悠久を奏でる地にて・・・
第14話『月・・・・真紅に染まりし時・・・』
―――――七月十三日―――――
・・・・・・・太陽が山の向こうに姿を消し、エンフィールドの街を夜の帳が覆い始めた・・・
そんな時間帯のジョートショップでは、夕食がつつがなく終わっていたところだった。
「悪いね、夕飯をご馳走になって」
出された料理を平らげたリサが、アキトとアリサに軽く礼を言った。
食器を片づけ始めたアキトは、そんなリサの言葉に微笑とともに返事をした。
「気にしないで下さい、リサさん、残業を頼んだのはこっちなんですから」
「そうよ、気にしないで。それに、リサさんには色々とお世話になっているのだから」
「私も、アリサさんにはピザを食べさせてもらったりと、迷惑かけているからね」
「あれは、私が好きで作っているのですもの。喜んで食べてもらえるたびに、私も嬉しくなるわ」
「アリサさんのピザは美味しいから・・・・・だから、ついつい多く食べてしまうんだけどね」
アリサが作るピザは、仲間内でも争いになるほどの人気がある。
その上、食い意地の張ったピートと、無類のピザ好きのリサが居合わせると、
その場は戦闘と同じくらいに殺伐とした食事風景となる・・・・
何せ、二人とも控えるということをせず、正に奪い合いになるのだから・・・・・
「そんなに美味しいんですか。アリサさんのピザは」
「美味しいッスよ!ほっぺが落ちそうなくらいに!」
「そう言えば、アキト君が来てから作ったことはないわね・・・」
「食事は俺が大体作ってますからね・・・・ついつい癖で・・・」
「そのおかげで、私はだいぶ楽をさせてもらっているけどね。
御礼も兼ねて、今度時間が空いたときにでもご馳走するわ、アキト君」
「ありがとうございます。楽しみに待っていますよ」
「ええ」
「その時には私も呼んでもらえると嬉しいね」
「もちろんよ、リサさんも一緒にね」
「やったね」
リサは本気で嬉しそうな表情をする。自覚も無しにガッツポーズをとる辺り、かなり本気で嬉しいのだろう。
その様子を、アキトとアリサ、テディは面白そうに見ていた・・・・・
その時・・・・・・
アキトはかなりのスピードで近づいて来る、知り合いの氣を感じた。
・・・・・何かあったのか、その氣の波動というべきものが乱れていたのを、アキトは察した。
(怪我や病気、疲労などの乱れ方じゃない・・・・感情の乱れか?)
人の氣が乱れるのには、いくつかパターンがある・・・・
怪我や病気、疲労からくる、体力の減少によって氣が低下し、乱れる場合・・・・
そして、怒りや悲しみ、喜び等の大きな感情による、氣の波長が乱れる場合・・・・
後者の場合は、その感情が強ければ強いほど、乱れが大きく、周りにも影響を与える。
一人の悲しみや喜び、焦りが周囲に伝染したりすることがこれにあたる。
実際に例えるのなら、某同盟が時折?みせる嫉妬の感情・・・・あれは間違いなく、周りに影響を及ぼしている。
一人一人だと、あそこまで嫉妬は酷くならないだろう・・・・・お仕置きの内容は別として・・・・・
「どうかしたのか?アキト」
「ん?ちょっとね・・・」
アキトはそう返事をするのと、店の入り口に向かって歩き始めた。
丁度その時、ジョート・ショップのドアが勢いよく開かれ、一人の少女が近くにいたアキトにしがみついた!
何事か?と、アキトと少女に目を向けるアリサとテディ、リサの三人・・・・
アキトにしがみついていたのは・・・今にも泣きそうなのを我慢して、必死に気張ろうとしているクレアだった。
「アキト様!お願いです!!兄様を・・・・兄様を助けて下さい!!」
「クレアちゃん・・・・・・」
説明を求めようとしたアキトだが・・・・クレアの様子からそんな暇はないと判断し、考えるのを後回しにした。
アキトは泣きながらしがみつくクレアの頭を優しく撫でる。
「すみません、アリサさん、ちょっと出てきます」
「わかったわ、アキト君・・・・・気をつけてね。嫌な予感がするわ」
「はい・・・・クレアちゃん、アルベルトは今どこに?」
「クラウド医院です・・・・お願いです、兄様を・・・・」
「わかった。俺にできる限りのことはする・・・・だから、早く行こう!」
「はい!」
「私も行くよ、この場に居合わせたのも何かの縁だしね・・・」
「リサ様・・・・」
「さ、ボヤボヤせずにさっさと行く!」
「は、はい!!」
ジョート・ショップを出たアキト達三人は、人通りが少なくなった道を疾走した!
その甲斐あってか、程なくしてアキト達はクラウド医院の扉をくぐることができた。
クレアに言われるまま、治療室の扉を開けたアキトとリサは、奥から漂ってくる濃厚な血の匂いに、息を飲んだ・・・
戦場を渡り歩いてきたリサは、血の匂いの濃さに、かなりやばい状態だということを、経験から直感したのだ。
アキトも同様だが・・・・それと同時に、治療室一帯から感じる邪気に、軽く眉をひそめる。
「早く包帯を!少しでも出血を防ぐんだ!こっちの傷は縫合だ!消毒した針と糸を持ってくるんだ!」
治療室のベッドに寝かされた自警団員数人を相手に、トーヤは目まぐるしく駆け回る!
その補佐のためか、自警団の者達がトーヤの周りを忙しく動き回っていた!
治療室の中に無言で入ったアキトは、アルベルトに包帯を巻いている司狼に近づいた。
「司狼、これは一体・・・・」
「アキト!来てくれたのか!説明は後でする、悪いがこいつらに軟氣功を頼む!」
「わかった。作業しながらで良い、何があったのか教えてくれ」
アキトは体内で氣を練り、それをアルベルトに流し込む・・・・
目に見えて効果があるわけではないが、青ざめていた顔に少し赤みが戻っていた。
司狼はその様子を確認しながら、手当を再開した。
「司狼、俺が使える軟氣功はあくまで応急にしかならない!治癒魔法で・・・・」
「無理だ・・・魔法で傷を治しても、すぐに開いてしまう・・・・・打つ手がない」
「相羽さんの言う通りです・・・神聖魔法の癒しでは、まったく効果がありません。
一時的に傷口が塞がっても、またすぐに開いてしまうのです・・・・
傷口が開くたびに、斬られるような痛みもあるらしく・・・・このままでは体力が持ちません」
この世界の治癒魔法である神聖魔法の使い手として呼ばれたセント・ウィンザー教会の神父が、
怪我人を癒せない己の力の無さを悔やんでいるのか、暗い顔をしている・・・
外見的には、優しい初老のおじさん・・・といった感じの神父だが、
その実、この街で・・・いや、この地域でも一番の神聖魔法の使い手でもあった。
アキトは軟氣功を続けながら、トーヤが縫合している様子を見たが、やっぱりというべきか、状況は芳しくない。
傷口が縫い合わされはしたが、出血の量が減っただけで、根本的な解決にはほど遠かった。
「ディアーナ!替えの包帯を・・・くっ!!すまないが奥から替えの包帯を取ってきてくれ!」
トーヤは言葉を途中で切った後、近くにいた自警団員の一人に頼む。
ディアーナとは、トーヤの弟子で、見習い医師の女の子なのだが・・・
如何せん、血に弱いため、早いうちにダウンしてしまったのだ。
医師として、それは恥ずべきかもしれない・・・が、今回、それを注意するのは少し酷だろう。
この惨状を実際に見れば、気の弱い者など、気絶しかねないのだから・・・
「包帯を持ってきました!!」
「こっちにも回してくれ!」
包帯を催促する司狼。リサと二人掛かりで処置しているため、数の減りが早いのだ。
当のリサはといえば、包帯を手早く巻きながら、一向に血の止まろうとしない傷口の状態に顔を顰めた。
「一体・・・・どうやったらこんな裂傷ができるんだい!?見たところ刃物の傷のようだけど・・・・」
「知るかよ。傷をつけた本人・・・・・・紅月にでも聞いてくれ!!」
司狼の吐き捨てるような言葉を聞いたリサは、身体を硬直させた・・・・・
治療に忙しい司狼は、そんな彼女の様子に気がつかなかったのか、新しい包帯をアルベルトに巻いていた。
「今、なんて言った・・・・・」
「あ?傷つけた本人にでも聞けって・・・・・」
「その後だ!誰がこれをやったって!?」
「紅月だよ。クソッ!この前、隣町に出現したから今度も出るだろうって、
リカルドの旦那と親父が隣町に出張しているのに・・・・・っておい、リサ!!」
司狼の言葉を聞き終わらない内に、リサは飛び出すようにクラウド医院から出た!
そして、放たれた猟犬の如く、夜のエンフィールドを駆ける!!
後に残された司狼は・・・・何が起こっているのかさっぱりとわからない、という表情で呆然とした。
「司狼!すまないがリサさんを追いかけてくれ!
おそらく、彼女はこれをやった犯人・・・・紅月を探しに行ったはずだ」
「わ、わかった!後のことは頼むぞ!」
司狼は、リサの後を追うべくクラウド医院を飛び出した・・・・
その場に残った自警団員は、責任者がいなくなったため、どうして良いのか分からずお互いの顔を見合わせた。
元々、現在の責任者はアルベルトだったのだが、負傷により、手の空いている司狼が代行していたのだ。
手の止まった自警団員に目をとめたアキトは、軽く息を吸い込み・・・・・
「何をやっている!!今、自分のすべき事を見失うな!人の命がかかっているんだぞ!!」
『りょ、了解!!』
アキトの一喝に、反射的に敬礼をした自警団員達は、再びあくせくと動き始めた。
それを確認したアキトは、一向に容態が回復しないアルベルトに目を向け・・・・己の目を疑った。
(なんなんだ?傷口から黒い靄みたいなモノが漏れ出ている・・・・―――――ッ!?邪気か!)
アキトは、邪気が視える事を思案するよりも、その邪気が治療の妨げになっていることを瞬時に悟った!
ならば、邪気さえ何とかすれば・・・・・そう考えたアキトは軟氣功を中断し、体内の氣を昇華させる!
アキトが治療を止めたことに気がついたクレアは、慌ててアキトに近寄った!
「アキト様!?一体何を・・・・・」
「アルベルト達の治療の妨げとなっているモノを取り除くんだ・・・・ハァァァッッッ・・・・・・」
アキトの体より、極限まで昇華された氣・・・・≪神氣≫が放たれ、辺りの暗い空気を一層する!
血生臭くなっている治療室に、一瞬だけだが、聖域にも似た清涼感が漂う!
アルベルトに再び手をかざしたアキトは神氣を送り込み、体内の巣くう邪気を消滅させる!!
そのおかげか、傷口から流れ出ていた血が、徐々に止まり始めていた!!
「神父さん!問題は取り除きました!早く神聖呪文を!!」
「わ、わかった・・・・神よ、この者に救いの御手を差しのべたまえ《ホーリー・ヒール》!!」
アルベルトの身体が白い光に包まれると、次々に傷口が塞がってゆく!
光がおさまった後には・・・傷一つなくなったアルベルトが横たわっていた。
「おお!今度は傷口が開くことはない!」
神父は奇跡でも見ているかのような眼差しで、アルベルトとアキトを見た。
クレアは、助かったアルベルトの手を取りながら、よかった・・・・と、何度も呟きながら泣いていた。
周りにいた自警団員達も、一番の重傷者だったアルベルトが助かったためか、一様に安堵していた・・・
そんな中で、アキトとトーヤだけは気を抜いていない!
「気を抜くな!まだ数人、死にかけているんだぞ!気を抜くのはそれからにしろ!」
「アキトの言うとおりだ。お前達、治った者の体温を下げないようにしろ。血が流れすぎているのだからな!
それと、こいつらと同じ血液型の者は申し出ろ、輸血用の血液がまったく足らん」
アキトはトーヤの怒鳴り声を聞きながら、更に神氣を練り、次の怪我人の邪気を中和した・・・
その後を、神父が神聖魔法を使い、傷口を応急処置していった・・・・
アキトはさらにその後で、体力がギリギリの者に軟氣功をかけなくてはならない・・・・・・・・
怪我人は全部で十二人・・・・・アキトがリサの後を追うには、まだかなりの時が必要のようであった・・・・
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アキトがアルベルトの邪気を中和した時よりも少し前・・・
クラウド医院を飛び出したリサは、街の中をがむしゃらに走っていた!
(何処だ!何処に居る!!)
怒りや憎しみといった負の感情をその身に纏い、夜の街を疾走するリサ・・・・・
鬼気を発するその姿は、猛り狂う獣を連想させる。
夜空は生憎と曇り空で、視界は不鮮明・・・・それでもリサは疾走を止めようとはしない。
その時、リサは微かな風に乗って漂う血の香りを感じた!
普段なら絶対に気がつかないほど微かなもの・・・
しかし、五感を研ぎ澄ませているリサには、血の香りがはっきりと伝わってきた。
(血の匂い・・・・こっちか・・・・)
血の香りを辿ってみるリサ・・・・そこには、赤黒く染まった広場があった。
よく見ると、染まる・・・というのは言い過ぎではあったが、
宵闇の暗さが、この広場を染められているかのようにみせていたのだ。
リサはしゃがみ込み、血の染み込んだ地面に手をつけると、乾き具合などを調べる・・・・
「染み込んですぐってわけじゃないね、ある程度乾いている。
血液の量、飛び散り方、周りの状況から考えると・・・アルベルト達がやられたのは此処か・・・・」
リサは立ち上がると、周囲を見回した・・・・・・
丁度その時、雲の切れ間に入ったのか、月が顔をのぞかせ、淡い光で広場を照らした・・・・
ただし・・・・その月は、血を浴びたかのように紅かった・・・・・
それを見たリサは、歯軋りがするほど、歯を食いしばった!
「紅い月・・・・・・・・・・・チッ、嫌なことを思い出させる・・・・・・」
「女・・・・・貴様も我を邪魔する者か?」
「―――――ッ!!」
リサは背後からかけられた声に対して、頭で考えるよりも、戦場で得た経験が、反射的に身体を動かし、
声の主が居る方向に振り返りながら、腰に差してある二丁のナイフを構えさせた!
リサの振り向いた先には、夜の闇の中でも爛々と輝く、赤い瞳をした一人の男が立っていた。
男は、エンフィールドではまず見られない東方の服『着流し』を着ており、腰には一振りの刀を差していた。
その男を見たとき・・・・リサは殺気をほとばしらせた!!
「会いたかったよ・・・・・・・紅月!!」
「・・・・・・・・邪魔する者でなくば退け。さもなくばその命、この場で失うことになるぞ」
「この命・・・失うことになってもお前だけは殺す!!」
リサは軽く身体を沈ませると、全身のバネを使って紅月に向かって突進した!!
もの凄いスピードで紅月に迫ったリサは、逆手に構えた二丁のナイフを繰り出した!!
その動きは凄まじく、並の人間相手ならば反応すらできずに傷を負わされていただろう!
更に、今は夜・・・・月明かりがあるとはいえ、暗いことに変わりはない。
その様な状況下でありながらも、紅月はリサの繰り出すナイフを、全て紙一重でかわした!!
「なっ!?そんな!!」
「・・・・・・・二度目だ。女、すぐさま去れ」
「なめるなぁっ!!」
先程を更に超えたスピードで、紅月に斬りかかるリサ!
首筋などといった、大きな動脈が流れている箇所を迷わず狙った攻撃!!
だが、渾身の連撃も、先程と同じく、服にすらかすらせず、紅月は流れるような体さばきでその全てを避ける!
「退かぬか・・・・・・」
紅月は呟くと、腰に下げてあった刀を抜いた・・・・・
その刀自身の力か、それとも紅月の力なのか・・・刀身から、目に見えるほどの妖気が立ち昇る!
一瞬、その妖気に気圧されたリサだが、そんな自分を叱咤し、全身に力を篭める!!
「ウォォォオオオーーー!!」
己を鼓舞するように叫びながら、リサは三度目となる突進を繰り返した!
その突進は、今までとは比べ物にならないほど速い!!
その突進から繰り出された攻撃は、飢えた獣の牙の如く、迷いもなく一直線に首と心臓を狙って突き出される!!
だが、そのナイフは紅月を貫く前に、澄んだ音と共に粉々に打ち砕かれる!!
そして一拍の間をおき、リサの身体が斜めに斬り裂かれ、血が流れ出た!!
もの凄い剣速と、刀の切れ味によって、血が流れ出るのが遅れたのだ・・・・
優れた業物と、超絶な腕があってこそ起きる現象だ。
「その程度か・・・・武器を犠牲にして、致命傷を避けた事だけは見事だが・・・・話にもならん」
リサは最期の一瞬、反射的にナイフを盾代わりにして、自分は後ろに下がったのだ。
そのおかげというべきか・・・・リサの傷は、浅いものですんでいた。
もし、あのまま突進していれば・・・リサの身体は真っ二つとなっていただろう。
浅いとはいえ、傷の範囲は大きい・・・リサは痛みに負け、膝を大地についた。
滴り落ちる血が、大地をさらに赤く染め上げてゆく・・・・・・
それを見下ろしていた紅月は、刀を頭上に振り上げる!
「三度目はない・・・・」
紅月はリサに向かって刀を振り下ろした!!
身動きのとれないリサは、振り下ろされた刃と、紅月の紅い瞳を睨みつける!!
その時!二人の間に男が割って入り、紅月の刀を、これまた刀で受け止めた!!
「何者だ・・・・・」
「ただのしがない自警団員だよ!!」
割って入った男・・・司狼は、受け止めた刀を押し返した!
押し返された紅月は、自分の太刀を受け止めた司狼を警戒したのか、そのまま後ろに下がった。
「し、司狼・・・・なんで・・・・」
「アキトに頼まれたんだよ、リサの様子が普通じゃないから追ってくれってな・・・どうやら、遅かったようだが・・・」
「要らないお世話だ・・・私はまだ戦える。ティンクル・キュ・・・・・」
「止せ、傷口が塞がっても、すぐにまた開くぞ!無駄なことせず、じっとして助けを待っていろ。
それまでは・・・・俺が紅月の相手をしてやる!」
司狼は刀を正眼に構え、紅月と対峙した・・・・
紅月の方も、司狼の実力を見抜いたのか、纏っていた雰囲気が張り詰めたものへと変化した!
「ヤツは・・・・紅月は私が殺す!手出しを・・・・」
「安心しろ・・・・俺の腕じゃあ、彼奴にゃ勝てねぇよ・・・・・いいとこ、引き分けが限度だ」
「だったら、私が手を貸せば・・・・」
「確実に負けるな・・・・」
「なんだと!グゥッ!!」
「良いから大人しくしてろ・・・・・」
司狼はそういうと、まだ何かを言おうとしていたリサを無視し、紅月に向かって斬りかかった!!
紅月はその攻撃を避けると、すかさず刀を突きだした!
その攻撃を、今度は司狼が後ろに下がって避け、そのまま紅月の腕を斬り落とそうと刀を振るう!!
避けては攻撃し、攻撃しては避けるの繰り返し・・・・・
元来、刀というのは攻撃を受け止めるよりも、受け流すのが主の代物だった。
相手を叩き潰す・・・という意味合いが強い西洋の剣に比べ、
東洋の剣・・・刀は、相手を斬る、つまり切れ味を追求して生まれた代物。
切れ味を上げる代わりに、強靱な鋼の強度をかなり削った刀を扱う剣術は、
自然と相手の攻撃を避けたり、受け流したりするものが多い。
無論、攻撃を受け止められないことはないが、それは刀の寿命を削る行為にも等しい行為。
鎬で受け止められればいいが、刃の部分だと、あっさりと欠けてしまうだろう。
故に、フェイント等を多用し、相手の隙を狙って一撃で仕留める・・・・・・というものが主流となった。
だが、何事にも例外はある・・・・魔法が存在しているこの世界ならでは・・・・と、付くのだが・・・・
一般の精製法で作られていない刀・・・妖刀、神刀と呼ばれる、力を秘めた刀は、
何を斬ろうとも切れ味が鈍ることなく、如何なる槌をもってしても折れることはない。
同種でもその程度に差はあるが、特別な刀と普通の刀は、それとは比べものにならないほど大きな差があった。
故に・・・この二人の戦いも、持っている武器の時点で、不利な状況ができているのだ。
「セイッ!!」
「ヌンッ!!」
二人の刀が打ち合わされ、火花が飛び散る!!
数秒ほど力比べをした二人は、弾き飛ばされるように後方に跳んだ!
再び、リサの側に立った司狼は、自分の刀に目をやり、軽く舌打ちをした!
「さすが妖刀・・・・おかげで村正の刃が欠けちまったぜ・・・・・」
「並の刀であれば、苦もなく切れていたのだがな・・・・・・良い刀だ。それと、貴殿の腕もな・・・・」
「そりゃどうも。伝説の刀使い・紅月に褒めてもらって光栄の極みだ・・・・・」
司狼は身体を低くし、刀の刃を上に向け、峰に右手をそえた、かなり変形した下段の構えをとった。
その身から放たれる気迫は、刃のように研ぎ澄まされている!!
それを感じた紅月は、初めて構えをとった!次の一撃が、必殺であることを悟ったのだ。
「自警団・第三部隊・隊員、相羽司狼・・・・己が全てを賭けて、いざ参る!!」
司狼が大地の上すれすれを疾走する!!リサの動きも速かったが、司狼のそれはさらに速い!!
だが、その速度でも、紅月の反応速度を超えるには至っていない!
紅月の目は、夜闇でありながらも司狼の姿を完全に捉えていた!!
司狼が紅月との間合いを半分ほど詰めたとき・・・・リサは己の目を疑った!
「なっ!消えた!?」
司狼は、残りの距離を全力で一足飛びしたのだ。急に速度を上げたため、リサの目が追いつかなかったのだ!
それが司狼の狙いでもある・・・・だが、それですら紅月を超えることはできなかった!
ガキィィィーーーン!!!
鋼が打ち合わされた音が響く!
大地すれすれから繰り出された司狼の一撃を、紅月が妖刀で受け止めたのだ!
「見事な一撃、だが・・・・・・」
「オラァァッ!!」
司狼は紅月の言葉を遮るように声を張り上げると、力任せに刀を振りぬき、紅月を宙に浮かせた!!
急に足場が無くなったため、体勢を崩す紅月!!
「相羽流・浮船!!」
空間に煌めく五つの銀閃が紅月に向かって襲いかかる!!
浮船・・・下段から斬り上げ攻撃で宙に浮かせ、体勢を崩した後に高速五連撃を叩き込む連続技!
常人であれば・・・・いや、一流と呼ばれる剣士であっても、体勢を崩した状態で、
五つ全ての斬撃を防ぎきることは不可能に近い!
だが!紅月は、五十年前の大戦で生きたまま伝説にまでなった男!
司狼の繰り出した五連撃を、体勢を崩した状態のまま、一つ残らず弾き飛ばした!
司狼の左腕と刀は、斬撃を防がれた衝撃で大きく弾かれる!
「―――――ッ!!まだまだぁっ!!」
司狼は左腕に力を篭め、無理矢理引き戻して紅月に斬りかかる!!
さすがの紅月も、これは意外だったのか、一瞬だけ反応が遅れた!
その一瞬が、司狼の刀を紅月にとどかせた!!
司狼の刀が、紅月の左腕を斬った!
―――――だが!!
「そんなっ!!」
戦いを見ていたリサが、信じられない!と言わんばかりに声を上げた。
それもそうだろう・・・・司狼の刀は、完全に紅月を傷つけるはずだった。
・・・・しかし、紅月は無傷。斬ったはずの腕の怪我が、瞬時に治ったのだ!
「ちくしょう・・・・『浮船』を防ぐだけならまだしも・・・・・・斬られたら血ぐらい流しやがれ・・・・・・」
司狼は痙攣する左腕を右腕で抑えつける・・・先程の無茶がたたったのか、腕が動かなくなっているのだ。
神経か・・・それとも筋肉か・・・・そのどちらを傷めたにしろ、すぐに治るものではない。
紅月は妖刀を構えると、司狼に向かって振り上げた!
「最後まで諦めぬその不屈の闘心・・・誠に見事。さすが神代の者よ。
その名に恥じぬ、見事な太刀筋であり、技であった」
「残念ながら、俺は神代の家から捨てられたんだがな!!」
右腕で刀を持ち、紅月の妖刀を受け流そうとする司狼!
その甲斐あってか、なんとか受け流したものの、その一撃で司狼の刀は粉々に砕けた!!
(耐久力の限界か!クソッ!!こんな事なら、深雪の忠告を聞いてりゃよかったぜ!)
司狼は、心の中で後悔しながら、柄で斬撃を受け止めようと足掻く!
それまで見ていたリサも、投擲用のナイフをとりだし、紅月に投げようとした!!
その時!!突如、紅月が後ろに向かって跳んだ!!
それと入れ替わり、先程まで紅月のいた空間を光の槍が通り過ぎた!!
後方に跳びながら、光の槍が飛んできた方向に顔を向けた紅月の目に、
自分に向かって手をつきだしている一人の男の姿が映った!!
「烈閃矢ッ!!」
男から十数本の光の矢が放たれ、真っ直ぐに紅月に向かって飛翔する!!
その光の矢の群を、紅月は妖刀で全て斬り裂いた!!
その間にも、男は次の呪文の詠唱を終わらせていた!!
「烈閃槍!!」
最初に紅月に襲いかかったのと同じ光の槍が、男から放たれた!!
紅月はそれを斬ろうと、妖刀を振るう!!
「ブレイク!!」
光の槍が、紅月の刀に斬られる寸前、弾け散り、光の粒子を浴びせかける!!
光の粒子を浴びた紅月は、着地時に、ほんの少しだけ体勢を崩した!
それを見たリサと司狼は、今目の前で起こったことに、我が目を疑った。
物理攻撃が効かなかった紅月が、光の粒子を浴びただけでよろめいたのだ。
「面妖な術を使う・・・・・・何者だ」
「ジョート・ショップの店員、テンカワ アキト。紅月といったな・・・・この場は退いてくれないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
紅月はアキトの願いに答えようとせず、妖刀をアキトに向かって構えた。
赤い瞳は鷹の如く鋭い目をし、空間を震わせるほどの剣氣を発しながら!
その様子を見たアキトは、軽く嘆息し・・・・・その手に赤き神剣を創り出した。
それを見た司狼とリサ、そして紅月は、驚きに目を見はった!!
そんな三人を余所に、神剣を手に持ち、自然体で立ったアキトは紅月に話しかける。
「神の力で創り出したこの剣・・・・・実体の無いものでも斬り裂く。
そして先程の術は、相手の精神に直に傷を負わせる術。
・・・・・・・貴方のような存在でも、消滅させることが可能だ」
アキトの言葉を聞いても、紅月の剣氣は一向に下がる事はない・・・・
邪魔する者は全て斬る・・・・そう語っている目を見たアキトは、悲しそうな表情をした。
紅月がアキトの悲しそうな表情を見たとき、放たれる剣氣に微かながら揺らぎが生じたのを、司狼は感じ取った。
「我が憎くないのか?滅ぼそうとは思わないのか?
汝は我に闘氣を向けることなく、何を思う・・・・・」
「悲しい存在だな・・・・まるでかつての自分を見ているようだ。俺は、貴方を斬りたいとは思わない・・・・
貴方を滅ぼそうなんて・・・俺にそんな資格はない。むしろ、助けたいとすら思っている」
紅月の剣氣・・・ひいては殺気や闘氣が、嘘のように消え去った・・・・・
「今宵は・・・我が退こう・・・・・・・・」
紅月の体が透き通り始める!それと同時に、存在感までもが薄まり始め、
赤い月が、雲の影へと隠れるのと時を同じくして、後になにも残さす消え去った・・・・・・・・
「待て!紅月!!お前を殺す!絶対に!!今は無理でも、今度会ったときには必ず!!」
リサは紅月が消えていった空間を、殺気の籠もった視線で睨み付けた。
その気迫と表情は、修羅を連想させるほど壮絶なものがあった・・・・・・
「必ず・・・・・か・なら・・・・・ず・・・・・・」
体力が尽きたのか、大地に倒れ伏すリサ・・・・そんなリサを、近づいてきたアキトは治療し始めた。
邪気を中和するため、神氣を練り上げるアキトに、司狼は声をかけた。
「一体何がリサをここまで突き動かしてるんだ?」
「理由はわからない・・・でも、憎しみの感情で動いていることは確かだ」
「そうだな・・・・・」
「・・・・・・・良し。これで邪気は中和できた。司狼、すまないが神聖魔法は使えるか?」
「ん?初級程度はな。俺がやるのか?」
「俺の使う治療魔法は、治癒力を高めるものなんだ。だから、その分、体力が減る・・・
受けてすぐならいいが、今のこの状態だったら、傷が癒えても体力が尽きて死ぬ可能性がある」
「なるほどね・・・・神聖魔術はある意味、再生に近い。そういう訳か・・・わかった」
「すまないな・・・俺は、軟氣功でリサを内部から回復させる」
「任せとけ。ティンクル・キュア!」
司狼の神聖魔法により、リサの傷が徐々に塞がってゆく・・・・
同時に並行されたアキトの軟氣功で、リサの顔色も良くなっていった。少なくとも、危険な状態は免れたようだ。
「これでリサさんはいいな・・・司狼、歩けるか?」
「左腕以外はピンピンしているよ。クラウド医院に戻るのか?」
「ああ、自警団の人達にも、定期的に軟氣功を施した方が良いからな・・・その方が回復も早い。
司狼も、腕をトーヤ先生に見てもらった方が良い。魔法で表面上は癒しても、中身まではわからないからな」
「そうだな・・・・・・」
アキトはリサを背負い、司狼はその横を歩きながら、クラウド医院に向かって歩き始めた。
その途中、街灯を眺めながら歩いていた司狼が不意に口を開いた。
「なあ、アキト。お前だったら、紅月を仕留められたんじゃないのか?」
「・・・・・・かもな」
「だったらなんで・・・・・・・」
「理由は聞いていただろ?俺は、紅月を助けてやりたい。どこか昔の俺に似た、あいつをな・・・・・」
「それは聞いた。だが、それだけじゃないんだろ?」
「・・・・・・・・軟氣功は結構体力を使う。先のアルベルト達に使ったからな。今の俺の体調は万全じゃない。
その状態で戦えば、本気で闘ってもそれなりに体力を喰うだろう。
そうなれば・・・後に控えているリサさんや、アルベルト達の治療ができない・・・・」
アキトの言葉を聞いた司狼は、深く、やや呆れが入った溜息を吐いた・・・・
「は〜〜・・・かなりのお人好しだな。リサはともかく、いつも突っかかってくるアルベルト達にまで気を回すとは・・・」
「クレアちゃんが泣くのを見るのは嫌だからな」
「とってもアキトらしいよ。だが、紅月を見逃したことにより、他の被害が出たとしたらどうするつもりだ?」
「紅月の氣は憶えたからな・・・今度赤い月になるときは気をつけておくさ。
氣を張り巡らせていれば、紅月ほどの異質な氣を感じないはずはないからな」
「今度もエンフィールドに出てくるという可能性はないぜ?」
「それは大丈夫だと思う・・・あくまで、勘だけどな」
「勘・・・・ね。信用するよ、命の恩人の勘だからな」
「それはどうも・・・・・・」
アキトはそう言うと、背中で静かに気絶しているリサを横目で見ながら考えた・・・・・
あれ程の憎悪・・・・おそらく、目が覚めたら無茶をするだろうな・・・・・
かつて、自分が復讐のために、力を求めたように・・・・リサも力を求める・・・・・・
そう、考えついたとき・・・・アキトは後日起きるであろう、リサの行動に頭を悩めた・・・・・・
その騒ぎに、間違いなく自分は巻き込まれるだろう・・・・そう、確信していたから。
(第十五話に続く・・・・・)
―――――あとがき―――――
どうも、ケインです。
今回は、リサのイベントでした。
主に戦闘シーンでしたね・・・リサはあっさりとやられるし、
司狼は初の戦闘シーンで負けるし・・・結構強いんですけどね。本当は・・・
今回、司狼に関して云々ありましたが、後日、明らかになりますので。
さて・・・次回も、引き続いてリサのイベントです。
この後日ですけどね・・・原作上では、かなり日数が経っているんですけど、
私としては、話の流れ的に数日後・・・ということにしました。
続けて書いた方が、話の流れ的にわかりやすいと思いますし・・・
それでは最後に・・・K・Oさん、15さん、haruさん、タカヒロさん、ビリーさん、ホワイトさん、やんやんさん、
逢川さん、時の番人さん、黒さん、ノバさん、GPO3さん、ナイツさん、零さん。
御感想、誠にありがとうございます!!
それでは・・・次回、第十五話『復讐・・・思いの強さ』で会いましょう。
代理人の感想
なんかいきなり作品が違いますねぇ。
いつのまに和風伝奇剣術物になったんだろう。(笑)
しかも村正って(爆)