夕暮れ時…予想以上の大武闘会の闘いに街中が興奮し、今だ冷めていない。

おそらく、今夜はその興奮がおさまることはないだろう。

 

 

その様な喧噪とは裏腹に、大会の勇者…アキトとリカルド、そして司狼は、

リカルドの家の食卓で静かに(トリーシャ作、ちょっと豪華な)食事をとっていた。

 

ちなみに、トリーシャは三人が特別な話があることを察し、外出している。

 

 

 

「アキト君、体の方は大丈夫なのかね?」

「ええ、心配していただいてありがとうございます、リカルドさん。もう大丈夫です」

 

 

試合中と違い、解放された赤竜の力が周囲の力を吸収し、アキトの疲労、負傷を癒していたのだ。

と云っても完全にではなく、常時の五割程度。氣の全力使用に猛毒などでかなり身体に無理を強いていた。

そんなボロボロの身体には急激な回復は逆効果になるため、後は自然治癒に任せているのだ。

 

 

「それなら良いのだが…それはそうと、早めに本題に入ろう。

アキト君に頼まれたことだが…大会に使用された結界の発生装置の出所はショート研究所だった」

 

「そうですか…ショート財団マリアちゃんの家からの提供ですからね…そうですか……」

 

 

何度も呟きながら、困った顔で思案する様子をみせるアキト。

 

あの結界は九分九厘、メロディを誘拐しようとした連中が使っていたモノの類似品。

しかも、あの連中は『死の商人』との繋がりがある―――――と、推測される。

 

それはつまり、マリアの家は………

 

アキトはそこまで考えると、その予測を振り払うかのように頭を振る。

綺麗事を言うつもりはない。だが、それよりも安易に予想だけで全てを決めつけるのは危険だからだ。

だが、裏付けは取る必要はあるだろう。誰にとって必要なのかはまだ分からないが……

 

 

「まさか、そっちもその名前がでるとはな……」

 

 

司狼は軽く眉を顰めながらそう言う。

シリアスな口調、態度だが、その手は料理の中からピーマンを選り分けていた。

 

 

「そっちも…というのはどう言うことだ?それと、深雪ちゃんの言うとおり、ピーマンも食べろよ」

「仕方がねぇだろ、嫌いなんだからよ…」

 

 

どうやら、司狼が眉を顰めていたのは、刀の中にいる深雪がピーマンを食べろと説教をしていたかららしい。

先程から『他のものは何でも食べるのに、なぜピーマンだけは…』とか、『栄養が偏ってしまう』だのと、

深雪の愚痴がアキトの耳にもずっと聞こえていた。

 

 

「―――――んな事はどうでもいいだろ」

 

「まぁ、そうだな。司狼は後で深雪ちゃんにしっかりと説教してもらうとして…

さっきも言っていたが、司狼の方でもショート財団と関係があったのか?」

 

「ああ。例の行方不明の五人の借金元だ。

それぞれ会社の名前はこそ違うが、その全てがショート財団の系列だったんだ」

 

「その五人の行方は?」

 

「わからん。盗賊シーヴズギルドの中間報告じゃ、王都に入った所まではわかったんだが、

それ以降の足取りを掴むのは無理だったらしい。

一口で『王都』といっても広いからな、裏も合わせるとほぼ捜索不可能だよ。

俺の勘で言わせてもらうと、十中八九、連中は裏にいる。

あそこはかなり入り組んでいるらしいからな…身を隠すならあれ以上の所はまず無い」

 

「…………」

 

 

司狼の言葉に考え込むアキト。

公的に存在する盗賊シーヴズギルドがそれ以上捜索できないと言っている以上、正攻法で探し出すのは難しい。

その程度の知識は、アキトにもある。

 

ならばどうすればいいか…答えは―――――

 

 

(郷に入りては郷に従え、か。あの人達…というか、あの人に頼むのはちょっと不安だが、仕方がない…か?)

 

 

少し渋い顔をしながら冷や汗をかくアキト。

そんなアキトの顔を、司狼とリカルドは不思議そうに見ていた。

 

 

「それはそうと、ハメットの素性なんですが…リカルドさん、役員の関係から……」

「ああ、それは調べるまでもない。ハメットはショート財団の者だ」

「え? リカルドさん、あんたハメットのことを知ってたのか?」

 

 

司狼が意外という顔でリカルドのことを見る。

そんな視線に、リカルドは苦笑じみた表情になる。

 

 

「ハメットはショート財団の番頭だ。そして、ショート財団は自警団の一番のスポンサーでもある。

その関連で、私も一度か二度は見たことがある」

 

「よく憶えてましたね」

 

「あの仮面だ。余程のことがない限りは誰だって一目でわかる。

それに私は、顔を見せない相手は気配を憶えることにしているのでね。彼本人で間違いはないはずだ」

 

「なるほど…つまり、あの野郎が役員に命じ、アキトの出場制限を作ったのか…」

「おそらく。どういった意図があってかまでは判らないが」

 

 

リカルドは少し眉をひそめて思案するが、アキトには何となく予想がついた。

今回の大会は、全てアキトに対して不利に働いていた。

 

なんとかアキトは切り抜けた―――――が、もし最悪な事態になっていたら…

一回戦の時点で住民の信頼を無くし、それから続く激戦に命を落としていただろう。

非情な男が一人死んだ…多少は問題になるかもしれないが、大きくはならない。

それを企んだ人物の権力を考えれば、その程度に済ませることなど容易だ。

 

 

(状況から考えて、奴は俺が本格的に邪魔らしい…それがメロディちゃんの事だけとは思えない。

となると、やはりあの『盗難事件』に関わりがあると考えるのが妥当だ。

それはシャドウも…だ。奴の目的とは違っているが、ハメットと繋がっているのは明らかだ…

そろそろ、やつらを追い詰める手札を集めないといけないな…時間の猶予もない)

 

 

背に腹は代えられない…と、半ば悲壮な決意をしたアキトは、軽く溜息を吐くと司狼に顔を向けた。

 

 

「……司狼。あの五人に関してはこっちでなんとかするから、別に頼みたいことがあるんだが……」

「別の? 構いはしないが…何なんだ?」

 

「ショート研究所に関して…研究、製造されているモノから、資金の流れ、取引先まで。

面倒だと思うけど、あらゆる面で調べてみてくれ。もちろん、危険を感じたら即座に引いてくれ」

 

「……わかった。まぁ、できる限りはやってみらぁ。

深雪と二人掛かりなら、ドラゴンを一ダース相手にしたって大丈夫だがな」

 

『普通のドラゴン程度なら、いくら集まっても問題ありませんね』

 

 

ハハハッと笑いながら『深雪』の鞘を軽く叩く司狼。

そして、それに『さも当然』と応える深雪。

 

 

「しかしアキト君。王都…それも裏に身を潜めた者を探すのは容易ではないぞ」

「たぶん大丈夫です。その道の専門家プロに頼みますから」

 

「その道の? 王都むこうに知り合いでもいるのかね?」

 

「まぁ、知り合い…ですかね。とりあえず、王都にいるシーラちゃんの友達の恋人に連絡して、

そのつてで、知り合いの『運び屋』にあの五人を運んでくれるように依頼するつもりです。

かなりの金額が必要になるでしょうけど…まぁ、なんとかします」

 

「なるほど、裏には裏で対処するつもりか。腕は確かなのかね?」

 

 

妨害のことを懸念しているのだろう、リカルドが眉を潜めて聞いてくる。

その問いに、アキトは少々引きつった苦笑で頷いた。

 

 

「ええ、確かです。どんなことがあっても大丈夫でしょうね」

「ならば良いのだがね」

 

 

アキトの保証にリカルドは頷く。

 

「それでは、いつまでも長居しているとトリーシャちゃんに悪いですし。この辺で………」

 

 

―――――と、その時、

 

 

「失礼しま〜す☆」

 

 

玄関の扉が勢いよく開き、そこからトリーシャと一人の少女が入ってきた。

 

その少女とは、大武闘会のゲストの一人であった『レティシア・シルヴェティア』嬢であった。

 

 

「改めてどうも初めまして。レティシアといいます。

大武闘会での闘い、特等席で見させていただきました。すっごく感動しました!!」

 

 

レティシアは興奮したようにそう言うと、アキト、司狼、リカルドの順に手を取り、強く握手をする。

瞳がキラキラと輝いてる事から、本当に感動していることがありありと解る。

 

本当に各闘技が好きなのだろう。

あの時は凄かったとか、あの技はどのような原理なのか、など、次々に質問していた。

 

 

 

「ねぇトリーシャちゃん。一体何がどうなってるの?」

 

 

レティシアがリカルドに質問しているのを横目に、アキトはトリーシャに小声で話しかける。

 

 

「うん。みんなに会おうとさくら亭に行ったら、彼女…レティシアさんが居たの。

何でも、レティシアさんがさくら亭に宿をとってて、それでみんなと仲良くなったんだって」

 

 

レティシアは一応『庶民派・アイドル』で、高級な宿などをとらず、民宿に泊まることが多い。

なぜ”一応”なのかというと、それは自称であり、本人がそう行動しているだけであって、

世間一般では庶民どころか、そこそこ多くの貴族の間にも受け入れられている。

 

 

「で、一緒になって大武闘会の事で盛り上がっていたんだけど、

私がついうっかりお父さん達が家に居るって口をすべらせちゃって………」

 

「それで、連れて来ちゃったって事?」

「……というか、私の方が連れられたというか何というか……」

 

 

リカルドが家にいることを聞いたレティシアは、トリーシャを伴ってフォスター家に来たのだ。

大事な話をしているので、(物理的にも)なんとか止めようとしたのだが、

リカルドに会える感激に半ば暴走したレティシアには通用せず、逆に引っぱられた。

トリーシャとて、ジョートショップの仮メンバーとしてアキトに護身術を習い、

力も持久力そこそこあるはずなのに、それでも無理とは……

 

十代後半の、それもエルフの血を引く華奢な身体のどこにそんな力があるのだろうか……

 

 

「本当に御免なさい、アキトさん」

「別に構わないよ。話はちょうど終わったところだったしね」

 

 

だから気にするなというアキトの言葉と微笑に、トリーシャは頬を少し赤く染めながら安堵した表情となった。

 

 

「それよりも、リカルドさんを助けなくても良いのかい? トリーシャちゃん」

 

 

矢継ぎ早にレティシアに質問責めにされ、四苦八苦しているリカルドを見ながらアキトはトリーシャに問う。

ちなみに、なんだか面倒になりそうだと判断したのか、既に司狼の姿はこの場にない。

相変わらず、穏行と逃げ足は得意中の得意らしい。

 

それはともかく…レティシアの熱意と勢いに気圧されているリカルドの姿をトリーシャはしばらく眺めた後、

 

 

「別に良いんじゃないかな? こんなお父さんを見るのも初めてだし、なにより面白いし」

「それで良いのかい?」

 

 

ちょっと顔を引きつらせたアキトに、トリーシャは満面な笑みを返しながら、良いの良いの。と応えた。

 

 

「お礼に後でサインをくれるって言ってたし。

アキトさん達の話が途中だったら問題だったけど、その心配も必要なかったし」

 

「ちゃっかりしているね、トリーシャちゃん」

「えへへへへ……」

 

 

助けを求めるリカルドの視線を故意に無視しつつ、トリーシャとアキトは談笑していた。

 

 

 

だが、アキトは知らない。

数分後、今度はリカルドとアキトの立場が逆転することに……

 

 

 

 

 

 

再審の日まで後四ヶ月…

 

再審が通ったとしても、その後の裁判に勝てなければ、この一年がまったく意味の無いことになってしまう。

そうならないためにも、アキトはより多くの切り札を揃えなければならない。

 

 

最悪でも、アリサを護れるぐらいに…最初はそう考えていた。

だが、今は違う。

 

色々と応援してくれた皆の期待と信頼に応えるべく、アキトは『勝つ』為に、切り札を揃えることを決意していた。

 

 

 

 

―――――第三十一話に続く―――――

 

 

 

―――――あとがき―――――

 

 

どうも、ケインです。

アクションの皆様、明けましておめでとうございます。

 

悠久の最新話…一応、アキト君が優勝しました。

本当にギリギリなんですけどね…昂氣が使えれば、かなり有利でしたけど、

純粋な人としての勝負なら、リカルドもマスクマンもアキトに準ずる…いいえ、並んでいます。

それこそ、時の運で勝敗がひっくり返っていますけどね。

リカルドの敗因は、少しの油断とアキトの奇襲勝ちでしたし、

マスクマンの場合、アキトがハンデがあると思い、先の奥義でしとめられなかったことです。

 

本当に、ギリギリの勝利だったんですけど…皆様にそれが伝わっているかどうかは、正直不安です。

 

 

次回は…一応、影の薄かったジョートショップの学生組…魔法使いグループに焦点を当てる予定です。

彼らも色々と努力をしているんですよ。メキメキ実力を上げているアレフ達に負けないようにと…

 

それでは…短いですけど、これで終わります。

次回もよろしければ読んでやってください。ケインでした。