その部屋に充満していたのは、何とも評し難い雰囲気だった。
刺々しい訳では無い。
友好的な訳でも無い。
微量な緊張感と興奮、そして何らかの怪訝な感情が混ざり合った何かが、充満していた。
「始めまして、かな?」
いっそ愉しげとも言える口調で言葉を紡いだのは、連合宇宙軍第5艦隊司令官
ミスマル・コウイチロウ中将だった。
その正面に立っているのは軍服を着た少女――ヘルガ・アデナウワーだった。
ブラインドの閉じられた暗い室内では、2人の襟元の階級章だけが鈍色に光っていた。
「恐らくは」
「そうかね? どこぞの研究会で顔を会わせた気もしていたが………気のせいかもしれんな」
連合宇宙軍も広いからな、と続けるコウイチロウ。
口元には笑み。
だが目元だけは笑っていない。
その事を知覚するヘルガは、注意して言葉を操っていた。
自分が何故、この第5艦隊司令官執務室に呼ばれたのか、理由が読み切れなかった為だ。
現在、連合宇宙軍内部では一大人事改革の名の嵐が吹き荒れていた。
それは海洋国家共同体やユーラシア連合と過度に結びつき、連合宇宙軍将兵の宣誓――母国では無く地球連合総体に対する忠誠の誓いを裏切り、政治的行動を好んんだ将校らの一斉追放だ。
ヘルガは、自分が地球連合よりもドイツやEUを優先した事は一切無いとの自信があった。
だが同時に、他人が自分を見るときに1つの事を念頭に置いているであろう事を確信していた。
(間違ってもブルーに見られる事は無いだろうが………)
背筋を伸ばし、視線をコウイチロウに向けたままヘルガは自嘲する。
ブルー。
それは海の色であり、海洋派を象徴する色であった。
青の対極は
ヘルガ・
EUに於いて隠然たる勢力を持つアデナウワーの一族であったのだ。
それも宗家の、頭領の末娘であった。
ヘルガ自身がどう思おうとも、周りの人間がどういう目で見るかは自ずと判ると云うものだった。
故の緊張。
既に、アデナウワー家に連なっていた多くの連合宇宙軍将校が予備役編入や、主要部署から追放されている。
故にヘルガは、次は自分の番かとコウイチロウからの召喚を感じて居たのだ。
第5艦隊司令官と云う階級では無く、連合宇宙軍の改革を推進する融合派の首魁。そうコウイチロウを見ていたのだ。
そんなヘルガの緊張に気付いたのだろう。
コウイチロウは小さく笑うと、肩の力を抜くように言った。
「別に悪い話では無い。特に君にとってはな」
手でソファを示し、座る様に促す。
対してヘルガは、余り警戒を緩める事なくゆっくりとした仕草でソファに座った。
「……」
「………」
天使の間。
腹を探り合う様な緊張と共に、沈黙が部屋を閉ざす。
「ああ、アデナウワー大佐。そんなに緊張しなくていい」
宣戦布告をするように、降参の言葉を口にするコウイチロウ。
実娘とそう変わらない年頃の女性から、睨まれている状況に耐えられないものを感じたのだ。
少し冗談が過ぎたかと、ヘルガが聞けば憤慨しそうな事を思う。
人となりを見る事も兼ねて、コウイチロウはヘルガが誤解する様な態度を、誘導を行ったのだ。
試験。
その結果は、
だからカードを切る。
「緊張している訳ではありませんが、自身の身の行方には興味はあります」
直球を口にするヘルガ。
本来、この様な単純な遣り方は彼女の好みでは無いのだが、状況が余りにも劣勢であっては、他に出来る事など無かった。
何を口にしても言い訳になるだろう。
であるならば、せめて誇り高く終ろう――少なくとも折れてたまるか。
そんな気分によって、瞳に強い意志が表れていた。
だからだろう。
コウイチロウが宥める様に言葉を口にしたのは。
「先ほども言った通りだ大佐。悪くは無い話だ。無論、取り方にもよるがな」
そう言ってコウイチロウは唇を舐めると、続けた。
第5艦隊に来ないか、と。
「?」
予備役編入。
地方根拠地司令。
士官学校教員。
地方連絡所所長。
幾つもの未来予想図、そのどれとも異なるものが聞こえた為、思わずヘルガは素の反応を示していた。
「はぁ?」
秀麗な顔を怪訝に歪め、見るものによっては可愛いと評する様な表情を見せるヘルガに、コウイチロウは裏の無い笑みと共に答える。
「なに、第5艦隊では今、有能な高級指揮官を欲していてな。それで軍令部付けの貴官に白羽の矢を立てた訳だ」
第5艦隊での任務、それも高級指揮官としての。
それも大佐から、准将配置へと昇進して。
その予想外の話に硬直したヘルガ。
だがその時間はほんの一瞬だった。
未来の連合宇宙軍総長とも呼ばれる才媛は、即座に思考を疾駆させると、コウイチロウの言葉の裏側を探ろうとする。
が、コウイチロウが先に言葉を紡ぐ。
「第5艦隊内で新しい任務部隊を構成する事となった。
第13遊撃戦隊。まるで宝石の名を呼ぶが如く繰り返すヘルガ。
否、宝石以上だろう。
それは即ち、現時点では宝石よりも貴重な部隊だと云う事なのだ。
微量とは言い難い興奮に頬を染めながら、それでも口調は冷静さを崩す事無く尋ねるヘルガ。
「そこで私は参謀職に?」
実際、遊撃部隊の編成自体はヘルガも仄聞していた。
そしてその指揮官には、EU系の高級将校が就任する事が決定済みである事も聞いていた。
だからこその質問。
だがそれをコウイチロウの言葉は、真っ向から飛び越えた。
「君は参謀は向かんだろう? いや、第6艦隊時代の戦功を考慮しない訳では無いがね。少し自由にやってみないかと云う話だ」
ヘルガの、TF-5.13の司令就任に関する実務的な手続き自体はあっさりと終った。
地球圏最強の戦力とは言っても、実際はまだ編制どころか修理途上の艦も多いのだ。
する事など殆ど無かった。
幕僚人事に関してはヘルガに一任。
只、表向きに流布していた新部隊の指揮官――アーダベルト・ギースラー中佐の、大佐配置と共にTF-5.13の首席参謀への就任のみ、コウイチロウは要請していた。
それは正に、政治であった。
「一応、アーダベルト中佐の指揮官就任がEUとの交換条件だったからな。そこら辺は頼むよ准将」
「了解です。アーダベルト中佐に関しては噂を聞いています。機動兵器の運用に関しては一角のものを持っていると。此方としても反対する理由はありません」
「有難う。では頼むよ」
握手を交わす2人。
これが、
機動戦艦 ナデシコ
MOONLIGHT MILE
第一幕 Arc-Light
Za
Full Metal Jacket
――T――
ナデシコ艦内に於いて、最も大きな音は警報音だった。
それに次ぐのは怒声。
今、ナデシコ艦内は戦場であった。
『これよりL32ブロックの閉鎖を実施します。まだ区画内に残っている方は至急、L33ブロックへと避難して下さい。繰り返します。L32ブロックは3分後に閉鎖します。区画内に残っている方は至急避難して下さい』
艦外と艦内の通信を全て統括するメグミ・レイナードが、些か緊張した声で放送する。
声質で選ばれたから当然とも言えるが、軽やかで、しかも聞き取りやすい良い声だ。
だがしかし、現場では、その声に余裕を持って耳を傾けられる人間など居なかった。
手に手に様々な消火機器やら、工具を抱えて走り回っているのだから。
「馬鹿野郎! まだL32の対応は終っちゃ居ねぇんだぞ!? 対処さえ出来れば何とかなる筈だ!!」
まだ若さの抜け切れない顔立ちの整備士が、手に持った消火機器を振り上げてマイクに怒鳴る。
納得できなかったのだろう。
だが、通路脇の床に設けられた応急管制パネルを通して
「あと5分あればエネルギーバイパスの処理だって終るんだがな、くそが。この状況ではどうにもならん」
「諦めるのかよ!」
怒鳴る整備士の隣を、何人もの整備士が駆けていく。
誰もが逃げるそのさまに、一瞬言葉を詰まらせる。
そんな相方を慰める様に座って作業をしていた整備士は危険物を手早く固定しながら言葉を紡ぐ。
「閉鎖されては仕方が無い。次善の策を練るしかあるまい。艦外部を回ってるルート21はメインに比べれば細いが、まぁ何とかするさ」
「そういう話をしてんじゃねぇよ! この場所をナンで放棄せにゃぁならねぇのかって話だ」
「熱くなるな、整備士はもっと冷静であるべきだぞ。特に応急対応班ならな。急ぐぞ」
「あのなぁ!!」
立ち上がった相方に、更なる文句を言おうとした瞬間、圧搾空気音と共に2人から離れた場所の緊急隔壁が閉ざされた。
「なっ!?」
「手加減無しだな。まぁ納得出来るが」
そう溜息交じりの言葉を漏らした瞬間、その区画のあらゆる電源が落とされていた。
非常灯すらも。
「全く手加減無しだな」
「クソッタレ、
歳若い側の整備士が喚いた時、2人のコミュニケは同時にメールの着信を告げた。
題名代わりに、Diedの文字。
本文には、死んだ奴は訓練終了まで暗闇で頭冷やしてろ(by班長)と書かれていた。
これは実戦の一コマでは無い。
応急訓練の一部であった。
「左舷第32区画閉鎖完了。応急対応は、規定の3割で45%を完遂」
ナデシコの
ブリッジ全面に張り出された大画面には、艦内構造図が表示されており、その殆どが黄色い要応急対応の区画と表示されている。
これは、戦闘時の戦闘行動の継続に必要な最小限度の人員以外の全乗組員による、応急訓練なのだ。
故に想定上の艦内は、地獄絵図どころか煉獄そのものの状況となっていた。
艦内の通信を管制しているルリは、ナデシコ艦内が怒声の飛び交う場へと変貌している事を良く把握していた。
思うとおりに行かない状況。
ころころと状況は変化し、容易に最悪の事態が訪れる。
何と云うか、訓練の基本的な流れを作った人物の根性の悪さを見事に表していた。
故にチラリと後に目を走らせるルリ。
見れば諸悪の根源は暢気にお茶を啜っていた。
「やっぱり玉露は違うわね。チューク基地の
無論、ムネタケ・サダアキ連合宇宙軍中佐である。
指揮ブリッジ左後部に設けられたソファにノンビリと座っている。
その隣には、同じようにソファに座ったミスマル・ユリカが、羊羹を摘んでいた。
お茶セットは無論、ムネタケの私物だった。
その更に隣でナデシコ運用顧問のフクベ・ジンが黙ってお茶を飲んでいる。
「この羊羹も美味しいですねぇ。私ケーキ党だったんですけど和菓子もなかなかです」
「当たり前よ。アタシの秘蔵、虎屋の奴なのよ? そこら辺の安物と一緒にされちゃ迷惑よ」
「ほうほう。お父様も珈琲党なんで、和菓子よりは洋菓子の人だったから、余り食べた事が無いんですよ」
「何事も経験よ経験……って、アンタ、そんなに厚く切らないでよ。勿体無いじゃない!」
「やっぱり薄切りは寂しいですし、堪能するにこれ位は………ねぇ提督」
「じゃな」
厚切りされた羊羹を美味そうに頬張るフクベ。
そしてそれ以上に厚い羊羹を楽しそうに、自分の小皿へと載せるユリカ。
ムネタケのこめかみが小刻みに震える。
耐える。
お菓子如きで怒鳴るのは何とも了見が狭い様に思えたのだ。
故に忍の一文字。
だがそんな堪忍袋の緒は、ユリカの一言によってあっさりと裁断される。
「ヤッパリ生ものですから、早く食べた方が羊羹さんも喜ぶと思うんですよ、うん。良い事ですよね」
能天気。
物の価値を判らぬ奴めとばかりに、更に羊羹を分厚く切ろうと伸ばされたユリカの手を叩く。
「寝言を言ってんじゃ無いわよ、このボケ娘! 大切に食べなきゃ、こんなミクロネシアの片隅でコレから補充出来ると思ってるの!?」
「えーっ」
「えーじゃないわよ、えーじゃ!!」
仲が良いのか悪いのか。
何とも言い難い雰囲気をかもし出していた。
只1つ言える事は、緊張感が一切無いという事だろう。
指揮官にあるまじき状況。
だがルリは、気に留める事も無く前に向き直った。
「ルリルリ
そうルリに声を掛けて来たのはハルカ・ミナトだ。
悪戯っぽい表情でルリを見ている。
席はしっかりと操舵手席であったが、手にはファッション雑誌を持っている。
何と云うか、見事に休憩中の姿であった。
その理由は1つ。
ブリッジ中央に浮かんだウィンドウが示していた。
艦橋部被弾。ブリッジクルー全滅。ブリッジ指揮機能喪失。
暇になるしかない状況想定であった。
特に今、ナデシコの浮かんでいる場所が連合宇宙軍管理下の、カロリン諸島南方に広く取られた気圏訓練海域であるのだから。
この海域は大量の哨戒飛行船やら対潜哨戒機によって厳重に護られているのだ。
これは大気圏外の安全が乱れている現状――新造艦の訓練を安全に行える場所が限られて来ている事が理由であった。
錬度に劣る艦を安全に、そして出来るだけ素早く戦力化させねばならぬのだ。
この厚遇も、ある意味で当然であった。
故にナデシコは、対外警戒を必要最小限度に抑えて、ほぼ全力で訓練を行っているのだった。
艦中枢の人間では、第2船体側の
そんな設定だった。
「にしても暇よね」
暇を生み出した当人――不測の事態への対応能力の向上の為に
「まっ、暇が一番なんだけどね」
空調の良く効いたナデシコ艦内は、概ね平穏であった。
世の中は比較である。
快適な環境と題するものがあれば、それは、それと比較して劣悪な環境と呼ばれるべきものが存在するが故に成り立つ概念なのである。
具体的に言えば、南国の荒地であろうか。
曰く、この世の地獄。
そんな、埒も無い事を考えながら体を動かす女性が1人。
ナデシコ機動部隊の隊長であるイツキ・カザマだ。
深い青色の空、湿り気をタップリと含んだ風。
大地は白く美しい砂浜。
波の音が優しく響く。
リゾートならば最良の場所と言えるだろうが、だが訓練の場所としては最悪。
そんな呪詛を漏らしながら、イツキは砂浜を走っていた。
無論のこと1人ででは無く、ナデシコ機動部隊全員でである。
その時間が短時間では無い事は、着ているネルガルのロゴの入った灰色のトレーニング・ウェアが汗で変色し果てて居る辺りに現れていた。
「スピードが落ちたぞ」
1人、私物で持っていた藍色の連合宇宙軍士官用トレーニング・ウェアを着て最後尾を走っていたテンカワ・アキトが、叱咤する。
その動きは滑らかだ。
チラッとその姿を見て、嫉妬するイツキ。
自分はもう息が上がっているのに、アキトにはまだ余裕が見て取れる。
素直に悔しがっていた。
もっとも、客観的に見てイツキや他のパイロット達の体力は、この島で訓練を始めてから飛躍的に向上してはいたのだったが、それでもアキトと比較すれば――と、悔しがっているのだった。
「畜生、何時か殺してやる」
ランニングが終了し、アキトとイツキが後々の訓練に関しての事で基地司令部へと向った後。
巨大な格納庫が作り出す陰へ座り込んだヤマダ・ジロウが呻く様に言う。
だが表情に陰は無い。
「それって悪役の台詞だねー」
「どっちかって言うと
卑怯者っぽく言うヤマダに、笑いながら合いの手を入れたのはアマノ・ヒカル。
2人は有名な軍事漫画をネタに莫迦をしていたのだ。
最初の頃は、有名な
「飽きねぇなぁお前らも」
「だって楽しまなければソンじゃ無い」
スポーツドリンクを片手に、心底呆れた様に言うスバル・リョーコに、アマノは、いやいやするのも性に合わないのだと笑う。
体育会系のスバルやヤマダに対し、比較的文系と言ってよいアマノ。
だがアマノはいやいや参加している訳では無かった。
意外な事に、楽しんでいると評してよい感じだったのだ。
「意外?」
「あーまぁ、な」
アキトが前に示した、体力強化の重要性に関して納得はしていたスバルだが、それでも機体の操縦訓練よりも先に体力強化と言われてはと、面白くないものを感じていたのだ。
にも関わらず、アマノは最初から否定的では無かった。
意外と感じるのも当然だった。
「ウン。漫画家もね、体力勝負なんだね、コレが」
「そうそう、ヒーロー稼業も体力勝負だって事だな。それに、何事も愉しまなければ損ってもんだ」
「良い事言うね」
「なに、任せろ!」
ドンと胸を叩いたヤマダと、ヌハハハッと笑いあうアマノ。
波長が合うのかもしれない。
本人達に迷いは無い。
そこに少しだけ羨ましさを感じるスバル。
それなりに自分のパイロットとしての技量に自信を持っていたが故に、スバルは体力強化の訓練を素直に受け入れられないでいたのだ。
だから一言。
「やってらんねー」
そう言ってスポーツドリンクを盛大に呷っていた。
――U――
ナデシコ機動部隊の訓練、その内容は当然ながらも体力強化だけでは無かった。
連合宇宙軍の訓練設備を借りて地上戦――陸戦のみならず、無重力下における戦闘訓練までも含まれていた。
むろん戦闘だけでは無い。
座学として、宇宙空間に於ける航法等の運用や、機体の簡単な整備に関する事まで行われていたのだ。
その内容は、連合宇宙軍が機動兵器乗りに対して行っている最新の教育にも匹敵する密度だった。
否、匹敵するというよりも同じものであった。
何故なら、教材は連合宇宙軍向けの最新のものが利用されており、教官も又、連合宇宙軍から動員されていたのだから。
軍令部へと所属していた頃に培ったコネ、その総動員であったのだ。
無論ソレだけではなく、連合宇宙軍がエステバリスと云う新規の機動兵器に対して期待をしていたという面も大きかったが。
表現は悪いが、将来のエステバリス部隊の創設の為の実験。
そんな側面があったのだ。
兎も角、何とも内容の濃い座学を受けているナデシコ機動兵器部隊の面々であったが、その心境は諸手を上げての大感謝だけな訳では無かった。
「畜生、頭が茹るぞ」
テーブルに突っ伏したスバルがブツブツと呪詛を漏らしている。
熱いからだろう、ナデシコ乗組員常装の上着を脱いで、薄手の半そでシャツを着ている。
即製の夏季常装であった。
多少は涼しい格好ではあったが、暑気がスバルの茹でられた原因などでは無かった。
原因は、昼食を挟んでの日差しのキツイ時間帯、4時間たっぷりを取って行われている座学であった。
殆ど独学と感覚だけをもって機体を操っていたスバルにとって座学で学ぶ内容は、とても為になるものであったのだが、それは同時に今まで余り使ってこなかった脳味噌の全力稼働を意味しており、何とも疲労困憊な状況であった。
「はいはい。コレでも飲んでクールダウンしよ?」
ニコニコと笑いながら、ドンっと琥珀色に染まったジョッキを差し出すヒカル。
アルコール、と云うかビールでは無い。
ここはチューク基地第3食堂。
軽食を中心に、ドリンクメニューが豊富な喫茶店の様な場所であった。
「ワリィ」
ゴッキュゴッキュと一気に飲み干すスバル。
プハーッっと息を吐く。
そして又、机に突っ伏す。
「リョーコ、撃沈寸前だね」
「言ってろ。俺は座学は苦手なんだよ」
何でこんな目にとブツブツと呟く。
身体を動かすのは大好きだが、頭を働かせるのは面倒くさい、と。
誠に本音であった。
だが同時に、スバルが勉強を軽視している訳では無かった。
時間内に終らなかった事、理解し辛かった事などは時間外で教官たちに尋ねにいったり、遅くまで自習をしていたのだ。
単純に得手不得手の問題であった。
その事を理解しているが故に、他の面々も苦笑しか浮かべなかった。
「カーッ、こんな日はエステで空をぶっ飛ばしたいなぁ!」
機体を直接使った訓練は一日に4時間たっぷりと取られている。
が、その全てで飛ぶ――エステバリス飛翔フレームに搭乗する事は出来ないのだ。
これは飛翔フレームの数による問題だった。
現在、チューク基地に配されている飛翔フレームは2機分しかない。
1つがナデシコに搭載されて、そこで整備員の訓練用に使われているからだ。
そしてチュークの2セットは、訓練で常に酷使されているのだ。
その為、実用機というよりは試作機に近い性格の飛翔フレームは常に整備に時間が掛かり、一日に運用出来るのは1セットだけと云う有様だったのだ。
1機のエステで都合6人の訓練をしようとすれば、それも一日に4時間でと云う枠があれば、毎日乗れる筈も無かった。
特に昨日、2時間たっぷりと乗り回していては、あと1日は乗れない計算であった。
「もう少しですよスバルさん」
空中機動に関する
明日には量産型の飛翔フレームが搬入されてくる、と。
「おっ、とうとうか!」
その言葉に目の色を変えるスバル。
否、スバルだけでは無かった。
ヤマダも喜色を満面に浮かべていた。
何しろ飛翔フレームは、旋回等の機動性能では少なからず不満があるものの直進や上昇能力では新鋭戦闘機にも劣らない――北崎重工の開発した新鋭の小型ターボファンエンジンを2発搭載しているお陰で推力比が2に近いと云う無茶苦茶な数値を達成している機体だったのだ。
その余りの推力故に、乱暴に操縦すると即座に機体剛性の限界に達したり、
言うなれば乗り手に技術を求める機体。
が、それは言い換えれば駻馬を乗りこなす喜びを与える機体でもあった。
覇気あるパイロットとして、それが面白くない筈が無かった。
「これからは自由に乗れるって訳だな?」
「ですね。今度来る分は8セット、定数+2ですんで整備班の練習用とは別に数はキッチリ揃いますから」
「ソイツは最高だな! これで遠慮なく
「おいおいヤマダ、赤は俺の色だって言ってんだろ? いい加減、諦めろ」
「ナニを猪口才な。赤は情熱の色、そしてヒーローのシンボル! 俺にこそ相応しいってもんだ」
「ソッチこそ減らず口だ馬鹿」
突如として、にらみ合いを始めるヤマダとスバル。
鼻息も荒く、お互いに譲らぬ構え。
当然だろう。
お互いに赤系色をパーソナルカラーに選んでしまっていたのだ。
それもスカーレットとカーマイン。遠距離から見れば同じ色にも見えるのだから面白くない。
出会ったその日から、お互い、相手に色を変えろと言い合っていた。
「飽きないよねー」
呆れる様に笑うヒカルに、うんうんと頷くマキ・イズミ。
そしてカザマは頭を抱える。
色が話題に上った時の、定番と言える風景であった。
「2人とも退くつもりが無いから信号機、赤を見た雄牛。停まらない停められない」
クククッと喉を振るわせるマキに、カザマがジト目を送る。
「停めましょうよ」
「無駄。赤信号、急に停まれないのが世の定め」
そして又喉を振るわせる。
どうにも愉しんでいる様だ。
嘆息。
深々と息を吐き出し、そして気分を入れ替えるカザマ。
どうせこんな事を考える余裕があるのも今だけだと。
明日、午前中にも空輸されてくる予定の正規量産型飛翔フレーム、正式名称が飛翔フレーム(b)は、今までの飛翔フレーム――便宜上、(a)と呼称されるフレームとは基礎構造からして全くの別物、量産向けに新設計されたものであった。
そしてエンジン。
今までとは全く形式の異なる、コア分離型ターボファンエンジンへと換装されていた。
基本構造の一新の理由は当然の事だった。
所定の性能を確認する事が最優先の試作型と、量産性やら整備性、或いは採算性まで考えなければならない量産型とが性能以外の面で異なってくるのは必然なのだから。
それ故に、正式な量産を行う上で性能と量産性を両立させた構造へと改良するのだ。
これに対してエンジンの換装とも為ると、意味合いが全く違ってくる。
機体の飛行特性が変わってくるからだ。
特にエンジンの形式自体が変わるとなれば。
コア分離型ターボファンエンジン搭載による利点は機動性の向上にあった。
コア分離型とは、その言葉どおり圧縮機・燃焼機・タービンを搭載するコアエンジンと推力を担当するクラスタファンとに別々に搭載するエンジンの事である。
通常のターボファンエンジンに比べトータルで見たコンパクトさでは劣るが、個々のコアエンジンとクラスタファンは、ターボファンの半分に近いサイズに納まっているのだ。
そのコンパクトさのお陰で推力を吐き出すクラスタファンは、極めて自由度の高い取り付けが可能となったのだ。
飛翔フレーム(a)型もベクタースライドノズルを採用してはいたが、それに併せて推力を吐き出すクラスタファン自体が自在に稼働する事となる(b)の推力偏向範囲は桁違いに広がる事となっていたのだ。
上下左右各40度の円錐状に自在可動するノズル部を背部中心へと取り付けた事で、飛翔フレーム(b)型は木星蜥蜴の無人機動兵器に匹敵するだけの機動性能を確保する事に成功したのだ。
機体制御自体は相変わらず重力波推進システムが中心ではあったが、その重要度は(a)に比べてかなり低くなっていた。
ある意味でエステバリスは翼を手に入れたのだ。
尤も、良い事尽くめと言う訳でも無い。
特にナデシコ機動部隊の面々にとっては。
何故なら、この換装によって推進力を生み出すクラスタファンが機体の質量中心に近い場所へ移動したが故、操作性も全く変わってしまっていたのだから。
それこそ、全く別の機体の如くに。
今まで積み重ねた事が最初からのやり直し。
少しばかり苦労してもらいます。
言葉に出来ない暗さを腹に溜め込んで、俯き加減に笑うイツキ。
少し、怖い。
「隊長さん、キタ?」
「地上の楽園………一党独裁……スト権無し…………スト無し…ストレス」
「………チョット苦しくない?」
「割と………」
何とも評し難い雰囲気、或いはナデシコ乗組員らしいと言える雰囲気に溢れたティータイムの第3食堂。
その入り口の扉が乱暴に開いた。
薄い藍色の連合宇宙軍防暑服装をラフに着込んだアキトは、南国の強い日差しの下を歩いていた。
軍人らしいと評するには些か異なった、武道家に近い隙の無い挙動。
ただその表情、覇気を感じさせない目つきと雰囲気が、それらを中和している。
否、覇気だけでは無い。
暑気すらも感じさせないのは、或いは性格だからかもしれない。
極めて軍人らしくない軍人、そんな風であった。
そんなアキトが連合宇宙軍の軍服を着ている理由は自発的なものでは無かった。
命令されたのだ、ムネタケに。
割と無理を言って基地施設を借りている手前、基地側の感情を緩和させる方策として訓練の指導官であるアキトが正式な軍人である事を示すべきだと。
闖入者としてナデシコ機動部隊を基地の人間に認識させるのでは無く、仲間が引き連れた民間人と見せようとしているのだ。
何とも姑息としか評しようの無いムネタケの発想だが、意外と効果を発揮していた。
少なくともアキトはそう感じていた。
特にイツキと動く時に。
イツキが基地で何か、設備の利用やら物資の搬入に関しての要請をする際、相手たちは必ずと言ってよい程にアキトを見るのだ。
値踏みする様に、確認する様に。
胸元の階級章やパイロット徽章。それに
それはアキトを戦友と認めたが故の融通だった。
過去の事を含めて大規模な組織に所属した事の無かったアキトは、そんな仲間意識と云うものに最初は微妙な気持ちを抱いたが、今ではそういうものかと納得していた。
だからこそアキトは、正規の軍服を着続けるのだった。
尚、正規の士官学校に所属していたイツキが制服を着ていない理由は、未だ任官していない事が理由である。
イツキがネルガルへと籍を移したのは、戦時速成として繰上げ卒業を2月後に控えた頃だった。
戦時と云う状況で前線のパイロットを外せないと読んでいたムネタケが、ならばと青田刈り――知人だった士官学校の教官に推薦してもらいスカウトしたのだ。
その経緯故に士官学校の方は、軍務による停学となっていた。
手っ取り早く特別卒業と云う選択肢もあったのだが、速成教育で更に2ヶ月減ともなれば、正規士官として受けているべき教育内容が圧縮され過ぎるとの判断から、この様な形へと落ち着いたのだ。
これらの経緯から、イツキは連合宇宙軍の制服を着る事が出来ないのだ。
一応、士官学校の学生服は着ることが出来るのだが、この様な場所で学生服という格好をしていた場合、軽く見られてしまうだけだ。
だからイツキは、常にネルガルの宇宙勤務者用制服を常に着込んでいたのだった。
アキトが1人歩いている理由、それは座学の終了後に、夕方からの訓練空域使用に関する事で基地管理局へと寄っていた為であった。
本来、この様な連絡やら申請やらは部隊指揮官のイツキが行うものなのだが、そのイツキはムネタケからアキトが訓練教官へと指名されたのを機に、その一切合財をアキトに委ねたのだった。
勉強に集中したいのです、と。
それはある意味で甘えた言葉だった。
だが同時に、どこまでも真剣な言葉だった。
自分が未熟である事を自覚し、その上で努力しようとする人間の言葉だった。
その性根を理解したが故にアキトは、全てを引き受けたのだった。
「ん、テンカワ。テンカワ訓練生か?」
急に呼び止められたアキトは、素っ気無い仕草で振り返る。
紺系の色で纏められた夏季常装を着込んだ中年と思しき大男だ。
皺の刻まれた顔が、男臭く笑っている。
その姿を見てアキトは、目を少しだけ細くする。
驚いたのだ。
「カンダ教官?」
「おう、久しいな」
男の名はカンダ・シロウ連合宇宙軍少佐、教育隊時代のアキトを鍛えた教官の1人だった。
短期間で実戦部隊へと配属されなければならないアキト達戦時志願兵を、正に実戦に即したスパルタンな内容で教育した鬼教官だった。
専門は航宙管制。
宇宙空間での小型機動兵器の機動や戦闘に関する教官だったが、何故か肉体教練まで受け持っていたと云う肉体派管制官であった。
敬礼と答礼。
殆ど無意識に近いレベルで身体を動かしあい、そして口を開く。
「元気そうだな。上での活躍は聞いとるぞ」
開口一番、嬉しそうにナナフシ降下阻止戦に関して口にするカンダ。
それも当然だろう。
第5次衛星軌道会戦は主戦場が地球近宙域へと移って初の大規模な戦闘であり、そして何よりも負けなかったのだ。
否、クルスク落下阻止との目的を達成したと云う面から言えば、勝利したと強弁する事も可能な戦いなのだから。
「いえ、自分はさして活躍は…」
「謙遜するな! 戦時志願兵がCHULIP撃破で重大な功績を上げたと、エドワーズではヒヨッコどもが大騒動だったわ」
エドワーズ航空訓練基地。
そこは膨大なIFS持ちの戦時志願兵たちを訓練する為、連合宇宙軍が米国国内の空軍基地を間借りした訓練施設だった。
ヒヨッコとは言うまでも無く訓練生の事である。
これまで戦時志願兵は常に低く見られてきた。
軍上層部や正規の訓練を受けた将兵達に、そして戦時志願兵自身に。
一般大学の
一般の兵士であっても、そこに求められる技能と云うものが高度化専門化していたが故の事だった。
だがその状況が変わったと云う。
他ならぬアキトの活躍によって。
「努力すれば結果は出せる。そして結果が出れば認められるとな。良い刺激になったぞ」
志願した後で、兵士に求められる技能の高さを知って意気消沈していた訓練生たちが、覇気を取り戻したと豪快に笑うカンダ。
「英雄になるチャンスはあると、特に
「しかし宇宙は…」
其処で言葉を濁すアキト。
直裁的に言うに憚られたのだ。
危険だと云う単語は。
軍人が言うべき言葉では無いと思えたから。
だがそれをカンダは、あっさりと口にする。
「危険だ、か? ばかめ当たり前だ。特にお前の居る衛星軌道上はな。だからシゴクのは手を抜かん。今まで以上に、軍を志願した事をタップリと後悔させてやる。それが俺の仕事だからな」
鬼教官と影で言われていたカンダが、さらに厳しく訓練すると言う。
訓練生時代の激しい訓練を思い出し、冷や汗を感じるアキト。
余り無茶はしないで欲しいと、内心で思っていた。
「そんなに心配そうな面をするな。無茶はせん。それに多少、厳しい程度の訓練では連中は根を上げんからな。愛国心やら同胞愛、後は名誉欲か? まぁ何でもいい。やる気があるのは良い事だ。訓練を貪欲にクリアしてきとる」
「だと良いんですけど」
「安心せい。俺は訓練の厳しさもだが、訓練から脱落させない事で有名な教官なんだからな!」
「そう言えば教官。教官は何でここに居るんですか?」
「あん? ああ本業絡み、バイトだ」
「バイト?」
「そうだ。貴様も聞いてるだろ、例の大規模艦隊拡張計画の一環だ。熟練の管制官が空母の、艦隊勤務に引っこ抜かれてな、その補充には訓練校上がりが充てられていたんだが、これが又、技量未十分な連中でな、で再教育が必要だって話になった訳だ」
日常業務を行いながら、新任の管制官たちを鍛え上げるのだと言う。
これはチューク基地だけじゃない。
熟練が引き抜かれた基地の多くを回る羽目になった、エドワーズの連中も見るんで大忙しだとカンダは笑う。
「そういう貴様はどうした。ここは艦艇の訓練基地だぞ。空母部隊に転属したのか?」
「転属と言えば転属ですけどね」
少しだけ言葉を濁して、それから言う。
ネルガルに居ます、と。
「ネルガル? 民間企業じゃ………まさか例の!?」
「ええ。期待の新鋭機材、ナデシコとエステバリスに関わってます」
「ほう、凄いじゃないか。あの船の噂は聞いてるぞ、何でもCHULIPとも正面から喧嘩を売れる戦艦と虫を寄せ付けない人型機ってな。なら貴様はテストパイロットといった所か」
「名前はエステバリス。使い勝手の良い機体です」
そして、連合宇宙軍も主力機動兵器として採用する予定であるらしいと告げる。
汎用性や機動性能、殆どの能力で旧来の装備を上回っているのだと。
「噂になってるぞ。
完全人型と云う事と、
自信があった。
それは未来を知るからでは無かった。
前線で現用機材で戦い、そしてエステバリスで戦った経験から得たものだった。
「使えます。十分に」
「そうか。戦時に開発されたって割には期待出来るか」
かなり嬉しそうに言うカンダ。
虫型無人機を蹂躙出来る機材とは、カンダの様な管制官にとっても非常に在り難い代物だった。
今までは、物量で圧してくる虫型無人機を迎撃する為、少ない部隊の運用に四苦八苦していたのだから。
彼我の部隊規模に錬度や装備、果ては疲労度まで計算して迎撃を指示して、それでも余裕を持って勝てる事など数限られている状況なのだ。
苦戦苦境を予想できて、或いは敗北――そして戦死が高い確率で予想できるにも関わらずパイロット達を其処へ導かねばならないと云う事は、余りにも苦味の強い仕事であった。
それが任務であるとは云え、それで全てが納得出来る訳でもないのだから。
だから、その状況が少しでも好転するともなれば、諸手を上げての大歓迎という気分であった。
「ええ。聞いた話ですがネルガルへの機体発注はとんでもない量が一括で出されたそうです。しかも、出来る限り早期の納品要求まで付けられて。どうやら上は大馬力で部隊を揃えさせる様ですよ」
「愉しくなってくるな」
「エステが実戦配備されれば、戦況は確実に変わりますよ」
「非常に楽しみだな、おい!」
暑い日差しの下を歩くカンダとアキト。
訓練の時間こそカンダは鬼と同義であったが、それ以外では極めて話しやすい人間だった。
近況を話し合い、それから他愛も無い事を。
特にナデシコでのことが中心にあった。
アキト自身は多弁とは言い難い人間ではあったが、何だかんだとカンダが会話を引き出していたのだ。
問われるままに、民間籍戦艦での生活を語るアキト。
「しかし聞いていると女性ばかりだな、ナデシコは」
「ですね。整備班は流石に男性だけですが、戦闘やら航海は殆どですよ」
「愉しそうな職場じゃねぇか。嬉しいだろ?」
「愉しいと言えば愉しいですが、愉しいだけと云う訳でも無いですよ」
女性の中に居る大変さはあると苦笑するアキト。
カンダは呆れた様に言う。
なら嫌か? と。
「え?」
「嫌いなのかと聞いとるんだ馬鹿者。どうだ、パイロット達は」
イツキを、スバルを、ヤマダを、アマノを、マキを、皆の顔を思い浮かべる。
嫌いな訳は無い。
皆良い仲間だ。
独創的で個性的で、非常に愉しい仲間たちだ。
過去でもだったが、今でも。
「良いチームです。自信をもって言えます」
「贅沢者が。それで文句を口するな! 貴様は訓練校時代から覇気が無いのが特徴だったからな。女性の集団に居ればきつかろう。だがそれも人生修養よ。何時までもそんな訳にはいくまいからな」
「覇気云々は性格ですから」
「それがいかんと言っとる。何処か遠くから見とらんか貴様?」
何処か遠くから、その言葉に自嘲に近いものを感じる。
そうでしょうね、と。
だが口を出たのは別の言葉だった。
「そういう訳でも無いんですがね」
本音は言える筈もなかった。
「そうか? なら俺の見誤りか」
人を視る目はあった積りなんだがと、ガシガシと頭を掻くカンダ。
「じゃぁ苦手な奴でも居るのか?」
そう言われて一瞬だけユリカの顔を、それも今のユリカでは無く結婚した頃の顔を浮かべたアキトは、収まりの悪い気分で言葉を操る。
断言する。
苦手なんじゃ無い、少しだけ割り切れないのだ、と。
「割り切り?」
「ええ、まぁ、その、そんな感じです」
「昔振られた女でも居たか?」
「居ませんよ」
何とも凄まじく微妙な質問であった。
振られた女は居ない。だが元妻は居る。
何とも言い難い状況、その気分が表に出たのだろう。
カンダが破顔する。
「そうかそうか、非常に言い辛い事を聞いたな。うむ、すまんすまん。気にするな」
「いや教官、私は別に………」
「気にするな、世の中色々とある。女性は人類の半分だ。そのウチ、いい人も居る」
「いや、ですから………」
「過去は未練だ。未来を見んかテンカワ」
一挙に理解、自己解決な気分で清々しくも豪快に笑い出したカンダ。
頭を垂れるアキト。
カンダがこうなると止まらないのは、訓練校時代に思い知っていた。
溜息をつきそうな気分で頭を掻く。
フト、視線の先にチューク基地第3食堂の案内看板が見えた。
「教官そろそろ、私はアッチですんで」
「おうそうか。残念だな。柄にも無い事で楽しんだ、すまんな」
「いえ。私も元気な教官の姿を見れて満足です」
「そうか? まぁ俺はマエには出して貰えんだろうから大丈夫だが………テンカワ、お前は気をつけろよ。死は誰にでも平等だ、気を抜くな」
ほろ苦さを見せるカンダの表情。
アキトはそこに一抹の寂しさを見つけた。
そして思い出した。アキトの同期の生存率の低さを。
正規の訓練を受けている連中ですらも実戦での生存率は厳しいのだ。それが速成の訓練と教育で前線に放り込まれる戦時志願兵ともなればその酷さ、過酷さは相当なものがあった。
3ヶ月前に実戦に出た第1期訓練生のIFSパイロット組400余名は1人も生き残って居ないのだ。
その頃の戦況が今以上に酷かった事もあったが、それが戦時志願兵の置かれた状況であった。
「気をつけます」
「ああ、頼むぞ」
敬礼と答礼。
そして2人の道は再び分かれる。
見えてきた第3食堂の洒落た建物。
女性からの意見でデザインされたコテージ風の、小粋な建物。
女性の良く屯する場所――だった。
そう過去形である。
扉を開けたアキトが見たもの、それは乱闘であった。
怒声と罵声、そして若干の悲鳴。
何が原因なのかと考えるのは野暮だろう。
乱闘のど真ん中。薄灰色を基調とした迷彩服の男たちに混じって、真っ赤なナデシコ戦闘班の服を着た連中が激しく動いているのだから。
ブンブンと四肢を派手に使って、1人で数人を相手にしているスバル。
それを支える様に、見事な連携を見せるアマノとマキ。
この3人の連携は別格としても、ヤマダとイツキも中々の連携を見せていた。
溜息
疲れが溜まってたろうし、そもそも血の気の多い奴が多いからなと諦観に近いものを感じるアキト。
彼我合わせて20名近い人間が暴れているのだ。
こうなっては
甘かった。
状勢がアキトを放っておいたのは極々短い時間だけだったのだから。
衝音
派手目な音と共に、机やら椅子やらを撒き飛ばしながら人影が1つ、アキトの足元へと達する。
ヤマダだ。
「っててて。あの野郎、もう赦さねぇ!!」
火を吐くような勢いで怒鳴るヤマダ。
そして顔を押さえながら立ち上がろうとする、それに手を貸してやるアキト。
「大丈夫か。何の騒ぎだ、コレは?」
「ああん? おぉテンカワじゃねぇか。見て判らねぇか。喧嘩だ喧嘩」
「だから何故かと聞いて…」
そこ迄言葉を連ねた時、アキトの背中を衝撃が襲った。
投げられて来たのだ、イツキが。
連携相手を失って出来た隙を突かれたのだった。
「っ!?」
軽いとはいえ、成人女性が丸ごとぶつかってきたのだ。
対処するしない以前の所でバランスを崩して床に転がるアキト、巻き添えとなるヤマダ。
「なっ!?」
喧嘩の最中であるこのままでは危ないと立ち上がろうとした瞬間、アキトの腹を蹴りが襲った。
そして罵声も。
「テメェもコイツ等の仲間かぁっ!!
奇襲に近い一撃が、肺腑を圧迫する。
その痛みが、アキトに平和的解決の事を忘れさせた。
有体に言って切れたのだった。
腹へと叩き込まれた足をガチっと握り、立ち上がる挙動を予備動作とし、相手の顎へと鋭い拳骨を打ち放つ。
撲音
準重量級な相手の体が浮く。
更に追い打ち。
本能に近いレベルで、相手がまだ戦闘力を喪失しないであろう事を判断し動く。
半歩の踏み込みと共に、左掌を右拳に添えて右肘を叩き込む。
それは未来ではない過去に身体へと染み込ませた武術、木連式柔の技であった。
狙ったのは体の中央部。但し、急所ではない。
戦闘では無く、喧嘩なのだから。
肘先は狙い誤らずに、腹部を直撃する。
「んごぉっ」
何となく愉快な悲鳴を上げて吹っ飛ばされる相手。
瞬発的な動作で酷使された筋肉が悲鳴を上げるが、それよりもアキトが考えていた事は感心であった。
自分の身体を。
意外と忘れていないものだな、と。
痛みに疑問は感じていない。
連合宇宙軍に入隊して以降、今まで格闘の訓練は殆ど行っていなかったのだから、その動作に身体がついてこれなくても当然なのだ。
それよりも木連式柔を身体が覚えていた事に、驚きを覚えていた。
過去と今は全くの別物では無いのだと。
尤も、そんな贅沢に考えていたのはアキトの脳味噌の極々一部だけだった。
後の部分は全力で稼働していた。
周り中の敵をぶちのめす為に。
新規参加者を得て拡大した騒動。
それは正に乱闘であった。
何だかんだと余計な事を考えるのではなく、只々力を発散させる行為であった。
そして10分と少々。
「やるじゃねぇか……ええ、テンカワ」
気が付けば背中を預けていたスバルが、唇から血を垂らしながら笑った。
アキトも左眉の上辺りを腫らし、血を流しながら笑う。
「そっちこそ………な」
拳を握ったまま、お互いの顔も見ずに浮かべあう漢臭い笑み。
疲労の色が濃く息も荒々しくなっていたが、それでもまだ表情に翳りは無かった。
まだ元気を残した2人。
だが第3食堂の壁際には10人を超える人間が転がっていた。
気を失っていたり、唸っていたり。
大半は汚れた迷彩服を着込んだ連中だったが、そこに混じって赤い服の人間も居た。
イツキにアマノ、そしてマキであった。
体力の無い側から順に脱落していたのだ。
乱闘とは云え喧嘩、しかも一応は味方相手なのだからだろう。倒れた人間相手に乱暴を振るう程度の低い奴も居らず、壁際の辺りは臨時の救護所となっていた。
乱闘に加わらなかった奴やウェイター達やらが、怪我人の手当てをしていた。
そしてヤマダ。
ヤマダはかろうじてではあったが立っていた。
肩で息をしつつ、顔を大きく腫らして鼻血を流しながら。
だがそれでも立っていた。
「やるじゃ………ねえか……テメェ…ら」
「オメェは少し…下がってろい…つれぇ…だろ?」
「馬鹿野郎……男ダイゴウジ・ガイ…この程度で…………ぐっ…こっ、こっ…この程度で退いてたまるか!」
体中の痛みに舌を振るえさせながらも、ソウルネームで強弁するヤマダ。
これも又、漢である。
気概は折れても歪んでもいなかった。
そんな3人と対峙しているのは5人。
5人がまだ自力で立てていた。
それぞれ連合宇宙軍陸戦隊の野戦迷彩を着込んでいた。
ゴツイのやらヒョロリとしたのやら、色々だ。
ボコボコでボロボロではあったが、皆一様に戦意を失ってはいない。
「元気の良い奴らだな。俺等相手にまだまだ喋れる奴なんざ久方ぶりだ」
額に幾つもの青黒い
襟元には軍曹の階級章と並んで幾つも略章が並んでいる。そして先任下士官を意味する徽章も。
部隊の背骨、鬼より怖い先任下士官。
掛け値なしの古強者であった。
尤も、今は悪餓鬼同然の表情を見せていたが。
「アンタらもな」
血が入って弱まった左目の視力を補うように右目を素早く走らせながら、アキトは口の端を歪める。
お互い、仲間を半分以上倒されたが負けたとは思っていなかった。
「第2ラウンド、行くか?」
拳を握り直したスバルに、ヒョロリとした男が血唾を吐き捨てて笑う。
「当然だ嬢ちゃん。ウチら連合宇宙軍第107陸戦師団第1機械化歩兵連隊第2中隊のモットーは
「伍長が良い事を言った。そういう訳で、沈めやゴルァ!!!」
「遣ってみろぃ、返り討ちだぁぁぁっ!!!」
そして再び始まる大乱戦。
両陣営、共に疲労は大なれど、気合でそれを補ったのだ。
そんな乱闘は、軍警察が踏み込んでくるまで続いたのだった。
――V――
「それでそのザマか? お前も意外と熱血だったんだな」
連合宇宙軍から借り受けたオンボロな小型トラック車輌の運転席で、ナデシコ整備班班長であるウリバタケ・セイヤが笑った。
機械油で汚れた藍色のツナギを着込んでいる。流石に暑いのだろう、ナデシコ艦内では何時も着込んでいるベージュのジャケットは脱いでいた。
隣にはアキト。
疲れたようにシートへ背を預けていた。
実際、疲れているのだろう。
防暑服から伸びる手足や顔の手当て痕が、前日の乱闘の激しさを物語っていたのだから。
「熱血とは違うんじゃないのか?」
「いやいや熱血だね。普通、乱闘現場に居合わせたら逃げ出すぜ? 仲間がヤラレてんのを座視しなかったってのは、そゆう事だぜ」
「そんなもんか?」
「そんなもんさ――しかし、何であそこまで凹んでるんだ?」
その言葉の先に居るのはイツキ。
倉庫の影で膝を抱えて座り込んでいる。
周りの空気が重い。
若い女性相手なら何処までも人懐っこさを発揮する整備班の面々が避けているのだ、その重さがどれ程か良く判ると云うものであった。
「ああ………」
微妙に言葉を濁し、それから苦笑に近い形へと唇を歪める。
絞られたからな、と。
『アンタ達一体何をしているのよぉーっ!!!!』
怒声。
というか大絶叫。
スピーカーの性能を一杯一杯に使い切ったその声に、割と手狭なチューク基地ナデシコ機動部隊詰所が揺れた。
叫んだのは当然、ムネタケだった。
その感情の爆発がそのまま通信ウィンドウを、グワングワンと揺らす。
錯乱寸前といった按配だ。
『陸戦隊のゴリラ相手に大立ち回りするなんて正気!?』
通信ウィンドウの揺れが益々大きくなる。
『てゆうか何で喧嘩してんのよっ!! しかも先に手を出したって馬鹿!?』
そして画面が唐突に消えた。
黒一色に浮かぶSound Onlyの文字。
どうやら
ムネタケが咆哮している理由は、当然ながらもアキト達と陸戦隊との喧嘩であった。
軍警察に捕まり、連絡が上がったのだ。
それは抗議では無かった。
要請でも無かった。
何とも慇懃な態度で、「今後はこの様な事は無いようにして欲しい」との要望であった。
無論、組織社会に於ける言葉の意味をよく理解するムネタケは、その要望の意味を見誤る事は無かった。
これが事実上の譴責である事を。
何故にこんな回りくどい事をするかと言えば、これが軍法軍律その何れに於いても容易な対処の出来るものでは無い事が原因だった。
アキトは軍人ではあったから簡単だ。
営倉にでも放り込むだけで良いだろう。
自分から手を出した訳でもないし撒きこまれただけだったとは云え、喧嘩を止めなかったのは宜しく無いのだから。
問題はイツキ達だった。
イツキ達は当然軍人では無い。
そして軍属でも無い。
政府公認の特殊な武装船に乗り組んだ一般市民なのだ。
軍人と一般市民との喧嘩。
形式としてはこうなる。
しかも原因の半分は、軍側にある。
この時点で軍警察――法務士官は頭を抱えた。
下手な抗議は反発を買いかねないし、穏便に済まそうとし過ぎれば将兵の士気低下をまねくのだから。
『そのですね、戦意旺盛なのは宜しいのですが、もう少し考えて頂きたいと、はい』
新しい通信ウィンドウが展開する。
相手はプロスペクター。
言葉遣いは穏やかだが、少しばかりこめかみが引きつっている。
ネルガル本社と連絡を取り、事を穏便に解決させる為に奔走していたのだ。小言の1つも言いたくなると云うものだろう。
否、小言そのものと言えるだろう。
双方の代表者が始末書と反省文を提出すると云う形で、問題自体は解決しているのだから。
正に喧嘩両成敗であった。
軍側と同様に、ネルガル側でも事を大きくしたくなかったのだから当然であろう。
「申し訳ありません」
2人からの叱責を受けてイツキは、素直に頭を下げていた。
言いたい事はあった。
原因が軍側にある事を、馬鹿にされた事を。
だがそれを俯いて堪えていた。
「あの歳じゃ、そんなに叱られた事は少なかったろうな」
堪えたろうと、煙草を銜えたまま苦笑するウリバタケ。
それをアキトは肯定する。
「通信が終って、項垂れていたよ」
「若いね」
「だな………」
他人事の様に苦笑しているアキトも、叱責はされてはいた。
その通信の後、ムネタケとの2人だけの通信回線で、である。
尚、叱責を公衆面前で行わない辺り、ムネタケのアキトに対する態度、或いは評価の具合が判ると云うものだろう。
ムネタケは、訓練教官役なのに何故に止めなかった、止められなかったのかと言った。
これに対してアキトは、戦意に水は注げないと答えていた。
下手に小利口に、そして小さく纏めてしまってはパイロットとして大成しないのだとも。
故にアキトは喧嘩を否定しない。
覇気が無いよりはマシだからである。
それはアキトの原隊、第2321
故にアキトは、全くとまでは言わないものの、余り気にしてはいなかった。
アキトの意外な血の気に、ムネタケはゴニョゴニョと歯切れの悪い調子で、もう問題は起すんじゃ無いわよと言って通信を切ったのだった。
「喧嘩1つロクに出来ない様な根性だと困るって訳か? まぁ確かに向こう意気でも強くなけりゃパイロット稼業なんて出来ないわな、確かに」
「闘志が無ければ戦えない。だが、冷静でなければ勝てない」
闘志には折り紙が付いたが、後は冷静さを養わなければなと言う。
目深に被っていた帽子を、チョイと押し上げて空を見上げる。
何とも落ち着いた、あるいは枯れた風であった。
だからウリバタケは笑う。
「けっ、20も超えてねぇ様な餓鬼が分別臭ぇ事抜かすな」
「年齢を言われるとどうにも。まぁまだ煙草も吸えない身分なのは否定しないが」
胸元のポケットから煙草を一本取り出すと、手馴れた仕草で火を点ける。
世の中の禁煙への流れに添った軽いものでは無く、舌が痺れそうなキツイ煙草。
大きく息を吸って、吐く。
風。
紫煙が吹き散らされる。
「おめぇも大概…だな」
苦笑と共に言葉を濁し、此方も煙草を取り出して銜えるウリバタケ。
シートの位置を思いっきり後に調整すると、足を組む。
述語は無かったが、その言葉の意図をアキトが誤認する事は無かった。
「よく言われる」
呟くような一言。
アキトの脳裏に浮かぶのは、軌道上の仲間達や訓練校での同期達。
良く呆れられていたと小さく笑う。
それから暫くは無音、無言。
紫煙はゆるゆると昇り、ゆっくりとした時間が流れる。
「暇だな」
「時間は?」
「到着時刻20分オーバー。仕方ねぇさ、日本からコッチまで完全に安全って訳でもねぇからな」
「………だな」
手元の端末を立ち上げるウリバタケ。
そこには
チューク島周辺の状況は黄色。
積極的に攻撃を受ける可能性は低いが、周辺に無人機が潜伏している可能性が高いと云う事だった。
「今日は無理かな、コレは………」
「どうかな? 新型のアレは連合宇宙軍でも是非早期に戦力化を成したい筈だ。多分、護衛が付けられて来るだろうさ、遅れてもな」
今回、ネルガル重工鹿児島工場で製造され、運ばれてくる予定のフレームは9つ。
うち8つは、当然ながらも正式量産された飛翔フレーム(b)。
そして残る1つが、試作されたばかりの新鋭、軌道フレームであった。
両足はそれぞれに液体ロケットエンジンが配置され、背中には大型の複合サイクルエンジンが取り付けられたその姿は、エンジンにアサルトピットが埋め込まれたような構造であった。
マッハ4近い巡航速度を持ち、後は機体各部に取り付けられた重力波放射器で姿勢制御を行う。
冷却システムの一部に冷却した燃料を充てる事で機体構造重量を減らし、その分燃料をタップリと積む事で、増槽無しでも2時間近い作戦行動を可能とした機体。
それが軌道フレーム、只々、衛星軌道を駆け抜ける為に開発された機体であった。
以前の約束通りアキトにテスト・パイロットをして貰う為、その2号機、シリアルOF-n-002が工場直送としてナデシコに送られて来る事となっていた。
「ディルフィニウムはキツイか?」
「正直。少し派手に機動させればストレスが限界値を超え、直ぐにバラバラになりそうになる。アレは元々、機動性発揮を考えた設計が成された機体じゃ無いからな」
「直線番長だな。そう言えば実戦で、お前等がディルフィニウムで格闘戦をやったって知って、設計者がブチキレタって噂話もある位だしな」
「その噂は事実だよ。ジョイントスターズの
衛星軌道上での一撃離脱戦を前提に開発されていたのだ、ディルフィニウムと云う機体は。
それが今では
次の軌道迎撃機――木星蜥蜴の無人機を凌駕する為の機体を開発する為の情報収集にとトラック泊地を訪れた米国最先端の設計者達は、事前の想定と余りに異なる使用状況に頭を抱えたのだった。
「実話かよっ!」
「ああ。非常識だって、な」
しばしの一服。
黙々と煙草を吸う2人。
フト、ウリバタケが口を開く。
しかし良いのか? と。
「ん?」
「訓練だよ訓練。聞いた話じゃ毎日ハードスケジュールなんじゃなかったのか?」
日陰で暗さを振りまいているイツキ。
何やらの談義に花を咲かせているヤマダとアマノ。
木陰で寝ているスバル。
そしてマキは、呆っと空を見上げている。
気の抜けた雰囲気だ。
だからだと、アキトは言う。
気分を入れなおさせるのだと。
「昨日は派手だったからな。しかも納得の行き辛い形で終った、直ぐに気分が入れ替わる訳も無い」
だからこそ、新規機材の搬入に立ち会わせて気分転換を図るのだと云う。
「………気苦労の多い事だな」
「人間は理屈だけで生きていられる訳じゃ…無いからな」
「確かにな」
ウリバタケが頷いた時だった。
整備班員が、格納庫脇の管制塔入り口から大声を張り上げたのは。
「班長! 機材の到着は30分の遅れ、後少しで到着だそうです!!」
「無事か!?」
「機材に脱落無し、遅れたのは飛行場での積み込みトラブルだそうです!」
チョットした機材が故障して、機材を詰め込むのに時間が掛かったらしい。
それを聞いてウリバタケは苦笑に近い笑みを浮かべた。
まっ、ロシアだからな、と。
「ロシアの航空会社を使ったのか?」
言外に大丈夫かと尋ねるアキト。
フレームやら何やらと大荷物の輸送となった為、今回はロシアの航空会社――即ち、ポレット航空輸送を利用していたのだ。
そのロシアは言うまでも無くユーラシア連合に所属する国家であり、海洋国家共同体に属する日本との関係は良好とはとても言い難いのが実情だったのだから。
新鋭機材の輸送で何らかのトラブルが発生したら、そう云う理由だった。
そんな心配をウリバタケは笑う。
「大丈夫大丈夫。プロスの旦那の話じゃロスケは、コッチ側へと引きずり込めそうだって事だからな」
そう言ってウリバタケは美味そうに煙草の煙を吐き出していた。
風に撒き散らされる紫煙。
その向うの空に、ロシア製巨大輸送機の群れが姿を現していた。
2006 5/18 Ver4.01
<ケイ氏の独り言>
なんつーか、アレです。
遅れてすいませんm(_ _)m
まぁ遅れた事も問題ですが、アレです。
水着は何処へいったんでしょうか Orz
ミナトやらルリやらの(;´Д`)ハァハァな描写を夢見ていた筈なんですが、ナンツーカ、汗臭い………
しかも、次は初っ端から血塗れな予定となっておりまして、ええ。
まぁナンですか、看板に偽りがあるのは「仕様です」とか開き直るべきなんでしょうかね。
>代理人さん
ハッハッハッ!
真面目に不届き者をキャッチフレーズにしようかと虎視眈々と狙っている私に、今更良識を求められても困りまする(威張り<マテマテ
それはさておき、いやいや軍隊ネタでドジっこは勘弁かと(汗
と云うかリアルで悪意の無いドジな香具師が同僚に居る当方といたしましては、アレは遠くから眺めているから萌えられるのであって、身近に居たらぶち切れるだけですと主張したい。
うん。
更にそれが年上と云うか、チョイと立場上だったりするともう、目があてられない。
やっぱね、ゼークトさんの言う通りだと思うんですよ。
無能な働き者はちゅるせ! とね。
代理人の感想
まじめにふとどきいっちょくせん〜♪
は、まぁどうでもよくて。
サブタイトルがコレな時点でもー完全に水着なんかどーでもいいやと開き直っているかと思ってましたが、違うんですか?w
やっぱりケイ氏さんの書きたいのは萌えでも癒しでもなくて、軍曹で黙示録に二〇三高地な地獄に堕ちた勇者どもの宇宙戦艦ヤマトなんですよ。すなわち、ルリもミナトさんもユリカもメグミもこの話においては和み担当のマスコットキャラクターに過ぎないのだ・・・・っっ!
無論本当にそうかどうかは読者の方々の判断にお任せしますが(笑)。←卑怯
>遠くから眺めているから〜
まぁ、そう言うもんでしょうなぁ。
それでもドジそのものに萌えられるというのはよくわかりませんが。w