悠久を奏でる地にて・・・
第19話『出会えた君に祝福を・・・《後編》』
三匹の魂が幻獣界に帰ったことに、安堵の息を吐くアキトとトリーシャ・・・
「やっと終わったね・・・」
「うん・・・」
「さ、みんなの所へ戻ろうか」
「でも・・・どうやって?ボクたち何かの結界に閉じ込められているけど・・・」
「大丈夫みたいだよ、ほら・・・」
アキトが注意を促すとほぼ同時に、周囲が闇に覆われた・・・・
そして、徐々に闇は薄れ始め、外の光景が見え始める。
まだ不鮮明で判りづらかったが、リカルド達の姿が見え始めて事から、
結界の内部が、元の空間に接続されているのだろう・・・と、アキトは判断した。
「そうだ!トリーシャちゃん、悪いんだけど、俺の戦いは黙っていてくれないかな?」
「なんで?ボク、アキトさんが格好良かったところをみんなに話したい!」
「・・・俺の力は、出来るだけ秘密にしておきたいんだ・・・強い力は、恐れられる場合があるからね」
「そんな・・・みんなはきっと、アキトさんのことを怖がったりはしないよ!」
「トリーシャちゃん・・・・・・」
トリーシャの言葉に、アキトは複雑な表情をする・・・
人という存在は、自分よりかけ離れた存在や、強い力をもつ者に、恐怖を抱く場合が多い。
確かに、トリーシャの言うとおり、アキトの仕事仲間と、極一部の街の住民は恐れないだろう。
だが・・・他の者達までそうだとは限らない。
特に、アキトの心の闇を知れば・・・極一部どころか、仲間ですら恐れ、離れるかもしれない。
(前は、そんな心配は必要なかったんだけどな・・・)
前の世界であれば、自分と並ぶほどの実力者がすぐ傍にいたため、その様な心配は必要なかった・・・のだが、
この世界の英雄であるリカルドでも、剣の腕はともかく、その戦闘力は、全力のアキトには遠く及ばない。
その為、アキトは必要以上に、自分の闇の部分を隠しているのだ。
力を恐れて、自分から離れてしまう事を懸念しているのではなく、
その行為により、自分を責めてしまうであろう、心優しい仲間達を心配して・・・
今まで、さんざん異常な力を見せてきて今さら・・・と、考える人もいるだろう。
だが、アキトは、自分から進んで力を使ったことはほとんど無い。
何時も、誰かが大変だったときに、その力を使ってきていた・・・迷い無く・・・
召還事件の時も、誘拐事件の時も・・・そして、今回も・・・
「・・・・・・わかった」
アキトの瞳にある、悲しみと心配に気がついたのか、トリーシャは不満ながらも頷いた。
「でも、いつかはみんなに話してね。秘密にしているのって、みんなの信頼を裏切っているみたいだもん」
「そうだね・・・いつかは話すよ」
「うん、約束だよ。それまでは、絶対に秘密にするからね」
「ありがとう、トリーシャちゃん・・・」
優しげな表情をしたアキトは、トリーシャの頭を優しく撫でた。
子供扱いみたいで、ちょっと嫌な感じがしたトリーシャだが、それ以上に、妙に暖かい気持ちに包まれた。
「どうやら、ちゃんと元の空間に戻れたようだね・・・」
アキトは、自分達の元へと走り寄ってくるシーラやクレア達を見ながら、そう呟いた。
皆一様に、アキト達を心配しているのが、その表情を見るだけでわかる。
若干一名は、アキトのことを心配していない素振りを見せているが・・・・
「アキト様!トリーシャ様!ご無事ですか?お怪我は・・・」
「大丈夫だよ、クレアちゃん。トリーシャちゃんは無事だから・・・」
「でも、アキト君は傷だらけじゃない!大変、手当をしなくちゃ!!」
シーラの言うとおり、大怪我こそしていないものの、アキトは小さな怪我をしていた。
一つ一つは確かに大したことないが、全体的に見れば、少々酷いとも言える。
「これくらいは平気だよ。全部かすり傷程度だし・・・放っておけば、すぐに治るよ」
「駄目です。かすり傷だろうと、そこからばい菌が入る可能性がございます!」
「しかし、クレアちゃん達も疲れているんだろう?無理しなくても・・・」
アキトは疲労しているであろう、シーラとクレアを心配してそう言うが、
当の本人達は頑として聞かず、残り少ない魔法力で神聖魔法を唱えていた。
「まあまあ、アキト、二人の言う通りにしなって。それよりも・・・一体、中で何があったんだ?
あの黒い球体の中から、紫の閃光やら竜やらが飛び出したときは、ちょっと本気で心配したぞ」
「ああ、あれね・・・
(結界を破って・・・いや、一部を消滅させて飛び出していたのか。道理で姿が見えなくなったわけだ・・・)」
「見てみろ、お前の後ろ・・・アレのせいで風穴ができてるぞ。綺麗にな」
アキトは司狼が指差す方向を見ると、そこには、岩壁にポッカリと風穴が空いていた。
しかも、『そこだけ切り抜かれた』というような感じで、穴の内部の表面は滑らかだった。
そのすぐ横には、一筋の切れ目もある・・・
おそらく、穴は紫竜が・・・切れ目は最初の剣閃が作ったのだろう。
「強い力で削ったのでも、砕いたのでもない。無論、超高熱によって溶けた痕にも見えない。
まったく不可思議な現象だ。アキト君、あれは一体何だったのかね?」
「あれは神竜王の技ですよ。なんとか避けたから良かったですけど・・・当たれば命は無かったですね・・・」
ポッカリと空いた穴を真面目な顔で見ながら、平然と嘯くアキト・・・
どもったり、視線が泳いでいない辺り、さすがなのかもしれない・・・
だが、隣にいるトリーシャは、そんなアキトに少々苦笑していた。
幸い、皆はアキトと岩壁の穴を見ていたため、気がつかなかったのだが・・・
「嘘はいけねぇなぁ!」
突如、後ろから聞こえてくる男の声・・・
なんの気配も感じなかったリカルド達は、驚いて一斉に振り返ると、
十メートルほど離れた所に、眼帯に黒い服を着た男が悠然と立っていた!
「自分でやったことを、他の誰かの所為にするなんて、良い根性してるじゃねぇか!
ちゃんと言えよ、自分はあの竜を、その二撃で倒したってな!」
「・・・そろそろ出てくる頃合いだと思ったよ、シャドウ・・・」
ある程度予測していたのか、それとも気がついていたのか・・・さほど驚いた様子も見せずに振り返るアキト。
その顔から表情は消えており、半ば睨むようにシャドウを見ていた。
皆は、シャドウの言葉を否定しないアキトと、人を小馬鹿にしたような態度をとるシャドウを交互に見ている・・・
幸いというべきなのか、アレをやったのがアキトだという事に対して、シーラ達の態度が変わることはなかった。
強い力云々ではなく、アキト自身を信頼しているがゆえに・・・
もっとも、すでに何度も常識外れな実力を発揮するアキトを見ており、
桁違いに強いということを認識しているため、少々のことでは動じないというのが、大きな理由なのだが・・・
今回のことも、異界の神の力か、自分達の知らない魔法の類だと思っているのだ。
まあ、大きくは外れていないのだが・・・
(俺の心配は、杞憂だったのかな・・・)
自分の力の片鱗を見せても、なんら態度が変わることのない仲間達を見て、
アキトはほんの少し、一瞬だけ安堵の笑みを浮かべ、すぐさまシャドウを睨んだ。
「今回のこと・・・全てを仕組んだのはお前だな」
「・・・・・・」
アキトの問いに何も答えようとしないシャドウ・・・
その口元は、ニィィッと人を嘲るような笑みを浮かべていた。
そう、神竜王との戦いの際に現れたもう一人のアキトが消え去る間際に見せた同じ笑みを!!
「トリーシャちゃんが街の外に出るようにと、門番の三人を眠らせた。
そして、前から召還していた竜に、トリーシャちゃんを誘拐させた・・・」
「気づいたのはそれだけか?」
「いや・・・それだけじゃない、お前はトリーシャちゃんを幾度となく唆したはずだ。先程、俺にしたようにな・・・」
「ヒャーッハッハッハッ!面白い推理だな!ほぼ当たってるぜ!」
アキトの推理を聞いたシャドウは、さも面白いといわんばかりに笑い始めた。
それは、自分の思い通りに事が進みすぎ、楽しくて仕方がない・・・という、印象を皆に抱かせる。
事実、今日の出来事は、シャドウのシナリオ通りに進んでいた。
「そうさ、俺は幾度となく、そこのお嬢ちゃんを唆したさ。街から出て、この場に行くようにな」
「そして、フサの集落に辿り着いたトリーシャちゃんを、竜にさらわせた・・・」
「その通り!元々人間を疎んでいるフサは、大した抵抗をしなかったがな・・・
まあ、唯一の誤算は、徹底的に抵抗してきたオーガーだったが・・・まあ、問題はなかったな。
そして、お前はトリーシャ・フォスターを助けるべくこの場に参上、めでたく竜と戦う・・・
自分でもなんだが、こうも思い通りに事が運ぶとは思わなかったぜ!ヒャーッハッハッハッ!」
「今日のことは、全て貴様が元凶か!そこへなおれ、この俺が成敗してくれる!!」
その馬鹿笑いに憤慨したアルベルトは、猛然と突進しながら、ハルバードをシャドウに向かって突き出す!
さすが自警団でも屈指の実力者といったところか、その一撃は凄まじく速い!
―――――だが!!
シャドウは意に介した様子すら見せず、突き出されたハルバートの穂先を、
無造作に・・・しかも、右手だけで掴んで止めた!
「なっ!バカなっ!」
「いけねぇなぁ・・・人が喋っているのに攻撃をするのは、マナー違反ってヤツだぜ?
ちぃっと邪魔だから、あっちに行ってな!」
シャドウは切っ先を握っていた右腕を横に振るう!
それに伴い、ハルバートを握っていたアルベルトは、容易く弾き飛ばされた!
それを見ていたアレフやシーラ達は、驚きのあまり呆然とした・・・
技とかそういうのではなく、ただ単純に、力だけで弾き飛ばしたというのがわかったのだ。
二メートル近い大柄なアルベルトを片手で弾き飛ばす。それも、穂先に持った手だけで!
力学的には可能だろうが、必要とされる筋力は人の限界をはるかに越えている!!
「貴様・・・!!」
飛ばされ、大地に倒れたアルベルトは、すぐさま起き上がり、シャドウに向かって構える。
「おやおや、竜と戦った後だというのに元気だねぇ・・・だが、武器もないのにどうするつもりかな?」
「姑息に策を弄する貴様など、素手で充分だ!!」
「止せ、アル!」
再度、猛然と突進するアルベルトに、リカルドは制止の声をかける。
だが、アルベルトはその制止を聞くことなく、シャドウに向かって右拳をくり出した!
「人の忠告は聞いておくもんだぜ?」
シャドウは、顔面に向かって突き出される右拳を、半身になって避けると、
空いていた左手で、突き出された右腕の手首を掴んだ―――――次の瞬間!!
ドゴン!!
アルベルトは、冗談のように宙を舞い、大地に背中から叩きつけられる!
「な、なんなんだ?一体何が起こったんだ?」
「合気・・・しかも、凄まじい腕だ」
(いや、合気に近いがそうじゃない、アレは、木連式・柔の基本技の一つ『纏』!
しかも達人並の速さだ!技の切れは月臣以上、下手をすれば・・・)
木連式・柔の基本技『纏』
極めれば子供でも楽に大人を投げ飛ばせるとまでいわれる、基本にして奥の深い技。
ある程度は身に付けることはできても、極めることは容易ではなく、アキトも今だその境地に達してはいない。
その技を、シャドウはほぼ完璧な形で使い、自分の力をさほど使わず、アルベルトの力を利用して投げたのだ。
それも、凄まじい早業で・・・見切れたのは、司狼にリカルド、アキトの三人のみだった。
「グハッ!!」
アルベルトが、少量だが吐血をする!
大地にめり込むほど叩きつけられたのに、その程度ですんでいるのは、逆に僥倖とも言える。
もし、シャドウにその気があれば、背中ではなく、頭から大地に激突していたのだから!
「ほら、大事な武器なんだろ?返すぜ」
シャドウは倒れたアルベルトの胸を踏みつけながら、持ち上げたハルバートの穂先を、頭部に向かって構える!
目を覆い隠す眼帯があるため、表情は分からないが、放たれる殺気は強烈だった!
「兄様!!」
アルベルトを助けようと、クレアがシャドウに向かって走る!
シャドウはそんなクレアに、ニヤッと笑うと、ハルバートの向きを変え、手首のスナップだけで投擲する!!
普通ならありえない攻撃方法に、少々意表をつかれながらも、クレアはなんとか横に跳んで避ける!
「ヒャーッハッハッハッ!こんな安い挑発にひっかかるなんざ、可愛いねぇ。そう思わ・・・」
「何時までも、私の部下を足蹴にするのはやめてもらおうか!」
数メートルもの間合いを一足飛びにつめたリカルドが、シャドウに向かって拳をくり出す!
シャドウは、にやついた笑顔をしたまま、後方に跳んで避ける。
「『剣聖』も、剣がなければただの人・・・ってな。武器のないお前さんなぞ、相手にするまでもないぜ」
「なら、俺が相手をしてやる!」
シャドウの真正面に高速で回り込んだアキトが、赤竜の剣を振り下ろす!
だが、シャドウは足元の影に飲み込まれるかのように沈み、姿を消した!!
「なっ、なにあれ!影の中に入る魔法なんて聞いたこと無い!」
シャドウの行為を見たマリアが、驚いたように叫ぶ・・・
アレフ達も同じ心境なのだが、こちらは驚きすぎて何も言えなかった。
「殆ど力を使い果たしているのに、そんな動きができるとはね・・・ほとほと感心するぜ。
それ以上無茶すると、ぶっ倒れるぜぇ?」
遙か後方に姿を現したシャドウの戯けたような口調に対するアキトの返事は、
瞬時に創り上げた赤い装飾銃から射出された、三つの蒼銀の弾丸だった!
撃ち出された昂氣の弾丸は、空間に蒼銀の軌跡を描きながら、真っ直ぐにシャドウに迫る!
だが!
シャドウの眼前に出現した黒い靄のような闇が発生し、昂氣の弾丸を音もなく吸い込んだ!!
「その程度の光じゃ、この闇は貫けねぇぜ!残念だったなぁ!」
「だったら・・・これならどうだ!!」
赤い装飾銃に埋め込まれている宝玉の色が、蒼銀から紫銀へと瞬時に変わり、
アキトが引き金を引くと同時に、銃口より宝玉と同じ色の、紫銀の弾丸を撃ち出した!!
「―――――ッ!!」
全てを滅ぼす力を秘めた紫銀の弾丸は、闇を貫き、後ろにいたシャドウの肩を浅くかすめた!
「おもしれぇ・・・もうこの力の使い方をマスターしたのかよ。さすがだな・・・それでこそ・・・」
「御託はいい・・・次ははずさん!」
「おっかねぇおっかねぇ。次は頭を撃ち抜かれそうだから、もう退散するとしようかね。じゃぁな!!」
「クッ!まてっ!!」
そう言い終えると、シャドウはまたもや足元の影へと身を沈ませ、その姿を消してゆく!
そうはさせるかと、アキトは装飾銃のトリガーを引くが、時すでに遅く、貫いたのは固い大地のみだった・・・
アキトは、荒ぶる激情を抑えつけるかのように、銃のグリップを強く握り締め、息を大きく吸い込んだ。
「シャドウ!俺が狙いだったら、俺だけを狙え!これ以上、大切な仲間に手出しは許さん!
もし、手出しをするようなら・・・容赦なく、貴様を叩き潰す!」
《ククククク・・・・・・良いぜぇ、それができるんだったらな・・・せいぜい、俺を瞬殺できるほど、強くなれよ・・・
じゃねぇと、俺は勝ち逃げするからなぁ・・・今回みたいに!クククク・・・ヒャーッハッハッハッハッ!!》
姿を見せず響いてくるシャドウの声は、岩山に反響し、長い間、皆の耳に響いた・・・
やがて、その声も聞こえなくなり、辺りが静寂に包まれる・・・
アキトは、持っていた武器を元に戻すと、深くため息を吐きながら、トリーシャに向き直った。
「ごめん、トリーシャちゃん・・・今回のことは、俺が原因らしい・・・」
「気にしないで、アキトさん。たとえそうだったとしても、アキトさん、ボクを助けてくれたじゃない」
「でも・・・みんなを危険な目にあわせてしまった。本当に、ごめん・・・」
「アキト君・・・トリーシャも言ったように、君が気にすることはない。
今回のことは、あのシャドウという者が起こしたことであって、君が起こしたのではない。
そもそも、事の大元は、トリーシャと私にある。シャドウという者はそれを利用したにすぎない。
君に責任があるというのであれば、我々はそれ以上にあるということになる。
だから、何度も言うが、君が気にするとはない。皆も、そう思っているのではないかな?」
「ええ、リカルドさんの言うとおり、私達は気にしてないわ、アキト君」
「そうですわ、アキト様は、何も気にすることはございません」
シーラとクレアも思っていることを、正直に話す。
今はリサの背で寝ているパティも、起きていれば、シーラ達と同じ事を言っただろう。
「ま、竜と戦うなんて、貴重な体験だったしね、傭兵としては、良い経験になったよ」
「マリアも気にしてないよ。今までアキトには、色々な魔法の実験で迷惑かけてるし・・・これでおあいこね☆」
「ははは、わかったよ、マリアちゃん。」
一応、迷惑をかけている事は理解していたのか・・・と考えながら、苦笑気味に返事するアキト。
それを聞いていた者達は、これじゃおあいこにはならないだろう?と、真剣に考えていた。
どう考えても、マリアの起こす被害の方が、遙かに迷惑だというのが、この場にいる者達の意見だった・・・
「まあ、気にするなよ、アキト。お礼は、今度ナンパに付き合ってくれるだけで・・・」
「「今度・・・何に付き合わせるの(ですか)?アレフ(君)(様)」」
「い、いえ、なんでもないです、はい・・・(シーラとクレアちゃん、本気怖えぇ〜〜)」
シーラとクレアの迫力に、アレフはすごすごと後ろに下がった。
ちなみに、二人の表情は、ニッコリとした微笑みであった・・・
ちなみに、クレアに介抱されていたアルベルトは、地に倒れたまま、気絶していた。
無論、怪我などは魔法で治っていたが・・・
「・・・・・・みんな、ありがとう・・・それはそうと、リカルドさん」
「ん?何かな?」
「竜云々は置いておいて、今回の大元となった事の元凶は、リカルドさん一人ですよ」
「ん・・・・・・んん・・・・・・」
アキトの言葉に、ばつの悪い顔をするリカルド・・・
この場の流れで、有耶無耶にしようと考えていたのかもしれない。
「俺、言いましたよね?トリーシャちゃんに謝るようにって・・・」
アキトの『一番悪いあなたが何を言っているんですか』と言わんばかりの視線に、
少々気圧されたリカルドは、トリーシャに素直に謝る。
「そ、そうだな・・・すまないトリーシャ。誕生日に、仕事を優先させてしまって・・・」
「もういいよ、お父さん。そういうのが、お父さんだって、ボクだって知っていたはずだしね・・・」
「でも、今日は仕事よりもトリーシャちゃんを優先させて下さい、
いつも家庭のことを一心に引き受けているんです。誕生日くらい、トリーシャちゃんにかまってあげて下さい。
トリーシャちゃん、本当は、リカルドさんのことが大好きなんですからね」
「ア、アキトさん!!」
顔を真っ赤にして、慌てたように叫ぶトリーシャ。
誰しも、そういったことを大っぴらに言われると恥ずかしいものである。
そんな照れているトリーシャの顔を、リカルドはさも楽しそうに眺めていた。
「フフフ・・・トリーシャのそんな顔を見るのも、随分と久しぶりの気がするな」
「お、お父さん!」
リカルドの言葉には、二通りの意味が込められていた。
珍しいモノを見た・・・というのと、トリーシャの事を、じっくりと見る時間が長らく無かったという意味だ。
(少し・・・私はトリーシャと距離を開けすぎたのかもしれんな・・・
どうやって接すればいいのかわからなかったのだが・・・案外、普通で良いのかもしれん)
人は、身近にあると、その大切さと価値を、ついつい見失いがちになる・・・
この親子にとって、今回の出来事は、相手がどれ程大切な存在なのか・・・
そして、大事であればどう接すればいいか・・・考え直すのに良い機会になったのかもしれない。
「さあ、帰ってトリーシャちゃんの誕生日パーティーを始めようか。
アリサさんやみんなも、待ちくたびれているだろうからね」
「うん・・・みんなにも心配かけたから、ちゃんと謝らなくちゃ」
「そうだね・・・リカルドさんも、一緒に謝って下さいよ」
「わかっているつもりだ。しかし、今日はまだ仕事の途中なのだ・・・
優先させたいのはやまやまだが、一度出た以上、途中で・・・しかも、無断で抜けるのは・・・」
「ああ、その事なら・・・ノイマン隊長から、リカルドさんにってさ」
司狼は懐から一通の封書を取り出すと、そのままリカルドに渡した。
リカルドは、その封書を開け、中身を読み・・・苦笑した。
「司狼君、君は書かれている内容を見たのかね?」
「いいや・・・でも、予想はつきますよ。どうせ、『休め』としか書いてなかったんでしょう?」
「その通り・・・では、私はお言葉に甘えることにしよう」
「じゃ、俺達は仕事に戻ります。おら、アルベルト、さっさと行くぞ」
「仕事が終わったら、我が家にきてくれ、今日の事も含めて、お礼がしたい」
「ええ、終わり次第、行かせてもらいます。それじゃ」
司狼は気絶したままのアルベルトの腕をひっつかむと、そのまま引きずりながら歩き始めた。
「さあ、今度こそ帰って、トリーシャちゃんの誕生日を祝おうか」
『はい!(おう!)』
アキトの言葉に、皆はそれぞれ元気に返事をすると、一路、街に向かって歩き始めた。
リカルドの家で行われた誕生日パーティは、人数の多さも相まって、大騒ぎになってしまったが、
皆、心より、トリーシャの誕生日を祝していた。
そして、その中心人物たるトリーシャは、始終、本当に嬉しそうな顔ではしゃいでいた。
後日、トリーシャは、『今までで、一番嬉しい誕生日パーティだった!』と、皆に語っていた。
その時、トリーシャの胸元には神竜王からもらったペンダントが・・・
手首には、アキトが手ずから作った、銀色に輝く、少々歪ながらも精密で綺麗な腕輪があった・・・
その腕輪の裏側には、『トリーシャ・フォスターと出会えたことを感謝して・・・アキトより』
と、刻まれているのは、贈ったアキトと、トリーシャしか知らない秘密だった。
トリーシャにとって、その腕輪は、なによりも代え難い、大切な宝物となったことは、言うまでもない・・・
(二十話に続く・・・)
―――――あとがき―――――
どうも、ケインです。
なんとか、予告通りに一週間後アップとなりました。
今回の話は、十九話の締めの話です。
黒幕登場・・・というわけで、やっぱりシャドウです。
まぁ、色々と謎は残りましたが・・・最終話にて、全てが語られると思います。
さて・・・いきなりなんですけど、私、また入院いたしました。
なんでも、『椎間板ヘルニア』という腰の病気らしいです。(まだ見立てですけど・・・)
私の症状は右足に激痛が走り、寝ても座っていても、無論立っていても痛みが治まりません。
と、いうわけで、今月いっぱいは入院する予定です。治らなければ延期します・・・
仕事が凄く不安なんですけどね・・・退院するともう椅子がなかったりとか・・・(洒落になっていませんが・・・)
それはともかく・・・
とにかく、今後の投稿は折を見てということになりますので、おそらく三週間後になる予定です。
それでは最後に・・・15さん、haruさん、ryoさん、tomohiroさん、ウルズさん、サテライトさん、ナイツさん、
ホワイトさん、やんやんさん、時の番人さん、津々浦々さん、夢の竜さん、
哲さん、名無しさん、零さん、ノバさん、ほろほろさん。
感想、誠にありがとうございます。
それでは・・・次回の『逃亡者と追跡者・・・ある男の場合』で会いましょう。
管理人の感想
ケインさんからの投稿です。
やはり黒幕はシャドウでしたか。
最期の最期まで、場を掻きまわして逃げていきましたね。
台詞を読む限り、アキトの成長を願っているようですが、その真意は何でしょうか?
入院されるそうですが、早く良くなるといいですね。