機動戦艦ナデシコ OVERTURN The prince of darkness
第十五話『僕たちが見上げた宇宙』
ピピピピピ―――――ッ
わたしはアラームの音で目を覚まし、気だるい身体を何とか駆使して音を止めた。
そして、そぉっと隣で眠る少女を見た。
幸い、ラピスは目を覚まさなかったようだ。
わたしはラピスが握っているわたしの左腕をゆっくりとほどいてから上半身を起こした。
幸せそうに眠るラピスの頬にそっと口付けをして、わたしはベッドから降りた。
明かりをつけてしまうとラピスが起きてしまうかもしれないので、暗い部屋の中で着替える。
相当眠いけど仕方がない。今日はしなければいけないことがたくさんある。
現在、午前8時。
ユーチャリスとの接触まで、あと3時間―――――
とりあえず食堂に向かおうと廊下に出ると、隣のドアが開いてテンカワ=ユリカさんが出てきた。
「ほえ? ああカツミちゃん、おはよ」
「おはよ」
一応挨拶は返したが、本当にそれが聞こえたのか分からない。
ユリカさんは寝癖そのままの上、パジャマで出てきたのだ。
しかも、眠たそうに目を擦りながら。
「とりあえず、着替えたほうがいいんじゃない?」
「いいの。今からアキトを起こすから。
それで、起きなかったらそのまま添い寝するもん」
そう言いながら、ユリカさんの隣の部屋の合鍵でドアを開いては入っていった。
「・・・・・アキト〜〜〜、寝てるよねぇ。じゃあ、わたしも寝るぅぅぅ」
・・・・・・・・・・起こしに行ったんじゃないの?
でも、結局は他人事。
わたしはそのまま食堂に向かうことにした。
「あ〜ら、おはよ。ヒサイシさん♪」
食堂に来ると朝から妙にお色気を出しているミナトさんに出会った。
「どうも」
わたしは軽く会釈してから、食券コーナーの販売機に小銭を入れた。
「あれ? カードは持っていないの?」
「持っていないことはないけど、目に見えないやり取りは苦手だから」
「なるほど。カードって便利だけど目には見えないもんねぇ」
笑顔で話しかけてくるミナトさんを横目に、わたしは朝食Aセットのボタンを押した。
そして、食券を持って厨房に隣接しているカウンターへ行く。
「・・・・・・・・・・どうして、あなたがここにいるの?」
「もともと、俺はコック兼パイロットだからね」
そういいながら、笑顔で食券を受け取るミスマル=アキトさん(仮名)。
どうやら彼が嫌っているのはリョウジのみであって、わたしはそうではないようだ。
「Aセットね。ちょっと待ってて。
Aセットはいりまーーーす!」
食券の半券をちぎって、厨房に入っていくミスマルさんを見ながら、わたしは横に設置されている給水機で水を汲んだ。
「ちょっと、ミスマル! こっちを手伝っておくれよ!」
「俺はテンカワですって!!!」
どうも、本人はミスマル=アキトと呼ばれるのは嫌らしい。
「あなたもAセットなのね。見た目と違って和食派なんだ」
わたしの隣に立つミナトさんもAセットの半券を持ちながら話しかけてきた。
Aセットはご飯とお味噌汁と生卵、海苔、鮭の塩焼き、お新香で、Bセットはパンとコーンスープ、ベーコンエッグ。
ちなみに、サラダは別メニュー。そして若干、Aセットのほうが高い。
「見た目はこんなんだけど、日本で育ったから」
「あっ、ごめんなさい。悪気があって言ったわけじゃないの」
見た目で差別めいたことをしてしまったかとおもったのか、ミナトさんは両手を合わせながらわたしに謝った。
別に、そんなことは気にしないんだけど。
「気にしないで。この船にはわたしみたいに日系っぽくない人ってイネスさんしか乗船していないからなんとなくわかるし」
「あはは、そういってもらえれば助かるわ」
にっこりと笑うミナトさん。
この船にいると、誰かしら声をかけてくる。
わたしやリョウジの日々の生活は人と接する機会も少ないし、接してもこうやって何気ない会話をすることもない。
ある意味新鮮で、ある意味居心地が悪かった。
「ほれっ、2人ともAセットあがったよ」
ホウメイさんに呼ばれ、わたしとミナトさんはカウンターでAセットを受け取った。
そして先にわたしがテーブルに着くと、その対面側にミナトさんが座った。
「ところで、聞いたわよぉ」
「なにを?」
「昨日の食堂でのこと」
思わず、お味噌汁に口をつけていたわたしの手が止まる。
「なんのことです?」
「んっふっふ。しっかりとシバヤマさんのことを尻に敷いているじゃない。
女はそのくらいじゃないと、男ってのはすぐにつけあがるからね」
「それは同感」
「でもシバヤマさんって、やることめちゃくちゃだしなんか怖い感じだけど
なんかクールでいい男って感じもするわね?」
むっ。
「あ、いま嫉妬した?」
「いえ、別に」
「ホントかなぁ?」
「してません」
おもしろそうにわたしに顔を近づけてくるミナトさん。
わたしはそれを無視して鮭に箸を伸ばした。
「必要ない」
「ですが、せっかくの戦艦にエステ一機っていうのはもったいなくありませんか?」
「もともと、俺は一人で行動していた。
だから、ナデシコみたいにチームワークとかそういったものは苦手でね」
「けど、シバヤマさんが単独で戦線に出ている間、ユーチャリスの護衛がないんですよ?」
「そのためのバッタだ。問題ない」
「むぅ」
取り付く島のないシバヤマさんの言葉に、わたしはちょっとすねた。
今、ブリッジにはわたしとジュン君、ルリちゃん、アカツキさん、プロスさん、イネスさん、そしてシバヤマさんがいる。
「とにかく、ユーチャリスに乗船するのは俺とカツミとラピスだけだ。
それ以上の人員を乗せる意味もない」
「だったら、僕が乗るといったらどうする?
ユーチャリスは元々ネルガルのものなんだし、僕の乗船を許可しないわけにはいかないよね?」
いつものスカした表情のアカツキさんだけど、その内心には未来の技術満載のユーチャリスに興味津々みたい。
でも、シバヤマさんは首を横に振った。
「申し訳ないのですが、ユーチャリスのAIハンニバルがそれを認めないでしょうね」
「なぜ?」
「未来の会長が、今の時代のオーバーテクノロジーを必要以上に漏洩させないように命令しているみたいです。
ですから、いくら会長でもユーチャリスの技術を利用する者はハンニバルが乗船を良しとしないでしょう」
「でも、僕は一応ネルガルの会長だよ?
ちょっとくらいならいいじゃない」
「残念ですが乗船できる会長は未来の会長であって、あなたじゃない」
「まったく、融通のきかないことしたなぁ」
あきらめたのか、アカツキさんは髪を掻き揚げながらぼやいた。
「で、ミスマル艦長。
ただこれだけのために俺を呼び出したのか?」
「え?」
いきなり話を振られてわたしは慌てた。
なんか、シバヤマさんの目に殺気が篭っているし。
「あ、いやですね。
シバヤマさんがユーチャリスの艦長になるんですから、今後の予定なども確認しようかなと思ったんですけど・・・・あはは」
笑ってごまかそうとしたが、逆にシバヤマさんの目がスゥと細くなった。
―――――なんだか、怖いよぉ。
わたしは助けを求めようとジュン君を見た。
するとジュン君はあきらかに目線を宙にただよわせた。
ふぇぇぇん、ジュン君わたしの副官でしょ? たすけてよぉぉぉ。
プシュゥ―――――
「シバヤマ、そんなにみんなをいじめるな」
ブリッジの扉のほうを見ると、黒いバイザーをした未来のアキトが立っていた。
「アキト、ちょうどよかった。でも、どうしてここに来たの?」
「ルリちゃんから助けてやってくれってメッセージをもらってね」
アキトが下にいるルリちゃんを見ながら教えてくれた。
さすがルリちゃん、頼りになるね!
「助けてくれってなんだよ。むしろ俺が助けてほしいさ」
アキトに視線を移したシバヤマさんがぼやいた。
「そういうな。これから一緒に戦う仲間なんだ、少しは馴染んでいた方がいい」
「そういうのは苦手だ」
未来のアキトとシバヤマさんは妙に仲がいい。
わたしたちはまだ未来のわたしたちやシバヤマさんたちとどう接したらいいのか戸惑っているのに。
未来のわたしにだって、2人でちゃんとお話しをしたことはない。
ちょっとだけわたしより年をとっているが、なんか鏡に向かって話をしているみたいな感覚になりそうだし。
「とにかく、みんなを脅すようなことはやめろ」
「別に脅していないぞ」
「だったら、その目はなんだ?」
アキトに指摘されたシバヤマさんは右手で目を擦った。
「・・・・・・・・・・眠いんだ」
「はぁ?」
思わぬ答えにわたしはおもわず声をあげると、シバヤマさんは少し困ったように頭を掻いた。
「いや昨日の夜、カツミと一緒にラピスにトランプを教えていたらラピスが少しずつ面白がってな。
でも実際にゲームをしてみるとやっぱりラピスが負けるんだわ。
するとラピスが勝つまでやめないと言い出すし、わざと負けたら妙に怒るし。
結局、寝たのが―――――何時だったかな?」
で、寝ていて少ししたらわたしに起こされたらしい。
なんか、急にのんびりした話になったなぁ。
「なるほど、トランプでコミュニケーションか。うまい事を考えたな」
アキトがひとりで感心している。
「まぁ、そんなわけだ。もし怯えさせたんだったらすまないな」
そういってわたしに素直に軽く頭をさげるシバヤマさん。
案外、いい人なのかな?
「いえ、こっちもごめんなさい。せっかく寝ていたのに起こしちゃったりして」
「気にしなくていい。どうせしばらくしたらユーチャリスに接触する。
今寝たらその時に起きられる自信がまったくないからな」
「あはは、そうなんですか。
ところで、ラピスちゃんにどんなトランプ教えたんですか?」
「お、おいっ、ユリカ!」
わたしの質問すると、後ろでジュン君がちょっと止めようとした。
でも、いま必要なのは話し合いよりもコミュニケーションだよ。
「ババ抜きは最初に教えてやったから、昨日はポーカーとブラックジャックと大富豪だな。
特に大富豪は酷かったな。
最初は都落ちをなしにしていたからラピスがずっと大貧民で、スネだしたから都落ちをアリにしたんだ」
「なんで、そんなシビアなゲームばかりを・・・・・」
「いや、さすがに最初は7ならべとか神経衰弱を教えようと思ったんだが、カツミが面白くないって言ってね」
カツミさんもよくわからない人だなぁ。
外見はすっごい美人で、大人の女って感じなのに。
「だったら、UNOとかどうですか?」
「ああ、俺たちトランプ以外のカードゲームをしたことがないんだ」
「たしかに、昔のシバヤマさんはカードゲームに接する機会がなかったでしょうからねぇ」
プロスさんが眼鏡を触りながら口を挟む。
「だったらドンジャラとかならどうかしら? なんだったら、貸してあげるわよ。
あれも結構頭を使うゲームだし」
イネスさん、なんで持ってるんですか?
「それでしたら、将棋とかもいいんかもしれませんよ?」
「一風変わって軍人将棋とか?」
「いやはや、あれは結構マイナーに見えて実は人気がありますからね」
「うふふ、さすがプロスさん。何でも知っていそうね」
「ははは、恐縮です」
イネスさんとプロスさんが脱線していくのを見ながらシバヤマさんがつぶやいた。
「そんなもん教えたら、ますます俺は寝れないな」
「ユーチャリスを確認。スクリーンに出します」
突然オペレータ席に座るルリちゃんから声がした。
そして、ブリッジ正面のメインスクリーンに漆黒の宇宙に浮かぶ一隻の白い戦艦の姿が映し出された。
涙型のようなフォルムの純白の戦艦。
「これが、ユーチャリス―――――」
わたしは思わず声を零した。
未来でアキトが未来のわたしを助けるために、火星の後継者の人たちと戦った戦艦。
そのユーチャリスの姿をわたしは初めて見た。
「艦長、ユーチャリスから通信が入っています」
「ほえ? 今、ユーチャリスは無人なんじゃないの?」
ブリッジではわたしのことを艦長と呼ぶルリちゃんの報告を聞いて、わたしは後ろにいる黒い2人を見た。
するとアキトは困ったように額に手を置き、シバヤマさんは面白そうに口を歪めていた。
「ルリちゃん、取り合えず繋いでみて」
「はい。こちらナデシコ。ユーチャリス、通信どうぞ」
するとメインスクリーンの映像が切り替わり、そのうえ無数のウインドウがナデシコ中に開かれた。
『おいでませ♪ ユーチャリス☆
BY みんなの人気者、ハンニバル』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
わたしはおもわずお間抜けな表情で、それだけ言えた。
まわりのみんなもポカンとした表情をしている。
おそらくナデシコ中のみんなもそうだろうな。
ビーーーッ ビーーーッ
「! だめ、オモイカネ。あれは敵じゃない!」
いきなりエマージェンシーコールがなったと思ったら、ルリちゃんの叫び声が聞こえた。
「どうしたの、ルリちゃん!?」
「オモイカネがなんか気に障ったらしく、グラビティブラストのスタンバイをっ!」
「ええっ!? ルリちゃん止めさせて!!!」
慌てるわたしの横で、アキトが小さくつぶやいた。
「なんなら、そのまま沈めてもらっていい気がしてきた」
「・・・・・おいおい」
次回予告(ヒサイシ=カツミ口調)
・・・・・こういうの、苦手なんだけど。
何でもいいから? ・・・・・ごめん、思いつかない。
カンペをそのまま読むと『疑問を投げかける少女の健気さを、ああ、君は見たか!?』これ、ウリバタケさんが書いたの?
煙草をマルボロからケントのスーパーライトに変えた作者が送る次回、機動戦艦ナデシコ
OVERTURN The prince of darkness
『遠くに忘れてきたモノ』をよろしく。
あけましておめでとうございます、きーちゃんです!
私生活が色々と忙しかったので、かなりご無沙汰にしてしまいました。
みなさん覚えていてくれていますか?
覚えてくれていますか、感激です!<妄想驀進中
今年一年もがんばりますので、みなさまよろしくお願いいたします。
目標はとりあえず、完結を!!
BGM:ヘイリー『アメイジング グレイス』
管理人の感想
きーちゃんsなんからの投稿です。
私は待っていましたよ、この投稿を(笑)
それにしても、美味しいところを掻っ攫っていったなぁハンニバル(苦笑)
負けず嫌いなラピスに、根気良く付き合うリョウジとカツミも良かったです。