ショート邸マリアの家に向かって、連なる民家の屋根の上を疾走するアキト。

しかし、後半分まで来た所で、連なっていた民家が途切れているのを見て、内心で舌打ちした。

 

 

(しまった…これ以上は屋根伝いで行けないか…

仕方がない。いったん下りて、一気にマリアちゃんの家まで駆け抜けるか!)

 

 

そう考えたアキトは、いったん道に下りると、脚に力を篭めて一気に走り出す。

 

―――――予定だったのだが、

 

 

「あれ?アキトじゃない」

「アキト様?」

「ビックリした…どうしたの?アキト君」

 

「パティちゃん達!どうして此処に!?」

 

 

いきなり前からかけられた声に、そのタイミングを逃してしまった。

そう、アキトの目の前にはパティ、クレア、シーラの三人が立っていたのだ。

 

 

(そうか!今日は三人に、薬草の採取を任せたんだ!)

 

 

自分の右手方向にある建物…クラウド医院を横目で見ながら、アキトはしまった!という顔をする。

 

そう、パティ達はトーヤの依頼である、森や雷鳴山に生えてある薬草の採取を担当していたのだ。

今はその依頼を終えた直後、偶然にもアキトと出会ってしまったのだ。

 

 

(今日は厄日か!!)

 

 

心の中で絶叫したアキトは、騒動を回避すべく、一刻もその場から離れようと走り出す。

 

―――――が!

 

 

「恋人の私を放っておいて、何処に行くのよ」

「アキト様?妻であるわたくしを無視しないでください」

「アキト君…私を捨てないで!」

 

 

頬を赤く染めたパティ達に、行く手を遮られる!

これがアレフ達だったら、問答無用でまた吹き飛ばしているところだが、今度はそうもいかない。

 

 

「いや、ちょっと待って!三人とも落ち着いて俺の話を……」

「言い訳なんて聞きたくないわ!さぁ、さっさとさくら亭に戻って、二人で店を繁盛させましょう!」

 

 

言葉通り、さくら亭に二人で行くつもりなのか、近寄ってアキトの手を取ろうとするパティ。

下手をすれば、役所に婚姻届でも出しに行きかねないほどの勢いだ。

 

しかし!その手がアキトの手を掴む前に、二人の間に割り込む者がこの場にはいる。

 

 

「何を仰るのです、パティ様!!アキト様はわたくしの旦那様!勝手なことを言わないで下さいまし!」

 

「クレアこそ何勝手なこと言ってんのよ!

アキトは、私と一緒に店を繁盛させて、幸せいっぱいの夫婦になるんだから!!」

 

「いいえ、違います!アキト様はわたくしと共に居るんです!!

そして、郊外にある小さな丘の白い一軒家に、慎ましくも朗らかに、

笑顔の絶えることのない、幸福に満ち溢れた生活を作るんです!

もちろん、子供も沢山います!男の子が一人に、女の子が二人。もちろん男の子はアキト様似で……」

 

 

真っ赤に染まった頬を片手でそっとおさえながら、ウットリと妄想(暴走?)するクレア。

 

 

「そんな事、許す訳ないでしょうが!!」

「パティ様の許しなど必要有りません!これはわたくしとアキト様、二人だけの問題です!!」

 

「だから!そんな事許さないっていってるでしょうが!!」

 

 

腰の後ろ側に備えていた短棍を手に取り、一振りして棍へと変化させるパティ。

 

 

「正々堂々とお受けいたします!!」

 

 

自分に向かって構えをとるパティに、クレアも持っていた長刀なぎなたを構える。

 

そして、二人の集中力、そして闘気が高まった―――――次の瞬間!

 

パティの棍の表面に金色の幾何学模様が走り、そこから青白い炎のような光が発生する!

クレアの長刀なぎなたも、白銀から純白へと染まり、刀身周囲の空間を重力によって歪ませる!!

 

 

(やっぱり、クレアちゃんの長刀なぎなたにも、白虎の残滓があって、結晶化していたのか…

それにしても、パティちゃんも『氣』の使い方が上手くなったな。力の調整がきちんとできている)

 

 

二人の武器が放つ力を、アキトは感心しながら見ていた。

 

クレアの持つ武器は、先のアレフと同様、『神代 瑞穂』が持っていた武器『白虎』。

白虎自身はもう居ないものの、その残滓が結晶化し、持ち手の魔力や精神力を糧に力を発揮していた。

 

そして、パティの煌覇棍こうはこん(パティ&アキト命名)…これは未だに由来どころか材質さえ不明な謎の武器。

唯一わかっているのは、持ち手の氣や体力を喰らい、破壊力青白い炎のような光に転化するという能力のみ。

 

約一ヶ月前、偶然にもこの力を発揮したパティはアキトと相談し、この棍の能力を調べたのだ。

そして、能力がわかると、今度は氣の操り方を学び、力のコントロールを訓練した。

やはりというべきか、一朝一夕に事が進むはずなく、

先月中ずっと、パティはアキトに付きっきりで師事することとなった。

〈その礼が、この間の司狼との一件の際の買い物だったりする〉

 

 

「あの長刀なぎなたにしろ棍にしろ、扱い方を間違えたらかなり危険だけど…二人なら大丈夫か。

―――――って、そんな事考えてる場合じゃない!」

 

 

半ば現実逃避していた思考を元に戻すと、対峙している二人の間に割って入ろうと…したが、

それよりも先に、アキトは背後から抱きしめられ、動きを止めた!

 

慌てて振り払おうとするアキト!しかし……

 

 

「行かないで、アキト君…」

 

 

今にも泣きそうな声で懇願するシーラに、その動きを止めてしまった。

 

 

「あ、あのね、シーラちゃん。今、ちょっっっと忙しいんだけど…手、放してくれないかな?」

「嫌…アキト君が、私を置いていかないって言ってくれるまで」

 

「置いて行くって…俺は別に、何処かに行く予定は…」

「そういうのじゃない…アキト君、何時かこの街から出て行くつもりなんでしょ?」

「そ、それは…」

 

「責めているわけじゃないの。アキト君には、アキト君の事情があるってことぐらい、私だって解るわ。

だから、私は強くなりたい…闘う事じゃない、自分だけの強さを身に付けたいの。

恋人となんかじゃなくても良い…贅沢はいわない。私はただ、貴方の傍にいたいの……」

 

「シーラちゃん…」

 

「だから……」

 

「何してんのよ!あんた達!!」
「お二人とも!何をなさっているのですか!!」

 

 

何かの拍子に気がついたのか、パティとクレアは目を怒らせてアキト達に武器を向ける!

正確には、シーラに武器を向けて……

 

 

「この浮気者!シーラと何時までくっついてんのよ!!」

「アキト様!私というものがありながらなんて事を!」

 

 

………どうやら、アキトに向けて武器を構えているらしい。

愛しさ余って憎さ百倍といった所か、先程よりも闘気が強くなっている。

それに応じて、それぞれの武器に纏う力も、格段に威力が跳ね上がっていた。

 

 

「いや、ちょっと待って!これは誤解というかなんというか……」

 

 

二人の眼光に気圧されたのか、言葉が尻窄みになって行くアキト。

最後の方は、ごにょごにょと、背中に張り付いたままのシーラでさえ聞き取れないほど小さかった。

 

それに対しての返答は、見事に一致していた。それは―――――

 

 

「「問答無用!!」」

 

 

それぞれの武器を振り上げながらアキトに跳びかかる二人。

それを見たアキトは、ハァ…と軽く溜め息を吐きながら、二人に向かって右腕を突き出した。

 

 

「やっぱりこうなると思った。二人とも、後で説教だからね。

(興奮状態の人間には効果がない可能性があるらしいが…効いてくれよ!)

我 汝に休息を与え 一時ひとときの安らぎに誘わん・・・眠りスリーピング!!

 

 

アキトの魔術により、パティとクレアは強制的に眠らされてしまう。

崩れ落ちるように倒れそうになったが、寸前でアキトが抱き抱えたため、倒れることはない。

 

持ち手が意識を失ったせいか、力を失ったそれぞれの武器が、乾いた音をたてながら大地に転がった。

 

 

「まったく。この武器、つっこみに使用するにはちょっと強すぎるんだけどね…」

 

 

地面の上に横たわっている棍と長刀なぎなたを見ながら、アキトは苦笑混じりに呟いた。

無論、背中にシーラを張り付かせたまま…

 

アキトは抱えている二人を見ると、どうしようかと悩む…

眠らせるというのは最善の手だと思っていたが、後のことを考えるとあまり良い考えではないと気がついたのだ。

 

このまま抱えているわけにもいかず、さりとて、路地裏に転がしおくわけにもいかない。

かといって、起こしてしまうと、先程の二の舞になってしまう。

これがアレフなどの男性陣なら、路地裏でも軒先に吊しておいてもかまわないのだが…

 

そこまでアキトが考えたとき、右手方向から見知った気配を感じると共に、静かな声をかけられた。

 

 

「さっきから何を騒いでいる。ここは病院なんだ、痴話喧嘩なら余所でやってくれ」

「すみません、トーヤ先生…そうだ、三つほど、ベッドは空いていますか?」

「一応、空いていることには空いている。緊急用なのだが…まあ良い。今日は空きが多いからな」

「本当にすみません、感謝します」

 

 

アキトはそういうとクラウド医院に入り、パティとクレアを空いているベッドに寝かせた。

そして、ついでに背中に張り付いたままだったシーラにも眠りスリーピングをかけ、眠らせてもう一つのベッドに寝かせた。

ついでに、拾っておいた武器も、それぞれの傍に立てかけておく…

 

 

「さてと、これでよし…―――――ッ!!」

 

 

シーラを寝かせた―――――その時!

背後から異様な気配を感じたアキトは、瞬時に後ろに振り返った!

 

するとそこには、サッと右手を後ろに回したトーヤの姿があった。

不自然な態度…というか、思いっきり挙動不審である。

 

アキトはジト〜っとした目でトーヤを見ながら、後ろに回された右手を指差した。

 

 

「トーヤ先生、その右手に持っている物で、一体何をするつもりですか?」

「さて?私にはその質問自体、さっぱり意味が解らないのだが?」

「具体的にいえば、右手に持っている注射器の使用方法を聞きたいのですが?」

 

「フッ…ばれていたのでは仕方あるまい。さぁ、素直に注射されるんだ!

そして、二人で禁断の世界に踏み入ろうではないか!!」

 

「お断りします!!」

 

 

アキトは身をひるがえすと、近くにあった窓から跳びだした。

背後から聞こえる、逃げると解剖しちゃうぞ!と言う声は、意図的に無視している。

 

 

「クソッ!今日は厄日だ!!」

 

 

素早く翔封界レイ・ウィングを発動させ、ショート邸マリアの家まで一直線に飛ぶアキト。

道に下りずに最初からこうすればよかった!と、自分の考えの無さに怒りつつ、高速で飛翔する。

 

その甲斐あってか、一分もしないうちにショート邸マリアの家の敷地内に入ることが出来た。

 

 

(確か、マリアちゃんの部屋は…いや、魔術の実験室はあそこだ!)

 

 

数多くある部屋の窓から目的の部屋を見つけたアキトは、一直線にそこへ飛翔する!

そして、部屋に入る寸前で術を解除し、勢いそのまま部屋の中へと飛び込んだ!!

 

 

「マリアちゃん!」

「ど、どうしたのアキト!?」

 

 

いきなり飛び込んできたアキトに驚いたのか、

一つしかない机に向かい、熱心に本を読んでいたマリアは、その体勢のままアキトの方を見る。

 

 

「質問は後!俺に飲ませたポーションの作り方を書いた本は!」

「え?そ、それは……」

「素直に教えないと、もう二度と魔法の練習にはつきあわないよ」

「御免なさい、これです」

 

 

二度と練習にはつきあわない!という言葉が効いたのか、読んでいた本を差し出すマリア。

アキトは、すぐさまその本を手にと…ろうとしたが、寸前でマリアが本を守るようにかかえる!

 

 

「マリアちゃん!それを渡すんだ!」

「やだ!これはアキトにあげるの」

「……俺に、くれるの?」

「うん」

「だったら…」

「ただし、私も一緒にもらって!」

 

 

マリアのとんでもない一言に思わずこけるアキト。

すでに影響がでていたのか!と心の中で叫びつつ、ガバッと起き上がる。

 

 

「一体どこでそんな事を覚えたんだ!!」

「アレフがいってた。男の人はこうされると喜ぶって」

 

「あ・い・つ・は!!」

 

 

思いっきり頭を掻きむしりたい衝動を堪えつつ、アキトは本日三度目となる魔術の詠唱を素早くすませる。

 

 

「悪いけど、暫く寝てて―――――眠りスリーピングッ!」

「はうっ!」

 

 

前日の徹夜があったためか、マリアは一声うめくとあっさり眠りについた。

そしてアキトはマリアを近くのソファーに寝かせると、抱えていた本を引き抜いた。

 

 

「しまった…ポーションの事が書かれてあるページはどこかわからない」

 

 

いざ本を開こうとしたままの格好で固まるアキト。

マリアを起こして書かれてあるページを聞き出そうとも考えたのだが…その前に、挟んである栞が目に入った。

そのページを開いてみると、不自然なまでに開きやすくなっている。

 

つまり、このページはごく最近、しかも長い時間、開いたままで固定していたということになる。

 

 

「なるほど、このページだな。几帳面なマリアちゃんに感謝か?」

 

 

事の原因がマリアであるのに、感謝するなんて皮肉っぽいな…と考えつつ、苦笑するアキト。

そして、そこのページに書かれてあるポーションの名前を見て、驚きに目を見開いた!

 

 

「ラヴ・ポーション!?」

 

 

アキトは本を閉じて表紙を確かめると、そこにはこう書かれてあった。『恋のおまじない大全集』と・・・

 

 

「恋のおまじない…か」

 

 

『お呪い』と『呪い』…読み方も、うける印象も違うが、文字はまったく同じ。

つまりは、どのような程度であれ、相手の意思を無視して作用するのは、根本的には同じということか?

などとアキトは多少皮肉げに考えた。

それと同時に、こんな本格的なものをおまじないですませるなよ…と、半ば呆れてもいた。

 

 

「まぁいい、とりあえず読んでみよう。何々…まず、水を釜いっぱいに入れて沸騰させる。

そして、水晶花の葉っぱを…コウモリの羽根を入れる?トカゲの尻尾!?おいおい、そんなものまで……」

 

 

製造方法を読み進めていく内に、なんとなく吐き気を覚えるアキト。

飲んだポーションの中に、コウモリの羽根などが入っていたと知れば、誰だってそうなるだろう。

 

 

「で、効果は……その制作者を好きで好きでたまらなくさせる!?!まいったな……」

 

 

なんとなく…本当に薄々とだが、マリアの気持ちには気がついていた。

だが、こういうものを見てしまうと、他人の秘密にしている日記を盗み見てしまった様な、

もしくは、女の子の心の内を覗いてしまったという罪悪感を、アキトは感じていた。

 

 

「今は、その事を考えている暇はないな。この効果を消す方法は、やはり中和薬を作るしかないのか…ん?」

 

 

効果を消す方法を読んでいると、ある一箇所…

その中和剤の効果についての注意書きが目に入った。

 

 

「あくまで中和剤は、かけられた魔力の中和に用いるものです。体内に入った液体の中和ではありません。

相手の気分が悪くなった場合は、液体自身が問題の可能性があります。その場合は病院などで……なるほど。

つまり、こめられた魔力を中和することが出来れば良いってことだな。

となると、中和剤じゃなくても、術で魔力を中和すればいいわけだ」

 

 

本来なら、本通りに中和剤を作って、体内の魔力を中和すればいい。

しかし、その中和剤を作るには四半日…約六時間も必要と書いている。

その上、ポーションの効果は作り手の魔力次第とも書いていた。

 

 

「マリアちゃんの魔力次第か…下手をすれば一ヶ月や二ヶ月は続きそうだな・・・」

 

 

マリアの魔力、魔力許容量キャパシティはずば抜けている。アキトの見た限り、エンフィールドで一、二を争うほど。

そして、最近はアキトとの魔術の練習のおかげで、術の腕前はどんどん上がっていた。

使い慣れた魔術ルーン・バレットなどの制御は完璧に近く、今では文句無しで、仲間内最強の魔術師である。

 

しかし惜しいかな、新しい使ったことのない魔術の使用となると、本来のいい加減さが目立ち、失敗が多い。

今回も、その例にもれず途中で失敗し、変な効果をもつポーションを作ってしまったのだろうと、アキトは予測した。

 

 

「確か、白魔術で魔力を中和するような術があったな。

俺に使えるかどうかはともかく、まずはそれを調べてみるか。

中和剤はそれが使えない場合だな。いざとなれば、森の中ででも作ればいいし」

 

 

アキトは中和剤の作り方を近くの適当な紙に書き写すと、本を机の上に置き、再び窓から外へと出た。

そして、翔封界レイ・ウィングで近くの民家まで移動すると、また先程と同じく屋根の上を走り、ジョートショップに向かった。

 

店につくと万が一の事を考え、正面からではなく、自分の部屋の窓から入る。

そして、荷物の中にあった魔術書を手にとり、目当ての魔術を探し始める。

 

 

「えっと…あった。崩魔陣フロウ・ブレイクか。白魔術の中でもかなり高位だな。俺に使えるか?」

 

 

さして大きくない自分の魔力許容量キャパシティに不安を感じつつ、崩魔陣フロウ・ブレイクの構成について読み始める。

 

―――――寸前!部屋の扉が開き、人が入ってきた。

アキトはギョッと驚き、扉の方向を振り向くと、そこには一人の女性と、お供の犬?がいた。

 

 

「ア、アリサさん!どうして俺の部屋に!?」

「どうしてって…シーツを洗うから交換するって今朝言ったでしょ?」

「しまった〜、そういえばそうだった!」

 

 

その場にしゃがみ、思いっきり頭をかかえるアキト。

自分の不注意で、今一番会いたくない人に会ってしまった事に、自己嫌悪におちいっているのだ。

 

 

「それよりもアキト君。帰ってきたのなら教えてくれたらよかったのに…」

「えぇ、まぁ…ちょっとした事情がありまして」

 

 

苦笑いの表情で口を濁すアキト。頭の中では脱出するタイミングをはかっている。

 

―――――その時。

 

 

「アキトさん、愛してるッス〜〜」

「ていっ」

 

 

いきなり跳びかかってきたテディをにべもなくはたき落とすアキト。

どうやら、生物学上で男に分類される存在には、手加減をするつもりがないらしい。

 

 

「(早く逃げなければ!)すみませんアリサさん、ちょっと出かけて…」

「ねぇ、アキト君」

「はい、なんでしょう」

 

 

ちょっと出かけると言って出ようとしたアキトだが、アリサに呼ばれて反射的に返事をしてしまう。

基本的に、アキトはアリサさんには逆らえないのだ。

 

 

「私、一人は寂しいの……」

 

 

艶っぽい声音と表情でアキトにしなだれかかるアリサ……

年上ではあるがまだ若く、未亡人のアリサにそんな雰囲気で迫られたら、男としては凄く困ってしまう状況だ。

これがアルベルトなら、否、正常な男なら即刻暴走状態に突入してもおかしくはない。

 

アキトとて、人より険しい人生を歩んでいるとはいえ普通の男。

暴走状態にならずとも、慌てふためくのが普通!

 

なのだが…アキトは逆に落ち着いた顔で、アリサの肩を掴み、優しく押し離した。

 

 

「アリサさん、一人だなんて言ったら、テディが泣きますよ。

それとアレフ達も…アリサさんとは家族だと思っていますよ。

俺も、アリサさんとは家族だと思っています。母親みたいにね。だから、安心して下さい」

 

 

そういうとアキトは、アリサの眼前に右手をかざし、眠りスリーピングをかけた。

その途端、眠ってしまったアリサをアキトはそのまま抱き抱え、自分のベッドに寝かせた。

 

アリサの言った言葉の意味合いをアキトは理解していた。理解していた故に、意味の違う答えを返したのだ。

アリサの、亡き夫に対する深い愛をなんとなく知っていたから…

下手な言葉を返して、その想いに触れたり汚したりすることだけは、決してやってはならないと思ったのだ。

 

 

「アリサさんにそこまで想われている旦那さんは幸せ者ですね…」

 

 

アキトはそう呟きながらグッスリと眠るアリサの顔を見た後、窓から外へと飛び出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

「この辺りが妥当だな…」

 

 

エンフィールドの片隅…ローズレイクの畔の一角に来たアキトは、手頃な岩の上に腰掛け、本を読み始める。

 

ローズレイクの畔といっても、街の方側…カッセル老の家がある場所とは反対側で、

そこに行くためには、街を一旦出るか、湖沿いにかなり歩かなければならない場所だった。

かなり辺鄙な場所で、はっきり言って人に出会うよりもモンスターと出会う可能性の方が高い。

もっとも、今のアキトにとってこれ以上ないほどくつろげる場所であった。

 

ちなみに、以前、フサの子供を助けた場所と、そう離れていない場所だったりする。

 

 

そのような場所のため、聞こえてくるのは風が奏でる葉の掠れる音と、近くの森の動物の鳴き声のみ。

程良い静寂に包まれながら、アキトは魔術を覚えることに集中した。

 

 

そして小一時間後……

 

覚えたい魔術の項目を隅々まで繰り返し読んだアキトは、フゥ…と、軽く溜息を吐きながら、空を見上げた。

 

 

(『崩魔陣フロウ・ブレイク』六紡星を正常なる力の流れを現す結界として描き、

その描かれた結界内の異常な魔力を打ち消し、不安定な存在を元に戻す魔術…か。

大体の魔術の原理と構成は理解したが、やはり問題なのは魔力と魔力許容量キャパシティか。

俺程度の力じゃ、中和するのは無理に近い…というか、無理だな。このままじゃ……)

 

 

アキトはなんとかしないと…と、考えながらもう一度読み返そうと本に視線を落とす。

と、そこで気がついた。最後の行が微妙に半端なことに。

それに気がついたアキトがページをめくってみると、

そこには、崩魔陣フロウ・ブレイクについての改良について、事細かに書かれてあった。

 

そしてその中には、今アキトがもっとも必要としている事が記されていた。

 

 

「こんな良い魔導書ものをくれたエルさんに感謝だな。今度会ったら、ちゃんとお礼しなくちゃ」

 

 

前の世界にいるエルネシアを思い出しながら、心の中で深く感謝するアキト。

エルネシアも、アキトに感謝されていると知れば、とても喜んだことだろう。

 

 

「本来の術より、影響範囲を狭めて効果を高める…か。

発動させる魔力や魔力許容量キャパシティも抑えられるとはな。よし、さっそく―――――

 

光と地と風の力よ 魔の呪文を今こそ破らん 崩魔陣フロウ・ブレイク

 

 

アキトの周囲に六つの光球が発生する。ちょうど、アキトを中心にして六紡星の頂点を形作っている。

大きさはせいぜい一メートル。本来のと比べると凄まじく効果範囲が狭い。

 

六つの光球は一瞬だけパッと光ると、すぐさま消え去った。

 

傍目から見ると、拍子抜けするほどあっさりしたものだった。

アキト自身、あまりのあっけなさと自分の放つ魔力波動がわからないため、

本当に魔力は中和されたのか?と、半信半疑ですらあった。

 

アキトは不安に思ったまま街に戻って皆に会ってみると、普通の反応しか返ってこず、ホッと一安心した。

 

 

 

そして、その日の晩…マリアの自室にて、アキトとマリアの二人が向かいあって座っていた。

 

 

「マリアちゃん…何か言うことは?」

「ご、御免なさい」

 

「………はぁ〜。まぁ、大した事なくすんだから、俺は何も言わないけどね。

でも、罰としてこれから一週間先、緊急時以外魔術の使用禁止」

 

「え〜!!」

 

「嫌そうな顔しても駄目。もし約束を破ったら、二度と魔法の練習につきあわないからね。

それに、ジョートショップへの出入りも禁止にするよ」

 

 

厳しい言葉に顔を真っ青にするマリア。アキトがこういった以上、それは絶対だと知っているからだ。

マリアにとって、下手なお仕置きより、そういった約束の方がはるかに効果的であった。

 

 

「それと、アレフを始め、薬で影響があった人に謝るように。

みんな記憶があるらしいからね。怒られるのも覚悟しておくんだよ」

 

「そんなぁ…マリア、怒られるのなんて嫌だよぉ」

「文句言わない。俺も一緒にいってあげるから」

「う〜〜〜…わかった」

「うん、良い子だ」

 

 

頭を撫でるアキトに、顔を真っ赤にしてうつむくマリア。

 

 

その後、一緒に謝りに行った際、本心の延長上でしかなかったパティ達はともかく、

あんな醜態をさらしたアルベルトやアレフは、

思い出すのも嫌だと言わんばかりに顔を顰めながら、マリアに文句を言っていた。

 

マリアも二度と危ないポーションは作らないと約束して許してもらっていた。

もっとも、アキトの、

 

『今度あんなもの作ったら、二度とマリアを信用できなくなる』

 

との一言が一番効いたのだろうが……

 

 

とにかく、これにて『惚れ薬』ならぬ『惚れられ薬』事件は一応、終わった。

 

アキトの心に、慕ってくれる少女達の気持ちに対する戸惑いを残しつつ……

 

元の世界でも、前の世界でも……明確な答えを示すことが出来なかったアキトが、

少女達の気持ちをどう受け止め、対処するかはわからない。

 

だが、少女達にとっては、アキトに対して小さな…そして確実な一歩となった事件だったのかもしれない。

 

 

 

(二十六話に続く)

 

 

―――――あとがき―――――

 

どうも、ケインです。

今回はマリアのイベント『ラブ☆ポーション』でした。

 

書き始めた当初からこれは外せない!と考えていたイベントです。

結構楽しみながらかけました。久々に……

まぁ、内容に関しては賛否両論、自分だったらああしてこうして…と考える人も多いでしょう。

私も色々と考えていたのですけど、書きすぎると大きくなるので色々と削りました。

 

 

さて、次回は――――私の作品ではかなり出番が少ない(いっそ無いといった方がいいかも)少年のイベントです。

これにより、アキトと仲間…そして街の住民達の関係が微妙に変わり始めます。

 

 

それでは…次回、二十六話『満月…森の申し子』で会いましょう…ケインでした。

 

 

 

 

代理人の感想

・・・・・・・まぁ、ドタバタでしたな(苦笑)。

しかしなんつーか。

笑うに笑えない状況だ。(汗)