Ta:Tomorrow The World

 

 目を開いた先に広がっていたのは、一面の草原だった。
 何か頭の中が混乱して、意味が良く判らない。

 何だ、これは。

 俺は確か暗くて狭い場所に居た筈だ。
 空を見上げれば、そこには青空が広がっていた。
 頬を撫でる風が、秋の色を濃く含んで流れてゆくのは、寂寥感はあるが中々に気持ちが良い。
 だが陽光が眩しいのが少しだけ辛い。
 まて、気持ちが良い(・・・・・・)眩しい(・・・)だと。
 何だ、何の冗談だこれは。
 頭を叩かれたような衝撃に、頭がはっきりしてきた。
 そうだ俺は、ルリちゃんとボゾンジャンプで跳んだ筈なのだ。
 尤も、アレは行き先には地球を考えてはいたが、明確なイメージを構成する前に跳ぶ羽目になった事実上のランダムジャンプだった。
 今居る場所が判らなくても当然だ、生きていさえすればいいのだ。
 そう云うジャンプだったのだから。
 そして今、俺は生きている。
 だが強い違和感がある。
 俺を包んでいたものが何処にも存在しない、感じられないのだ。
 視野は鮮やかであり、眩しさをも感じる。
 耳は、遠くからの微かな鳥の鳴き声を捉える。
 深呼吸をすれば、大地の匂を味わえる。
 肌は服が風に弄られている事を教えている。

「何だ、これは………」

 誰の声だこれは。
 俺の声が俺のもので無い様に聞こえる。
 少し若々しく感じられる。
 いや、そんな事なんぞどうでもいい。
 問題はルリちゃんだ。
 消えかけの俺の命なんぞどうでもいい、それよりもあの子だ。
 俺の未来を欲した、あの幸薄い少女だ。
 何処に居る。
 居てくれ、生きていてくれ。

「ルリちゃん!」

 名を呼ぶ。
 だが返事は無い。
 周りを見渡しても、ルリちゃんはおろか乗っていた筈のアルストロメリアも見えない。
 まて、何だ俺のこの格好は。
 黄色いシャツにジーパン――何だこれは。
 昔、良く着ていた格好だが最近じゃ着たことは無い。
 それにかなり安物だ、あちこちが汚れている………砂埃か何かか。
 何かが引っ掛かる。
 その何か、得体の知れなさを感じつつ、服の彼方此方を探ってみる。
 冷たい触感、俺の指先は金属製の鎖に触れた。
 ネックレス。
 それは見覚えがある。
 ああそうだ、親の形見のネックレスだ。
 その飾りであったチューリップ・クリスタルは消えている。
 判らない。
 頭が混乱してくる。
 何が起こったのか、ここが何なのか判らない。

「一体どういう事なんだ、これは」

 俺は莫迦みたいにもう一度、呟いていた。

 

 


 
機動戦艦 ナデシコ

MOONLIGHT MILE

 

第一幕 Arc-Light
Ta

Tomorrow The World


 

 

 時は西暦2196年。
 地球は、後に第一次汎太陽系戦争(マーズ・ウォー)と呼ばれる人類史上初の惑星間戦争の真っ只中にあった。
 その名の通り、火星の攻防戦から始まった戦争。
 相手は、木星蜥蜴と呼ばれた存在。
 その正体は、かつて地球を追われた者たちの末裔であり、彼等は、自らを木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球連合共同体、通称木連と呼称していた。
 地球は、木連の持つ大量の無人戦闘艦や無人機動兵器、それを支える高度な重力制御技術。そしてCHULIPと呼ばれた遺物に支えられた革新的な技術、ボゾンジャンプと呼ばれる空間跳躍技術の前に、満足な抵抗をする事も出来ずに火星を失い、そして地球宙域をもその脅威の影響下に入りつつあった。
 物語は、そんな時代に始まる。

 

 

――T――

 

 

 漆黒の宇宙に浮かぶのは、冴え冴えと光る月と蒼く輝く地球。
 いわゆる地球宙域。
 そこを、黒と灰色で迷彩された5隻の中型戦闘艦と、7隻の輸送艦が進んでいた。
 部隊名は連合宇宙軍第3戦術輸送船団。
 地球衛星軌道上に置かれた連合宇宙軍の拠点、トラック泊地へ補給物資の輸送を行う部隊だった。
 護衛する5隻の中型戦闘艦は、艦種もバラバラで、駆逐艦や巡航艦、果ては特設巡航艦すらも含んだ雑多な寄せ集め集団であったが、その錬度の高さは、決して侮って良いものでは無い事を、教本通りに維持されている隊列が示していた。
 輸送艦を真ん中に配置し、お互いの死角をカバーし合って進む護衛艦たち。
 先頭を進むのは、老朽艦揃いの本部隊に於いて一際異彩を放つ特設巡航艦のトウキョウVだった。
 やや先細りの3角柱の船体。その各部に様々な電子機器や対空砲座を設置したトウキョウVは、元はマルシップと俗称される、連合宇宙軍が民間の船舶会社に対して有事の供出を条件に艦整備支援金を交付する事で建造されたカメリアマル級高速貨物船であり、この木星蜥蜴との戦争が開始されると共に連合宇宙軍が接収、改装した艦だった。
 本来、連合宇宙軍でも民間と同様に高速貨物輸送に従事させる予定のマルシップだったが、開戦劈頭から続く艦船の大量消耗を少しでも補う為、少なからぬ数の艦が、索敵システムや防空火器を設置して戦闘艦――仮設巡航艦として運用されているのだ。
 但し、その戦闘力は防空戦闘に限って言えば、そう低いものでは無い。
 元々船体構造に準軍用船構造を採用している為に戦闘用プラットフォームとしてはある程度は安定しており、又、貨物船という素性から艦内スペースに余裕が在るお陰で、火器や電算機器、探知機機を安定して使用するのに必要な発動機の増設が可能であったのだ。
 そのお陰で、改造後のカメリアマル級は昆虫型の無人機ならば十分に対処可能な艦と成っていた。
 それが、トウキョウVの様な、本来は数合わせの様な仮設巡航艦がこの船団護衛任務に投入されている理由だった。
 尚、対艦戦闘に関しては、一応は対艦ミサイルを艦首部に装備してはいたが、加速率等の機動力の問題から無理というのが実情であった。

 

 暗い室内。
 光源は外の星と赤黒い非常灯、そして座席周辺に配置された固定式ディスプレイだけだった。
 戦闘配置だ。
 トウキョウVは今、第一種戦闘配置にあった。
 ここは全長200メートル近いトウキョウVの船体、その先端部に設けられた艦橋(ブリッジ)部。
 元々が貨物船であった為にトウキョウVのみならず多くの仮設巡航艦では艦橋が、通常の戦闘艦であれば艦中央防御区画(バイタルパート)に設けられている中央戦闘指揮所(トリプルC)の機能を兼ね備えた場所となっていた。
 そこで今、1人の男がパイプ煙草を右手で弄びながらディスプレイを眺めていた。
 壮年の男性。やや堅肥りの身に、何処かしら薄汚れた印象を与える白い艦内用簡易宇宙服を着込んでいる。
 その襟元にはくすんだ輝きを見せる大尉の階級章。
 男はトウキョウVの艦長アシカガ・タツオ予備役大尉だった。

「気に入らんな」

 ドスの効いた声で、小さく呟くアシカガ。
 パイプを咥え、空いた右手でごしごしと無精髭の伸びた顎先を撫でる。
 左手はキーボードを叩いて、船団内の統合情報表示用のディスプレイ内に幾つものウィンドウを重ねて展開していく。
 ディスプレイには、第3戦術輸送船団が行っている第3種対空哨戒態勢――各種の波動探知(ドップラー・レーダー)を中心に肉眼での索敵も実施した、完全な受動型の探知態勢によって得られた情報が表示されていた。
 それは掃海戦(マイン・スィーピング)とも俗称される、木星蜥蜴の無人機対策だった。
 木星蜥蜴は地球連合の制宙権を妨害する為、開戦劈頭から膨大な数の昆虫型無人機を地球の周辺に散布し続けているのだ。
 それも熱紋探知(サーモ・サーチ)、発動機の発する熱から探知される事を防ぐ為に不活性状態で。
 平時はバッテリー稼動式の極々弱い至近距離用の電波探知機(レーダー)と、逆探知装置(ESM)を作動させているだけの休眠状態。
 だがそれも、レーダーが獲物である艦船を発見する時まで。
 発見すると同時に無人機は周辺に対して電波を発する。敵が存在している事を告げるのだ。
 恐ろしくシンプルな戦術。
 だが、只の浮遊機雷的な運用だけならばそこまで恐ろしい相手では無かった。
 連合宇宙軍も護衛艦艇の整備を疎かにしてはおらず、又、攻撃乃至は迎撃に関しても、相手が光学兵器をほぼ無力化出来ると云う事さえ予め判っておれば、対処方法は色々と在るのだから。
 ただ問題は、数だった。
 無人機は、一度の襲撃で最低でも200機近い数で一斉に襲える様に計算した上で散布されていたのだ。故にその対処は極めて困難であり、そして効果は絶大の一言であった。
 その効果の程は、機雷戦々術の最初の犠牲が発生してから約1ヶ月で、民間船舶による月-地球間の航路の独行が行われなくなったと云う事に現れていた。
 この状態が半年も続けは、地球圏の経済が壊滅する危険すらもあった。
 それを防ぐ為に連合宇宙軍は、第5艦隊(エスコート・フリート)を中心に必死に戦い、そして破局を防いだのだ。
 地球圏の防人。
 連合宇宙軍を称する為に永く謳われる事となるこの異名は、この戦いで連合宇宙軍が見せた献身的な働きから付けられた称号であった。
 だがその代償として連合宇宙軍のワークホース、駆逐艦部隊は絶滅寸前にまで追い込まれていた。
 トウキョウVが仮設巡洋艦として改装された理由である連合宇宙軍艦艇の大消耗とは即ち、羊飼いがその務めを果たした結果だったのだ。
 だが、全てを納得出来る訳では無かった。
 特にアシカガの様な立場の人間には。

「全く気に入らん」

 吐き捨てる様に言い放ち、それからパイプの吸い口を齧るアシカガ。
 アシカガが怒っている理由、それは政治的な要求から数少ない連合宇宙軍の艦艇(リソース)が、第5艦隊の様な航路防衛任務部隊にでは無く、地球大気圏内防衛に振り分けられている事にだった。
 地球連合を構成する国家群で、海洋国家に分類される国家の政治家達は制宙権を重要視し、第5艦隊を増強する事で地球圏の制宙権を完全に掌握する事で地球の安定を回復させるべきだと判断していた。
 対して大陸国家群の政治家達は、制宙権を回復・維持するよりも、より直接的な脅威の減少、地球への侵入を防ぐほうに血道を上げるべきだ、そう主張していたのだ。
 これは良し悪しの問題では無く地政学的な国家の性格の違い、乃至は問題解決に掛けられる時間の相違でもあった。
 比較的ではあるが、宇宙への積極的な進出を進めた海洋国家群(シー・パワー)と、地球の再開発を優先していた大陸国家群(ランド・パワー)では、問題の影響の深刻さの度合いが違ったのだ。
 只問題は、一般市民に理解を求める上で容易なのは大気圏内防衛だと云う事。
 そして日系の予備役士官であり、連合宇宙軍退役後にも貨客船へと乗り組んでいた生粋の船乗りであるアシカガにとってそれは、極めて面白くない事態だったのだ。
 思考の基点が違う事は理解してはいたが、それでも全てを納得出来る訳ではなかった。
 特にアシカガの感情的な部分では。
 要するに八つ当たりなのだ、この呟きは。
 その事を理解しているからこそ、誰も合いの手を返す者は居なかった。
 少なくとも、月衛星軌道上の第2軍需工廠(エンジェルズ・ネスト)から今日までの3日の間、アシカガはトイレ時以外はずっと手狭な艦橋に篭りっ放しだと云う事を知っていれば、この様な八つ当たりに近いストレス発散行動ではあっても、此れを否定する事は出来ないだろう。
 そもそもアシカガは通常配置時に於いては人当たりの良い、話の判る艦長だと云う事もあって、誰も口を挟まなかった。
 否、勇者が1人居た。

「艦長、気分転換に珈琲でも飲みませんか?」

 そう言ったのはトウキョウVの先任戦術情報士(FITO)だった。
 FITOとは戦闘に関わる情報の全ての処理を担当する役職であり、その任務の重要さ故に有能な士官が配置される任務ではあったが、同時にある意味で戦闘時に全ての雑事を背負う事になる割の悪い仕事でもあった。
 そのFITOは、副長が戦闘配置発令によって艦後部に増設された予備指揮所に篭っている為、この中央戦闘指揮所では艦長に次ぐ地位の人間だった。
 彼も艦長と同様に第2軍需工廠を出港してから中央戦闘指揮所に篭りっ放しの為に、表情に疲労の色が濃いが、それを補うだけの若さがあった。

「考えすぎると体に毒ですよ」

 口調には、冗談を口にした様な軽さがある。
 その響きに触発されて、中央戦闘指揮所には小さいが笑いの渦が出来た。

「確かに、職分を越えた所を悩んでも仕方は無いな………良いだろう。お茶にしよう、手隙のものから順次、喫茶及び喫煙を許可する」

「了解です」

「それからなFITO、私は珈琲では無くココアを貰おう。糖分が欲しいからな。粉は………」

「タップリ。お湯はチョビッと。塩は一つまみですか?」

「そういう事だ」

 艦長の言葉を先回りして言ったFITOに、艦長も笑いながら応じる。
 少し前とは一転して柔らかな雰囲気になった中央戦闘指揮所、その事でアシカガは小さく頷いていた。
 アシカガは、トウキョウVは戦闘配置をまだ続けねばならないので雰囲気を弛めきってしまう訳にはいかない。だが同時に厳しく縛っただけでは人間は疲労してしまいイザと云う時に役に立たぬ――そう思っていたが故、雰囲気を適度に柔らかにしてみせたFITOの手腕に、感心していたのだ。
 それを遠まわしに表現するアシカガ。

「仕事が多いなFITO。いや、アマミヤ・リューイチロウ中尉。それとも最近の宇宙軍兵学校(ハイガーズ)の仕込みが良かったか?」

「先輩方の残した校風が良かったからですよ」

 すまして返すリューイチロウ。
 そんな後輩の姿に、益々笑みを強めたアシカガ。
 配属当初は、エリートと言って良いキャリアを持つリューイチロウを、予備役(ドロップアウト)組の士官として感情的に嫌っていたアシカガだが、半年近いトウキョウVへの乗り組みによって、そんな当初の感覚的な反発は霧散していた。
 コイツなら将来、俺を使うのも上手いかもしれん。そんな風にすら思っていた。
 小型艦特有の、ある種家族的な雰囲気。
 だが雰囲気が柔らかかったのも、ここまでだった。

「艦長!」

 通信士が叫んだ。
 それは、部隊内連絡用のレーザー通信で旗艦から伝えられた情報だった。

「旗艦より入電。本文“32-40-120ニ休眠状態ノ昆虫無人機ヲ発見。各艦ハ即時戦闘態勢ニ移行シ、警戒ヲ厳重ニセヨ”です」

 緊張感が一挙に増した中央戦闘指揮所。
 席を立とうとしていた連中が、慌てて着席し直す。
 空気にすら慌しさが漂っていく中、アシカガは獰猛に笑った。

「どうやら連中は未開人らしいな。文化の時間(ティー・タイム)というものを知らないのだからな」

 

 

――U――

 

 

 耳を刺す警報音が、断続的に鳴り響く。
 短く2回、長く1回と云う音パターンは、聞く者に木星蜥蜴の無人機が活動を開始した事を教えていた。

『警報! 警報! 現在当トラック泊地管制下G-2エリアにて友軍輸送船団が戦闘状態に突入せり! 敵規模は中隊規模以上と判断、各員は第1種戦闘配置にて待機せよ! 繰り返す。各員は第1種戦闘配置にて待機せよ! これは演習にあらず!』

 大音量で鳴り響く警告放送。
 誰もが駆け足で走っていた。
 ここは地球衛星軌道上に設けられた軍民共用の中継用宇宙ステーションISS-7。
 地球を離脱してきた宇宙船の休養と乗換えの場であり、同時にラグランジェ3のスカパ・フロー泊地と並んで連合宇宙軍第3艦隊(オービット・フリート)の重要な拠点であるトラック泊地、その中枢として泊地内の管制を行う第7宇宙港であった。

 

 ステーション下部に設けられた軍用デッキ。
 そこは今、大車輪で機動兵器部隊の出撃準備を進めていた。
 整備士は、白色に塗られた連合宇宙軍主力機動兵器であるディルフィニウムの機体後部に、長大な増槽(プロペラント・タンク)を幾つも取り付けていく。
 パイロットは機体の最終チェックを駆け足で、だが確実に行った。
 鳴り響く警報より更に大きな怒鳴り声が飛び交い、軍用デッキはさながら鉄火場の様な雰囲気だ。
 否。より正確には、忙しいと云うよりも混乱に近い状況だった。
 飛び交う声は罵声に近かったのだから。
 開戦から既に半年余り。
 その間に相次いで発生した戦闘によって連合宇宙軍は、その中核を成した熟練の将兵を大量に喪失し、各部隊の錬度はかなり低下していたのだ。
 人員の補充は随時行われていたものの、喪われた将兵の穴を埋めるのに十分な質も量も無かった。
 それが連合宇宙軍の現実。
 多くの部隊は今、任務に就いたままに部隊の練成に努めている状況だった。
 そんな中、このトラック泊地に駐留する機動部隊――第2321軌道上の護手(ヘル・ダイバー)中隊は、現所属兵員の4割が開戦後の補充兵であるにも関わらず今だに組織戦闘能力を維持し続けていた。
 これは、何よりも部隊指揮官の力量によってだった。

 部隊章とは別に、2321の部隊ナンバーの後に書かれた鳥、アジサシのエンブレムが書かれた機体。
 それが、この機動部隊の指揮官であるジャック・F・ウッドブリッジ少佐の乗機だった。
 その下に機体確認の終ったパイロットを集めて、ブリーフィングを行う。
 第2321中隊は、この時間の緊急出撃(アラート)配置部隊では無かっのだが、その戦闘準備は警報発令から5分と経たずに終ろうとしていた。

「幌馬車隊が襲われた場所はG方位、距離は1500だ。騎兵隊の仕事は簡単だ。しくじるなよ?」

 彫りの深い顔に、僅かな笑みを浮かべたウッドブリッジ。
 仲間達は、彼の事をロストマンと呼んでいた。
 そのロストマンの前には13人の男女が居る。
 ロストマンも含めて14名、それが第2321中隊のパイロットの全てだった。
 17名が定数の連合宇宙軍機動兵器中隊であるが、第2321中隊は兵員の補充を受けて尚、その人員は定数の7割に留まっていた。

「サー・イエス・サー!」

 踵を打ちつけ、一斉に唱和する一同。
 手酷い被害を受けた部隊ではあったが、隊員の表情に曇りは見えず、戦意に不足は無い。
 ロストマンは部隊を良く纏め上げていた。
 心地よい興奮に満ちた一時、それを破ったのは整備士の呼び声だった。

「ロストマン! 基地司令がお呼びです」

「あん?」

 振り返ったロストマン。
 見れば、壁際の整備士が手を振って自分の居場所を主張していた。

 

 基地司令からの連絡、それは出撃不要との通達だった。
 補給部隊の支援よりもトラック泊地の防備を固めるべきだ、そう基地司令は判断したのだ。
 その判断に合理性が無い訳でも無い。
 トラック泊地は、現時点では衛星軌道上に残された唯一の防衛拠点なのだ。
 今の様に、地球へと木星蜥蜴による降下作戦が頻発する状況では、その存在意義は極めて高かったのだから。

「どういう事ですかロストマン!?」

「どうやら補給部隊を襲っている連中を囮だと思ってるようだな」

 苦虫を噛み潰す表情で吐き捨てる様に言い放つロストマン。
 集まっていたパイロット達も困惑の表情を浮かべる。

「そんな莫迦なっ!?」

 誰かの呟き。
 囮論は確かに馬鹿げた発想だった。
 木星蜥蜴の無人機広域散布戦は、そんな戦術行動とは無縁であるが故に厄介だったのだ。
 明確な意思や判断による交戦では無く、不随意に発生する遭遇戦。それが対処を困難とさせているのだと、その程度に差はあれども誰もが共通認識として持っていた。
 それを否定したのだ、基地司令は。
 基地周辺、その管制宙域である3000km以内の空間に木星蜥蜴の艦隊はもとよりCHURIPすらも居ないのだ。
 基地司令の考えは余りにも慎重すぎる――そう見えていた。

「クソッタレ! 紅茶の毒が脳にまで回ったか基地司令は」

「自分大事か、名誉至上主義の英国人野郎(ライミー)にしちゃ珍しいな」

「そんなに大事なら地上の片隅でガタガタ震えて命乞いする心の準備でもしてやがれってんだっ!」

 口々に罵りを上げるパイロット達。
 見敵必戦(キャッチ・アンド・キル)を合言葉に鍛え上げられた人間にとって、基地司令の判断は怯懦にすら見えた。
 もっとも、そんな熱気に囚われないパイロットも2人居た。
 1人はぼさついた、纏まりの悪い髪をしたパイロット。
 とても醒めた、否、疲れたような表情をして仲間達から1歩離れた場所に立っていた。
 ある意味で、空っぽ(ボイド)のTACネームに相応しい、“我、関せず”と言わんばかりの態度だった。
 そんなボイドの態度を誰も訝しむ事は無かった。
 何時もの事だったから。
 そしてもう1人は、ロストマンの副官だった。

「どうします、ロストマン?」

「どうしますもねえよ。やるさ、抜け道はある。ボブ、楽にする暇は無いぞ」

 澄ました表情の奥に、猛禽の目を輝かせて笑うロストマン。
 この輸送船団の積荷の中身を知っていたロストマンにとっても、このまま座視する事は論外であった。
 第3戦術輸送船団が運んで来るものは貴重な補充人員や装備、燃料や各種糧秣等だった。
 その全てが、トラック泊地では枯渇しつつあった。
 理由は当然、木星蜥蜴による航路破壊戦術だった。
 輸送部隊は護衛無しには、どんな後方にあっても投入出来ず、かと言って護衛部隊は艦艇の不足から容易には編成できず。
 連合宇宙軍の補給線は寸断され、危機的な状況なのだ。
 そしてそれは、地球に最も近い拠点、トラック泊地でも同様だった。
 否、それよりも酷いと言えるだろう。
 航宙部隊の兵站に関しては、地球連合と連合所属の列強国家との政治的な取り決めから、月の第2軍需工廠が1手に引き受ける事となっており、その月と地球との航路が壊滅寸前と成ってしまた為に、物資不足は他に比べて深刻さを増していたのだ。
 月から最も遠いラグランジェ3のスカパ・フロー泊地が、軍民共同管理の重工業プラント第1宇宙工廠(ルナ2)のお陰で、ある程度自給の出来る事を考えると、トラック泊地は最も補給状態の劣悪な基地だと言っても過言では無いのだ。
 尚、余談ではあるが、地球上にあるクルスク等の軍需工廠から物資の補給を行う事も検討されてはいたが、地球は地球で、その地上に降り立った木星蜥蜴の部隊を駆逐する為に少なからぬ量の物資を消費しており、政治的な理由を抜きにしても、とても宇宙に回す余裕は無いと云う有様だった。

 物資不足の深刻さは、ロストマンが整備班から聞いた愚痴にも現れていた。
 このままでは共食い整備の実施すらも検討せねばならないと言ったのだ。
 それは、極めつけに深刻な事態である事を教えていた。
 そもそも、共食い整備とは部隊の稼働率を一挙に悪化させ部隊を崩壊させてしまう行為の為、通常ならば“禁じ手”とされているのだが、整備物資の不足がそれを現実的な選択肢とせざるを得ない状況にさせていたのだ。
 ある意味で末期症状と言えるだろう。
 その症状を回復させ得る、不足する物資を満載した輸送船を5隻も連れて来ているのだ、第5戦術輸送船団は。
 何があっても、例え1隻でもトラック泊地に辿り着かさせねばならない。
 そうロストマンは判断していた。

「禄でもない話ですな」

 副官のボブ・マッキンタイア中尉も又、その堅肥えの身体を小さく揺らして笑う。
 全く持って禄でもない話だった。
 この補給に関する視点は、拠点司令官であれば誰しもが持っていて当然の話なのだが、それを泊地司令官は忘れているのだから。
 戦力維持(フリート・イン・ビーイング)も結構だが、足元を忘れられては困る、そう言って笑うボブ。
 手入れのされた髭面に、かなりがっしりとした顔立ちのボブだが、笑えばかなりの愛嬌があった。

「まっ、尻を叩くさ」

 小さく笑うロストマン。
 ボブは冗談めかして軽く敬礼を捧げた。

「了解ですロストマン、期待します」

 

 

 有能では無いが、酷評する程に無能でもない。
 それが、ごく一般的なトラック泊地司令官ビクター・ジェイコブスン中佐に対する評価だった。
 命令には忠実ではあるが同時に、連合宇宙軍よりも祖国とその同盟国への忠誠を優先する人物であり、有体に言って、その忠誠故に泊地司令官の座に就けた人物であった。

 情報の集積場所にして司令所、宇宙ステーションの中央情報指揮所(CIC)は今、喧騒に包まれていた。
 ジェイコブスンの指令によって、泊地管制下の各部隊に周辺の警戒の命令と、その警戒方向の指示を出していたのだ。

「威力偵察だと?」

 その発令の主が、小さく呟いた。
 太り気味の身体が軍服を張らしている、そんな人物がジェイコブスンだった。
 中央情報指揮所の後部に一段高く、周囲を見渡せられる様に設けられた指揮官区画で、胸を反って立ちながら副官の報告に耳を傾けていた。

「何の為にだ、莫迦か?」

 口調には苛立ちが含まれ、目にはかなり険悪な光がある。
 だがその全てを無視して副官は、報告を続ける。

「はい司令。第2321中隊からの意見具申です。囮と云う新基軸を敵が打ち出したのであれば、その詳細を集めなければならないと言っています」

「2321、あの女垂らしかっ!」

 第2321中隊の名を聞いた瞬間、副官を火を吹かんばかり表情で睨みつけたジェイコブスンは、そのまま司令官用座席の周りをグルグルと回りだす。
 ジェイコブスンにとって、第2321中隊は目の上の瘤だった。
 先ず指揮官が気に入らない。
 女にもてる時点で好意が持てないし、その上で有能なのだ。
 色々な意見具申をして来る事も気に入らない。
 自分が無能だと宣告されて居る様で言下に拒否したいのだが、その具申の内容の良さ故に無視できないのが気に入らない。
 降格か左遷を考えた事もあったが、功績の高さ故に出来ない。
 出来る事は、補給物資の量を絞ったり、ネチネチと嫌味を言う程度。
 そもそもロストマンは米航宙軍と強い繋がりを持っており、ジェイコブスンとしては本来、阿るべき相手なのだ。
 その相手からの意見具申に、ジェイコブスンの表情には苦悩の色が加わっていた。

「拒否されますか?」

 上司の悩みを見抜いた上で、出来ないと判った上でしれっと言い放つ副官。
 彼も又、ジェイコブスンを嫌っていた。
 他のステーション勤務者と同様に、余りにも仕え甲斐の無さに愛想を尽かしていたのだ。
 常に壮大な軍略と政治的な発言を繰り返すジェイコブスンではあったが、その実行力の無さと、余りにも自己を賛美し、他者を貶める発言の数々から人望と云うものを全く持っては居なかった。
 その事を理解していないのはジェイコブスン本人だけであったが。

「奴は判って無い、判っていないのだ政治が!」

 歩くのを止め、吼えるジェイコブスン。
 その目にはある種の狂気がある。

「ハワイ泊地が放棄される状況下で、衛星軌道を海洋国家連合が掌握し続ける事の意味が!」

「噂通りにハワイ泊地は凍結し、米航宙軍主力はハシラジマ泊地への避難が決定した………そういう事ですか?」

「そうだ。だからこそ欧州派が幅を利かせている第3艦隊で海洋国家派の私が根拠地司令の座に居る必要があるんだ。私の才能をもってすればトラックを守り抜くなど簡単だ。実際、今維持で来ているのは私のお陰だ。後は隙を見せさえしなければ良い、ユーラシア大陸に住む連中にな。奴等は難癖をつけて私からトラック泊地の指揮権を奪うつもりだ。そんな事はさせるものか。欧露や中に頭の上を握られては、何時、何が起こるか判らぬからな!」

 一息に叫ぶジェイコブスン。
 それは典型的な、海洋国家主義者(シー・マフィア)と呼ばれる連中の発想だった。
 だがこれは珍しい話では無い。
 海洋国家主義者と同様に、同じベクトルで相手を嫌っているユーラシア同盟派(ランド・マフィア)が居るのだから。
 連合宇宙軍が創設されて30年。
 その間、連合宇宙軍は高々と地球諸民族の融和と連携による地球守護を掲げ続けていたが、それでも尚、国籍を元にした対立遊戯(パワーゲーム)を偏愛する人間を根絶しきれずに居たのだ。
 尤も、様々な啓発活動の結果、絶滅危惧種程度にまでは追い込めてはいたし、更に言えば、ジェイコブスン程に狂信的な発想をする人間は、その中でも極々一部ではあった。
 その極々一部の筈の人間が、地球の最終防衛線(ラスト・ディツチ)を指揮しているのは、連合宇宙軍に属する大多数の良識派にとっては、悪夢的な情景ではあった。

「そう考えれば副官、たかが輜重部隊の為に戦力を割くなど愚の骨頂、そう思わぬか? 輜重部隊等喪われても、また再編成すれば良い。だが衛星軌道上の基地はそうでは無いのだ!」

「ではどうされますか?」

 艦艇の不足やトラック泊地内の物資の欠乏といった現実を忘れ、罵りに自我肥大の妄想を加えて軍事機密までも交えて喚くジェイコブスン。
 その言葉を無視して再度問い掛ける副官。
 目つきに、白けた気分を出していないのは、副官と云う役職で培った技能なのかもしれない。

「出させよう」

 渋々と口を開くジェイコブスン。
 だがそれだけでは終らない。
 肉に埋もれた、爬虫類を思わせる目に加虐の色を漂わせる。

「命令書には、奴の要請を受けてと書いておけ。それから出撃は1個小隊だけにさせろ。いいな?」

 ロストマンの主張を態々記する事で事後に、何か問題が発生した場合の保険を掛け、同時に、どうにも小さな嫌がらせを行う。
 自己保身だけは抜け目無く実施するジェイコブスンに副官は、内心の溜息を表に出さぬように細心の注意を払って命令を復唱していた。

 

 

――V――

 

 

 戦闘は一方的――では無かった。
 確かに200機近い無人機動兵器は強力ではあったが、ある程度の距離を置いて展開していた200機の全てが同時に接触出来た訳では無く、又、良く訓練された5隻の戦闘艦を鎧袖一触と出来る程では無かったのだから。
 そして何よりも、第3戦術輸送船団護衛戦隊が、己の護るべきものの価値と意味とを知悉していたが故に死力を尽くして戦った、その結果だった。
 襲撃を図る度に無残に残骸を晒していく無人機の群れ。
 船団の周りに漂う破片は、高出力の軍事用レーダーの視界すらも遮りだしていた。
 だがそれでも尚、第3戦術輸送船団を襲う無人機は尽きていなかった。
 だが対する護衛戦隊の戦意も又、尽きておらず、懸命にその責務を果たそうとしていた。
 五月雨の如く襲い来る無人機を、傷つきながらも懸命に防ぎ、戦いぬく護衛艦(シェパード)の群れ。
 それはさながら、一般市民が軍に抱く幻想、その体現者である様に思わせる光景。
 鉄壁の護り。
 だが同時に、護衛部隊――その乗組員達は、状況が自らの能力の限界を越えようとしつつある事を、皮膚感覚で理解していた。

 断続的に打ち上げられる砲火。
 トウキョウVが、その総身に纏った対空火器が懸命に働くが、その効果は戦闘開始時程ではなかった。
 集弾性が悪化しているのだ。
 その事に気付いた砲術長が即座に指示を出す。
 通常の倍近い砲弾で、包み込むように鉄火の領域(クロス・ポイント)を作らせたのだ。
 そのお陰で漸く相手を捕捉する事に成功し、劣化ウラン製の砲弾が無人機を四散させた。

「砲身が歪んだか」

 アシカガの呟き、その言葉通りだった。
 開発時に想定していた時間よりも遥かに長い時間酷使された砲身は、砲身冷却能力の限界を超える程に発熱し、歪みはじめていたのだ。
 艦橋の外側を、今しがた撃破された無人機の残骸が慣性のままに落ちてゆく。
 その一部が船体を叩き、傷つける音が響くが、艦橋に詰めている人間は誰も反応を見せずに職務を遂行し続ける。
 副長の声が、ウィンドウ越しに響いている。
 艦内の被害を把握対処し、少しでも戦闘能力を維持しようと努めているのだ。
 その努力は今、正しく報われ続けていた。
 トウキョウVの推進機能と索敵能力は、今のところ目立った被害は生じて居なかったのだから。
 但し問題が無いわけでは無い。
 それは弾薬だった。

「FITO、残弾はどうか?」

 その内容ゆえに、小声で問い掛けたアシカガに、艦長席の直ぐ後の座席に座ったリューイチロウも又、アシカガに視線を向ける事無く小声で返した。

「今の交戦で10%を切りました。この調子では2乃至3度の交戦で――」

「――全弾射耗(カンバン)か」

「はい」

 状況は劣悪を通り越して最悪に近づいていた。
 だが、2人の声に絶望は無かった。
 或いは狂気かもしれない何かによって、2人の内に恐怖は存在していなかったのだ。
 如何に戦うか、そして死ぬか。
 只それだけだった。

 

 状況の劣悪さは、第3戦術輸送船団の旗艦であるオーキスでも把握していた。
 否、トウキョウV以上に把握していると言えるだろう。
 旗艦であると同時に、艦の素性として、設計段階から船団護衛任務向けに計画された艦なのだから。
 対艦戦闘能力では宙雷艇にも劣る能力しか与えられていないが、事、索敵と対空に関しては、戦艦にも匹敵するだけの能力を与えられている艦であり、そして軽空母並の機動兵器を搭載出来る巡航艦。それが鈴鹿級航空巡航艦7番艦オーキスなのだ。
 尤も、現在のオーキスの機動兵器搭載能力は、最大値の半分以下にまで落ち込んでいる。
 他でも無い対空火器の増設と、その弾薬庫の為にである。
 開戦前に建造されていた航宙艦は、その自衛火器を光学(レーザー)兵器主体としていた。その為に、光学兵器に対して強い防護力を発揮する歪曲型力場(ディストーション・フィールド)を装備した木星蜥蜴の軍団には歯が立たなかったのだ。
 ならばどうするのか。
 その対処方法は直接的であった。
 光学兵器の発達前に装備され、現在では保管庫で埃をかぶっていた兵器――実弾兵器を現代へと呼び戻したのだ。
 その選択は的確であった。
 第5艦隊が己の身と引き換えに地球航宙輸送船団を守り抜く事が出来たのも、言ってしまえば乗組員達の努力よりも、突貫工事で増設した実弾砲塔のお陰であったのだ。
 だがその代償は、当然にあった。
 弾薬である。
 弾薬自体は存在している。
 だがしかし、それを積むべき艦艇は、その準備が殆ど無かったのだ。
 砲塔に装填されている即応弾のみで、後は艦内にも殆ど置く余裕が無かったのだ。
 トウキョウVの様な、輸送船からの改造艦ならまだしも、大抵のフネは1会戦分の弾薬にも満たない量しか搭載出来ないのだ。
 それ故に、オーキスの様な搭載力に余裕のある艦は、臨時の弾薬輸送艦の任務を負う事となっていたのだ。
 尤も、現在の様な断続的に戦闘を続けている状況では、オーキスからの補給は当然として、トウキョウVも自身の予備弾薬庫から砲弾を取り出して砲塔へと装填する様な真似は出来ないのだが。

 そんなオーキスの艦中枢に設けられた中央戦闘指揮所の雰囲気は劣悪、通夜寸前であった。
 喧騒はあるが、トウキョウVのものに比べ、些か以上に陽性な何かが抜け落ちていた。
 我々では勝てない。
 誰も口にはしないが、誰もがそう思っていた。
 人間として、ある意味で正しい反応なのかもしれない。
 或いは、全身全霊を掛けて没頭しなければならない者達と、冷静に情報を処理せねばならぬ者達との立場の相違だったのかもしれない。
 只言える事は、例え陰性な雰囲気に包まれた悲観主義者ではあっても、オーキスの座乗する第3戦術輸送船団の司令官達は、決して卑怯者では無いという事だった。

「直協の機動部隊の状況はどうか」

 提督用座席に座った第3戦術輸送船団、司令官は艦長にそっと尋ねた。
 司令官は状況を図っていた、己が決断すべき時を。
 1度、状況が始まってしまえば司令官がすべき決断は2つしかない。
 突撃命令と撤退命令だ。
 無論今は突撃すべき時では無かった。
 自殺的攻撃(バンザイ・アタック)は、連合宇宙軍が強く戒めるものであり、同時に全くの趣味で無かったから。

「司令官、残存する全機が何らかの被害を受けています。戦闘可能なのは3機だけです」

 ディスプレイの1つには、半壊した艦載機が甲板に張られた緊急拘束網(バリア)に絡め取られる形で着艦した姿が映し出されていた。

「艦の様子はどうかね?」

「第3機関部に受けたダメージが深刻ですが、第2戦速ならば何とかなる範囲です。電探と火器に関しましては、今のところ十分に稼動しており、通信も長距離用を除いては復旧済みです。本艦は今だ十分に戦闘が可能です」

「唯一、弾薬を例外としてだね。ご苦労様艦長」

「はい、有難う御座います。弾薬の補給に関しては、敵無人機の襲撃がもう少しでも収まってくれれば、或いは」

「敵も必死なのさ艦長」

 そこで司令官は口を閉じた。
 考える。自分の目的と、そして手札を。
 目的は、輸送艦のトラック泊地到達。
 なかなかに厳しい目的と言えるだろう。特に手札が傷付いた護衛艦5隻と云う状況では。
 これは木星蜥蜴を侮っていた結果――では無かった。
 当初の輸送計画では、もう少し護衛戦力がある筈だったのだ。
 否、実際に先程までは存在していた。
 第5艦隊の司令官ミスマル・コウイチロウ中将が、無理を圧して再建途上の艦隊から最も状態の良好だった空母キティホークを中心とした1個空母機動部隊を編成し、護衛として派遣していたのだ。
 そして2時間前、船団がトラック泊地の管制下に入ると共に、護衛任務を終えて大気圏へと下っていったのだ。
 そこまでは問題は無かった。
 問題は、トラック泊地からの護衛だった。
 そこに考えが及んだ時、司令官は自覚せぬままに奥歯を噛締めていた。
 “囮作戦の可能性大なり”等という裏づけの全く無い憶測と共に、護衛部隊を送れないと言ってきたのだ。
 そして反論する余裕も与えず、回線を切ったのだ。
 それっきり返信は無し、無線封止だ。
 司令官は、もし自分が生残る事が出来たのなら必ずジェイコブスンを弾劾してやろうと決意していた。
 その時、悲鳴が上がった。

「どうした!」

 艦長が張りのある声で叱咤する。

「駆逐艦スコーリイ、被弾しました!」

 オーキスの左前方に位置し、火箭を吹き上げていたスコーリイの細長い船体が焔に包まれた。
 古いロシア式設計思想で建造されたスコーリイは、火力や索敵力こそ優れていたが、防御力や生存能力(サバイバビリティ)に劣る面があった。
 爆沈。
 それは、その結果だった。
 誰も生き残れないであろう爆発、だが更に重要な事は、輸送船団を護る為の外壁(バリア)が突き破られたと云う事だった。
 それからの30分は悪戦苦闘の連続だった。
 陣形を縮めて、相互支援の密度を上げて対処能力を上げ、自らの船体を盾として輸送艦を守り抜こうと戦ったのだ。
 その成果は、失われた輸送艦が只の一隻に留まった事に現れていた。
 但し、その代償は決して小さくはなかった。
 オーキスの艦載機部隊は全滅し、巡航艦デ・ラ・ペンヌも又、爆沈し、トウキョウVは、艦橋部を中心に大破判定を受ける程の被害を被っていた。

電子音

 それは、幕僚達が生残った事への安堵感よりも、壊滅寸前の様相を呈してきた護衛部隊の再建に悲鳴を上げている時に鳴った。
 司令官の手元の通信機が受信を知らせていたのだ。
 相手は、船団指揮船の第1誠丸だった。

 年の頃は12か13辺りの少女、それが通信相手だった。
 おでこが可愛らしく、灰色がかった髪が特徴的な連合宇宙軍大佐、それがヘルガ・アデナウワーだった。
 先に敬礼をしたのは司令官。
 ヘルガは鷹揚な態度でそれに応える。

『ご苦労だな、船団司令官』

 少女のものとしてはかなりハスキーな声。
 だが不思議と似合っていた。
 対して司令官は、柔らかな声で応じる。

「それ程でもありませんよ。まぁ俸給分ですかね」

『そう言えるのは立派だと思うがな。まぁいい。それよりも伝達だ。オーキスが受信できなかったので、第1誠丸に通信が来た』

「キティホーク任務部隊から?」

『流石にあの連中は無理だよ司令官。合流しようと努力してくれてはいるが、どう頑張ってもあと2時間は掛かるだろう。降りた方向が悪かった』

 如何に惑星間航行能力を持ち、大気圏突破再突入能力を持った戦闘艦とは言え、大気圏への突入と離脱はそうそう容易に出来る事では無いのだ。
 否、それどころか2時間で合流を図る事すらも無茶の範疇ではあった。
 それを司令官とて判っては居たが、それでも若干の嘆息が洩れるのは仕方がなかった。

「それは残念。では?」

 そう呟いたとき、電算機が電子合成した神経に障る音を上げた。
 警告音だ。
 第3戦術輸送船団の外壁に新しい無人機群が取り付いた事を教えていたのだ。
 その数、約17。
 疲労しきった護衛部隊が対処しうる数では無かった。

「アデナウワー大佐。残念ですが、どうやらここまでの様です。貴方の未来に光あれ」

 小さく笑う司令官。
 そして輸送艦の艦長達に対して、地球への降下軌道を取る事を命じようとした。
 それを遮ったのはヘルガだった。
 弱気になるなと、笑っていう。

『先程の話、相手はトラック泊地からだ。支援機が出た。もう直ぐ到着する。耐えよ』

 それは千金にも値する言葉であった。

 

 

――W――

 

 

 推進剤を盛大に撒き散らしながら突き進む5機のディルフィニウム。
 威力偵察と云う名目での出撃ではあったが、無論、その目的は第3戦術輸送船団への支援であった。

『スコードロン・リーダーより各機。そろそろダンスの時間だ、覚悟は良いか?』

『ダイバー02コウ、問題はありません』

『こちら03カレン、システム、オールグリーンよ』

『05ハイル、お任せあれロストマン』

 それぞれの個性に添った返事。
 ロストマンは、ある意味で緩い規則で部隊を縛っていた。
 勤務時間をしっかりとすれば、他は大目に見る。
 何よりも、自分もまた、拘束される事を嫌うが故の態度だった。
 それを中隊隊員の誰もが好ましいものと捕らえていた。
 そしてボイドも又、淡々と機体状態を確認する。
 燃料や兵装、機体各部の歪み(ストレス)も確認する。
 全て異常なし。
 機体各部への歪みは、設計段階で想定されていた以上の加速を行っている事から蓄積され始めていたが、まだ、問題にする程では無かった。

「ダイバー04ボイド………何時でも大丈夫だ」

 最後の確認をしている間に、5機のディルフィニウムは戦闘空域に到達していた。
 その姿を確認した無人機の1部が、ディルフィニウムに向かってくる。
 その数、およそ20。
 劣勢――数の上では。
 この程度の、数の不利等を気にする輩は第2321中隊には、更にそこからボブによって選抜されたこの即製の小隊には居なかった。

『なら少しばかり派手にやるぞ。ハイルとボイドは俺に付いて来い。コウはカレンとだ。いいな?』

 通信越しにも、ロストマンが愉しげに表情を歪めたのが判る。
 唱和する返事。
 そこに怯えは無い。
 敵では無いのだ、この程度の数など。

『了解ロストマン、蜥蜴の虫どもに教育してやりましょう(セクラゼ・ランファーム)!』

 威勢の良いハイルの言葉。
 それを合図にして、5機のディルフィニウムは空っぽになった増槽を分離しながら散開する。

『コンバットオープン、ぶっ叩け!!』

 光爆が連鎖し、駆逐が始まった。

 

 

 それが発生したのは、無理を圧して第3戦術輸送船団の護衛に駆けつけた第2321中隊が、その圧倒的な技量をもって虫たちの駆除を終えかけた時の事だった。
 それは、決して隙では無かった。
 だが発生していた。一筋の間隙が。
 船団外周部から、弾薬輸送艦である第1誠丸へと到れる道が。
 そこを2機の無人機が突く。

 その事に最初に気付いたのはボイドだった。
 ロストマンの列機に位置しながらも、常に宙域全体に気を配っていたボイドは、無人機の予備動作からコースを算定、即座に警報を発したのだ。

『敵機、Uより突入。目標は輸送船先頭!』

 ボイドは、手早く必要な情報だけを開放回線に流すと、そのままスロットルを全開に開く。
 機体の数倍にも達する光が、機体後部で膨れ上がり爆発的な推力を生み出す。
 その力の奔流を巧みに操って駆けるボイド。
 だがボイドが到達するよりも先に、ボイドが発した警告を聞いた2人の男が動き出していた。

 1人はコウ。
 第2321中隊の中では一番無人機に近かったコウは、後先を考えずに機体を操っていた。

『させるかっ!』

『コウ!』

 僚機のカレンが悲鳴を上げる。
 追従に失敗したのだ。
 如何に息の合ったパイロットであっても、咄嗟の挙動に対処する事は不可能なのだ。
 故に1機で追撃するコウ。
 急接近したディルフィニウムを、無人機が姿勢を変える事無く迎撃する。
 閃光。
 無人機の放ったレーザーがコウのディルフィニウムを捉える。
 爆発。
 だがコウは即座に起爆ボルトに点火、被弾した箇所を分離して誘爆を防ぐ。
 爆発の光でクッキリと宇宙に浮かび上がったディルフィニウム。
 だがその乗り手は未だ、戦意を失っていなかった。

『まだだっ!』

 今の一撃で兵装を全て失ったコウのディルフィニウム、だがコウはそのまま突進させる。
 そのまま更に幾つかの装備を分離すると、機体を更に加速させる。
 それに少しだけ遅れてカレン機とボイド機が追従する。

 

 被弾箇所の応急処置に忙しいトウキョウV艦橋。
 艦橋だけでは無い。
 艦の何処其処で、慌しく人間達が動き回ってゆく。
 被弾は艦橋だけでは無く、艦尾まで満遍なく及んでおり、乗組員の被害は艦長以下、副長、砲術長等の首脳陣が死ぬか重傷を負っていた。
 半死半生のトウキョウV。
 空気が赤く見える、そんな惨状の直ぐ脇でリューイチロウは、生残った最高位の指揮官としての責任を全うしようと足掻いていた。
 その時だった、周辺警戒を担当していた兵士が絶叫を上げたのは。

「敵機直上、急降下! 距離50!」

「目標は!?」

「本艦、いえ、本艦の下方宙域を航行中の弾薬輸送艦第1誠丸です!」

 それを聞いた瞬間、リューイチロウの目に闘志が点った。
 今まで被弾しつつも戦い抜いた理由、傷付き倒れていったもの達への誓い。
 それがリューイチロウを突き動かす。

「操舵、本艦を第1誠丸の直上へ移動させろ! 通信、第1誠丸へ伝えろ! 本文、貴艦進路維持シ本艦ノ陰ニ隠レラレタシ。復唱はいらない、急げっ」

 既に、トウキョウVの各種火器は弾切れだった。
 にも関わらず発せられたリューイチロウの命令、それは自艦を盾として第1誠丸を護ろうと云うのだ。
 傷付いた船体が、軋みを上げながら動いてゆく。
 その先に待っているのは避けられぬ破局。
 だが艦橋乗り組みの将兵、その誰もがリューイチロウの命令に対して異論を抱く事は無かった。
 どの顔にも吹っ切れた様な笑顔が在った。

 否、1人だけ異論を唱えた者が居た。
 それはトウキョウVの艦内には居ない人物だった。

「代行!」

 臨時の通信担当がリューイチロウを呼ぶ。
 どうした、そう問い掛ける前にリューイチロウの座席の通信システムが起動した。
 提督用回線(アドミラル・コード)、それは非常時用の上位者からの連絡手段だった。

『莫迦な真似は止めろ』

 それは激しい怒気を表に出したヘルガだった。
 真っ白な顔が紅潮している。
 もっとも、初対面であるリューイチロウにとっては相手が誰であるかなど意味は無かったが。
 重要な事は、相手の襟に大佐の階級章が輝いていると云う事だった。
 少女が大佐の階級章を帯びている事への疑問が、一瞬、リューイチロウの脳裏を過ったが、それよりも先に、分を弁えた軍人の本能から、反射的に敬礼を捧げていた。
 答礼するヘルガ。
 だが儀礼的なものは其処だけだった。
 共に時間が無い事は理解していたので、直ぐに本題に入った。

「何故です大佐」

『無意味だからだ中尉、第1誠丸にも自衛火器はある。そんな艦で無理する必要は無い』

 ヘルガにとって、トウキョウVの選択は余りにも英雄志願(ヒロイズム)的に見えていた。
 行う必要の無い冒険を冒そうとしている様に。

「ご冗談を、輸送艦の対空火器の命中率は手荒すぎます。第1誠丸が運んでいるものの重要性を考えれば、確実を期すべきです」

『莫迦を言うな。第1誠丸も貴様の艦と同じカメリアマル級だ。ならば何とか出来る筈だ』

 対するリューイチロウも又、ヘルガの意見は余りにも数字的に物事を見すぎている様に思えた。
 この世に確実なものは無いのが唯一、確実な事だと思っていた為、第1誠丸の重要性を思えば、その安全を確実なものにしたかったのだ。

「兵員の質も訓練も違います。それに第1誠丸は艦内には可燃物が満載しています。被弾する可能性は極力避けるべきです」

 睨み合う2人。
 共に相手が正論を述べている事は理解していたが、同時に、自分の意見が正しい事も信じていた。
 それ故に話に決着は着かなかった。
 膠着状態。
 その状況で先に冷静さを取り戻したのはリューイチロウだった。
 人間としての根っこが真面目な軍人であるからだろう、すると急に自分が正面から上官の意見を否定していた事が可笑しく思えた。
 死に面しているからこそ、素直になったのかもしれないな。
 そんな埒も無い事を考えつつ、再度ヘルガへ敬礼する。
 一部の隙も無い、色気のある敬礼。

「ご心配有難く思います。ですが今は本官に従って下さい」

 答礼。
 そして溜息交じりに小さく笑うヘルガ。
 それは年相応の仕草に見え、何と言うか、リューイチロウは薄く赤面していた。
 成人男子として12歳(ローティーン)の少女に赤面させられるのは、何とも微妙なものではあるが、リューイチロウはこれまで任務一筋、女性と殆ど会話する事も無かったのだ、仕方の無い事かも知れない。
 もっとも、ヘルガは、そんなリューイチロウの表面に出た変化に気付かなかったが。

『中尉の分際で生意気だな。良いだろう話は後でだ。逃げるなよ』

「はい。最後まで努力致します」

 無人機との距離は、既に20を切っていた。
 きびきびと命令を出すリューイチロウ。
 それは先程までの行為と似て非なる行為だった。
 死をも許容する勇気では無く、死線を越えて尚も生残ろうとする、強い意志が宿っていた。

 

 先行する2機の無人機に追い縋る3機のディルフィニウム。
 激しい追撃戦。
 コウ達は何とか追いつこうと努力するが、無人機は第1誠丸まで一直線に駆けながらも、時折り、思い出したように後方のディルフィニウムに牽制用のレーザーを放つ為、距離を詰めきれずに居た。
 第1誠丸がみるみる迫ってくる。
 近距離誘導弾は既に撃ち尽していた。
 残るは機銃のみ。
 だがその射程距離は、宇宙で使うには余りにも短い。
 このままでは追いつけない。
 誰もがそう思った時だ。その進路を半壊した護衛艦――トウキョウVが塞いだのは。
 その瞬間無人機は、2機とも一瞬だけ減速をした。
 その好機をコウは逃さなかった。
 スロットルを“危険”と赤く表示された所まで押し込み、ノズルよ熔けよと言わんばかりに更に加速する。
 閃光。
 無人機が迎撃のレーザーを放つが委細構わずに突進、穴だらけになるディルフィニウム。
 だがその甲斐あって、追いつけていた。
 その追いついた瞬間、コウは無人機をマピュレーターで殴りつける。
 余りにも単純な暴力。
 だが華奢な無人機はその暴力に耐え切れず爆発し、そしてコウのディルフィニウムも又、爆発に巻き込まれていた。

『コウスケ!』

 その様にカレンは思わず、TACネームでは無く本名を読んでいた。
 動きの鈍ったカレン機。
 そしてもう1機の無人機は、その標的を第1誠丸から道を塞いだトウキョウVに変えると、新しい標的に合わせて襲撃軌道を変化させていた。
 その急な軌道の変化に、オーキスや第1誠丸からの支援射撃は追従し切れずに虚空を切り裂くだけだった。
 全ての障害を振り切った――振り切られてしまったと誰もが思ったとき、1機のディルフィニウムが奇術の様な軌道で、その正面に立ち塞がっていた。

「カレン、コウを頼む。奴は俺に任せろ」

 それはTACネーム、ボイド。空っぽと言われていた男の機体だった。
 打ち込まれてくるレーザーの全てを紙一重で避けながらボイドは、距離を詰めていく。
 舞うが如き機動でボイドは、機体固定機銃の短い射程に無人機を捕らえようとする。
 凄まじい加速Gに、ボイドの身体は激しく揺らされるが、その機体の挙動に乱れは無い。

「………ぁっ!」

 声にならぬ咆哮で、ボイドの喉が揺れる。
 主の意思に従って更に加速するディルフィニウム。
 その姿を脅威と認めたか、無人機はそれまで温存していた小型ミサイルを一斉に発射する。
 包み込む様に放たれたミサイル。
 だがそれは、ディルフィニウムを捉えられない。
 強い緩急をつけた機動で、ボイドはミサイルの群の隙間を駆け抜けたのだ。
 近接信管すらも作動させない早業、標的を見失ったミサイルが自爆する。
 その閃光を背に、ボイドのディルフィニウムはとうとう無人機を、その機銃の射程に捕らえていた。
 斉射。
 それで決着が着いていた。
 無人機はバラバラに弾けていた。

 

 大破したコウ――コウスケのディルフィニウムが、オーキス搭載の多目的艇に引かれて、飛行甲板に着地する。
 着地と共に整備士が取り付き、牽引索で雁字搦めに固定されるディルフィニウム。
 既にコウスケは一足先に回収され、カレンの付き添いでオーキスの医療室にて診察されていた。
 そしてハイルの機体も、カレンの機体の隣に係留されていた。
 此方は燃料切れだ。
 威勢の良い性格に合わせて、スロットルを盛大に開いていた為に戦闘終了時、操縦槽内は燃料切れの警報で埋め尽くされていたのだ。

 これに対して燃料に余裕のあるロストマンとボイドは、今だ機上にて、万が一の警戒を行っていた。
 それもあと少し、トラック泊地の警戒域内に入るまでの話だった。
 警戒域内に入りさえすれば、後は基地司令が何を言おうとも、警戒域内の全ての部隊を護る義務が発生するのだから。
 そして警戒域内に進入すると同時に、ボイドの機体の通信機が鳴った。

「はい、こちらボイド」

 面倒くさげに回線を開けたボイド。
 その相手はヘルガだった。
 軍用回線の画面に幼い少女が映った事に一瞬混乱するボイドだが、ヘルガの襟元に大佐の階級章が在る事を確認すると、面倒くさげな動作で敬礼をしていた。
 対するヘルガの答礼も、何時も通りに鷹揚なものであった。

『すまんな、少しばかり時間を貰おう』

「はっ」

 チラリと、常時開きっぱなしにされていたロストマンとの回線を見るボイド。
 小さな通信画面の向こう側で、ロストマンは小さく笑っていた。
 状況に問題は無い、その事を確認したボイドは少しだけ肩の力を抜いた。

「何の御用ですか?」

『そう堅くなるな。先程の凄まじい腕前を見てな、興味が湧いたのだ。どんな奴かと思ってな。官姓名の申告をしてくれ』

「テンカワ・アキト特尉、トラック泊地駐留第2321中隊です閣下」

『そうか。私は連合宇宙軍軍令部付のヘルガ、ヘルガ・アデナウワー大佐だ』

 その名に聞き覚えがあったアキトは、少しだけ驚きを覚えた。
 かつての未来の記憶と、そして軍事訓練中の座学で聞いたのだ。
 未来に於いては地球圏最強の戦力集団であった第7艦隊(タスク・フォース)を統べる有能な指揮官として。
 そして座学では、ヘルガが第6艦隊(コースト・ガード)の戦務参謀時代に立案・実施した資源衛星での叛乱鎮圧作戦が、最良の叛乱鎮圧術として紹介されていたのだ。
 その何れも仄聞として知るだけであったので、今、本人と相対してみて、その勇猛にして苛烈な指揮ぶりとは相反する様な可愛らしい姿にアキトは驚いていた。
 尤も、その語調や纏う雰囲気だけはヘルガが並の存在で無い事を、噂を肯定していた。

『しかし貴官は特尉、戦時志願兵か。ご苦労。我々職業軍人がしっかりしていれば貴官らに苦労を掛ける事は無かったのだな』

 己自身の年齢を棚に挙げ、ヘルガは苦いものを含んだ口調で謝罪する様に言葉を紡ぐ。
 対するボイド――アキトは、何でも無いと笑った。
 覇気の無い表情、だが嫌味は無い。
 常にやる気の無い態度が染み付いていた、それ故にTACネームがボイドとなったのだから。

「いえ、愉しくはありますから」

『そうか、そう言って貰えれば助かるな………………そうだなテンカワ特尉、戦う理由は人それぞれだが、私は貴官が仲間に居る事を心強く思う。以上だ』

「有難く在ります」

 そこでヘルガとの通信は切れた。
 操縦槽正面、メインディスプレイにはトラック泊地の中枢を占める第7宇宙港の姿が大きく映し出されていた。
 傷病者収容艦(ダストオフ)や、泊地用特務艇(タグボート)が近づいてくるのが見える。

『ボイド、帰還は自動システムで行う。力を抜いていいぞ』

「了解、ロストマン。モードを手動制御(マニュアル)から管制制御(オート)に」

 ブラックサレナHaの頃からの癖で、口に出しながら機械を操作するアキト。
 機体状態を示す画面に、制御がアキトの手から管制室へと移った事が表示された。
 機体操作ステックが自動的に動く。
 その様を確認したアキトは、全身の力を抜いてシートに身を預けた。

「戦う理由か………………喰う為か……な」

 誰に告げる為でも無く呟くと、アキトは目を瞑っていた。

 

2004 10/24 Ver3.01


<ケイ氏の独り言>

 お疲れ様です皆様、これはナデシコです。
 ほんのチョッピリ仮想戦記分が増量して、群雄活劇指数が急上昇しているかもしれませんがナデシコですったらデス!
 と強調しながらもマルシップ萌ぇ〜と叫ぶメカフェチ属性で、ブラックサレナHaの様なステッキーなユニットを出せない鬱憤を、艦艇で晴らそうと虎視眈々と狙っているケイ氏です。

 始まりました遥かなる路(ムーンライト・マイル)
 本愚作、プロットを組んだ段階で、全26話(総集編込み。各AB二部構成)と、TV番組(2クール)を意識した、TV版(The End〜は劇場版ですな。或いは本放送前の特別番組か)の再構成SSを創ろうと思っておりますので、資料他としてDVDを友人から借りました。
 見ました。
 ………………原作を把握する事の重要性を強く認識しました(吐血自爆

 そー言えば、劇場版から入ったからTV版は良く見てなかったんだよなー(言訳
 まっ、ガンバロ。

 

宛:代理人さん
 感想の付け辛い、仮想戦記分増量の愚作、申し訳ありません。
 このノリは後半のTbにて一応ひと段落し、後はナデシコらしい話になると思いますので、何卒お見捨てなく(爆

>出るんですよね? ね?
 …
 ……
 ………( ゚Д゚)<ゑ?
 …………(思考中)
 ……………(思考中)
 ………………(怖い考えになってしまった)

 では皆様、御機嫌よう(否定も肯定もせず、某中高一貫型の女子高的笑顔で爽やかにダッシュ(ランナウェイ)

 

 

 あープロット組み直しか………それとも開き直って、妄想空想実現性皆無な第2シリーズに放り込んで、そこでお茶を濁すかなー(核爆

 

 

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代理人の勝手な感想

 なーに、読者の感想や意見など「はっはっは、面白いこと言うなぁ・・・・できるかアホんだら」くらいの気楽な気持ちで読み捨ててくださればいいのですよ。それが使えると思えば頂けばいいし、そうでないなら物置に閉まって鍵を掛けておきましょう。
 読んでるのが誰であれ、作品はそれを書いた人のものです。他人の意見を聞き入れなければならない道理なぞアリンコの触角の先ほどもありゃしません。
 そーゆー訳ですので私の意見も読み流してくださって結構、むしろ読み流すべきかと。

 作品の感想は・・・作者の後書きの再確認になってしまいそうですのでここでは控えます(ぉ

 では、後半も同じくらい楽しませてくれることを願って。

 

追伸

 そうそう、シノノメさん再登場してくださると代理人はとても喜びます(おい)。