序幕-The End Of The Futun Vol:4

  

己の感情は己の感情である。己の思想も己の思想である。
天下に一人もそれを理解してくれる人がなくたって、己はそれに安んじなければならない。
それに安じて恬然としていなくてはならない。

森・鴎外

 

 


機動戦艦 ナデシコ
MOONLIGHT MILE

漆黒の宇宙
ゴダートからコロリョフ、そしてフォン・ブラウンといった人々が押し開いた扉
それは宇宙(ソラ)の深淵へと到る遥かなる道
希望があり、未来に満ちた場所
だが決して楽園では無い
人の愚かさと賢さが、強さと脆さとが満ち満ちた世界
何処までも人の世の延長であった

序幕
The End Of The Futun
(4)


 

――[――

 

 

 明度が落され、暗い<ネノクニ>の通路。
 重量資材運搬用の通路なのだろう、何の装飾も無い実用一点張りの場所。
 そこに漆黒の魔神(ブラックサレナHa)が立ち尽くしていた。
 その胸部の操縦席(コクピット)を埋め尽くすのは赤く光――赤く点滅する齟齬(エラー)の文字。
 アキトの周囲に配されたウィンドウ、その通信に関わるシステムの尽くに、それが浮かんでいた。
 電子妨害(ジャミング)
 ブラックサレナHaの外部との連絡は完全に遮断されていた。

通信(リンク)不能か。その程度で………舐められたものだな」

 誰に言う事も無く呟くアキト。
 誤る事なき苦境。
 だが、そこで漏らされた言葉には憤りと云うよりも呆れがあった。
 ブラックサレナHaと繋がったアキトの視野に歪み(ノイズ)が出る。
 如何にIFSリンクを上げて意識をサレナと合わせても、ミネルバの支援が得られない状況では、十分な力を発揮できない。
 従来の機動兵器とは異なり常に母艦と連結する機動兵器、それがブラックサレナHa。
 ある意味で機動兵器の特性、独立行動能力(スタンドアローン)を喪わせるものではあるが、その恩恵は計り知れないものがあった。
 イネスが“連携処理機能(ギグシステム)”と呼ぶそれは、ブラックサレナHaに従来の機動兵器とは比較に成らない程の情報処理能力を付与するシステムだった。
 ブラックサレナから引き継いだコンセプト――“寡は衆に敵せず”と云う状況をひっくり返す為に生み出されたそれは、弾薬さえ許せば航空団規模の有人機動兵器とも互する事すらも可能としていた。
 それ故にブラックサレナHaは戦略級機動兵器と、最強と呼ばれているのだ。

 

 だが今、ギグシステムが喪われたブラックサレナHaは周りの索敵すらも満足に出来ない危険な状態へと陥っていた。
 ブラックサレナHaは下手な電子戦機/早期警戒機を凌駕する程の電子機器を搭載しては居たが、それも的確に利用できなければ意味が無いのだ。
 否、探知機器だけでは無い。
 母艦(ミネルバ)からの支援は、多岐に渡っておりその中には画像の補正すらも含まれていた。
 如何に強力な探知(センサー)システムを有するブラックサレナHaとは云え、屋内(ネノクニ)では十分にその能力を発揮出来ず、そこで重要と成って来るのが自らの眼なのだ。
 最古にして最良の索敵手段(Mk-1 アイボール)
 にも拘らず視界が乱れている現状は、とても戦闘に耐えうる状況では無かった。
 最小限度(ミニマム)で稼動させている、動体センサーが周囲に脅威となりそうな存在が無い事を教えてくるが、とは云え何時までもこうしている訳にはいかないのだ。
 アキトは、ブラックサレナHaから出来る幾つかの手段を試してみて、それからIFSリンクを下げた。

「フィードバック、レベル5へ。全感覚投入(リアクト)終了(ダウン)第2操縦システムハーフ・マニュアルシステム起動アクション

 思考に方向性を与える為、口にしながら命令(コマンド)
 その言葉と共に、操縦席(コクピット)に居ながらも同時に、それまでブラックサレナHaと重なっていたアキトの視野が、自分の眼のみへと固定される。
 人機一体と成った状態から通常の状態へと。
 ウィンドウが幾つも開いた。
 機体各部の状態が表示される。
 確認。
 各部正常(システム・オールグリーン)
 そして機体制御用支援知性(CAS)が起動する。

[Combat Assist System...Starting]

 1人の人間が操るには余りにも巨大で複雑過ぎる機体(システム)、ブラックサレナHa。
 通常であればギグシステムによって、その負担が表面化する事は無いが、戦場に於いて絶対は無い。
 万が一、ギグシステムが失われた場合にはどうするのか。
 その問題に対するイネスの回答、それがCASであった。

[My lord Preparation is thoroughgoing. It's war time beginning♪]

 製作者(ヒネクレモノ)の性格を反映してか、かなり良い個性を持つCASの起動文言に苦笑を浮かべてアキトは、頷く。
 そう、戦争なのだ、と。
 であるならばする事は決まっている。
 己の状態を確認し、その状態に相応しい戦い方をもって前に進む(ゴーアヘッド)
 其処に“撤退”の文字は無い。
 CASが自動的に走らせた自己診断ルーチンを確認。
 兵装は十分。
 損害は軽微。
 流石にユーチャリスの重力波ビーム圏内から出ては居たが、残余稼働時間も新型の装甲材兼用バッテリーと、両太腿に組み込まれた発動機(ジェネレーター)のお陰で白兵戦主体で行くならば、最大戦速(フル・ドライブ)でも1時間は稼動可能。
 問題は全く無く、後は全身全霊をもって戦うのみ。
 そう、戦争の時間なのだ(イッツ・ショウタイム)

[Yes My lord. Let's begin the party killed by killing!]

 アキトの意思に従ってCASはブラックサレナHaの両膝を固定(ロック)すると、踵のホイールを回転させる。

滑削音

 金属のホイールが床を削り、そして疾駆(ローラーダッシュ)を開始する。
 移動の基本動作に関してCASに預けたアキトは、ブラックサレナHaをミネルバからの支援無しで使いやすい状態へと――FCSを、射撃戦から格闘戦へと変更させ、右腕の主武装の換装を指示する(コマンド)
 指示に従ってブラスターを手放すブラックサレナHa。
 だが落下はしない。
 何故ならブラスターは腕部だけで保持するのでは無く、腰後部に接続する為の基部(ジョイント)を設置し、其処でも支える構造と成っていたからだった。
 これはブラックサレナHaの主武装(ブラスター)が、非実体弾にも関わらず歪曲型防御力場(ディストーションフィールド)を撃ち抜く火力を得る為に、機動兵器用の装備としては非常識な程に長大な砲身と質量を持っていた事が理由であった。
 並みの機動兵器のものは当然として当たり所次第では主要艦艇、それも戦艦クラスの持つディストーションフィールドすらも貫通可能な火砲。
 その巨大さ故に開発時に、“物干し竿(バスターランチャー)”の秘匿名称で呼ばれた空前絶後の携帯火器。
 それがブラックサレナHaのブラスターだった。
 尤も、その代償としてブラスターの燃費は極めて劣悪なものと成り、ブラックサレナHa単体で供給出来る動力(エネルギー)量では機体性能全力発揮(フル・スロットル)最高出力での連続射撃(フル・ファイヤー)を同時に行うには出力が全く足りぬ有様となっていた。
 戦闘機動中では禄に使えぬ武器。
 それは重大な欠点であり、武器としては論外な代物であった。
 その欠陥を補う為、ウリバタケの考え出した事は凄まじく直球であった。
 ブラスター本体に、補助動力(AP)として極小型動力炉(マイクロ・ジェネレーター)を備えさせたのだ。
 結果、完成したのはブラックサレナHaの全高にも匹敵する全長を持った火器。
 それは、正しく製作者たるウリバタケの技術と趣味、そして狂気の結晶であった。
 その結果として片腕だけでは保持しきない巨大さ、否、保持する事は出来ても精密射撃――超々遠距離砲戦を果たす場合には腰部と右腕のみならず左腕でも保持せねば扱いきれない代物と成っていた。
 エリナやイネスが、技術実証優先(バカ)実用性皆無(アホ)な駄作とまで酷評した怪物(バケモノ)
 だがそれ故に使いこなしさえすれば比類無き程に強力な武器であった。
 打ち倒すもの(バスターランチャー)との渾名は伊達では無かったのだ。

 そして今、モンスター(ブラスター)はブラックサレナHaの右腕が離れると共に腰部ジョイントに仕込まれた可動モジュールによって、砲身が二つ折れに畳まれて腰後部に固定される。
 自由と成った右腕はCASの自己確認命令(ディアグノーシス・コマンド)で二度三度と掌を開閉させて間接部の具合を確認すると、左下腕部に固定(マウント)された格闘戦用大型盾(シールド)内部に収められていた近接戦用武器――イミディエット・ナタを取り出して装備し、そのまま振るう。
 目標は隔壁。
 左右から閉じようとしていた装甲隔壁。
 横薙ぎにされたイミディエット・ナタは、ブラックサレナHa自体の膂力と相まって凄まじい威力を発揮する。

重破音

 轟音と共に派手に歪み果てた隔壁。
 軋みを上げて閉じようとするが、歪みが大きすぎて閉じれない。

高速音

 ホイールが回転数を上げ、隙間を駆け抜けていく。
 目的地(ゴール)は、事前に得られた情報から判っていた。
 <ネノクニ>の中枢、遺跡研究施設の最深部。
 そこに居る筈であった。
 眠れる森の美女(スリーピングビューティ)と呼ばれる存在が。

「ユリカ………」

 狭いコクピットに小さく洩れた、アキトの呟き。
 それは守ると誓い、そして果たせなかった人への想い。

 最早戻れない。
 それは悔恨。
 最早戻らない。
 それは決意。
 咎の意識故にでは無く、手を血で汚したからでも無い。
 只、心が乾いてしまったから。
 只、心が死んでしまったから。
 だか何よりも恐怖故に。
 テンカワ・アキトが臆病であるが故に(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 つくづく自分は自分勝手なのだなと、アキトは自嘲する。
 自分が卑怯者だとも嘲る。
 それが、一種の逃避行動だと自覚は出来ていたが、それでもアキトは自分がユリカの側に居る事に耐えられなかった。
 だから逃げていた。
 ユリカから。
 そしてナデシコから。
 暖かさが痛かったから。
 怖かったから。
 だが同時に、それはどうしても捨てられなかった。
 護りたかった。
 どうしても。
 どうなっても。
 それが、暗闇を這う復讐の日々に自分の心の支えたものだったから。
 だからアキトは疾駆する。
 例えそれが罠であろうとも、万分の一、そこに関わる可能性があれば決して放置してはおれなかった。

警告音

 合成された電子音が響く。
 新しいウィンドウがアキトの視野に開く。
 レーダーが、左側脇道から踊りかかってくる敵機を捉えたのだ。
 六連に似た小型機動兵器、後星。
 正式には六連の後星(ムズラノアトボシ)と呼ばれる機体であり、その名の通り六連の改良型として<火星の後継者>が施設内での戦闘用に開発した機体であった。
 それが3機、飛び出してくる。

警備(ガーディアン)かっ!」

 叫びながらアキトは手早く機体を操って迎撃態勢を整える。
 彼我共に、通路が狭すぎて大威力火器は使えない。
 特にブラックサレナHaの火器兵装は、ブラスターの他は中距離誘導弾とCIWSのみ。
 とてもこの状況(インファイト)で使えるものでは無かった。
 故に近接格闘戦闘(グラップ)
 最初の一撃は後星。
 その手には施設内での白兵戦を前提として選択された装備――電磁棍(スタン・スティック)
 鈍器としての性能と共に、高圧電磁によって相手機の無力化能力を持つ兵装。
 それを思いきりの良い動作で上段から振りぬいた。

「つっ!」

 罵りを漏らしつつアキトはブラックサレナHa、その両足のホイールの回転数を変えて急制動を掛けると、姿勢を制御しながら盾で止める。

鈍音

 電磁根は弾かれ、反動で後星の上体ががら空きに成る。
 隙。
 だがアキトには、即座に追い討ちを掛ける余裕は無い。
 1機目の後星を囮に、残る2機が同時攻撃を仕掛けて来たのだから。
 1機は、1機目を飛び越えて更に上からの投擲攻撃(シュート)
 そしてもう1機は、アクロバティカルな機動で、1機目の右横の隙間を抜けて仕掛けてくる。
 突き出されたその左手には、小口径――20ミリの機関拳銃を模した武器があった。
 ブラックサレナHaのディストーションフィールドは確かに強大ではあったが、懐に入られては意味が無い。
 並の相手(パイロット)であれば、対処する間もなく討ち滅ぼされるであろう優れた連携攻撃。
 攻撃者達の持つ錬度の高さが良く判ると云うものだ。
 だが相手(アキト)も又、並では無かった。

 狭いブラックサレナHaの操縦席(コクピット)に鳴り響く警報音。
 ウィンドウの幾つかが赤く点滅して、危険を告げる。
 そんな状況でアキトは笑っていた。
 小さく小さく笑っていた。
 その程度で(ブラックサレナHa)を止められるものかよと。
 それは獣の笑い。
 凶暴で暴虐な絶対者の笑い。

「哀れだな」

 只一言。
 それは宣言。
 それは宣告。
 それは戦場の支配者の言葉であった。
 迫る2体の機影。
 攻撃を受ける立場、選択肢は退くか護るかの2択。
 だがアキトが選んだのは第3の道、攻撃。
 それは、(ダメージ)を負っても尚相手の喉元へと喰らい付く獣の闘法(ファイティング・スタイル)

叩音

 投擲された電磁根がブラックサレナHaの肩部装甲の丸みを帯びた形状――避弾傾斜によって弾かれる。

打音

 小口径火器から放たれた20o離脱装弾筒付徹甲(APDS)弾は強烈な貫徹能力を持っていたが、それでもブラックサレナHaの重厚な装甲に阻まれ、内部に破壊を撒き散らす事無く表層を削るだけに終始していた。

「相手が……悪すぎたな」

 それは最早、嘲笑。
 後星の乗り手達も弱い者達では無い。
 だが足りなかった(・・・・・・)
 否、届かなかったのだ。
 気迫が。
 狂気が。
 執念が。
 怨念が。
 憎悪が。
 嘗てアキトが刃を交えた者達、北辰とその部下――北辰六人衆に。
 木連の暗部、全ての闇の元凶達に全く及ばなかった。
 後星の操縦者は只、優秀であった。
 だがそれだけでは闇の王子(アキト)を討つ事は叶わない。

轟音

 風を撒いて唸るイミディエット・ナタ。
 最初の一撃は突打。
 狙うは、上方から電磁棍を投擲した機体。
 囮機を肩からの突進(チャージ)で弾き飛ばしながら、コンパクトな動作で打ち出す。
 イミディエット・ナタは、鉈と云う構造上その切っ先に刃を持たないが、ブラックサレナHaの尋常では無い膂力が破壊力を与える。

圧壊音

 冗談の様な軽い音と共に後星の胸部操縦席が潰れる。
 まるで紙細工ででもあるかの様に簡単に。

爆発音

 火球と弾けた後星。
 その爆炎を盾に銃器を撃ち尽した後星がブラックサレナHaに迫る。
 一直線に。
 それは本来、戦闘時の危険行動(タブー)とされる単純な行動。
 狙いをつけられ易いが為に。
 だがそれでも後星の操縦者は、その行動を採る。
 撃たれども、それを耐えて喰らい付こうとする決意をもって。
 スラスターを全開にして、突進する後星。
 その研ぎ澄まされた動作に、アキトは小さく口元を歪める。

「狙いは、いい」

 小さな呟き、それは驚くべき事にアキトの賞賛であった。
 その視線の先、ウィンドウに写る後星は銃器を捨て無手であった。
 装備換装の手間を惜しんでの攻撃。
 思い切りが良く、其処には僚機が撃墜された事への動揺が寸毫も浮かんでは居い。
 それは固められた決意の証明。
 第1撃が届かぬ事を前提にした攻撃、それは3機のうち誰かが致命打を与えれば勝利とする――それは彼我の技量と装備の差、その他を勘案して生み出した、非情にして合理的な行動。
 如何にブラックサレナHaが強靭であろうとも、一撃を放った為に生じる隙だけは隠せないのだから。
 必要最低限度の正解、アキトもそれを認める。
 だが、届かない。
 それだけではまだ、足りない(・・・・)のだ。

噴射音

 全身のスラスターが全力を上げて推力を生み出す。
 それは、前への慣性を無理矢理に押し殺す物理の力。
 強引で暴力的な機動に、アキトの肺腑が悲鳴を上げる。

「っ!」

 空気を搾り取られる感覚。
 薄まった五感でもはっきりと判る、それは苦しみ。
 しかしそれはアキトにとって、快絶でもあった。
 生きている証でもあるのだから。
 故に、アキトの口元には深い笑みが刻まれていた。

重打音

 拳は確かにブラックサレナHaの身体を、その肩部前面装甲を捉えた。
 砕ける装甲。
 それは執念の結実。
 だが、悲しいかな致命打では無かった。
 光を反射し、キラキラと舞い散る黒い装甲の破片。
 その中で戦いは続く。
 退くのでは無く、踏み込むブラックサレナHa。
 近さ故にイミディエット・ナタを振るわず右腕、その肘で払う様に打つ。

打音

 肘は、後星の胸を捉えた。
 強烈な膂力は、肘であろうと凶悪な破壊力を与える。
 だが浅い。
 強引な姿勢からの一撃故に、後星を撃破する迄には至らない。
 否。
 逆に肘を基点にブラックサレナHaの右腕は、後星によって絡め捕られる。

軋音

 単純な膂力であればブラックサレナHaが優るが、後星はその全力を使えぬ様に二の腕を捉えてみせたのだ。
 正に人の執念。
 そして生み出されたのは力の拮抗。
 単純な力の比であれば、機体の持つ潜在能力(ポテンシャル)の面から、最終的にブラックサレナHaが勝つが、それは一対一だけでの事。
 拮抗した機体と撃破した機体。
 後1機は健在な機体が残っているのだ。アキトにすれば時間を掛けている余裕は無い。
 故に、些か強引な手段に出る。

機音

 左腕を引き絞って打ち出す。
 貫手。
 正確には繊細で強度の乏しい手では無く、左腕の盾で打ち抜く。
 格闘戦闘用に設計(デザイン)された盾は、凄まじい勢いで後星を狙う。

壊音

 僅かでも防御をと後星が延ばした右腕を粉々に砕いた盾。
 だが致命傷には至らなかった。
 何故なら後星の胸部、軽度の装甲しか施されていない操縦室へ届く寸前に、一撃はその突進力を使い尽くしてしまったのだ。
 後星の操縦者が狙ったとおりの結果――膠着状態。
 それは怨敵(アキト)の裾を初めて捉えたと云う事。
 その事が、全てを殺して機械に徹しさせていた後星の操縦者に声を与えた。

『此処までだ、テンカワ・アキト!
 死ねっ!!
 我が同志達の無念、貴様の断末魔にて癒させて貰うぞっ!!!』

 拡声器を通して放たれた、それは怨嗟の叫び。
 血を吐くような祈り(ノロイ)の言葉。
 だが、そうまでしても足りていなかった。
 現実に抵抗し、目的を果たす域には全く届いて居なかった。

『口上はいらん。消えろ』

 アキトの言葉を、CASが拡声して放つ。
 それは、闇が示した僅かな気紛れ。
 その言葉に後星の操縦者が反応するよりも早く、闇が顎を開いてその命を喰らった。

撃音

 全長1mにも満たない鈍色の杭が、後星の操縦室を貫く。
 それは盾に仕込まれた極近接戦闘用の装備、射出杭(パイルバンカー)
 構造の単純化の為、火薬射出構造を採用したそれは、射程や命中精度に於いて如何なる兵装にも劣る面がある、が、同時にその威力は絶大であり、機動兵器程度の持つ装甲でこれに抗する事は先ず不可能。
 それが、ブラックサレナHaが暗器――詭道の武器としてパイルバンカーを装備した理由だった。

 後星が力無く床に崩れ落ちた。
 残る後星は1機。
 だが、その1機が示した行動はアキトの予想外のものであった。
 後退。
 間合いを取り、様子を窺ってくる。
 戦闘の組み立てからすれば、別に奇妙な事では無い。
 否、戦闘に於ける常道とすら言えるだろう。
 だが、その判断を下すには1つの要素(ファクター)が抜けていた。
 ブラックサレナHaの体勢が崩れていると云う。
 それは隙と呼ぶ程では無く、だが、彼我の差を考えれば決して逃してはならぬ時。
 即ち(チャンス)
 ある意味で、2人の後星操縦者の命の対価であった。
 だがそれを後星は捨てた。
 アキトが、その意図を測りかねている時、それは起きた。
 風撒く光が生まれたのだ。
 跳躍(ボソンジャンプ)
 後星の予想外の行動に、アキトは慌ててCASにジャンプ先を確認する。
 だがCASの回答は“具現化位置確認出来ず(ジャンプアウト・キャンノット・チェック)”だった。
 母艦(ユーチャリス)との回線(ギグシステム)を断ち切った正体不明の妨害装置(ジャミングシステム)によってか、ブラックサレナHaが現時点でボース粒子を探知出来る距離は精々が直径100m程度でしか無い。
 その捜索範囲(サーチレンジ)に、ボース粒子の反応は無かったと云う。

「退いた、と云う事か………」

 小さく呟くアキト。
 その意味は考えるまでも無いだろう。
 アキトにとっては効率的な結末、にも関わらずその表情には少しだけ落胆の色があった。

「CAS、自己診断」

 確認の言葉。
 対するCASの返事は、“問題無し(ノープログレム)”と“早く始めよう(ゴーアヘッド)”だった。
 小さく苦笑するアキト。
 状況を判断する事は難しいが、しかし、手の届かない場所の状況までも考えても仕方が無いのだ。
 重要な事は割り切ると云う事。
 1つ、頭を振ってアキトは思考を戦闘へと切り替える。
 目的がある。
 目的を果たす為の決意もある。
 ならば迷う事は無い。
 前へ(ゴーアヘッド)

 前を向くブラックサレナHa。
 施設内では虚探知が多い事から切ってある動体探知機(ドップラーセンサー)を起動させ、と赤外線探知装置(IRDS)と共に通路の先を探る。
 異常は無い。
 念のため、少しだけ様子を見るが敵対的な反応は見つけられない。
 よく見れば、後はかなり先まで脇道の無い一本道。
 望遠で確認する限り、何かが隠れる隙間も無い。

「再び出てくるならば、その時に滅ぼせばいい――それだけか」

 アキトは自覚せぬままに、愉しげに笑みを漏らした。
 それは身も心も復讐の焔に焼かれ果てた復讐鬼に残された残滓、それは歓喜の情。
 薄まった五感で感じられるもの、それは命の掛かった(ギリギリの)状況でのみ感じられる事。
 それはある意味で実感なのだ、生きていると云う。
 それが愉悦にも感情をアキトに抱かせる理由であった。
 だが復讐鬼(テンカワ・アキト)は、その事を自覚せぬまま疾駆する。

 

 

 疾風怒濤(シュトゥルム・ウント・ドランク)の言葉が受肉したような漆黒の機体(ブラックサレナHa)が、ディスプレイに写っている。
 正直、即製で仕込んだ罠だったんで引っ掛かるかどうか以前に、連中が気付いてくれるかどうか不安だったが、其処は大丈夫だったみたいだ。
 流石は電子の魔女(アブソルーツ・オブ・サイバー)か。
 畜生。
 褒めたくはねぇが、認めるしかねぇ。
 人類の規格外(ミディアン)だと。
 発見してもここまで来れるかってのも心配してたが、その心配は全く杞憂でやがった。
 (テンカワ)め、まっしぐらに突っ込んで来やがる。

「凄いな。本当にバケモノだな奴は」

 他に表現の仕方が無い。
 自動迎撃銃座なんぞは敵として見ず只々粉砕しながら突き進んでくる様は、まるで悪鬼の如き。
 それも、機体(ブラックサレナHa)の能力に任せた猪じゃなく、的確で緻密な操縦で障害を突破してくる。
 切札(エース)級のパイロットは色々と見てきたが、この域まで達していた奴は殆ど居ない。
 つか、あんなのが10人も居たら勝ってたかもしれねぇぞ、前の戦争(マーズ・ウォー)も。
 怖いぞ。
 本気で怖い。
 だが嬉しくもある。
 あんなのと刺し違えられるなら、木連軍人の誉だと思えるんだから変態か俺は。
 素晴らしい糞ったれめ。
 俺も最後まで面子だけは手放せねぇな。
 自嘲的にも思うが、まぁアレだ、それが木連式教育の成果なんだろうな。
 畜生。
 ならばその精髄を見せ付けてやるとしよう。

「テメェら、準備はいいか?」

 襟元の通信機を押して、研究室内の各部に潜んでる部下達に最後の確認をする。
 対して部下(バカ)達はそれぞれの形で、返事しやがった。
 万歳(ウラー)から共闘(ガンホー)まで、色々と。
 どん詰まりの状況なのに戦意は落ちていない。
 糞ったれ、最高だ。
 最低の戦場だが最高の部下達が居る。
 1人1人を見る。
 目に焼き付けたいと思う。
 畜生。
 連中、今更の様に背広(クロフク)を着込んで武器を構えて隠れてやがる。
 昔――木連時代に対地球諜報戦を担っていた事の名残だ。
 俺達の制服って言えるかもしれない。
 ある意味で誇りの源。
 北辰の暗殺部隊(アサッシン・ユニット)みてぇな派手さの無い、だがそれこそが情報部(スパイ)たるの誇りなんだと思う。
 ああそうだ。
 認めよう。
 死に装束にはピッタリなんだと。
 畜生。
 そんな部下の手には携帯徹甲誘導弾(PAAGM)が握られている。
 俗にパーガム等と発音されるソレは、2199年に連合宇宙軍陸戦隊が正式採用した歩兵最大にして最強の対装甲兵器だった。
 正式名称は199式PAAGM。
 限定的ではあるがディストーションフィールドへの侵徹能力すらも与えられたコレは、連合宇宙軍技術研究本部の連中が生み出した木連無人機動兵器群(ビートル・ユニット)に対する回答であり、大戦末期の地上戦が完全に地球側の手に奪われた原因だった。
 地上戦は宇宙よりも在る意味で兵力を要する場所で、しかし木連軍の将兵は少くて、それ故に無人機(ビートル・ユニット)は当然の様に地上侵攻軍の主力になっていた。
 地球侵攻開始時は楽だった。
 あの頃の地球連合地上軍は永く続いた平和と、そもそも地上には仮想すべき敵が公式には存在していなかった為に、我等が木連軍に比べて時代遅れでお粗末な装備したもっておらず、とても、ディストーションフィールドを持つ無人機に抵抗する力は無かった。
 お陰で連戦連勝、無敵木連軍なんぞと我が世の春を謳歌出来た訳だ。
 にも関わらず、それがひっくり返されたのだ。
 たかが全長1m程度の小型誘導弾(ガイデッド・ミサイル)によって。
 ウチの主力機がバタバタと叩き落され、必死で稼いだ占領地は隊伍を組んだ歩兵の軍靴によって踏み躙られた。
 地球連合陸軍(グランド・アーミー)の連中、伊達に人類が何千年もの闘争の歴史を刻んできた訳じゃねって事を証明しやがった訳だ。
 畜生。
 如何に技術が進もうと、陸上戦闘に於ける決戦戦力は歩兵なのだと良く判る戦訓だった。
 尤も、得た後で生かす余裕なんぞは無かったがな。
 つかそもそも木連とて歩兵部隊を作りたく無かった訳では無いのだ。
 昔、探った事のある資料だと、地球との戦争が真剣に討議される事と成った頃、何とか歩兵部隊を整備しようとしていたらしい。
 機械化師団5個を基幹とする、10万人規模の部隊。
 地球全土を相手にするには不足所の騒ぎじゃねぇが、国防省の試算ではピンポイントで戦力を投入し、更には無人機を大量に投入する事で何とか成る――そう成っていたらしい。
 だがそれも潰えた。
 内務省の強硬な反対によって。
 若年人口をそんなに軍部に取られては、戦争に勝っても木連経済は滅亡すると連中は主張したのだ。
 糞、埒も無い事を思い出した。
 冷静に考えればその通りなのに、あの頃は内務省の解体すらも上申してたな、全く。
 阿呆だ。
 自分の間抜けさ加減に涙が出そうだ。
 現実ってのが熱血で解決出来る様な単純明快じゃねえってのは判ってた筈なのに、結局俺は理想(クサカベ)を信じた。
 畜生。
 本当に埒も無い事を思い出した。
 今重要な事は、かつて戦友達や無人機を数多く葬ってきた兵器に俺等は作戦の命運を託すって云う、間抜けと云うかアレだ、喜劇的な情景だと云う事だ。
 地球を否定し、旧体制の打破を狙った俺達が最後になって連合宇宙軍製の武器(クソッタレ)に頼る羽目に成っちまったのだ。
 もう笑うしかない。
 畜生。
 悔しいとかそう云う次元を超えてるな。

電子音

 埒も無い事を考えつつウィンドウを確認する。
 其処には、<ネノクニ>第1管制室(セントラル・コマンド)跳躍出現(ジャンプアウト)した後星の姿があった。

「良しっ」

 思わず感嘆の言葉を漏らしちまった。
 格好悪いが気にしない。
 極至近距離の跳躍だったが、成功した事の方が余程に大事だ。
 安堵の念が湧く。
 小さく上唇を舐めた。
 ああ、本気で良かったよ全く。
 安堵の理由は情理の二つであった。
 理的な理由は、あの後星が<ネノクニ>――<火星の後継者>の保有する最後の有人機だったと云う事だ。
 ある意味で最後の手札なのだ。
 状況を動かす為の。
 万が一、テンカワ・アキトを罠に掛けるよりも先に中央管制室が落ちてしまっては、罠が破壊される危険性があるのだ。
 にも関わらず、それを防ぐ為の手段が跳躍失敗(アクシデント)で喪われては、悔やんでも悔やみきれないってもんだ。
 同時に、操縦者に申し訳ないとの思いがあった。
 それが情の理由。
 それは、望んで止まなかったであろう仇敵(テンカワ)との交戦を止め、窮地へと陥っていた管制室への増援を命じた事へのものだった。
 だがお陰で管制室は良い具合だ。
 重装甲歩兵(バーサーカー)に一方的に叩かれていた状況が一気にひっくり返せた。
 幾らナカエダが練達の近接戦闘(CQB)指揮官だとは云え、素人を率いてはどうにもならない。
 どっかの国の格言で、獅子が率いた羊の群れは獅子の群れにも抗し得るなんてのが在ったのを思い出す。
 一面の真実ではある。
 勇将の下に弱卒無しとは良く言う科白だ。
 だが相手も又、勇将であった場合には兵卒の質は重要な意味を持ってくるってなもんだ。
 頑迷な抵抗をしちゃ居たが、それでも管制室は確実に侵食されていた。
 それが、たった1機の後星で挽回出来たのだ。
 嬉しくない筈が無い。
 後は、何時まで持つかは判らぬが、コッチが終わるまでは頑張って欲しいと祈るだけだ。

重破音

 重々しい響きに少しだけ遅れて、電子合成された警報が鳴った。
 来たか。
 外部監視カメラに繋がっているディスプレイを見る。
 其処には漆黒の魔神(ブラックサレナHa)が、遺跡研究室入り口に到達している様が、そして凶悪な鈍器紛い(イミディエット・ナタ)で入り口の対爆装甲隔壁を打ち砕こうとしている様が映っていた。
 思いのほか、早く着いたものだ。

「隔壁を開けろ」

 生かしてた科学者に命令する。が、面倒な事に反論しやがった。
 莫迦野郎。
 どうやら、阿呆野郎でも自分(テメェ)の命が掛かっていると、頭が回りが良くなるらしい。

「しっしかし開けてしまっては………」

「莫迦かテメェ? 何をするか説明したろうが。奴を閉じ込める為に隔壁使うのに、その前に壊されちまってどうすんだよ阿呆」

 説明を二度するのが面倒くさい。
 いっそ殺すかと考えたのが判ったのか、科学者(アホウ)は慌てて制御卓(コンソール)を操作する。
 かなり慌ててる。
 馬鹿が、小知恵が回るから自分の首を絞める羽目に成るってんだ。
 死刑は確定だな。
 まぁ少しだけは待つが。
 つか、後、指示を忘れてた。

「それから、例のヤツ(・・・・)忘れるなよ。奴が入りきってから隔壁閉鎖、そして起動(・・)だ」

 別段、迫力を込めたわけじゃ無いが、随分と怯えながら頷きやがった。
 面白くないが、まぁ我慢するとしよう。
 幕が上がるのだから。
 厚さ2m近い耐爆隔壁がゆっくりと、音も立てずに開いていく。
 少しずつ見えてくる黒い巨躯。
 愉快だ。
 自分(テメェ)の頬が弛むのが判る。
 喉の奥に引きつる様な感覚が湧がある。
 ああ、非常に愉快だ。
 ゾクゾクしてくる。

重秦音

 扉が開ききると共に、魔神がこの部屋に入ってくる。
 ローラーダッシュを使わず歩いて、足音を響かせながら。
 傍らの研究員が腰を抜かして座り込んだ。
 余り格好良く無い。
 だが端役だ、我慢しよう。
 そんな奴の事よりも、この愉悦をもっと味わいたい。
 <火星の後継者>最大の敵と対峙する恐怖を、そして打ち倒す歓喜を。
 頬に陰が刻まれていくのが自覚できた。
 とても愉しい。
 そんな気分のまま、少しだけ芝居がかった仕草で眼鏡を押し上げ、そして口を開く。

「ようこそ、テンカワ・アキト!」

 昂然と胸を張って言い放つ。
 それは挑発。
 それは、とてもとても気持ちの良い事だった。
 対する返事は苛烈で情熱的だ。
 機動兵器の両太腿に装備された小口径レーザーがグルリと動いて俺らに狙いを付けた。
 いいねぇ、怖くて堪らん。
 誘導弾(ガイデット・ミサイル)から小型機動兵器まで焼き払う万能の(レーザー)だ。
 人間が撃たれたら消し炭しか残らねぇだろうな。
 出来ればアイツ(テンカワ)が熱い奴をぶっ放す前に、部下達が上手く仕掛けて欲しいもんだ。
 どうせ死ぬなら、満足を確実に抱いて死にたいからな。
 さぁテンカワ・アキト、この糞狭い研究施設が貴様の墓場だ。

 

 

――\――

 

 

 焦燥。
 それは身の焼ける様な強い想い。
 自らの身を内側より焼き尽くさんばかりの情念を持って、ルリはオモイカネを駆っていた。
 アキトが消息を絶った遺跡研究施設区域への接触回線を得る為に。
 全ての回線が物理的に断線されているとハーリー(マキビ・ハリ)やラピスが口を揃えて言うが、ルリはそれを信じない。
 信じたく無いとの願望では無く、有るとの確信の為に。
 それは今までの経験(ハッキング)から得た結論だった。
 確かに、外部との物理的な遮断――施設内用の内回線と外部接触用の外回線とを別けるのは、電子攻撃対策の基本中の基本だ。
 如何にルリでも送受信システムも無く有線ケーブルで構築された回線にまでハッキングを仕掛ける事は出来ない。
 だが今ルリ達が居る場所はその内回線なのだ。
 回線に入るためナデシコBを宇宙港に入れ、艦と要塞とを有線を繋いでも居るのだ。
 見つからない筈は無い。
 だからルリは必死になって<ネノクニ>施設を切り刻んでいく(アナライズ)

 ルリの篭るウィンドウボール、その一角に施設制圧率が表示(カウント)されていく。
 現在の制圧率は54%。
 簡素な図式として表示された<ネノクニ>施設概略図で、(ルール)(インベーション)とが面積の約半分を支配している。
 表層部から中部に掛けてはほぼ制圧していた。
 血と硝煙、狂気と暴力の饗宴。
 <火星の後継者>に属したもの達は己が命をもって、掲げてた理想の代価を払っていた。
 圧倒的な暴力の具現。
 誰しもが打ち破られ、侵されていく――正しく侵蝕。
 だが只一箇所、管制室近辺だけが頑強な抵抗をしめしていた。
 ルリは管制室を最優先攻略目標に指定し、第1強襲軌道降下旅団もその意を受けて旅団最精鋭の威力偵察部隊、先遣長距離偵察哨戒(PLRP)中隊を充てていた。
 対する<火星の後継者>(ナカエダ)も又、管制室の喪失が<ネノクニ>の陥落と同義であると、そして何よりもシノノメ・カヲル(マム)の目的を果たさせる為、非効率な場所の防御を切り捨てて人員や装備を管制室に集中させていた。
 彼我共に退く積りは無く、全力。
 よって管制室は地獄の大釜と化す。
 <火星の後継者>は回線自体を物理的に遮断し、後は小さな区切り(パーテッション)事に抵抗線を築いて抵抗する。
 対するPLRP中隊も、ルリの指令で管制室の電算機を無傷で確保したいが為に火力の大規模な投入が出来ず、結局は小銃等で少しずつ削り潰していくしかない状況。
 寸土を争う戦い。
 一応ルリはC(ガス)兵器の使用許可は出してはいたが、宇宙服(スーツ)等の気密服を着込まれていては無意味だった。
 故に白兵戦。
 凄惨な、血塗れの戦い。
 しかしそれ故に、地力で優るPLRP中隊が優位であった。
 兵士の錬度も装備も優れるのだ、戦意はあれども専門の訓練を受けていない<ネノクニ>の兵士など敵では無かった。
 ゆっくりと、だが確実に制圧していくPLRP中隊。
 だがそれが一挙に逆転した。
 突如として登場した機動兵器、後星によって。
 一時は7割方まで支配したのが、今では5割を切る所まで来ている。
 それはルリにとって一種、予定外の事態であった。

 

 余程に白兵戦に手馴れた奴が居る。
 それがPLRP中隊指揮官(キャプテン・ヨシムラ)からの報告だった。
 正直、腹立たしいが文句をルリは言わなかった。
 労るように声を掛け、強引な攻撃はしなくて良いと一言添えた。
 それは個人(ホシノ・ルリ)としてでは無く、戦隊司令としての言葉。
 個人としては強引な攻撃命令が喉元まで出掛かっていたが、それをぐっと堪えていた。
 陸戦の教育はほんの少ししか受けていないルリだが、この状況でそんな事を命じればどんな結果になるのかは簡単に想像がついていた。
 自殺的攻撃。
 それは、兵士達の戦意と忠誠心が高いが故に無茶な命令(アタック・コマンド)に対しても盲目的に従ってしまう事であり、ある意味指揮官(ルリ)にとっては贅沢な悩みでもあった。
 指揮官に与えられた権限と、それに付随した職責。
 人の命を預かるという事。
 故に、容易に下せる命令では無い。
 だが同時に、精鋭の重装甲歩兵が犠牲を省みずに攻撃したのであれば、たかが1機の軽量級機動兵器を排除する事など造作ないであろう事も理解していた。
 行けと一言。
 只一言だけ命じれば、それは即座に現実と成るのだ。
 そうなれば管制室が陥落するのは時間の問題と成り、アキトを助ける事は容易に成るだろう。
 それは甘美な誘惑。
 だがルリはそれを拒否する。
 冗談ではないと己の発想を断じる。
 確かに<ネノクニ>攻略はルリの私怨による戦いだった。
 本来、もう少し穏当な手段で根絶する事も可能だったのを、ここまで血腥くしたのはルリの策謀の結果であり、 その事をルリは否定するつもりは無い。
 だがそれ故に、ルリは己の復讐に巻き込まれる兵士達の安全に十分に注意を払おうとしていた。
 捕虜を無理に確保しようとしない理由の一端も、其処にあった。
 完全に叩きのめし、戦意を奪い尽くした後での降伏であれば問題は無いが、何らかの行動を前提として投降して来た場合には、如何に精鋭揃いの第1強襲軌道降下旅団ではあっても被害を出さぬ訳には行かないのだ。
 それは明らかな国際軍事協定違反ではあったが、それでもルリは命じた。
 文章で。
 ホシノ・ルリの命令で行ったとの証拠を残したのだ。
 それはルリの覚悟の証明。
 その延長線上でルリは、アルストロメリアT-specの出撃準備命令を出していた。
 どうしても後星を攻めあぐねるのであれば、対抗上、同じく機動兵器を投入せざるを得ないからだ。
 だが普通の機体を投入する事は無理だ。
 強固な外殻に護られた管制室へは狭い通路を通ってしか行く事は出来ず、白兵戦用の機体――アサルトクーゲルでは辿り着けないのだ。
 投入方法は跳躍のみ。
 それ故に、ルリは破損したサブロウタの乗機の出撃準備を行わせているのだった。
 無論搭乗者はルリ自身だ。
 総指揮官が前線に立つのは全く好ましい事では無いのだが、今現在、第3特務戦隊には傷ついたサブロウタの他にジャンパーは、(クラス)を問わずともルリしか居ないのだ。
 一応ルリは、B級跳躍機操縦者(ジャンパーパイロット)資格を持っており、第一級の操縦者とまでは行かないが、相手機を牽制する程度の操縦は出来る腕前ではあったのだ。
 後星の撃破は無理でも、牽制は出来る。
 そして牽制さえ出来れば後は練達のPLRP中隊が余裕で撃墜するだろう――そうルリは判断していた。
 ルリとて好んで身を危険に晒す趣味は無いが、選択肢が無いとなれば、躊躇無くそれを行うだけの意思を持っていた。
 そしてソレこそが、ルリが将兵から強い敬意と忠誠とを受ける理由であった。
 尤も、ルリ自身はその事を自覚していなかったが。
 只、自分が出来る事を精一杯しようとしているだけなのだから。
 ある意味で健気なのだ。
 そしてそれ故に、人はルリを助けようとするのだった。

 

「………アルストロメリアは最後の手段ですね」

 誰に言う事も無く呟くルリ。
 その脳裏には、先程の幕僚(スタッフ)による反対の大合唱があった。
 助手(ハーリー)は泣きそうな表情で。
 副長(サブロウタ)は怒ったような表情で。
 参謀長(ボルトマン)は諭すような表情で。
 人の意見を容れられぬ程にルリの器は狭くは無い。
 だからアルストロメリアには出撃準備命令を出すだけに留め、ルリは自分自身の力――電子的な手段に全力を投じていたのだった。
 そこには1つの冷静な計算もあった。
 もし管制室の戦いに身を投じた後で、アキトとの通信が復活しては支援する事が出来ないと云う。
 だからルリは、まだナデシコBのブリッジで、オモイカネを駆っていた。
 だが、その結果は芳しくない。
 研究施設との回線はほんの僅かでいいのだ。
 僅かな隙間1つあれば、(ラビット)と名付けた小さなプログラムを研究施設内の電算機侵入させられる。
 そして侵入しさえすれば後は簡単だ。
 プログラム(ラビット)は侵入後に自己解凍して電算機を制圧し、その後で電算機に単純な命令を果たさせる。外部への回線を開け、と。
 只、回線解放目的に特化したプログラム、それが兎。
 その単機能故に容量はコンパクトで済み、どんなに細い回線からでも軍事用A級電算機を支配する。
 ルリ謹製のハッキングツール、不思議の国のアリスアリス アドベンチャー・イン・ワンダーランドはそれだけの能力を持っていた。
 だがその有能なツールも、使うべき場所が見つからなければ意味が無い。
 焦燥だけが積もってゆく。

電子音

 その時、少しだけ複雑なテンポの呼び出し音が響いた。
 普通の音と違う呼出音。
 それはユーチャリス、ラピスとの公には出来ない直通回線の着信音であった。
 ルリの表情が険しくなる。
 公然のものに近いとは云え余り表に出してよい事では無いのだ、連合宇宙軍(スターミィ)一企業(ネルガル)との親密な関係というものは。
 既にユーチャリスは正体不明の海賊艦では無いのだ。
 現在では<火星の後継者>事件時の外装を換装し、ネルガル航宙部門の象徴(シンボル)として公開されており、その優美な外観と特殊性――準ナデシコ級と言えるその能力から、マニアの間では物騒な淑女(パラスアテネ)と云う渾名で知られているのだ。

 そして今回に関して言えば、表向きの話(シナリオ)では近宙域を航海中だったユーチャリスが、善良な一市民の義務として連合宇宙軍に善意で協力したとなっているのだ。
 少しでも事情を知る者であれば、絶対に信じないであろう話。
 だがそれでも、偽装(カヴァー)は行うに越した事は無いのだ。
 その判断から、少しでももっともらしさを加える為に連絡に関してはかなり面倒な事をしていた。
 その1つが直通回線の使用禁止であった。
 当然と言えば当然の事。
 軍艦と民間船の直通回線(リンク)は通常、あり得ないからであり、秘話通信システムとは本来、機密性が極めて高い装備であり、間違っても平時の民間船に常備している様なものでは無いのだから。
 故に今回、非常用にと設置された秘話通信システムもネルガル(ウリバタケ)が独自に開発したものであった。
 ネルガルと連合宇宙軍の関係が良好であるとは言っても、それも程度問題であるのだから。
 何に於いても誹謗中傷を受けぬよう、ルリは万全の準備を行っていた。
 そして通信、連絡に関しては偽装を更に強固とする為に、解放回線を使用してのみとし、それも、公式な通信として通信科を経由する形で行う様にし、通信記録(ログ)を残す様にも図ったのだ。
 そして真に重要な事は、3重の防護(プロテクト)を掛けた秘匿回線で実施する事とまで、作戦立案段階で決めていたのだ。
 にも拘らずラピスはルリに直通回線を開いた。
 その準備やら説得やらに奔走したルリが、切れそうになるのも無理からぬ話であった。
 ウィンドウ越しにラピスを睨むルリ。
 だがラピスはそんなルリの表情を無視して開口一番に言った。
 回線を見つけた、と。

 

 

2004 6/29 Ver1.01


<ケイ氏の独り言>

 最初の予定では多くても20kbだった筈なんです。
 16kb前後で、脱字誤字の修正してと思ってたんです。
 ところが、何故かそれが45kbオーバーに………
 ウーム、自分には文章を纏める能力は無いなと思いつつ、お疲れ様です皆様。
 最近、自分の根源は混沌とか狂気とかの何れかにあるんだろうなとTYPE-MOONちっくに思って居るケイ氏です。
 ビバ☆狂気(キチガイ)
 我、七色に輝く山脈に到るまで狂犬の如く狂いて戦い抜くなり(色々なものに侵され過ぎ

 しかし連携処理機能(ギグシステム)
 名前的にはFSSですが、その性質的には漫画版パトレイバーの零式に近いものだよなと思う次第。
 まぁ軍事革命(RMA)とか、共同交戦能力(CEC)辺りに通じる訳で。
 面白く無い面も在りますが、漢の浪漫だけでは飯は喰えないと云う事で(お
(つか、FSSに関してはブラスター(バスターランチャー)で既にアレな訳で<笑
 一緒に登場の射出杭(パイルバンカー)も含めて、そう漢の浪漫と云う奴です<自爆
 まぁ近接武器が剣では無く鉈と云う辺りで笑うがヨイヨイと云う事で。
 ビバ☆ハイダル・アナンガ♪<激しくマテ
 尤も、CAS君は其処まで捩れ果てては居ませんが)

 

 しかし、そんなにえげつ無いですかね?
 普通だと思うんだけど………ねぇ?
 もう少し明るくするかなー
 テキストと背景の白黒を逆にするとか(違
 ………まぁいいか。
 どうせ黒い人だし私ってば。
 ハーリーと打って、どうしても連想したのがダーティ・ハリィ・ポターと云う辺り駄目駄目指数が高すぎるとか思ったりする訳で。
 しかし、このままでは私駄目になる?
 宜しいならばスパロボだ。  明るく愉しい戦争を!
 題して、スーパーロボット大戦BURNを!
 って、その前に、此方を仕上げましょうよ自分。

 そゆう訳で、今度こそ早く次作でお逢い出来ます様に。
 ではまた。

 

 

 

代理人の感想

あー。
正直はっきり言うのは気が引けますが、少なくとも普通であると言う認識は間違ってると思います。多分我々の間には深くて広い河があるのだと思いますが、それを差し引いても、ねぇ。(爆)

それはともかくいよいよクライマックス。読んでて身震いが来ちゃいますね。
一気に読み終える、というタイプではありませんが最初から最後まで目が離せませんでした。
話も文章も私がどうこう言うレベルじゃないんですがただ一つ。
誤字脱字、多いです。それも致命的なのが(爆)。

あちらこちらでてにをはが豪快に抜けてるとか、根じゃなくて棍だとか。
まぁ後者は別に致命的でもないですが少ないに越したことはないって事で。

後係り受けの妙なところが一つ。
サレナの腕を掴んだパイロットが叫ぶところですが

>『死して我が同志達の無念、貴様の断末魔にて癒させて貰うぞっ!!!』

「死して〜」だと、「死して償え」のように「アキトが死んで〜〜しろ」という表現になります。「癒させて〜」だと主体がこのパイロットになるんですね。アキトを殺すことによって「このパイロットが〜〜する」って表現です。私は単純に「死して」を削除しましたが、「死して〜」とするなら「死して〜癒すがいい!」とか「死して〜癒せ!」というのが妥当な表現かと。

いろいろ言いましたが、とにもかくにも続きを切望しつつ、では。