……エントランス・ホールに向かった士度は、その少し手前の通路で襲撃者と対峙していた。

広いホールで戦っても良いのだが、その場合、戦っている最中に後ろを通り抜けられる可能性がある。

だが、行動範囲がかなり限定されている通路であれば、その可能性が格段に低くなる。

 

だから、士度はわざとホールへと出向かず、通路で待ちかまえていたのだ。

 

 

「邪魔をするな、そこを退け」

「我らの標的はあの女二人のみ」

 

 

オリジナリティのない黒服に身を包んだ大男達は、士度に向かって殺気を放つ。

しかし、士度はそのような殺気など感じていないように、完全に受け流す。

 

それどころか、男達を鼻で笑い、小馬鹿にしたような笑みを作る。

 

 

「それを聞いて退くとおもってんのかよ、三流共。寝言は寝てから言いな」

「仕方がない……邪魔だてするのなら、まず貴様を始末するのみ!」

 

「有象無象の雑魚共が、一瞬で片をつけてやる!」

 

 

士度の瞳孔が獣のように縦に細長くなると同時に、両手の爪が伸び、

顔つきも、人よりも猫に近い雰囲気が強くなる!

 

 

「百獣擬態・・・猫擬びょうぎ!」

 

 

その名の通り、獲物を狙う猫の如く身を低くした士度は、放たれた矢の如く通路を疾駆する!!

 

―――――はずだったが、直前にかけられた声に、勢いを削がれてしまった。

 

 

「館内では静かにしてもらおうか。観客の邪魔になるのでな」

「あんたは確か、受付にいた…」

 

「自警団・第三部隊隊長のノイマンだ。双方とも、この場で争うことまかりならん。

早々そうそうに立ち去れ。そうすれば、この場の出来事は見なかったことにしよう」

 

 

ノイマンは士度と男達を見ながら、静かに通告する。

その右手は、腰に下げてある剣の柄に手をかけてある。

『従わない場合は、有無を言わさず叩き伏せる』という意思表示なのだろう。

静かに放つ剣氣が、それを強調している。

 

 

(洒落にならねぇな、この重圧プレッシャー…肌がビリビリしやがる。とてもじゃないが、年寄りが放つ迫力もんじゃねぇ。

しかも、周囲には感じさせず、俺達だけ・・・・に剣氣を叩きつけてやがる。なんてじいさんだ!)

 

 

ノイマンの放つ剣氣に気圧される士度・・・気迫を込めれば、この程度の重圧プレッシャーなど、はね除けられるが、

不意打ちでこの剣氣をぶつけられれば、身体が居竦んでしまうだろう。

 

 

「クッ!老いぼれが粋がる―――――ギャッ!」

 

 

ノイマンに怒鳴ろうとした一人の男が、言葉半ばでその場に倒れる!

その横には、いつの間移動したのか、ノイマンが同じ体勢のまま立っていた。

 

 

「怒鳴るな。コンクールはもう始まっておるのだ。静かにするのが演奏者への礼儀というものだろうが」

「このクソじじ……」

 

 

今度は別の男が怒鳴ろうとしたが、またもや言葉半ばで倒れた。

そして、やはりその近くには、柄に手をかけたままのノイマンが立っていた。

 

 

「どうやら、通告は無意味だったようだな。そちらの若いの…御主はどうするつもりだ?」

「戦わなくてすむんなら、そっちの方がいい」

「そうか。ならば…」

 

 

ノイマンは男達の間を駆け抜け、士度の横に立つ!

その所要時間、僅か数瞬!

その直後、男達は完全に白目をむき、力無く通路に倒れた。

 

 

「爺さん…あんた一体何者だ?」

 

 

士度には、男達に近づいたとき、ノイマンの腕の影と、剣の銀光が微かに見えただけ。

体さばきの方はそれなりでしかなかったので、完全に見切れたのだが、剣速は段違いだった。

 

剣の横腹で叩きのめしたのか、表面上、男達は怪我一つ負ってはいない。

だが、目にも止まらぬほどの剣速で受けるダメージは相当なものだろう。

そんな凄まじいことをやってのけたという様子など微塵にも見せず、ノイマンは普段通りの顔をしていた。

 

 

「ワシが何者でも良かろう。さぁ、この者達の始末は任せて、さっさと行くが良い。

御主の連れ添いのお嬢ちゃんの出番が、もうそろそろだろう」

 

「あ、ああ・・・すまない、助かった」

 

 

士度はノイマンに軽く礼を言うと、館内にある自分の席に向かった。

士度を見送ったノイマンは、倒れている男達を見回す。

 

 

「さて、さっさと司狼を見つけて、この者達を片づけさせんとな」

 

 

そう呟くと、通路の奥……冷たい風が漂ってくる方向に向かって歩き始めた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

時は遡り……アキトは、士度と別れてすぐに、非常口から進入してきた男達と対峙していた。

 

 

 

「そこは緊急時以外は出入り禁止なので、速やかに出ていってくれませんか?」

 

 

アキトはほんの微かにある……かもしれない可能性に賭け、男達に注意をする。

 

その結果は、

 

 

「巫山戯るな!」

 

 

やっぱりというべきか、完全無欠にアキトの負けであった。

たいして期待はしていなかったが、面倒くさいという気持ちがかなり大きい。

その証拠に、あからさまに大きな溜め息を吐くアキト。

 

その様子を弱気と判断したのか、男達は威圧するかのように殺気を放ちながら、

各々が隠し持っていた武器…鋼線や寸鉄といった暗器、短剣ダガーといった刃物、そして、銃を構える!

暗器を構えているのは五人。後は全員、通常では入手が困難なはずの拳銃を構えていた。

それも、公安維持局が持つ銃よりも、最新式であろう代物を。

さすがは王都に住む貴族の子飼といったところか。そういった入手ルートには事欠かないようだ。

 

 

(拳銃を持っているのは、大半が二流の奴等だな。照準が定まっていない上に、狙いが甘い。

これだったら、避けるのは雑作もない。だが、撃たせるわけにはいかないか)

 

 

もし、この場で男達が発砲すれば、銃声によって騒ぎとなり、コンクールが中断になりかねない。

男達も発砲する気はないのだろう。しかしそれは、アキトが大人しく引き下がれば、だ。

引き下がらない場合は、拳銃で威嚇したまま、後ろの一流がアキトを始末するだろう。

 

案の定、

 

 

「動くな。少しでも動けば、貴様の身体は蜂の巣になるぞ」

「それは困ったな。俺も死にたくはないし……でも……」

 

 

アキトは思案顔をしながら俯き、何やら小さくブツブツと呟いていた。

まるで、内気な男がブツブツと愚痴りながら優柔不断な態度をとっているかのように……

 

しかし、それもほんの数秒だけ。アキトは口を止めると、顔を上げて男達を見る。

 

 

「決まったようだな。どうするつもりだ?この場で蜂の巣になるか、それとも逃げるか、どっちだ!」

「俺が選ぶのは三番目の『貴方達をどうにかして演奏を聴きに行く』だ」

「バカが!死ね!」

「お断りだ」

 

 

アキトは左の袖口に手を突っ込むと、その中から数本の細長い針を引き抜く!

そして、その引き抜く勢いそのままに、男達の足元に向かってその針を投擲した!

 

拳銃を持ってる男達は、アキトの行動に驚き、半ば反射的に引き金を引こうとする!

 

―――――が、

 

 

「な、なんなんだ!」

「い、一体どうしたんだ?か、身体が動かない!」

 

 

 

アキトの投擲した針にかかっていた魔法・・・影縛りシャドウ・スナップによって動きを封じられる方がはるかに早かった!

影を媒介に、魔力の籠もった針に精神アストラルを縫いつけられた男達は、指一本たりとも動かすことはできない。

先程、小さく呟いていたのは愚痴などではなく、魔術の詠唱だったのだ。

 

 

「全員動きを封じることができたか。運が良かったな」

 

 

全員が動きを封じられている様を確認したアキトは、小さく呟いた。

 

アキトが針などに影縛りシャドウ・スナップの魔力を込められるのは、せいぜい八本まで。

それ以上は、魔力や魔力許容量キャパシティの問題で絶対に不可能。限界というヤツだ。

それなのに、今回、アキトは二十人もの男達の動きを封じた。

それは、今回の地形と状況が大きくアキトの助けとなったからだ。

 

太陽の光が非常口から入り、それによって男達の影が長く伸びていたのだ。

そもそも、さほど広くない通路で二十人もいるのだ。当然、影は重なってしまう。

その重なった箇所を、アキトは針で正確に縫い止めたのだ。

 

それゆえに、アキトは『運が良かった』と呟いたのだ。

 

 

「シーラちゃん達に手出しをしてもらっては困るから、少しの間、眠ってもらう」

 

 

アキトは次なる魔法、眠りスリーピングの呪文を唱え始める。

だが、それよりも先に、

 

 

魔力マナよ 光となりて全てを照らせ―――――《ライト》!」

 

 

鋼線を持っていた男が、素早く呪文を詠唱し、魔法の光を作り出す!

その光により男達の影は変化し、影縛りシャドウ・スナップの効力を消した!

 

 

「やはり動けるようになったか。情報通りだな」

「俺のことを調べたのか。ご苦労なことだ」

 

 

昨日から続く襲撃をことごとく撃退しているアキトと士度。その二人を調べたのだろう。

余所者である士度はともかく、この街に長期滞在しているアキトを調べるのに、苦労はあまり必要ない。

 

 

「もう同じ手は通用しない。形勢逆転だな」

 

「それはどうかな?もしここで銃を撃てば、銃声で騒ぎになってコンクールは中止になるぞ。

そうなれば、雇い主である貴族お前達のご主人様は困るんじゃないのか?」

 

「ほう?それなりに銃器の知識があるようだな。だが、この銃は特別製でな。

銃身に、ある一定以上の音を消去する魔術刻印ルーンを刻んである。故に、発砲音は殆どしない」

 

「なるほど、それなりに考えてはいるわけか……」

「そういうことだ。お前達、あいつを撃て!」

 

(死ぬわけにはいかないんでな。悪く思うなよ)

 

 

アキトは心の中で謝ると、握り拳を作り、目を少しだけ細める。

その瞳には、冷徹な光がある……男達を容赦なく殲滅する気だ。

殺す気はないにしても、ただではすまないだろう。

 

男達が引き金に指をかけるのと、アキトの氣が爆発的に増幅するのがほぼ同時!

この一瞬後には、凄惨な光景が広がっていただろう。

 

 

「なんとまあ…物騒な場面だな〜」

 

 

などという、暢気そうな声が、男達の背後からかけられなければ……

 

 

「誰だ!」

 

 

警戒しているアキトよりも、無警戒だった背後に立っている何者かの方が脅威に感じたらしく、

その場にいる男達全員が後ろを振り向く!

 

それとほぼ同時に、男達の間を冷たい風が吹き抜ける!

 

 

「―――――ッ!?誰もいないだと!?!」

 

「おいおい、この程度の動きも見切れないのかよ。

よくその程度の実力でアキトこいつに喧嘩を売ろうとしたな。呆れを通り越して尊敬するぜ」

 

 

またもや背後から聞こえる声。それはまぎれもなく、先程聞いたのと同じ声!

男達は、再び後ろを振り返ると、そこには、抜き身の刀を持った自警団員…司狼がアキトの横に立っていた!

 

いきなり現れ、自分達を愚弄する司狼に、男達は銃口を向ける!

 

 

「何者だ、貴様!」

「見てわからねぇのかよ、通りすがりの自警団員だよ」

「巫山戯たことを!!」

「ふざけちゃいねぇよ。んな事よりおたくら、そんな鉄屑を人に向けて、どうするつもりだ?」

「何を言って―――――なっ!?!」

 

 

男達がもっていた銃が、真っ二つとなり、床に転げ落ちる!

グリップだけ残ったものや、縦に分かれたもの…銃口から平行に切断されたものと様々あるが、

そのどれも共通しているのは、その切断面が光を反射するぐらい滑らかだということだ。

 

 

「さすが司狼、見事な斬鉄だな」

「いやいや、それほどでも」

 

 

アキトの褒め言葉に、司狼は照れたように頭を掻いている。

今回、深雪は一切力を使っていないため、刀の切れ味は通常よりも少々切れる程度でしかない。

つまり、司狼は自分の力…技量だけで、鉄を斬り裂いたのだ。

それも、十五もある銃を一瞬で……並々ならぬ腕前だ。

 

 

「それはおいておいて。アキト、そろそろシーラの出番が近いんだろう?

ここは俺に任せておいて、さっさと行った行った。お前がいないとシーラが悲しむぞ」

 

「ああ、わかった。すまないが、この場は任せる」

「おう、任せておけ」

「頼む」

 

 

アキトはそういうと、手に持っていた八本の針をリストバンドの中に戻しながら、観客席に向かって走っていった。

司狼が銃を斬っていた最中、アキトも行動しており、針の回収と共に、銃以外の武器…

短剣ダガーや鋼糸などをバラバラにして、使用不可能にしておいたのだ。

 

見えた、いや、気がついていたのは、司狼ただ一人だけだったが……

 

 

「さて。おたくらどうする?大人しく回れ右して外に出ていくか、

それとも、まだ奥に向かおうとして俺と戦うか。簡単な二者択一だ。ちなみに、俺はどっちでも良いぜ?」

 

 

司狼は刀の峰で肩を叩きながら、丸腰となった男達を見やる。

実は、司狼は最初からアキトと男達の会話を隠れて訊いていたため、ある程度の事情は理解している。

だから、この場を素通りさせるという選択肢を与えないし、させるつもりもない。

 

しかし、男達はそんな司狼の考えなど知ったことではないらしく、

懐から新たな武器……さすがに銃はないが、新しい鋼糸や短剣ダガーなどを出しながら、

 

 

「黙れ!自警団風情が!止めるつもりなら、『剣聖』でも連れてこい!」

 

 

などと吠えながら、一斉に襲いかかる!!

司狼はそんな男達の様子に、やれやれ……と言わんばかりに溜息を吐きながら、刀の切っ先を床に当てた。

 

 

「深雪」

『リィィィ……ン』

 

 

司狼の呼びかけに、深雪は静かに応える…

 

―――――その直後!

 

通路の床一面が一瞬で凍りつき、それと同時に男達の足…膝下まで氷漬けになった!

 

 

「おのれ!」

「無駄だって」

 

 

悪あがきか、それともまだ勝機はあると思っているのか、一人の男が司狼に向かってもっていた鋼糸を振るう!

 

それを見ていた司狼は、襲いかかってくる鋼糸を無造作に斬る。

すると、二つに裂かれた鋼糸は瞬時に凍りつき、バラバラに砕け散った!

 

 

「深雪、面倒だからこいつらの意識を『凍結』しておいてくれ」

『リィィ…ン』

 

 

刀……深雪より放たれた冷気の風が男達をなでるように通り過ぎる。

その直後、男達は意識を失ったように床に倒れる。

それと同時に、足元の氷は動きを封じていたのが嘘だったように、あっさりと砕け散った。

 

いつの間にやら、床にあった氷も無くなっている。

 

司狼は折り重なるように倒れている男達を見下ろしながら、深く…深〜く溜め息を吐いた。

 

 

「まったく、こっちはシーラの演奏を聴きたくて仕事を抜け出してきたっていうのに…

こんな所で面倒ごとおこしやがって、そんなに俺に仕事をさせたいのか?お前達は……」

 

「ほほう?いきなり消えたと思ったら、そういう訳だったのか」

 

 

後ろからかけられた聞き覚えのある声に司狼は身体を強張らせると、

恐る恐る、ゆっくりと振り向くと…そこには案の定、

 

 

「うげ、親父・・・じゃなかった、ノイマン隊長」

「ようやく見つけたぞ、この大馬鹿者。職場放棄をしてただで済むとは思っておるまいな?」

「ハ、ハハハハ………」

「向こう半年、給料を三十%カット」

「げげ!それはちょっと…」

 

「と、言いたい処だが、出場者に害をなそうとしていた者達の撃退。

そして、テンカワ君からも、司狼にきついことは言わないでくれと頼まれたので、今回はやめておく」

 

(うっしゃ!感謝するぜ、アキト!!)

 

心の中でアキトに感謝する司狼!

 

だが……

 

 

「ただし!エンフィールド中のドブ掃除をしてもらおう。無論、無料奉仕だ」

 

 

ノイマンの最後の一言に、滝のように涙を流した……

 

 

 

 

その様なことがおこなわれている時、アキトは、各席にある自分の席に戻ったところだった。

士度はアキトを見たが、何も言わず前に向き直った。

アキトも、士度の態度に何も言うことなく、席に座り前を見る。

 

そこには。士度の大切な人、マドカが丁度舞台に上がったところだった。

そのような状況なのだ、声を出すなどできようはずがない。

 

マドカは舞台中央まで歩くと、皆の方を向いて一礼する。

その際、マドカが士度に向かってほんの少し微笑んだ。

 

目が見えずとも、本当に大切にしているパートナーの居場所は、手に取るようにわかるのだろう。

士度も、それに気がついていたのか、応えるように微笑していた。

 

 

そして……天才ヴァイオリニスト『音羽 マドカ』の演奏が始まった。

 

演奏曲は、難易度は高いが、ごくありふれたもの。

先程までの出場者の中でも、同じ曲を選び、演奏した者もいた。

 

だが、音羽マドカの演奏は何かが違っていた。

マドカが奏でるヴァイオリンの音色は、鼓膜だけではなく、人の心に響いた……

技術の面だけで言うのであれば、同程度の者は今までに何人もいる。

だが、人の心に響く音色を奏でる者は、誰一人としていない……

 

 

『すごい……』

『これ程人の心に響く演奏は、初めてですわ』

『これが本当の音楽ってやつなのか。よく知らないあたしでも、惹かれる何かがあるよ』

 

 

皆は心の中で、これ以上ないほどの称賛を送る。

誰一人として、声に出そうとはしない。

声をだし、今ある雰囲気を壊すことを勿体ないと思ったのだ……

 

誰もが思い、口に出さない、他の者とマドカの演奏の決定的に違う何か……

それこそが、天才と他の者を分けるものなのかもしれない。

 

 

やがて演奏は終わり、マドカは静かに一礼する。

観客はマドカに対し、惜しみない拍手を送る。

拍手しない者などいない。

自分の息子などがでている貴族の親でさえ、我が子の時以上に拍手をしていた。

その拍手は、マドカが舞台から下りても、しばらくの間、止むことはなかった……

 

 

「素晴らしい演奏だ。士度、すごいね、マドカちゃんは」

「ああ……」

 

 

アキトの言葉に、士度は短く返事をするだけだった。

だが、アキトはその短い言葉に、万の称賛の言葉よりも深い士度の想いを感じていた。

 

やがて拍手は止み、コンクール最後の演奏者、シーラ・シェフィールドの番となった。

アリサ達は、先程のマドカの音楽に余韻を感じつつも、

シーラが舞台に上がったとき、応援するように、励ますように拍手を送った。

 

そのような拍手の中、シーラはピアノの前に立ち、観客に向かって一礼する。

その際、わざわざ来てくれた仲間達、そして、アキトに向かって微笑み、席に着いた。

 

すると、拍手は止み、シーラは静かに演奏を始めた。

 

シーラの演奏する曲の題名は『エンフィールド夜想曲ノクターン

一流の音楽家であるシーラの両親が、この街のために作った曲だ。

 

シーラがもっとも得意とする曲の一つ……だと思われた。

だが、途中から曲に変化が見られ始めた。

ありえるはずのない曲の流れに、この曲を知るエンフィールドの住人…アリサ達は少々驚いた。

だが、その驚きも、すぐに別のものへと変わった!

 

ありえるはずのないパート…いわば、シーラのオリジナルが加えられた部分は、

元である曲と違和感無く溶け込む、いや、さらに素晴らしい演奏ものへと昇華させたのだ!

 

 

「すごい……」

 

 

それは、誰が呟いたのかはわからない。

だが、それは全員の総意でもあった。

 

皆は、元のパートとシーラのオリジナル・パートが一つに融合し、壮大な演奏へとなる様を、

大きな感動と共に、ただ静かに聴いている。

 

先程の音羽マドカの演奏の時と同様、シーラの演奏も身分の差もなく、

この場にいる人々の心に、強く響いていた……

 

 

そして、演奏は終わり、シーラは盛大な拍手に送られ、舞台を下りていった。

 

 

「彼女、上手いな」

「ええ……」

 

 

士度の問いに、アキトは万感の思いをこめて短く返事をする。

返事をするときにわかったのだが、こう言うときは、思いが多すぎて何を言って良いのかわからない。

逆に、思いを込めた一言こそ、今の感じを伝えられる……そんな気さえ、アキトはしていた。

 

 

「さっすがシーラさん!優勝は決定だね!」

「ふみ〜!シーラちゃん、一番です〜」

 

 

トリーシャとメロディの意見を、皆は口々に肯定する。

さすがに、出場者の親類達をおもんばかってか、大きな声で話してはいないが。

 

今回のコンクールは、ピアノ部門とヴァイオリン部門の二部門に分かれている。

故に、ピアニストのシーラと、ヴァイオリニストのマドカが比べられることはない。

それは審査員にとって、何よりの幸運だっただろう。

比べること自体難しい二人の天才から、一人だけ優勝者を選ばなくてもよいのだから。

 

事実、別室に入り、優勝者の選定をする会議は、異常なほど短い時間で終わった。

論議する必要すら無い……と、いうことなのだろう。

 

 

「お待たせいたしました。では、優勝者の発表を致します。

ヴァイオリン部門…優勝、音羽マドカさん!

並びに、ピアノ部門…優勝、シーラ・シェフィールドさんです!

お二人とも、舞台上にお上がり下さい!」

 

 

優勝したマドカとシーラが舞台上に姿を現すと、観客達は今まで以上に拍手を送った。

あの演奏を聴いた後なのだ。文句の付けようなどあろうはずはない。

 

シーラとマドカは、今回のコンクールの主催者であるモーリスから、優勝した証として、トロフィーと盾を授与される。

 

 

「二人とも、本当によい音楽を聴かせてもらった。感謝するよ」

「「ありがとうございます」」

 

「それで、これは儂の我が儘なんじゃが、できれば、もう一度聴かせてもらえんか?

今度は二人一緒に、優勝した者が協力して、演奏をしてもらえんかの?」

 

 

モーリスの言葉に、観客にいた者達全員が拍手を送る。

皆も、もう一度シーラ達の演奏を聴きたいのだろう。

無論、アキトや士度、そして仲間達も、聴いてみたいという気持ちは同じだった。

 

マドカはその様子を感じたのか、ニッコリと微笑むと、

 

 

「私は構いません。シーラさんはどうですか?」

 

 

と言い、隣にいるシーラに了承を求める。

もちろん、シーラの返事は最初から決まっていた。

 

 

「ええ、こちらから、お願いします」

「うむ。二人とも、ありがとう」

 

 

モーリスの礼の言葉に、二人は頷くと、近寄ってきた係員にトロフィーと盾を預けると、

二人は、二、三、会話を交わした後、所定の位置に着く。

 

 

そして、二人の演奏が始まった……

 

演奏する曲の題名は、『この曲を貴方に……』

音楽家が、大切な人に捧げる曲……と言われている、曰くのある曲だった。

 

作曲者は不明。遠い異国の地で、雑貨屋に売られていた楽譜を、誰かが発表したにすぎない。

そして、本当の曲名すらわからない。

ただ、楽譜の最後に『この曲を貴方に捧げる』と走り書きされていたため、それの一部分が曲名となったのだ。

 

曲自体の演奏は、一流なら誰でも弾ける程度。つまり、そこそこ難しい程度。

だが、この曲は聴いている者達の強く心を引きつける……

それは、作曲者の気持ちが表れているのか……それは誰にも判らない。

 

そのような曲が、今、二人の天才によって演奏されていた。

 

この曲を聴いた者は、言葉などにはできない、大きな感動を受けていた。

ある者は涙を流し、また、ある者は何かを懐かしむように微笑んでいた。

多種多様な感動の仕方……それを、誰もおかしく思うことはなかった。

 

 

やがて、二人の演奏は終わり、盛大な拍手の中、コンクールは無事終了した。

 

 

 

後日、審査員の一人がこう呟いた……

 

『私は、人の才能にこれ程嫉妬したことはない…それと同時に、これ以上ないほど喜びを感じた。

ヴァイオリンとピアノ…その申し子とも言える二人の天才の道が交わった瞬間に立ち会えたことに……』

 

と……

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

コンクールの翌日。

 

エンフィールドの正門『祈りと灯火の門』に、四人の男女と、一匹の犬がいた。

一組は、シーラとアキト。もう一組は、士度とマドカ、そしてモーツァルトだった。

 

 

「マドカさん、もう帰るんですね」

 

「はい、早く帰って、知り合いに優勝の報告をしたいですし。

それに、今回は士度さんの友達が来てないんで、早く帰ってあげたいんです」

 

「うん、仕方ないよね」

「済みません、シーラさん。色々とお世話になったのに」

「気にしないで、マドカさん。士度さんのお友達に、よろしくね」

「はい、シーラさん。今度会ったら、また一緒に演奏して下さいね」

「うん、約束」

「それと、あの曲が、早くちゃんと伝わるといいですね」

「マ、マドカさん!」

 

 

シーラのあわてた様子を感じたマドカは、ほんのちょっぴり意地悪そうに微笑んだ。

あの曲『この曲を貴方に』を演奏する前に、シーラとマドカが決めたのだ。

この曲を、伝えたい人のために演奏しよう…と。

マドカは士度の為に……シーラはアキトの為に……

 

 

「シーラさん、頑張って下さいね」

「ええ、できる限りね。マドカさんも、士度さんと仲良くね」

「はい!アキトさん、この二日間、どうもありがとうございました」

 

「俺は感謝されるようなことはしてないよ。

マドカちゃんを守るために一番頑張ったのは士度さんなんだからね」

 

「そんな事ねぇよ。アキトがいて助かったことは何度もあったんだ。俺からも礼を言う」

「士度さんもそういっていますし。それに、目の不自由な私に、色々と気を使ってもらいましたし」

「そんなつもりはなかったよ。俺はただ、普通に接しただけだよ」

「それが、アキトさんの優しさなんですね」

 

 

目の不自由な人に対し、他人はどこか一線を引くように接する。

どう扱っていいのかわからない…というのもあるだろうが、関わりたくない…という気持ちもあったりする。

 

しかし、アキトにはそれがない。普通に接し、さりげなく気を使ってくれていた。

それは、マドカにとってなによりも嬉しいことであった。

 

 

「シーラさん、アキトさん。私、貴方達に出会えて本当に嬉しかったです」

「私も、マドカさんと士度さんに出会えて嬉しかったわ。また、会いましょう」

「俺も、マドカちゃんや士度に出会えて、嬉しいよ。元気でね」

 

「はい。お元気で!また会いましょうね」

「じゃぁな」

 

 

マドカと士度はそういうと、門をくぐり、自分達の住む国へと続く街道を歩き始めた。

 

 

「マドカさん、士度さん!元気でね!」

「二人とも、気をつけて!」

 

 

 

シーラとアキトの言葉に、二人は振り返って軽く手を振ると、また歩き始めた。

今度は、シーラとアキトは何も言わず、二人の姿が見えなくなるまで見送った。

 

 

いずれ、マドカは有名な一流ヴァイオリニストとなり、世界を巡る日が来るだろう。

士度も、その傍にいつまでもいるだろう。

シーラも、いずれは両親のように、世界各地で講演するため、旅に出ることとなるだろう。

そうなれば、いずれ、シーラとマドカは出会うことになるだろう。

 

だが、アキトがマドカ達に出会う可能性は無い・・・

その日がいつになるのかはわからないが、少なくとも、この世界を去った後なのは確実。

その事を考えると、少し寂しい気持ちにとらわれるアキトだった……

 

 

 

 

(第二十三話に続く………)

 

 

 

―――――あとがき―――――

 

どうも、お久しぶりです。ケインです。

 

しょっちゅう病院を出ていることがばれ、しばらく動けなかったため、投稿が遅れました。

楽しみにしてくれている方、本当に申し訳ございません。

 

それと、私は今だ入院中です。

腰の神経が少々傷ついており、完治するまで入院することになったんです。

仕事が仕事だけあって、百パーセント完治しておかないと、またぶり返すことになるからです。

なにせ、仕事が大工見習いですからね……

どのような仕事も身体が資本ですけど、特に肉体労働関係は酷使しますからね。

 

とりあえず、入院の機嫌は今月いっぱいか、もしくは五月の連休明けです。

それまで、投稿ができませんのでご容赦の程を、お願いいたします……

 

それと、感想を下さった皆様、本当にありがとうございます。

今回投稿できたのは、感想を下さり、応援して下さった皆様のおかげです。

 

それでは………

 

 

 

代理人の感想

少々身につまされるんですが・・・・ちょっとマンネリかな、と。

そしてそれ以上に戦闘シーンのテンポが悪いのではないかと。

長い説明セリフばかりで、緊迫感というか、戦闘の流れがリズムを失ってしまってると思います。