル武器店での説明・・・全部わかる人はいるのでしょうか?
わかった人は、何考えてるんだか・・・と、笑ってやって下さい。
さて・・・次回の悠久は、『ナンパ・ウォーズ』を元としたものになります。
ゲームを知っている人から、是非ともやってくれと言われているものの一つです。
どうなるかは・・・・・まあ、お楽しみに。
では最後に・・・・K・Oさん、m-yositoさん、watanukiさん、アッシュさん、shinさん、
カインさん、ザイン、ぺどろさん、ホワイトさん、感想、ありがとうございます!!
次回は、『赤き・・・』の投稿となります。よろしければ読んでやって下さい・・・では!!
代理人の個人的な感想
棍って、むしろ剣や槍より扱い難しいんじゃないかなー、武術として習うんであれば(笑)。
それとも技法が多いだけで基本的な所は大して変わらないのでしょうか。
>武器
最初のは如○棒でしょうが・・・・どの作品に出てくるバージョンかはわからないなぁ(笑)。
パティが貰ったのは・・・・・・・・・・・ひょっとしてゴルフクラブになる奴?(爆)