「寂しいかい?」

 「いいえ、彼が望んだ事ですもの」

 「そうかい?僕は少し寂しいがね」

 「あら、珍しい」

 「彼は僕にチャンスをくれた、大事な友人だからね。ま、すぐに会えるさ、何せ彼と僕の進む道は、一致しているのだから…」


  機動戦艦ナデシコ
     〜その手に抱かれて〜
 第2話「捨て去る過去」

 着艦を終えてアキトが機体から降りてくると、男は声をかけた。
 無数のバッタやジョロを相手に、見事にあしらって見せたエステバリスとそのパイロット。
 彼の興味をそそる材料としては、申し分のない素材だった。みすみす見逃す訳にはいかない。
 
 「お宅がこのエステのパイロットか」

 声をかけられたアキトは、向き合う様に男の前に立つ。

 「テンカワ・アキトだアキトで良い。よろしく頼む」

 「あぁ、知ってるよ。俺はウリバタケ・セイヤってんだ。整備班の班長をやってる。まぁ、機体の整備は任せときな」

 ウリバタケと名乗った男は誇らしげに胸を張ると、にかっと歯を見せた。

 「で、ちょいと聞きたいんだがあの機体」

 アキトはウリバタケが持ったスパナの指す先を見上げる。スパナが指していたのは、自分のエステバリスだった。

 「気になるのなら後で図面を渡す。整備の役にも立つだろう」

 「そりゃ助かる。だが、」

 「いざとなれば他を使う、元に戻れば好きにして良い」

 何が言いたいのか理解できたのか、ウリバタケが喋り終える前に、アキトは言葉を重ねた。
 それを聞いたウリバタケは、早速アキトのエステバリスの元へ駆け寄ると、他の整備士に声をかけ始めた。
 ナデシコにはアキトの乗ってきた物とは別に、既にエステバリス一機分のアサルトピットと、4種類のフレームが搬入されていた。アキトの言った他とは、これの事だ。
 これらは、ナデシコに初期から搭載させる予定だった物で、フレームの組み立ては既に終了していた。
 通常エステバリスは、コックピットブロックであるアサルトピットを、体であるフレームに組み込む事で機体が成り立っている。
 フレームにはいくつか種類があり、フレームを使い分ける事によって、高い汎用性を得ている。当然各フレームには用途があり、それぞれ活動する場所を選ぶ。
 アキトのエステバリスはそれとは違い、作成された各フレームをモデルに、活動場所を選ばず動けるよう再設計されている。しかしそのメリットの反面、アサルトピットによる互換性を失い、他のフレームに換装する事が出来ず、地形や場面によって大きく武装を切り替えることが出来なくなった。
 そんな問題も、彼ならなんとかしてくれるだろうか。淡い期待をウリバタケにかけながらアキトは場を後にした。正直なところ、油や金属の匂いが気になるこの場から、早々に逃げ出したかったのだ。
 アキトは格納庫を出て通路に出ると、軽く息を付く。ここまで来ると、扉の向こう側にある工場の様な独特な匂いはしなかった。
 気を取り直し、アキトは現状の確認と諸々の報告のためブリッジへ向う事にした。
 途中何度か人とすれ違ったものの、全身黒尽くめという見るからに怪しい姿からか、積極的に関ろうとする者はおらず、会釈だけ済ませるとそそくさとその場から離れていく。
 アキト自身、己の異様さに気付いていない訳ではない。それが当然だ、そう思う。一瞬、先程のウリバタケとのやり取りを思い出したが、すぐにあの人は特殊なタイプだと思い直すと、いつの間にか緩くなっていた歩みを元に戻した。
 それなりに複雑な内装ではあるが、事前に確認しているため迷うこともない。


   *


 自分が思ったよりも早くブリッジに辿り着くと早速中に入った。
 既に数人は個室に戻ったのか、残っているのはソロバンを弾いているプロスに、会話を楽しんでいるミナトとメグミ、後は艦長の仕事を押し付けられた副艦長のジュンだけだった。
 
 「おぉ!待ってましたよテンカワさん。先程の戦い、お見事でした」

 「これから先、更に厳しい物になるだろう。あの程度で天狗にはなれんさ」

 「そうご謙遜なさらずとも。今回の戦闘でナデシコへの損害はゼロ。テンカワさんが来なければ飛ぶ前に潰れるか、飛んでから沈むかのどちらかでしたからなぁ。」

 プロスはブリッジに入ってきたアキトに気付くと、弾いていたソロバンを仕舞い、アキトの前に出るなり喋り出す。
 プロスの口から矢継ぎ早に出る褒め言葉に悪い気はしないのだが、セールスマンを思わせる彼の口調からか、どこか騙されている様な気がしてくる。

 「あら、さっきのパイロットさんじゃない、操縦士のミナト・ハルカよ、よろしくね」

 「テンカワさんでしたよね。私、通信士のメグミです!さっきの戦い、カッコよかったですよ!」

 プロスにつられ、席を立ったミナトとメグミもそれぞれ会話に混ざる。
 どうやらこの艦では、ウリバタケの様な人間も大して珍しくは無いらしい。戦艦の形が妙ならば、乗ってる人間もまた然りか。自分も含め、アキトはそんな事を思った。

 「おっと、いけませんねぇ。私とした事が名乗るのを忘れておりました。では改めて…、私の名前はプロスペクターと申します。よろしくお願いしますね、テンカワさん」

 プロスは名乗りながらも慣れた手つきで名刺を渡す。その動作がますますセールスマンを彷彿させた。

 「自己紹介はもういい、現状の確認とこちらの報告だが…」

 「ふむ、先程申しました通り、先の戦闘での被害はゼロ。現在はAIのオモイカネによる自動航行中、つまりは異常無しと言った所でしょうか」

 「この艦、ほんと楽よねぇ。なぁんにもしないでも勝手進んじゃうんだからさ」

 「了解した、こちらは先の戦闘での被弾はゼロ。着艦後、エステバリスを整備班に任せてきた。こちらに来るために増設したブースターは切り捨てたまま置いてきたが、まぁ元々使い捨てにするつもりだった。問題は無い。本当ならもっと早くこちらに来ているはずだったが、ヒーローはヒーローらしくとの会長からの指示だ。理解して欲しい」

 「それはそれは…、あの人にも困った物ですなぁ。ま、何事も無かった訳ですし、気にする事でもありませんな」

 「結果よければ全て良しってやつですね」

 この艦の人間は順応性だけは相当に高い様で、遅刻した理由にしてはあんまりな言い様にも、あっさりと理解を示した。そのうえ、アキトの不気味な格好も既に見慣れてしまったのか、指摘すらなかった。
 アキトにしてみれば有難い事で、すんなりと目的を終えることが出来、とても楽だった。

 「俺の用はこれで済んだ。他に何かあれば聞くが?」

 「いえいえ、これと言って用事もありませんので個室に戻って頂いて結構ですよ。貴方も少しお疲れでしょうしなぁ」

 「確かに、ならばそうさせて貰おう」

 そう言い残すと、アキトはそのままブリッジを後にした。プロスの言う通り少し疲れていたのもあるが、アキトをこの艦に乗り込ませた張本人、ネルガル社の会長へ報告もしなければならない。
 アキトはパイロットと言う名目でこの艦に乗艦している。だがその他にも、ゴートとは別に、エステバリスによる集団戦になった場合、その指揮を現場で取る戦闘指揮官としての役割も兼任していた。そのため、彼にはパイロット用の個室では無く、士官用の個室が与えられている。
 誰にも言わないが、一般の個室には無いキッチンが備え付けられているのが少し嬉しい。
 なんにせよ、報告が済んだら一先ず休もう。
 確かにやる事は多いが、長い道のりをたった一歩踏み出しただけにすぎない。休める時には休まなければ。
 そんな事を考えながら、自分の部屋まで歩き着く、しかしそこには先客がいて、アキトは休むのはまだ先になるなと直感した。

 「そんな所で何をしている」

 「アキトを待ってたの、二人で話したかったから…。ブリッジじゃ出来ないでしょ?」

 ユリカはそう言って目を伏せた。
 様子がおかしいのはすぐに分かった。アキトの中での彼女はもっと開放的な、言うなれば天真爛漫を絵に描いたような人物だった。今の彼女とは正反対だ。

 「アキト、何があったの?そんな風に怖い格好して。変だよ…」

 アキトは察した。彼女は自分が怖いのだ。昔とは明らかに違う自分の姿を見て、昔と今のずれを受け入れられないでいる。
 だが、これが今のテンカワ・アキトだ。今更昔の様に振舞うことは出来ない。

 「ユリカ、お前と離れてもう何年も経つ。変わらない方が稀だ。珍しいことじゃない」

 「ううん、それだけじゃない…。テンカワは死んだってお父様から聞いたわ…。けどアキトは無事だった。だけど生きてたアキトはそんな風に変わっちゃって…。」

 「……すまない」

 「謝らないでアキト。ねぇ、教えてアキト…。私がいなくなった後何があったの?」

 確かにアキトと離れてもう何年も経つ。でもそれだけでここまで変わるものなのか、彼の何かを決定的に変えてしまう何かがあったのではないか。
 そんな考えを、父の言葉がさらに加速させた。
 対してアキトは、そんなユリカの問に、すぐに答えられえないでいた。
 確かに、彼女がいなくなった後多くの事が起きた。それは、今の彼を成り立たせている一因である事も間違いない。
 けれど、今の彼女に話してしまって良いのか、アキトにはそれが分からない。
 アキトにしてみれば終わった事だ。
 だが、もしこれを自分が話せば、彼女にとっては突然突きつけられた事実だ。彼女をまた追い込む事になるのではないか、そう思うと話せない。
 しかし彼女は真剣だ、軽くあしらう訳にもいかない。だからこそ、アキトは答えられない。言葉が出てこない…。

 「ごめんねアキト…。嫌な事聞いて、私…行くね」

 そんなアキトの様子に気付いたか、ユリカは長い髪を大きく揺らし、アキトに背を向けた。そのまま走り去ろうとする彼女の腕を、アキトは無意識に掴んでいた。
 アキトははっとして手を離すと、覚悟を決めて重たい口を開いた。

 「お前が火星を離れたあの日、空港へ見送りに行ったあの日…。俺の両親は殺された。テロでね…、俺は空港にいて助かったけど、両親は駄目だった」

 「そうだったんだ…。ごめんねアキト」

 全てを語った訳ではないが、彼女は納得してくれた様だ。これ以上の詮索は無いだろう。
 でも、ユリカは悲しそうな顔をして涙を流した。やはり言うべきではなかったかもしれない。ユリカのせいじゃない、だから笑っていればいいと、アキトは伝えたかった。

 「ユリカ…。別に謝る必要も、気を使う必要もない。」

 「でも…」

 「お前の知ってるテンカワ・アキトは死んだ。ここにいるのは、お前の知らないテンカワ・アキト。今の俺だ。今更元には戻れない。でもそれはお前のせいじゃない、お前はお前らしくしていればいい。そんな悲しい顔は、お前には似合わん」 

 「そうだよね…」

 アキトが言葉をかけると、ユリカは両手で流した涙を拭った。するとすぐに満面の笑みをアキトに見せた。

 「やっぱりアキトはアキトだ、優しいアキトだ…。変わってない。アキトはやっぱり私の王子様だよ!アキトが抱えてる物をぜーんぶ吹き飛ばせるくらい、私が力をあげるから!」

 ユリカは両手で小さくガッツポーズを作って見せると、再びアキトに背を向け足早に去っていく。
 アキトも今度は繋ぎ止める事はしなかった。出来ることなら力いっぱい抱きしめて引き止めたかった。だが、それは出来ない。

 「良かったんですか?行っちゃいましたよ、艦長」

 不意に少女の声がした。声の方へ目をやるとそこにはルリがいた。

 「聞いていたのか?」

 「はい、バッチリと。それより名前、聞かないんですか?」

 「乗員名簿にはもう目を通してある。名前と顔くらいは知ってるよ、ルリちゃん」

 そうですか、とルリはつまらなそうに呟く。そんな彼女に目線を合わせるようにアキトは身をかがめた。

 「なんだか変ですね、テンカワさんも艦長も」

 「ルリちゃんこそ、俺の名前…」

 「テンカワさんは自分で名乗ったんですよ?覚えてませんか?」

 「あぁ、あの時の通信か…」

 言われて、行く先々で名前を知られていた事に気付く。何気ない業務通信、そんな物を良く聞いているものだ。自分でも忘れていた事なのに。

 「やっぱり変ですね、テンカワさんは」

 「あぁ…、そうだね」

 ルリがクスクスと笑い出すと、同じ様にアキトも笑う。こんな風に笑ったのはいつ以来だったか。

 「そう言えばそのバイザー、なんのために付けているんです?」

 「これかい?目つきが怖いから付けて行けって言われたんだ」

 「それ、少し興味あります。外して貰っても良いですか?」

 少し迷った後、久しぶりに笑わせて貰った礼も兼ねてバイザーを外して見せた。

 「がっかりです。全然怖そうじゃありませんよ、テンカワさん。とても優しそうな目をしてます」

 もしかしたら、ルリと話しているうちに自然とそうなったのかもしれない。そんな事を考えると、再びバイザーを付けなおす気にはならなかった。
 なんにせよ、変わっているのは彼女も同じだと、アキトは思う。

 「テンカワさん、もう一つ良いですか?」

 「あぁ、なんだい?」

 「テンカワさんは、艦長の事どう思ってるんですか?」

 「大事な人だよ。とってもね、まだ子供のルリちゃんには分からないかもしれないけど」

 「私子供じゃありません。少女です。」

 「そうだったね。ごめん」

 ばつが悪そうにまた笑う。どうやら今の自分は余程気分が良いらしい。これもこの子のおかげか…、またおかしくなって来る。

 「私はテンカワさんと艦長が少し羨ましいです。私には、昔の事を知ってる人がいませんから」

 「それなら、ここにいる皆がそうなるさ。いつかナデシコの皆で、これから起こる事を、昔はこんな事もあったねって、笑って話せる日がきっと来る。そうしてみせる」

 「その皆の中にアキトさんはいますか?」

 え?っとアキトが聞き返す前に、ルリは忘れてくださいとだけ言い残すと、その場から離れて行った。
 アキトは呆気に取られてしまったが、すぐに我に帰ると会長への報告がまだだった事を思い出す。
 だがまたすぐに、まぁいいかと思いなおすとアキトは部屋に入った。
 電気も付けないまま、ハンガーにマントを投げつける様に引っ掛けると、そのままベッドに仰向けで倒れこみ、そのまま深い眠りに付いた。
 
 余程気分が良かったらしい。その日アキトは、いつも見る悪夢を見る事はなかった。







後書きです。

掲載して頂いたActionさんと、感想を書いてくれた代理人さんに一言感謝を。ありがとうございました。
HNの読み方はけいせつで大丈夫です。

余り間を開けず書いています。それゆえに若干短い上、荒かったり無茶な部分が。ですがそれは追々。
自分で付け足したい物は大体整理とメモも出来ているものの、作品を見てからそれなりに時間が開いているため記憶が曖昧だったり。
その穴埋めに改めてDVDで各話チェックしつつ、それぞれの設定ググリつつで、なかなかスラスラとは行きませんね。
さて今回ですが、主に彼らの自己紹介メインです。意外にここが自分での一つの山だと、互いに面識持ってもらわないと今後動かし辛いので。
まだ書き始めて間もないので、いずれやっちゃったなってのがあると思いますが、それも追々。
フクベやゴートは絡ませづらかったのでまた後日(あるか知りませんが)。ジュンは空気で問題ない筈。
もっとも限度超えて絡ませづらいキャラにはこの段階では少し席を外して頂いてます。まぁ誰かは分かりますね。
結構弄ってるユリカについてはあまり触れません、長くなるので。機会があればこれもまた後日って事で。
ちなみに後でやるよってのは総じてあてにならないものだと言わせて頂きましょう。それではまた。







感想代理人プロフィール

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代理人の感想

ふーむ、再構成っぽいですね。でもルリもなんか進化してるし、ユリカも微妙に空気読めるようになってるしw

今の所は微妙程度ですが、そのうちオオバケするんでしょうか?

 

>後でやるよってのは総じて当てにならない

ううっ、痛いなぁw




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