悠久を奏でる地にて・・・
第16話『奏でる音は誰が為に・・・』
―――――七月二十一日―――――
「アリサさん、クッキーは焼けましたか?」
「ええ、私の方は後少しでできるわ。アキト君はどうかしら?」
「ええ、俺の方も、後少しでできます」
アキトは返事をしながら、目の前にある物・・・・ケーキに、苺などの果実をのせていた・・・・
一つ一つの大きさはさほど大したものではない・・・が、数が多い。
一つにつき四人分から五人分程度であろう大きさのものが、七つも作られていた。
アリサの作っているクッキーも同じで、かなりの量が出来上がっていた。
こちらも、アキトと同じぐらい・・・三十人分少々はあるように思える。
「よし、できた。アリサさん、手伝いましょうか?」
「私も丁度終わったところよ」
「そうですか。じゃぁ、早く包みましょうか」
「ええ、そうね」
アリサとアキトは、出来上がったケーキやクッキーなどを手早く包んでゆく。
テディは、ケーキを入れるための籠などを運ぶなどして、二人を一生懸命手伝っている。
「後は、後片づけをしてから・・・」
「それは良いわ、アキト君。後は私がやっておくから、早くこれをあの子達に持っていってあげて」
「良いんですか?」
「ええ、出来たてをあの子達に食べさせてあげたいから」
「そうですね・・・・わかりました。では、後かたづけをお願いします、アリサさん」
「気をつけてねアキト君。テディ」
「行って来るッス!」
「じゃ、行ってきます」
そういうと、アキトはクッキーを入れたリュックを背負い、ケーキの入った三つの籠を器用に持ち、
再度アリサに後を頼むと言い、ジョートショップを出た。
テディも、クッキーの約四分の一ほど入れた小さなリュックを背負い、テテテッと、アキトの後を追って走った。
その道中、アキトはもの凄い量のお菓子類を揺らすこと無く運びつつ、
となりをトテトテと歩いているテディに話しかける。
「なあテディ。作っておいてから何なんだけど・・・・こんなにも必要なのか?
十一人・・・・食べないローラちゃんを除けば十人か。一人につき三人前はあるぞ?」
「必要ッス!アキトさんの考えは、作ったクッキーやケーキの十倍は甘いッス!
この程度、アッと言う間になくなってしまうッスよ。育ち盛りの子供達の胃袋をなめたらいけないッス」
「そんなものなのかな?」
「そんなものッス」
テディは一も二もなく、キッパリと即答する。
ちなみに・・・アキト達の向かっている場所は、セントウィンザー教会。
といっても、神父やシスターへの差し入れなどではない。
先程テディが述べたとおり、そこに住んでいる親などの身寄りがいない子供達への差し入れだったりする。
セントウィンザー教会は、この街で唯一の教会であり、同時に孤児院でもあるのだ。
アリサは、そこに住んでいる子供のために、偶にケーキやクッキーなどを作り、差し入れをしている。
「こうやって特定の子供に対して、お菓子とかを作ったことはほとんど無いからな・・・・」
アキトは今まで料理を作ってきた場所といえば、ナデシコの厨房か雪谷食堂・・・そして、リア・ランサーが主。
三つとも大人が多く、子供が来ることは滅多にない。
無論、ルリとかラピス、ハーリーという例外もいるが・・・・
「そうなんっすか?結構意外ッスね。結構子供に好かれやすそうなのに」
「作ってもさ、直に渡すことがなかったんだよ。忙しかったりしてね」
「そ〜ッスか・・・・・あ、着いたッス!!」
「そうだな、じゃあ早くお菓子を子供達に・・・・・・・??」
セント・ウィンザー教会の正門をくぐり抜けたアキトの耳に、
教会の中から微かに響いてくるパイプ・オルガンの音色に気がついた。
隣にいたテディも、アキトよりやや遅れて、風に乗って微かに響くパイプ・オルガンの調べに気がついた。
「パイプ・オルガンの音ッスね・・・シスターが弾いてるッスかね?」
「違う・・・気がするけどな。シスターの弾くパイプ・オルガンの音じゃないような・・・・
言ったら悪いかもしれないけど、今聞こえてくる音色の方が深みがあるような・・・・」
「そうッスか〜?ボクには同じに聞こえるッスけど??」
門から教会へと歩いているため、音は徐々に大きく聞こえてくる・・・・
テディは耳をピンッ!と立てて、パイプ・オルガンの音をもう一度よく聴くが、違いがわからず、首を捻った。
アキトも、何となく違うような・・・・という感じであったので、上手く説明ができず、苦笑していた。
「まあいいじゃないか、テディ。教会の中に入ればわかることなんだし」
「それもそうッスね。じゃぁさっさと入るッス」
アキトとテディは教会の前まで歩き、大きめの扉をそっ・・・と、音をたてないように静かに開けた。
すると、遮るものがなくなったため、アキト達の耳にパイプオルガンの音がよりはっきりと聞こえてきた。
そこには・・・・パイプ・オルガンを演奏しているシーラの姿があった。
神父やシスター、孤児のみんなは、シーラが奏でるパイプ・オルガンの音色をただ黙って聴いていた。
シーラも、目を瞑ってパイプ・オルガンを弾いていたので、アキト達が来たことには気がついていない。
アキトも、皆の迷惑にならないように・・・と、気配を消しながら扉を静かにくぐる。
「弾いていたのはシーラさんだったんッスね」
「ああ、そうだな・・・・・・俺達も、邪魔をしないように静かに聴こうか」
「わかったッス。邪魔しちゃ悪いッスからね」
アキトとテディは頷き合うと、近くにある席に座り、皆と同じくシーラの奏でる音楽を聴き始めた・・・・
パイプ・オルガンとピアノ・・・・型は似ているが、弾き方などが違う楽器であるにもかかわらず、
シーラの演奏はとても素晴らしく、聴き惚れるほど上手い。
音楽とはあまり関係なく生きてきたアキトでさえ、シーラの奏でる音楽に心が安らいだ程に・・・・
テディなどは、あまりに心地よかったのか、安らぎに満ちた顔で眠り始めていた。
(始めてシーラちゃんが演奏しているのを聴いたな・・・・・みんなが言うとおり、いい音だ。
しかし・・・おかしいな。シーラちゃん、今日はピアノのレッスンが昼から夕方まであるって言ってたはずだけど・・・)
チラッと窓の外を見るアキト・・・・太陽は傾き始めてからまださほど時は経ってはいない・・・
間食にはまだ早いが、昼・・・・というには、些か遅すぎる。そんな時間帯だった。
(それに・・・・・・)
アキトはシーラの氣がまた少し弱まっているのが気にかかっていた。
一週間と少し前から、シーラの氣が少しずつ弱まっていたのだ・・・・
最初、心配したアキトはシーラに休むように言ったのだが、シーラは、
『私は大丈夫よ。だから心配しないで!アキト君』
と、強く言い張り、休むことを頑なに拒んだ。
幸い、すぐに休日があったのでアキトは安堵したのだが・・・・
次に仕事に出てきたシーラを見たとき、アキトの安堵感は遙か彼方へと吹き飛んだ。
シーラの氣は休んで回復するどころか、さらに弱まっていたのだ。
アキトは、どうしたのか?と何度も訊いたのだが、シーラは、何でもない・・・と言い張るのみ・・・
(シーラちゃんに一体何が・・・・)
心配げにシーラを見るアキト・・・・丁度その時、シーラの演奏も終わり、神父や孤児達は惜しみない拍手を送った。
シーラが恥ずかしそうに笑っていると、最後列にいるアキトと目が合った。
「ア、アキトくん!?」
「やあ、シーラちゃん」
「い、いつの間に!?っていうか、いつから聴いていたの?!」
「ええっと・・・少々前くらい・・・かな?とっても良い演奏を聴かせてもらったよ」
「やだっ!恥ずかしい!!」
シーラはアキトに聴かれていたことを知り、恥ずかしさのあまりに頬を真っ赤にする!
アキトはそんなシーラの行動に、安堵した表情をした・・・・少なくとも、表面上は・・・・・
「あ!アキトに〜ちゃんだ!!」
「遊びに来てくれたの!わ〜い!」
「アキト!約束通り、今度こそ護身術教えてくれよな!!」
「私、お料理教えてほしい・・・・」
孤児の皆は後ろにいたアキトを見つけるともの凄い勢いで周りに群がった!どうやらかなり人気者らしい。
隣で寝ていたテディは、群がった孤児達に尻尾を引っぱられたりと、オモチャにされていた・・・
「ゴメンな、今日は別の用事で来たんだ」
『え〜〜!!』
「でも、みんなきっと喜ぶよ。はいこれ。アリサさんと俺が作ったケーキやクッキー。みんなで食べて・・・・」
アキトが言葉を終わらせる前に、孤児達・・・特に男子一同はお菓子を受け取り、奥にある食堂へと運んでいった。
残った者も『全部食われては大変!』と考えたのか、大慌てで後を追った。
シスターも、ケーキを切り分けるのに呼ばれたらしい、アキトに一礼すると食堂に行く。
残ったのはアキトに神父、みんなの元気の良さに驚いているシーラに、食事を必要としないローラ。
そして、孤児達の中で(ローラを除く)最年長者のケビンだけだった。
・・・・・ちなみに、テディは背負っていたクッキーの袋ごと、食堂へと連行された・・・・
その時、アキトはいつもいるはずの人物がいないことに気がついた。
「あれ?セリーヌさんが居ませんね。どうかしたんですか?」
「ああ、彼女ですか。昨日、買い物に出かけたので・・・そうですね、明後日には帰ってくるでしょう」
「相変わらずですか・・・」
セリーヌ・・・フルネームはセリーヌ・ホワイトスノウという。
水色の髪をした、いつもあたたかく微笑んでいる・・・というか、微笑みが地顔の女性。
外見通り、皆に優しい人で、この孤児院で働いている。
そんな彼女だが・・・一つ、破滅的な欠点があった・・・
それは、よく迷子になる・・・というか、極度の方向音痴であった。
片道三十分でも、下手をすれば一日をかけるという事もよくある。
出かけるときは、お供に誰かついて行くのだが・・・
彼女は一人で出かけようとするので、一向に回数が減ることがなかった・・・
「それはそうと、アキトさん。この度は有り難うございます」
「お礼はアリサさんに言って下さい。俺は・・・あの子供達の笑顔だけで十分です」
「アリサさんも、子供達が喜んでくれるだけで結構です・・・と、言われますからね」
「アリサさんらしいですね」
「ええ・・・彼女はとても心優しい人です。それはそうと・・・・最近の調子はどうですか?」
「店ですか?ええ、いい感じです。そこにいるシーラちゃんや皆が俺を助けてくれますからね」
アキトはそう言うと、後ろにいたシーラに向かって微笑みかけた。
シーラはといえば、アキトの言葉にさらに恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた・・・・
「神のお導きです。神は心正しき者を決して見捨てるようなことはなさいません」
「導き・・・・ですか・・・・」
何とも複雑そうな表情をするアキト・・・
神父の言葉を鵜呑みにすると、アキトをこの世界に導いた『遺跡』が神ということになるからだ。
そもそも・・・・アキトは神などは信じてはいない。
信じることはやめたのだから・・・過去、怒りや絶望といった負の感情に、心を砕かれたあの時から・・・
「アキト兄ちゃん!」
「ん?どうかしたのかい、ケビン君。みんなと一緒にお菓子でも・・・・」
「そんなのはどうでもいいよ。それより、この前の約束通り、俺に戦闘術を教えてくれよ!!」
「ケビン君・・・・」
ケビンのもの言いに、アキトは眉をひそめる。
アキトが孤児院の子供達に、格闘技を教えてくれと頼まれたのは一度や二度ではない・・・・
その原因は、ローラがアキトがもの凄く強いことを話したからだ・・・・二、三倍ほど美化して・・・・
だが、今ケビンは『格闘技』ではなく『戦闘術』の教えを請うた・・・
『格闘技』・・・・もしくは『格闘術』・・・・それは、特定の相手と闘い、相手を制する技であり術・・・
だが戦闘術とは、敵との闘い方を問わず、完全に殲滅する術・・・・場合によれば、相手の死すらいとわない。
それが解っているアキトだからこそ、ケビンの請いに難色を示した。
決して、十歳を過ぎたばかりの普通の子供が、進んで教えを請うものではないのだから。
アキトは床に片膝を着かせ、ケビンと自分の目の高さを同じにすると、真っ直ぐに相手の目を見据えた。
その目は、相手を子供だと思って侮っているものではない・・・対等な、一人の男として扱っている目だった。
「ケビンはどうして『戦闘術』を教えてもらいたいんだい?『護身術』や『格闘術』では駄目なのかい?」
「そんなものじゃ駄目なんだよ・・・・・」
「・・・・・・・・・この孤児院のために・・・・かな?」
アキトの問いに、ケビンは驚いた顔をした。
そんなケビンの表情で、アキトは自分の問いが当たっていたことに確信を持った。
「やっぱり・・・・」
「やっぱりって・・・どういうことなの?アキト君」
「シーラちゃんも気がついているだろう?孤児院は慢性的な経営難状態なんだ・・・・
ケビンは、一刻も早く強くなってお金を稼ぎたかったんだよな」
「・・・・・・・・・・・・うん」
アキトの言葉に、ケビンは顔をうつむけてから小さく一声だけ答えた・・・・・
この世界では、腕に自信さえあれば稼ぎ方などいくらでもある・・・・
傭兵、賞金稼ぎ、用心棒、闘技場などで闘う闘士など・・・・・
場合によっては、アキトのようにモンスター退治を引き受けるという手段もある。
命を危険にさらすだけあって、金額はそれ相応に高い。
逆にいえば、金額に見合って命を落とす可能性も高くなるということだ。
子供はもちろん、それなりに腕に覚えのある者でさえも、危険なこと極まりない。
全てを知った神父は、うなだれるケビンの頭に温かい手を乗せ、優しく撫でる・・・・・
「心配してくれてありがとう。ケビンは心優しいですね・・・・でも、ケビンは気にすることはないんですよ」
「でも・・・・・・」
「ケビンはまだ小さい・・・いずれ大きくなるその時まで・・・子供にしか学べないことを学びなさい。
それまでは・・・・私やシスター、セリーヌさんが、貴方達全員を護ります」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・ケビン君。一ヶ月に何回か、仕事を手伝ってくれないかな?」
「アキト兄ちゃん??」
「月に何回か、公園などの大がかりな掃除とかあってね。人手がいっぱい要るときがあるんだ。
そんなとき、手伝ってくれないかな?もちろん、お給料は払うよ。どうかな?」
「・・・・・・・・良いの?」
「ああ。もちろん、用事があるときは別に構わないよ」
「わかった!!手伝いに行くから、絶対呼んでくれよな!約束だぞ!」
「ああ、約束だ」
アキトとケビンは、約束を確かめ合うように握手をする。
神父はアキトに小さな声で礼をいうと、アキトは大したことではありませんよ・・・という返事と共に、微笑み返した。
「よかったわね〜ケビン。あんたみたいなお子さまでもできる仕事があって」
「何だよ、ローラ姉ちゃん。子供じゃないんだから頭撫でるような真似は止せよ!!」
ケビンは頭を撫でる・・・というか、触れられないので頭を撫でるふりをしているローラの手を払いのけようとする。
が、精神体のローラの手にさわれるはずなく、抵抗もなく素通りした。
幾度となく抵抗したケビンだが、何の効果もなく、いつまでも頭をなで続けられたことに腹を立て、
今だ歓声と悲鳴(主にテディ)が聞こえてくる食堂へと逃げていった。
「ローラちゃん、そんな事をしたら悪いよ、ケビンも立派な男なんだからね」
「お兄ちゃん、アレは『男』じゃなくて『男の子』って言うの。
そんな事よりお兄ちゃん!さっきの格好良かったよ!さりげない心使いなんて特に!!
私感動しちゃった!!ね、ね!今度デートしよ!」
「デートっていわれても・・・・参ったな・・・・」
アキトは無邪気な子犬の如く積極的に迫り、抱きついてくるローラに、どうやって断ればいいのか悩んだ。
いつまで経っても女性の扱いになれないのは、美点なのか欠点なのか・・・
悩んだ挙げ句、アキトは助けを求めようと神父に目を向けようとしたが・・・
すでに神父は食堂へと向かっていて、見えたのはその背中のみ・・・・
仕方なく、シーラに助けてもらおうと目を向けたアキトは・・・・・・
ひどく落ち込んだような・・・・それでいて、もの凄く辛そうな顔をしたシーラが目に入った。
「シーラちゃん?」
「え!?何、アキト君!」
「大丈夫?今もの凄く疲れたような顔を・・・・」
「わ、私は平気よ。あ!もうこんな時間!家に帰らなくちゃ!じゃぁ、私はこれで・・・・」
シーラはアキトにみなまで言わせず言葉を遮ると、足早に教会から出ていってしまった・・・
シーラが出ていった扉を心配げに見ていたアキトは、ローラの頭を撫でると、
「ごめんローラちゃん。ちょっと用事があるんだ。その話はまた今度ね」
と言い、先に出ていったシーラを追いかけていった。
「あ!お兄ちゃん!・・・・・・・・・・・んもう!ちょっとは私もかまってよ!!」
「ローラ姉ちゃん!みんなが腹ごなしに鬼ごっこしようって言うんだけど・・・やる?」
「仕方ないわねぇ・・・・お姉ちゃんが遊んであげましょうか!!」
頬を可愛らしく膨らませていたローラだったが、孤児達の誘いに嬉しそうに向かっていった。
ローラ・ニューフィールド・・・・恋に恋する女の子、心はまだまだ少女のようだ。
そして・・・・外に出たアキトは、教会の前の通りを見回していた。
「もういない・・・・・シーラちゃんはどこに・・・・・・・・」
アキトは氣の結界を広げ、シーラの氣を探る・・・・が、シーラの氣が弱っているせいか、すぐには見つからない。
目を瞑り、外界からの情報を遮断したアキトは、氣の探知に集中する・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・いた!エレイン橋の方に向かっているな」
アキトはシーラの氣を感じた方向に向かって疾走する。
普段に比べてひどく弱く、そして波動が乱れているシーラの氣を気にしつつ・・・・・
その頃・・・・シーラはエレイン橋の上から、ローズレイクに流れてゆく川の流れを、ぼーっと眺めていた。
もう少し思い詰めていた顔でもしていたのなら、自殺志願者と思われるような顔つきで・・・・・
「はぁ〜〜・・・・・・・・・・」
胸に溜まった空気を全部吐き出さんばかりに深く・・・・深く溜息を吐いたシーラは、
懐から白い封筒を取り出し、ジッと見つめて・・・・・・・・・もう一度、深い溜息を吐いた。
「はぁぁ〜〜〜・・・・・・・・・・結局、また渡せなかった」
シーラは手に持っていた封筒をまた懐に戻すと、今度は不機嫌そうな顔をして川を見下ろした。
「大体、アキト君も悪いのよ。ローラちゃんに抱きつかれたからって嬉しそうにして。
ローラちゃんはまだ子供なのに・・・・・私の方が、胸だってあるし・・・・・・・・」
最後の方はごにょごにょと呟くような音量だったが・・・結構大胆なことを言うシーラ・・・
アキトに抱きついたローラに嫉妬しているのだ・・・本人は気がついていないが・・・・・
シーラは、自分の理解できない気持ちを持て余すあまり、教会から逃げるように出てきてしまったのだ。
今までさんざん嫉妬をしておいて今さら・・・・と思うかもしれないだろうが、
シーラにとって恋も、嫉妬も初めての気持ちなので、今ひとつ理解できないものらしい・・・・
親が箱入りに育てすぎたというのも、原因の一つなのだろうが・・・・
しかし・・・シーラは気がついているのだろうか・・・精神体であるローラは、アキトにさわれないことを・・・・
あの時、アキトは力を使っていないために、最後に頭を撫でるとき以外は、ローラに触っていないのだ
「はぁぁ〜〜〜・・・・アキト君のバカ」
「あっと・・・その・・・・ごめん」
「えっ!?!」
後ろから聞こえてきたアキトの声に、シーラは弾かれたように振り返った!
「ア、アキト君!!いつの間に!!」
「え?シーラちゃんが溜息吐いたときからだけど・・・・ごめん、驚かせちゃったかな?」
「う、ううん、気にしないで・・・・・」
「なら良いけど・・・・」
シーラの氣の波動が元に戻ったことから、少し安堵するアキト。
自分が来たからこそ、元に戻ったなどということは・・・・鈍感王のアキトが知る由もない・・・・
「アキト君、一体どうして此処へ?」
「ん〜〜・・・・シーラちゃんが気になってね」
「え!?!」
シーラの頬がサッと朱に染まる。好意をもつ相手に心配されて、嬉しいと思わない者は滅多にいない。
シーラは赤くなった頬を隠すように両手で挟むと、恥ずかしそうにアキトを見る・・・・
「シーラちゃん、なんだか思い詰めていたようだからね・・・それに、かなり疲れているようだし・・・・」
「そ、そうなんだ・・・は、ははは・・・(ちょっと残念、でも、私を気にかけてわざわざ追いかけてきてくれたんだ)」
シーラはドキドキする心臓を抑えるように胸を押さえると、アキトに笑顔を見せる。
アキトもシーラに微笑み返すが・・・・・・・両名の笑顔はどこはかとなく陰がある。
「(こ、これはチャンスよね・・・・)ア、アキト君!これ!!」
シーラは決意を秘めた顔をすると、懐から再び白い封筒を取り出し、アキトに差し出す!!
いきなりのシーラの行為に少々驚いたアキトだが、すぐに気を取りなおすと差し出した封筒を受け取った。
余談だが・・・端から見れば、シーラがアキトに恋文を渡しているようにしか見えない・・・・
「これは?」
「こ、今度エンフィールドで音楽コンクールがおこなわれるの。
まだずっと先なんだけど・・・・アキト君にも来てほしくて・・・・もちろん、みんなにも渡したけど」
「そうなんだ。わざわざありがとう。でも・・・・いいのかい?
なんだかシーラちゃんにとって、とっても大事なコンクールみたいだけど・・・俺が行ったら邪魔なんじゃぁ・・・・」
「ううん!アキト君に是非来てほしいの!!」
「・・・・・・・・・・解った。わざわざありがとう、シーラちゃん。ありがたく受け取るよ」
アキトはシーラから受け取った封筒を、大切に・・・・大切に懐にしまった。
シーラの真剣さゆえに、断る方こそ失礼だと感じたから・・・・大切にしまった。
「よかっ・・・・・・た・・・・・」
それを見たシーラは、心の底からホッとして、安堵した表情をした・・・と同時に、世界が暗くなってゆくのを感じた。
「シーラちゃん!しっかり!シーラちゃん!!」
シーラを抱き抱えて必死に呼びかけるアキト!
・・・・それが、シーラが覚えている最後だった・・・
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「トーヤ先生!急患です!!」
「解った、手前は混んでいるから奥のベッドに寝かせるといい・・・だがな・・・・・」
クラウド医院の医者、トーヤ・クラウドはアキトが飛び込んできた入り口を指差しながら宣言した。
「そこは窓だ。人の入ってくる場所ではない。次に入ってくるときは病院の玄関口からに願おう」
「済みません、急いでいたもので・・・・」
そう・・・あの後、アキトは倒れかけたシーラを抱き留めると、急いで病院に運んだのだ・・・街中を爆走して・・・・
今現在、シーラを抱えて疾走するアキトを目撃した人達が、
『二人がかけおちした!』だの何だのと、あらぬ噂を広げはじめていた・・・
それはさておき・・・・・・
アキトは抱き抱えていたシーラを診療台にそっと乗せる・・・・
それを待っていたトーヤはシーラの脈などを調べ、健康状態を調べる。
「シーラちゃんの容態はどうなんですか?」
「ああ・・・・・どうやら少々過労気味のようだ」
「そうですか・・・・」
「氣功が使えるお前なら、それぐらいすぐにわかるだろう」
「ええ・・・ですが、俺は医者じゃないですからね。専門にみせる方が確かでしょう?」
「フッ、その通りだな・・・・・暫くそのまま寝かせておくといい。じきに目が覚めるだろう」
「解りました」
トーヤは二人をもう一度だけ見ると、そのまま診療室へと戻っていった。
残されたアキトは・・・・シーラの額に手を当て、軟氣功を使おうと氣を高めた・・・・その時・・・・
「・・・・・・・ア・・・キト君?」
「気がついた?シーラちゃん」
「私・・・・ここは?」
「ここはクラウド医院。シーラちゃん、あの後倒れたんだよ。覚えてない?」
「・・・・・何となく・・・急に目の前が真っ暗になって・・・・そうだ!お家に帰らなくちゃ!」
「駄目だよ、シーラちゃん!そんな疲れた体で・・・・」
「でも、ピアノのレッスンをしないと・・・・・」
「駄目だって。今はゆっくりと休んでいないと・・・・・」
「でも・・・・・やっぱり帰って練習しなくちゃ・・・・・先生を待たせてあるし、
せっかくみんな来てくれるから・・・・・もっと練習しないと・・・・あの曲が完成しない・・・・・・」
「寝ていないと駄目だって、シーラちゃん!」
無理に起き上がろうとするシーラを押さえるアキトだが、シーラは頑なに起き上がろうとする。
幾度繰り返しただろうか・・・・・先に折れたのは、やはり女子供に弱いアキトだった。
「わかった・・・でも、今日は駄目。でないと、魔法をかけてでも眠らせるよ」
「でも・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
「解ってくれて嬉しいよ。じゃぁ・・・はい」
「はい・・・って、アキト君?」
シーラは、背を向けてしゃがみ込むアキトに困惑した顔を向ける。
「シーラちゃんはここで寝ててって言っても、無理にでも帰ろうとするしね。
だったら、俺が背負っていくよ。疲れているんだしね、遠慮しないで」
「え・・・でも・・・・はい・・・・・・」
頬を赤く染め、狼狽したシーラだが・・・・結局はアキトに背負われて帰ることを選んだ。
アキトに背負われたシーラは、アキトから伝わる体温や匂いに、さらに頬を真っ赤に染める・・・
頭の中も、色々な思考がグルグルと渦を巻き、正常に考えられない・・・・
それは、アキトがトーヤに礼を言っているのにも気がつかないほどであった。
クラウド医院からシェフィールド家までの道すがら・・・・・
シーラはアキトから伝わってくる心地よい暖かさにその身を包まれていた・・・・
「シーラちゃん、体の方は大丈夫かい?」
「うん・・・・なんだか体が重かったのに・・・・・・」
「そうなんだ、それはよかった。(ちゃんと効いているみたいだな。よかった・・・・・)」
アキトは、シーラを背負いながら軟氣功をほどこしていたのだ・・・・
さすがに、背負った人に使うのは初めてであったため、少々不安だったのだが・・・杞憂だったらしい。
「・・・・・・・・・・シーラちゃん。訊いてもいいかな・・・・」
「なに?アキト君」
「シーラちゃん・・・・何を思い悩んでいるのかなぁって・・・
俺はまだ、シーラちゃんと出会ってから半年も経ってないけど、少しは知っているつもりだよ。
シーラちゃんは人に心配をかけるのを嫌うっていうぐらいはね」
「・・・・・・・・・・・」
「でも、今のシーラちゃんは、その気持ちすら忘れるほど頑張ろうとしている・・・・何でなの?
俺には、シーラちゃんが何かに追い詰められて苦しんでいるようにしか見えないんだけど・・・・」
アキトの言葉に、シーラは表情を曇らせて押し黙る・・・・・
「ねえ、アキト君・・・・・今日は昼からピアノのレッスンがあるの・・・・ううん、あったの・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「でも私、今度弾く曲で、一番大切なパートが上手くいかなくて・・・・・気分転換に外に出たの・・・・
その時にね、偶々教会の前を通りかかって・・・孤児院のみんなに頼まれたの、何か弾いてみてくれって」
「そうなんだ。優しいんだね、シーラちゃん」
「そんなこと無い・・・・ただの気まぐれだった・・・これも気分転換になる、そう思って・・・・
失礼だよね・・・こんな気持ちで弾いたら・・・今度謝らなくちゃ・・・」
「そうかな?あの時、シーラちゃんはとっても楽しそうに見えたよ?」
「え!?」
「途中からしか聴いていないけどね。教会で聴いたシーラちゃんの音・・・・とっても心地よかった。
テディなんか、途中から寝ていたぐらいにね。きっと、とても心地よかったからだと思うよ」
「そう・・・・・なのかなぁ・・・・」
「とっても良い音色だったからね。深みがあるっていうか・・・・心安らぐっていうか・・・・」
「そうなんだ・・・・アキト君には、そう聞こえたんだ」
「うん。って、音楽もやったことのない俺が言っても、無責任かもしれないけどね」
「そんなこと無い・・・・そんなこと無いよ、アキト君。私、とっても嬉しい」
本当に嬉しく思ったシーラは、アキトの背中に頬をすり寄せるように密着する。
シーラからただよう花のような香りに、アキトは今さらながら背負っていることには気恥ずかしくなり、顔を赤くする。
「ねえ、シーラちゃん・・・さっき、みんなのために完成させなくちゃって言ってたよね」
「うん・・・・あのパートを上手く弾かないと、曲が完成しないから・・・・・」
「みんなのため・・・か。それはそれで良いと思うよ。
俺の料理も、みんなが嬉しく食べてくれるために作ってるんだから・・・・でもね、それは結局は自分のためなんだ」
「自分の・・・・ため?」
「そう、自分のため。みんなが喜んでくれたら、俺も嬉しい。だから、料理を作ることができるんだ。
シーラちゃんは・・・・・何のためにピアノを弾くの?」
「私は・・・・・・」
シーラの頭の中に、色々な答えが浮かんでくる・・・・
(今度のコンクールで良い結果を残したいため?
尊敬する音楽家であり、私にピアノを教えてくれたお父さんやお母さんのため?
違う・・・みんなに聴いてもらいたいから?それも違う・・・・それは、初めて聴いてもらったときから・・・
だったら・・・・私は何でピアノを弾くの?)
思考の迷路に迷い込んだシーラに、アキトは問いかける・・・・
「シーラちゃんは今、とっても苦しんでる・・・・とっても悩んでる・・・・
自分をそんなに苦しめるピアノ・・・・・シーラちゃんは嫌いにならないのかい?」
「そ、そんなこと無い!私は・・・・・私はピアノを嫌いにならない・・・・だって・・・・」
「だって?」
小さくなってゆくシーラの言葉を、アキトはあくまで優しく聞き返す・・・
そんなアキトの言葉に、シーラは何かを悟ったかのように嬉しそうな顔を上げる!
「私は、ピアノが好きだから!音楽が大好きだから!!」
「そう・・・・それが、シーラちゃんがピアノを弾く理由なんだね」
「うん!!」
「いい返事だね・・・さぁ、家についたよ」
「え?もう?」
「結構長い間話していたからね。立てる?」
「うん、もう大丈夫。逆にとっても体が軽いくらいよ」
「それは良かった。本当なら、家の前まで運びたかったんだけどね。優秀なボディーガードが睨んでいるから」
「ボディーガード・・・・・あ、なるほど・・・・」
シーラとアキトがシェフィールド家の庭の方を見ると、今にも飛び掛からんばかりに構えた犬がいた・・・
今だアキトにあしらわれたことを恨みに思っているのか、唸りながら油断なく見ているハーリー(犬)。
「とにかく、今日はゆっくりと休むこと。良いね。
明日も疲れているのだったら、無理して仕事に来なくても良いから」
「もう大丈夫よ、アキト君」
「そう言って倒れたのは誰かな?シーラちゃん」
「ご、御免なさい・・・・」
「ハハハ・・・じゃぁ、くれぐれも無理しないようにね」
「うん、ありがとう!アキト君」
アキトは振り返ってシーラに手を振ると、教会の方に向かって歩いていった・・・・
今の今まで忘れていた、テディを迎えに行くために・・・・
わざとではなく、完璧に忘れていたため、アキトの歩く速度は心なしか速い・・・・・・
シーラはアキトが見えなくなると、ゆっくりと振り返り、家の中へと入っていった。
そして・・・暫くすると、屋敷の一室からピアノの音色が流れ始めた・・・・
それは、とても済んだ音で・・・美しい清流の如く、淀みのない綺麗な音色だった・・・・
アキトがいれば、さぞ驚いただろう・・・・
ピアノを弾いているシーラの氣が、とても優しく澄んでいて、力強くなっていることに・・・・
今、シーラにとって、ピアノは心休まるものとなっていたのだ・・・・
(ありがとう、アキト君・・・・私、またピアノが好きになった・・・
私、心を込めて弾くわ。自分のために・・・・自分が決めた、一番聴かせたい人のために・・・・
だから・・・コンクールを楽しみにしててね、アキト君・・・・・・・・・)
(第十七話に続く・・・・・)
―――――あとがき―――――
どうも、ケインです。
今回はシーラのイベントでした。
これで、シーラ関連の一大イベント、音楽祭への布石はできたということになります。
音楽祭については、まだ思案中ですけどね・・・音楽は得意じゃない、というよりも、知りません・・・恥ずかしながら。
他にも、色々とイベントのためのフラグもありましたが・・・それは気にするほどでもありませんね。
さて・・・次回は、猫耳少女のメロディの関連イベントです。
本当なら、あっさりと終わる話ですが・・・ちょっとした悪戯心で、話が長くなってしまう予定です。
早い話、他の作品からキャラを引っ張り込む・・・更にクロス・オーバーさせるわけです。
一応、次回だけのつもりなので・・・広い心で見てやってください。
それでは最後に・・・K・Oさん、15さん、K−DAIさん、taniokaさん、あまのんさん、ビリーさん、ボイスさん、
ホワイトさん、やんやんさん、レイジさん、逢川さん、時の番人さん、白クジラさん、
翔さん、蒼竜さん、ノバさん、ほろほろさん、桐生 悠さん。
感想、誠にありがとうございます!!
それでは・・・次回、十七話『メロディを奪還せよ』で会いましょう・・・
代理人の感想
うーむ、ベタでいい。(笑)
読んでて気恥ずかしいというかなんというか・・・・・・
まぁ、そう言うことで(苦笑)。