茂みから姿を現した男は、穏行を解きながらアキトに歩み寄った。
「こんにちは、相羽さん」
「おう。あ、俺のことは司狼でいいぜ」
「なら、司狼さん。こんな森の中に来てかくれんぼですか?」
「仕事をしてたら、アルベルトに誘われてな・・・それにしても、なにげにきついな、テンカワ・・・・・」
「俺もアキトでいいですよ」
「んじゃぁアキト・・・・暇な男二人で、密談としゃれこまないか?」
「・・・・・実のある話であれば」
「実はないかもしれないがな、実らせるための『養分』にはなるんじゃないか?」
「聞きましょうか・・・・」
「ああ・・・・俺が個人的に調べている美術品盗難事件の調査・・・その途中報告みたいなものだ」
「・・・・・なんで俺に?」
「ノイマン隊長が、お前にも教えといた方がいいって言っててな」
「そうですか・・・・わざわざ済みません」
律義に頭を下げるアキトに、司狼は苦笑を返した。
「なに、気にするな。それに、大体同い年ぐらいだろう?そんな言葉づかいじゃなくて結構だよ」
「わかりまし・・・・わかった。それで、聞かせてくれるか?」
「もちろん。まず・・・・アキトも疑問に思っていた証言者五人のことなんだが、いくつか妙な共通点があってな」
「共通点?」
「ああ、そうだ。まず一つ目、その五人は借金で悩んでいたそうだ。
金額はわからなかったが・・・・ちょっとした額だったらしい。
それが、あの事件の後、綺麗さっぱり精算したらしい。全員な・・・・」
「五人が、そろって借金を清算か・・・・『偶然』にしては出来過ぎてる」
「確かにその通り・・・その上、こいつらはその後、街から出ていった。
探し出そうとしたんだが・・・・手がかりが消されていた。綺麗さっぱりとな」
「・・・・完全に黒だな」
「ああ、真っ黒だ。こいつらの行方は、盗賊ギルドに頼んであるから、
そのうち何らかの手がかりが出てくるだろうさ・・・・それともう一つ」
「もう一つ?何かあるのか?」
「これはこいつらの証言内容だ。一回目の証言の時、五人は口をそろえて『黒い服を着た男』と言っている。
それが、二回目・・・ノイマン隊長が直々に調べたときに、ちょっとした食い違いが出てきたんだ」
「食い違い?」
「ああ、ノイマン隊長が服装はどうだったか?と、つっこんで質問したところ、
一人はマント姿、もう一人は作業着姿、挙げ句の果ては暗殺者っぽい服・・・という始末だ。
共通しているのは黒という色だけ」
「まるで、そう指示されているみたいだな」
「そんなところだろうな。そいつらが街から去ったのがそのすぐ後だから、疑ってくれと云わんばかりだよ」
「・・・・とにかく、証言者を見つけないと話にならないな・・・・」
「その辺りは、盗賊ギルドに期待・・・ってやつだな。
んな事よりも、俺は犯人の手口を知りたいよ。今ださっぱりだ。一体どうやったら美術品が消えるんだ?」
司狼は、犯人の手口がさっぱり分からないと言って、頭を掻いた。
(犯人・・・・か。おそらく、奴だな・・・・というか、それ以外に考えられない。
それに・・・俺の前からアレを持ち去ったとき、魔力は感じられなかった・・・・同じ手が使われたのだとすると・・・・)
「おい、アキト。どうしたんだ?いきなり考え込んで・・・もしかして、心当たりでもあるのか?」
「いや・・・・・」
アキトは平静を装い、司狼の問いをはぐらかした。司狼はそんなアキトを訝しげに見ていた・・・・
その時、アキトはある方向に向かって手をかざした。
司狼も、アキトの動作につられるように、その手が伸びている先に目を向けると・・・・
そこには、地に倒れているアレフに斬りかかろうとしている自警団員が居た!!
「あの馬鹿野郎!!一般人にむかってトドメをさすような奴がいるか!殺し合いじゃねぇんだぞ!!」
この闘いの目的は、相手に勝つことであって殺すことではない。
相手にトドメを刺そうとしている自警団員は、闘いに熱中しすぎたのだろう。
いつも、モンスター相手にしているような闘い方をしていたのだ!!
司狼は自警団員を止めようと、腰に下げてある刀に手をかけながら、飛び掛かろうとする!
だが!それよりも先に、アキトの手より放たれた不可視の何かが自警団員を横手から弾き飛ばした!!
「な、なんなんだ?今のは・・・・・クリス、お前なのか」
「違う・・・・目に見えない攻撃をする魔法なんて、聞いたこと無いし・・・・・」
アレフの問いに、クリスは戸惑いながら答えた・・・・・今の現象を不思議に思いながら・・・・
「今のは魔法じゃない・・・・発剄じゃないか?アキト」
「お、司狼じゃないか・・・・・・・んな事より、発剄ってなんだ?」
「発剄というのはな、氣功術の一つだよ。体内にある氣を練り上げ、相手に向かって放つ技だ。
極めれば、遠く離れた相手にも当てることができると聞いてはいた・・・が、俺も初めて見た。
それよりも、済まないな、アレフ。同じ自警団員として、謝っておく」
「あ、ああ、結局は無傷だったから別にいい・・・・・あ、アキト、サンキューな、助かったよ」
「気にすることはないよ。それと・・・丁度、残りも終わったようだな」
アキトの視線の先には、地に倒れている自警団員に、回復魔法をかけているトリーシャとシーラ・・・
そして、アルベルトの喉元に長刀の刃を突き付けたクレアの姿があった。
どうでもいいが・・・シーラ達が倒した自警団員は、股間をおさえて地に倒れていた・・・・
かなり不様な倒れ方なのだが・・・・笑う男性は一人としていなかった・・・・
逆に、憐憫のこもった眼差しが、アキト達からそそがれてさえいた・・・・・
そういう部下の状況に気がついていないアルベルトは、刃を突きつけるクレアに文句をいっていた。
手持ちの武器は、後方に突き刺さっているため、文句をいうしかできない・・・というのが正解だったが・・・
兄妹の闘いは口喧嘩に移行していたらしく、二人は激しく言い争っていた。
「あ〜あ・・・二人ともあきないねぇ。毎日やってたらいい加減ネタが尽きそうなもんだけどなぁ・・・」
「司狼、アルベルトとクレアちゃんって、毎日あんな事をやってるのか?」
「それはもう、自警団の寮に響くぐらいにな・・・・ッとに五月蠅い!ちょっと黙らせるか」
司狼は気配を絶ち、アルベルトに気づかれないように後ろに回り込み、首筋に手刀を当てた。
その一撃にて、意識を手放したアルベルトは、大地に崩れ落ちた・・・・
「これでよし!それじゃぁ、俺は仕事が溜まっているからこれで帰る。
アキト、また何かあったら、その都度報せるよ」
「ああ、済まないが頼む、俺も出来る限りは情報を集めてみるつもりだ」
「ま、営業に支障ない程度にな」
司狼はそういうと、歩いてきた道を引き返した・・・・
おそらく、アルベルトに引っぱられてここに来たのはきっかけで、本当はアキトに情報を報せに来たのだろう。
「さぁ、急ごうか。本当に昼になってしまうかもしれないし・・・・でも、アルベルト達はどうしようか?」
アキトは、地に倒れているアルベルト達に目をやりながら、困り果てた・・・・
そんなアキトの様子に、クレアは怒ったように眉を寄せながら言い放つ。
「アキト様が心配なさる必要はありません!放っておいて結構です!
そのうち、野良犬にでも噛まれれば目が覚めるでしょう。気にせず、先に進みましょう!」
「いや、でもね・・・・・」
「構いません。ささ、早く参りましょうアキト様」
クレアは、アキトの背中を押して、この場から遠ざけようとした。
アキトも抵抗していたものの、アルベルトなら大丈夫か・・・・と割り切り、洞窟に向かって歩き始めた。
シーラ達も、アキト達を追いかけて、その場を足早に去った・・・・
道の真ん中に倒れている自警団員を、端の方に寄せてから。
それからすぐ、アキト達は森を抜けようとしていた・・・・
すぐ目の前には崖があり、一部だけポッカリと口を開けていた。
「あ、あれが洞窟の入り口だよ!アキトさん」
喜び勇んで森を抜けようとしたトリーシャだったが、後ろから肩を掴まれ、動きを封じられた。
「ちょ、ちょっとアキトさん!いきなり何!?」
「どうかしたの?アキト君」
「ちょっとね・・・・トリーシャちゃん、荷物を持っててくれないかな?」
「う、うん・・・いいけど」
「頼んだよ」
アキトはトリーシャにリュックを渡すと、一人、洞窟に向かって歩き始めた。
その様子を、訳がわからないという目で見ているトリーシャ達・・・・
やがて、アキトが森と洞窟の中間まで歩いたその時!周囲の森から数多の光弾と矢が襲いかかってきた!!
『アキト(君)(さん)(様)!!』
女性達は悲鳴のような叫び声を発した!アレフとクリスは驚きのあまり声もでなかった!
しかし、アキトは驚きもせず、歩きながら唱えていた魔法を解き放った!!
「封気結界呪!!」
アキトの精霊魔法により、風の結界が創成される!!
火炎球の直撃すら耐える風の結界は、光弾や矢を完全に遮断し、容易く弾き散らした!!
全ての攻撃を散らした後、風の結界は創成者の意志により、解除された。
「襲撃するつもりなら、もう少し気配を絶つ練習をしておくんだな」
「それはそれは・・・・ご教授痛み入りますな」
そういいながら、森の中から現れる・・・・・・・・変な男。
失礼かもしれないが、アキト達全員はそう思った。
何せ、穴を三つ開けただけの仮面を着けているのだから、そう思うのも仕方がないかもしれない。
「私の名はハメット。以後、よろしく御願いいたします」
「いきなり人を襲うような奴とは知り合いたくないな・・・・」
「いいえ、今のはほんの挨拶程度です。襲撃はこれからです」
仮面の男は、指をパチンッ!と鳴らせる。
それを合図に、森に隠れていた男達が次々に現れ、アキトを取り囲んだ!
「この洞窟にある財宝は、我々が戴きます!」
「そんな与太話を信じている奴が、まだいるとは・・・・・」
「行きなさい!!」
仮面の男の号令の元、ゴロツキ紛いの男達はアキトに襲いかかる!
アキトは、襲いかかってくる男達の間を縫うように素早く歩く!
その動きは、流れる水の如く、滑らかで淀みのない動きだった!
アキトが傍を通り抜けた後の男達は、次々に地に倒れる!!
「はへ!?い、一体何事です!?」
「気にしないで寝ていろ」
首筋に衝撃をうけたハメットは、意識を失い大地に倒れた・・・・
その後ろには、いつの間にか回り込んでいたアキトの姿があった。
今まで見ていたトリーシャは、歓声を上げながらアキトに近づく。
「すっご〜い!アキトさんの闘いって初めて見たけど、もの凄かったよ!」
「ありがとう、トリーシャちゃん。それよりも、早く行こうか。もうお昼が近い」
「あ、ホント」
「早く急ぎませんと、アリサ様に心配をお掛けしてしまいますね」
「だったら、早く行こうか。お昼は、洞窟の最奥・・・・茸がある辺りで食べればいいし」
「良い考えね、アキト君。あそこだったら、最適だと思うわ」
「よっしゃ!そうと決まったら、早く行こうぜ!!」
アレフの号令の元、アキト達は洞窟に入った。
やはり、洞窟だけあって、薄暗かったものの、トリーシャとアキトの魔法によって光を作り、奥へと進もうとした。
・・・・・・その矢先!
薄暗い通路の奥から、大きな体格をした何かが、のっそりと歩いてきた。
アキト達の光によって照らしだされたそれは、所々が岩で覆われた人型の魔物だった。
「ごごは、おでだぢの聖域・・・・ごれ以上ずずむごど、許ざない」
「貴方の聖域を荒らすつもりはない、できれば、最奥にある茸を分けてはくれないか?」
「ぞれ、ずずむってごどが?」
「済まない・・・だが、どうしても必要なんだ・・・・・」
「おで、げいごくじだ・・・・じだがわない場合、いだい目みるだげ・・・・・・」
それだけ言うと、魔物は再び暗がりの中へと姿を消した・・・・・
それを見送るアキト達・・・・・
「一体、なんだったのかなぁ・・・・・」
「気にするな、クリス。どうせ、この洞窟を根城にしている魔物だよ、とっとと倒しちまえばいいさ」
「アレフ君・・・そういうのはちょっと可哀想だと思うな」
「そうですわね・・・・できるのなら、穏便に済ませるのに越したことはありませんわ」
「シーラちゃんとクレアちゃんの言うとおり、あまり必要以上に事を荒立てたくはないな・・・・・・
場合によれば覚悟はしなくちゃならないけど・・・・できるだけ回避したい」
「でも、アキトさん・・・あの魔物、結構強そうだよ。それに、ボクあんな魔物見たこと無いし・・・・」
「大丈夫、あの程度なら、みんなでかかれば何とかなるよ」
「そうかなぁ・・・・」
「もっと自分に自信を持ってもいいよ」
「うん、ありがとう、アキトさん」
「どういたしまして」
元気な笑顔を見せるトリーシャに、アキトは笑顔で返すと、皆の方に向き直った。
「とにかく、最奥まで進もう。その時の判断によって、闘うかどうかを決めよう」
アキトの提案に、皆は一つだけ頷いた。
アキト達は、奥に向かって洞窟を進んでいた・・・・その途中、見渡すほどの大きな空間に出た。
その場所は、大きな地底湖となっており、澄んだ綺麗な水をたたえていた・・・・
「わ〜・・・大きな湖」
「そうですわね、シーラ様。本当に大きいですわ」
「水も結構綺麗。飲んだら美味しいのかな?」
「お?そうだな・・・でも、これじゃあちょっとな」
アレフが、下の方にある湖を覗き込みながら言う・・・・・
そう、アキト達が居るところは、ちょっとした崖になっていたのだった。
見える限り、下に降りられそうな場所もなければ、上がれそうな場所もない・・・・
次の入り口まで、切り立った崖が続いているだけだった。
「クリス、お前空を飛ぶ魔法とか知らないのか?」
「そ、そんなのしらないよ〜」
「そうだよ、アレフさん、飛行系の魔法って、結構難度高いんだよ?」
「なんなら俺が汲んでくるよ、丁度、さっきみんなでお茶を飲んだから、空きの容器が一つあるしね」
「え?アキトさん、飛行系の魔術知ってるの?」
「まぁね。(昂気を使えば、その必要もないくらいの高さだけどね・・・・・)」
アキトが異世界の術を使うことは、マリアとローラによって、仲間内全員が知っていたので、
今さら聞いたことのない詠唱で驚くことはない・・・が、一体どういったものかは興味があるらしい。
シーラ達・・・特にクリスとトリーシャは目を輝かせながらアキトを見ていた。
「じゃ、ちょっと行ってくるよ」
アキトはそういうと、下に向かって飛び降りた!!
一同は、いきなりのアキトの行動に面食らいながら、慌てて崖下を覗き込む!
しかし、慌てる皆とは対象に、アキトは気楽な顔をして近づいてくる水面を見ていた。
そして、着水まで後少し・・・というところで、術を発動させる!
「浮遊」
空中浮遊の術により、湖面ギリギリに浮いたアキトは、手に持ってたポットで水を汲むと、
術を制御して、ゆっくりと皆の元へと上昇した。
「お待たせ。かなり綺麗な水だったよ、魚とかがいるから、毒性がある訳じゃ無さそうだし。
あれ程の水だったら、料理とかに使うのもいいかな。帰りにでももう一度汲んで持って帰ろうかな?
・・・・って、みんなどうしたの?」
「あ、あのなぁ・・・・最初からそうやれよ。寿命が縮んだぞ」
「ごめん、あの術は、移動速度が遅いから、ギリギリまで落ちていった方が早いんだ」
「アキト君・・・次からは、最初から言ってね。私ビックリしちゃって・・・・」
「私もですわ。アキト様が怪我でもなさるのではと、心配いたしましたわ」
「ボクも・・・・」
「本当にごめん。少し前まで居たところだったら、これくらいなんでもなかったから、つい・・・・・・」
アキトは、女性陣の非難の視線と口調に、平謝りして、なんとか許してもらった。
ただし・・・・先程言った、この前まで居たところの話をすることによって・・・と、付くが・・・・
「さ、そろそろお腹も空いてきたし、早く茸を取って昼食にしよう」
「さんせ〜!ボクお腹ぺっこぺこ」
アキトの言葉に賛同するトリーシャに、反対する者は誰もいなかった。
何せ、戦闘を二回も繰り返したのだ。昼になろうとなるまいと、お腹が空くのも当たり前だろう。
そして、アキト達は地底湖のあった空間を後にして、洞窟の最奥へとたどり着いた。
その最奥部の空間には、アキト達を魅了するのに充分な光景が広がっていた。
『天窓の洞窟』と呼ばれる由来となった天井の開口部から、陽の光が入り、
その光が最奥部の巨大な空間を淡く照らしていたのだ。
もし、この光にそって天使が降臨しても、皆は不思議には思わない・・・・そんな雰囲気がただよっていた。
その光景に誘われるように、トリーシャは中央に向かって歩き始めた。
「わ〜・・・・きれ〜い」
陽の光を受け入れるように、手を広げるトリーシャ。
その光景は、スポットライトを浴びる女優か、神秘的な雰囲気を持った絵画のようにも感じられた・・・
「ねね!結構気持ちいいよ!みんなも―――――キャッ!!」
トリーシャは、全部言い終える前に、一足飛びに接近したアキトに抱きかかえられ、その場を離れた!
その一瞬後、その場に大きめの石が飛来し、大地に穴を穿った!
「怪我はないかい?トリーシャちゃん」
「う、うん、ありがとうアキトさん」
「ここには、番人という奴が居るんだから、気を緩めちゃ危ないよ」
「わ、わかった・・・・・・・」
トリーシャは、顔を赤らめて頷いた・・・・・
どうかしたのかな?と、考えたアキトだが・・・・・すぐに、抱きかかえていたままだった事に気がついた。
「ああ、ごめんね。抱きかかえたままで」
「う、ううん・・・・そんなこと無いよ・・・・・」
ますます顔を赤くするトリーシャに、アキトはよく解らないと言う表情をした・・・・・
困ったアキトは皆の方に目を向けるが・・・・そこにはむくれているシーラとクレアの二人が居たので、
すぐに目をそらせることになった。
「と、とにかく。そこの番人と・・・・・でてこい、シャドウ」
アキトの最後の言葉に、シーラ達はビクッと震えた。
アキトの声が、今までに聞いたことのないくらい深いモノだったのだ。
奥の暗闇から出てくる番人と称する魔物・・・・・
そして、突如発生した黒い風が、魔物の横で渦巻き、その中から眼帯をした一人の男が現れた!
「ヒャーッハッハッハッ!久しぶりだねぇ!テンカワ・アキト!!何でも屋の仕事はもう慣れたのか?」
「御託は言い・・・ディアとブロスは何処に居る!!」
「いきなりだねぃ・・・・そんなに自分の世界に帰りたいのかな?」
「それもあるがな・・・・・それよりも、あの二人は俺の家族だからな!」
「そう怖い顔すると、女性に逃げられるぜ?」
シャドウは、まるでアキトの女性関係でも知っていて言っているかのように、にやついていた。
アキトはそんな挑発には乗らず、悟られないように、静かに体内にて氣を練り上げていた。
そんな二人を戸惑いながら見ているシーラ達・・・・状況に追いつけないのだろう・・・
だが、シャドウが敵だということは解っているのか、それぞれ警戒は怠ってはいない。
それを知ってか知らずか、シャドウはさらに嘲笑するのみだった。
「(相変わらず、よく解らない≪氣≫だ・・・だが、それが逆にこいつの氣を際立たせている・・・・
しかし、それにも関わらずこいつの氣を察知することは難しい・・・・
まるで自然の一部みたいに周囲に溶け込んでいる・・・・・氣功師という感じでもないのに・・・一体何者だ?)」
「そう睨むなよ、一年足らずで返してやるっていっているだろ?それまで待てよ」
「待てると思うのか?」
「い〜や、全く・・・・・お前は知り合い・・・身内のこととなると殊更懸命になるからな」
「俺を知っているような口振りだな」
「さ〜・・・・教えてほしけりゃ力ずくできたらどうだい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
シャドウは、両手をダラリ・・・・とさげ、自然体で立った。
対するアキトも自然体・・・・・ただし、氣の結界はすでに張られている!
「アキト君!」
「アキト様!お手伝いいたします!!」
「おっと、そっちの奴等の相手はこいつだ。ここら一帯の淀みを使って創った魔物だ。
オーガーなんかよりは強いぜ?構成物質が岩だから、かなり硬いしな・・・丁度いい相手だ」
シャドウの隣にいた魔物は、シーラ達に向かって走り始める!
幸い、鈍足であった為、避けるのは訳無さそうだが、
一歩大地を踏むたびに聞こえる重い足音は、かなり嫌な感じをさせる。
「みんな、済まないがそいつの相手を頼む・・・・俺は、シャドウの相手をしなくちゃならない」
「うん、解った!アキト君、気をつけてね」
「ご武運を、アキト様。あの者は、何か得体が知れません」
「解ってるよ・・・・皆も気をつけて」
「まっかせておいて!ボク頑張るから!!」
「ぼ、僕も頑張ります」
「そういうことだ、アキト、そっちこそ抜かるなよ」
「ああ、そっちのことは頼んだ」
シーラ達に魔物のことを頼むと、アキトはシャドウと向き直った。
視線を逸らしていても、意識は外していないことに気が付いていたのか、シャドウに動きはない。
相変わらず、にやけたままだったが・・・・・・
二人は、対峙したままピクリとも動かない・・・・まるで、その場一帯のみ、時が止まったかのように・・・・
どれ程の時間が経っただろう・・・・・実際には一分足らずであったのだが、アキトにはもっと長く感じられた。
突如、二人は姿を消すと、立っていた位置を入れ替え、背中を向けるように立っていた!
アキトはすぐさま振り向く・・・・が、シャドウは胸部を押さえてながら、ゆっくりと振り返った。
「やるじゃねぇか・・・・・さすが『戦神』と呼ばれるだけはあるな」
手を下ろすシャドウ・・・・押さえていたそこには、打撃痕が残っていた!!
消えてから姿を現す一瞬の間に、アキトとシャドウは十回も攻撃を繰りだしていたのだ!
だが、一撃をいれたアキトはと言うと・・・・驚きに満ちた顔をしていた。
「答えろ・・・・なぜお前が木連式・柔を知っている!」
「さっきも言っただろう?教えてほしけりゃ力ずくで来いってな・・・・・」
再び二人は地を蹴り、間合いをつめて拳を繰りだす!!
凄まじいスピードで繰り出される拳と蹴り!!だが、その光景は異様の一言に尽きた!
「ヒャーッハッハッハッ!!どんな気分だ?自分と全く同じ攻撃を出される気分は?」
「薄気味悪いだけだ」
アキトは苦々しげに言い捨てる・・・
そう、アキトとシャドウは、合わせ鏡のように全く同じ攻撃を繰り返していたのだ!
拳を繰り出せば拳を・・・蹴りを放てば蹴りを・・・・・全く同じタイミング、同じ角度で放っていたのだ。
(ならば!!)
アキトは練り上げられた氣を拳に集束させ、攻撃を繰り出す!!
シャドウも、拳に黒い光みたいなものを集束させ、アキトと同様に繰り出す!!
そして、打ち合わされた拳は、ぶつかった瞬間、軽い衝撃波を放った!!
シャドウは、ニヤリ、と笑いながら嘲笑する。
「無駄無駄!氣功術程度でこの俺の力に勝つなんて・・・・・」
「衝破!!」
アキトの拳に集束された氣が爆発し、その衝撃波がシャドウの身体を打ちのめす!!
シャドウは後ろに吹き飛び、壁に衝突した!その際、壁は大きくへこみ、一部を崩していた!!
グッタリとしているシャドウ・・・・体はピクリともしていない・・・・
そのシャドウに向かって、アキトは容赦なく攻撃を放つ!!
「発剄ッ!!」
集束された氣の塊は、離れていたシャドウにぶつかる!!
はずだったが、その寸前にシャドウの右手が、常人には不可視のはずの氣弾を受け止めた!!
「一応、気絶したふりしてるんだから、確かめるのが人情ってやつじゃないのか?」
「後ろに飛んで衝撃を和らげ、壁に激突する瞬間に黒い光で防御した者の台詞じゃないな・・・・」
「全部ばれてやがる・・・・・つまらねぇ奴だな・・・・」
シャドウは、手の中にあるアキトの発剄を無造作に握りつぶすと、平然と立ち上がった。
その動作には、ダメージを受けたような感じは全くない。
シャドウの顔には、すでに嘲笑はない・・・・
「正直、様子見だけのつもりだったが・・・うれしい誤算だ。本気を出していない状態でここまで強いとはな・・・・・」
「何が目的だ・・・・ディアとブロスを隠し、俺の実力を試す・・・そして、俺を美術品盗難の容疑を被せて・・・」
アキトの最後の言葉に、シャドウはニィっと笑う。さも楽しげに・・・・・
「全てを話してもらうぞ・・・お前のいうとおり、力ずくでな!!」
アキトの体より、淡い蒼銀の光が発生する!
シャドウはそれを見て、右側に飛びながらアキトとの間合いをさらに広げる。
「今日は様子見だっていっただろ?それに、いいのかい?お仲間さんを放っておいて・・・
あれの素早さはともかく、攻撃力と防御力は半端じゃない。
駆け出しのヒヨッコ共にはちっとばかり荷が重いと思うぜ?」
「クッ!!」
アキトはアレフ達の方に目を向ける。
そこには、シャドウの言うとおり、魔物の体についている岩に苦戦するアレフ達の姿があった。
その時、妙な力をシャドウから感じ、すぐさま目を向けると、
そこには、影に沈むように消えてゆくシャドウの姿があった!
「ま、そういうことだ。次を楽しみにしていな!ヒャーッハッハッハッ!!」
アキトは、シャドウの影の残滓を忌々しげに見ると、魔物に苦戦しているアレフ達に向かって走った。
「ちっくしょう!なんて硬さだよ!本当に岩か?」
「魔法も跳ね返されるし・・・・どうしようもないよ〜」
アレフとクリスは、魔物の防御力の高さに、完全に困り果てていた・・・・
クレアとアレフの武器は、要所にある岩に、文字通り刃が立たず、
シーラの格闘技も、さしたる効果は得られていない・・・こちらは、完全に力不足なのだ。
最後の頼みの綱だったクリスとトリーシャの魔法は、刃と同様、岩に弾かれていた・・・・・
天然の岩などではなく、魔法などを弾き返すような合成物質なのだろう。と、クリスは予想した。
「動きはとろくさいのに、防御だけはきっちりとしてやがる・・・
おかげで、岩のないところを狙おうにも、全部防がれちまうし・・・・・」
「どうなさいますか?アレフ様・・・・皆様の体力が、そろそろ限界が近づいております。このままだと・・・」
「ああ、いずれあの一撃を喰らってお終いだな・・・・こうなりゃ自棄だ!
俺が囮になるから、シーラとクレアの二人で、岩のない箇所に攻撃してくれ!行くぞ!」
「そんなの危険よ!止めてアレフ君!!」
「お待ち下さい!アレフ様!」
「オォォォーーー!!」
しかし、アレフはシーラ達の言葉には耳を貸さず、雄叫びを上げながら突進した!
一撃・・・・それを避けるのではなく、受け止めて隙を無理矢理に作るつもりなのだ!
魔物は突進してくるアレフを叩き潰すため、拳を振りかぶる!
拳には、ナックルガードのように岩が付いているため、破壊力は洒落にならない!!
アレフはその拳を迎え撃つ為、剣を振りかぶった!!
(頼む!一撃だけ・・・一撃だけ耐えてくれ!!)
頑強な魔物に幾度も攻撃したため、刃こぼれをおこした鋼の剣に、アレフは祈る気持ちで頼んだ!
そして、魔物とアレフの武器が、相手に向かって振るわれる・・・・その寸前!
魔物に向かって、黒き破壊の風が吹き荒ぶ!!
黒き破壊の風は、魔物を覆っていた岩を微塵に打ち砕いた!
岩の防護がなくなった魔物の拳に、アレフの剣が突き刺さる!!
「今だ、トリーシャちゃん!クリス君!魔法で奴を弱らせるんだ!!」
岩を破壊した黒い風は、すかさずトリーシャとクリスに声をかける!!
二人はいきなりの事態に戸惑いながらも、アキトに言われたとおり魔法を解き放った!!
「「ルーン・バレット!!」」
トリーシャとクリスの二人が創り出した十個近い光弾が次々に魔物に襲いかかり、着弾と共に爆発する!!
その衝撃によるダメージが大きかったのか、魔物はバランスを崩しよろめいた!
「ハァァッ!!」
その隙を逃さず、シーラは飛び掛かると、跳び蹴りから二段回し蹴りと連続攻撃を繰り出した後、
大地を思いっきり踏みしめ、最後に魔物の胸板を全体重を乗せた、貫くような蹴りを繰り出した!!
その攻撃によって上半身を仰け反らせる魔物!
シーラのすぐ後に続いていたクレアが、長刀による二段攻撃で、
上半身を袈裟懸けと逆袈裟に・・・つまり、×の時に斬り裂く!!
「アレフ様!止めを!!」
「任せろ!!」
アレフは、剣を両手で持ち、刺突の構えで魔物の懐に全力で飛び込んだ!!
剣技もなにもあったものじゃない、ただ貫くための突進だった!!
アレフの刃は、魔物の胸元・・・人間ならば心臓の位置に突き刺さり、背中から突き出た!!
「ぐ・・・・・が・・・・・」
魔物の表面が硬質化し、無数のヒビが走る!!
そのヒビが、全身にまわった瞬間・・・・魔物の身体は崩れ落ち、土塊となった・・・・・・・
実に呆気ない最後だった。
闘いに疲れた皆は、その場に座り込み、肩で息をしていた・・・・
精神、体力共に限界なのだろう・・・・その場に立っているのはアキトのみだった。
「みんなお疲れさま・・・茸は俺が採っておくから、みんなは昼食でもとって、休んでいてくれ」
「す、すみませんアキト様・・・・・」
「すまねぇアキト・・・もうあんまり動く体力ねぇや」
「気にするなって、みんなよく頑張ったよ」
アキトは昼食の準備をすると、空になったリュックに目薬茸を詰め始めた・・・・
皆も、しばらく休憩した後、昼食を取り、茸の採取を手伝った。
そして、全部取り尽くしたアキト達は、一路ジョートショップへと帰っていった。
途中、気絶から復活したハメットとアルベルト達と遭遇し、アキトが一瞬で倒したのだが・・・それは、余談だろう。
「ただいま戻りました、アリサさん、テディ」
「お帰りなさい、アキト君。それにみんなも・・・」
「お帰りなさいッス!怪我がないようでよかったッス」
アリサとテディは、アキト達の無事な姿を見て、ホッとした表情を浮かべていた。
アキトは、その二人が安心したことを確認すると、もう一人いる人物に向かって話しかけた。
「トーヤ先生、来ていたんですね」
「無事に帰ってきたようだな・・・・・・」
椅子に座っていた人物は、アキト達の無事な様子を確認していた。
トーヤ・クラウド・・・・クラウド医院の医師で、エンフィールド・・・否、この地方一の名医。
自他共に認める天才で、アリサの目の主治医でもある。
「怪我をすれば治しはするが・・・ないことに越したことはないからな。とにかく、ご苦労だった」
トーヤは安堵した表情で、アキト達をねぎらった。
「それで、目薬茸は取ってきたのか?」
「ええ、このリュックいっぱいに・・・・」
「人一人分は一つあれば十分なのだがな・・・・」
「そうだったんですか。それじゃぁ、残りはトーヤ先生に差し上げます。それで良いですよね、アリサさん」
「ええ、その方がトーヤ先生も助かるでしょうし」
「その申し出はありがたく受けておこう・・・それより、どうするつもりだ?今からさっそく薬を作るつもりか?」
「ええ、そのつもりですけど・・・・」
「作り方は知っているのか?」
「あ、いえ、知りませんでした・・・適当に料理でもすればと思って・・・」
「一応薬なんだ。調味料を入れるのは感心しないな」
「ボク知ってる!確か、煮込むだけでいいんだよね」
「ああ、トリーシャの言うとおりだ。茸が生えている洞窟にある水で煮込むことによって・・・」
「ちょ、ちょっとまってよ!水のことなんか、本に書いてなかったよ」
「その茸が生えている場所以外の水では、茸の肝心な成分が分解されてしまうのだ。
大方、次のページにでも書いてあるか、虫食いでもあったのだろう。よく読んでみたのか?」
「そういえば・・・・そのページしか読んでなかった・・・」
トリーシャは、『目の特効薬』という項目を見つけ、そのページだけを徹底的に読んだだけだった。
落ち着いて読んでいれば気がついたのだろうが・・・
アリサの目が治ると喜び勇んでいたトリーシャにそれを言うのは酷というやつだろう。
「そ、それじゃあ急いで水を取ってこないと!!」
「って、トリーシャ。アキトが帰りに水汲んでいたの忘れたのかよ」
「あ、そうだった・・・・・」
「落ち着いて、トリーシャちゃん」
「そうですわ、トリーシャ様」
「ヘヘヘヘ・・・・・ごめんなさい」
「とにかく、水はあるということなんだな」
「ええ、偶然でしたけど」
「だったら、さっそく作ってみればいい・・・」
「そうします・・・・」
アキトは、茸が入ったリュックと、水が入ったポットを持ち、台所に向かった。
「おい、アキト。料理じゃないんだからな。シチューなんか作るなよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・わかってるよ」
「なんなんだよ、その妙な間は」
「仮にでも料理人としてな・・・・煮込むだけ、というのはつまらないからな」
「おいおい・・・・」
「わかってるって、妙なことはしないよ」
そういうと、アキトは台所の方へと姿を消した・・・
それを、やや不安げな表情をしたアレフが見送っていた・・・・・
「大丈夫かよ・・・これでキノコシチューとか出てきたりしたら」
「大丈夫よ、アレフ君」
「そうですわ。アキト様は間違うようなお方じゃありませんから。
先程の発言も、残念だ・・・と、言っているだけです」
「うんうん、そんな感じだったよね」
「そうか〜?お前はどう思う?クリス」
「え?僕?・・・・・・アキトさんなら、大丈夫じゃないかな・・・あれ程、アリサさんの目を治したいって言ってたし・・・」
「それもそうか・・・・・・・」
「治ればいいのだがな・・・・・・・」
皆の言葉に納得したアレフは、薬ができるのを雑談しながら待っていた。
その為、トーヤが呟いた言葉が聞こえたものは、誰もいなかった・・・・・
それからしばらくして、アキトが目の薬を深皿に入れて持ってきた・・・・
傍目には、ただのスープにしか見えない。
「・・・・・なんだか怖いわ・・・・・」
アリサが不安げな表情で呟いた・・・・心中穏やかでないのは当たり前だろう。
弱視が治る・・・・第三者から見れば、それはめでたいことでしかないのだが、本人にとっては少し違う。
目が治ることは確かに喜ばしいことだろう。
しかし、それは今まで慣れ親しんできた日常が変わる事になるのだ・・・・
誰しも、何も判らない道を行くのにはためらいを覚える。
アリサの戸惑い・・・そしてためらいは、当然の感情なのだ。
それに気が付いていたアキトは、緊張して強張っていたアリサの肩に手をおいた。
傍目には、緊張している素振りを見せていなかったのだが・・・
アキトと、アリサの目の代わりを自称するテディには通用しなかった。
「ご主人様、大丈夫ッス!目が治っても、ボクはいつまでもご主人様と一緒ッス!」
「アリサさん・・・テディのいうとおりですよ。
確かに・・・目が見えるようになれば、日常は変化をしますが・・・それでも変わらないモノはたくさんあります。
テディも、俺も、そしてみんなも・・・アリサさんが大好きだっていうことは変わりませんよ。絶対に」
アキトの言葉に、皆は口々に同意をした。
その言葉に嘘偽りがないというのは、誰が聞いてもわかっただろう・・・・・
「みんな、ありがとう」
「気にしないで下さい、みんなの本音なんですから、それよりも、冷めないうちに・・・」
「ええ、いただくわ」
アリサはそういうと、深皿をからスープを飲んだ・・・・
それを固唾をのんで見守るアキト達・・・・・・
「どうッスか?目が見えるようになったッスか?」
「・・・・・・いいえ、なにも変わってないわ」
「そんな〜・・・どうして?本にはちゃんと・・・・」
「やはり、効果はなかったか・・・・」
トリーシャの落胆の声を遮るように呟くトーヤ・・・・その言葉に、アキトは質問を返した。
「トーヤ先生、『やはり』というのはどう言うことなんですか?」
「・・・・黙っていて悪かったが、目薬茸は病気にしか効果がない・・・・
アリサさんのように、先天性の弱視には、効果がないのだ・・・・」
肝心なことを黙っていたトーヤに、怒鳴り散らそうとするアレフをアキトは抑えた。
トーヤが無意味にこの様なことをするとは思えなかったからだ。
「どうして黙っていたんですか?」
「確信がないからだ・・・この世には絶対というモノはない。薬にしても同じ事だ。
その目薬茸で、アリサさんの目が治る可能性もある・・・例え万分の一でもな・・・・
アリサさんには、皆がいない間に言っておいた・・・黙っていたのは、アリサさんからの願いでな・・・・」
「アリサさん・・・・」
「私も、トーヤ先生と同じ考えだったわ。もし、万が一にでも治るのなら・・・試してみようと・・・
それに、私のためと、一生懸命頑張ってくれているみんなに、治らないかもしれないって言うのも気が引けたの・・・
でも、結果的にはみんなを騙す事になってしまったわね、本当にごめんなさい・・・・」
深々と頭を下げるアリサとトーヤ・・・・・そんな二人を前に、アレフ達はなにも言えなくなった。
「そんな・・・元々は、ボクがちゃんと本を読まなかったから、みんなに期待を持たせちゃったんだし・・・・
謝るんだったら、ボクが先に謝らなくちゃなんないよ・・・・・」
「いいのよ、トリーシャちゃん」
「そうだよ、トリーシャちゃんも、アリサさんも謝ることはない・・・
例え、先に知らされていても、俺は目薬茸を取りに行っていたよ。可能性を求めてね。
それに、俺達の行為は無駄にはならないよ。
アリサさんには悪いかもしれないけど、他の目の病で苦しんでいる人達は助かるんだ・・・
そうでしょう?トーヤ先生」
「ああ、それだけあれば、かなりの人の目を癒すことができるだろう」
「ほらね、トーヤ先生もそういっている。
結果的には、トリーシャちゃんは何十人も助けるきっかけを作ってくれたんだ。自信を持っていいんだよ。
だから、そんな落ち込んだ顔なんてせずに、元気いっぱいに笑ってくれる方が、俺も、みんなも嬉しいよ。ね?」
「・・・・・・・うん!」
「そう、その笑顔。トリーシャちゃんは笑った顔の方が可愛いよ」
「あ、う・・・・・・・・・・・・・」
トリーシャは、顔を真っ赤にしながら俯いた・・・・・
そんなトリーシャの態度に、アキトはやばいことでも言ってしまったのか?と、オロオロしていた。
そんな二人に、クレアとシーラは複雑そうに・・・アリサ達は楽しそうに笑っていた。
アキトはそんな皆に、困ったような顔をして頭を掻いた・・・
しかし、その胸中は、表情とは裏腹に真剣に今日の出来事を考えていた。
(シャドウ・・・それにハメットか・・・・この二人が、先の事件を解くカギだな。
ハメットはまだ良い・・・相手は人間なんだ。いつかは尻尾を出すだろう。
だが・・・問題はシャドウだ・・・やつは一体何者だ・・・・・・
俺をこの街に縛り付け、力を試そうとするなんて・・・何が目的なんだ・・・見当が付かない。
どうやら・・・・ただ事件を解けばいい、という訳にはいかないようだ・・・・・・)
アキトは、先が見えない状況下に、内心溜息を吐いていた・・・・・
その暗い気持ちも・・・・アリサ達の笑顔を見た瞬間、アキトの中から一時の間、霧散した。
できるのであれば、自分の所為で、アリサ達の笑顔が無くならないことを・・・・
そう、真剣に願い、そして全力で守ることを誓うアキトだった。
(第十三話に続く・・・・・・)
―――――あとがき―――――
どうも、ケインです・・・
『赤き力の世界にて・・・』が終わり、こちらを集中して書き始めました。
投稿間隔は、今までと同じ、約二週間となります・・・たぶん。忙しくない限りは・・・
捨て・プリの方も、徐々にですが書き溜めようかと思います。
投稿は早くて来年の正月でしょうか・・・気長にお待ちください。
次回の『悠久を奏でる地にて』は、マジック・イヤリングです・・・話的には短いですけど・・・
まあ、布石というかなんというか・・・そんな感じです。
それでは、次回の悠久のあとがきで会いましょう・・・
代理人の感想
兄とはとかく悲惨な境遇におかれるものですねぇ、このご時世。(苦笑)
こちらが手を出せないのをいいことに、遠慮なしに・・げふんげふん。
あんまり喋るとイロイロばれてしまいそうなので今日はこの辺で(爆)