「195番、ジョートショップのテンカワ アキトです」
十近くある大会出場の受付の一つで出場の最終登録をするアキト。
この手続きをして審査を通過しない限り、、エンフィールド大武闘会に出ることはできない。
受付嬢は手元にあるリストをめくり、名前と番号を確認する。
「……はい、ありました。条件付き出場者のテンカワ アキトさんですね。
大会役員を兼ねているリカルドさんから聞きましたが、最終確認します。
貴方の特殊な能力をこの大会では使用を禁止します。
試合中に少しでも使用が見られた、もしくは使用されたと判断されれば即刻失格となります。かまいませんか?」
「ええ、かまいません」
受付嬢の言葉に即答するアキト。
その言葉を聞いた受付嬢は一回頷くと、手元のファイルにチェックを入れる。
「それでは、大会で使用される武器、防具の登録をさせていただきます」
「俺の武器はこの剣。防具はこの服だけです」
「……はい、剣の刃が潰れていることを確認しました。武器はこれでかまいません。
防具に関しては、危険な突起物や暗器が無ければかまいませんので、そのままで結構です」
そう言ってファイルに書き込んで行く受付嬢。おそらく、武器の特徴を書き入れているのだろう。
それ以外の武器が使われた場合、失格にするために。
そして、書き終えた後、後方にいる係員と二、三話をした後、何かを受け取って戻ってきた。
「では、この番号札を持って、中のホールに向かって下さい。そこで詳しい話をしますので…」
「わかりました」
アキトは”1”と書かれた番号札を受け取ると、言われたとおり中のホールに向かう。
その時……アキトの背中を見ていた受付嬢が、
「あ、あの!」
「はい。まだ何か?」
「その…色々と大変みたいですけど、頑張って下さいね!」
「…ええ、ありがとう」
アキトは軽く礼を言うと、再びコロシアムの内部に向かった。
そしてホールに入ると、既に登録を終わらせた者達がひしめきあい、熱い闘気が充満していた。
(すごい人の数に、それなりの実力者達…か。下手をすれば、一国の騎士団より上だな。
まいったな、今回は負けるわけにはいかないのに…思ったよりも面倒なことになってきたな)
アキトは大勢の氣をざっと感じながらそう思った。
アキト自身、リカルドとリカルドが認める『マスクマン』が要注意だと思っていたのだが、
出場者の氣を感じたところ、リカルドほどではないが、それなりの実力者がそこそこいる。
先程思った通り、厄介な事態を苦々しく思う反面、僅かながらも高揚感もあった。
やはりアキトも武術家。強者達を前に心躍るものがあるのだろう。
(昂氣と赤竜の力が使えない以上、氣と魔法を上手く使わなければな…それにちょうど良い機会だ。
修練した氣功術や、覚えただけの魔法を実戦で使えるからな)
軽く氣を集束させた自分の掌を見つめるアキト。
視認できないが、その掌の周囲の風が緩やかに…だが、力強く渦を巻いていた。
ちょうどその時……
ホールの一角に設置されたステージに、拡声器を持った一人の係員らしき男が上がった。
「え〜、選手の皆さん、長らくお待たせいたしました。
これより、大武闘会の予選を始めます。まずは、前方のこちらをご覧下さい」
そう言うや否や、男の眼前の空間にスクリーンが浮かび上がる。魔法か魔法道具だろう。
こうなると科学も魔法も大差ないな…と、アキトは感心しながら呟いた。
それはともかく…その画面には、大武闘会の試合系図が浮かび上がっていた。
「ご覧のように、一回戦に出られるのはたった16名…その内の一名は、規定により既に決まっております」
系図の一番下、並んでいる数字の一番端である16番が点滅する。
そして、数字の変わりに、既に決まった選手の名前が浮かび上がった。
今大会の優勝候補の最有力の一つ、『剣聖』リカルド・フォスターという名前が……
それを見た会場の選手達は、自分の手元にある番号札を見て一喜一憂していた。
すぐに闘える…もしくは、決勝戦まで闘えないのか…という思いで。
かくいうアキトは、面倒事が決勝まで先延ばしになったのを複雑な気持ちで見ていた。
「おい!マスクマンはどうなっているんだ!!」
出場者の一人が疑問の声を上げる!
それを皮切りに、他の出場者達も口々に騒ぎ始めた!
「マスクマン選手は言うまでもなく、様々な大会で優勝しております。
故に、彼は『ディフェンディング・チャンピオン』と言うことで、大会優勝者のみが挑戦権を得られます。
ですので、マスクマンとの試合を望んでこられた方は、優勝することをお勧めします」
(なるほど、考えたな……)
アキトは大会主催者の意図を読んで感心する。
これならば、いきなり第一試合でリカルドとマスクマンは無くなる。
すると、観客は最後の最後までこの大武闘会から目を離すことはない。
……と、言うことだ。
その一言で、選手達の騒ぎの半分以上は収まった。
所々で『臆したのか!』と騒いでいるが、それは極一部でしかない。
それも、自分の実力を把握してから出直せ。と、言いたい奴等ばかりだ。
「それでは選手の皆さんが納得したところで、受付で渡された番号札をご覧下さい。
それぞれ、一から十五の番号が書かれているはずです。
その同じ番号が渡された選手同士が、同じコロシアムで一斉に戦ってもらい、
最後の一人…立っていた者のみ、明日行われる本戦の出場権利を得ます。
ちなみに、『札番号=トーナメント番号』ではありません。
全ての出場選手が決まった後、また一からランダムで組み合わせが行われ、対戦が決定します。
ですので、可能性としては、一番の選手がリカルドさんと最初に闘う可能性もありますので……」
思わぬ事態に動揺する選手達。
中には、リカルドと早く闘えるチャンスがある! とか、乱戦こそ本領を発揮できる!
と豪語したり、野獣の如き笑みを浮かべる者もいる。
「それでは、1番の番号札をお持ちの選手は、コロシアムにお入り下さい」
(1番からか…覚悟していたとはいえ、やっぱり一番最初からか。
それよりも、早々とリカルドさんとは闘わないよう、祈っとかないとな……)
アキトは『1』と書かれた番号札を懐にしまうと、コロシアムの内部…闘技場に向かった。
複数の強い視線をその背に受けているのを感じつつ……
グラシオ・コロシアム…その用途は様々で、時に学園の体育祭に使用されることも、
はたまた、自警団の大きな戦闘訓練に用いられることもあった。
つまり、メインとなるコロシアムは半端じゃないほど広い。
その真ん中あたりに、同じ番号札を持った戦士達が、
それぞれ、不意打ちを魔法攻撃を回避できるギリギリの間合いを空けながら立っていた。
そんな中、アキトは観客席と闘技場の境目に立てられている、数本の柱に注目していた。
(なんだあれは。以前、仕事に来たときは無かったのに…)
つい数週間前まではなかったものに興味をひかれるアキト…
その時、コロシアムの至る所に設置された拡声器から、若い男の声が発せられた。
『長らくお待たせいたしました!これより、エンフィールド大武闘会を始めたいと思います!!
…ッとその前に、今回の特別ゲストをお呼びしたいと思います!
今、王都で大人気のアイドル! レティシア・シルヴェティアさんです!!』
『どうも!皆さんこんにちはーっ!!』
年の頃なら十五、六か、その程度の声が拡声器から発せられた瞬間、コロシアムが鳴動した!
正確には観客が騒いだのだろうが、その強すぎる歓声はもはや一種の波動に近い。
『レティシアさんは格闘技のファンで、リカルド選手やマスクマン選手に続く、
第三の特別ゲストとしてお招きしました』
『みんな、よろしくね!!』
『オオオーーーッッ!!』
またもや歓声を上げる観客一同。
かなり人気があるのか、アキトの応援に来た仲間全員が騒いでいる様子だった。
(ま、それも仕方がないのかもな。確かに人気は出そうだ)
放送席に目を向けながらそう思うアキト。
その視線の先には、件のアイドル、レティシア・シルヴェティア嬢が居た。
容姿は金髪碧眼、声の通り年の頃は十五、六。
幼女のような愛らしさに、女性としての魅力…『可愛い』と『綺麗』が見事調和した顔立ち。
それだけでも人気は出るだろうが、それに拍車をかけているのは、
彼女の明るい性格…まるで太陽のような輝く笑顔と雰囲気なのかもしれない。
(遠目だからよく見えないが、あの子の耳は少し尖っている…
エルフにしては短すぎる、ということは、おそらくハーフエルフか………)
エルフからも、人間からも敬遠されがちな立場であるハーフエルフ。
楽しいことよりも苦しい思いが多いであろう生い立ちながらも、
明るく笑い、皆に認められるアイドルになるということは、どんなに強い意志と想いがあるのか……
世間の闇を跳ね返す、強い光であるからこそ、彼女はこんなにも人気があるのかもしれない。
アキトは、そのようなことを漠然と思っていた。
『では、大武闘会予選、第一試合を始めたいと思います!!』
司会者がそう言うや否や、観客席の前に立てられていた全ての柱が発光する!
そして、柱と柱の間に透明な何かを発生させ、観客席と闘技場とを隔離した。
『皆様ご安心下さい。これはスポンサー企業から提供された結界装置です。
その強度はヴァニシング・ノヴァの直撃にすら耐えると言う保証付きです。
これにより、観客への被害は一切ゼロ。安全に試合観戦できます』
『すごいんですね、王都でもこんなのはありませんよ!』
レティシアが感心したように言った直後、観客達も同じように感心していた。
そんな中、ただアキトだけがその結界を険しい目で見つめていた。
(この結界の感じ…以前、メロディちゃんがさらわれたときに見た結界装置に似ている…ただの偶然か?)
『それでは、試合開始です!!』
(…って、考え事をしている場合じゃないな)
試合開始の合図と共に、一斉に動き出す戦士達。
アキトは全員の氣の動きや闘気を矛先を把握しながら、戦闘の輪から少しずつ距離をおく。
面倒事には関わらず、ある程度数が減るまで様子を見るつもりなのだ。
ご丁寧に、相手に見られても認識されないように、気配を消しながら……
そのおかげで、牽制で身動きできない状態を、アキトは離れた所から見ることができた。
一般観客の誰一人として、少し放れた所にいるアキトに気がつくことはない。
はずだったのだが……不幸は予期できず、いつもいきなり襲いかかる。
『さて、この予選第一試合、レティシアさん一体誰が勝ち残ると思いますか?』
『う〜んと、そうですね……有力なのは、”千人斬り”のライオスさんですよね。
でも、私としては”この人”が気になるんですよね』
手に持っている出場者ファイルに目を通しながら答えるレティシア。その様子に嫌な予感がするアキト…
『ほほぅ、レティシアさんの目に止まる幸運な者とは、一体誰なんですか?』
『”剣聖”リカルドさんが推薦した選手で、テンカワ アキトという人です』
『なるほど、テンカワ選手ですか』
『はい。そのテンカワ選手は…あれ、何処に行ったんでしょうね?』
レティシアの声に、出場選手のほとんどが若干血走った目で周囲を見回した。
リカルドの推薦と言うことは、かなりの実力者!と 、考えたのだ。
もしくは、レティシア嬢の注目を一人浴びるアキトに嫉妬しているか…
その様子を見る限り、そこはかとなく後者の可能性が高いみたいだ。
「テンカワ アキトはあんな所にいるぞ!」
選手の一人がアキトを指差しながら大声を上げる。
それにより、選手はおろか、観客全員の視線がアキト一人に集中する!!¥
(クソッ! せっかく隠れていたのに!!)
怒濤の如く次々に襲いかかってくる選手達の攻撃を避けながら、苦々しく舌打ちするアキト。
それと同時に、気配を殺す穏行術『気殺』ではなく、
”氣”を自然と同化させる氣功術の穏行『周辿氣』を使わなかったことを後悔していた。
『気殺』は気配を殺し、相手に気づかれ難くするのだが、
最初から注目されていると、見失わない限り、途中で気配を殺しても誤魔化せないことがあるのだ。
その点、『周辿氣』になると、いくら注目しても、術を行った時点で術者を認識できなくなるのだ。
例えで言えば、道端にある石は気がつけば見ることができるが、
特定の空気は、色や匂いがない限り、見ることはできない……ということだ。
もっとも、『周辿氣』は少々時間がかかる上、実行すればあまり氣を練ることができないため、
アキトは、万が一にそなえて『気殺』にしたのだが…幸か不幸か、役にたったようだ。
「一人に対してよってたかって恥ずかしくないのか!?」
次々に襲いかかってくる攻撃の嵐を、清流の如き淀みのない動きで避けながら文句を言うアキト。
そんな非難をものともせず、攻撃の手は一向に収まる気配はない。
厄介な者は一番先に倒そうと考えているのだろう。
しかし、アキトは選手の中に、それとなく皆を煽っている者達がいることに気がついた。
しかも、その者達の持つ武器は、どれも刃を潰されていない。明らかに違反物。
さらに、それら全員ただ者ではなく、乱戦に近い状態でありながらも確実に心臓などの急所を狙っていた。
(俺を殺す気か!? しかもそれ以外の奴も本気だし……こうなったら、一気に片づけるか)
「―――――悪いが、襲いかかってくる以上はみんな覚悟しろよ。
本当なら、出来る限り穏便にすませようと思っていたんだからな……」
そう言うや否や、アキトは呪文の詠唱を開始する……
無論、魔法に集中していても、その流水のような回避行動は些かも鈍ることはない。
「風と大地に眠る 精霊達の怒りの力よ
今こそ雷と化し 天と地を一つに繋ぎ 風より………」
アキトの詠唱する声は、観客の声援や選手達の気合いの声に消されることなく、朗々と辺りに響く。
魔術の詠唱を聞いた選手達は、よりいっそう攻撃の手を激しくするが、それでもアキトに掠ることすら出来ない。
通常に比べるとかなり長めの詠唱を終えると、アキトは右手を大地につけ、
なんの躊躇もなく、唱えた魔術を発動させる力ある言葉を口にする!!
「しばらく痺れろ―――――地霊咆雷陣!!」
アキトを中心とした半径二十メートルの大地に、数多の電光が縦横無尽に駆け巡る!
そして、その大地の上に立っていた選手達は、大地に奔る雷に全身を貫かれた!
「手加減はしたからな。死ぬことはないから安心してくれ…と言っても、聞こえてないか」
小さく痙攣している者達を見回しながら、少しやり過ぎたか…と、頭を掻いているアキト。
中でも悲惨なのは鋼鉄等の鎧を着込んだ者で、中身から黒い煙などがでていたりしていた。
(しかし、思ったよりも範囲が狭いな…本来なら、街の一区画以上の範囲があるのにな。
まぁいいか。俺程度の魔力許容量なら、これが限界だし、使えるだけ御の字か)
今、アキトの使った地霊咆雷陣は本来は上級の精霊魔術で、
並より多少上程度の魔力許容量しかないアキトには到底使える術ではなかった。
しかし、その問題は、効果範囲を限定…つまり、縮小するという形で解決している。
それもこれも、アキトがエルネシアから貰った直筆の魔導書に書かれていたからこそだ。
この間の崩魔陣といい、今回の地霊咆雷陣といい、エルネシアはアキトの魔力許容量を考慮してくれているようだ。
無論、その事に気づいていたルナが関わっているであろう事は、アキトもすぐに予想できた。
(まったく、彼女達には本当に世話になりっぱなしだな。今度会ったら、一番に礼を言わないと……)
ルナ達の事を考えているアキトを余所に、しばらく呆然としていた審判は、
気を取りなおすかのように、勝者であるテンカワ アキトの名を高らかに宣言した。
そして―――――その後も、予選は滞り無く終了し、
日が落ちるよりもやや早めに残り十三試合をすませることが出来た。
そう、全部で十四試合……シード選手であるリカルドの番号を除けば全部で十五なのだが、
四番は特別枠…早い話、くじ引きで一名だけ選ばれたラッキー番号らしい。
選手の名前は”匿名希望”その姿、実力共に、誰にも知られていない。
しかし、それを気にする者はあまりいない。アキトもその一人だ。
やるべき事は優勝…その為には、闘う者全てを倒さなければならない。そう考えて…否、覚悟しているからだ。
その時、どうやら抽選が終わったらしく、コロシアム一角の空中に、巨大な映像が映し出され、
選手の名前が埋まったトーナメント表が浮かび上がった。
それを見たアキトは、あからさまに安堵したような顔で、ホッと息を吐いていた。
(よかった、闘いたくない厄介な人達とは、決勝戦まで会うことは無さそうだ…)
自分の名前の書かれてある反対側にある名前、
リカルドや司狼、アルベルトといった名前を見て、再度安堵したような溜め息を吐くアキト。
思いっ切り偏った組み合わせだが、アキトにとってはこれ以上無い幸運だった。
なにせ、アキトと三人の誰かが闘う場面は、決勝まではないということになるのだから。
といっても、武具の制限がある以上、かなりの確率で決勝に出るのはリカルドだろうが……
しかし、アキトは一回戦の対戦相手である『匿名希望』選手を、
大して気にかけなかったことを後悔するなど、この時には思いもしなかった。
(第二十八話に続く……)
―――――あとがき―――――
どうも、ケインです。
ここ最近、仕事が追い込み時期なので忙しく、ばて気味なのです…
それはさておき…
今回は、アキトが大武闘会に出場、予選抜け…と云うところです。
次回から本戦…一回戦、そして二回戦の話です。
司狼とリカルドの試合…二回戦での闘いも書く予定です。
後の二人は…エンフィールドの中でも際立った強者ですからね。あっさりと終わるかも…
それでは、次回もまたよろしければ読んでやってください。ケインでした……