悠久を奏でる地にて・・・
第15話『復讐・・・・思いの強さ』
―――――七月十五日―――――
連続辻斬り魔・紅月が現れた日から二日・・・・・
この日から、アルベルト達は異常ともいえるほどの回復力で、職務に復帰した。
アルベルト達が全快した要因の大きな一つに、アキトの軟氣功があったということはいうまでもない・・・・
そんな日・・・・昼近くに目を覚ましたアキトは、昼食を兼ねてさくら亭に行った。
カラン カラ〜ン♪
「いらっしゃい!って、アキト!」
「やあ、パティちゃん」
「やあ、じゃないって!あんた大丈夫なの?」
「大丈夫っていわれても・・・怪我したわけじゃないし・・・・」
パティの心配と驚きの入り交じった顔に、やや困惑するアキト・・・・
その様子を見ていた司狼が、アキトに声をかけた。
「確かに怪我したわけじゃないが・・・・無茶はしたな。
ぶっ倒れるまで軟氣功をやるなよ・・・・クレアちゃん泣いてたぞ」
「そいつはすまなかったな・・・・後で謝っておかないと・・・・」
(謝るよりも先に、感激のあまり、抱きつかれるだろうがな・・・)
司狼は、兄のために倒れるまで頑張ってくれたアキトに、
涙を流しながら感謝をしていたクレアを思い出していた・・・・
実際、まだ本調子ではないアルベルトをトーヤに任せ、クレアはアキトの付き添いをしていたほど感激していた。
(アルベルトの奴・・・・また暴れなきゃいいがな・・・妹と仲良くするな!とか言って・・・・・)
「ん?どうかしたのか?」
「いや、気にするな・・・・それより、一体どうしたんだ?こんな所に来て・・・・・・」
「こんな所とは何よ、こんな所とは・・・・・」
「怒るなって、パティ。言葉のあやだって・・・で?どうなんだ?」
「パティちゃんにお礼を言うのと、昼食にね。
パティちゃん。ありがとう。倒れた俺の様子を見に来てくれたんだって?」
「べ、別にあんたの為じゃないわよ。さくら亭の厨房を手伝ってくれる人がいなくなったら困るから、
ちょっとだけ様子を見に行っただけよ。お礼を言われるような事じゃないわ」
「それでもだよ。ありがとう」
「・・・・・・・・・・・・・」
アキトの心からのお礼の言葉に、パティは素っ気なく横を向いた・・・・頬を赤く染めながら。
「そう言えば・・・司狼、アルベルト達の様子はどうなんだ?」
「アキトのおかげで傷はもう無いし、体調も万全だよ。
ただ、一応の用心として、今週は事務関係の仕事に回されるらしい」
「そうか・・・パティちゃん、リサさんは?」
「リサ?昨日の夕方に病院から戻ってきたら、夕飯も食べずに閉じこもってたけど・・・
今日の昼前になって何処かに行ったわ。丁度、司狼と入れ替わりにね。あ、いらっしゃい!」
パティは新しく入ってきた客に注文を取るため、アキト達の傍から離れていった・・・
パティからリサのことを聞いたアキトは、不安げな顔をする・・・
「動いて大丈夫かな・・・・一応傷口は塞がったけど、かなり出血したはずなのに・・・」
「大丈夫だろ、そうでなきゃトーヤが退院させるはず無いしな」
「それもそうか・・・・・それで、司狼の左腕は?」
「ああ、おかげさんでな。少々引きつるぐらいまで回復したよ。これぐらいなら、一週間で完治するだろ」
そう言うと、司狼は左の掌を開いたり握ったりしている・・・・
少なくとも、日常生活には支障がない程度には回復しているらしい。
その時、司狼が下げている刀から、リィーン・・・・という、小さな澄んだ音が響いた。
まるで、ガラスでできた鈴・・・とでも言えばいいのだろうか、とても綺麗な音色だった。
司狼は、腰に下げてある刀を見ると、小さく、わかっている、ありがとう・・・と、呟いた。
「司狼、その刀は?」
「ああ、これか?これは俺の長年の相棒でな。今の銘は『深雪』
あまり使いたくなかったんだが・・・紅月の一件で反省してな、持ち歩くようにしたんだ」
司狼は刀を、アキトにもよく見えるようにと、鞘に入ったままで目の高さまで持ち上げた。
その刀は、一言でいえば豪華。
鞘、柄の装飾はいうに及ばず、鍔まで美しく細かな紋様が刻まれている。
どう贔屓目に見ても儀礼用・・・・・とても戦闘に用いるようには見えない。
だが、アキトの目には、その刀から発せられる力の波動というべきものが、はっきりと見えていた。
「強い力を感じるな・・・・・・」
「やっぱり、お前にはわかるか」
「ああ、それに優しいな。司狼のことをとても心配しているし」
「―――――ッ!!まさか・・・・聞こえたのか!?」
「ん?ああ、あまり無茶をしないで・・・って言葉か?聞こえたけど?」
「(まさか、俺以外にも聞こえる奴がいるなんて)・・・・アキト、すまないがこの事は・・・・」
「何か訳ありのようだな・・・・わかった、黙っておくよ」
「すまない・・・・」
司狼の感謝の言葉と同時に、刀も澄んだ音をたてた。
アキトが刀に向かって、どういたしまして・・・・と、小さな声で言うと、刀も返事をするように鳴いた。
(気に入ったのか・・・珍しいな。人間をまったく信じていない深雪が、すぐに認めるなんて・・・・・)
驚いたように、手の中にある刀を見る司狼・・・その表情には、どこかホッとしたような感じも見受けられた。
その時・・・・・
カラン カラ〜ン♪
「あ、いらっしゃい・・・・って、アルベルトか・・・・珍しく、昼でも食べに来たの?」
「すまんが今日は客じゃない・・・・」
店に入ってきたアルベルトは、何かを捜すように店内を見回すと・・・司狼とアキトに目をとめた。
アキトを見たアルベルトは、何やら複雑そうな表情をしたが・・・すぐさま元に戻すと、二人に近寄っていった。
「司狼、少し頼みがあるんだが・・・」
「なんだ?お前が頼みなんて珍しい。そもそも、お前、今日は本部で事務仕事じゃなかったのか?」
「ああうるさくては、仕事も手につかん」
「うるさい?」
「リサだよ・・・いきなり乗り込んできたと思ったら、リカルド隊長に怒鳴り込んでいるんだ」
「ま、大体の予想はつくがな・・・・それで、面識のあって暇そうな俺に頼むと・・・」
「まぁな。で?頼めるか?」
「仕方ないか・・・わかったよ。パティ、代金ここに置いとくからな」
「すまない」
司狼は、やれやれ・・・という表情をしながら席を立つ。それと同じく、アキトも席を立った。
「俺も行こう・・・俺も無関係じゃないだろうからな」
「そうだな・・・それが一番かもしれん」
「・・・・・・・・・・・わかった。ついてこい」
アルベルトは、司狼とアキトのが立ったのを見ると、そのまま歩き始めた。
司狼とアキトは、そんなアルベルトの後をついていった。
三人が自警団本部の扉をくぐると、何やら大きな音が聞こえた。
間違いなく、リサの声・・・アキトと司狼はすぐに悟った。
声の内容まではわからないものの、かなり感情的になっていることは誰にでも判った。
その声を聞いたとき、アキトと司狼はげんなり・・・とした表情となった。
「アキト・・・・・感情をむきだしにしている女ほど厄介なものはないと思うんだが・・・・どう思うよ」
「その意見には、限りなく賛成だ。泣いているにしろ怒っているにしろ、俺は苦手だ」
「俺だってそうだよ・・・・と、言うことで後は頼んだぞ」
「おい!司狼!!」
アキトの制止の声もむなしく、司狼は素早い動きで、開いていた窓から外へと飛び出した!
かなりの速度で遠ざかる司狼の氣を、アキトはただ呆然と感じていた・・・・・
「まったく・・・・・仕方ないか・・・・・・・」
アキトは軽く溜息を吐くと、第一部隊・隊長の事務室の扉を開けた。
その途端、リサの声が鮮明に聞こえ始める・・・音量も大きくなっていたが・・・・
「何度も言うようだが・・・・リサ君。君の入隊は認められない」
「何で私が自警団に入隊できないんだ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
リカルドは、リサに向かい合いながら、扉を開けて入ってきたアキト達を、目だけを動かして見た。
リサはというと、かなり頭に血が上っているのか、人が入ってきたことにすら気がついていない・・・・
リカルドは視線をリサに戻すと、軽く溜息を吐いてから言葉をつむいだ。
「では聞くが・・・・君は何のために自警団に入りたいのかね?」
「ここにいれば、また紅月が現れたとき、一番早くわかるはずだ。
それに、ここは高度な実戦が多い・・・腕を上げるのにも最適なんだ」
「フム・・・・・それは、ジョート・ショップでの、モンスター退治などではいけないのかね?」
「あんな雑魚相手じゃあ、いくら戦っても強くなんかなれはしない・・・・」
「そんな事はないと思うのだがね・・・・・・・・
(特に、アキト君の戦いを身近で見ることは、なによりも良い経験になると思うのだが・・・・)
まぁ、その話は置いておいて・・・・・それで、強くなって紅月を倒すつもりなのかな?」
「ああ!ヤツだけは絶対に殺す!」
「紅月を殺すことなど、誰にもできない・・・・そして、手段もない」
「そんな事はない!私はその手段を知っている!後は強ささえあればいいだけなんだ!」
「ほう?手段とはなんなのかね?」
「アキトが持っている剣・・・・あれだったらヤツを殺すことができる・・・・そう言っていた」
「そうなのかね?アキト君」
「滅ぼすことはできますよ・・・・・あくまで、予想ですけどね」
「え?ボウヤ!いつの間に・・・・・」
「少し前からね・・・・リサさんには悪いけど、あの武器は貸せないよ」
「なぜ!?あの武器さえあれば!!」
「理由は外で話すよ。ここじゃあ人の迷惑になる」
「別にここでも・・・・」
「俺はこの場で話すつもりはない・・・・それをふまえて、どうする?リサさん」
「チッ!!わかったよ!」
リサは肩を怒らせながら外に出ていった。
アキトも、その後に続こうと、扉をくぐろうとした・・・・その時・・・・
「アキト君。一昨日のことは司狼君の報告でおおよその事を聞いた。
私の部下を救ってくれたことに関して、心から礼を言おう。
それで訊ねたいのだが・・・・・アキト君は本気で紅月を助けたいと思っているのかな?」
「本気ですよ・・・紅月の目は、悲しさと狂気が入り交じっていました。あんな目を、俺はよく知っていますからね。
それとも・・・・・紅月を助けたいと思うのはバカげていますか?」
「いや、私としては是非ともそうしてほしい・・・・私にとって、紅月は戦友でもあり、憧れでもあったのだからね・・・」
「そうですか・・・・」
「今の紅月のことを知りたいのなら、カッセルさんを訪ねるといい。私よりも遙かに知っているはずだ。
リサ君も聞いた方が良いのだが・・・・・それはアキト君の判断に任せたい」
「わかりました。できる限りのことはします」
「頼む・・・・」
アキトは、リカルドの言葉にしっかりと肯くと、リカルドの事務室をでた。
そして、自警団本部を出ようとした時、後ろから声がかかってきた。
「おい!」
「何か用か?アルベルト」
アキトが後ろを振り向くとそこには、何やら複雑そうな表情をしたアルベルトが立っていた。
「その・・・・・・・一昨日はすまなかった。クレアから、お前のおかげで傷が治ったことを聞いた。
それに、こんなに早く身体が治ったこともな・・・・」
「気にすることはないよ、俺は出来ることをやっただけだから」
「それでも、だ!!礼を言わんと俺の気がすまん」
「わかった、その気持ち、素直に受け取っておくよ」
「ああ・・・・・だがな!それだけだ!盗難事件の容疑とは関係ないからな!
俺は今でもお前のことを疑っている!それを忘れるなよ!!いいな!!」
「ああ、わかっているって。それだけか?」
「ああ」
「じゃ、俺はこれで・・・・・身体、まだ本当に治っているわけじゃないんだからな。気をつけろよ」
「・・・・・・・・・・」
アルベルトは、更に複雑そうな顔でアキトの後ろ姿を暫く見ていた・・・・・
その胸中に、如何なる変化があるのかは・・・・本人にもわかっていない。
そして・・・・アキト達は陽のあたる丘公園に向かった・・・・・
そこならば周囲に迷惑はかからないと、アキトが判断したのだ。
公園の片隅で向かいあう二人・・・・・・・
静かな表情をしているアキトに対して、リサの表情は苛立ちが強く現れていた。
「で?どうして私には剣が貸せないんだい?」
「少し落ち着いたらどうなんですか、リサさん・・・・身体だってまだ本調子じゃないでしょうに」
「そんな事はどうでもいいんだ!ヤツさえ・・・・紅月さえ殺せるのなら!」
「・・・・・・・・仕方がないか」
アキトはそう呟くと、右手に赤竜の力を集め、一振りのナイフを創り上げた。
肉厚は薄く、鋭利な感じがするナイフで、柄には所有者を現すが如く、蒼銀の宝玉が埋め込まれてある。
それを見たリサは、驚いた表情になった。
それもそうだろう・・・・以前とは違う形状なのだから・・・・・
パティやシーラ、アレフ等といった極一部の者は、アキトが武器を創り出せることを知っているのだが・・・・
わざわざ他の人に言って、変な噂が流れるのも・・・・と考え、あまり口外していない。
その上、いつもアキトと一緒に戦闘関連の仕事に出ているリサは、
そんな事はとっくに知っていると考えて、誰も話していないのだ。
「これは赤き竜神スィーフィードという異界の神の力の一部から創り上げたものなんだ。
持ち手の意志によって、どんな武器にも変化する武具・・・・力の元が元だけあって、かなり強力だよ」
「それさえあれば・・・・・・紅月を・・・・・」
「確かに・・・赤竜の武器で、リサさんの望んでいることはできるかもしれない・・・・でも、俺は渡すつもりはない」
「なぜ!それさえあれば!!」
「理由は二つ・・・・一つは、リサさんには赤竜の力を扱うことはできない。たぶんね・・・・」
「そんな事はない!それに、形が自由なら、私に適した形にすればいいだけだ!!」
「俺はそういう意味で言ったんじゃないんだけどね・・・・・」
「埒があかない!とにかくそれを渡しな!!」
リサはアキトが持っていた赤竜のナイフを奪い取った。アキトはそれを悲しそうな目で見ていた・・・・
言い合っても仕方がないと判断し、実際に持たせる方が早いと考えたのだ。
「どんな武器だろうと操ってみせる・・・・紅月を倒すために―――――ッ!!?」
リサの手の内より、赤竜のナイフがこぼれ落ち、根本まで大地に突き刺さった・・・・
リサは、大地に突き刺さったナイフと、それを持っていた自分の手を、ただ呆然と眺めている・・・・・
「なんなんだい・・・このナイフの重さは・・・・まるで全部鉛で作られた・・・
いや、それよりも重いかもしれない・・・・一体、これはどう言うことなんだい!?」
「赤竜の力を扱えるだけの器がないから、リサさんには扱えない・・・ただそれだけ・・・
それ以上でも、それ以下でもないですよ・・・・・」
「それでも・・・・私にはヤツを斬れる強力な武器が必要なんだ!!」
リサは大地に突き刺さっている赤竜のナイフの柄に手をかけると、力を篭めて引き抜こうとした!
しかし、ナイフは元々大地の一部でもあったかのように、ビクともしない・・・・・
動きもみせないナイフに苛立ったのか、リサはナイフの柄を両手で握り、引き抜こうと踏ん張った!
―――――その時!!
柄に埋め込まれてあった蒼銀の宝玉が煌めき、電撃を発した!!
「グアァッ!!!」
リサは咄嗟に柄を手放す!その甲斐あってか、腕が痺れただけですんでいた・・・・
アキトは、安堵が混じった溜息を吐きながらその様子を見ていた。
「やっぱりこうなったか・・・・・」
大地に突き刺さっているナイフを、苦もなく引き抜くアキト・・・・
引き抜かれたナイフは、赤い光となってアキトの体内へと戻っていった。
「クソッ!!なら・・・あの魔法を私に教えろ!紅月にも効く、あの光の槍を飛ばすヤツを!!」
「あの程度の魔法では、紅月を倒すことは難しい・・・・・
それこそ、倒すためには何十発も叩き込まなくてはいけないだろうね・・・
今のリサさんには、それだけの技術はない・・・・一度当たればいいところだと俺は思う。
そして、それが武器を渡せないと言った二つ目の理由でもある・・・・
どんな強力な武器であっても、当てることが出来なければ意味がない・・・」
一撃当てることができるとすれば、それは相討ちの時のみ。そして、リサはそれを迷わず実行しかねない・・・
アキトはそう懸念したため渡せないと言っているのだ・・・案の定・・・・・
「とにかく教えろ!後は相討ち覚悟で・・・・」
「死んでどうする・・・・後に残された者のことを考えているのか?」
「あたしに身内は・・・・・・」
「残された者というのは、なにも身内だけじゃない。仲間や親しい者・・・
パティちゃんやアリサさん・・・・・それに俺も・・・・リサさんが死ねば悲しみ、心が傷つく」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「俺は、その事をよく知っている・・・・・かつて、俺もそうだったから。だからこそ、今のリサさんには教えられない。
あんな場面は、繰り返していいものじゃないんだ・・・・・・・」
「なら、私にどうしろと言うんだよ!」
「・・・・・・・・カッセルさんの所に行こう」
「・・・・??カッセルの所にかい?」
「紅月のことを訊ねにね。今、リサさんはどうすればいいのか・・・・・・
相手のことをよく知ってからでも遅くはないだろう?」
「・・・・・・・・・・わかった」
リサは、渋々という感じで、アキトの提案を受け入れた・・・・
アキトの言うとおり、紅月のことを知ってからでも遅くない・・・・・・
それに、紅月のことをアキトが知れば、考えも変わるかも知れない・・・・と、微かな希望を見出していたのだ。
アキトは、リサの思惑を薄々察しつつ、ローズレイクの畔に住む、カッセル老の元に向かった・・・・・・
ローズレイクに着いたアキト達は、カッセルが住む小屋の扉をくぐった。
「カッセルさん、いますか?」
「儂ならここにおるよ・・・・・」
カッセル・ジークフリード・・・・・・ローズレイクの畔に独りで住む老人。自称だが、齢百歳を超えているらしい・・・
その事を裏付けるように、カッセルの知識は深く幅広いものがある・・・エンフィールドの生き字引的な存在。
ジョートショップに、薬草の採集などを依頼することが多く、アリサやアキトとは仲が良い。
カッセルは、いきなり訪れた二人の客を、物珍しそうに眺めた。
「それにしても、アキトとリサか・・・・・珍しい組み合わせじゃな。して、儂に何用かな?」
「カッセル・・・あんた、紅月のことを何か知っているのかい?」
「紅月か・・・懐かしい名じゃな。あやつの事を、よく知っていると言えば、よく知っているな・・・・」
「カッセルさん・・・・二日前、この街に紅月が現れました。
紅月は自警団員十二人を斬り裂き、リサさんもその被害に遭いました・・・・・・」
「一昨日は確か赤い月の日・・・・・そうか、とうとうエンフィールドにたどり着いたか・・・・」
「教えてくれ、カッセル。紅月の事を・・・・・」
カッセルは目を瞑り、何かを考え込んだ・・・・
それは、昔を懐かしんでいるようにも見えるし、疲れきっているようにも見えた・・・・・・
「・・・・・・ヤツは・・・紅月は、五十年前の戦争の折、流れの傭兵として戦っておった者じゃ・・・・
その強さはノイマンと並び、技の冴えはリカルドを遙かに凌ぐ・・・そう言われておった。
事実、味方の流れ矢によって死ぬまで、紅月は敗北したことはない・・・・それほどの者じゃった・・・・」
「ちょっと待て、カッセル・・・・流れ矢によって死ぬまでって・・・ならヤツは・・・・」
「左様。今の紅月は霊体じゃ・・・それも、比類無いほどの強い意志によって生まれた・・・な。
それが長い年月の内に変質し、相手の怒りや悲しみ・・・・殺意や憎しみといった負の感情を吸収し、
己の姿を維持するような存在になってしまったのじゃ・・・・・
赤い月の晩に現れるのは、その日が最も魔の力が高まる日じゃからじゃよ・・・・」
「それは、憎しみをもっているような者では、紅月は倒せない・・・ということですか?」
「ウム。例えどんな強力な武器や魔法を用いようとも、
奴を憎んでいる者が近くにいる限り、紅月は滅びん・・・すぐに、元に戻ってしまうじゃろうて」
カッセルの言葉に、まるで落雷でもうけたかのような衝撃を受けるリサ・・・・・
両の手は硬いほど握りしめられ、小さく震えていた・・・・・
「私が紅月を憎んでいる限り・・・倒せないというのかい・・・・」
「そうじゃ・・・・・・憎しみを捨てぬかぎり、紅月は倒れることはない・・・」
「憎しみを捨てるなんてできるはず無いだろう!!ヤツは・・・紅月は私の弟を殺したんだ!!」
「リサさん・・・・・・・」
アキトは深い悲しみを帯びた目で、リサを静かに見つめた・・・・
その目を見たリサは、その視線に抑えつけられたかのように、怒りが鎮まっていくのを感じた・・・・・
「弟は・・・私と同じナイフ使いだった・・・街の自警団に入隊し、街のみんなを守るんだって、はりきっていた・・・・
そんな時・・・ヤツは現れた・・・・相手は紅月なんだ、小さな街の自警団ぐらいじゃ、話にもならなかった。
弟は・・・仲間を助けるため、単身紅月に向かい・・・・殺された。
そして私は、弟の敵をとるため、傭兵となり、様々な戦場を渡り歩いてきた・・・そして今、此処に至るのさ。
そんな私に憎しみを捨てろと言うのかい!?」
「・・・・そうしなければ、紅月に勝つことはできない・・・・それしか儂には言えん・・・・」
「他に!他に手はないのかい!」
リサはカッセルの胸ぐらを掴もうとした!
が、その手がカッセルに届く前に、アキトがリサの腕を掴んで止めた・・・・・
リサは邪魔をするな!と言わんばかりの視線で腕を掴んだアキトを射抜くが、
本人はその視線を受け流し、カッセルへと目を向けていた。
「カッセルさん・・・なぜ、紅月は亡霊となったんですか?傭兵なら、戦場で死ぬことを覚悟しているものでしょう。
覚悟している者が、あれ程の執念をみせてこの世に留まるなんて考えられないんですけど・・・・」
「紅月はのう・・・・思い残したことがあるのじゃ・・・それゆえに、消えることができんのじゃ」
「思い残したこととは?」
「今はいえん・・・・・もし、リサの前で言えば、一矢報いるために・・・と、それをどうにかするやもしれんのでな」
「・・・・・・・・・・・・・」
リサは憎々しげな表情をしたものの、カッセルの言葉を否定することはなかった・・・・
怒りの感情で、突発的にどうにかしかねない・・・それが自分でもわかっているのだろう。
アキトは掴んでいたリサの腕を放すと、リサを静かに見た・・・・
「リサさん・・・・次の紅月が現れる日まで、まだ時間はある・・・・それまで考えてほしい。
殺された弟さんが、肉親であるリサさんに何を願っているのか・・・・・
そして、死してもなおこの世に留まった、紅月の強い思い・・・・・・その無念を・・・・
俺には憎しみを捨てろなんて言葉は言えないし、言う資格もない・・・・」
リサにはアキトの言葉がとても重く聞こえた・・・・
今まで事情を知って、心配してきた誰よりも、深く、重くリサの心にとどいた・・・・
「暗い復讐の果てにあるのは、満足感でも、達成感でもない・・・・光も闇もない、虚無感しかないんだ。
それは、誰よりも、俺がよく知っている。
だからこそ考えてほしい・・・復讐という行為自体を・・・・自分の周りにいる人達のことも・・・・・・」
「・・・・・・・・・・わかった・・・よく考えてみるよ・・・・弟のこと、紅月のこと、そして、仲間の事をね・・・・
カッセル、自分の心に整理がつき、答えが出たら・・・紅月について、もっと話してくれるかい?」
「ああ、できれば、復讐を諦めるという答えにたどり着くことを、儂は願っておるよ・・・・・」
「そいつは無理かもね・・・・・じゃ、邪魔したね・・・ボウヤも、迷惑かけたね」
「気にしないで下さい。仲間なんですから・・・・・」
リサはアキトの言葉に、少しだけ微笑むと、小屋から出ていった・・・・・
それを見送ったアキトは、カッセルに向き直った。
「カッセルさん。紅月を静かに眠らせることはできるでしょうか・・・・・・」
「・・・・そうじゃな、可能性はなくもない。限りなく、難しいがの・・・・・」
「そうですか・・・・」
アキトは、自分の掌を見つめた・・・・・そこには、微かながら、赤い光が発生していた。
「俺の力を全て使えば、紅月は滅ぼせます・・・例え、俺に憎悪があったとしても・・・・
でも・・・・俺は出来ることならしたくはない・・・・
あの、帰る場所を探し求めていたような目をしていた紅月を・・・・俺は滅ぼしたくない・・・・・」
「お主・・・・・」
深い悲しみに満ちた目をしているアキトを見たカッセルは、驚きに目を開いていた・・・・
見た目の年には似合わない、深い眼差しをしているアキト・・・・・・それを見ながら、カッセルは、
(アキトがいるのであれば、リサは大丈夫じゃな・・・決して、後悔するような結果にはなるまいて・・・・)
そう、確信していた・・・・・
後日・・・・リサはすっかり本調子を取り戻し、アキトに振る舞われたはずのピザを、全て平らげていた・・・
その様子を、心配していたアキトやパティ達は、安堵混じりの苦笑で見ていた・・・・
(第十六話に続く・・・・・・)
―――――あとがき―――――
どうも、ケインです。
半徹夜状態で、半ば寝ぼけているので、すみませんがあとがきは手短です・・・
今回は、前回の話の続きです。
これで、次の赤い満月の日に、リサは紅月との決着をつけるわけです。
どういう結果になるかは・・・本編を基準に、私風味にいじりますが・・・
それでは最後に・・・K・Oさん、15さん、Kenさん、ビリーさん、ホワイトさん、やんやんさん、逢川さん、
時の番人さん、肉球魔神さん、白クジラさん、ノバさん、Sakanaさん、蒼竜さん。
感想、誠にありがとうございます・・・
それでは・・・次回、『奏でる音は誰が為に・・・』で会いましょう。
代理人の感想
50年前? ノイマンとかリカルドとかって幾つよ今w
それはさておき、リサの翻心が唐突であるように見えましたね。
これはアキト達を油断させるための演技でしょうか?
そうでないとしたらかなり展開が強引かな、と。