アキト達三人が開いた扉の先に見たもの・・・・・それは・・・・
「老人が一人・・・・ですね」
「そうね・・・それに、この部屋も何らかの研究施設のようにも見えるけど・・・・」
イヴとシェリルの二人は、部屋の中を見回しながら感想をのべた。
一方、アキトはというと、部屋の中に入る前から『氣』を探っていたので、
居たのが老人一人という事実に驚いた様子はなかった。
「あの〜!すみません!」
シェリルが、部屋に響くのではないか?と思えるような大きな声で、老人に話しかけた。
自分たちが部屋に入っても、老人は机に向かったまま、なんのリアクションもおこさないため、
耳が遠いのではないか?と、シェリルは考え、大きな声を出してみたのだ。
老人も、今の大声でやっと気がついたらしく、椅子から立ち上がりながら、アキト達に向き直った。
「ん?なんじゃぁの〜、お前さん方は?わざわざこんな所に来て・・・・物好きじゃのぉ」
「ど、どうも、お邪魔しています」
シェリルの畏縮した様子を見て、老人はニッコリと微笑んだ。
「いやいや、こんなめんこい娘さんが来てくれて、ワシは感激じゃ。
この様な何もないような所ですまんが・・・せめて、お茶でもいかがかな?」
「は、はい・・・どうもありがとうござい・・・・」
「不躾で申し訳ありませんが・・・ご老人、貴方はなぜこんな所にいるのですか?」
老人の接待に、場の流れ的に受けようとしていたシェリルを遮り、イヴは老人に問いただした。
だが、そんないきなりの質問にも、老人はホッホッホッ・・・と笑いながら、人懐っこい表情で応対した。
「ワシは、五十年前に、それまで住んでおったとある王城の地下から、ここへと移り住んだのじゃ。
大戦の影響を避けるためにの・・・・・此処じゃと、研究を邪魔されんですむと思っての」
「五十年も・・・どうして今まで気がつかなかったのかしら・・・・」
「それは仕方がない事じゃて。普段、この区画は魔法で隔離されてての、
今日は偶々、式神達に休暇をやる日だったから、通路が開きぱなしになっておったんじゃな」
「式神というのは、確か東方系の魔術でかなり高位な術のはず・・・しかも、達というからには複数・・・
そんな術者なんて・・・・・もしかして!東方の大魔導士、ツチミカド!?」
「ほっ?博識なお嬢ちゃんじゃのう。いかにも・・・ワシはツチミカドじゃ」
「シェリルちゃん、どういった人なんだい?」
「はい・・・東方の大魔導士、ツチミカド・・・・約九百年前から生きているといわれる魔導士です。
一説によれば、今現在の東方の魔術・・・・その源流となったものを編み出した術者といわれています・・・・」
「そこまでいわれると恥ずかしいのう。
今のワシは、昔召還した式神に世話をしてもらっておる、ただの老いぼれじゃよ・・・・・
さっき言うた研究さえ、満足に完成させられぬな・・・・」
老人・・・ツチミカドは、やや疲れたような・・・それでいて悲しそうな顔をしながら、深く・・・深く溜息を吐いた。
そんな様子に、シェリルは慰めの声でもかけようとしたが、それより先にイヴが話しかけた。
その目に・・・冷たい輝きを秘めながら・・・・
「先程から言う研究とは一体何なのですか?」
「ワシの夢じゃよ・・・・その研究が完成すれば、多くの人が喜ぶような・・・・な」
「その研究とは・・・・外の廊下にある、人の骨に関わりがあるのですか?」
イヴの問いに、隣にいたシェリルはその光景を思い出したのか、顔を真っ青にしながら息をのんだ・・・・
ツチミカドはというと、訳のわからない・・・・といった表情で、首を傾げていた。
「はて?ワシはここに来てから部屋から出ることはなくての・・・
外のことは、皆式神に任せてあるんじゃが・・・最近物忘れが激しくての。よく憶えとらんのじゃ」
イヴは、さらに冷え込んだ視線で、老人を射抜くように見る。
全ての虚言を見抜いてみせる・・・と、言わんばかりに・・・・・・・
「今さら惚けたふりしても無駄よ。貴方の態度とは裏腹に、目ははっきりとした意志を持っているわ。
それに・・・私が徐々に声を小さくしているのに気がつかなかったようね。
とてもじゃないけど、最後の方の質問は、扉の音が聞こえない人では、聞き取れるはずはないわ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ツチミカドは、イヴの指摘を受けると同時に、その温厚な表情が嘘だったかのように、無表情な顔になった。
無力な老人・・・という演技を脱ぎ捨てたその姿は、大魔導士といわれるに値するほど、威厳に満ちていた。
・・・・・ただし、人から尊敬されるといった類のものではなかったが・・・・・
「ふぅ〜・・・やはり呆けたかの。こんな小娘に見破られるとは・・・・まぁいいじゃろう。
せっかく、こんな面白そうな実験台が三人も手に入ったのじゃ」
「・・・・・・・・実験台だと?」
ツチミカドの言葉に、アキトが始めて反応した。無表情で・・・・・・
その反応は・・・・アキトをよく知る人にとっては、かなり危険な兆候だと気がついただろうが・・・
生憎と、この世界にはそこまでアキトを熟知した人間はいない・・・・
「そうじゃ。人・・・否、命ある者全てが追い求めてきた夢・・・・『不老不死』!
決して老いることなく、そして死ぬことなく!永遠にその命を保つ秘術!」
「その実験台の結果が・・・表の死者達か・・・・」
「それだけではないぞ。丁度、ここの真上にある花々を知っておるか?永遠に枯れることのない花じゃよ。
永久にその美しさを伝えられる一品じゃ!
まあ、ワシの魔力を元にして保っているのが難点じゃが・・・その問題点もいつか乗り越えてみせる!
そして!ワシは神へと至る一歩を踏み出すのじゃ!!」
アキトは、相変わらず表情を出すことはなかったが、その内心では怒気が活火山のように吹き上げていた。
イヴとシェリルを怯えさせないように、完全に隠していたのだが・・・・
本能というべきなのか、二人はアキトが怒っている事に気がついていた。
「まぁ、ワシも外の連中には感謝してる。あの者達のおかげで、随分と研究がはかどったからの。
死なぬかどうか・・・試すときにも術の実験になってもろうたし・・・・まさに一石二鳥というやつじゃ」
「そんな・・・・酷い!」
「外道ね・・・・」
「いつの世も、天才のすることは理解されんものじゃよ。それを決めるのは、後世の人間だけじゃて。
今は理解されんでも、不老不死が完成すれば、その恩恵を受けた人々はこういうじゃろうな・・・・
『死んでしまったのは悲しいことだが、あれは尊い犠牲だ』とな・・・ホッホッホッ」
その老人の言葉が、静かに怒れる竜の逆鱗に触った。
このエンフィールドで・・・否、どの世界においても、敵に回してはならない男を敵に回したこの老人・・・・
この時点で、ツチミカドの最後は決定したといっても過言ではない。
それでも・・・アキトは、口調をあらげる事無く、淡々と話し始める・・・・はっきりいって、もの凄く危険な兆候だ。
「犠牲に尊いもなにもありはしない・・・あるのは、無為に殺された人達の無念だ。
それに・・・もし、後世の人間がお前のいうとおりならば・・・進む先は破滅だけだ」
「百年も生きておらぬ者がでかい口を叩くでない!」
「何百年も生きて、ただ腐ってゆく者よりは、尤もらしいことを言える自信はある」
「若造が・・・いっぱしの口をききおる。もうよいわ・・・・
力ずくというのはワシの趣向にあわんのじゃが・・・偶にはいいじゃろうて」
そういうと、ツチミカドは懐から数枚程、人型に切り抜かれた紙をとりだし、
呪を唱えながらそれを前方に放り投げる。
すると、それらの紙を中心として、鬼・・・と呼ぶしかない生き物が、アキト達の前に現れた。
「そんな!式神はいないって言っていたのに!嘘だったんですか!?」
「嘘ではない。式神というものは大きく分けて二通りあっての・・・
異界から魔物を呼びだし、使役するもの・・・一般の魔術では『使い魔』と呼ばれておるものと、
<符>などを媒介とし、己の氣と魔力を使い、疑似生命体を作り出すものがあるんじゃよ。
さあ、鬼神よ!その者たちを捕らえ、拘束せよ!」
異形の鬼達は、創造主の命により、アキト達に向き直り、手を伸ばそうとした。
鬼達の大きさはまちまちだったが、一番小さいものですら、アキトの背丈を大きく上回っている!
「まったく、生きのいい実験台が、自らやってくるとはな。嬉しい限りじゃ。
素晴らしい魔力許容量をもつ嬢ちゃんに、面白そうな小娘・・それに・・・・・・―――――ッ!?!」
その時!今まさにアキト達を掴もうとしていた鬼が、風船のような破裂音と共に四散し、幻のようにかき消えた。
後に残ったのは、元は符だと推測される、散り散りになった紙片のみ・・・・
ツチミカドは、眼前で起きた光景に、言葉を失った・・・・
アキトは、消えた鬼が居た辺りに突きだしていた腕を下ろしながら、絶対零度の視線でツチミカドを見やる。
「それで?こんな紙人形でどうにかできると思ったのか?」
「そんな・・・・そんなバカな!その鬼神は、式鬼の中でも最上位に値するもの!
それを触れただけで消し飛ばすじゃと!?お主人間か!!」
「先程・・・お前は鬼を作り出す時、周りの氣と自分の魔力を混ぜていたな・・・・
確かに・・・この地下に満ちている『氣』は凄いものがある・・・・
しかし、流れを停滞させて、腐らせたような氣で作り出したものなど、中身の無い木偶人形にすぎない。
何せ、俺が神氣を流し込んだだけで、式を形作る氣が中和され、術が解けるのだからな」
そう言いきったアキトの体から、神氣が放出され、辺りに満ちる氣を圧倒した。
神氣とは、極限まで練り上げられた清浄なる氣・・・それはまさに、神の如き清らかさをもった『氣』。
後ろで守られているイヴとシェリルは、アキトの神氣を間近で感じ、身も心も澄んでいく清涼感に包まれていた。
「神氣じゃと!?お主、氣功師か!?」
「未熟だがな・・・・・」
ツチミカドの問いに言葉少なく答えると、アキトは今だ襲いかかろうとしている鬼達に目を向け・・・・姿を消した。
そう、文字通り、姿を消した・・・・忽然と。
少なくとも、すぐ後ろで見ていたイヴとシェリルには、そう見えた。
二人は、我が目を信じられず、数回程目を瞬かせると、いつの間にかに、アキトは元の位置に立っていた・・・
姿が消えたのが、それこそ目の錯覚だったかのように・・・・
しかし、先程消えたのが事実だといわんばかりに、周囲にいた鬼達が全て同時に四散し、消え去っていった。
イヴとシェリルには、その行為こそ見ることはできなかったが、それがアキトの仕業だと疑うことはなかった。
「覚悟はいいか・・・・・・」
アキトのなんの感情も感じさせない声が部屋に響いた・・・
さほど大きい声でないにも関わらず・・・・ツチミカドは、アキトの声に怯えるように、身を竦めながら後ずさった。
少しでも遠くに逃げようと・・・
「わ、ワシを殺すのか?い、いやじゃ!ワシはまだ死にたくはない!」
「そう言ってきた人達を・・・お前は何人も殺してきたのだろう・・・・
何人も・・・何百人も・・・・何千人も・・・・人体実験と称して!!」
はじめて、アキトがその内に秘めた怒気を露わにした。
その怒気は、アキトの視線と共にツチミカドに突き刺さり、その内より、死の恐怖を強く呼び覚ます!
まともに怒気を受けたツチミカドは、恐怖のあまり、まともに思考する能力を失った・・・・
もし、これが怒気ではなく、殺気であれば・・・・ツチミカドは狂っていたか、ショック死するかの二つだっただろう。
ツチミカドは、恐怖から逃れようとするかの如く、叫き散らす。
「いやじゃ!いやじゃいやじゃいやじゃぁっ!」
「せめてもの情けだ・・・苦しまないようだけはしてやる」
アキトは普段と変わらない歩調で、、ツチミカドに近づいて行く・・・・
ツチミカドにとってアキトの一歩一歩が、破滅への足音に聞こえ、その姿は死刑執行人に見えた。
九百年も生き続けた大魔導士は、そのプライドをかなぐり捨て、
恐怖に染まった顔を恥じと思わず(思う余裕がないだけかもしれないが)取り乱していた。
「ヒィィッッ!!オ、オン・キリキリ・バサランダン・ノウマクサマンダ・バサラダンセン・・・・・」
ツチミカドは、アキトを排除しようと、強力な魔術の詠唱をはじめる・・・・が、
言葉が進むにつれ、アキトが近づくのに比例して増加するアキトの『氣』の圧力に、
身体が硬直し、舌が回らなくなる。頭の中も、現実逃避しようとするのを防ぐのに精一杯だった。
強力な魔術を起動させている最中に・・・・・である。
魔術とは、強力なものほど危険性が増す・・・・詠唱と術の集中が途中で途切れるのは、かなり危険だ。
ツチミカドは、それを熟知していた・・・・いたのだが・・・・・
それすら上回る死の恐怖に、理性が悲鳴をあげ、考えることを放棄してしまった・・・・・
結果・・・・・
「―――――ッ!!あの人の身体が!!」
「・・・・・・どうやら、術を発動させるために集めた魔力が、体内で暴走したみたいね」
イヴとシェリルが、徐々に崩壊してゆくツチミカドの身体を、驚いた様子で見ていた。
指先から砂となってゆく自分の身体を、ツチミカドは恐怖と絶望を顔に張り付けながら凝視していた。
もうすでに、足は砂となり自ら立てなくなったツチミカドは、床を必死に這いながら、アキトにすがりつこうとした。
すがりつく・・・・腕さえないのにも気がつかず・・・・・・
「ワシは!ワシはまだ・・・・・・・・・・」
それが・・・・永遠の命を夢見た老魔導士の最後の言葉だった。
後に残ったのは、人一人分には少々少なめの砂とローブのみ・・・・・
その砂も、アキト達の目の前で、まるで空気に溶けるかのように消えていった・・・・・・・・
「魔法を学ぶものとして・・・・心に刻みつけておかないといけない光景ですね・・・・・・」
シェリルは、誰に言うわけでもなく、自戒するように呟いた。
魔導士としての最後としては、決して多くはないものの、絶対にないというものではないからだ・・・・
もし、この場にマリアでもいれば、
『このおじいちゃんがヘボだったからよ!マリアだったら失敗しないも〜ん☆』
とでも言うかも知れない・・・・
顔は真っ青で、周りには一発で強がりとわかるような態度だとしても。
アキトは、今だ発していた神氣をおさめつつ、後ろに向き直ってイヴとシェリルの二人に話しかける。
後味の悪さを・・・・心の内に隠しつつ・・・・
「もうここにはなにもない。外に出よう」
「わかりました」
「ええ・・・・ここのことは、後で自警団にでも報告しておくわ」
「そうですね。それがいいかもしれません」
そう、アキトが締めくくると、三人は言葉少なげに地下をでて、
太陽光がさんさんと降り注ぐ中庭にでて、一息つくことにした・・・・
そこで目にしたもの・・・・それは、ある程度予想はしていたものの、悲惨なものがあった・・・・
「お花・・・・全部枯れてますね」
「あの話が本当だとすれば、魔力の供給源だったツチミカドが死に、生命力が枯渇したのね・・・」
「そうでしょうね・・・・でも・・・・・」
アキトは、萎れている花から種を取りだし、手の平に乗せ二人に見えるように差し出す。
シェリルとイヴの二人はそれを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「花は枯れたけど、種を残し、次の年には新しい花を咲かせるんですよね」
「そうね。私は、永遠に咲く花より、そう言った力強い生命力を持った花の方が、美しく思えるわ」
二人の言葉に、アキトは本当に嬉しそうに微笑んだ。
永遠の命なんてものに興味をひかれず、精一杯生きる意味を知っている二人を嬉しく思い。
また同じ季節が巡る頃には、それに似合った花が、この図書館の中庭に咲くだろう。
偽りの命に支えられた美しさではなく、生命力輝く美しさを持った花が・・・・・・
アキトは、それを想像しつつ、つい数分前間まで、ここで咲いていた花達を思い出した。
不自然に生かされ、自らの役目を終えられない、苦しんだように命を輝かせる花達を・・・・・
「無理矢理生かされるよりも、花にとってはこの方がよかったはずだ・・・・・」
その呟きは、誰にも聞かれることはなかった・・・・
そして、その呟きに応えるように、枯れた花達がその身を揺らしたことにも気がつくことはなかった・・・
風などまったく吹いていなかったのに・・・・・・・
(第十二話に続く・・・・)
―――――あとがき―――――
どうも、ケインです。
今回は暗い話になってしまいました。赤き・・・が真面目なので、こっちでは遊ぼうと思ったのですけどね・・・
どうにも、暗い課題を選んでしまいました。
さて・・・次回は、トラブル・イベント1になります。公安やら自警団・・・お面男も出たりします。
戦闘も、やや多めになるでしょうね。そういった類ですし。
それでは最後に・・・K・Oさん、1トンさん、v&wさん、ホワイトさん、時の番人さん、大谷さん、
ノバさん、零さん、感想、誠にありがとうございます。
それでは・・・次回でまた会いましょう・・・・
管理人の感想
ケインさんからの投稿です。
うーん、骸骨ひしめく通路・・・バイオハザードみたい(汗)
私、実はホラーが無茶苦茶苦手なんですよ。
PSでバイオが出た時、友人が人の部屋でプレイをして・・・予備知識無しに、生首カジカジですからね。
・・・きっちりトラウマっすよ。
ま、私の事はおいといて(苦笑)
何処に行ってもトラブルに巻き込まれる男です、テンカワ・アキト。
犬も歩けば〜、に例えると、アキトが歩けばトラブルに当たる、です。
しかし、神氣のせいで見えないものが見えるって・・・NTか、貴様(爆)