怪物とたたかう者は、みずからも怪物とならぬようにこころせよ。
なんじが久しく深淵を見入るとき、深淵もまたなんじを見入るのである。
ニーチェ
機動戦艦 ナデシコ
MOONLIGHT MILE
漆黒の宇宙
ゴダートからコロリョフ、そしてフォン・ブラウンといった人々が押し開いた扉
それは宇宙の深淵へと到る遥かなる道
希望があり、未来に満ちた場所
だが決して楽園では無い
人の愚かさと賢さが、強さと脆さとが満ち満ちた世界
何処までも人の世の延長であった
序幕
The End Of The Future
(2)
――V――
喧騒に満ちたナデシコB艦橋。
そこは今こそが戦場だった。
遊星爆弾を制御しつつ第3特務戦隊防空群に的確な指示を与え、尚且つ、宙域に残る機動兵器部隊の効率的な運用を同時に行う。
それは新技術の搭載実験艦として建造され、<火星の後継者>動乱の後にナデシコCの運用成果を元に、電子戦能力と艦隊旗艦能力を付与する形で行われた改装――第一次大改装で電子戦指揮艦と成ったナデシコBならではの能力だった。
完全な1人1艦計画艦として改装された事で余剰と成ったブリッジスペースを、そのまま管制能力の向上に充てた為、旗艦任務用の大型艦を凌駕するだけの能力を得ていたのだ。
広大なナデシコBブリッジ。
その正面には今、デジタルカウンターが表示されたウィンドウが浮いている。
それは、遊星爆弾の<ネノクニ>着弾までのカウントダウンだった。
数字は今、100を切っている。
刻まれていく時間。
それが<ネノクニ>に残された命の時間。
徹底的に潰す。
そうルリは決めていた。
既に連合宇宙軍を経由して第二次地球連合安全保障理事会の、それも全ての実権を握る常任理事国のみによる非公式協議機関――常任理事国特別評議会の了解を得ていた。
索敵殲滅。
<火星の後継者>に属する者を見つけ出し、尽くを殺し尽す許可。
その為に揚陸巡航艦セラスチウムを、連合宇宙軍陸戦隊の中でも最強最精鋭部隊として知られる、第1強襲軌道降下旅団を連れて来ていたのだ。
そして、連合宇宙軍陸戦隊でも屈指の近接戦闘指揮官である、第1強襲軌道降下旅団・旅団長ハンス・ゾーレッツ准将にも伝達している。
無理に捕虜を捕る必要は無い、と。
最初、ルリがその事を告げたら旅団長は驚いていた。
当然であろう。
通常は情報収集の為にも捕虜の確保は必須事項なのだから。
だが既に<火星の後継者>、その残党組織の詳細は連合情報庁による地道な捜査によって判明しており、その支持者と支持母体も粗方洗い出されている。
確かに<火星の後継者>の蜂起を捉えられなかったが、地球連合の情報機関とて無能の集団では無いのだ。
地道な情報収集や分析は、<火星の後継者>の出資母体である<クリムゾングループ>までもを、その指先に捉えていた。
国家安全保障庁や秘密情報庁、或いは公安調査情報庁と云った情報機関の流れを汲むUIAは、決して人間の諜報活動の価値を軽んじなかった。
どれ程高度に情報通信技術が発達していようとも、人と人との関わりを重視する情報収集手段の重要性は決して損なわれるものでは無いのだ。
営々と蓄えられた情報。
後は、施設制圧後に電算機から情報を収集すれば良いのだ。
有る意味、無理に<ネノクニ>を攻略せずとも<火星の後継者>を滅ぼすだけの状況と成って居た。
にも関わらず攻略を行う理由、それは一罰百戒だった。
世界に知らせるものでは無く、権力に関わる者達へと発された警告。
戯れに火星の遺跡に触れるべからず、との。
そしてハンス旅団長も又、その理由を知ると共にルリの確固たる同志――共犯者となっていた。
彼も又、<火星の後継者>の武力蜂起によって少なからぬ友人を、そして何よりも妻と子、家族を失っていたのだから。
肉食獣に似た歪みを顔に浮かべて笑う。
では1つ教育してやるとしましょう、と。
正義の名の下で繰り広げた暴力、理想に酔った者たちへの被害者の復讐。
最早、理でも情でも血の惨劇を止めるものは何も無かった。
<ネノクニ>には火星遺跡関連の何かが在ると云う情報もあり、その確保と云う事が作戦計画書には記載されていたが、それは第1では無く、主目的は復讐であり、見せしめであった。
連合宇宙軍やネルガルは元より、第二次地球連合安全保障理事会を構成する日米英ら海洋国家共同体までも巻き込んだ、それは大切な存在を奪われたルリの復讐。
無論、関わったものの全てに利益が行く様に、そしてその利益が重複せぬ様にルリは綿密に計算し、その上で交渉していた。
それ故に交渉は成立し、ルリが今、此処に居る。
後の歴史家は言う。
この<ネノクニ>殲滅戦こそが、この後2世紀に亘ってMPCが太陽圏を統制する事と成った要因であり、又、後に完全な統一政体として太陽系の全てを治める地球連邦を成立させたのだと。
だが、ルリにとって歴史上の意味などどうでも良かった。
重要な事はもう二度と自分の大事な人たちが理不尽に奪われないと云う事。
アキトやミスマル・ユリカ、旧ナデシコクルーから現ナデシコクルーまで、皆が側に居てくれる事。
只それだけだった。
極々小さな希望、それは切なる願い。
だが現実はその小さな想いをも踏み躙った。
だからこそルリは決意した。
ならば自分が現実を動かしてやる。
大切な人は自分が護る、と。
人が死ぬのは嫌だった。
戦争も大嫌いだった。
だがそれでも、否、それ故に我慢出来なかった。
自分の大切な人が奪われるのが。
もう2度と、大切な人を奪われない、その為であればどんな悪行を為す事も辞さない。
その覚悟が、ルリにはあった。
ブリッジ前面の大型ウィンドウ上に展開する破滅の情景。
目を逸らす事無くしっかりと見上げる。
自らが引き起こした死と破壊。
小さな双肩にその結果を背負いながら儚げに、そして強く背筋を伸ばして見上げる。
空気音
ブリッジ入り口の扉が開いて1人の男が入ってくる。
痛々しく左腕を包帯で吊ってはいたが表情に翳りの色の無い、飄々とした雰囲気の男だった。
その姿をルリの右後方のシートに座って、ルリのオモイカネオペレーター補佐を務めていたマキビ・ハリが気付いて、名を呼んだ。
「サブロウタさん!」
ハーリーの安堵感に溢れた声に振り返るルリ。
その金色の瞳がサブロウタ――ナデシコB副長にして、直衛機動部隊隊長も勤めているタカスギ・サブロウタ大尉の姿を確認した。
「ども」
サブロウタは無事な右手で軽く敬礼をルリに捧げる。
隙の無い、だが洒落た仕草だ。
対するルリは、教本通りのきっちりとした仕草で答礼を行う。
だが儀礼的な事はそこ迄だった。
「サブロウタさん、身体は大丈夫ですか?」
答礼の指先が帽子から離れると同時に、表情を緩めたルリは優しく口を開く。
労るように、癒すように。
対してサブロウタは、元木連軍人らしく背筋を伸ばしたままに口を開いた。
「いや、下手をうって迷惑を掛けちまって申し訳無いっす」
サブロウタも連合宇宙軍に移籍してからは随分と柔らかい人間に成ってはいたが、人間の基本的な部分は変ってはいなかった。
任務に対しては厳正厳格。
木連軍優人部隊の一員であった頃からの癖は抜けてはいなかった。
「楽にして下さい。椅子に座っても構いませんよ。リョーコさんからも連絡が入ってますしね」
「あっ、あーいや、恥ずかしい話で」
照れくさげに頭をかくサブロウタ。
脚にも怪我を負っていたが、椅子に座りはしない。
それはサブロウタなりの、軍人としてのケジメの行動だった。
「避けきれるとは思ったんですけどね」
ルリは手元にウィンドウを展開させた。
喧騒に満ちたナデシコBの格納庫の様子が写し出される。
第一次大改装によって増強中隊規模の機動兵器を格納可能となったナデシコB格納庫。
其処では現在、ナデシコB艦載部隊の第701
武器弾薬の補充。
破損の確認と修理。
被害の大きな部分は、その部分ごとに換装を実施していた。
的確で素早い整備。
組織解体が決まった統合軍から
そんな格納の端、臨時駐機スペースに、左腕部を中心に細かい傷が大量に刻まれたプルシャンブルーの機体が固定索で係留されていた。
アルストロメリア。
ステルンクーゲルによって喪われた機動兵器のシェアを奪還する為、ネルガル・グループがエステバリス・シリーズで積み上げた人型機動兵器の諸技術蓄積と
尤も只のアルストロメリアでは無かった。
転移強襲と極至近距離戦闘を主に想定して開発されたアルストロメリアに、汎用性を高める為に
汎用性能試験機として、サブロウタ専用に建造された機体であった。
だが今、その機体は傷ついていた。
機体構造にこそ深刻な
その理由は
サブロウタとしては余裕で切り抜けられると思っていたし、実際途中までは上手くいっていたのだが、飽和攻撃的に迎撃可能限界に近い数のSAmMが撃ち込まれて来た事と、迎撃の途中で左肩に取り付けられた迎撃用の小口径ビーム連装砲が故障してしまった為に対処しきれず、被弾してしまったのだった。
「いやぁ恥ずかしい話っす」
「恥ずかしがる事はありません。名誉の負傷です。有休付けて名誉負傷勲章も申請しておきますから」
「いや、流石に其処までは………」
照れ臭げに、頬を軽くかくサブロウタ。
戦闘中の雰囲気とは思えぬ程にのんびりとした空気に包まれたブリッジ。
<ネノクニ>攻略戦は佳境を迎えつつあったが、同時に、人の身で出来る事の限りは尽くしているのだ。
最早結果を待つだけ。
誰もがそう開き直っていた。
「ガミラス。目標への衝突まで後、10秒!」
階下のオペレーターブロックから声が上がり、そのままカウントダウンが始まる。
ブリッジに居る誰もが、メインスクリーンを注視する。
「8…7…6…」
カウントが静に刻まれる。
誰かの生唾を飲み込んだ音が、やけに大きく響いた。
巨大な岩石――遊星爆弾が、ゆっくり小惑星に近づいてゆく。
生残っていた<ネノクニ>の防衛火器、レーザー砲からレールガン。グラビティブラストまで必死に放たれているが遊星爆弾を阻止する迄には到っていない。
表面を小さく砕くだけ。
破壊すらも適わない、それは巨大な鉄槌。
「…5…4…3…」
遊星爆弾の側で幾つもの火球が花開く。
<火星の後継者>側の機動兵器が巻き込まれている。
スクリーンに映る映像は望遠の為、随分とゆっくりに見えているが実際には相当な速度で<ネノクニ>へと突き進んでいるのだ。
どの様な抵抗も無意味であった。
「…2…1…0」
衝突。
遊星爆弾は殆ど質量を失わぬまま、狙い通りに<ネノクニ>の桟橋施設を直撃する。
閃光が走り<ネノクニ>は内側から火を噴く。
そして遊星爆弾が一挙に爆発する。
「ガミラス自爆確認。衝撃波来ます!」
「総員、対ショック防御!」
そして一瞬送れて、ナデシコBが激しく揺さぶられる。
破壊の衝撃波だ。
小さな破片が幾つもディストーションフィールドに当たり、負荷が掛かっている事が表示される。
各班の責任者達の手元に
電灯が、赤黒い非常灯に切り替わる。
だが、ブリッジ要員で悲鳴を上げる者は居なかった。
異軋音
艦構造材の上げる悲鳴は響くが、女性オペレーターはもとより最年少のハーリーですら歯を喰いしばって耐えていた。
時間にして数秒、数十秒、数分、それは長いような短い時間。
そして唐突に、衝撃は去った。
誰もが呆けた様に周りを見回す、一瞬の静けさ。
それを破ったのはルリだった。
「被害報告、戦果確認をお願いします」
凛とした声に、各オペレーターは弾かれた様に動きだす。
無論、ルリも自分の手で自艦の状態を確認するが、まだまだ実験艦としての性格を持つナデシコBは人間が自分の目で確認する事も省いてはならない手順だった。
既にオモイカネが独自の判断で行っていた
見る限り、艦の運行に致命的な損傷は発生していなかったのだ。
それとほぼ同じタイミングで各オペレーター達からの報告も上がってくる。
有能な人間が揃ったナデシコB、その事を証明する様に素早い報告だった。
その内容を纏めれば、“問題なし”の文字。
多少、問題は在ったが致命的なものは無く、又、僚艦達にも深刻な被害は発生していなかったのだ。
「どうやら予定通り
「はい艦長。セラチウムの艦長から、突入許可要請が出ています」
「早いですね反応が。戦果確認はどうですか?」
その言葉にはサブロウタでは無く、第3特務戦隊参謀長のガーナード・ボルトマン中佐が
「表に出ていた分は壊滅してますな。目標のドックも完全に崩壊しています。ですが念の為、偵察機の投入をすべきだと判断します」
非常灯の下、ボルトマンの掛けた眼鏡にウィンドウの明かりが反射して光る。
長身のアフリカ系としては珍しく、優美というよりも巖の如き体躯の人物ではあったがその瞳には理性の輝きがある。
長くミスマル・コウイチロウの下で戦務参謀を務め、本来は宇宙軍軍令部での活躍も期待されていたが、第3特務戦隊編成時に優秀ではあっても経験の少ないルリのサポートにと、ミスマル・コウイチロウに強く請われてルリの参謀団に加わった人物であった。
就任時には年齢と外見故に
「そうですか………ハーリー君、電子的にはどうですか?」
ルリ達の会話に潜り込めずに少しだけ拗ねていたハーリーだったが、ルリが一言、話を振っただけで待ってましたとばかりに口を開いた。
何と言うか、サブロウタはそんなハーリーのお尻に尻尾が生えている――それが愉しげに振れている様が幻視出来ていた。
可愛い弟分の姿に苦笑を漏らすサブロウタ。
ボルトマンも優しく笑っている。
そんな人生の先輩達の視線に気付かず、ハーリーはしゃちほこばって報告する。
曰く、衝突時より沈黙状態に陥っている、と。
微弱なレーダー波や、ディストーションフィールドの反応は確認出来るが、先程迄の大威力では無い、と。
尚、電子攻撃はまだ不可能との事だった。
「回線掌握は物理的に接触するまで不可能でしょうね、ここまでして出来ないのであれば。
防御体制に関しては………そうですね、偵察機を出しましょう。折角やる気を出しているセラチウム艦長には悪いですが、こんな所で被害を出したくありませんから」
「ですな、では………」
「用意の良いアオイ艦長の事です、もう準備は整っていると思いますよ――聞こえて居ますか?」
ルリの言葉に応じて、新たに通信ウィンドウが開く。
其処には第3特務戦隊所属の装甲空母アレナリアの艦長、アオイ・ジュン中佐の敬礼した姿があった。
ルリも答礼。
<火星の後継者>蜂起から起きた一連の事件解決に尽力した功績から、最新鋭の双胴型装甲空母アレナリアの艦長職を与えられていたのだ。
「準備は終わっていますよ、ホシノ司令。偵察機は命令あり次第、何時でも発進可能です」
新たにウィンドウが開き、偵察機――正確には強襲型電子偵察機に関する情報がルリの前に提示される。
通常は無人機が充てられる事からゴーストとも呼ばれている偵察機。
その母体と成った機体が戦略級機動兵器に分類される、非人型多用途機
リニアカタパルトに佇む漆黒の機体、そのノーズには白く“野分”とペイントされている。
元来が高速展開を目的とした機体であったが、無人化改造に伴い、更に有人機では不可能な機動性能を持つに到っていた。
相手が何であろうと追撃は不可能。
それが、開発した連合宇宙軍技術研究本部の
尤も、この野分と記入された機体は無人機では無い。
ルリが実証した
本来は飛行偵察教導隊に配備されている機体であったが、今回、第3特務戦隊に編入されている理由は、その実戦での運用試験であった。
「装備は?」
「威力偵察用の武装パックを搭載させています。一応、無人機も電子偵察用パックを装備して準備させてはいますが?」
「流石ですねアオイ艦長。では
<ネノクニ>制圧第2次作戦の開始は、その報告を待ってとします」
決断から2分後、後方に配置してあった装甲空母アレナリアから
――W――
ルリの行った遊星爆弾攻撃――手頃な衛星に推進システムを搭載して<ネノクニ>を狙うと云う秘匿名称“ガミラス”は、<ネノクニ>に莫大な被害を与えていた。
主ドックは崩壊。
外部に配置してあった機動砲台と無人機動兵器部隊は壊滅し、哨戒システムは全滅。
要塞内の構造にも甚大な被害を与え、区画の崩壊や緊急隔壁の誤作動、それに爆発や火災が発生していた。
<ネノクニ>は断末魔の叫びを上げていた。
だがそれでも、諦めの悪い人間達は要塞の機能を復旧させ、火器を揃えて
電灯が非常灯に代わり、警報が喧しく鳴っている。
煩い。
人間様は状態把握だけで大忙しだって言うのに、機械の阿呆は判りきった事ばかり叫びやがる。
この基地を造る時に予算ケチったんじゃねーのかってのが頭に浮かぶ。
さっきから主電算機の再起動コマンドを打ち込ましちゃいるが、どうにも駄目っぽい。
「主任! B2ブロックに延焼が発生しています」
間抜け。
とっとと隔壁を下ろせ莫迦。
生残ってる奴なんざいねえよ。
生残ってても、救い出してる余裕なんてあるか。
「第3電算機が手を付けられません、このままじゃ外部に回線を開く危険性が!」
莫迦たれ。
そんな時は電源を引っこ抜け。
外に開いた日にゃ一発で制圧されるぞ。
<イワト>を忘れたのか、阿呆。
「基地内の気圧が低下しつつあります、どうします!?」
スカタン。
テメェの首から上は飾りかよ。
考えてみろ、気圧の低下は空気、漏れてるって事だぞ。
チェックをとっとと始めろ。死にたいのか愚図。
罵声と一緒に指示を出していくが、部下の反応が乏しい。
当然か。
初めての蜂起以降は一方的に叩かれてただけ。
皆してやる気の欠片もねぇ。
まぁ俺も人の事が言えた義理じゃねぇが。
愚図豚どものケツを叩いているのも、今、死にたく無い、只それだけ。
雌伏忍従して、はや何年。
叩かれっぱなしの今だが、元木連軍人としての意地ってのがある。
手抜きで死ぬなんざ真っ平御免だ。
せめて敵の手で死にたいのだ、このシノノメ・カヲルと云う人間は。
だから、偶然とか事故とかで来る死神なんざ願い下げだ。
木連は、戦って死ねと教育した。
だが、同じ戦って死ぬのでも、どうせなら強い奴と戦ってから死にてぇのだ。
例えば黒の復讐鬼の様な奴と。
そう言えば居たな。
思い出した。
前線指揮官がやられた相手だ。
運が良いのか悪いのか。
とにかく奴は、今日、復讐を遂げる訳か。
畜生。
暗くなった考えを、頭を振って追い出す。
畜生。
奴には復讐する権利はある。
なんたって、新婚ホヤホヤで地獄への逆落とし喰らわしたんだ、どれだけ憎まれたって当然だが、1つ疑問もあるな。
復讐される俺らの復讐ってどうなるんだろうか。
埒も無ぇか。
仕事をしよう。
憎まれるのもいいが、莫迦にされるのは嫌だ。
仕事の責任を放り出したくない。
「オラ、手前ぇらキリキリ働け! 怖い兄さん達が俺達を殺しに来るぞ」
その一言に、
恐怖か歓喜か、色々と浮かべてやがる。
だが一番は困惑だな。
当然だな、普通は捕まえに来るもんだ。
だから俺等だって、捕まった時用の訓練をみっちりと積んではいる。
だが今回ばかりは相手が悪い。
そう、相手だ。
イハラの奴が、テンカワとガチって幸せにくたばる前に寄越した報告に、あの艦が含まれていたのだ。
畜生。
最悪だ。
いや、揚陸巡航艦自体はいい。
普通の強襲揚陸艦で、連合宇宙軍の広報とか見る限りは別に変な装備が追加されては居ない筈だ。
問題は、あのフネが運んで来る連中だ。
第1強襲軌道降下旅団。
月独立戦争で最も血腥い戦いとして伝えられたスリバチヤマ攻防戦にて、只の1個旅団(しかも1個歩兵連隊が欠けの状態でだ!)の戦力で4個師団もの、ご先祖様の友人だか知人だか、はたまた不倫相手か何かの連中――月独立蜂起軍を叩き潰して、その尽くを鏖にしやがったと云うキチガイの末裔。
独立を宣言するのと一緒に、月独立蜂起軍の特殊部隊が占拠した軍港にいきなり核を打ち込んだ米宇宙軍月方面艦隊と並んで、木連軍人教練過程では最も危険で打倒すべきだと教えている奴ら。
冗談でも脅しでも無い。
こいつは悲しい程の現実だ。
畜生。
碌な白兵戦闘訓練を受けてねぇ<火星の後継者>の職員が、硬式装甲宇宙服着込んだ連中相手に何処まで耐えられるかな。
マトモな対人迎撃システムも構築して無ぇ筈だし、接岸されたら終わりだな。
畜生。
せめて時間を稼げれば、迎撃準備を出来るものを。
電子音
折角、人が真面目に考えているってのに邪魔しやがる。
呼出音。
生残ってた有線通信機が自己主張をしやがった。
我儘な奴だ。
どうせ、老人どもが文句付けてきたのだろうから放置決定。
何もしない、出来ない癖に口だけは挟んでくる。
鬱陶しい。
そう言えば、敬愛すべき防衛指揮官殿も居ないな。
何時もの邪魔が無いんで、ついつい忘れていたが、本当は居なきゃ困るのだ。
居ても困る辺りが問題だが。
あの髭面デブめ、存在自体が迷惑だな。
と云うか、無能は矢張り、人類最大の害悪だ。
老人どもの所に追従と、謝罪と、弁明にでも行ったのか。
まぁいい。逃げようとしていても、物理的に逃げられない様にしてあるから、そのうち怒鳴り込んで来るだろう。
その時、仕事の邪魔をしたら利敵罪で射殺してやる。
電子音
鬱陶しい。
非常に鬱陶しい。
今回は根性を入れて呼び出してやがる。
何時もなら5,6回で諦める筈なのに、今回は20を超えてやがる。
呆けて、コールしてるのも忘れてんじゃねぇだろうな。
そう思いながら受話器を見る………違った。
ディスプレイを見る限り、余り被害を受けていないように見える第3ドックからだった。
確かあそこには修理中だったすばるが、4連筒付木連戦艦が居た筈だ。
推進系がぶっ壊れて、補修部品の枯渇から今までほったらかしにしていた奴が。
誰だ、そんな所から。
訝しげな気分で受話器を取る。
「<ネノクニ>管制室、シノノメ中佐だ。誰だ?」
『……おっ繋がった。生きてたか。すばる、ナカマチ中佐だ。救助隊を回そうかと思ってたんだが流石はシノノメ中佐だな、噂どおりしぶとい』
図太い人間の声だ。
呆れるほどに暢気で、恐ろしいほどに現実的な人間の声だ。
失笑が洩れちまう。
コッチは通夜寸前だってのに、このすばる艦長殿は全然へこんでやがらねぇ。
鍾馗みたいな強面で、それでもニッカと笑ってやがる。
今までマトモに話した事ぁ無かったが、こんなにもヤベェ時にも笑える奴だったのか。
会議の時はぶっきらぼうで、碌に意見を言わねぇ奴だったのに。
畜生。
チョット羨ましい。
俺にはココまで笑える強さはねぇ。
「あんたか。どうした?」
言いたい事は大体想像出来たが、一応聞く。
すると案の定、返ってきた答はドックの装甲外壁を開けろって事だった。
敵のど真ん中に突っ込むってのに、悲壮感は欠片もねぇ。
当然か。
まぁこんな時に、莫迦みたいに前に出たがるような連中はもうとっくにくたばって残っちゃ居ねぇて訳で、今残ってて使える連中は何で<火星の後継者>に参加したのか判らねぇ様なガチガチのリアリスト揃いと来たもんだ。
うん、アレだ。
俺と同様に、潜伏生活で目を覚ましたのかもしれない。
現実って奴に。
尤も、目覚めていても手の打ち様が無いのが悲しい所だ。
投降したいけど、引き起こした事がでか過ぎて、今更御免なさいとは言えないし、言っても赦しても貰えないだろう。
とっ捕まった御大将やその懐刀の末路を見りゃぁ、明るい希望を持つ奴の方がどうかしてる。
だから戦うのだろう、コイツも。
『ウチのお姫様をドックで腐らせたくは無い。3年近く連れ添った相手だ。最後くらい派手にしてやりたくてな』
最後ときたか畜生。
判ってやがる勝ち目が無いのに。
莫迦は、老人どもの説明――クリムゾンだの統合軍に潜り込んだ同志が決起して支援に駆けつけている途中。
そんな台詞を信じたり、信じようとしてたりするんだがコイツは俺と同様にハナっから信じちゃいない訳だ。
畜生。
コイツとはもう少し早く友人に成りたかったな。
そうすれば、ちったぁ旨い酒も飲めたろうに。
「開けるのは構わねぇが、支援は殆ど出来ないぞ」
一応は忠告。
掛け値無しの事実を告げてやる。
機動兵器部隊は壊滅状態で、短時間での再編は殆ど不可能。
何と言っても機体の半分以上が堕とされて、パイロットの死傷率は7割方。
要塞砲も、遊星爆弾に押し潰されて半分も稼動できゃしない。
要塞防衛、最後の一線に到っては、出力は最大出力の精々3割程度。
何も出来ない。
畜生。
木連所属時代も含めりゃぁ10年近い月日を掛けて建設された<ネノクニ>は、最早、死体同然の有様だった。
『壊れかけの要塞にそのようなものを求める訳があるまい。支援はすばるが行う。本艦のグラビティ・ブラストとディストーションフィールドは健在だ。貴官等が要塞の機能を少しでも回復させる時間稼ぎ程度にはなろうよ』
暢気に言いやがる。
綺麗な最後を飾るつもりか。
畜生。
羨ましいぞ。
そんな気分を言葉に乗せてやる。
「良い航海を。装甲外壁は今、爆破する。後はディストーションフィールドで吹っ飛ばせ! 生残った連中は全部支援に回す。派手にやれっ!」
『はっはっはっ、有難うよ。良し俺もアンタの為に祈ってやろう。幸運を祈る』
それで会話はお仕舞い。
図った訳では無いが、一緒のタイミングで敬意を捧げ合った。
俺は軽く額に右の指先を添えて敬礼の真似事を。
ヤツは親指を立てたぶっとい右腕を突き出した。
「第3ドック装甲外壁、非常用爆破ラインに火を入れろ。すばる、出すぞ!」
腹の底から声を出す。
気持ちが良い。
死地に赴く、新たな友人の為に華を贈ろう。
「機動部隊に連絡。“稼動可能ナ各機ハ、すばるヲ支援セヨ”だ! 急げ」
「
ちっ、死に化粧する暇もねぇぞ。
誰だ相手は、糞忙しいな。
感慨に耽る余裕も無ぇ。
誰だ敵の司令官はって、あぁそう言えばナデシコBが居たな。
なら
畜生。
あの
性急にやりすぎる。
もっと状況を楽しみやがれ。
「数は!?」
「一機のみ。迎撃、回します!」
まだ少しだけ気合の入っていた奴も居たらしい。
なかなか果断な反応だ。
悪かない。
「とっとと追い払え。すばるが派手に出れんぞ。即応で使えるのは何がある?」
「32と34の分隊、後、タンゴチームも何とかなります」
無人機2組に有人機隊か、悪くねぇ組み合わせだな。
充足率も8割は維持している。
問題は今現在の手札を全部きっちまうって事だな。
尤も、これで少しばかり時間を稼がないと残りの連中を再編する時間もねぇが。
周りを見渡す。
畜生。
あの乱暴な遊星爆弾の被害がでか過ぎたな。
流石だよ魔女め。
打てる手が殆ど無いたぁな。
「いいだろう。全部放り込め。要塞砲の使用も許可する。7番が使えたな?」
「使えますチーフ。了解――
タンゴチームを中心に2個無人機分隊が敵機を包む様に展開していく。
上手いじゃないか。
タンゴの連中もだが、
日頃は愚図った奴だと思っちゃいたが、火事場でしっかり出来りゃ十分だ。
「後続はどうだ? 連中の機体はあんま落ちてねぇだろ?」
試してみる。
が、返事はかなりフルっていた。
考えるだけ無駄だと抜かしやがった。
いいな。
いい判断だ。
奴は恐らく偵察、それも
普通なら手の内を全部見せちまうのは愚の骨頂なんだが、レーダーの情報から見て突っ込んでくる奴は恐らく
一機で戦局をひっくり返す事も可能な機体だ。
戦力の小出しじゃ
後ってモンが在れば、その時褒めてやろう。
畜生。
本当に気持ちが良いな。
こんな時だが、良い奴等を知り合いに成れたのは喜ばしいもんだ。
「
耳元の囁き。
木連時代からの部下だ。
役職も何も無くなったが、それでも俺を慕ってくれている可愛い連中の1人だ。
「どうした?」
いい気分なんだ、邪魔をするな――そう言いたかったが我慢する。
コイツに頼んでいるのは割と裏側、お莫迦な上司どもの監視だ。
聞かない訳にはいかない。
と云うか、この時点でコイツが来ている時点で洒落にならん。
そして小声の報告は案の定だった。
事、この段階に成っても悪あがきを諦めない莫迦どもの策動――この要塞の最奥にある火星の遺跡の研究施設を代価に、自分達の身に安全を確保しようとしているのだ。
畜生。
確か、以前に報告があったな。
面倒で無視していたら、更に面倒ごとになりやがったか。
畜生。
良い気分が台無しだ。
これを俺等が負けた、連合宇宙軍に渡して助命を願うならまだ判る。
好みじゃ無いが下の連中の命を考えるのは悪い事じゃ無い。
だがあの老害どもは遺跡の研究成果をどっかの企業に売り渡して、逃走資金を得て
畜生。
気に入らねぇ。
散々他人には“人類未来の為の礎”なんて大上段なお題目を叫んでた癖に、自分の時にはトンズラかよ。
全然気に入らねぇ。
「どうしますか?」
聞かれるまでもねぇ。
潰す。
そんなツマラン真似を赦して堪るかよ。
丁度良い。
割と使えるオペレーターが居たんだ。そいつにチト
容赦なく、全力で、思いっきりな。
「御武運をマム。戦闘班を
流石だな。
少し嬉しい。
こんな時でも自分の為すべき事はキッチリと果たす、
ではお前はここに残って奴を
何、いやな予感がするんでな。
そうさ此処で
「
いや、今更そんな面倒な真似はしないだろ。
単に連中の陸戦隊が最優先で此処を落しに来る。
それだけさ。
「そうですか。ならば楽しめそうですね」
そうさ、元木連特務隊
「あいマム。喜んで」
じゃぁ俺も、自分の責任の1つを果たして来るとするか。
2004 5/24 Ver1.01
<ケイ氏の独り言>
出来るだけ速くなどと言っておきながら遅くなりました。
すいません。
本愚作、少しだけルリちゃんが黒いかもしれませんが、まぁ人間、色々とあーゆう経験をすれば
後、オリジナルキャラが大きな顔をみせておりますが敵役ですのでご了承下さいませ。
では次作でお逢いする事を願いながら。
多分、流石に次は早いと思います。
そこまで内容の改造は無いでしょうから(本愚作は分割後に3割増しに………)。
ではでは。
代理人の感想
いきなり仮想戦記っぽくなりましたね・・・・・・・・・・・・ハーリーくん以外(笑)。
誤字と妙な表現が幾つかあったほかは取り立てて言うことも無いです。
面白いので。
なお、こちらで修正したところが意図的なものであった場合はご一報ください。ただちに元に戻します。