悠久を奏でる地にて・・・

 

 

 

 

第32話『月明かりの元で……結ばれる親子の絆』

 

 

 

 

 

 

―――― 一月十三日 ―――――

 

 

普通の人にとってはなんの変哲もない日…もしくは、休日を前にした日。

しかし…アキトの周りにいる者にとって、この日は運命の歯車を大きく回転させる日となる。

 

その日は…今年に入って最初の満月の夜だった。

 

 

 

 

「―――――というわけで、今回もよろしく頼む」

「はいはい、わかってるよ」

 

 

夕暮れ時―――――仕事が終わり、皆を帰宅させた後のジョートショップの前。

そこには、アキトとアレフ達の姿があった。

その組み合わせ、そして東の山から顔をのぞかせている大きな月と言えば…用件は一つしかない。

 

―――――人狼ワーウルフだ。

 

 

「それは良いけどよ、あちらさんは良いのか?」

「まぁ…約束だから。今度は連れて行けって」

 

 

アレフとアキトがチラッと横を見ると、そこにはシーラにクレア、リサ、マリアの姿があった。

前回…つまり、前の満月時の人狼ワーウルフ騒ぎの後、皆からさんざん文句を言われたのだ。

 

それで、今度は連れて行け…と言うことになったのだ。

本当は全員なのだが、学生組は未成年ゆえの門限、その他は用事があったために不参加。

エルは用事がなかったのだが、体調不良で参加できる状況ではない。

 

その中でも学生であるマリアがなぜ参加しているかというと……早い話、モーリスを説得したらしい。

…まぁ、泣いたり拗ねたりを説得とよべれば…だが。

 

 

 

今回も・・・普通の満月か……」

 

 

リサが昇りつつある月を少しだけ目を細めながら見つめる。

彼女にとって、満月は色々と複雑な想いがある。

特に、いつもは柔らかな光をたたえる満月が赤く染まる日には……

 

そんなリサの内情をそれなりに知るアキトだが、今は何も言葉をかけず、皆に話しかける。

 

 

「そろそろ行こう。公安が何時動くかわからない」

 

 

アキトの言葉に皆は頷くと、そろって北の森に向かって歩き始める。

もう既に皆にはアキトの目的…と云うか、やりたいこと、事情は全て伝えてある。

 

人狼ワーウルフを護る…そして、本当の意味で助けることを。

全ては今夜決まる。決めなくてはならない。状況は、これ以上の猶予を許してくれないからだ。

その為に、リカルドにわざわざ無理を言って動いてもらったのだ。

 

しかし、今日、王都から帰ってくるはずのリカルドはまだ帰っていない。

おそらくは、帰るときに何らかのトラブルがあったのか、それとも頼んでいた件に時間がかかったのか……

 

今のアキトにとって、リカルドが持ち帰る情報と資料だけが唯一の希望だった。

 

 

(頼みます、リカルドさん。一刻も早く、正気を取り戻させる方法を………)

 

 

自分ではどうにもならない事態を歯痒く思いながら、アキトは心を平静に保ちつつ北の森に向かう。

今、アキトにできるのはリカルドが帰るまでの時間稼ぎぐらいしかない。

 

 

「焦んなよ、アキト」

 

 

いきなりの言葉に思わずそちらを振り向くアキト。

そこには、真剣ながらも元気づけるような笑顔をしているアレフがいた。

 

 

「…別に焦ってないよ」

「一目見りゃわかるよ。お前は焦ってる。少しは落ち着きな…気持ちは解るがよ」

「そんなことは……」

「アキト様は嘘が下手ですからね。御自分のことは上手く誤魔化しになられるのに」

「そうそう。自分のことでみんなに迷惑かけないようにってね」

「もうちょっとマリア達を信用しなさいよ」

 

 

クレア達の言葉にばつの悪い顔で頬を掻くアキト。

別に、マリアの言っているようにみんなを信用していないわけではない。むしろ、信用している。

それでも…やはり、焦ってしまうのだ。事が事だけに。

 

それを見てとったのか、リサが『しょうがないね…』と言わんばかりに表情になる。

 

 

「ボウヤも少しは大人の男になるんだね。何事にもどっしりと構え―――――」

 

 

パンパンパン!

 

 

「―――――る事もできなさそうだね」

 

 

小さな破裂音を耳にし、表情を引き締めるリサ。皆も同じく表情を引き締めている。

通常は滅多に聞くことの無い類の破裂音。ゆえに、その破裂音の元が何なのかすぐに解ったのだ。

 

 

「急ごう!」

 

 

その場から疾走するアキト!

皆も一テンポ遅れて疾走する。運動の苦手なマリアは風の精霊魔法シルフィード・フェザーを急いで自分にかけ、すぐに追いかける。

 

 

その甲斐あってすぐに北の森に着いたが、事態は既に取り返しのつかない状況になっていた!

 

 

「チィッ―――――なんてこった!!」

 

 

森の中から散発的に鳴り響く銃声に、悔しそうに拳を強く握りしめる。

どう考えても、森の中ではもう既に人狼ワーウルフを公安が攻撃しているからだ。

 

 

「早すぎる……」

 

同じく高ぶる激情を抑えんと拳を握りしめているアキトが呟く。

公安が動くのは前と同じぐらいの時間…と、ヴァネッサから聞いていたのだ。

おそらく、自分達の動くのがばれないようにと、仲間内にも嘘の情報を流していたのだろう。

 

それはまだ良い。一番の問題なのは、満月がまださほど上がっていないことだ。

今までならこの時間帯で人狼ワーウルフは現れない―――――否、現れないはずだった。

それが今は…もう既に人狼ワーウルフとなり、公安に攻撃されている。

 

 

(一体どうなっているんだ…変身が早くなったのは人狼ワーウルフにとって良いことなのか、それとも……)

 

 

どちらとも判断がつかないアキトは思わず考え込んでしまう―――――が、悠長にそんなことを考える暇は無い。

もう既に公安は攻撃を仕掛けているのだ。一刻も早く動かなければならない。

 

 

人狼ワーウルフは前と一緒で俺が対処するから、みんなは二班に分かれて公安を止めてくれ」

「わかった。それで、どういう風に分ける?」

 

「リサさんにシーラちゃん、マリアちゃんの三人、そしてクレアちゃんにアレフの二人だ。

公安も対人狼ワーウルフ用に準備をしているはずだから、気をつけてくれ」

 

「任せな。だからボウヤは人狼ワーウルフの相手に専念―――――ッ!!」

 

 

言葉の半ばで森の方に振り向くリサ。皆も同時に一斉に振り向く。

その動作と共に、皆は反射的に自分の得物に手をかけ、臨戦態勢になる。

 

 

「あの馬鹿たち―――――怒らせたね」

 

 

森から感じる凄まじくも生々しい殺気に、すぐさま状況を理解するリサ。

公安の下手な攻撃が、人狼ワーウルフを怒らせたのだ。

 

 

「作戦変更だ。皆は公安を護ってくれ。俺は最初のまま人狼ワーウルフの相手をする!」

 

 

それだけ言うと森の中に向かって疾走するアキト。

最悪か幸いか、公安はこちらに向かって逃げているため、保護も対処もしやすい。

一つ間違えば、怒り狂った人狼ワーウルフを街の中に招き入れかねない行為なのだが―――――

 

今更何を言っても仕方がない。できることは人狼ワーウルフの足止めと時間稼ぎだ。

幸いと云うべきか、人狼の殺気は凄まじく、目を瞑ってもその居場所が手に取るように感じられる。

 

 

「―――――あそこか!」

 

 

強い気配を手がかりに辿り着いたそこには、怒りに瞳をギラギラ光らせ、

殺意の闘氣が渦巻き、全身の金毛をなびかせている人狼ワーウルフの姿があった。

 

その視線、殺意、どちらか一つでも向けられれば、普通の人間なら即座に逃げ出したくなるだろう。

それとも、恐怖のあまりに腰を抜かすか、失神するか……

 

 

「…………」

 

 

昂氣を纏わせ、静かに構えるアキト。

最初から全力でかからなければならない…それは一目で理解できた。

問題は、今の人狼ワーウルフを相手に、どこまで力をセーブして闘えるか…殺さずに闘えるかだ。

 

人狼ワーウルフも自分に構えをとるアキトを敵と認識したのか、ギロリ…と睨む。

 

その時―――――

 

 

(これは……血の匂い?)

 

 

微かな血の匂いを感じる。その発生源は…人狼ワーウルフだ。

注意深く見ると、右の肩口辺りに血と傷痕が見える。塞がってはいるが…かなり痛かっただろう。

アキトは人狼ワーウルフの”怒り”は月光浴…もしくは遊び時間を邪魔された為かと思っていたのだが、

実は公安の発砲により傷つけられた事に対してだったようだ。

 

(あいつら……)

 

おそらく公安本部に逃げ帰った連中…とりわけ、実行命令を出したであろう三馬鹿パメラ、ボル、ギャランに本気の怒りを抱く。

しかし、今はその怒りを心の奥底に沈ませ、人狼ワーウルフの足止めに専念することだけに集中する。

 

いや、しようとした矢先―――――

 

 

ザッ―――――

 

 

草の擦れ合う小さな音と共に人狼ワーウルフの姿が忽然と消える!

 

 

「なっ!!」

 

 

人狼ワーウルフの意外な行動にアキトは一瞬硬直したあと、同じくその場から姿を消す。

両者とも、高速でその場から移動したのだ。エンフィールドの街・・・・・・・・に向かって!!

 

(クソッ! 公安あっちを優先するとは思わなかった!!)

 

悔しそうに舌打ちしながら人狼ワーウルフの後を追いかけるアキト。

人狼ワーウルフの怒りは予想よりも深かったのだろう、向ける矛先を変えようとしない。

今までなら、間違いなく邪魔者アキトを排除してから追いかける―――――そうしていたはずだ。

 

 

「クッ―――――街に入る前に止めないと!」

 

 

街に入った人狼ワーウルフは匂いを辿り、攻撃してきた公安の連中を襲うだろう。

その結果は、間違いなく『死』―――――それだけは絶対に阻止しなければならない。

人が死ぬ事もそうだが、人狼ワーウルフが人を殺す―――――その事に、嫌な予感がするのだ。

それをしてしまうと、取り返しのつかない存在モノを失ってしまう…そういう予感だ。

 

 

(それだけは絶対に阻止しないと!!)

 

アキトの走る速度が一層速くなる!

だが、それでも人狼ワーウルフとの距離が縮まる気配はない。

 

そして―――――アキトの努力も虚しく、人狼ワーウルフは街に入ってしまった!

 

 

(遅かった―――――なにっ!!)

 

 

突如、夜の街の上空に発生する複数の光弾!

それに続き、跳んで移動する人狼ワーウルフに向かって、地上から数条の銀閃が走る!

それは銃弾だ。それも銀―――――破邪銀ミスリルの弾丸だ。

 

何処の誰が放ったのかは考えるまでもない。

 

人狼ワーウルフは間一髪回避するが、その所為で体勢を崩して街の広場…公園の中央に落下する。

 

 

「撃て! 撃って撃って撃ちまくって人狼ワーウルフの息の根を止めなさい!!」

「これは聖なる闘い、街の者を護るための闘いだ! 遠慮は要らん、全力で撃て!!」

 

 

『陽のあたる丘公園』の一角に陣どった二十人近い公安職員がパメラ達の号令の元、

大地に下りた人狼ワーウルフに向かって絶え間なく発砲する!

 

まさに『横殴りの雨』と言っても差し支えないほどの銃弾の嵐だが、

人狼ワーウルフは目にも写らぬ速さで横へ跳んで回避すると、逆に公安に向かって疾走する!

 

慌てて人狼ワーウルフに向かって照準を合わせるが―――――あまりにも遅すぎる。

いや、人狼ワーウルフが速すぎるのだ。照準が定まったときにはもう一足飛びの間合いの中だった!

 

 

「ガァァァッッ!!」

 

「止めろっ!!」

 

 

人狼ワーウルフ最後の一足を踏み出そうとした直前、人狼ワーウルフと公安達の間の大地に蒼銀の衝撃波がぶつかり、爆発する!

その爆風に公安は吹き飛ばされ、人狼ワーウルフは瞬時に後ろに跳んでやり過ごした!

 

 

「もう止めるんだ。おとなしく森に戻ってくれ」

 

 

蒼銀の昂氣を纏ったアキトが公安と人狼ワーウルフの間に着地し、人狼ワーウルフに話しかける。

薄々と無駄だとは感じつつも…それでも言わなくてはならない。大切な『仲間』なのだから。

 

 

「グルルルル……」

 

 

殺気を漲らせた視線を公安に…そして立ちはだかるアキトに向ける人狼ワーウルフ

聞く耳を持たない、と云うよりは怒りに周りが見えていないと云う方が正しいのだろう。

 

 

「クッ……やはりダメなのか」

 

 

構えをとり、人狼ワーウルフと対峙するアキト。その身体からは蒼銀の光が渦巻きながら立ち上る。

そして人狼ワーウルフも、さらに殺気や怒気混じりの闘氣をアキトに向ける!

 

 

「飽きるまで相手をしてやる……かかってこい」

 

 

アキトはわざと挑発し、注意を自分に向けようとする。

制止の声は聞こえずとも言葉の意味は伝わったのか、人狼ワーウルフの意志はアキトに集中する。

 

 

「ハァッ!!」

「ガァッ!!」

 

 

大地を蹴り、一瞬で間合いをつめた一人と一匹は激しく拳を繰り出す!

いや、拳だけではない、肘、肩、膝、足、攻撃に使える部位を使い、激しい攻撃を繰り出す!

 

 

「アキト!」

「アキト様!!」

 

 

アレフやクレア達がアキト達がやってきた方向から走ってくる。

アレフ達は公安を逃がした後、森の前で待機していたのだが、その上を人狼ワーウルフが跳び越えてしまったのだ。

 

 

「アキト! このバカ達は任せろ!」

 

 

刀を抜き公安に向かうアレフ。シーラ達もそれぞれの武器を持って後を追う―――――だが、

 

 

「みんな、止せっ!」

「―――――何故ですっ!」

 

 

アキトの制止の言葉にクレアが反論する。

 

 

「公安は正式な任務で動いてるんだ!」

『―――――ッ!』

 

 

その一言にアレフ達の動きが止まる。

つまり、アレフ達が公安に手を出せば、公務執行妨害で捕まってしまうのだ。

先程のアキトの行動もそう判断されるのだが、

あれは人狼ワーウルフの攻撃に気をとられていたため、幸い誰も気がついていなかった。

 

 

「だからみんなは手を出す―――――ッ!!」

 

言葉の半ばでアキトは人狼ワーウルフに殴り飛ばされる!

注意が仲間に逸れた一瞬をついたのだ。

 

 

「くっ!」

 

 

膝を着き、地面の上を滑りながら着地するアキト。

その瞬間、人狼ワーウルフが一気に詰め寄り掴みかかろうとするその手を、アキトは真正面から受け止める!

 

 

「ぐっ―――――!!」

 

 

はからずとも力勝負の体勢となるアキトと人狼ワーウルフ

だが、いかんせんアキトの体勢が悪い。上から抑え込まれる形だ。

普通の状態でアキトは力負けしているのに、こんな体勢だと押し返すことなど絶対に不可能だ。

 

 

「今よっ! 動きの止まったこの隙にしとめなさい!!」

 

 

パメラの号令に公安職員全員が人狼ワーウルフ(とアキト)に向かって長銃ライフルの銃口を向ける。

前は躊躇う者が数人居たが、今回は誰一人として迷う者は居ない。いないように選別したのだろう。

 

 

「撃―――――」

 

 

轟ッ!!

 

 

今まさに号令が下されようとした直前、公安職員が一斉に吹き飛ばされる!!

 

 

「前にも言ったよな、そう云うことはさせねぇってよ」

 

 

抜き身の刀を持ち、大地に倒れる公安を睨むアレフ。

 

 

「それとこうも言ったはずだよな…『巫山戯た事やってると塵も残さず燃やすぞ』ってなぁっ!」

 

 

怒気を放ちながら叫ぶアレフ!

その怒りの感情を糧に、神刀『朱雀』の刀身が真紅に染まり、灼熱の炎を生み出す!!

 

 

「ちなみに、わたくしの場合は死ぬ一歩手前まで圧縮ですわ」

「そんなのぬるいわよ。マリアなら超爆発ヴァニシング・ノヴァで消滅よ!!」

 

 

白く輝く神刀『白虎』を構えながら、刀身の周囲を超重力で空間を歪ませるクレア。

その隣で視認できるほど魔力を高めているマリア。

シーラとリサは何も言っていないが、

シーラの怒りに高ぶる氣に反応してオリハルコンの武具が凄まじい電光を発生させ、

リサはただ静かに二本の白い短剣ダガーを見せるように構えている。

 

 

「あなた達、あいつの話を聞いてなかったようね…

私達に手を出すと云うことは、公務執行妨害で捕まるという事…余程あいつと同じ犯罪者になりたいようね」

 

 

憎いアキトではないものの、その仲間を捕らえられることが嬉しいのか、不敵な笑みを見せるパメラ。

だが―――――その表情もすぐに凍りつく。アレフ達の言葉によって!

 

 

「良いぜ、好きにしな。あのまま見て後悔するよりもそっちの方が万倍ましだ」

「アレフ様の云うとおりです。その為の覚悟は―――――とうに出来ています」

 

 

(まったく…揃いも揃って)

 

人狼ワーウルフと組み合いながらもアレフ達の言葉を訊いて微笑するアキト。

不謹慎だが…アレフ達が前科者になろうかという時なのに…本当に嬉しかったのだ。

 

(みんながここまで言ってくれたんだ…このままじゃあいけないな!)

 

アキトの高まる闘志に反応するかのように輝きが増す昂氣。

その輝きが強まるにつれ、今度は逆にアキトが人狼ワーウルフを押し返し始める!

あくまで徐々にだが―――――確実に押し返している!

 

 

「悪い…後でいくらでも文句を聞くから勘弁してくれよ!」

 

 

組み合ったまま蹴りを放つアキト! だが、人狼ワーウルフは組み合った手を放すとその蹴りを受け止める!

以前は蹴り飛ばされたのだが、二度も同じ攻撃は通用しないと云うことなのか…高い学習能力と戦闘センスだ。

 

しかし―――――受け止められたアキトは慌てることなく、

 

「衝破!!」

 

足に集束させていた氣を爆発、零距離の衝撃で人狼ワーウルフを吹き飛ばした!

さらに!

 

 

「―――――裂閃矢エルメキア・アロー!!」

 

 

四本の光の矢が人狼ワーウルフに突き刺さる!

氣と精神の二重攻撃はさすがに効いたのか、人狼ワーウルフは大地に倒れたまま起き上がらない。

 

 

「ふぅ…なんとか効いたようだな」

 

 

一時の時間稼ぎが出来たことに安堵するアキト。しかし、すぐに表情を引き締める。

休んでいる暇はない、その間に公安他の厄介事をなんとかしなければならないからだ。

 

その公安と云えば―――――

 

 

「今よ、今のうちに人狼ワーウルフを―――――」

「できるもんならやってみな。その鉄屑でな」

 

 

倒れた人狼ワーウルフに向かって発砲をせかすが、アレフがニヤッと笑いながら茶化すようにそう言う。

それもそうだろう。なにせ公安全員が持っている長銃ライフルが、あるものは真っ二つに、

またあるものは銃身が大きく”く”の字にへし曲がって使い物にならない状態になっているのだから。

 

あの時、マリアを除いた全員が公安を吹き飛ばしたとき、同時に銃を使い物にならないようにしておいたのだ。

それぞれの得物が鋭い切れ味、高い威力を秘めている故だが、それでも見事な早業だ。

 

 

「クソッ! よくも―――――っと、今までならそう言ったでしょうね、でもお生憎様」

 

 

武器を壊されたのに余裕綽々の公安三人組パメラ、ギャラ、ボル

 

 

「切り札は常に最後にとってくものだよ、一般市民」

「そうです。こうなることぐらい、私達の明晰な頭脳を持ってすれば予測できることです」

 

「お前等な、今までの行為を振り返ってからそういうこと言えよ……」

 

 

今までのことを棚に上げた言動に思わずアレフはつっこみ、アキト達はそれに同意するように頷く。

だがしかし、そんなことが気にならないほど有頂天いい気になっているのか、嘲笑と共にパメラが高らかに宣言する!

 

 

「さぁ…これが私達の切り札―――――幽鬼兵よ!」

 

 

パメラ達の背後の茂みが弾けると同時に、三つの何かが上空へと跳び上がり、大地に降り立つ。

それは三つの人影……それも二メートルをやや超えるほどの大きさだ。

 

しかし、それより何より目を引くのは三つ。

一つは甲冑と東洋の武者鎧の特徴を混ぜ合わせたような独特な…ある意味、節操のない形状の鎧。

もう一つは、背負っている尋常ではないほど大きな大剣グレート・ソード…いや、東洋の巨大刀『斬馬刀』。

刀身の幅三十センチ以上、長さは柄を合わせて二メートル近く…まともに振れる者などいないと思える大きさだ。

そして最後に、左手…否、左腕の大きな砲口。持っているのではなく、腕そのものが銃身だ。

 

顔は髑髏のような面を着けているため見えないが、少なくとも人間ではないだろう。

おそらくは魔導人形ゴーレム。それも岩人形ロック・ゴーレムのような単純な代物ではなく、かなり高度な魔導技術が使われている…

 

魔導人形ゴーレムであるため、氣、気配、闘気などは一切無い為いまいち強さは測りかねるが…おそらく―――――

 

 

「幽鬼兵よ、邪魔する奴等もろとも人狼ワーウルフを殲滅しなさい!」

 

 

パメラが水晶球を持ちながら命令を下す。おそらくはそれがコントローラーなのだろう。

命令を受けた幽鬼兵は、ガチャリ…と音をたてながら一歩を踏みだし―――――走り始める!

 

 

「みんな気をつけろ―――――こいつらは強い!」

 

 

向かってきた幽鬼兵が振り下ろしてきた斬馬刀を抜刀した黒翼で受け止めるアキト

片手で振るったにもかかわらずその力は異様に強く、足下が地面にめり込む!

 

そして―――――

 

ガチャ!!

 

左腕の砲口をアキトに向け―――――発砲する!!

 

 

「―――――クソッ!!」

 

 

ドンッ!!

 

砲身から放たれた光弾が夜空に向かって飛翔する。

アキトが咄嗟に幽鬼兵の腕を蹴り上げて向きを変えたのだ。

 

 

「おおぉぉおぉぉぉっっっ!!」

 

 

アキトは雄叫びと共に斬馬刀を弾き飛ばすと、斬り返しの要領で幽鬼兵を叩き斬る!

―――――つもりだったが、鎧に食い込んで両断するまでにいたらない。

十分な”振り”の余裕がなかったのもそうだが、幽鬼兵の鎧が異様に硬く、衝撃の吸収率が高いのだ!

 

 

「一体どんな素材を使ってるんだ!?」

 

 

仕方無しに殴り飛ばしながら仲間を見やるアキト。

他の仲間達も同様に、二体の幽鬼兵を相手にそうとうな苦戦を強いられていた。

 

 

「もう、なんでマリアばっかり狙ってくるのよ! このこのこのこの〜!!」

 

 

自分に襲いかかってくる幽鬼兵二体に向かってルーン・バレットを次々に放つマリア。

だが、そのルーンバレットはその鎧の表面で弾かれ、爆発することなく散ってしまう!

 

 

「魔法が効かないのか!? マリア、あんたは下がってな!」

 

 

そう言うとマリアを守るように幽鬼兵に攻撃を繰り返すリサ。

ダガーによる攻撃は非力で、鎧の表面を浅く傷つけるだけだが、それでも邪魔をすることは十二分に出来る。

 

 

「チッ! こういったヤツ相手には私は不利だね」

「異様に頑丈な上にこれだから…な!」

 

 

リサが作った隙に幽鬼兵の左腕を炎を纏った刀で斬り落とすアレフ。

だが、その左腕はすぐに磁石のように引き合い、くっついてしまう。

 

 

「私の攻撃もあまり効いてないみたい」

わたくしの方もですわ。斬っても重圧をかけても効果がないようですわ」

 

 

クレアとシーラもマリア達の元に集まる。

クレア達の相手をしていた幽鬼兵は、小さなクレーターの中心でゆっくりと立ち上がっているところだ。

クレアの神刀『白虎』の能力、重力操作によって重圧をかけたのだろうが、ダメージがあるようには見えない。

 

 

「大丈夫か、みんな!」

「誰一人として傷ついてはいませんわ。アキト様は?」

「俺は大丈夫だ。しかし厄介な相手だな、幽鬼兵あれは…」

 

「どうしますか、アキト様。これ以上、後退するわけにはまいりませんし……」

 

 

後ろをチラッと見るクレア。そこには、先程アキトが気絶させた人狼ワーウルフがいる。

幽鬼兵の目標ターゲットはアキト達だけではなく、人狼ワーウルフも含まれているのだ。

 

 

幽鬼兵アレの相手は俺がするから、皆は公安の方を―――――チッ!」

「どうした?」

「厄介な連中がもう一組来た……」

「なに?」

 

 

チラッと横を見るアキト。アレフ達も幽鬼兵から注意は逸らさず、視線を同じ方向に向ける。

そこには遠くの方からこちらに走り寄る一団…アルベルト率いる自警団・第一部隊の面々がいた。

リカルド不在のため、今はアルベルトが第一部隊を統率しているのだ。

 

ついでに言えば、アキトは人狼ワーウルフに関して動かないよう、ノイマンと自警団の団長に頼んでいたのだが、

街中で騒ぎを起こした所為で駆けつけたのだろう。

 

 

「アルベルトに司狼―――――自警団か」

「よりにもよってこのタイミングで来るかよ」

 

「貴様等! これ以上街で狼藉をはたらくことは許さんぞ!!」

 

 

リサとアレフが毒づく声を掻き消すかのように声を張り上げるアルベルト。

その横では、司狼は周囲を見回して状況を把握しようとしている。

 

 

「ふんっ、自警団はさがってなさい。ここは私達が取り仕切ります」

「役立たずは役立たずらしく、後片づけだけやってくださいよ」

 

「貴様等っ!!」

 

「せいぜい吠えてなさい。幽鬼兵、邪魔者をさっさと排除なさい!!」

 

 

パメラの命令に幽鬼兵の目が妖しく光り、邪魔をする者・・・・・・に向かって襲いかかる!

 

 

「なにっ! 貴様等一体どう言うつもりだ!!」

 

 

自らに向かって振り下ろされた斬馬刀を避けながら文句を言うアルベルト

そう、三体の内、一体が自警団に向かって襲いかかったのだ。

 

 

「言葉通り、俺達も邪魔者って事なんじゃねぇの?」

「なるほど―――――って、そう云うことを言っている場合か!!」

 

 

場違いなほど気楽にそう言う司狼に向かって叫ぶアルベルト。

巫山戯あっているように見えるが、その実二人は次々に撃ち出される光弾を避けている。

 

 

「いい加減に鬱陶しい! 剣衝・風牙!!

 

刀を抜く動作から繋げて衝撃波を放つ司狼。

その衝撃波に幽鬼兵が吹き飛ばされるが、傷ついた様子もなく平然と立ち上がる。

 

 

「おいおい、あれをまともに喰らって無事ってのはちょっぴりショックだぞ」

「司狼、あれは異様に頑丈だから気をつけろ。斬撃も打撃も無効化するぞ」

「そう言うことは先に言ってくれ」

 

 

人狼ワーウルフに向かって襲いかかる幽鬼兵を蹴り飛ばしながら忠告するアキトに、司狼が疲れたように返事をする。

 

 

「ほほほほほ! 無駄よ無駄、そんな攻撃なんか少しも効かないわよ。

さぁ、幽鬼兵よ。死なれたら面倒だから、死なない程度に痛めつけてやりなさい!!」

 

 

パメラの命令と共に手に持っていた水晶球が淡く光り、幽鬼兵が攻撃を開始する―――――直前!

 

 

ゾクッ!!

 

 

 

この場にいる全員に寒気が走る!

それと同時に、全てを優しく照らしてた淡い満月の光が、紅い光へと変わった!

 

 

「な、なんだ、月が紅く染まったぞ!?」

 

 

誰かの一言にその場の全員が夜空を見上げると、そこには淡く紅く染まった満月があった。

 

 

「そんなバカな、赤い月はこの次のはずだ!!」

 

 

赤い月を凝視してそう言うアキト。

カッセル老から、紅い満月がでるのはこの次だと聞かされていたのだ。

 

紅い満月―――――それは大気中の魔力の密度が異常なまでに濃くなると起こる現象。

同時に、彼の最凶最悪の刀使いが現れる前兆でもある。

 

 

「―――――来た!」

 

 

予感が最高潮に達した瞬間、突如ピタッと寒気が止み、変わりにとてつもない殺気が襲いかかる!

それは、この場を支配する全てを凍てつかせる刃の如き熱く、冷たい殺気!

その殺気の凄まじさは、魔導人形ゴーレムですら動きを止めるほどだ。

 

 

「お、同じだ…以前、ヤツが現れたときと―――――」

 

 

アルベルトがハルバートを強く握りしめる。その心にあるのは恐怖。

なす術もなく倒され、死の淵まで追い込まれた際に心の奥底まで刻まれた拭いようのない感情。

 

その言葉に、リサは抑えられない感情に突き動かされてアルベルトに詰め寄る!

 

 

「アルベルト! そいつは―――――」

 

 

 

 

 

「何時になれば、我は辿り着けるのか――――――――――」

 

 

 

 

静かな男の疲れた声音が、その場にいる者の耳に響いた。

 

 

 

 

―――――その2へ―――――