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(・・・・・・ア・キ・ト)
誰かに呼ばれたような気がしてアキトが目を覚ましたのは、地球標準時間に合わされた船内時間で戦闘から三日後の事だった。患者の意識の覚醒に反応してしかるべき個所に連絡を送ると同時に、介護ベッドの蓋が持ち上がった。淡い照明に照らされた白い内装がいかにもそこが医務室である事を主張しているようだった。音を立てて開いたドアから入ってきたのは、医者としての嗜みか全く急いだような気配を見せないイネスと駆けつけましたと言わんばかりのエリナだった。 「おはよう、アキト君」「アキト君、大丈夫?」 「おはよう、ございます」 アキトの掠れたようなしわがれた声を聞いてイネスは「ああ」と何か納得したように呟くとアキトに水の入ったコップに刺さったストローを咥えさせた。暑い日の運動の後に飲むビールよりも美味く感じられる水をアキトは貪るように飲んだ。若干口の周りにこぼれた水をイネスがタオルで拭う。そこに至ってようやアキトは違和感を感じた。 「あれ、なんでイネスさんがここに? ここ、火星ですよね?」 「混乱して泣き叫びながら通信を入れてきたエリナに急かされてジャンプしてきたのよ」 「ちょ、ちょっとイネス!」 イネスのいたずらっぽい説明にエリナが顔を赤くして抗議した。イネスは軽くそれをいなすとアキトに話し掛けた。 「アキト君、倒れたときの事、覚えてる?」 「えっと、作戦が失敗しかけてて皆死にそうだったからここまでアレを取りに来て地球に戻って奴を殺してなんとかここに戻ってきて・・・・・・それから?」 「まあ、その後はアサルトピットから助け出されて私が呼び出されて緊急手術を行って今は三日後よ」 「え、俺、三日も寝てたんですか?」 「ええ。脹脛の傷は骨まで行ってないから大したこと無いとしても、脇腹の傷は酷かったわね。弾は体内で角度を変えてきわどいところで腎臓をそれて背中に大穴開けてたのよ。合併症まで起こしかけて一時昏睡に陥るし。カーボンナノチューブ繊維の装甲スーツとは言えスナイパーライフルの高初速徹甲弾の貫通は防げなかったようね」 「それはお手数かけました。ありがとう、イネスさん。エリナさんも心配かけてごめん」 「いいのよ、気にしないでゆっくり休みなさい」 「いや、そういうわけにも行かないんですよ」 イネスから負傷状況を聞いたアキトは体を起こそうとした。脇腹から鈍い痛みが伝わってくる。 「ちょっとアキト君、無理しちゃダメだってば」 慌ててエリナが押さえつけようとするのを押し留めてアキトは言った。 「地球まで月臣を迎えに行かないといけないんです。それに戦闘で大分機体にも無理かけちゃったんで整備手伝わなきゃならないし、細かいセッティングもしなきゃならないし」 「何言ってるの、あなた当分入院よ?」 「イネスさん、お願いです。俺の我侭で今回の作戦についていったんです。迷惑をかけた分自分の仕事をちゃんとしなきゃならない」 「あなた、そんな体で地球までジャンプして、またすぐこっちにジャンプして、それでクリムゾンの新型に勝てるというの?」 「言いたくは無いけど、あなたが無理して無様に負けるんじゃそのほうが迷惑なのよ? 控えのパイロットだっているんだし」 「・・・・・・判りました。じゃあ月臣を連れてきてから実力を証明すればいいんですね?」 アキトの意思が固いのを見て取って二人は揃って溜息をついた。本心ではコンペのことなんて関係なくアキトの体調を心配しているのだがこの分では全く聞き入れられるようには思えなかった。 「全く頑固なんだから。判ったわ、とにかく一日安静にしていなさい。機体整備はもうとっくにやってるわ。整備員たちもあなたが仲間を救うために無茶をした事は判ってるんだし、何も文句は無いわよ。既にコンバットプローブになっちゃったけど、ま、戦闘データは生かすわ。彼から連絡、『本社で待つ、命令違反は厳罰だ、覚悟しておけ』、だそうよ」 「あはは、了解です」 「今回の件につきましての報告書です」 「ん、ありがと」 プロスが差し出した書類をアカツキが受け取ってぺらぺらと読んだ。この手の極秘レベルの情報はハッキングを恐れて未だに紙媒体を用いている。電子データの形では一切残さない。アキトが目覚めたとの報告があってから既に一日経過している。部屋の隅では月臣が我関せずと日本刀の手入れをしている。やがてアカツキが読み終わって溜息をついた。 「やれやれ、ひどいもんだね」 「はい。我が方は熟練のイリーガルチームが完全に壊滅状態になりました。内部からの情報漏れを疑いましたが今回は違ったようです」 「ほう?」 「一年もたっていきなり実験体の情報が入ったのは囮だったようで。簡単に向こうの内通者から確認が取れたのもどうやら欺瞞のようです。その後、内通者とは連絡が取れません」 「マシンチャイルドは捨て置けないという足元を見られたってことか」 「はい、そうでなければ研究所に一個中隊もの戦力が常駐しているわけもありません。機動兵器の来援も早すぎです」 「今回は完全にしてやられたわけだ」 「ええ、実験体の奪回に成功したのが救いですが」 そこで月臣が口をはさんだ。 「奴が勝手に先走ったからだ。そうでなければ処理していた」 「くくく、やっぱりテンカワ君も熱血が消えないみたいだね」 憮然とした口調の月臣の台詞を聞いてアカツキがさもおかしそうにコメントした。もっとも月臣も口調ほどその事実に反感を抱いているわけではないらしい。その口元は微妙に緩んでいる。 「それでテンカワ君の現場での適性はどうだい?」 「一回では判断できないが、まあ優秀だな。咄嗟の場合の判断力、決断力、果敢さ。動きも醒めていたし、腕前も大したものだ。それになんと言ってもあの跳躍能力がな。あれはほとんど反則だ」 「ああ、確かに。あの状況ではテンカワさんが機動兵器を持ち出さなければ全滅していましたね」 「戦術的な不利さえたった一人でひっくり返してしまうA級ジャンパーの軍事的有効性がまた証明されたわけか」 「残念な事にそのようです」 皮肉るアカツキの口調には苦いものが潜んでいた。アキトが決して好んで戦っているわけではないことを知っているが故に。そこにハンガーで待機していたゴートからの通信が入った。 「会長、テンカワが新型に乗ってジャンプアウトしました」 「オッケー、じゃあ直ちに会長室まで連行して」 「了解しました」 「失礼します、会長、テンカワを連行しました」 「お久しぶりです、会長」 「久しぶりだね、テンカワ君。息災のようでなにより」 腹部は包帯で不自然に膨れ、片足を引きずりながら現れたアキトへの皮肉交じりの挨拶。アキトは苦笑を返した。 「で、中々奇抜な装飾具を身に付けてるみたいだけどどうしたの?」 「会長が連行しろとの仰せでしたので手錠をかけてひったててきたまでです」 「ああ、もうはずしてもいいよ」 アカツキのユーモアセンスはゴートには理解されなかったようだ。 「テンカワ」 月臣が固い声でアキトを呼んだ。アキトは手錠をはずしてもらい月臣の前に立つと直立不動の体勢を取った。 「言いたい事は判っているな? 独断専行は仲間を危地に陥れかねない重大な罪だ」 「はっ」 アキトの短い返事と同時に月臣の鉄拳がその左頬へ飛ぶ。アキトはそれを甘んじて受け、踏鞴を踏んだものの元の直立不動の体勢に戻った。 「馬鹿が。以後こういう事の無いように」 「申し訳ありませんでした」 「ああ。・・・・・・良くやった」 月臣は軽く微笑んだ。 「テンカワさん、ご苦労様でした」 「ありがとうございます、プロスさん」 「あなたの働きが無ければ全滅するところでした」 「いえ、皆の頑張りあってのことです」 プロスとの会話を終えたところでアキトはアカツキに向き直った。 「会長、彼女は?」 「ああ、そのことなんだけどね」 アカツキの顔が僅かに顰められた。プロスへ顎をしゃくって先を促す。 「詳しい事は判りませんが相当酷い扱いを受けていたようなんですよ。実際体内ナノマシン濃度は無茶な値を示していました。それで、怪我などは無いのですが全くこちらに反応しないのです。そこで月臣さんの提案なんですがテンカワさんに任せてみようかと」 「俺に、ですか?」 「報告によるとテンカワさんにだけは彼女が反応を示していたらしいじゃないですか」 「確かに彼女はずっとテンカワの事を見ていたぞ」 「君にはホシノルリと接した経験があり、マシンチャイルドの情操教育に関してはパイオニアと言ってもいいからね」 「会長、それでしたらミナトさんの方が」 「うん、まあそれも考えたんだけど、一応彼女は簡単には外に出せなくてさ。警護なんかも問題だしなるべくならネルガル内部で対処したいんだ」 「・・・・・・わかりました。とりあえず火星に行く前に会ってみます。それでよろしいですか?」 「よろしく頼んだよ」 「ここです」 会長室を辞した後、アキトはプロスに連れられてある部屋の前まで来ていた。月臣もついてきている。扉を開けて中に入ると中はまるきり子供部屋のようだった。暖色系の内装でまとめられている。どうやら託児所を使用しているらしい。そしてピンク色の絨毯の真中で可愛らしい子供服を着てぬいぐるみに囲まれながら、無表情に彼女は座っていた。どこに焦点が合っているのかも判らないような目つきをしていたが、くるりと頭を巡らせてアキトの顔をロックオン、そのままアキトの動きに追随している。 「ほら、テンカワ。行ってやれ」 月臣が促したのに頷いて答えるとアキトは少女の前に進み、膝を折って目線の高さを揃えるとにっこり微笑んで見せた。 「やあ。俺はテンカワアキトって言うんだ。一昨日会ったんだけど覚えてるかな?」 少女は小さく頷いた。それを見てプロスもやはり、という顔をして満足げに頷いた。 「君の名前を教えてくれるかな?」 少女は何度か小さく口を開いて、やがて小さな声を出した。 「エフ2」 「・・・・・・え?」 「エフ2、そう、呼ばれてた」 思わず聞き返したアキトに対して少女は律儀に答えを繰り返した。その内容がアキトの頭に浸透するとともに、アキトは怒りが湧き上がるのを感じた。やはり人間扱いされていなかったのだ、数字で呼ばれていたとは。 「いいかい、そんなのは名前じゃないんだ」 「? でも、そう、呼ばれてた」 「いや、名前ってのはその人のためだけに存在するもっともっと大切なものなんだよ。俺が君の名前を考えてあげるよ。いいかな?」 少女はこっくりと頷いた。数瞬考えた後、アキトは口を開いた。 「じゃあこんなのはどうかな、ラピス、ラピス・ラズリ」 「ラピス・ラズリ」 「うん、綺麗な宝石の名前だよ。君のお姉さんにあやかってみたんだ」 「お姉さん?」 「そう。ホシノルリっていうんだ。ラピス・ラズリはルリの英名。君にもルリちゃんみたいに幸せになってほしい」 「・・・・・・うん。私はラピス、ラピス・ラズリ」 「よかった、喜んでもらえたみたいで」 アキトも嬉しそうに笑いながらそう言うと、ゆっくりとラピスの頭を撫でた。 「じゃあ、ラピス、今度から俺と一緒に住もう?」 「一緒?」 「ああ。俺が君を引き取る。大事にするよ」 「・・・・・・住む。アキトと一緒」 「うん、一緒に住もうな。でもしばらくはここで我慢して。二三日で帰ってくるからそれまで待ってて?」 こっくりと頷いたラピスに再び微笑みかけるとアキトは立ち上がった。 「テンカワさん、よろしいので?」 「ええ、プロスさん。手続きの方、よろしくお願いします。ついでに扶養補助のほうも」 「はいはい、承りました」 ちゃっかりしたアキトの発言にプロスは苦笑しつつも快諾した。 「じゃあ、月臣、待たせたな。行こうか」 「ああ。それじゃあな、ラピス」 「またね、ラピス」 じっと見つめて見送るラピスに後ろ髪引かれながらアキトは乗ってきた機体へと向かった。 コンペティション当日、アキトはアサルトピットに乗っていた。前日にシミュレーションでエステバリス三機を従えた月臣に完全勝利を果たしてテストパイロットの意地を見せたのである。アキトの予想以上の回復振りにイネスが検査してみたところ、その異常の原因が解明されていた。手術中に使用した医療用ナノマシンがアポトーシスせずに自己進化して増殖し、回復を早めていたのである。火星人故か、ジャンパー故か、人より遥かに高いナノマシン濃度故か。理由は不明ながらもアキトは頓着しなかった。便利なモノなら使うだけである。また存在目的の不明なナノマシンもかなりの高濃度で発見された。こちらは機能の解明は果たされていない。イネスは嬉々として分析に取り組んでいた。 「テンカワ、見たか?」 「ああ。この前の奴だな」 そんな中、アキトは月臣と二人でぼそぼそと密談していた。既に事前に各自、ネルガル側の社内名称アルストロメリアとクリムゾン側の社内名称ステルンクーゲル、そして明日香インダストリ側の社内名称エクスカイザはそれぞれ単体で加速性能試験、最高速計測試験、運動性能試験などを終えていた。そしてついさきほど、それぞれの機体を披露したのだが彼らが目にしたステルンクーゲルはあの研究所で見た機体だった。 「実は俺、あの機体にちょっとした恨みがあるんだよな」 「奇遇だな、テンカワ。実は俺もあるんだ」 二人は顔を見合わせると怖い笑みを浮かべ、声をそろえた。。 「「やるぞ!」」 試験内容は単純明快、各社二機ずつ出してバトルロイヤルを行う。武器は標準的なラピッドライフル一丁と固定武装である。10km四方の試験区域内のそれぞれの拠点から出撃して互いに潰しあう。バトルロイヤルの定石どおり弱者がとりあえず手を組んで強者を倒すも良し、漁夫の利を狙うも良し、戦術は任されている。ネルガルがクリムゾンと明日香インダストリに狙われているのは承知しているアキトと月臣は前者ならアキトがクリムゾン、月臣が明日香インダストリの機体を撃破、後者ならまずクリムゾン、次いで明日香インダストリを狙う事にした。 そしてついに試験開始。二人のレーダーにはまっしぐらにこちらを目指して迫り来る四機の機体が捕らえられていた。 「打ち合わせどおりいくぞ、テンカワ」 「おう」 二人は各自の目標へと向けて加速した。 アキトはこちらに突っ込んでくるステルンクーゲル一機と山並みに隠れようとしている一機を最大までズームしたアイカメラで捕らえていた。隠れようとしているのは後方支援に徹するらしく長大な砲身を持った武器を抱えている。恐らく標準装備のレールカノンを固定武装だと言い張るのだろう。機動兵器及び艦艇の多くがディストーションフィールドを張れる現在、実体弾使用兵器を使うのがセオリーだ。それに気がついてアキトは機速を落とした。会敵地点をずらして敵の支援攻撃機を物陰から引き離すためだ。案の定、こちらとの戦場がFCSの範囲外となることに気が付いたのか、支援攻撃機は山陰から出てきた。こちらに突っ込んでくる機体からのライフルによる攻撃を器用に避けながらアキトはシェアリングした意識の大半を支援攻撃機に割いた。恐らく敵の狙いは近接戦闘機の攻撃をこちらが避けて距離を取ったところを狙撃してくるはず。アキトは近接戦闘機を常に自機と支援攻撃機の間に挟むように気をつけながら隙をうかがった。そして僅かに近接戦闘機と自機との距離が広がった瞬間、ジャンプフィールドを展開する。 ジャンプ。 ジャンプアウト地点は支援攻撃機の真下。一瞬でクローを叩き込んで相手の手足をもぎ取ると、手にしたライフルで先ほどまでやりあっていた近接戦闘機を狙って三点射。慌てて支援攻撃機の援護に戻ろうとしていた近接戦闘機のボディーに赤いペイントが華開いた。 月臣機とエクスカイザの方を向いてシェアしていた意識を統合すると、丁度二機目を月臣が叩き落す所だった。ステルンクーゲルとエクスカイザが全機行動不能となったとの裁定を受けて選考試験は終了した。アキトがハンガーに機体を固定し降りると、先に着陸していた月臣が近寄ってきた。 「やったな、月臣」 「おぉ、完勝だ」 二人は満面の笑みを浮かべてハイタッチを交わした。戦友の仇も取れた。最高の気分だった。 一ヵ月後、統合軍はクリムゾン製機動兵器ステルンクーゲルを新装備として正式採用する事を発表した。 どうも、Keisです。今回は、アキト激動編(笑)おかしいな、熱い話になる予定じゃなかったのに……熱いとまではいいませんが温度の高い話になってしまいました。やっぱりアキトも月臣も熱血ということでしょうか。まあお話としてなんらかの盛り上がりが真中らへんにも欲しかった、ってのもあるんですが。 (前回の後書きの続き)さて、そこにどうやって持っていくか。ナデシコを降りた後の事を考えてみました。アキトがユリカとくっ付いたのって明らかに惰性で流されただけのように見えた(TV版ラスト)のは私だけか? と思っていましたが、代理人さんも同意見のようで(一話感想参照)。そもそもユリカってナデシコでアキトと再会してからは「アキトアキトアキト(はあと)」で妄想してなんぼっつーキャラ(私見では)でしたが、それまでは綺麗さっぱり忘れてたわけです。それならまた綺麗さっぱり忘れる事だって可能じゃねえの? と、そこを弄ったのがこの話です。(続きは次回の後書きで) ご意見等 |
代理人の感想
エ、エクスカイザって(爆笑)。
いかにもちょっとお茶目な宇宙エネルギー生命体が取り付きそうな機動兵器ですね〜(笑)。
※「勇者エクスカイザー」(’90):サンライズのロボットアニメで「勇者シリーズ」の第一作。
言うまでもないが「スーパーロボット」の範疇に入るロボットである。
それはさておき、結局熱血全開してるアキトくんと、こっそり熱血してる月臣の対比がいい感じです。
月臣も結局「いいお兄さん」になってしまってるような・・・・・・(笑)。
まぁ、彼個人としてはその方が幸せでしょう。
追伸
「コンバットプローブ」
「実戦での(性能の)証明」という意味だそうです。詳しく知りたいひとは作者の人に質問のメールを送ってみましょう(笑)。
「アポトーシス」
「自死」などと訳されます。本来は生物の体で不要になった細胞が自分から死ぬ事ですが、
この場合は医療用ナノマシンが過度の治療を施して、患者の体にかえって負担を与えないように
一定の時間で自ら分解するようにプログラムされている、と言うことでしょう。