困難に挑戦することを人に恐れさせるものは信頼の欠如だ。
私は自分を信じている。

モハメド・アリ

 

 


 
機動戦艦 ナデシコ

MOONLIGHT MILE

 

第一幕 Arc-Light
Xb

戦場に絶対は無く


 

 

――W――

 

 

 深海を行く潜水艦。
 従来の葉巻や涙滴の形では無い、異形の船体をした艦。
 排水基準量7800t。
 それは日米英共同で開発された、従来型潜水艦とは比べ物にならぬ程に高い能力を持った艦――先進作戦遂行(アドバンスト・オペレーション)艦だった。
 今、暗海を往く潜水艦は、その6番艦。
 日本海軍に所属する艦、りゅうおうであった。

 

 電力消費を抑える為、灯火が非常用へと切り替わっているりゅうおう艦内。
 その薄明かり中で乗組員達が戦闘の準備を繰り広げていた。
 本来、りゅうおうは莫大な電力を生み出す発動機を搭載している。
 核融合炉。
 日本海軍の艦艇としてはアドミラル56に次いで2番目の搭載艦。
 潜水艦としては初めて搭載したりゅうおうのソレは、潜水艦用としては過剰な程に高い出力を持った発動機であったが、超伝導推進システムやロレンツィーニ探知システム(ビジュアル・ソナー)等と、電力を大量に消費するシステムを装備していた為に僅かでも電力消費を抑えようとしていたのだ。
 誤差として判断される程度の数値を抑える。
 それを大事と考えるか無駄と考えるかは、性格の違い程度の話かもしれない。
 そしてそれを無駄と考えぬ漢が、この日本海軍最優秀潜水艦の称号を持ったりゅうおうの支配者――艦長のイガ・トクヒロ大佐だった。

 

「どうだ、副長」

 癖で、右目を瞑ったままに口を開くイガ。
 相手は遥か昔は先任将校と呼ばれていた時代もある潜水艦の副長、ユーリ・マヤコフスキー少佐。
 名前からしてロシア系のユーリであるがれっきとした日本人、露系日本人だった。

「はっ、横須賀からの通信ですがやはり………」

「アタリは出ていなかったか」

「残念ながら。今のところ確定しているのは、豊後水道以北には居ないというだけです」

「哨戒機を20機も繰り出していてその程度か。実質対潜戦なんだぞ。海自以来の伝統、お家芸の名が泣くな、こりゃぁ」

「はっ」

 イガの言葉に、まるで自分が叱責されたかの様に身体を硬くするユーリ。
 申し訳ありません、そう言わんばかりの態度だ。
 そんな副長の姿に苦笑を禁じえないイガ。
 もう少し諧謔を解する柔らかな人間になればな、とユーリを見るイガ。
 イガの見るところユーリが艦長任務に就くのに能力的な不足は無い。
 只性格として、潜水艦艦長として海中を支配し続けるには部下に上手く息を抜かさせる事も重要なのだが、どうにもそれが苦手であると感じられていた。
 もう一皮剥けねば、と。

「只、水中聴音哨戒網(SOSUS)の情報からですが、太平洋側へと脱出した気配は無いそうです」

「何処かで着底したか、或いは琉球海溝に潜り込んだか、か?」

「はい。市ヶ谷では後者の可能性が高いと判断している模様です」

「トライ・タワーか。横須賀はどうだ?」

 市ヶ谷――日本国防省の建物は、その構造からトライ・タワーの略称が付けられていた。
 米国の国防総省(ペンタゴン)等と並ぶ海洋国家共同体の国力の象徴であった。
 そして横須賀の基地には日本国潜水艦部隊の司令部、潜水艦隊司令部が置かれていた。

「特になにも。只、横須賀の第2潜水隊群も出動したと」

「連中にもAO艦が居る。それに2潜群の親玉は果断だ。或いは他の艦も今日中には出張ってくると考えられる。フン、横から来た連中に獲物を攫われては堪らんな、副長?」

 茶目っ気を出し、唇の端で笑うイガ。
 その時、ユーリの襟元に付けられた艦内専用の通信機が着信を伝える。
 相手は艦の後部にて核融合炉の保守を行っている機関長だった。

『此方機関科。主機関及び蓄電、共に異常なし。艦内の方も問題は無し』

 要件だけを伝えると、通信はさっさと切れる。
 ご苦労、そうユーリが口にする途中で。

「相変わらずだな、ウチの機関長殿は」

 非礼とも呼べる機関長の態度を、苦笑と共に受け入れるイガ。
 一種の実験艦であるりゅうおうの装備はクセの強いものが揃っていた。
 それ故に、という訳では無いだろうが、乗組員達にも個性的な人間が揃っていた。
 尤も、その能力も個性的ではあったのだが。

「はっ」

 なんとも云い難い、そんな表情で苦笑するユーリ。
 空咳を1つすると、姿勢を正して副長としての職務を遂行する。

「兎も角、艦内の状況は確認させました。主機関と蓄電率、共に問題ありません。本艦は艦長の求められる全ての作戦行動が即時可能です」

 機関長の報告。
 それは横須賀からの連絡を確認したユーリが、先回りして艦内状況の確認を行わせたのだ。
 それを機関長が報告した理由は、機関長が被損害時の責任者(ダメージコントロール・コマンダー)だからに他ならない。

「そつが無いな副長。ご苦労。では1つ、琉球海溝の冒険と洒落込もうじゃないか」

 

 

――X――

 

 

 群青の大空に浮かぶ大小7つの影。
 連合宇宙軍第5艦隊所属の打撃部隊、第53任務部隊(トビウメ・ストライク・グループ)だった。
 旗艦であるトビウメとナデシコの2隻の戦艦を中心に3隻のザクセン級打撃巡航艦と、防空用の能力を強化されたM型仮設巡航艦(マルシップ)が2隻。
 それが第5艦隊の持つ打撃部隊の全て。
 元々、宇宙航路の護衛を担当する部隊であった為に大型艦の在籍は少なかったとは云え、何とも寂寞たる光景であった。
 尤も、数こそ少ないが各艦の状況は良好であり、又、今までの戦訓を元にした様々な改装を施されている為、その対CHULIP能力は極めて高いものがあった。

 少なくともそう思わねばやっていられない。
 そんな事をムネタケ・サダアキ中佐は思っていた。
 ナデシコ運用監督等と云う役職を与えられてはいたが、出来る事は限られていた。
 実質、助言者でしか無いのだから。
 在る意味で参謀畑一本槍で軍務に務めてきたムネタケに似合った役職だった。
 只、過去の状況との違いは上司にあった。
 事実上の上司、ナデシコの指揮官――艦長、ミスマル・ユリカだ。

溜息

 余りにも重い吐息と共に、ムネタケは視線を艦内に移した。
 そこには逃避したくなる現実があった。

 

『嗚呼ユリカ。本当に大きくなって、パパは嬉しいよ』

「もう、お父様ったら。それを言うのは7回目ですよ?」

『ユリカ。褒め言葉は何度言っても良いんだよ。こんな軍務の途中でなければ、直に会いたかったよユリカ』

「お父様ったら寂しがり屋なんですもの。一昨日に会ったばかりですよ」

『あっはっはっ、子離れ出来ん父を哀れんでくれユリカ』

 等など。

 

『ユリカ。軍務とは大変なものだ。他人さまの命を預かるのだからな』

「はい。お父様」

『だから軍務中の私は、お前の父であって父では無いのだ。非常な父を赦しておくれ、ユリカよ』

「お父様、私とて軍の士官学校を出たのですから、そこら辺は判っていますよ」

『嗚呼ユリカ、立派に育って』

 等など。

 

『本当はな、ユリカ。軍務でお前に会えると判ってお土産を持ってくる積りだったのだよ。だが、軍務中に私用で外に出る訳にはいかんからな』

「残念でしたわね、お父様」

『嗚呼、本当に残念だ。軍でも法規は柔軟に扱わねば成らぬのでは無いかと思う訳だ』

「ですが、柔軟すぎる運用は組織の腐敗を生み出しますよお父様」

『流石だよユリカ。そう、それが問題なのだよ』

 等など。

 

 親子の感動の対話は、当然ながらもエンドレスであった。
 尤も、2人とも今の状況を完全に失念している訳でも無く、方や各種参謀が、方や副官のアオイ・ジュンが何事かの相談ごとを持って来る度に真面目な顔に戻って対応をしていたのだが。
 的確な指示を出していく所は流石ではあったが、同時に何か間違っている。そうムネタケに感じさせていた。

「ご苦労様」

 定時の状況報告を行ったジュンを、ムネタケが慰める。
 渇いた笑みで答えるジュン。
 コレが僕の仕事ですから、そう言わんばかりの態度だった。
 それからムネタケにも、分析の終った情報を載せておきましたからと告げる。
 ナデシコに於ける報告、情報交換は基本的にナデシコ艦内用ネットワーク上にて行われる。
 にも関わらず直接口頭にても報告を行う理由は、乗組員間でのコミュニケーションの増進にあった。
 狭い艦内で長期間過ごすのである。
 その人間関係を良好に保てる様に努力する事は大事な事であった。

「で、アンタから見て状況はどう?」

「何時もの事です、あの人たちの会話は」

「馬鹿っ! 誰がアレの話を振るかっての。アレの」

 強い口調で断言するムネタケ。
 その視線は艦長席と、その向いの通信ウィンドウに向けられている。
 かなり強い視線だ。

「連合宇宙軍内でも有名よ、あの提督の親馬鹿っぷりは。1歩間違えれば馬鹿親だってね。って、違うわよ!! それよりも状況よ、状況!!! 周囲の」

「ああ、ソッチでしたか」

「普通は………って、アレを見た後じゃ、ソッチに思考が集中するわよね。悪かったわね」

「いえ、私も少し気が抜けてました」

「仕方ないわよ」

 慰めるというよりも、同意する様に告げるムネタケ。
 状況は平穏そのもの。
 刺激と言えば、この素敵な親子の会話だけ。
 そんな状況で気を張り詰め続けろと云うのが無茶なのだと、ムネタケも思っていた。

 艦内ネットワークの共同空間を閲覧するムネタケ。
 暗証コードを打ち込む事は無い。
 手首に巻きつけたコミュニケによって使用者の生体パターンで認証を行う為、その必要が無いのだ。

「見事に纏められているわね」

 自然と漏らしたムネタケ。
 ジュンの報告は、その言葉どおりだった。
 ジュンが纏めた情報は極めて判りやすく分類されており、関連情報の検索も容易に出来ていた。
 士官学校時代は、ユリカの影に隠れて目立たない存在だったが同期2位の順位は伊達では無かった。
 感心しながら検索するムネタケ。
 だが肝心の内容は、こと情報密度の面で良好とは言い難かった。
 無論その責任はジュンに帰するものでは無い。
 更に言えば、日本国防軍と連合艦隊第5艦隊が主力と成って行われているCHULIP捜索は効率的に実施されており、捜索側の問題よりも逃亡側、CHULIPが効果的に逃亡を行っていると評するのが的確だろう。
 愚にもつかない事をつらつらと考えながらムネタケは情報を吟味していた。
 そんな艦橋の直ぐ外側を、エステバリスが駆け抜けていった。

 

 

『イーッヤッホゥ!! ご機嫌だぜコイツは、博士よぅ!』

「莫迦野郎! ご機嫌も糞もあるか!! まだロールアウトしたての試作機なんだ、壊すなよ」

『心配しなさんなって。ブリーフィングの内容は覚えてる。このガイ様が無茶する筈がねぇって』

「既に一基、フレームをスクラップにした奴の科白じゃねーぞソレは」

『がっはっはっ、心配御無用! キッチリ試験をしてみせようぞってなぁ!!』

 ウィンドウの向こう側でヤマダ・ジロウ、自称ダイゴウジ・ガイは高笑いと共にエステバリス飛翔フレームを操っていた。
 エステバリス飛翔フレーム。
 それは0G戦用フレームを基に、1G下での空中機動能力を付与したものだった。
 基本的には0G戦用と同じ、重力波を利用した慣性制御システムが搭載されてはいたが、その出力は低く抑えられたものとなっていた。
 航続性能の為である。
 重力波推進システムは汎用性に富むシステムであったが、同時に極めて燃費の悪いシステムであったのだ。
 母艦の直脇として運用するだけなら問題は無かったが、それだけでは運用の柔軟性が乏しくなる。
 それ故に、主推進システムには重力波方式では無くジェット推進――ガスタービンエンジンを2発背中に背負う機体となったのだ。
 両足は構造を簡素化して空力系の姿勢制御機能へと特化する事で、ネルガル技術部は極力エネルギーを必要としない飛翔システムを構築したのだった。
 この結果として、飛翔フレームは母艦の支援下を離れても約2時間の稼働時間を確保する事に成功していた。
 尤も航空機同様の飛翔システムであるが故に、機動性能に於いて木星蜥蜴の無人機を完全に凌駕するには到っていなかった。

「馬鹿が。直線番長に乗って浮かれやがって」

 不機嫌そうに言い捨てるのは、ナデシコ整備班長のウリバタケ・セイヤ。
 通信機を切ると、そのまま椅子に背中を預けた。
 直線番長。
 それが正しく飛翔フレームの状況であった。
 飛ぶ事の出来るエステバリスであったが、それだけ。
 飛翔システムとしては従来型の航空機と大差の無いモノであったのだから。
 場所はナデシコ艦内の整備班指揮所。
 非常時には艦内の復旧対策も担当する、第2予備指揮所(ダメージ・コントロールセンター)も兼ねた場所だった。

「だが情報収集には有意義だな」

 冷静に指摘するのはテンカワ・アキト。
 灰色の作業用ツナギを着ている。
 壁に背を預けたその手には、火の点いた煙草があった。
 私室を除けばナデシコ艦内で唯一、この整備班指揮所だけが喫煙可能な場所だったのだ。
 アキトは、すこしだけ疲れた感じで吸っている。

「まぁな。限界性能を知るには便利だよ。それは否定しねぇが………」

「そう思わなければやってられないだろ?」

「ああ。違いない」

 ウリバタケも苦笑と共に肯定する。
 今、ヤマダが操っているエステバリス飛翔フレームは純然たる試作機だった。
 ネルガル側では当初、空戦フレームの仮称を与えられた純重力波推進式フレームの完成まで空戦用のフレームを開発する予定は無かった。
 繋ぎと判っている機体に掛けるコストが無かったと云う面もある。
 だがそれ以上に、人材的にも陸戦型エステバリスの開発が佳境を迎えており、余裕が無かったのだ。
 にも関わらず、それが変更された理由はアキトだった。
 火星でのナデシコの運用を考えた場合、木星蜥蜴の無人機が空中戦闘能力を持つ以上は、空中からの支援も必要では無いかと指摘したのだ。
 そしてそれに、運用アドバイザーであるムネタケが賛成したのだ。
 陸戦に於ける航空兵器の優位性。
 それは、戦場に於けるある真理でもあったのだから。
 それ故に、エステバリス飛翔フレームは開発される事となった。
 設計や製造の各部門に対して混乱と過労とを引き起こしながら、飛翔フレームは開発されたのだ。
 産声は怨嗟の声と共に。
 だが全くの余談ではあるが、この関係者の全てが繋ぎとしてしか認識していなかったフレームは、後の空戦型エステバリスの母体となり、連合宇宙軍以外では最も採用される機体となったのだったが、この時点でそんな未来を知る由も無し。
 只言える事は、この一点をもってしても、ネルガルがスキャパレリ・プロジェクトに対して運用アドバイザーとして実戦経験者(アキトやムネタケ)を受け入れた事は全くの成功であったと云う事だろう。

 この試作フレームは3つ分製造され、ナデシコに積み込まれていた。
 その1号機が、漸く組み立てと各種調整を終えたのだ。
 戦闘配置中にこの様な試験を行っている理由は、簡単に言って暇だったからだ。
 ナデシコに搭載されている気圏用フレームは空戦能力の無いエステバリス陸戦フレームだけであった為、今の様な洋上配置では出来る事が無かったのだ。
 だからとは云え、試験を敢行する辺り、効率優先の民間企業故と言うべきか、或いはナデシコ故にと言うべきか。

「まっ、各種情報は集めてる。自己責任でする分は構わんさ」

 匙を投げる様に言うウリバタケ。
 だがそれ以外に言い様が無い。
 散々注意しても、自分のやりたいようにする。
 結果として、経理他、裏方全担当のプロスペクターがヤマダに一筆書かせるまで決着は着かなかった。
 決着は、曰く自己責任(・・・・)
 戦闘中は別にしても、それが個性であるならば認めよう。
 それがナデシコの雰囲気だった。
 伊達に、“能力優先人格二の次”がキャッチコピーの人材収集はしていないと、アキトは苦笑を浮かべながら納得していた。

「壊さなければいいんだがな」

「なに、3号機のパーツがある。俺が何の為にアレを組み立てないで居るとおもってやがる、え?」

「短期間での修復は可能、か」

「おう、コッチに居る間に全員がある程度は習熟してなきゃイカンのだろ、アレの?」

「ああ。そうなれば在り難い………そう言えば2号機は?」

「もう少し掛かりそうだな。仮組みは終ってるんだが、後ボチボチと調整せんにゃならん。それに、あの馬鹿のお陰で洗い出せた部分の改修があるしな」

「?」

「いや、量産まで考えた構造とかを考えにゃならなくてな。給料の内と言われりゃ文句は言えないが」

 そう言ってウリバタケは、言葉の割りに愉しげな風に煙草を吹かした。
 量産。
 その言葉に、怪訝の念を顔に浮かべるアキト。
 飛翔フレームは3機のみの製造、状況次第で予備機は考える。
 パーツ状態での搬入時に、ナデシコの裏方監督担当のプロスペクターが断言していたのだ。
 にも関わらずの言葉であった。

「売れそうらしいんだな。コレが」

 最終的には陸戦型エステバリスよりも売れるのでは無いか。
 それがネルガルの調査部、戦場及び兵站状況把握調査(マーケット・リサーチ)部門の出した結論だった。
 既に日本国防軍や、米国や独国なども大量発注を掛けている陸戦型エステバリスよりも、空戦用のエステバリスが売れる、と。
 陸戦型エステバリスは確かに市街地での対無人機戦闘能力は高い。
 だがそれは他をもって補えぬものでは無いのだ。
 戦車やその他の実弾兵器を大量に配備する事で補いがつくのだ、陸上戦闘に於いてのみは。
 実用化と小型化が猛烈な勢いで推し進められている対歪曲場弾頭誘導弾(アンチ・ディストーションフィールド・ミサイル)が部隊配備される様にもなれば、高価で、更には製造施設まで一から作らねばならぬ陸戦型エステバリスの必要性は薄れるだろう。
 そう判断していたのだ。
 これに対して空戦用のエステバリスは違う。
 如何にADMが開発されようとも、木星蜥蜴の飛行可能な小型無人機を追従し撃破可能な高機動誘導弾は容易には開発されないだろう。
 少なくとも、この戦争の間中は。
 そうなれば空に於いて最良の攻撃手段は銃器――質量兵器のみとなる。
 その質量兵器の運搬手段(プラットフォーム)に、現用の航空機群では足りえないのだ。
 故に、空戦用のエステバリスとなる。

「そういう訳で、色々と面倒なんだわ、コレが」

 ポリポリと頭を掻くウリバタケ。
 元々の飛翔フレームを開発したのはネルガルのエステバリス開発チームである。
 だが開発チームは航空系機動兵器の開発に対する技術蓄積が乏しく、その為に完成した飛翔フレーム試作機は実戦に投入出来そうなものでは無かった。
 空力バランスや重量バランス、重心の問題などと経験の不足が出てしまっていたのだ。
 それを、実戦で使える様に改良したのがウリバタケだったのだ。
 違法改造屋として様々なものを改造し尽くしていたウリバタケは、それ故に経験があったのだ。
 その経験と実績を買われてこの飛翔フレームの量産向け改造を担当する事となったのだ。

「だが愉しそうではあるな」

「判るか? まぁな。予算設備は使い放題で制限は殆ど無し。後は使えねぇ機体を再生させるだけ。燃えるシチュエーションってやつよ。技術屋冥利に尽きるってな!」

 最後にヌハハハッと高笑いを上げて、新しい煙草に手を伸ばす。
 その時だった。
 他人の神経に障る、高音の響きが整備班指揮所を襲ったのは。

「CHULIPを発見したのか」

「だな」

 ウリバタケの問いかけに、警報の種類からそれを察したアキトが首肯する。
 その答えにウリバタケは火を点けたばかりの煙草を灰皿に乱暴に押し付けると、整備所の拡声器に繋がっているマイクに向かって大声を張り上げる。

『テメェ等、仕事の時間だ。気合を入れろよ!』

「応!」

 整備班員達の威勢の良い声が木霊していた。

 

 

――Y――

 

 

 洋上を飛ぶ艦載型対潜哨戒機SV-32E。
 濃紺の洋上迷彩の施された機体、その後部には申し訳程度の大きさで国籍標識が記入されていた。
 赤い真円(ミートボール・マーク)
 日本海軍の主力艦載対潜機だ。
 21世紀初頭に開発された機体を祖に、進化を重ねた双発の汎用ティルト・ローター機を母体に開発された機体だ。
 大型の母艦を必要とする高価な機体であったが、それ故に固定翼対潜哨戒機並とまでは言わないものの、それなりの高性能を誇っていた。

 真っ暗なSV-32Eの後部貨客室(キャビン)
 乗組員達の前に置かれた電子機材のみが光源だった。

「どうだ?」

「アタリ…ですね。多分ヤツですよ」

 まだ表情に若さを残した戦術航空士(TACO)の問いかけに、かなり年季の入った風貌の対潜員(SS)が、片側のヘッドフォンを上げて答える。
 唇を呆れる様に歪めて続ける。

「私も飛ぶようになって長いですが、こんな無茶苦茶な音紋は初めてです」

「全長700メートル近い化物だからな。水中を動くだけで非常識だ――航法通信士(NAVCON)、広域通信帯で発信、本文・我敵ヲ発見セリ。時間と場所だ。
 それから操縦士、回避行動自由だ、逃げろ。発信すると、コッチの事がバレる。直ぐに直援が上がるだろうからな」

「居続け無くても良いんですか?」

「英雄志願は好みじゃ無い。居ても精々が数分だ。それで皆して仲良く2階級特進か? その数分に意味があるならまだしもな見てくれ優先、美談の犬死は冗談じゃ無い」

 混ぜっ返したSSに、妻子養ってるのに英雄志願なんて冗談じゃ無いとの素直な感情を発露させたTACO。
 機長(PPC)も兼ねているTACOの言葉は絶対だった。
 だがそれ以上に、その言葉に込められた極真っ当な言葉が、乗組員達の気持ちを動かしていた。
 命は惜しい。
 その当たり前過ぎる気持ちに応じる様に操縦士はアイと短く答えると、即座に機体へ回避行動を取らせた。
 そしてNAVCONは、何時もよりも若干早口で報告を発信する。

「びしょっぷ3ヨリ発信。我敵CHULIPヲ捕捉セリ。場所ハ………」

 日本海軍のみならず、近隣の連合宇宙軍艦艇でも傍受出来る様にと広域通信帯で発信を開始したNAVCON。
 それが戦いのゴングとなる。

 

 

 水中を駆け抜ける影、鋼鉄の魚。
 日本国潜水艦部隊の主力対潜兵装、88式重魚雷だった。
 その数、6つ。
 88式重魚雷は、高速重魚雷の分野では世界的な主流であるロケット魚雷――水泡滑空式(バブル・スライダー)駆動では無く、敢えて旧式に分類される水流噴射式(ウォーター・ジェット)の駆動システムを搭載していた。
 その理由は1つ、射程距離である。
 ロケット魚雷は、その泡に包まれながら水中を飛ぶ(・・)と云う駆動方式の特性上、魚雷側から外部を探知する事は困難であり、それ故に誘導攻撃を行う為には発射母艦と有線にて接続されている必要性があったのだ。
 この技術的な必要性故に、その誘導型の有効射程距離は約15kmが限界であった。
 これに対してジェット魚雷は旧時代の魚雷の延長線上にあり、当然ながらも自己誘導が可能である為、その射程距離は推進剤次第で何処までも伸ばす事が可能であった。
 そして88式重魚雷の最新型、88式重魚雷3型は実に60km近い射程距離を誇っているのだ。
 射程距離実に4倍。
 最大速力に於いてロケット式に倍近く劣っているにも関わらず、日本海軍がジェット式を愛用し続ける理由は其処にあった。
 そしてこれこそが、日中の潜水艦の命運を別けるのだった。

 尚、当然ながらもその標的はCHULIP。
 巨大な質量の疾走音を察知したりゅうおう、イガは迷う事無く88式魚雷の最大射程での攻撃を実施したのだった。

 

 激しくゆさぶられるりゅうおう。
 艦中央部に設けられた中央発令所。
 水中を進むと云う艦の性質故に存在する、艦容量の限界から艦橋も兼ねた其処が、りゅうおうの中枢であった。
 赤黒い非常灯の下、ディスプレイだけが輝いている。

「炸裂音2、目標到達時間前です」

 イガが問い掛けるよりも先に、出来物のユーリは手元のストップウォッチを確認して報告する。
 その報告の意味するものに考えを巡らせ、素早く決断を下す。

対魚雷用魚雷(ATT)、2番4番発射! データは入力せず、自己判断モードで使用。安全距離は最短でな」

「了解!」

 質量を放出した為の振動が、りゅうおうを揺らす。
 矢継ぎ早に指示を出すイガ。

聴音手(ソナー)予備(スペア・ソナー)を潰しても構わん。外周に注意しろ。無人機が居る筈だ」

「了解!」

 その指示に、外していた聴音レシーバーをはめ直す聴音手。
 制御卓の摘みをひねり、聴音システムを正規のものから予備へと切り替えさせると、鼓膜保護用に設けられている安全装置の感度を最小に落す。
 聴音手は、耳だけは護るつもりだった。
 水中と云う極限の戦場では、彼こそが艦の耳であり目であるのだから。

「時間です」

 短いユーリの言葉。
 その次の瞬間に、聴音手は破裂音を知覚する。

「命中! 炸裂音3!!」

 その報告が終るよりも先に先程よりも更に強い振動がりゅうおうを弄る。
 激震。
 初撃の弾頭は通常の炸薬では無かった。
 NN弾頭(ノー・ニュークリア・ボム)魚雷。
 地球環境へと甚大な影響を与える可能性がある為に、使用の制限されている兵器だった。
 それを初手から投入する所に、イガの大胆さがあった。

「1発は逸れたか…副長! 艦内の損害報告。聴音、出来る限り速めに情報を頼む」

「了解!」

 2人の声が重なる。
 ユーリが通信機越しに各部への報告を求め、聴音手は機材を操ってCHULIPの状況を少しでも知ろうとする。

爆発音

 音源は先程よりも近く、その振動は比較的に小さい。

「っ! 艦長!! ATTが命中した模様です。距離1200!!!」

 顔をしかめ、耳を押さえながら叫ぶ聴音手。
 それから付け加える、爆発音の前に小さな走行音を拾ったと。
 数は1。
 その意味を誤る事なく理解するイガ。

「矢張り無人機か、秦級を沈めたヤツだな。ATT6番8番10番を発射。モードは先程と同じで。次弾装填急げよ」

 木星蜥蜴は、無人機を魚雷の様に使っていたのだ。

「艦長、本艦の被害は軽微です。漏水一箇所、既に止めたとの事です」

「ご苦労」

「提案ですが、マスカーを使用しては如何でしょうか?」

「まだ早いな、副長。2番に欺瞞魚雷(デコイ)を装填しておいてくれ。行動プログラムは戦術パターン2でな」

 ユーリの提案に少しだけ思考を振って、それから否定するイガ。
 イガの見る所、木星蜥蜴は当然というか水中での戦闘に不慣れだった。
 故に、水中で音を完全に遮断できるマスカー・システムの存在を出来る限り最後まで悟らせたく無かったのだ。

「はっ」

 その事を、同様に考えていたユーリは即に頷き、それから艦内系の無線機を動かした。

 

 

 海中での戦闘は続く。
 能力的には劣るものの、その錬度の高さでそれを補うりゅうおう。
 対してCHULIPは、圧倒的な能力の高さで、りゅうおうに翻弄され尽すのを防いでいた。
 それは正しく死闘であった。

「副長、兵装と被害状況の確認を頼む」

 そうイガが口にしたのは、戦闘が始まって30分後。
 装填されていた兵装の尽くを使い果たし、音波伝播速度の変化境界線(レイヤー)を潜って隠れた時だった。
 戦闘は休止状態となっている。
 海中で周囲を探索できる手段は音のみ。
 どれだけ科学技術が進んでいようとも、水中で電波が減衰するという現実までは補えない――そうイガが読み、それが当ったが故の状況であった。
 そしてもう1つ。
 相手は水中での戦闘に慣れて居ない。
 慣れていればこの程度の行動に、気付かないはずは無いのだから。
 りゅうおうの居る位置はCHULIPの20km後方、その50m程深いだけと云う、極めて近い場所だったのだから。

「水中戦の先達としては、この程度の相手に遅れを取る訳にはいかないからな」

 誰に言う事も無く呟くイガ。

足音

 出来る限り音を発生させない為に、柔らかなゴム底の靴音がする。
 そのテンポで、誰が来たのか把握する。
 ユーリだ。

「艦長」

 小声で口を開くユーリ。
 その報告の内容を一言で言うならば、継戦は可能。但し、一戦に限り。であった。
 攻撃兵装は現在装填済みで撃ち切り。
 防御兵装の充足率は2割を切っていた。
 艦の状況に関しては、かなり苦しいという所であった。
 左舷は、直撃こそ無かったものの、少なからぬ数の至近爆発を受けた事による漏水が何処其処で発生しており、浸水量は馬鹿に出来ない量になりつつあった。
 又、その影響で左舷側の推進器が不調を訴える様になっていた。
 機関長が必死になって整備をしていたが、応急処置だけではどうにもならない様であった。

「しかし折角の実戦、しかも近接戦を仕掛けてるってのにロレンツィーニ探知システムが故障とはな」

「残念ながら復旧には、一度完全に分解せねばならぬそうで」

「新装備はなかなかモノにならんものだな」

 期待の新装備――得られた音響データを基に、音波の減衰の為に近距離に限ってであるが水中状況を3次元立体的に表示出来ると云う画期的な水中探知システム。
 それがロレンツィーニ探知システムだったのだ。
 視野皆無の水中での戦闘に、画期的な影響を与えられる装置。
 開発を行った日本国防省技術研究本部の人間達はそう誇っていた。
 だがその画期的装置も、実戦で動かなければ意味が無い。

 イガも多少は期待していた面もあった為、この局面での体たらくに落胆を感じていた。
 尤も、そんな事はおくびにも出さなかったが。

「さて副長…このまま逃げるのもありだな?」

「艦長!」

「冗談だ」

 ニィと笑うイガ。
 同じ艦に乗り組んでから1年以上も経過した今、イガの性格を大分掴んできたユーリは撤退の言葉が冗談だとは判っていたが、それでも反射的に口を開いていたのだ。

「では?」

「最後に下から一撃喰らわして、水面に弾き出す」

 そう言って極めて攻撃的な機動を示すイガ。
 そして最後に問う。
 出来るな、と。
 是非も無かった。
 瞳にだけ興奮の色を浮かべながらユーリは力強く頷いていた。

 

 

 巨大な水中爆発。
 そして状況は、新たな段階へと突入する。

 

 

 洋上を行く艦隊、第1航空護衛隊群。
 日本海軍の誇る最新鋭空母アドミラル56を中核とした部隊だった。
 その飛行甲板上では続々と艦載機が発進していた。
 海洋国家共同体海軍部隊の主力艦載機、F/JA-17雷電(サンダーボルト)
 対空戦闘から対艦対地まで全てをこなせる汎用戦闘機だった。
 その腹部に、深海部での対潜攻撃を目的とした大型の重魚雷を抱えている。
 核融合炉の豊富な電力に支えられたリニアカタパルトが、その鈍重になった機体を大空へと打ち出し続けている。
 火事場の如き喧騒。
 だが忙しいのは甲板上だけでは無かった。
 群司令部室に入っている第1航空護衛隊群司令部も大忙しとなっていた。

「第2チームはまだ上げられませんか」

 やや老境に達しつつある風貌をした群司令官が、誰に言う事も無く口を開いた。
 顎鬚を軽く撫でながら、壁面の統合ディスプレイを見上げる。
 それに答えたのは、その傍らに立っていた参謀長だった。
 参謀長は、手元のディスプレイで状況を把握すると、宥める様に口を開いた。
 後、10分は掛かりそうだと。

「甲板上の誘導で時間を取られた様です」

 否、誘導だけでは無かった。
 雷電の武装換装はおろか、機体チェックにまで通常以上の時間を取られていた。
 それは錬度の低さが原因だった。
 海中での大規模爆発音を、その発生位置までを把握するまでは早かったのだが、それから先は、どうにも成らなかった。

「訓練未了のつけが出たという辺りですね。りゅうおうが持つ事を祈りましょう」

「艦長のイガは粘り強い男です。航空隊の到着まで必ず………」

電子合成音

 警報が鳴り響く。
 誰かが声を上げた。
 木星蜥蜴無人機、洋上に確認と。
 部屋に居る全員が壁の複合状況表示ディスプレイを見上げる。
 そこには10個の輝点、木星蜥蜴の無人機が飛び立った事が表示されていた。

「りゅうおうを沈めたか、或いは逆にたたき出されたか。さてさて」

「後者である事を祈りましょう」

「ええ。ですが参謀長、そうなると換装した意味が無くなりますね」

 少しだけ苦笑を浮かべた群司令官。
 参謀長は脳内で計算をすると、即座に報告をする。

「今、飛んでいるチームがまだ20分は現空域に留まれる筈です。そこで決着をつけさせましょう」

「上がってくれば、ですね。良いでしょう、換装の行っていない機体はそのまま上げなさい。換装済みの機は射出後、沖縄を目指させる様に。
 通信参謀、嘉手納基地にその旨の連絡を。
 航空参謀、各航空機への指示は任せます。ああそうだ、1個小隊だけは残すように。万が一、前者の可能性を無視は出来ませんからね」

 それまでの好々爺然とした雰囲気を崩さないまま、一息に指示を出す群司令官。
 その言葉に鞭打たれたかのように、参謀たちは駆け出す。

電子音

 甲高い音が、艦隊に迫った脅威を報告する。
 それは、敵性航空機が艦隊の防空圏に接触した事を告げるものだった。

「ちぃ、速いぞ」

 誰かが罵り声を上げた。

 

 一丸となって第1航空護衛隊群を目指す木星蜥蜴の無人機。
 迎撃の航空隊は、遠距離から対空誘導弾(AAM)を放って迎撃するが、残念ながらも無人機の持つ歪曲力場(ディストーション・フィールド)によって阻止する事は叶わない。
 そしてそれは、航空護衛艦や他の護衛艦が放っている艦対空誘導弾(SAM)も同じだった。
 無人機たちは迎撃に一顧だにする事なく、突進する。
 後に残された防御手段は砲熕兵器による対空射撃のみだった。

連爆音

 アドミラル56の周囲を護っていた4隻の護衛艦が一斉に対空砲撃を開始する。
 群青色の海、その上が真っ黒く染まっていく。
 毎分120発と云う尋常では無い速度で放たれる76o砲弾が、空に焔の壁を作る。
 その壁に触れると共に、派手に吹き飛ぶ無人機の群れ。
 空に紅蓮の華が生まれる。

 艦隊の何処其処で歓声が上がる。
 だがそれも一瞬で悲鳴に変わる。
 無人機の群れで1番上空に進んでいた機体、その残骸が海では無く護衛艦へと突っ込んだのだ。
 海に火球が生まれる。

 

 

 第1航空護衛隊群に属する艦の多くは新造であり、乗組員たちは艦に不慣れだった。
 だがしかし、それゆえに艦隊の司令部には熟練の士官たちが充てられていた。
 その有能な士官たちの動きが止まった。

「きたかぜ被弾!?」

 壁面のディスプレイ、そこに青く輝いていた【DDG KITAKAZE】の文字が赤く点滅する。

「被害状況はどうした!?」

 戦務参謀の叫び。
 その答えは無情なものだった。
 艦隊を1つの生物の様に繋いでいる情報リンク(LINK23)が示しているきたかぜの状況は大破――継戦能力の喪失であった。
 船体への被害も確かに大きかったが、それ以上に飛び込んできた残骸が艦中央部に設けられた電子機器関連のエリアに命中した事が致命的であった。
 沈む事は無いだろうが、今、戦列に復帰する事は不可能だろう。
 その意味する事は1つ。

「防空バリアが………」

 呻くように状況ディスプレイを見上げている参謀長。
 アドミラル56の4方を護っていた4隻の護衛艦、その1隻が失われた為、対空火器の密度が極めて低下する事と成ったのだ。

「敵第2波確認。数、12。来ます!!」

 海域状況表示ディスプレイには敵を示す輝点が12、新しく点灯していた。
 群司令部に沈黙が舞い降りた。
 それはホンの数秒であったが、その場に居た者たちには永劫の時の如く感じられていた。
 その沈黙を破ったのは群司令官。
 何時も通りの口調に、少しだけ諧謔を含めて問い掛けたのだった。
 諸君等は迎撃をしないのかね、と。

 その瞬間、呪縛が解けた様に司令部の要員達は動き出していた。
 戦いの決着はまだ、決まってはいないのだ。

 

 

――Z――

 

 

 アドミラル56、接敵す。
 その一報が沖縄近海に展開する部隊に駆け巡る。
 直接的な戦闘力が乏しく後方からの支援を本分とする空母機動部隊が、よりによってCHULIPと接触してしまったのだ。
 その報に接した誰もが、アドミラル56の喪失を既定のものと認識していた。
 奄美大島上空に滞空していたAWACSが把握しただけでも、第一波から数えて50機近い無人機が水中から空中へと放たれていたのだからそれも当然だろう。
 だが、その認識を強制的に変えさせた(バカ)が居た。
 誰であろうナデシコ機動部隊パイロット、ヤマダである。

 

 轟音と共に駆け抜けるエステバリス飛翔フレーム。
 その背中に背負い式に装着された2基の推進器が再燃焼機構(アフターバーナー)まで使って最大出力で稼動している。

「ヌゥゥゥゥゥオォォォォォッ!」

 水飛沫を吹き上げながら駆ける。
 主の意思に従って我武者羅に空を翔る。

 その操縦槽(コクピット)の中は、凄まじいまでの轟音と振動に支配されていた。
 背に負ったジェット・エンジンによるものである。
 完成――熟成したとはとても言い難いシステムなのだ、飛翔フレームとは。
 劣悪な環境。
 だがそこに座するヤマダ・ジロウの頭には、その程度の些事など一片も存在していなかった。
 只々真剣な目で、ウィンドウを睨んでいた。
 多くのウィンドウが警告を告げるが、その一切を無視。
 その視線が捉えているのは、まだ先の水平線に存在する影、アドミラル56だ。
 周囲を黒煙に包まれつつ、まだまだ凛として水上を進んでいた。

電子音

 主ディスプレイに、幾つかの表示が赤く追加される。
 その文字は(ENEMY)
 木星蜥蜴の無人機だ。
 重ねて、危険と表示される。
 1つ操縦を誤るだけで、水面へと叩きつけられる様な高度を飛ぶ危険を示しているのだ。
 細心の注意を払いながら操縦している。
 だが、その脳裏では別の事を考えて居た。

 危険だと思うが効果的な航路がある。

 そう先触れをして、現在の飛行航路を提案したのはテンカワ・アキト。
 腕は立つが積極性と熱血性に乏しい奴、そう今まで見て居た奴が、極めつけに危険で冒険的(ファニィ)な案を提示していたのだ。
 何とも面白い、そうヤマダは感じていた。

「悪いオトコじゃないな、アレは」

 否、漢だと続ける。
 割合に世界を単純に見ているヤマダにとって、漢とは熱血を理解出来る奴であったのだ。
 その視点に立てば、この急場にてテンカワの示した案は何とも彼の趣味に合致したものであった。
 危険を冒してでも友軍を救うために奔走する。
 熱血を旨とする男子、その本懐であるとすら言えた。
 故に、身の側にある危険を無視するかの様に、その口元は喜びに歪んでいた。

「愉しくなってきたぜ」

 1つ、鼻で笑ったヤマダは更に機体を加速させる。
 アドミラル56へと一直線に。

 

 

 アドミラル56の中央発令所(CIC)は今、戦争状態であった。
 迫り来る無人機の群れに、増設された銃座が最大限に効果を発揮出来る様にと舵を取らせ、或いは、各部への指示を出す。
 既に数箇所に被弾しており、艦内には浸水こそ無いものの小規模ながらも火災が発生していたのだから。

「電測関連の復旧はまだか?」

 罵りに近い声で問うのは艦長。
 常日頃は落ち着いているとの評のある人物であったのだが、このアドミラル56の陥った苦境に、知らず知らずのうちに声を荒げさせて居た。
 理由は電測機器の故障だ。
 艦のすぐ傍で撃墜した無人機の破片が艦橋近辺に降り注ぎ、電測や通信などの機能を停止させていたのだ。
 今のアドミラル56は、予備のリンク19回線で間接的に周囲の情報を得るしかない状況となっていた。

「もう少しまって下さい。今、調整中です!」

「頼むぞ! このままでは目を失ったままで敵の第7波に対応する羽目になる。そうなったら………」

 指揮官としての自制ゆえに、最後の言葉は言わなかった艦長。
 だが問われた士官も、そしてCICに詰める誰もが誤る事なく理解していた。
 このままではアドミラル56が日本海軍の艦籍簿に名前を載せていられなくなる、と。

「艦長! レーダーに感あり、方位24、距離12! 速度はマッハ1近くです!!」

「12000mかっ、高度を落して波による電探妨害現象(シー・クラッター)に紛れたのだな………やる」

 培ってきた経験から、何故これ程の至近距離まで未確認機の接近を察知出来なかったか、理由を把握した艦長は、はき捨てる様に呟いた。

敵味方識別装置(IFF)に反応無し! 急速接近中」

「未確認機を敵機(ボギー)と認定、識別呼称ボギー・G11と命名。迎撃命令を出せ」

「G11、きたかぜの方位を抜けて来ます」

「死角を抜けるか、知恵の回る無人機だなっ! 迎撃機はどうなってる!?」

「無理です、間に合いません!!」

 音速に匹敵する速度を出している機体にとって、12km程度の距離を駆け抜けることなど極僅かな時間しか必要としないのだ。
 そしてその極短い時間で迎撃を遂行し、そして完遂する事は困難であった。

「なんという事だ」

 力なく呟き、そして口の中でだけ続けた。
 沈む、と。
 職務意識から喉奥で圧殺する事に成功してはいたが、艦長の表情は真っ青になっていた。

電子警告音

 民間籍機接近警報。
 スクリーンに緑で表示される輝点。
 それは民間機に設置する事が義務付けられている、自動応答装置(トランスポンダー)の反応を捕捉したのだ。

「何っ!?」

 誰かが驚きの声を上げた。
 当然だろう。その緑の輝点はG11の上に描かれたのだから。

「G11の所属判明しました! 民間、ネルガルの機体です」

「ネルガル? ………ナデシコかっ!」

 

 

「イーッヤッホウ!」

 ヤマダの気勢。
 それと共にエステバリスはアドミラル56の20m手前で、海面から星海へと挑むが如く一直線に空へと駆け上がる。
 背負った2基のエンジンがありったけの推力を搾り出し、機体は直角に飛ぶ。
 高度200m。
 そこから一気にエンジン推力を全開にすると、木星蜥蜴の無人機へと踊りかかる。

 前方からは無人機の放つ光弾。
 後方からはアドミラル56の最後の防壁(CIWS)
 死の交差。
 その狭間にあって尚、このヤマダと云う男の意気は少しも減じてはいなかった。

「正義見参ってなぁ!」

 吼える。
 そして撃つ。
 両手で抱えた速射砲(ラピッド・ライフル)が、焔を連続して吐き出す。
 口径35oと云う比較的中型に分類される砲弾は、無人機たちの持つ防壁(ディストーションフィールド)を易々と切り裂いていった。
 連華。
 光爆の連なり。
 一斉に生み出された光球に、アドミラル56の甲板は白く染まっていた。

 

 手元のディスプレイを確認するヤマダ。
 敵の状況。
 機体の状態。
 それらを勘案し、次の行動を選択する。
 理知的な行動。
 意外な話ではあるが、ヤマダ・ジロウと云うパイロットは突進するしか能の無い、所謂“猪武者”では無かった。
 冷静に状況を勘案し、危険であれば退くだけの判断が出来る才覚を持っていた。
 只、その判断基準が他者と異なっているのだ。
 極一般的なパイロットが退くような状況でも目的の為、熱血の為、様々な要素によって簡単には引かない。
 前へと進む。
 結果は同じでも過程は異なる。
 だが結果が同じである為に、結局は猪と呼ばれる。
 流石は人格無視の能力最優先で集めたと言われるだけの事はある――そう評すべきなのかもしれなかった。

 

 

――[――

 

 

「先行したヤマダ機(ダイアンサス03)戦闘開始(エンゲージ)

 ホシノ・ルリの淡々とした声が、ブリッジに響いた。
 ブリッジ中央に設けられた戦況表示ディスプレイには、無人機の表示で真っ赤になった辺りへと突進するダイアンサス03の青い矢印が書き込まれる。

「あの赤い所へ突っ込むのに、躊躇する素振りが無いわね」

 操舵席の背もたれに体重を預けたハルカ・ミナトが呆れた様に呟く。
 軍事に関しては素人同然のハルカではあったが、それでもディスプレイが表示している情報の意味を読み取る事は出来る。

 彼我兵力差は30倍以上。
 遮蔽物の全く無い空中で、その行動は殆ど自殺志願と同義。それがこの状況を表す言葉だった。
 にも関わらずダイアンサス03の動きに、躊躇いや淀み等は見られず、気持ちが良いほどに一直線であった。

「若いって事かしらねぇ」

 うんうんと首肯するハルカ。
 それにルリが言葉を重ねる。
 莫迦? と。

「それが若さって事よ、青春って感じかしらね」

「はぁ」

 不承不承、そんな感じで頷くルリ。
 だがそれ以上に、納得しない者も居た。

「あの莫迦は正気なのっ!? 死ぬ気!! と云うか死ぬわよ絶対に死ぬっ!!!」

 叫んでいるのは当然、ブリッジの絶叫担当として定着しつつあるムネタケだ。
 性格的にはかなりひん曲がった人間ではあったが、だが同時に、その本質は極々普通の軍人だった。
 その軍人としての部分が、常識が悲鳴を上げさせていたのだ。

『見よ、これぞゲキガン大車輪!!』

 元気溌剌。
 そう評するほか無い声が、戦況観測用ディスプレイから流れてくる。
 見上げるムネタケ。
 そこに在ったのは、底なしの馬鹿者だった。
 敵の無人機を掴むと、そのままに腕をグルングルンと振り回している。
 二の腕に仕込まれた近接打撃武器(ワイヤード・フィスト)用のワイヤーを伸ばし、まるで鉄球の如く操っている。

『オラオラオラオラオラーッ!!』

 連鎖する光爆。
 ルリの、撃破カウントが冷静に響く。
 既にその数は10を超え、20に及ぼうかとしていた。
 その余りの非常識さに、頭痛を感じるムネタケ。
 自分はこんな奴を助けようとしているのかと、銀河の深淵を覗き込んだ気分を味わう。
 だがそれも一瞬の事だった。
 1つ頭を振ると、思考を入れ替える。

 参謀本部に勤めていた頃のムネタケは、英雄志願にはその本懐を遂げさせてやればいい。そう公言して憚らなかった。
 だが同時に、人としての奥深い部分は、助けろ助けろと叫んでいた。
 見たくなかったのだ、名前も顔も知っている人が死ぬところは。
 正しく両価性(アンビバレント)
 軍人としては弱いというのが正しいのかもしれない。
 だがそれを含めてムネタケ・サダアキと云う人間なのだ。
 故に、その両面を満足させ得る状況打開策を求めて思考を疾駆させる。

 その時だった。

電子合成音

 ディスプレイに新しい赤い輝点が300近く表示される。
 一緒に、一際大きな輝点が追加された。
 CHULIP。
 敵が水中から姿を見せたのだ。

「本命の登場ね」

 緊張を滲ませながら呟くムネタケ。
 300機の無人機、恐らくはCHULIPの全力だろう。
 脳裏に火星での戦いが蘇る。
 圧倒的な敵。
 脆弱な味方。
 無力感と恐怖。
 ムネタケは、自分の喉がからからになっていくのを自覚する。
 最早、ヤマダだけの問題では無くなった。
 否。
 こうなる事は予測できており、対処方法も十分に考えられ、整えられてはいたが、それでも目の前で大軍に出現されては、ムネタケも自身の緊張感が高まるのを自覚せざるを得なかった。
 故に視線は自然とブリッジ中央に立つ指揮官、ユリカに向いていた。
 否、ムネタケだけでは無い。
 ブリッジに居た誰もがユリカを見ていた。

「どうやらお父様、出番みたいですね」

『うむ。少しばかり仕事をするとしよう』

 親子らしい会話。
 だが最後には色気のある敬礼を行って、通信は切れた。
 颯爽と振り返るユリカ。
 その表情に緊張の色は無い。

「そう云う訳でナデシコはトビウメに追従し、CHULIPを突きます。反航戦、派手に行きます。
 ジュン君、艦内に衝撃警戒を出して。
 ミナトさん、進路は主砲(グラビティブラスト)の射界に注意しながらトビウメに合わせて下さい。
 イツキさん、機動部隊はアドミラル56にって、あれ? イツキさんはどうしました?」

 それまでの凛とした口調から一転、ほよ、と云う感じでブリッジを見渡すユリカ。
 イツキは居ない。
 先刻までは居たのにと、首を傾げながら見回す。
 その時、ルリとの視線が絡む。
 ルリは小さく頷いた。

「機動部隊隊長のイツキさんは、第1格納庫にて出撃準備中です」

 ユリカの手元にウィンドウが開く。
 格納庫の様子だ。
 そこでは、赤いパイロットスーツを着込んだイツキが何やらウリバタケに怒鳴っていた。

 

『動くんでしょ? だったら出させて下さい。たった1機でヤマダさんは無茶苦茶過ぎます』

『だから仮組みだけなんで危険だって言ってるだろうが! 俺は自分の信用が出来ねぇ機体に他人を乗せる積りはねぇんだよ』

『緊急事態なんです。曲げて下さい!』

『莫迦野郎! 戦場に出す機体を、半端なままに出せるか』

『そこは腕でカバーしますから!!』

『あぁん?』

 等々。

「………………指揮官が何をしてるのよ何を!」

 頭を掻き毟るように押さえるムネタケ。
 ある意味、たしかに頭痛のする様な情景だった。
 状況の深刻さを無視したような2人の会話に、ムネタケのヒステリーが爆発した。

「莫迦と云うか非常識と云うか変態と云うか、きーっっ!!」

 助言する事は出来るが、指示する事は出来ない。
 それが監督という役職である。
 それ故に、この様に直接指示したくても出来ない状況と云うものにはストレスが溜まりやすいのだ。
 歯軋りをしながら、次善の策として総指揮官であるユリカに視線を送る。

「どうする気よ艦長!?」

 指揮官が指揮を放り出してと怒るムネタケに、ユリカの回答は単純なものだった。
 好きにさせましょう、と。
 本当に無理だったらウリバタケが止めるだろうし、イツキも自制するだろう。
 だけど機体の状況は微妙だから2人は揉めているんだろう――そう言った。

「無人機の数が多いですから、邀撃機の数が増えるなら在り難いですしね」

 危険だから無理強いは出来ないけども、と続けるユリカ。
 それは指揮官の言葉。
 敵を味方を、駒に数にと考えられる者の言葉だった。

 

 

――\――

 

 

 ダイアンサス03の戦闘開始時から45分が経過した現在。
 戦闘はほぼ乱戦に近い形へとなっていた。
 作戦立案時には、第53任務部隊はCHULIPへの反航戦を敢行し撃破する。そう予定されていた。
 それが崩れた理由は、第1に木星蜥蜴の無人機が余りにも多かった事が上げられる。
 戦闘開始時の300機に追加で200機。
 計500機の無人機の暴力によって、戦闘の推移は作戦立案時の様には進んでいなかったのだ。

 ブリッジの床を兼ねている大型ディスプレイに、圧倒的な密度を誇る赤の集団を囲む、青の円環が表示されている。
 今の戦況だ。
 総戦力比では青赤共に、それ程に極端な差は無い。
 だが青、地球側は赤で表示されている木星蜥蜴側の戦力の拘束を図る為、敢えて兵理を無視して戦力を分散配置し、包囲網を構成していた。

「押し切れないね、このままだと」

 ジュンが冷静に指摘する。
 その言葉どおり、状況は膠着状態となりつつあった。
 兵力が足りないのだ。
 彼我共に。
 攻めるに足りず、護るに足りず。
 地球側――より正確には現場指揮権を預かる連合宇宙軍第5艦隊司令部(エスコート・フリート)では、CHULIPは先の大神工廠攻防戦で戦力を消耗しており無人機部隊の規模は少ないと、最大でも100機前後と予測していた。
 これは根拠の無い予測では無く、連合宇宙軍が重ねて来た数々のCHULIPとの交戦から得られた経験則だった。
 一度の交戦から最低でも一ヶ月間はその程度の無人機しか動員出来ない。
 それが今までの戦いだったのだ。
 その前提が覆されたのだ、事前の作戦が遂行不能になるのも当然だった。

「やっぱり無理なんだ………」

 呟くユリカ。
 その視線の先には仮想(シミュレーター)と題されたウィンドウがあった。
 第53任務部隊が、トビウメを戦闘に敵集団中枢へと突進する様が三次元に表示されている。
 最初は勢い良く。
 だがその速度はみるみる低下していき、最後にはナデシコを除く全艦艇に大破判定が出される。
 赤く表示される作戦遂行不可能の文字。

「最突進地点からのグラビティ・ブラストは? 射程範囲だよ」

「無理だよユリカ。
 ギリギリで有効射程範囲だけど、それは遮蔽無しの数値だしね。大神で実射した時の数値も加味してるのが上がってるけど……7割減。それも上限で、みたいだからね」

「7割か………」

 CHULIP到達時には、既に威力の3割が減衰してしまっていると云う事。
 それでは無人機相手ならば問題ないが、CHULIPのディストーションフィールドを破る事は叶わない。
 そんな数値だった。

「…ん、ありがとうジュン君」

 情報の収集と分析の労を報い、それから思考を走らせるユリカ。
 自らの口元に手をあて、ゆっくりと撫でるように動かす。

 第53任務部隊の突破力の不足は、突き詰めて言ってしまえば先頭をゆくトビウメの防御力の不足にあると言えるだろう。
 火力自体は申し分無いのだが、旧来型の防護フィールドしか持たないトビウメは、無人機による打撃を捌ききれないのだ。
 無人機の火器は問題では無い。
 問題は無人機が行う質量攻撃、所謂自爆攻撃なのだ。
 無人機は、対艦攻撃時には誘導弾の如く遮二無二突撃を掛けて来るのだから。
 数撃は耐えるだろう。
 だが直ぐに限界に達し、後は為すがままに撃たれるだけ。
 トビウメの属するリアトリス級の抗甚性が如何に高かろうとも、二桁単位で無人機に突入されては堪らない。

 

 問題は防御力。
 そこまで考えた時、ふとユリカは思った。
 何故、トビウメが先頭を行かねばならないのか、と。
 軍事則として、艦隊の先頭を行くのは旗艦となっている。
 指揮の問題もあるだろう。
 伝統と云う見方もあるだろう。
 だがそれ以上に、1つ重要な視点があった。
 それは指揮官と云う立場である。

 指揮官の義務。
 或いは見得。
 それが人を率いると云う事、特に戦場という極限状態では。
 危険に対しても先頭を行くことの出来る人間。
 そうでなければ人は付いて来ない。
 ユリカも士官学校では、そう習った。
 だがそれも状況によりけりだと、今は断じていた。
 大事な事は作戦を遂行する事。
 その為には部隊で最も防御力の高い艦、即ちナデシコが先頭を行く事こそ適切であろうと判断を下したのだ。

「ジュン君!」

 溌剌とした声で、学生時代以来の大事な相方を呼ぶ。
 その声色に、ジュンはユリカが状況打開策を見出した事を知った。

「見つけたんだね」

「ん」

 笑みと共に、Vと指を突き出してみせるユリカ。
 ジュンは勝利を確信した。
 それは学生時代、図上演習に於いて条件を問わずに常勝不敗を実現し、実戦経験を持った練達の指導教官達すらもひねり続け、果てには盤上を支配する魔女(モーリアン)との異名を奉られた――そんな頃からの癖だったのだ。
 そう、状況を詰んだ時の。

 尚、全くの余談ではあるが、ジュンにも又、異名は付けられていた。
 魔女を支える調停者(ディベロッパー)
 常にユリカの傍らにあって、他の参加者との意見の調整やら連絡と云った実務面を着実にこなし、その士官学校始まって以来の覇業を支えた者へと与えられるには、極めて相応しいものであったと言えるだろう。

 

 

 

「なっ、ナンだと!?」

 人が出したとは思えぬ程の音量で響いた怒声、否、悲鳴。
 その余りの音量に、トビウメの中央情報発令所(CIC)に詰めていた男たちが音源に振り返った。
 源は、CICの中央部。
 発声者はミスマル・コウイチロウ、第5艦隊司令官だった。

 コウイチロウは、呆けたような表情で口を震わせている。
 任務中は常に、引き締まった表情を崩す事の無い男が、表情を崩した。
 何事だろうか。
 誰もが自らの仕事を忘れ、指揮官の顔を凝視していた。
 時間にして数秒。
 極々短い時間ではあったが、CICは凍っていた。
 音は、電算機器の上げる音だけ。
 それが解凍されたのはコウイチロウの腹心、ムネタケ・ヨシサダ参謀長がコホンと空咳をした為であった。
 それで第5艦隊の司令部は、再び動き出した。
 その首魁、コウイチロウを除いて。
 そのコウイチロウは、周囲の喧騒から取り残されたが如く軋むような仕草で口を開く。

「あっ……ああ…ユリカ。もう一度、言ってはくれんか?」

 その表情には驚愕と、そして苦悩がある。
 軍人としての、そして何よりも父親としての。
 尤もその娘は、委細構わぬ様に笑って繰り返す。
 ナデシコを先頭に突進すべきです、と。

「し、しかしだねユリカ。それは少し危険じゃ無いだろうか。なっ?」

『でもお父様、これが1番効率的ですよ』

「いや、しかしだね……その…………」

『上手く行けばトビウメ以下、各艦は無傷でCHULIPに到達出来ます。6隻と1隻。比べるまでも無いと思いますよ』

 ユリカが口にしているのは正論であり、理屈であった。
 6隻の戦闘艦の盾となるナデシコ。
 結果の予測は困難だが1つだけ言える事がある。
 戦闘後までナデシコが無傷で居る事だけは無いだろう、と。
 木星蜥蜴の無人機は、絶対に侮れぬ相手なのだから。

「ぐぬぬぬぬっ」

 軍人としてのコウイチロウは、愛娘の下した結論に諸手を上げて賛同していた。
 褒めてすらもいた。
 ユリカの示した軍人としての、指揮官としての資質に、強く感情を動かされていた。
 だがそれでも尚、コウイチロウは苦虫を噛み潰した表情を見せていた。
 人の親としての気分が、全てを覆っていたのだから。
 娘を盾とする。
 親としては絶対に選びたくない選択肢だった。

「提督」

 ヨシサダがそっとコウイチロウを呼ぶ。
 振り返るコウイチロウ。
 ヨシサダは小さく頷いた。
 ヨシサダもその実子、サダアキがナデシコには乗り込んでいるのだ。
 にも関わらず、その目は冷静だった。
 故にコウイチロウも又、決断をした。

 深呼吸。
 何かを吹っ切る様に目を閉じ、そしてカッと開く。
 そこには微塵の迷いも無かった。

「ではナデシコ艦長、貴官の上申を受け入れよう」

 完全に軍人の声、姿。
 そこに子煩悩な父親は微塵も存在していなかった。
 対するユリカは、見事な色気のある敬礼を捧げていた。

 

 

 

 

 それ以降の戦闘の推移に於いては、特に特記すべき事は無いだろう。
 盾であるナデシコは、その能力を十分に発揮し、矛たる第53任務部隊も又、その責任を果たしただけなのだから。

 十重二十重の防御線を、その防御力(ディストーションフィールド)に任せて突破したナデシコは、CHULIPとの距離が2万mを切った時点でグラビティ・ブラストを発射。
 狙いはCHULIPでは無く、その護衛たる無人機の群れ。
 故にグラビティブラストは、破壊力が低下するが被害半径の拡大する拡散モードで使用された。
 連華。
 その一撃で、CHULIPの直衛に就いていた無人機は約3割が消滅。
 そして生まれる空間の回廊。
 CHULIPへの道が開かれたのだ。
 それまでは無人機に囲まれて、その輪郭すらもあやふやだったCHULIPが、その姿をさらしたのだ。
 それは無防備――防備を失った事を意味していた。
 その隙を見逃す程に、コウイチロウは甘く無い。
 数秒の躊躇いも見せず、直率の第53任務部隊に突撃令を下命する。
 天空を駆ける蹂躙者の群れ。
 だがその中に、ナデシコの姿は無い。

 相転移機関の高出力での安定稼動が難しい大気圏内で、ディストーションフィールドの全力展開とグラビティブラストの広域斉射を命じられた結果として、ナデシコの蓄電率は気圏内機動に必要な量を大幅に割り切っていたのだ。
 停止状態へと陥ったナデシコ。
 そのブリッジでユリカやムネタケら、軍事に関わる面々は第54任務部隊の各艦に敬礼を捧げていた。
 そして戦闘。

 CHULIPは、それ自体の戦闘力は極めて低い。
 一般的な航空母艦と同様に、搭載する機動兵器が火力の大部分なのだ。
 周囲から無人機が集結しようとするが、それよりも先に部隊はCHULIPへと迫る。
 その全ての火力を使用可能な位置へと。

 

 

「距離15000!」

 電測士官の上げた報告。
 その残響に被せる様に、コウイチロウは下命する。

「全艦攻撃開始せよ!」

 

 そしてCHULIPは豪炎と黒煙とに包まれながら海へと落ち行く。
 勝利。
 だがその余韻にひたる余裕は、残念ながらも無い。
 CHULIPが沈んでも、直ぐに無人機が戦闘能力を喪失する訳では無いのだから。
 自律兵器である無人機は、母艦を失ってもエネルギーを使い切るまでは事前に与えられた命令を遂行し続けるのだ。

「離脱するぞ艦長、先ずはナデシコと合流だ。進路は任せる」

「はっ!」

 素早い離脱に比べ、機動力の低下したナデシコと合流する事は、危険度は高まる事を意味するが、艦長に是非は無い。
 自らの危険をおして、CHULIPへの道を開いたナデシコを護る。
 そこに疑問を感じる余地が無い――そんな性格をした艦長だったのだから。
 当然なのかもしれない。
 それは戦友だからだ、そう言えるかもしれない。

「急ぎます――全艦へと………」

 艦長が回頭行動を指示しようとした時、電測士官が悲鳴の様な声を上げた。

「ナデシコが被弾しました!!」

 空気が凍った。

 

 

 

2005 10/11 Ver5.01


<次回予告>

出港した途端に壊れちゃったナデシコ
大神に舞い戻るかと思ったら沖縄に、だって
何でも、軍需大手の北崎の協力で改装するんだって
それで急に暇になる事が決まっちゃった訳
半舷上陸で少しは那覇で遊べるのよね
よーしルリルリを誘って遊びに行こうかな

 

機動戦艦ナデシコ MOONLIGHT MILE
Ya
My Fair Lady

 

買い物かな、でも海も捨て難いし


<ケイ氏の独り言>

 ナデシコ組が出てくると、火葬戦記からスーパーロボット大戦と化してしまう辺りに現代人の我々としては疑問を抱く訳で(遅延を詫びる事無く挨拶

 と云うか、連中が登場してると戦況がそれ程に深刻に見えないってのは問題かニャーとか思ったり。
 一応、ナデシコ組が主人公ですんで、その登場しない場所の描写は自然と削られてですね………有無。
(いやいや、ホントにケイ氏的にはその積りなんデスヨ?)
 後、通りがかりのサブキャラs'も、それぞれの作品では戦況をひっくり返せる主人公ですんでねーっ(自爆
 まぁいいや。

閑話休題(それはさておき)

 原初の衝動ともうしましょうか。
 群雄劇に片足を突っ込んでいる理由が判りました。
 ケースハードです。
 ハードメタルです。
 戦場まんがシリーズです。
 そう、松本零士(男のロマン)なのでアリマス!!(極大熱核自爆

 ハーロックもですがトチローがね。
 首まで泥に浸かって、それでも星空を見上げている――そんな連中が大好きなのです。
 そゆう訳で、この路線は相当に続くと思いますんで、平にご容赦をですm(_ _)m

(と言いつつ次回は予告のとーり、ベタベタに突っ走りますが(核爆
 ルリルリの描写も増やさないとなーっ。
 今回は殆ど目立ってないし………梃入れの要アリと認むとか、そんな感じですな。
 黙ってても目立つムネタケやら、フォロー役で酷使されてるジュンなんかとは大違いだ(苦笑)

 

>代理人さん

 今戦っている場所が場所ですんで、欧州総軍(グランダルメ)は酷い事になるでしょうね
 だってロシアですから(爆

 まっ、それはさておき、ウチのユリカタンは可愛いですか?
 萌えますか?
 大丈夫ですか?
 自他共に認める他無いユリカスキーの方からみて、及第点が貰えるのかどうか、正直心配しながら書いてたりする日々です。

「可愛いかもしれないけど、こんなのユリカじゃねーやーいっ!」

 とか、そゆうのって無いですよね?
 チャンとユリカに見えてますよね?
 どーなんでございましょうか。
 本気で戦々恐々のケイ氏でございます。
 そゆう訳で、1つ批評してもらえりゃぁ幸いです。
 チョイと面倒かもしれませんが、宜しくお願いしますm(_ _)m
 ではでは。

 

 

 

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代理人の感想
ふっ、何を仰るかと思えば。


基本ですよ基本!(爆)>戦場ロマンシリーズ


むしろルリが別にゲフンゲフンゲフン。


>りゅうおう

そーいや某クロス小説ではりゅうおうの同型艦に海江田四郎を初めとするやまとクルーが乗り込むってのがありましたなぁ。いや、だからなんだと言われるとあれですが、潜水艦の戦いってのは地味臭いくせに恐ろしく燃えるなぁと。



>ユリカ

萌えるかどーかは知りませんが、可愛くはありますね。
TV版のユリカが嫌われる原因である「人の話を聞かない」「人の事を考えない」という欠点をグレードダウンさせるとこんな感じでしょうか。
結論として、欠点に紙やすりをかけてデフォルメはしてありますけど十分ユリカだと思いますよ。

ところで「自他ともに認めるしかないユリカスキー」ってひょっとして私のことですか?(爆)