「アキトさん!」

「ああ、トリーシャちゃん。頑張ったね」

「えへへへ……」

 

 

アキトの微笑みと労いの言葉に、頬を赤くして照れるトリーシャ。

しかし…

 

 

「でも、本当に頑張ったのはこの子なんだけどね」

「アギャ!」

 

 

すぐに力のない笑顔になり、抱き抱えたままだった子竜ベビー・ドラゴンの頭を撫でる。

その子竜ベビー・ドラゴンは、アキトに向かって『よろしく!』と言わんばかりに片手を挙げて一鳴きする。

 

 

「あははは、この子がよろしくだって」

「そうなのかい? じゃぁ、こちらこそよろしく」

 

 

子竜ベビー・ドラゴンと握手を交わすアキト。

その態度に、相手がドラゴンだから恐れている様子も、赤ん坊だからと侮っている様子もない。

 

 

「アギャア!」

「え! もしかして、アキトさんって有名?」

「アギャ」

 

 

トリーシャの言葉に頷く子竜ベビー・ドラゴン

そんな一人と一匹の会話に自分の名前が出たことが気になり、アキトはトリーシャに質問する。

 

 

「トリーシャちゃん、どうかしたのかい?」

「うん…この子がアキトさんに『神竜王に認められた者に会えて嬉しい』だって」

「神竜王…セイフォートに? しかし種族が違うのになんで……」

 

「アギャア、アギャギャ―――――」

 

 

人には『アギャアギャ』としか聞こえない子竜ベビー・ドラゴンの声を、ふんふん…と、聞くトリーシャ。

そして一通り聞き終えると、アキトにその通訳を始める。

 

 

「えっとね、神竜王はドラゴン族の王様で、一番強いんだって。

だから、その神竜王に認められたって云うアキトさんの事は、ドラゴンで知らない者はいないんだって」

 

「まぁ、確かに強かったな……それにしても、認められていたのか」

 

 

神竜王との闘いを思い出すアキト。

一応勝ったとは云え、それはあくまで辛うじて…アキトからすれば、勝ちを譲ってもらったに近い。

それも、神竜王が潜在能力を引き出すようなことをしなければ、明らかに負けていたのだ。

その気持ちはかなり強い…否、そう考えてしまうのだ。

 

―――――と、それはともかく…アキトは、トリーシャに目を向け直す。

 

 

「……ああ、そうそう。トリーシャちゃん、なにか魔法道具マジック・アイテムを持ってない?

たぶん、ペンダントみたいなヤツだと思うんだけど」

 

「え? うん。持ってるけど…よくわかったね」

 

 

トリーシャは胸元に手を入れると、学生服の中から竜の形に意匠されたペンダントを取り出し、アキトに見せる。

填め込まれた涙滴形の虹色の石が陽光を反射し、美しい光を放っている。

 

 

「これだったのか…」

 

 

トリーシャが神竜王から貰ったペンダント…『竜の涙ドラゴンズ・ティア

アキトはそのペンダントを目を細めながらじっくりと視る。

 

あの時…トリーシャが召喚魔法を発動させたとき、胸の辺りにある何かが反応したのが視え、

一連の奇異(召喚陣の書き換え、トリーシャと子竜ベビー・ドラゴンの意志疎通)の原因だと直感したのだが…間違いではないようだ。

 

(あの時と同じく、妙な力は感じないし何も視えない…召喚魔法に反応するだけの道具アイテムなのか)

 

 

竜の涙ドラゴンズ・ティア”の効果を予測するアキト。

と同時に、なんて厄介な物を…と小さく呟く。

 

幻獣、魔獣の中で最強種であるドラゴンを無条件で喚べる道具アイテムなど、召喚魔術師の垂涎の的だろう。

そこらに売ってある魔法道具マジック・アイテムなど目ではない、まさに究極の召喚魔導具だ。

 

神竜王にとっては迷惑をかけたから…程度かも知れないが、

この事実を欲のある人間が知れば、トリーシャを殺してでも奪おうとするだろう。

 

 

 

「まぁ、誰も気がついていないし…後で気をつけるように言えばいいか」

「え? 何、アキトさん。どうかしたの?」

 

「いや、なんでもないよ。それよりも、それをあまり人に見せないようにね。

珍しいから盗られるかもしれないよ」

 

「大丈夫じゃないかな? これって、ボクが家に忘れていても、いつの間にか手元にあるし…」

「そ、そうなんだ……」

 

 

呪いでも掛かっているのか!? というつっこみを入れそうになったアキトだが、辛うじてその言葉を飲み込む。

 

 

(…他人の手に渡らないのなら、それはそれで良いか)

 

「ところで、その子はどうするんだい? 親も心配してるんじゃないかな」

「あ! そういえばそうだった。ごめんね、引き止めちゃって。すぐに還してあげるからね」

 

「ンギャ☆」

 

 

トリーシャの言葉に首を横にふり、短く鳴く子竜ベビー・ドラゴン

 

 

「その子はなんだって?」

「此処が気に入ったからしばらくこっちにいるって」

「おいおい…親はいいのかい? 還ってこないから親が迎えに来たってのは止めてくれよ」

「ンギャギャ。アギャ!」

「後で魔法で通信しておくから大丈夫だって」

「ならいいけど……」

 

 

よろしくね! アギャ! と、言葉を交わすトリーシャ達を微苦笑を浮かべて見守るアキト。

竜の涙ドラゴンズ・ティアの事で色々と心配していたが…最高の護衛ボディガードだな。と、思いつつ…

 

同時に、

 

(見た目が犬に似ているけど、頭を撫でられて尻尾をパタパタ振る様はまるっきり”犬”に見えるな…)

 

 

とも。

まぁ、これはトリーシャと子竜ベビー・ドラゴンを見ていた者達共通の思いだが。

 

 

 

そして、

 

 

「クソッ……たかが平民風情が生意気な真似を………」

 

 

その光景を、暗い光を宿した瞳で見ている一人の生徒が居た……

 

 

 

 


 

 

 

「おうおう、天竜シャイニング・ドラゴンの子供を召喚ねぇ……」

『”竜の涙ドラゴンズ・ティア”の補助があるとはいえ、あそこまで仲良しになるなんて…心がとっても純粋だからなのね』

 

 

 

雷鳴山の山頂近くの広場にて…エンフィールド学園を眺めている三つの人影。

その内の二人…シャドウと、身体が透き通った黒髪の美女がトリーシャを見ながら感心したように呟く。

 

大武闘会の時二週間近く前にもあった光景だが、あの時より一人増えている。

 

その一人とは―――――

 

 

『精霊は純粋で優しい心の持ち主が好きだからね。

最近はめっきり少なくなったけど…あの子は結構いいんじゃない? ボクと気があいそうだし』

 

 

見た目が十五、六歳ほどの、透き通るような翠色の髪と蒼い瞳の少女だ。

人目を引く整った容姿だが、どちらかというと可愛い系の顔立ち。

しかし、それより何より目を引くのは、先の黒髪の美女と同じく身体が透き通っており、

さらに、空中に胡座をかいて座っているところだ。おまけにフワフワしている。

 

 

『あら。だったらあの子と契約してみる?』

 

 

黒髪の美女が優しげに微笑みながら少女に問いかける。

 

 

『いいねぇ…でも、今は止めとく。生き残れたら考えるよ』

 

「そうしとけ。後のことは後でな……んな事よりも、手間が省けて助かったぜ。

どうやってアレの使い方を教えようかと悩んでたからな」

 

 

少し安堵したように呟くシャドウ。彼にしては珍しく皮肉げな笑みを浮かべていない。

 

『あれれぇ〜? 今の君・・・なら、喜び勇んでからかいに行くと思ったんだけどなぁ』

 

らしくないシャドウの態度に少女がからかいの表情で揶揄する。

 

「お前な…俺をなんだと思ってやがる」

『人の悪い二流の悪役。結構恨まれてるんじゃない?』

「ほっとけ。”二流”以外は全部承知の上だ」

 

 

チッ―――――と舌打ちしながらそっぽを向くシャドウ。

 

 

『拗ねない拗ねない。ボクは気に入ってるよ、今の君の性格。前よりもずっと親しみやすいしね♪』

「ケッ―――――」

 

『はいはい、シルフィエラもシャドウも。そろそろ残りの三人が来る頃ですよ』

『あっ、もうそんな時間なんだ。じゃぁボクは一足先に行くね。ノーラも早くおいでよ』

 

 

少女はそういうと一陣の旋風と共に姿を忽然と消した。

 

 

「まったく…少しは落ち着きがでねぇのかよ。以前とまったく変わりゃしねぇぜ」

『仕方がありませんよ。私達は変わらない存在ですからね』

「まぁな…それじゃ、あいつらが機嫌を悪くする前に迎えに行くとするか」

『そうですね』

 

 

シャドウは影の中へ―――――ノーラと呼ばれた女性は光のような粒子になると大地の中へと消える。

 

 

その後には、一切の痕跡も残っていなかった…

魔力の残滓も、何かが居たという感触すらも無く。最初から何もいなかったかのように……

 

 

 

 


 

 

 

そして、場所は戻って…エンフィールド学園のグラウンド。

 

 

魔法学部の中でも一際目立つ連中(云うまでもなくマリア達ジョートショップ魔法組)も終わり、

その後は平々凡々…と言うのは失礼だが、特に際立った出来事も無く、授業は進行していた。

 

ある一人の生徒…

マリア達を疎ましそうな…それでいて苛立たしげに睨んでいた生徒の出番が回ってくるまでは。

 

 

 

「では次…アスキース・シュトラウス君」

「はい」

 

 

凛とした返事が辺りに響く。

その生徒が前に出ると同時に生徒達が少しざわめき始める。

 

 

「トリーシャちゃん、みんながざわめいているけど、何かあるのかい?」

 

 

子竜ベビー・ドラゴンを抱き抱えて隣に立っているトリーシャに質問するアキト。

 

ちなみに、なんで生徒の所に戻らないかというと、一部の生徒がもの珍しさに触ろうとしたため、

子竜ベビー・ドラゴンがあっちにいるのを嫌がり、はてに怒りかけたのを見た教師が、移動することを渋々と認めたのだ。

 

 

「うん。彼…アスキース君って貴族の子息で、王都からの留学生の一人なの。

学園ナンバー1の実力者なんだ。筆記も実技もいっつも一位で、しかも満点なんだ。

だから、みんなアスキース君が何をやるのかって気にしてるんじゃないのかな……」

 

 

トリーシャはそういうが、それだけではないだろう。他に何か理由があるのだろう…

ちょっと言葉を濁すトリーシャと複雑そうな顔をしている生徒達の様子に、アキトはそう考えた。

 

がしかし、話したくない事を無理矢理訊く気もおきず、適当に相づちをうつ無難な選択肢を選ぶ。

 

 

「そうなんだ…それはそうと、留学生の一人って事は他にも?」

「うん。後二人、男子と女子なんだけど…あ、あの人達だよ」

 

 

アスキースに名前を呼ばれて出てくる女生徒と男子生徒。

男子の名前は『ケニッヒス・アルマンディ』 女子の名前が『エレン・ハイランド』

アキトはまだ知らないが、この二人もアスキースと同様、学園でも上位の実力者だ。

 

 

「アスキース君。その二人は?」

「私達三人が協力して実技をします。よろしいですね?」

「それは一向に構わないが……」

 

 

今までにない行動をする生徒に少し眉をひそめる教師。

 

 

「別に違反ではありませんね」

「そうだが…まぁいい。無茶なことはするなよ」

 

 

わざわざ”三人の共同作業”をするアスキースの行動に嫌な予感を覚えた教師は一応ながらクギをさしておく。

その言葉に、アスキースはうっすらと笑いながら「はい」と答えた。

 

 

「アスキース。私達まで呼んで一体何をやるつもりですか?」

「なに…先の生意気な奴等に格の違いを教えてやろうと思ってな」

 

「そうなの…でも、ちょっと難しいのではなくて?」

 

 

エレンが横目でトリーシャを…正確には”天竜シャイニング・ドラゴンの子供”を見る。

 

 

天竜シャイニング・ドラゴンドラゴン族の中でも高位。並大抵の存在ものを喚んでも意味はないわよ」

「目には目を、ドラゴンにはドラゴンだ。アレよりも強いドラゴンを喚ぶ」

「確かにね…いくら”天竜シャイニング・ドラゴン”とはいえ子供…アレより強力なのを喚ぶのは不可能じゃないわね」

「私達三人の魔法力、制御力を持ってすれば…ね。良いでしょう。その話し、乗りました」

 

 

三人はお互いの顔を見あって一回頷くと、ケニッヒスがグラウンドに六紡星を画き始める。

残りのアスキースとエレンも魔法陣を…緻密な部分を担当する。

 

そして一分後…大きさ約十メートルほどの六紡星の魔法陣が完成した。

 

 

「アスキース、君が一番制御力があるからメインを。私達がサポートします」

「わかった。しっかりとサポートしろよ」

「誰に言っているのやら…」

「貴男こそ、失敗などすれば無事に王都の土を踏めると思わないで下さい」

 

 

三人はまるで牽制するような口調で確認をすると、魔法陣に手を掲げ、召喚魔法の詠唱を始める。

 

 

「彼方より此方へ 此方より彼方へ  今ここに開け 異界への門よ

   我らが魔力を代価に 幻獣界より御身の姿を現したまえ―――――」

 

 

グラウンドに描かれた魔法陣の上に翠色の光が発生し、緻密な六紡星をくっきりと浮かび上がらせる。

白い光は”光”属性、そして翠の光は―――――”風”属性の証だ。

 

 

 

「其は大空たいくうを翔る飛翼の竜―――――来たれ ワイヴァーン!!

 

 

魔法陣を中心に発生する旋風―――――否、竜巻!

その竜巻の中心に、十五メートルぐらいの大きな翼のあるドラゴン、ワイヴァーンが現れた。

 

その竜巻は召喚完了と共にかき消え、ワイヴァーンの姿の姿が皆に晒される。

ワイヴァーンとは、簡単に云えば飛竜…背に翼があるのではなく、鳥のように腕が翼になっているのだ。

簡単に云えば、通常のドラゴンの腕が翼になっていると考えてもらいたい。

 

だが、今目の前にいる飛竜ワイヴァーンは、その容姿より少々外れていた。

その容姿は、プテラノドンとドラゴンのハーフ…それもやや前者の色が濃い…と云った感じなのだ。

 

 

 

「これは…”ソニック・ワイヴァーン”か?」

 

少々変わった容姿のワイヴァーンの姿を見ながらアスキースは疲れた表情で呟く。

 

「そ、そうですね…その通りだと思います。思ったよりも強力なドラゴンが来たようですね」

「ま、まぁ…当然ですわね。私達がわざわざ協力して喚んだのですから」

 

 

平静を装いつつ、ワイヴァーンを見上げる二人。その顔にはやはり疲労が見え隠れしている。

強力な存在を召喚したため、それに見合うだけの魔力を消費したからだ。

云うなればガス欠…今なら初級の物理魔術ルーン・バレットですら発動が難しいだろう。

 

アスキースは魔力の枯渇による疲労を圧し隠し、威風堂々といった感じに姿勢を正すと、

喚びだした飛竜に向けて右手を掲げ上げる。

 

 

「さて…ワイヴァーンよ、汝を喚びだした主たる私が命ず。あの下らぬ木偶人形を破壊せよ!」

 

主たる態度―――――傍から見れば偉そうな態度―――――でワイヴァーンに命令するアスキース。

 

 

『…………』

 

 

そんなアスキースに目を向け、黙って見つめる…否、ギロリと睨むワイヴァーン。

 

さすがドラゴン族。

その眼光は凄まじく鋭く、人間など彼らにとって捕食動物以外のなにものでもないことを本能で知らしめる。

 

 

「な、なんだその目は! 私は召喚主だぞ、命令に従え!」

 

 

召喚する際、召喚陣…正確には召喚魔法自体に”制約ギアス”と云う『術』が組み込まれている。

これにより、喚び出された召喚獣は召喚した者の定めた規則ルールに従わなければならない。

ちなみに、その規則ルールを召喚対象が認めなかった場合、召喚自体が成り立たずに失敗に終わる。

ほとんどの場合は、召喚師が魔力で召喚対象を従えさせて、規則ルールを絶対厳守させる。

つまり、召喚が成功した時点で『召還主の命令には絶対服従』と云う規則ルールが成り立っている。

 

 

成り立っている―――――はずなのだが、

 

 

『下らぬ……』

「なにっ!?」

『下らぬと言ったのだ…』

 

 

高い位置から見下しているワイヴァーン。それは身体の大きさ云々ではなく、存在自体に対しての評価だ。

 

 

『虫けらが私の主だと? 下らん冗談だ』

「な、何を言うんだ! お前は私の召喚に応じて現れたのだろう、なら制約ギアスに従い私の命を聞け!」

『そうか…貴様か、寝ていた私をムリヤリ此処に転移させたのは』

 

「―――――ッ!!」

 

 

ワイヴァーンの言葉にアスキース達三人、そして魔術師の全員が驚愕に目を大きく広げる!

今ワイヴァーンの言った事が本当なら、召喚は失敗していたと言うこと……

いや、制約ギアス無しの召喚を行ってしまったというのが正解だろう。

 

それはつまり…なんの制約もないドラゴンを、街のど真ん中に喚び出してしまったと言うことだ。

さらに、寝ていたところを強制的に喚んだ為、ワイヴァーンの機嫌はすこぶる悪い。

 

ただでさえ、ドラゴンと云う種族は気性の荒いものが多い。

この”ソニック・ワイヴァーン”と呼ばれる種族も、その例に外れていない。

 

 

『睡眠を邪魔した上に、虫けらの分際でその傲岸不遜な態度―――――万死に値する!

 

 

翼を大きく広げるワイヴァーン! その威圧感に、十五メートル近い巨躯がさらに大きく感じる。

 

 

「いかん、早く退還するんだ!」

 

 

先程の老魔術師が両手を合わせ、即座にワイヴァーンを退還させようとする―――――が、

それよりも早く、ワイヴァーンが翼を振るって飛翔する。

結界担当の魔術師がグラウンドを結界で覆うが、ワイヴァーンはそれに目もくれず、

真っ直ぐにアスキース達を睨む。

 

そして、口を大きく開き―――――

 

 

『―――――ッ!!』

 

 

不可視の衝撃波を放つ!!

近くにいた魔術師は咄嗟にアスキース達を結界で護るが、

その衝撃波の一撃でガラスが割れるような音と共に結界が粉々に砕け散って消滅してしまう。

 

 

「い、いかん! 急いで結界の補強を! あの生徒をなんと守れ!!」

 

 

老魔術師が慌てて指示を飛ばすが、他の魔術師達は非常事態にオロオロしてまともに動く者は少ない。

なんとか数名がグラウンドと保護者達受け持っているの結界を補強するが、問題の三人の生徒まで間に合わない!

 

再び口を開けたワイヴァーンが三人に向かって衝撃波を放つ!

 

その場にいる誰もが、衝撃波に打ち据えられ、粉々に吹き飛ぶ生徒を予想する―――――が、

それよりも早く、人影がアスキース達とワイヴァーンの間に立ちふさがる!

 

 

「―――――ハッ!!」

 

 

アスキース達の前に立ちふさがった人影―――――アキトが赤竜の盾で衝撃波を受け止める。

散らされた衝撃が強風となり、アスキース達に激しく吹き付けるが、それ以外の被害はない。

 

 

『貴様、邪魔をする気か!』

「さすがにやりすぎだ。寝ていた所を起こされて機嫌が悪いのは解るが…退いてくれないか?」

 

 

ワイヴァーンの眼光と怒声を困った顔で受け流しながら、アキトはやんわりと説得する。

チラッと後ろを見ると、半ば呆然とした表情のアスキース達が地面にへたり込んでいる。

 

 

『断る! 邪魔だてするなら、貴様も一緒に死ね!!』

 

 

再度ワイヴァーンは衝撃波を放つが、アキトの赤竜の盾―――――

今度は発生した蒼銀の光の膜に遮られ、前と同じく散らされる。

 

吐息得意技が効かないことを歯痒く思ったのか、ワイヴァーンは翼を振るい大空へと飛翔する。

己の得意領域テリトリーに移行し、より強力な技で攻撃しようと考えたのだろう。

 

 

『今度こそ砕け散れ、虫けらが!!』

 

 

大空から今までと同じく顎を開き、衝撃波を放つワイヴァーン!

アキトは今度も防ごうと思ったのだが、嫌な予感がしたため、

すぐさま後ろの三人の襟首をひっつかみ、衝撃波の範囲外に退避する。

 

―――――その直後!

 

放たれた衝撃波がグラウンドの一角―――――大地の一部を吹き飛ばす!

それも破壊されてただ吹き飛んだのではなく、砂のような粒子になって―――――だ。

 

 

「おいおい…なんなんだ、アレは」

「あれはソニック・ワイヴァーン特有の吐息ブレスですわ。ただの衝撃波ではなく、振動させた衝撃波―――――

簡単に言えば、『ソニック・ブレイク』の超強力版といったところですわ?」

 

 

アキトの呆然と呟いた言葉に、襟首を掴まれたままのエリスが説明をする。

他の二人…アスキース達はといえば、さっさと放せと騒いでいる。

非常時には女性の方が度胸が据わっている場合が多々あるが、今回も例に外れていないらしい。

 

しかしそれも束の間、再度放たれようとしている『振動波ソニック・ブレス』に顔を青ざめさせる。

 

魔術師達の手助けは当てにならない。保護者や校舎を護るのが精一杯。

他の手の空いている魔術師はいきなりの事態にあたふたして役にたちそうにない。

 

えてして、魔術師という存在は引きこもって研究をする者が多く、修羅場などを経験する者は少なく、

想定された事故マニュアル通りならともかく、こういった突発的な事故や緊急事態アクシデントには対応できないことが多い。

 

 

(やりたくはないが…)

 

 

赤竜の盾を消し、腰に差してある刃無き黒き剣”黒翼”の柄に手をかけるアキト。

『黒翼』は不殺の剣―――――その剣を使うことは相手を殺さないこと自分に誓い、振るう。

 

今回は相手をたたき起こして無理矢理召喚…と言うか、人界に転移させたこちらが悪いのだ。

翼を傷つけ、大地に落としてから退還させるしかない。

 

 

『今度こそ砕けろっ!!』

 

 

迫り来る振動波ソニック・ブレスに対し、アキトは黒翼を―――――

 

 

「「「「ソニック・ブレイク!!」」」」 

 

 

振動波ソニック・ブレスと四つの超音波ソニック・ブレイクが衝突し、相殺する!

似ている攻撃で相殺したため衝撃波が吹き荒れるが、それ以外の被害はない。

 

アキトは今の魔術を放った四人の生徒…マリア達に声をかける。

 

 

「みんな!」

「アキトさん、お手伝いします!」

「アキト一人だけ良い格好はさせないからね☆」

 

 

シェリルとマリアがそう言うと、残る二人トリーシャとクリスも同じように頷く。

 

 

「アキトさん、指示をお願いします」

「……わかった。マリアちゃん、君はワイヴァーンの動きを止めるんだ。

クリス君とシェリルちゃんは、マリアちゃんが動きを止めたら、ワイヴァーンを地面に引きずり降ろす準備を。

どんな手段を使っても良いけど、できる限り無傷ですますんだ。今回のことはこちらに非があるからね」

 

「わかりました」

「はい」

「面倒だけどわかった」

 

 

マリアはやや不安の残る返事だったが、

三人ともすぐに了承して、こちらを警戒するように空を飛んでいるワイヴァーンに向かう。

 

 

「トリーシャちゃん、そしてそこの三人」

 

「はい」

「なんですか?」

「「………」」

 

トリーシャとエレンはすぐさま返事をするが、アスキースとケニッヒスは命令するなと云わんばかりに睨み付ける。

 

 

「四人はワイヴァーンをいつでも退還できる準備を。マリアちゃん達が成功したらすぐに行うんだ。

陣を形成するメインはトリーシャちゃんで、そのサポートを三人に任せたい」

 

「どうしてその子がメインですの? そもそも、陣の形勢は大地に書く必要があります。

大地の上にワイヴァーンがじっとしてくれるはずもなく、後で書くのは無理…

先に書いたとしても、運良くその上に落ちてくるとは限りませんわよ」

 

 

至極真っ当な質問をするエレン。学園トップクラスは伊達はなく、問題点をピンポイントで突いてくる。

ただし、サポート役を否定している様子はない、ただ単純に問題点を指摘しているだけのようだ。

 

「理由は云えないが、トリーシャちゃんが召喚魔法を起動させれば、先のように光で陣が描かれるから問題ない」

「では、私達のサポートが必要なわけは? 恥ずかしながら、私達はもう魔法力はあまり残っていませんわ」

「その理由は説明が必要かい?」

「……………」

 

 

逆に問い問い返され押し黙るエレン。聡明な頭では理解しているからだ。

このまま他人に全てを解決されれば、自分達の立場はない。

だが、サポートでも解決の一端を担えば、その立場は辛うじてではあるが守れる。

 

「………了解いたしましたわ。わたくしはサポートに撤しましょう。二人も、それでよろしいですわね」

 

その言葉に反論しようとした二人だが、エレンの恐ろしいまでの眼光に押し黙ってしまう。

最初はアスキースがトップに見えたのだが、どうやら真の支配者はエレン嬢らしい。

確かに、今だふてくされている(アキトが気にくわないだけだが)男二人に比べ、トップの器は十二分にあるだろう。

 

 

「さぁ、早く立って準備なさい!!」

「「わ、わかった!」」

 

エレンの叱咤にアスキース達は慌てて立ち上がると、退還陣のサポートをする準備を始める。

その様子を見て、よしっ! っと呟いたエレンは、

心配そうに見ているトリーシャに口の端を歪める微笑を見せた後、自分もサポート準備を始める。

 

(後はあなた次第、できる?)

 

エレンの微笑は挑発であり、確認だ。

その意図を正確に受け取ったトリーシャは、ふんっ! と可愛らしい気合いの声を上げて魔力を高める。

 

 

―――――その時、凄まじい強風がグラウンド全域を吹き荒れた!

 

 

 

 


 

 

「マリアちゃん、どうする?」

 

 

空を飛び回るワイヴァーンの攻撃をソニック・ブレイクで相殺しながらマリアに問いかけるシェリル。

幸いながら今出しているのはただの衝撃波だ。振動波ソニック・ブレスを放つには準備が必要なのだが、

マリア達がルーン・バレット等を使い、使わせないようにと牽制している。

 

 

「う〜〜ん…飛べない程ダメージを与えるのが手っ取り早いんだけどねぇ」

「だ、だめだよマリアさん!」

「ぶ〜☆ クリスに指摘されなくても解ってるわよ!」

 

 

慌てて止めようとするクリスにマリアがむくれながら返事をする。

これが教師や魔術師の命令だったら無視しているところだが、アキトの頼みである以上は絶対厳守だ。

 

ちなみに、二人とも何だかんだと言っている間でも、牽制の手は休めない。

 

 

「なんかいい方法無いかなぁ…って、いい加減鬱陶しいわよ―――――ソニック・ブレイク!

 

 

もう幾度目になるか判らない魔法で『衝撃の吐息インパルス・ブレス』を相殺するマリア達。

八つ当たり気味の所為か、マリア達の魔法が打ち勝ち、

衝突の際に発した強風がワイヴァーンに向かって吹き付け、それによりワイヴァーンの体勢が一瞬だけ崩れる。

 

 

「「「あっ!」」」

 

 

それを見て気がつく三人。

鳥であろうと、飛竜ワイヴァーンであろうと、翼で空を飛ぶ原理に変わりはない。

まぁ、飛竜ワイヴァーンの場合は魔力を使って翼の浮力を強めているのだが、原理が変わるわけではない。

 

それはつまり、空と飛ぶ者の共通の難点も一緒と云うことだ。

 

 

「マリアちゃん!」

「解ってる!」

 

 

そう返事するや否や、マリアは両手を合わせて魔法の詠唱を始める!

 

 

「我が内にある魔力マナよ 大気を呻らせ 我が敵を飲み込め―――――ヴォーテックス!!

 

 

グラウンドの中央に発生する竜巻!

 

 

『グオッ!!』

 

 

その渦巻く強風に飛竜ワイヴァーンが巻き込まれまいと翼を振るう。

辛うじてそれは成功しているが、その行為によって動きが止まってしまう。

 

それこそが目的であり、待っていた瞬間だった!

 

 

「今!」

 

「エンチャント・マジック!」

「グラビティ・チェイン!!」

 

 

巨大な不可視の重力の鎖が飛竜ワイヴァーンに絡みつき、凄まじい力で大地に引きつける!

その力は本当に凄まじく、飛竜ワイヴァーンは立ち上がるどころか身動き一つ取れない!

 

 

「やったぁ☆」

 

 

竜巻を消滅させながら歓声を上げるマリア。

 

その三人の連携をやや呆然と見ている生徒と魔術師達。

マリアのヴォーテックスが飛竜ワイヴァーンの動きを止め、シェリルがグラビティ・チェインで地面に落とし、束縛する。

しかし、いくらシェリルのグラビティ・チェインでも飛竜ワイヴァーンの束縛は難しい。

だからクリスは、一時的に魔法力をアップさせる魔法『エンチャント・マジック』をシェリルに施した。

 

そのそれぞれが通常より威力が高く、クリスのは修得の難しい上位魔法であることもさながら、

一言の打ち合わせもなくそれを行ったその連携こそ、真に素晴らしいと言えるだろう。

 

 

「後はトリーシャの役目ね☆」

 

 

まるでマリアの言葉に答えるように、飛竜ワイヴァーンの居る地面に翠色の光で描かれた緻密な魔法陣が浮かび上がる。

三人が描いた魔法陣モノとは少々異なっているが、これが正式な空属性・ドラゴン族の魔法陣だ。

先の三人は魔法陣が…召喚回路が間違っていたため、制約ギアス無しでドラゴンを喚んでしまい、

この様な事態を引き起こしてしまう結果になったのだ。

 

 

「此方より彼方へ 彼方より此方へ  今ここへ開け 幻獣界への門よ―――――」

 

 

魔法陣の光が徐々に強くなり、魔法が本格的に始動し始める。

召喚と退還は紙一重の魔法、その手順はほぼ一緒だ。

対象との契約を終了し、その対象を元の世界(この場合は幻獣界)へと送還する。

 

特殊な…トリーシャの喚んだ天竜シャイニング・ドラゴンの子供のような、召還主を気に入った…例を除き、素直に還される。

いや、他にもある。召還主を気に入る以外…凄まじく召還主を憎み、怒っている場合だ。

 

理不尽な、自分の存在自体を否定するような命令でも、契約次第では行わなければならない。

その契約が終了、解約され、退還されるとき…束縛から解放された召喚獣が召還主に牙を剥くのだ。

時には、契約…制約ギアスの効力すらも上回り、召還主に仇成す事もある!

 

 

『グオオオォォォォッッッ―――――舐めるな、虫けらぁ!!』

 

 

飛竜ワイヴァーンの身体より迸る魔力に、重力の鎖が引きちぎられて消滅する!!

 

 

『ガァァァアアアッッ!!』

 

 

怒りの咆哮と共に放たれる『衝撃の吐息インパルス・ブレス』がトリーシャを含めたアスキース達に襲いかかる!!

今までで一番大きい『衝撃の吐息インパルス・ブレス』は、人どころかオーガーですら粉々に吹き飛ばすだろう。

 

その場にいる誰も―――――衝撃波を斬ろうと”黒翼”を抜いたアキト以外―――――が、最悪の予想をした。

 

 

―――――が、突如発生した閃光の弾丸と衝撃波が衝突、お互いを喰らいつくすかのように相殺、消滅する!

 

 

「アギャ!!」

 

 

トリーシャの前に立ち、手出しはさせない! と言わんばかりに威嚇する子竜ベビー・ドラゴン

彼が『光の吐息フォトン・ブレス』で衝撃波を相殺したのだ。

 

 

天竜シャイニング・ドラゴンほどの種族が、人間に隷属するのか!』

「アギャギャ!」

 

 

違うと云う風に首を横に振る子竜ベビー・ドラゴン。彼は純粋にトリーシャを気に入っているだけだ。

それを聞いた飛竜ワイヴァーンは再びかけられる重力の鎖クラビティ・チェインに抵抗しながら、低い唸り声を上げる。

 

 

『貴様が気に入ろうがどうでもいい…我が気に入らぬから潰すのみだ!』

 

 

翼を大きく広げて『振動波ソニック・ブレス』の体勢に入る飛竜ワイヴァーン

だが、後は吐き出すだけという時点で凍りついたように動きを止める!

 

 

『ま、まさか其れは!?』

 

 

自分を退還させようとする術者…トリーシャを見て硬直する飛竜ワイヴァーン

正確には、トリーシャが首からかけているペンダントを見て―――――だ。

 

 

『ば、馬鹿な、それでは貴様が―――――』

 

 

トリーシャの横に立つ男に視線を移す飛竜ワイヴァーン

そこには、いつの間に創ったのか、片手で真紅の剣を持っているアキトの姿があった。

 

その目は―――――

 

 

『素直に還るのなら良し、それ以上暴れようとするのなら―――――覚悟を決めろ』

 

 

と、語っていた。

 

 

『グ、グゥゥゥ………』

 

 

低く唸りながら召喚陣の上にふさぎ込む飛竜ワイヴァーン。人間風に例えれば、へたり込む…と云ったところか。

 

 

『解った…その二人に敬意を表し、今回は素直に還ろう。だが、次はない。

覚えておけ……合意の上ではない、魔力チカラで無理矢理に従えさせられる召喚獣モノの苦痛をな』

 

 

強くなる翠色の光と共に姿を消す飛竜ワイヴァーン。元の世界に還ったのだ。

その事に喜ぶトリーシャ達。その中にはエレン嬢の姿もあった。

 

 

(まぁ、色々と危ないところもあったけど…みんなもう十二分に一人前だな)

 

赤竜の剣を体内に戻しながら喜び合っているトリーシャ達を暖かい眼差しで見ているアキト。

 

今回、アキトは最初以外はさほど手を出してはいない。

ほとんど、トリーシャ達”魔術師組”が頑張ってほぼ無傷で退還させたのだ。

先程もアキトが考えていたように色々と危ない橋もあったが…飛竜ワイヴァーンが相手なのだから、及第点と言えるだろう。

 

 

(もう安心だな。俺が居なくとも大丈夫だ……)

 

 

それを聞けば、トリーシャ達は大騒ぎでそんなことはない! と断言しただろう。

だが、それはアキトの心の中での小さな呟き……

 

誰にも聞かれることなく、気づかれることなく…トリーシャ達を暖かく見守っていた。

 

 

 

 

その瞳には…ほんの少しだけ、寂しそうな光があったことに誰も気がつかなかった。

 

アキト自身さえも……

 

 

 

 

 

追記・その1

 

アスキース、ケニッヒス、エレンの三人組は何だかんだで厳重注意に落ち着いた。

一時は退学まで検討されていたが、学業での過ちは学園が正し、間違えないように教えるべき―――――

との声(主にアキト)が上がり、軽い処分に落ち着いた。

 

 

追記その2

 

トリーシャが喚び出した天竜シャイニング・ドラゴンの子供…名は〈シロ〉と決定した。(トリーシャ命名)

本当は親からもらった名前があるのだが、竜語なので人間には発音できないため、

本来の名前を思念テレパスで聞いたトリーシャが、なんとか…と云うか、

四苦八苦しながら無理矢理に訳して理解できたのが、最初の〈シロ〉だけだったからシロとなった。

 

それを聞いた仲間は『いくらなんでもその名前はどうかと思うが…』と言ったのだが、

当の本人シロ自身がいたく気に入ったらしく、結果として人界での名前が〈シロ〉となった。

ついでに、フォスター家の番犬(番竜?)となり、リカルドのいない間、家を護ることとなった。

 

 

 

 

 

 

―――――あとがき―――――

 

どうも、ケインです。

かなり間があいてしまいました、どうもすみません。色々と忙しかったもので……

白夜の降魔と同時に書いていると、どうにもこっちがおざなりになってしまい…済みません。

それと、仕事が色々と忙しかったので……

 

 

次回は、最初の方でリカルドが言ったとおり、次の満月がすぐです。

つまり、人狼の話となります。

 

色々と複線が出たり、解決したりしますが…よろしければ読んでやってください。

それでは……