英国、王立軍事博物館。
 ロンドン郊外に設けられたその博物館は、常ならば人気の余り無い場所であった。
 博物館の所員達は来館者数を増やそうと様々な手管を使っては居たが、その名の通り軍事を中心とした博物館であったが故に、極一部の趣味者を除いて一般の市民から高い関心を得る事は難しい、そんな場所だった。
 それが今は少しばかり雑然としている。
 それは、欧州大陸の諸博物館や美術館らが収蔵していた諸々を預かる作業であった。
 戦争が与える人類の遺産への痛打、それを少しでも抑えようと云う努力だった。
 それは特に中欧諸国からの避難が多かった。
 それは歴史の遥か彼方の出来事――第2次世界大戦時とその戦後処理に於ける教訓が生きていると評すべき事であった。

 

 忙しげな博物館内。
 外では、骨董品に近い火器などによる対空銃座が大急ぎで設営されている。
 そんな王立軍事博物館始まって以来の様な喧騒、だが全てがその雰囲気に飲まれていた訳では無かった。
 本来の博物館収蔵品の陳列場所等は以前通りの、殆ど人気の無い場所であり続けていた。

 それは大きな絵だった。
 多くの兵士達が入り乱れて、戦う大会戦の絵。
 作者はキャスター、「マモン平原会戦のウスター伯ヴィランデル図」なる名の与えられた戦争画であった。

 今、それを1人の男性が見上げている。
 長身痩躯、柔らかな雰囲気を持った若々しく、身なりの良い男性だった。
 トーマス・ブライアン・ハイアームズ。
 英国でも有数の財力と影響力とを誇るハイアームズ家の長男であり、新進気鋭の若手政治家として知られた人物だった。
 静かな雰囲気を堪能しているトーマス。

躙音

 柔らかな靴音が鳴る。
 その音に導かれて、トーマスが振り返った。
 近づいて来ていたのは活動的と評してよいデザインのスーツを着込んだ小柄な、まるで少年の様な女性だった。

「お久しぶりですね、サー・ハイアームズ」

 ややドイツ語的な部分があるものの、綺麗な発音の英語で言葉を紡いだ相手は、だが語調程には穏やかな雰囲気を発散している訳では無かった。
 否。
 どちらかと言えば虎か獅子かと呼べるような目つきを、雰囲気をしていた。
 やや短めな髪を棚引かせている。
 キルケ・ヴィッテルスハイム。
 まだ20を少し過ぎたばかりの若い身空ではあったが、国家の非常時に対応する為に旧家(ユンカー)等を中心とした諸勢力を糾合した人物だった。
 無論、それを1人でなし得た訳では無い。
 周囲の助力も当然あった。
 キルケの後見人、ペネロペ・フォン・クルピンスキィの存在は特に大きかった。
 だがそうであっても、キルケが、その自らの行動力でもって結果を出した事には変わりは無かった。

「ええ、フロイライン・キルケ。貴女もお元気そうでなによりです」

 人を魅了する笑みを浮かべたトーマス。
 2人は欧州社交界に於いて幾度か、顔合わせをした事があった。
 尤も、そこに男女としての――と云う様な甘いものは含まれて居なかったが。

「ええ、元気ですとも。この様な場所に足を伸ばせる程度には。貴方も良く生きてらっしゃるわね」

「夢見がちの人々との遊戯に、最後まで付き合う積りはありませんから」

「でしょうね。ですが彼等も又、侮って良い相手では無いのでは?」

「侮るなど。その意味で私は小心者ですからね」

「小心? 新しい言葉遣いですわね」

 英語の面白い使い方だと笑うキルケ、だが瞳は笑っていない。
 常に笑みを浮かべて応えているトーマス、だが瞳に感情は浮かんでいない。
 それはさながら言葉を使った戦いであった。
 だが、それ程に敵対的という訳では無い。
 精々が非好意的友好関係の辺りで止まっていた。
 それも当然かもしれない。
 2人は共に若いながらも国家を背負う、或いはそれに近い位置に居るのだ。
 そして、2人の祖国の関係は、お世辞にも良好と評せるものでは無かったのだから。
 尤も、それで良いと共に思っている訳では無い。
 それどころか共に積極的に、関係を改善すべきとの判断を下していたのだ。
 この生存戦争に勝ち残る為に、欧州内で何時までも遊んでいる訳にはいかないのだから。
 国内の私利私欲に走るもの達。
 そして欧州の暗闇として知られた存在、“魂の座(ゼーレ)”の名で知られた秘密結社。
 それらを排除し、欧州の未来を欧州自身の手で決められる体制を目指す。
 それが今、この場で2人が顔を会わせた理由だった。

 

 どちらからともなく向き合う2人。
 先に口を開いたのはキルケだった。
 それまでとは全く異なる、優美な仕草で一礼をして言葉を紡ぐ。

「戦時下でのご招待有難う御座いました、トーマス・B・ハイアームズ王立博物館非常任理事殿。
 お陰で、貴国にお預けした我が国の貴重な美術品の状況を把握が出来ましたわ」

「そう言って戴ければご招待した甲斐があったと云うものです。
 キルケ・ヴィッテルスハイム独戦時美術品安全管理委員会非常勤委員殿」

 対するトーマスも、紳士としての礼節を尽くした態度でキルケに一礼をする。
 それは英独の実質的和解を意味する行為だった。

叩音

 その時、堅い革靴の響きを引き連れて浅黒い肌をしたトーマスの秘書が現れた。
 非礼を詫びるが、その挙動に媚びるものは無い。
 背筋を伸ばして主に声を上げる。

「マイ・ロード。フィリップ・ミゼール様が当博物館へ到着なさいました」

 フィリップ・ミゼール。
 その名の響きから判る通り仏国人である。
 無論、只の仏国人では無い。
 欧州の軍事統合機構、欧州大陸軍(グランダルメ)の若手機甲科将校であり、同時にフランスでも長い伝統を持った軍人貴族の家系――騎士たる家(シェバリエ)の者であった。
 フィリップがこの場所を訪れた理由は、キルケと同じものであった。
 フランスでも又、若手政治家を中心として国家の実権を、欧州の暗闇から取り戻そうとする動きがあったのだ。
 渡英したフィリップの立場は、公式にはキルケ同様に渡英避難文化財の保管状況の確認に来た貴族の代表であった。
 その本来の身分は、現仏大統領の特使である。

 

 欧州の新しい時代の息吹。
 そして古き欧州と若き欧州との戦いの始まりでもあった。

 

 


 
機動戦艦 ナデシコ

MOONLIGHT MILE

 

第一幕 Arc-Light
Wa

Under Siege


 

 

――T――

 

 

 其処は今、騒動の治める地と化していた。

 多くの人間が交わす会話、雑多な機器の上げる稼動音。
 そして書類を積み上げる音やら扉の開閉音。
 様々な音が渾然一体となって響いていた。
 活気が在ると評しても良いだろう。
 その部屋は日本国の畿内以西を預かる日本国西部方面軍司令部の中枢、中央情報管制室(セントラル・コマンド)であった。
 場所は九州は熊本、健軍の駐屯地に設けられている。
 大量のコンクリートと装甲材を利用して建設された半地下式の、対地貫通弾頭爆弾でも通常弾頭弾であれば阻止可能な防御力を持った施設、殆ど要塞と評するのが相応しい建物。
 それが西部方面軍司令部である。
 その位置が西部方面軍が何処と相対しているのかを、露骨に教えていた。

「構わん。哨戒機隊には玄海、豊後、紀伊、そして若狭の方の重点哨戒を命じろ。大神が陽動の可能性も捨てられん」

 広い中央情報管制室の中央に居る痩身の男性が、やや擦れた声で指示を出す。
 老成したと云うよりも老境にあると評する事が相応しい人物、それが西部方面軍司令官のナンゴウ・イワオであった。
 その目つきと表情の鋭さは、好々爺と云う言葉と真っ向から対峙する雰囲気である。

「それでは、大神近海の捜索が………」

「CHULIPか。アレは第6艦隊に任せよう。連中にも花を持たせてやれ。それに連合宇宙軍第5艦隊(ヨコスカ)から支援の用意ありとの連絡もあった、それで火力の不足も補えるだろうからな」

「ミスマル閣下からの提案、受け入れられるので」

 ナンゴウの言葉を、不満を隠さぬ表情で再確認する若手参謀。
 ミスマル閣下からの提案――それは、第5艦隊司令官のミスマル・コウイチロウ中将からの直通通信であった。
 曰く、連合宇宙軍第5艦隊はその稼動艦艇全力をもって支援する用意がある、と。
 だがそれを若手の参謀達は喜ばしく受け止めてはいなかった。
 自分の国は自分達で護りたい。そう思うが故に。
 それは素朴なる気持ちの表明ではあった。
 だがその発言者をナンゴウは睨む。
 洒落の無い表情で。

「馬鹿かね? 誇りだけで国が、民が護れるものか」

 吐き捨てる様に断言。
 そして続ける。
 そう言えば、昔“英霊”と云う都合の良い言葉を使って自分の面子を護ろうとした挙句に国を滅ぼした連中が居たな――と。
 その一言で若手参謀は顔色を失う。
 何かを口にしようとして、失敗する。
 肩を落す若手参謀。
 それをナンゴウは一つだけ、言葉を掛ける。

「誇りを持たぬ者は国を護ろうとはせぬだろう。だがな、誇りに拘泥する者は国を滅ぼす。その事を覚えておき給え」

 

 勢い良く準備されていく迎撃体制。
 火星での開戦以来初めて、木星蜥蜴の陸戦部隊が日本の本土を犯した日。
 だが日本国防軍の行動に遅滞は無い。
 本来は同じ人間を相手と想定して準備されていたものが今、有効に機能していた。
 只、総体として言える事は兵力不足である。
 これは第3次朝鮮戦争の影響もあるが、それ以上に、国家中枢部を喪失する羽目になった米国への支援にマンパワーを取られている事が理由としてあった。

 首都及び、大陸東部の広域で甚大な被害を出した米国に日本は1個重機械化外人師団を基幹とする部隊を派遣し、各種支援を実施している。
 派遣決定時、既に日本近海での木星蜥蜴の偵察部隊が発見されていたにも関わらずである。
 それは道義心に基づいての行動では無い。
 冷徹な計算によって成り立った選択。
 自国の危険をも顧みず、友邦の危機を救おうとする義侠心に篤き(サムライの)国――との評価を得んが為の。
 その事を理解するが故にナンゴウは兵力の不足を嘆く言葉は漏らさなかった。
 ただ粛々と、その手に与えられた全てをもって任務に当っていた。
 西部方面軍隷下の部隊に指示を出し、又、九州の州知事にも市民の避難に関して連絡を行っていく。
 そんな時であった。
 大神工廠と繋がったラインから、ナンゴウを名指ししての通信が入ったのは。

「誰からだ?」

 運が悪い――そう評する他に無い通信参謀が、その言葉に背筋を伸ばした。
 ナンゴウは決して理不尽な上司では無かった。
 任務遂行や自分評価に私情を挟むような狭量でも無かった。
 感情に任せて私的制裁をする程に下劣な訳でも無かった。
 だがその雰囲気、時に不機嫌な時のそれは、その傍に居るだけで心臓を掴まれる様な気分にさせられる相手であったのだから。

「あっ、いえ、その………」

 怯えが入り口篭る通信参謀に、ナンゴウは小さな苦笑をすると、出来る限り優しい口調で言葉を紡いだ。
 慌てるな。
 そして落ち着けと。
 自身の持つ雰囲気の悪さを自覚するナンゴウではあったが、反省する等の気持ちは一切無かった。
 人を恐れて軍人商売が出来るのかと、本気で考えている面があったのだ。
 だが同時に、それが理由で職務遂行が滞る様であれば多少の妥協は許容する程度の柔軟性は持っていたのだ。
 不器用な人間。
 或いはそう評するのが正しいのかもしれない。
 尚、その事を指して極一部の女性将兵から可愛い(・・・)との評価を得ている模様であった。

「申し訳ありません。秘匿回線の3番に大神工廠第3大船渠、ネルガルからです。相手はムネタケ・サダアキ連合宇宙軍中佐です」

「連合宇宙軍もネルガルには入れ込んでは居るか」

 独り言の様に呟くナンゴウ。
 だがその脳に浮かんだのは、ネルガルの戦艦へと乗り込んでいるムネタケの事であった。
 良い印象が残っていた訳では無い。
 どちらかと言えば、自己の安全を優先するろくでもない士官と云うのがナンゴウの持つムネタケへの印象だった。

「どうされますか?」

 問いかけには苦笑で答える。
 是非も無し、と。
 国防省からは国防次官シバムラ・ショウリの名で、ネルガルからの要請には出来る限り応える様にとの命令が出ていたのだから。
 司令官座の肘掛、そこに仕込まれた情報端末を操る。
 制御卓上に生み出された通信ウィンドウ。
 そこに連合宇宙軍の制服を着た、髪型が特徴的な男性が映る。
 ムネタケだった。
 敬礼と答礼。
 だがムネタケは開口一番に挨拶では無く、実務を口にしていた。
 協力する用意がある――と。
 眉を跳ねさせ、目を細めるナンゴウ。

「連携をすれば、そう言いたい訳か?」

『ええ。閣下にしても手駒が増えるのは好ましい事だと思うのよ…ですが……』

 恐る恐ると、呂律の回らない舌で言葉を連ねるムネタケ。
 少し汗を掻いているその顔を、細い目で睨むナンゴウ。
 手駒。
 ナンゴウの手駒は確かに少ない。
 大神工廠の戦闘、その安定は現在の彼我戦力比によって成り立っている薄氷の上の存在であった。
 CHULIPが新たな部隊を展開させた場合。
 大陸のユーラシア連合の国々が蠢動した場合。
 それら他の要素が混入した場合、ナンゴウとその幕僚団が築き上げた防衛体制は瞬時に瓦解してしまう――そんな脆弱なものなのだ。
 それが、往時の兵力の過半数を奪われた西部方面軍の実情だった。
 だがだからと言え、民間人を戦力として数えたくは無い。
 何故ならナンゴウの様な職業軍人にとって民間人とは、その命に代えてでも護るべき対象であるのだから。

「手駒の不足は否定しない。だが貴官らの助力は不要だ。戦闘向けとは云え訓練未了の民間人の集団に、そこまでを求めたくは無い。判るな、中佐。そういう事だ。それよりも貴船の安全を最優先とせよ」

 疲れが少しだけ滲んだしわがれた声で、だが堂々とした口調で言い切るナンゴウ。
 そこに幾許かの優しさが含まれて居たのは、己が低い評価を下していた男が勇気を見せた事に対する感心が含まれていた為だ。
 正直なところ、ナンゴウにはムネタケがこの様な事を提案してくるとはとても予想していなかったのだ。
 良くて増援要請。
 悪ければ、安全確保の為の命令を出すのでは無いかとすらも思っていた。
 典型的な参謀型軍人。
 そう評していたのだ。
 自分の評価が覆された事に面白みを覚えつつも、その意思表示を拒否する。

『見栄を張ってる場合じゃ無いでしょうが!』

「見栄では無い。中佐、作戦遂行能力に対する信頼性の問題だ」

 その言葉に、顔色を無くすムネタケ。
 有体に言えば、駒として用いるにしても信用する事が出来ない――そう言ったのだナンゴウは。
 確かにそれは、ムネタケとしても否定出来ない事であった。
 何処まで、何が出来るのか。不可能なのか。
 計画時の数値は知ってはいても、それは理想の数値であり実証された数値では無いのだから。
 話はそれまで、そう通信をナンゴウが切ろうとした瞬間、新しい通信ウィンドウが開いた。

『初めまして。ナデシコの主電算機の管制を担当しますホシノ・ルリです』

 そう言って小さく頭を下げたルリ。
 ナンゴウの表情が固まった。
 信じられないものを見た。そう言わんばかりの表情で視線をムネタケに移す。
 その視線の意味が判るムネタケは、少しだけ沈痛な表情で頷いていた。

『この娘がナデシコのオペレーターですわ、閣下』

「君達は……ネルガルは、子供を戦闘艦に乗せようというのか…」

 静かな、抑えられた声。
 だがそこに籠められたのは紛れも無い怒気であった。
 ムネタケは顔を引きつらせ、中央情報管制室に詰めていた人々は恐る恐るといった按配でナンゴウを見ていた。
 天使の間。
 時が凍りつき、そして融ける時はナンゴウが口を開く時、それが激発する時であると誰もがそう思った。
 だがその予測は裏切られた。
 静めたのだ、ルリが。

『他に適任者が居ませんでしたから。それよりも説明したいのですが宜しいですか?』

 淡々としたルリの言葉。
 その何事でも無いと言わんばかりの態度に、ナンゴウは毒気を抜かれた様に溜息を付き、それから何の説明かと尋ねた。
 対してルリは木星蜥蜴への対処です、と言った。
 その言葉に誘われる様に、次々とナンゴウの手元にウィンドウが展開していく。
 基本的な部分を立案したのは当然、艦長のミスマル・ユリカ。
 それを副官にして実務担当のアオイ・ジュンとナデシコ管制電算機(オモイカネ)管制官(オペレーター)にして、先任戦術情報士(FITO)役をも務めているルリとの2人が組み上げたナデシコの行動案、その詳細であった。
 白線で3次元描写された大神近郊の地図、其処に青と赤とで彼我の戦力配置が表示されていく。
 そして黄色で表示されたナデシコの予定進路が表示された。

「ほぅ?」

 感嘆に近い声をナンゴウが漏らす。
 それは確かに、感嘆を持って評すべき行動であった。
 黄色で描かれた矢印は、一直線に赤の大集団へと突進していた。

 

 

――U――

 

 

 出来たての瓦礫。
 生まれたての焼け跡。
 その灰色と黒色とが強い主張をする場所で、薄灰色を基調とした都市型迷彩を施された陸戦型エステバリスが佇んでいた。
 標準型では無い。
 訓練用の複座型を元に、前線に於ける情報管制を目的として実験的に諸電子機器を増設した重装機であった。
 正式名称は試製96式複座式重装陸戦型エステバリス。
 呼出貼付(コールサイン)は士魂04であった。
 両肩の外端部に設けられた兵装ステーションには大型のミサイルコンテナが取り付けられている。
 2つコンテナには併せて26発の小型ミサイルが搭載されている。
 ミサイルは、対木星蜥蜴の無人機用に開発された新型の近接戦闘用高機動型フィールド貫徹弾頭であったが、試作品故にか、そのフィールド貫徹能力は目標とされた能力を発揮してはいなかった。
 だが牽制用としては十分な威力を発揮していた為、正式採用型が登場する迄の“繋ぎ”として臨時採用されていた。
 この他に、装備としては手にジャイアントアサルトと略称される、試作96式20o多銃身突撃砲が握られている。
 腰のハードポイントには4つの弾倉と共に近接白兵戦闘用に開発されたイミディエット・ブレード――超硬度大太刀が取り付けられている。
 完全な戦闘態勢のままに士魂04は待機していた。

 通常型に比べてかなり大柄な頭部は、その人を思わせる電子走査式アンテナ(AESA)の外装ドームが設置されている。
 主力航空機用の電子偵察ポットの技術を流用したそれは、その高出力のレーダービ−ムによって周辺の情報をきめ細かく収集していく。
 機体単独で収集できる情報だけでは無く、周辺の各種探査システムが収集した情報も受け取って統合的に整理していく。
 その能力は、専用の前線情報収集管制機(AWACS)にも近いものがあった。
 歴戦の野戦指揮官、ゼンギョウ・タダタカ日本国防軍少佐をして感嘆させる程の精度の情報。
 だがそれは、機載電算機によって成されたものでは無かった。
 電子の巫女王。
 後に、その字名をもって呼ばれる事にもなる士魂04の後部乗組員、火器管制士官のシバムラ・マイ日本国防軍少尉の技量によってもたらされたものだった。

 電子合成音が、予め予定されていた時刻に達した事を搭乗者達に教える。
 増設された電子装備によってかなり手狭に成っている士魂04の操縦者槽(コクピット)、その中央のディスプレイには後2分を切ったカウンターが表示されている。

「そろそろ時間だねシバムラ」

 聞くものにやや軟弱な、そんな印象を抱かせる声で言葉を紡いだのは士魂04の前席操縦者、ハヤミ・アツシ日本国防軍少尉だった。
 否、声だけでは無い。
 群青色のパイロットスーツに包まれたその身は、まだ子供と評して良い細さがあった。
 その声に、士魂04の後部座席に身を預けたマイが答える。

「無駄口は止めるが良い。カウントダウンは30を切った」

「そうだね」

「緊張したかハヤミよ?」

「少しはね。なんと言っても大隊規模の無人機に2機で殴りかかるんだから。普通の戦車だったら自殺行為そのものかもね」

 その内容とは裏腹に、気楽な口調で言葉を紡ぐハヤミ。
 幾つもの情報が複合的に表示された戦況表示ディスプレイには、大神工廠の施設を船渠を蹂躙している無人機の群れの情報が、詳細に表示されていた。
 その数、およそ100。
 常識的に考えれば、如何に航空機や野砲の大規模な支援を受けられるとは言えたった2機の機動兵器、士魂04とテンカワ・アキト機(ダイアンサス02)とで正面から殴りかかる事は自殺志願と評されても仕方の無い行為であった。
 だからマイは、そのハヤミの言葉を素直に肯定する。
 確かにその通りだ、と。

「緊張するのは人間として当然の道理だな。だが怯えるな。怯えれば体の動きが鈍る。鈍ってしまった身体では勝利は望めぬ」

 そして最後に付け加えた。
 私は敗北する事は好みでは無いのだと。
 遠慮の無い口調。
 知らない人間が聞けば、気を悪くするかもしれない言葉。
 だがハヤミはその言葉を聞いて笑った。
 知っている人間のハヤミからすれば、今の言葉を訳すれば、勝つ為に頑張ろう。その為には緊張するな――ハヤミを気遣った言葉なのだ。
 だからハヤミは笑った。
 心から、そして優しく。
 これがマイだ、僕の後ろに居てくれる人だ、と。

「そうだね、僕も勝ちたい。がんばろうシバムラ」

 いっそ愉しげだと言える言葉。
 “ぽややん”との愛称を持つハヤミは、これから始まる戦を前に、その愛称のままに優しく笑ったのだ。

電子合成音

 小さな音。
 カウンターの数字が、一桁となった事を知らせる音。
 それが戦の始まりを告げる鐘の音であった。

 

 

 初手は、鋼鉄の豪雨。
 甲高い風切り音と共に降り注ぎ、破壊を撒き散らしたのだ。
 大地を揺らす着弾。
 砕ける無人機。
 生み出されたのは煉獄の光景。
 それは、大神戦闘団に含まれた重迫撃砲中隊の持つ120o迫撃砲の砲撃では無かった。
 大神工廠の北部、山香市近郊に展開した自走砲大隊からの支援射撃だった。
 久留米市に駐留する第4重機械化師団隷下の野砲部隊、第4装甲特科連隊の第1大隊がナンゴウの出動命令によって緊急展開していたのだ。
 大隊が装備するのは日本国防軍主力戦車、89式戦車の車体に62口径の長砲身155o砲を載せた91式自走155o榴弾砲。
 日本でもまだ少数の部隊しか装備されていない最新鋭機材であった。
 その少数の部隊に、第441装甲化特科大隊は含まれていたのだ。
 尤も、極最近に調達の始まった最新の装備故に定数を完全には満たしてはおらず、実質2個中隊編成の大隊であった。
 たった8門の155o自走砲。
 だが決して侮れる相手では無かった。
 現用戦車の持つ強力な上面装甲を貫く為に開発された最新型の対装甲誘導自己鍛造弾(AAGSSF)は、少なからぬ数が無人機の迎撃とディストーションフィールドとを貫き、粉砕しているのだから。
 自動装填装置の限界に近い毎分10発の猛射。
 次々と吹き飛んでいく無人機。
 91式自走155o榴弾砲にとっては、最良の実戦デビューであった。

 この支援射撃だけで勝てるのでは無いか。誰もがそう思った瞬間、鋼鉄の嵐は唐突に終焉を迎えた。
 用意されていたAAGSSFを全弾射耗したのだ。
 AAGSSFは、採用されてまだ間が無いと云う事と、その高価格故に備蓄量が少なかったのだ。
 万事、手抜かり無く用意を行うナンゴウではあったが、その能力も軍事予算と云う現実に勝つ事だけは叶わなかったのだ。

 

 黒煙の中、赤い光が点る。
 鉄火の嵐を生き延びた無人機達が蠢動を再開したのだ。
 その数は50を超え、70近かった。
 野砲による対無人機戦としては、3割も撃破できた事は存外の戦果であった。
 通常であれば3割撃破は大戦果である。
 軍事的に見て兵力の3割を損耗した部隊は、全滅状態と評され組織戦闘能力を喪失したとされるのだが、無人機は如何に損害を与えようとも、その最後の1機まで戦い続けるのだ。
 それは機械であるが故の強さであり、苛烈さであった。
 前進を開始する無人機の群れ。
 まるで、何者も阻止できないかの様な鋼鉄の奔流。
 だがその眼前に立つものが居た。
 薄灰色の都市型迷彩(ロー・ビジティ)に身を染めたエステバリス陸戦フレーム。
 呼出貼付はダイアンサス02、テンカワ機であった。
 先頭を進んでいた無人機が、立ち塞がるものの詳細を把握しようとした時、エステバリスの持つジャイアントアサルトの火力が炸裂する。
 高初速で撃ち出される20o離脱装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)が、無人機の持つディストーションフィールドを易々と切り裂き、撃破する。
 それが舞踏の始まりを告げる鐘であった。

 死と破壊の舞踏。

 高周波音を撒き散らし、疾駆を開始するテンカワ機。
 対して無人機も又、眼前に現れた獲物を屠らんと行動を開始する。
 数の暴力を持って圧殺せんとする無人機。
 対してテンカワ機は、機敏な動作で障害物を利用して前進していく。
 その動作は淀みなく、そして軽やかであった。
 前方、側面、遮蔽物の隙間を縫って顔を出した無人機、その鼻先に20o弾を叩き込んでいく。
 派手さは無い。
 だが確実に無力化されていく無人機の群れ。
 テンカワ機は、まるで背中までもが見えているかの様に後背から姿を見せた無人機にも流れる様な動作で対処していく。
 否、実際に見えていた。
 それはテンカワ機が、ナデシコや士魂04による情報バックアップを存分に受けている事が理由であった。
 テンカワ機のコクピットには、俯瞰図として表示された機体を中心とした400m四方の無人機の情報が整理されて提示されているのだ。
 熱量、予備動作から推測した脅威度まで表示されている。
 だからと言って、誰もがそれを出来る訳では無かった。
 情報を提示され読み取る事と、その情報を自分なりに解釈し対処する事には大きな差があるのだ。
 それを可能とするテンカワ・アキトと云うパイロット。
 その意味。
 それはアキトが卓越した能力を持つ事を、誰もが判る形で証明していた。

 突き進むテンカワ機。
 それはさながら、無人機の群れへと打ち込まれた楔であった。
 だが一直線にナデシコへでは無く、無人機集団の中央へと穿ってゆく。
 アキトが戦意溢れているからでは無い。
 冷徹な計算と作戦に基づいての行動であった。
 それが如何なる作戦であるか、その事を無人機達が知ったのはテンカワ機が集団のほぼ中央へと達した時だった。

風切音

 轟々と風を巻き従えて大質量が着地する。
 重装陸戦型エステバリス、士魂04。
 脚部と腰部が的確な作動をし、着地の衝撃を殺して揺ぎ無く大地に立つ。
 淀みの無い動作だ。
 いまだ採用試験の終らぬ先行量産機故に弱点を抱えた、抱えているとされている足回り――腰部と脚部が完全に作動している。
 それは、この機体が如何に丁寧に整備されていたかを実証するものであった。
 だが当然ながらも士魂04がこの場へと降り立った理由は、その事を満天下に示す為などでは無かった。
 強襲機とも評される、その強大な火力を用いる為であった。
 流れる様な動作で片膝を付き、両肩に付けられたミサイルコンテナの発射姿勢を取る。
 即座の発射。
 既に照準は跳躍中に済ませてあったのだ。
 流石と言うべきだろう。
 無人機に、寸毫足りとも対処する時間を与えぬ早業であった。
 煉獄の宴が更に広がる。

 

 

――V――

 

 

「士魂04、8機を撃破。7機に大中破の被害を与えたものと判定します」

 幼い、だが冷徹な声が報告を上げる。
 ルリだ。
 ここはナデシコブリッジ。
 その中央大画面に、ダイアンサス02と士魂04とが成し遂げた戦果、その様が映し出されている。
 現時点で2機併せて27機に被害を与えていた。
 戦闘開始からたった3分で上げたとはとても思えぬ戦果であった。

「うわーっ、凄いですね」

 呆れた様な声を上げたのはユリカ。
 緊張感が一切無い。
 既に命令を出し状況に変化が無い為に手持ち無沙汰、現状では殆ど観客的な立場となっていたのだ。

「ねぇ艦長、あの昆虫メカって実は弱かったの?」

 それに負けず劣らずな暢気な声は、ナデシコの操舵士であるハルカ・ミナトだった。
 お色気満載と云うよりも過剰と云うのが相応しいと思えるような雰囲気を発散させながら、中央大画面を見上げている。
 だがそれは怠惰である事を意味しない。
 ハルカは自分の職務――ナデシコの操舵系の最終確認をちゃんと済ませていたのだから。
 そして後は、艦が発進するまで何もする事が残っていなかったので、大画面で戦場を見物していたのだ。
 気楽な性格と評すべきかもしれない。
 或いは、ナデシコの第3大船渠まで300mの所まで戦線が押し込まれていると云う事を勘案すれば、実は豪胆と評するのが相応しいのかもしれない。

「そうかもしれませんね、実は。今まで戦ってきたパイロットの皆さんが昆虫嫌いでマトモに対処出来なかったとか」

「そういう場合、キレ無い?」

「ダイアンサス02及び士魂04は現地点の掃討を開始しました。事前計画に遅延は見られません。現在、敵中央集団の戦力は32%に減少しています」

「んーっ、でも我慢できない程の嫌悪感とかあるかもしれませんよ。ハルカさんはゴキブリが飛び掛って来たら避けられます?」

「そう言われると、ナンか納得出来るわね」

 ルリの冷静な報告の合間に何とも女性的で暢気な会話を交わす、そんな2人に怒声を上げる者が居た。
 ムネタケだ。
 それまで西部方面軍の参謀と、実務的な話をしていたのがやおら振り返って吼えたのだ。

「そんな事、ある訳ないでしょうがっ!」

 噛み付かんばかりの表情。
 鼻息が荒い。
 目が血走っている。
 何ともアレな表情である。
 うわっと、思わずハルカが声を上げたのも当然かもしれない。
 尤も、驚かれた当人は気付いていなかったが。

「あんな風にポコポコ落せていれば苦労しないわよ」

「そうなんですか?」

「当たり前よ馬鹿! アンタ士官学校で何を学んでたの!!」

「えーっと、敬礼の仕方(オーダー)とか法律の守り方(ルール)とか、相手の見極め方(インテリジェンス)嫌がらせのやり方(タクティクス)もですね。それに抜本的な解決のやり方(ポリティカル)とかも」

 指折り数えて朗らかに笑うユリカ。
 序列と規則。
 情報と戦術、そして政治。
 その全ては軍事に於いて重要な要素であった。
 ふとムネタケは、身上書で見たユリカの士官学校の記載を思い出す。
 戦術シミュレーションにて常勝不敗、講師として来ていた実戦経験を持った佐官すらも打ち破った逸話を持った女性。
 魔女の名を奉られていた首席卒業生。

「伊達じゃ無かったって事ね」

 忌々しげに言い捨てるムネタケを、キョトンとした顔で見るハルカとユリカ。

「なに?」

「さぁ?」

 ハルカが問えばユリカは小首を傾げる。
 真面目に。
 それが更にムネタケを苛立たせる。

「と云うかアンタね、そんな辺りをキッチリやってて何で前線の現状を知ってないのよ!!」

「えーっと、前線に左右されない判断力を付ける…為?」

「この天然(ボケ)娘! てゆうかナニ、その疑問形はっ!! 馬鹿にしてるのアンタ!?」

 余りと言えば余りなユリカの言葉に、ムネタケは全身全霊で怒鳴っていた。

 

「何か、凄く愉しそうですね」

 イツキ・カザマを指揮官とするナデシコ戦闘団と大神戦闘団との間に立って、各種連絡を取っていた通信士のメグミ・レイナードがポツリと呟いた。
 相手は、その後ろに立って折衝やらナデシコ戦闘団への指示を出していたジュンだった。
 ジュンはアバウトな形で出されたユリカのアイディアに、肉付けをして各部署に連絡を行い、調整をして実行していたのだ。
 実質的なナデシコの指揮官、そう言えるかもしれない。
 気弱さを全身から漂わせているが、ジュンとて士官学校での成績はユリカに次ぐ次席の位置にあった。
 状況理解力や判断力と云った能力自体は極めて高いのだ。
 だが、その雰囲気が全てを覆い隠している。そんな人物だった。
 そのジュンは、深い苦労人の溜息を漏らした。

『どうした』

 艦内系の通信回線越しに相手が怪訝な顔を見せた。
 相手は格納庫に詰めていたナデシコ整備班の班長、ウリバタケ・セイヤだった。
 漢臭い顔をした、ナデシコでは珍しい既婚者だった。

「すいません、此方の話です。それよりもヤマダさんとカザマさんの機体の調子はどうですか?」

 大忙しで動き回っている整備班を前にして、ブリッジがまるで寄席の様だとはとても言えないジュンであった。
 だから苦笑で誤魔化す。

『? そうか。ああ、2人の機体だったな、コッチの機材で観測している分には何とかなるだろう。若干、足回りの関節に想定値以上の負荷が掛かっているが、んなもん実戦でよく在る誤差の範囲内よ』

「ですか。他の人たちはどうなってます?」

『3人娘の方は気にする必要はねぇな。何だかんだでキッチリと線は守ってやがるからな。コッチとしちゃつまんねぇ位だぜ』

 ニィっと笑うウリバタケ。
 初の実戦で緊張し過ぎているイツキと戦意過剰で突っ込み過ぎているヤマダ達以外は、意外と言えば意外な程に堅実な戦い方をしていた。
 バランスが良いから、とも言える。
 アキトが欠けていた為にイツキは、ナデシコ戦闘団を自分とヤマダのA班と、それ以外の3人で組むB班と云う形へと思いっきり大雑把に、大胆に組みかえていたのだ。
 自分は暴走しがちなヤマダの手綱を取る事に全力を傾け、ある程度は信頼が出来る程に連携が取れているスバル・リョーコ、アマノ・ヒカル、マキ・イズミの3人には、ナデシコ――ジュンの要請に従って自由に戦える様にしたのだ。
 それは、自分の指揮能力と相性からの決断だった。
 己の不足を認め、その上で、それを補おうとするのは誰にでも出来る事では無いのだ。
 その点を見ればイツキは、指揮官としての重要な要素を、花開かせてはいないものの持ってはいると評しえるだろう。
 そして、その決断の成果としてナデシコ戦闘団は十分な能力を発揮出来ていた。

 尚、ジュンがナデシコ戦闘団に対して命令では無く要請と云う形で指揮を執っている理由は、組織構造的な欠陥故にだった。
 どの様な理由は判らぬもののナデシコの艦内組織は、艦長の下に戦闘団や整備といった各班が並存する形となっており、副長と云う役職は、艦長の職務を補佐すると云う職務こそ明記されてはいたが、各班に対する指揮権は緊急時を除いて有しない。そう契約書に明文されていた事が理由だった。
 在る意味で暢気な話であった。
 戦場を知らないが為に作られた、そう評せるかもしれない。
 その事に、この段階で気付いたジュンは絶句し、ムネタケは怒鳴り、そして親会社(ネルガル)側の責任者であるゴート・ホーリーは呆然とその文言を見ていた。
 この一文は、ゴートやその補佐役として付けられていた財務と法務補佐のプロスペクターすらもあずかり知らぬ事だったのだから。
 結局、ナデシコの中枢で発生したちょっとした混乱は、後ほどに適正な処置を行いますとのプロスペクターの宣言と、後は関係者全員の少しばかりの融通によって解決したのだった。

 閑話休題。
 それまで、A班に属する2機の情報を確認していたジュンが誰に告げる為でも無く呟く。

「行けるか、な」

 現在位置と各機が持つ弾薬の残数、そして戦況。
 その全てを勘案した時、ジュンは1つの行動計画を立てていた。
 振り返って、指揮官を呼ぶ。

「ユリカ!」

「何、ジュン君?」

 それまでの漫才じみた会話を打ち切って、ユリカがジュンを見る。
 表情へ緊張感が一切浮かんでは居なかったが、同時に諧謔の色も無かった。
 付き合いの長さからだろう。
 ユリカは、ジュンの声色で何か真面目な話が在って呼んだ事を即座に直感していたのだ。

「ダイアンサス02の突破に、01と03を支援に回したいんだ」

「此方の状況と、両機の状態は?」

「状況は安定。状態は良好。02の突破行動に引き摺られる形で、圧力が低下してきている」

「弾薬のほうは大丈夫だよね?」

「ダイアンサス02の今の突破力なら、両機の保有量が危険域に達する前に合流、撤退は可能だよ」

「んーじゃ、大神戦闘団への連絡をして、アチラが強い反対を示してないなら、やっちゃってジュン君」

「了解、任せて」

 殆ど即答に近い形で、ジュンに許可を出すユリカ。
 その顔に不安の色は無い。
 今までの経験でユリカは、ジュンが石橋を叩いて渡る人間であり、特に軍事――命を預かる状況に於いては絶対に無理な行動を選ばない事を知っている。
 それ故であった。

 ユリカの言葉に、洒落て敬礼染みた挨拶をしてからジュンはメグミを通じて指示を出していく。
 その背を見ていたムネタケが嫌味じみて言う。
 余程に信じているのね、と。

「何たってジュン君は、私の一番大事なオトモダチ(・・・・・)ですから」

 自信に満ちた笑顔。
 含むところの全く無い、その朗らかな笑顔に、ムネタケは毒気を抜かれた表情を見せていた。
 そして一言、可哀想にと漏らした。
 その対象が誰なのか理解しかねたユリカは小首を傾げてムネタケを見ていた。

 少しだけ流れる、穏やかな雰囲気。
 状況は安定しつつある。
 誰もがそう思っていた。
 その雰囲気を打ち壊したのは、ルリの報告だった。

「ダイアンサス02、トラブル発生」

 ブリッジ中央の大画面には、無人機に距離を詰められたテンカワ機の姿があった。

 

 

――W――

 

 

 テンカワ機と士魂04の組み合わせが生み出した突進力は、壮絶の一言に尽きていた。
 進み、そして叩く。
 言葉にすればそれだけの、単純な行為ではあったが、同時にそれは、実行する事は遥かに難しい行為でもあったのだ。
 曰く、言うは廉く行うは難し。
 攻撃を受けぬように、攻撃をし易いように遮蔽物を縫って進む。
 回避しやすいように、行動の障害となり得る敵を効率的に叩く。
 並のパイロットでは成し得ない行為、それを行っていた。
 的確に支援し合う2機に、隙など無かった。
 無論、これが初陣である士魂04の行動は、無駄なく洗練されている。そう評するにはまだまだではあったが、その至らぬ所はテンカワ機が的確に支えていた。
 そして同時に士魂04の操縦者たるハヤミとマイは、アキトの操縦から多くの事を学んでいた。
 進路の取り方。
 遮蔽の使い方。
 乾いたタオルが水を吸い込む様に学習していた。
 訓練生の頃にも多くの事を学んではいたが、それでも実戦の持つ教育的効果の大きさは、並の訓練と比べるまでも無いのだ。
 実戦、そして経験豊富な操縦者の操る機体のすぐ傍から、その操縦を学べると云う幸運。
 ハヤミとマイはその意味を誤る事無く知覚し、十二分に活用していた。
 士魂04の挙動は、この戦闘に入る前と今とでは確実に変化――進化を遂げていた。

 

 画面一杯に、赤く点滅するEnemyの文字が書き込まれている。
 敵なのだ。
 周り中、その全てが。
 常人であれば交戦よりも撤退を前提に考えるであろう状況。
 否。
 選択にすらならぬであろう。
 生存本能の全てが、生残る為の算段を声高に叫んでいるのだから。
 だが、その操縦者たるアキトは、生存本能を意思をもって捻じ伏せて、戦闘の続行を選択していた。
 目的は敵集団の突破であった。

 アキトの目が多数展開している情報ウィンドウを忙しく確認していく。
 同時に、操縦槽の内壁に映し出されている外部映像も確認する。
 雑多と評してよいそれらの情報を、アキトは殆ど反射に近い形で整理把握し、対処していく。
 それは未来に於ける狂的なまでに行った訓練の成果、或いは遺産であった。
 故に、今のアキトにとってもエステバリスによる地上戦は初めてであったが、戸惑う事無く的確に対処、実行していけたのだった。
 だが、如何に操縦者が優れていようとも、全てが上手くいく訳では無かった。
 否。
 それどころか、機械的な問題というものはどれ程に対策を立てようとも絶対と云う事はありえないのだ。

電子警告音

 アキトの手元のウィンドウに、問題発生の文字が現れる。
 試作品のジャイアントアサルトに給弾不良(ジャム)が発生したのだ。
 自己修復プログラムが、自動的にジャイアントアサルトの診断及び復旧を図る。
 舌打ちと共にアキトは機体を旋回させて、遮蔽物へと潜り込ませる。
 基本的には枯れた技術で組み上げられたジャイアントアサルトの機構ではあったが、その弾丸だけは、対木星蜥蜴用に新規開発された特殊弾――装薬を増量した強装弾。
 それが原因だった。
 試作品らしい失敗であり、増量された装薬の力にジャイアントアサルトの機関部が耐えかねたのだ。
 目で見ても歪んで見える機関部、機能回復は物理的に不可能だった。

「っ!」

 小さな罵りを漏らすアキト。
 だが、アキトの行った反応はそれだけだった。
 何の未練も見せずにアキトはジャイアントアサルトを捨てると、イミディエット・ナイフを装備させる。
 到達目標であるナデシコまでの距離、約300m。
 残る敵無人機は、上を見ても40に届かない程度。
 あの時に比べれば、まだ楽だな。
 口の中で呟くアキト。
 あの時。
 それは過去、あの懐かしい世界での記憶。
 右も左も判らぬ状況で、それでも必死で戦った時の思い出。
 奇しくも、機体はあの時とほぼ同じになっている。
 敵の規模もまぁ似たようなものだろう。
 差異は、周辺の支援の有無。
 その点から考えれば、今は遥かに状況は安定している。
 アキト自身の技量も含めて。

「簡単じゃないか」

 小さな呟き。
 ならば行動は1つ、突破あるのみ。

電子音

 その腹を決めた時、電子音が機体に迫る無人機を捉える。
 ニィと笑うアキト。
 少し考えすぎていた様だと、笑うと奔り始める。

 横殴りの一撃。
 イミディエット・ナイフの切っ先が、華奢な無人機を一刀両断にする。
 炸裂する焔の花。
 それを突き破ってテンカワ機は突進を開始する。
 当るを幸い薙ぎ払う。
 イミディエット・ナイフで。
 脚で。
 ワイヤードパンチで。
 それはさながら暴風であった。
 だが無人機とて只々、やられるのを待っていた訳では無かった。
 誘爆した僚機の爆発を盾に、テンカワ機へと迫る機体達があった。

衝撃

 爆火を超えられたのは2機の無人機。
 1機が脚に。
 もう1機は腕、イミディエット・ナイフを握る右腕に取り付いていた。

「やるっ」

 怒りよりも、賞賛に類する声を漏らすアキト。
 脚に取り付いた無人機によって、それまでテンカワ機を戦場の支配者として君臨させていた機動力が一気に低下する。
 それを好機と見て、中距離に位置していた無人機が、ミサイルを一斉に発射する。
 殺到するミサイル。
 アキトは動じず、慌てて逃げない。
 ミサイルをひきつけ、近接信管の作動する寸前のタイミングを図って一挙に離脱。
 そして着地。
 テンカワ機の居た場所に火球が生まれるが、被害は無い。
 そのまま右腕を壁に叩き付けて無人機を排除すると、脚に絡みついた機体をイミディエット・ナイフで破壊する。
 僅かな時間、それは或いは隙。
 その隙を無人機は逃さない。
 バランスの取れた連携は、隙など微塵も無い。
 だがテンカワ機も1機では無かったのだ。

『テンカワ少尉!』

 追従して来ていた士魂04の支援射撃が的確に、敵を撃ち、崩し、そして粉砕する。
 正しく鉄火の嵐。

「助かる、士魂04」

『戯け! ハヤミ、通信は呼出貼付で行え。それからダイアンサス02、気にする必要は無い。僚機として当然の事をした迄だ』

 感謝の念に対して帰ってきたのは、何とも評し難いマイの言葉。
 苦笑するアキト。
 僚機としては当然かもしれない。
 だが本来支援機の士魂04は、ここまで進出する予定は無かったのだ。
 両肩のミサイルを使用した後は、該当地点にて支援射撃を実施し、適時撤退し、味方戦線へと合流する――それが当初の予定だったのだ。
 その事前の予定を無視して前進し、支援を行っていたのだ。

『試作機故の齟齬だな、コンピューターが撤退行動に関して情報を提示して来ない。故に士魂04は事前の命令に従ってダイアンサス02の支援を続行したのだ』

 それは、決して口で言う程に簡単な事では無い。
 特に、この様に敵無人機が豊富な状況では、並の操縦者ではしり込みしてしまうだろう。
 にも関わらず、平然と機器の故障で来たと言うマイ。
 それが言い訳であろう事は、極僅かな交流しか持たないアキトにも理解出来た。

「了解士魂04、機器の故障に感謝する」

『ウム。偶に故障も良い事がある――ハヤミ、笑うな!』

 士魂04の機内でどんなやり取りがあるのか、想像するしかないアキトではあったが、それが愉快なものであろう事だけは確信出来た。

 

 情報の確認。
 ナデシコ側からも支援機が向かっている事を確認したアキトは、突進の継続を選択した。
 火器を失ったテンカワ機であったが、立ち塞がるであろう敵機は上を見ても30には達し無い。
 そう判断するが故にだった。

『幸運を祈ります』

 礼儀正しく別れを告げるハヤミ。
 アキトは自機の右腕を掲げさせて応える。
 其処には、イミディエット・ナイフでは無く士魂04から借りた近接装備、イミディエット・ブレードが握られていた。

 

 

「何とも、凄いな」

 ゴートが抑揚に乏しい口調で呟いた。
 その視線の先には、イミディエット・ブレードを手に駆けるテンカワ機の姿があった。
 ジャイアントアサルト時程の素早さは無いが、1振り毎に確実に無人機を屠っていく。
 本来であれば非常時自衛用が前提である近接装備で、密集した無人機の突破を図る事は自殺行為と同義であったのだが、テンカワ機の挙動には、そう思わせぬ何かがあった。

「ですな。いやはや、衛星軌道上の戦闘履歴から見て、ここまで積極的な戦闘を得意とする方だとは思いませんでしたな」

 褒めるというよりは呆れると言う感じで、感想を述べるプロスペクター。
 腕が立つ。
 そう判断はしていたが、これ程のものとは思っていなかったのだ。

「的確だな。私も何人かの機動兵器乗りを見てきたが、これだけ豪胆な操作の出来る者は珍しいな」

 長い顎鬚を撫でながら呟いたのは、ナデシコの運用アドバイザーのフクベ・ジン大将であった。
 その、眉に隠れた目には、何か遠くを見る輝きが宿っていた。

「コレだけのパイロットがあの時、火星に1個中隊でも居てくれれば………或いは」

 それは全てを失った老人の嘆き。
 だが同時に、それは現実を見ていない発想でもあった。

「でも提督、あの時点で艦隊配備の機動兵器は極少数、近接防空と威力哨戒が中心でしたから無理だと思いますけど?」

 一切合財容赦なく呟くユリカ。
 更には、フクベの指揮した第1遊撃部隊の敗因は、無人機の跳梁よりも彼我の主力艦艇の圧倒的な技術格差によるものだ――そう、判定されていると付け加えた。
 フクベはユリカの言葉に苦笑し、だが否定だけはしなかった。

「艦長、確かに君の言う通りかもしれん。だがそれでも、そう思えてしまうのだよ。老人というものは」

 悪い癖だと笑うフクベ。
 その表情には粘性のものは無い。
 何処かしら、子を諭す親の様な表情であった。

「人は理屈だけで生きていける訳では無い。そういう事だよ」

 しみじみと言葉を紡ぐフクベ。
 その意味、或いは気持ちを理解するにはユリカはまだ若すぎた。
 だから何も言わぬままに小首を傾げて、その視線の先を見上げるしかなかった。
 駆け抜けるダイアンサス02。
 初顔合わせの多いこの状況に誰かが気を回したのだろう、その脇にはアキトの胸像と略歴が表示されていた。
 やや納まりの悪い髪と覇気を全く感じさせない表情が、糊の効いた連合宇宙軍第一種軍装を着込んでいるにも関わらず、何処かしら弛んだ雰囲気を見るものに感じさせていた。

「?」

 フト、ユリカは気付いた。
 その顔に何処か見覚えがある事に。
 何処か幼さを感じさせる顔に。
 ボサボサな髪に。
 半眼と言ってよい目つきに。
 それが1つに纏まる。
 常に、自分のベットの傍らに置いていた写真、その相手に。
 一面の草原。
 自分が作った花の冠を被せた相手。
 それは幼い頃の、幸せな記憶。
 とても懐かしく、そして忘れ難き記憶だった。

「アキトだっ!!」

 満面の喜色と共に叫ぶユリカ。

「何よアンタ、大声だして。吃驚するじゃないの!?」

 耳を押さえるようにしてユリカを睨むムネタケ。
 その視線に気付かぬように、ユリカはとても愉しげに言う。
 監督さんは白馬の王子様って信じます? と。

「ハァ? 何を言ってるのよアンタ。薬でも決めてるの」

 或いは脳味噌が弛んだか。
 新兵古参を問わず戦闘未経験者(チェリー)が初めての実戦、その恐怖に耐えかねて理性を手放す事は、現代に於いてもそこまで珍しい事では無いのだから。
 真面目に、不安げな眼差しでユリカを見るムネタケ。
 だがユリカはそんなムネタケの視線を一顧だにせず、夢見る表情で目の前で両手を組んでいた。

「ユリカのピンチには必ず駆けつけて来る、アキトは私の王子様なんだ」

 じっと大画面を見上げるユリカ。
 それは正しく、夢見る乙女の表情であった。

 

2004 3/24 Ver4.01


<ケイ氏の独り言>

 お久しぶりです皆様、もしかして忘れられているのかなーとか思ってるケイ氏です。
 当人も、毎度毎度の遅筆と、展開の遅さにガックリ来て反省しておりますので、お赦し戴ければ幸いです。
 つか汁!(マテ

 まぁ冗談は別にしても、ナンゴウのシーンとか丸々削れるんだよなーとか思ってますが、削れません(自爆
 だってケイ氏的な脇役趣味、親父キャラスキーが全開なキャラな訳でして(自爆
 そゆう訳で、こゆうキャラと絡んだ時が、ムネタケが輝く時ダヨナーとか言訳してますが、どうよ?(お
 まーU以降は、ナデキャラ全開だから、ナデシコ? と問われる屈辱だけは回避しているんじゃなかろうーかと愚考する事、小一時間。

 ま、それは兎も角。
 寄り道上等な我が愚作ではありますが、これを読んで下さる皆様が、ほんの一時でも愉しいと思える時間を過ごされれば幸いです。
 ではでは。

 

>代理人さん

 性犯罪者への厳罰、重罪化は当然の処置かと愚考します。
 私の様に幼稚園教諭2種保育士の資格を持った者にとっては少年少女の健全なる育成の為に我々社会人は万全を尽くすべきだとの想いが強いデスね。
 兎も角、児童福祉に関する資格を取った事に深い意味はありませんよ?
 合法ってのは大事だよねとか、色々とは思いますが(核爆

>>ムネタケ
 有能と云うよりもアレです、「ムネタケ、必死だな(w」な訳です。
 頑張るというか、命が掛かってるから必死と云うか(笑
 書いていて思いました。
 ボケツッコミの関係から、ユリカとのコンビがビミョーに気に入ってしまいました(笑
 ああ、2人とも良いキャラです。
 でもそうなるとジュン君が(自爆

 

 

 

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代理人の感想
原作と同じく、このタイミングで思い出しましたか。
さてさて、どうなることやらね。(笑)

>ナンゴウ
 「馬鹿かね?」の下りで思い出したのは青い肌に金髪碧眼の某総統だったり。(爆)
 なので、私の脳内のナンゴウは細面で伊武雅刀声のダンディに大決定。ワイングラスくゆらせて、「我が日本軍に下品な男は不要だ」とか言い切っちゃうの(核爆)。