悠久を奏でる地にて・・・
第28話『エンフィールド大武道会…本戦開始』
―――――十二月二十八日―――――
十二月最後の日、そして今年の終わりを締めくくる、エンフィールド大武闘会・二日目。
前日の予選はつつがなく終わり、問題なく本戦をむかえることができた。
その開始時間が近づくにつれ、格闘技ファン達の熱気は徐々に高まっている!
昨日の予選は、出場者達が自分の手を明かさないように闘っていたため、いまいち盛り上がらなかったのだ。
中には、手を明かさないように闘ったため、実力を出す前に負けてしまった者もいるが、
それは真の実力者からすれば『自業自得』……”マヌケ”以外のなにものでもない。
この大会は、『できる限り実戦形式』が主旨。
すなわち、実戦での敗北は死……死合う場所に、二度にわたる敗北はない。
誰であろうと、命は一つしかないのだから。もっとも、そういったマヌケな輩は極一部しかいない。
出場者の八割は、その殆どはまぎれもない真の実力者だった。
そして、第一回戦・第一試合…テンカワ・アキト対”匿名希望”
その開始時間がもうすぐであった。
試合開始まで後十分……
アキトは、選手入場ゲートの前に立ち、時間を待っていた。
ゲートといっても扉があるわけではなく、常時はただの入場門。
よって、アキトは試合会場となるグラウンドの様子をただ静かに眺めていた。
(期限は今日まで。なんとしても優勝しないとな)
ある目的のため、アキトは今回の大会に優勝する必要があるのだ。
正確には優勝そのものではなく、別の………
(その為の障害は、まずリカルドさんか……ん?)
背後から近づく気配に気がつくアキト。
真っ直ぐこちらに向かっていることから、その気配の持ち主が対戦相手だと悟る……が、
(この気配は…普通に比べて弱い? いや、小さいのか……)
この大会に出場する選手にしては弱すぎる気配に疑問を抱いたアキトがそちらを振り向く。
そこには……アキトの知る人物が、こちらに向かって歩いてきていた。
「参ったな。まさか、いきなりアキト兄ちゃんと闘うなんて思ってもなかったよ……」
こちらに歩いてきた人物は、アキトの顔を見るとばつの悪い顔をして話しかけてきた。
その人物とは―――――
「ケビン君! なんでこんな所に!?」
そう、教会の孤児の一人、最年長者のケビンであった。
「だから、俺がアキト兄ちゃんの対戦相手なんだよ」
「なっ! しかし、ケビン君が予選を通過できるなんて―――――って、そうか!」
その時、アキトは自分の相手が、くじ引きによる予選通過者だということを思いだした。
おそらくは、知られればアキトや神父達に止められるからと、名前を隠していたのだ。
「ケビン君。危ないから棄権してくれないか? この大会は君にはまだ早すぎる」
「アキト兄ちゃんこそ辞退してくれよ。俺は優勝しなくちゃならないんだ!」
ケビンの激しい剣幕と強い意志にアキトは驚いたが、
すぐに気を取りなおすと、真剣な顔をして真正面から向き合った。
「優勝って…今のケビン君の実力では無理だ。
それに、この大会はそんなに甘くない。悪いことは言わないから棄権するんだ」
「絶対に嫌だ! 俺が優勝するんだ! そして、俺がみんなの居場所を守るんだ!!」
「ケビン君!」
ケビンはそう言うと、アキトの制止を無視してグラウンドに走っていった。
一旦グラウンドに出た以上、出場する意思有りとして『棄権』などは認められない。
アキトは仕方なく、ケビンの後を追ってグラウンドに出て中央に立った。
ケビンも、指定された位置に立ち、アキトと相対するように立っている。
(さっきのケビン君の言葉…間違いない、あの事を知っている)
ケビンの出場理由を悟ったアキトは、複雑な心境で数メートルの位置で立っているケビンを見た。
心情的には、その理由は十分理解できるし、ケビンを勝たせたい。
仮に、これが優勝決定戦ならば、アキトの方が勝負を辞退していただろう。
だが、今は一回戦。ケビンが優勝できる可能性は一パーセントもない。無情ながらも、それが現実だ。
たとえ、どれ程その想いが強かろうと、一パーセントの可能性が百になることはない。
『では…決勝戦第一試合、テンカワ選手対ケビン選手、試合開始!』
拡声器より、審判の試合開始の声が発せられる。
だが、会場の観客からはたいした声援が上がることはなかった。
大人と子供…試合結果など、火を見るよりも明らかだったからだ。
それでもケビンは背負っていた剣を抜いて構えると、掛け声を上げながらアキトに斬りかかる!
その顔に不安はなく、『絶対に勝つ!』という気迫に満ち溢れている。
それは自信というよりも、若さの勢いと想いの強さでしかない。
一体どうすればいいのか…迷ったアキトは剣を抜くこともなく、ケビンの攻撃を避けていた。
(ケビン君には悪いが…気絶してもらうしかない)
その時…拡声器より、今度は解説者とレティシアの声が流れ始めた。
『え〜、この試合、最初から勝負は決まっていますね』
『残念ですけど、そうですね…でも、なんであんな子供が出場したんでしょうかね?
見物して好きな選手を応援するのが普通だと思うんですけど……』
『手元の資料によりますと、彼…ケビン選手はこの街の教会に引き取られた孤児の一人らしいですね。
そして、この教会ですが運営がかなり苦しいらしく、多額の借金があるみたいです。
おそらくは、その借金を返すために危険をかえりみず出場したのでしょう』
『そうなんですか………』
解説者の言葉に、レティシアは思案顔になって闘っているアキトとケビンを見ていた。
それとは対照的に、それを聞いた観客のほとんどはケビンを応援し始める!
大衆とは、そういった話を好み、大方は気持ちの良い終わり方を望んでいる。
この時点で、アキトはケビンだけでなく、観客の大半を敵に回してしまったのだ。
「そうそう、それで良いのですよ…大衆の心理は愚直で助かります」
闘技場の一角で、ある男がケビンに声援が集中する様をほくそ笑みながら見ていた。
「これで、奴への住民の信頼は揺らいだ。そして、奴があの子供を倒せば、それは失墜と変わる。
まぁ、念のための保険が上手くいかなかったのは気になりますが…別に良いでしょう。
仮に、どちらが勝ったとしても、結局は私が有利になるのですからね……」
そう言うと、その男は愉快そうに目を細めながら、陽光を反射するケビンの持つ剣に視線を移した。
その瞳の奥に、『狡猾』と『強い意志』を混ぜ合わせた光を秘めながら……
一方、アキトといえば―――――
周囲のケビンへの声援と、必死になって攻撃するケビンにほとほと困り果てていた。
(どうする? このまま気絶させるのが一番面倒じゃないけど……)
仮にそれを実行すると、アキトは間違いなく悪役になってしまう。
そうなると、数ヶ月後にひかえた再審の時に住民の票が得られない結果になりかねない。
だから、問答無用で気絶させるのは最終手段にするしかなかった。
「ケビン君、悪いが君の実力では勝てない。負けを認めてくれないか?」
「確かにアキト兄ちゃんには勝てないかも知れないけど…それでも、俺は優勝しなくちゃならないんだ!!」
言葉と共に繰り出すなかなか鋭い剣撃!
だが、その一撃ですらも、アキトの服に掠ることすらできなかった。
アキトは襲いかかるケビンの剣を避けながら、なおも説得を続ける。
「もし、俺が辞退することで優勝するのなら、俺は負けてもよかった。けど…」
「なら負けてくれよ! 絶対に優勝してみせるから!!」
「それは絶対に不可能だ…仮に、優勝しても危険すぎる」
ケビンがこの試合に勝ったとしても、次の相手は遠慮無しに倒してくるかも知れない。
たとえ残りの試合、全ての対戦相手が辞退してくれたとしても、最後にはマスクマンがいる。
彼のファンであるトリーシャなどに聞いた限り、
マスクマンはボランティア等に協力する一般で言う所の『正義のヒーロー』だが、
その反面、闘士として戦いを神聖視しており、一旦戦いの場に立つと修羅の如き戦いをみせる。
たとえ相手が女子供あろうと全力で戦い、更に、八百長やその類を激しく嫌悪していた。
もしそんな相手がケビンと戦えば…無傷ですむはずがない。
殺されることはないかもしれないが、重傷は避けられないだろう。
最悪なことに、大会で優勝してもマスクマンに勝たないと、優勝賞金は得られない。
故に、優勝者がアキトであろうとケビンであろうと、最終的にその戦いは避けられないのだ。
アキトは攻撃を避けながらも、その事を必死に説明したが、
「そんなことやってみないとわからないだろ!!」
と、ケビンは怒鳴り返すだけだった。さらに……
「俺はみんなを護るためなら、死ぬ覚悟だってあるんだ! アキト兄ちゃんも男なら覚悟を決めろよ!!」
「……死ぬ? 覚悟?」
ケビンの言葉に、アキトの目に今までとは違う光が宿り、気配が変わる。
アキトから優しげな雰囲気が消えたことに気がついたのか、ケビンは無意識に二、三歩後ろに下がった。
「死んでもいい…言うのは簡単だが、その意味を本当に理解しているのか?」
雰囲気と同様、変わったアキトの口調に、ケビンは身体を震わせると剣をしっかりと握りしめる。
その行為はアキトを警戒して…ではなく、何かに縋る、藁をも掴むといった感じだ。
「そもそも、戦いというものを理解しているのか?
皆を守るためなら死んでもいい? 言っていることは立派だ、聞こえも良い。
だが、本当の意味で『死』というモノを理解して口にしているのか?」
アキトは一歩ずつケビンに歩み寄る。
ケビンは、アキトが一歩近づいた分、自分の一歩下がった…
だが、その歩幅の違いからその間はすぐに縮まり、お互いの距離が一メートルの所で歩くのを止めた。
その距離は、後一歩でケビンの小剣の間合いに入る距離だ。
「確かに、君には覚悟があるかも知れない。
だがそれは、自分が傷ついても勝つということで、相手を傷つけてでも勝つという覚悟じゃない」
その言葉に、ケビンの身体はビクッと震えた。
自分でも考えてなかった…いや、気づきすらしなかったことだからだ。
「…君は、俺に覚悟を決めろと言ったね。悪いが、俺は覚悟が出来ているんだ。
といっても、殺すとか殺されるとかの覚悟じゃない。『死』や『苦痛』を受け止める覚悟だ。
戦いにおいて、『苦痛』や『死』は共にあるもの…相手にも、自分にも……
ケビン君、今度は俺から訊く…君は、本当に意味で『死』や『苦痛』を理解しているのか!」
言葉と同時に、アキトからケビンに向けて殺気が放たれる!
その殺気に反応―――――いや、怯えたケビンは、我を失って剣を突き出した!!
ズシュッ!!
「え………??」
剣越しに手に伝わる鈍い感触に、ケビンの頭は真っ白になる……
そして、鈍い刃の上をアキトの肩から流れる血が伝わる様を見た瞬間、ケビンは弾かれるように手を放した。
「ア、アキト兄ちゃん…ゴ、ゴメ…ゴメン……」
上手く頭が働いていないのだろう、呆然としたままアキトに謝るケビン。
アキトはケビンの言葉に頷くわけでも、怒るわけでもなく、問いかける。
「初めて人を傷つけて、どう思った?」
「わからない…なんだか訳わからなくて、アキト兄ちゃんが怪我したのを見たら、胸が痛くて……」
「ケビン君…君は人の痛みがわかる優しい子だ。
そして、親しい人が死ぬことが、どれ程悲しいか…それをよく知っているはずだ」
「うん……父ちゃんと母ちゃんが死んだとき、凄く悲しかった」
「なら、今自分がどれだけ神父さん達を心配させ、悲しませているか…解るね?」
「……御免なさい」
「謝るのは俺じゃない。家族のみんなに謝るんだよ」
「でも……」
「教会の借金のことは気にしなくていいよ。後のことは俺に…兄ちゃんにまかせとけ」
元の笑顔を見せながら頭を撫でるアキトに、ケビンは大きく頷いた。
そして、ケビンは負けを認め、一回戦第一試合は終了を迎えた。
ケビンとアキトは、観客のどよめきに見送られて退場していった……
―――――医務室―――――
あの後、肩に刺さった剣を引き抜いたアキトは、大会が運営する医務室へ来ていた。
その背後を、ケビンは暗い表情で付いてきている。
その周りには、アキトの怪我の具合が心配なのか、シーラやクレア、マリアにアレフといった仲間達の他に、
試合がひかえているはずの司狼やリカルド、アルベルトまでもが集まっていた。
「まったく…モーリスさんから頼まれて大会医師を引き受けたが、第一試合から大怪我か。先が思いやられるな」
椅子に座っていた医者…トーヤ・クラウドが不満を口にする。
彼にしてみれば、傷つけ合う格闘技など、容認以前に馬鹿げていると考えているからだ。
「どうもすみません、トーヤ先生」
「気にするな、愚痴を言っただけだ。それよりも上着を脱げ、早く手当をするぞ」
早く上着を脱げと催促するトーヤ。
名実ともに名医と称している以上、怪我人を放っておくのが気に入らないのだろう。
そんなトーヤを見た後、アキトは隣で俯いているケビンに視線を移した。
「ケビン君、俺のことはもういいから、神父さん達に謝りに行くんだ。随分心配をかけたんだからね」
「うん……」
「大丈夫、手段はどうあれ、ケビン君はみんなのことを考えてしたことなんだ。そんなに怒られないよ」
「……わかった。俺、みんなに正直に言って謝ってくる」
「ああ、それがいい。悪いが、みんなもついていってやってくれないか?
本当なら、俺がついていって弁護したいんだけど……」
「傷の治療が終わるまで外にはださんぞ」
「……みたいだから。頼むよ」
トーヤの言葉に苦笑いすると、アキトはアレフ達に頭を下げて頼んだ。
トーヤの頑固さを知っているアレフ達は二つ返事で引き受けると、
シーラやクレア、アレフとクリス以外がケビンを連れて神父達の元へと向かおうとした…その時。
「ああ、そうだ。ケビン君、君の剣なんだけど…アレは自分が用意したのかい?」
「剣? ああ、アレは運営委員会の役員だって言う人からもらったんだ。
剣を買うお金なんて無いからさ、前に兄ちゃんに貰った木剣で出ようとしたら、それならこれを使えってくれたんだ」
「そうなんだ…それで、どんな人だった?」
「どんなって…別に、普通の人だったよ」
「その人に、何か特徴はなかったかい?」
「ん〜…特徴って言っても、なんかあんまり思い出せないんだよな…
あ! そうそう、タキシードだっけ? あれを着てたよ。他はこれといって覚えてないや」
その言葉に、アキト達の脳裏にある一人の男が浮かび上がる。
「そうか……」
「それだけ?」
「ああ、呼び止めて済まなかったね。行ってらっしゃい」
「うん! 行ってくる」
そして、ケビンが医務室から出て十数秒…完全に遠ざかった後、
アキトは座っていた椅子から、崩れ落ちるように床に倒れた!!
床に倒れたアキトは、今までの様子が嘘だったかのように顔を青ざめさせ、辛そうに息をしている。
「ア、アキト君!?」
「アキト様!」
「おいアキト!」
シーラ達は悲鳴混じりの声を上げて近寄ろうとするが、それよりも先にトーヤがアキトの顔を見て息を飲む!
「―――――ッ!! アレフ、手をかせ。アキトをベッドに寝かせる」
「わ、わかった」
「それは私達がやろう。アル、手を貸してくれ」
「は、はい」
力のある自分達の方が早いと判断したリカルドはそう申し出る。
そしてアルベルトと二人掛かりでアキトを抱え上げ、備え付けのベッドに寝かせ、その場を離れた。
それを入れ替わりに、トーヤが近寄ると、アキトを手早く診断する。
(………ざっと見たところ、急性の病気の可能性は低い。となると……)
トーヤはある可能性に気がつくと、アキトの上着の一部を切り、傷口を露見させる。
それを見た皆は、一様に言葉を失った。肩の傷の周りは、広範囲に鮮やかな赤紫色に染まっていたのだ。
「なんなんだよこいつは……」
「わからん…が、おそらく毒だろう。それもかなり強力な……」
『毒!?』
リカルドと司狼を除いた皆が、驚きに声を上げる。
アキトが毒に冒されたということもさることながら、
この傷によって毒を受けたとなると、傷つけた相手…ケビンがそれを行ったことになるのだ。
この場にいる者にとって、その二つは信じたくない事実だったのだ。
その中で、リカルドだけは一人納得した表情でアキトに話しかけた。
「そうか…それでアキト君は、ケビン君が誰から剣を貰ったのかを訊いたんだな」
「ええ…一応、目星はつきましたけど…」
気絶していなかったのか、上半身を起こそうとしながら皆に言うアキト。
だが、力が入らないのか、すぐにベッドに倒れ込む。
「無理をするな」
「いえ、大丈夫です。とりあえず、トーヤ先生は傷口をふさいでください。
毒に関しては、俺が何とかしますから……」
そういうや否や、深呼吸を数回繰り返した後、自らに解毒魔法の麗和浄を施すアキト。
だが、それでもなおアキトの顔色が良くなる兆しは欠片も見えない。
(……やばいな、此処までやっても解毒しきれないなんて)
毒が中和されないことに少々焦るアキト。
今現在、アキトは麗和浄と平行して、体内を浄化する氣功術”活剄”をも使用している。
その上、体内の医療用ナノマシンも毒の中和をしているので、計三つの力で毒に抵抗していることになる。
しかし、それでも毒の中和は微々たるものでしかなかった。
それほど猛毒を受けてもなお、意識のあるアキトの精神力も凄まじいといわざるおえないだろう。
「治療中すまないが、アキト君。先程のことなのだが」
「ええ、ケビン君に剣を渡した人物ですね…ある程度、予測ができています。
ですが、本人はしらをきるでしょうね…タキシードなんて特徴にもなりませんし。
ケビン君が覚えてないのは、おそらく魔法か何かで認識を曖昧にしたんじゃないでしょうか?」
「そうだな…その可能性は高いだろう。それよりも今は君のことだ。ドクター、毒の種類は判らないのですか?」
「症状、感染源である傷口周囲の肌の変色から判断して、植物系の毒ではないことは確かだ。
少なくとも、私の知る限り、こんな症状が出る植物系の毒はない」
私の知る限り…と、トーヤは言ったが、自他共に認める天才医師は伊達ではなく、
その知識は凄まじく、ほとんどの毒を網羅していると言っても過言ではない。
「可能性としてあるのなら、暗殺者等が使う複合毒が高いな…」
トーヤの言葉にリカルドは深刻な顔をする。
もし仮に、その毒が暗殺者が使う複合毒ならば、その解毒剤の入手はかなり難しい事を知っているのだ。
「おいおいドクター、なんとかならねぇのかよ! 天才なんだろ!」
「叫くなアレフ。私とてなんとかできるのならとっくにしている。しかし、毒の種類が判らない以上、なんともならん。
それさえ判れば、たとえ複合毒だろうが中和剤を作ってみせる」
詰め寄るアレフを一瞥しながら、キッパリと断言するトーヤ。
その実は、本人が言うほど簡単な代物ではないのだが、その実力ゆえに真実味がある。
だが、その言葉の逆を言えば、毒の種類さえ判らなければ、治療の仕様がないと言うことだ。
その事に気がついたシーラ達は、悔しそうに顔をうつむけている。
―――――その時、
『なら、俺がその毒の種類を教えてやろうか?』
突如、部屋に響き渡る男の声!
シーラ達、そしてリカルド達はその声を聞いた途端、反射的にそれぞれの得物に手をかけた!
それは、その声の持ち主が現れる時にはいつも戦闘になっているからだ。
「どこだ! シャドウ!」
アレフは刀の鯉口を切りながら周囲の気配を探る。
シーラとクレアも、毒に冒されたアキトを守るべく、その両脇を固めるように移動する。
『ククククク……そう殺気立つなよ。そんなんじゃぁ教える気が失せちまうぜ』
その言葉と共に、部屋の片隅の影から姿を現すシャドウ。
その姿を確認した皆は、対峙するように…そして、それぞれの邪魔にならない位置へと移動する。
その中…一番先頭に立ったリカルドは、腰の剣に手をかけたまま、シャドウに声をかけた。
「アキト君の毒の種類を教えると言ったが…貴様がケビン君に剣を渡したのか?」
「いや、違うぜ。でも、そいつとはまんざら知らない仲じゃないな。ヘッヘッヘッヘッ」
ニヤニヤと道化じみた笑みを浮かべたままリカルドの質問に答えるシャドウ。
今までにないシャドウの行動に、トーヤ以外の者達は戸惑いの表情となった。
「そんな事は今はどうでもいい。毒の種類を教えると言ったな、早く教えろ」
「良いぜ、いっぺんしか言わないからよ〜っく聞いときな、先生さんよ。
そいつの身体を蝕んでいるモノはな、とある狼の牙から採れる猛毒さ」
「狼の牙から? バカな、牙に毒がある狼など……―――――ッ! まさか、フェンリルの毒か!!」
椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がるトーヤ!
そんなトーヤの答えに、シャドウは笑みをより一層深くするだけ…だが、それが何よりの答えだった。
「バカなっ! フェンリルは大戦初期、その猛毒に目をつけた北の国に乱獲され、絶滅したはずだ!」
「ところがどっこい、嘘のような話でも本当なんだな〜、ヒャ〜ハッハッハッハッ!!」
さも愉快そうに笑うシャドウに、トーヤは固く両手を握りしめる。
「おいトーヤ先生! それこそどうでもいいだろうが!種類が判ったんなら早く解毒剤でもなんでも作ってくれよ!」
「………」
「トーヤ先生!!」
「解毒剤は…作れない」
絞り出すようにアレフに答えるトーヤ。
その言葉に、その場にいる者―――――リカルド以外―――――が愕然とした表情になる。
「そりゃいったいどう言うことだよ!!」
「正確にはその材料がないのだ。フェンリルの毒の解毒剤を作るには、とある花が必要なのだが、
それは北方にしか生息しない植物…南方であるエンフィールドには、残念ながら…ない」
トーヤの言葉に再び絶句する一同…そんな皆を、シャドウはより一層面白そうに眺めていた。
そんな時、突如ドアが乱暴に叩かれ、荒々しく扉が開いて青年が入ってきた!!
「何事だ!」
「すまない、ドクター! 急患なんだ!」
「何!? 何処に居る!」
「廊下に横たわっている」
「わかった」
トーヤは素早く廊下に出ると、そこには廊下の床に横たわっている数名の男達がいた。
その男達のほとんどは武装していることから、大会の出場者だということがわかる。
「これは一体どうしたことだ…」
トーヤは異様とも言える光景に眉をひそめた後、手早く男達の容態を見始める。
「これは…痺れているのか?」
「当たり〜! さすが稀代の名医だな、ドクター・トーヤ」
馬鹿笑いしながらトーヤを誉めるシャドウ。
そんなシャドウに、アルベルトは怒りにまかせてハルバードを突き付ける!
「これも貴様の仕業か!!」
「これは俺の仕業だよ。給水所のタンクに、どっかの病院から失敬した薬を混ぜたのさ」
「貴様! もはや許せん!!」
「おっとと、危ねぇじゃねぇか」
振り下ろされたハルバードを言葉とは裏腹に危なげなく避けるシャドウ。
「刃がついて無くとも、そんなモンが当たったら洒落にならないからな」
「本気でやっているんだ!」
「イヤだねぇ、熱血君は…」
再三襲いかかるハルバードを軽業師のような動きで避けるシャドウ。
他の者は手を出そうにも、場所を考えずに長柄武器を振り回す馬鹿の所為で身動きがとれなかった。
「お〜怖い怖い。怖いから俺は退散し「おい、シャドウ」……なんだ?」
今まで治療に専念し、沈黙…正確には麗和浄の詠唱を口にしていたアキトが、シャドウを呼び止める。
シャドウは最初驚いたような態度をとったが、すぐににやけた笑顔になってアキトに向き直った。
「もしかして、その身体で俺と戦り合おうってのか?」
「そうしたいのはやまやまなんだがな…そろそろ迎えに行かないと、あの二人が拗ねるから。
だが、それはまた今度だ。今、戦り合ってもたぶん勝てないからな」
「ほほう…まともに動かない身体でえらい自信じゃねぇか」
アキトの言葉に関心…いや、頼もしそうな笑みを見せるシャドウ。
それは額面通りなのか、それとも別の意味があるのかは、眼帯によって表情が隠れている所為で判断できない。
そんなシャドウの態度はさして気にしてないのか、アキトは言葉を続けた。
「ともかく、一つ訊ねる。今回の騒ぎ、お前の目的にはそぐわないと思うんだが…どういうつもりだ?」
「俺にも色々と都合ってもんがあるんでね」
シャドウはそれだけ言うと、現れた時と同様、影の中に潜るように姿を消した。
こうなったら、もう誰も…一流の魔術師といえど、シャドウの追跡は不可能だ。
アキトはシャドウが消えた影を一瞥すると、また麗和浄を始めた。
(今までの行動から考えて、シャドウの目的は俺の強さの引き出し…もしくは、底上げと考えられる。
その考えが正しいと仮定するとして、俺がシャドウなら、毒に冒されたという不利な状況を利用し、
進んで邪魔を…ギリギリの苦しい闘いになるように仕向けるはずだ。
だが、奴は痺れ薬を使い、他の選手の妨害をした…これが興奮剤とかいうのなら、納得できたんだが……)
シャドウのシャドウらしくない行動に思案するアキト…理由は考えたとおりだ。
そんな思考の海に沈んだアキトを余所に、トーヤとリカルド達は今の状況を話し合っていた。
「ドクター。奴は病院から痺れ薬を盗んだと言っていたが…」
「ああ。この症状から、うちの病院にあった麻酔だろう。
ならば話は早い。病院に残っているディアーナに連絡し、中和剤を持ってこさせればいい」
「そうですな。おいアル、誰かに連絡して病院まで…アル?」
リカルドが呼びかけても返事を返さないアルベルト。
不審に思ったリカルドが肩に手をかけると…そのまま前に向かって倒れた。
「おいアル!?大丈夫か!」
「……駄目ですね、こいつも痺れているようです」
倒れたアルベルトを仰向けに転がして状態を調べた司狼がそう言う。
確かに、素人目から見ても他の患者と同じ様な症状に酷似していた。
「そういや、こいつさっき水をがぶ飲みしていたな」
「そうか。なら、飲み過ぎた分、やや症状が重いようだが…命の別状はない。
急に倒れたのは、動き回った所為で薬が急激に回ってしまった所為だろう。
それよりも、アキトはともかくお前達は平気なのか?」
アルベルトを診断したトーヤは、残る二人の選手…司狼とリカルドに問いかける。
「ま、多少は水を飲んだけど、とある事情で毒とか飲んでもそう簡単に効かないもんでね」
「私も少し飲んだせいか、身体の感覚は鈍いが…戦えないほどではない」
司狼の場合は深雪の加護。リカルドは気力や精神力で痺れを無理矢理に抑え込む。
リカルドからすれば、自分より容態の悪い者…アキトがいるのだ。この程度で棄権するつもりはないのだろう。
それを見たアキトは、この場で被害を受けていない者達…アレフ達の方に向いた。
「みんな、済まないが病院まで行って中和剤を持ってきてくれないか?」
「ああ、俺達もそのつもりだった。しかし、アキト…お前は大丈夫なのか?」
「大丈夫…とは言いがたいが、何とかしてみせる。
アレフ達は、アレフ達にしかできないことをしてくれ。頼む…」
「わかった」
アレフは短く返事をすると、シーラ達と一緒に部屋を飛び出す―――――寸前!
部屋の扉がバタン!と開き、一人の男が入り口に立ちふさがるように立っていた。
その男とは…
「お話は聞かせてもらいました!」
武闘大会と云う場に似つかわしくないタキシード姿に、
穴が三つ空いただけのお面をかぶった人物…ハメットだった。
ただし、こんなふざけた恰好を真似る奴が他にいなければ…だが。そんな心配はいらないだろう。
立ちふさがるハメットに向かって、先頭にいたアレフは苛立ちも露わに怒鳴る!
「またお前かよ。ことある事に俺達の邪魔すんじゃねぇ!」
「邪魔とは心外ですね、私もドクターに用事があったのですよ。
私の可愛い可愛い”ポチ”が水を大量に飲んでしまいまして…
それでドクターに…と思ったのですが、手間が省けました。それでは!」
そういうや否や、ハメットは踵を返して走り去って行く。
アレフ達はそれをボーゼンと見送った後、ハッと気がついた!
「あ、手前この! まちやがれ!!」
「早く追いましょう!」
以前であった時のハメットの行動から、あいつは中和剤を独り占めにしかねないと判断した一同は、
即座にハメットを追うべく、そして先んじて中和剤を手に入れるべく、医療室を今度こそ飛び出した!!
「では、私は中和剤が届くまで試合を一時中止するように、大会委員会に頼んでみよう」
リカルドはそういうと、まったく痺れた様子をみせない歩調で部屋を出ていった。
司狼も、被害状況を調べようと、続いて医務室を後にした。
(ここからクラウド医院まで、走って片道十五分弱。ハメットの妨害とか考えれば、往復一時間か。
その間、試合は中止…毒を中和する時間ができたことは俺にとって幸いだが、シャドウは一体何を考えてるんだ?
今回、俺が負けるとなにか都合でも悪いのか?)
解毒を施しながら思案するアキト…だが、悩んでも答えがでるはずもなく、時は流れていった。
そして一時間後……
アレフ達は疲れた様子で帰ってきた。手の中には…幾つかの瓶を持っていた。
だが所々傷ついており、服も少々破れている様子だった。
「持ってきたぜ、アキト」
「済まなかったな、アレフ。みんなもご苦労様」
「いえ、これぐらいは」
「そうね。ちょっと手こずっちゃったけど…」
照れた様子をみせるクレアとシーラ。二人の服も、やはり破れていたりする。
「トーヤ先生、中和剤をみんなに」
「わかった。アレフにクリス、手伝ってくれ」
「ああ、わかった。行くぞ、クリス」
「う、うん」
トーヤは控え室で倒れている選手に中和剤を注射すべく、医療バッグを手に部屋をでていった。
アレフとクリスも、持ってきた中和剤を抱えてトーヤの後に付いていった。
それを見送った後、アキトはクレア達に向き直る。
「クレアちゃんにシーラちゃん、掠り傷が多いけど大丈夫?」
「ええ、私は大丈夫です」
「私も。全部掠り傷だし、少々打撲した程度だから」
「それでも、ちゃんと直しておかないと……」
それだけ言うと、アキトは二人に治癒を施す。
「だ、駄目ですアキト様!私達よりも、ご自身の治療を優先させてください!」
「そうよアキト君!アキト君は試合が控えているんだから!」
「いや、もう魔術で解毒できるところまではしたから。大丈夫だよ」
アキトは微笑しながらクレア達の治療を続ける。
アキトの言っていることに嘘はない。麗和浄で解毒は施した。ただし、完全に…ではない。
麗和浄の解毒作用はあまり高くないため、完全に解毒しきれなかったのだ。
故に、後は”活剄”と”医療用ナノマシン”による解毒に任せるしかなかった。
「それよりも、その怪我はどうしたんだい?
シーラちゃん達の実力なら、ハメット相手でもそうそう怪我をすることはないと思ったんだけど……」
「それなんだけど……」
シーラとアキトはクラウド医院に行って帰るまでのことをアキトに話した。
シーラ達はクラウド医院に向かっている途中、ハメットとその手下に追い付き、一戦あったこと。
ついでに、リカルドの配下の自警団員数人が、同じく中和剤を取りに行っており、こちらとも戦った。
ハメットとの戦いの際、凄まじい風の魔法により吹き飛ばされたが、何とか勝ったこと、(擦り傷はこの時に)
自警団員とは勝つことには勝ったが、多少の傷を受けたこと。(それが身体の傷)
「そうなんだ…苦労をかけたね」
「それは別によろしいのですけど…一つ、おかしな事があるのです」
「おかしな事? それは何なんだい、クレアちゃん」
「はい…先の戦いなんですけど、最後の魔法…おそらくはハメット様が使ったのでしょうが、
不思議なことに詠唱がなかったのです。竜巻に近い程の威力ですから、詠唱無しでは不可能なはずなのに…
無論、私が気がつかなかった可能性もありますが…」
―――――と言っているクレアだが、本当のことを言えば、その可能性はかなり低いと思っていた。
威力が威力だけあって、その詠唱は一言二言ですむはずはなく、終わるまで気がつかれないことは難しい。
とくに、全体的に相手の魔法の使用に注意していたクレアに見つからずは、ほぼ不可能だった。
「その魔法の後、魔力の残滓とかは無かったのかい?」
「いえ、そこまではわかりません…なにぶん、急いでいたものでして。
魔力探査などの術を使っている暇はなかったのです。申し訳ございません…」
「いや、気にしないで。ちょっと疑問に思っただけだから。
(普通なら、魔力の残滓とかを感じることも視ることもできないんだよな……)」
つい、自分と同じ立場で考えてしまったことに反省するアキト。
赤竜の力の恩恵で超感覚を手に入れて以来、それが当たり前だと勘違いしていたのだ。
「とにかく、クレアちゃんやシーラちゃん達のおかげで試合は再開できたみたいだからね。
後は優勝目指して勝ち抜かないとね…」
右腕で握り拳を作るアキト。その行為は、意思を固めているように見える。
それを見たシーラとクレアはお互いの顔を見合わすと、改めてアキトに向き直った。
「あの、アキト様。アキト様は一体何が目的で大会に出場なされたのですか?」
真剣な顔をして訊ねるクレア。隣にいるシーラも同じような顔をしていた。
こんな顔をされたら誤魔化す訳にはいかないな…と、胸中で呟くアキト。
そもそも、特別なことがない限り、仲間内にはあまり嘘をつきたくない。
「…二人とも、極力口外しないって約束できる?」
今度はアキトが真剣な顔でクレア達に訊ねる。
その顔にちょっと驚いたものの、クレア達は一回、真剣な顔のまま頷いた。
それを見たアキトは、出場した理由…教会の神父に頼まれ、優勝賞金にて教会の借金の返済…を話した。
それを聞いた二人は、一様に納得した後、思案するような表情に変わった。
「やはりそうだったのですか。アキト様の出場理由はわかりました…ですが…」
「ええ、ちょっと困ったことになったわね……」
「困った事って…なにかあったのかい?」
「それが……」
先の試合で、孤児院を救おうとしたケビンをアキトが倒した…
正確にはアキトが勝ったことに、観客からブーイングがあった事を、シーラ達はアキトに説明した。
つまり、アキトの懸念があたってしまったのだ。
もし、二人の会話を皆が聞いていればブーイングは少なかったかも知れないが、
グラウンドのほぼ真ん中で交わす会話が、観客に聞こえるはずもない。
ただでさえ、アナウンサーや審判の声、観客自身の声援が飛び交っていたのだ。
「そうか…参ったな」
「幸い…といいましょうか、レティシア様がフォローをしてくれたので、さほど騒ぎにはならなかったのですが…」
「レティシア?……ああ、ゲストのアイドルだったね、彼女が?」
「はい。『アキト選手の出場理由も知らず、一方的に責めるのは間違っている』と言って…
それと、『アキト選手はケビン選手の代わりに孤児院を救う、と言っていました!』とも」
その言葉に、アキトは驚いたように目を広げた。
確かに、試合中のケビンとの会話の際、その様なことを言ったのだが…
先も言ったとおり、観客席にほど近い解説席に居たレティシア嬢に聞こえる訳はない…はずなのだが、
「そうか…彼女がね」
(そういえば彼女はハーフ・エルフだったな。
エルフ族は五感…特に目と耳が優れているってエルさんから聞いたけど、もしかして聞こえたのか?)
と考えた。
とりあえず、最悪の事態を回避できたことに、アキトは心の中でレティシアに感謝した。
それと同時に、もし彼女が居なかったら、間違いなく最悪な事態になったであろうと想像し、冷や汗をかいた。
その時、アキトはある一つの可能性を思いついた。
(もし、彼女が他の人達みたいな考えの持ち主で、俺とケビン君の会話も聞こえていなかったと仮定すると、
彼女は間違いなく俺を非難しただろう。それが普通であり、一般的な他人の行動だ。
そして彼女が非難をすれば、彼女のファンを初めとする大多数が、俺を大非難する。
そうなったら最後、信用など無くなり、再審の可決の票を得られずこの街を出ることになっただろう…)
レティシア嬢の言葉一つで、アキトの運命は左右されていた…そんな状況下に、微かに戦慄するアキト。
同時に、あまりにも揃いすぎる符号に、予選からあった『疑い』は『確信』に変わった。
予選者の中に紛れ込んでいた本気で殺そうとした連中…
ケビンの特別抽選による本戦進出、持っていた毒の剣。
そして、一人の言葉で孤立しかねない状況という、出来すぎたお膳立て。
(おそらく、この大武闘会に関わる者の中で、俺が邪魔な奴がいる…
今回のこと、そして今までのことを考えて、たぶん『ハメット』だろう。
問題は、俺が邪魔だから今回の状況を利用して排除しようとしたのか、それとも……)
確実な情報とそれから導き出される推測を組み合わせ、”舞台の裏側”を予測しようとするアキト。
予測はあくまで予測であり、真実ではないが…どれでも、限りなく事実に近づく一歩にはなる。
(ハメットとシャドウ、この二人が繋がっているのは………ん?)
両端から感じる視線に、アキトは思考を止め、そちらを向く。
その視線の元は…言うまでもなく、クレアとシーラだ。
「どうかしたのかい?二人とも」
「……アキト君、何を考えていたのかなって思って」
「いや、なんでもない」
「なんでもないようには見えませんでしたけど?」
「そうは言われても…」
ハメットとシャドウの事を話すわけにはいかない為、解らないといった感じに惚けるアキト。
そんなアキトの態度に、クレアとシーラの二人の視線は険しく、表情も厳しいものへと変わる。
「シーラちゃんにクレアちゃん、怒ってない?」
「「気のせいです(わ)!!」」
「そ、そう?」
クレア達の剣幕に気圧され、引きつった顔で押し黙るアキト。
そんなアキトを、針のような視線でじ〜っと見るクレア達。
彼女達は、アキトが庇ってくれたレティシアのことを考えていると勘違いしている…つまり、嫉妬しているのだ。
(い、一体何がどうなっているんだ?それよりも、どうすれば良いんだ!?!)
アキトの苦悩も虚しく、この針のむしろみたいな状況は、
アキトの次の試合を告げに来た役員が来る二時間ほど続き、胃にかなりのダメージを与えた……
―――――その2へ続く―――――