悠久を奏でる地にて・・・

 

 

 

 

第27話『エンフィールド大武道会……予選』

 

 

 

 

 

 

 

昼中……太陽の光がさんさんと降りしきるエンフィールドの一角、

孤児院をかねているセント・ウィンザー教会の中で、神父と一人の男が顔をつきあわせていた。

 

 

「そうなんですか……そこまで………」

「はい……できうる限りの手は尽くしましたが……どこも……」

 

 

沈黙する神父と男の間に、沈痛なまでの静寂が漂う。

太陽の光が窓から差し込み、教会内を明るく照らしているというのに、

その重々しい雰囲気が、まるで暗幕のように光度を下げているような錯覚さえおこしそうだ。

 

そんな二人の耳に、外から聞こえる子供達の声……庭で遊んでいるのだろう。

泣き声、笑い声…様々な声が聞こえるが、そのどれも共通して楽しそうに感じる。

 

 

「私はどうなってもかまいません。ですが、あの子達だけは……」

 

 

強く拳を握りしめながら、やるせない気持ちのやり場に困る神父。

 

 

「……………………わかりました。俺が何とかしてみます」

 

 

男が長い思考の末、俯いている神父にそう告げる。

神父はその言葉に驚いた直後、すぐに不安そうな顔になった。

 

 

「しかし、貴方の所も……」

「大丈夫です。ちょっとした当てがありますから、安心して下さい」

「…………………すみません。お願いいたします―――――アキトさん」

 

 

神父の沈痛なまでの言葉に、男は…アキトはもう一度、安心してください。と言い、微笑した。

その微笑みを見た神父は肩の力を抜いた後、アキトに向かって深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

―――――十二月二十四日―――――

 

 

 

夕方のジョートショップ……

最後の報告会も終わり、後はそれぞれ自宅に帰るだけとなった。

 

―――――その時、

 

 

「失礼、少しよろしいかな?」

 

 

カウベルの音と共に開いた店の扉から、壮年の男性…リカルドが入ってきた。

珍しい来訪者に皆が驚く中、驚かなかった二人の内の一人、アリサが返答した。

 

 

 

「いらっしゃい、リカルドさん。何かご用ですか?」

「ええ。アキト君に……」

「俺にですか?」

「ああ」

 

 

リカルドは勧められた椅子に座ると、アキトの顔を真っ直ぐに見る。

リカルドの強い視線に、周囲が自然と張り詰めた雰囲気になる。

 

そんな二人の雰囲気に圧されてか、その場にいる全員は一様に押し黙る。

 

 

「先に確認するが、君は先日、今週末行われる大武闘会への出場を申し込んだね?」

「ええ。締め切り間際でしたけどね」

 

 

リカルドとアキトの言葉に驚くシーラ達。

全員から、出場したらどうだ?と勧められても、決して首を縦に振らなかったアキトが、大武闘会に出るというのだ。

 

シーラやクレアの頼み、果ては最終手段である『メロディのおねだり』でも了承しなかったアキトが…である。

 

皆は信じられない…という表情で、アキトをジッと見つめる。

だから、皆は気がつかなかった。アキトを心配そうに見ているアリサに……

 

 

「その事についてだが…君の出場の事で、大会を運営する委員会の中で討論があってね。

人間とは思えない…失礼、人の範囲を超えた凄まじい力を発揮する君を、大会に出して良いものか?とね」

 

「まぁ、そうでしょうね。あんな噂が流れれば仕方がありませんよ」

 

 

苦笑いを浮かべるアキトと、憮然とした表情をするシーラ達。

達観したアキトの表情に、リカルドはいっそ憤慨してくれた方が気が楽だ…と、心の中で呟いた。

 

アキトの言う噂とは、二週間ほど前にあった人狼事件の後、街に新たに流れた話しだった。

 

曰く、『テンカワ・アキトは人間じゃない』『蒼く光ると、凶暴な力を発揮する』

等々の誹謗中傷紛いな噂が、人口に伝わっていた。

皆は噂に敏感なトリーシャやローラと共に発生源を探した結果、

半分は公安の連中が故意に流していることを突き止めた。

 

しかし、信用のない公安が元はいえ、一度広まった噂はそう簡単に消えることなく、

半ば事実だ昂氣は本当ということもあり、アキト達は完全否定することなく、街中から微妙な目で見られていた。

 

半年前なら、間違いなく住民は距離をおいていただろう。

微妙な目で見ながらも、あまり距離をとらないのは、今まで努力した結果の現れかも知れない。

 

 

 

「それで討論の結果……アキト君の大会出場は認められた」

 

 

その言葉シーラ達は安堵した後、手放しで喜んだ。

だが、事の本人であるアキトは安堵することなく、張り詰めた雰囲気のまま口を開いた。

 

 

「それで?何か条件付きじゃないんですか?」

 

 

普通なら、通達など無くとも登録すれば誰でも大武闘会に出場できる。

それを討論され、さらにリカルドがわざわざこの場に来た以上、何かがあって然るべき…と、考えたのだ。

 

そんなアキトの言葉に、リカルドは表情を変えることなく肯いた。

 

 

「ああ。君の言うとおり、条件付きだ。その条件が守れない場合、アキト君の出場は認められない」

「その条件ってのはなんなんだ?」

 

 

勿体ぶった話し方に焦れたのか、皆を代表してアレフが続きを要求した。

リカルドは一度頷くと、言葉を続ける。

 

 

「その条件とは、強力すぎる力…君の『蒼い光』と『神の力』とやらの使用禁止だ。

もし、試合中、少しでも使用が見られた場合、即刻失格となる」

 

「何よそれ、そんなの卑怯じゃない!

大武闘会じゃ怪物モンスターによる代理戦闘を認めてるんでしょ! アキトだけ不可なんて、おかしいじゃない!!」

 

「確かにそうだね。この大武闘会は実戦に近い形式で行われるのがウリなのに、

そんな力の使用禁止だの、即刻失格だの……あまつさえ、女の出場禁止だの。正直、ガッカリしたよ」

 

 

大会のファンであるパティと、傭兵として実戦経験のあるリサがリカルドに文句を言う。

他の皆も同様だ。言葉に違いはあれ、アキトへの条件に文句を言い始める。

 

人狼事件の後、アキトから大半のことを聞いた皆は、

アキトの昂氣が先天性のものではなく、辛い修行と実戦の果てで手に入れたものであることを知っている。

だから、アキトの力を否定する大会の者達に憤りを感じていたのだ。

それに、赤竜の力も同じ事。手に入れた経緯はなんだが、アキトはそれを完全に制御、扱っている。

 

実力とは、本人が制御し、操れる力のことを指す。

剣、魔法、特殊能力…様々な力が実現するこの世界なら、それがより解っているはずなのに……

 

 

「それは私とて重々承知している。しかし、本来ならアキト君の出場は不可能だったのだ。

それを、条件付きで可能にさせるのが精一杯だったのだ」

 

「だったらさ、マリアがパパに頼めば良いだけじゃない☆」

 

 

良い事を思いついたと言わんばかりに顔を輝かせるマリア。

確かに、大武闘会の最大スポンサーであるショート財団の会長の権力なら、多少はどうとでもなるだろう。

 

しかし、それを止めたのは、意外にもアキト本人だった。

 

 

「それは駄目だ。他にも沢山出場者がいるのに、俺だけズルをするわけにはいかない」

 

「確かに、他の出場者は正統な手続きふんだのに、アキトだけ特別ってのは狡いよな。

でもな、それは全てにおいて公平な場合だ。この場合、お前が気にすることなんかねぇよ」

 

「そうだよ、アキト。あんたが気にすることなんか無いよ。マリアに任せな」

「エルの言う通り、マリアに任せてよ! じゃ、さっそく」

 

 

珍しくエルに同意して勢いよく立ち上がるマリア。

早く家に帰って父親モーリスに頼むつもりなのだろう。

 

だが、アキトは再度マリアを呼び止める。

 

 

「俺の事は別に気にすることはない。みんなもね。

元々、人間を相手に昂氣や赤竜の力を使うつもりは無いから。

ただ今回は、それがルールとして決められた……それだけだよ。

そもそも、赤竜の力による武器の具現化は使うつもりもなかったしね。

確か、大武闘会では使用武器は決められているはずだったよね、パティちゃん」

 

「うん。武器は基本的に大会側が用意した木製の武器を使用。

例外は、代理戦闘の相手が魔法生物や怪物の時、自分の武器を使えるはずよ」

 

 

パティが記憶の中から、大武闘会の原則ルールを思い出しながら答える。

彼女は武術大会などの観賞が趣味のため、エンフィールドで行われる全ての大会ルールを記憶しているのだ。

 

だが、

 

 

「それなのだが、今回からは武器、防具は自分で用意できるようになった」

「なんだよそれ、剣なんか使ったら危ないじゃないか!」

 

「アレフ君の言うことはもっともだ。無論、剣などは刃を潰したものでなければならない。

それは大会当日、武器、防具の登録時に審査され、許可がでなければ使えないことになっている」

 

「それでもよ、少なくとも鉄や鋼製だぜ?木製より危険じゃねぇかよ」

「そうかね? パティ君はどう思うかね」

「私は……確かに危ないと思うけど、危険って言う意味じゃ木剣でも変わらないし」

「何言ってんだパティ。鉄と木じゃ全然違うだろうが」

 

「いっつも鋼の剣を持ってるあんたは解りにくいかも知れないけどさ、木の剣でも人の頭を叩き割れるのよ?

鉄と木…切れるか切れないかの違いであって、結局、殺傷能力は一緒だって事よ。

確かに、重量の違いから、身体に当たれば洒落にならないし、重傷になるけど……」

 

 

『棍』を扱っているゆえに、『刃のない=危険がない』ではないことに事をよく知っているパティ。

その言葉に、リカルドは深く肯いた。

 

 

「パティ君の言うとおりだ。選手は出場する以上、大なり小なり怪我は覚悟している。

怪我をしたくないのであれば、元から大会…いや、戦いの場にでなければ良いだけなのだ」

 

「それはそうですね……それで、防具には何か制限はあるんですか?」

 

「特にはない。しいて言えば、相手を刺すような突起物、暗器の内蔵が禁止…ぐらいだ。

少しでも危険を減らそうと言うのか、小難しい制限を無くしたらしい」

 

「まさに苦肉の策だな」

 

 

まだ不満が残っているのか、へっ…と皮肉下に笑いながら呟くアレフ。

リカルドもそう思っているのか、アレフの言葉に苦笑するだけだった。

 

 

「それと、今回は予選と本戦があり、二日続けての闘うことになる」

「え?なんで?今までそんなこと無かったのに」

 

「なんでも、今回は大会参加者が二百名近くになったらしい。

アキト君、君が登録した際に受けた番号は何番かな?」

 

「えっ…と、195番です」

「そうか。アキト君は最後の方だから、出場者はそれより少し上ぐらいだろうな」

 

「そんなに!? 今まで二、三十人だったのになんで?」

 

「フム…どうやら、今度の大会に私とマスクマンが出場するという情報が流れたらしい。

おそらくはそれが原因だろう。困ったことにね……」

 

『ええ!リカルドとマスクマンが!!』

 

 

事情の解らない極一部(アキト含む)を除き、パティ達は驚きのあまり大声を出した!

 

マスクマンとは、その名の通り覆面をかぶった選手。

その実力は半端ではなく、全世界の有名な大会に全て出場し、制覇するという偉業を達するほど。

あまつさえ、その優勝賞金全てを戦災孤児達の救済の為に寄付するなど、悪い噂は聞かない。

数多くのファンがおり、格闘技界のヒーローみたいになっている。

 

全戦全勝、向かうところ敵なし”無敗”マスクマンと、

大戦の英雄、剣士の最高峰に立つ者、”剣聖”リカルド・フォスター。

《その二人が戦えばどちらかが勝つのか!?》

格闘技界、いや、格闘を知る者なら一度は口にする疑問であった。

 

格闘ファンにとっては今世紀最大の対決となる試合だ。

しかし、それは同時に数多あまたの挑戦者を呼ぶ結果となったのだ。

 

 

「信じられない…まさか、この目でリカルドとマスクマンの対決が見られるなんて!」

 

 

パティが興奮したように騒ぎ立てる!

リサやエルといった、普段はそう騒ぐことのない者達も、心なし興奮しているように見える。

 

それが、普通の反応だった。普通でない者は……

 

 

「すごそうですね…よく解りませんけど」

「ふみ〜?リカルドちゃん、闘うの?」

 

 

以上、事情の知らないアキトと、可愛らしくちょこんと首を傾げているメロディの言葉。

普段なら、パティが『そんなことも知らないの!!』と言いそうだが、今は興奮して気がつかなかったようだ。

 

 

「私も一選手として出場する以上、絶対に闘うと決まったわけではないのだがね」

 

「今のパティちゃんに言ったって無駄ですよ。全く聞いてませんから。

それはそうと、話は戻しますけど、俺への制限は二つだけなんですか? 氣功術や魔法は?」

 

「それに関しては問題ない。魔法や氣を扱うのは、なにも君だけではないのでね」

「そうですか。それまで禁止されたらどうしようかと思いましたよ」

 

「ただ、君にだけじゃないが魔法に関してはそれなりに制限がある。

相手を絶対に死亡させることを承知で使う…もしくは絶対に死なせる魔法の禁止だ。

その判断は審判や審査員が決めることだが…まぁ、相手を死なせないように考えて使えばいいだけだ」

 

「それって、今までもそうだったじゃない」

 

「そうだね。とりあえず、覚えておいてほしいのは、相手を殺さないようにすることだ。

仮に、過失などで相手を死亡させても大会中に限り罪にはなりにくいが…それはあくまで建て前だ」

 

「わかっていますよ。俺だって、好き好んで人を殺したいわけじゃありませんからね」

 

「うむ、君ならそう言うと思ったが、一応、伝えておくべき事だからね。

さて、長いことお邪魔してしまったね。それでは私はこれで失礼する」

 

「わざわざすみません、リカルドさん」

 

「なに、気にすることはない。私はたまたま頼まれただけなのでね。

それではアキト君、大会を楽しみにしているよ」

 

 

リカルドは微かな笑みを見せながらそう言うと、ジョートショップから去った。

 

 

(さて……何かと大変なことになってきたな……)

 

 

すでに盛り上がりを見せている皆の姿を横目で見ながら、

アキトは明後日から開催される大武闘会に波乱を感じていた。

 

 

 

 

そして、時は流れて……

 

―――――十二月二十六日―――――

 

エンフィールド・大武闘会、予選当日となった。

 

 

 

「こんなものかな……」

 

 

身支度を整え、店を出るアキト。

その恰好はいつも通りの作業服ではなく、つい先日に購入した旅人などが着る丈夫な服を着ていた。

以前から着ていた戦闘服もあったが、暗器やらナイフやらが備え付けられてあったため断念したのだ。

 

 

「待たせたね、シーラちゃん」

「ううん、そんなこと無いわ」

 

 

店の外で待っていたシーラに挨拶をするアキト。

他の皆は、良い場所をとる為にと、先に大武闘会の会場グラシオ・コロシアムに行っていた。

 

シーラはただ単に、アキトの監視役でしかない。

以前演奏会の事があったため、アキトが普段着で出場させないようにと監視しているのだ。

その点はさすがに考慮していたのか、アキトも最初から素直に着替えていた。

 

ちなみに、その監視役に関して、数名の女性が権利を争っていたことを記しておく。

ただし、平和的にジャンケンであったが……

 

 

「じゃあ、そろそろ行こうか」

「ええ」

 

 

二人は並んで会場に向かう。

時間的にはかなり余裕があるが、受付で色々と時間がかかるだろうと考え、早めに出発したのだ。

 

その色々とは、ひとえに出場者の数と、持ち込み武具の審査だ。

この審査を通過しない武器、及び防具は使用禁止となる。

それを知った参加者達は、急いで刃を潰した剣などを購入しようと武器屋に走ったらしい。

おかげで、この街唯一の武器屋の店主、マーシャルは大儲けだったらしい。

 

 

 

「あれ? アキト君、武器は?」

 

 

シーラはアキトの腰の辺りを見ながら疑問の声を上げる。

赤竜の力による武具の具現化が禁止されている以上、普通の武器を用意していると思っていたのだ。

 

しかし、アキトの腰には剣どころか、短剣一つ無い。俗に言う、丸腰状態だ。

 

 

「ん? ああ、武器ね。今回は一番の得意分野で闘おうと思ってね」

 

 

そういって握り拳をシーラに見せるアキト。

確かに、アキトの戦闘スタイルは剣術よりも素手での格闘術が主だった。

それこそ、格闘術ならエンフィールドでは並ぶ者がいないほど。

 

しかし…それを知っていても、シーラは不安げな表情となった。

 

 

「アキト君、相手は武器を持っているんだし、一応剣を持っていた方が……」

 

「ん〜…実は、最初は剣を持っておこうかと思ったんだけどね、売り切れだったんだ。

それに、刃を潰したモノでも剣は剣、値段が半端じゃなく高いしね」

 

 

通常の店頭価格で、鉄の剣が千ゴールド少々、アレフが使っていた鋼の剣で二千から三千ゴールド。

今回の刃を潰した物でも、値段が少々下がる程度。

少しの出費でも抑えておきたいアキトにとって、その値段はかなり痛い。

 

再審の日まで、後三ヶ月少々となった今では、それは尚更だった。

 

 

「だから、今回は素手でいこうと思ってね」

 

「いくらなんでも素手は…今から探せばあるかもしれないし。

ほら、あそこで武器を売っているみたいだし、探してみましょう?」

 

 

コロシアムに続く道の端に並ぶ露天の数々を指差しながら言うシーラ。

 

大武闘会は一般人にとってはお祭り騒ぎとさして変わりがないと言うことか、

お菓子などの露天が並んでいたが、最後辺りの一角のみ、武器や防具の露天が並んでいた。

 

おそらく、今回の大会に望むにあたって、古くなった防具を買い換えたり、

試合で壊れてしまった後の購入をあてにした近隣の商人か何かなのだろう。

 

アキトとシーラは並んで置かれている武器や防具を眺めながら歩いて行く……

 

 

「あまり…良いモノは無いみたいだね」

「そうみたいね……」

 

 

商人達を気にしてか、小さな声で会話するアキトとシーラ。

二人の言うとおり、良いモノは既に売れてしまったらしく、店頭に並んでいるのは粗悪な代物が目立つ。

場所によっては、大会が始まる前なのに店終いするところまである。

 

 

「どうする、アキト君。一応、剣を持っておく?」

 

「……いや、下手な剣を持っていても、闘っている最中で折れるだけだからね。

それだったら、最初から持っていない方が――――――」

 

 

言葉を途中でとぎらせ、ある一点に顔を向けるアキト。

隣にいるシーラも、ほぼ同時にアキトと同じ方向に顔を向ける。

 

そこには……

 

通りから少し外れたところで、傭兵らしき者が露天を開いている商人、

いや、武器職人らしき男に剣を突きつけている姿があった。

 

アキト達は、この傭兵が発する殺気に反応したのだ。

 

 

「強い殺気……でも、あまり感情の制御できてないような気がするわ」

「そうだね。実力的にはアレフより少し下ってところかな」

 

 

傭兵らしき男の実力を軽く判断しながら、そちらに向かうアキト達。

気がついた以上、知らないふりをするのは後味悪いと考えたからだ。

 

そんなに離れていないこともあり、少し近づいただけで、アキト達の耳に男達の会話が入ってくる。

 

 

「武器を売らないとはどう言うことだ!」

「別に武器を売らないとは言ってない。それはあんたに相応しくないと言っただけだ」

 

 

怒鳴る傭兵に、静かな目でそれを見る商人と思われる銀髪の若い男。

かなり度胸があるのか、傭兵の剣幕を涼しげに受け流している。

 

 

「あんたに相応な武器なら、そこに並んであるだろう」

「私はその剣を買うと言ったのだ! 貴様も武器商人なら客の望んだ物を売れ!」

 

 

傭兵らしき男は店の片隅に立てかけられている一本の剣を指差す。

それはなんの変哲もない、そして飾り気も特にない極普通の剣だった。

ただし、その一メートル近くある少々幅広な刀身が漆黒でなければ…と付くが。

 

それ以外には目を引くところはないのだが…

おそらく、すげなく断られたため傭兵の男が意固地になって売れと言っているのだろう。

 

 

「こいつは一人のために作った特注でね、手作りの一品物ハンドメイド・ワン・オフなんだよ」

「だったらそいつと直接話をする!どこのどいつだ!」

「さぁ…一体誰なんだろうな?俺も知りたいよ」

 

「くっ!このっ!!」

 

 

真面目に思案をする商人を見た傭兵は、馬鹿にされたと思い、

怒りに顔を歪めながら振りかぶった剣を、思いっきり振り下ろす!

 

―――――つもりだったが、剣は何かに引っ掛かったかのように動かなかった。

 

 

「なんだっ!」

 

 

剣がまったく動かない事に腹を立てた傭兵が振り向くと、

そこには振りかぶった刀身を指で摘んで止めているアキトの姿があった。

 

 

「なんだ貴様は! 邪魔をするな!」

「往来でそんなモノを振り回したら危ないじゃないか」

「うるさい!」

 

 

アキトから剣を取り戻そうと引っぱる傭兵。

しかし、傭兵が両手で引っぱっているのに対し、アキトは指で掴んだままだが剣はビクともしない。

 

半ば喜劇のような出来事に、いつの間にかできた野次馬達が失笑を漏らす。

その事で更に腹を立てた傭兵が、剣から手を放してアキトに殴りかかる―――――その矢先、

 

 

「おいおい、人の店先で喧嘩するなよ…」

 

 

事の張本人であったはずの若い商人が、困り顔で頭を掻きながら声をかける。

 

 

「わかった。この剣があんたの目にとまったのも運命かもしれないしな。

売るか売らないかはともかくとして、一応持ってみたらどうだ?」

 

 

奇妙な妥協を申し出る若い商人。

その申し出に訝しがりながらも傭兵は頷くと、立てかかっていた剣の柄を握り、正眼に構える。

 

 

「な、なんだこれは?」

 

 

持ち方が定まらないのか、何度も柄を握り直す傭兵。

それが三十秒ほど続いたか……傭兵は苛立たしげな表情になると、剣を大地に叩きつけた!

 

 

「こんな不良品を買おうとした俺がバカだった! 邪魔したな」

 

 

大地に転がり、陽光を反射する黒い剣と武器商人を一瞥すると、

傭兵は取り囲んでいる野次馬の一角を散らしながら、コロシアムに向かって歩み去った。

 

それと同時に、周りの野次馬達も騒ぎが終わったことを知り、解散していった。

 

 

「あ〜あ、また違ってたか……お前の持ち手はいつになったら現れるのかねぇ」

 

 

地面に横たわった黒い剣を眺めながら呟く武器商人。

その目は困っているというよりも、我が儘な子供を見て苦笑している…という感じがあった。

 

その剣の刀身をアキトは掴み、元あった場所に戻した。

刀身を掴んだからといって危ないことはない。

なにせ、この剣はなにも切ることができない・・・・・・・・・のだから。

 

 

「わざわざすまないな」

「いえ、気にしないで下さい」

「気にするなって言ってもな……さっきも助けてもらったからなぁ」

 

 

余程義理堅い性格なのか、なにか礼をしようと思案する若い武器商人。

そこへ……

 

 

「あの、なら武器を見せてもらっても良いですか?」

「お?なんだい、何か武器でも探しているのかい、綺麗な嬢ちゃん」

「ええ、大会に出るアキト君の武器を……それと、私はシーラ・シェフィールドと言います」

 

「そうかい、俺は見てのとおり、旅の商人兼武器職人のデュアン。デュアン・メンチローゾだ」

 

 

デュアンと名のった二十代前半の青年は、ニカッと笑う。

 

髪はアレフやリサと同じ銀髪で、瞳が右が金で左が銀という非常に珍しい金銀妖眼テロクロミア

それだけで不思議な雰囲気でも漂いそうなものなのだが、人懐っこそうな笑顔がそれを打ち消していた。

 

 

「そっちの兄ちゃん…アキトっていう名前だったな? 好きなだけ見ていってくれ、礼代わりに安くしとくよ」

「ははは、ありがとうございます」

 

 

そういうと、アキトは並んである剣…といっても三本ほどだが…を一つ一つじっくりと眺めていった。

そのどれも、材質は鋼というありふれたモノながら、今まで見たことの無いほどの輝きを放っている。

少なくとも、シーラの目にはそう見えた。

 

 

(すごいな…これ程の剣はシンヤさんの所で見て以来だ。並の腕じゃないな……)

 

 

置いてある剣を手に取り、重量やバランスを確かめながら心の中で呟くアキト。

たとえ刃を潰していても、これなら同じ材質の剣よりもはるかに上だ…と、確信する。

 

 

「あの…それは駄目なんですか?」

「ん? ああ、これかい?」

 

 

シーラは先程の黒い剣を指差しながら訊ねと、デュアンは困った顔をしながら……

 

 

「こいつはちょっと特別でね。誰にでもかまわずって訳にはいかないんだ。

でも、これ以外の奴も、一本一本渾身丁寧に作った一品だ。それなりにすごいと思うぜ」

 

「ええ、どれも大した業物です。ただ、刃を潰しているのが残念ですけどね」

「なに、後で研いでやったら立派な剣だ。大会が終わったら売ったヤツを研いでやる予定さ」

「そうですか」

 

 

アキトは一本の剣を片手で握ると、軽く素振りをして、実際の調子を試してみる。

それによって奏でられた風切り音が、シーラ達の耳にこぎみよく響く。

 

デュアンはアキトの素振りを見た後、シーラに向かって手招きをして呼び寄せる。

 

 

「この兄ちゃん強いだろ?」

「ええ、とっても」

「……嬢ちゃんは、なんでこの剣を選んだんだ? 他にも剣があるのに」

 

 

デュアンは黒い剣を引き寄せ、柄などの調子を確かめながらシーラに質問する。

それを聞いたシーラは、少し思案顔をした後、

 

 

「それは…アキト君って、黒い色とかの服をよく着るから、黒が好きなのかなって思って」

「なるほどね。そりゃ単純明快だ。だが、そういうえにしもありなのかもな…おい、兄ちゃん!」

「はい?」

「ほらよ」

 

 

黒い剣をアキトに向かって無造作に放り投げるデュアン。

いきなりの事に驚きながらも、アキトは左手でそれを受け取る。

 

 

「そいつを構えてみな」

「え、ええ…両手持ちですか?」

「そんなの気にすることはねぇ。両手でも片手でも、自分のやりたいように持てばいいさ」

「そうですか。なら…」

 

 

デュアンに言われて、アキトは持っていた剣を元の場所に戻すと、

渡された黒い剣を両手で持ち、基本の型…正眼に構える。

 

材質は鋼ではないのか、同じ様な作りであった先程の剣よりもやや重く、普通なら両手で扱うだろう。

しかし、そこはアキト。普通は両手で扱う代物でも、片手で扱える程の筋力がある。

 

アキトは先程と同じく片手で構え直すと、軽く素振りをして風を切り裂く。

その際に生じた風切り音は、前の剣よりも軽快で、本当に風を斬っている・・・・・と思わせるほどだった。

 

 

「使い心地はどうだ?」

「良いですね。同じ型の剣に比べてかなり重いですけど、重心がしっかりしている」

 

「それで…それの持ち心地はどうだ?」

 

「不思議な感じですね。柄と手が吸い付くような感じです。

一体感があるっていうか……長年使い慣れている道具みたいな感じがしますね」

 

 

そう言いながら色々な握り方を試すアキト。そのどれも、柄と自分の手が吸い付くような感じがする。

まるで手の延長。余程使い込まないと感じられない一体感を強く感じる。

赤竜の剣程ではないが、それに限りなく近いと言えるほどだ。

 

 

「今日、偶々握っただけですけど、まるで俺の手に合わせて作られたみたいですよ」

「偶々じゃねぇよ。そいつはきっと『運命』ってヤツだ」

 

「どう言うことですか?」

 

「俺は武器職人だが、先祖に予見師がいてな。

その影響か、俺は偶に未来が視えるんだ。かなり偏った、それも完璧に的中する…な」

 

 

自分の目を指差すデュアン。

そう言われてみると、普通ではない輝きがあるように見える。

 

 

「そいつの導きで、俺は原材料を手に入れ、視えた特殊な製法で武器に加工するわけだ。

そして持ち手…この場合は柄だな、それも視えた手に完璧に合うように拵えてある。

つまり、その剣の柄が兄ちゃんにピッタリ合うんだったら、そいつはあんたの為の剣だって事さ」

 

「そうなんですか……」

 

 

アキトは陽光を反射する黒い剣をジッと見つめる。

運命云々というものが嫌いなアキトだが、今回は不思議と嫌悪感が無い。

 

 

「そうだ、えにしついでだ。もしかすると、これもあんたかもしれねぇな」

 

 

デュアンはそう言うと、傍に置いてある袋から手甲と足甲の一式を取り出した。

使われている材料が一緒なのか、その一式も剣と同様に黒い。

只違うのは、なぜか百合の花のデザインをあしらっているぐらいだ。

 

黒い百合…アキトはブラック・サレナを連想し、もしかして…と、一瞬考えたがすぐに否定した。

 

 

「小さいですね……」

「やっぱりそうか」

 

 

そう、二人の言うとおり、アキトの手よりも一回り、下手をすれば二回りも小さい。

数年前ならいざ知らず、今の体格上いくら頑張っても、アキトの腕に入る可能性はない。

 

 

(小さい上に、できる限り薄くして減量化をしてある。これじゃ女性用……―――――!!)

 

 

アキトはそこまで考えたとき、頭の中で一つの仮説が閃いた。

デュアンも同じ事を思いついたのか、アキトと同じタイミングで、ある人物に向かって顔を向けた。

 

その人物とは、この場にいる最後の一人―――――シーラだった。

 

 

「え?なに?」

「シーラちゃん、これ、着けてみるかい?」

「でも…」

「いいからいいから、駄目で元々、できれば儲けだ。やってみな」

「う、うん…」

 

 

二人に説得されたシーラは、恐る恐る渡された装具一式を身に付ける。

大きさ的には問題はなく、すんなりと装着できる。後は……

 

 

「え? ピッタリ…まるで吸い付くみたい」

 

 

驚いた様子で装具一式を見るシーラ。

いきなり渡された物が自分にピッタリだと、驚くのも無理はないだろう。

 

 

「これで決定だな」

「でも、これかなり重い…」

 

 

手甲をつけた腕をゆっくりを上げるシーラ。

アキトも同じ材質の剣を持っているから、その重さはよくわかる。

 

 

「そいつに関してはちょっと裏技があってな、その金属にある一定の魔力か生命エネルギーを流すんだ。

すると不思議なことに、重量が軽減するんだ。流す量が多ければ多いほどな。

それに応じて、武器そのものの威力も増すからな。一応気をつけろよ」

 

「なるほど…(生命エネルギーということは、『氣』を使用すればいいのか?)」

 

 

アキトは試しに氣を剣に送り込もうとする。

 

―――――その時、

遠くの方…会場の手前から、受付の締め切りが近づいていると言う声が聞こえてきた。

 

 

「アキト君、早く行かないと時間が……」

「そうだった。この剣の代金だけど」

 

「気にするな、代金は必要ない。そっちの嬢ちゃんのもな。それはお前さん達の為の武器だからな。

それに、それを作る際に視えた製法のおかげで、俺の技術もアップしたしな。お互い様さ」

 

「しかし……」

 

 

デュアンの言葉に渋るアキト。

デュアンにとっては結果的に得したのかもしれないが、

剣を受け取るアキトにとっては、そんなことは関係なく、一方的に施しを受けたようなものだった。

 

 

「ん〜…なら、その剣を使ってあの大会でも優勝しろ。それが、俺への礼だと思ってくれ。

俺の最高傑作と、その使い手として視えたお前が、どこまでできるのかを見せてくれ」

 

「わかりました。優勝したとき、この剣を天高く掲げて見せます」

 

「言い切ったな。よし、行って来い!」

 

 

デュアンは端に置いてあった鞘をアキトに向かって投げる。

アキトはそれを受け取ると黒い剣を仕舞い、腰に下げた。

 

 

「最後に一つ、この剣の銘は?」

 

「『黒翼こくよく』…それが視えた時、もう一つ視えたイメージ。

数多あまたの世界を翔る竜の背にある赤と蒼に続く、もう一つの翼となることを祈って…」

 

「……ありがたく、貴方の作った”翼”を受け取ります」

 

 

アキトはデュアンに一礼すると、大武闘会の受けつけ会場に向かって走った。

 

シーラも、慌ててデュアンに頭を下げた後、アキトを追って走っていった。

無意識の内に氣を使い、武具の重量を軽減している辺りさすがだろう。

 

 

「おいおい、すっごい嬢ちゃんだな。伝説の金属”オリハルコン”をあっさりと扱ってやがる……」

 

 

重さをまったく感じさせず、軽快に走るシーラの後ろ姿を見て感心するデュアン。

その直後、表情を一変させて、真面目な顔でシーラとアキトの後ろ姿を見る。

 

 

「さて…俺が手助けできるのはここまでだ。

頑張れよ…あんた達・・・・の相手は、大きく、深い存在なんだからな」

 

 

遠くに見える大きな山に目を向けながら、アキト達のこれからを心配するデュアン。

その金と銀のまなこには、一体何が見えているのか…それは本人しかわからない。

 

 

「ま…とりあえずは、今は俺の作った武器子供の活躍でも見るとしますかね」

 

 

そう言うと、デュアンは手早く店を片づけ、コロシアムに向かって歩いていった……

 

 

 

(その2へ……)