機動戦艦ナデシコ  OVERTURN The prince of darkness

第十八話『お酒はおいしく、たのしくね』












「前もって断っておくけれど、わたしたちネルガルサイドは今のあなたたちをそれほど信用していないわ」



 ソファーを勧められ、座ったフレサンジュ博士は開口一番にこう言い放った。



「まっ、かたい話は後にして。

 とりあえず、一杯どう?」


「スコッチがあるならもらうわ」



 俺が隣に座るカツミを見ると、カツミは首をかしげながら立ち上がった。



「たしか、あったとはおもうけど」



 カツミが棚を漁るのを見ながら、俺は自分のグラスに口をつけた。



「とりあえず、先に2人の正確なデータを出してもらえるから?」


「それはかまわんよ。

 ハンニバル」



 フレサンジュ博士の本来の目的であるテンカワ夫妻の身体データを表示させる。


 フレサンジュ博士がそれに読みふけっている間に、スコッチを見つけたカツミがグラスについでフレサンジュ博士の前に差し出した。



「どうぞ」


「ありがと」



 ウインドウから目をそらすことなく短く答えたフレサンジュ博士はグラスに口をつけた。



「結構高いのを飲んでいるのね」


「嗜好品には妥協しないタチでね」



 俺は煙草を口に咥え、火をつけた。

 そして戻ってきたカツミと一緒に黙ってグラスを傾けた。

 その間、フレサンジュ博士は固い表情でウインドウのデータを見つめている。

 その数字と専門用語の羅列は俺には理解できないが、カツミの話で大体は理解している。

 万全な医療設備の中で過ごせば一年、ただの日常生活を過ごせば短く、さらに戦闘行為などを続ければそれ以上に短く―――――

 だからといって、あの2人がおとなしくしているとは思えない。

 文字通り、命を掛けて自分たちの目的を果たそうとしている。

 それが本人の希望である以上、俺は特に何も言うことはない。

 せいぜい、邪魔にならなければいいと思うだけだ。



「―――――滅茶苦茶ね」



 データを見ていたフレサンジュ博士がポツリと零した。



「本当に非人道的な人体実験だったみたいね。

 ネルガルも人のことは言えないけど、酷すぎるわ」



 フレサンジュ博士には責任はないが、元被験者である俺たちの前でよく言えるもんだ。

 とはいえ、それだけテンカワ夫妻のことが気がかりだったのだろう。

 俺たちは表情を変えることなく、フレサンジュ博士を見ていた。



「思い上がりだったわね。

 彼らのためになにか手助けができないかと思ったけど、これではどうしようもないわ」



 フレサンジュ博士は自分のグラスを取り、そのまま煽った。



「で、この結果を他のクルーに教えるのか?」


「まさか。ただでさえそんなに長くないってことはみんな知っているのに。

 人の寿命なんて軽はずみに知るものじゃないわ」


「賢明だな」



 俺は咥えていた煙草を灰皿でもみ消した。



「まぁ、今の段階ではあいつらのことはどうしようもないんだ。

 あいつらの好きにやらせておいていいだろ。

 ほっとけばいい」


「冷たい言い方ね」



 キッと俺を睨むフレサンジュ博士。



「だったらどうする。

 今すぐネルガルの研究室に放り込むか?

 せめて短い人生を楽しんでもらうために、静かに暮らしてもらうか?

 同情なんてのは、同じ立場の人間に気を掛けてもらって初めて成立する感情なんだよ。

 哀れみと履き違えてんじゃねぇよ」



 駄目だな、俺はイライラしているみたいだ。

 フレサンジュ博士の目がキツくなっているのがわかる。



「わたしもリョウジの意見に賛成」



 カツミの援護射撃にフレサンジュ博士の視線は俺からカツミに移った。

 でも、そこで感情的になって反論しないだけフレサンジュ博士が人間として出来ていると思う。



「この時代を生きているわたしたちには同情する資格は無い。

 もっとも、わたしたちは同情も哀れみもしていない。

 ただ、お互いの目的を達成するために助け合っているだけ。

 だから必要以上に干渉するつもりも無い」


「そうね。たしかにわたしたちは甘いと思うわ。

 でも、それをあなたたちが言うようには思わない。

 どう言われ様とも、わたしたちには仲間意識があるから仲間が気になるの」


「価値観の違い」


「そうかもしれないわね」



 カツミとフレサンジュ博士が同時にため息をつく。

 それを見ながら俺は空になった自分とカツミのグラスにウイスキーを注いだ。



「で、フレサンジュ博士。

 これで用事は終わりかな?」



 用意してるサラミをつまみながら、俺はグラス片手にフレサンジュ博士を見た。

 正直、こういう会話はあまり好きじゃない。

 人の価値観なんてそう簡単に変えられるものじゃない。

 そして、俺は人と価値観がずれているのを自覚している。

 俺とカツミは価値観のズレがほとんど一緒だから一緒にいられるのだ。



「いいえ、もうひとつあるわ」



 フレサンジュ博士は空になったグラスに手酌でスコッチを注いだ。



「最初にイネスさんが言っていたこと?」


「そう、わたしたちはあなたたちがいったいなにを考えているのかわからないの。

 あ、氷はあるかしら?」



 俺は立ち上がって冷蔵庫のある食堂のキッチンに向かった。

 備え付けの冷蔵庫の氷は在庫切れだ。

 その俺をカツミが黙って睨む。

 カツミには悪いが、この会話はカツミに任せよう。


















 逃げたわね、リョウジ。

 わたしはちょっとアブナイ目で部屋を出てゆくリョウジの後姿を見た。



「逃げられたみたいね」

「うん。あとからお仕置きするだけ」

「仲いいわね、あなたたち」



 クスクスと笑うイネスさんを見ながら、わたしはグラスを額につけた。

 ひんやりとした感じが額に広がる。



「一緒にいるのが楽なだけ」


「うらやましいわね、そういうの」


「いないの、そういう人?」


「昔いたわ、わたしが小さかった頃にだけど」



 イネスさんは一瞬だけ寂しそうな顔をしたがすぐにキッとした表情に戻り、話を戻した。



「それで、いったいあなたたちは何を考えているのかしら?

 普段のあなたたちなら、今回のような作戦はふたりでやってきていたでしょ?

 たしかに今回の相手は大規模だし、木連の暗部の連中もいる。

 それでも、他の人たちと手を組んで行動するというのはちょっと納得いかないの」


「でしょうね。

 もし普段通りの命令なら、多少のリスクは覚悟しても被験者の一人か二人を助け出す。

 ついでにデータを適当に持ち帰ってくれば世論は動かせる。

 被験者も特に重体の人間を連れ帰ればさらに世間の目を引けるわね」


「だったら、今回はどうしてここまで大きな作戦にしたの?」



 そう、ナデシコクルーまで巻き込んでこの作戦を行おうと発案したのはわたしたちだった。

 ナデシコのレポートを読んでみると、ほとんどのクルーは参加すると思っていた。

 一癖も二癖もある人ばかりだけど、情には厚いと思ったから。

 だからわたしたちはクルーを集めてあの説明会を行った。



「さっき、普段通りの命令と言ったわよね。

 だったら今回の命令は普段とは違うの?

 少なくとも、こっちのアカツキ君は命令を出していないはずだけど」


「その通り。あなたたちに見せた映像以外に、わたしたちは命令を受け取っている。

 未来の会長から、直接ね」


「未来のアカツキ君の命令なんてアリなの?」


「どうかな。でも命令書もサインも正規のものだし、断る理由がない」


「それ、見せてくれる?」



 わたしはちょっと躊躇った。

 いくらネルガルの中枢に立つ一人であるイネス=フレサンジュとはいえ、気軽に命令書を見せていいのだろうか?

 グラスを傾けながら悩んでいると、ドアの開く音がしてそれからリョウジが入ってきた。



「ハンニバル、だしてやれ」



 氷をテーブルに置きながら、リョウジがハンニバルに命令をだした。

 まるで、今までの会話を盗み聞きしていたかのように。



「聞いてたのね?」


「テストのついでだ」


「テスト?」


「ああ、音声だけで映像は出なかった。

 万事OK、問題なしだ」



 映像カメラを壊した理由を知っているからこそ、わたしはテーブルの上にあるサラミを一枚掴んでリョウジに投げつけた。



『ホント。艦長、なんでカメラを壊したんですか?』


「AIが知る必要はない」


『それって差別ですよぉぉぉ』


「ガタガタ言うな、プライベートな問題だ」


『ううっ、こうなったらストライキだ!!

 命令書なんか出しませんよ。私を怒らせたら怖いんですからね!!』


「ふふふ、たしかにカメラが生きているといろいろと困るかもね」



 どうやらイネスさんが感づいたらしく、グラスに氷を入れながら笑みを浮かべた。

 いくらなんでも恥ずかしく、わたしは下を向きながらグラスを傾けた。



『ど〜ですか艦長、これなら少しは教える気に―――――』



 ガンッ! ガンッ! 

             ガシガシガシガシッッッ!!



 派手な音のしたほうを見ると、リョウジが壁をおもいっきり蹴飛ばしていた。



『ううっ、痛い!

 暴力反対ですよ、艦長〜〜〜(;△;)』


「さっさと出せ!

 だいたい、痛覚なんてあるのか?」



 リョウジの暴挙に屈したハンニバルはウインドウを表示した。

 しっかし、優秀なAIね。



 リョウジが私の隣に戻り、煙草に火をつけている間にイネスさんは命令書を読み終えていた。



「分かっていると思うが、読んだ内容は公言しないでいただきたい」


「わかっているわ。

 しかし、これはまた単純な命令書ね。

 ナデシコクルーと共闘し、火星の後継者を掃討せよ。

 未来のアカツキ君はなにを考えているのかしら?」


「でも、命令は下った。

 だからこんな手間の掛かることをしている。

 こんな文がなければ俺たちも気楽にやれたはずさ」


「で、こんな作戦を立てたってわけね。

 目的はこの報酬の欄かしら?」



 イネスさんが指でその文をマーキングする。

 そう、今回の命令には特別報酬が記載されている。

 それはわたしたちが内心で熱望していること。



 ―――――――――それは、わたしたちのこの世界からの引退の承認。



「わたしたちは生まれてからずっと自由がなかった。

 それどころか戸籍もなにもない、それで得をするのは税金を払わなくて済むことだけ。

 でも、この任務が終わればわたしたちはネルガルから解放される」


「もし、こんな報酬がなければ未来からの命令なんか無視する。

 別に俺たちはテンカワのように血に飢えた殺人鬼でも復讐鬼でもない。

 俺は二十四年間、カツミは二十一年間ネルガルに縛られていたんだ、もういいだろ

 俺たちだって普通の暮らしってのをしたいんだ」



 テンカワさんのところで眉をピクリと動かしたものの、イネスさんは軽く頷いた。



「失礼かもしれないけど、意外ね。

 あなたたちが普通の生活がしたいだなんて」


「あなたたちから見ればそうかもしれない。

 でも、わたしたちから見ればあなたたちはわたしたちが持っていない全てを持っている。

 わたしたちが持っているのは人から与えられた力だけ。

 それがどれだけ空虚なものか、わかる?」



 イネスさんは少し寂しそうに首を横に振った。



「だからわたしたちはなにをしてでも、なにを利用してでもこの任務を達成する。

 だれにも邪魔をさせない」


「もし、ネルガルがこの命令書を無効としたらどうするつもり?」


「ネルガルを滅ぼすだけだ。

 俺たちはそれだけの力をネルガルから与えられた」



 暫しの沈黙が流れ、そしてイネスさんは自分のグラスのスコッチを一気に飲み干した。



「納得したわ。

 この事は誰にも言わないし、あなたたちのする事には干渉しないわ。

 わたしも自由に生きる権利は誰にでもあると思うから」


「ありがと」



 わたしは軽く頭をさげた。



「でも、本当に意外だわ。

 ヒサイシさんはともかく、シバヤマさんまでそんな事を考えていたなんてね。

 いつも仕事のときにしか会わないからかもしれないけど、固そうなイメージしかないもの」


「職業病でね、コートを着ると頭の中のスイッチが切り替わるんだ。

 だからそんなイメージになるんだろ」



 クスクスと笑うイネスさんに憮然とした表情のままコートを脱ぎながらリョウジが答えた。



「引退したら、こんなコートなんかさっさと燃やしてしまうさ」


「でも、リョウジは捨てないと思う」


「あら、それはどうしてかしら?」


「リョウジ、意外と貧乏性だから」



 グラスを手に持ちながら、わたしはイネスさんに教えた。



「たとえば、さっき吸ってた煙草だってフィルターギリギリまで吸ってるし。

 一緒に食事に行った店にマッチがあると持って帰るし。

 そう、食事といえばわたしがライスを食べた後にお皿に残っている米粒を食べたりする。

 もったいないって言って」



 ゴンッ! と鈍い音を立てて、リョウジはテーブルに沈んだ。



「あら、なんかイメージが崩れそうな私生活ね。

 でも興味深いわ、他にはないの?」



 瞳を輝かせながらイネスさんが身を乗り出してきた。



「あ、あのカツミさん? 俺のイメージを損ねるような発言はちょっと―――――」


「さっき、逃げたのに?」


「そうよ。これは正当なお仕置きだわ」


『同感です、艦長が悪いんです。この、極悪人!』



 ハンニバルまで参戦してきて、わたしの味方をした。

 哀れな敗者は引きつった表情で固まり、そして灰になって霧散した。

 ご愁傷様。



『それでカツミさん、ほかに艦長の話ってないんですか?』


「どんなことが聞きたい?」


「プライベートな彼の話がいいわね。

 本当に謎だもの、彼って」


「そうね、、、、、たとえば、休暇中に煙草の自動販売機に自分の吸う銘柄の煙草がなかったら怒って蹴飛ばすし。

 興味本位で街にあるUFOキャッチャーで一万つぎ込んでなにも取れなかったこともあるし。

 酔っている時に、電車の踏み切りで待つのが嫌とか言って無理やり横断しようとして特急に轢かれそうになったり。

 他には―――――」








 わたしの話を聞いている間、イネスさんとハンニバルは笑い続けていた。

 灰になったリョウジは還らない。

 でも自業自得だからわたしは気にしない。















 作戦決行日まで、後一週間――――――――――























次回予告(ミスマル=ユリカ・・・・・口調?)


ええっ? ユリカぁ、今回は君の番なのになんで僕に押し付けるのさぁ。
ん、なんでも緊急事態が発生したから女性クルーは集合、なんだよそれ〜?

なになに、それは次回で分かるって? じゃま、それまで待つよ。

漫画『美味しんぼ』を読みながらお腹をすかす作者が送る、機動戦艦ナデシコ OVERTURN The prince of darkness
『あの日見た夢の続きを』を、みんなで見てね☆


こんちは、きーちゃんです!


う〜〜〜む、なんか今回の話は不完全燃焼ですねぇ
もしかしらた、訂正版をだすかもしれません。そのときは勘弁してください!

さてさて、ついに吉野家の牛丼『通称:吉牛!(なぜ大字?)が販売休止になりました。
嗚呼、しばらくは『大盛ツユダク、あとタマゴ』って言えないんですよね!(涙)
まぁ、しっかりと販売停止前日に食べに行きましたが(^▽^;
一日でも早い復活を切に願いますッ!!!

それでも、またお会いしましょう

では!!!


BGM:TVサッカー 日本vsイラクで流れた『国歌 君が代』

 

管理人の感想

きーちゃんさんからの投稿です。

・・・自業自得とはいえ、哀れだなリョウジ。

話的にはリョウジ達の明確な目的が語られた回です。

それにしても、やはり未来のアキト達は助かりそうにないんですねぇ