悠久を奏でる地にて・・・
第21話『シーラの親友……』
―――――十月二十日―――――
この日、エンフィールドは異様な雰囲気が漂っていた。
それもそうだろう。
明日、エンフィールドでは、大きな音楽コンクールが行われるからだ。
といっても、マリアの実家、ショート財団が主催をする地方にしては比較的大きめなコンクールでしかない。
そんな音楽コンクールなら、多少のお祭り騒ぎになりはしても、異様な雰囲気が漂うことはなかった。
…しかし、今回は少々違っていた。
その『ショート財団』というか、会長であるモーリスが、審査員に著名な音楽家を数名、招いてしまったのだ。
それも、重鎮やら有名人やら、音楽の世界に影響力のある大物ばかりを…
こうなると、一流を目指す音楽家の卵達は、こぞってコンクール出場を希望し始める。
もし、コンサートで優秀な賞でもとり、著名な音楽家の目に止まれば、
音楽と芸術の都、ローレンシュタインにある音楽の学校への推薦状を書いてもらえるかもしれない。
その上、気に入られれば、その人の個人指導を受けられる可能性もあるのだ。
もうこうなれば、その者の音楽家の道は、成功したも同然。未来は希望に溢れているだろう。
それを夢見て、音楽家の卵達は、エンフィールドに集まってきたのだ。
それだけならばまだ良い。少なくとも、傍目からは微笑ましいものに見える。
その音楽家の卵の殆どが、裕福な貴族や商人の子供達でなければ…
そのような者達が集まれば、当然、街の警備は厳しくなる…厳しくならざるをえない。
もし、誘拐などの問題でも起これば、この街の治安を維持する者達の責任になる。
故に、自警団も、公安維持局も、神経を尖らせているのだ。
ある意味、自分達の所属する団体の、存続を賭けているといってもいいだろう。
(責任を取る取らないという以前に、貴族によって取りつぶされる可能性が高いからだ)
そのような緊張感がただよう街の入り口『祈りと灯火の門』の近くに、一組の男女が立っていた。
一人は言うに及ばず、ジョートショップの店員、テンカワ アキト。
そしてもう一人は、黒髪の美少女ピアニスト、シーラ・シェフィールドであった。
「後、半刻ぐらいでお昼だけど…もうそろそろなのかい?」
「ええ、一週間前に来た手紙には、今日の昼前ぐらいに到着するって書いてあったんだけど」
「そうなんだ。だったら、もう少ししたら来るかもね」
「うん。あ!アキト君、来たわ!」
今しがた、門をくぐって入ってきた一組の男女と連れの犬に向かって手を振るシーラ。
その声を聴いたのか、その男女は、シーラ達に向かって真っ直ぐ歩いてきた。
ただ、気になるのは、その女性…というか、女の子。
目線が定まっておらず、犬が少女を誘導するかのように歩いていた。
間違いなく、盲導犬。つまり、少女は目が不自由だということになる。
「久しぶりね、マドカさん!」
「はい、お久しぶりです。シーラさん」
シーラと、マドカと呼ばれた少女は握手しながら微笑んだ。
その様子から、二人はかなり仲のいい親友だということがわかる。
マドカと呼ばれた少女の年の頃は十五、六歳ぐらい。腰の辺りまで伸ばした、艶やかな黒い髪。
シーラも、美少女と呼ばれる容姿をしているが、この少女も、負けず劣らずの容姿をしていた。
「前にあったのは、二年前になるかしら。成長したね、マドカちゃん」
「そうですか?」
「ええ、とっても綺麗になったわ」
「ありがとうございます」
「モーツァルトも、元気そうね」
シーラが話しかけると、モーツァルトと呼ばれた犬は、ワン!と一回返事をする。
「ところで、そちらの方は?」
「この人は、冬木 士度さん。私の家に居候しているの。今回は、無理をいってボディーガードを頼んだの」
「おいマドカ、別に俺は無理して来ているわけじゃねぇ。俺は俺の意志で付いてきただけだ」
冬木士度と呼ばれた二十歳すぎの男は、無愛想な顔でそう言う。
だが、それはただ単に、自分の台詞に照れているだけなのだろう。
狼のような気配の上に、目つきの鋭い野性的な風貌をしているのに、
そんな態度をとると、妙に微笑ましく見えてしまう。
目が見えずともそれがわかるのか、隣にいるマドカは、士度のいる方向に向かって微笑んでいた。
「チッ…まあいい。冬木士度だ。マドカの家に居候させてもらっている」
冬木士度と名のった男性は、アキト達を見定めるように見ている。
だが、それは物を見るような目ではなく、害のある人物かどうかを判断しているような視線であった。
おそらくは、自分の隣にいる少女を守るため、周囲にそれとは知られないように警戒しているのだろう。
だが、アキトだけは、巧妙に隠された警戒する視線も・・・そして、その視線の意味も、ほぼ正確に把握していた。
「初めまして、シーラ・シェフィールドといいます。こちらが、私の友達の…」
「どうも、初めまして。テンカワ アキトといいます」
「アキトさんですか?初めまして、音羽マドカです。よろしく御願いします」
「よろしく、マドカちゃん。でいいかな?」
「はい」
「それで、その犬は…モーツァルトでいいのかな?」
「はい! 私の家族のモーツァルトです」
「よろしく、モーツァルト」
腰を屈めて、目の高さを近づけて挨拶するアキトに、
モーツァルトは尻尾を大きく振りながら、大きく『ワン!』と返事をした。なかなか、頭の良い犬らしい。
「よろしく、冬木さん」
「ああ、よろしく。だが、冬木さんは止してくれ。
呼ばれなれてないから、背中がむず痒い感じがする。士度でいい、テンカワ」
「そうですか? なら、俺もアキトで結構です」
「そうか。なら、改めてよろしくな、アキト」
「ええ、士度さん。じゃあ、いつまでもここで立ち話をしているのもなんですから、余所に行きましょうか?」
マドカと士度は、エンフィールドに着いたばかりで疲れているだろう…という配慮から、
アキトは、どこかくつろげる場所への移動を提案する。
それには、シーラも同感だったらしく、一つ肯いて同意を示した。
「そうね、アキト君。マドカさん、今夜の宿はどうするの?」
「ええ、以前、シーラさんに教えてもらった、さくら亭にしようかと思うんですけど」
「それなら、私の家に泊まらない? 静かだからゆっくりできるし。
音楽室もあるから、楽器を弾いても、周囲に迷惑もかからないから、最後の調子合わせもできるでしょう?」
「だったら、マドカはそうするといい。俺は、そのさくら亭に泊まる」
「あら? 士度さんも一緒にどうぞ?」
「マドカの精神集中の邪魔をしたくないんでな・・・遠慮しておく」
「そうなの?前にマドカさんが、士度さんと一緒にいると、とってもやすらぐって手紙に……」
「シ、シーラさん!」
マドカはシーラの言葉に、顔を真っ赤にして慌てふためく!
その様子を見たシーラは、微笑ましいものを見たといわんばかりに、クスクス笑っていた。
ちなみに、士度はそっぽを向いていた。顔を真っ赤にしながら……
「シーラちゃん、からかうのはそれぐらいにして。二人に悪いよ」
「ふふふ、そうね」
「シーラさん、性格変わりましたね。以前なら、こういう話はしないと思ったんですけど…」
「私もね、ここ一年近く、色々とあったからね」
ここ一年近く、それは間違いなく、アキトがこの街に来てから、という意味であろう。
確かに、身の回りで色々な騒ぎが起こるアキトの近くにいれば、引っ込み思案な性格も、変わってしまうだろう。
それが良い方向なのか、それとも、悪い方向になのかは人次第だが。
「話を戻すけど、マドカちゃんは、士度さんにどうしてほしいのかな?」
「それは…近くに、居てくれた方が…」
「それが、マドカちゃんの本心だね。士度さんはどうする?」
「……わかった。マドカの傍にいる。すまないが……」
「ええ、私の家は大丈夫よ。客室は、いくつか空いているし。
マドカさんが信頼しているのなら、私も信頼できるしね」
「はい。士度さんは、とっても信頼できる人です」
マドカは微笑みながら、キッパリとそう言う。
((本当に信頼していないと、ここまで言いきれないだろうな))
シーラとアキトは、マドカの微笑みを見ながら、同時にそう考えた。
「じゃあ、シーラちゃんの家に行こうか―――――っとその前に、二人とも、昼食は?」
「いえ、まだです」
「この街で昼食をとるつもりだったらな」
「そうだったんですか。だったら、さくら亭にでも行こうか?」
「そうね。私達も、昼食がまだだし」
「お二人はそれで良いですか?」
「ええ、かまいません」
「俺達はこの街をよく知らないからな。あんた達に任せる」
その返事を聞いたアキトとシーラは、マドカと士度、そしてモーツァルトを連れ、さくら亭へと向かった。
その途中、士度の隣に歩み寄ったアキトは、まるで世間話でもするかのように話しかけた。
「士度さん」
「あ?なんだ、アキト」
「士度さんは、人の迷惑を考えない知り合いはいますか?」
「あ?ああ。仕事上とか、住んでいた場所の関係で、そういう知り合いはいるな。
筆頭は、性格がねじ曲がりすぎて、修正不可能な質の悪いヘビ野郎だが…」
士度はそういうと、へっと笑う。
相手をボロボロに言っているわりには、その笑いはどこか楽しげな感じがあった。
「ひどい言い方ですね。だったら、ストーカーするような人はいますか?」
「まあ、多少はな。もうすぐ、二十人ほど追加するかもしれないが……」
「やっぱりそうですか。ところで、この近くに、ローズレイクという綺麗な湖があるんですけどね」
「ほう?どんな所なんだ?」
「なかなか大きな湖で、少々奥に行けば、人が殆どいないんですよ」
「そいつは見てみたいな。案内を頼めるか?」
「ええ」
「ああそれと、タメ口で良いぜ、歳は近いだろ?」
「わかり…わかった、士度さん。じゃぁ、次の角を曲がろうか」
二人は話し終えると、アキトの指示通り、次の角を曲がった。無論、ローズレイクに行くためだ。
後ろにいたシーラとマドカは、特に何もいうわけではなく、先に歩く二人についていった。
シーラはアキトを、マドカは士度を信頼しているからだ。
先程の会話も、何か意味のあるものだと判断し、口出ししなかったのだ。
そして…二人とも、なぜ二人がこういう行動をとるのか、なんとなく気がついたからだ。
そして数分後……シーラ達四人は、ローズレイクに到着した。
「…この辺りなら、人の迷惑にはならない」
「ああ、これなら問題はない。だから、そこで隠れている奴等、とっとと出てきやがれ」
湖の傍にある林に向かって睨みながら言う士度。
だが、林からはなにも反応がなく、ただ風で葉が掠れあっている音が鳴るばかり…
士度の勘違い…常人なら、そう判断しただろう。
しかし、ここにはそれで納得する常人はいない。
「こっちから行きますか?」
「いや、そんな事する必要はねぇ。俺の親友達に炙り出してもらうさ」
士度はそう言うと、右手の人差し指と親指をくわえる。指笛というヤツだ。
そして……
ピュゥゥイッ!!
小気味よく高らかに鳴らした。
―――――その直後!!
「うわぁぁあああ!」
「な、なんなんだ!!」
「グワァァ!噛まれた!!」
口々にそう叫びながら、林の中から二十人近くの男達が飛び出してきた!
しかも、体中に大量のヘビをまとわりつかせているという、おまけ付きで!!
「大丈夫なんですか?士度さん」
「安心しな、マドカ。あいつらの中に、死ぬほどの毒をもったヤツはいねぇよ」
マドカの心配そうな声に、士度は事も無げにそう言う。
二人の話の流れから、男達にヘビが襲いかかったのは、士度のせいということになる。
しかし、士度のものいいだと、死なない程度の毒をもった蛇なら居るのだろうか?
「クソッ!! 『ビースト・マスター』か! なめた真似を!」
男達は絡みついてくるヘビを握り潰そうとしたりする。
が、それよりも先に、ヘビたちは男達から素早く離れ、林の中にある自分達の巣穴に戻っていった。
「お前らに潰されるほど、そいつらはバカじゃねぇよ」
「クッ!目的を果たす前に、貴様を始末してやる!」
男達はそれぞれ武器を構える。剣に短剣、ナイフ、そしてナックル…暗器まである。
その武器、構えに統一性はなく、同一組織や集団などには思えない。
そんな男達が放つ殺気などどこ吹く風で、士度は隣にいるアキトに顔を向けた。
「アキト、さっき言った言葉は訂正する。
人に迷惑をかけるストーカー野郎と知り合いになったのは十五人だ。後の五人は見覚えがある。
おい、『奪い屋』と『壊し屋』がわざわざこんな所まで来て、俺達に何のようだ」
「『ビースト・マスター』とそこの男には用はない。あるのは、そこの娘達だけだ。
怪我をしたくないのなら、そこの娘達をおいて消えろ!」
「ハッ!二流三流の寄せ集めが、この俺に勝つつもりか?面白れぇ冗談だ!おいアキト、お前はどうする?」
「シーラちゃん達に手を出すと聞いて、黙っているつもりはない。
しかし……奪い屋に壊し屋か。仕事内容は、書いて字の如くなんだろうな」
「ああ、『奪い屋』は他人から何かを奪う職業だ。『壊し屋』も同じ、対象を壊す職業だ。
まぁ、書いて字の如くってやつだな。他にも、『護り屋』に『尾行屋』、『仲介屋』などがある。
かく言う、俺は『奪還屋』奪われたモノを取り返すのが仕事だ。まぁ、いわゆる裏稼業というヤツだな。
一番有名なのは、情報を売る『情報屋』だ。それくらいは、聞いたことあるだろう?」
「ええ、それぐらいは知っています。
ついでに、三ヶ月ほど前にこの街に来た、『運び屋』と『奪還屋』にも会いましたよ」
「へぇ、こんな所までくるなんて、一体誰なんだ?」
「確か…運び屋は赤屍という人と卑弥呼ちゃん、奪還屋は蛮さんと銀次さんという人だったよ」
「あいつら、少し前に暫く見なかった時期があったが…こんな所に来てたのかよ」
「ええ、かなり騒がしい人達でしたよ。ただ、若干一名にはもう会いたくないけど・・・」
「だろうな。ま、奴を相手にするぐらいなら、こいつらの相手する方が万倍気が楽ってもんだ」
「確かに。しかし、こいつらは壊しと奪いの専門。ということは、
こいつらは、シーラちゃん達から何かを奪う、もしくは壊そうとしている……という訳か」
「そう言うことだな。おいお前ら、一体マドカ達から何を奪うつもりだ」
その士度の問いに対する男達の答えは、無言で繰りだされる攻撃だった!
士度は先頭の男が繰り出した攻撃をギリギリで避けると、反対に男の頭を鷲掴みする!
―――――そして!!
「仕事熱心も良いがな……ちっとは実力差ってもんを知りやがれ!」
男の頭を大地に叩きつける!!
さすがに潰しはしなかったが、間違いなく、戦闘不能状態に陥っただろう。
容赦ない士度の攻撃に、後続の男達は圧倒され、思わず立ち止まった!
そんな男達を、士度は軽く睨みながら、ゆっくりと身体を起こす。
「まぁ、大体の予想はついているがな。マドカ、あぶねぇから後ろに下がっていろ」
「はい、士度さんも気をつけて下さい」
「ああ、わかった」
「シーラちゃんも、マドカちゃんと一緒に後ろに下がってて」
「ええ、わかったわ」
「万が一の時は、マドカちゃんを護ってあげてね」
「うん。こっちまで来たときはそうするわ。万が一にもないと思うけど」
「そうさせないように、俺も気をつけるから。じゃぁ、行ってくるよ」
「ええ、気をつけてね」
まるで出勤する旦那を見送る妻の如く、シーラは爽やかな笑顔をアキトに向けた。
アキトと士度は、共に男達に向かって歩く。
悠々と歩いてくる二人に、男達は跳び下がる事によって間合いをとり、改めて武器を構えた!
その様子を、アキト達はまるで関心が無いように静かに見ていた。
「とりあえずどうする?戦力的には、半分ずつか?」
「そうですねぇ……一人と、十九人じゃないんですか?」
アキトの言葉に、何を言ってるんだ?と言う顔つきになる士度・・・だが、その疑問もすぐに解けた。
男達を押し退けながら前に出てくる、一人の人間?を見たからだ。
「なるほどな。だが、アレとこの連中全員じゃぁ、少々釣り合わないと思うがな」
「確かに。でも、知り合いみたいだけど、あの大男さんは何者?
実は、熊が人間のきぐるみ着ているって言われたら、思わず信じそうなんだけど……」
アキトはそう言いながら、凄まじい威圧感を撒き散らしながら歩いてくる男に視線を向ける。
身長は約二メートル三十センチぐらいだろうか。
身体全体から放つ威圧感の為、三メートルを超える巨人のように錯覚しかねない。
その巨体を包んでいるのは、ごくありふれた?毎度お馴染みの黒服にサングラス。
そして、顔の左側には、そのサングラスを大きくはみ出た大きな傷があった。
だが、その大きな傷が逆に『歴戦の強者』もしくは『修羅場を潜り抜けた戦士』の風格を漂わせていた。
「あいつは『護り屋』の菱木 竜堂。通称『不死身』
俺も実際に会ったのは初めてだが、聞いた話じゃかなりやばいヤツらしい。
銀次と美堂が、こいつと闘り合いたくないって泣き言を言うぐらいだからな」
美堂 蛮の並大抵ではない実力は、直接闘ったアキトがよく知っている。
銀次も、直接闘ったわけではないが、その力の一端を知っているし、凄まじく強いと感じていた。
その二人が、闘いたくないと泣き言を言うことは、この菱木は常識外れに強いと言うことになるだろう。
「でも、何で『護り屋』がシーラちゃん達を狙うんだ?」
「さぁな。大方、こいつの力を利用したいから、黒幕の誰かがこの雑魚を護れとでも言ったんじゃねぇのか?」
「そんな屁理屈が通用するんですか?」
「するんだよ。何しろ、『護り屋』は対象を護るのが仕事だからな。物でも人でも、なんでもな」
「聞くだけには、良い仕事に思えますね。聞くだけなら…」
「世の中そういうもんだ…で?どうする?」
「俺があの『護り屋』を、士度さんが『その他大勢』を頼みます」
「そいつはかまわないが、大丈夫なのか?」
「何とかしますよ。いざとなったら、奥の手でも何でも出しますし」
「まあ、俺が行くまで持たせてくれよ。それこそ、俺とお前の二人掛かりなら、何とかなるかも知れねぇしな」
「わかりました。じゃぁ、先に行きます」
アキトはそう言うと、はち切れんばかりに闘氣を漲らせている菱木の前に立ちふさがった!
その後ろにいた男達は、二人を大きく迂回しながら、シーラ達に向かって素早く疾走する!
―――――その時!!
「百獣擬態 狂熊擬!!」
士度の一撃に、先頭にいた男二人は吹き飛ばされ、木に激突する!!
「暴れる熊の一撃は木をも薙ぎ倒す! マドカには指一本触れさせねぇぞ!」
マドカ達の前に立ち、男達を鋭い目で睨む士度!
その手の爪は、まるで獣のように伸びており、鋭く尖っていた!
「おのれ『ビースト・マスター』!!」
擬態することにより、その獣の能力を得る『百獣擬態』
そして、先程ヘビを操ったような、指笛・・・獣笛で動物を操る『操獣術』
それが、冬木士度の特殊能力であり、『ビースト・マスター』の由来であった。
士度は野生の獣特有の生々しい殺気を放ちながら、奪い屋達を睨む!!
「かかってきな!獣の持つ力、その身に味あわせてやる」
「『壊し屋』をなめるな!」
一人の男が、士度に向かって剣を振るう!
だが、その刃が当たる寸前、士度は大きく跳び上がっていた!!
「百獣擬態・烏翔擬!!」
飛翔した士度は、両の手を突き出し、急降下しながらその男に攻撃をくわえる!
その姿、まさに空から獲物に襲いかかる猛禽の如し!!
その攻撃を受けた男は、大地に強く叩きつけられ、痙攣しながら倒れている!
凄まじきは、士度の力か!それとも、獲物を狙う猛禽の力か!!
「クソッ!こうなったら!」
一人の男が周囲のいる仲間に目配せすると、一目散にマドカ達に向かって走る!
いくら士度が強かろうが、大切にしているマドカを人質にとれば、形勢は一気に逆転できると考えたのだ。
……だがそれは、浅はかな考えだといわざるをえない!
一つは、ターゲットの一人、シーラの実力ならば、男達の一人や二人は瞬く間に倒せるから。
そして、もう一つは、士度の『百獣擬態』は考えている以上に強力だということだ!
「百獣擬態 餓狼擬!!」
狼に擬態した士度の一撃は、餓えた狼が獲物に襲いかかるが如く、
距離を一瞬にして詰め、その牙と爪をもって、男達数人を瞬時に倒す!!
「狼はな、家族を大切にする生き物なんだ……
てめぇら、マドカに手を出そうとしたんだ、覚悟はできてんだろうな!!」
士度の殺気みなぎる視線に、男達は完全に足をすくませながら、
この男『ビースト・マスター』冬木士度を敵にまわした愚かさを痛感した……
そして、最後の男が血達磨となって地に倒れるまで、一分とかかることはなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
時は少し遡り……アキトが、『護り屋』菱木竜堂と対峙した直後、
「があぁぁぁっっ!!」
菱木はアキトを敵とみなし、両手を大きく広げ、叩き潰さんばかりに掴みかかる!
アキトはその腕を真正面から受け止め、力比べをするような体勢に持ってゆく!!
普通に考えれば、身体が二回り以上も大きい菱木に力比べを挑むなど、自殺行為の他ならない。
事実、菱木の力はアキトを上回っており、徐々にではあるが、圧され始めていた!
「フッ!」
ニヤリ…と笑う菱木。それに対するアキトの返事は、ただ一言!
「雷撃ッ!!」
アキトの手の平に発生した雷は、そのまま掴んでいた菱木の腕を伝い、感電させる!
通常の雷ではなく、魔術による電撃なので、アキトが感電することはない!
通常の雷撃なら、並の人間などあっさりと感電死するところだが、
アキトは威力を調整して、戦闘不能になる程度に抑えている。
普通なら、この時点で勝敗は決したと言ってもいい―――――のだが!
「ぬがぁぁぁあああーーー!!」
「う、うそだろ!?」
過剰電圧により、体表の至る所に雷が走っているにもかかわらず、菱木はたいして感電している様子がなく、
それどころか、アキトの腕を掴み、木に向かって投げ飛ばした!!
アキトは何とか空中で体勢を整えると、ぶつかるはずだった木に着地し、
そのまま重力に引かれて大地に降り立つ。
猫顔負けの軽業を見せつつ、アキトは闘っている相手に対し、冷や汗をかいていた。
(あれ程の電撃を受けたのに感電もせず、なおかつこのパワー…
本当に人間か!? 実はサイボーグとかじゃないのか!?!)
菱木の着ている服は、正真正銘ただの布地でできた黒い服。
魔法防御どころか、物理防御ですら余り期待できない代物。
それは、精神世界面を視ることのできるアキト自身がよく解っていた。
もし、魔法で防御していれば、そちらの世界では、何らかの現象…たとえば光などではっきりと見えるからだ。
(できるだけ早めに終わらせたいからな。少々、荒手で行くか!)
アキトは決め手となる魔法の詠唱を開始する!
それがわかったのか、菱木は唸り声を上げながら、アキトに向かって突進する!
だが、アキトの魔法が完成する方がはるかに早い!
「霊氷陣ッ!!」
大地から吹き上がった濃い霧が一瞬で菱木を包み込み、巨大な氷塊へと変化する!!
対象である菱木が大きいせいか、その氷はとんでもなく大きい。
アキトは菱木を閉じ込めた氷の塊を見ながら、申し訳なさそうに口を開く。
「悪いが暫くその中にいてくれ。後でちゃんと……」
―――――ピシッ!!
アキトの言葉の途中で鳴った小さな音…それと同時に、氷塊に走る一筋の亀裂!
その二つから予想できうる未来はただ一つ。
それは!
「ぬぅあああああぁぁぁ!!!」
「おいおい、冗談だろ?ただの人間が、あの氷塊を内側から壊すか?」
内側から氷を砕いて脱出する菱木を、アキトは驚きを通り越し、呆れてしまった…
(いくらなんでも、魔術の氷を内側から砕くのは洒落になってないぞ!?
昂氣があるならまだしも、特に氣も使っていない普通の人間が……本当に人類か?
俺のことを化け物だの人外だのと言っていたウリバタケさん達にでも見せてやりたいよ)
昂氣を体得する前の自分でも、あの氷を内側から打ち砕くのは不可能な事を理解しているアキトは、
菱木竜堂という人間?に、本気で感心していた。その色々な非常識さと強さに…
その時、アキトは後方で凄まじいスピードで男達の氣が弱まっているのを感じた。
それと同時に、士度の氣が野生動物の如く、荒々しいモノへと変わっていたにも。
「向こうも終わりそうだから、こっちも終わらせよう。早くしないと、昼食を食べそびれてしまうしな」
「―――――ッ!!」
菱木の額に青筋が走る!
アキトのものいいは、まるで自分などいつでも倒せるという風に聞こえるからだ。
自分の実力に自信を持っている菱木にとって、それは屈辱以外の何でもない!!
「おおおぉぉーーーっ!!」
(案外、挑発にのりやすいな)
怒り心頭の様子で走る菱木を見ながら、アキトは小さな声で呪文の詠唱をすませる。
「火炎球!!」
手の内に出現した光球を、アキトは菱木に向かって投げつける!!
そして、光球が菱木の手前二メートル辺りにさしかかったとき、
「ブレイク!!」
アキトの合図と同時に光球は炸裂し、大量の爆炎を撒き散らす!!
通常なら、爆風で飛ばされるか、大量の炎の所為で足を止めるだろう。
そして、菱木は通常ではないため、この手の常識は通用しない!
「ぬぅぅぅっ!!」
腕を交差させた防御態勢で、爆炎の真っ只中を突破する菱木!!
しかも、被害は黒服の上着と少々の火傷のみ!
確かに、一気に突き抜けたら被害は少ないかもしれないが、並の精神力と覚悟では実行できない!
しかし、アキトはその行動を予測していた!
ただし、本当にやるか!? というのが、偽らざる本音なのだが。
「この攻撃に耐えられたら…はっきりいって尊敬するよ!」
アキトは一足飛びで瞬時に菱木との間合いを詰める!
そして、菱木が大量の炎から顔を守っていたため、がら空きとなった腹部!
人体急所である水月の辺りに右の掌を添え、
「拳技 破竜掌!!」
―――――ズドン!!
強烈に踏み込む!
それにより得た力は、身体全体のひねりによって倍加し、右の掌にて破壊の力へと転化する!
「―――――っ!!」
菱木の巨体が、ほんの僅かだが宙に浮き、そのまま後ろに向かって倒れ―――――ない!!
「なっ―――――!!」
正直、あの攻撃を受けてまだ倒れない菱木に驚くアキト。
ニヤリ…と笑った菱木は、腕を大きく広げ、アキトに掴みかか―――――ろうとして、前向きに倒れた。
どうやら、なんとか立っていたのは最後の意地だったらしい。
「気絶したのか?」
アキトは、なんとなく再び起き上がりそうな予感がしたが、さすがに無理だったらしい。
菱木は倒れたまま、起き上がろうとしない。
どうやら、完全に気絶したようだ。
「ふぅ…さすがに、アレは効いたみたいだけど、無茶苦茶頑丈な人だな」
アキトのやった攻撃『破竜掌』は一見、寸剄による一撃にしか見えない。
しかし、本当は寸剄だけではなく、同時に発剄も使った連続攻撃だった。
それも『重拍子』と呼ばれる方法を用いた。
重拍子とは、二つの攻撃を同時に行わず、ほんの一瞬…刹那だけずらすことにより、
衝撃が通常よりも浸透するという攻撃法。
普通の人間であれば、どちらか片方の技だけで十分に倒せる。
それなのに、菱木は立っていたのだ。アキトが驚くのも無理ないだろう。
(相手が人間だからって、俺は油断していた。いや、慢心というべきか?
俺もまだまだ、修行が足らないな。肉体的にも…精神的にも…)
アキトは慢心していたことに反省をしていると、
男達を片づけ終えた士度と、様子を見ていたシーラ達がアキトに近寄った。
「俺の出番はなかったようだな。しかし、此奴を倒すなんて、お前は一体何者なんだ?」
「何でも屋の店員だよ」
「……そうかい。それよりも、こいつらどうする?湖にでも沈めるか?」
「士度さん、それはあんまりでは……」
やたら物騒なことを言っている士度に対し、マドカがやんわりと止める。
「放っておいてもいいんじゃないのかな?見たところ、そのままでも死にそうな人はいないし。
気がついたら、自分で治療するなり、病院にでも行くなりするさ」
「それもそうだな。それに、わざわざ沈めるのも面倒だからな」
面倒じゃなかったらやるのか?! という疑問の言葉を飲み込みながら、アキトは苦笑する。
殺すのは嫌だが、再度、シーラを狙う可能性があるのであれば、その方法も良いと考えたのだ。
ただし、死なない方法で、だが。
「そうですね」
「じゃぁ、そろそろさくら亭に行きましょうか。もうお昼もかなりすぎたし。みんなも、お腹が空いたでしょう?」
シーラの言葉に、アキトや士度、マドカは異論なく、一様に頷いた。
そして、さくら亭につき、一つのテーブルと囲んで昼食をとったアキト達四人と一匹は、
それぞれが頼んだ食後の飲み物を飲みながら体を休めていた。
「ふ〜…やっと落ち着いたって感じだな」
「そうですね、士度さん。街についた途端、慌ただしかったですからね」
「ああ。まさか、波児の心配していた通りになるとはな…」
「その言い方だと、さっきの襲撃に心当たりが?」
「ああ、知り合いの何でも屋が仕入れた情報でな。貴族の連中が、奪い屋とかを雇ったって聞いてな。
それもただの貴族じゃない、全員が全員、今度のコンクールに出場する奴等だって話だ。
何か胡散臭い様子だから、気をつけろって注意されててな…」
「なるほど。あいつらの狙いはシーラちゃんとマドカちゃん。
つまり、今度のコンクールに、二人が出場するのは何かと厄介だというわけか」
「そう言うことだ。実力もねぇ奴等がしそうなことだ」
へっ!と、士度は皮肉げに笑うと、カップに残っていたコーヒーを一気に飲む。
「しかし、なんで二人が邪魔になるんだ?
確か、優勝商品はトロフィーと盾、それに賞金ぐらいだと思ったけど」
アキトは優勝商品を思い出しながら、貴族達の思惑が理解できずに悩む。
その答えを示したのは、当事者の一人、マドカだった。
「アキトさんの言うとおり、私達が邪魔なんでしょうね。
今度のコンクールには、審査員に音楽会の著名な先生方がいらっしゃいますから。
その先生方に気に入られれば、ローレンシュタインにある音楽学校へ推薦状を書いてくれるでしょうし。
場合によれば、個人的な音楽レッスンを受けられるかもしれません」
「そうなんだ。しかし、裕福な貴族の子供だったら、親が金や権力を使いそうなものだけどな」
「それは無理だと思うわ、アキト君。審査員の先生方は、みんな潔癖で知られている人達なの。
だから、もしそんな事をしたら、逆に音楽の世界を永久追放されかねないわ」
アキトの疑問に、シーラは真面目な顔をして答える。
マドカも頷いている事から、シーラの言っていることは本当なのだろう。
「でも、シーラさんはともかく、私なんかを狙っても、あまり意味がないと思うんだけど」
「そんなこと無いわ。マドカちゃんを狙うのは、仕方がないと思うけど…」
二人とも、お互いに謙遜をしている。
だが、今回のコンクールの中で、この二人の実力は群を抜いているのはまぎれもない事実。
それは、大会出場者、いや、関係者全てが知っていることだった。
「そうなると、明日の本番までは、気をつけないといけないな。
マドカの護衛は俺がするからいいとして、こっちの嬢ちゃんは」
士度はシーラを見た後、その視線をアキトに向ける。
それから察するに『シーラの護衛は、アキトがやれ』ということなのだろう。
「俺?」
「お前以外に誰がいるんだ? 俺はマドカだけで手がいっぱいだ」
「そんな事はないと思うけどな」
「さっきの雑魚連中なら大丈夫だ。が、菱木がまた来るのなら、俺はマドカを連れて逃げる。
闘って勝つつもりではいるが、すぐに勝てるという自信はねぇからな」
確かに、先程と同じ状況になると、士度と菱木が闘っている間、マドカは無防備となってしまう。
盲目であるゆえに、素早く逃げるというのは難しい。盲導犬がいても、同じだ。
となると、やはり護衛には、マドカに士度、シーラにアキトがベストとなる。
もっとも、シーラならあの程度の『奪い屋』連中に、そうそうはひけをとらないだろうが。
だが、万が一、シーラと菱木が相対するようなことがあれば、確実にやばい。
確実にそうなるとは限らないが、最悪の展開になってからでは遅いのだ。
「(いくらなんでも、破竜掌を食らってすぐ復活するとは思えないけど、万が一があるしな)
わかった。コンクールが終わるまで、シーラちゃんの護衛は俺がするよ。いいかな?シーラちゃん」
「え、ええ!アキト君さえよければ!」
喜色満面のシーラに、不思議そうな顔をするアキト・・・
この様な事態になったのに、喜ぶようなことがあったのか?と考えているのだ。
その様子に、士度は苦笑している。隣にいるマドカも、面白そうに微笑んでいた。
目が見えずとも、雰囲気だけでおおよその予測がついたらしい。
「まぁいいか。それより、士度さん、マドカちゃん。街を案内しようと思うんだけど」
「それはいいんだが、かまわないのか?そんな目立つような真似をして」
「襲いかかってきたら、その都度、返り討ちにすればいいだけだよ。それに…」
「「それに?」」
シーラとマドカが同時に訊ねる。
「屋敷に篭もって、貴族達に怯えていると思わせるのも癪だしね」
「ハハッ、そいつは同感だな。奴等を喜ばせるのは面白くねぇしな」
アキトの言葉に、士度は笑いながら同意を示す。
もっとも危険にさらされるであろうシーラとマドカは二人を信用しているので、反対することはなかった。
その後、アキト達の思惑通り、街の案内中に黒服達が襲いかかってきたが、
アキトと士度の二人によって倒され、全員海までの旅に強制ご招待された。
(ちなみに、氷漬けにしたのはアキト、川に入れたのは士度)
そして一日は終わり…次の日…音楽コンクール開催日となった。
(二十二話に続く……)
―――――あとがき―――――
どうも、ケインです。
今回の話はどうでしたでしょうか?
シーラの友人ですが、以前クロスさせた『奪還屋』のキャラ、「音羽 マドカ」嬢です。
もしかして、予想できた人もいるかも知れませんね。
わかるか!と、言う人もいるでしょうが…勘弁して下さい。
さて…次回はいよいよ、シーラ達が出場する音楽祭です。
ですが、私自身は音楽をあまりよく知りません。ですので、結構曖昧な表現になってしまいます。
今から謝っておきます。どうもすみません……
それでは、今だ入院中で、しかも何かと忙しいのでこの辺りで失礼します……
それでは次回、二十二話『この曲を貴方に……』で会いましょう。ケインでした……
代理人の感想
ビーストマスターというとあれですか、南のほうの大陸にいる神獣を信仰していて半人半獣になったり、
守護獣の眷属を呼び出したり、遠吠えで意志を通じ合えたり、視線で(本当に)人を殺せたりするあれ。
・・・と、一見さんお断りのボケをかましたところで本題。
・・・・ホントウニニンゲンデスカ、カレハ。
つーか、氷付けにされた時点で普通死ぬと思うんだが(爆)。
電撃が効かない事と言い、超能力者やサイボーグではないにしろ、
人間の姿をした生物兵器くらいのバックボーンはあるかも(笑)。