『(何を考えているのかは判らぬ・・・が、この人間に対して、油断は命取りになりかねん。防御すべきだな)
さて・・・何をするかは知らぬが、この防御を突破できるかな?守護輝陣!』
通常、刃の無い柄だけを持った人間の特攻など、一笑にふすところ・・・なのだが、
神竜王は笑うことなく、再び虹色の障壁を、今度は天蓋状に展開した!
(さすがに油断してはくれないか・・・)
アキトの身体から放たれていた昂氣が、赤竜の柄の宝玉に吸収される・・・
その直後、昂氣と同じ色・・・蒼い色をした水晶のような刀身が形成された!
そして、アキトは赤竜の柄を強く握りしめ、虹色に輝く防護結界に斬りかかる!!
「オオォォオオーーーッ!!」
『ほう?』
昂気刃と輝光障壁との接触面から、激しい閃光が発生する!!
蒼い色の刃と、虹色の障壁・・・二つの力は一歩も譲らず、拮抗していた・・・
だが、全力で斬りかかっているアキトに対し、神竜王にはまだ余裕があるように見える!
(一気に勝負を決める!!)
アキトの身体より発生していた蒼銀の光が爆発的に増加し、それら全て、蒼い刃に集束してゆく!!
さらに大量の昂氣を吸収した刃は、さらに鋭くなり、透き通った蒼い光を放ち始める!
そして、表面に描かれている紋様も、その色合いを濃くし、銀の燐光を発生させていた!
『まさか・・・破られるのか!?』
莫大な昂氣の集束によって威力を増した蒼き刃の前に、虹色の防護結界は大きく撓み・・・打ち砕かれた!
そのまま、神竜王との間合いを詰め、勝負を決めようとするアキト!!
―――――だが!!
『―――――カァッ!!』
神竜王の咆哮によって生じた衝撃波が、結界を突き破ったばかりのアキトを吹き飛ばす!!
凄まじい勢いで吹き飛ばされたものの、何とか空中で体勢を立て直し、着地するアキト。
だが、勢いを殺しきれず、大地に二条の疵痕をつけながら、二メートルほど滑った!
身体に走る痛みを意志力で無視したアキトは、
その体勢のまま、もう一度昂氣を全力で放出し、刀身に吸収させる!!
(もう一度斬りかかったとしても、同じ結果になるだけだ。なら、結界の消滅した今を狙うしかない!!)
「全てを貫け!我が内にある蒼竜の牙よ!!」
アキトの掲げる蒼き刃が、超新星のように燦然と輝く!!
それを見た神竜王の身体より、凄まじいほどの虹色の光が、まるで炎のように揺らめきながら立ち昇る!
(結界が消滅した直後を狙う・・・上策だ。だが、それは我が相手でなければだがな!)
竜族特有の氣『竜氣』が、急速に集束し、光球を作り上げる!
前に、トリーシャに向かって放ったものと同じ現象!だが、光度も量も、その時よりも遙かに強い!!
「秘剣 竜王牙斬!!」
『竜輝閃武!!』
銀の爪と牙を持った蒼き竜と、虹色の閃光が真正面からぶつかり合う!
蒼き竜は虹色の閃光に牙をたて、爪で引き裂こうとする!
対して、虹色の閃光は蒼き竜を貫こうとさらに勢いを増す!!
『ほう?』
「全くの互角!?」
自分の技が拮抗している光景に、アキトは驚きの・・・神竜王は面白いと言わんばかりの声をあげる。
だが、微妙なバランスが保たれていたのはほんの数秒・・・二つの超エネルギーは、一歩も譲ることなく、
凄まじい衝撃波と目を焼きかねないほどの閃光を放ちながら消滅した・・・
「・・・・・・・・・」
『これを真正面から相殺されるとはな・・・人間では、貴様が初めてだ』
神竜王の賞賛の言葉に、アキトは表情を動かすことはなかった・・・
自分の持ち技を・・・秘剣・竜王牙斬を相殺されたのだ・・・
それも、限界近くまで振り絞った昂氣を、二度も集束させ、凝縮させた必殺の一撃を・・・
(体力的に考えて、昂氣の全力使用は後五回か六回・・・それが、咆竜斬や竜王牙斬が使える回数でもある・・・
先程と同程度の力では、相殺される可能性が高い・・・いや、負ける可能性の方が高い。
となると、秘剣クラスのエネルギーを三回以上凝縮させた技を叩き込むしかない。
至近距離・・・もしくは零距離でだ。遠距離では、こちらが完璧に不利だ)
先程の神竜王との攻防を思い出すアキト・・・
神竜王が放った虹色の閃光・・・『竜輝閃武』は、力の蓄積時間が短い・・・
もし、先程の神竜王にその気があれば、相殺された直後、即座に二度目の攻撃が放たれていただろう。
無論、アキトは技の準備が間に合わず、攻撃を避けるしか手だてはない。
ならば、遠距離での攻撃を避け、間合いを詰め、至近距離の一撃で決めるしかない。
仮に、防護結界を展開されようとも、もろとも撃破できるほど破壊力のある秘剣で・・・
(幸い、赤竜の柄の許容量にはまだまだ余裕がある・・・
たぶん、残りの力を全て注ぎ込んでも、オーバーすることはないだろう・・・)
覚悟を決めたアキトは、刀身の無くなった赤竜の柄を両手で握り締め、身を低くして重心を下げた・・・
その様子と気迫は、まるで一撃必殺を狙う獣のような印象を受ける。
神竜王は、そんなアキトを眺めながら、静かに思案していた・・・
(テンカワ・アキトか・・・確かに、今まで挑んできた人間の中では間違いなく最強・・・
いや、人間に限らず、ここまで強者は神界、魔界、幻獣界でもそうそう居るまい。
アヤツの見込みどおり、この者なら『あの方』との戦いにも戦力になるだろう。
だが、このままでは戦力止まり・・・勝てる要素にはならぬ・・・か)
神竜王は頭を持ち上げ、遠くからこちらの様子を窺っているトリーシャを見た。
その表情から、アキトを心の底から心配しているのがよくわかる。
(あの娘には悪いが・・・もう一度、役にたってもらうとするか・・・
全てを消滅させるという『紫銀色の力』とやらを、無理矢理にでも引き出すために・・・)
トリーシャを見ていた神竜王の眼が一瞬だけ光る。
「―――――ッ!!」
背後・・・ある一点で発生した強力な魔力を感じたアキトは、驚いて振り向くと、
そこには、再び光球に閉じ込められたトリーシャの姿があった!!
それを見たアキトは、赤竜の柄を強く握り締めながら、ゆっくりと神竜王に向かって振り向いた・・・
「どういうつもりだ・・・俺は、トリーシャちゃんには手を出すなと言ったはずだな・・・」
今までにない、静かで落ち着いた声・・・表情にも、怒りといった感情は浮かんではいない。
だが、その静寂な眼差しには、恐ろしいまでに強い意志が篭められていた!!
『手は出さぬよ。御主が、その場から動きさえせねばな。』
「何だと?」
『一歩でも動けば・・・その娘を閉じ込めている光球は瞬時に縮小し、中身ごと消滅するだろう』
「貴様!本気で言っているのか!!」
『さて・・・我はまだ本気になっておらぬからな。遊びかもしれぬ』
(今までの行動から考えて・・・こいつの言っていることは本気ではない可能性の方が高い・・・
だが・・・万が一ということもある・・・どちらにせよ、トリーシャちゃんを人質にとられているんだ。
俺には従うしか選択肢はない・・・)
「俺に何をしろと?」
『別に・・・そこから動かなければよい。後は好きにするが良い』
そう言い放つ神竜王の眼前に、虹色の光が集束し始め、光球を作り上げる。
避けることができぬアキトには、それを受け止めるしか選択肢はない!
(もし、俺がギリギリで避けたりすれば、攻撃の直線上にいるトリーシャちゃんに当たってしまう・・・
あまりにも出来すぎた状況だ・・・最初から狙っていたな・・・)
神竜王の思惑通りに進んでしまったことに歯噛みしながら、
アキトは昂気を再び発動させ、赤竜の柄の宝玉へと送り込み、蒼き刃を作り出した。
直後、アキトの身体より爆発的に蒼銀の光が広がり、その全てが昂気刃へと集束し始める!
その蒼銀の光は今までとは違い、すぐに収まるどころか、逆に強さを増してゆく!
(ヤツの攻撃をいったん受け止め、しのぎきった直後に秘剣を放つしかない・・・)
アキトは、今にも技を放たんばかりの神竜王を睨みながら、赤竜の柄を握り締める。
その刀身は、アキト自身ですら見たこともないほど蒼く、静寂な光をたたえていた・・・
その刀身に凝縮された昂氣の量は、通常の秘剣の約四発分・・・
それが、現在のアキトが制御できる限界ギリギリの昂氣の量であった。
『準備が出来たようだな・・・ゆくぞ!!』
虹色の光球が一際輝いた直後、閃光が放たれる!!
しかし、光量、閃光の直径、感じる力の強さは、先程とは比べようの無いほど弱い。
アキトは内心戸惑いながらも、閃光を余裕で受け止め、反撃の機を窺う・・・
(技の直後に反撃することを見抜いていた?それで威力を抑えているのか?)
神竜王は、この虹色の光を『竜氣』といっていた。
それをふまえると、竜氣を使った攻撃と防御は同時には行えないのではないか?
自分と同じように、本来身に纏う力を集束させてはなっているのでは?
もし、同時に行えるにしても、中途半端なものになるのでは?
・・・そう、アキトは考えた。
(思ったよりも用心深い・・・油断もしていないし、隙も見せない・・・)
そう考えている間に、集束させた竜氣が尽きたのか、閃光は途切れ、
全てを受け止めきったアキトは、神竜王に向かって改めて構えた。
自分の考えた通りだとすれば、神竜王は防御に回す『竜氣』を確保しているため、
今、秘剣を放ったとしても、防御され、必殺になりえない可能性が高い・・・
その理屈は大きく外れてはいない・・・
だが・・・アキトの、神竜王への推察だけは完全に外れていた。
『この程度ぐらいは平然と受け止めるか・・・そうでなくては困る』
「・・・・・・??」
『数千年ぶりに全力を出すのだ。あっさりと負けてもらってはつまらぬからな』
今までたたまれていた、神竜王の巨大な翼が大きく広げられる!
同時に、その身体より、虹色の光・・・いや、輝きが眩いほど放たれた!
大きく広げられた翼からも、虹色の光が放たれているためか、その姿は視覚以上に巨大に感じられる。
それらの光が、神竜王の眼前へと集束し始め、二メートル程の光球を生成する!
あれ程の竜氣が集束したのだ・・・その威力は想像もつかない・・・
『先程のは、二割五分といったところだ・・・そして、これが五割だ』
虹色の光球より放たれた光の奔流が、真っ直ぐにアキトに向かう!!
その光の奔流を、アキトは昂気刃で受け止める!!
「―――――グッ!!」
歯を強く食いしばり、光の奔流の圧力に耐えるアキト。
(今はまだ余裕がある・・・だが、これ以上の力となると・・・)
そう考えたアキトは、今の閃光が途切れた瞬間を狙おうと、意識を集中する・・・
肝心なのはタイミング・・・閃光が途切れる寸前で相殺する。
その際に発生するであろう閃光を隠れ蓑にし、一気に接近!秘剣・咆竜斬を放つ!!
そう、考えていた・・・のだが、神竜王の方が一枚上手であった。いや、予想以上に力を秘めていた!!
『まだ余裕があるようだな・・・では、徐々に力を上げるぞ、まずは六割』
言うや否や、閃光が大きくなり、圧力が格段に跳ね上る!!
何とかアキトは、その場に立ち止まってはいるものの、その顔から余裕などはなくなっている!
その上、アキトよりも、足元の大地の方が耐えきれず、亀裂が生じ、徐々に後退してゆく!!
『なかなか気張るな・・・では七割!!』
さらに威力を増した閃光に、完全に圧されるアキト!!
この時点で、秘剣・竜王牙斬を相殺した『竜輝閃武』を僅かに上回っている!
(このままだと、確実に負ける・・・全力を出す前に、勝負にでる!!)
アキトの意志に応じ、蒼き刀身より凄まじい閃光を放ち、徐々にではあるが虹色の閃光を押し戻し始める!!
「一条の閃光となりて全てを貫け!我が内にある蒼竜よ!!秘剣 蒼竜閃翔斬!!」
アキトの放った蒼銀のエネルギーは、一本の巨大な矢のような形となり、虹色の光の奔流を貫いた!
巨大な蒼銀の矢は、光の奔流を中心から引き裂き、神竜王へと飛翔する!!
(わざと竜の形をとらず、矢のような一点集中型にして、貫通力をあげる!
ぶっつけ本番でも、なんとか成功したがやや集束が甘い!何とか力押しでいけるか!?)
アキトの手元にある赤竜の柄には、有ったはずの刀身は存在していなかった・・・
蓄えていた昂氣の全てを、この技に注ぎ込んだのだ・・・
もう、アキトには余力はないため、この技でダメだったら・・・正直、倒す手段はもう無い・・・
そんなアキトの不安を余所に、蒼銀の矢は虹色の光を引き裂いて神竜王に向かっていた!
『ほう・・・こういう形で来るか。良い発想だ。だが、強い力の前では小細工にしかすぎぬわ!!』
神竜王の目が大きく見開き、その身体より大量の虹色の光が放たれ、光球へと集束する!
そして神竜王は、光の奔流を切り裂きながら自分に迫る蒼銀の矢を・・・
同時に、その先にいるアキトを、強い意志と期待を込めた瞳で睨んだ!
『さあ、己が力を引き出してみろ・・・テンカワ・アキト!!』
光球が輝くと同時に、虹色の光の奔流が桁違いに強くなり、蒼銀の矢の進行を止めた!
そして、ついには蒼銀の矢を飲み込み、消滅させて、そのままアキトに向かって押し寄せ始めた!!
(クッ・・・トリーシャちゃんを!)
受け止めるだけの力が残っていないアキトは、トリーシャを助けるべく、後ろに振り向こうと、足に力を入れた。
(幸い、あの閃光は一直線。射線上からずらしさえすれば・・・)
《なぜそこまでする・・・》
「なっ・・・」
いつの間にかに、目の前に立っている男に声をかけられ、二重の意味で驚くアキト・・・
一つは、前を見ていたはずなのに、男が何時現れたのかさえ気がつかなかったこと・・・
もう一つは・・・その男が、黒いマントを着け、バイザーをしている自分自身だったこと・・・
いつの間にかに、周囲の光景が、色のないモノクロ風景に変わり、
迫り来る閃光も、その動きがゆっくりとしたものとなっていた。
いきなりの現象に、迫り来る危機を忘れ、呆然とするアキト・・・
目の前の男・・・もう一人のアキトは、それを知ってか、もう一度、同じ言葉を繰り返した。
《なぜ・・・そこまでする》
「お前は・・・何者だ」
《俺はお前だ・・・本心という名のな・・・》
「本心・・・だと!?」
《ゆえに問う。なぜ、あの娘をそこまでして助けようとする》
「助けたいから助けるんだ。もう誰も、目の前で死なせたくないから・・・」
《だが、それは不可能だ・・・目の前にある命を全て助けようなどと、傲慢にすぎない。
いくら努力しようとも、運命は変えられない・・・それが、定められた事象である限り》
「定められた・・・事象?」
《そう。定められている事象・・・どのような行動を起こそうとも、それから逃れるのは容易ではない。
たとえば・・・山田二郎・・・あいつの死が、定められたモノならば、どんなに努力しようとも、絶対に死ぬ・・・
死を回避させるため、原因の一つであるナデシコに乗せなくとも、何気ない交通事故で死ぬかもしれない。
パイロットとして、敵に落とされ、死亡したかもしれない・・・どちらにせよ、死は避けられない》
「トリーシャちゃんも、そうだと言いたいのか・・・」
《かもしれない・・・このままでは、お前ごと消滅するしかない・・・
仮に助けたとしても、このままではお前と共に死ぬしかないだろうな・・・だが、お前は違う。
お前には、他の選択肢もある。その娘を助けず、一人だけ逃げ延びるという、選択肢がな・・・》
「―――――ッ!!」
《何を驚くことがある・・・お前とて、その事には気がついていただろう?
どれに、それが当然の選択だ。なぜ、この娘を命まで賭けて助けなければならない。
お前には、やるべき事が・・・果たすべき約束があるのだろう?》
「ふ・・・な・・・」
《なら、躊躇するべきではない・・・赤竜の剣で結界を斬り、逃げるのだ・・・
外にいる者達には、助けられなかったと言えば良い。仕方がなかったと・・・》
「ふざけるな!!俺は逃げない!トリーシャちゃんを死なせはしない!」
《不可能だ・・・力がほとんど残っていない今のお前に、一体何が出来る?》
「やってみせる・・・俺の内にある全ての力を使って・・・助ける!!」
《なら・・・証明してみせろ。この場を生き抜くことでな!!》
もう一人のアキトはニィっと不気味に笑い、闇の粒子となって消え去った。
そして、再び時が正常に流れ始め、虹色の光の奔流が押し寄せ始めた!!
その光の奔流を睨みながら、アキトは赤竜の柄を強く握り締める!
(始めての時は、無我夢中であまり覚えていない・・・
二度目の時は、使うことすら出来ず、暴走して逆に傷を負った・・・
それがどうした!暴走するならして見せろ!!今度は、絶対に制御してみせる!!)
「我が内にある赤竜と蒼竜よ!一つとなりて、新たなる竜と化せ!!」
アキトの体内にある赤き力と蒼銀の力が同時に高まる!
そして、高まった力は絡み合うように混ざり合い、新たな色に昇華する!!
「紫竜の力よ、集いて刃となれ!!」
アキトの内より発せられていた紫銀の光が、赤竜の柄の宝玉に集束する!!
―――――次の瞬間!
柄の宝玉の色が蒼銀から紫銀へと変化し、透き通った紫色の刃を形成した!!
アキトにとっては二度目となる、紫竜の力の発動だった!
それを確認する間もなく、アキトは虹色の閃光に向かって剣を振るった!!
剣の軌道と同じ形に放たれる、紫色の剣閃!!
それが虹色の光の奔流と接触した瞬間・・・神竜王とトリーシャは我が目を疑った・・・
蒼き竜や、アキトの渾身の一撃と見られる蒼銀の矢を消滅させた虹色の閃光を、
糸のように細い紫の剣閃が真っ二つに切り裂き、そのまま神竜王の腕を斬り飛ばしたのだ!
(この力は・・・危険だ)
自分の放った剣閃の威力を目の当たりにしたアキトは、正直にそう思った・・・
紫銀の力の持つ特性・・・それは、物質、空間、そして存在や意味すら消滅させる・・・最悪の力。
無論、それ以上のエネルギーで一時的に防いだり、受け止めるのは可能。
だが、それが出来る術は、そうそう存在しないだろう。
過去、この力によってアキトの両腕が負傷した時、治療に長い期間を要したのは、
この力の残滓が、魔法やナノマシン等による回復という行為を阻んでいたのだ。
もし、この力で身体の一部・・・例えば腕でも斬り落とせば、そう簡単にくっつくことはないだろう。
その消滅の力で、一つであったということすら否定するように・・・
それらの知識を、内にある赤竜の意志の欠片が、アキトに対して強く伝えていた。
その危険性を、警告するが如く・・・
『グ・・・これ程の力とは・・・』
神竜王は、腕を斬り飛ばされた痛みに、顔を顰めている・・・
普通なら、避けるなんなりできたのだろうが、あまりに非常識な事態に驚愕し、回避行動が遅れたのだ。
『治癒魔法が効かない・・・これが紫銀の力か・・・如何なる存在をも消滅させる・・・
これでは魔法だけではなく、肉体が持つ治癒能力でも治ることがないな・・・
再生魔法・・・いや、腕の組織を一から再構成すれば、何とかなるやも知れぬが・・・』
無くなった右腕の断面を見ながら、神竜王は険しい顔をした。
そんな神竜王を見ながら、アキトは静かに告げる。
「立場が逆転したな・・・負けを認めて、トリーシャちゃんを解放しろ」
『いや、まだだ・・・立場が逆になった途端、手のひらを返すのは虫が良すぎだろう?
それに、我はまだ全力を出していない・・・それが破られれば、素直に敗北を認めよう』
「別に、俺はそれでも良いけどな・・・だが、お前がそれで納得するなら付き合ってやる・・・最後までな」
アキトの身体より紫銀の光が溢れ出し、刀身へと集束する!
それを見た神竜王は、その身体より虹色の光を発し、集束させて光球を再び作り出す!
「我が内にある 滅びを招く紫銀の竜よ その気高き牙にて敵を貫け!!」
その特性とは裏腹に、美しいまでの透き通った光を放つ紫色の刃!
それをアキトは天高く掲げると、神竜王に向かって振り下ろした!!
「秘剣 紫竜皇牙斬!!」
『今の我が力の全て、うち破って見せよ!竜氣閃武!!』
神竜王が放った虹色の奔流・・・閃光の大きさは今までとまったく同じ・・・いや、一回り小さい。
だが、集束した竜氣の量は、今までよりも遙かに多い!
つまり、それは、集束率が今までとは桁違いに高いということを意味している!!
神竜王も、アキトと同様、貫くことを重視とした技に切り替えたのだ!
もし、アキトの放ったのが、先程の秘剣・蒼竜閃翔斬であったのなら、真芯から貫かれて砕かれただろう。
しかし・・・その考えは、アキトも同じだった!!
銀の牙と爪をもつ紫の竜は、以前と違い、口を開けて喰らいつこうとせず、
ただ真っ直ぐに、虹色の閃光に向かって飛翔する!!
そして、虹色の閃光と接触し・・・光を散らしながら飛翔する!!
『―――――なにっ!?』
理屈としては、先程の昂氣の矢と同じ・・・顎を開いて食いつこうとせず、真っ直ぐに突き進んだのだ。
だが、相手の閃光は、その時とは量も威力も桁が違う!
それなのに、紫の竜は、雲海を突き進む天竜の如く、光の奔流を貫きながら飛翔する!
それも、まるで閃光の抵抗など、無いと言わんばかりに!!
紫の竜は一気に光の奔流を突き抜け、その先にあった神竜王の身体を貫き、
さらには多積層の強力な結界を破壊し、天に向かって飛翔していった!!
『―――――グハッ』
腹部に風穴が空いた神竜王は、その巨大な体躯を大地に倒した・・・
竜ゆえの生命力か、死んではいないが、起き上がって闘えるだけの力はもうないだろう。
神竜王の氣が急速に小さくなってゆくのを感じていたアキトは、そう判断した。
「アキトさん!」
魔術を維持できなくなったためか、光の球より解放されたトリーシャは、
小走りにアキトに近寄り、傷ついた身体を見て泣きだしそうな顔になった。
「御免なさい、アキトさん・・・ボクのせいで・・・」
「最初に言ったよね、気にすることはないって。トリーシャちゃんが無事なら、俺はそれで充分だよ」
「アキトさん・・・」
「リカルドさん達が待っているから、早く・・・」
「どうしたの?アキトさ・・・あっ!!」
アキトは何かを感じたのか、神竜王に向かって顔を向ける。
トリーシャも、アキトにつられてそちらの方向に目をやって・・・驚きに声を上げた。
神竜王の身体が、光の粒子となって消滅し、その後に・・・虹色の光の球が現れたのだ。
その光球は静かに浮かび上がり、アキト達の前まで移動して、制止した・・・
『見事だ、テンカワ・アキト・・・我の負けだ』
「死んだから幽霊にでもなったのか?」
『ハハハハ・・・我は他の竜と比べて少々特殊でな。肉体が滅びようとも、魂までは滅びん。
もっとも、肉体との繋がりを切断するのが後少しでも遅かったのなら、あの力で消滅していたやもしれぬがな』
どのような原理かはわからないが、音となって聞こえる神竜王の声・・・
表情などは、光の球であるゆえにわからないが、雰囲気からして苦笑しているらしい。
『さて・・・約束を果たしたいところなのだが・・・』
「そんな事はどうでもいい。トリーシャちゃんが無事だったからな
その代わりに、いくつかの質問に答えてもらいたい」
『答えられることならばな・・・』
その言葉に、アキトは自分の知りたい答えは殆ど得られないと察した。
こういう台詞を言う人物(竜物?)は、えてして大事な所を話すことが無く、
意味深な言葉だけを良い、去ってゆくのが基本・・・そして、なぜか口が堅い。
アキトは以前、世話になった魔導士の少女にそう教えてもらったのだが・・・そうそう外れているとは思えなかった。
それともう一つ・・・
『言ってはならない秘密は、つい口にでてしまうものだが、
その内、知ることとなる秘密は、最後の方に、嫌でも誰かが語ってくれる・・』
・・・とも教えてもらっていた。
ついでに、
『そいつが偉そうに、今までのことを自慢げに解説していたら、きっとそいつは悪人だ!』
とも言っていたが・・・
今回は・・・おそらく後者になるだろうと、判断したアキトは、
後々、自分の身に降りかかって来るであろう、災いを考え、ため息を吐いた・・・
まあ、第三者から見れば、今さらながらのような気もするが・・・
「・・・この戦いは、俺に対して仕掛けられていたものだな?」
『その通りだ・・・とある者から召還された我は、御主と戦うように命じられた』
「なぜ戦う必要があった?」
『それは言えん。召還された際に、召還者が定めた禁止事項にひっかかるのでな』
『知らない』ではなく『言えない』・・・それはつまり、神竜王自身は戦闘をする必要性を知っており、
なおかつ納得しているということ・・・
高い知性をもち、人の理解を超えた存在たる神竜王が納得する理由・・・
アキトには皆目見当もつかなかった。
『他に訊いておく事はないのか?なければ、幻獣界に帰らせてもらうが?』
「ああ・・・最後に三つだけ、尋ねておく」
『なんだ?』
「この戦いを仕組んだ張本人の名は?」
『それも言えん・・・』
「だろうな・・・まあ、そいつについては、何となく予想はついているが・・・
じゃあ二つ目だ。あの『竜氣閃武』とかいう技・・・あれは、途中で軌道を変えたり出来るんじゃないのか?」
『自由自在に出来る。それが答えだ』
「なるほどな・・・納得したよ」
その答えに、アキトは自分の想像が当たっていたことを確信した。
神竜王は、トリーシャを殺す気など、微塵も無かったのだ。最初の時も、そして二度目も・・・
ただ、アキトを本気にさせるための芝居だったのだ。
「今の答えをふまえて、三つめ・・・なぜ、あんな事をしてまで俺を本気にさせようとした?」
『あれが手っ取り早いと思ったのでな・・・御主はどうも、女の前では優柔不断気味に見える』
「大きなお世話だ」
『それに・・・手加減した相手に勝っても、つまらんからな。それが、我の答えだ』
「我の・・・ね・・・」
(つまり、召還者の思惑は、神竜王の答えとは違うというわけか・・・)
『そうだ・・・それ以上は、何も言うことはない』
そういうと、神竜王はトリーシャの前に移動した。
トリーシャは警戒しているのか、反射的にアキトの腕にしがみついた。
『娘・・・トリーシャであったな』
「う、うん・・・」
『色々と怖い目にあわせた、済まなかった・・・』
「え?・・・あ、その・・・気にしないで、確かに怖かったけど・・・良いこともあったし」
『そうか・・・』
良いこと?あんな状況で一体良い事なんてあったのか?
と、言わんばかりの表情をしているアキトが、しきりに首を捻っている姿を、トリーシャは苦笑しながら見ていた。
神竜王も、姿は光の球ながら、苦笑している雰囲気があった・・・
『まあ、詫びの代わりに、一つ、良いモノを授けようか』
「え?良いモノ?」
『手を前に出してみるが良い・・・』
「・・・はい」
前に突き出したトリーシャの手の平を、虹色の煌めきが覆った次の瞬間、
その手の内に、ペンダントらしき物が現れた・・・
それは、竜の形に意匠されており、涙滴の形をした虹色の石が填め込まれていた・・・
『昔、戯れに創った物でな・・・名は『竜の涙』。いずれ、そなたの役にたつ時が来るだろう』
「綺麗・・・ありがとう」
『詫びの代わりなのに、礼を言われるとはな・・・』
礼を言うトリーシャを面白そうに見ながら、神竜王である光の球は、天に向かって上がっていった。
すると、何処から現れたのか、赤と金色の光球が両脇に近寄ってきた。
『王よ・・・』
『そなた達か・・・我が施した『転生の秘術』はちゃんと発動したようだな。それで、首尾はどうであった?』
『上々に・・・強き戦士が二人・・・他の者達も、かの時までに、大きな成長が期待できるでしょう』
『そうか・・・ご苦労。では帰るとするか、幻獣界に・・・』
『『ハッ!』』
その言葉を最後に、三つの光球は姿を消した・・・
アキトとトリーシャは、ようやく終わった戦いに、安堵のため息を吐いた・・・
(後編に続く・・・)
―――――あとがき―――――
どうも、ケインです。
これで、主要な戦いの場面は終わりました。
後は、事後処理・・・というか、黒幕の登場と、説明ですね。
もっとも、黒幕の性格が悪いので、あやふやな上に全ては説明しないでしょうけど・・・・
ただいま、ちょっとした事情であとがきを短くすませていただきます・・・すみません。
次回の投稿・・・つまり、後編は、また一週間後です。よろしければ読んでやってください・・・
それでは・・・・
管理人の感想
ケインさんからの投稿です。
蒼と赤ときて、紫になっちゃいましたね(笑)
また人外度をアップさせたアキトですが、今後も順調に育っていく事でしょう(爆)
さて、次回は黒幕の登場です。
どうやら戦闘は無いみたいですが・・・どうなるんでしょうね?