――Prefance――
ラグランジェ3に設けられた第12ターミナルステーション、ヴァルハラ。
そこは、太陽系の物流システムに革命をもたらしたボゾンジャンプ網の中継ステーション、その太陽系32箇所に設置されたものの1つだった。
ヒサゴプラン。
星空を繋ぐ架け橋であり、高速物流システムとして太陽系の物流を根本から変えた画期的なシステム、それがヒサゴプラン。
そして中継ステーションにはそれぞれの持つ特性、そして意味とに似合った名が、世界中の神話から選ばれ付けられていた。
医療研究施設の於かれたステーションには常若の国が。
あらゆる享楽を味わえる歓楽の場には理想郷の名があり、他にも黄金郷の名の冠されたアステロイドベルトの鉱物採掘拠点もあった。
そしてヴァルハラ――戦死者の広間。
ある意味で不吉ですらもあるその名が付けられた理由。
それは第12中継ステーションが、人類の守護者として戦い抜いた戦士が最後の余生を送る場所故にだった。
航宙技術総合博物ステーション。
大は人類史上最大最強の戦闘艦、超々撫級戦艦として知られている支配者型3番艦、ダイナスト・ノブナガが武骨な船体を誇示している。
小は工廠等で使われていた交通船が、その機能に特化した船体を晒している。
多種多様、様々な時代の艦船が往時のままの姿を見せる博物ステーションだった。
その中の1隻。
軍艦としては似つかわしくない純白を基調とした塗装を施された艦があった。
3胴船体型船体に、三角形の第2船体を持つ奇異なフネ。
名はナデシコと云う。
人類が始めて遭遇した星系規模の武力衝突、現在では第一次地球連合と呼ばれている組織と、木連の略称で知られている木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球連合共同体とが全力で衝突した第一次汎太陽系戦争の中頃に、軍の発注では無く1民間軍需企業のネルガルグループが新規技術の宣伝用として社独自に建造した武装船であった。
相転移エンジンと云う新世代の高出力機関を装備し、その出力故に採用が可能と成った様々な重力場技術の産物、重力波砲や歪曲場型防御力場と云った装備を搭載し、外にもオモイカネ級電算機の採用に代表される高々度システム化を推し進めた、その出現が地球連合の航宙戦闘艦体系に巨大な影響を与えたと言われる船だった。
今、そのナデシコの周りには少なからぬ数の工作艦が集まって作業――整備を行っている。
その様子を1人の男が、ヴァルハラの展望ラウンジから眺めていた。
外を見やすくする為に照明の落された展望ラウンジに、男の着る真っ白な連合宇宙軍第通常礼装は輝いている様に見える。
襟元には中将の階級章が鈍色に光り、胸には様々な略章が飾られている。
その中には名誉戦傷章も含まれる。
紛う事無き、そして敬意を払うべき歴戦の将官。
その男は何をする訳でもなくナデシコを見ていた。
「此処においででしたか提督」
聞く者に若さよりも幼さを感じさせる声が男の後ろから投げかけられた。
男はゆっくりとした動作で振り返る。
見れば展望ラウンジの入り口。少し小柄な身体をしたそれはとても若々しい感じの青年士官だった。
当然、連合宇宙軍の軍服に身を包んでいる。
その声に提督の敬称で呼ばれた男は小さく笑った。
探させたかしらと。
「はい、いいえ。そんな事はありません」
対する声には、元気さに混じって程よい緊張感が浮かんでいる。
だが表情はあくまでも柔和だ。
「興味が散るのは老人の悪い癖よね。どうしても見たくなったのよあのフネをね」
少しだけ甲高い、男の声。
だがゆっくりとした口調故に聞き取り難いと云う事は無い。
「久しぶりに見たわよ。懐かしいあのフネ………状態は良さそうね?」
再び視線を前に向ける男。
視線の先はナデシコ。
ND-001ナデシコ。
それが私が今の私となった場所だと、男は今を見ずに呟いた。
「はい提督。この航宙博物館のウリは展示中の全艦が常時戦闘可能だと云う事です。
今行っているのも式典に向けての化粧直しです。あのフネは明日にでも提督をお乗せして出撃する事が可能です」
「頼もしいわね。
だけど止して欲しいわ。私もいい加減年だから、艦隊勤務は辛いのよ」
乗りたいのは否定しないけれども。
そう言って男は口の端を歪める。
微笑。
それは男の背負ってきたもの、その1つを青年士官に感じさせた。
「良いフネだったのですね………」
何となくその気持ちを口に出せず、青年士官は眩しげに目を細めながらナデシコを見て口を開く。
尋ねると言うよりも、確認すると云った口調。
それに対し男は笑みに諧謔の色を大いに混ぜて応える。
どうかしらね、と。
「酔狂なフネだった事は確かよ。
元々が技術実証の実験艦で、怪しい改造もしちゃったフネよ?
居住性は良かったけど、ヘンタイ技術者にアブナイ科学者、正義男に暴力娘。
人間吃驚箱よ。
第1、艦長からして“自分らしく!”なんて言ってね、任務そっちのけの色恋沙汰最優先。
人類の存続を掛けた大戦争の最中だって言うのによ。
信じられる?」
疑問符を付けてはいたが、実質、断言する口調。
だが茶目っ気タップリで聞く者に嫌味を感じさせない。
上手いなと青年士官は思った。
男が綺羅星の如き将官揃いの連合宇宙軍でもかなり兵に好かれているのが判る、そんな態度だった。
漆黒の宇宙、展望ラウンジの大窓に映える白亜の大戦艦ナデシコ。
それを背に笑う男が青年士官には輝いて見えていた。
これはそのナデシコにまつわる物語。
地球で月で火星で木星で戦い抜いた、一隻の戦艦に関する逸話。
始りは、今では無い過去にして未来。
未来にして過去。
それはナデシコが進宙する6年後の出来事だった。
機動戦艦 ナデシコ
MOONLIGHT MILE
漆黒の宇宙
ゴダートからコロリョフ、そしてフォン・ブラウンといった人々が押し開いた扉
それは宇宙の深淵へと到る遥かなる道
希望があり、未来に満ちた場所
だが決して楽園では無い
人の愚かさと賢さが、強さと脆さとが満ち満ちた世界
何処までも人の世の延長であった
序幕
The End Of The Future
(1)
――T――
閃光が星々の耀きに彩りを添える様に咲き乱れる。
光球。
それは、命の放つ最後の煌き。
その輝きを穢すように1機の機動兵器が駆け抜けて往く。
漆黒の装甲は鋭角を重ねた重厚な構造であり、その背中には2対4枚の翼状構造体が広がっている。
両脚は太く短く、太腿には巨大なノズルと誘導材とが翼の様と成って伸びる。
両腕は細く長く、手には長大な大口径ブラスターを持つ。
歪な人の亜形、怪異なる姿。
魔王の如き威容を持って戦場を支配する存在、ブラックサレナHa。
そんな魔王を駆る者――黒の乗手。
<火星の後継者>によって全てを奪われた復讐鬼、テンカワ・アキト。
敵は<火星の後継者>、その残党。
首魁クサカベ・ハルキを喪って尚も、その理想に殉じようとするもの達。
その最後の拠点がこのアステロイドベルトに存在していたのだった。
電子によって拡張されたテンカワ・アキトの視野が、接近中の機体を捉える。
大柄な機体。
灰褐色に染められた装甲各部は厚く角ばっていて手には長大な火砲を抱え、両肩には誘導弾が取り付けられている。
ステルンクーゲル。
そう呼ばれている機動兵器。
それは火星戦争終結後に様々な紆余曲折を乗り越えて成立した汎地球圏統一政体、第二次地球連合が行った地球と融和策の一環、包括的な技術提携が生み出さしたものの1つだった。
欧州系最大の軍需関連企業、クリムゾングループと木連のガニメデ工廠が共同で開発した、それまでの機動兵器――連合宇宙軍主力機であったエステバリス・シリーズを遥かにしのぐ水準で機動力、火力、防御力のバランスを持っていた。
性能の優秀さのみならず、開発の経緯等から地球と木連の融和の象徴として宣伝され、第二次地球連合設立と同時に創設された、新しい軍事機構地球連合統合平和維持軍他、多くの地方軍にも採用された機体だった。
木連と地球の技術の結晶。
新しい時代、新しい秩序の象徴。
だが、ステルンクーゲルの輝かしい時期は極めて短かった。
<火星の後継者>の決起時に少なからぬ数の機体が、決起部隊と共に統合軍の管理下を離れて首魁――クサカベ・ハルキの元へと馳せ参じてたからだ。
そして決起より2年以上もの月日が流れている現在、ステルンクーゲルも統合軍採用型のままでは無かった。
兵站的な問題や能力向上の観点から<火星の後継者>が独自開発した機動兵器、積尸気のパーツを流用する形で改造され、一般に<火星の後継者>型ステルンクーゲルとして類別されていた。
そんなステルンクーゲルSoMをアキトが意識すると同時に、合成された警告音が鳴ると、機影に速度や方向等のデータが機影に重ねて張り付けられる。
表示は赤、それも純赤色――危険性が高い事が示される。
既に敵機は射撃体勢に入って迫る。
反射的な操作で、ブラックサレナHaの軌道に捻りが入る。
戦闘速度で振り回して為、機体各部が軋みを響かせ、電子音はそれを翻訳して伝えてくる。
それは機体の上げる悲鳴。
機体状況を表示するウィンドウは、その殆どが赤く点滅する<Emergency>の文字に埋められている。
鬱陶しい。
声にならぬ声で呟くアキト。
彼とて機体各部の異常は判っている。
ブラックサレナHaは何度も死線を潜り抜けた相方だ。ほんの少しのものでも異常は判る。
だが、それでも今は無茶をしなければ生残れない。だから無茶を圧して操る。
「Uuuuuu....Ruuuuu.....」
声にならない意思が、硬く噛締められた唇より洩れる。
無茶な機動がもたらすに、身体が悲鳴を上げる。
慣性制御システムが中和し切れなかったGが容赦なくアキトの身体をいたぶるが、その影響を意志の力で押し殺して機体を操る。
閃光。
数秒前まで、ブラックサレナHaの翔んでいた空間を橙色の光弾が蹂躙する。
ハンドレールガン。
並みの光学兵器であれば、それこそ艦載用大口径砲すらも逸らす事の出来るサレナの歪曲型防御力場だが、流石にローレンツ力で撃ち出される実体弾相手には分が悪い。
そのまま、回避行動の慣性を利用して狙いを付ける。
強引な操作。
電子音が警告を発するがそれを無視。
そのままに操る。
4枚の翼状構造体が動いて慣性を流すようにして姿勢を整える。
胸部装甲に組み込まれた合成開口レーダーが敵機の詳細を捉え、その指示に従って火器管制システムが右腕に持ったブラスターを小刻みに動かした。
敵機パイロットも、戦場で直線に飛ぶ様な素人では無かったが、それでもブラックサレナHaの顎から逃れる事は出来ない。
コンマ数秒で、機影を追う円いドットが緑色に変わる。
照準完了。
すかさずアキトは意思を絞り、放つ。
その殺意を違えず機体は応える。
ブラスター3連射。
1発目と2発目はディストーションフィールドによって逸らされた。
虚空へと散った砲弾。
だがそれが、敵機の出来た抵抗の最後だった。
2発目を逸らしたその時、敵機の腰後部に火花が散った。
ディストーションフィールド発生装置が、負荷に耐えかねて自壊したのだ。
そこを3発目が襲う。
強固な防御力を誇る筈の胸部装甲を易々と貫通すると動力部、そして推進剤槽までも破壊する。
閃光。
引火によって機体が四散し、そして命の灯火も又、消える。
後に残ったのは細かい破片、只それだけ。
人の命の儚さ。
だがそんな感傷に浸る余裕など戦場には無い。
電子警告音
一際大きな電子音。
後背から2機のステルンクーゲルSoMが接近して来ている事を、ブラックサレナHaの後方警戒レーダーが捉えた。
上手い。
そう呻くように、罵るように唇が歪む。
先程の機体を囮にしての接近。
非道では在るが的確な判断だった。
1機の右肩には赤い二本のラインが入っている。
部隊指揮官機。
その僚機も含めて、他の機よりは動きが鋭い。
素直な回避行動だけでは、逃げ切れない。
圧搾空気音
ブラックサレナHaの機体各部に取り付けられた姿勢制御システムが小さく推進剤を吐き出し、翼状構造体を使うよりも更に慣性を流し――捻じ曲げて敵機に機体正面を向ける。
正面から相対。
その瞬間、ステルンクーゲルSoMが機先を制して先手を打つ。
両肩のラックに取り付けられた近接対機動兵器誘導弾を一斉に放たれた。
その数、20。
だがその程度でブラックサレナHaを捉える事は適わない。
「甘いっ!」
嘲う言葉と共にアキトはFCSのモードを狙撃から迎撃へと切り替える。
探知距離が短くなる代わりに、より詳細に情報を収集するレーダー。
即座に20発のSAmMをロックオン。
すかさず両太腿部に取り付けられた近接防禦システムのレーザー砲が火を噴き、その尽くを破壊する。
広がる光爆。
だが、その程度でCAG機のパイロットは諦め無かった。
回避行動を取った僚機を一顧だにする事無く機体に、爆風を突っ切る機動を取らせる。
ばら撒かれた破片や電磁波を擬装に近接戦を仕掛けるつもりなのだ。
如何にディストーションフィールドが在るとは云え安全とは言い難い方法。
だがCAG機パイロット──4連筒付木連戦艦すばる艦載機部隊司令と、<ネノクニ>機動兵器部隊の前線指揮官も務めるイハラ少佐は、アキトの駆るブラックサレナHaをそれ位のリスクを超えねば倒せぬ敵だと認識していたのだ。
イハラ機はハンドレールガンを抱きかかえる様にして爆風へと突入しようとする。
だがそれよりも先にブラックサレナHaが爆煙を突き抜けて来る。
アキトも又、イハラと同様に爆風を囮とする事を考えたのだ。
奇しくも同じ行動を選択した2機。
明暗を分けたのは、操縦者の腕や運などでは無く純粋に機体の性能差だった。
改造されているとは云え、統合軍採用型を超えると言う程に能力向上の果たせていないステルンクーゲルSoM。
対してブラックサレナHaはブラックサレナA2の様なエステバリス系のカスタマイズ機では無い全くの新造機――<火星の後継者>事件の戦闘データを元にフレームから新規に開発された機体であり、言い換えるならば、<火星の後継者>が使用したあらゆる機動兵器を凌駕する事を目標に開発された機体であったのだ。
故に性能差は必然ですらあった。
爆煙を棚引かせたブラックサレナHa。
大きく振りかぶれた右腕。
その手には重厚で大振りな近接兵器のイミディエット・ナタが握られていた。
一閃。
対処する時間を一切与えず、イミディエット・ナタはステルンクーゲルSoMの装甲を易々と切り裂いて致命傷を与える。
閃光。
また1つ、宇宙に真紅の華が咲いた。
――U――
「きりが無いな」
自然と漏れた独白。
その声色に、自分が強く疲労して来ている事を自覚する。
視野内の仮想ウィンドの時計に目を走らせて確認。
少し驚いた。
短い時間だと思っていたが、戦闘開始からは既に1時間が経過していた。
その間に墜した機体は24機。
悪いペースじゃ無い。
それにリョーコちゃん達も二桁近く落としては居る事は傍受した通信で判る。
併せれば100機程度は撃墜した計算だ。
だがそれでも、戦場を飛び交う光弾が減ったようには見えない。
有人機は確かに減ったが、その穴を埋めるように無人機動兵器が出てきている。
火星戦争の頃に比べて、難しい相手では無くなったが、数は面倒だ。
溜息が洩れそうに成る。
<ネノクニ>――<火星の後継者>残党に残された最後の拠点は、尋常では無く防御力と戦闘力を付与されている様だ。
元から長期戦になる事は判っていたので、推進剤と弾薬の消費は抑えるようには戦ってはいたが、それでもいい加減、1度は補給に戻らねば危険な水準まで目減りしている。
舌打ちを1つ。
意識を母艦への通信に合わせる。
戦場の後方に幾多の無人小型機動兵器を従えて佇む白亜の戦艦ユーチャリス、その巨艦に只1人乗る少女の名を呼ぶ。
喉を少しだけ震わせて。
「ラピス」
ラピス――ラピス・ラズリ。
それは<火星の後継者>に囚われていた少女。
何処かの組織が、ルリちゃんとは別に生み出した実験体。
<火星の後継者>に囚われ、そして今は俺という闇に囚われた自由無き妖精。
襲った<火星の後継者>の研究施設で出会ったとき、名が無かった。
只、検体番号だけで呼ばれていた。
だから、義妹の名を少し換えて贈った。
何時かルリちゃんの様に、陽光の下で生きていけますように、との願いを籠めて。
そして今、名前を贈った、只それだけの事で俺を慕い支えてくれている。
だから戦えたのだ。
火星の後継者事件の時も、そして今も。
なのに俺はあの子に何も出来ない、してやれていない。
だから、その名を呼ぶとき、何時も悔恨の念が湧く。
自分がとても………情けない。
『アキト』
通信用の仮想ウィンドウが開く。
暗いユーチャリスの戦闘指揮所で、ラピスが仄かな輝きをまとって座っているのが見えた。
彫像の様に微動だにせず、口元だけを動かして答えてくる。
『情報は纏めました。表示します』
その言葉と共に、戦況情報の書き込まれた仮想ウィンドウが新たに開く。
何が必要とされるのか、何を必要とするのか。
そんな事を常に考えて支援してくれるラピス。
忸怩たるものがある。
幼い子供を血みどろの戦争に巻き込んだ事への悔恨。
その人としての心を、意思で抑え込む。
今は戦闘中だ。
一瞬の隙が死をもたらす場所なのだ。
ラピスだけじゃ無い。ドクターやエリナにも様々なサポートを貰っているのだ、それを無駄とする訳にはいかない。
意識の半分を周囲への索敵に振り分けつつ、ウィンドウを見る。
サレナとユーチャリスがブルーで、連合宇宙軍所属の艦艇や機体がグリーン。
そして<火星の後継者>がレッドで描かれた戦況マップ。
状況は、今だけ見れば連合宇宙軍側が優勢だった。
<火星の後継者>側は遊弋中だった護衛艦艇の全てを失い、機動兵器も又、かなり消耗している。
対して、連合宇宙軍側は中破以上の被害を受けた艦艇は無い。機動兵器も被撃墜2、大破3、小破1と云う程度だった。
決して無視していい数じゃ無い。
特にその機体操縦者の家族にとっては。
だが軍事的には、一方的勝利と言って良い結果だった。
だがそれも当然か。
何故なら、ここに来ているのは連合宇宙軍でも指折りの精鋭集団なのだから。
事前説明で聞いた、表向きは機動展開訓練の一環として臨時編成された集成機動部隊として発表されている第5次<火星の後継者>討伐部隊の詳細を思い出す。
主力はナデシコBを旗艦にした第3特務戦隊――通称、独立ナデシコ部隊。
戦艦一隻、空母一隻、巡航艦二隻、護衛艦七隻で編成されたこの部隊は全艦が艦齢3年以内の最新鋭艦であり、又、その所属将兵に関しても戦隊司令にルリちゃんが居て、後は参謀から一兵卒に到るまで先の大戦からのベテラン連中を置いた最精鋭集団。
電子戦はもとより対艦戦、艦載機戦までありとあらゆる戦闘を勝利出来るスペシャリストの集団であり、連合宇宙軍総長ミスマル・コウイチロウの切札として有名だった。
そこに連合宇宙軍最強の機動展開部隊、第7機動艦隊から航空戦力を補強する為に重装空母1隻を中心とした1個空母機動部隊、第74任務部隊の派遣を受けているのだ。
結果として、機動兵器に関しては<火星の後継者>が150機近い機体を投入していたのに対し、独立ナデシコ部隊は固有の部隊である大鎌を持つ獅子と南部の猪の2個飛行隊34機の外にTF74のシンビジューム航空団82機、計116機を投入する事となった。
連合宇宙軍情報部の出した見積もりの甘さから、結果として量的に劣る事となってはいたが質的には圧倒的に凌駕しており、実際、<ネノクニ>の機動兵器部隊を瞬く間に蹴散らしていた。
他に、陸戦隊に関しても乗組員から人を募って陸戦隊を臨時編成するのでは無く予め、揚陸巡航艦も含めて連合宇宙軍陸戦隊の正規部隊を連れて来ていた。
連合宇宙軍でも屈指の戦力をかき集めた第5次<火星の後継者>討伐部隊。
だがそれでも<ネノクニ>、小惑星の1つをくり貫いて造った<火星の後継者>の最後の基地を攻めあぐねていた。
ステーション制圧戦の常道である陸戦隊の投入は、要塞砲他、<ネノクニ>の持つ強力な防空火器によって揚陸巡航艦が<ネノクニ>に接舷出来ずに不可能。
かと言って遠距離から艦載砲でそれらを粉砕しようとしても、<ネノクニ>の持つ強力なディストーションフィールドに阻まれて不可能。
又、小惑星を利用する形で建造されている為、その岩盤によって強固な防御力が付与されており、素直に艦載砲で対抗しようとしても著しく不利であった。
正しく難攻不落。
現在、<ネノクニ>付近の宙域の制圧は出来ていたが、それ以上は困難な状況であった。
又、宙域制圧の原動力である艦載機部隊も、1時間に亘る戦闘でサレナ同様に消耗しつつある。
分隊単位での補給と休息を取ろうとはしていたが、それも無尽蔵と評しうる程に供給されている無人機動兵器が跳梁をしている事によってままならぬ有様であった。
どれ程に鍛えられた人間であっても、疲労にだけは勝てない。
蓄積した疲労は判断力と反応速度を削っていき、そして何時かは無人機の持つそれを下回り、そして落される。
先に戦争でも幾度と無く繰り広げられた情景。
そしてこの戦いでも又、このままでは何時かその限界が訪れるだろう。
そう、何もしなければ。
否。
その何かをする為にルリちゃんが動いているのだ。
「ルリちゃん達の様子は?」
その事の確認。
だがラピスは答えるより先に、仮想ウィンドウを展開する。
比較的口数の少ないラピスだが、特にルリちゃん絡みだとそれが顕著になる。
何故だろう。
判らない。
エリナは、恐らくはマシンチルドレン同士の対抗心だろうと、笑いながら言っていた。
彼女が言うならそうなのだろう。
女性は判らない。
ラピスも幼いとは云え女性だ。
判らなくても当然か。
そんな、埒も無い事を頭の片隅で考えながらウィンドウの情報を読み取る。
其処には、直径約100mもの小惑星――隕石が接近している事が表示されていた。
それがルリちゃんの選んだ手段、質量攻撃。
手頃なサイズの隕石に推進器他を取り付けて即製の遊星爆弾として使用し、防御手段ごと<ネノクニ>の抵抗能力を潰す。
それがルリの作戦だった。
何とも荒っぽい戦法であったが、それ故に有効だった。
普通のコロニー相手で使える様な手段では無いが、ナデシコBの中枢電算機が計算した結果では、<ネノクニ>は小惑星を利用した頑丈な基地である事から崩壊する確率は極めて低いと云う事だった。
有る意味で機動兵器部隊による攻撃は囮なのだ。
敵の目を機動兵器部隊に集中させて、対処能力を奪えればいい。だから無理をする必要は無い。
ブリーフィングでルリちゃんは、そう言い切っていた。
少しでも将兵が傷つかぬ様にとの配慮だったのだろう、それはとてもルリちゃんらしいと思う。
尤もそんな事を言うから、連中はよりヤル気を出してはいたのだが。
誰もが競う様に戦っていた。
だが、その役目ももうすぐ終る。
遊星爆弾到着まで後20分。
電子妨害を仕掛けているとは云え、そろそろ<ネノクニ>の連中も気付くだろう。
『全て予定通り。遅延、誤差範囲内』
「流石だな、ルリちゃんは………」
その一言に、ラピスが少しだけ表情を暗くしたのが判る。
何か悪い事を言っただろうか。
確かに、ルリちゃんの情報管制能力を褒めはしたが、それは何もラピスを貶める様なものでは無いのだ。
あの子には幾多の実戦経験によるもので、マシンチルドレンの性能とかそう云う訳じゃ無いし、そもそも俺はそんな視点で2人を見比べない。
その事を口にした時、ラピスの表情が少しだけ変った。
何と言うか溜息をつくような感じに。
『いえ何でも無いです』
言い切るような言葉。
判らない。
怒っているのか、そうでないのか。
だが判らなくても良い。只昔、無表情だった子が少しでも情動を見せる様になったのは良い変化だ。
そんな事を思った時だった。
視野内に違和感が生まれたのは。
意識をそこへ集中させる。
レーダーが<火星の後継者>に動きを捉えたのだ。
遊星爆弾に気がついた様だ。
それまで、無茶苦茶に叩かれながらも何とか維持しようとしていた編隊が崩れていく。
口元が歪んだのが判る。
愉しいのだ、とても。
かつて俺の身体を、同胞を好き勝手にしていた連中が慌てふためく様は何とも無様で、何とも可笑しかった。
暗い喜びだとは判っている。
良い趣味では無い事も。
だが、それでも堪えられない愉悦だった。
『ホシノ・ルリから連絡。圧縮通信。全機動部隊宛。本文“秘匿名称がみらすハ実働成功。機動部隊ハゴ苦労様。がみらす成功後ガ本番デスノデ、各員ハ休息ヲシッカリ取ッテイテ下サイ”です』
ルリちゃんらしい、心からそう思える。
心遣い、と云うには少し違うかもしれないが、それでも良く人を見ている。
緻密に収集分析した情報を元に理詰めで動いてゆくルリちゃんは、天才的な閃きと勢いとでクルーを引っ張ったユリカと方向性は違うが良い艦長に成る――成った。そう思える。
少なくとも、こんな事を言われてうれしく無い奴は居ない。
かく言う俺も、少し嬉しい。
だからこそ皆が前向きに戦えるのだ。
宙域図には後退を開始した機動兵器部隊に代わって防空巡航艦アグロステンマと3隻の防空駆逐艦で編成される戦隊防空群が前に出る様がうつし出された。
通常、相手が統制行動している状況で艦艇が味方機動兵器の支援無しに前線に出る事は自殺行為と同義だが、此処まで統制が乱れた状況では逆に強力な防空火器を大量に揃えた艦艇は強力な力を発揮する。
見る見る、残る<火星の後継者>の機動兵器群をうち減らしていく。
「戻るか………」
無意識の呟き。
ああそうだ。
今は補給に戻るべきだろう。
このまま、この場に残る意味は無い。
サレナも消耗している。
そして、戦いはこの後も残っている。
今はまだ外堀を埋めただけなのだ。
その為には今、余裕がある内に戻って補給を済ませておく必要があるだろう。
「ラピス、戻る。機体整備の準備をしておいてくれ」
『了解、アキト。何時でもどうぞ』
即座の返答。
ラピスは常に俺の事を考えて周到に準備をしていてくれる。
良い子だ。
畜生。
そんな娘を俺の復讐に巻き込んだ事が、否、この娘の力を借りねば復讐に挑めなかった俺の不甲斐なさに涙が出そうになる。
畜生。
ジャンプ先の認識を開始。
光りが俺を渦巻いていく。
綺麗だと思っていた。
素晴らしいとも思っていた。
だがそれがもたらしたものは何だ。
クサカベは昔言った。
世界中から繋がれ、駆り集められた俺達被験者を前に。
ボゾンジャンプは人類の希望、新しい秩序をもたらす福音であると。
だがその為に俺達はどうなった。
内側に篭る憎悪を籠めて吐き捨てる。
「ジャンプ」
俺は、この力が嫌いだ。
2004 5/8 Ver1.01
<ケイ氏の独り言>
初めまして皆様。
少しだけ何かが“濃い(友人談)”SSを書いては居るようですが、面白いアクションSSを作って行きたいとは本気で思っているケイ氏です。
まだまだ拙い愚作ではありますが、他人様に面白いと言ってもらえるものを目指して頑張っていきたいと思いますので宜しくお願いします。
本愚作、少々踏ん切りの悪いところで途切れてはおりますが、これは私が最後の一行の余韻が気に入ってしまった事が原因です。
出来る限り速く次の話を製作致しますので、宜しくお願いします。
本「The End Of The Futun」は序章であり、それが一度に読めないのは本来、噴飯ものではありますが、文章量の問題(現時点で、The
End〜は110KB越え………)から、ダウンサイジングをしておりますのでご了承下さいませ。
では、次の投稿で皆様のお目に掛かれる事を祈りつつ。
代理人の感想
むう、面白いなぁ。
ルリちゃんも人に気を使う事ができるようになってたりして、劇場版より成長しているのが窺えますね。
アキトもちゃっかり新型機を手に入れてたりするし。
まぁ、一番気になるのは冒頭に出てきたオカマが一体誰なのかということですが。(笑)。
後ひとつツッコミ、TV版のサブタイトルが「Marsian Successor」であることを考えると、「火星の後継者」の英語の略って「MS」じゃないでしょうか?
まぁ、些事ですが。