「これは一体どうしたというのだ」

 

 

壮年の男の声にアレフが振り向くと、そこには第一部隊を引き連れたリカルドの姿があった。

そのすぐ横には、ハルバードを持ったアルベルトが、空中で繰り広げる金と蒼銀の軌跡を凝視していた。

 

もう来たのか……と、舌打ちするアレフ。

そんなアレフの気持ちに気づいているのかいないのか、

リカルドは森の上を駆け回る蒼銀と金に視線を固定したまま、アレフに声をかける。

 

 

「あそこで闘っているのはアキト君と人狼だね、アレフくん」

「……ああ」

 

 

アレフはリカルドの言葉に少し躊躇しながらも肯定する。

 

やり手であるリカルド相手に隠しきれるはずはない。

ならば、必要最低限な事だけを口にして、後はなんとか誤魔化すしかない…と、判断したのだ。

だが、そんなアレフの思惑とは裏腹に、リカルドは『そうか』とだけ言うと、視線を下に…公安に向けた。

しかし、この人物が黙ってすごすわけはなかった。

 

 

「何ぃ!?あれがテンカワだと!?どっちだ、アレフ」

「あの蒼い方がそうだ」

 

 

アレフの代わりに答えるリカルド。どうやら、リカルドには見えているらしい。

アルベルトはすぐさま蒼銀の光を目で追い、本当だ…と、呟いた。

しかし、完全に見えるというわけでもなく、微かに見える。といった感じのようだ。

 

 

「おいアレフ、あの光は何なんだ! 普通じゃねぇぞ、あの速さスピードは!」

「あれは…アキトの特殊能力というか…」

 

「相手は人狼っていう化け物だから納得できる…

だったら、それに対等なあいつも「アルベ「アル!!」

 

 

アルベルトの言葉を遮ろうとしたアレフを、更にリカルドの声が遮った!

アルベルトを含めた全員は、大声を上げたリカルドに集中する。

 

 

「あれぐらいなら、わたしも風の精霊魔法シルフィード・フェザーを使えば可能だ。むしろ、あれ以上にな。

何も知ろうとしないで相手を否定するな。それは街の住民に公平たるべき自警団にあるまじき行為だぞ」

 

「す、すみません、隊長」

 

 

アキトは街の住民ではないのだが、反論はせずに素直に頭を下げるアルベルト。

リカルドも気がついていたのかも知れない。

アキトの実力と、それを隠している理由を…同じ、人並み外れた実力をもつ者として。

 

 

「反省しているのならいい。それよりも、早く戦闘態勢を整えるんだ。

我々は人狼が街へ侵入しようとした場合にのみ、迎撃を行う」

 

「しかし隊長!それでは……」

 

「今回、我々の目的は人狼の存在の確認、及び街への侵入を防ぐことだ。

真っ向から闘うのであれば、今の我々の装備では貧弱すぎる」

 

 

リカルドは人狼への手出しをしないように言い聞かせながら、街を護るように隊列を展開させる。

 

本来なら、自警団リカルド達も公安と同じく、人狼を倒すべく動かなければならないのだが、

あえてリカルドは、今回だけは人狼の確認と街への侵入を防ぐことを優先させた。

 

理由は、アキトに頼まれたのと、隊員、及び街の安全を第一を考えてのことだった。

 

 

「闘わせて下さい、隊長!全員でかかれば、人狼如き倒せます!」

 

「確かに、私とアルが先頭で闘い、皆がサポートに回れば、倒せる可能性はある。

だが、この場にいる半数は死んでしまう。それでも良いと言うのか?」

 

「そ、それは……」

 

 

アルベルトとて、街の住民を護るため、その為に人狼を倒す。

その事に命を賭けるつもりはある。

だがしかし、この場にいる半数が死ぬ。そう聞かされてもなお、闘う!と言うことは出来ない。

 

 

「な、なら、少々屈辱ですが、テンカワあいつと一緒に闘えば!」

 

「いいや、我々が下手に手をだせば逆効果だろう。

そもそも、アキト君が今闘こんな状況になっているのは、公安の者達がいらぬちょっかいをかけたからではないのか?」

 

 

リカルドの言葉に、問いかけられたアレフは素直に頷いた。

 

 

「人狼が姿を現した途端、公安こいつらが発砲してな。それに怒って攻撃してきたんだ。

それを、アキトが止めて、人狼も公安からアキトを標的に変えたらしくて……」

 

「なるほど。野生の勘が、その場で一番の強敵を察したというわけか」

「悔しいですけど、テンカワやつは強いですからね」

 

 

本当に悔しそうな顔で呟きながら、金と蒼銀の空中戦を見ているアルベルト。

 

 

―――――その時!

二つの影が空中でぶつかり合った直後、蒼銀の光がアレフ達の目の前に落下した!!

 

 

 

 


 

 

 

 

時は少し遡り……

 

(リカルドさん達が来たのか、黙って見ていてくれればいいが……)

 

アキトはリカルドが第一部隊と思わしき人数を引き連れて、この場に来たことを氣で感じていた。

無論、その間も人狼への注意は微塵もそらしていない。

 

しかし、周囲の氣などを把握できる程度の余裕はあった。

 

 

(―――――のパワー速さスピードは凄い。同時に、動体視力や反射神経も…正直、ここまでとは思ってなかった。

だが、闘い方がデタラメだ。これじゃあ技も何もない、ただ手足を振り回している子供のようなものだ)

 

 

最初の数手こそ、人狼の驚異的な身体能力に驚かされていたアキトだが、

今では人狼の攻撃パターンを読み切り、余裕をもって攻撃を避けたり受け流していた。

 

しかし、時が経つにつれ、アキトと人狼が攻防を繰り返す内に、その余裕も次第に失われていった。

 

攻撃を繰り返すたびに、人狼の動きが徐々に洗練されていくのだ!

いや、洗練というのは大げさかも知れないが、とにかく、動きから無駄が無くなっているのだ。

 

 

(滅茶苦茶だった攻撃が、徐々に無駄の少ない動きになっている?

記憶があるのか?それとも、体が憶えている動きを、単純になぞっているだけなのか?)

 

 

人狼の動きなどを見ながらそう考えるアキト。

 

そんなアキトに向かって、人狼は右拳を繰り出すが、

アキトは受け流すと同時に腕を掴み、勢いを殺さないまま投げ飛ばした!!

 

投げ飛ばされた人狼は木に激突―――――する前に空中で体勢を整え、逆に木を蹴って再びアキトに迫る!!

 

 

「良い反応をする!!」

 

 

アキトの口から思わず称賛の声が出る!

そして、人狼が繰り出した右の拳を避け……ようとしたが、避けるまでもなく空振りした!

 

(フェイント!?)

 

予想を裏切る行動に驚き、一瞬だけ動きが止まるアキト!!

 

その一瞬の隙をつき、人狼は腕を振るった勢いを利用して身体を一回転させ、

アキトに振り下ろし気味の回し蹴りを叩き込んだ!!

 

 

「―――――ッ!!」

 

 

その回し蹴りを左腕で防御するアキト。

しかし、空中ではその勢いまでは殺せず、大地に向かって叩き落とされる!

 

 

「クソッ!!」

 

 

先程の人狼と同じく、空中で体勢を調え着地するアキト!

その際、足元の大地が小さくへこむが、アキトにはなんのダメージもない。

 

(凄いのは身体能力だけかと思ったが、平行感覚とかも半端じゃないな)

 

人狼の戦闘力に舌を巻くアキト。まさかここまで強いとは思ってもなかったのだ。

アキトは今だ衝撃の抜けきらない左腕の痛みを感じながら、どうするべきかと悩み始める。

 

 

(さて…あの戦闘センスは厄介だな。これ以上、経験を積ませると本気で相手をしなくちゃならなくなる。

そうなったら本末転倒だ。何とかして満月が沈む夜が明けるまでの時間稼ぎをしないと……)

 

「大丈夫かね?アキト君」

「ええ、大丈夫です、リカルドさん」

「それはなによりだ。それで、何か手はあるのかね?」

「そうですね、とりあえず……」

 

 

一本の大きな木の頂上に目を向けるアキト。

続いて、リカルド達も目を向けると……そこには、細い枝に乗ってこちらを見ている人狼がいた。

 

しかも人狼は、アキトに一矢報いたのが嬉しいのか、子供みたいに両手を叩きながらはしゃいでいた。

そこには、戦い始めた当初の殺気と怒気を撒き散らしながら襲いかかってきた面影はどこにもない。

子供がいつもは勝てない大人に一矢報いて無邪気に喜んでいる―――――といった風情だった。

 

それを確認したアキトは、苦笑いの表情で、昂気を使って更に身体能力を上げた。

 

 

「相手の興味は俺に向いたみたいですから、闘わずに逃げ回ります。すみませんが……」

「うむ、事後処理は任せておいてくれたまえ。できる限りのことはしておこう」

「頼みます。では!」

 

 

蒼い残像と銀光の粒子を残して消えるアキト。

少なくとも、アルベルトとアレフ、そしてその場にいた全員にはそう見えた。

 

例外は、その軌跡をかろうじて視界におさめたリカルドと、アキトを追って姿を消した人狼ぐらいだろう。

 

(速いな…先程、アルにはああいったが、ただの風の精霊魔法シルフィード・フェザーであのスピードを出すのは難しいな……

しかし、あのぐらいなら奥の手を使えば十二分に………)

 

どうやればあの速さに対処できるか……自覚もせずに考えている自分に軽く驚くリカルド。

自分でも気がつかない内に、アキトと闘うときの戦法を考えていたのだ。

 

(まいったな、今さら戦士の血が疼くとは……あの話、受けるべきか?)

 

「まぁいい。アル、一応、朝まで警戒態勢を続ける。その事を皆に伝えてくれ」

「は、はい。わかりました」

 

 

アキトの消えた辺りをじっと見ていたアルベルトが、リカルドの言葉に慌てて動き始める。

アルベルトもまた、底知れない強者との戦いを望む、戦士の気質が疼いているのかも知れない。

 

 

そして、時は何事もなく流れ………満月は山の向こうへと姿を隠し、

反対の方向の山からは、太陽が姿を現し、全てのものを普く照らし、一日の始まりを知らせる。

 

 

 

―――――十二月十四日―――――

 

 

この日は休みで、街はそれ相応の賑わいを見せていた。

 

そんな普通の休日の昼下がり……ジョートショップでは、珍しい面子が顔を合わせていた。

 

 

「休んでいるところ悪かったね、アキト君」

「いえ、お気になさらずに、リカルドさん」

 

 

店内にある椅子に座りながら、起きたばかりであるアキトに声をかけるリカルド。

そんなリカルドに、アキトは軽い笑みすら浮かべて返事をした。

 

この場にいるのは、この二人だけ。

最初はアルベルトも居たのだが、アリサが買い物に出かける際、荷物持ちとしてついていったのだ。

 

本当なら許されることではないが、休日の上、本来は非番なので問題はない。

むしろ、逆にリカルドが勧めたぐらいだ。この場から遠ざけるために……

 

 

「それで、あの後どうなりましたか?」

「特に何もない。アキト君が居なくなった後、朝まで警戒態勢を続け、事務所に戻って解散だ」

「そうですか……公安は?」

 

「とりあえず、公安も引き下がったようだ。今回は正式な命令ではなく、自分達の独断行動だからだろう。

もし、昨日の出動が上層部うえの命令だったら、君は公務執行妨害などで逮捕されていた。気をつけることだ」

 

「しかし、正式な命令でなくても邪魔をしたから、逮捕されると思ったんですけどね……」

「ああ、それはない。なんでも、公安の三人組が君ごと人狼を撃とうとしたらしいね」

「ええ。アレフが阻止してくれましたけど」

 

「問題は、アキト君を巻き込むのを承知で撃とうとした行為だ。

アキト君を逮捕して色々とあの場のことを明らかにすれば、自分達も拙いことになるんだろう」

 

「だったら、なにもつつかずただ黙っていよう……と、いうわけか。公安らしいですね」

「だが、少しでも下手をすれば君は非常にまずい立場に立っていたのだ。少しは自重したまえ」

 

「はい、すみません」

 

 

アキトは今、保釈中の身なのだ。

もし、逮捕されることになれば、問答無用で有罪判決となり、今までの苦労が水の泡となる。

 

今だブローディアも見つからず、なおかつ、

この街から放れられない事情を幾つか持っているアキトにとって、そうなることは非常に拙い。

 

しかし、アキトの心には、公安の攻撃を邪魔した事への後悔は一片もない。

ああしなければならない理由があったからだ。

その理由はアキトにとって優先順位がかなり高い。

もし、同じ場面で同様の事態となれば、アキトは迷うことなく(今度は手加減抜きで)邪魔をするだろう。

 

 

「ならばいいのだが……問題は次の満月だ。

今回のことで人狼を確認した以上、公安は正式な命令を受けるだろう。

そうなれば、邪魔をすることは君にとって致命傷になりかねない」

 

「早く資料が届けばいいんですけど……」

「どう見積もってもギリギリ……間に合えばいいのだが……」

 

「もうこの件に関しては、俺は待つことと時間稼ぎ、そして―――を護ることしかできません。

すみません、リカルドさん。貴方まで巻き込んでしまって……」

 

「いや、気にすることはない。これは、あの大戦に関わった者としての贖罪みたいなものだ」

「そうですか」

 

「では、そろそろ失礼するよ。さすがにこの歳になって徹夜は辛いのでね」

 

 

リカルドはそう言うと椅子から立ち上がり、扉のノブに手をかける。

その時、何かを思いだしたのか、リカルドは急に振り返った。

 

 

「そうそう、アキト君。今月末、グラシオ・コロシアムで開かれる大武闘会は知っているかな?」

「はい。パティちゃんが今から楽しみだってよく言ってましたので……」

 

「フム。それに、君は出場する気が無いのかと思ってね。

今度の大会から、優勝賞金が十万ゴールドになったからね。

それがあれば、君は気持ち的にはかなり楽になるのではないかね?」

 

「いえ、残念ながら……確かに優勝賞金は魅力的ですけど、そこまでする必要はありませんし」

「そうなのかね」

 

「はい。みんなが頑張ってくれたおかげで、目標金額10万ゴールドまでかなり近づいていますからね。

わざわざ危険を冒したりしなくても、三ヶ月後までにはキチンと貯めることができます」

 

「そうなのか。いや、それは結構なことだ。では、お邪魔した」

「はい。どうもありがとうございました」

 

 

アキトの言葉を受けつつ、リカルドはジョートショップから出ていった。

 

リカルドの氣が遠ざかって行くのを感じつつ、アキトは軽く深呼吸をした。

 

 

(まさか、話しかけてくるのと同時に闘気を当ててくるとはな……

あれは大武闘会に出ろということか? それとも逆か?

どちらにせよ、俺は出る気も暇も無いな。考えることも、やることも多すぎる)

 

 

リカルドの挑発と大武闘会のことを頭から追い払いつつ、

アキトは、三ヶ月という残り少ない期間でやらなければならないことを考え始めた。

 

 

 

(第二十七話に続く……)

 

 

 

―――――あとがき―――――

 

 

どうも、ケインです。

今回はとある人物のイベントでした。原作を知っている人はああアレか…と、分かっているでしょう。

 

それはさておき…

今回のことで、アキトの昂氣…つまり、超人外的に強いことが公にばれました。

仲間には前々からばれていたんですけどね…

 

それに対しての街の住民の態度は……次回で書きます。

その事が、次のイベントで大きくアキトの枷になる予定ですから…

 

その次回のイベントですが、作中でもリカルドが言っていたとおり『大武闘会』です。

今のところ、アキトは出場する気はまったくありませんけど…それが如何にして変わったのか?

それはお待ちください……

 

 

それと、このイベントはかなり重要な意味を持つことになります。

闘い…ではなく、今までアキトが関わってきたことに関して、そこそこヒントと答えがでています。

だから、ちょっと長いんです…いや、本当に。

 

想定で、予選→本戦・前編→本戦・後半→優勝戦、その他雑用―――――といった感じです。

既に、この時点で四話を使っていますね…闘いが主だって言うのに……

同じ戦闘が永遠と続いている訳ではないですけど、主に戦闘シーンが多いです。

戦闘シーンが嫌いな人、見るのが嫌な人はご注意ください。

 

 

それでは次回―――――エンフィールド・大武闘会の後書きで会いましょう。では……