悠久を奏でる地にて・・・

 

 

 

 

 

第19話『出会えた君に祝福を・・・』

 

 

 

 

 

 

 

―――――九月二十七日―――――

 

 

 

九月の末・・・土曜日。

いつもなら、前日までに仕事を終わらせているアキト達であったが、

この日はいつものメンバーがそろって、ある相談をしていた・・・

 

 

「さて・・・今日の仕事なんだけど、シーラちゃんにクレアちゃん、パティちゃんはうち合わせ通り、料理をお願い。

残りのみんなはパーティーの準備。俺とリサさんは、午前中は自警団の手伝い。なにか質問は?」

 

 

「ありませんわ、アキト様」

「準備の方は任せておいてくれ」

 

 

それぞれ、言葉は違うものの、一様に任せてくれとの返事だった。

アキトは皆からの返答に一回頷くと、椅子から立ち上がった。

 

 

「じゃあ、解散。手数をかけるかもしれないけど・・・ん?」

 

 

不意に言葉を途切れさせたアキトは、店の扉に目を向けた。

皆も、何事かと扉の方を振り向いた・・・その時!!

 

 

「お兄ちゃん!一体何やったの!?」

 

 

扉をにゅっとすり抜けて・・・・・飛び込んできたローラが、非難めいた声音でアキトを呼んだ。

ローラのいきなりな登場に驚きつつも、その言葉にさらに驚き、皆はアキトに振り返った!

 

だが、当のアキトは、ローラの声に冷静に返事をする。

 

 

「どうかしたのかい?ローラちゃん。そんなに慌てて・・・」

「どうかしたのかい?じゃないの!お兄ちゃん、トリーシャちゃんになにやったの!!」

「・・・・・・トリーシャちゃんがどうかしたのかい?」

 

 

ローラの言葉を聞いたアキトは、急に真剣な表情をすると、逆に問い返した。

アキトの真剣な表情に、ローラは一瞬動きを止めるが、すぐに答えた・・・

 

 

「トリーシャちゃん、泣きながら走ってたの。だから、お兄ちゃんが何かやったのかなって思って・・・」

「なぜその時点で俺が真っ先に疑われるのかは置いとくとして・・・・理由はなんとなくわかった」

「どういうことなの?」

 

「・・・・・・今日、自警団が総出で街道沿いに出現する怪物モンスターを退治する予定なんだ。

たぶん、リカルドさんのことだ。トリーシャちゃんの誕生日よりも、仕事を優先させたんだろうな」

 

 

まったく・・・と、呟きながら、アキトは嘆息する。

その様子に、アレフは疑問の声をあげた・・・

 

 

「アキト。お前、リカルドのおっさんを説得したんじゃないのか?」

 

「したさ。直接出向いて・・・ノイマンさんや司狼、アルベルトに説得の手伝いを頼んでな。

最後には、自警団の団長まで説得に乗り出してきてな・・・」

 

「おいおい・・・」

「団長・・・ベケットさんが、最近、超過勤務気味だからって、リカルドさんに三日程有給を与えるって事になってな」

「それで・・・リカルド様は納得したのですか?」

「一応・・・だけど、リカルドさんのことだ、当日の朝になって『行く』と言ったんだろうな・・・」

 

 

アキトの現実味リアリティのある仮説に、全員がそろって溜息を吐いた・・・

例外は、なにがあったのか理解していないメロディのみ・・・

 

その時・・・

 

カラン カラ〜ン♪

 

なにやらあわてた様子の司狼が、店に駆け込んできた。

 

 

「すまない!トリーシャがここに来てないか!!」

「俺達も今、トリーシャちゃんが泣きながら走っていた事を聞いた所なんだ」

「そうか・・・」

「司狼・・・やっぱり、リカルドさんが?」

 

「ああ、あのおっさん、朝になって自分も行くと言いだしたらしくてな・・・

それにショックをうけたトリーシャが、家を飛び出したというわけだ。

俺は、ノイマン隊長がこうならないように、『リカルドにクギさしてこい』って言われて行ったんだが・・・一足違いでな」

 

「そうか・・・リカルドさんに文句を言うのは後回しにして、とにかくトリーシャちゃんを捜そう。

万が一にも、街の外に出てモンスターにでも遭ったら一大事だからね・・・」

 

 

そう言いながら席を立つアキト。皆もアキトと同様、席を立って外に出ようとする。

・・・・・・が、

 

 

「ちょっと待った。トリーシャちゃんを捜すのは五、六人で良いから、

他のみんなはパーティーの準備を頼むよ」

 

「それもそうだね・・・で?どういう振り分けにする?あたしとボウヤは数に入れておくとして・・・」

わたくしも同行いたします」

「私も・・・トリーシャちゃんが心配だし・・・」

「なら、俺も行こうかな」

 

 

リサの言葉を継いで、クレア、シーラ、アレフがそれぞれ同行を申し出る。

アキトとリサも、この三人に至っては自分の身を守る力量があるため、特に異論はなかった。

 

 

「私も行こうか?」

「いや、パティちゃんは残って料理の方を頼むよ」

「そうね・・・私が抜けると、料理する人がいなくなるからね・・・」

 

「それは気にしなくて良いわ、料理は私がやっておくから・・・

パティちゃんはトリーシャちゃんを探す方を手伝ってあげて」

 

「おば様・・・」

「アリサさん・・・わかりました、済みませんがお願いします」

 

「アキト兄ちゃん!俺は俺は!!」

 

 

ピートが元気よく同行を主張する。

だが、アキトはピートの申し出に、首を横にふった。

 

 

「いや、ピートは此処に残ってくれ」

「え〜!なんでだよ!」

「ピートにはアリサさんの手伝いを頼みたいんだ。アリサさんに、重い荷物を持たせるわけには行かないだろ?」

「あ、そうか・・・おばちゃんの手伝いも大事だもんな・・・うん、わかった」

 

 

アリサを実の母のように慕っているピートは、アキトの言葉に異論もなく納得した・・・

アキトは、後一人ほど同行を頼もうとして、皆を見回した・・・そして、

 

 

「・・・マリアちゃん、トリーシャちゃんを捜す手伝いをしてくれるかな?」

「え?マリアも?」

「ああ、万が一、魔法が必要になったときのためにね」

「そう!任せておいて!マリアの魔法で万事解決だから!!」

 

 

やたらやる気になっているマリアを横目に、アレフはアキトに小さな声で話しかける・・・

 

 

「おいアキト、なんだってマリアを連れてくんだよ」

 

「エルさんと一緒に仕事させて、大喧嘩になるよりは良いだろ?

あの二人のことだ、パーティーの飾り付け云々で言い争いになる可能性が高い・・・」

 

「あ、なるほどね・・・納得いった」

 

「ん?どうしたの?」

 

「いや、なんでもないよ、マリアちゃん。それじゃあ早く行こうか。トリーシャちゃんが心配だ。

ローラちゃん、トリーシャちゃんはどこに向かって走っていったんだい?」

 

「え〜っと・・・『祈りと灯火の門』エンフィールドの正門に向かって走っていったよ」

 

「わかった、じゃあ、そっちの方向から探そうか。

アリサさん、それにみんな、後のことはお願いします」

 

「ええ、トリーシャちゃんをお願いね」

「わかりました」

 

 

アリサの言葉に送られたアキト達は、『祈りと灯火の門』に向かって走っていった。

街の外に出たにしろ、そこを経由して何処かへ行ったにしろ、

門番の人達がトリーシャの姿を目撃している可能性が高いからだ。

 

だが・・・事態は思ったよりも深刻な方向へと動いていた・・・

 

アキト達が門に行くと・・・そこには地に倒れ伏している三名の門番達の姿があった!

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

アキトは倒れているうちの一人を起こすと、声をかける。

残りの人達も、アレフやリサが起こしていた。

 

外傷はなく、氣の乱れもないことから、ただ単に気を失っているのだろうと、アキトは判断した。

 

 

「う、うう・・・あんたは・・・ジョート・ショップの・・・」

「テンカワ・アキトだ。一体何があったんだ?」

「わからない・・・泣きながら飛び出そうとしていたトリーシャちゃんを引き止めていたら、急な眩暈を感じて・・・」

「トリーシャちゃんがどっちに行ったのかはわからないのか?」

「ああ・・・見る前に気を失ったからな・・・」

「そうか・・・とりあえず、何かあったらいけないから、クラウド医院に行った方が良いだろう」

「わかった、済まないな・・・」

 

 

一人で立ち上がった門番は、残りの二人と少々言葉を交わすと、

一人を残して自警団事務所の方に向かっていった。

一時でも門を留守にするわけにはいかないと云う、職業意識から来ているのだろう。

 

それを横目に、アキト達は少し離れた所で集まっていた。

 

 

「一体どういうことだい?三人とも、ほぼ同時に気を失ったって・・・そろって居眠りしたわけじゃあるまいし」

「大方、魔法かなんかじゃないの?」

 

 

パティの疑問に、クレアは静かに首を横にふった。

 

 

「確かに・・・相手を眠らせる魔法はございます。

ですが、犯罪などに悪用される可能性から、学校では知識のみで、術式などは教えないはずですが・・・」

 

「え?そうだっけ?」

 

 

マリアが、クレアの言葉に間の抜けた返事をする・・・

エンフィールド学園の魔法学科の生徒にはあるまじき発言に、クレアは少々苦笑する・・・

 

 

「とにかく、トリーシャちゃんを早く捜そう。

門番が気絶していたのであれば、外に出ていった可能性が高い」

 

 

門にくるまでの間、アキトはトリーシャの氣を捜索していたため、街の中にいない可能性はかなり高い。

範囲外にいる可能性もないわけではないが・・・それはかなり低いだろう。

行く先の障害が勝手になくなったのだ。渡りに船と思うのが人の常だ。

 

 

「とにかく、街の外に出たのなら、モンスターとの戦いを想定しなくちゃならない思う。

アレフ達は、戦闘準備を早急にしてきてほしい。マリアちゃんも、動きやすい服に着替えてきた方が良い。

その間に、俺とリサさんは念のために街の周辺を探してみる」

 

「わかりました。では、私達はすれ違いにならないように、

準備が終わり次第、此処でお待ちしておりますわ」

 

「頼むよ、俺達もすぐに合流するつもりだから。

もし、何らかの手がかりが見つかったら、俺が魔法で合図するからそこに集まってほしい」

 

「はい。お気をつけください、アキト様」

「わかったよ」

 

 

そう言うと、アキトはリサを連れてローズレイクの方に向かって走った。

それとほぼ同時に、シーラ達五人は武器や服を着替えるために一旦家へと帰っていった。

 

リサは併走しながら、アキトに話しかける。

 

 

「おいボウヤ、トリーシャを探すのは良いんだけど、一体何でこっちを捜すんだい?

順当に考えるんだったら、街道沿いを捜すべきなんじゃないのかい?」

 

「街道沿いは自警団がいるから、そっちに行けば自警団員が保護してくれるさ。

念のため、別れ際に司狼に連絡を頼んでおいたからね。そっちの方は大丈夫だと思う」

 

「なるほどね・・・だとすると、残った選択肢はローズレイク方面か、西の山岳部というわけか」

「そう言うこと。どちらにしろ、途中までは同じ道だからね。手がかりがあるかもしれない」

 

「都合よくあればいいけどね・・・」

 

 

『祈りと灯火の門』からローズレイクに向かう道は一応あるが、利用者はあまりいない・・・

そもそも、ローズレイクに用があるなら、直接街中から行く方が手間が少ないからだ。

西の山岳部にしても、モンスターの生息地のため、好んで行く人間などはほとんどいない。

 

その事を知っているリサは、肯定的なことを呟くことができなかった・・・

 

 

「リサさん!」

「ん?なんだい・・・なるほど」

 

 

突如呼ばれたため、一瞬意味が分からなかったリサだが、走る先に数匹のモンスターがいることに気がついた。

ただ・・・不可解なのは、空を飛んでいるモンスター・・・五匹のハーピーが集まって、

一匹の丸っこい小さなモンスターを襲って・・・いや、虐待していることか・・・

 

 

「モンスター同士のいざこざか・・・どうする?関わっている暇はないけど・・・」

「だから見過ごす・・・というのは、やりたくないですよ」

「同感だ。寝覚めが悪くなりそうだしね」

「ハーピーを落とします。右側をお願いしますね」

「解った」

 

 

アキトは呟くように呪文を詠唱しながら、風のように疾走する。

リサも、腰に差してあった二本のナイフを抜き、逆手に構えて、アキトに遅れ気味ながらも併走する。

 

あと数メートルに近づいたとき、ハーピー達は急接近するアキト達に気づき、あわてて高度を上げる・・・が、

それよりも、アキトが放つ魔術の射程距離に入る方が早かった!!

 

 

轟風弾ウィンド・ブリットッ!!」

 

 

アキトより放たれた十数個の風の衝撃波が、ハーピー達を打ち据え、撃墜した!!

大地に墜落したハーピー達は、さしたるダメージもないようで、すぐに飛び立とうとするが、

羽ばたく間もなく、リサのナイフが急所を貫き、絶命させる。

アキトも、氣を掌に集束し、ハーピーの体内に直接叩き込んで絶命させた!

 

せめて苦しまないようにという配慮だが・・・それは、相手を上回る実力者のみができる事だ。

 

 

「大丈夫だったかい?」

 

 

アキトは、できる限り優しい声で、小さな丸っこいモンスターに声をかける。

だが、声をかけられたモンスターの子供は、アキトの声にビクッと反応し、二、三歩後ずさる・・・そして、

 

 

「た、助けてくれてありがとう!!」

 

 

と、大声で言うと、森に向かって走り去っていった・・・

追いかければ追いつく速さだが・・・別にそんな事をする意味もなく、アキトは静かに見送った。

 

 

「あれはフサの子供だね」

「フサ?」

「ああ、モンスターのなかでも弱小な種族さ。その代わりか、知能はそこそこあるらしい」

「まあ、礼を言うくらいだからね・・・それよりも・・・」

 

 

アキトは瞼を閉じ、精神を集中させ、周囲一体の氣を捜索する・・・

トリーシャを心配しているのか、今までにないほどの広範囲探索だった・・・が、

 

 

「駄目だ・・・此処にはいない。対岸まで調べたけど、トリーシャちゃんの氣は感じられない」

 

 

ちなみに、今の場所からローズレイクを挟んだ対岸まで、肉眼では視認しづらい程の距離がある。

すでに、凄まじいを通り越し、神業にまで達している・・・

 

 

「ということは・・・街道沿いに行って自警団に保護されたか・・・」

「西の山岳部に行ってしまった・・・だね」

「・・・・・・みんなをここに呼ぼう、一度戻るよりも早いだろうし」

「そうだね」

 

 

アキトは合図のために、空に向かって手加減した火炎球ファイアー・ボールを放ち、炸裂させる。

それによって生じた轟音と炎なら、シーラ達も気がつくだろうと判断して・・・

 

それから間もなく、シーラ達五人・・・と、アルベルトと司狼が集まった。

 

 

「アルベルトに司狼・・・一体どうしたんだ?街道の方は?」

 

ノイマン隊長うちのオヤジに言われてな、こっちを手伝いに来た。なんでも、嫌な予感がしたらしくてな。

それに、街道でトリーシャを見かけた奴はいない・・・どうやら、こっちには来ていないみたいだ」

 

「そうか・・・」

「そんな事はどうでもいい!テンカワ、トリーシャちゃんは何処に居るんだ!!」

「・・・まだ見つかっていない。どうやら、西の山岳部に向かったらしい」

 

 

アキトの言葉に、リサを除いた全員が息を飲んだ。

西の山岳部の危険性を知っているからだ。

 

アルベルトは怒りに顔を染めると、アキトに詰め寄った!

 

 

「おい!あそこは山には強力なモンスターがいるという噂があるんだぞ!

そんなところにトリーシャちゃんが向かえば・・・」

 

「解っている、だから一刻も早く捜しに行こう。話をしている時間ですら今は惜しい」

「チッ!そうだな・・・」

 

 

あっさりと引くアルベルト・・・彼とてわかっているのだ。アキトが悪いわけではないことに・・・

 

アキト達は言葉少なげに、西の山岳部に向かって疾走した。

体力的に心配のあるマリアは、アキトが背負っていた。

やはりというか、なんというか・・・クレアとシーラ・・・そしてパティの視線が冷ややかなモノになっていた。

 

そして、麓にある小さめの森に着いた途端、アキトはすぐさま氣の結界を張り、トリーシャの氣を捜索する!

 

 

だが・・・・

 

 

「・・・森のなかに、トリーシャちゃんはいない」

「何で貴様にそんな事が分かるんだ!」

「これでも氣功師の見習いだからな。氣の捜索ができる・・・クレアちゃんから聞いたことはないのか?」

「ウグ・・・」

 

 

クレアの口からアキトの名前が出ただけでアルベルトは怒っていたため、その様な話は聞いていない。

まあ、怒らないにしても、問答無用で犯罪者扱いしていたため、クレアは喋ろうとはしないだろうが・・・

 

 

「そんな事よりも!此処にトリーシャがいないんなら、早く山に行かなくちゃ!危ないんでしょ!」

「ああ、マリアちゃんの言う通りだ。早く・・・・・・何かご用ですか?」

 

 

アキトは前方の茂みに向かって声をかける・・・

すると、その茂みから毛むくじゃらの丸っこいモンスターが現れた。

 

 

「なんだ、フサか・・・驚かすなよ」

 

 

アレフはホッと溜息を吐きながら、構えた武器を降ろした。リサ達も、戦闘態勢を解く・・・

司狼とアルベルトは、初めから殺気などの悪意を感じていなかったため、構えてすらいない。

 

それを見たフサは、一定の距離を取ったまま、アキト達を睨み付けるように見ていた。

 

 

「人間達よ・・・我らの集落から出て行け!」

「・・・貴方達の集落に勝手に入ったことは謝る・・・すまないが、この森を通してくれないか?」

「駄目じゃ!そうやって中へと入り、我らを狩るつもりなのじゃろう!」

「そんなつもりはない」

「人間はすぐ嘘をつく・・・信用ならん!」

 

 

断固として人間の侵入を拒むフサに、アキトは人知れず溜息を吐いた。

そんなアキトにアレフは近づき耳打ちする・・・

 

 

「アキト、こういう奴に何言っても無駄だって、ほっといてさっさと先に行こうぜ」

「そうしたいのはやまやまだがな・・・取り囲まれているぞ」

「なに!?」

「うそ!」

 

 

それを聞いたアレフとマリア、そしてパティは、あわてて周囲を見回す!

すると、木の陰やら茂みの中から、こちらの様子を窺っているフサ達がいた。

残りの皆は、アキトに言われるまでもなく、すでに気がついており、いつでも動けるように準備している。

 

このメンバーならば、強行突破は可能・・・だが、できるだけ事は荒立てたくはない。

というのが、アキトの考えだった。

シーラ達は、アキトの考えがわかっているので、同じく荒立てたくないと考えている。

 

だが・・・この人物は違った。

 

 

「俺達は急いでいるんだ!邪魔をするなら力ずくでも通るぞ!!」

 

 

アルベルトはハルバートを構え、穂先をフサの代表・・・長老に突き付ける!

フサの長老は、アルベルトの迫力に圧されたのか、二、三歩後ろに下がった。

周囲のフサ達は、長老を守ろうというのか、木で作った粗末な武器を構えて殺気立つ!!

 

アキトはアルベルトを止めるべく、声をかけ・・・ようとした矢先、フサの長老は呟いた・・・

 

 

「クッ!先程の娘といい・・・いつも厄介事を運んでくるのは人間じゃ・・・」

「おい・・・今なんて言った!!」

 

 

アルベルトは、激昂した様子でフサの長老を掴みあげる!

 

 

「先程って言うことは・・・誰か来たんだな!答えろ!!」

「グ・・・・グググググ・・・・・・」

「アルベルト、それ以上は・・・」

 

 

司狼がアルベルトの腕を掴み、フサを降ろすように無言で説得する・・・

アルベルトは、チッ!と舌打ちすると、放り出すようにフサを降ろした。

 

 

「フサの長老・・・先程の娘ってのは、長い髪に黄色い大きなリボンをした少女じゃないのか」

「人間の質問に答える必要はない!」

「貴様!!」

 

 

アルベルトは再び掴みあげようと、フサの長老に手を伸ばす・・・が、掴みあげるよりも先に、

森の奥から響いてきた雄叫びに反応し、素早く後ろに下がってハルバードを構えた!

 

司狼やリサ、シーラ達も、それぞれの武器を構えて戦闘態勢をとる!

マリアも、遅ればせながら、魔法の詠唱をしていた!

 

そして・・・森の奥から姿を現せたのは、強靱な肉体をもつモンスター・・・オーガーだった!

 

 

「いかん!出てはならん!!皆の者!止めるのじゃ!!」

 

 

長老の声に、フサ達はオーガーに取り付き、森の奥に押し返そうとする。

が、オーガーはそんなフサを相手にすることなく、フサの長老とアルベルト達の間に割って入ってきた!

 

 

「オーガーがフサ達を守ろうというのか!?!?」

 

 

司狼が信じられないと云った表情でオーガーとフサを見ていた・・・

肉食のオーガーから見て、フサや人間など、食料以外の何物でもないのだ。

 

 

「こいつ!!」

「まちな、アルベルト。オーガーの様子がおかしい」

「何?」

 

 

リサの言葉に、アルベルトはオーガーをよく見た・・・すると、

 

 

「ホント!このオーガー怪我してる!」

「そうですわね・・・裂傷だけではなく、骨折などもあるようですわ」

「おいおい・・・どうするよ・・・」

 

 

単に、傷ついているだけのオーガーなら、ここにいる皆は躊躇せず倒していただろう。

傷ついて追い込まれた獣こそ、もっとも厄介なものなのだから・・・

 

だがこの場合、怪我を負ってまでフサを庇うオーガーを倒す・・・というのは、心情的にためらいを生じさせる。

 

 

「グ・・・グルルルル・・・・・・・」

 

 

低く唸りながら、アルベルト達に近づくオーガー・・・皆は後ろに下がり、武器を構えながら間合いをとった・・・

が、ただ一人、アキトだけはその場から動かず、近づくオーガーをジッと見た。

 

 

「おい!アキト!!」

「何をぼさっとしている!!テンカワ!」

 

 

司狼とアルベルトが、動かないアキトに声をかける!が、それでもアキトは動かない。

そして、とうとうアキトの目の前までオーガーが迫ったとき・・・信じられない光景が皆の目に写った。

 

 

「ガ・・・ググ・・・・」

「お前だったのか・・・久しぶりだな」

「ガウ・・・」

 

 

久しぶりというアキトの言葉に、オーガーが頷いたのだ。

オーガーが人語を理解するという出来事に、シーラ達の脳裏に数ヶ月前の出来事が思い浮かんだ。

 

 

「アキト君、もしかしてそのオーガーって・・・」

「ああ、俺がアリサさんとクレアちゃんを助けたとき、見逃したオーガーだよ」

「ああ、あの時の・・・でも、どうして此処に・・・」

 

 

パティがもっともらしい疑問の声をあげる。それはこの場にいる者達に共通する意見でもあった。

 

 

「それは、後でそこにいるフサにでも訊けば良いさ。

そんな事よりも・・・クレアちゃん、オーガーの怪我の治療を手伝ってくれないかな?」

 

「は、はい。わかりました!」

「お、おい。クレア!危険だ、すぐに離れろ!!」

 

 

アルベルトは制止の声をかけるが、クレアは全く聞こうとせず、オーガーに神聖魔法をかけ始める。

その隣では、同じくアキトが治癒リカバリィの呪文を施していた。

 

 

「マリアも!」

「マリアはやめときな。トドメを刺しかねないからね」

「ぶ〜☆どういう意味よ!」

「そう言う意味よ、今月に入って何回店の備品壊したと思ってんのよ」

「あ、あれは・・・ちょっち失敗しただけで」

「椅子三個、テーブル四つに皿を二十六枚、その他諸々が、ちょっちね・・・」

「パ、パティ、そんな怖い顔しないで、ね☆」

 

 

漫才を始めるリサ、マリア、パティの三人を余所に、司狼はフサの長老に話しかけた。

 

 

「フサの長老・・・俺達はあんた達に手をだすつもりはない。素直に話してくれさえすればな。

教えてくれないか?トリーシャが何処に行ったのかを」

 

「ヌ・・・ンン・・・・・・」

 

 

フサの長老は、手当されるオーガーを見て、低く唸る・・・

アキト達の行為から、悪い連中ではないと思ったのだろうが、人間に対する不信感が残っているのだろう。

 

その時・・・藪の中から小さな子供のフサが現れ、長老の前に立った。

 

 

「長老様・・・あのおじちゃんを治してくれてるお兄ちゃんは悪い人じゃないよ」

「ん?君は・・・あの時の?」

「うん、お兄ちゃん、あの時は逃げてごめんね」

「お前・・・まさかまた外に出ていったのか!」

 

「ご、御免なさい・・・僕、どうしても人間の街を見に行きたくて・・・・

でも、このお兄ちゃんはいい人なんだよ、ハーピーに襲われていた僕を助けてくれたんだ」

 

「ぬ・・・・」

 

 

フサの長老は、アキトを庇う子供を見て、暫く黙り込むと、アキト達に向き直った。

 

 

「お主達の言っている娘子むすめごなら・・・山の頂に住む竜に、生け贄として差し出した・・・」

「何!?生け贄だと!!」

「おかしいな・・・・あそこに竜が住んでいるなんて、聞いたことがないぞ?」

 

 

トリーシャが生け贄になったという言葉に驚くアルベルトを余所に、司狼は至極冷静に疑問を指摘する。

 

 

「つい最近じゃからな・・・我らが近づかぬ限り、何も手出しはせぬようだから、息をひそめておったのじゃ。

それが・・・そなた等の言う娘子が来た折、山より飛来して、こう言ったのじゃ・・・

『この森に住み続けたくば、この娘を生け贄に捧げよ』・・・とな」

 

「貴様等!それで!」

「落ち着けアルベルト!」

「放せ司狼!こいつらを一匹残らず・・・・・・」

「何も言い訳はせぬよ・・・何を言ったところで、事実は変わらん」

「いい度胸だ!このハルバードの錆にしてやる!!」

 

「じゃがな・・・これだけは覚えておれ。

住んでいた土地を人間に奪われ、そして、沢山の同胞が狩られた・・・そして、ようやく辿り着いたのがこの森じゃ。

やっと手に入れた安寧の地を守るためだったんじゃ・・・」

 

「何が言いたい・・・・」

「お主等人間さえ、ワシ等を追い詰めなければ、こう云ったことにはならなんだという事じゃ!」

「・・・・・」

 

 

フサの糾弾に、皆は一様に押し黙った・・・

身に憶えがなくとも、人間がやったという事実は消えることはないからだ・・・

 

 

「だけど・・・こいつは抵抗したんじゃないのか?」

「・・・・・・」

「そうじゃないのか?」

「うん、オーガーのおじちゃん、女の人を竜から守ろうとして、それで・・・」

「そうだと思った」

 

 

アキトの言葉に、フサの長老はなんの言葉を発することもなかった・・・

 

 

「長老・・・こいつが貴方達に認められたのはなぜなんですか?」

「その者は・・・他の怪物モンスターから我らを助けてくれたのじゃ。何度もな・・・」

 

「こいつが貴方達を助けた理由はともかく、最初は・・・受け入れられなかったでしょう?」

 

「・・・・・・」

 

「だけどこいつは、何度も何度も貴方達を助けることによって、自分の場所を・・・信用を得たんですよ。

貴方達も、同じ事をしましたか?人間に対して・・・」

 

「人間が、我らの助けなど必要とするはずもなかろう」

「『助ける』というのは方法の一つです。要は、歩み寄る努力をしたかどうかですよ」

「・・・・・・・」

 

「確かに・・・人間が貴方達にした行為は、貴方達から見れば許せる行為じゃない。

人間に恨みをもつのも当然です・・・行った人達に対して復讐する権利もあるでしょうね。

だけど、貴方達がした行為トリーシャを生け贄にしたことも、決して許されるべき事じゃない。どんな理由があろうとも・・・

それによって、貴方達がトリーシャちゃんの身内に恨まれ、全滅させられても、文句は言えませんよ」

 

 

フサ達は、アキトの言葉に一様に押し黙る・・・

自分達の行為が正しくないことぐらい、わかっているのだろう。

 

 

「俺の知り合いに、ライシアン族の女性がいます。

彼女から聞いた話だと、昔は貴方達と同じく、人間に狩られる立場だったそうです・・・

でも、必死に抵抗した。暴力ではなく、言葉で・・・そして、今では国に認められ人権を得ている。

彼女達は勝ったんですよ。密猟者達に・・・貴方達は、できなかったんですか?」

 

 

アキト自身、言うのだけは簡単だ・・・内心はそう思っている。

狩られる者が、狩猟者に言葉をもって立ち向かい、そして勝つ・・・

言葉にするのは容易いが、そこまでいくには想像を絶する努力と、長い年月・・・そして、果てしない犠牲が必要だ。

 

だが、アキトは言わなくてはならないと思ってもいた。

フサ達が、前に進むための一歩・・・その後押しにでもなれば・・・そう願って。

 

 

「これでよし。後は安静にしていると良い。みんな、早く山頂へ・・・トリーシャちゃんを助けに行こう」

「ガウゥゥ・・・」

「ありがとう、トリーシャちゃんを守ろうとしてくれて・・・」

 

 

なぜ、フサを守るオーガーが、トリーシャを守ったのか・・・

アキトの仲間だと覚えていたのか・・・それとも、他に理由があったのか・・・それはわからないが、

アキトはあえてオーガーに礼を言うと、振り返ることなく、山に向かって走っていった。

リサや司狼達も、アキトの後を追い、走り始めた。

ただ、アルベルトだけが、

 

 

「もし・・・トリーシャちゃんに何かあって見ろ。この俺が、お前達を全滅させるからな!」

 

 

という捨て台詞を残して走り去っていった・・・

 

それを聞いたフサ達は、仲間で顔を見合わせ、少女の無事を祈った・・・

保身のためだけではなく、自らの過ちを詫びる機会を求めて・・・

 

 

「ワシたちは・・・選ぶ道をどこで間違ったのかのぅ・・・」

 

 

その言葉は、トリーシャを生け贄に捧げたことを指しているのか・・・

それとも、人間から逃げることしか選ばなかった事を指しているのかは誰にも判らなかった。

 

 

 

(その2へ・・・)