西暦2196年に勃発した【第一次汎太陽系戦争】(マーズ・ウォー)は、地球を主体とする地球連合と、木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星国家間反地球連合共同体小惑星――いわゆる木連との間に行われた、人類史上初の星間戦争であった。

 その名の通り人類の生存圏である地球を月を、そして火星を舞台に繰り広げられた星間戦争。
 その戦争の最中には様々な事があった。
 大規模な会戦があった。
 陰惨なる謀略があった。
 隠されていた歴史の真実が明るみになった。
 敵は人類である事が、そして火星の先住住民が残した遺跡がある事が白日の下にさらされた。
 そしてお気楽な人間たちが、戦争を目茶苦茶に引っ掻き回していったのだ。

 そして因果は織られ、戦争は有耶無耶にも似た形で終結していた。

 

 物語が始まるのは西暦2201年。
 明確な決着のつかなかった戦争の終結から3年の時を経た後である。
 ある意味でそれは、“戦争を終結させる為の戦争”であった。

 

 


 

機動戦艦
 
ナデシコ

 

The Prince of Darkness

異文

Yea though I walk through the valley of the shadow of the death.
I will fear no evil for I am the evilest son of a bitch in the valley.

 

 

第一幕 Bust(a)

 

 


 

 

――T――

 

 

 宇宙をゆく青を基調とした宇宙戦闘艦。
 名はアマリリス。
 連合宇宙軍の誇る最新鋭の重巡航艦エーデルワイス級の3番艦である。
 所属は第6艦隊(コースト・ガード)、第3遠距離哨戒戦隊。
 月軌道外周部の航宙路保護を担当する部隊であった。
 大戦時と比べれば大幅な戦力が低下してしまった連合宇宙軍にとって第5艦隊は、機動打撃作戦集団である第7艦隊(タクス・フォース)と並ぶ貴重な実働戦力であった。

 エーデルワイス級の特徴としては【火星の遺跡】(ロスト・テクノロジー)、一説では大戦の引き鉄ともなった技術が大々的に導入されている事が上げられている。
 拡散式重力波砲(グラビティブラスト)歪曲力場(ディストーションフィールド)に代表されるもの。
 それら技術は改リアトリス級に代表される様に、大戦中からも投入されてはいたのだが、基本的には従来の設計へと接ぎあてたものであり、それ故に発展性や余裕といったものは皆無に近かったのだ。
 これに対してエーデルワイス級は違う。
 艦の基礎設計の段階から十分に余裕を見て建造されているのだ。
 その完成度は、戦時中に建造されたものとは比べ物にならないものとなっていた。

 従来の重巡航艦や軽巡航艦、装甲巡航艦に航空巡航艦と云った様々な分類を超えた新しい巡航艦。
 連合宇宙軍にとって、期待の新鋭であった。

 

 

 アマリリスが往くのは月衛星軌道上。
 主要航宙路から離れていたお陰で、軍訓練用に指定されているエリアだった。
 訓練宙域故に、アマリリスの艦内は外観の優雅さとは比べ物にならないものとなっていた。

『左舷02甲板3動力路が破損! 非常閉鎖、実施します!!』

『予備動力路を起動!』

『起動します……っ! 起動失敗しました。再チェック、l4中継器に異常があります!』

『応急班へ対応を下命。第2班を回せ』

『了解です………応急第2班へ伝達。l4の中継器を確認して下さい!』

 艦の後部。
 艦橋の予備と応急指揮所とを兼ねる、第2発令所で繰り広げれる応答がそのままアマリリスのブリッジへと流れ込んでいる。
 今、アマリリスは応急訓練を行っていた。

「順調順調」

 そう満足げに頷くのは、アマリリスの艦長であるアオイ・ジュン中佐だった。
 優男といって良い相貌の若手将校ではあったが、大戦終結に伴って発生した連合宇宙軍の大規模軍縮を生き残っているのだ。
 その能力は折り紙付きだと言えるだろう。

 アマリリスの艦長職就任と共に得た中佐の位。
 その証ともいえる真新しい階級章が襟元で輝いていた。

「中々の状態、ですか?」

 柔らかな声。
 アオイに問いかけたのは、アマリリスに便乗した連合宇宙軍査察官であるヒロセ・アヤカ中尉であった。
 モデルのように洒落た風に、連合宇宙軍軍服を着こなしている。
 まだ若い女性士官が所属するのは連合宇宙軍情報本部。
 最近頻発している、コロニーへの襲撃事件への対応の一環として、とされていた。

「ええ。満足していますよ」

 丁寧な口調で返すアオイ。
 相手がうら若き女性だから、と云う訳では無い。
 このアオイ・ジュンと云う軍人が持っている性格であった。

「就役してからの時間を考えれば、十分な水準に達しています。これならば、例えどんな任務であろうとも真正面から立ち向かう事が出来ます」

 てらいも無く言い切るアオイ。
 だが同時に、その涼しげな目元はヒロセを探るように見ていた。
 出航直前に乗り込んできたこの女性に、アオイは猜疑にも似たものを感じているのだった。
 表立っての理由、「連続コロニー襲撃事件への対応」自体におかしな話は無い。
 連合宇宙軍は地球圏の全コロニーへの監督権を持っているのだ。
 この状況を座視していては、かえって批判されると云うものである。
 だが、であった。
 アオイは、このヒロセに何か妙な気配を感じていた。

「頼もしいですね」

 そんなアオイの気を知ってか知らずか、アヤセは自らが持つ魅力を計算した上で微笑んでいた。

「なら安心できると云うものです」

「貴女は何かを知っているのですか?」

「いいえ。私は一介の中尉ですので。ええ、唯の一般論ですよ」

 手で口元をおさえて、上品に笑うアヤセ。
 但し、所属が所属ですので誤解されやすいのです。とも続けた。
 連合宇宙軍情報本部。
 対木連戦争時には、様々な手管を使ってきた機関なのだ。
 確かに色眼鏡で見られても仕方の無い所属ではあった。

「お疑いなら、同じ地球圏で長距離任務に就く艦船に問い合わせてください。私と同じような人間が乗っている筈ですから」

 長距離任務の合間で、ステーションに停泊した際に監査、正確には情報収集をするのだ。
 何が原因であるかは判らぬ連続コロニー襲撃事件。
 “宇宙海賊”なるロマンシズムに染まった単語が連想する向きもあるが、現実問題としては有得ない話であった。
 故に、長距離哨戒の合間でコロニーの情報を収集しようとしたのだ。
 無論緊急的に情報を収集をしようともしていたのだが、此方は大戦終結後に連合宇宙軍に代わって宇宙の安全保障を引き受ける事となっていた地球統合平和維持軍――通称、統合軍の横槍によって遅々として進んでいなかった。

 だからこそ、こんな迂遠とも言えるやり方が選択されたのだった。

「ああ、それは申し訳ない」

 素直に詫びるアオイ。
 その時、突如としてそれまでとは全く異なった電子音がブリッジに鳴り響いた。
 アオイが、真剣な表情で振り返る。
 その先は通信士官であった。

「どうした!?」

「非常通信を受信しました! 第2種非常要請(コード・レッド)、シラヒメ・ステーションからの支援要請です!!」

 

 

――U――

 

 

 時間は少しだけ、巻き戻る。

 

 シラヒメ・ステーション。
 それはラグランジェ・ポイント2に設けられた中型の軍民共用ステーションの事である。
 ラグランジェ・ポイント2は、人類初の資源衛星が配置された場所であり、その経緯――外宇宙から資源を引っ張り込んでくる必要性故に、月軌道から外周、外宇宙へと向けて旅立つ宇宙船の補給ポイントとしても整備された宙域であった。
 そんな場所故に、軍民共用のステーションは珍しくも無かったが、シラヒメ・ステーションには1つの特徴があった。
 ヒサゴプランと名付けられた地球圏のボソンジャンプ網の中継ステーションとなっていた事である。

 ヒサゴプラン。

 それは、『宇宙をめぐる大螺旋』をうたい文句に、大戦後の景気刺激策の1つとしてスタートした計画であった。
 金星軌道から木星圏に至るまでに巨大化した人類領域。
 その全てを、チューリップを利用したボソンジャンプによる高速物流網によって網羅する事を目的としていた。
 人類の未来を担う大事業とも宣喧されていたが、それは誇大広告では無かった。
 現在完成しているのが全工程の22%程度――地球圏から火星までの限定的なネットワークだけであるにも関わらず、荒廃しきった火星の再建計画が予定の7%増しの速度で実施されている事からも明らかであった。

 人類の宝、人類の未来を切り開く最前線。
 誰もがそう信じていた。

 

 

『非常事態! 非常事態!』

 開放回線で連呼される悲鳴の様な警報。
 それは大戦終結から3年ぶりに鳴らされた非常警報であった。
 電源が非常用に切り替わり、赤黒い非常灯に照らされたシラヒメ・ステーション。
 その最深部に、静かに立つ1つの影があった。
 外套に陣笠。
 まるで時代劇から抜け出してきた様な外見をしていた。

 かき鳴らされる警報を、無視するかのごとくすくりと立つ。
 否。
 無視しているのは警報だけでは無かった。
 人影の周辺には、白衣を着た人らしき影が幾つも床に倒れ臥していた。
 生きてはいない事は調べずとも見て取れた。
 白衣に付いた闇色の染みが、床に広がった鈍い光彩の水溜りが広がっているのだ。
 調べるまでも無い様なものであった。

電音

 乾きのある音とともに、電源が通常系統へと戻った。
 陣笠によって薄闇に残る、その顔はどこかしら爬虫類染みたものを感じさせる男の顔だった。
 陣笠がゆっくりを上を向く。
 そこには、シラヒメ・ステーションの周辺を表示するディスプレイがあった。
 幾つもの情報が、そこへと書き加えられていく。
 それらを読み取った男の、目元が僅かに歪んだ。
 ただそれだけで、見るものに禍々しさを感じさせる挙動。
 だが口元は面白げに歪んでいる。

『不明機、第2防衛ラインを突破しました! 迎撃機間に合いませんっ!!』

 正規の指揮ラインに食い込んでいるのだろう。
 無機質な警報から代わって、悲鳴の様な報告が続々と漏れ伝えられて来る。

『アロー01、02が迎撃します』

『不明ECM、破れません!! アロー02、被弾!!』

 もはや悲鳴の様な報告などでは無く、純然たる悲鳴であった。
 ディスプレイの向こう側も又、一方的な殺戮の場となっていた。

 

 

 黒というには余りにも暗い、言うならば闇色の機体が駆ける。
 四方八方から迫り来る対空ミサイルを、すさまじい速度で潜り抜けシラヒメへと迫る。
 それはさながら、幽鬼の如き姿だった。

「くっ、黒い亡霊(ゴースト)!」

 黒い機体と対峙した、パイロットは思わずそう漏らしていた。
 僚機が瞬く間に打ち倒されていく状況に、このまだ若いパイロットの神経はすり減らされていっていたのだ。

『バカ野郎! 何をぼっと抜かしてやがる!!』

 そう怒鳴ったのは、若い男と編隊(ロッテ)を組む同僚だった。
 声には、覇気が漲っている。

『あんな暴漢に、自由にさせてよいもんかよっ!!』

 怒鳴る。
 感情の奔流に身を任せて、言葉を連ねる。

『俺たちが乗っているのは最新型なんだぞ! 地球圏で一番の機体に乗る俺たちが止められなくて、誰がアレを止められるってのかよ!!』

 事実だった。
 男たちが乗るのは大戦期の主力機動兵器であったエステバリス・シリーズでは無く、その後継、ステルンクーゲルであった。
 角ばった機体。
 特徴としてステルンクーゲルは外部依存型の動力システムを採用していたエステバリス・シリーズとは異なり、発動機(ジェネレーター)を内蔵している事が上げられるだろう。
 発動機を外部依存すると云う特徴ゆえに艦、艦隊の直衛機としての性格の強かったエステバリス・シリーズとは異なり、ステルンクーゲルは真に汎用機たる事を狙ったのだ。
 これが出来たのは、木連との技術交流による発動機技術の爆発的進歩のお陰であったのだ。
 この発動機を搭載したが故に得られた大火力――レールガン。
 採用されて1年。
 未だ一部の部隊しか装備していないステルンクーゲルは、地球圏最強の機体であると言えた。

「そっ、そうだな。俺たちがやらなきゃ誰がやるってんだ」

『そうさっ! 行くぞ』

 一気に加速する2機のステルンクーゲル。
 全身のスラスターを利用して、不規則な機動を行いながら。
 大戦終結後も軍に残れる様な人材なのだ。
 この2人も決して下手なパイロットでは無かった。
 が、下手では無いだけで立ち向かえるような相手では無かった。

 

 

 挟み撃ちを狙って来る2機の新型機。
 エステに代わって、最近は良く見るようになった機体だ。
 走攻防、そのバランスが高いところで取れており、厄介な相手だ。

「………いや、簡単な相手はいないか」

 誰に告げることも無く呟く。

 場所は漆黒の機動兵器、そのコクピットだ。
 機体同様に、黒を基調としたパイロットスーツを着込んでいるパイロット。
 がっしりとした骨格から男である事は判るが、顔は判らない。
 目元は色の濃いバイザーで隠しているのだ。露出しているのは口元だけ。
 そこには、病的な白さを感じさせる肌があった。
 肌が切れたような唇。
 その唇が、イビツに歪んだ。

「何にせよ蹴散らすだけだな………ラピス」

 情動の抜け落ちた声で言葉をつむぎ、相方を呼ぶ。
 返事は即答だった。
 ただ違うのは、それが通信機を介していなかったと云う事。

(ハイ。はっきんぐ成功。情報収集ヲ開始。機能掌握マデモウ少シ)

「急げ。奴らも動く筈だ」

(了解。あきとモ注意シテ。此処ニハマダ部隊ガ居ル)

「判った。また、後でな」

 通信を打ち切った後、あきと――テンカワ・アキトは、赤い情報の表示されたディスプレイを流し目に確認する。 迫り来る2機のステルンクーゲルを、酷薄な表情で見る。
 それはかつての、お人好しのパイロット兼コックであった頃の面影など一切無い姿だった。

 

 リニアレールガンの光弾が、漆黒の宇宙を切り裂く。
 その発動機の余力を示すように、連射してくる。
 レーダーと連動したコンピューターが、危険である事を表示するが、アキトはそれを無視して機体を操る。
 だがそれは、機体の防護力に頼った力技では無い。
 彼我の機動から相手の射線を予測し、それを潜り抜けるように機体へと指示しているのだ。
 当たらない。
 当たらせないとの意思であった。
 そのパイロットの意思に呼応し、ずんぐりとした機体は、その外観からは連想しがたい俊敏さを発揮して、光弾を尽く回避する。

「っ!」

 その無茶な機動の対価は、肺腑をえぐる様な加重だ。
 射撃の一瞬の隙を見て姿勢を整えるや、止めていた呼吸を行う。
 慣性制御システムも搭載してはいたが止められていた。
 母艦と離れての長距離ミッションである、余計な電力消費は抑えた方が良いとの発想だった。
 その対価をアキトは、体で払っていたのだ。

「っぅ!」

 再開した射撃に、更に機体を激しく操るアキト。
 ステルンクーゲルは、正に息をつかせぬような連携であった。
 だが同時に、それだけであった。
 アキトには余裕があった。
 そして機体は、全く平常どうりであった。
 並みの機動兵器では空中分解をしてもおかしくない程の、無茶な機動を繰り返していても、異常は発生していなかった。

 機体の火器管制システムが、相手機を完全に捉える。
 バイザーに表示されたレクチュアルが蒼く染められる。
 必殺の位置。
 その瞬間にアキトは躊躇する事無く、トリガーを引く。
 駆けるブラスターの火球は2つ。
 その2発は、誤る事無く2機のステルンクーゲルを貫いていた。
 胴体を。

 従来のエステバリス・シリーズよりも高い強度を持ったステルンクーゲルの防護フィールドであったが、極至近距離から大口径ブラスターを打ち込まれては耐えられる筈も無い。
 爆散。
 その赤黒い光に漆黒の機体を照らされながら、アキトは先へ進む。
 シラヒメ・ステーションへ。

 

 

 ディスプレイの向こう側で、漆黒の機動兵器が猛威を振るっているのが見えた。
 追いすがるステルンクーゲルやエステバリスを蹴散らしていく。
 それを黙って見ている陣笠の男。

『アロー隊、壊滅しました! 無人機の出撃、兵装の取り付けの終わった機から出します!!』

 報告ではなく、まるで滑稽な実況放送の如くに成り果てた放送が、律儀に被害を数え上げていく。
 作業用に用意されていた木連製の無人機も、武装させて出撃させていく。
 が、そもそも数を頼んでの戦いを目的としていた無人機なのだ。
 三々五々とバラバラに出撃していては、各個撃破されるだけであった。 更には、濃厚な対空火線を放っている護衛艦が、ただ一度の反航戦で艦橋と機関部に被弾して、爆散する。

『つ、ツバキが爆沈しました!!』

 爆散した護衛艦ツバキは、大戦末期に就役した泊地防御用防空護衛艦カシワ級の1隻だった。
 100m級とも俗称される小型な船体のカシワ級であったが、防空の、それも泊地での運用に特化させる事によって航続能力や居住性を削る事に成功し、その容量を防空機能に割り振る事によって大型の、巡航艦クラスにも匹敵する防空力を得たのだ。
 又、防御力も居住性を削った代償として、極めて高い物が与えられていた。
 31隻が就役していたにも関わらず、大戦を通して爆沈したのが僅か3隻しかなかった事を鑑みれば、それだけでも生存性の高さが判ると云うものである。
 多くの艦が、どれ程に被弾していても生還して来ていたのだ。
 泊地防衛の最優秀艦。
 そう呼ばれるのも当然であった。
 その誉れ高きカシワ級のツバキがあっさりと爆沈したのだ。
 悲鳴が上がったのも当然であった。

 それからの報告には、目に見えて活気が失われていった。
 それが変わったのは、一本の通信であった。

『近域を航行中の連合宇宙軍巡航艦アマリリスより入電です! 本文、“ワレ最大速力ニテ急行中。今暫シ耐エラレタシ”です!!』

 爆発的な歓声が、重なって聞こえた。
 来るのは巡航艦1隻ではあったが、少なくとも孤独では無い。
 それだけで心を強く出来たのだ。

 が、それが陣笠の男に行動を起こさせた。
 自らの襟元へと手を伸ばす男。

「陣風」

 撃てば響く。
 と、何処からか答えが返ってくる。

『はっ』

「準備はどうか」

『問題はありません。全ては手筈どおり』

「そうか」

 ディスプレイを見上げる男。
 その目には嘲りがあった。

「遅かりし復讐者。汝は未熟なり」

 

 未熟であった。
 全てが。
 発想が、行動が、覚悟が、まだ、足りていなかった。
 己を捉えるのは、未だ不可能。

 そう断じて、男は言葉を紡ぐ。

「滅」

 全てが光に包まれた。

 

 

――V――

 

 

 アマリリスの光学機器が、最大望遠で捉えたシラヒメ・ステーション。
 それは既に、コロニーとしての姿を維持できていなかった。
 可燃物に引火したのか、断続的に爆発が続き、噴出した煙が塵が、その姿を隠している。

「………間に合わなかったか」

 苛立ちをこめて呟くアオイ。
 正規の通信ラインは、全てが沈黙していた。

「生存者の救助を――」

「待ってください」

「何か? ヒロセ中尉」

 人命救助の下命を止められて、少しだけ不愉快そうに尋ねるアオイ。
 一刻も早く救助しなければ。
 その思いが顔に出ていた。
 だが、対するヒロセの顔には、笑みと評する以外の感情は浮かんで居なかった。

「人命救助もですが、情報収集も平行して行ってください」

「………それが情報本部のやり方ですか」

 憤りを込めて言う。
 人命よりも情報を、なのかと。
 軍人として、否、極真っ当な神経を持った人間としてアオイは反発にも似たものを覚える。
 或いはそれは、かつて副長として乗り込んでいた船の影響であった。

 ND-001 NADESICO

 民間企業が保有した戦艦という、前代未聞の存在。
 そして基本モットーは“私らしく”等という冗談じみた戦艦。
 今、真っ当な軍人になってみてアオイは思う。
 アレはオカシイ存在であったと。
 だがそれでも、その全てを否定する事は出来なかった。
 自分らしく。
 それは同時に、人間としての素直さの表明でもあったのだから。

 程度問題。
 自分の内心を、そう冷静に分析しながらアオイはヒロセを見る。

 

 対するヒロセ。
 睨むと言っても過言では無い、アオイの視線を気にする風も無く口を開く。
 微笑んだままだ。

「そう思われるのでしたらそうなのでしょうね。熱狂的な戦争愛好者(ウォー・モンガー)。ええ。戦時中からも散々言われていますから」

 笑みを曖昧にさせながら続ける。

「そこからの要請(・・)。それで納得できるのでしたら、そうして下さい」

「言われなくても、ね。艦隊司令部からは君の要請には最大限に応じるように言われている。理解も出来るさ」

 唯、面白くないのだと言う。
 だが迷っている暇は無かった。
 アオイは手空きの人間による救助活動の従事と、対空警戒と電波情報の収集の継続を下命する。
 救難ボートまでも利用しての救助活動。

 その時だった。
 電磁情報収集を担当していた士官が声を上げたのは。

「艦長!」

 鋭いその声に誘われ、振り返るアオイ。
 その視線の先にには空間へと姿を現す、漆黒の機動兵器の姿があった。

「あっ、あれは!?」

 敵味方識別装置(IFF)への反応が無い事も、重ねて報告される。
 熱紋による機体識別装置では、機体の種類が判別出来ないことも併せて、である。
 正体不明機。
 もしかしたら襲撃者か、とアオイが眦を鋭く指示を出そうとした瞬間、もう一度、漆黒の機動兵器は跳んでいた。

「あれが、噂の亡霊機(ゴースト)か」

「ご存知で?」

「ああ。噂だけだがね………正体不明、形すらも一定しない、機動兵器乗りの怨念。貴女は当りを引いたと云う事かな?」

 その問い掛けに、ヒロセは自分の直接の上司の顔を思い浮かべて笑う。

「どうでしょうか」

 曖昧に答えた裏側で、ヒロセはどちらかというと外れだと内心で続けた。
 おそらくは腹黒さをたっぷりと豊満な腹の中に溜め込んだ上司が、一次情報を得た自分を思いっきりこき使うだろうと想像が出来たのだ。
 RPGゲームの中ボスが下っ端にするように、使われる自分。
 アパートに帰れるのは当分先に成りそうだ。
 そんな風に考えながらヒロセは、この人の良く素直なアオイにそれがばれぬ様に、愛想笑いを浮かべ続けた。

 

 

――W――

 

 

『私は見ました。あれは確かにボソンジャンプです。その事は提出した爆発時に【アマリリス】が探知した各種データからも認識できると思います!」』

『コロニー爆発の影響で付近の艦、センサーの乱れ著し。との報告もあるが?』

『そうなるとアオイ中佐が提出した資料、その信憑性も疑ってかかるべきですな』

『確かにそうですな』

『誤認だと仰るのですか?』

『そうは言っていない。だが疑ってかかるべきだと私は思うがね』

『左様ですな。主観の入った憶測は事件の真相を探る上で障害以外の何物でもないですからな』

『ですがシラヒメ・ステーションの残骸から回収されたレコーダーに残っていた第三域監視衛星が探知したデータは本物であると思います!』

『だがその肝心な第三域監視衛星は二ヵ月前に隕石と衝突し故障。その後、最近まで虚報探知あるいは誤報が耐えなかったという報告が【ヒサゴプラン】の施設維持局より提出されている。故に委員会としては監視衛星の残骸より回収した情報の信憑性は君のフネが探知したものより低いと判断する』

『確かに。委員会としてそのような不確定な要素を持ったものを事故調査の公式資料として認めるわけにはいかんのだよ』

『それに、だ、アオイ中佐。現時点では木連も地球も一五メートル級のボソンジャンプが可能な機動兵器を開発配備をしておらん』

 

 もういい。
 そう言わんばかりの仕草で、椅子に座っていた男が手元のリモコンを操作する。
 同時にもう1つのボタンを押す。
 室内灯が点され。分厚いカーテンが開く。
 広い部屋。
 そこに3人の男達が集まって居た。

「最初に結論ありき、でしたな」

 椅子の右後に立つ痩せた男が、ややのんびりとした口調で先ほどの映像の感想を漏らした。
 映像は、先ほど行われた連続コロニー爆破事件の合同事故調査委員会の記録だった。
 本来は結論が出るまでは門外不出とされる記録であったが、それが此処にある理由は、流石は連合宇宙軍情報本部(UIH)と言うべきであろう。
 政治の舞台の中心からは外されて久しい連合宇宙軍ではあったが、それ故に、情報収集の手は緩められていなかった。

 先ほど表示されていた記録では、主にシラヒメコロニーが議題の中心となっていた。
 連合宇宙軍からもアオイが呼び出され、参加していた会議のものだった。
 委員会でアオイは、得られた情報を正確に報告していたが。
 その尽くが、委員会では否定されていた。

「確かに。否定のための議論といった所か」

 重々しく頷いたのは椅子に座っている男、連合宇宙軍総監であるミスマル・コウイチロウ大将だった。

「何かを隠している、か」

「その可能性は否定出来ませんな」

 おっとりとした口調でコウイチロウの意見を肯定するのは、連合宇宙軍参謀総長のムネタケ・ヨシサダ中将だ。
 但し、目つきまでは甘くない。
 記録と共に提出された資料へ、冷静に目を通す。

「ヒサゴプラン自体は、新地球連合の威信が掛かった計画ですからね。ボース粒子の察知、即ちボソンジャンプに問題があるとは思わせたくない、のかもしれませんな」

 不況下の公共事業。
 夢や希望と共にヒサゴプランには、そんな生臭い側面があったのだ。
 併せて、巨額な資金が動いている事もあって調査委員会は消極的――にしても異常ではあった。

「だが、それにしては強引過ぎる。非公開である委員会までこの調子では、彼らに真実を究明する積もりは無いだろう」

 そもそもとして、正体不明機がある。そう続けた。
 現在爆散しているコロニーは全て、ヒサゴプランがらみなのだ。
 ボソンジャンプとヒサゴプランへ懐疑の念を抱かせたくないとの気持ちは理解出来るが、それでは今後も同じ事が続く危険性があった。
 おかしすぎる。
 そう断じるコウイチロウ。

 以前は親バカとして知られていたコウイチロウだが、それだけの人間が組織のトップに立つことは叶わない。
 特に愛娘を、その夫と共に事故で喪って以降は、鋭利さに磨きが掛かっていた。
 それを証明する様な、鋭利な表情で続ける。

「きな臭すぎるな」

 愛娘を喪って変わった。
 良くそういわれるが、それは完全な正解では無い。
 コウイチロウはただ愚かしいまでの素直さをもって、愛娘とその夫が望んでいた平和と云うものを護りたいと考えていたのだ。
 例え如何なる手段を用いようとも。
 例えどれ程に薄汚れてしまっても。
 それは、或いは悲しさであった。

 もっともコウイチロウは、そんな感傷を仕事の場に出す様な人間ではなかった。
 それ故に誰もが、コウイチロウが変わったと思っていた。

「ヤブを、突いて見ますか?」

 それまで黙って聞いていた、3番目の男が口を開いた。
 中肉中背、特徴の少ないその男は、この場に居る誰よりも歪な笑みを浮かべていた。
 連合宇宙軍情報本部に所属するとされる人間、しかし名簿には名の載せられていない人間であった。
 名はアサオカ中佐。
 筋金入りのひねくれモノとして知られた人間であった。
 そしてもう1つ。
 世界中の同業者から警戒されている人物でもあった。

 今まで口を開かなかったのは、この場で一番階級が低いと云う事よりも、その持っている政治的生残りに対するセンス――言質を与えぬようにとの事であった。

「先ずはヒサゴプラン関連だな」

 予算や人員の流れといった基本的な部分から、研究内容の詳細まで。
 それは同じ陣営に対するものと云うよりも、敵国に対する対応であった。
 言ってしまえば、戦時体制。
 だが誰も、それに疑問を抱かない。
 程度の差こそあれども、誰もが事件調査委員会の動きにはきな臭いものを感じていたが故にだった。

「表向きは、今までどおりの事故調査とする。が予算と人員に関しては一考しよう」

 作戦命令を出すコウイチロウ。
 それに、ムネタケが少し止める。
 統合軍はどうしますかな、と。

「委員会のメンバー、その多くは統合軍出身です。又、それまでの報告書も主に、統合軍が作成しています」

 事件対策委員会が黒であるならば、その最大構成要素である統合軍も黒である可能性は高い。
 道理ではあった。
 が、そこへ即いきつく辺りは、このムネタケと云う人間も一筋縄でいく者では無い事を示していた。

「統合軍か………情報の収集に関してはどうかね?」

 言葉は無論、アサオカに向けられている。
 アサオカは言葉を濁す。

「アッチはアッチで別個にしてましたから」

 連合軍情報本部の上級将校の名前を1人挙げる。

「信頼性は?」

 統合軍の動きに異常は無いとの定時報告が上げられているのだ。
 だからこそ尋ねた。
 何に、とは敢えて聞かない。
 誰もが判っているからだ。

「どうですかね。一応は地球圏の安全に責任感を持って仕事をしているようですが」

「韜晦はせんでいい。マックス准将からある程度は聞いておる」

 マックス、モンティナ・マックス准将は連合宇宙軍情報本部を支配する人物であり、そしてコウイチロウにとっては部下というよりも盟友、或いは共犯者と呼べる相手であった。
 そのマックスが、雑談の様な形で報告していたのだ。
 敢えて政治的信頼性の乏しい人間を充てる事で、メッセージを送ると。
 それが何がとは言わないまでに、情報は聞かされていた。

 そんな自分の上司と組織の最上級者との距離感を感じたアサオカは、内心で上司に対する評価を少しだけ動かしながら言葉を紡ぐ。

「ならば直裁に。彼はかの高名なキム・フィルビー氏の薫陶を受けている様です」

 20世紀の情報工作に詳しいものであれば、必ず知っている人間であった。
 立憲君主の国に生まれ、育ち、そして共産主義に忠誠を捧げた人間として。

「専門用語で言う、モグラ(モール)と云う事か」

 黙って聞いていたムネタケが確認をする様に言う。
 即ち、組織への背信者であると。
 それをアサオカは認める。

「では?」

 今、人員の配置転換をすれば何かに気付かれる危険性がある。
 だからこそ、統合軍への積極的な情報収集活動は出来ないのだ。
 無論、この人物を処理(・・)する準備は整ってはいたが、今はすべき時ではない。
 それが、連合宇宙軍情報本部の支配者の考えであった。

「ある程度の収集は行います。が、積極的には行いません」

 何も行わないのは、逆に相手に猜疑の念を引き起こさせる。
 だからこそ、最小限度の情報収集を行い、更にはそれを、態々相手に知らせるのだ。
 面倒ではある。
 が、これが情報戦の一側面であった。

「仕掛けますか?」

 だが、上層部がGOとの指示を出せば従う。
 宮仕え。
 それが組織の一員と云うものである。
 ふてぶてしさを身上とするアサオカだが、それは組織人としての常識と相反するものでは無いのだ。

「いや、それには及ばない。確固たる方針があるならば、それで良い」

「はっ」

 それで、この話し合いは終わったのだった。

 

 

――X――

 

 

 連合宇宙軍第4艦隊(トレーニング・コマンド)
 その名の通り、連合宇宙軍所属艦艇の訓練を担当する艦隊であり、当然ながらも実戦部隊では無い。
 そして同時に、試作艦艇の運用実験を担当する部隊であった。

 白を基調として、鮮やかな青のラインが刻まれた大型戦闘艦がゆっくりと停泊施設から離れていく。
 場所は、ラグランジェ3のスカパ・フロー泊地は第1宇宙工廠バビロン。
 連合宇宙軍の中心と言って良いコロニーだ。

 様々な設備が浮かんでいる雑多な宙域を貫く様に点されたレーザー誘導灯。
 ナデシコBは、その橙色に光るラインから僅かも離れる事無く進んでいく。
 それは艦の操艦技能の高さを表していた。
 規模が大幅に低下した連合宇宙軍の中で、精鋭の呼び声も高い艦。
 船体に刻まれた艦番はNS955B。
 ワンマン・オペレーションの実用試験を担当する試験戦艦、名はナデシコBという。
 艦長はホシノ・ルリ少佐。
 連合宇宙軍最年少の艦長であった。

 

 コロニーの施設エリアを抜け、宇宙に出るナデシコB。
 星屑を散りばめた様な星空が眼前に広がる。

「星の数ほど人が居て、星の数ほど出会いがあって、そして別れ」

 それを見たルリは、フト、好きな詩集の1フレーズを小さく呟きながら幾つものウィンドウを確認する。
 今、ナデシコBを操っているのは操舵手では無く、艦の中央制御コンピューターであるオモイカネであった。
 ワンマン・オペレート艦とは、言い換えるならばコンピューター制御艦なのだ。
 ナデシコBで蓄積される情報は、オペレーターであるルリのオペレーション能力だけでは無く、艦の制御コンピューターの制御能力も含まれているのだ。
 故に今、艦を操っているオモイカネの判断基準、予定行動等を確認する必要があるのだ。
 選任の監視オペレーターが常時オモイカネを確認してはいたが、全てを怠り無くする事を好むルリは、自分でも確認していたのだった。

 

 

「艦長、第3大型艦停泊域のスカイラークより入電です。本文、“貴艦ノ愉快ナル航海ヲ祈ル”です」

 通信士官が声を上げる。
 気を利かしたオモイカネが、ブリッジの左脇にスカイラークの姿を表示する。
 ウィンドウに表示される角ばった構造の大型空母。
 戦時中に活躍したケストレル級大型空母の3番艦であり現在、第7艦隊の旗艦を務める艦。
 それがスカイラークだった。

 マストトップには艦隊司令官の乗船を示す中将旗が、エアダクトから吹き出されたガスによって翩翻とひるがえっている。
 故に、発信したのが誰であるかを明示している。
 第7艦隊司令官、ヘルガ・アデナウワー中将。
 ルリが連合宇宙軍最年少艦長であるならば、ヘルガは連合宇宙軍最年少提督であり、連合宇宙軍の両花と称えられる女傑であった。

「あれ、何でスカイラークに中将旗が」

 ルリのやや後方で、まだ幼い声色の少年が素っ頓狂な声を上げた。
 マキビ・ハリ特別准尉。
 ルリと同じIFS強化体質の少年であり、ルリ直属として教育を受けている身だった。
 愛称はハーリー。
 まだ10代前半の、少年というよりも子供と呼ぶ方が似つかわしい幼い少年であった。

「確か、第7艦隊の旗艦はユグドラシルだった筈じゃ………??」

 生真面目に訝しげに声を漏らすハーリー。
 その疑問に、今度は左後方から答えが出された。

「ああ、ユグドラシルは艦齢延長による近代化改修(FRAM)工事に入ったからな」

 大幅な改装を受けているとは云え、基本的な部分が大戦前に計画された旗艦任務艦(リアトリス・クラス)であるユグドラシルは、新世代艦が就役した今日では、旧式化が目立っていた。
 この為、今後も永きに亘って運用するには、指揮通信機能などの旗艦任務能力を抜本的に強化する必要があったのだ。
 だから今、ユグドラシルに代わってスカイラークが旗艦任務に就いているのだ。

 それらをハーリーに告げたのは、まだ若い、そして軽薄な雰囲気を持った士官だった。
 見事に金色へと染められた長髪には、一房だけ赤く染められたものが混じる。
 サーファー崩れ。
 そう呼ばれても強ち間違ってはいないと感じされるその男性は、お堅い事で有名な木連軍優人部隊出身の将校であった。
 タカスギ・サブロウタ大尉、ナデシコBの副長だ。

「え? でもユグドラシルは退役で、第7艦隊旗艦には、この船の2番艦が新造してあたるって話だったんじゃなかったんですか?」

「おいおいハーリー。お前さん、日報を見てなかったのか? 955B級2番艦はキャンセルだよ」

 サブロウタは、連合宇宙軍将兵には常に配布されている日報、いわゆる連合宇宙軍内部の新聞であるデイリー・スターミィに載っていたのだと言う。
 キャンセルの理由は、統合軍や地球連合財務総省との折衝で、連合宇宙軍は戦艦の新規保有と代替艦の建造は禁止された事が理由であった。
 将来的に消滅する組織に、新規艦は不要。
 道理ではあった。
 但し、代替が禁止された代償として認められたユグドラシルのFRAM工事の費用が、新造した場合の8割にも達している事を考慮しなければ、である。
 現代の戦闘艦の建造コストは、その大半が電子機器であり、その電子機器を一新するユグドラシルのFRAM工事では、かなり費用が掛かるのは当然であり、又、船体自体にも手を入れる必要があったのだ。
 大戦時に、幾度も激しい実戦を潜り抜けてきたユグドラシルの船体各部には疲労が蓄積している為、それを今後も永く使用出来るだけの状態へしようとすれば、それなりにコストが掛かってしまうのだ。

「えっ、それっておかしいじゃないですか! 新しく建造した方が使い勝手は良いし、寿命だって………」

 ハーリーの疑問は当然である。
 この時代、通常の自治国宇宙軍が保有する航宙戦闘艦でFRAM工事と云うのは、その費用対効果の悪さから、よっぽどの事情でも無ければ行われない行為なのだ。
 通常は代艦を建造し、退役させる。
 にも関わらず、代艦であるナデシコBの2番艦建造計画の破棄と相成ったのは、言ってしまえば連合宇宙軍への嫌がらせである。
 統合軍が連合宇宙軍を嫌うのはそれなりの理由があった――その事は知ってはいたが、それを差し引いて考えても、余りにも程度の低い話にハーリーは少年らしい素直さで憤慨する。
 それを、サブロウタは宥めた。

「それが政治ってもんさ」

 サブロウタとて、それを受け入れている訳では無かったが、これも又、時節の流れかな等と受け入れていた。

 但しそれは、怠惰に日常を過ごしているということでは無い。
 ただ、状況がどうであれ己の目的、力ない人の盾たりたいとの理想が掲げられる限りは、問題では無い。
 特に、自分が心酔する上司、ホシノ・ルリと共に居れる限りは。
 そう割り切っていたのだ。
 ある意味で、痩せても枯れても木連軍出身、そう評すべきかもしれなかった。

 だからサブロウタは暢気な姿勢で、飲み屋や知り合いの女性達から送られてきた、3Dホロ・メールに目を通しながらにやついていたのだった。

「まぁその何だ。この程度の事位は考えないと、偉くはなれないぞ、ハーリー?」

 視線を、再生された女性達からのメールに固定させながら言うサブロウタ。
 それはハーリーの仄かな思慕、ルリと共に居たいとの思いを知るが故の叱咤であった。
 階級を駆け上がっていくルリ。
 その背を追うには、頑張らねばならないぞとの声援でもあった。
 尤も、幼いハーリーは、そんなサブロウタの気持ちは理解できなかったが。

「………」

「どうした?」

「いえ………」

「なんだ、悩み事か? このお兄さんに相談してみろ」

 ようやく視線を3Dホロ・メールから自分へと向けてきたサブロウタに、ハーリーは溜息をついた。

「ボクは木連の軍人さんは真面目で、優秀な人達ばかりかと思ってました」

「へえへえ。そりゃあどうも」

 精一杯の皮肉を茶化されて、思わず叫んでしまうハーリー。
 もはや年中行事といった有様の2人に、広いナデシコBのブリッジの何処其処で微笑がもれていた。

「タカスギ大尉!!!」

 

 自らの後背にて繰り広げられる、まるで漫才のような二人の会話を聞きてルリは、知らず知らずのうちに口元をほころばせていた。
 なごやかな雰囲気。
 それを破ったのは通信士であった。

「返信はどうします?」

 その言葉に、ルリは思考を切り替える。
 ルリの脳裏にヘルガの顔が浮かぶ。
 漆黒の髪と鋭利な表情、良く自分と似ていると言われるが、自分とは異なり茶目っ気(・・・・)と云うものを十分に持っている女性の顔を。
 そして、愉快なる航海と云う電文の意味を考える。
 通常、と云うか常であればもう少し真面目な文章を組んでくる第7艦隊司令部が、ヘルガの趣味を感じさせる文章を送ってきたのだ。
 意味が無い筈が無かった。

 と云う事は、知っていると言う事でしょうねとルリは考える。
 アマテラス・セントラル・ステーションへと向かうナデシコBの隠された任務について。
 表の理由としての監査。
 だが同時にコウイチロウから直々に、文章化されない形でアマテラス・セントラル・ステーションのセントラルコンピューターのハッキングが命令されていたのだ。

 

『危険ではあるが、宜しく頼む』

 そう言って頭を下げたコウイチロウ。
 それをルリは黙って制する。
 何故、ハッキングをしなければならないのか。
 その事を理解するが故に、ルリは後ろ暗い任務を受け入れるのだ。
 平和。
 それは極真っ当な手段だけで護れるものではない。
 その事をルリも理解していた。
 まだ幼いと言っても過言では無いルリではあったが、それを理解できる程に社会経験を積んでいた。
 だからこそ護りたい。
 それは願いにも似た何か。
 そして、その根本にあるのはコウイチロウと同様の事であった。
 喪われてしまった家族への誓い。
 コウイチロウの娘であり、ルリにとっては義理の母と云うべき人物であったミスマル・ユリカは、新婚旅行のシャトルが爆発事故によって、夫であるテンカワ・アキトと共に天に召されたのだ。
 彼女と彼が護りたかったもの。
 それを護りたい。
 その意味に於いて、2人は紛う事無き同志であった。

 

 何かが起きているのは間違いが無い。
 だが、それが何であるかが判らないのだ。
 だからこそ、調べる。
 手遅れになる前に。

 ルリは強い意志を持って、任務に赴こうとしていた。
 その気持ちを、少しだけ表明する。

「返信をしましょう。本文“檄文ニ感謝ス。必ズヤ無事ニ航海ヲ成シ、帰還ス”。少しばかり硬いですが、まぁ良いでしょう。復唱は不要です。宜しくお願いします」

 ヘルガであれば、その意味を読み解くであろう。
 そう確信しての言葉。
 そこでルリは思考を切り替える。
 自分の教え子、というよりも可愛い弟と見ているハーリーを呼ぶ。

「テストです。艦長は行動不能。ハーリー君はタキリ・ステーションまでの艦の管制を行って下さい」

「はっ、はいっ!」

 抜き打ちでの実地訓練。
 しかもそれなりに、船舶の往来が多い場所でである。
 ルリからハーリーへの信頼を表していた。
 それが判るからだろう、ハーリーは子犬が尻尾を振る様な勢いで背筋を伸ばした。

「頑張って下さい」

「まっかせて下さい!!」

 可愛いハーリーの反応に、ルリは小さく笑うとそれから全艦放送を選択する。

「皆さん、こちら艦長のホシノ・ルリです。現在本艦はタキリ・ステーションまで20分の距離に接近しました。乗組員の皆さん、ボソンジャンプのシークエンスを開始して下さい」

「うぃっす」

 肩の力が抜けきった声で返事をするのはタカスギ。
 そんなポーズをしながらも、副長としての務めをキッチリとこなす。
 真剣な視線でウィンドウを確認し、また忙しく手を走らせていく。
 肩の力を抜いて、だがキッチリと仕事をする。
 それがタカスギのスタイル。

 否、タカスギだけでは無い。
 ナデシコBの乗組員は皆、多かれ少なかれタカスギに似ていた。
 或いは同類。
 それは「はーい」等という気の抜けたような返事が、オペレーターブロックの何処其処からか返ってくる辺りに、如実にあらわれていた。
 仕事はキッチリとこなすが、それ以外は自分らしく(・・・・・)
 引き継ぐモノ。
 或いは影響。
 ルリの心の真ん中には、アキトが、ユリカが、ナデシコが鎮座しているのだった。
 だからだろう。
 ナデシコBは連合宇宙軍で、最も軍艦らしくない軍艦として有名であった。
 そんなナデシコBを、ルリは誇っていた。

 異色の戦艦。
 第4艦隊第3試験戦隊所属の試験戦艦ナデシコBはヒサゴプランの中枢、アマテラス・セントラルステーションへと向かうのだ。

 

 

 巨大ウィンドウに表示されたナデシコBの姿。
 それをヘルガは、紅茶のカップを手にゆっくりと眺めていた。
 その瞳には、何の感慨も浮かんでいない。
 場所はスカイラークは船体の最深部、艦隊指揮用に用意されていた第2中央情報発令所(CIC)である。

「往きますな」

 提督席に座る己の後ろから投げかけられた言葉に、ヘルガは小さく頷く。
 その仕草に、ルリ同様にツインテールと結ばれている銀色の髪がサラサラと流れる。
 振り向かなくとも判る。
 ヘルガの腹心、第7艦隊主席参謀のアルベルト・カリウス大佐だ。

「ああ。あの子には苦労を背負わせる事になるな」

 常の鋭利さが乏しい声でゆっくりと言う。
 その瞳には憂いの色が浮かんでいる。
 連合宇宙軍を敵視する統合軍、その大部隊が駐留、管理するのがアマテラス・セントラルコロニーなのだ。
 一般に人気の高いルリとはいえ、否、であるが故に陰湿な対応をされる恐れがあった。

「ですが、ホシノ少佐しか出来ない事もありますから」

 主席参謀というよりも、執事といった風の態度で言葉を紡ぐカリウス。
 というか、そもそもとしてカリウスの一族はヘルガの実家、アデナウワーの執事であったのだから、ある意味で当然であった。

「我々第7艦隊では出来ぬな、確かに」

 苦笑するヘルガ。
 ルリが選ばれたのは電子戦、情報戦の能力が理由の全てでは無い。
 侮らせる事で、相手の内懐を探る。
 身も蓋も無い表現をしてしまえば、それがルリの任務なのだ。
 確かに第7艦隊では出来ない事であった。
 どれ程に低姿勢をして見せても、大戦時に赫々たる武名を馳せた第7艦隊なのだ。
 相手が隙を見せる可能性は低かった。
 如何にヘルガが、ルリと同様に10代の少女であるとは云え、彼女には実績があり過ぎていたのだ。

「ですから、我々は我々の成すべき事を致しましょう」

 連合宇宙軍に唯一残された打撃部隊(ストライク・グループ)、第7艦隊。
 同じく実働部隊である第6艦隊は、同じナンバーフリーとであるとは云え、遠距離哨戒を担当とする部隊なのだ。
 戦力集団としての打撃力は、そもそもとして求められていなかったのだ。
 故に、第7艦隊には抑止力としての存在意義が大きかったのだ。
 これは、編成されたばかりで練成途上の為に実戦能力に大きく疑問符が付いている統合軍では出来ない役割であった。
 故に、である。

 常に戦に備え、油断しない(オールウェイズ・オン・デッキ)

 状況が如何に動こうとも、準備をする事は悪くは無いのだ。
 特に、この様にきな臭い現状では。

 

 人生の、そして軍人として先達の言葉に頷くヘルガ。
 悩んでも仕方の無いならば、自分の成すべき事を成す。
 神ならぬ人の身、それをヘルガは自覚していた。
 手元の紅茶を飲み干す。

「そうだな」

 気分を入れ替えるヘルガ。
 空になったティ・カップ。
 カリウスは自然な動作で紅茶の準備を行おうとする。
 その時、CICの扉が開いた。

「失礼します」

 張りのある声と共に入室してきたのは、第7艦隊戦務参謀であるアマミヤ・リューイチロウ中佐だ。
 生真面目さが顔に出ているが、木連出身の将校では無く生粋の日本人である。

 ヘルガに見い出され、彼女と共に第7艦隊を支えた勇士である。
 彼もまたヘルガやルリ、コウイチロウの同志であった。

「訓練計画の再調整が出来ました。幾つかの問題点はありましたが、何とかなりそうです」

 先ず敬礼をして、それから説明を始めるリューイチロウ。
 既にヘルガとの関係も5年を超えようとしていたが、相変わらずケジメだけはキチンと行っていた。
 そんな、正に生真面目と云う言葉の似つかわしいリューイチロウの顔を見たヘルガは、表情を少しだけ緩めた。

「相変わらずなだ。一息ついてから報告しろ。さっきまで掛かりっきりだったのだろ? カリウス」

 後ろの台詞は、カリウスに向けたものだ。
 万事を心得た執事参謀は、2人分の紅茶を用意していた。

「どうぞ」

 何時もの如くカリウスが淹れた紅茶を、恐縮しきりに受け取るリューイチロウ。
 そんな姿を微笑みながら見るヘルガ。
 フト、振り返る。
 ナデシコBの姿は、タキリ・ステーション周辺の構成材に紛れ、見えなくなっていた。

 幸運を。
 言葉にせぬ言葉を、ヘルガは最後に贈っていた。

 

 

――Y――

 

 

 何処とは知れぬ、広い部屋。
 そこには、広さと反比例する10名にも満たない男女が揃っていた。
 背広から軍服まで服装は様々であり、表情も様々であったが、共通するものが1つあった。
 眼である。
 各々、爛々と輝いていた。

 そんな面々の上座には、1人の男が眼を閉じて座っていた。
 クサカベ・ハルキ。
 元木連の指導者であり、その座をクーデターによって追われた人間であった。
 そして現在、公式には行方不明とされている人間でもある。

 そんなクサカベの眼前で激論が繰り広げられていた。

 

「シラヒメが襲撃された今、奴は来るぞ――アマテラスへ」

 弾劾する様な口調で、末席に座る固太りの男が声を上げる。
 対して、痩身の男性が反論する。

「本当に来るのか? アマテラスには統合軍の1個師団規模の戦力が駐屯しているのだぞ。如何に血気に逸る相手とは言え、そこまで血迷うか?」

「馬鹿な、シラヒメの時にも貴様らはそう言ったではないか! その所為で貴重な研究者達が喪われたのだぞ。何時までも受動的でどうする。このままでは同志達は磨り潰されるぞ。攻勢に出ねばならん!! 今、決起すべきだ!!!」

「それは短絡だ。それこそ馬鹿だ。まだ木連への浸透は上手く行っておらんのだ。このまま決起しては手数が不足しすぎる」

「理想を掲げるのだ。人類の全ての未来のための壮挙だ! 立てば木連は必ず付いてくる。貴様は理想を否定する気か」

 それまで冷静に言葉を操っていた男が、いきり立って叫ぶ。
 つかみ掛からんばかりの形相でにらみ合う。

「何だと!!! ふざけるな!!!!! 貴様、俺を疑う気か!!!!!!」

「やる気が見えないからだ!! 貴様、内通をしているんではあるまいな!!!」

「その侮辱、万死に値するぞ!!」

 ヒートアップした2人が物理的に衝突しようとした時、強い声で一喝する声が響く。
 制したのは上座の側に居た、この場では唯一老境に達していた人間だった。
 見事な白髪をお下げにして纏めている。

「止めいっ! クサカベ閣下の前で恥をさらすでないわ!!」

 声には張りがあり、背筋は伸びている。
 正に叩き上げの武士が威風を撒き散らしていた。
 ニシハラ・ユウゴ。
 その外観を裏切らぬ、地球連合軍の退役准将であった。

 地球出身であり、更には先の大戦で悪戦苦闘した地上軍の将官であったが、そのニシハラがクサカベの名を呼ぶ時には純粋な敬意があった。

「貴官らは共に閣下の理想に共鳴し、この場に馳せているのであろうが。にも関わらず、いがみあってどうする」

 一転して、宥める言葉。
 理想への共鳴、それは正にニシハラがこの場に居る理由でもあった。

 親友を自らの手で撃ち、であるが故に木連内部の欺瞞に気付いた木連軍優人部隊が指揮官、ツキオミ・ゲンイチロウによる、“熱血とは盲信にあらず”との熱い文言から始ったが故に、熱血クーデターと俗称される武力政変によって木星圏を追われたクサカベ。
 そのクサカベが、潜伏しながらも掲げた理想。
 それが、この場の人間たちの行動原理であった。

 人類が利潤を追求して我侭に管理するには過ぎたる力、ボソン・ジャンプに代表される【火星の遺跡】。
 これを完全に管理し、その利益を全ての人類で分かち合おうと云うものであった。
 人類の未来を担っていると言っても過言では無い【火星の遺跡】が、己たちの利益を追求するネルガルの様な企業、或いは理想よりも票を追う事に汲々としている政治家に管理され、一部の人間によって独占されてしまっては、人類の未来は閉ざされてしまう。
 だからこそ、我々は立つ。
 立たねばならぬ。
 それがクサカベの掲げた理想であった。

 誰かがやらねばならぬ事であるならば、我らが行おう。
 例えひと時、人類の敵と呼ばれようとも。
 木連や地球と云った出身の違いを超え、ただ理想を持って団結をするのだ。

 そんな理想家の集団。
 その名は、火星の後継者と言う。

 ニシハラは、若い頃からの理想主義者として知られていた人物であった。
 そして大戦勃発から後の、地球連合と新地球連合の状況に絶望した人間でもあった。
 だからこそ己の胸中を理解し、現在の地球圏を憂い、そして理想を語ったクサカベに、ニシハラは未来を見たのだった。

「申し訳ありません」

 素直に頭をたれる2人。
 謝罪を素直に受け入れるニシハラ。
 だが、ニシハラもまた、考えてはいた。
 もはや決断すべき時では無いか、と。

 静まり返った満座。
 その視線が集中するクサカベは、ゆっくりと瞳を開いた。
 そこに迷いは無い。
 名を、呼ぶ。

「シノノメ・カオル」

 静かに響いたその声に、痩身を白い詰襟に包ませた、男装の麗人が立ち上がった。
 腰には刀を佩いている。
 火星の後継者では、特に情報工作を担当する女傑であった。

「統合軍への浸透はどうか?」

「はっ、現時点で実戦部隊の2割を篭絡することに成功しています。もう少し時間があれば、後1割は狙えます」

「決起時に、流れに乗って来そうな人間はどうか?」

「其方は、精々が1割程度に動揺を望む程度であります」

 3割以上には、影響を出すことは出来ない。
 それがシノノメの報告であった。
 それに、下座の人間が噛み付く。
 情報収集を担当する部署の人間であった。
 仕事が被るが故に、シノノメに強い対抗心を燃やしている男だった。

「我々の調査では3割が動揺を望めると出ている。貴様、資料を改竄しているんじゃないか?」

 嘲るような口調。
 だが、笑うように言えたのは、それだけであった。

「黙れ妄想主義者(クソッタレ)。俺の部下にテメェの所が出した資料を確認させたら、クソの役にも立たなかったぞ」

 クサカベに報告するのとは全く異なった口調で、面罵したからだ。
 なまじ、シノノメが美人であった為、その迫力は相当なものであった。

「なっ、何を根拠にそんな事を」

「素敵なクソッタレだな。テメェの調査資料に添付したモン、突っ返してやった筈だが見てねぇのか」

 情報収集局が回収し、独自に解釈した資料。
 軍事に関する経験が無かった指揮官に率いられた情報収集部は、軍事的な情報を扱うにも関わらず軍事常識を知らぬ集団となっていた。
 それ故に、頓珍漢な解釈が付けられる事が多くあった。
 そんな頓珍漢な解釈を、真っ当に解釈しなおして情報工作局では使用していた。
 更には、情報収集局に対して、それを添付して渡す事も多くしていたのだ。

 にも関わらず、情報収集局を担当する男は、それらを無視していた。
 シノノメへの対抗心だけで。
 それを公衆面前で指摘され、うろたえる男。
 だがシノノメは手を緩めない。

「なっ、しかしあれは………」

「人間だ。間違える事は仕方がねぇってか? 確かにその通りかもしれねぇな――」

 完全にけんか腰で言葉を連ねる、シノノメ。
 彼女も当初は、同じ理を抱く同志と云う事で、ある程度は我慢もしていた。
 だがそれがキレたのは、その頓珍漢な解釈が原因で警備を薄くしてしまった重要な研究所の1つが、利益対立組織(ネルガル)と思しき集団に襲撃を受けてしまうと云う事があった為だった。

「だがよぉ、バルバラの研究所が潰された時の事は忘れてねぇよな?」

 それは、提携先であるクリムゾン・グループで使用停止とされていたオーストラリアはバルバラの研究所を流用した遺伝子研究所の事であった。
 シノノメら情報工作局は、クリムゾン・グループが大戦時からネルガルと対立していた事を理由に、ネルガルに監視されている可能性があるとの報告を上げていたが、情報収集局が無理やりに自説を押し通したのだ。

 曰く、ネルガルの視線は宇宙に向けられている。
 彼らの研究施設も月にあるので、地球の研究施設は、ネルガルの監視の死角となる、と。

 希望的観測も、これ極まれり。
 そんな按配であった。
 本来、この様な希望的観測は慎むのが常であったが、火星の後継者上層部はそれに乗った。
 組織としての規模の小ささ――見つからないのであれば、警備を厚くする必要は無いと云うのは、極めて有難い事であったからだ。
 だから、乗ったのだ。
 希望的観測に。
 そんな夢を見た代償が、バルバラ研究所の消滅だった。
 研究所が爆破されたのは当然として、貴重なIFS強化体質者を奪われ、更にはボソンジャンプ実験のデータも一部奪取されてしまったのだ。

 だがそれ以上に重大な事は、使用済みのA級ボソン・ジャンパー(テンカワ・アキト)が回収されてしまった事であった。
 今、組織に立ち塞がるものを生み出したのは、この情報収集局の情報が根本にあった。
 そういっても過言ではなかった。
 それは、致命的では無いにせよ、重大な失態であった。

「そもそも、統合軍内部の動揺層に関しては、コッチから解釈資料が渡ってる筈だぞ。眼ぇ通してねぇのか」

 通してはいた。
 だが、何時ものように無視していた。
 それが命取りとなった。

「クサカベ閣下」

 それまでとは全く異なる声色で、盟主の名を呼ぶシノノメ。
 クサカベは、黙って続きを待つ。

「かのような状況は、情報部門の混乱を呼びます。ご決断を」

 一礼する。
 対してクサカベも頷く。

「宜しい。情報収集局はシノノメ君に一任。現局長は、本部預かりとする。これで問題は無いかな?」

「はっ。有難くあります」

「決起は近い。益々励むことを期待する。そして追々、似合った仕事を探せば良い」

 後半は、情報収集局局長に宛てた言葉だった。
 それまで粛清されるのかと、戦々恐々といった有様であった彼は大器量、或いは温情あるクサカベの言葉に感涙していた。

 

「さて諸君。機は熟した、そう見るべきかもしれん」

「では閣下!」

「ナグモ中佐、用意の進捗具合はどうか」

 立ち上がった参加者を手で制し、問い掛けた先は通信機の向こう側。
 火星の後継者No2であるナグモは、この場では無く同盟相手たるクリムゾンが保有する大工場に居た。
 そこで、火星の後継者が独自に開発した装備、その生産に携わっていたるのだった。
 但し、生産するのは完成品では無い。
 そんな事をして万が一にもそれが世に洩れ出た場合、決起計画は、理想は瓦解する。
 それ故の用心であった。
 様々な場所で、小さな部品ごとに生産し、そして極秘基地たるアステロイドベルトのネノクニにて集約し完成させるのだ。

 ナグモは、その気性は別としてその能力は軍人、武人というよりも軍事の技術者であり、であるが故に、この任に就いていたのだった。

「はっ、い号決起部隊向けの装備ですが、第1次生産分に関しましては全て揃っております。第2次分も、予備を投入する事で揃えられます」

 資料は全て諳んじているのだろう。
 ナグモは、自身に期待されている回答を全て並べていく。

「艦艇に関しましても、現時点で所要の7割は確保出来ました」

 新しく表示されるウィンド。
 そこには小惑星へと擬装した大造船工廠と、そこで艤装工事を受ける各種艦艇の姿があった。
 終戦後の軍縮に伴ってスクラップ処理された筈の各種戦闘艦、それらが再び戦化粧をしているのだ。
 大は地球連合のザイドリッツ級戦艦から小は、木連側の突撃駆逐艦まで。
 その他にも、大型貨客船を改造した特設空母の姿もあった。

「艤装と平行して乗員の訓練も一部行っておりますので、戦力化は極めて短時間で完了する予定です」

 更に幾つものウィンドウが展開する。
 そこには地球連合や木連の軍服を着た人間たちが一緒に汗を流す姿が表示される。
 かつて血塗れになって殺しあった相手が、今は同志として手を携えている姿だ。

「素晴らしい。ご苦労だ、ナグモ中佐」

 満足げに頷くクサカベ。
 対してナグモは背筋を伸ばす。

「戦力整備を担当する君からみて、どうかね? 率直な意見を頼む」

「はっ! 戦力整備局と致しましては、第4次計画のに号部隊分が充足するまではと訴えたい所では御座いますが――閣下、戦には相手があります。そして機があります。であるからには備えを万全にする事よりも、例え寡兵であっても神速をもって用い、相手の意表を突くが上策では無いかと、具申致します」

「戦えるかね?」

「戦えます。一言、お命じ頂ければ、我らは身をも厭わず理想へと突進する覚悟が御座います」

 例えソレが、この世の果てであろうとも(ポイント・オブ・ノーリターン)
 戦えるか否か。
 既に決意を固めている男たちに、聞くべき言葉では無かった。
 であるが故に、クサカベは素直に謝罪を口にした。

「埒も無い事をいった。すまんな」

 

 しばしの沈黙。
 そして断を下す。

「諸君、第4案に従い決起を実施する。2週間を目処とし、襲撃を受けなかった場合にはプラン甲を実施。襲撃を受けた場合は、そしてそれが深刻であった場合には、即時プラン乙を発動するものとする。この決断はシンジョウ中佐、君に預ける」

 ナグモと同様にこの場所に居ない高級指揮官、シンジョウ・アリトモ中佐は凛々しい敬礼を行った。
 シンジョウが居るのはアマテラス・セントラルコロニー。
 襲撃を受ける先の、副官であった。

「決起は、君の双肩に預ける。期待するぞ」

「はっ!」

 

 

 

 特に西暦2201年。
 戦争を終わらせる為の戦争。その主要出演者たちがアマテラスへと、集う。

 

 

2007 6/13 Ver1.01


<ケイ氏の独り言>

 えーお久しぶりで御座います。
 本編の続きをブッチして書いてしまいましたm(_ _)m

 が、まぁそれはそれとして、明るく楽しい作品を目指した筈なんですが、何故か陰謀談義に花が咲いたような愚作と相成ってしまいました。
 何故なんでしょう。
 そんなにストレスは感じていない筈なんですけども………
(いやホント。シノノメタンは問答無用で情報収集局局長の首を刎ねようとして、北辰に止められる見たいな、イカレた展開を考えてました。ええ。そこまで狂犬にする事もなかろうかと、削りましたが。いやいや、類似さんが出たので、もう少し差別化をとかで、脳内暴走が起きちゃってですなー(w まぁ、どうでもいい話ですが  グダグダ)

 兎も角、皆様に御笑覧して頂ければ幸いです。
 ではでは。

 

 

 

感想代理人プロフィール

戻る







代理人の感想

シノノメさん登場バンザーイ。

それはそれとしてこの前ゴールドアームさんの「再び」を読み返したばかりなんで「アヤセ=チハヤの偽名」というイメージがちらついて困りました。
まぁ時ナデ準拠じゃないんで偶然の一致ではあるんですがw

>明るく楽しい作品を目指した筈なんですが

問い詰めたい。
劇場版を基本にしてどうやって明るく楽しい作品を作れるのかと小一ヶ月問い詰めたい。
いや、某R○Wさんみたいな作風ならまた別ですが(爆)