NADESICO
-COOL-






 その日、ムネタケはコウイチロウと彼の執務室で密談をしていた。

「予算案はまた削られましたな」
「うむ、連合宇宙軍は凋落の一途をたどっている。真に嘆かわしいことにな」

 その宇宙軍の司令と参謀総長である二人の男は平然とした顔をしながら嘆いていた。それを聞いて若い士官が声を上げた。

「嘆かわしい、どころの話ではありません! このままでは宇宙軍は解体されてもおかしくありません!!」
「ふむ、退職金は出るのかな?」
「再就職先を確保した方がいいかもしれませんな」
「司令! 総長!」

 二人の冗談半分な答えを聞いて若い士官は再び声を張り上げた。参謀本部にて将来有望と目されている中尉、アオイジュンである。

 先の戦争において味噌をつけた宇宙軍は実際問題、凋落していた。地球連合政府は木連からの通信を握りつぶして開戦してみれば圧倒的な劣勢に陥り、たちまち火星は陥落。月も半分奪われ、地球にも莫大な被害が生じた。その責任は実務担当である地球連合宇宙軍へと被せられ、民衆からの非難の的となっていた。なんとか休戦に持ち込んだものの、新設される統合軍に人材も予算も奪われる始末である。木連出身者は100年前に受けた仕打ちを忘れることなく(しかも和平派によるクーデターを受けて休戦したものの一般市民に被害は無いので負けたとは思っておらず)、大量の無人兵器に家族を奪われた地球市民もその理不尽さに憤り、お互いの確執は深い。そんなわけで両者の融和の象徴として統合軍は人事面・予算面で優遇されているのである。ちなみに住民がほぼ失われた火星市民はほとんど発言力を失っている。ボゾンジャンプなどの遺跡技術の独占を恐れて、火星は現在地球と木連両者から立ち入り禁止地区指定を受けている。一部企業や軍部隊以外に誰もそこには存在しない。

「しかしな、アオイ君。我々軍人は市民からの税金で養われており、いざという時に市民の懐がなるべく痛まないように軍事面でのサービスを供給する事を使命としている存在だ。その市民が我々を必要とせず、彼らによるサービスを必要とするのならばそれに逍遥として従わなければならんよ。それが文民統制というものだ」
「うむ、イイ事を言うな、参謀長。そのとおりだ」
「それは私も理解しておりますが・・・・・・」
「つまりここで我々が騒いだところで意味が無いのだよ。市民の代表たる議員たちが集う議会で我々の予算削減が認められたのだから、我々はその予算の範囲内でやりくりせねばならんのだ」
「はっ、了解いたしました」

 ジュンは不満そうな顔をしながらも敬礼をした。

「それで参謀長、司令?」
「まだ何かあるのかね、アオイ君」
「事情については了解したのですが、それでもお二人には予算配分を考えていただかなければならないのですが」
「さて、お茶にするか」
「お、いいですな。それでは私はお茶請けに栗羊羹でも」
「参謀長! 司令!!」











「はあ、ウチの株価は軒並みがた落ち、なんか明るい話題はないかねえ。どこかで戦争が起きたとか、どこかで小競り合いが起きたとか、どこかでクーデターが起きたとか、どこかから宇宙人が襲ってきたとか」
「会長、馬鹿言ってないで書類片付けてください」

 アカツキのぼやきを秘書室長であるプロスが軽く流した。

「そうは言ってもねえ、プロス君。これじゃあ労働意欲も減退しようというものだよ。クリムゾンが潰れたりしてくれないかな」
「あちらが潰れる頃にはネルガルも潰れていると思いますよ」
「あ、やっぱり?」

 アカツキは散々紛糾した役員会議を終えたばかりだった。軍需部門を始めとしてネルガルの市場シェア減少は目を覆わんばかりである。議会ではクリムゾンがぶち上げたボゾンジャンプを使った流通革命とでも言うべき仮称ヒサゴプランの支援が決まり、二年以内の稼動開始を目指して猛烈な勢いで計画が進んでいるのだが、ネルガルはそのプロジェクトから完全に締め出されていた。またぞろ社長派が蠢きだし、無能な役員どもが無駄に騒ぎ立てたため、やたらと長引いたのでアカツキは疲れていた。

「そういえばドクターのほうは上手く行ってるのかい?」
「何も問題ありません」

 イネスは現在死んだ振りをしている。実際はネルガル月面研究所機密区画の特別警戒厳重なところに閉じこもっている。彼女としては外部からの雑音抜きに研究に専念できるのは嬉しいのだが、ある特定個人に会う機会が格段に減ったので痛し痒しということろか。

「じゃあ彼の方は?」
「そちらも順調に進んでいます」

 アキトは現在次世代機の性能試験及び欠陥の洗い出しに励んでいる事だろう。鍛錬のほうもなかなかの進捗具合を見せている。月臣が『あいつは筋がいい。なかなか見所があるな』とこっそりプロスに評したほどである。かなり少なくなった空き時間には今でも独学で勉強に励んでいるらしい。たまにイネスに通信で教えを請うている。

「えーと、それじゃあ」
「会長」

 アカツキの質問をプロスが冷たい声で遮った。

「現実逃避に心温まる会話をするのもよろしいですが、その間にも書類は増える事はあっても減る事はありませんよ」
「あっそう」











「くそっ!」

 躱された。アキトは悪態をつくと自分の機体をアステロイドの影に隠す。索敵能力は同じはずなのに発見できないことに苛立ちを覚え、焦りを自覚して更に苛立つ。その時に猛烈に嫌な予感がして咄嗟に岩隗から飛び離れる。同時に砕け散る岩隗。手にしたラピッドライフルを乱射するがヒットした気配は無い。射撃をやめる。そして時を同じくしてライフルを持った右腕が千切れる。咄嗟に振り向きざま残った左拳に装備されたクローにディストーションフィールドを纏わせて繰り出すも、敵もこちらの背中側に回りこむようにしながらブレードを突き立てて来た。

―テンカワ機、爆散―

「畜生!」

 再び悪態をつくとハッチを開いてシミュレータから出た。丁度降りてきた相手機のパイロットもこちらにやってきた。

「修練が足りんな、テンカワ」
「あの状態でどうやってこっちを見つけたんだ?」
「見つけたわけではない。行動を予測しながらお前の動きを見ていたんだ」

 先ほどアキトが隠れていた岩隗が砕けるのと同時に相手機からチャフが撒かれており、お互いレーダーが潰されていたのだ。

「だが、最後の反撃の反応はなかなかだったな」
「当らなければ何もしなかったのと同じ事だ」
「分かっているじゃないか。次は当てる事だな」

 アキトは月臣に全く勝てていなかった。二人とも同じ次世代機に乗って一対一の戦闘データを取っていたのだが、今までの勝負全てに負けていた。アキトはデータを収集していた技官の所に行って両機の詳しい戦闘データを出してもらった。月臣は常にこちらの動きをトレースしていた。アキトは月臣に翻弄されていたというのに。そしてアキトは集中力が落ちるとIFSのイメージ伝達率が落ちていた。しかも月臣は機体の乗りこなし方に無理が無い。アキトのほうは突発的に無茶な動きをしなければ攻撃を躱せないため関節などに疲労が蓄積していた。

「今回は惜しかったですね。最後の反撃なんかは当りそうだったんですが」
「ええ。それでもやっぱり振り回されてるんですけどね」

 技官が気の毒そうに話し掛けてくるのに多少落ち込みながら返事をする。

「あなただって今の軍ならエース張れる腕前だと思うんですけどね、あの人の操縦はちょっと異常ですよ」
「・・・・・・懸けている物が違うから」
「え?」
「いや、なんでもないです。ご苦労様」
「お疲れ様です」

 アキトは挨拶を交わすと休憩スペースへ向かった。ウォータークーラーで冷水を頭から被る。
 アキトだってかなりの実戦経験を積んでいる。勿論訓練時間は向こうの方が上だろうが、訓練だけでこんなにも差がつくとも思えない。むしろ月臣がIFS処理したのは地球に来てからなので、IFSを使った操縦についてはこちらの方が先輩だった。体のナノマシン濃度もこちらの方が濃いのでイメージ伝達効率もこちらのほうが上。だが、アキトは月臣に負けつづけている。

「やっぱり覚悟の違いなんだろうなぁ」

 口から小さく吐息が漏れた。

「幸せが一つ逃げたわね」
「え?」

 後ろから声をかけられて相手を確認してみればエリナだった。

「エリナさん、地球に来てたんですね」
「ええ、出張でね。はい、これコーヒー」
「あ、ども」

 短く返事をすると暫く二人で黙って熱いコーヒーを啜った。

「ねえ、アキト君、もう昼ご飯食べた?」
「いえ」
「じゃあ、食べに行かない? 奢ってあげるわ。近くにおいしいお店があるのよ」
「はあ、ありがとうございます」

 連れてこられたのは小さな店。時間は三時近いので客はいない。

「いらっしゃい・・・・・・あら。珍しいお客だね」
「ホウメイさん?」
「久しぶりだね、テンカワ」

 日々平穏だった。











 店の前には休憩中の看板を出して、ホウメイは手早く二人の注文を作ると三人でゆっくりと話した。

「そうかい、テンカワは今ネルガルで働いているのかい」
「ホウメイさん、すみませんけどこの事は」
「ああ、皆には秘密なんだろ。分かってるよ」
「ありがとうございます」

 しばらくクルーの噂話などに興じる。何か悩んでいたように見えたアキトも明るい顔をしていた。

「へえ、結局ルリちゃんも軍に入ったんですか」
「ああ、大分ニュースなんかでも騒がれてたけど知らなかったかい?」
「ええ。色々と忙しくて最近の情報には疎いんですよ」
「まあ、あの子も元気そうだよ」
「そうですか。それは良かった」

 アキトは笑みを浮かべた。

「テンカワはイネスさんの墓参りはしたのかい?」
「いえ・・・・・・」
「タイミングをはずして気まずいかもしれないけど、ちゃんと行っておきなよ?」
「はい」

 ホウメイが軽く諌めるのに対して、アキトは曖昧に苦笑しながらもそう答えた。TVからふと、聞き覚えがある声がした気がした。ふりかえってみると画面上にはメグミとホウメイガールズの姿があった。しばらくそれを眺めてからぽつりと呟いた。

「皆、一生懸命やってるんですね」
「アキト君も含めてね」
「俺なんてまだまだですよ、エリナさん」
「テンカワ、またなんか悩んでるみたいだけどね、とりあえず当って砕けてみな」
「ホウメイさん、砕けちゃ困るんですけど」
「お前はちょっと考えすぎなんだよ。たまには見切り発車してごらん」
「・・・・・・分かりました」











 店を出るとエリナの願いで二人はウィンドウショッピング兼デパート巡りを敢行、散々歩き回った末に繁華街にあるテラス式カフェで一息ついた。道行く人々は皆仕事中だったり買い物中だったり、それぞれ真剣な顔、楽しそうな顔をして歩いていた。そんな人たちをアキトは何を見るわけでもなくぼーっと眺めている。やがて何か決心したように一つ頷くとエリナの顔を見つめた。

「エリナさん」
「なにかしら?」

 手鏡を取り出して口紅を直していたエリナは手早く片付けるとアキトに向き直った。

「俺、オペレータ用のナノマシンも入れてみようと思うんです」
「え? なんで?」
「さっきホウメイさんに言われてから色々考えてみた結果なんですけどね、当って砕けてみる事にしました」

 アキトの料理の師匠でもあるホウメイ、その言葉はアキトの中でかなりの重要性を持って受け止められていた。ナデシコ時代もクルーの母的存在であった彼女は、人格者でもあり、アキトにとっても擬似的な母と呼んでいい存在だった。彼女の助言を受けて彼は月臣との対戦以来考えていた事にけりをつけたのだった。

「自分に出来る事をやってみようと思ったんですよ。IFSイメージの処理効率を上げて、体をもっと鍛えてGにも耐えられるようにして。火星出身者はナノマシンとの親和性が高いらしいから多分大丈夫だと思うんですけど」
「まあ、詳しい事はドクターに相談しなければならないけど・・・・・・もう決意は硬いのね?」
「はい」

 しばらく二人は互いの目を見つめ合っていたが、やがてエリナは溜息と共にその表情を緩めた。お互いに体から力を抜く。

「はぁ、もう、分かったわよ。好きになさい」
「ありがとうございます、エリナさん。それと今日は色々と気を使ってもらってありがとうございます」
「あら、私は自分がしたいことをしただけよ?」
「それでも、です」
「ふふっ」

 エリナはアキトの真剣な眼差しを見て嬉しくなった。どうやらアキトの役に立てたようだった。有給休暇を申請して月へ帰るのを一日伸ばした甲斐があったというものだ。

「たまには月にも戻ってらっしゃい。ドクターも私も待ってるわよ」
「ありがとうございます」











 アキトには月臣が何を思って戦っているのは分からない。彼が九十九を撃った理由も理解できないし、したくもない。もちろんそれを許す気も無い。しかし彼の技術、彼の戦いに向けた覚悟は吸収するべきだと思った。アキトから見て、多少自暴自棄のきらいはあるものの月臣は戦いに己の全てを振り向けているように見える。アキトはこれまでの経験から戦いとはそれくらいしなければ勝てないものであると学びつつあった。

 月臣の乗った機体が一つのアステロイドの陰に隠れたのが見えた。今では機体との一体感が以前とは比べ物にならないくらいに上がっている。自分も一つのアステロイドに隠れるとそれを破壊、同時にスモークとチャフを散布。そして・・・・・・イメージ。

「ジャンプ」

 ジャンプアウトと同時にライフル斉射。月臣が避ける方向を予測、その未来位置に向けてクローを叩き込むと同時に前蹴りをぶちこむ!

―月臣機、アサルトピット圧潰。パイロット死亡―

「ふぅ〜」

 詰めていた息を吐いてピットを開くと外に出た。思いっきり伸びをする。集中力を極限まで高めた3分の戦い。体が凝り固まっていた。全身の装甲に強度を落とすことなくCCを組み込む技術に目処がついたことから、シミュレーションでもジャンプが可能となった。それを切り札としてアキトは使ったのだった。目くらましを食らわした直後に月臣機と隠れていた岩塊の隙間にジャンプさせ、ライフルとクロー攻撃を囮にして必殺の蹴りを入れた。会心の一発だった。

「やるな、テンカワ」
「ジャンプが効いただろ?」
「ああ、それにクローまでは予測できたが蹴りは、な」
「日々精進さ」

 そういって微笑んだアキトの瞳をナノマシンの輝きが走った。アキトが長屋を出て二年、一つの壁を越えた瞬間だった。







 どうも、Keisです。ある意味中ボス(笑)である月臣の登場編です。彼は劇場版ではなにやらスカシタ野郎になってますが、それまでの人生二十ウン年熱血で生きてきた奴がそうそう簡単にニヒルになるもんかと疑問に思ってこんな感じになりました。イネスが目立ってませんが、特殊な過去の持ち主であり、記憶喪失が原因と思われる研究一筋な所から屈折した心理が伺え、恋愛下手であるとしています。アキトも生い立ちなどから恋愛をするような余裕があったとは思えないので同様です。
 (前回の後書きの続き)結局、劇場版からの「燃え」「萌え」の排除を狙う事にしました。そう、渋くて冷めた話にしよう、と。(個人的には男たちがそれぞれ己の信じるもののために突き進む、勧善懲悪モノなんかじゃない、エゴとエゴがぶつかりあう熱い話も嫌いじゃないです) アキトは主人公らしくそれなりに熱くもなるんですがコウイチロウやムネタケヨシサダ、アカツキやプロスやゴート、草壁や北辰や月臣といった狸どもが暗躍する話です! 本当はクリムゾン側も描きたかったんですが、まともなオリキャラ作るのは大変なので断念しました。商業主義的劇場版萌え要員たるルリとかギャグ要員達はみんなその他大勢、モブです。登場人物多すぎても扱いきれませんし。あまりに華が無いのもどうかと思って喰えない女達を入れることにしました。エリナとイネスの年上組です(個人的趣向によりユリカは除外)。(続きは次回の後書きで)

ご意見等




代理人の感想

いいですねぇ。こう言う話、好きです。COOL。

渋くて苦い話を期待しています。

キャスティングもいいです。特に華であるイネスもエリナも恋愛は下手のように思えるので(つーか、色恋沙汰に長けた人がナデシコに何人出てきた?)この配役が成功していると思います。



月臣に関しては同意見。

TV版の彼は基本的に「ガキ」であって、劇場版における彼はTV版で自分の信じるものを失ってしまった事による変化の結果、「今まで信じていた物を否定するポーズをとる」様になった状態。言わば「グレている」んではないかと思います。

熱血クーデタを成功させておきながらそこから逃げ出して(よりによって)ネルガルなんぞに身を寄せ、自身を「犬」と称してるのはなぜか。
自身を犬と呼ぶ事でかつての「『正義の戦士』であった自分」を完全否定しているのではないでしょうか。

そしてこの「かつての自分の完全否定」という極端から極端に走る純粋さ、悪く言えば単純さはTVから劇場版までそのまま・・・・つまり、ショックは受けたけど基本的な所では変わっていない、成長してないと言うことです。

(だから「ポーズ」と言う言葉を使った訳です)

そう考えると前半の最後のアキトに対する「幸せな奴」という認識にも「社会の厳しさを知ったと思っているガキの優越感」みたいな物が感じられますね(苦笑)。