余り広くも無い、実用性のみで構成された部屋。
 執務用の机と椅子、そして本棚。
 来客用と評して良いのは、部屋の片隅に置かれた、品のいい革張りのソファだけだった。
 手入れの良く行き届いたソファ、そこに据わって居るのは体格が良いと云うよりも、横に広いと評するのが相応しい男だった。
 名はシバムラ・ショウリ。
 日本国国防省の次官であり、同時に日本国の裏側に根を張った閥、芝村家一門の頭領代行を務める人間であった。
 年はまだ若い。
 30は過ぎているだろうが、その中頃には達していないだろう若人。
 だが絶対に傀儡では無い人。
 己が実力を持って地位を握った実力者であった。

 芳醇な珈琲の香りが、テーブルのティーカップから上がる。
 良い豆を使っているのが判る。
 尤も、この部屋に集まっている者で、そんな事に気を掛ける人間は居なかったが。

「時間が勿体無い。単刀直入に言おう」

 来客に対し、一言二言の世間話をして、そう切り出した。
 背をソファに預け、手を組み、そして口元には不敵な笑みを貼り付けて。
 傲岸不遜な態度。
 それは世界最大規模の同盟組織、海洋国家共同体でも第2位の実力を持った国、日本国でも指折りの実力者に相応しい態度かもしれない。
 そんな事をショウリの向いに座った男、ズケラン・タビト連合宇宙軍少佐は口の中で呟いた。

「芝村は君達に対し全面的な協力をする用意がある。意味は理解出来るな少佐?」

「はい。次官殿」

 タビトがショウリの下に訪れた理由は、表向きは日本国防軍が96式装甲猟兵の名で公式採用する事となった陸戦型エステバリスに関する説明の為。
 陸戦型エステバリス。
 それは、初期型の陸戦用フレームを元に装甲を増加し、0G戦用や空戦用等の様々なフレームへの換装の為の諸設備を外したアサルト・ピットを採用した、純粋な陸戦用のエステバリスなのだ。
 ある意味でネルガルの謳う、全領域機動兵器体系(A.R.M.S)との看板に反する機体であった。
 汎用性を捨てる事で、陸上戦闘への適応力を高めた機体。
 だが最大の特徴は、その背部に軍用水上艦艇では標準的な動力ユニット、ケロシンを燃料として莫大なエネルギーを生み出す小型のガスタービンエンジンと発電ユニットとが一体となった動力システム――統合動力システム(IPS)を装備している事だった。
 それは、エステバリス陸戦フレームが本来持っていた運動性能を著しく低下させる改造だった。
 だが同時に、エステバリスと云うシステムを純粋な陸戦兵器へと組み変える為には必要不可欠な改造だった。
 稼働時間の問題、そして何よりも運用支援に関する問題である。
 本来のエステバリスは艦載機として、母艦の支援下での運用を考えられていたのだ。
 無論、その支援を陸上から提供出来ない訳では無い。
 だがしかし、発動機と重力波の発生システムは陸上の部隊が装備するものとしてはかなり大掛かりなものであり、尚且つ、1セットの陸上支援システムが必要とする人材や資材は標準的な航宙駆逐艦1隻分にも匹敵するのだ。
 現時点で日本国防省では約500機、40個中隊を整備する計画を立てている。
 故に陸上支援システムは予備も含めて50個も整備しなければ成らない事を意味するのだ。
 航宙駆逐艦50隻分。
 火星からの一連の戦いで壊滅し、今、必死となって再建している日本航宙部隊に所属する航宙駆逐艦が37隻しか無いと云う現実を考えれば、通常のエステバリス部隊を40個も整備しようとする事は妄想と評されても仕方の無い行為であった。
 そして日本国防の中枢を為すもの達には妄想で愉しむ性癖は無かった。
 それ故に陸戦型エステバリスは開発されたのだ。
 ある程度の機動性能の低下と、整備効率の悪化にまで目を瞑って。

 そんな陸戦型エステバリスの開発には、連合宇宙軍技術本部も参加していた。
 それ故に、発売元の企業以外から開発時の情報を得ようとしたと考えれば、それ程おかしな話では無い。
 だが無論それが目的では無い。
 開発時の情報など、遺伝子コードで圧縮暗号化して送ればそれで済むのだ。
 にも関わらずにタビトがこの部屋を訪れた理由。
 その全てが、先のショウリの言葉に含まれていた。
 協力を約束する言葉。
 それは、芝村がタビトら融和派(ジョインスト)に対して全面的な協力を約束する言葉であった。

「感謝します」

「それを好む人間が居るが俺は好まん。当然の選択を選んだだけだ少佐」

 最後に、人は効率的に死ぬべきだとも言うショウリ。
 暴力そのものと言って良い発言ではあったが、タビトは不思議と反感は覚えなかった。
 それは、このショウリと云う傲慢なる人間の基本が護国――人と郷土とを護ろうとするが故だと知ったからかもしれない。
 只の軍閥。利権集団であった芝村、クーデターでその中心に居た会津芝村を放逐し全権を掌握し改革した男。
 そして芝村の、そして日本国の全力を国防に統合させた男。
 今現在の日本国が文民政府の下、一丸となって動く条件を整え、だが己の栄達は望まなかった男。
 国防次官の地位は必要だから得た男。
 それがシバムラ・ショウリ。

「常識を行える人間は少ないです。特にこの非常時では」

「買被りすぎだな。俺は只の人間だ。努力をするだけの、ただ足掻く人間だ」

 背をソファに預け、腹のところで手を組むショウリ。
 笑う。
 唇を邪悪に歪めて、努力の手段は選ばないとも言って一枚の紙を差し出す。

「君達が欲しがっていたのは、あの無能者(ビクター・ジェイコブスン)の弾劾に関するアメリカの承認だったな」

 差し出された紙は、日米間の合意書であった。
 ジェイコブスンの処分に関する事と、今回の連合宇宙軍列国監査会に於ける行動指針に関する合意であった。
 行動指針は、米国は日本の選択に理解を示し、行動を共にするとの旨が記載されていた。
 国務省長官及び国防長官の署名が入っている。
 その手回しの良さに、タビトは呆れると共に納得していた。
 これが芝村か、と。
 そんなタビトの様子を気にする風も無く、ショウリは続ける。

「これは契約だ。当然、代価と代償が必要だ。判るな少佐。融合派が失敗した場合、我々は独自の行動を選択する用意もある。それを忘れぬようにな」

 もう一枚の紙も出す。
 息を呑むタビト。
 それは、非常時の際の日米英の共同行動に関する覚書であった。
 連合宇宙軍、地球連合からの脱退も視野に入れる旨が合意されていた。

「地球連合と我々加盟国は1つの契約によって結ばれている。その契約が果たされないのであれば、当然、それなりの行動を起さねばならん。それが国家と国民に対する責任であり、忠誠だ」

 それは、必要であれば悪魔とでも契約を結ぶ男と政敵より恐れられている男の貌であった。
 無理は言っていない。
 無茶も言っていない。
 地球連合とはそもそも宇宙開発に関する事、外宇宙からの地球圏の防衛を目的に成立した組織なのだ。
 にも関わらず、ユーラシア連合の主張するが如く地球内の安全の確保を優先するとなれば、それは確かに契約違反であると言っても良いだろう。
 ユーラシア連合は、宇宙開発には余り熱心では無く、地球内に利権が集中していた。
 シベリア地方やアフリカ大陸の開発を優先していたのだ。
 それ故の地球優先の主張。
 護民を旗印にしたユーラシア連合の、それが本音であった。
 無論それは、海洋国家共同体にとって重視すべき事では無い。
 海洋国家共同体にとっては、宇宙こそが経済の基本にあったのだから。
 対立は当然の事であった。
 だがしかし、この状況で地球連合の離脱すらも選択肢であると堂々と言い放てるのは、流石は傲慢を友邦とし、不遜を同胞とする芝村と評すべき態度であろう。

「了解しましたシバムラ次官。全力を尽くします」

「間違えるな。努力が重要なのでは無い。努力は結果をだす為の条件にしか過ぎん。結果が全てだ。俺を失望させるなよ」

 

 

 タビトが部屋を辞した後、念の為として副官に室内の防諜の確認を命じると、ショウリは次官室の隣の部屋へと入った。
 薄暗い部屋。光源は唯一、ディスプレイのみ。
 そこに1人の男が座っていた。
 眼鏡が、ディスプレイの光を反射している。

「どう見る」

 単刀直入なショウリ。
 対する男は、表情を変える事無く淡々と口を開いた。
 肝は据わっているかと、と。

「相変わらず面白みの無い返事だな少佐」

 唇を歪めると、電気を付けるショウリ。
 部屋に居たのは若い、日本国防軍の濃緑の第1種軍装を着込んだ男だった。
 襟元の職務徽章は交差するライフル、歩兵科。少しだけ伸ばされた髭の特徴的な日本国防軍少佐、名はゼンギョウ・タダタカという。

「いえ」

 如才なく答えるゼンギョウ。
 そんな様を鼻で笑うショウリ。

「まあいい。それよりどう見る。熟練の歩兵指揮官としての意見が聞きたい。使えそうか?」

「はっ。96式は、使いどころを間違えなければ十分に威力を発揮するかと」

「使いどころか」

「はい。戦車では無く、大型の歩兵。歩兵直協戦力として市街戦に投入すれば、存外の戦果が望めると思います」

「市街戦か、戦車が苦手とする戦いでもあるな」

 それは、機甲科の補完戦力として宣伝出来ると云う事を意味していた。
 新兵器、新種の装備と云うものは何某に軋轢を生み出しやすいのだ。
 それを無視する事も容易いが、合理的に処理出来るにも関わらず、無駄に波風を立てる必要は無いのだ。
 傍若無人と謗られる事の多いショウリではあったが、その行動の基本は全くもって合理的であった。
 幾ら陸戦型エステバリスの大量導入を決めていても戦車が不要になる訳では無いのだ。
 運用コストの事も考えれば、これからも戦車こそが陸上部隊の中枢戦力であり続けるのだ。
 現在立案中の、国防軍の戦時拡張計画では、戦車部隊の大幅な増員も予定されているのだ、その士気を維持する事も大事であった。

「いいだろう。貴様に預けている大神の実験小隊で、レポートを作れ。人員、機材。必要なものは俺の名で集めていい。相手が渋る時には、連絡を入れろ。適当にやれ、いいな」

「イエス、サー。良い上官に巡り合えたことを喜びに思います」

 ゼンギョウの小隊、大神に拠点を置いて先行量産型の陸戦型エステバリスを利用した運用試験を実施する、第11対戦車実験小隊は、パイロットこそ揃っては居たが、整備ほか、未だ完全に充足しているとは言い難いのが実情だったのだ。
 それが一挙に解決する。して良いとショウリは告げたのだ。
 立ち上がり、敬礼を捧げるゼンギョウ。
 室内故に帽子を被っておらず、厳密には非礼な行為であるのだが、ショウリは意に介さずに鷹揚に頷いた。

「結構。結果を期待する」

 

 


 
機動戦艦 ナデシコ

MOONLIGHT MILE

 

第一幕 Arc-Light
Va

DeepImpact


 

 

――T――

 

 

――その3日前

 それを最初に発見したのは、中国人民軍南海艦隊に属する潜水艦。
 中露が合同で開発した最新鋭潜水艦512型、中国名秦級の1番艦(ネーム・シップ)であった。
 海中排水量8000t。
 この時代、航宙/航空艦艇の発達から、地球上に於ける海洋戦力の中心は水上艦艇から水中艦艇へと変わっていた。
 水上の汎用艦が補完的な雑多な任務をこなし、海中から全ての敵を撃ち払う。
 空母と云う艦種は生き残ってこそいたが、多国間で親密な国防協定が結ばれ陸上航空戦力の再配置が容易に成っている為、その数は極めて少ない。
 潜水艦が海の覇者となっているのだ。
 最新鋭の融合反応炉を搭載した事で常用可能となった流体制御装甲や水流噴射型推進装置を搭載した秦級は新世代の潜水艦であった。
 日米英が開発した先進任務(AO)型と総称される新鋭潜水艦群に対抗する為に中露が共同で開発、建造されていたのだ。
 当初は中国だけで6隻も建造する予定であったのだが、如何せん建造コストが掛かりすぎた為、木星蜥蜴との戦争が勃発すると共に建造計画は中止され、艤装段階まで進捗した2番艦を除く4隻の建造はキャンセルされていた。

 その秦が謎の水中移動体を発見した場所は東シナ海東部、中国政府が自国の前衛防衛ラインだと称している日本領南西諸島。その東部海域でだった。
 一応、公海ではある。

 

「感あり、走行音、距離32000、本艦より北西、北西より北東へと移動中」

「種類は判るか?」

「はい、いいえ。今まで聞いたことの無い種類の推進音です…コイツは……………」

「勘でいい。ベテランの閃きを教えてくれ」

「潜水艦じゃありません、艦長。それだけは言えます。雑音が多すぎる。目標の表面はデコボコだらけ、とんでもない不美人です」

 聴音手の感に小さく頷く艦長。
 そして以後、不明目標を脅威01として登録する様に命じると後を、副長を振り返る。
 副長の表情は硬い。
 この秦が就役して今だ1月余り、まだまだ艦長と副長との緊張感は抜け切っては居なかった。

「蜥蜴どもですな。艦長、陸の知り合いが、この方面の連中が活動を活発化させているので注意する様に警告していました」

「青島を潰した奴、噂のCHULIPか。このコースは何処を狙うと思う」

「はい、日本ですな。我が本土を狙うのであれば、この場所を走る必要はありません」

「第1列島線の北側、日本人が勝手にトカラ列島と称している辺りを抜ける可能性は?」

「それはあり得ますが………」

「確率は低い、か」

「有体に申し上げて」

「同意だ副長。俺もそう見ている」

 だからこそ攻撃をする。そう言って艦長は男臭く笑った。
 その真意を掴みかねて、副長が口を開く。
 何故ですか、と。
 日本と中国は、広義では同盟関係にあったが、同時に様々な利権の面で対立関係にあったのだ。
 その相手を最新鋭艦を危険にさらしてまで助けようとする必要は無い。
 言外にその意を込めて副長は、危険だと告げた。

「日本相手だからさ。本艦の性能試験の試し胴だ。それに、失敗しても問題は無い。成功すれば恩を売れる。どちらにせよ我々の懐は痛まんからな」

 

 全力で疾駆を開始した秦。
 それまで低速での無音航行状態から戦闘速度、50ノットにまで一気に増速する。
 琉球海溝を巧みに利用して、一気に突き進む。
 だが雑音は驚く程に少ない。
 その表面を覆った流体制御装甲が、被弾時の損害の拡散低減だけでは無く、移動時の水流の制御にも威力を発揮しているのだった。
 右回りに大きな弧を描く様に進み、脅威01と命名したCHULIPを奄美列島へと、その浅海域へと押し付ける様に機動する。
 日本領海に近い場所ではあるが、領海外であり政治的な問題は発生しない。

 まるで水中を戦闘機の様に機動した秦は脅威01との距離が詰ると同時に攻撃を開始した。
 初手はキャビテーション魚雷、ロケット推進で水中を300ノット以上の猛スピードで突進する最速兵器であった。
 有線式故に最大射程が10000と魚雷兵装の中では短かい方であったが、欠点は威力が十分に補っていた。
 海を貫いて突き進む6発のロケット魚雷。
 水中、水圧のある状況からみて、如何にCHULIPが堅かろうとも6発ものロケット魚雷が命中すれば撃破可能――の筈であった。
 だがその予想は外れた。
 全体に満遍なく叩き込まれたロケット魚雷は、CHULIPを派手に揺さぶったがそれだけであった。
 或いは当然だったのかもしれない。
 CHULIPは、単体で大気圏突破能力を持つのだ、その防御力は一般の水中艦艇が比肩出来る様なものでは無かったのだから。

 

「化物か!?」

 秦の中央発令所(CC)
 聴音手の上げた詳細な報告に、まだ若い副操舵手が罵りを漏らした。
 無言無音を旨とすべき潜水艦にて、それは褒められた行為では無かったが、誰もそれを咎める余裕が無かった。
 ベテランの潜水艦乗り程、CHULIPの示した強靭さに驚愕していたのだから。

「艦長」

 赤い非常灯の下でも判る、蒼白となった顔で艦長を見る副長。
 艦長もまた、強張った顔をしていた。

「効かんか、非常識な相手だな副長――兵装長、核魚雷を用意しろ」

「かっ艦長!」

 驚愕の声を上げたのは兵装長では無く副長、でも無かった。
 政治将校だった。
 かつて共産主義と呼ばれた主義主張で纏まっていた陣営で多用された、部隊に於ける指揮官では無い最高権限者。
 細身の政治将校は顔を紅潮させて言う。
 日本の領海が近すぎる、政治問題になると。
 だが艦長はそれを鼻で笑う。だからどうした、と。

「重量級の噴式魚雷を6発撃ち込んで平気な相手だぞ? 他に手段は無い。今更逃げられる訳も無いしな。ならば派手に戦って戦果を上げねば軍と党は俺たちを赦さんぞ」

「し、しかし逃げる程度は………」

「副長、操艦を任す。任意方向へと退避せよ、だが離れすぎるなよ」

 秦の指揮を副長に預けると、艦長は政治将校へと向き直った。
 説得する必要があるからだ核魚雷を使う為には。
 核関連の兵装は、使用に際しては艦長と政治将校に渡された2つの暗号コードが必要なのだ。
 そのどちらかが欠けても使用不能なのだ。
 それは核と云う巨大な力に対する抑止であると共に、党による軍の叛乱防止策でもあった。

「無理だよ政治将校。君は潜水艦に疎いから判らなかったかもしれんが、この場であれだけの爆発を起したのだ。日帝海軍が直ぐにやってくる。連中の対潜部隊は優秀極まりないのだよ。
 それに想像してみたまえ、我々は尻尾を巻いて逃げ出し、連中に本艦の詳細を教えて、あまつさえ彼らがCHULIPを沈めたとあっては………我々は銃殺刑も免れえぬよ。それとも君は党が、ここまで無能を晒した相手に温情を与えるとでも思うかね」

「同意する。上は我等で一罰百戒を狙うだろう」

 うな垂れて呟く政治将校。
 対する艦長の顔には笑みがあった。
 熱狂的な、或いは狂的な。

「だからこそ、戦果を掲げねばならん。その為の核魚雷だ。同意してくれるな」

 狭苦しい発令所で、誰もが2人の会話に気を取られていた。

電子合成音

 ブザーが鳴り、艦前部で核魚雷の装填準備が完了したことを兵装長に知らせた。
 兵装長は雰囲気を変える為、大声で艦長に告げた。
 準備良しと。
 そして、核魚雷の封印解除用の暗号コードを入力してくれと告げた。
 だが艦長が答える前に、状況は更に動く。
 より悪い方へと。

「脅威01より疾走音多数、本艦に向けて接近中! 速度150ノット! 接触までっ!?」

 聴音手の報告よりも先に衝撃が秦の船体を揺さぶった。
 それと同時に、艦内状況を表示していたパネルが、左舷中央を中心に真っ赤に塗り上げられていく。

重軋音

 人の心を凍らせる破壊音。
 そして、猛烈な水音――浸水音が、悲鳴と共に響く。
 それは秦が上げる断末魔。

「メインタンクブロー! 急げ、予備浮力が残っているウチに艦をっ!!」

「艦長、第2波接近。接触、今です!」

 そして全てが暗転する。

 

 

 かくして秦は、中国人民軍南海艦隊最初の喪失艦として歴史に名を残す事となった。
 だがその全ての行動が無意味であった訳では無い。
 定期哨戒任務として飛行中であった日本海軍鹿屋基地所属の広域哨戒機P9-bが秦の攻撃音と圧壊音を察知し急行、そこで日本へと迫るCHULIPを発見したのだった。
 追跡を開始するP9-b。
 だが追跡が出来たのも僅かな時間であった。
 進路を太平洋側へと取ったCHULIPは、一旦浮上すると飛行型無人機(カナブン)を放出したのだ。
 空戦に特化した無人機に、哨戒機が勝てる筈も無かった。
 だがしかし、撃墜されるまでの極々短い時間でP-9bは圧縮通信で警報を発していた。
 強烈な電波妨害下であった為、警報の中に入れられたのは座標と敵の規模、それだけであった。
 P9-bが四散したのは、搭乗員達が義務を果たした30秒後だった。

 

 

――U――

 

 

 快晴。
 それ以外に表現のしようが無い空の下、4機のエステバリスが必死に走っていた。
 場所は大神工廠射爆場。
 砂埃を巻き上げて走っている。
 4機4色、それぞれ鮮やかに塗りわけられた機体だった。
 軍用で無い事は国籍識別標は無論、連合宇宙軍・地上軍の識別標も付けられていない事から判る。
 操縦自体は実に上手い。
 だが1つだけ欠点があった。
 連携である。
 2機1組、2チームで動いている――動こうとはしていたが、どうにも上手く出来ていなかった。
 コバルトグリーンとネープルスイエローの組み合わせはまだ良い。
 些かぎこちないものの、必要十分には連携が出来ていた。
 問題はスカーレットとバーミリオン、奇しくも同系色の塗装が施された機体だった。
 全く連携が取れていなかった。
 支援を行うと云うよりも、足を引っ張りあっていると評する方が状況を的確に表している。そんな状況だった。

 

「一言で言うならば、自己主張が強すぎる。ですね」

 計測機材などが容れられたテント、そこから4機の姿を眺めていた男が口を開いた。
 ゼンギョウ・タダタカ日本国防軍少佐である。
 フォローする様に付け加える。腕は良いのですが、と。
 その一言に、ゼンギョウの隣に立っていた小柄な人影は搾り出す様な声で、有難う御座いますと言った。
 真っ赤な上着が特徴的な服、だが軍服では無い。
 左肩に張られたワッペン。それはナデシコ花をデザインしたもの。
 ナデシコ戦闘団の指揮官、イツキ・カザマだった。
 うな垂れている。

「余り気にする必要はありませんよ。練成を開始した部隊はどこもそうです。これから鍛えるのです、貴女が」

 余りにも気落ちした風情のイツキに少しだけ罪悪感を覚えたゼンギョウは、付け足した。
 頑張れとの意味を込めた言葉ではあったが、イツキはさらに肩を落とした。
 指揮官、自分が鍛えるとの言葉の意味を痛感したのだ。
 幻痛か胃に手を充てていた。
 だが顔には無理矢理に笑みを作る。
 連合宇宙軍にまで名の知れた名指揮官。様々な戦功から軍神、あるいは鬼とも呼ばれた漢。
 そのゼンギョウに弱気な所は見せたくなかったのだ。
 イツキは若かった。
 未熟である事を本人も認めていた。
 だが矜持だけは持っていた。
 だから背筋を伸ばして答えた。頑張りますと。

「誰しもが通る道です。精進して下さい」

「はい」

 

 

「真面目にやって下さい!」

 それは叱咤というよりも悲鳴じみた声だった。
 場所は大神射爆場脇の格納庫群の1棟、ネルガルが丸ごと借り切っていた場所だった。
 声を上げたのはイツキ。
 その前には4人の男女が並んでいる。
 エステバリス隊のパイロット達だ。
 スバル・リョーコ、アマノ・ヒカル、マキ・イズミ。そしてダイゴウジ・ガイと自称するヤマダ・ジロウである。

「真面目にたぁどう云う事だ。隊長さんよ、俺は真面目にやってるぞ、俺は! だがこの暴力女が俺様の指図を無視してってえぇぇ!?」

 憤慨したヤマダが絶叫しようとする。
 だがそれは、隣に立っていたリョーコの腕によって止められていた。
 具体的に言うならば、締め上げられていたのだ。襟元が。

「誰が暴力女だ、誰がっ!」

 片腕一本で男を締め上げるリョーコ。
 ヤマダは失神寸前。
 そのままリョーコはガクガクと揺さぶる。

「オメェが馬鹿正直突撃するからこうなるんだろうが。チッタァ連携ってモンを考えろ特攻莫迦!」

 女性の行為とはとても思えない膂力。
 そんな2人に、イズミは小さく笑っていった。

「スタジオで見れば一目瞭然、照らす明かりは照明灯………照明、証明………クククッ」

 そしてヒカルは小さく肩を竦めて言った。
 駄目だコリャ。

 

 そんな5人の後方、収納された4機のエステバリス陸戦フレームの足元でテンカワ・アキトは機体の稼動データを確認していた。
 無味乾燥な情報の羅列。
 だがそれは、個々のパイロットの能力だけでは無く癖や嗜好までも示していた。
 そこから各人の性格を把握――再確認していくアキト。

「いいんですかテンカワさん、あの人たちほっといて」

 一緒に情報を整理していたナデシコ整備班の情報処理担当の若者がアキトに言った。
 振り返る事無く肩を竦めるアキト。
 そして一言、気にするなと言う。

「一週間にも満たない時間で連携が取れる筈が無い。それはイツキさんも判って居るさ、多分な。だが怒る怒らないは別だ。失敗を失敗と認めて叱責しなければ、先に進む事は出来ない」

「そういうものですか?」

「そういうものさ。俺たちはこれから戦争をするんだ。みんな仲良くなんて出来る訳も無い」

 そう告げるアキトの口元には、薄い苦笑が浮かんでいた。
 出来た場所もあった事を思い出したのだ。
 ナデシコ。
 そう、過去のナデシコだ。
 或いは今からのナデシコかもしれない。
 そんな事を夢想したアキトは小さく笑って、自分の言葉を否定していた。
 出来たとしても、時間が掛かるだろうね、と。
 若手整備士は、時間がとアキトが告げたとき、後を振り向き納得の笑みを浮かべていた。

「確かに。みんな腕は良いんですけどね………」

 個々人の技量は確かに優れているのだ。
 にも関わらずと言う整備士、だがアキトは逆に、それ故にだと告げる。

「なまじ自分の腕に自信があるから、変な相手の下になりたくない。人間誰だって矜持はある。それが腕の立つパイロットともなれば尚更にね」

 そんなものかと訝しげに頷く整備士。
 そこで1つ、気付くと質問をアキトに投げかけた。
 アキトはどうなのか、と。
 整備士からみてアキトは凄腕だった。
 機体の動作は滑らかであり、無駄の無い操縦をする。
 それだけなら、ある程度以上のパイロットは出来る事だ。だがアキトの操縦はその上、激しい動作を機体に強いるにも関わらず、消耗を最低限度に抑えていたのだ。
 現在、データを採っている6機のエステバリス陸戦フレームで1番機体の疲労が少ないのだ。
 データを理解した時に整備士は聞いていた。一緒に見ていた上司、ナデシコ整備班班長のウリバタケ・セイヤが化物かよと呟くのを。
 ここに居る6人の中で一番の凄腕にも関わらず、その事を余り感じさせないアキト。
 だから尋ねたのだ。
 アキト自身の言葉と相反する存在、テンカワ・アキトはどうしてなのかと。
 対するアキトの返事は明瞭だった。

「面倒だから」

 本当に面倒くさげに言うアキト。
 それは回答にも説明にも成っていない科白だった。
 だがそれが理由の全てであった。
 かつてアキトには目的があった。
 その目的の為には手段は選ばなかった。
 その目的の為に全てを捨てた、その名残だった。
 全てを捨てた目的を失い、後に残ったのは只の虚無感。
 空ろな気持ち。
 尤もアキトに、その事を口にするつもりは無かったが。

 

 

「あの人たちは我儘すぎる、そう思いませんかテンカワさん!」

 くだを巻くように言うのはイツキ。
 相手は当然、アキト。
 場所は大神管理棟内の食堂、士官用の高級レストランであった。
 少し遅めの昼食時間。所用があって管理棟――大神射爆場管理課に用事があって訪れた2人、そこで時間も頃合であったのでイツキがアキトを食事に誘ったのだ。
 無論、愚痴を言う為にである。
 士官学校を出たてで社会経験の殆ど無いイツキにとって、自分と同じく軍から派遣されて来たアキトは、その己の副官と云う立場と相まって、とても話しやすい相手だったのだ。

「連係プレイの“れ”の字も考えずに自分の事を考えてて、それでいて相手が自分に合わせろなんて無茶を言って。ホントに馬鹿じゃないでしょうか。自分が遣りたくない事は、相手もしたく無い。その程度は判るべきだって、そうは思いませんか!」

 焼酎を一気飲みする様に、最後にアイスコーヒーを呷るイツキ。
 目つきが座っている。
 対するアキトは、唇の端に苦笑を浮かべながら聞いている。
 否定も肯定もしない。
 出会ってから一週間、短いようで永くも思える時間で、イツキがそんな事を求めていない事が判っていたからだ。
 適度に相槌を打つ。
 アキトの見るところ、イツキは指揮官の資質に欠けている訳では無かった。
 只、若さ故に理想が高すぎ、性急に結果を求めすぎ、理想と現実との乖離を生み出していると思えたのだ。
 アキトの提示や提言は素直に受け入れていた。
 指摘された己の間違いも素直に受け入れ、正していた。
 だがそれでも、指揮官として人を率いるには、まだまだ経験が足りない。
 そう思えていた。

「こうなったらもっと訓練です、特訓です!!
 下手な事を考えられない様に疲れ果てさせて、もう一緒に頑張るしかないって位に追い詰めます、追い詰めてみせます。
 テンカワさん、頑張りましょう。あの人たちに連携の素晴らしさを教えようじゃありませんか!」

 出会って一週間で見事な連携が取れたら、その方が怖い。
 そんな愚にもつかない事を考えつつ、だがアキトは激しい訓練をする事は間違っていないとも思っていた。
 ヤマダも含めて、全員が良い素質を持っている。
 それは判っていた。
 だが同時に未来と軍人としての経験から、アキトは今の4人の気分や状態では、状況次第で危険な場面に遭遇すると思っていた。
 地球近域に投入されている比較的旧式の木連製無人機は、現在のエステバリスで容易に駆逐する事が出来る。
 だがしかし火星近域では性能向上型機が投入されている、いた。
 その性能向上型と交戦した時、相手を舐めてかかっていては危険なのだ。
 かつての時は、無事に切り抜けた。
 だが戦場に絶対は無い。今度もそう行くとは限らないのだ。
 特に歴史は少しずつではあるが、アキトの知るものから離れつつあるのだ。
 であるならば、全力を尽くす必要があるかもしれない。
 そう思えていた。
 だから言う。
 頑張って下さい、と。

「何か他人事ですね、テンカワさん………」

 不満げにアキトを見るイツキ。
 正直な所、アキトにとって全てが薄皮一枚を隔てた事だった。
 知って居る歴史。
 嘗て経験した事。
 知って居る人。
 知らない自分。
 今を否定するつもりは無い。
 だがしかし、では過去は夢か幻か。或いは妄想か。
 そう思う時、アキトは積極的に何かをする、したいとは思えなかった。
 自分が居ていいのか。
 そんな事すらも思えていた。

「アキトさん――アキトさん?」

 少しだけ呆っとしていたアキトは、意識を今に合わせると、唇の端を曲げて苦笑を浮かべた。
 そして謝罪。
 疲れているみたいだ、とも告げる。
 そんな時だった。 アキトの後から声を掛けられたのは。

「おや、お二方。珍しいですな、こんな所に来てらっしゃるとは」

「あっ、プロスさん」

 振り向くアキト。
 その視線の先にはプロスペクターが居た。
 1人の少女を連れて。
 白いワンピースを着込んだ少女。
 特徴的な銀糸の髪、そして金色の瞳。
 ホシノ・ルリ。

 

『もう、今生は諦めました。だから、だからアキトさんの未来を下さい』

 

 それは希望。
 僅かばかりの願望を込めた、切なる願い。

 

『ああ………きっとだ。来世ってものがあれば、その時は必ず、君の傍に居よう』

 

 それは誓約。
 悲痛なる想いに答えた決意、或いは救い。
 だがそれは、違う。
 アキトは唇を強く噛締め、言葉を押し殺す。
 この子は違う。
 この子も又、ナデシコがプロスペクターがゴートが皆が違う様に、あの誓約を交わした相手では無いのだ、と自分に暗示を掛ける。

「………テンカワさん? どうされました、怖い顔をして」

 怪訝そうにアキトの顔を窺うプロスペクター。
 慌てて首を左右に振り、何でもないと答えるアキト。
 その気持ちを他人に説明出来るものでは無かった。
 説明したい事でも無かった。
 だから誤魔化す。

「いや、少し疲れているみたいでね――その子は?」

「体調管理も契約の内です、気を付けて下さいねテンカワさん。ああ、この子はホシノ・ルリさんです。ナデシコの主電算機、オモイカネのメイン・オペレーターをして頂きます。
 此方はテンカワ・アキトさんと、あちらの方がイツキ・カザマさんです。ナデシコの機動兵器部隊の補佐と指揮官をして頂いています」

 後半の言葉をルリに向けて言うプロスペクター。
 そしてルリは、ペコリと頭を下げる。

「初めましてホシノ・ルリです。ナデシコのメイン・オペレーターをする事になりました。これから宜しくお願いします」

 礼儀正しいその姿に、イツキが両拳を作って口元によせて笑みを噛締める様に表情を崩し、それから慌てて返事をする。
 対してアキトは、イツキに1歩遅れて返事をする。

「初めましてホシノ・ルリさん。イツキ・カザマです。宜しくお願いしますね」

「テンカワ・アキトだ。宜しく頼む」

 

 少しばかりの意思疎通。
 イツキがしきりにルリとのコミュニケーションを取ろうと話しかけている。
 その横で、手持ち無沙汰だったアキトとプロスペクターは自然、会話を交わしていた。

「いや、しかし困りましたよ。今日に限って警備が厳重でして、はい。ルリさんへの通行証の交付も、何時もなら入り口の警備員詰め所で貰える筈だったんですが、この本部まで出頭せよと言われまして」

「それで、ここまで」

「何が起きたかはしりませんが………何か異常を感じませんか、テンカワさんは」

「………」

 その言葉に誘われて外を見るアキト。
 管理棟の駐車場に、装輪装甲車が停まっているのが見えた。
 濃緑色の、日本国防軍正式採用車輌。
 そのまま凝視すると、通信と電力のケーブルが伸びているのが判る。
 87式装輪指揮車。
 86式装輪装甲車を基に、野戦指揮用に開発された車輌。
 それがこの場所に停車し臨戦態勢を整えている意味を考えるアキト。
 プロスペクターの言う通り、普通では無かった。

「雰囲気が違うな」

「ええ。何も無ければ良いのですが………」

 その言葉にふと、過去を思い出すアキト。
 かつての時も、ナデシコが完成しようとした時に木星蜥蜴が襲撃して来たのだ。
 無論、少なからぬ差異のあるこの時が、かつてと同じようになるとアキトも思ってはいなかったが、用心をするに越したことは無い。
 そう思うと、アキトは1つの決意と共に口を開いた。

「判らない。だが用心するに越したことは無い。2人はナデシコに行っておいた方が良いと思う」

「そうですな。今のナデシコの状態なら………」

 そこまでプロスペクターが口にした時だった。
 閃光。
 そして衝撃が管理棟を襲ったのは。

 

 

――V――

 

 

 木星蜥蜴による大神工廠攻撃、その初手は海では無く山側からだった。
 連隊規模の陸戦用無人機が山地を突破し、大神工廠の北側から襲ったのだ。
 日本国防軍側も警戒はしていた。
 日本近海で戦闘が発生し、そしてCHULIPを確認して以降は、極めて高い水準で警戒態勢を維持していた。
 大神を含めて西日本全域を担当する日本国防軍西部方面軍司令官、ナンゴウ・イワオ中将は万事に対し、十分な対処をする事を部下に望む人間であった。
 故に、その薫陶を受けた大神陸戦連隊の指揮官は険しい地形の大神北側の領域に対して無数の探知機を設置し、、又、無人哨戒飛行船も飛ばす様に手配して居た。
 それは通常の歩兵部隊であれば、5km手前で十分に察知出来るだけの探知網。
 だがそれでも、無人機による丸2日もの時間を掛けた浸透突破戦術を防ぐ事は出来なかった。

 

 連鎖的に爆発してゆく倉庫群。
 傍に艤装品関連の工場もあって、塗料等の引火しやすいものでも貯蔵されていたのか派手な火柱が吹き上がる。
 黒々とした爆煙。
 それをリョーコは格納庫の入り口から、歯を喰いしばって睨んでいた。

「畜生、ナンも出来ネェのか俺たちはっ!」

 吐き捨てる様に呟くリョーコ。
 エステバリス陸戦2型フレームの出撃準備は整えていた。
 この場所で行っていた事の性格上、格納庫に実弾の備蓄は成されていなかったが、武器は格闘戦用のイミディエット・ナイフがあった。
 少なくとも足手まといでは無い。
 特に、研修で受けた教育で、地上に於ける無人機の市街戦は、その殆どが肉薄攻撃だと聞いていたのだ、何とか出来る筈。
 リョーコは、そして他の3人も又、そう思っていた。
 義を見てせざるは――その思いで出撃しようとしていたのだ。
 それを止めたのは、このリョーコたちの隣の格納庫に入っていた日本国防軍第11対戦車実験小隊の小隊長であった。
 ゼンギョウである。
 正確にはゼンギョウの使い(メッセンジャー)、第11対戦車実験小隊の先任下士官のワカミヤ・ヤスミツ曹長だった。
 厳つい雰囲気を漂わせたワカミヤは、ゼンギョウからの要請(・・)を伝えてきた。
 曰く。待機されたし、と。
 言外に、訓練未了で指揮官不在の部隊の暴走を危惧したと言われては、思い立ったが吉日。直情直行のリョーコとしても、その行動を自制せざるを得なかった。

「あんまりカッカすると、身体に悪いよリョーコ」

「しかし、俺は戦えるんだぞ。直ぐ近くに敵が来てるってのに………ええぇい」

 パイロットスーツへと着替えてやって来たヒカル。
 案じる言葉、だがリョーコは苛立たしさに任せて、床を蹴っ飛ばす。
 自分に力がある。にも関わらず何も出来ない。それはリョーコにとって余りにも屈辱的、あるいは素直に悔しいと呼べる状況だった。

「だからそれも、ウチの隊長さん達が来るまでじゃない。隊長が来て、工廠長さんの許可が下りたら手伝ってくださいって、あの筋肉のお兄さんも言ってたし」

「トロイ! そりゃ判ってるけどよ、アイツら何をモタモタしてやがんのかっての!!」

 熱意と善意にのみ突き動かされた人間は、戦場と云う組織戦の前では迷惑極まりないものなのだ。
 個人としては得がたくとも、兵士としては評価し得ない。
 それは、その当人だけでは無く共に戦う者をも危険にさらす事に繋がるが故にだった。
 その事はリョーコも判っていた。
 多少なりとも軍事教練は受けてはいたのだから。
 同時に、そんな自分よりも組織を優先させる軍隊と云うものに馴染めずに、このネルガルのスカウトに応じたのだ。
 理解は出来ても納得は出来ない。
 それはある意味で、リョーコにとって必然ですらあった。

『来る』

 2人の後方、格納庫内にて駐機姿勢を取っていたエステバリスが声を発する。
 イズミだ。
 有線にて電源を得て、エステバリスのセンサーで周辺警戒をしていたのだ。

「おっ、マジモード!」

「バカ! 敵かイズミ!?」

 警告に慌ててヒカルを掴んで物陰に引き摺りこもうとしたリョーコ。
 その脇に盛大に砂埃を巻き上げて、黒いセダンが走りこんで来る。

「うぉっ!」

 派手なドリフト。
 見事な旋回、そして停車。
 セダンにはネルガルの名がペイントされていた。

「あっ、アブネェじゃネェか!」

「いやいや、大丈夫でしたか」

 運転席から降りてきたのはプロスペクターだった。
 その後部座席からはルリとイツキ、その2人に気遣われて左肩からを血で染めたアキトが降り立った。

「おっおいおい無事かよ?」

「名誉の負傷だ。それに傷は浅い気にするな」

 その言葉に、ルリが少しだけ俯く。
 傷は、管理棟から脱出する際にルリを庇って受けたものだった。
 テロ程度の脅威を前提にした防護の施されていた管理棟は本格的な攻撃――断続的なミサイル攻撃によって炎上し、そしてアキトは落下してくる窓ガラスや建材の破片からルリの小さな身体を抱きかかえる様にして護ったのだ。

 手早く格納庫に備え付けの救急キットで怪我の処置を行っていくアキト。
 ルリが付き添って、何かと手伝っている。
 その後ろで、リョーコたちは待ちかねた命令を受け取っていた。
 それは第3大船渠、ナデシコへ避難すると云うものだった。

「待てよバカ、俺たちは戦えるぞ。なのに何で避難しなきゃならねぇんだ!」

 リョーコが声を荒げる。
 その横でヤマダは肩を震わせていた。
 怒りに、そう思ったリョーコは、乱暴な口調で意見を求める。
 ニィと笑うヤマダ。
 だがその口から出たのは、リョーコの予想とは全く別もものだった。

「燃える展開だっ! 要するにアンタ等を護りぬけば良い訳だな。格闘戦しか出来ないあの機体で、身を盾にして………くぅ〜〜このシュチュエーション。これで燃えない奴は漢じゃない!!」

「おいおい………」

 力一杯に、熱血だと吼えるヤマダ。
 その身も蓋も無い表現と、余りの喜びっぷりにリョーコは毒気を抜かれ、溜息を漏らしていた。
 同時に、思考の冷静な部分がヤマダの発想を肯定していた。
 自分だけでただ走るんじゃ無い。誰かと共に誰かを護り走る。
 その事に思い至った時、リョーコは小さく笑っていた。

「しょうがネェ。先ずは俺たちの初仕事は護衛って所だな」

「それ、私の科白………」

 締める形でのリョーコの発言に、不承不承と唇を窄めるイツキ。
 だが気落ちしたのも一瞬だけ。
 直ぐに気分を切り替えると号令を出す。
 出そうとした、その時だった。
 轟音と共に格納庫が震えたのは。

「敵ですか?」

 イツキの問いかけに、イズミは肯定する。
 敵部隊が接近中だと。
 エステバリスが捉えた敵部隊は小隊規模と云う事だった。

「へっ、じゃぁ俺が残る。諸君、俺が時間を稼いでみせよう」

 これが魅せ場、そう言わんばかりのヤマダ。
 だがそれを止める声があった。
 アキトである。
 アキトは、己が残ると口にしていた。

「無理です、テンカワさん。怪我をしているのに!」

 イツキが声を荒げるが、アキトは苦笑を浮かべて言葉を続ける。
 自分だけがこの場に居る人間で、実戦経験があると。

「格闘戦闘はパイロットに要求する事が大きすぎる。ヤマダや皆の技量を否定する気は無いが、今の状況でそれをするのは危険過ぎる。それに俺は正規の軍人だ。なら決まっている」

「じゃぁ私が残ります! 怪我をしている人にそんな事はさせられません」

「指揮官が殿をしてどうしますか」

 正論だった。
 それが正しい選択だった。
 不敵に笑うアキト。その袖をルリがじっと掴んだ。

「無事に…無事に帰って来て下さいね。テンカワさん」

 アキトの怪我を己の所為だと思って居るのだろう。
 ルリの表情は極めて硬く、袖を握る手は白くなる程に強く握られていた。
 だからアキトは安堵させる為に、滅多に口にしない名を口にしていた。

「大丈夫。こんなものは少し程度のハンデだよ。軌道上の守護者(ガーディアン)の一員を信じてもらおう」

 自分では滅多に口にしない言葉。
 ルリはその意図、意味を完全に理解した訳では無かった。
 だがそれでもアキトが自分を安心させようとしている事だけは判った。
 だからもう一度、ルリは頭を下げていた。

 

 動き辛い左手をテーピングでIFS制御パネルに固定する。
 そして座席を調整。
 手早く発進準備を進めるアキト。
 チェックリストに目を通し、計器と確認を行っていく。
 その傍へとプロスペクターが上がってきた。

「無理はしないで下さいよ、テンカワさん」

「無理はしませんよ。俸給分の働きをするだけです」

「貴方が適任である事は思いますが………」

 言葉を濁すプロスペクター。
 万が一、こんな所でアキトに死なれては困る。
 それがプロスペクターの本音だった。
 それを見抜いたのだろう、アキトは小さく笑って答えた。

「この程度では死にませんよ。時間を稼ぐだけですしね」

 そこには何の気負いも無かった。
 だからプロスペクターは、お気をつけてと言うと、コクピットハッチから離れた。
 チェック表の確認と、足元の整備士が出撃準備完了のハンドシグナルをしたのを見たアキトは、親指を立てた拳で感謝の念を伝えると、ハッチを閉ざす操作を行う。

圧搾空気音

 最後に気密確認の表示が出て、それで薄灰色のエステバリスの出撃準備は完了した。

「テンカワ・アキト、出撃準備完了」

 

 そしてイツキは声を上げる。
 その生涯で初めての出撃号令を。
 裂帛の気合を込めて。

「ナデシコ機動部隊、出撃!」

 

 

20051/13Ver4.01


<ケイ氏の独り言>

 全然話が進まない事にガックリ来ているケイ氏です。
 寛大(である事を祈りますです Ωヾ(-"-;))な読み手の人が飽きないウチに、何とか話を動かしたいのですが、如何ともし難いと溜息をつくケイ氏です。
 ま〜何とか、次にはユリカやジュン、或いはミナトやメグミ等々と云ったナデシコ主要組揃い踏みの予定ですんで、お見捨てなくと云った按配で。

 しかし、前半を見ていると相変わらずにナデシコに見えんな〜(苦笑
 まっ、今更気にする事もないですがね(お
 ガンパレ分が増量しているのは、この作成中にRtgの新作が発表されて、尚且つ、ついでに全部読み直したからです(自爆
 そゆう訳で、我がMOONLIGHTMILEではキャラ設定はRtg準拠と云う事で。
 ではでは次話にて。

 

>代理人さん

良いものは良いのです!

 健気な幼女は良いのです。
 だから言います。
 我が萌えに悔い無し、と。

 ですが私はそれが全てではありません。
 ええ、ありませんとも。
 ルリルリの次に萌えているのはイネスなのですから!
 どうやら中間層は余り好みでは無い様で(自爆

 まっ、それは兎も角。
 そゆう訳で日本からキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!? な美人技官は素子さんでした♪
 ええ。
 舞姫の次は素子さんなのです(;´Д`)ハァハァ
 素子さんになら刺されてもいいかも………死ぬほど痛いだろうけどネ☆ミ(普通死にます

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の悪即斬

良くぞ言った!

ならば萌えを抱いたまま

地獄へ赴くがいい!

 

まぁ、萌えが何が何でも悪いとは申しませんが、
幼女にハァハァしてるんでは何言っても説得力が無いよなーと。(¬¬)

 

それはさておき、今回一番大受けしたのは原子力潜水艦に乗っている政治将校。
政治将校ですよ政治将校!
200年経ってもまだ生き残ってるんかい!(爆笑)
「軍(戦場)にありては君命をも受けざるところあり」って言葉を残したのはあの国の人なんだけどなー(笑)。
まぁ、この言葉は政府と軍の間に信頼関係がないと成立しないんですけどねっ!
つまりあの国は200年経っても(ZAPZAPZAP)

で、次点はやはり赤提灯でくだをまく食堂で愚痴るイツキ。
右手に一升瓶握って茶碗で安酒あおってるようにしか見えないのが微笑ましい(そーか?)。
頑張る社会人一年生に幸アレ。

 

>尤も、この部屋に集まっている者で、そんな事に気を掛ける人間は居なかったが。
細かいことですが、「集まっている」「人間はいなかった」などこう言う表現はその場に三人以上の人間がいるときにしか使いません。副官の人がものも言わずその場にずっと控えていたなら話は別ですが、それにしても実際に話している人間がショウリとタビトしかいない状況ではやや不適切な表現かと思います。

話の間中、舞がずっと執務机の下で聞き耳を立てていた、とかいうならまた話は別ですが(爆)。