偉大なる行為を目指すものは、
また大いに苦しまなければならない

プルタルコス

 

 


 

機動戦艦
 
ナデシコ

 

The Prince of Darkness

異文

Yea though I walk through the valley of the shadow of the death.
I will fear no evil for I am the evilest son of a bitch in the valley.

 

 

第一幕 Bust(b)

 

 


 

 

――Z――

 

 

 月最大の重工業地帯にして人類初の月入植地であるスィートホーム。
 人類初の常温核融合炉を中心に作り上げられた其処に、ネルガル重工業が保有有する大造船工場。それが月第3造船所、通称オオガミUである。

 オオガミUは3基の500m級の超大型ドックを中心に、大小あわせて8基の造船ドックによって構成されている。
 一般的には、300m級ドックが3基あれば大型造船所と分類される事を考えれば、如何に戦時中に建設がスタートしたとは云え、破格と評してよい規模の造船所であった。
 こは、ネルガルが航宙軍需分野での4強である三菱重工業、北崎アームストロング、クルップOTTO、BOLG(ボーイング・ロッキード・グラマン)社らに対抗し、更なる躍進を果たす為に、その総力をあげて建設した巨大造船所だったのだ。

 現在、新地球連合や統合軍との関係の悪さから軍需での発注は殆ど得られていなかったが、【火星の遺跡】の技術解析を独占的に行へた事によって得た技術的アドバンテージによって、軍需の減少を補って余りある数の民間商船を受注していた。

 

 オオガミUのドックは、大戦時の戦訓から完全な地下構造として建設されていた。
 地下造船ドック(ジオフロント・ドック)
 ヘリウム3の発掘坑を流用する事で、オオガミUの最深部は地表から200mに達していた――と、造船所への見学者へ配布されている資料には記載されてはいたが、実は更にその地下、一般には全く公表されていない巨大ドックが存在していた。
 地下秘匿ドック。
 艦船や資材の搬入用の中央シャフトの下へと作られた、Gドックと俗称されるそれは、連合宇宙軍の要請を受け極秘裏に建設された設備であった。
 試作艦艇や実験艦など、公表しない艦船を建設する為に作られたドック。
 ネルガルと連合宇宙軍の蜜月の象徴でもあったそれは、300m級のものが2個、作られていた。

 その片割れ、“改装工事中”と連合宇宙軍に報告されているG-2ドック。
 そこは今、空っぽであった。
 内壁を剥ぎ取られ、構造材が露出したドック。
 それはまるで、神殿を思わせる巨柱の群れであった。

 それを見る時、このオオガミUの実質的な支配者であるネルガル宇宙開発局局長エリナ・キンジョウ・ウォンは常にも重いものを感じていた。
 場所に、では無い。
 そこに捧げられた、供物への思いだ。

 白亜の戦艦、ユーチャリス。
 それは復讐を司る女神(エリニュス)の僕たるフネ。
 復讐鬼、テンカワ・アキトの戦艦であった。

 今、漸くの事で就役したユーチャリスは、その主に従って出陣したのだった。
 未完成で実戦投入する為の偽装外壁を剥ぎ取り、何者にも染まらぬ白亜に塗り上げられた船体をさらして、出撃したのだ。
 光が風に舞って、散り消える。

 

「行ったか………」

 唐突に後ろから掛けられた声。
 だがエリナは、誰であるか振り返らずとも判った。
 ツキオミ・ゲンイチロウ。
 かつて木連の三羽烏と呼ばれた内の1人であり、そして熱血クーデターの首謀者であり、そしてアキトの師でもある男であった。

「見送りに来たのかしら?」

「それだけと云う訳では無いがな」

 目元を緩める事無く言うツキオミ。
 ネルガル第2特殊情報課の主任であるにも関わらず階級章を剥ぎ取った木連の第1種軍装を着込んでいる辺り、その心根が何処にあるかを示していた。

「新開発機の第32次稼動実験の結果報告も兼ねて、な」

 新開発機とはエステバリスを雛形として、ボソンジャンプへの対応を設計段階から考慮して開発されている機体であった。
 そしてツキオミはB級ジャンパーである為、主テスト・パイロットを務めていたのだ。

「第3次改修で、ほぼ完成したのかしら」

 差し出されたデータを読み取る。
 エステバリス2で挑んだ次世代主力機コンペでステルンクーゲルに敗北したネルガルにとって、この小型ボソンジャンプ機動兵器は、未来型機動兵器開発コンペ(スーパー・ノバ)に向けて開発中の戦略級機動兵器と並ぶ、希望であった。
 否。
 この戦略級機動兵器、ナイチンゲールと命名された機体は、諸々の事情で開発が最終段階で止まっており、重要度は此方の方が上がっていた。
 その機動兵器の名は、アルストロメリアと云う。

「今月中には、量産を前提とした増加試作型が完成出来る」

「………そう」

 アルストロメリアの開発も、アキトが稼いだ情報が生かされていた。
 ネルガルは、アキトへとエステバリスをボソンジャンプ対応型へと改造した機体を提供していた。
 この提供と、戦闘時の消耗などの補給の対価として、アキトの行う戦闘の全データをネルガルは得ていたのだ。
 試験では無く、実戦で得られた情報。
 それも、数少ないA級ジャンパーによるボソンジャンプ戦闘の情報。
 それがネルガルへともたらした情報は、値千金と呼び得るものであった。

 が、である。
 ネルガルの重役といって良い立場のエリナには、それを無条件で喜ぶ事は出来なかった。
 この情報の裏に、アキトの血と汗が染み付いていたからである。
 何がしかの、割り切れないものを感じていた。

 そんな気分が強かったのだろう。
 エリナは、このG-2ドック管制室から出てゆこうとするツキオミの背に、挑発的とも言える言葉を投げかけていた。

「何故、貴方は止めなかったの?」

 主語の抜け落ちた言葉。
 それに、ツキオミは振り返らずに答える。
 愚問だな、と。

「己の往くべき道を定めた漢を、誰が止められる」

「愚かしい。或いは虚しいとは思わないの?」

 此方も、空っぽとなったドックを注視しながらエリナは言葉を連ねる。

「それは全てを果たしてからすれば良い。全てを過去としてからな」

「例え、負の連鎖を生み出しても?」

「先に仕掛けたのは誰だ? 誰かが立たねば、ソレは積み重なる事となる」

 悠然としているその姿は、常のものであったが、その背には強い怒りがあった。
 護民。
 ツキオミの、木連の人間にとって、木連軍は正義の軍であった。
 悪逆非道な地球帝国を討ち、正義を世に示す為の力。
 だがその影に、なにがあった。

 木連軍優人部隊――優人(・・)、普通の人間をボソンジャンプに耐えられる遺伝子改造と云う技術の裏側に、どれ程の暗闇が存在したのか。
 それを、熱血クーデター時に知ったツキオミは、己が重い十字架を背負っている事を理解した。
 幾多の人間を贄に生み出された技術。
 知らなかっただけで許されるものでは無い。

「戦いは何も生み出さないかもしれない。だが、止める事は出来る」

 そこで振り返る。
 出撃したユーチャリスが、そこに在るかの様にドックを見て言葉を連ねる。

「悲劇の連鎖をな」

「男の考え方ね」

 悲しみを潜ませた冷たい声で、エリナは言う。
 生きていれば、生きてさえいればそれで良いでは無いか。
 エリナは今、そう思っていた。

 それが弱い考えであるとエリナも自覚してはいたが、それでもであった。
 好みの男は、恋愛よりも仕事を優先する人。
 かつてはそう公言していたエリナ。
 だが死んだはずのアキトと再会し、そしてその再起を手伝ってからは考えが変わったのだ。

「ならばそれを言う貴方は――ああ、どうしようもない程に女だと云う事だな」

 断言するツキオミ。
 視線すらも合わせぬ態度ではあったが、エリナにはその言葉の影に優しさを感じていた。

 

 

――[――

 

 

 現実空間への帰還。
 僅かなタイムラグ、その先には自由があった。
 如何なる人間にも止められぬ、自由が。

 

 

 ジャンプアウト。

 ボソンジャンプの全行程が終了すると共に、全ての感覚が現実へと戻る。
 視野――そう呼んで良い世界に、様々な情報が追加されていく。
 四方八方、全天にだ。
 情報の洪水。
 流石はアマテラス、セントラルステーションの名は伊達では無いか。

 

 溺れそうな情報。
 だがそれも僅かの事であり、表示されているもので危険性等の面で価値が乏しいものは片っ端から削除されていく。
 その速度は、専門の情報処理艦並みであった。
 だがそれは、アキトの乗機であるブラックサレナの能力では無かった。
 ユーチャリスの力だ。
 ブラックサレナが収集した情報は、IFS(イメージ・フィードバック・システム)を通じてアキトが知覚し、それを、遺跡技術を応用した超空間連絡手段、遠隔精神連結(マインド・リンク)によってユーチャリスに居るラピス・ラズリが得て、そしてラピスがユーチャリスのオモイカネ型中枢電算機、固有名称ミネルバで処理していたのだ。
 何とも遠回りで、同時に、人間の体に負担を強いるシステムであったが、通常のエステバリス系に搭載されているリンクシステムが彼我の位置、距離等の問題で使えないのだから仕方が無い。
 正確に言うならば、ブラックサレナがボソンジャンプによる機体の遠隔投入と、それによる奇襲を戦術の基本に据えている事が理由であった。
 この様な戦術を前提としていては、通常のリンクシステムを使うことは不可能なのだった。

 

「ラピス」

 名を呼ばれた巫女が答える。
 既にハッキング用の無人機は、凍結状態でアマテラス・セントラルステーションの宙域へと到着済みである事を。
 準備は万全。
 後は戦うのみ。
 眼前に展開する統合軍1個師団を前に、アキトは恐れる風も無く淡々と告げた。

「戦闘を開始する」

 漆黒の凶鳥が駆け出す。

 

 

 アマテラス・セントラルステーションは今、【OTIKA】とだけ表示されたウィンドウの乱舞によって占拠されていた。
 攻勢ハッキングの結果、と見るには余りにも変であった。
 だから思わずルリは呟いていた。

「ハーリー君…………ドジった?」

 そんなルリが居る位置は、アマテラス・セントラルステーション第82区画。
 基本的に部外秘とされているアマテラス・セントラルステーションにあって唯一、見学者用に解放されている場所であった。
 しかもルリは、その名も“楽しく学べるヒサゴプラン。君も僕も今日からヒサゴプラン博士だ”に、子供達に雑じって参加している途中であった。

 遊んでいた訳では無い。
 ルリがこの場に居る理由は、アマテラス・セントラルステーション防衛司令官であったアズマ・ジンゴロウ准将と、ルリの二人の思惑が一致したが為であった。
 アズマにとってルリは、落ち目の宇宙軍が他人様の小さな失敗をあげつらう為に送り込んで来た、言わば嫌がらせに来た相手だった。
 それだけでも気に食わないのに、更に問題があった。
 ルリである。
 監査に来たのは連合宇宙軍史上最年少の美少女艦長――20にも届かない、子供が来たのである。
 如何に艦長職の重要さが低下した昨今とは居え子供を使いに遣すなと、アズマは剃り上げた頭から湯気を噴射せんばかりの勢いで憤っていたのだ。
 その認識には、ルリが連合宇宙軍の英雄(アイドル)である事も影響していた。

 アズマは地球連合軍、地上軍(アーミィ)出身である。
 そして地上軍は、その性質上どうしても能力と共に年齢と経験と云うものが重視されているのだ。
 故にアズマは、ルリを年若さ故に全く信用しなかったのだ。
 これはアズマが頑迷と言うよりも、連合宇宙軍の能力主義が、ある意味で異常な所まで達していると云うのが正解だろう。

 

 さてアズマである。
 ルリの訪来を聞いて、最初は四の五の理屈を述べる前に追い返すつもりだった。
 不穏な様であるが、別に無茶苦茶な訳でも無い。
 連合宇宙軍はコロニー・ステーション類の監察権利を持っていたが、連合裁判所の強制監査指示が無ければ強制監査権限は付与されないのだ。
 任意。
 受け入れるも受け入れないも、監査を受ける側に選択権があった。
 無論、通常であれば拒否するなど有り得ないのだが、落ち目の連合宇宙軍からの嫌がらせ(・・・・・・・・・・・・・・・・)ともなれば話は別である。
 確たる理由も無い監査を突っぱね、後で連合宇宙軍がゴネルのであれば、それを梃子に、連合宇宙軍の傲慢――特権意識を糾弾してやろうと考えていたのだ。

 それをアズマの副官であるシンジョウ・アリトモ中佐が止めたのだ。
 程度の低い行為に、正面からぶつかってはアズマの経歴に汚れを付けるだけだ、と。

『では、真面目に受け入れるのかね?』

 不満を隠せないアズマに、シンジョウは案がありますと言った。
 そして部屋の外に居たヤマサキ・ヨシオ、コロニー開発公団の技術次官を呼んだ。
 ヤマサキは、今日は子供達によるアマテラス・セントラルステーションの見学会がる。
 その子供達と一緒に、アマテラス・セントラルコロニーの状況を調べて貰えば良いと言ったのだ。

 ヤマサキ曰く「ナデシコの艦長さんはまだまだ子供ですので、まぁ一緒に調べられた方が、見えるものもあるでしょう」との事であった。
 子供の遣い同然に来たのであれば、それこそ子ども扱いすれば良い。
 そんなヤマサキの案を、アズマは上機嫌に受け入れたのだった。

 

 これに対してルリである。
 ルリにしてみれば、宇宙軍嫌いで知られたアズマが自分ら連合宇宙軍によるヒサゴプランへの監査をまともに受け入れるとは思えなかった。
 であるが故に、あらかじめ副長補佐であるマキビ・ハリに対し、自分が囮として統合軍の目を引き付けている間にアマテラス・セントラルステーションの中央電算機へハッキングを仕掛けるように指示していたのだ。

 連合宇宙軍所属の戦艦であるナデシコBが、統合軍の管理運営するアマテラス・セントラルステーションへとハッキングを仕掛ける。
 もしこれが発覚したならばナデシコBの艦長であるルリの責任問題どころか、艦を派遣した連合宇宙軍上層部にまで波及する政治スキャンダルに発展しかねない行為。
 それをルリは平然と指示したのだ。

『いいんですか艦長、そんな事しちゃってぇ…………』

 いささか情けない表情で口篭もるハーリーに、ルリは『バレなければ大丈夫です』と言いきって悪怯れる風も無く平然としていた。
 いや実際にルリはハッキングに対し、さしたる心配をしてはいなかった。
 幼いハーリーは、性格にかなり腰の引けた部分があったが、ハッキングの能力的には信頼するに値するレベルに達していた。
 そして何より、ルリが1から育ててきたオモイカネが居るのだ。
 大概の電算機が相手なら、痕跡すらも残さずに情報を収奪する事が出来る筈だった。

 であるが故に、冒頭の言葉と相成ったのだ。

『ぼっ僕じゃないですよ艦長! アマテラスのコンピューター同士の喧嘩なんです!!』

「喧嘩?」

 唐突に現れたハーリーのウィンドウに、驚く事無く小首を傾げるルリ。

『ええそうなんです、そうなんですよぉ。アマテラスには非公式なシステムが存在していてそいつらが主導権を取り合ってですね………』

 メインの系統とは別にシステムを組むのは、別に変な話では無い。
 むしろ、この様な研究所を兼ねる様な場所では、日常運行用と研究用で分けるのは必然であると言えた。
 がしかしである。
 通常、それらは混線する事が無いように、別個にシステムを組み上げられているのだ。
 今回の様な、主導権争いなど起きる筈も無かった。
 ハーリーの説明を聞きながらふと、傍らを通り過ぎていったウィンドウの裏側を見るルリ。

 AKITO

 そこには写し出されている文字はOTIKAではなくAKITOと読めた。

(AKITO、あきと……………………アキトさん!?)

 そこへ想いが至った時、元々表情に乏しかったルリの顔が凍った。
 自分の義父であり、大切な人。
 そして、新婚旅行のシャトル事故で帰らぬ身となったヒト。

「艦長?」

 ハーリーの呼び掛けを無視して、ルリは自分の内側へと思考を向ける。

 正体不明、謎のボソンジャンプ可能な小型機動兵器。
 ウリバタケ・セイヤの失踪。
 そしてウィンドウに出た【AKITO】の文字。

 1つ1つは、関連しない情報の群れ。
 だが、それらを1つの情報を元に分析すれば、1つの結論を導き出せる。
 否、出せてしまったのだ。
 妄想か空想か、或いは少女趣味的な幻想であった。

 テンカワ・アキトが生きていた、と。

 ボソンジャンプが可能な理由、それは機体が単独ジャンプ能力を保有するからでは無く、パイロットがその能力を持っているから。
 ウリバタケさんが身重な奥さんを残して失踪するのは有得ない。
 そしてなによりもAKITOの文字。

 アキトさんが、来る。

 何故、アマテラス・セントラルステーションを襲撃するのか。
 襲撃してくるとして、では他のターミナルステーションを襲撃したのはアキトなのか。
 そもそも、アマテラス・セントラルステーションの電算機がアキトの名を連呼しているのか。
 全てが判断不能。
 情報が少なすぎた。

 だがルリは、それを、アキトが生きているとの思いを積極的に否定する事は出来なかった。
 いや、したくなかった。
 否定とは即ち、その生存を否定すると云う事。
 ルリにアキトを殺す(・・)事は出来なかった。

『艦長?』

「ハーリー君。ナデシコBの警戒態勢を第2級にまで上げておいて下さい」

『なっ、何を言ってるんですか艦長!?』

 ナデシコBは今、アマテラス・セントラルステーションの内錨泊宙域で艦位を固定している。
 それはアマテラス・セントラルコロニーに駐留する1個師団規模の統合軍に護られている場所であり、同時に統合軍によって監視されている場所でもあったのだ。
 そんな場所で、しかも何の危機的状況でも無いのに警戒態勢を取るのは、統合軍に対して挑発するに等しい行為であるのだ。
 ステーション内部で混乱は発生してはいるが、これが軍艦の状態を警戒態勢へと移行させるに足る緊急性著しい事態かと言えば、些か過剰な反応と言えるであろう。

 ルリが用心深い人物である事はハーリーは深く理解していたが、これは行き過ぎでは無いかと思ったのだ。
 後に、政治的問題に発展するのでは、と。
 その危惧にルリは答える。
 自分の内なる思考を出す事無く、直感として告げる。

「もしかしたら……………もしかしたら、敵が来るのかもしれません」

『はぁ?』

 そんなルリの表情と、言葉の間が持つ意味をハーリーはつかめなかった。
 それは、アマテラス・セントラルコロニーの広域警戒網がボース粒子を察知する1分ほど前の事であった。

 

 

――\――

 

 

 異変を最初に察知したのはアマテラス・セントラルコロニーの外周、約10kmの距離に球形に12基配置された警戒捜索衛星、その中で太陽の方面を担当し、“2”のナンバーが振られた衛星であった。
 察知したのは外周識別圏と総称されている宙域、その中でも通常航路群から離れた何も無い場所だ。

 そんなボース粒子の異常増大宙域に対し、防空識別システムが自動的に捜索を実施するが、即座に判別する事は出来ない。
 これは太陽の方向と云う事の特性、或いは問題点であった。
 天然の核融合炉である恒星が発している様々な放射線や電波によって観測機器が混乱してしまうのだ。
 航宙戦闘に於いてすら、太陽を背にすると云う戦闘のセオリーは生き続けているのだった。

 22秒。

 それが、ボース粒子が確認された場所を捜索したアマテラス・セントラルステーションの防空識別システムが正体不明の機影(アンノウン)を認識するまでに要した時間であった。

 それを人間が把握し、待機していた防空部隊に緊急出撃(スクランブル)を下命するまでに経過した時間は7秒。
 幾つものヒサゴプランのターミナル・コロニーが襲撃され、その際に黒い亡霊(ゴースト)と呼ばれる機影が確認されていた為、防空指揮官は全力出撃を選択する。
 故に出撃したのは30秒配置――30秒で出撃可能な状態に置かれていた防空第112B中隊に属する12機のステルンクーゲルである。

 そして、その12機のステルンクーゲルが全滅するまでに掛かった時間は、たった3分であった。

 

 

 12機のステルンクーゲル、その全てが撃破されてから更に2分後。
 その衝撃によって眼を覚ましたアマテラス・セントラルステーション駐留戦力、統合軍機動第1師団を中心に編成されているアマテラス戦闘軍が全部隊を展開させている最中のこと。
 遥か遠方は地球の第2ラグランジェポイントのタギリ・ターミナルステーションから、大小5隻の航宙艦がチューリップゲートを越えて来た。
 統合軍第606航宙連隊であった。

 5隻の内、4隻は大戦前に建造されたユーリー・A・ガガーリン級の護衛艦だ。
 本級は基本設計の古さから、大戦中に幾度か近代化工事を受けてはいたが、全艦が老朽艦扱いをされていた。
 だが艦の新しさだけが、その戦力価値を決めるのでは無い。
 この淑女たちと共に連合宇宙軍から統合軍へと移籍してきた乗組員たちが、器材の古さを補うだけの練度を持っていたのだ。
 古参の精鋭(オールド・ガード)
 連合宇宙軍出身者に付けられた異名。
 それは元々、宇宙開拓の黎明期より宇宙を駆けてきた連合宇宙軍――特に火星沖会戦にて消滅した第1艦隊(グランド・フリート)へ捧げられていた異名であった。
 新地球連合と統合軍の建軍によって旧時代の遺物的に見られる事の多い連合宇宙軍。
 故に、異名は古さを嘲うが如く用いられる事が多い。
 だがそれは、永きに亘って宇宙を護りぬいてきた事の証明であったのだ。
 防人の証明であると共に、宇宙の船乗りである事の証明であった。
 その名を受継いでいる事、その意味を証明する様に各艦はジャンプアウトから短時間で見事な三角錐形防空陣を組み上げていた。

 

 三角錐形防空陣とはその名の如く、空間を4面に分けて艦を配置する陣形である。
 1隻の護衛艦に、残る3隻の支援を確実に受けられる構造であった。
 少ない戦力で護衛対象に護る為に編み出されたこの陣形は、極めて効率的な陣形であったが、同時に単純であるが故に艦を操るもの達の技量を隠す事無く表す陣形でもあった。
 そんな気合の入った護衛艦に護られているのは、大戦時に大量に建造された戦時A規格貨客船、所謂リバティ級を改装した特設空母ヒガンバナ級の4番艦トリカブトであった。

 商船規格を利用している為に標準的な空母とは異なっているトリカブトの構造、三つのシリンダーを束ねたような構造をの主要船体内部では、かなりの勢いで戦闘準備が進められていた。

「兵装は二番を…………ああそうだ。攻撃力より機動力を優先させとけ!」

「アマテラス・セントラルステーションとの管制電算機とのリンク設定、ラインの解放確認。後はアチラの認可待ちです!!」

「対空兵装、チェック完了。五番砲座が再設定に時間が掛かってますが、あと180秒は必要です。他は全て起動確認しました!」

「艦内の与圧正常です。第二級乗組員の退避は終了しました」

「隔壁封鎖、52秒後に開始します」

「不要区画への不燃剤の充填完了しました!」

 怒声の飛び交うトリカブトのブリッジ。
 必死なって進められているのは戦闘、否、防御の準備であった。
 このトリカブトを、このような場所で沈める訳にはいかないとの、強い思いだった。
 単に自分達が助かりたいというだけでは無い。
 それは、このトリカブトの船腹に納められたモノが理由だった。
 アマテラス・セントラルステーションにとって重要な、各種補給物資の入った大量のコンテナがあり、そしてステーション防衛に重要な役割を果せるであろう最新鋭機動兵器のエステバリス・カスタムを12機、パイロットと共に載せていたのだ。

 エステバリス・カスタム。
 それは統合軍の次期主力機動兵器コンペにエステバリス2で挑み、そしてステルンクーゲルに敗れたネルガル重工の、1つの回答であった。
 コストパフォーマンスを優先し、単なる次世代艦隊防空機として出されていたエステバリス2と違い、統合軍が望んでいた稼働時間の拡大による長躯進攻能力を持った機動兵器として開発された機体であった。
 基本的には、旧来のエステバリスと同様に主発動機(ジェネレーター)は母艦や基地などの外部に依存する構造であったが、新開発のバッテリーを構造材と装甲として採用した事で大量に搭載し、ステルンクーゲル並みの稼働時間を確保したのだった。
 但しこれだけでは、エステバリス2との単純比較で2倍ほどの大幅な重量増による機動性能が危険なほどに低下してしまう。
 これを補う為、エステバリス・カスタムは重力波ユニットを大翼二枚、小翼四枚というエステバリス2の二機分も搭載し、全身に推進器を満載していた。
 これらの事からエステバリス・カスタムは、エステバリス2はおろかステルンクーゲルをも軽く凌駕する機体として完成していた。

 これらの、力任せと言って良い改良は、発動機を外部に依存し、そして推進出来るエステバリス・シリーズならではのものであった。

 

 この機体ならば、大戦時の経緯から嫌悪されている統合軍は無理にしても連合宇宙軍の主力機動兵器の座は奪還できる。
 そうネルガル重工の重役陣は思っていた。

 しかし会長であるアカツキ・ナガレはこの考えに否定的であった。
 有能かつ実戦経験豊富なパイロットでもあり、そしてエステバリス・カスタムの量産化試験機を実際に駆ってみたアカツキは、エステバリス・カスタムの欠陥を見抜いていた。
 従来とは比べ物にならない高性能の代償として、その操作には細心の注意を要するものとなっていたと云う事を。
 ベテランの域に達していたパイロットであれば問題無く使いこなせるが、新人では戦闘をする事などまず不可能。
 最悪、サポート無しでは格納庫から機体を出す事も出来ない。
 そんな機体であったのだ。
 これに対してステルンクーゲルは違う。
 IFSを廃し電算機によるサポートを大幅に取り入れたステルンクーゲルは、柔軟性に乏しいものの、それ故に良好な操作性を実現していた。
 この他、パイロットの訓練までも周到に計算されており、更には修理や補給、果ては大量調達といった面にまで配慮して設計されている機体、それがステルンクーゲルなのだ。
 アカツキの、勝てないとの判断も当然のものであった。
 重役陣は高性能でありさえすれば問題は無いと考えていたが、それは現場を知らぬ人間の発想であり過ぎていたのだ。

 そして実際、エステバリス・カスタムの高性能は認められたものの、統合軍はおろか連合宇宙軍も大量採用するには至る事はなかったのだ。
 平和が保たれている現在は、多少限界性能は低くとも万人が使用し得る汎用性に富んだ機体が必要とされている時代であり、その事をも読み違えた事がネルガル重工の敗因であった。

 尤も、有能なパイロットを配し、後方的な部分の欠点に目を瞑った場合、エステバリス・カスタムはかなり魅力的な機体である事も事実であった。
 故に、統合軍ではエースパイロット部隊用として少数の機体を採用したのだ。
 その数少ないエステバリス・カスタムを装備する統合軍機動学校、第101機動教導旅団第2大隊、その第1中隊がトリカブトには乗り込んでいたのだ。
 アルファベットではなくナンバーが割り振られた独立運用も考えられた精鋭中隊。
 通称はライオンズ・シックルス。
 大鎌を銜えた獅子を部隊章とする部隊であった。

 そんな最新鋭機を与えられた11名の選りすぐりのエステバリス・ライダーを束ねるのは、髪を短く刈り上げた妙齢の美女。
 スバル・リョーコ大尉であった。

 

 トリカブトは特設空母である為、リニアカタパルトといった値の張る空母艤装は施されていない。
 その真っ平らな第1飛行甲板には、エステバリス・カスタムが防塵用航宙シートを掛けられただけの状態で、露天繋留されていた。
 今、その内の4機が防塵航宙用シートを剥がされ、硬式宇宙服を着込んだ整備班々員達の手で出撃準備が整えられていた。
 その4機の1つ。
 スバル・リョーコ専用機としてチューニングされ、深紅の個人塗装が施された機体のコクピットで、今スバルは喚いていた。

「発艦許可が下りてねえってのはどういう事だ!?」

 いや、荒れていたと言ってもいいだろう。
 トリカブトの発着艦指揮所(エア・ボス)へと出していたウィンドウの大きさが、随分と大きな事からもそれが判る。

『ですから、アマテラス・コントロールからの話だと目標に対しては無人機を中心とした迎撃作戦を実施するので…………その、“じゃまだから”と…………』

「邪魔!?オレらを邪魔だと!!!!!」

 恐る恐ると云う按配で言ったエア・ボス管制官に、スバルは怒鳴る。
 ウィンドウがメチャクチャに動く。
 機体色と同様に、激情的(パッション・レッド)である。

「テメェなんて事いいやがる!!ブッ飛ばすぞ!?」

『いや、ですから、そんな事をアッチのオペレーターが言ってきたんですよ!!』

「はぁ?」

『何でも静止射撃でケリを付けるって…………』

「静止射撃ィ……………………何考えてんだぁ?」

 静止射撃。
 単純かつ明瞭に表現するならば、それは止まって撃つという事である
 スバルに代表される、ガチガチの機動兵器マフィアにとって、アズマの採る機動兵器同士の高機動戦闘において静止して攻撃するという作戦は、殆ど自殺行為といって良い発想であった。

「ったく。陸軍系のヤツが宇宙戦の指揮官になれるかってぇの!!」

 あの“燃える血潮の禿げビンタ”が、とアマテラス・セントラル・ステーション防衛指揮官のアズマを遠慮容赦無く罵るスバル。
 だが現実として統合軍は、宇宙軍やその祖たる海軍の要素を排する方向で固まっていた。
 駐留部隊の単位はおろか、艦艇部隊にまで陸軍式のものが採用されていたのだ。
 連合宇宙軍などでは戦隊と呼称する艦艇の最小単位部隊には、連隊の名が与えられている有様であった。
 独自性と云う面もあろうが、連隊の呼称の伝統等を考えれば、艦艇の最小単位に採用するなど暴挙とも言える行為であった。
 それを行う辺り、如何に連合宇宙軍を嫌っているかが良く判ると云うものであった。

「脳みそ腐ってやがんのかっての!!」

 激しく憤っている指揮官の弁に、ライオンズシックルスの面々は、1人副官を除いて全員が頷いていた。
 その副官も、否定する風は無い。
 そう、誰1人としてスバルの意見を否定していなかった。
 地球連合陸軍の士官時代に経験した何かによって極度の宇宙軍嫌いとなっているアズマと、当然ながらも連合宇宙軍出身者がその大半を占めるエステバリス・ライダー達との関係が良好なものである筈は無かった。
 更に言えば、アズマは自分等ライオンズシックルスを邪魔者扱いをしたのだ。
 例え名目上、あるいは便宜上の指揮官であろうとも、そんなヤツを弁護するような“優等生”は、大戦を戦いぬいたベテランが揃えられたライオンズシックルスに1人として居なかった。
 誰もが戦争によって正直になっていたのだ。
 わずかばかりの新人も居はしたが、ベテランによって染められていた。
 そしてベテラン達は、お互いを更に濃く染めあっていたのだ。

 それはナノマシン処置という、今だ社会から忌避的な目でもってみられるものを持った人々の、団結による自己防衛策であったのかもしれなかった。

 尤も、自己防衛の度を越して個性的(・・・)な連中が大勢をしめるエステバリス部隊を持て余し、ステルンクーゲルが採用されたんじゃないかと、心配性のライオンズシックルス隊副官は思っていた。
 そんな副官の心配を余所に、ライオンズシックルスの面々は好き放題に喋っている。

『どないします隊長?』

『また“無線故障”ってのを理由にするか?』

『でもコイツの無線機、機体が大破しても使えるってメーカーの技術者が言ってたぞ?無理じゃねえのか』

『…………オレ等が“壊し”すぎたからかぁ?』

『ハッ、ちげえねえ』

 第1種戦闘配置という状況を無視し、図太く喋る第21機動中隊の面々。
 極一般的な、緊張を解す事が目的では無い。
 解さねばならない緊張を抱くようなヒヨッコは、この場にはいないのだ。
 今この場にいるパイロットは全員が全員とも滞宙2000時間以上、単独撃墜機数一五機以上(トリプル・エース)というバケモノであったのだから当然である。
 故にこの会話の目的は、何時戦闘参加が命じられるか判らない現状でのテンション維持が為に行なっているのだった。

 その時、トリカブトの遥か遠方にて白い輝点の群が発生する。
 見誤る事は無い。
 それは、戦闘の号砲であった。

『敵機動兵器、友軍部隊と接触!』

「ちっ、始まっちまったか…………」

 スバル・リョーコは、その場に居られない自分が少しだけ悔しかった。

 

 

――]――

 

 

 ブラックサレナとアマテラス・セントラルコロニー駐留軍の交戦は、二乗的加速度で激しさを増していった。
 攻撃衛星が短距離小型誘導弾を放ち、その誘導弾と共に無人機が殺到する。
 その様は正に乱戦、そして煉獄。
 並みのパイロットでは、まともに戦うどころか逃げ出すことすらも出来ないだろう。
 アズマがライオンズシックルスの参加を断ったのも当然の話であった。
 頑固一徹。
 連合宇宙軍嫌いのアズマだが、同時に、非常に部下思いであったのだ。
 そのアズマにとって、この様な場所へ有人機を飛び込ませるなど発想の埒外にあった。

 嵐の如き攻撃。
 それは鉄火の暴風であった。

 

 

敵機(ゴースト)01、第2域B区宙域(ツー・ブラボー)にて拘束に成功!」

 管制官が、歓声にも似た声で報告する。
 場所はアマテラス・セントラルコロニー、中央管制室である。
 その報告に、アズマは片頬を歪めて笑う。

「司令、やりましたなっ!」

 後ろからの声に振り返るアズマ。
 立って居るのはシンジョウだ。
 本来、アズマの副官であるシンジョウがこの場に居なかった理由は、アマテラス内の民間人の避難状況を確認していたからであった。
 今日は民間人が、それも子供が多くアマテラス・セントラルステーションを訪れていたのだ。
 当初は、一般的な退避手順で大丈夫だろうとアズマは思っていたが、シンジョウが子供達の、そしてヒサゴプランの将来のためにも万全を尽くすべきだと強い調子で上申した為、それを許したのだった。

 木連出身者らしい真剣さ。
 アズマはシンジョウへの評価を内心で高く修正しながら語りかける。

「おうシンジョウ君、大丈夫かね?」

「はい。民間人の退避は確実に行われております。技術者の方も、ヤマサキ技官の指揮で安全に」

「宜しい」

 指示していなかった、軍属の事も併せて報告する事に、更に満足を覚えながらアズマは上機嫌で頷いた。

「しかし閣下、あの化け物をよくぞ捉えましたな」

「有無。流石に3個大隊分、600機からのヒコウに囲まれてはどうにも、だったようだな」

 シンジョウの言葉に、満足げに頷くアズマ。
 ヒコウ。
 飛蝗の名を与えられた無人戦闘機は、バッタ型木連無人機の後継機として2202年に採用されたばかりの最新鋭体だ。
 バッタの基本構造を踏襲し、その上で地球側の先進的な技術も投入されているのだ。
 兵装や電子装備は無論、素材レベルからも改善されており、稼働時間も飛躍的に伸びていた。
 そしてなによりも思考ルーチンが強化されており、その戦闘力は初期型のバッタ型木連無人機の倍近いものがあると、統合軍参謀本部では判定していた。

 統合軍でもまだ一部の部隊にしか配備されていない。
 その極一部に、アマテラス・セントラルステーションに駐留する統合軍内星系軍第5方面軍第1機動師団は含まれていた。

「いやいや、その数を活かしきった閣下の戦術が優れていたのかと」

 世辞と云う風も無く、アズマを讃えるシンジョウ。
 アズマが行った静止射撃とは、無人機の全てがヤンマ級無人戦艦を改装したアバドン型無人機指揮運用艦の指示に従って統制射撃を実施する、現代に甦ったカエサルのファランクスであった。
 静止するのは、高い機動力を持っている敵機に対し幾らかでも精度の高い攻撃をする為である。
 機動力を捨て、単なる火点として無人機を運用する。
 それは、従来の無人機運用思想とは全く異なる発想であった。

 宇宙を舞台とした機動兵器同士の戦闘において、これは新戦術と呼べるものであったが、歴史をひもといてみれば、陸戦においてこの原案といえるものが無数に存在している事が判るだろう。
 即ち、騎兵に対する歩兵の戦術である。
 歩兵は騎兵の高い機動力に裏打ちされた突撃戦術に対し、方陣をもって濃厚な火力集中を実現して対抗していたのだ。
 その効果の程は、陸上戦闘指揮官として経歴を重ねてきたアズマ、その面目躍如であった。
 以後、このアズマの手によって現代に再誕した空間陣形戦闘術は、機動能力に優る相手との交戦時においてアズマ・ファランクス、あるいはナガシノ・トラップと呼ばれて幾度も使用されることになる優れた戦術であった。

 ブラックサレナの足を止める事に成功したヒコウの群れ。
 だが成功したのは足止めだけであり、致命打を与えるに至ってはいなかった。
 600機を超えるヒコウの弾幕を、ブラックサレナは怪鳥の如きその姿からは想像も出来ない機動力で、避け続けているのだ。
 だがそれは、アズマにとっても想定の範疇だった。
 だからこそ次なる手を準備していた。

「アズマ司令! 各航宙連隊の再配置が完了しました」

 声が上がる。
 それはアズマが待ち望んでいた報告であった。

 

 

 アキトは、己が段々と包囲されつつある事を把握する。
 漠然としていて、それでいて精密であった。
 通常のIFSとは異なる感覚。
 それは今回の出撃の前に搭載された新システム、IFS関連企業の雄たるマーベリック社とネルガルが共同で開発した高度感覚投入型(リアクト)IFSがもたらしたものであった。
 開発計画時の目標は、開発中のエステバリス・カスタムへの搭載であった。
 高性能な機体を十二分に操るための、新しい機体制御インターフェイス。
 新人すらも、高性能な機体を操れる様にする為のシステム。
 その目論見通りリアクトIFSは、計画時の目標性能を達成していた。
 がしかしである。
 その所定の性能を発揮させる為に処理すべき情報量が多すぎ、エステバリス級の機体に詰め込める航空電算機器(アビオニクス)では処理し切れなかったのだ。
 母艦に、発動機と同様に情報処理も依存すると云うアイデアもあったが、そうなると、母艦から離れての作戦行動が不可能になる。
 それ故に、エステバリス・カスタムへの搭載は中止されたのだった。

 ブラックサレナに搭載されているのは、そんなエステバリス・カスタム試作機への搭載実験用に製造され、そして搭載が中止されて以後は倉庫で埃を被っていたものを、アキト専用として再調整したものであった。
 情報処理に関しては、遠隔精神連結にてクリアしていたのだ。
 どれ程に離れていようとも、ボソンジャンプを介して精神を繋いだ2人には無意味であるのだから。
 その意味でリアクトIFSとは、アキトとラピスの為に開発されたシステムであると言えた。

 ユーチャリスに搭載されているオモイカネ級中枢電算機、ミネルバが分析した情報が瞬時に記入されていく。
 雲霞の如き無人機の群れ。
 そのベクトルから脅威度まで記入されており、それを確認しながらアキトはブラックサレナを操っていた。
 包囲されても、拘束はされない。
 常に後ろを獲られない。
 大軍と戦い、そして生き残る上で極めて重要な情報であった。
 だが、である。
 アキトにとって、より、重要な情報があった。
 無人機の群れの外側へ展開した、8隻の戦艦を中心にした5個の航宙連隊の位置情報である。

 ブラックサレナの動きに引き摺られ、統合軍の航宙戦隊は外周域へと集まっていた。
 今現在、アマテラス・セントラルステーションの至近宙域に残っている戦闘力を持った部隊は第606航宙戦隊と、独航艦であるナデシコBのみだった。
 それは、アキトの狙い通りであった。
 外周に位置する艦艇は、その全てに青い枠がはめられていた。

「ラピス」

 虚空へと放たれた言葉。
 打てば響くと、答えは届く。

(何時デモ大丈夫)

 ユーチャリスのボソンジャンプ準備が整った事が表示される。
 そして戦闘準備も。
 心の奥底でアキトは、まだ幼いラピスを戦場へと呼び込む事に忸怩たるものを感じながら、イメージを開始する。

 バイザーから僅かに覗く口元が、ナノマシンの活性化で発光を始める。

「ジャンプ」

 後悔を振り切って唱えた言葉。
 それは無垢なる妖精を戦場へと誘う、禍つ詞であった。
 新たなる破壊が、戦場へと降り立つ。

 

 

 突如として戦場へと出現した白亜の戦艦、ユーチャリスは出現と同時に重力波砲(グラビティブラスト)を連射する。
 ブラックサレナを通して、先に統合軍艦艇の位置を把握していたお陰で、その火線は精密そのもの。
 そして威力も、十分な蓄電が行われていた結果として、かなりの大威力であった。
 故に、強度の弱い歪曲力場(ディストーションフィールド)しか備えていなかった、軽巡航艦以下の艦艇は軒並み爆沈していた。

 連華。

 光球の連鎖、それが収まった時、戦闘力を維持していたのは8隻の戦艦だけであった。
 だがそれも、直ぐに1隻が脱落する。
 ユーチャリスが無人機の放出と共に、レールガンを乱射し始めたからだ。
 その最初の標的とされたザイドリッツ級戦艦のリシュリューが、ブリッジと機関部とを打ち抜かれ、小爆発を繰り返しながらフラフラと進路を外れていったのだ。
 爆沈は無理だが、戦線への復帰は絶望的だろう。
 打たれ強い事に定評のあるザイドリッツ級ではあったが、艦内の可燃物が誘爆を開始しては堪らない。
 戦時急造艦的性格の強いザイドリッツ級は、それ故に予算的、工程的な問題から間接防御による誘爆の出来る限りの防止策は講じられていたが、誘爆に耐えられるようには作られていなかったのだ。

 300名からの乗組員が居た戦艦が潰えた。
 どれ程の命が喪われたのだろうか。
 だがその行為の実行者たるラピスは、それに何の感傷も抱かなかった。

 

 沈む艦艇、そして機動兵器。
 無人機たちの後ろに隠れていた連中を狩り出して行く。
 確実に、100を単位として喪われていく命。
 ラピスは平時より何ら変わる事無く無表情のままユーチャリスを操る。

 艦下部の機動兵器格納庫より連珠のように放たれていく小型無人機動兵器群。
 その手によって新に生み出される火球は確実に人の命を奪っていく。
 死。

 だがそこに、ラピスは感慨を持てなかった。
 人の手によって生み出され、運命に弄ばれたこの少女にとって、死とは最も馴染み深いものであった。
 彼女を生み出した場所で与えられたものは、人を殺すためだけの知識と技術。
 成功例(ホシノ・ルリ)の情報を元に、簡易量産型(レディオノイド)としての生み出された私達。
 戦闘艦指揮用のIFS強化体質者(コンバット・ビメイダー)
 人形としての、群体としての自分。
 100を超える私。
 私と私達との境界が曖昧な、不完全な存在。
 正式名称、CBR13-108号体。
 それがラピス・ラズリと呼ばれている少女であった。

 

 ラピスは思い出す。
 ミサカ計画とも呼ばれた、IFS強化体質者の量産計画の終焉を。
 突如として研究所を襲った破壊。
 血。
 全てが収まった研究所に残っていたのは、自分達量産型と陣笠を被った狂人たちであった事を。
 だが状況が変わった訳では無い。
 結局、その破壊の後もさして変わりは無かった。
 言われるままに実験に参加する。
 この身をもって実験結果を図る試験紙、ただそれだけ。
 否、1つだけ変わった。
 時間と云う概念が理解出来た。
 今までと違い、過酷な実験の露として私達が喪われていくお陰で、日にちと云う概念が理解出来たのだ。
 欠けていく私。
 返事の数が減る事が、昨日と今日の違いを教えてくれた。
 火星の遺跡技術を応用したと云う、私達の精神連結(ネットワーク)を調べるため、私達は切り刻まれていったのだ。

 突如として脳内に蘇る、その日々。
 情報の伝達状況を把握する為として行われた行為の数々。
 痛み。
 ネットワークさえ無ければ、こんな事にはならなかったかもしれない。
 唯の、IFS強化体質者でありさえすれば。
 しかし同時に、だが、とラピスは思う。
 だがそれ故に、私はアキトと一緒になれたのだと。
 五感を失ったアキトを支えられたのだと。
 唯の人形が、人に望まれたのだ。

 私は生きる価値がある。
 生きていても良いのだ。
 唯1人生き残り、それ故に実験にすら供されなかった欠陥品として自分を見ていたラピスにとって、それは正に救いであった。
 だから、素直な気持ちのままに、ラピスは力を振るう。

 光爆は、更に広がっていく。

 

 

――]T――

 

 

「おやおや、王子さまは優秀だねぇ?」

 冗談を言う様な口調でヤマサキが口を開いた。
 視線の先には、大きく表示されたウィンドウがあった。
 アマテラス・セントラルステーションの外を写すウィンドウだ。
 そこには白亜の暴風の姿があった。

 一方的に蹂躙されていくアマテラス戦闘軍。
 それはヤマサキの身にも脅威が近づいて来ている事と同義でもあったが、その表情に焦りの色は無かった。
 両の手を、背広の上に引っ掛けた白衣のポケットへと突っ込んだままヤマサキは笑っていた。

 この場はアマテラス・セントラルステーションの最深部。
 その最高責任者でもあるアズマすら知りえない、秘匿研究ブロックであった。
 清潔な真っ白に塗られた壁には、赤くAREA-51と表示されている。

「シンジョウ君が言ってたねぇ人の執念って。あぁ戦艦を遠隔ナビでなんて正に執念だ」

 飄々とした態度で肩をすくめる。
 その背でポコリと、水音が上った。
 それに誘われる様に後ろを振り返る。

「おや、気になるかい? だろうねぇ。今現在で唯一健在な同胞なのだからね」

「………」

 返答は無い。
 だがヤマサキは、口元を楽しげに歪めた。
 そこに在ったのはシリンダー。
 その中には、緑色の保存液に漬けられた生首が浮かんでいた。
 標本では無い。
 首元に繋がれたコード類、時折口元から漏れる気泡。
 そして眼球が、極僅かに動いている。
 生きているのだ。

 それはヒサゴプランと呼ばれている人類の希望たるボソンジャンプ――ヒサゴブランに隠されていたもう一つの顔、或いは闇の象徴とも云えるものであった。

「ああ大丈夫。心配しなくていいよ。此処を引き払う時は必ず君たちは処分してあげるからね。安心して同胞の活躍する様を見ていればいいよ」

「……………」

 生首の口元が僅かに動き、気泡が弾ける。
 返事をした様に見る。
 否、実際に返事をしようとしていた。
 趣味の悪さだけでは無く、実験の必要性からヤマサキは生首に言葉が伝わるようにしていた。

 生首の意思表示、或いは精一杯の抗議を笑って流すと、ヤマサキはウィンドウに向き直った。
 口元の笑みは益々大きくなっている。

「ほら見たまえ。君たちの希望、彼女の王子さまの雄姿を。凄いよねぇアキト君は。君ら二流品とは大違いだからねぇ。五感が薄くなっただけで自在のジャンプが可能になったんだから、君たちも体まで切り落とされるまでにジャンプに成功しておけばよかったのにねぇ」

 ヤマサキらが投与した大量のナノマシンの影響で、五感が衰えたアキト。
 その代償として、ボソンジャンプへの適応性が上がったのだ。
 それは貴重な情報としてヤマサキらに認識された。
 五感とボソンジャンプとの関連性は、彼らの研究に新しい方向性を示したのだ。
 ヤマサキは狂喜した。
 これで、ボソンジャンプの研究が進むと思った。
 その結果がヤマサキの後ろに並んだシリンダー、生首なのだ。

 アキトと同様の実験が行われなかったのは、そのアキトの状態に理由がある。
 アキトの五感劣化はナノマシンの過剰投与による偶発的な事態であり、その再現を狙うのは困難であったのだ。
 そして同時に、アキトは大量のナノマシンに対する適応障害によってショック症状を起こしており、実験後には瀕死の状態へと陥っていたのだ。
 コレでは実証実験や、追加の確認実験が出来ない。
 だからこそ、物理的に喪失と云う事が選択されたのだった。

 正に、人ならざるものの所業であった。

「所長」

 慌てたように白衣の男がヤマサキに駆け寄ってくる。
 楽しげに振り返る。

「どうした、サワダ君?」

「れっ連中から連絡です。後5分で、と…………」

 その言葉でヤマサキは納得する。
 プラン乙が発動するのだと。

 既にシンジョウから、乙種決起案の予備発動が伝達されている為、ヤマサキに驚きは無い。
 どちらかと言えば、残念と云う風であった。
 このアマテラス戦闘軍であれば抗し切れるのではとも思っていたし、ここの施設も、ふんだんに資金を投じられているお陰で使い勝手が大変に良かったのだ。
 勿体無いと呟いて、頭髪を撫でる。
 が、それだけであった。

「仕方が無い。こわぁ〜いお兄さん達がやってくるっなら仕方が無いねぇ」

 全く残念と思えない、軽い言葉と共にヤマサキはにコミュニケーターの広域放送モードを起動させる。
 唇を一舐め、それから言葉を発する。

『はいはい、お楽しみ中の皆さん撤収準備。5分で完了しない場合は置いてきますよ』

 茶目っ気たっぷりの言葉だが、その中には暗闇が潜んでいる。
 置いていく。
 その意味は、死であるのだから。

 AREA-51は慌ただしくなった。

 

 

 シンジョウが乙種決起案の予備発動令を出した事を聞いたシノノメ・カオルは、その美しい眉を跳ねさせた。

「速いな」

 不機嫌極まりない口調。
 場所は木星圏。
 カリストに置かれている統合軍の木星圏第2泊地、コルニグスの管制棟であった。
 それは直径10km、深さ1kmという、カリストに元々あったクレーターを利用して建設された巨大施設であった。
 月や資源衛星などで一般的な地下へと施設を作っていくのではなく、クレーターを装甲天蓋で塞ぐ事で無酸素低重力汎用船渠を作り上げたのだ。
 正に雄大と言う言葉の相応しい施設であった。
 これ程の施設が建設されたのは、実は大戦後の事であった。
 新地球連合による外宇宙探索計画や広域哨戒拠点としての役割を期待し、建設されたのだ。

 建設された理由は、軍事的なものよりも経済的なものの方が大きかった。
 そう、ヒサゴプランと同様に、景気刺激策である。
 強大な地球連合との戦争で、極端に疲弊した木星圏経済への梃入れであった。
 如何にヒサゴプランによって太陽系を網羅する物流ネットワークを建設しても、自給自足の域を超えていない現在の木連経済では、その恩恵を十分に受ける事が出来ない事が理由であった。
 地球圏からの輸入だけなれば物流の簡素化による好影響が期待できたが、それだけでは木星圏の経済――産業は破綻してしまう。
 過酷な環境での生存への最適化と効率化を推し進める形で成長してきた木連の諸産業では、幾多の同業他社との過酷な競争を生き抜いてきた地球の企業とでは競争にならないのだ。
 であるが故の公共事業、大規模投資であった。
 新地球連合は、無理矢理に産業を作り上げたのだった。
 無論、公共事業は一時的なカンフル剤にはなれても、恒久的な経済向上には結びつかない。
 その程度の事は新地球連合の経済官僚団も了解していたが、建設が完了するまでの時間は稼げる。
 その時間をもって、木連圏に新しい産業を構築しようとしたのだ。
 大戦によって経済が疲弊したのは地球も一緒であったが、木連は同胞であるとの理想と、そして木星圏の経済の悪化による騒乱の発生を抑止しようと云う現実、その複合体であった。

 但し、今は広大といって良い無重力船渠に身を横たえている艦艇は、3隻の工作艇だけであった。
 装甲天蓋を除く諸設備の方も、3割程度しか完成していない。
 事の発端は、外宇宙探索計画の凍結と、広域哨戒任務が連合宇宙軍に残された結果としてのコルニグス建設の必要性が低下した事であった。
 官僚たちは、この建設を景気刺激策と明確に認識していたが故に、それに動揺する事は無かった。
 がしかし、それを見逃さなかった人間も居た。
 野党の政治家である。
 彼らは政府批判の一環として、目的を失ったコルニグスの建設を、国庫の乱費と批判したのだ。
 コルニグスの建設費用は、新地球連合の年間予算の実に10%に達すると見積もられていたのだから。
 ヒサゴプランの建設費用の約半分である。
 それだけの予算を投じて完成するのが、只の軍事用の大型港湾施設である。
 確かに批判したい気持ちも判ると云うものであった。

 そうして行われた大規模なネガティブキャンペーンの結果は、コルニグスの建設の凍結であった。
 木星圏の代表が声を枯らして建設継続の重要性を訴えたが、地球圏の大多数の有権者は、自らの1%にも満たない木星圏の経済と人々を支える為に自分達が犠牲になる事を良しとしなかったのだ。
 その結果、木星圏の経済は活力を失った。
 新しく芽吹いた産業は枯れ、地球圏への資源と火星の遺跡の産物(プラント・アーティファクト)の輸出が主要産業と云う、経済的植民地と化し これが木星圏の、木星圏経済の現実であった。
ていた。
 とは言え、輸出は常温核融合炉向けのヘリウム3や、汎用作業機械としての小型無人機(バグ)であり、その貴重さ、価値は高いものがあった。
 又、元手が殆ど掛からずに高品位なものを輸出できる事から、巨額の貿易利益が出ていた。
 木連の政権はその資金を、慎重に投資する事で産業の育成を目指し、実際、それに成功しつつあったが、それが木連圏全域を潤すようになるのは、まだまだ時間が掛かる状況であった。

 だからこそ火星の後継者は、木連に食い込めたのだ。
 クサカベ・ハルキを追い出し、生み出した平和がもたらした物は誇り無き困窮。
 それは独立独歩を旨とした月独立派の人間を祖とする木連の人間、特に熱血と云う激情に身を委ね易い若者たちに耐えられる状況では無かったのだ。

 

 不満げなシノノメを宥めるように、木連軍の軍服に身を纏った若手将校が口を開く。

「ですが、好機ではないでしょうか。今、木連の不満は頂点に達しようとしています。民衆は閣下を、熱狂をもって迎え入れるでしょう」

 まだ少尉の襟章も真新しい将校。
 その顔はあどけなさが抜けきっていない。
 まだ任官したて、かつての木連を大人として見た事の無い世代であった。
 そして同時に、木連軍の火星の後継者シンパを取りまとめている男でもあった。

「であったとしてもだ」

 この若手将校を中心に現木連軍優人部隊の1個戦隊は、火星の後継者の蜂起時には呼応する事が決まっていた。
 又、木連出身者が大多数を占める、統合軍外星系軍木星方面軍でも2個航宙連隊が呼応する手はずとなっていた。
 蜂起と同時に、木星方面軍の司令部を奇襲し、これを制圧。
 同時に、ヒサゴプランを封鎖して地球圏からの干渉を阻止する。
 此処までの計画は、万全のものが組み上げられていた。

 が、それでもシノノメには不満であった。
 統合軍の主力である、内星系地球方面軍への調略が殆ど出来なかったからである。
 もう2週間は欲しいと云うのが本音であった。

「準備は出来ていると思ってましたが?」

 世辞抜きに言う若手将校。
 彼は、木連軍時代のシノノメを覚えていたのだ。
 己を褒める言葉に、シノノメは苦笑と共に否定する。
 俺にだって無理な事はある、と。

「人生そう上手くいくばかりだったら苦労しねぇよ。そもそも俺が調略(コッチ)を担当してまだ3日だぞ。前任者(バカ)の尻拭いだけで精一杯だ」

 本当ならば決起時に、決起後に障害となりそうな部隊の指揮官を片っ端から暗殺してやりたかったのに残念至極と、舌打ちをする。
 前任者は、事なった後の事を気にし過ぎ、手を緩めていたのだ。

「馬鹿な話だと思わんか? 事が成功する確率を下げてまで、成功後の事を考えるなんざな」

「そうですか? 事後の人身掌握を考えますと一概には否定出来ないと思いますが………」

 甘い、若手将校の言葉に、シノノメは馬鹿がと吐き捨てる。

「そんなもん勝ちさえすれば何とかなる。勝つことが大事なのだ」

 邪魔な連中なんぞ爆殺して、後で適当な真実をでっち上げれば良い。
 筋が通っていたり、美談だったりすれば民衆なんざ受け入れる――そう断言するシノノメ。
 リアリスト。
 そう呼ぶべきなのかもしれない。

「まぁ過ぎた事を愚痴っても仕方がねぇか」

 秀麗な顔で毒を吐くシノノメに気圧されていた若手将校は、話題が変わった事にコレ幸いと続く。

「そうですよ。先ずは未来を見ましょう、人類の未来を!」

「………そうだな。気合を入れていこう。なっ?」

「はっ!!」

 元・ミス木連。
 その肩書きを実証する様なシノノメの笑みに、若手将校は顔を真っ赤にして敬礼を捧げていた。
 応じるシノノメは、鷹揚な態度で答礼をしていた。

 

 それは、シンジョウがプラン乙の発動を宣言する30分程前の事であった。

 

 

2007 7/8 Ver1.01


<ケイ氏の独り言>

 なんつーか、漸く次の(c)から「第一幕 Bust」が文字道理に弾けられそうです。
 前説が長いのが我が愚作の弱点ではありますなーとか思ったり、思わなかったり。

 しかしまぁ、書かないと自分が納得できないと云う面倒な性格をしとりまして。
 ええ、申し訳ない事です。
 が、次からは全力全開(めい☆おー)ですんで、御期待して戴けますと幸いです。

 

 

>代理人さん
 世の中って、偶然に満ち溢れているのです(多分
 と云うか真面目な話、時ナデさんは情報量が多いですから準拠と云う形をとっても消化しきれない自信があります。
 あの膨大な登場人物の魅力は、その複数の同時登場による人物劇にありますが、ブッチャケ、そーゆー技能はケイ氏の中の人は持たないのです。
 では逆に、登場する人物を削って………とかゆーのは、あんまりにも失礼な話なんで、ええ。
 色んな意味で、大きいですから、時ナデは。

 閑話休題(それはさておき)

>劇場版を基本にしてどうやって明るく楽しい作品を作れるのかと小一ヶ月問い詰めたい。
 うははははっ。
 魔法少女モノの皮を被った熱血戦闘モノがある御時世ですので、何でもありじゃないかなーとかオモターリ。
 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

 今回は冒頭のエリナとゲンちゃんのやり取りがお気に入り(ゲンちゃんっていうな)。こーゆーのがカッコよさってやつだよなぁ。

 後別な意味でカッコイイ・・・というか愉快な仲間たちなのがライオンズシックル。なんなんだこのエリア88というかむしろ特攻野郎Aチームなノりは(爆)。
 特攻御免独断上等無線の故障は日常茶飯事、奴らの通った後にはぺんぺん草一本残らない。これでスーパーロボットに乗ってたら獣戦機隊呼ばわりも免れない所じゃあないかと。

>魔法少女モノの皮を被った熱血戦闘モノがある御時世ですので
 ほほう。それはつまりこの作品が目指すのは
 「明るく楽しいドンパチものの皮を被った陰険陰謀もの(ダークコンスピラシー)
 だと言う意味に解釈してよろしゅうございますか?