悠久を奏でる地にて・・・

 

 

 

 

 

第23話『邪悪なる者の鼓動』

 

 

 

 

 

 

―――――十月二十四日―――――

 

 

 

一地方にしては大きすぎる行事、音楽コンクールが終わって三日。

エンフィールドは、ようやく元の静けさ…というか、適度に騒がしい毎日に戻っていた。

 

 

そんな昼下がり…アキトは仕事のため、ローズレイクの近くにあるカッセル宅を訪れていた。

 

 

「じゃぁ、これが今朝方依頼された薬草です。数は余分に採ってきました。

それと、自分でも確認しましたが、万が一にも種類が間違っていたらいけないので、一応確認してください」

 

「アキト、御主も律義なやつじゃな」

「こういったものの取り扱いは、慎重すぎて困りませんから」

「確かにの」

 

 

カッセルは苦笑しながらアキトから受け取った薬草の種類を確認する。

一つ一つ丁寧に、間違いがないように注意深く調べている。

偶に、薬草によく似た毒草が存在しているので、こういった作業は必然となる。

 

カッセルがアキトに律義と言った理由は、もう同じ事を数回も頼んだからだ。

そして、その全て、アキトは間違った種類を採取したことはない。

 

だが、アキトはいつも渡す際、カッセルに確認するように言っているのだ。

普通なら、慣れたから間違わない…と気を緩めるかもしれないが、アキトにはそれが無い。

商売人としては上々だが、客から見れば律義すぎると感じるかもしれない。

 

 

「うむ、確かに。頼んだ薬草の種類が全部、一つとして間違ってはおらん。感謝する」

「いえいえ、仕事ですから」

「ふむ、そうじゃな。しかし、同じ仕事をするにも、人によって差があるからの」

「公安のことですか?」

「ああ。半年以上前に一度だけ、今回と同じ事を試しで頼んだのじゃが、未だに持ってはこんよ」

「いえ、持ってこようとしていましたよ」

「ほう?」

「丁度、俺が採りに行ったとき公安の人達を鉢合わせしまして。ちょっと、一悶着ありました」

「そうか。しかし、半年も経ってから仕事を行うなど、連中はなにを考えておるのやら」

 

 

やれやれ……という感じに溜め息を吐いたカッセルは薬草を種類別に戸棚に仕舞ってゆく。

アキトも、今頃気絶から目を覚ましたであろう公安の連中を思い浮かべながら苦笑していた。

 

 

「これが今回の依頼料だ。また頼むぞ」

「はい、どうも。ところで、この後は暇ですか?」

「特にやることはないが。何か用か?」

「ええ、アリサさんが、偶にはお茶でもどうですか?って、言っていまして」

「そうか・それでは、言葉に甘えてご馳走になるかの」

 

 

 

アリサの申し出を了承したカッセルは、アキトと共に、ジョートショップに向かい始めた。

さほど急ぐわけでもなく、アキトは老人であるカッセルを気遣い、ゆっくりと歩いていた。

 

 

「時にアキトよ。御主、一月ほど前に三匹のドラゴンと戦ったそうだな」

 

「ええ、ちょっとしたいざこざがありまして。結果的に、戦う羽目になりました。

といっても、俺が戦ったのはそのうちの一匹ですけど……しかし、なぜ今さらその事を?」

 

 

トリーシャとの一件でドラゴンと戦ったのは約一ヶ月も前。

戦った相手が相手だけに、噂になるには半日もあれば充分だった。

 

普通なら、人がドラゴンに勝つなど絶対にありえないため、ただの噂で終わってしまう。

だが、今回は当事者の中に、かの『剣聖』リカルド・フォスターがいた。

そうなると、ただの噂は途端に現実的なものへと変化をする。

人々は、『剣聖』がまた一つ、偉業を成し遂げた!と納得するからだ。

 

 

「ふむ…その一件でな、リカルドと司狼が称号を得る可能性がある・・・という噂を聞いたのでな」

「『称号』ですか。というと、『竜殺しドラゴン・スレイヤー』か何かですか?」

 

「そうだ。それぞれ、ドラゴンにトドメを刺した者だからの。

残念ながら、今回はサポートした者まで称号は与えられんがな」

 

「まあ、アルベルトは悔しがりそうですけど、他のみんなは、そう拘るとは思えませんけどね」

「そう言う御主はどうなのじゃ?」

「俺ですか?」

 

「ああ。ドラゴンは三匹、うち二匹を倒した者ははっきりとしておる。

しかし、残り一匹に関しては、状況判断で御主が倒したと考えるのが道理。

しかし、目撃者であるトリーシャは黙しておるため、証言はない。故に、御主には称号は与えられん」

 

 

カッセルはそういったが、たとえトリーシャが黙さずはっきりと証言したとしても、

アキトが称号を得る可能性は極めて低い。と、思っていた。

今回はリカルドが事の顛末を上に報告したからこそ、二人が称号を得ることとなったのだ。

その娘とはいえ、トリーシャの証言では信憑性に欠けるため、認められない…という可能性が遙かに高い。

 

しかし、アキトはさして気にした様子もなく、

 

 

「そんなモノ、俺には必要ありませんよ。あって得するわけでもないでしょうに。

逆に、そんな仰々しい名前が売れたら、色々と大変なことになりますよ」

 

 

苦笑しながら、かつて、自分の二つ名の所為で色々と要らぬ苦労があった事を思い出していた。

 

腕試し、名前の売り込み、騙り……数え上げればキリがない。

元の世界でも、前の世界でも、名前が売れて良かった事よりも、余計な面倒事の方が印象が強かった。

 

ちなみに、どちらの世界においても、アキトの知り合いの女性達が色々と裏から手を回し、

そう言った輩を遠ざけたり制裁したりしたが、それでもいなくなることはなかった。

 

 

「はっはっはっ。『竜殺しドラゴン・スレイヤー』の称号を”そんなモノ”というのは、御主ぐらいだ」

「そうですか?司狼も、そんな面倒くさいものいるか!って、言ってそうですけどね」

「そうかもしれん。なにせ、あの男ノイマン義理の息子ムスコだからの」

「リカルドさんも、たいして気にしそうにないですし」

「そろいもそろって、欲のない連中よのう」

 

 

今度はカッセルが、欲の無さすぎるアキト達に対して苦笑する。

 

 

「しかし・・・ドラゴン族のなかでも強力な部類に入る火竜ファイアードラゴン雷竜サンダー・ドラゴンを倒すとは……

さすがはリカルドと言ったところか。そして、司狼も…凄まじきは神代かみしろの血脈か」

 

「??……なんですか?神代かみしろって」

「いや、気にするな。いずれ、司狼本人の口から語られるだろうて」

「そうですか…そうですね」

「うむ…それはそうと、一つ訊ねたいのだが」

「なんですか?」

「御主が戦った竜は、自らのことを『神竜王』と名のったそうだな」

「ええ、神竜王・セイフォートと名のりましたけど」

 

 

それを聞いたカッセルは立ち止まり、ふむ…と呟いて、目を閉じて考えに耽った。

アキトも、カッセルが立ち止まると同時に歩みを止め、考え込んでいるカッセルを見た。

 

カッセルは数十秒ほど考え込むと、おもむろに瞼を開け、言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「はるか昔、数多あまたいた神々の中でも高位の存在『闇の神』が、世界を滅ぼそうとした伝承を知っておるか?」

「いいえ・・・お伽話か何かですか?」

 

「確かに、お伽話的に言い伝えられてはいるが、実際に起こった事柄だ。

いにしえの時代、神と魔がこの世界に居たはるか昔。

この世を形成する基礎を司りし六つの神の一柱…闇の神が、この世界を滅ぼそうと争いを起こした。

なぜ、『闇の神』がこの世界を滅ぼそうとしたのかは、それは誰にもわからん。

人には理解できない理由があったのか、それとも、人の思考など超越した考えであったのかすらも……

その『闇の神』が起こした争いは、世界を二分させた。

神と魔を含めた、この世界の存続を望んだ存在と、この世界の消滅を望んだ存在とにな」

 

「神竜王は前者だったと?」

 

「まぁまて、話はまだ続いておる。

その消滅を望んだ存在……『闇の神』に与した者達の中に、とある竜族が居たのだ。

その竜族は、邪悪な意志を持つ種族でな。その上、竜族のなかでも最強に近い魔力を有しておった。

その強大な魔力と、邪悪なる魔術『邪法』の前に、数多の命が失われたらしい。神も、魔も含めてな。

だが、どのような事柄にも、常に例外は存在する。その竜族の中に、裏切った者がいたのだ。

その裏切った竜は、邪法に対するすべを人間の英雄達に授け、共に戦い、かつての同胞を滅ぼしたのだ。

そして、伝承の中にはその竜の名がなんとか残されておった。その名は『セイフォート』」

 

「…………」

 

「偶々、名前が同じだっただけなのか、別の竜がその名を受け継いだのか、

それとも、そのまま同一の存在なのかまではわからん。

唯一、わかっていることと言えば、神竜という種族は存在しない。ということだけだ」

 

「存在しない種族ですか。自分でそう名のっていただけなのか、それとも他に意味があったのか。

そのどちらかは、俺にもわかりませんけど、少なくとも、はったりを言うような奴じゃないはずです。

それに、俺が解っていることと言えば、奴は強く、そして誇りがある。それだけです」

 

 

それが、アキトの正直な神竜王の印象だった。

もし、あの戦いでトリーシャを《正確な意味での》人質にすれば、アキトは間違いなく負けていただろう。

それだけではない。アキトの力を引き出させるような闘い方をしなければ、神竜王は勝っていた。

神竜王の目的は、アキトの実力を引き出すことにあったのだから、結局は神竜王の勝利なのかもしれない。

自分が敗北しても、目的は遂行させる。プライドが高い存在ほど、なかなかできることではない。

 

色々とはあったが、大局的には神竜王はアキトと真正面から闘った。

その強さ、そして、真正面から戦った誇り高きプライドに、アキトは尊敬に近い念を抱いていた。

その思いに、種族という壁など存在していない。

 

 

「さ、行きましょうか。アリサさんが待っていると思いますよ」

「そうだな……」

 

 

アキトとカッセルは、再びジョート・ショップに向かって歩き始めた。

 

 

「しかし、カッセルさん。よく称号のことを知っていましたね。まだ誰も知らないんじゃないですか?」

 

 

思い出したようにカッセルを尋ねるアキト。

噂話に敏感なトリーシャでさえ、まだ知らないと思われる情報なのだ。

 

その上、トリーシャはリカルドの娘。それゆえ、自警団の者達と顔見知りでもある。

リカルドは仕事のことを家庭では話さない性格だから、本人から知らされることはないだろうが、

称号のようなそういった大事なら、自然とトリーシャの耳にはいる流れが作られているのだ。

 

トリーシャにしてみれば、危険な任務を進んでする父を心配してのことなのだろう……たぶん。

 

カッセルはアキトの言いたい事を理解したのか、苦笑に近い笑みを浮かべた。

 

 

「昔の培った情報網の名残というべきかの…様々な情報が、儂の耳に入ってくるのだよ。

それこそ、噂紛いの話から、国の情勢までな」

 

「カッセルさん。貴方、一体昔はなにをやってたんですか?」

「人間、長く生きていると秘密の十や二十はあるものだ。気にするでない」

「……そうですね」

 

 

マリアやローラあたりなら、意固地になって聞き出そうとしただろうが、アキトとて分別ある大人。

言いたくないことを無理して訊こうとすることはない。

それに、アキトも秘密が沢山ある身、訊かれたくないことを無理に訊かれる苦痛を多少は知っていたからだ。

 

 

その時……

 

 

「おや?」

 

 

アキトは通り道であるエレイン橋の上に居る、トリーシャとエルに目を向けた。

普段なら、特に気にすることもなく、近づいてから挨拶するのだが……

 

今回は、二人が向き合って、少しくらい表情をしていたため、アキトは気になったのだ。

 

 

 

「こんにちは、エルさんにトリーシャちゃん」

「あ、カッセルさんにアキトさん!こんにちは」

「なんだ、アキトかい。カッセルの爺さんも一緒だなんて、珍しい組み合わせだね」

「ちょっとした用事があってね、それよりもエルさん、大丈夫?」

「別に、私は普通だよ」

 

 

そうは言うが、エルの顔色は、とてもじゃないが健康とはほど遠いように見られた。

憔悴しているとか、そういった感じではないのだが、ひどく疲れている感じが一番近いかもしれない。

 

 

「とてもじゃないですけど、普通には見えませんよ。体調でも悪いんですか?」

「なんでもないって言ってるだろ!気にするな!!」

 

 

心配するアキトに対し、声を荒げて怒鳴るエル。

その態度は、怒っているというよりも、イライラしているように見えた。

 

 

「エルさん!心配してくれているのに、そんな事言わなくていいじゃない」

「………」

 

 

トリーシャの言葉に冷静さを取り戻したのか、エルは軽く溜め息を吐き、改めて、アキトに向き直った。

 

 

「すまなかったね。最近、夢見が悪くて寝不足だったんだよ」

「夢…ですか」

 

 

エルの言葉に、少々複雑そうな表情をするアキト。

因果な人生を送っているためか、アキトも悪夢に魘され、飛び起きることが偶にあるからだ。

 

 

「ああ、な夢だよ」

 

「ねえエルさん。アキトさんやカッセルさんにも相談したらどうかな?

正直、ボク相談されてもどうしたらいいかわからないし。

けど、アキトさんやカッセルさんなら、きっと良い考えを持ってるんじゃないかな。

ね、アキトさん、カッセルさん。二人とも良いよね」

 

「俺は構わないよ。みんなには世話になっているし。できる限りのことはするよ」

「儂も、無駄に年は取っておらんつもりだからの。何か良い考えがうかぶやもしれん。言ってみるといい」

 

「ね、エルさん。話してみようよ」

 

「……わかった。実はここ最近、妙な夢を見るんだ。それも、まったく同じ夢を」

「一体、どんな夢なんだ?」

 

「私がドラゴンになって、この街を…エンフィールドを破壊するんだ。

全ての建物も、逃げまどう人達も、生きているもの全部をコワすんだよ」

 

「そのような夢を何度も……確かに、それでは夢見も悪いはずだ」

 

 

カッセルが渋い顔をして呟く。

エルの様子から、悪夢の内容をはっきりと憶えているようだから、更に苦痛だろう。

 

そんなカッセルの言葉に、エルはひどく疲れた表情に、皮肉げな笑みをうかべた。

 

 

「それだけならまだ良いさ。普通の…と言ったらおかしいけど、ただの悪夢にすぎない。

でもね、私の見る夢はリアルすぎるんだよ。

建物を壊したときの…人や動物を握り潰した時の感触が残ってるんだよ。起きた後でもね。

それだけじゃない、逃げまどう人達の悲鳴が!街が焼ける匂いが!はっきりと残ってるんだよ!

夢の中で、私は自由に動けず、その感触を無理矢理感じさせられるんだ……」

 

 

エルは自分の両手を見た後、ギュッと握り拳を作る。

その様は、その夢での感触を忘れようとしている様にも、必死に思い出さないようにしている様にも見える。

 

 

「……夢から目を覚ました直後、私が何をすると思う?自分の両手を確認するんだよ?

血に濡れていないか…とか、鱗が無いか…とかさ。クソッ!!」

 

 

エルがエレイン橋の手すりに向かって、両の拳を思いっきり振り下ろす!

やり場のない怒りを、夢に対する憤りを叩きつけるかのように。

 

 

「おかげで私は寝不足さ。情けないっ!たかが夢如きに!!」

 

「エルさん……」

 

 

そんなエルに対し、言葉をかけられないアキト。

『気にすることはない』などと、軽々しく言って解決するレベルの問題ではない。

 

 

「アキトさん、カッセルさん。何か良い手はないの?」

 

 

不安げな表情でアキトとカッセルと見るトリーシャ。

友達であるエルが悩んでいるのを見て、どうにかしてあげたいと悩んでいるのだろう。

 

アキトもまた、なんとかできないかと、頭を悩ませていた。

 

 

(悪夢を見る……か。確かに、人は夢を見るし、時には、悪夢を見ることだってある。

でも、それは見る夢の内容を選べないからこそだ。

何度も同じ夢を見るということは、他の誰か、何らかの意思が見せている可能性が高いな。

となると、おそらく方法は魔法か魔術道具マジック・アイテムになるな)

 

「トリーシャちゃん、カッセルさん、魔法か何かで、夢に干渉する術はありますか?」

 

「うむ、儂もそれを考えておった。誰かが意識的にエルの夢に干渉しているのやもしれん。

しかし、それほどの魔術師、このエンフィールド、いや、世界広しとはいえそうはおらんはずだ」

 

「うん、ボクもそう思う。他人に夢を、それも毎日強制的に見させる魔法って、かなり無茶苦茶だもん。

覗き見するぐらいなら、魔術道具マジック・アイテムがあれば比較的簡単にできるかもしれないけど…」

 

「そうか……(最後の手段で、魔法による干渉って考えてたんだけど、聞いた限りは無理っぽいな)

だったら、後は睡眠薬か何かで、夢を見ないほど深く眠るしかないのか?」

 

「あんまり薬とかには頼りたくないんだけどね。この際、贅沢は言―――――ッ!!」

 

 

突如、その場にうずくまるエル!!

気分でも悪いのか、その身体は小刻みに震えていた!!

 

 

「う…ぐぅ…うう……ガ…ググ……」

 

 

エルの口から微かに漏れる呻き声!

 

しかし、はたしてそれは本当に呻き声なのか!?

アキトには、エルが何かを我慢して、いや、必死に抑え込もうとしているように見えた!

 

 

「エルさん!」

「私に触るな!!」

 

 

今にも倒れそうなエルを支えようと近寄ったトリーシャ!

そんなトリーシャに対し、エルは荒げた声をあげながら、振り払おうと左腕を振るう!!

 

その乱暴に振るわれた腕がトリーシャに届くよりも先に、間に割って入ったアキトがその腕を受け止める!

 

 

―――――その瞬間!!

 

 

ドンッ!!

 

 

重々しい打撃音と共に、周囲に広がる弱い衝撃波!!

その発生源は言うまでもなく、アキトの手と、エルの腕が交差した場所だった!!

 

 

「ア…アキトさん?今、何が……」

 

 

いきなりな事態に思考が追い付いていないのだろう。戸惑いながらアキトに問うトリーシャ。

アキトはといえば、トリーシャの問いに答えることなく、心の内で激しく驚いていた!

 

 

(今のエルさんが振るった腕の力は半端じゃなかった。

もし、トリーシャちゃんに当たっていたら、弾き飛ばされる程度じゃすまなかったぞ!

それに、腕を振るう直前からエルさんの身体から溢れ出るどす黒い邪気は一体なんだ!?)

 

 

アキトがその邪気を感じたからこそ、アキトはトリーシャを庇ったのだ。

その邪気は、今もエルの身体から、いや、身体の奥底から溢れ出している!

 

 

「す、すまない、トリーシャ」

 

 

エルはそう言うと、今だ掴んでいるアキトの手を振り払い、橋の手すりを支えに、なんとか立ち上がろうとする。

その間にも、立ち上る邪気はますます勢いを増している!

 

 

「私はもう大丈夫だから…気にするな……」

 

 

そう言いつつも、やはり苦しいのか、我慢するように顔を顰め、手に力を込める。

その握力に耐えられなかったのか、石で作られていたはずの手すりが粉々に砕け散った!

 

エルは魔力が使えないのをフォローすべく、武術などで体を鍛えてはいるが、

石をなんの補助もなく、ただ握り潰すという行為などできはしない!

 

明らかに、エルの身体に何らかの異常が発生している!!

 

 

「むっ!?いかん!」

 

 

 

カッセルがあせった声をあげる!

寄りかかっていた手すりが壊れたため、エルが川に転落しかけていたのだ!!

 

近くにいたトリーシャは慌ててエルの手を掴もうとしたが、

それよりも先に、アキトがエルの手を掴み、落ちかけていた身体を引き戻した。

 

それを見たトリーシャとカッセルは安堵の溜め息を吐く……が!

 

 

「我ニ触レルナ!下等生物ガ!!」

 

 

エルは、いや、エルの中にいる邪気を放つ何かが、アキトの腕を弾き飛ばすかの如く振り払った!!

アキトはそのエルの態度に何もいわず、トリーシャ達を庇う位置に移動すると、戦闘時のように目を鋭くさせる!

 

 

「後少シデ…封印ガ解ケル…ソノ為ニ、我ガ力ノ糧トナレ!!」

 

 

エルの右手に凄まじい魔力が集束し、十数個もの魔力球を形成する!!

魔力のないエルが魔術を使っていることに、トリーシャとカッセルは驚きに目を大きく見開く!!

 

 

「死シテソノ魂ヲ我ニ捧ゲヨ!!」

 

 

トリーシャ達に向かって魔力球を放つエル!!

 

しかし、その複数の魔力球はトリーシャ達にとどく前に、

蒼銀の光を纏わせたアキトの右腕の一振りによって尽く破壊された!!

 

 

「キサマッ!!」

 

 

エルの中にいる邪悪な存在は、邪魔をしたアキトに向かって邪気の衝撃波を放つ!!

それに対し、アキトも右腕を再び振り、蒼銀の衝撃波を放って相殺する!

 

その際に生じた衝撃波に、エルは思わず目を瞑る!!

その直後、胸のあたりに何かが押しつけられるのを感じた!

 

 

ッ!!」

 

 

アキトの掌底より放たれた氣が、エルの中にある邪気を霧散させる!!

 

いきなり邪気が消えた影響か、意識を失ったエルは前に倒れ、すぐ前にいたアキトに身体を預けた。

 

 

「エルさん!アキトさん、エルさんは!?」

「ああ、大丈夫だよ、トリーシャちゃん。気絶しているだけだから」

 

 

エルの様子を調べていたアキトが、トリーシャを安心させるように言った。

ただ、言葉とは裏腹に、アキトの微かに赤く染まった瞳は、厳しい目つきのままだった。

トリーシャの隣にいたカッセルも、エルを見る目つきがかなり険しかった。

 

 

「とにかく、エルさんをこのままにしておけませんし、マーシャルのところに送りましょう。

カッセルさん、すみませんがアリサさんのところには一人で……」

 

「いや、儂もついて行こう。エルの様子が気になるのでな」

「ボクも!エルさんが心配だし。それに、アキトさん、女の子の部屋に勝手に入る気?」

「それもそうだね。わかった。じゃぁ、行こう」

 

 

アキトはエルを背負うと、エルの居候先であるマーシャル武器店に向かって歩き始めた。

トリーシャとカッセルは、そんなアキトの後に付いていった。

 

 

 


 

 

 

「よっ…と」

 

 

マーシャル武器店の二階…エルが居候している部屋に着くと、

アキトはベッドの上にエルをそっとおろした。

 

 

「トリーシャちゃん、後は頼むよ」

「うん、任せて!」

 

 

寝ているエルの看護を男である自分がやるのは問題がある、と判断したアキトは、

後ろにいたトリーシャにエルのことを頼んだ。

 

こうなることを予想したからこそ、アキトはトリーシャの同行を認めたのだ。

 

 

「俺とカッセルさんは外にいるから、何かあったときはすぐに呼んでね」

「わかったよ、アキトさん」

 

 

トリーシャはそう言うと、エルの看護を始める。

それと同時に、アキトとカッセルは黙って部屋の外に出た。

 

そして、静かに扉を閉めると、少し離れた所へと移動した。

 

 

「アキトよ。御主、あの時エルに何をやった?」

 

「あれは『活剄』という氣功術の一種で、特殊な練氣法により、昇華した氣を放つ技です。

この昇華した氣『神氣神の如き氣』は攻撃ではなく活かす剄力・・・浄化の力を持った氣なんです。

その神氣を使い、エルさんから溢れ出ていた邪気を払いました」

 

 

このほかにも、『活剄』は使いようによっては邪気以外の不浄・・・毒の類をも浄化する事ができるが、

この場合は関係ないと判断し、アキトはあえて言わなかった。

 

 

「なるほどな・・・では、エルの中にいる存在は倒せなかったのか?」

 

「ええ、手応えはあまりありませんでした。それなりにダメージはあったでしょうが・・・

しかし、カッセルさん。その口振りだと、エルさんの中にいる存在の正体を知っていますね」

 

「う、うむ」

 

 

カッセルは少し言葉を濁すと、顔を歪めて悩み始める・・・

アキトは何も言うことなく、カッセルが喋り始めるのをじっと待っていた。

 

そして、決心がついたのか、それとも結論が出たのか、カッセルは再び口を開き、語り始めた。

 

 

「先程の邪竜の話は憶えておるな?」

「ええ。同族であるセイフォートと、英雄達の手によって倒されたんですよね?」

 

「うむ。だが、その話には、まだ続きがあってな……

邪竜は死する寸前に、自らに『転生の秘術』を施しておったのだ」

 

「……つまり、エルさんは邪竜の転生…だと言いたいわけですね」

「そうだ」

「間違いである可能性は?」

「残念ながら……先程、暴れていた際にエルの首元に浮かび上がった痣。それは邪竜の転生である証だ」

 

 

エルの首元の痣……それは、竜の形をしている痣であった。

それは、アキトも気がついていた。

 

 

「奴は封印がどうのと言っていましたが?」

 

「邪竜が己の魂に『転生の秘術』を施したと知ったセイフォートが、ギリギリで魂を封印した、と伝承にはある。

ゆえに、転生しようとも、邪竜は表に出ることが無かったのだろう。

しかし、幾度となく転生を繰り返したゆえか、封印に綻びが生じ、効力が弱まっているらしいな」

 

セイフォートが邪竜の魂を消滅させなかったのは、かつての同胞ゆえか。

それとも、できなかった理由があったのか。真相は闇の中である。

 

(まるで、前の世界の魔王ルビーアイ・シャブラニグドゥみたいだな……)

 

アキトが前にいた世界の魔王の事を思い出しつつ、苦々しい表情をした。

理由は差異あれ、状況はよく似ているからだ。

 

しかし、アキトにとってはそんな事はどうでも良く、考えるべき事はただ一つ。

今、エルに起こりつつある異変をどうにかすることだけだった。

 

 

「どうにかできませんか?」

 

「封印するしかないだろうな。それも、覚醒する寸前で……

今、封印などすれば、奥底にある邪竜ではなく身体の主であるエルの魂が封印されるだろう。

あくまで、邪竜はエル自身ではなく、その魂に付属するような寄生体に近いのだからな」

 

 

そう言うと、カッセルは悲しげな顔をしながら溜め息を吐く。

その表情には、エルに対するものであろう、憐憫の情が含まれていた。

 

 

「一つ、言っておきたいことがある。いや、言わなければならないこと、だな。

約二百五十年前、一匹の邪竜の封印が解けた。その際の被害は国が三つ。

その時代の勇者達が倒したそうだが、その後の方がもっと凄惨だった。

邪竜の転生体に現れる痣、それを持つ者達を、全世界の人間、そしてエルフ達が殺していったのだ。

無論、その中に邪竜の転生体はいたのやも知れぬ。

しかし、その殆どがただそう見えただけの痣をもつ者達ばかりじゃった」

 

「………」

 

「その行為が正しいことだとは、無論言わん。

だが、その方法だけが、邪竜復活を阻止する確実な方法なのだろう。

なにせ、人より魔導が長けているエルフですら、殺すという方法を選んだのだからな」

 

「だから、エルを見殺しにしろと?」

 

 

アキトが無表情のまま、ポツリ…と、冷たい声音で呟く。

 

 

「儂をみくびるでない!」

 

 

常人なら凍えそうな殺気と声音に対し、カッセルは怒りを含ませた声を返す!

その事に気がついたアキトは、

 

 

「すみません……」

 

 

という、短い謝罪と共に、軽く頭を下げた。

カッセルとて、エルを見殺しにして平穏を得ようと思うほど、腐ってはいないということだ。

 

 

「儂はこれから、文献などから何らかの解決方法がないか調べてみるつもりだ。

それと同時に、今現在の情報も集めてみる。それが、儂のできる最大限のことだ」

 

「そうですか…なら俺は」

 

「御主は今まで通りにするのが一番良い。

おそらく、エルが最近見るという悪夢は、邪竜の仕業に間違いない。

そうやってエルの精神を衰弱させ、今回のように身体を支配するつもりなのだろう。

もし、そうなれば最後……他の生物の命を糧にして力を溜め、一気に封印を破ってしまう。

そうならないためにも、御主は今まで通りエルと接し、労ってやるのが一番だ」

 

「わかりました。でも念のため、時折『活剄』を使って体内を浄化した方がいいでしょうね」

「それの判断は御主に任せる。くれぐれも頼んだぞ」

 

 

それだけいうと、カッセルは家路へと着いた。

先程の言葉通り、エルを助ける手だてを探すのだろう。

 

 

(カッセルさんはああ言ったが、俺も邪竜を倒す手段を探すべきだな。封印は最後の手だ。

できる限り、今後の憂いを絶つ。それがエルさんのためだ)

 

 

アキトは今後の方針を考えつつ、エルの部屋へと向かった。

 

 

「アキトさん。あれ?カッセルさんは?」

「カッセルさんは先に帰ったよ。用事を思い出したらしくてね。エルさんは?」

 

「うん。まだ目を覚まさないけど、ぐっすり眠っているみたい。

エルさんもいってたけど、最近寝不足みたいだったし……」

 

「魘されてないのなら良いよ。安心して眠っているのなら、起こす必要はないし」

「そうだね」

 

 

トリーシャはそう言いながらアキトに笑顔を見せると、エルに顔を向けた。

 

 

「ねぇ、アキトさん……さっきのエルさんはどうしちゃったのかな?」

 

 

エルを見たまま、背後にいるアキトに問いかけるトリーシャ。

アキトから見えるのはトリーシャの背中だけで、その表情までは見ることはできない。

だが、見るまでもなく、トリーシャが不安と心配を織り交ぜた顔をしているのが予想できた。

 

 

「さっき、カッセルさんとその事で話し合ったんだけど、

おそらく、エルさんにかなり高位の邪霊が取り付いたんじゃないかって結論になったんだ」

 

 

アキトはあえて真実を言うことなく、その場で考えた嘘を話し始める。

皆がエルの中にいる邪竜を知るには、まだ早すぎると判断したからだ。

 

 

「エルさんに邪霊が!?じゃぁ、エルさんは大丈夫なの!?」

「今は大丈夫だよ。俺が氣功術で浄化したからね」

「そうなんだ……良かった」

 

 

安堵したようにホッと息を吐くトリーシャを微笑ましく見るアキト。

だが、すぐさま表情を引き締めると、再び口を開いた。

 

 

「でも、完全に安心するのは早いんだ」

「えっ!?どういうことなの?」

 

「エルさんは元々、霊を引き寄せやすい体質なんだって、カッセルさんが言ってたんだ。

今までは、今まで強い意志力ではね除けていたんだけど、最近の悪夢で、だいぶ参っていたようだからね。

意志が弱くなっていたところに、邪霊が取り憑いてしまったんだ。

だから、もしかしたらこれからも、こんな事があるかもしれないんだ」

 

「そんな!」

 

「だから、トリーシャちゃんには、エルさんの様子に気をつけてほしいんだ。

俺も気をつけるけど、やっぱり、同じ女の子同士、トリーシャちゃんの方が気がつきやすいだろうからね」

 

「うん。でも、それだったらみんなにも報せた方が……」

 

 

トリーシャの正論に、アキトは静かに首を横にふった。

 

 

「その方がいいんだけどね。まだみんなが知るには早すぎるんだ。

みんながその事を知れば、エルさんに対する態度がよそよそしくなるかもしれない。

そんな事されれば、誰だってストレスを感じて、気を弱らせるからね。それじゃぁ、逆効果なんだ」

 

「そうだね」

 

 

トリーシャはアキトの説得に一応納得する。

この説得は、単純に嘘をつく訳ではなく、邪竜を皆に教えない理由でもあった。

 

エルの意志力が弱まれば、それだけ邪竜の復活が早くなるからだ。

それは最低でも、エルを助け出す手段を見つけるまで延ばさなければならない。

 

 

「エルさんのことに関しては、カッセルさんが解決策を調べているから、

それが見つかるまでは、何かと気をつけてほしい。

トリーシャちゃんには色々と頼んでいるけど……頼むよ」

 

「うん、任せて!ボク、アキトさんが頼ってくれているだけで、結構嬉しいよ」

「そういってくれると、俺も嬉しいよ」

 

 

アキトとトリーシャは微笑み会った後、揃ってエルを見た。

 

 

トリーシャは、エルの力になってみせる!と、考えながら……

アキトは、絶対に邪竜の存在から助け出す!と思いながら……

 

 

 

(第二十四話に続く………)

 

 

 

 

―――――あとがき―――――

 

 

どうも、ケインです。

五月の半ばに退院はしていたんですけど、様々な諸事情により投稿が遅れました。

大きな理由は、半年ぶりの仕事に身体が慣れず、ばてていたことです。

体を使う仕事ですからね。腰をかばって動き、足が筋肉痛になったり……

 

まぁ、そういうことなんで、これからはちゃんと投稿できるように頑張りたいです。

 

 

それはさておき…今回はエルの話でした。

久々にシリアス…というか、ちょこちょこと裏話がでていた話です。

 

途中、カッセルの話にあった、そして紅月が出た際、司狼に対して言っていた『神代』という名字も…

これに関しては、次回の話で全貌が明らかになり、いきなり決着します。

トリーシャの誘拐騒ぎの時に司狼が言っていた『厄介事』のことです。

ですので、話の始まり、戦闘、そして結末と続きますので、話が少し長くなっております。

七割以上が戦闘シーンなんですけどね…殺伐とした関係です。

 

別に読み飛ばしても、話の流れには直接関係はありませんので、

長い戦闘シーンが嫌だ…と言う方は読まないことをお勧めします。

 

 

それでは…次回の投稿は二週間後、『白夜』になる予定です。

よろしければ読んでやってくださいませ…では!

 

 

 

代理人の感想

退院おめでとうございます。くれぐれもお大事に。

 

さて、毎度のことなんですがちょっと表現が大袈裟すぎますね。

大袈裟な表現というのはそう何度も何度も使うものじゃないと思うんですよ。

スパイスだらけの料理みたいなもんで、舌が馬鹿になってしまいます。

普段はあっさり、肝となる部分ではコテコテに。

ベタではありますが、これこそが基本だと思います。