機動戦艦ナデシコ  OVERTURN The prince of darkness

第十六話『遠くに忘れてきたモノ』












 格納庫に主要クルーの大半の人が集まっています。

 その中心には連絡線ヒナギクに乗り込もうとしている未来のテンカワ夫妻と、カツミさん、そしてラピスがいます。



「俺は後からオシリスで行く。さっさと荷物を回収して来い」


「なんなら一緒にオシリスを牽引していけばいいだろ?」


「そんな無様なオシリスを見たくない」


「あぁ、そう」



 疲れた表情でテンカワさんはヒナギクに乗り込んだ。



「それではみなさん、いってらっしゃい!」



 ユリカさんの敬礼でその場にいた全クルーが敬礼して、ヒナギクを見送る。



「敬礼やめ。それでは、発進の邪魔にならないところまで退避〜〜〜」



 ユリカさんの号令と共に、みんなヒナギクから離れます。



『よーし、そんじゃ移送するぞぉ』



 コントロールルームの窓から顔を覗かせているウリバタケさんの声と共に、ヒナギクが発着場へと移動していった。

 そして、ヒナギクの発進がコミュニケのウインドウで確認されると、みんなそれぞれの持ち場に戻っていきました。

 ただ、ユリカさんはシバヤマさんに話しかけています。



「それでは、シバヤマさんもユーチャリス艦長としてがんばってください」


「ああ、せいぜいナデシコの足を引っ張らないようにするさ」


「それと、見送りはしません。そういうの、苦手なんですよね?」


「お気遣い、どうも」


「それではご武運を!」


「君もな」



 両艦長はお互いに敬礼をして、そしてユリカさんはブリッジへと戻っていった。

 そして格納庫にはわたしとシバヤマさんだけが残りました。







「俺に、なんか用か?」



 向こうから声をかけられて、わたしは少しホッとしました。

 正直、どのように声をかけたらいいのかわかりませんでしたから。



「はい。少しお話があります」


「ここでいいのか?」


「そうですね。でしたら、談話室にでも行きましょうか」



 そういってわたしたちは格納庫を出ました。























 ぽろろ〜〜〜ん♪



「・・・・・ここでいいのか?」


「気にしないようにしましょう」



 ウクレレを抱えて奇妙な笑みを浮かべながら部屋の隅に立つイズミさんを見ないようにしながら

 わたしたちは布団のない掘り炬燵に脚を入れました。



「お茶でいいですか?」

「よろしく」



 わたしは用意されていたポットから茶葉を入れた急須にお湯を入れました。

 そして湯飲みにお茶を注いでからシバヤマさんに差し出します。



「ありがと」



 短く礼を言って、さっそくお茶に手を伸ばすシバヤマさん。




 ずずず・・・・・



「あつっ!」


「・・・・・猫舌ですか?」


「ああ、ちょっとね」












 わたしは自分用の湯飲みにお茶を注いで炬燵の上に置きました。



「さてと、ところで話って?」



 シバヤマさんに促されて、わたしは口を開きました。



「この間は、叩いてしまってごめんなさい」



 そういって、わたしは頭を下げました。



「あの時は今回のことを何も知らなかったもので、あんなことをしてしまいました。

 本当にごめんなさい」





 ぽろろ〜〜〜ん♪


 一度ウクレレを鳴らしてから、イズミさんは退室していきました。

 どうやら、あの人なりに察してくれたようです。



「別にいいさ。あの場合だったら怒るのは当然なんだろう。

 俺はどうも君たちと感覚がズレているから、勝手がわからなくてな。

 むしろ怒らせてしまった俺が謝るべきだろ。ごめん」


「・・・・・いえ、とんでもないです」



 そういって、わたしはお茶に口をつけました。



「で、話ってこれだけか?」


「いいえ。本題は終わりましたが、一つお願いがあります」


「なに?」


「実はハンニバルのことなんですが―――――」






























「はい、ブリッジです。あ、ルリちゃん。え、艦長?

 うん、ちょっとまってね」



 わたしはインカムを外して上でゲームをしている艦長を呼んだ。



「艦長、ルリちゃんから通信は言ってますよぉ」


「ほえ? うん、メグちゃんまわして」


「はい」



 艦長がゲームをセーブしたのを確認してからわたしは艦長の前にウインドウを開いた。



「どうしたの、ルリちゃん?」


『ユリカさん、わたしちょっとユーチャリスに行ってきます』


「ありゃりゃ、急だねぇ。

 でもどうやって行くの? ヒナギクはもう1機あるけどルリちゃん操縦できるの?」


『いいえ、シバヤマさんのオシリスで行きます』


「えっ、今一緒にいるの?」


『はい。てゆーか、もうオシリスに乗ってます』


「へ?」



 艦長がウインドウの画像のアングルを変えた瞬間―――――



「のええええぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」



「どうしたんですか!?」



 わたしも同じウインドウを開いて・・・・・そして、絶句しました。



「し、シバヤマさん・・・・・ロリコンだったんですか?」


『違う!!!

 オシリスのコックピットが狭いからだ!』



 でも、だからってなんでルリちゃんが膝の上に乗っているんですか!

 その状況を見たら誰だってロリコンって思いますよ。



「る、ルリちゃん。大丈夫?

 嫌だったらハッキリ言ってね。ユリカがなんとしてでも守ってあげるから!」


『ユリカさん、なんのことですか?』



 わたしと艦長が思っている心配を他所に、ルリちゃんはいつもの表情を保っていた。



『おい、大丈夫ってどういうことだよ』


「あなたは黙っていてください!

 ルリちゃん、ユーチャリスに行ってどうするの?」


『オモイカネとハンニバルの仲を取り持ってきます』


「取り持つ?」


『はい。どうも、ハンニバルの軽いノリがオモイカネには合わないみたいなので。

 そのあたりをハンニバルと話し合ってきます』



 ルリちゃんの言葉に艦長はカクンカクンと首を縦に振って応えた。



『しばらくしたら戻ってきますので、何かあったら連絡をください。

 それじゃ』



 プツゥン―――――


 ブリッジに2人しかいないわたしと艦長はお互いに困った顔をしました。



「大丈夫かなぁ?」


「大丈夫だよ。多分・・・・・」


























 ユーチャリスに着艦したわたしたちを待っていたカツミさんの一言。



「―――――ロリコン」



















 ユーチャリスに来ることによって禁煙令が解禁されたシバヤマさんは喫煙所で煙草を吸っていた。

 でも、口から煙草の煙とは別のなにかが出ているような気がするのは気のせいでしょうか?

 なぜかシバヤマさんの身体が霞んで見えてしまいました。



「・・・・・今日は厄日だ」



 茫然自失といったところでしょうか。














「ほっといてあげて。しばらくしたら復活するから」


「あはは・・・」



 カツミさんの容赦ない言葉に相槌代わりのカラ笑いをしながら、わたしたちはブリッジに向かった。



「カツミさん、ちょっとだけお話いいですか?」


「ん」



 否定とも肯定とも取れない口調だったが、わたしはかまわず話し続けた。



「あなたも、マシンチャイルドなんですよね?」


「いまでもチャイルドって言葉を使うかどうかはわからないけど」



 確かにカツミさんは十分成長した女性だ。

 前にも思ったが、チャイルドという言葉はふさわしくないかもしれない。



「でしたら、マシンアダルトとしておきますか」


「それはイヤ」


「わたしも大人になってからそう呼ばれたくないですね」



 ―――――いけませんね、会話が止まってしまいました。

 尋ねたいことがあるけれど、それを中々切り出せない。

 もしかしたら、カツミさんを傷つけてしまうかもしれないから。

 でも、そんなわたしにカツミさんが助け舟を出してくれました。



「聞きたいんでしょ、これまでのわたしを」


「はい」



 そう、わたしが聞きたいのはこの人の過去。

 わたしと違って、ずっとネルガルに身を置いている歴史。

 わたしが歩んでもおかしくなかった人生を知りたい。



「でも、中途半端で悪いんだけど、わたし15歳以前の記憶がないの」


「え?」


「なんかの副作用だとおもう。

 それでそれ以前の話は記録に残っているだけの話だけどいい?」



 15歳以前の記憶がない。

 わたしが今14歳。

 要するにわたしが今まで生きていた以上の思い出とかが全てないのだ。

 少しだけ、いままでの人生のことをなかったこと考えると背筋に寒気が走った。

 そんなわたしの様子を横目に見ながら、カツミさんは言葉を続けた。



「記録では、わたしは生まれてからずっと人体実験と特殊訓練をする被験者でした。おわり」



 正面を向いたまま、黒いスーツに身を包んでいる女性は話してくれた。

 思っていたよりも短く、そして思ったとおりの人生だった。



「詳しく話したほうがいい?」


「いえ、結構です」



 わたしはカツミさんの顔を見ることが出来ませんでした。



「続き、聞く?」


「お願いします」


「15歳のときに、わたしは研究所の外にはじめて出た。

 そしてリョウジと組むことになった。

 その前からリョウジはネルガルの会長直属のプライベートシークレットサービスにいたの。

 先代の会長だけどね」



 何の感情も篭っていないような口調だった。

 これが十分にカツミさんの歩んできた人生を物語っているようにも思えました。



「彼も被験者だったの」


「!?」


「マシンチャイルドではないわ。

 彼の場合は肉体そのもの、特に筋力を強化されているの。

 興味があったら身体を見せてもらえば?

 あまり目立たなくはしているけど、傷痕とか結構あるから。

 大丈夫、リョウジが嫌がったらわたしがどうにかするから」


「いえ、それは遠慮させてもらいます」



 丁重に断ったけど、ちょっと考えてしまいました。

 そういうカツミさんはいつもシバヤマさんの身体を見ているのでしょうか?

 ・・・・・・・・・・だめですね、刺激が強すぎます。わたし、少女ですから。



「どうかしたの?」



 顔を真っ赤にしたわたしを見て、カツミさんが声をかけてきました。



「いえ、なんでもありません」


「そう。ちょっと脱線したから話を戻すわ。

 リョウジと出会ってからのわたしは彼のオペレーターとして活動していた。

 テストパイロットとそのオペレーター。

 クリムゾンとかの他企業の研究室の潜入はもちろん、連合軍にも潜入したこともある。

 時には暗殺だってしたことがある。

 例を言えば、テンカワ博士夫妻の暗殺とかね」


「え!?」



 それはテンカワさんのご両親のこと。

 お2人が暗殺されたっていうのは知っているし、それが当時のネルガルの上層部の実行したことだとも知っていた。

 でも、実行犯は知ることはなかった。

 それを、突然―――――



「もっとも、これをやったのはリョウジの単独。わたしと組む前の話。

 でも、もしそれがわたしと組んでいるときでも躊躇わないと思う。

 わたしたちに人殺しに対する良心の呵責なんてないの。

 命令されたから殺しただけ。

 あなたたちには不快かもしれないけど、わたしたちはそうやって生きてきたの」


「そんなことをっ」


「軽蔑した?」


「・・・・・・・・・・わかりません」



 この話をテンカワさんが知ったらどう思うだろうか?

 テンカワさんがネルガルのことを嫌う気持ちの根底にあるのは間違いなくご両親を殺されたこと。

 シバヤマさんがその実行犯だと知ったら、フクベ提督の過去を知ったときのように怒るでしょうね、きっと。



「でも、そんな生活は木連のおかげで終わった。

 戦争がはじまって、わたしたちには別の仕事が入ったの」


「別の仕事、ですか?」


「未来の話を聞いて不思議に思わなかった?

 火星の後継者の暗部、北辰の編笠部隊。

 元々、草壁春樹中将の部下として生きていた彼らがなぜ木連のために生きていた草壁のために戦争の矢面に姿を現さなかったか」



 指摘されて、初めて気がつきました。

 たしかにあんな連中が先の戦争でナデシコの前に現れたら、わたしたちは倒すことが出来たでしょうか?

 見た映像はリョーコさんたちが六連六機を落とすところと、その前のテンカワさんがブラックサレナ一機で敵七機と戦う所だけです。

 でも、それだけでも彼らの強さは充分に分かります。

 だからこそ、オシリスの建造の理由も納得しましたし、力が必要なのもわかりました。



「戦争中の北辰たちの任務はネルガルへの潜入だったの。

 火星の極冠遺跡の利権争い相手であるネルガルを知る必要が木連、草壁にはある。

 でも、そんなことを許すわけにはいかない。

 だからわたしたちがそれを阻止していたの」


「あんな連中を、たった2人でですか?」


「そう。もし、彼らの存在がなかったらリョウジをパイロットとして戦場に出したかったんだと思う。

 ネルガルが保有する当時最強の戦艦と当時最強のパイロット。

 今はユーチャリスもあるし、未来から来たテンカワさんがいるから、どっちが最強かはわからないけど。

 もし、それが出来たのであればネルガルにとっては絶大な宣伝にもなるだろうし、今のような和平ではなく遺跡を完全に手中に収めていたかも。

 でも結果、わたしたちは北辰たちと同じで歴史の表舞台に立つことはなかった」


「そうだったんですか」



 わたしでさえ知らない事実だった。

 でも当然かもしれない。

 これだけ重要なことであればカツミさんが直接隠すだろう。

 いくらわたしでも知らないことを調べることは出来ないし、それにオペレーターとしての経験はカツミさんのほうが圧倒的に上だ。

 おそらく、電子戦をしても勝てるかどうか。

 でもそんな人たちが歴史の裏で戦っていた。

 誰にも知られず、影のように。

 カツミさんとシバヤマさんの基本色とも言える黒い服は、そういう意味も含まれているのだろう。



「戦後は、いつもの生活に逆戻り。

 で、今に至る」


「ありがとうございます」



 今のわたしにはそれだけしか言えなかった。

 わたしの人生なんか比較にならないくらい、暗い話だった。

 ある程度は予想していましたけど、実際に聞くとやはり堪えます。

 もしわたしだったら耐えられそうにありません。

 カツミさんの人生に比べたら、わたしの人生は本当に幸せです。ナデシコに乗ってからは特に。



「あなたも苦労したんでしょ?」


「カツミさんほどではありません」


「わたしのことは気にしなくていい。

 もうすぐ、終わるから」


「どういうことです?」



 でも、わたしの質問には答えてくれませんでした。





















 エレベータに乗り、黙ったままブリッジに向かっていたカツミさんがわたしに尋ねました。



「ところで、わたしとリョウジのことも聞きたかった?」


「それはまたの機会ということで」














次回予告(テンカワ=アキト口調)


あの時の俺は復讐鬼だった。
それでも、俺のことを慕ってくれた仲間がいた。

今では唯一となった戦友に、俺は別れを告げる。

二日酔いでお腹がゴロゴロしている作者が送る次回、機動戦艦ナデシコ OVERTURN The prince of darkness
『インターバル』また会おうな。


こんちは、きーちゃんです!

はい、二日酔いでございます。
しかも、昨夜は一人で飲んでいました。
そこぉ! さみしいヤツだなんていうなぁ!!!

いやぁ、このあたりに住んでいる知り合いに、酒に強いヤツがいないんですよぉ!
飲み会とかやっても、全然飲まないし。
せっかくの飲み放題でジュースを頼む野郎ども・・・・・おれっちには信じられましぇ〜ん。

貧乏人のおれっちにはすきっ腹にウイスキーを流し込んで安くで酔うのが一番だ!!
ああ、心まで貧しくなりそう・・・・・(涙)

それでは、またお会いしましょう♪

では!!!

 

BGM:TAK MATSUMOTO featuring 宇徳敬子『時に愛は』

 

 

管理人の感想

きーちゃんさんからの投稿です。

はい、私も飲めない口ですw

飲み放題でもウーロン茶を頼む野郎ですw

と、この手の話は置いといて。

リョウジは煤けてるし、テンカワ夫妻とラピスの出番は無しの回でした(苦笑)

その分、ルリとカツミの会話が面白かったのですが。

 

・・・ハンニバルは自分を殺してまで、オモイカネと和解が出来るのか?(爆)