序幕-The End Of The Future Vol:3

 

われわれは、どちらかといえば、幸福になるためよりも、
幸福だと人に思わせるために四苦八苦しているようである。

ラ・ロシュフコー

 

 


機動戦艦 ナデシコ
MOONLIGHT MILE

漆黒の宇宙
ゴダートからコロリョフ、そしてフォン・ブラウンといった人々が押し開いた扉
それは宇宙ソラの深淵へと到る遥かなる道
希望があり、未来に満ちた場所
だが決して楽園では無い
人の愚かさと賢さが、強さと脆さとが満ち満ちた世界
何処までも人の世の延長であった

序幕
The End Of The Future
(3)


 

――X――

 

 

 <ネノクニ>要塞の最奥にある、30m四方も無いような小さな部屋。
 そこに火星、イワト遺跡に近いモノがあった。
 脈動する床。
 時折、光が遺跡の表面を走る。
 火星の遺跡とは異なる正8面の構造体。
 それが宙に浮いていた。
 元来は資源採掘衛星であったのが、この遺跡の発見で研究施設――ネノクニ要塞として造られる事と成ったのだった。
 木連に於ける火星遺跡関連の重要性から、その存在を知る者は極限られていた。
 クサカベと極わずかなその取り巻きの者達のみ。
 「熱血とは盲信にあらず」の文言で有名な木連一大政変劇たる熱血クーデターは、月臣・元一朗や秋山・源八郎ら若手中堅士官が中心に成っていたためにその秘密を知るものは居なかった。
 それが、<ネノクニ>の存在が今まで知られていなかった理由だった。

 煌々とライトが輝いている。
 その重要性からこの研究区画エリアは、<ネノクニ>の各システムから切り離された独自のものが――動力源すらも用意されている場所だった。
 ある意味で退避壕(シェルター)の役割も兼ねる場所であった。
 その遺跡の正面、其処に置かれた円卓に7人の男達が居た。
 友好的な雰囲気では無い。
 怯えていたり緊張していたり興奮していたり、誰もが不安を隠せずにいた。

「連絡は取れたのか!?」

「いっいえ、残念ながら外の連合宇宙軍が行っているECMで………」

「えぇぇい忌々しい人形め、人の手で生み出された怪物め、電子の魔女め! 後1月、1月遅れておれば良いものを!! クサカベ閣下を捉え、そして我等を滅ぼすかっ!!!」

 焦燥から顔を真っ赤にした強面の男が、この場に居る人間で唯一、白衣を着込んだ若者を睨みつける。
 まるで若者が諸悪の根源ででもあるかの様に。
 対する若者は顔を強張らせて立ち竦んでいる。
 本来若者は、この<ネノクニ>で唯一と言って良い遺跡研究者であり、常日頃は丁重に扱われていたのだが、事、状況が此処まで逼迫してしまっては、研究以外に意味を持たない若者は権力者にとって只の若造(ヤクタタズ)以外の何者でも無かった。
 否。
 このネノクニから脱出する事が出来たなら、金の成る木と成る素材ではあったのだが、如何せん、今の状況で脱出出来る可能性は殆ど無く、それ故に、権力者達のやり場の無い怒りの発散先にされていた。

「第1、貴様がもっと早く研究を完成させていれば良かったのだ! そうすれば――」

 延々と続く面罵。
 それを断ち切ったのは疲れ切った表情の老人のボソボソとした呟きだった。

「怒鳴るなイブキ君。力んだところで情勢は変らん………」

 数々の勲章の飾られた木連軍服の肩を落し、俯いたまま漏らす覇気の無い言葉。
 だがイブキと呼ばれた男は、不承不承と云った感じで席に座り、コップを呷った。
 そして老人の言葉に触発されて他の人間――こちらも又、過剰な装飾のされた木連軍服を着込んだ老人達も口を開く。

「魔女もだが奴もだ。実験体マルタめ、素直に標本となっておれば人類の礎となった英雄として祀ってやったものを」

「………人類の革新を信じぬ愚か者どもによって、閣下の大望は潰えるか。口惜しや」

「人類の更なる発展には秩序こそ必要だと云うに、暗愚はそれを理解せぬ! みよ、今の我々の惨状こそA級ジャンパーの脅威の証拠では無いか」

「左様、奴等こそ人類の敵。秩序の破壊者だ。それを民衆どもは理解せぬ!」

 口々に呪詛を吐く老人達。
 醜い光景だった。
 そして何よりも滑稽だった。
 元より利権によって集まった者達が義を口にし、自らの成した事を忘れて罵りを上げている。
 敗因を自らに求めるのでは無く他者に転化しながら。
 まるでドタバタ喜劇(スラプスティック)な光景。
 外で奮戦するもの達の事を考えれば、或いは悲劇的とさえ言えるかもしれない。
 延々と続く狂宴。
 それが停まったのは、老人達が自らの行いを省みたからでは無く、外部からの理由だった。

圧搾空気音

 厳重に封鎖ロックされた筈の扉。
 今、此処に居る者たちの持つ通行証パスカードでなければ開かない筈の扉が開いた。
 その事に、老人達は怯えたように扉を注視する。
 強い緊張が漂う。
 その視線の先で、研究所入り口の頑丈な扉がゆっくりと開ききった。
 扉の先は暗かった。
 研究エリアの明るさに馴れた目には、そこに誰が居るか見えなかった。

「何者か!? 此処は入出禁止だ。早く持ち場に戻れ!」

 

 

 吼えるような誰何には聞き覚えがあった。
 と云うか上司だ、直属の。
 尤も敬意を払う気なんざ、今、此処に居た時点で霧散してるがな。
 馬鹿大将イブキめ、防衛指揮官の仕事を引継ぎ無しに放り出して何処に逃げ込んだかと思ってりゃぁ此処かよ。
 准将の階級は飾りだな、全く。
 オマケに7賢連(ビック・セブン)なんて自称してた我等の偉大なる指導者サママザー・ファッカー達が揃ってやがる。
 居るべき場所、すべき事があった筈だが、誰1人としてそれを護っちゃいねぇ訳か。
 はん。
 俺も他人の事をどうこう言えた義理じゃねぇが、それでも俺の本業は管制室の首席管制官(チーフ・オペレーター)でしかねぇんだから、責任の重さが違うってもんだ。
 畜生。
 素晴らしい屑どもめ。
 決めたぞ俺は。
 今まで何度も迷っていたが、もう決めた。
 決着をつけてやる(・・・・・・・・)
 無理矢理に現実に相対させるだけで済まそうかと思ってたがもう止めだ。
 残り少ない時間を愉快に、悩まされる事無く過ごしてやる。
 唇をそっと舐める。
 左右を確認。
 扉の影に、4人の部下が機関拳銃(マシンピストル)を手に控えている。
 隙無く何時でも戦えるようにしている。
 宜しい、では始めよう。

 

「何をされているのですかな、皆様?」

 皮肉をタップリと塗りこんで言い放ってやる。
 当然、意図的に口元は歪めて。
 こんな所に逼塞する前は木連情報庁の、それも諜報第1局主任工作部長(スパイマスター)だったんだ。
 実戦経験もろくすっぽねぇ様な素人を威圧するなんぞ簡単。
 ああ素晴らしく、そして2度とは帰らぬ日々よ。
 畜生。
 あの頃の方がまだ面白かったぞ。
 面倒だったが、敵に骨があった。

「敵は<ネノクニ>の外壁に取り付きつつあります。後は我々自らが銃を手に同志の死体を盾に戦うのみです。さぁ皆様も、此方へどうぞ! 銃は人数分、用意しておりますから」

 重要な事は爽やかに言う事。
 おうおう、揃いも揃って顔を真っ青にしてやがる。
 愉快すぎる。
 どうせ、自分は無関係だなんて思ってたんだろうな。
 血と焔、そして死に。
 だが逃がしやしないぜ。
 テメェらが脱出用に握ってるつもりの7賢連専用ドックの中身、木連型駆逐艦(アメンクラブシ)なんざ既に分解して保守部品として使っちまったからな。
 知られていないとでも思ってたのか、莫迦め、もう此処から逃げる手段なんざねぇんだよ。
 尤も、教えるつもりなんざ無ぇがな。
 小さな希望を抱きながら、絶望に囚われろ莫迦どもめ。

「いや、しかし我々は………」

 言葉を濁して目線が泳ぐ。
 全く、本当に腰が抜けてやがる。
 宜しい。少しばかり背を押してやろう。

「最早<火星の後継者>は此処まで。こうなった以上、最後の1兵まで戦い抜き、我等の武名を歴史に刻もうではありませんか」

 自分で言っててナンだが、凄まじく時代がかった台詞だ。
 逃げ出そうとしていた腰抜け(チキン)が、バツの悪そうな顔を見合わせている。
 さて、どう切り抜けようとするかな。
 サディスティックな気分で見ていたら、それまで死んだように俯いていた老人、一応は首席指導者という事に成っているツジモト・トミサブロウが面を上げた。
 睨み付けてくる。
 驚いた。
 強い視線だ。
 意外だぞ、かなり真面目に。
 木連時代の役職から首席に据えられただけの、終った奴だと思ってたが、どうやらそうでも無かったらしい。
 背筋も伸びてる。

「滅びては意味が無い。滅びの美学など無い!」

 目が爛々と燃えている。
 昔良く見た目つきだ。
 周りにも鏡の中にも見た目つき。
 狂信者(キチガイ)の目つきだ。
 まだ、夢から醒めて無いらしい。
 莫迦が。
 矢張り呆けてやがんな。

「我等が此処で滅びてクサカベ閣下の正義、大義を残す者が居るか? いや居ない。我々は生き延びらねばならんのだ! 何故、それが解らんシノノメ中佐!?」

 渾身の絶叫。
 見れば、他の連中は程度の差あれ感動を受けた様な表情を見せている。
 だが俺は、それを白けた目でしか見れなかった。
 昔は感動してた。
 クサカベの主張した、地球圏に新しい秩序をもたらすと云う事は、なんとも壮大で素晴らしいものだと思えていた。
 そして、目的に賛同したものであれば、地球人であろうとも恩讐を超えて同志として迎え入れていた。
 それは確かに、新しい秩序の構築だった。
 だから俺も参加した。
 だがそれももう、昔の話。
 疲れた。
 表情を隠す為、眼鏡を右手の薬指で押し上げる。
 それをどう捉えたか、残った連中が一斉に口を開く。

「今、我々が意地を見せても、勝者どもがそれを歴史に残そうや、否。あの卑劣漢どもがその様な真似をする筈が無い」

「そうだ。我等の誇りを残す為には誰かが血を残さねばならぬのだ」

「あの魔女や新秩序を望まぬ愚か者どもに思い知らせてやる」

 鬱陶しい。
 感情的な言葉の羅列、なんの具体的な意味の含まれない空疎な言葉だ。
 何かこう、もう全部面倒に成ってきた。
 虐めるのも面倒に感じるぞ、本気で。
 鉄火をもって一切合財を掃除するか、鬱陶しさだけでも消そう。
 こんな疲れた気分じゃ死にたくない。

「この危機さえ突破出来れば幾らでも再起は可能だ。我等の研究成果を見せれば、どんな企業とて手を組まざる得まい。我等こそが時空跳躍(ボゾン・ジャンプ)で尤も技術を誇るのだ。我等の技術であればA級ジャンパーすらも恐るに足らんというのに」

「見たまえシノノメ君、これが成果だよ」

 おっ、面白い事を言う。
 合図をする為に指を鳴らそうとしていたのに、命拾いしたな。
 少し興味が湧いたので見てみるとする。

「ほぅ。これはこれは………」

 意外だ。
 確かにこれは成果だ。
 誇ってもいい。

「この情報は本物か?」

 側に控えて、無意味な笑みを浮かべていた研究員(シロフク)に尋ねる。
 応えは“その通りです”だった。
 尋ねられた事が嬉しかったのか、専門的な事まで言ってくる。
 判らねって。
 俺はそゆう事の専門家じゃねぇからな。

「死は何も生み出さんのだ。生残る事こそが勝利だ」

 だが、それでも1つ言える事はある。
 使える(・・・)
 この基地に侵入してくるであろうあのA級ジャンパー、復讐鬼(テンカワ・アキト)相手に、1つ仕掛ける事が出来る。
 そう、罠を。

「判ってくれたかね? 我々は君達を見捨てるんじゃ無い。再興の為に断腸の思いで退くのだ」

 今更滅びる事に関しちゃどうこう思うものでも無いが、報復ぐらいは赦されるんじゃねぇかと思うわけだ。
 先に手を出したのはコッチなんで、多分に逆恨みだが、人間理性だけで動くって訳でもねぇし、1発はガツンとしねぇとスッキリ死ねないわな。
 アレだ、派手に散るって奴だな。
 ついでに巻き添え出来れば最高と云う事だ。
 何だかんだと言っても、矢張り恨みはあるからな。
 人間、そうは簡単に悟れない。
 悟れる位なら戦争は発生しないってもんだ。

「理解してくれたらな、我々が脱出するのを協力してくれ。残存兵力を集結すれば我々の乗る駆逐艦が………」

 煩い。
 面白くなってきたのに、肉塊が一々口を挟むな。
 愉しい気分が台無しだ。
 いいだろう、逃げ出させてやる。この地より。
 貴様等を飢えも病も無い世界へな。

乾音

 鳴らした指が合図だった。
 掃除(スィーピング)の。

「なっ、貴様等は!?」

 業とらしく足音を立てて研究室に走りこんでくる部下(クロフク)達。
 素早く隙の無い動作で俺の周りに立つ。
 その手に持った機関拳銃、その黒光りする筒先は微動だにせずに老害(ビック・セブン)を狙う。

「こっ、これはどういう事かね、シノノメ君!?」

 動揺しきった声だ。
 威厳の欠片も無い、無様。
 人間の真価はこんな時に出る。
 そしてこの老害どもの価値は屑以下だ。

「見ての通りですよ――では、御機嫌よう。さようなら」

 嫌味ったらしい俺の一言と共に、乾音が連続して発生する。
 千切れ飛ぶ、かつて人であったもの。
 白を基調としたこの部屋に、極彩色の彩りが加わった。
 嗚呼すっきりした。
 こうなって見ると、何でいままで我慢していたのかが判らない。
 莫迦か俺は。
 まぁいい。
 そういうもんだと納得して、それでは我等愛しの仇敵、魔王(プリンス・オブ・ダークネス)の歓迎会の準備を始めるとしよう。
 当然、部下の1人を呼んで、この場の後片付けを命じるのは忘れちゃいない。
 此処は今から晴れ舞台(ステージ)だ。<火星の後継者>最後の。
 相手も自分達も死んじまうとは云え、矢張り何事にも手抜きは良くないからね。
 さて科学者君、もう少しだけ生き永らえたいなら協力してくれないかね、ん。

 

 

――Y――

 

 

 <ネノクニ>制圧は、順調に進んでいた。
 すばるの出撃は、宙域の戦闘の最終段階――既に制宙権を喪失した状況で在った為、抵抗出来てた時間は余りにも短く儚かった。

 

 すばる艦内は今、悲鳴と怒号。そして警報とが奏でる合唱に埋め尽くされていた。
 被害は加速度的に増加し、最早すばるは廃艦寸前の有様。  元より良好とは言い難かったすばるの状態ではあったが、それでも尚、戦場(いくさば)に出たのは、ナカマチのそして乗組員達の意地であった。
 そう、木連戦艦乗りとしての。
 だが、意地で現実は塗りかえる事は出来ない。

「右舷対空銃座群沈黙。応答なし!」

「回復は?」

「見込みなし。電算機(コンピューター)は物理的に存在せずと回答。回線がやられた模様です艦長」

「ちぃ………」

 忌々しげに舌打ちをするナカマチ。
 状況は劣勢を遥かに通り越し、既に壊滅の域に達しようとしていた。
 対空火器の殆どは沈黙し果てていた。
 護衛機動兵器(エスコート)は瞬く間に駆逐されており、残っているのは僅か。
 穴だらけになった防空網。
 その隙間を、連合宇宙軍機動兵器部隊が駆け抜けてくる。
 今までは適切な回避行動や、<ネノクニ>の適切な指示(オペレート)のお陰で何とか致命打は免れていたが、それでも対空銃座群までが喪われてしまった今、何時まで持つとも思えない状況であった。
 無表情で、赤く染まった艦内詳細を見上げるナカマチ。
 その視線に弱さは無いが、それでも少しだけ諦観の色が加わっている。
 だが溜息だけはつかない。
 それだけはしない。
 背筋を伸ばしたままに、指示を出していく。
 そして指示を出し終わると、艦後部の応急指揮所に篭る副長に回線を繋いだ。

「どうかな副長(ナンバー1)

『時間は十分に稼げたのでは無いかと愚考しますが艦長』

 喪われゆく機能を少しでも補おうと奮戦する諦めの悪い男たち(ダメージ・コントロール・クルー)を指揮していた副長は、その付き合いの長さから曖昧な上官(ナカマチ)の言葉、その真意に応えた。
 見れば、その厳つい顔の口元には小さな微笑があった。
 その事に気付いたナカマチは、襟元を緩めると長きの女房役に言葉を紡いだ。

「苦労をかけたな………」

『いえ、面白かったですよ艦長、苦難もまた学びですから』

「“生きている限り、学ぶべき事が未だある”か、エレン・スー・スターンだったな」

『はい。ゲキガンガー以外にも、世には学ぶべき事が数多くあります』

「卓見だぞ副長。1つだけに頼っては視野が狭まる。盲信はいかんのだ。まぁ今更ではあるがな」

『そこは致し方が無いと思いますが?』

 極僅かな時間、笑い合った二人の男。
 ふとスクリーンを見上げるナカマチ。

「死だけが唯一の本当の締め切りである――ではこれが我等の締め切りか」

 其処には、対艦攻撃運動に移った対艦機(ステルンクーゲル)の編隊が映し出されていた。

「敵、右舷60-12、直撃コースです! 回避運動間に合いません!!」

 悲鳴のような報告。
 大型の対艦誘導弾(ASM)を抱えたステルンクーゲルの動作は鈍重ではあったが的確でもあった。
 数は4機。
 もはや避けようも無い。
 全力でASM誘導装置への妨害(ジャミング)を実施してはいるが、それでも、肉薄攻撃を喰らっては逸らしようも無い。

「総員、衝撃に備えろ!」

 ナカマチの怒声。
 そして光がスクリーンを埋め尽くした。

 

 

「すばる沈黙! 応答、ありません」

 悲鳴の様な報告。
 最早、管制室(コントロール・ルーム)の空気は物理的な痛みをもって、その場に居る者たちを苛ませていた。
 只一隻の戦艦。
 それに何を望んだわけでは無い。
 彼我の戦力比も判らず、“熱血があれば勝てる”と誰かが思っていた訳でもない。
 だがそれでも、管制室に居た者達には、すばるは希望であった。
 挫けざる心の。
 だがそれも潰えた。
 後に残ったのは黒焦げた残骸。
 かつてすばると呼ばれていたものの残滓は、力なく漂っていた。

「もう………駄目だな」

 誰かの漏らした呟き。
 だがそれはこの場に居る者たちの総意でもあった。
 絶望感。

「お終いだ………」

 力なく椅子に座るもの。
 只俯いているもの。
 天を仰いでいるもの。
 泣いているものも居る。
 <火星の後継者>に組した者、その下位者の大半は純粋にクサカベの唱えた理想を信じた者達であった。
 此処まで追い詰められても、心の何処かで何時かはとの思いがあった。
 だがそれも今、潰えたのだ。
 だがそれでも尚、抗おうとする者も居た。

「馬鹿か、貴様等?
 何故お終いだ?
 どうしてお終いだと思う?
 たしかにすばるは、全ての航宙艦は沈んだ。機動兵器隊も喪われた。
 だがそれでも貴様等は、俺は生きている。
 生きているんだ。であれば生者――木連軍人の本懐を果たす義務はまだある。
 それは死者への誓いでもある。
 違うか、貴様等!!」

 裂帛の気合の込められた怒声。
 それを上げたのは、シノノメの置いていった者であった。
 目を爛々と輝かせ、痩身に力を込めて言い放った。
 だからどうした、と。
 俺は、貴様等は生きているではないか、と。

「だがナカエダ大尉、もう戦う術が無い。もぅ………何も………希望も………」

 弱々しい抗弁。
 それをナカエダは粉砕する。
 熱意と狂気をもって。

「改めていうぞ諸君、だからどうした、とな。
 我等は誤っていたのかもしれん。間違っていたかもしれん。だがだからどうした。
 木連(フルサト)は俺達に何と教えた?
 戦って死ねだ。にも関わらず戦わずして死を選ぶか貴様等は!?」

 それは典型的な扇情(アジテート)
 だがそれが功を奏した。
 人として、或いは木連軍人として刻み込まれた何かが、ナカエダの言葉によって呼び起こされ、くたびれ果てた敗残兵が、兵士の顔を取り戻してゆく。
 最早誰も<火星の後継者>の為とも、クサカベの為とも言わない。
 クサカベ・ハルキ(ユメ)は敗れたのだから。
 <火星の後継者>(リソウ)は潰えたのだから。
 だが生きている。
 まだ生きている。
 ここに、この場所に。
 過酷な戦場に。
 圧倒的で絶望的な状勢。
 事前に降伏勧告の無かった事から、此方から降伏を言い出した所で敵が受け入れてくれるとは思えない状況。
 であるならば、兵士としての矜持を持って現実に抵抗するしかないのだ。

「宜しい諸君。兵隊の顔を取り戻したな。では、先に逝った者達に誇る為の努力を始めようではないか!
 隊伍を組め。
 装備を出せ。
 遮蔽を準備しろ。
 敵は待ってはくれんぞ」

 諦める事を嫌う男に率いられた兵士達は、熱意を持って白兵戦の準備に取り掛かった。
 それは在る意味で狂気の伝染であった。

 

 

 制宙権を喪った<ネノクニ>。
 その宇宙港に最初に取り付いたのは、厚い装甲を施された揚陸巡航艦のセラスチウムであった。
 機動性を捨てて装甲を強化した揚陸戦用のステルンクーゲル、ステルンクーゲルE型(アサルト・クーゲル)を前衛として突進、極僅かに生残っていた防空砲座が抵抗を開始し、船体には被弾が連鎖的に発生する。
 みるみる、白色を基調とした船体が黒く焼け焦げて行き、激しく揺さぶられる。
 だがその悉くを無視するかのように、セラスチウムは遮二無二<ネノクニ>の宇宙港(ゲート)へと突進。
 そして幾つもの港湾設備を巻き込みながら、宇宙港の深部(ドック)へと強襲着底(ランディング)を果たす。
 流石に<ネノクニ>も宇宙港内部向けの重火器は無いが、<火星の後継者>に属するもの達が抵抗を諦めた訳では無かった。
 港湾機材を利用した即席の銃座を作ると、歩兵用の火器で必死の抵抗を開始する。
 猛烈な勢いで撃ち出される銃火。
 艦が止まった事で、銃火は容易にセラスチウムを叩くが、連合宇宙軍とて黙って叩かれる訳では無かった。
 否。
 わざとセラスチウムを叩かせる事で、火点の位置を把握し、そこへアサルト・クーゲルが火力を叩き込んでいくのだ。
 凄まじい銃火の応酬。
 アサルト・クーゲルが持つ火力は、人を相手にするには過剰としか言いようの無いものであったが、パイロット達はそれを構う事無く振り撒かせていく。
 <火星の後継者>側とて、只やられている訳では無かったが、それでも対装甲装備が少ない事は致命的であった。
 何ら有効な対処方法を取れぬまま、アサルト・クーゲルに掃討されていく。
 焔の中で銃火を振りまくアサルト・クーゲルの姿。
 それは正しく、死の御使い(ワルキューレ)の姿であった。
 繰り広げられる、血と焔の饗宴。
 そして少しばかり火勢が弱まった時、艦前方に設けられた装甲隔壁(ランプ)が開いて、連合宇宙軍陸戦隊重装甲歩兵用の重機動装甲服(HAMAS)を着込んだ漢達(プリマ)が舞台に降り立つ。
 それが<ネノクニ>攻防戦、白兵戦の部の真の始まりであった。
 <ネノクニ>へ降り立った漢達は圧倒的な力をもって殺戮を振り撒いていく。
 素早く的確に、そして慎重に動きながら、火器や銃剣のみならずその膂力すらも凶器として用いて、虱潰しの様に1つずつ確実に、慈悲も無く、寛容も無く、男女の差も無く立ち塞がる者、そのこと如くを打ち倒し、ドックを瞬く間に制圧してゆく。

 第1強襲軌道降下旅団(ナラシノ・バスターズ)

 正に異名通りの悪魔の軍勢――殺戮部隊(ジェノサイド・ユニット)の異名は伊達では無い事を証明する所業。
 セラスチウムが揚陸を開始して約30分。
 たったそれだけの時間でドックは連合宇宙軍の支配下に落ちていた。
 それと殆ど間を置く事無く、ナデシコBは<ネノクニ>ドックに進出し、有線回線への接触をもって電子攻撃(ハッキング)を開始した。
 それは正しく、連合宇宙軍最精鋭部隊の名に相応しい早業であった。

 

 

――Z――

 

 

 只見ていた。
 戦いを、アキトを。
 アキトは、これが最後の戦いに成るだろうと言っていた。
 戦いは好きじゃない。
 何も面白くないから。
 操るだけ。
 それよりも、ナガレ(アカツキ・ナガレ)の持ってくるケーキの方が好きだ。
 2番目にはエリナの淹れてくれる紅茶が好きだ。
 でも、アキトが居ると違う。
 アキトを支えて戦うのは好きだ。
 アキトの心が直側に感じられるから。
 アキトの身体が直側に感じられるから。
 そして何より自分が、アキトの大切だと思えるから。
 だから残念だ。
 アキトが、これが最後の戦いだと言ったのは、かなり残念だ。

『状況はどうだ、ラピス』

 アキトの(イシ)が聞こえる。
 何処から。
 意識が、アキトを求めて走る。
 居た。
 (ユーチャリス)を動かす事を助けてくれるミネルバ(オモイカネ級電算機)のお陰で、感じた。
 アキトは格納庫(ハンガーデッキ)で、サレナ(ブラックサレナHa)の補給の確認をしている。
 船は、箱の人(ロボット)が色々としてくれるが、それでも最後は人間の目がしなければならないと、アキトもナガレもセイヤ(ウリバタケ・セイヤ)も言っていた。
 ラピスが命じて、箱の人と船がしている事だから問題は無い筈なのに、少し不満。
 でも、重要な事らしいから我慢する。
 それに、そんな事よりも重要なアキトの求めに応じる。

「宙域は完全に連合宇宙軍が掌握。要塞はホシノ・ルリが制圧に成功しつつあり」

 単刀直入に表現する。
 アキトに必要だから、余り好きじゃない(大キライな)なルリと我慢して繋いでいる秘密回線から、アレ(ホシノ・ルリ)が要塞の支配を広げつつあるのが判る。
 当たるを幸い薙ぎ払うな感じで、繋がっている先の電算機を片端から制圧していく。
 凄い遣り方だ。
 勉強になる。
 オモイカネの力を引き出しきっているのは、私にはまだ真似できない。
 イネスが酷薄なる魔女(アブソルーツ・オブ・サイバー)と呼んでたのが良く判った。
 アレは魔女だ、破壊魔だ。
 電子の妖精(エレクトロフェアリー)なんて呼ぶのは、余りにも不似合いだ。

『ラピス?』

 いけない。
 オバサン(ルリ)の事を考えたら、思考が少し遅れた。
 御免なさいアキト。
 慌てて雑念を追い出す。
 が、その時、流れ行く情報の何かが心に触れた。
 ミネルバに検索命令(リフェレンス)を出す。
 過去の作戦目標等の単語で検索。
 0,06秒で検索結果が出る。
 2,270件。
 それをもう少し絞り込む。
 IFSで意識が重なった私とミネルバは、言語化と云う手順を踏まずに意思を疎通させる。
 不必要な単語を削り、重要性の高いものだけを残して再検索。
 失敗(エラー)
 条件付けが厳しすぎたか何も出ない。
 おかしい。
 何も疑問に感じる情報は無い。
 だがふに落ちない。
 だからもう一度、条件を設定して検索を実施。
 今度は過去の作戦名、対象も含ませる。
 発見(ヒット)
 それは暗号(コードネーム)だった。
 “眠れる森の美女(スリーピング・ビューティ)”。
 それは<火星の後継者>でユリカ(ミスマル・ユリカ)を指した単語。
 アキトの元妻のバァサン(ユリカ)は、今地球の病院で養生しているから使われる筈の無いコードだった。

「アキト」

 アキトにIFSリンクを使って、情報を送る。
 同時に、コードに関する情報を集める。
 侵食開始(ハッキング)
 直接繋がれないから、ボロ船(ナデシコB)を経由して実施。
 ルリも仕掛けているから、少し回線が重い。
 鬱陶しい。
 回線を少し譲れと言う。

《何故です?》

 前置き無しに理由を聞いてくる。
 流石に莫迦じゃない。
 ルリは話が早い。
 だけど説得は少し面倒。だから拾ったデータを直接送る。
 アキトの為だ。
 年増(ルリ)だって協力してくれるだろう。
 少しだけ気に入らないけど。

《ラピス、この情報は一体?》

〈拾った。だから、情報を集める〉

《…判りました。第5回線を回します。好きに使ってください》

 殆ど即答。
 話が早い所は好きだ。
 情報の威力回収、開始(ハッキング・スタート)
 一応ミネルバにオモイカネを攻めない様に命令する。
 この2人、仲が悪いから。
 ミネルバはいい子だけど、オモイカネはルリの躾が悪いから、乱暴でいけない。

《かっ、艦長!? 何でいきなり回線が重くなるんですか!》

《重要、だから》

《じゅ重要って、18%もですよ!?》

《ハーリー君。回線の細さは攻略技術でカバーして下さい》

《エェー!? 無茶言わないで下さいよ!》

《いつも十分な状況で動ける訳では無いです。その訓練です》

《はっ、はい!! ボク、艦長の期待に応えます!!!》

《………………頑張って下さい》

 何処かから聞こえてくる。
 ガキ(ハーリー)だ。
 煩い。
 ルリは本当に調教(シツケ)が下手。
 ラピス・ラズリなら泣くまで苛めて、絶対服従を誓わせてから使うのに。
 でも無視。
 それよりも、アキトの為に情報を集める事が先だから。
 広域に検索を仕掛ける。
 失敗。
 手掛かりが少ない。
 殆どどの部署にも関わりが無い。
 秘匿性が高いみたいだ。
 試しに要塞管理電算機を潰してみたが、得られた情報は無い。
 潰した奴の管理をルリに回して(押し付けて)、もう少し探る。
 見つけた。
 遺跡関連の電算機。
 ルリは要塞掌握を優先しているから見つけられなったみたいだ。
 掌握は失敗。
 接触が発覚した時点で、物理的に回線を切られた。
 でも情報は得られた。
 比較的表層に存在していたお陰で、断線までの0,3秒で奪取に成功した。
 Sleeping Beauty――それは遺跡の制御システム(コントロール・ユニット)の識別名だった。
 生体モジュールの様だが、何故ユリカのコードを冠して居るのか判らない。
 その事をアキトに告げる。

『………そうか』

 深く頷いたアキト。
 それから一言、出るとだけ言った。

 

 

 Sleeping Beauty。
 その単語が頭で踊る。
 <火星の後継者>がユリカさんを表した単語。
 眠れる森の美女(スリーピング・ビューティ)
 人柱で火星の遺跡を操ろうとした人たち。
 あり得ません。
 狂的科学者(ヤマサキ・ヨシオ)が自白した情報は、秘匿されている分まで確認していますが、そこに、この情報は在りませんでした。
 ユリカさんの頭部複製体(パーツ・クローン)を製作はしていましたが、結果が芳しく無く費用対効果(コストパフォーマンス)も悪かったので彼等の決起前には全て破棄されたと報告されています。
 実験でクローニングされた数と、廃棄場で発見回収出来た標本の数も合致していますので、今更、これが出てくるのはおかしいです。
 それに、そもそもクローン体に充てられたコードは7人の小人(セブンパーソンズ・チャイルド)
 混乱を防ぐ為、別の名が充てられていた筈です。
 おかしいです。
 …罠。
 それしかありません。
 でも何故。
 普通なら、こんな回りくどい事はしない筈。
 単語を発見した場所は簡単に見つからない場所。
 私達(マシンチャイルド)でなければ、簡単には発見できない様な場所。
 今、<火星の後継者>の残党との前線に立つマシンチャイルドは、非公式ラピスも含めて3人。
 そのうちの2人に共通する、深く繋がっている事が1つ――アキトさん(ユリカの夫)
 これは罠。
 私達の特性を利用してアキトさんだけを狙った罠。
 そこに思考が到った時点で、反射的に意識を電子から現実へと移管させる。

「危ない」

 思わず洩れた言葉。
 サブロウタさんが怪訝な目で此方を見るが無視。
 そんな事に構っている余裕はありません。
 アキトさん、この事に関しては突進してしまう人ですから、早く手を打たないと駄目です。
 罠に引っ掛かってしまいます。
 急いで、ユーチャリスと回線を開いて呼び出し(コール)
 アキトさんとに通話回線が無いのが悔やまれます。
 擬装の為に、開かなかった事が裏目に出てます。
 早く出て下さいラピス。
 その時、ハーリー君が驚きの声を上げました。

「あぁ!? 何でこんな時にアヴェンジャー01がっ!」

 慌ててウィンドウを確認します。
 ハーリー君の口にした呼出符号(コールサイン)は、アキトさんの機体ブラックサレナHaのものです。
 今回の<ネノクニ>攻略戦、一応表に出さない話とは云え軍と民間ネルガルの共同作戦に成る手前、安全の為に無理を言って味方識別装置(IFF)を搭載、登録した際に割り振ったものです。
 何が一体? そう思ってウィンドウの状況を確認。
 其処には、無理矢理に第1強襲軌道降下旅団の列へ割り込んで、要塞内部へと突入するブラックサレナHaの姿が映っていました。
 駄目、アキトさん。
 それは罠です。

「ハーリー君、アヴェンジャー01に回線を回して下さい。私がします」

「こんな事、艦長の手を煩わせる事は無いです。今、緊急停止コードを打ち込みますから。ボクを舐めたのが運の尽きだ!」

 最近の訓練の成果か、素晴らしい勢いでプログラムを組み上げていくハーリー君。
 それだけは良い事です。
 でも、それをアキトさんに使うのは駄目です。

「ハーリー君、駄目!」

「出来た! 即席だけど会心のコード(プログラム)だ。あの機体も直に停まります艦長」

「ハーリ−君!!」

 遅かった。
 ハーリー君は忘れています。
 あの機体の後ろに自分よりも格上の相手(ラピス・ラズリ)が居る事を。

「あぁっ、何で停まらない!?」

 当然、ブラックサレナHaは一瞬だけ停止するが、その後は何事も無い様に突き進んでいきます。
 そして、僅かに繋がっていた回線は遮断されました。
 ウィンドウには閉鎖(クローズ)の文字が浮かんでいます。
 ガックリと肩を落すハーリー君。
 同情したく無いです。
 人の言葉も聞かずに突進した、全くの莫迦。

「莫迦ばっか」

 莫迦。
 でも、それは私も一緒。
 ハーリー君の暴走(スタンピート)は仕様だから、四の五の言わずに強制的にハーリー君の回線を断線すれば良かったのに。
 暴走が久しぶりだったので判断が遅れました。
 この状況で、この判断ミスは重いです。
 鉄の味。
 唇が切れたみたいですね。
 何処か他人事の様に思ってしまいます。
 でもこれは、他人事では無い、自分に返ってくる現実です。
 自分の莫迦さが嫌になります。
 アキトさん。
 落ち込んではいられない。代替案を探しましょう。
 もう一度、此方(ナデシコB)から回線を繋ぐのは無理ですね、今ので、連合宇宙軍の使用する回線は全部拒否設定される筈ですから。
 ……矢張り出来ません。
 拒否されています。
 となれば残る手は1つです。
 ユーチャリス(ラピス)を経由して連絡を取る事。
 余り好みでは無いですが、仕方が無いです。

「かっ、艦長………」

 か細い声に、少しだけ心が揺れます。
 何だかんだ言ってもハーリー君は可愛い弟ですから。
 ですが今は無視です。
 ハーリー君は私を、泣きそうな目で見ていますが無視します。
 我慢します。
 今ハーリー君に関わっている暇はありません。急がないとアキトさんが罠に掛かってしまいますから。
 IFSレベルを上げて意識を電子野に繋げて呼出(コール)
 大丈夫でした。
 呼びかけは拒否されていません。
 安堵の念が湧きますが、同時に、どうしようもない違和感も湧き上がります。
 調査(スキャン)されていますね。
 気持ちが悪いですし、日頃なら赦しませんが今回は文句は言えません。
 あの直後では警戒されて当然ですし、逆に、この時点で拒否されていないだけマシです。
 只、時間が掛かるのが悔しいです。
 オモイカネ級同士の通信は本来短時間で開けますが、本気で対ウィルス等の警戒行動を始めたら相当に時間が掛かってしまいますから。
 能力が高すぎるのです、オモイカネ級は。
 幾ら警戒してもし過ぎる事は無いですし、正直、あの後であれば私でもそうしますけど、今はそれが辛いです。
 焦れる時間。
 ウィンドウの1つを確認。
 アキトさん(ブラックサレナHa)表示(ドット)が、フレームで描かれた<ネノクニ>内を突き進む様が出ています。
 既に場所は深部――遺跡研究施設に達しようとしています。
 急がないと間に合いません。
 早く、早く、早く。
 泣きそうな気分でじっと待ち、小さな溜息が洩れた時、漸くラピスとの回線(ウィンドウ)が開きました。

《どういう事、ホシノ・ルリ》

 開口一番から単刀直入。
 ですが、その方が話が早くて助かります。

〈謝罪します。此方の手違いです。後で犯人(ハーリー君)には詫び入れさせます。それよりもアキトさんに連絡をして下さい。アレは罠です〉

《…罠、どうして?》

 吃驚した顔で此方を見る。
 当然の疑問です。
 正直、自分でも確実だと思って居る訳ではないです。
 それにアキトさんは今、世界でトップクラスのパイロットです。
 ですが、それでも不安で仕方がありません。
 だから、考えた経緯まで纏めてラピスに伝えます。
 万が一に備えてだと。

《………》

 沈黙。
 だが、考え込んだのは数秒でした。

《判った。連絡する》

 決断は早かったです、しかし遅かったでした。
 アキトさんのドットはその時点で、遺跡研究ブロックに到達していました。
 そして、ラピスがアキトさんとの連絡が出来ないと泣きそうな顔で言ってくるのは、その直後でした。
 莫迦。

 

 

2004 6/2 Ver1.01


<ケイ氏の独り言>

 状況描写が漸く一段落して、ようやく個人にスポットライトが当てられる様に成り一安心しているケイ氏です。
 早く一対一の白兵戦(タイマン)を書きたいです。
 陰謀術策、艦隊戦に機動兵器戦は苦手ですので。
 でもまぁ、仕込みをしなければ出来上がりが美味しくならないのも事実ですので、もうしばらく地味な場面にお付き合い下さいませ。

>追記
 床屋の看板全速(ヒネクレモノ)最高(マテ
 と云うか、矢張り幼児幼女が毒を吐くのは最高だなとしみじみと思うしだい(マテマテ

>追撃
 矢張り、戦争は一方的な火力の発揮が醍醐味だよなと深く思う次第。
 ビバ☆弱いもの虐め♪

 ではでは。
 出来るだけはやいうちに、次なる愚作でお逢いできますように祈りつつ。

 

 

 

 

代理人の感想

えげつないなぁ(笑)。
それを楽しむほうも楽しむほうではありますが。
そしてえげつない以上に歪んでますねー。
まさしく戦争は(そしてSSは(爆))大いなる狂気であると思う次第。

ケイ氏さん、あなた狂ってます。

私も狂ってます。

当然、これを読んでるあなたも狂ってます。

 

ではまた。