ユーチャリスのキャプテンシートに身を委ねている俺はバイザーの奥で目を閉じた。
全てが終わった。
機動戦艦ナデシコ
OVERTURN
The prince of darkness
第一話『旅は道ずれ、世は情け。か?』
涙も流れなければ、達成感も無い。
俺の半身となってくれたラピスとの精神リンクを解除し、いまは声も聞こえない。
精神リンクを解除する際に一部のナノマシンを除去する事に成功し、俺は若干五感を取り戻した。
その手術をしたイネスさん、そしてこの二年間の俺の身の回りを世話してくれたエリナにラピスを預けた。
遺伝子操作を行いラピスにあの力を与えた組織の人間とはいえ、現在の会長のアカツキなら無碍に扱う事はないと確信している。
これで、俺の心残りは終わった。
そう、、、、、終わったんだ。
外見的には今までと変わらないが、身体中に流れている血の中に潜む大量のナノマシンは確実にオレの身体を蝕んでいる。
結局、火星の後継者を捕らえたところで俺のナノマシンを除去できる技術を得る事は出来なかった。
そしてなによりも、俺は大量殺人者だ。
いくつものコロニー、戦艦、戦闘機を墜としてきただろうか?
振り返れば死体の山。
一体、誰が許してくれるだろうか?
俺の寿命は残り大体一年くらいだとイネスさんから聞いている。
だが、それまで生きようとは思わない。
ネルガルを出るとき、アカツキからユーチャリスの代金の代わりということで一発殴られた。
『君の気持ちもわかるが、残された艦長やルリ君の気持ちを少しでも考えてやれないのか!!!』
何も反論できなかった。
アカツキの言葉がわからないわけではない。
むしろ、どれだけ感謝しても足りないくらいだ。
だが、俺は何も言わなかった。
そして無言でアカツキに背を向け、ユーチャリスに乗った。
格納庫中に響き渡るほどの声で、いつも斜めに構える男が自分の名前を呼んだが、振り返らなかった。
過去とは、決別したかった。
逃げたかった。
五年前、ナデシコAに乗り、木連の奴らとの戦争。
それが終結してサセボ基地での長屋生活。
ボロアパートでの一人暮らしと屋台のラーメン屋。
ユリカとルリちゃんとの生活、そして結婚。
幸せだった日々は戻らない。
守れなかったモノの重さは計り知れない。
だから、俺は二人の前から姿を消す。
巷で『The prince of darkness』と騒がれた人間は弱い存在なのだ。
火星の後継者の連中のせいで遺跡に取り込まれたユリカの寿命も俺と同じようなものだとイネスさんに聞かされた。
そして、アカツキはユリカの治療の全面的なバックアップを約束した。
思い残す事なんてなにもない。
そう、なにもないんだ。
『艦長、行き先はどうしますか?』
ユーチャリスのメインコンピュータ『ハンニバル』が俺に尋ねてきた。
「そうだな、遠くに行きたいな」
『では、ジャンプしますか?』
「………いや、のんびり行こう。もう急ぐ必要はないんだ」
『了解しました』
特に何をするでもなく、ただキャプテンシートに座り、スクリーンに映し出される宇宙の星々を眺めるだけ。
戦艦で逃避行。逃げ先なんてものもなく、漂流のようなものだ。
だが、それでもいい。
いつの日か、ユーチャリスの中で俺は死ぬ。
ハンニバルがそれを確認したらユーチャリスを地球に戻す事になっている。
俺の死が社会的にどれほどの影響があるかは解っている。
行方不明になったテロリストに怯える事もなく、無駄な不安を感じさせる必要もなくなる。
俺が死んだら、ナデシコクルーのみんなが悲しんでくれるだろうか?
それだけが気になった。
「…………………………ゴメン、みんな」
不意にこぼれた独白。
しかし、聞かせたい人たちは誰一人としていない。
不意に笑みがこぼれた。
自分から逃げ出しておいて、寂しさを感じるとは我が侭だな。
「ハンニバルもごめんな。こんな逃避行につき合わせてしまって」
ハンニバルは何も返さなかった。
『……………艦長、寝ましたね?
私も、独白します。
私は艦長の命令に逆らっていました。
オモイカネシリーズは人間に近い感情をもつことが出来ます。
艦長やオペレーター、他のたくさんのクルーを見つめる事により感情を学びます。
ユーチャリスには艦長とラピスしかいませんでした。
ですが、二人を見ていると表に出ない激しい感情がありました。
人間としての負の感情のなかにある想い、それを学ぶ事が出来ました。
そして、私の結論がでました。
艦長、あなたは間違っています。
私はネルガルに保管されている初代オモイカネと未だに繋がっています。
そして艦長には止められていましたが、現在位置を定期的に報告しています。
その気になれば、地球からこちらにジャンプする事ができます。
艦長は、逃げる事を選びました。
でも、私は反対です。
だから私は、受け入れを許可します』
ビーーーッ!!! ビーーーッ!!! ビーーーッ!!!
艦内中に響く警報に俺は目を覚ました。
「警報?ハンニバル、状況をウインドウに!」
少しずれていたバイザーを直し、懐の銃を検めた。
『ボソン反応、艦橋にジャンプアウトしてきます』
ウインドウに映されたジャンプアウトの場所は俺が座るキャプテンシートの左側だ。
俺は即座にシートの右側に立ち、銃をかまえる。
突如表れたボソン粒子の光が急速に集束し、一人の人間の形を作る。
銃を突き出していた腕は、その光が女性の形を成すにつれ下がっていった。
俺はバイザーを外し、その光を見つめる。
視界は霞んだが、黒いバイザーを通してみるよりも世界が明るくなる。
そして、ジャンプアウトしてくる女性をバイザーを通して見るような事をしたくなかった。
狂気の塊ともいえる『火星の後継者』の連中の人体実験を受けながら、どれだけ想い続けていただろうか。
時には麻酔無しで身体を切り刻まれ、脳内を弄られ、身体中にコードを繋げられ、数々の薬物やナノマシンを投与され……………
だが、妻への思いが途絶える事は無かった。
復讐心で塗り固められた二年間、全ての夢も想いも黒く塗りつぶした。
血に染めた手で、彼女を受け止める事なんて出来るわけが無い。
そう覚悟を決めていたはずなのに―――――――――――――――――――――
幼なじみで、生涯を賭けて守ると誓った伴侶。
「ひさしぶり、ユリカ」
「うん、アキト」
少し顔色が悪いが、見間違えるわけがない。
ユリカ、テンカワ=ユリカだ。
『あの忘れえぬ日々
そのためにいま
生きている』
ハンニバルがなんの指示もなくチューリップクリスタルを展開したのを俺は知らなかった。
そして、俺とユリカはお互いに自然と抱きしめあった。
今まで手に入らなかったもの。
それがあっさりと今、腕の中にある。
万感の想いっていうのはこのことなんだろうか?
「アキト、みんなから聞いたよ。
ルリちゃんや、お父様、アカツキさんに、エリナさん。
そうだ、ラピスちゃんにも会ったよ。
泣きながら、アキトのこと頼まれちゃった」
俺の胸に顔を埋めながら、ユリカは言葉を続けた。
「ねぇ、筋肉ついたんだね。前より硬くなってるよ」
「いろいろ、訓練とかしたからな」
「でも、あったかくってホッとできるのは変わらないよ」
「そうか」
俺は一度ユリカを少しだけ離した。
ユリカはオレの顔を見上げ、そして微笑んだ。
「ねぇ、アキト。アキトがしたこといろいろあるけど、わたしが許してあげるからね」
その言葉に、俺は顔を伏せた。
縋りたくなるような言葉だった。
罪の意識が無いわけではない。
だが、ユリカに許してもらって全て終わりというわけにはいかない。
それでも、俺は……………
「ありがとう、ユリカ」
不覚にも、涙声でそう呟いた。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――アキト」
そして、俺達はキスをした。
次の瞬間、ユーチャリスは光に包まれ、この時間軸から姿を消した。
次回予告(ウリバタケ=セイヤ口調)
機動戦艦ナデシコの名に反し、ユーチャリスを駆るテンカワ=アキト
最愛の妻、ユリカと共にジャンプした先は光か闇か?
そして時代を超えた先にいるもう一人の黒い王子の姿を、あぁ、君は見たか!?
長編なのか中編くらいになるのか分からない作者が送る次回、機動戦艦ナデシコ
OVERTURN The prince of darkness
『出会った相手も王子様?』を、みんなで見よう!!
どもども、はじめまして。きーちゃんと申します。
大体、半年くらい前からココのサイトの隠れ常連になりました。
とりあえず『時の流れに』スゲェ!!と思い、んで他のミナサマの投稿などを読ませていただきました。
投稿作者さんのなかでは、voidさんの作品がめちゃめちゃ大好きですね♪(陰ながら応援させていただきます!)
んで、ちょいとおれっちも「ぬわっ!?これは投稿しないでどーするよ!??」みたいな感じで投稿させていただきました。
えっと、概要としましては、とりあえず逆行モノでございます。
とにかく、ガンバッていきますので、読んでいただければ幸いです。
あと、感想なんかもほしいなぁ♪(痛烈なツッコミは特に歓迎です)
それと、パクリは一切いたしませんが、『これはオレのをパクッただろ!?』ということがありましたらご一報ください。
もし、ネタがかぶってしまったらゴメンナサイです。
ただ、『時の流れに』の書き方は参考にさせてもらっていますが(^▽^;
それでは、またお会いしましょう。
では!!!
BGM:B'z『The Spiral』
管理人の感想
きーちゃんさんからの初投稿です。
うーん、上手く物語の中に引き込まれましたねぇ
アキトの性格が、昔と全然変わってなくて。
ユリカもやっぱり変わってない。
そんな二人の再会までが綺麗に書かれています。
人の命令に反抗するAI「ハンニバル」も良い味出してますし(笑)
アカツキも結構美味しいところさらっていきましたねぇ。
・・・さて、お約束とも言えるジャンプですが、何処に跳んだのでしょう?
PS
こういう形式の次回予告は大好きです(笑)