その艦は、地球のと回遊してきた水惑星の最大接近する中間地点に仁王立ちしていた。
 地球の引力に引かれ、水惑星から離れた水が、地球に降り注ぐ。大気圏に突入してもなお蒸発しきらない大量の水が雨となって降り注ぐ。

 今はまだそれだけだ。大雨で済む。問題はこれからだ。水惑星アクエリアスと地球が最大接近した時、地球の引力に引かれて大量の水が柱となって襲い掛かってくる。それが地球に流れ込めば、海面は十数m以上上昇し、ヒマラヤなどの高山を含めて地球は水没してしまう。
 かつて、宇宙の彼方の星ガミラスから侵略を受けた際に建造された地下都市も、地下にあるという性質上それだけの水の重みに耐えられるのか、疑問視されている。地下数キロという深さの都市は、それだけでも地上の地殻の重みを加えられているのだ。そこに海面が10m以上も上昇するような大量の水の重みが加わって、天井が崩落しないとも限らないのだ。そして、万が一隔壁が損傷しようものなら後は水圧で崩壊し、あっという間に水没してしまうだろう。



 地球の目の前で降り注ぐ水をその身に受けつつ揺ぎ無くそこにある艦。まるで水上艦艇がそのまま宇宙に浮かんでいるような珍しい形状をした宇宙戦艦だ。船体には弾痕が点在し、砲塔の砲身は熱で曲がり役目を果たせなくなっている。喫水線以下は赤く彩られているが底の塗装は剥げ、艦底部で唯一と言っていい巨大な建造物はもげ落ちていないのが不思議なほどに陥没し、捩れている。傷だらけですぐにでもドックに運んで徹底的な修理を施した方が良さそうな艦ではあるが、まるで衰えた素振りを見せず、水惑星と地球の最接近点の中間で仁王立ちしている。艦尾と艦首のみならず、姿勢制御ロケットを全て噴射してその場に身を固定する。大量に降り注ぐ水で姿勢をわずかに崩しながらもすぐに修正し、その場にあり続ける。何しろ降り注ぐ水の塊はその艦の司令塔にも匹敵する大きさなのだ。しかも宇宙空間に放り出された影響で氷へと変化しながら地球へ降り注ごうとしているのだ。並みの宇宙戦艦ではその場にあり続けることは出来ないだろう。

 だが、この艦はあり続ける。自らに課せられた使命を果たすべく。



 その名はヤマト。

 宇宙戦艦ヤマト。

 ガミラスの侵略の際に建造された人類の希望の艦。そして、幾度と無く人類の危機に立ち上がり、その危機を救ってきた地球防衛軍の象徴である。

 今はヤマトは、初代にして最後の艦長である沖田十三ただ一人を乗せて、地球を救うためにその命を燃やし尽くそうとしていた。




 数時間前。




 「艦長、お願いがあります」

 宇宙戦艦ヤマト戦闘班長の古代進は艦長室に居る沖田を訪ねていた。

 「アクエリアスに着水し、重水を汲み上げてヤマトに積み込みたいのです」

 古代は額に汗を滲ませながら言い切った。それが何を意味するのか、わからぬ沖田ではないだろう。

 「許可、願えないでしょうか」

 古代は沈黙を守る沖田にさらに言い募った。

 「……目的は」

 唐突に沖田が口を開いた。艦長室の椅子に座ったまま、古代に背を向けたまま。古代は押し黙ってしまった。目的など1つしかない。だが、それを口に出すのは憚れる。

 「目的も説明されずに許可出来ると思うかね」

 ようやく古代を振り向いた沖田がそう言った。沖田の言う通りだ、目的の説明も無く許可出来ることなどでない。重水は核物質。そんなものをヤマトに積み込むのは大きなリスクを伴う。いつ何時放射線が漏れるかも知れず、ちょっとしたことで爆発の危険性すら孕んでいるのだ。

 「結果が証明する。ということではいけませんか」

 古代は同様を決して顔に出さぬまま、そうはぐらかした。言えない。どうしても口に出して言えない。これしか地球を救う術は無いとは言え、この方法は、このヤマトを――。

 「古代」

 沖田は再び前を向いて言葉を紡いだ。

 「お前は平気でこのヤマトを爆破させられるのか」

 古代は沖田の言葉に息を呑んだ。まさか、まさか沖田も自分と同じ考えだったというのか。

 「艦長、私と同じ考えを……!」

 それは問いというよりは確認に等しかった。うむ、と沖田は頷いた。

 「ただ、乗組員の同様を押さえ一糸乱れずに作業を行うにはどうしたらいいか、考えあぐねていた」

 沖田の言葉を聞いた古代は、沈痛な面持ちで、

 「私も、この手でヤマトを爆破するなど、とても……っ!!」

 古代はそこで堪えきれずに俯いてしまった。だが、決して涙は見せず、そしてそのまま崩れることなく言葉を続けた。

 「しかし、それだけが地球を救う方法なら」

 震える肩を無言で見つめる沖田。古代はゆっくりと面を上げ、

 「艦長」

 と言った。それは、ヤマトを愛するがゆえの、地球を愛するがゆえの悲しい決断だった。ヤマトを爆破するなど、したくは無い。ヤマトは大事な戦友だ。幾多の苦難を共に乗り越え、地球を――ひいては宇宙の平和を護るという共通の目的の下長年戦ってきた大切な友。例え戦艦という無機物であっても、それは人間の友に感じる情と何ら遜色が無い。

 だが、ここで情に溺れて地球が滅んでしまっては、ヤマトの今までの苦労が水の泡になってしまう。そして例えその身を砕く結果となっても、地球を救うことこそが、ヤマトの役目であり望みなのだと、古代は考えていた。

 そして、そんな古代を見つめていた沖田が唐突に笑った。それは部下の成長を喜ぶ上司の、いや、息子の成長を喜ぶ父親の笑い方だった。

 「大きくなったな古代! ――お前のおかげで私も決心がついたよ」

 やはり、沖田も迷っていたのだ。沖田が今の宇宙戦艦ヤマトと共に過ごした時間は古代よりも少ないだろう。だが、今の形に改装される前、まだ改造の中途だった頃から関わりを持ち、最初の航海で艦長として指揮を取り往復29万8千光年の旅を潜り抜け、そして今また指揮を取ることになった、このヤマトを愛する気持ちは変わらない。いや、乗組員の全員がこのヤマトという艦を心から愛している。ヤマトを爆破するということを認める乗員が果たしているだろうか。だが、ヤマトの使命である人類救済を果たすためにはこれ以外に術が無いのだ。そして、息子同然に思ってきた古代もまた、同じ結論に達したのだ。もう迷いは無い。ならば自分に出来ることは、このヤマトを正しく導いてやることだけだと、沖田は心に決めていた。

 「だがな古代」

 沖田は静かに言った。

 「誰が波動砲の引き金を引くんだ?」

 そう言われて古代ははっとした。そうだ、ヤマトを自爆させるには波動砲のエネルギーを逆流させて内部でトリチウムを起爆させてその相乗効果で大爆発させる必要がある。それには波動砲の回路を全て閉鎖し、砲口を塞いでしまえばいい。本来発射口から解き放たれるエネルギーは行き場を失って暴走し、結果としてヤマトを砕くだろう。だが、今回はただ自爆すれば言いというわけではない。

 「この作業は、微妙なタイミングが必要だ」

 沖田は額に汗を滲ませながら言った。

 「自動制御では失敗の恐れがある」

 ヤマトは時代錯誤とでも言うべき艦だ。過去の侵略により人員が大幅に減ってしまった地球防衛軍はその戦力のほとんどを無人艦隊に依存していた時期もあった。その時期は最終的には有人艦を無人艦の補佐にするという結論が下されるまでに自動制御に依存していた。これはヤマトの勝利がメカニズムの素晴らしさにあると誤解した上層部の方策であった。一度はヤマトですら高度な自動化を施された艦にされそうになったことからもその熱意が伺える。
 だが、ヤマトから人の温かみを、血の通わぬ兵器にしてしまう事に猛反発した乗組員も多い。その後、宇宙の彼方から送信された謎のメッセージの謎を解明するために司令部の命令を無視した乗組員の行動により辛くもそれを逃れたという経緯すらある。

 その後、血肉の通ったヤマトの力を上層部が認めた結果、ヤマトにそのような改造が施されることは無くなり、有人艦の象徴とでも言うべき艦になった。

 その後ヤマトは幾度と無く改装され、最新鋭艦にも引けを取らない性能を維持しながら今まで来た。だが、ここに来てそれがとうとう足かせとなってしまった。

 自動制御機構は最小限、外部からのコントロールも難しい。人の血肉によってその性能を存分に発揮した宇宙戦艦ヤマトの問題点がここに来て最大の枷となってしまった。

 「艦長! それは勿論、戦闘班長の私が」

 古代の言葉に沖田は重々しく振り向いた。その顔は、認めないと言っていた。

 「お前がヤマトに残るのか?」

 「はい」

 「雪はどうするんだ。お前が死んでしまって、雪が1人で残ってしまってもあの子に幸せは無い」

 沖田の言葉に古代は自分が大切な者を忘れていることに気づかされた。そうだ、今までずっと傍で支えてくれた最愛の人、森雪。彼女を残して死んでしまうわけには。

 「雪を幸せにしてくれと言った、島の言葉を忘れたのか?」

 島大介。この戦いの中で逝ってしまった、古代の親友だ。彼は最後に言った、雪を幸せにしなかったら承知しないぞ、と。自分は、親友の願いすら裏切りかけていたということに、古代は打ちのめされそうだった。

 「古代! この仕事はわしがやる!」

 椅子に座り、古代に背を向け窓の外に移るアクエリアスを見据えながら沖田は告げた。

 「そ、そんな!」

 古代が驚いたように沖田に駆け寄る。父のように慕ってきた沖田。彼は死してなお、古代の心の中で大きなウェイトを占めていた。生きていてくれて嬉しかった。それなのに、今また別れを告げようとしている。

 「お前にはまだ、戦いが残っている」

 「戦い……」

 「雪を愛し、2人の子供を作ることだよ」

 沖田の言葉に古代は驚いた。それが、自分に残された戦いなのか。

 「愛する人と身も心も結びついて幸せにすることが、大勢の人の幸せにする事にも繋がって、本当に素晴らしい世の中が出来る。それこそが大事な戦いなのだ」

 古代は沖田の言葉を噛み締めるように聞き、俯いた。確かに、それも大事な戦いだ。だが、沖田を死なせることをそう簡単には認められない。沖田も自分にとって大切な人なのだ。

 「古代! 私に任せろ」

 悩める古代を叱りつける様に沖田が言った。

 「し、しかし――艦長!」

 なおも承服出来ずに沖田に言葉をかけようとするが、言葉が出てこない。

 「私はヤマトの艦長だ。艦長は船と運命を共にする権利がある。――それに私にはヤマトしか残っていない」

 沖田の言葉にその決意の強さを知った古代はもう何も言えなかった。

 「お前の仕事は他の乗組員を説得することだ」

 沖田は言った。

 「いいな?」

 古代は静かに頷いた。これ以上、沖田に重荷を背負わせることは出来ない。生き残るものとして、他の乗組員を説得する。それが、人生という戦いを続けることを決意した古代の勤めであった。



 「我々の奮闘も空しく、アクエリアスはいよいよ後9時間後に地球の至近距離を通過する。
 しかし、地球の人類の明日のために絶対に、水没を防がねばならない。

 故に、最後の手段としてこれよりヤマトにトリチウムを積み込み、地球付近で待機し、最後の自動制御でヤマトを発進させ、アクエリアスから地球へ水柱が伸びるその途中の地点で波動エネルギーとトリチウムを融合させて爆発、水柱を断ち切る」

 そこまで言って、沖田は舷側大展望室に集まった乗組員一人一人の顔を見て回るかのように首を巡らせる。そして、最後の言葉を発した。

 「ヤマトはそこで自沈する」

 アクエリアスは太陽系に突入した影響で天候が荒れ、まるで嵐に見舞われているようだった。そしてそれは、沖田の宣言を聞いた乗組員全員の心境を表しているかのようだった。

 「諸君はその前に駆逐艦冬月が到着次第、ヤマトを退艦し、それぞれの新たな人生に向かって歩み出して貰いたい」

 沖田は心から乗組員の未来が明るいものであることを願った。自分はヤマトと共に逝く。地球に、そして地球の人々に乗組員達の未来を託して。
 防衛軍の藤堂長官はかつてヤマトの乗組員を沖田の子供達と形容したことがある。それはあながち間違った表現ではなかったのだろう。沖田はヤマトを、そして部下達を子供のように大事にしていた。沖田は自分だけでは戦えないことを知っている。乗組員が一丸となって1つの目的に万進した時の力を知っている。だからこそ、厳しくも暖かく、父親のように乗組員を大事にしてきた。そういう沖田の想いを知っているからこそ、乗組員もまた沖田のことを心から信頼し、ついていくのだろう。



 残された乗組員達は全員呆然と沖田の言葉を反芻していた。

 ヤマトを消滅させる――

 このヤマトを――

 通信班長の相原義一と、コスモタイガー隊の隊長加藤四郎がそれぞれの思いを言葉に乗せ、沖田に追いすがろうとする。

 「やめろ! 艦長命令に従うんだ」

 それを止めたのは古代だった。

 「古代さん! あんた、あんな命令を承服出来るのか!?」

 相原が古代に掴みかかってくる。最初の航海から共に戦ってきた戦友が面と向かって掴みかかってくる事など、殆どない。その相原に同調するかのように、乗組員が口々に騒ぎ始める。
 古代は、腹に力を込めて叫んだ。

 「出来る!!」

 古代の言葉は、最後の拠り所と縋りかけていた乗組員を突き放した。
 かつては艦長とまでなった男が、誰よりもヤマトを愛しているであろう男が、ヤマトを消滅させる命令を承服した。その事実が、乗組員達を打ちのめしていた。

 「皆、良く聞いてくれ」

 古代は乗組員に、そして、自分自身に言い聞かせるように語り始めた。

 「誰がこのヤマトを好き好んで爆破したいなどと思うか」

 共に地球の危機を救ってきた戦友、ヤマト。乗組員の誰もが、この戦艦を愛していた。共に戦い、同じ使命の下苦難を乗り越えてきた戦友を、どうして殺すことが出来ようか。

 「誰だって、ヤマトを失いたくない! 沖田艦長だって、俺だって! ……俺が……!」

 古代は涙を抑えられなかった。何時も心の中にあったヤマト。ヤマトと一緒なら、どんな苦難だって乗り越えられる、きっと人類を救える。そう思っていた。離れていても、古代の心には何時もヤマトがあった。ヤマトと、共に戦う戦友達、そして死んでいった戦友達の姿が。古代の青春は、このヤマトと共にあったと言ってもいい。青春の象徴であり、そして、今の自分を作った大切な存在。それを、思い出の存在にしてしまうのは、あまりにも辛い。だが!

 「だけど、だけど爆破しなきゃいけないんだ! それで地球が救えるんならな!」

 古代の言葉は、乗組員達の胸を打った。ヤマトも大事だ、だが地球も大事なのだ。ここに居る全員が、地球の平和と、そこに暮らす家族や友人や恋人のために戦っている。ヤマトが失いたくない戦友なら、地球は失いたくない故郷であり家なのだ。今まではどちらも失わなかった。だが、今はどちらかしか選べない。
 古代はなお、涙声で訴える。ヤマトの、ヤマトの使命を想って。

 「俺達は、自分達の幸せの事ばかり考えてやしないか? ヤマトの幸せを考えた事があるか。――ヤマトはな、地球を救い、人類に未来を拓くために九州坊ヶ崎の海底から蘇ってきた艦だ。最後までそうさせてやるのが、ヤマトの幸せじゃないのか」

 全員が涙した。そうだ、ヤマトの使命、存在理由は地球人類の救済なのだ。その使命を果たせず、おめおめと生きながらえたところで、ヤマトにも、そして自分達にとっても幸せはないではないか。その事実に、涙を流す以外に何も出来なかった。









 そして、乗組員達はそれぞれの思いを胸に秘め、最後の作業を着々と進めていった。

 宇宙戦艦ヤマトに、最後の勤めを果たさせるために。

 アクエリアスを飛び立ったヤマトはディンギルの残党に囲まれ、危機に陥った。だが、辛くも危機を脱していたガルマン・ガミラス帝国の総統――デスラーの救援のおかげで危機を脱し、合流した冬月に乗組員を託した。乗組員は別れを惜しむように手すりを撫で、重い足取りで次々と艦を後にしていく。かつて父親が機関長を務めていた徳川太助は、写真に写った父に、機関室を見せるかのように写真立てを掲げてから艦を後にした。乗組員を乗せた救命艇が次々とヤマトを離れていく。コスモタイガーの面々は愛機に乗り、ヤマトの周囲を飛び回っている。

 そこで沖田は古代と雪の2人に別れを告げていた。

 「古代、雪。良い子を産むんだぞ。お前達の子供だ。きっと可愛いだろうな。わしにとっては孫のように思えるよ」

 「艦長――!」

 雪が声を上げると、それを留めるかのように古代が言った。

 「古代進、森雪の両名。波動砲、回路の切り替えに参ります」

 沖田は頷くと、2人をそっと抱きしめて、最後の別れを告げた。もう、生きて会うことはない。今生の別れなのだ。

 波動砲の制御室に向かう途中、我慢しきれなくなった雪がとうとう泣き出してしまう。古代は出来るだけ冷静な声で言った。

 「泣くんじゃない、雪。あの人を見送るまでは」

 古代と雪は、制御室で待ち構えていた技師長真田志郎と共に波動砲を内部爆破に切り替えると、ヤマトを後にした。ヤマトとも、沖田とも、これが最後の別れ。
 古代の手にはまだ、波動砲を回路切り替えレバーの感触が残っている。最後の作業を遂げたのはこの手だ。この手で、ヤマトを爆破する最終作業を終えた。

 冬月に到着すると、冬月の艦長水谷が出迎えてくれた。

 「沖田艦長は?」

 降りたメンバーの中に沖田が居ないことに気づいた艦長はその所在を尋ねる。救命艇のハッチは、すでに閉じている。他に誰かが乗っている様子は無い。そして、古代の表情が全てを告げていた。

 「そうですか……」

 それだけで事情を察した水谷は発進命令を下した。



 ヤマトの乗組員は全員展望室に集まり、徐々に遠ざかっていくヤマトの姿を見送っている。だが、別れの辛さに俯き、嗚咽を漏らす者と、最後まで見送ろうと視線を逸らすことなく、瞬きさえ惜しんでその姿を見送る者と、その姿は様々だ。古代、雪、真田、艦医佐渡酒造が展望室に足を踏み入れた。最後までヤマトに残っていたメンバーだ。その時、ヤマトに敬礼を送って艦を離れようとしたコスモタイガーの加藤が、第一艦橋の窓の奥に沖田の姿を見つけた。

 「こちらコスモタイガー加藤!! コスモタイガー加藤!! 第一艦橋に、沖田艦長が残っておられます!!」

 泣き声に近い声で加藤は通信機に叫んだ。その言葉は展望室に集まっていたヤマトの乗組員の耳にも届いていた。

 「冬月を止めろ! 沖田艦長をお連れするんだ!」

 機関長の山崎奨が普段の冷静さも捨てて叫び声をあげる。

 「冬月を止めてくれえぇ!」

 戦闘班副班長の南部康雄が同調して訴える。ヤマトだけでも辛いのに、さらに沖田艦長まで失ってしまう。恐慌状態に陥りかけた乗組員達を静めたのは、古代と雪だった。

 言葉を発したわけでも、静止したわけでもない。



 ただ、展望室の窓からヤマトを見守っているだけだ。何も言わず、敬礼をしながら静かにヤマトの後姿を見送っているだけだ。ただそれだけのことが乗組員を静めたのだった。
 真田と佐渡も2人の隣に並び、同じように敬礼をしながらヤマトを見送る。他の乗組員達も嗚咽を漏らしながら敬礼でヤマトを見送る。

 古代は徐々に小さくなっていくヤマトの後姿を見つめながら目に涙を溜めていた。

 (おとうさん……)

 心の中で沖田にそう呼びかける。涙がぶわっと溢れ出し、頬を伝って流れ落ちる。涙で不鮮明になった視界の写るヤマトの姿は酷くぼやけていた。だが、古代は溢れる涙を拭うことなく敬礼を続ける。

 父であり兄であり、そして友であったヤマト。尊敬し、離れていても何時も自分を支えてくれた父親のような艦長沖田十三。今自分は、肉親のそれとは違う父親を2人も同時に失おうとしている。だが古代は涙を流し、嗚咽は漏らしても決して取り乱しはしなかった。2人の最後を見届けるまでは、決して目を逸らさないと心に決めていたからだ。

 (おとうさん……ヤマト……!)

 古代は胸の中で、再び沖田を、ヤマトを呼んだ。









 (地球よ、あの子達のことを頼みます。――ヤマトよ、地球の為に死んでいった、戦士達の許へ行こう)

 沖田は1人、艦長席に座って瞑目した。そしてヤマトは地球とアクエリアスの最接近点。その中間地点に到着した。



 アクエリアスから水滴(と形容するには少々大きすぎるが)ではなく巨大な水柱が立ち上がる。これを防ぐことが出来なければ、地球人類に未来は無い。

 「発射10秒前……9……8……7……6……5……4……」

 カウントを始める。沖田は汗で滲んだ手で波動砲の発射装置を握り直し、ターゲットスコープの中央に位置するアクエリアスと、その水柱を睨む。そして、無言の3カウントが過ぎた。

 「発射あぁぁぁぁああああっ!!!」

 叫んでトリガーを引いた。波動砲のエネルギーは発射口から発せられることなく艦内で暴走し、その船体を中央から砕いた。同時に、艦内各所に注水したトリチウムが波動エネルギーに反応して起爆、巨大な爆発を生み出した。

 沖田はその衝撃と閃光の中で成功を祈りつつ、意識を手放した。

 だが波動エネルギーとトリチウムの反応は予期せぬ自体を招いた。波動エネルギーがタキオン粒子を利用したエネルギーであることが作用したのか、はてはただ巨大なエネルギー反応が集中した空間がワープ航法のように歪められてしまったのかはわからない。

 だが、ヤマトの船体の半ばほどで起こった爆発によって次元断層が生まれてしまった。ヤマトも爆発のエネルギーも、そしてアクエリアスの水柱さえもその次元断層に飲み込まれていく。その次元断層が存在出来たのは本当に短い間だけだった。だが、ヤマトの爆発による衝撃波はそれとは無関係に水柱を吹き飛ばし、次元断層に飲み込まれなかった大部分の水柱を見事に砕き、そのエネルギーを持って消滅、あるいは地球の引力圏から弾き飛ばし、残った水も自然と地球と月との重力の釣り合ったポイントに溜まり、もう地球に降り注ぐことは無い。

 かくして、宇宙戦艦ヤマトの最後の任務は完遂され、地球人類は暫しの平穏を手に入れることが出来た。過去の放射能汚染や太陽の核融合異常増進によって失われた大量の水資源も適度に補充され、今度こそ地球はかつての美しさを取り戻したのであった。



 宇宙戦艦ヤマトは残骸も見つからず、爆発で消滅したと伝えられた。また、ヤマトの名は真に地球防衛軍の象徴として、その時代での最強の――そして希望を託された艦の名前として、後世に伝わっていくことになる。

 そして、18代宇宙戦艦YAMATOが銀河100年戦争という地球人同士の戦いの最中、銀河最大の謎と呼ばれる古代宇宙人ゴーダ文明の謎を解明すべく、竜座銀河へと旅立っていったが、それは別の物語である。









 西暦2201年。

 地球は強大な敵、白色彗星帝国との最終決戦を迎えていた。敵の前衛艦隊を打ち倒すことに成功した地球防衛艦隊であったが、直後に現れた中性子の渦を巻く彗星本体には自慢の拡散波動砲も通用せず、あっという間に蹂躙され事実上壊滅した。
 宇宙戦艦ヤマトと艦隊旗艦アンドロメダは、超巨大質量のワープアウト衝撃によって弾き飛ばされ、辛くも難を逃れた。

 しかし、修理を終え地球へと急ぐヤマトとアンドロメダの前に、宿敵デスラー総統が現れた。

 熾烈極まる激戦の末ヤマトはデスラー総統を倒した。生身で相対し、友情のようなものを芽生えさせた戦闘班長古代進とデスラー総統であったが、自らの死期を悟ったデスラーは白色彗星攻略のヒントを残して自ら命を絶った。



 「彗星の渦の中心核を狙え」



 ヤマトとアンドロメダは、デスラー総統の言葉を頼りに彗星の渦の中心核に向かって、最大出力の高収束型に改造した波動砲を撃ち込み、彗星帝国を葬ったかに思えた。



 中性子の渦を解かれ、まるで月の上半分に高層ビルの立ち並ぶ都市が置き換わったかのような物体こそ、彗星帝国の真の姿であった。



 「全艦戦闘配置! 砲雷撃戦用意! 艦載機隊は直ちに発進! 要塞都市への攻撃を開始せよ!」

 ことを成し遂げたと喜び気が緩んでいた乗組員を叱咤し、ヤマト艦長テンカワ・ユリカが叫ぶ。すでに波動砲は使えない。デスラー総統との戦いで損傷し、主要箇所であるストライカーボルトが緩み、一発しか使えなくなっていたからだ。そして、その一発はすでに使ってしまった。応急処置でどうにかなるような壊れ方ではなかった。ボルトは波動砲発射の反動で完全に脱落し、周辺装置を破壊してしまっている。こうなってしまうと、ドック入りして装置を丸ごと取り換えるような作業が必要になる。資材すらも底を尽きかけているヤマトでは到底望めない有様だ。
 ヤマト艦首側最上甲板に装備された三連装46cm重力波砲塔が重々しく旋回し、砲身の仰角を上げる。

 「目標敵彗星都市部分! 艦首魚雷発射官開け!」

 戦闘班長古代進が戦闘指揮席から各砲座に伝令し、各々が狙いを定めて発射の指示を待つ。
 艦首6門の魚雷発射管が開放され、装填された弾頭が覗く。

 「艦首魚雷! 一番二番、撃て! 三番四番、撃て!」

 開放された発射管から魚雷が飛び出し、彗星帝国の都市部分に向かって飛翔する。
 すると、突然剥き出しの惑星表面と都市部の境目にあるリングが回転を始め、都市部分を覆うかのように白いガスを放出し始めた。それは、先程まで全体を包み隠し、全ての障害から身を守ってきたものと全く同一のものだ。

 魚雷は気流に巻き込まれ軌道を逸れ爆発した。

 「主砲一番二番準備良し! 副砲同時射撃用意良し!」

 砲術長を務めているアオイ・ジュンが各砲座からの報告を聞き、声高らかに報告する。

 「主砲、発射っ!」

 古代が指示を出し、ヤマトの主砲が唸りをあげる。両側の砲身から発射された後、一拍おいて真ん中の砲身から重力波が発射される。これは同時発射による弾道の狂いを防止するための措置だ。
 2基の主砲、同時に使用した副砲1基から放たれた重力波はガス帯に接触した瞬間弾かれて無力化される。ガス帯と強力な重力場の壁はヤマトが使用する重力波砲など全くものともしない。オーストラリア大陸ほどの大きさの浮遊大陸すら完全に消滅させ、惑星にも甚大なダメージを与えるはずの決戦兵器波動砲すらも無力化する恐ろしく強固な鎧だ。展開されたが最後、ヤマトにこれを破る術はない。隣で砲撃を行っているアンドロメダも同様だった。艦載機隊もガス帯に巻き込まれることを避けるためか急転回して離れていく。だが、ベルトに装備された対空砲火が次々と火を噴き、出鼻を挫かれた艦載機隊を痛めつけていく。先行していた機動兵器ストレリチアの肩の砲身が半ばから吹き飛びその機能を失う。これで対要塞攻撃装備として最も優秀な火器がひとつ失われてしまった。

 「攻撃中止! 全速で要塞下部へと降下、急いで!」

 突破は無理と判断したユリカが指示を出すのと要塞のリング部分から大型対艦ミサイルが放たれたのは殆ど同時だった。リングに備えられた砲門から一門おきに発射される大型ミサイルは回転ミサイルと呼ばれている。ヤマトの主砲塔にも匹敵する巨大なミサイルがヤマトを粉砕せんと飛来する。

 「迎撃! 各砲座撃て!」

 咄嗟に古代が迎撃を指示し、要塞を狙っていた砲身は次々とヤマトに向かってくるミサイルに向けられる。だが、重い砲身や砲塔がすぐに向けられるはずもなく、ミサイルは見る見る接近し、主砲が火を噴いた時には間近に迫っていた。至近距離で辛くも迎撃に成功したが、爆発の衝撃でヤマトは大きく姿勢を崩す。狙いの逸れた砲撃がミサイルの脇を抜け、一発ヤマトの右舷大展望室付近に命中する。
 分厚いヤマトの装甲が大きく抉り取られ、内部に爆風と金属片が注ぎ込まれ破壊される。爆発で第二砲塔のターレット部が吹き飛ぶ。構造物が引っかかり喪失は免れたものの横倒しになって第一主砲に激突、その動きを封じてしまった。ヤマトからの迎撃が弱くなった瞬間、次々とミサイルが到来し、一発二発とヤマトに命中する。艦首バルバスバウ付近に着弾、メインレーダーが機能を停止した。左舷側の艦首魚雷発射制御室が吹き飛び、使えなくなる。艦尾に被弾。右舷補助エンジンが停止する。左舷のマスト付近に命中。パルスレーザー高角砲群の一部が吹き飛び対空砲火がさらに減少する。その後も飛来するミサイルを操舵士であるハルカ・ミナトが懸命に操縦桿を操ってぎりぎりで回避する。近接信管を内蔵したミサイルはヤマトの真横でも炸裂し、レーダーアンテナやパルスレーザー砲を容赦なく痛めつけ、その機能を奪っていく。

 攻撃を中止して全速でヤマトに舞い戻った艦載機隊がミサイルの迎撃に加わり、ヤマトへの攻撃は徐々に沈静化していった。



 「そこは放っておけ! 補助電源を切るのが先よ!」

 機関長風舞華鈴が叫びながら損傷した波動モノポールエンジンを庇う。回転ミサイルの攻撃により機関室は火災に見舞われ、吹き付けたメタルジェットがエンジンを容赦なく傷つける。エンジンは艦の命、何としても守らなければならない。機関士と工作班の面々が必死の消火作業と補修作業をしている中、艦橋から降りて直接管理に来た華鈴は被害状況を確認しつつ壊れた部位を切り離して何とかエンジンの出力を保とうと足掻いていた。
 だが、痛んだエンジンは徐々にその回転を落とし、エネルギー発生量を低下させている。仮に機構が生きていたとしても、もう波動砲は撃てないだろう。もしチャージを始めれば傷んだエンジンは停止してしまう可能性がある。

 華鈴が指示を出しながら損傷箇所に駆け寄ろうとした時、装置が誘爆した。あっ言う間の出来事だった。細身の彼女の体は宙を舞い、破片が深く腹に食い込む。機関室の床に叩きつけられる痛みも遠く、意識も朦朧とした状態でも、彼女は懸命に制御盤にしがみ付き、スロットルを開きながら体を持ち上げ、通信装置を操作する。

 「え、エンジン……し、出力低下……。しかし、ヤマトの……き、機能に……影響、なし――」

 そこで彼女は力尽きた。通信機からミナトの叫びが発せられるが、彼女は答えない。スロットルを握った手はそのままに、彼女は崩れ落ちた。最後の最後までエンジンを守り、そして、散っていった。



 ヤマトの指示で共に降下したアンドロメダも被害は決して軽くは無かった。ミサイルが命中した瞬間ヤマトを上回る重装甲が抜かれ、黒煙を吹き上げる。火器に被害が出なかったのが奇跡としか言えない際どい損傷だった。両舷に巨大な破損孔を開け、黙々と煙を吹く様の痛々しいこと。
 それでもヤマトよりも高性能な迎撃装備がなければもっと被害は拡大していただろう。艦型や名前は変わっても、間違いなくヤマトの魂を受け継ぐ後継艦。その“根性”は凄まじく、ヤマトと共に虎視眈々と反撃の機会を窺っていた。



 「華鈴ちゃん? 華鈴ちゃん!?」

 ミナトが操舵席の通信機から機関室に呼びかけるが、一向に返事がない。聞こえてくるのは炎の燃え上がる音と、悲痛な叫び声だった。

 「第二砲塔大破、使用不能! 艦首魚雷発射管、2.4.6番大破! 左舷パルスレーザー高角砲、5.6.7番損傷! 艦長! このままではいずれやられてしまいます!」

 ジュンも武装の破損率に悲鳴を上げている。武装が使えなくなるだけでもありがたくなかったが、それ以上に乗組員の被害が凄まじい。このままでは武装が残っていても反撃するだけの余力が残らないことは明白だった。

 「艦首メインレーダー機能停止、索敵機能低下中!」

 レーダー長の森雪がレーダー関連の被害報告をする。

 都市要塞下部のクレーター部分からも大型の対空砲が現れ、ヤマトとアンドロメダを狙い撃ちしてくる。直上への攻撃装備の少ないヤマトとアンドロメダはすぐに反撃出来ず、傷を深めていく。ヤマトはすぐに艦橋後部の上方迎撃ミサイル――通称煙突ミサイルから反撃を開始するが、手数が少ない。砲塔が次々と被弾し、機能を停止していく。圧倒的な数の砲撃だ。まるで豪雨のようにヤマトとアンドロメダを痛めつけていく。アンドロメダからも上方迎撃ミサイルが発射され、対空砲への反撃を始めていたが、余りに数が違いすぎる上、ミサイルが迎撃されてしまい思うように反撃出来ずにいた。

 「第三砲塔小破! 中央の砲が使えなくなりました!」

 「右舷コスモレーダーに損傷! レーダー機能さらに低下!」

 「第二居住区画に火災発生! 工作班、消火作業に入れ!」

 工作班長のタカギ・ユリナが即座に指示を出す。

 砲撃と同時に敵の艦載機と艦船が出撃してくる。形勢は不利だった。

 「主砲発射準備、目標正面の敵艦隊。方位右20度、仰角4度!」

 古代が第一主砲室に向かって叫び、指令を受けた砲手が主砲の方位と仰角を修正していく。第二主砲も応急処置によって何とか正常位置に復旧していたが、まだ使用出来ない上、第二主砲の砲手は全滅していた。損傷しながらも機能している第一主砲が火を噴き、遠方で直撃を受けた大戦艦が轟沈する。
 射程に捕らえた第一副砲も射撃を開始し、敵の高速巡洋艦を撃破する。

 アンドロメダも負けじと砲撃を行い、ヤマト以上の速度で敵艦隊を撃破していくが、戦闘機と対空砲火の損害は決して軽いものではなく、徐々に攻撃の間隔が広がり、抵抗が弱くなっていく。

 ユリカは必死に頭を回転させ、この状況を打開する術を探す。波動砲を使えない以上、正面から粉砕することはもう不可能だ。恐らくアンドロメダも同じだろう。最初の一撃でエネルギーは殆ど底をついていたのだ。今こうして砲撃するのだってやっと。出力に余裕があるのなら、すでにディストーションアーマーがこうも容易く破られるはずがない。ビーム兵器でもディストーションフィールドを突破することは十分に可能とは言え、積層構造で展開しているヤマトの防御を撃ち抜くには相当な出力がいる。相手の出力はヤマトなど比較にならないほど高いだろうが出力が必ずしも砲塔に供給されているとは限らない。国土である以上その他施設への供給量も無視出来ないはず。元にビーム砲の出力は艦船搭載型とは大差ない威力だ。しかしこちらは出力が低下の一途で数も多い。ヤマトが万全の状態であっても被害の拡大は免れないだろう。

 「!――あの艦船と戦闘機は、何処から?」

 ユリカはふと気がついた。そうだ、内部から破壊すればいい。内部から進入して動力炉を破壊すればどんな要塞もただの物体になる。そうすれば、残された艦砲やミサイルでも十分この要塞を破壊出来るはずだ。だが、その進入口は恐らく一つ。

 「ユリナちゃん、敵の艦載機射出口を探って! 艦船じゃなくて艦載機の射出口を! メグちゃん、アンドロメダの沖田艦長にもそう伝えて!」

 「りょ、了解! 新米、良い!? 要塞の艦載機射出口を探るの! 急げ!」

 ユリナは第二艦橋で中央コンピュータールームで分析作業に当たっている新米俵太に向かって怒鳴りつける。艦橋からでは解析出来ない。中央コンピューター室にいる新米が頼りだ。自他共に認める片腕だ。きっと見つけてくれる。



 アンドロメダの沖田十三艦長も、同時期にユリカと同じ作戦を考えていた。

 「艦長、ヤマトから入電。敵の艦載機射出口の探索願です」

 通信士の相原義一が沖田に報告する。

 「わかっておる。南部、敵艦隊を近づけるな! 使用可能な全武装を駆使して何としてでも距離をとれ!」

 「はっ!」

 戦闘班長の南部康雄が威勢良く返事をし、艦砲制御室とミサイル制御室に攻撃目標の座標を正確に伝え、誤差の修正を指示する。

 「真田君、君は中央コンピュータールームで射出口の位置を探れ!」

 「はっ!」

 技師長の真田四郎が命令を受け艦橋を飛び出していく。彼はヤマト開発プロジェクトにも参加した優秀な技術者だ。アンドロメダを単なる進歩した科学の塊にしないよう尽力を尽くし、乗員削減を狙った軍上層部を押し切ってヤマトと同様の制御方式を採用させたのも彼だった。

 「大田! 針路変更面舵20! 降下角5! 第三戦速!」

 「はい! 面舵20、降下角5度! 第三戦速へ移行します」

 航海班長の大田健二郎が沖田の指示にしたがって舵を操作する。

 (果たして、突入作戦が成功したとして、我々に余力が残るだろうか?)

 例えヤマトが突入作戦を成功させたとしても、アンドロメダが拡散波動砲を使うだけの余力を残せなければ意味が無い。内部から完全に破壊するのはおそらく無理だ。そうとなれば、とどめの一撃が必要になる。そのためには何としても、アンドロメダを維持しなくては。

 沖田は焦燥感に駆られながら指示を飛ばすのだった。



 「頼むからデータが出るまではここに命中しないでくれよ……!」

 ヤマトの中央コンピュータールームで新米は都市要塞のスキャンデータをコンピュータ解析にかけ、射出口の位置を割り出そうと計器を操作していた。

 「おっと」

 と、すぐ傍に吊ってある小さな鏡を覗き込み、ポケットから取り出した櫛で髪型を整える。

 「どんな時でも身だしなみ。死んだおばあちゃんの遺言だ」

 と、コンピューターがピピッと解析終了を知らせる。新米はメガネの位置を直しながらディスプレイを覗き込みデータを読む。ディスプレイには射出口の位置を示す座標が表示されていた。

 「やった! わかったぞ!」

 と喜び通信機に手を伸ばした時、とうとう中央コンピューター室に被弾した。爆発でコンピューターが吹き飛び、破片と爆風が新米の体を揉みくちゃにして吹き飛ばす。無様に床に転がり這いつくばった。それでも新米は激痛を我慢して身を起こし、手短な通信機に向かって手を伸ばし、第一艦橋に繋げる。

 「わ、わかりましたタカギさん。仰角40度。ヤマトより2時の方向に、射出口が……。うわあああぁぁぁぁっ!!」

 報告を終えようとしたとき、再び至近弾がコンピューター室を襲う。新米の隣にあった操作盤が爆発し、血だるまになって吹き飛ばされる。

 「新米、新米? 新米! 新米ぃぃ〜〜〜〜〜〜!!」

 通信機からユリナの悲痛な叫びが流れてくる。

 だが新米は動かない。近くに割れてフレームの歪んだメガネが転がり、広がっていく血の海にゆっくりと浸っていく。





 「くうぅぅっ……!」

 大切な部下を失った悲しみに俯くユリナを、艦橋のクルーは沈痛な面持ちで見ることしか出来なかった。
 反逆者の汚名を着てでも飛び出そうと決意した時、偶々居合わせ、自分達に同調してついてきてくれた新米。雪の密航が発覚するまで勤めたレーダー員としてはドジばかりで役に立たず、いらいらさせもしたが技術班でその才能を開花させ、幾多もヤマトの危機を救ってきた功労者。今となってはそのドジも微笑ましい笑い話になりかけていたというのに。それなのに。

 「あれか!?」

 古代が艦橋の窓から射出口らしきものを視認した。戦闘機が出撃するたびにカメラのレンズシャッターのように開閉している。

 「艦長! あそこから内部に突入して動力炉を叩くんですね?」

 「そうよ。恐らくそれ以外に都市要塞を倒す方法はないわ。でも……」

 ユリカの言葉は歯切れが悪かった。古代は不審に思って尋ねる。

 「でも、何です?」

 「恐らく入ったが最後、生きては戻れない……」

 敵の懐に飛び込む以上、それ相応の覚悟が必要だ。ましてこれは、特攻以外の何ものでもない。おそらく突入した部隊が爆破に成功しても、全滅は必死だ。本当ならストレリチアのツインブラストキャノンを撃ちこみたい所だが、それで破壊出来る保障も無ければ肝心のツインブラストキャノンがすでに破壊されている。予備の砲身に交換している余裕も無い。こうなると、内部に工作兵を送り込んで爆破する以外に活路は無いだろう。故に、犠牲は避けられない。

 「覚悟はしています。それに、死を恐れては前に進めません。我々は、命を懸けて地球人類の明日を切り開くという役割があります。我々は死ににいくわけではありません。生きるために行くんです! 行かせて下さい! 艦長!」

 「古代君――。わかったよ。古代君! 速やかに突撃部隊を編成して突入を開始! 艦載機隊には一時旗艦命令を!」

 「はい!」

 「わかりました! 艦載機隊は一時帰艦せよ! 繰り返す、一時帰艦せよ!」

 通信長のメグミ・レイナードはすぐに艦載機全てに命令を伝える。幸いなことに、損傷は見られるが撃墜されたものは誰一人としていない。人型と航空機的な形の違いが、決定的な要因だったに違いない。人型以上に旋回速度に優れた航空戦力はない。最高速度で劣るが、運動性能という面では四肢の恩赦は計り知れない。複雑なメカニズムで一見すると非効率的な形だが、それゆえに得られる利点であった。

 ストレイチアとブローディアを初めとするガンダムとエステバリスが全てヤマトの格納庫に帰艦し、突入部隊を収納するコンテナの取り付け作業に入った。補給や応急修理をする時間はない。そんなことをしてる間にヤマトは撃沈されてしまう。

 「第一砲塔中波! 応急処置を急げ!」

 「第五装甲板大破!」

 「第13パルスレーザー高角砲被弾!」

 「艦尾魚雷発射室火災発生!」

 次々と被害報告が入り、ヤマトがもう長くないことを告げている。一刻の猶予もない。恐らく内部に部隊が侵入すればヤマトやアンドロメダに構っている暇はないはずだ。そこで攻勢が弱まることを期待しつつ、応急処置で何処まで持ち直せるかが鍵になる。

 古代が戦闘指揮席を立ち空間騎兵隊に召集をかけようとした時、第一艦橋を至近弾が襲った。

 「きゃあっ!!」

 レーダー席のコンソールパネルが爆発し、破片が雪を襲う。

 「雪!」

 慌てて駆け寄る古代。恋人の安否を確かめるべく身を屈め、ほっそりとした体を抱き起こす。

 「だ、大丈夫よ古代君。破片が掠めただけ」

 右腕から出血していたがたいした怪我ではない。かすり傷はあるが命に関わるような傷はないようだ。

 「良かった」

 ほっとして雪を抱えたまま立ち上がり立たせる。

 「古代君。必ず帰ってきてね」

 「ああ。必ず帰ってくる」

 古代は一度雪を抱きしめると艦橋から飛び出していった。






 格納庫にはすでに決死隊として選抜された面々が揃っていた。艦載機隊の面々に、第11番惑星で救出した空間騎兵隊の面々が輸送用コンテナに入り込む。それを持って敵の懐に飛び込むことになる。

 「急いで取り付けろ! ストレイチアとブローディアのストライカーパックに装備するんだ!」

 空間騎兵隊の面々を運ぶコンテナはストレリチアとブローディアの装備するインフィニットストライカーに装備される。元々こういう輸送を想定したハードポイントを複数備えているのが幸いした。だが、どうしても重量が増し自衛力も低下する。それを他のエステバリスがカバーする必要がある。

 「今回は俺も行くぞ、テンカワ、相乗りさせてくれ」

 そう言うとウリバタケがどっこらしょとブローディアのコックピットに入ってきた。

 「セイヤさん!? 危険です! 生きて帰ってこれないかもしれないんですよ!?」

 アキトが慌てて制止しようとする。確か、もうすぐ3人目の子供が生まれるはずだ。父親を亡くすことがどれほど悲しいのか、アキトは身に染みていた。

 「だから行くんだよ」

 ウリバタケはアキトの制止を掻い潜ってコックピットに体を固定する。

 「俺が行かなきゃ、何処を壊せばいいのかわからねえだろ? それによ、例えここに残ってたって死ぬかもしれない、どうせ死ぬなら、確実に連中を叩き潰せる死に方をしてえんだよ。俺の子供に、明るい未来をプレゼントするためにな……」

 ウリバタケはそう言うとニカッと笑って見せた。その笑顔を見て、アキトはもう止められないことを悟った。

 「しっかり……しっかり掴まってて下さいよ!」

 「おう! 絶対に辿り着けよ! テンカワ!」



 カタパルトに接続されたストレリチアに同乗した古代が、出撃の号令をかける。

 艦底部の艦載機発着口からエステバリスが飛び出し、左側のカタパルトを使用してブローディアが打ち出される。

 「行くぞ、進」

 「はい!」

 古代に声をかけ、アスマは操縦桿を捻りフットペダルを踏み込む。
 凄まじいGが体にかかり、それに比例した速度でストレリチアがヤマトから離れる。

 アンドロメダが使用可能な艦砲を使用して突入予定の艦載機射出口に向けて発砲し、ハッチを粉々に吹き飛ばす。ヤマトの艦砲は、その殆どが機能不良を起こして使用出来なくなっていた。

 ストレリチアを戦闘にヤマトの艦載機隊が猛烈な勢いで進撃する。目指すはアンドロメダが破壊した射出口。そこに突入して白兵戦を仕掛ける。
 こちらの目的に気づいた敵の迎撃機が編隊を組んで襲い掛かる。重量過多で機動力の落ちているガンダム2機を庇うようにエステバリスが前面に展開し、手持ちのライフルを発射して突入路を確保していく。
 部隊はそのまま都市要塞に接近し、排水溝のような溝の中を突き進む。これなら対空砲火も最小限で済む。だが、行動を極端に制限されるため回避行動は難しい。ガンダム2機を挟むように展開したエステバリスが前後から襲い掛かる敵機を撃破し、ガンダムが直上から襲い掛かる敵機に向かって攻撃を続ける。目的の射出口まであと少しというところで、通路を塞いでいた敵が先頭のエステバリスに激突した。

 「リョーコちゃん!!」

 アキトが叫ぶのとエステバリスが上昇するのは同時だった。味方を巻き込まないように隊列から逸れたのだ。煙を吹きながら制御不能に陥った機体が錐揉みしながら都市帝国の壁面に激突する。アサルトピットが射出された形跡は無い。即死だったはずだ。

 「くそっ!」

 リョーコの犠牲の基、艦載機隊は何とか射出口に突入した。長いパイプ上の通路を越え、抜けた先にあったのは広い球状の空間だった。すでに人口重力が働いているらしく、機体の挙動が重くなる。そこに配備されていた迎撃戦闘機が猛然と襲い掛かり、ガンダムとエステバリスも負けじと全火器を総動員して反撃する。

 「テンカワ! あそこが滑走路だ!」

 「了解!!」

 ウリバタケがモニターを示す。示した先にあるのはおそらく迎撃戦闘機用の滑走路だろう。人口重力が働いているのなら、初期加速用の滑走路は不可欠なはず。そこを占拠すれば迎撃戦闘機は出撃している分だけになる。

 アキトはブローディアを駆って滑走路に飛び込み、両足を踏ん張らせて強引にブレーキをかける。滑走路が火花を散らし、タイルが剥がれる。滑走路の終わりの部分から大量のビームが浴びせられる。ブローディアは翼を盾にして突っ込みながら肩のマシンキャノンを発射して対空砲を攻撃する。余り大型の火器を使用すると通路が崩れて突入出来なくなってしまう。そういう意味では一方的に不利だった。誰かが帰りの手段を確保しないと、ガンダムやエステバリスは残らず破壊されてしまうだろう。

 「アスマ! 帰りの手段は俺が確保する。皆で突入してくれ!!」

 「了解! 死ぬなよ!」

 後続の機体が次々と強行着陸を終え、パイロットが飛び出し、空間騎兵隊もコンテナから躍り出てもう反撃を開始する。

 『アキト兄! 思ったよりも対空砲の威力が高い、このままじゃブローディアだって長くは持たないよ!?』

 「わかってる。だけど俺がやらなきゃ誰がやるんだよ! ブローディアが一番タフなんだ」

 ブローディアの目の前にガイの登場するカイザーガンガーが着陸し、即席のバリケードになる。

 「ガイ!?」

 「へっ! これなら俺達が帰ってくるまで持つだろ? どうせ全員が帰れるわけねえ。それにブローディアさえ残ればコンテナ2つ抱えて飛べるだろ? 俺達の機体を盾にしやがれ!」

 「そうだ! 癪だがアルフォンスも盾にしていい! だが、盾にするからにはしっかりと生き残れよな!!」

 アスマまでもがアキトに向かって叫んでくる。自身はパーフェクトゼクターを片手に帝国兵士を次々と射抜き、奥へと進撃していく。

 「俺も行くぞ! 護衛しろよ!!」

 ウリバタケがコックピットから飛び出し、年齢を感じさせぬ敏捷さで突入部隊と合流する。ハッチを閉めようとした時、偶然飛び込んだ敵弾がアキトの腹を撃つ。

 「ぐあっ!?」

 猛烈な痛みに悶えながら、救急ボックスを取り出して応急処置を試みる。

 『アキト兄、内臓にダメージが……!? すぐにちゃんとした治療しないと死んじゃうよ!』

 「……ぐ、ふっ。……だけど、ここで逃げ出すわけにはいかないよな。ディア、デスリミットなら、どれくらい持つ?」

 『え? デスリミットなら、後先考えなかったら手持ちので2時間は持つと思うけど、そんなことしたら確実に助からないよ!!』

 「それでいい。俺が死んでも、ユリカがきっちりとかたをつけてくれるさ」

 アキトは死を確信し、後のことを妻に託すことに決めた。どうせ許されぬことを散々しでかしてきたんだ。誰かのために死ねるのなら本望だ。しかし、それでも心残りは多い。
 (ユリカ。俺がいなくなっても、強く生きてくれるか? カズト、まだ生まれたばかりの可愛い息子。駄目な父親でごめんな)

 アキトは心の中で家族に問いかけ、謝罪し、止血を終えた後、自分の体にデスリミットと呼ばれる薬剤を投与した。これは、一時的に瀕死の状態であっても強引に人を生かすための薬剤だ。薬剤といっても一種のナノマシンで、脳さえ無事なら強引に手足を動かす事も出来るし、心臓が止まっていても何とか生きていられる。だが、それも一時的なものだし何より体に重大なダメージを与えてしまう。これを投与するということは、死を覚悟して最後に何をやる時だけだ。

 「さあ、俺が死ぬ前に戻って来いよ」






 アスマと古代はウリバタケを守りつつ、必死に動力炉を目指していた。

 「よし。ここを右だな」

 手に持ったエネルギーカウンターとパイプの流れを見て、ウリバタケが道案内をする。彼無しでは、動力炉に辿り着くことすら出来ないだろう。その彼を、天井から自動砲台が狙っていた。誰よりも早く気がついたヒカルが飛び出し、ウリバタケを突き飛ばす。

 「危ない!!」

 自動砲台から放たれた光線は彼女の胸を貫き、絶命させる。

 「ヒカルさん!」

 古代とアスマが同時に自動砲台を撃ち抜き破壊する。だが、遅かった。もう少し早く気づいていれば、犠牲者を出さずに済んだ。

 後ろ髪を曳かれる思いをしながらヒカルの亡骸をそのままに、全員が動力炉目指して進撃する。
 そして、唐突に開けた部屋に遭遇した。

 「まずいな。ここを抜ける必要があるぞ……」

 苦々しげにウリバタケが言う。間違いなく待ち伏せをされている。隠し切れない殺気がプンプン漂ってくる。特に敏感なアスマは迂回路を探すことを提案した。

 「駄目だ。ここを通らないとパイプの流れを追いきれない。下手な迂回はいたずらに時間と人死にを増やすだけだ。それに、あんまり悠長にしてるとテンカワの野郎が……」

 「強行突破……しかないか」

 アスマは覚悟を決めてパーフェクトゼクターを構えなおす。古代もアサルトライフルを抱え、エネルギー残量を確認する。ガイもイズミも、空間騎兵の斎藤始も同様に武器の確認をする。

 「いくぞ!」

 言うなり先手必勝、ハイパーキャノンの粒子ビームで遮蔽物を吹き飛ばす。陰に隠れていた帝国兵士が数人吹き飛ばされ、転がり出てくる。

 「走れ!」

 誰かが叫ぶ。一丸となって部屋に突入し、手当たり次第撃ちまくって進む。イズミが敵弾に倒れ、もんどりうって倒れこむが、誰も庇おうとせずに突き進む。庇ったらその瞬間に死が決定する。今は動力炉を破壊することが全てだ。
 誰もがそう自分に言い聞かせて通路を全力で駆け抜ける。1人、また1人と脱落者が相次ぐ。敵陣を突破した時には、人数は最初の三分の一にまで減っていた。

 「よし、良い具合に先に進めそうだぞ」

 ウリバタケは慎重にルートを選び、全員を誘導していく。悲しみに浸っている暇は無かった。今は悲しみをばねにひたすら前に進む以外に方法が無いのである。



 その後も自動砲台や待ち伏せなどの妨害に合い次々ととうとう残ったのは古代とウリバタケとアスマとガイと斎藤だけになった。

 「ここが機関室だ……!」

 ウリバタケがドアの前で断言する。エネルギーカウンターの数値、パイプの集まり具合、全ての状況が断言させるに相応しいものだった。

 「よし! 任せろ!!」

 斎藤が胸のポケットから手榴弾を取り出し、安全ピンを抜いてドアに投げつける。全員が体を伏せて爆風をやり過ごす。

 粉砕されたドアを抜けた先に、巨大な動力が唸りを上げていた。

 「これが動力炉か……!? なんつう大きさだ!」

 斎藤がたまげたと言わんばかりに動力炉を見上げる。

 「こいつを爆破すれば、彗星帝国はお終いだ」

 ウリバタケが覚悟を決めたようにバックパックを下ろし、中の爆弾を確認する。

 「よし、後はこれを制御装置に設置するだけだ」

 改めてバックパックを背負い、駆け出す準備を整える。

 「先行するぞ」

 アスマがパーフェクトゼクターを構えて駆け出す。が、通路から一歩踏み出した瞬間大量の銃撃が行く手を遮る。

 「わたっ! わたたたたっ!」

 慌てて元来た道を戻り飛び込むように物陰に隠れる。

 「これじゃ近づけない。どうすれば……」

 古代が唇をかむ。この銃撃の中ではとても生きて辿り着けないだろう。

 『ボソンジャンプも無理です。動力炉の電波干渉の影響か、とても人間を飛ばせるだけのフィールドを安定させられません。パーフェクトゼクターの起動がやっとで、マキシマムハイパーサイクロンも無理です』

 それは、行ったが最後帰ってこれないと言うことを意味する。それは当初の予定を覆すものだった。本当ならボソンジャンプで滑走路まで退避してから起爆するつもりだった。だが、これでは退避も出来ないし、出来たとしても起爆装置の電波が妨害されて起爆出来ないだろう。誰かが残る必要がある。しかも、爆弾の設置にその護衛も必要だ。設置出来るのはウリバタケのみ。

 「まあ、仕方ねえさ。俺がやらなきゃオリエと子供たちの未来が無くなっちまうんだ。
 ――良い父親じゃなかったかもしれねえが、親としてして子供たちが生きる世界を守ってやらなきゃな」

 悲壮感を漂わせながらもウリバタケは死を決意した。

 「ちょっと待て! 爆弾の設置くらいな俺でも出来る。お前は親父なんだろ? 俺が残る! あんたは帰れ!」

 斎藤が制止しようと叫ぶが、ウリバタケは首を横に振る。

 「いや。ただ設置すれば良いって言うわけじゃない。恐らく動力炉はこれ一つじゃないはずだ。この大きさだ、万が一に備えて複数の動力を連動させているはずだ。
 ――となると、こいつは停止させるんじゃなくて吹き飛ばさなきゃならねえ。それで他の動力炉を連鎖爆発させる必要がある。つまり、適当に爆弾つけるわけにはいかねえんだよ。専門的な知識が要る。おまけに全く異なる技術力の結晶だ。分析して効果的に爆弾を仕掛けるには、どうしても俺が必要だよ」

 そう言われると斎藤は口を挟めなかった。白兵戦はお手の物だが、機械には疎い。最低限の装備と戦車などの使用や応急修理くらいは出来るが、そんな知識はこの場では役に立たないだろう。

 「……わかったよ。だけど、護衛が必要だろ? 俺が最後まで守ってやるよ」

 「だったら俺も行くぞ。2人なら確実に博士を守れる! 古代、アスマ。お前達はヤマトに戻れ」

 ガイが斎藤に同調して居残りを決意した。

 「馬鹿なことを言うな……。ガイ! 命を捨てる気か!」

 「俺達と違ってお前達は戻らなきゃならない。古代、雪ちゃんを泣かせるな。アスマ、お前だって北斗を地球に残してるだろ。子供だって生まれてくるって言うのに、ここで死んじまったらどうするんだよ。2人を泣かせる気か?」

 「それはセイヤさんだって同じだ! 皆誰か1人くらい、大切な人を残してきてるんだ! それなのに、自ら死にに行くことに何の意味がある! 自己犠牲を美化でもしたいのか!?」

 古代が思わず叫ぶ。散々教わったことだ。ユリカから、命を大切にして最後の最後まで生き残るために努力し、自分らしく生きていくことを。それなのに、その部下が教えに反してどうする。理屈ではそうするしかないとわかっていても、理性がそれを上回る。

 「古代……、俺達だって死にたいわけじゃない。だけどな、適材適所という言葉がある。これは、俺達にしか出来ない。そして、死以外の結末しかなくて、自分大事さに大切なものを無くしちまうっていうんなら、どちらかを取るしかないんだ。

 ――俺達は、守りたいものを守るために自分を犠牲にするって決めたんだよ。だから、お前達は生き残れ! 生き残って、俺達みたいな馬鹿がこれ以上生まれないような世界を造れ! 俺達は自分で自分を殺す大馬鹿野郎だ! 大馬鹿野郎は俺達だけで十分だ。だからお前達は戻れ!! 良いな!? 立派な人間になれよ!!」

 そう叫ぶとウリバタケと斎藤とガイは一斉に駆け出した。応戦しながら銃撃の雨の中を必死に駆ける。

 「セイヤさん! ガイ! 斎藤!」

 古代とアスマは3人が無事に辿り着けるように兵士を次々と射抜き、少しでも銃撃の数を減らす。
 3人は機関制御室に飛び込み、陰に身を隠しながら叫んだ。

 「戻れ!! 古代ぃっ!! アスマぁっ!! 戻れぇぇっ!!」

 「馬鹿野郎!! 早くいけっ!! いけぇぇっ!!」

 「何しているんだ!! 早く行くんだぁぁっ!!」

 3人の絶叫が、2人の胸を裂く。置いて行きたくない。一緒に生きて帰りたい。一緒に平和になった地球で騒ぎたい。
 そういう感情が胸を渦巻き、動けなかった。だが、2人は同時に振り返ると、涙を流しながら全力で来た道を駆け抜ける。向かってくる兵士を撃ち、全力で滑走路まで走る。溢れ、頬を伝って流れ落ちる涙を拭うことなく、嗚咽を漏らしながら全力で走る。



 「博士! 慌てず急いで正確に頼むぜ!」

 ガイがウリバタケに向かって叫びながら兵士を撃ち、必死に爆弾とウリバタケを守る。斎藤と共に仁王立ちになって、自らの体を使って盾になる。銃弾が体に当たるたびに叫びながら転げまわりたくなるような激痛が走り、銃口が踊るが、気合で堪えて撃ち返す。

 「そうだぜ旦那! 地球ではしゃぎ回る子供たちのためにも、しくじるなよ!」

 「もう少しだ、もう少し耐えてくれ……!!」

 ウリバタケは必死に構造を把握し、的確にH型爆弾を設置していく。小型で強力な爆弾だ。こういう施設破壊を目的に開発された爆弾だけに時限発火に無線発火、あらゆる起爆方法に簡単に対応させることが出来る。
 流れる汗を拭うことも忘れ次々と爆弾を設置し、信管を繋げていく。

 古代とアスマが引き返してから30分も経っただろうか、ウリバタケはようやく爆弾の設置を終えた。

 「点火するぞ」

 言いながら振り向くと、その言葉を待っていたかのように2人が崩れ落ちる。すでに事切れていた。引き金を引いたまま、仁王立ちになって死んでいたのだ。

 「ありがとう、隊長、ガイ―――――」

 斎藤と初めてそう呼んだガイの亡骸を抱きしめ、抵抗が弱くなったのを見計らって駆け込んでくる兵士に向かってにやりと笑う。

 「オリエ、子供たちを頼んだぞ……!」

 彼は、起爆スイッチを押した。



 ウリバタケがスイッチを押す30秒前。古代とアスマが滑走路に戻ることに成功した。いくらかの傷を負いながらも五体満足で戻れたのは奇跡に近い。道中、力尽きた仲間達の亡骸を持ち帰りたい衝動に何度駆られたことか。それをぐっと堪えて足を緩めることなく全速で舞い戻ったのだ。ブローディアさえも半死半生の姿で、他の機体と輸送コンテナは壊滅的な被害を受けていた。これでは、もっと生き残っていたとしても帰ることは叶わなかったろう。

 「……戻ったか……」

 アキトは徐々に薄れていく意識の中で戻ってくる2人の姿を見つけ、歓喜した。だが同時に、たった2人しか生き残らなかったことに落胆を覚えもした。

 (俺の最後の仕事は2人をヤマトまで届けることだ)

 アキトはそう心に決めると、残った腕でコックピットを庇い、2人をコックピットに招きいれた。

 (ディア、もう喋れないだろうが、最後まで頼むぞ)

 「発進……するぞ。しっかり捕まってろ――」

 アキトは再び襲い掛かってきた痛みに耐え、必死にスロットルを開き操縦桿を翻す。半壊したブローディアは最後の力を振り絞るように飛び上がり、突如として襲い掛かってきた巨大な爆発に煽られながら通路を飛び出し、ふらふらと蛇行しながらヤマトの格納庫に滑り込んだ。破損の酷い機体はその衝撃で砕け、胴体部分だけが飛び出す形で停止した。

 着艦の衝撃に揺さぶられながら、アキトは満足した。

 (後のことは、頼んだぞ)

 アキトはその言葉を口にすることなく、ひっそりと息を引き取った。

 「どうやら生きて帰ってきたのは俺達だけみたいだな」

 アキトが死んだとは知らずに語りかける古代は、全く反応を示さないアキトの様子に気づき、肩に手をかける。

 「アキトさん……?」

 肩に置いた手から体温が伝わってこない。気密服の手袋のせいと思い慌てて外して再び触れる。だが、アキトの体は冷たかった。体を調べてみると、左脇腹に重傷を負っていた。出血の具合から見てかなり前に負傷したことは明らかだった。

 「兄さん……」

 隣でアスマも悲痛な表情を浮かべている。恐らくアキトは自分達を届けることを最後の勤めと思い、懸命に命を繋いでいたのだろう。使用済みのデスリミットのアンプルが見つかった。こんなものを使ってまで生き延びたのだ。この一瞬、自分達をヤマトに連れ帰るためだけに。

 「アキトさん……。ありがとう、ありがとうございます……!」

 古代は涙を流しながらアキトの右手を握り締めた。すでに冷たく命の名残すらも感じ取れない手が、辛かった。満足気に微笑んだ表情の何と痛々しいことか。まだ生きたかったろうに、まだやりたいことも多かったろうに。

 「ディア、お前まで……」

 コックピットの後ろ、シートの影に隠されたディアの本体も完全に沈黙していた。度重なる損傷で電気系統がショートし、回路を破壊されてしまったのだろう。

 「……ディア……っ」

 『ディア、今まで本当にお疲れ様でした。ゆっくりと、ゆっくりとおやすみなさい』

 ディアの本体を懐に抱き、アスマは嗚咽を漏らす。キットもまた、妹の壮絶な最後にショックを受けていた。

 「進、手伝ってくれ」

 アスマは爆裂ボルトを作動させてコックピットハッチを吹き飛ばすと、慎重にアキトとディアの亡骸を降ろす。

 「艦橋まで運ぶ。姉さんに、一目合わせなきゃ」

 古代は無言で頷くと、傷つき疲れきった体にムチ打ってアキトとディアの亡骸を第一艦橋に運ぶ。大勢死んだのだろう。戦闘中だというのに艦内の通路はがらりと人気がない。時折爆発で吹き飛ばされたのだろう、乗組員の死体が通路に転がっている。破片と煙で満ちている通路を、2人係りとは言え人一人担いで移動するのは大変だった。格納庫と艦橋を繋ぐエレベーターの距離が短かったことだけが、救いだったとも言える。狭いエレベータの中で、アキトを抱えたまま2人は一言も喋らなかった。



 「古代さん、アスマさん……!」

 エレベーターのドアが開くと、艦橋の面々が喜びも露に駆け寄ってくる。そして、2人に支えられたアキトの姿を見て絶句して立ち止まった。一目でわかったのだ。すでにアキトが絶命していることが。

 「……」

 艦長席でユリカは呆然と立ち尽くしていた。

 アキトが死んだ。夫が死んだ。そして仲間が大勢死んだ。あまりにも、あまりにも大きな犠牲に思考が完全に停止していた。泣き出すことも喚くことも、何も出来ずにただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 そんなユリカの姿を沈痛な面持ちで見る古代。だが、自分にはまだやることがある。悲しみを強引に押し留め、戦闘指揮席に向かう。

 「古代」

 航行補佐席の島が駆け寄り、古代の肩を叩く。それは、良くやったとも、残念な結果になったとも取れた。

 「……」

 艦橋の窓から都市帝国を見つめる。回転していたリングは徐々にスピードを落とし、まもなく完全停止した。都市部分を覆っていたガス帯も完全に消滅し、煌々と灯っていた明かりも全て消えうせる。

 「よし」

 自らに気合を入れ、最後の命令を下す。いや、これで最後にしなければならない。

 「アンドロメダに伝令! 使用可能な全砲門を開いて、都市要塞を砲撃しろっ!!」

 古代の指示は瞬く間に艦内とアンドロメダに伝わり、2隻は同行戦の要領で全ての艦砲を左舷に向け、連続で砲撃を行う。パルスレーザーに舷側ミサイル、波動砲以外の全ての武装を使用して都市要塞に攻撃を浴びせる。一発命中する度にどれほどの人間が死に行くのか、誰にもわからない。だが、攻撃の手を緩めることはなかった。連中のせいで、地球側にも多大な犠牲を出してしまった。それだけは許せない。その思いが、ヤマトとアンドロメダの乗組員を突き動かしていた。

 徐々に上昇しながら砲撃を続ける。砲手の居なくなった艦砲は第一艦橋から直接制御してエネルギーが底を尽きるまで撃ち続けた。アンドロメダも、通常砲撃を止め、トドメの拡散波動砲を放とうとチャージを開始していた。発射まであと30秒という所で、異変が起きた。

 砲撃とミサイルにより崩壊しかけていた都市帝国の崩落が急速に早まっていくのだ。戦艦2隻の砲撃を浴びた程度で、この崩壊速度はありえない。動力炉を停止したとは言え持ち堪えるほどの構造物が、この程度の攻撃で崩壊するのもなのか。だからこそ、攻撃で出来た開口部から拡散波動砲を撃ち込んで、内部から完全に破壊しようとしていたというのに。

 爆発で真っ赤に燃え上がる都市帝国の輪郭が徐々に崩れ落ち、中から“何か”が蠢く。あれは艦船だ。だが、大きい。ヤマトの数百倍はありそうな巨体が崩れ落ちる都市要塞の残骸の中から浮かび上がる。

 漆黒の、暗黒の宇宙のような巨体が赤い光に照らされてヤマトとアンドロメダの前に立ちはだかる。さながら壁のようだった。艦首がまるでハンマーのように膨らみ、艦体で一旦細くなり中央部分に巨大な翼が生えている。おそらく余りに巨大なので機動性を確保するためにその位置に巨大なエンジンを装備する必要があったのだろう。艦尾のエンジンに比べて、遥かに巨大でエネルギー反応が大きい。全身に装備された艦砲の口径はおそらく一番小さなものでも波動砲以上の筈だ。それに、視認出来るだけでも主砲と思しき砲塔は四連装。その威力は想像を絶するだろう。そのシルエットがハンマーヘッドシャークに酷似していることもあって、その威圧感は凄まじい物がある。



 「そんな……うそでしょ……」

 メグミがへなへなとその場に座り込む。

 「馬鹿な……」

 古代の隣で島も頭を抱えてしまう。

 「……大勢、大勢犠牲を出したのに……そんなのってあり!?」

 半狂乱になったユリナも髪を振り乱して騒ぎ立てる。

 都市要塞への攻撃でエネルギー残量はゼロに近い。アンドロメダはまだ拡散波動砲を使えるだろうが、これほどまでに巨大な単一目標を攻撃するには不向きだ。本来ならそういう攻撃には収束波動砲が最も適しているのだが、ヤマトはエネルギーが残っていない上にシステム自体が破損している状態で、使用する事が出来ない。

 「絶体絶命……か」

 古代が唇を噛みながら超巨大戦艦を睨みつける。

 (何とかしてあの巨大戦艦を降す方法は。何か無いのか!?)

 古代はまだ諦めていなかった。何としてでも勝って、地球に帰るんだ。そう決意を固めながら打開策を思案する。ユリカに頼りたいところだが、今の彼女には酷な事だろう。大切な夫を失ったことでかなりのショックを受けている。本当なら、艦長として私情を押し込めてでも艦の指揮を取るのが正しいのかもしれない。だが、それでは彼女らしくない。私らしくというのはこの艦の方針だ。そして、誰もが支えあって困難を乗り越えていくのがヤマトだ。

 (そして俺は、そんな艦長を支えるために艦長代理になったんだ)

 思い出すのはイスカンダルへの遠征の途中。バラン星を通過した直後だった。



 バラン星での人口太陽を使った罠を乗り越え、一息ついていた時だった。誰しもが死に物狂いで凌いだ窮地を思い返しては背筋を震わせていた。

 「古代君、後で艦長室に来て」

 「は? はい」

 いきなりの呼び出しに内心びくびくしながら古代は返答した。ユリカが座席ごと艦長室に上がっていくのを見送ると、隣の席に座るミナトと顔を見合わせてしまった。

 「俺、何かしましたか?」

 「う〜ん、特に問題を起こした様には思えなかったけど」

 ミナトも首をかしげている。ヤマトに乗って長いが、最近では古代の暴走も少なくなり一丁前に指揮官らしい判断をして、ユリカと意見が重なることも多くなってきたくらいだ。先程の戦いでも、指揮ミスをした覚えはないのだが。

 「おい古代。何か失態でもやらかしたのか?」

 可笑しげに島が話しかけてくる。

 「そんなわけないだろ! でも、俺の意識しないうちに何かやっちまったのかな……」

 噛み付くように言い返しながらも不安を隠せなかった。

 「古代君、とにかく行って来たら。お叱りって言う雰囲気じゃなかったみたいだし」

 と、レーダー席から雪が笑いかけてくる。

 「雪〜〜」

 情けない声を発しながら恋人に振り返る古代はなんとも頼りなかった。艦橋勤務の面々が遠慮なく声を出して笑っている。賑やかで明るい雰囲気だった。



 ユリカは椅子に深く座り、背凭れに背を預けて瞑目していた。

 (古代君、立派に成長したな)

 瞼の裏側に浮かぶのは立派に成長した部下の姿。昔はあんなに血気盛んで考えるより先に手が出ていたというのに。立派に作戦というものを考えて行動するようになった。それに、α星での一件もたいしたものだ。
 あの時、疲れで体調を崩していたユリカはすぐに指示を出すことが出来なかった。ミサイルは刻一刻とヤマトに接近していたというのに、迎撃の指示を出せなかった。艦長として有るまじき事だと自分を責めたものだ。だがその状態でも、艦長の指示を受けることなく古代は迎撃ミサイルを撃った。軍隊では許されない行動である。上官の指示を仰がずに独断で行動するなど許されない。例え結果的にその判断が正しかったとしてもだ。規律が保てない。だがそれでも彼は撃った。
 それだけではない。バラン星に近づいた宙域で謎の巨大生物に襲われた時、あの時自分は不覚にも急病で倒れてしまった。宇宙病だった。処置がもう少し遅ければ確実に死んでいただろう。開戦時の戦闘での負傷が、ここに来てついに影響を与えてしまった。本当に情けないと思う。艦を統べる立場にあるはずの人間が倒れてしまうなど。あの時、古代が波動砲の使用を決断しなければヤマトは今頃宇宙の藻屑と消えていたかもしれない。いずれの場合も自分が全責任を負うとして出頭してきた潔さ。あの時から決めていたことだ。彼ならきっと大丈夫だと、ユリカは確信していた。

 「アキト」

 「何だ? 出前か?」

 厨房で料理長として精を出していたアキトが突然の通信に驚く。何時もなら大抵朝か夜の時間帯で夫婦として会話するのだが。

 「ううん、違うよ。ちょっとお祝いをお願いしようかと思って」

 「お祝い? 何のだ」

 「艦長代理の就任祝いをお願い。古代君の」

 「はあ!?」

 突拍子のない発言は何時もの事だが、これには大変驚かされた。

 「進君を艦長代理にするのか!? 大丈夫なのかよユリカ」

 「大丈夫。ユリカが保障します。古代君なら、きっと良い指揮官になるよ。それに、私も最近体調が優れない日が続いてるし、万が一私が指揮を取れなくても大丈夫なように代理を立てておくことは必要だと思うの。その点、古代君ならヤマト乗船以来私の下で頑張ってるし、最近は作戦立案も大分出来るようになったから。

 今の内にもっと指揮官としての修行を積んでおいた方が彼のためになる。きっとね」

 ユリカは悪戯が成功した子供のように舌をちょっと出しながらてへっと笑う。

 「そう言う事なら、俺は口を挟めないな。わかった。じゃあ食堂で軽いパーティーが出来るように準備しておくよ。まだ一回くらいなら、食料に余裕があるからさ」

 アキトは笑いながら通信を切る。さて、そろそろ来ても良い頃合ではないだろうか。

 コンコンッ、とドアを誰かがノックする。

 「古代進です」

 やっぱり古代だった。さぞ不安だったろうに。喜んではもらえないかもしれないが、ちゃんと全うしてくれるだろう。いや、その前に慌てふためいて狼狽する様が自然と浮かんでくる。読み易い彼のことだ、きっと期待を裏切らないだろう。

 「入って」

 ユリカはすぐに応対した。

 「入ります」

 緊張を含んだ声で古代が艦長室のドアを開ける。ドアから覗いた顔には、呼び出されたことに対する不安と女性の部屋に入ることに対する抵抗が入り混じっていた。

 (可愛いぃ! 雪ちゃんとはまだ何もやってないのかな?)

 蜥蜴戦役終了間近になってようやくくっ付いたのに、案外進展が無いのだろうか。いや、思い返せば蜥蜴戦役終了直後にガミラスが攻めてきたのだから、進展する暇も無かったのだろう。

 「座って」

 備え付けの椅子を用意して着席を促す。

 「はいっ!」

 僅かに声を裏返してギクシャクとした動きで着席する古代。額には汗が浮かんでいる。こういう姿を見ると、からかって見たくなるのは人の性だろう。

 「どうして呼び出されたのか、心当たりはある?」

 小首を傾げてにっこり微笑んで問いかける様は、見方を変えるととんでもなく怒っていて表面上はやわらかく接しているだけ、とも取れる。

 「いっ! いえ、全く、何も……」

 視線を逸らさないだけたいした度胸だと褒めても良いだろう。それでも声は完全に裏返っているが。

 「今回呼び出したのは、辞令を渡すためだよ」

 そう言ってユリカは先程書き上げた命令書を古代に向かって渡す。古代はそれを恭しく受け取って中の書類に目を通す。その表情が一気に不安から驚きに変わった。

 「かっ、艦長代理!? わ、私がですか!?」

 面白いぐらい予想通りの反応を示してくれる。

 「そ、艦長代理。代理を立てるとしたら、古代君しか思い浮かばなかったの」

 「そ、そ、そんな!? ジュンさんとかもっと他にもいるはずです!!」

 もはや悲鳴に近い叫びだった。

 「ジュン君は案外不足の事態に弱いし、一応古代君の部下だからね、今は。上官差し置いていきなり出世は不味いでしょ?」

 「だ、だったら戦闘班長をジュンさんにして、私を降格しては!?」

 「あら! 降格したいの? 給料下がっちゃうし凄く不名誉だよ。雪ちゃんに嫌われちゃうよ〜」

 とからかうと古代の顔は青くなったり赤くなったり信号のように色が変わっていた。

 「そ、そんな〜!!」

 絶望したかのように頭を抱える進の姿を見てユリカは軽いため息を一つ。

 「……古代君、貴方ならきっとやれる。ユリカが保障するから」

 「その保障が一番当てになりません!!」

 古代の返事にユリカの眉がぴくりと跳ね上がる。ちょっと待て、つまり何か、あたしはそんなに信用無いってことなのか。

 「――へえぇぇぇ〜。古代君そんっなに私のこと信用してなかったんだぁ〜。ショックだなぁ〜」

 「い、いえそう言うつもりでは……。あああああっ!」

 ボリボリと頭を掻き毟って悶える古代の姿は見るものに悲壮感を感じさせるに十分だった。

 「まあ古代君がどれだけ嫌がっても決定事項だけどね。オモイカネにも登録済みだし。ねー!」

 『うんまあね。進、残念だけど拒否権は無いよ。地球との交信が出来ない以上、現在ヤマトの全指揮権は艦長のユリカが握ってるから』

 と、オモイカネが心苦しそうに止めを刺す。古代はがっくりと肩を落とした。

 「古代君。古代君が艦長代理にぴったりだって思ったのは本当だよ。最近の勤務査定とか戦闘指揮の内容、果ては私が指揮出来なかった時の統率力。全部ひっくるめた評価がこの命令なんだから。自信を持ってやってくれないと昇格させる意味が無いよ」

 ぷうっと頬を膨らませながら詰め寄るユリカに古代は完全に追い詰められ、ついに。

 「こ、古代進! ヤマト艦長代理の任に就きます!!」

 と大声で承諾した。

 「はい、よろしい!」

 にっこり微笑んで祝うユリカを見て古代は心底思った。

 (男って、絶対に女性には勝てない……)

 今更ながら痛感したことだった。そう言えば口論で雪にまともに勝った事も無いような気がする。

 その後、他のクルーから散々からかわれて艦長代理着任を祝われた。その後も艦長代理として恥ずかしくないようにユリカを支えてここまで来た。



 「絶対にこの状況を打開してみせる。絶対に……」

 口に出して自分を勇気付けるが、状況は限りなく絶望だった。

 超巨大戦艦がゆっくりと動き出し、艦底部に装備していた大砲を展開する。長さだけで全長の半分程もあり、口径に至っては計測するのも馬鹿らしい大きさだ。ヤマトを十数隻いや数十隻は詰め込めそうな大きさだった。その砲口が、ゆっくりとヤマトとアンドロメダに向けられる。

 「っ! 全速回避! 急げ!!」

 「お、面舵一杯! 両舷全速!」

 「機関最大! 両舷全速! 面舵一杯!」

 慌てて最大出力で逃げに入る。だが、逃げ切れないことは明白だった。しかし、巨大戦艦の大砲はその矛先を月へと変更して発射した。波動砲の何倍もある巨大な光軸がヤマトとアンドロメダを翻弄し、揉みくちゃにして吹き飛ばす。月へと命中した巨大な光の柱はその表面を意図も容易く粉砕し、吹き飛ばされた岩石がヤマトとアンドロメダに向かって凄まじい速度で飛来する。全力運転していたヤマトとアンドロメダはその礫の中を死に物狂いで抜け出したが、岩石の命中でマストやアンテナはへし折られ、艦砲はもぎ取られ装甲は大きく陥没し、左舷側の姿勢制御ユニットが根こそぎ破壊されてしまった。
 被害は第一艦橋にも及び、主砲室にも匹敵する巨大な岩石が横殴りに叩きつけられ、第一艦橋が大きく歪む。左側の砲術補佐席と通信席に座っていたジュンとメグミは計器の爆発と変形した壁に押し出されるように席を投げ出され、艦橋の右端に転がる。咄嗟にオモイカネがシートを後ろに移動させなければ挟まれて潰されていただろう。被害はそれに留まらず計器類は爆発し、破片と黒煙がクルーを翻弄する。

 「あっ……!」

 それが誰の声だったのか、認識出来た者は居なかった。誰もが自分のみを守ることで手一杯で、それ以上のことが出来ないのだ。

 「くそっ……。っ!」

 古代が天井板を押しのけるように瓦礫の中から這い出し、隣で倒れているミナトを抱き起こす。

 「ミナトさん! 大丈夫ですか?」

 「わ、私は大丈夫。それより皆は」

 血の流れる額を押さえながらミナトはよろよろと立ち上がる。古代はミナトにハンカチを手渡すと倒れている他のクルーの安否を確かめに行く。

 雪はレーダー席のコンソールの陰で蹲っていたが、外傷は殆どなくすぐにメグミとジュンの応急処置に当たった。島は椅子で破片をやり過ごしてユリナの手当てを手伝っている。ユリナは左腕に大きな裂傷を負っていたが、それ以外は大丈夫そうだった。アスマはそれ以前に艦橋を出て生存者の確認に向かっているからここには居ない。無事であることを祈ろう。

 「艦長……」

 艦長は無事だろうか。呆然と突っ立っていた彼女が何らかの防衛手段を行使出来たのか。もしそのままだったとしたら、恐らく無事では済むまい。

 「艦長……!」

 艦長席で古代が見たものは、腹部に金属片を生やして倒れているユリカの姿だった。

 「艦長!!」

 急いで駆け寄る古代をユリカは右手で制した。

 「もう、助からないから……」

 その声に混じる苦痛は少なかった。大量出血しているはずなのに赤みのある顔、この症状に見覚えがあった。傍に転がっている無針注射器がその仮説を決定付けた。

 「デスリミットを使ったんですか!? 艦長!!」

 「うん。ギリギリだったけどね……」

 ユリカはゆっくりと身を起こす。艦長席のパネルに掴まりながら立ち上がり、艦橋を見渡す。デスリミットの効果で出血量のわりに血色が良い。だが、それは風前の灯である命を強引に燃やしているだけに過ぎない。当然、薬品という燃料が尽きれば燃え尽きて消え去るのみ。ユリカにはもう、明日が無かった。下半身を自身の血で真っ赤に染めて立つ彼女の姿は、死と言うものを嫌でも意識させるものだった。

 「生存者はどれくらい?」

 ユリカが質問したと同時に無事だった右側のエレベーターが開く。

 「デスリミットを使った艦長以下、18名よ」

 煤に塗れた姿でイネス・フレサンジュが現れた。

 「全員が負傷しているし、約1名絶対に助からない人も居るわ」

 そう言ってユリカを見上げる。

 「ほんと、馬鹿なことをしたわね」

 「本当にそうですね。でも、使わなくても死んでいますから。私だって素人じゃありませんから、この負傷ではどちらにせよ助かりません。ヤマトが健在なら、戦闘が先程で終了していれば別ですが」

 そう言うのは万全の態勢ですぐに手術に入れば助かる、という意味だ。だがヤマトの状況では大規模な手術を行うことはすでに出来ず、搬送にも時間が掛かってしまう。どちらにせよ、この負傷で助からない。内臓を相当損傷している。今から治療可能な病院まで運んだところで間に合わないだろう。

 「艦長として最後の命令です。生存者は全員救命艇にて退艦、アンドロメダに乗艦して下さい。ヤマトは破棄します」

 クルー全員に動揺が走る。

 「ま、待って下さい! ヤマトを破棄するなんて、ヤマトはまだ――」

 「ヤマトはこれより敵超巨大戦艦に特攻し、何とか敵機関部付近の装甲に穴を開けます。アンドロメダの拡散波動砲をそこに撃ち込み、内部で拡散させて内側から破壊する。もうそれ以外に方法が思いつかないの。そのためには、戦闘能力の残っていないヤマトがミサイル代わりにならないと状況を打開出来ないの」

 「そんな! そんなことって!!」

 古代は必死に喰らい付いて作戦を変えさせたかった。だが、他に有効と思える案は全く浮かんでこなかった。確かに内部に波動砲を撃ち込めれば、しかも内部で拡散して破壊出来ればあの巨大戦艦が強力であろうとも間違いなく破壊出来るだろう。それに、あの艦は間違いなく脱出用のはずだ。それならサイズからくる攻撃力と防御力はともかく、純粋な戦闘能力はそれほど高くは無いのではないだろうか。それにあれだけの大きさでは維持に必要なエネルギーも膨大なはず。サイズに合った機関部は所有しているだろうがだからと言って性能が高いとは言い切れない。防御装置の類も見受けられない。対空砲火を掻い潜り、エネルギー反応の一番大きな機関部(翼の部分を除く)付近の装甲に開口部を造ることが出来れば、拡散波動砲による内部破壊で確実に破壊出来るはず。だが、だが、

 「ヤマトが突っ込んだくらいで、あの装甲に穴が開くと思うのですか? 例え脱出用であったとしてもあのサイズです。装甲の厚さは単純に考えてもヤマトの数十倍から数百倍。対エネルギー防壁を持っているとしたら、波動砲だって貫けるかどうかわからないんですよ!?」

 古代が悲鳴にも近い声で叫ぶ。そう、ヤマトが死力を尽くしたとしても絶対に勝てないのだ。ヤマトは装甲表面にかすり傷としか言えない様な損傷与えて散るだけだろう。

 「ぶつかる直前に機能を停止した波動砲を撃つの。そうすれば、開放されないエネルギーが内部で荒れ狂ってヤマトは爆発する。その時の破壊力は波動砲にも匹敵するはずだよ。エンジンを暴走させておけばさらに威力は上乗せ出来るはず。それに賭ける他手段が残されていないの」

 ユリカの言っていることは正しかった。暴走によって生まれる莫大なエネルギーを自爆と言う形で一気に開放すれば計り知れない破壊力を得ることが出来る。なまじ指向性を得ていないからどのように作用するかはわからないが、上手くいけば近くの構造的に脆い部分を破壊出来るかもしれない。そうすれば、あとは拡散波動砲が通用するかどうかだ。

 「しかし! それでは指向性が無い分威力が拡散して装甲貫通が難しくなります!」

 古代の言っていることも正しかった。装甲を効率よく貫通するにはある程度爆発力を一定方向に集中させた方が効率が良いのは当然である。実際成形炸薬弾などはそういう造りになっている。
 だがヤマトは戦艦だ。確かに正面からぶつかればその質量もあって艦船を沈めることは十分に可能だ。しかし、相手があまりにも巨大過ぎる。そして、堅牢過ぎる。相手はそんじょそこらの艦船とは違うのだ。

 「でも他にしようがある? アンドロメダが切り札なのは変わらない事実だし、ヤマトにはもうまともに使える武器が残っていないんだよ?」

 「……」

 現実はどこまでも残酷だった。どう足掻こうと、ヤマトの武装が復旧するわけではないのだ。そして、あの超巨大戦艦が消えて無くなる訳でもない。例え無駄であっても、特攻する他に道は残されていない。否、そうする事でしか未来への可能性が無いのだ。

 「勿論、ヤマトには私が残ります。――オモイカネ、付き合わせることになっちゃった。ごめんね」

 『良いよ。僕とヤマトは一心同体。ヤマトを置いてはいけないよ』

 オモイカネは平然と特攻に同行することを表明した。

 「総員退艦。残存する救命艇を使って脱出次第、アンドロメダに移乗。ヤマトの特攻後、すぐに拡散波動砲にて攻撃。それで良いよね、古代君?」

 「……はいっ!」

 古代は涙を堪えて頷いた。
 ユリカは古代の隣に立つ雪ごとそっと抱きしめる。

 「結婚式、参加出来なくてごめんね」

 「艦長……」

 雪はぼろぼろと涙を零しながらユリカに縋り付く。

 「古代君、雪ちゃんを大事にね。幸せになるんだよ――」

 そう言って一度強く抱き締めると、ユリカはそっと身を離した。

 「元気でね」

 「はい」

 古代はユリカに向かって一度敬礼すると、雪を伴って第一艦橋を後にする。他の乗組員も涙を飲んで第一艦橋を後にする。そして、全員いなくなった。誰もが去りたくなかった。だが、もうこの場にいてはいけないのだ。ユリカの犠牲を無駄にしないために、ヤマトを快く送り出すために。
 目の前にすっかり馴染んでしまったボソンの輝きが煌く。

 「来たね、アスマ」

 「ああ。最後のお別れを言いに」

 艦内の生存者を探して駆けずり回っていたアスマがボソンジャンプで第一艦橋を訪れた。

 「ちょっと待って。渡したいものがあるの」

 そう言うとユリカはよろよろと破片を踏み越えて艦長席のコンソールを操作する。かなり破損していたにも関わらず、足元の収納スペースはスムーズに開いた。ユリカは六法全書ほどの大きさのハードディスクを掴んでアスマに手渡した。

 「これには、ヤマトの全データが記されているの。これを、私たちと同じ運命を辿るであろう世界の貴方に渡して」

 「……一体それは、どういう――」

 意味だと問う前にユリカは言葉を発した。

 「ハイパージャンパーが干渉出来る世界の条件は限られている。だけど、必ずあるはず。ヤマトがあって、貴方がいて、キットがハイパージャンパーに類する装置と融合していて、地球が異星人に襲われるそんな世界が。私の予想だと、ハイパージャンパーが干渉出来る世界、パラレルワールドはたったひとつの分岐点だけだと思うの。
 ――多分、幾つかの条件が天文学的単位の上で重なって初めて貴方は平行世界に干渉出来るはず。そうしたら、その世界に私達の生きた証を、ヤマトを受け継がせて」

 「そんなこと出来るものか! それは、許されないことだ……」

 アスマはハードディスクを受け取ろうとはしなかった。俯いてユリカに失望した。まさかこのようなことを言い出すとは。自分勝手な思惑で世界のあるべき姿を壊そうというのか。

 「アスマ。歴史を造るのも、世界を造るのも人だよ。人がいるからこそ、私たちはこうして世界を、歴史を認識して生み出す。人だからこそ許される特権だと思う。
 それにね、ハイパージャンパーで干渉出来るって言うことは、そこは干渉されるのがむしろ“必然”なんだよ。きっと同じような選択を迫られる平行世界で、私はこのデータディスクを貴方に託さないかもしれない。託したけど、貴方が平行世界への干渉を拒んでただの形見になるかもしれない。もしかしたら、私の願いを聞き入れてこのディスクを平行世界に譲渡して、その世界に希望の種を植えるのかもしれない。託したとしても、全く使われずに朽ちてしまうのかもしれない。私たちに出来るのは種を蒔く事だけ。その後どうするかは、その世界の人々次第だよ。

 選択するのは人間の権利だと私は思う。アスマ、私たちがこうして生きているのだってそういう“干渉が必然”として存在する世界だからだよ? もしかしたら、干渉されてこそ“正常”である世界が存在するかもしれない。アスマが干渉するのはその“必然”が存在する場所。そうすることが自然である世界に。私たちのヤマトを託して」

 ユリカは強引にデータディスクをアスマに押し付ける。渡されたデータディスクは、ずっしりと重く、ユリカの血がべったりと付着していた。血に塗れた、表面に描かれた白い錨マークが物悲しげに掠れる。

 「その中には、ヤマトが廃艦処分を受けたせいで実現出来なかった強化型ヤマトのデータが収められているの。勿論、まだまだ机上の空論に近くて不完全だけど、時間をかければ完成する。私たちのヤマトの集大成。各班のチーフを集めて議論した究極のヤマト。ヤマトナデシコとは違う、もうひとつの究極体。それを、託して。大丈夫、ヤマトが交戦した敵のデータは抹消してあるし、コスモクリーナーも艦船用の小型化されたもののデータしかないから。ガミラスの侵略があったとしても、決して楽には救われないはずだから」

 ユリカはそれだけ言うと、戦闘指揮席に向かって歩き出した。

 「ほら、皆が待ってる。早く――行って。カズトを、お願いね。駄目な母親でごめんって、伝えて」

 ユリカは背を向けたままアスマに言った。艦橋の窓から見えるのは、生存者が乗った救命艇。アスマがボソンジャンプを行えるから置いていったのだろうが、ちょっと薄情ではないだろうか。いや、きっと姉弟最後の別れを邪魔しないためにそうしたのだろう。

 「………………………さよなら、姉さん」

 しばらく沈黙した後、アスマはボソンジャンプで救命艇へと移動した。



 「これで心置きなく、最後の勤めを果たせるね、オモイカネ」

 『うん。ルリが、ルリがヤマトを降りてて良かった。乗ってたら、素直に降りてはくれなかったと思うから』

 オモイカネも感慨深げに語る。今回の出発はあまりにも急だったので、ピースランドに里帰りしていたルリを待っていられなかったのだ。本当なら古代と雪の結婚式には間に合うように帰国するはずだったので、その2日前にヤマトが発進するなど、想定外だった。アンドロメダの乗り組みも認められず、地上勤務に当たっていると連絡があった。

 「ルリちゃん。ハーリー君と仲良くね」

 つい最近付き合い始めたカップルの未来に祝福を求め、ユリカは救命艇の面々に向かって敬礼する。本当ならVサインでも決めた方がらしいだろうが、それはどうしても出来なかった。
 救命艇の面々も、ユリカに敬礼を返している。遠くて良く見えないが、全員泣いているようだ。

 「さようなら。私の大切な――大切な仲間たち」

 ユリカはぐらりと崩れそうになる膝を叱咤して艦長席まで歩く。もうデスリミットの効果が切れようとしている。今切れたらお終いだ。出血多量ですでに心臓は止まっている。効果が切れたら事切れるだけだ。

 (心臓が止まっているのに生きてるなんて、ゾンビみたい)

 今の状況があまりにもはまっているので全然笑えなかった。

 「アキト、ごめんね。私1人じゃ掘り起せないから……」

 アキトの遺体は先程の損害で破片の中に埋もれてしまった。本当なら艦長席の予備席にでも座らせて並んで逝きたかったのだが、どちらにせよ先立たれていることに変わりは無いのだし、贅沢も言っていられないか。と自分を納得させて艦長席に腰を下ろす。霞んできた視界の中にもはっきりと認識出来る敵の巨大戦艦。

 「両舷全速。機関最大。目標、敵超巨大戦艦! ――ヤマト、発進します」

 最後の指令を下し、彼女はレバーを引き倒した。

 ヤマトの補助エンジンが始動、点火。続けてメインエンジンが点火する。ヤマトは徐々にスピードを上げながら超巨大戦艦めがけてまっしぐらに突っ込む。オモイカネは自分の操作の及ぶ範囲でエンジンの暴走を着実にこなしつつ、波動砲にエネルギーを注ぎ込んでいた。



 超巨大戦艦まで、あとわずか。



 反物質世界の住人、テレサはヤマトの姿と行動を痛ましげに見つめていた。あまりにも、あまりにも救いが無い。おそらくヤマトの特攻は完全に無駄に終わり、アンドロメダの最後の一撃も空しく終わり、地球は壊滅するだろう。

 「ヤマト。貴方は宇宙の愛のために必死で戦いました。その姿に、地球の人々も学んでくれると私は信じます。ですから、貴方の行為を無にしないためにも、少しだけ力をお貸しします」

 テレサは自らの髪を一房千切ると、ヤマトが激突するであろう場所に静かに送り込んだ。彼女の体は反物質で構成されている。それは我々の世界を構成する常物質と強烈な反応を起こす。対消滅と呼ばれる現象だ。小指の爪程の大きさの反物質が常物質に接触するだけで核爆発など比較にもならないとまで言われるほど強力な反応を示す。ヤマトの特攻の手助け程度ならば、髪の一房もあればお釣りが帰ってくるほどだ。

 「ヤマト。貴方の行為は決して忘れません。私も、私のいるべき場所で祈り続けます」

 テレサは静かに去っていく。見届ける必要は無い。何故なら必ず彼らはあの超巨大戦艦を攻略するに決まっているからだ。そのための最後の一手は、すでに差し向けたのだから。



 ユリカは眼前に迫ってくる超巨大戦艦の姿を力なく見つめていた。もう指一本動かせない。激突前に絶命するのはわかりきっていた。ぼやけた視界の中に、一筋の光が差し込んだ。

 あれは何だろう。天国への入り口だろうか。

 漠然と考えながら何故かその正体がすぐに知れた。

 あれは、テレサの髪の毛だ。反物質で構成されたテレサの体の一部だ。あの輝きは、常物質との接触を避けるためのテレサの力の名残だ。もうまもなく消滅して、対消滅を起こすだろう。

 (テレサ、ありがとう。……カズト……よかっ――)

 地球で帰りを待っているであろう幼い息子を思いながら、ユリカは息を引き取った。何時も美しく輝いていた瞳から光が消え、ゆっくりと瞼が閉じられる。肘掛の上に乗っていた腕が、力なく垂れ下がる。

 オモイカネが声をかける間もなく、ヤマトは超巨大戦艦に激突した。瞬間、発射機構の壊れた波動砲が暴発してエンジンの暴走と共に大爆発を誘発し、さらにテレサの髪一房が対消滅によってそれを増幅する。超巨大戦艦は2つの大爆発を一箇所に受けて大きく吹き飛ばされた。右側の翼上のエンジンブロックが根元から吹き飛び、艦体に大穴を空けて瀕死の魚のように宇宙を泳ぐ。






 その光景を艦橋から見ていた古代進は、無理を言って代わって貰った波動砲の発射装置を両手で握り締め、胸の中で叫んだ。

 (ユリカさん!! ヤマト!!!)

 そして、声にならない絶叫を上げて発射装置のトリガーを引き絞る。

 アンドロメダの艦首から最後のエネルギーが吐き出され、神々しい輝きとなって瀕死の超巨大戦艦に突き刺さる。制御されたタキオン粒子は敵艦の内部で飛散性のタキオンが自らを被っていた収束性タキオンを吹き飛ばして荒れ狂い、内側から破壊する。

 アンドロメダの最後の一撃を受けて、難攻不落と思われた超巨大戦艦が没していく。その光景を見て、居合わせた全員が頭を垂れ、静かに黙祷した。

 死んでいった戦士たちの魂に。特攻と言う極限の選択を行った、ヤマトの霊に。






 一ヵ月後。

 古代進と森雪は結婚した。ヤマトの生存者とアンドロメダの乗組員、多くの犠牲の末生き延びた人々に祝福されて2人は夫婦になった。

 そして、妊娠していたためにヤマトに乗船しなかったアスマの妻北斗も元気な女子を産んだ。聖羅と名づけられた女の子の愛くるしい姿に、ヤマトと仲間たちを失った痛手から意気消沈していた生存者たちも思わず破顔した。それでも、この場にいてほしい、一緒に笑ってほしかった乗組員は、もういないのだ。その事実が、生存者の心を痛めた。



 「姉さん。俺は託しに行くよ。ヤマトの、俺たちの魂を」

 アスマは英雄の丘と名づけられた記念碑の下で自らの決意を語った。ヤマトのモニュメントの下にはヤマト戦没者の名前が彫られたプレートと、艦長以下各班のチーフだった者のレリーフが飾られていた。
 ヤマトの銅像は、今にも宇宙に向かって飛び出しそうな姿だった。しかし、もうヤマトは無い。どこにもないのだ。その一部さえも残されていない。彼の手元に残された、データディスクを除いて。結局拭う事も出来ず、固まって黒ずんだ、ユリカの血痕を残しままになっている。拭ってしまったら、ユリカの存在が無かったことになってしまうような気がして、拭き取る事が出来なかったのだ。



 何故、ユリカがあのようなことを言ったのか、アスマにはわからなかった。ただ、それも良いかもしれないとは思った。
 つい最近生まれた我が子の姿を見て決心がついた。もしかしたら、干渉出来るであろうその世界では、干渉されなかったがために消える命があるのかもしれない。その逆もまた然り。だけど、やってみようと思う。結局人間が一番大事なのは自分だ。否、自分を大事に出来ない者に他人を大事に出来るわけがないのだ。苦しみを知るからこそ相手の苦しみを理解し、和らげることが出来るのだ。

 (ヤマト。異世界に行っても、元気でな。大事にしてもらえよ)

 アスマはデータディスクを大事そうに抱えて天を振り仰いだ。雲が適度に散らばった青空は、まるで戦いなど知らないとでも言いたげな優しさと、大勢の命を抱え育む地球の懐の広さを感じさせてくれた。

 「俺の知らない家族の未来、守ってくれよ」

 ヤマトは希望だった。建造当初は全く予想だにしなかった恒星間航行艦への改装以来、ヤマトは常に地球の希望だった。無事に地球を放射能汚染被害から解放し、命を賭して、強大な白色彗星帝国を退け、人類の未来を救って見せた。

 だけど、ぽっかりと開いてしまった心の傷口は塞いではくれない。ヤマトが、仲間たちの死が、生存者全員を苦しめる。



 ヤマト、偉大なる我らの友よ。

 願わくば、これからも共にありたかった。

 ヤマト、老朽化して退役するまで共に宇宙を駆け巡りたかった。

 仲間たちよ、願わくばこれからも共に人生を楽しんでいきたかった。

 仲間たちよ、命を捨ててまで我らの明日を守った勇者たちよ。

 何故、今ここにいないのだ。



 少しだけ、ユリカの考えがわかった気がする。

 結局彼女もこの現実を受け入れたくないのだ。だから、せめてパラレルワールドだけでもこの現実を回避出来るようにてこ入れをしたいのだ。データは観覧してみた。このヤマトなら、新しいヤマトなら――然るべき条件さえ整っていれば――勝てる。
 あの超巨大戦艦にだって引けを取らないだろう。

 生まれ変わったヤマト――新生ヤマトなら、必ず。



 アスマはもう一度銅像のヤマトを見ると、目を瞑ってハイパージャンパーを起動させた。

 柔らかな風が通り過ぎた時、そこに彼の姿は無かった。ボソンの残光だけが、その場で何が起きたのかを雄弁に語っていた。









 そして、西暦2198年10月6日。地球圏は木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家反地球共同連合体改め木星連合国家との和平を結び、少しずつではある平和な営みを取り戻しつつあった。しかし、その矢先に正体不明の惑星国家、ガミラス帝国からの侵略が開始された。
 奴隷化か絶滅か。2つに1つの条件を提示しそれを拒否した人類に対し、ガミラス帝国は武力による制圧を試みた。地球圏のそれを遥かに上回る科学技術による戦力差は圧倒的で、地球連合に組み込まれた木星圏は、僅か2日で防衛戦力をズタズタにされ、滅びの瞬間を迎えようとしていた。
 事態を重く見た地球連合政府は、有志達の手で水面下で進められていた極秘プロジェクトをついに実行に移した。木連軍と地球軍の混成組織、地球統合軍を新設し、その中核を担った極東方面軍に仮設司令部を置き、木星救済のための艦隊の派遣を決定した。

 そしてその艦隊旗艦として、“宇宙戦艦ヤマト”に出撃を命じた。



 地球統合軍司令からの命令を受けて、宇宙戦艦ヤマトは今まさに発進の時を迎えていた。それは昔ながらの水上を行く船の形をした珍しい形の宇宙戦艦だ。青味の強いグレーで喫水から上を塗られ、喫水下は鮮やかな赤に塗られている。一度は眠りに付いたヤマトの目覚めの時だった。
 場所は北極の氷の下。そこに密かに存在していた秘密ドックの中で、ヤマトは再生されていた。古代太陽系文明の遺産は地球にも存在していたのだ。誰の目にも付かない北極の分厚い氷の下、直線距離にして約5kmの地下に。戦略的価値のないこの地には、“たまたま”落着した次元跳躍門が数基転がっているだけで連合軍も奪還しようとはしていなかった。終戦後も価値の無いこの地域に部隊を派遣する程の余裕はなく、放置されていた。そのため、この宇宙戦艦は誰にも邪魔をされることもなく、静かに息を吹き返していた。

 「第一、第二、第三艦隊、共に月基地を発進。以後、本艦の指揮下に入るとのことです」

 艦長席に座ったミスマル・ユリカは通信長のメグミ・レイナードの報告を受けて大きく頷くと、

 「出港用意! 総員配置に付け!」

 と威勢良く指示を飛ばした。

 「レーダーシステム、異常無し」

 レーダー席に座ったレーダー長兼電算室長のホシノ・ルリはレーダーシステムを点検し、異常が無い事を報告する。

 「了解。補助エンジンエネルギー充填開始」

 機関制御席に座る機関長・タカギ・ユリナがパネルを操作しつつ、機関室に指示を出す。

 「船体ロックオープン。上部ハッチ開放」

 艦内管理席に着いている工場長・真田志郎が通信機に向かって指示を出す。しばらくして艦の両側にあった岸壁が左右にスライドし、艦体を固定していたロックが解除される。同時にドックの天井が左右に開いて垂直方向の通路を露わにする。

 「ハッチ解放確認。爆破装置点検……異常なし」

 空調の切られたドック内部は、あっという間に南極の極寒の世界へと変貌し、艦体の表面に霜を作る。ドック内部に満たされていた空気中の水分が凍結したのだ。ハッチの開放に伴って削れた氷がぱらぱらと落ちて艦体に降り注ぐ。空気中の水分が凍結して出来た微細な氷がドック内部に舞い、幻想的な世界を作り出す。ダイヤモンドダストと呼ばれる現象だ。

 「補助エンジン、エネルギー充填100%。動力接続」

 ユリナが機関室に向かって指示を出し、指示を受けた機関班の面々が補助エンジンに繋がれた装置を操作する。

 「補助エンジン動力接続、スイッチオン!」

 機関室の徳川太助が復唱し、補助エンジンを起動させる。同時に艦を支えていた土台がそのままエレベーターとなって艦を持ちあげていく。そのまま地表から十数mの位置に上昇し、氷の天井の真下で停止する。艦が上昇する間にも出港用意は着々と進行していた。

 起動した補助エンジンは唸りを上げて回転を上昇させていく。エンジンは不調を見せることなく順調に動いている。そのエネルギーは徐々にではあるがメインエンジンの片割れへと入力されていく。

 「補助エンジン、定格出力へ到達。波動エンジン・シリンダーへの閉鎖弁オープン」

 ユリナが機関室に指示を出し、補助エンジンの出力を上昇させていくと共に、主機関の片割れである波動エンジンへのエネルギー伝達を指示する。

 「波動エンジン内、圧力上昇へ」

 ユリナの指示を受け、機関室で徳川太助を始めとする機関士達がレバーとスイッチを操作してエンジン圧力を上げていく。

 「圧力上昇確認!」

 エンジンの駆動音に負けないよう通信機に向かって叫び、エンジンの始動準備を整えていく。金色に彩られた波動エンジンに充填されていくエネルギーの目盛りは数値を増していき、始動可能領域へと達していく。

 「補助エンジン、最大出力へ。波動エンジン、フライホイール始動」

 「補助エンジン、最大出力! 波動エンジン、フライホイール始動!」

 太助は汗を流しながら計器を睨み、ややもたつきながらもレバーやスイッチを操作して波動エンジンのフライホイールを始動させる。2枚並んだフライホイール――はずみ車が回転する様は非常に古臭い印象を受ける。だが、エンジンを円滑に回転させ、かつ瞬間的な停電時の非常電力を必要とする場面において、このフライホイールと言う装置は決して存在価値を失っていなかった。

 「波動エンジン始動。フライホイール接続、サブノズル、波動エンジン出力へ移行」

 「波動エンジン始動! フライホイール接続、サブノズル、波動エンジン出力へ移行完了! 点火!」

 艦尾に装備された2つの小型ノズルからタキオン粒子が噴出を開始する。まだ推進力としては作用していない、準備運動の段階だ。

 「モノポール発生を確認。モノポールエンジン・シリンダーへの閉鎖弁オープン」

 「閉鎖弁オープン! モノポール、シリンダー内部へ誘導完了!」

 「モノポールエンジン始動用意。サブフライホイール始動」

 「サブフライホイール始動!」

 機関士の操作を受けて、波動エンジンの後ろに取り付けられているモノポールエンジンのフライホイールが回転を始める。丁度エンジンが絞られている辺りに設定されているため、波動エンジンのものに比べて薄く、赤色に塗られた歯を刻まれた円盤が1枚、ゆっくりと、しかし力強く回転を始める。その回転は徐々に速くなり、力を蓄えていく。

 「モノポールエンジンエネルギー充填100%。サブフライホイール接続」

 「サブフライホイール接続! モノポールエンジン始動!」

 サブフライホイールの弾みを受けて銀を主体とした色彩のモノポールエンジンが起動する。波動エンジンすらも上回る超高出力相転移機関が始動し、艦全体に一気に活力が漲るのが乗組員には感じられた。

 「メインフライホイール始動。モノポールエンジン、出力上昇へ」

 「メインフライホイール始動! モノポールエンジン出力上昇へ!」

 サブフライホイールの後方に設置された分厚く大型のフライホイールが回転を始める。

 「発進20秒前。天井爆破、スイッチオン」

 真田がスイッチを操作して、氷で出来た天井を爆破する。大量の氷の破片が艦に降り注ぐ中、最後の操作が行われていく。

 「点火10秒前! カウント開始!」

 操舵席に座る航海長・島大介は、パネルのスイッチを幾つか操作し、シャトルの物に似た操縦桿に改めて手をかける。同時に、カウントダウンを開始した。

 「5……4……3……2……1……」

 「メインフライホール接続、点火!」

 カウントゼロでユリナが機関室に向かって叫ぶ。メインフライホイールが接続され艦尾の巨大な噴射口――メインノズルから煌々と炎が飛び出す。

 「ヤマト、発進!!」

 「ヤマト、発進します!」

 ユリカの号令を受け、島は復唱しながら操縦桿を思い切り引いた。
 宇宙戦艦ヤマトは降り注ぐ氷の破片を突き抜けて地表にその姿を現す。装甲表面に展開されるディストーションフィールドの作用で艦体に張り付いていた霜や氷が取り除かれていく。舷側に記されていた白いペイントで描かれた錨マークが露わとなり、爆音を轟かせながらヤマトは氷の上を疾走する。衝撃波で地表の氷が粉砕され、大量の粉塵を巻き上げる。
 ヤマトは姿勢制御ノズルと尾翼を駆使して急速に上昇し、殆ど間を置かずに雲を抜け、大気圏を離脱した。従来の宇宙船では考えられないほど短時間の内に引力圏を離脱した。以前のヤマトの3倍以上とも言われる高出力化を果たしたヤマトには造作もないことだった。急速に地球を離れていくヤマトの艦長席で、ユリカは瞑目して話しかける。

 (見ていますか、テンカワ・ユリカ艦長。貴方が託してくれたヤマトはたった今、完全に息を吹き返したよ。貴方の好意を無駄にしたいためにも、私は艦長として戦います。――このヤマトと共に、最後の最後まで諦めることなく、必ず護ってみせます。未来を。だから、待っていてね。ヤマトは、ヤマトは何時か必ず助けに行きます!)




 全人類の希望の象徴として、再びヤマトは蘇った。細部に違いこそあれど、変わらぬ姿で再びこの世に姿を現した。



 新生宇宙戦艦ヤマトとして。人類と宇宙の平和のために、その内に宿る2つの魂を輝かせてヤマトは戦場へと向かう。―――全ては、愛する者の未来のために。―――全身全霊をかけて護り抜くと誓った家族と友のために。



 こうして発進したヤマトは、直ちに月面基地を発進した艦隊と合流して木星圏へと長距離ボソンジャンプで移動し、ガミラス太陽系攻略艦隊との交戦状態に突入した。









 西暦2195年。



 火星軌道上で、宇宙連合軍は未知の敵と遭遇、交戦状態に陥っていた。後に蜥蜴戦役と呼ばれる戦いの始まりである。





 
 機動戦艦ヤマトナデシコ

 第3話「ヤマトのことを頼みます」









 『ハイパークロックオーバー!』

 ハイパークロックアップを終えたハイパーストレリチアが火星近海に出現する。

 『火星の引力圏に到達。長距離ボソンジャンプ、成功』

 キットが報告する。

 「なるほど、大したものだ」

 光輝はハイパーゼクターによるボソンジャンプの精度の高さに感心する。予定していたポイントからの誤差は数百メートル。木星から火星までの距離の長さを考えると驚愕に値する成果だろう。木星の天体観測データとハイパーゼクターの情報修正能力を組み合わせた成果だ。ハイパーゼクターの機能のみでは精々数十キロがやっとだが、各種センサーと組み合わせることでその跳躍距離は飛躍的に向上する。といっても、これだけ距離が開くと流石に誤差が大きくなってしまう。だが、消滅から実体化までの時間の短さはそれを帳消しに出来るだろう。最悪間髪いれずにもう一度跳躍すれば予定ポイントに正確に跳躍出来るだろうし、もしくは複数回にわけた跳躍を連続で行う連続ボソンジャンプを行えばより正確で長距離を跳躍出来るだろう。と言っても、太陽系内の移動が限界だろうが。長距離を跳べば跳ぶほどその演算は難しくなり、同時に誤差も大きくなる。恒星間航行を行うのなら、制御装置をより改良するか、もしくは例え距離が短くなろうと連続ボソンジャンプをさらに複数回に分けて行うほか無いだろう。通常航行よりは当然時間を短縮出来るが、それでも年単位で時間がかかるだろうが。

 「交戦可能距離までどれくらいだ?」

 『200kmです。火器管制をオンにするとその制御と使用にエネルギーを取られるので機動力が低下します。気をつけて下さい』

 光輝はモニターに写る閃光を目に焼き付けるように凝視する。あの爆発1つで、どれだけの人死が出ているのか、ここからではわからない。だが、このままでいいわけない。少なくともそう思いたい。

 「キット。有効射程距離に入り次第、ツインブラストキャノンで跳躍門を破壊する。有効射程限界の狙撃を試みる。サポート頼むぞ』

 『了解。ツインブラストキャノンの試射です。どんな影響が出るのかわからないのでその後の立ち回りは出来るだけ気をつけてください』

 光輝は頷くとGファルコンの菫に連絡を入れた。

 「ツインブラストキャノンを使う。反動とGファルコン側の影響に気をつけてくれ」

 「わかった。でも、どうしてツインブラストキャノンを使うんだ? 跳躍門程度なら、通常の火器でも破壊出来るでしょ?」

 「試射は必要だぞ。それに、一撃で確実に次元跳躍門を潰さないと増援が出てきて厄介だ。宇宙軍が撤退準備に入り次第狙撃を敢行する」

 「撤退準備? 撤退支援をするの?」

 「当然だ。いられても迷惑だからな。撤退に必要な後方支援くらいは努められるだろう。第一、ストレリチアを期待されて留まられても抑えることなんて出来はしない。戦力差は歴然なんだ、逃げるが勝ち、それぐらいの状況判断はしてもらわないと俺が困る」

 光輝は連合軍が撤退するという前提で行動するつもりだった。跳躍門さえ潰してしまえば増援は送ることが出来ない。後はストレリチアが適当に暴れれば、敵ではない連合艦隊よりも目先の脅威であるストレリチアに敵が集中するはずだ。後はハイパークロックアップで煙に巻いて、木星からの増援を待つという手段を取るのがベターだろうか。問題はイネス・フレサンジュ女史の出現フラグをどうやって立てるかなのだが、流石にそこまでは頭が回らない。なるようにしかならないとしか言えないのだが。やはり無責任だろうか。

 「どちらにせよ戦ってみないことには何とも言えないか」

 光輝はポツリと呟くと通常航行で戦闘宙域へと移動する。初速さえ稼げば後は慣性で移動出来る。火星の重力場の影響で航路が多少変化するだろうが、その程度の修正が出来ないことは無い。何しろ推力は有り余っているのだ。慣性移動でエネルギー反応を抑えれば敵の目にも引っかかり難いだろう。

 『宇宙連合軍と無人艦隊、交戦状態に突入しました』

 キットの報告にモニターを拡大表示し、遥か遠方で行われている攻防を観察する。

 「おやおや、全く抵抗出来ていないな」

 光輝がそう感想を述べる。

 見てて面白いようにレーザーが捻じ曲がり、連合軍の攻撃は何一つダメージを与えられていない。逆に無人艦隊のグラビティブラストは何にも遮られる事無く面白いように命中し、次々と艦を沈めていく。
 虫型機動兵器のバッタですら連合軍の艦船はまともにあしらえないで居る。

 『撤退を始めたようです。次元跳躍門が火星に降下しつつあります。このまま行くと、ユートピアコロニーが壊滅します』

 「光輝、そろそろ有効射程じゃない。撃つなら早く準備に入らないと」

 Gファルコンの菫が促す。光輝は頷くとハイパーゼクターに手を伸ばした。

 「ハイパーリミットアップ」

 『ハイパーリミットアップ!』

 ハイパーゼクターのスイッチを叩き、システム起動準備を整える。待機状態だったストレリチアが戦闘モードへと移行する。すぐにハイパーゼクターのホーンを倒してチャージを開始する。

 『マキシマム……オーバー、パワー』

 ボソンジャンプを利用した強制注入が作動する。これはライダーの時は供給源であるストレリチアのバッテリーからライダーへの供給量を増大させる機能だが、機動兵器では少し違う。ボソン砲の逆回しとでも言うべきシステムだ。ボソンジャンプで対象からエネルギーを強制搾取して自らのエネルギーとする機能だ。よって、この場合はストレリチアの動力では到底賄いきれないツインブラストキャノンのエネルギーを供給するために使用する。逆に外部にエネルギー源を求めない限り到底稼動しない欠陥装備なのだ。威力が絶大とはいえ、使い勝手に劣るこのような装備自体、ストレリチアが実験機であるという証明でもある。

 ハイパーモードに移行したハイパーストレリチアは背中と手足の放熱板を展開して強制冷却を実行し、過剰供給で過熱している機体を冷却する。ついでツインブラストキャノンに行き渡らないエネルギーを排出する。相手からエネルギーを強制搾取している状況でエネルギー効率など無いに等しい。当然必要無い過剰分は排出しなければ機体が持たない。ツインブラストキャノンの出力は、当たり所が良ければスペースコロニーを一撃で貫通出来るほどだ。それだけのエネルギーを機体に留めていることは難しい。チャージ完了から発射まで最大でも10秒以内に行わなければ機体は崩壊してしまう。また、Gファルコンと合体していない状態では一時チャージが行えなくなるため使用不可能と言う欠点をもつ。

 光輝はGコントローラーのスイッチを左にスライドさせ、システムを作動させる。Gコントローラーの正面と上面が展開してセンサーを露出させる。両肩の砲身が作動し、肩アーマーから現れたスコープによって正面に固定させる。そして、砲身が前方に伸張する。

 モニターに被さる様に降りてきたターゲットスコープに拡大投影されたチューリップに照準を合わせる。遠距離での狙撃のデータが無い以上、コンピュータによる補正は期待出来ない。全て自分の感覚のみで行う必要がある。ただでさえ難しい狙撃を補正も無く10秒以内に行うというのは神業に等しい。ましてや機動兵器戦は素人だ。訓練時間も100時間に満たない。

 だが光輝は表面的にも精神的にも落ち着いていた。北辰の教育と自分での学習に機動兵器の操縦は含まれていなかったが、生身での戦闘技能は鍛え上げている。当然その中には狙撃も含まれている。流石に感覚がだいぶ違うが、基本的なことは学んでいるし、何より機動兵器での操縦訓練の過程でビーム兵器やグラビティブラストといった武装の扱いや性質についてはすでに把握している。それに生身で狙うのに比べれば優秀な計算システムがアシストしてくれるからむしろ楽と言えた。もっとも、そのアシストも微妙に感覚が合わず出撃までの間だいぶ弄り回しているのだが。



 そして、チャージが完了した。狙いはすでに付けているが、もう少し慎重にやりたいというのが本音だ。しかし、許された時間はわずか10秒だ。

 光輝はきっとチューリップを睨みつけ、引き金を引いた。狙いは完璧だと信じて、ツインブラストキャノンの引き金を引き絞った。

 ツインブラストキャノンから放たれた強力なビーム弾は亜光速でチューリップに襲い掛かる。

 光輝も、菫も、キットも、固唾を呑んでビームの軌跡を見守る。機動兵器から放たれたとは思えない巨大なビームが落下を続ける次元跳躍門ことチューリップを粉砕する。綺麗に中心部を捕らえた見事な狙撃だった。

 ほっと胸を撫で下ろしたのも仕方のないことだろう。しかし、気を緩めるのにはまだ早過ぎた。チューリップのみに集中していたことが仇となり、周りの状況が見えていなかった。

 ツインブラストキャノンの砲撃はチューリップを見事に撃ち砕いた。だが、その砲撃に対処出来ずチューリップにぶつかる筈だった艦がそのまま素通りして落下を始めた。おそらく狙撃の寸前にブリッジを離脱させて自動制御でぶつけるつもりだったのだろう。しかしそのチューリップは今しがた自分達が砕いてしまった。激突の対象を失った戦艦はそのまま落下を続けている。この様子では大気圏突入の摩擦熱で燃え尽きるとは思えない。

 「くそっ。ハイパークロックアップ! 何とかして軌道を変えるぞ!」

 『ハイパークロックアップ!』

 光輝はすぐさまハイパークロックアップで戦艦に接近し、再びハイパークロックアップで移動させる事にした。幾らなんでもあれを破壊して砕くには、場所と状況が悪過ぎる。

 『ハイパークロックオーバー! ハイパークロックアップ!』

 出現から間髪居れず再びハイパークロックアップを作動させて艦ごと消失する。今度の移動先は木連軍無人艦の隣だ。

 『ハイパークロックオーバー!』

 敵艦の至近距離に出現したフクベ乗艦とハイパーストレリチアはそのまま敵艦に突っ込む。光輝の行動を把握した菫はすぐさま逆進をかけて全力で撤退行動に入ったが、その推力を持っても安全圏まで逃げるには時間が足りなかった。爆発に巻き込まれ強風に揉まれる木の葉の様にクルクルと吹き飛ばされる。

 洗濯機に放り込まれたかのように上下左右あらゆる方向に振り回されシェイクされる。菫は必死の思いで機体を立て直すべく操縦桿とペダルとスイッチを操り、直撃を避けたい巨大な残骸を回避しつつ爆発の衝撃波に機体を乗せて加速に利用する。
 扱いを学ぶのにこそ時間が掛ったが、菫は光輝と比べても機動兵器の機体制御に関しては一級の適性を見せていた。電子戦装備と射撃武器全般の扱いは3級だったが、機体の制御とそれを必要とする格闘戦においては現役の軍人にも勝るとも劣らない適正を見せつけてこの短時間で相当腕を上げていた。
 逆に光輝は機体制御に関しては3級とまで言われるほど酷い有様だったが、射撃武器全般の火器管制技術と電子戦装備の扱いに関しては1級というお互いに真逆の適性を見せていた。草壁の知るもう1人のアスマは突出した才能こそないが機動兵器のパイロットとしては1人前の技術を持っていたので、流石に違和感を覚えたが、パラレルワールドの出来事と割り切ることに成功し、2人乗りの機体ならお互いを補完し合って戦えるからむしろ効果的だろうとストレリチアの操縦系統も幾らか改修を受けている。一言で済ませるなら機体の操縦全般をGファルコン側に一任し、火器管制と電子戦全般をストレリチア側で行うようにしている。同時にキットには両者の橋渡しと菫の操縦内容に合わせたエネルギー分配の最適化を任せるという方式を取っている。
 何より2人揃って素人とは思えないほど度胸があり、徹底的な訓練を受けた(だけでなくつい先日実戦を経験している)光輝ならまだ理解出来たが、菫にまでそこまでの度胸があるとは流石に草壁も予想していなかった。もっとも、彼女自身も恐怖を感じながら体が動く理由について、全く心当たりがないばかりか驚きすら感じていたのだが。

 菫の努力は実を結び、ストレリチアは何とか爆発の影響圏から抜け出した。しかしそれでも被害は甚大だった。ツインブラストキャノンは一度の発射で砲身を破損し、使用不可能な状況に置かれた。強引な連続ボソンジャンプと直後の爆発の影響でエネルギーラジエータプレートは破損し、ボソンジャンプはおろかハイパーリミットアップすら実行不可能な状況に陥っていた。

 「……キット、状況報告」

 『右足にレベル1の装甲剥離、右足、右腕、右背面のエネルギーラジエータプレート破損。ビームマシンガン喪失、ディバイダーにレベル2の装甲剥離。レーダー装置に破損、索敵範囲24%低下。メインバーニア破損、推力39%低下、右半身の姿勢制御スラスター損壊、運動性能低下。グラビティショットキャノンの砲身に損傷あり、射程距離・連射速度低下。相転移エンジン制御区画にレベル1の火災発生。エンジン、出力低下。エネルギーレベル低下――』

 次々と被害報告が飛び込んでくる。至近距離で戦艦の爆発に無防備な状態で巻き込まれてこれくらいで済んだのが凄いところだろう。流石はハイパーフォームと光輝は少し感心していた。

 『戦闘能力の低下が著しく、このまま戦い続けるのは厳しい状況です』

 「当然だろうな。ここまでダメージが大きいとは……」

 光輝は側頭部を抑えて唸る。まだ視界がぐるぐる回っている。脳みそもまだシェイクされているようだ。Gファルコンへの通信を繋ぐ。正直もう少し後にしたかったが、現状では少しでも札を切っておきたいところだ。許せと心の中で謝罪して光輝は言った。

 「“北斗”、悪いが出てきてくれ。非常事態だ」

 光輝はいきなりそう話しかけた。菫は突然の振りに当惑して何言ってんだと問い返そうとして硬直した。キットは一体何をしたいのかわからず困惑している。が、硬直した菫の目の光が一瞬消えたかと思うと先程までとは別人のように爛々と輝きだした。

 「出番か……。3ヶ月ぶりか、旦那さま?」

 その口調は何時もの彼女と全く違っていた。姿形は全く同じなのに、その眼光と声色、喋り方は全くの別人としか思えなかった。キットのセンサーですら、双子という判断をしそうなくらい違っていた。

 「たくっ、非常事態とは言うけどな、幾らなんでも俺はこんなモン動かせねえぞ? 機械音痴なのは知ってるだろうに」

 不服そうに声高らかに訴える女房を別の人間を見るように光輝は言った。

 「はっきり言って期待していない。だが機動兵器を降りて戦う可能性が出てきた。その時菫だけじゃ心許なくてな。だから呼んだんだ。この状況なら菫も文句を言っていられまい」

 何気なく酷いことを言っている気がするが、そこは気にしないでおこうと彼女は思った。しかし、どうしても問い質したいことが1つだけあった。

 「さっき俺のこと北斗と呼んだが、もしかして俺に名前をくれるのか? まあ名無しだと流石に区別が付かなくなるがな」

 そう言って不敵に笑う。

 「その通りだ。どちらにせよお前を指す名前には違いないし、男性型の人格のお前にはぴったりだ。それに呼び慣れている名前の方が紛らわしくなくて良い」

 「なるほどね。わかった、今日から俺が北斗を名乗ろう。じゃあ菫に代わるぞ。このままじゃ的だからな」

 北斗は言うなり目を瞑ると、一拍置いて目を開いた。

 「光輝! 後で絶対に説明してよね! 逃げたらただじゃ済まさないから!!」

 そう言って操縦桿を握り直すとGファルコンの操縦系統を再チェックし、再び稼働状態へと持ち直す。強烈な衝撃でいくつかのエラーを起こしていた操縦系が次々と息を吹き返す。

 「わかっている。約束するよ。……Gファルコンの方は問題無いな?」

 「何とかいける。だけど運動性能の低下が無視出来るレベルじゃないから、接近戦だけは避けるよ!」

 言いながらどうしてもエラーを解消出来ない部位を切り捨ててバイパスを繋ぎ、強引に操縦系統を立て直し機体を動かす。挙動がかなり重くはなっているが、何とか戦えそうだ。

 「よし良いぞ。このまま戦闘を続行する。機体の挙動を読み違えるなよ」

 光輝はそう言うと機体の火器管制装置を再起動させ、武器情報を読み込んでいく。

 「良し。何とかやれそうだな。射程距離の低下も最低限で済んでくれている」

 「わかった。でも出来るだけ距離を詰める方向でいこうか? 確実に命中させた方が良いだろうし」

 「頼む。出来るだけ無茶はしないでくれよ。近距離での防御に使えそうな武器があまり残っていないんだ」

 菫は思い切り良く機体を加速させると敵陣に向かって突っ込んでいく。光輝から送られてきた進路データとターゲットデータに従って機体を操縦し、かなり曲芸的な移動経路を持って接近を試みる。むろんその経路は機体のコンディションを組み込んだ計算で成り立っている。現在の損傷状況でも実行可能な機動だ。実際に出来るかどうかはパイロットの腕次第である。

 光輝は進路に割り込んできたバッタに向かってサイドスカートアーマーに装備されているディストーションソードを引き抜いて攻撃した。ディストーションソードとはディストーションフィールドで構成されたエネルギーソードの一種だ。制御方式がフィールド制御に比べると段違いに難しく、容易には完成出来ないと言われている装備品だった。ハイパーゼクターと一体化したキットが辛うじて得ることの出来た知識によって一応の完成は見たが、未だに完全になっているとは言い切れなかった。円柱状に展開された高密度のディストーションフィールドの刀身は青色をしていた。バッタは刀身に接触した瞬間に構造材が崩壊して、綺麗に2つに両断される。直後、光輝は切れ味とは別の意味で驚愕することになった。

 「何だこれは……。刀身が安定しないぞ」

 今し方切り捨てたバッタの存在を即座に意識から追いやってモニターに表示されているディストーションソードのコンディションに驚く。
 たった1回斬っただけでディストーションソードの刀身はバランスを崩し、危うく崩壊しかけている。
 やはりシステムに無理があるのか。起動から刀身の安定までにかかる時間は比較的短いが、1度でも刀身に負担をかける――つまり攻撃したり攻撃を凌いだりしただけでそのバランスを失って刃という形を保てなくなってしまうとは。

 「とんだ欠陥品だな」

 『済みません。私もアイデアボードに記されていたシステムを組み立ててみただけで、実際にテストしたことも無いので』

 「何だと?」

 『ハイパーフォームは全て“電脳世界の数値”で構成された機体なんです。全てがデータ上の存在。それを現実にした物がハイパーフォームなので、実際に使ってみるまでどのような性能を発揮し、どのようなメリットとデメリットがあるのか、どのようなトラブルに見舞われるのか、全てが未知数なんです。勿論、そのデータも綿密な計算の元に成り立っているので根っこから駄目ということは流石に無いのですが、それでも原型からあまりにも遠ざかっているストレリチアの場合、どれ程の物が出来るのか、不確定要素があまりにも大きいのです。勿論状況に応じて多少のシステム構築をすぐに行えるのが最大の利点ですが、実証データが全く無い現状ではデメリットしか目立ちません』

 「ちっ。実験不足とは泣けてくるな。仕方あるまい、この場で少しテストしてやるか」

 『了解しました。まずは機体を少しでも軽くしましょう。ハイパーグレネーダーをどうぞ』

 キットは光輝の視界の隅にメッセージウィンドウを開いて簡単なシルエットで表示されたストレリチアの各部を点滅させ、そこから伸びるラインをメッセージボックスに結合、ボックス内に武装名とコンディションを表示する。

 「よし菫、接近してくれ!」

 菫はストレリチアを加速させ、バッタの編隊を突き抜けるように背後に回りこみ、機体を反転させる。

 「光輝、ここでしょ!」

 左手のディバイダーを手放し、両脛に装備されている手榴弾を両手で掴み取り突然の突入に隊列を乱したバッタ達に向かって放り投げる。ハンドベルのような形をした手榴弾は丁度編隊の中央で炸裂し、数機のバッタを粉砕した。小型とはいえ、対艦ミサイルを手榴弾にしたというのは本当のようだ。流石の威力である。

 「一度に2つは勿体無かったかもしれないが、搭載位置が邪魔でな」

 両脛なら邪魔にならないと考えるのが普通だが、色々と装甲が出っ張っているストレリチアからみれば十分邪魔である。無くても良いくらいだ。しかしこの威力は多少機体の自由を損ねてでも装備する価値はあると言えるか。

 「自由を損ねているだけあって威力は凄いな。今後の発展が楽しみだ」

 『どうも』

 ハイパーグレネーダーの使用で一時的に減速したストレリチアに敵機が群がってきた。すぐに離脱行動に入るが流石に発射されたミサイルまでは避けきれそうにない。

 『敵弾発射。迎撃行動に入ります』

 言いながら自身はミサイル防御システムを次々と立ち上げる。チャフやフレアをばら撒きながら、後退を具申する。
 光輝はそれらの防御策に合わせて頭部の機関砲を起動させてフルオートで迎撃する。ディバイダーを回収することも忘れない。

 敵の放ったミサイルは全て機関砲と妨害装置によって無力化された。光輝は間髪いれずにハモニカ砲を展開、バッタの群れに向かって拡散放射した。ディバイダーのビームは一般的な機動兵器が使用するディストーションフィールドで防ぐには出力と収束率が高過ぎる。複数の攻撃対象にばらばらに放射したとはいえ全てがビームライフル・クラスの破壊力を持つ強力な物だ。直撃すればバッタなど一溜まりもない。事実回避が遅れたバッタが数機ビームに直撃されて破壊された。

 光輝は突然コックピットに鳴り響いた警告音に計器を見た。エネルギー残量が30%を切っている。ディバイダーの影響だろうか。先程まで50%はあったはずだ。

 「燃費が悪過ぎるな。連射は無理か……」

 呟くと右手に保持していたディストーションソードをバッタに向かって投げつける。ストレリチアの手から離れ一気にエネルギー状況が悪化したブレードはバッタに到着する前に掻き消え、結局発生器すらバッタに命中せずに終わってしまった。

 「菫、距離を取れ。エネルギーを回復させないとやばい」

 「わかった! 酔わないでよ!」

 スラスターの使用でエネルギーが消費されていくが、流石に大出力ビーム兵器に比べれば微々たるもの。徐々にではあるがストレリチアのエネルギー残量が徐々に回復していく。

 「相転移エンジンとは言っても、機動兵器サイズではすぐに回復とはいかないか」

 10秒でストレリチアのエネルギー値はようやく70%を越える。スラスターの併用も合わさってすぐに最大値とはいかない。

 光輝は視界の片隅に戦艦の姿を捉えた。有効射程距離に入っていると知るや否や即座にハモニカ砲を発射した。収束モードの強力なビームがトンボ級戦艦の横っ腹に命中―――したかに見えたが、展開しているディストーションフィールドに阻まれてあっけなく四散した。

 「ちっ。あの威力なら抜けると思ったんだが――」

 『光輝、いくら何でも―――』

 キットの言葉も聞かずに光輝はグラビティショックカノンを3連射する。収束モードで発射された重力波もやはりあっけなく四散する。

 「くそ。思ったよりも破壊力が低いな」

 『当たり前です!!』

 説明を聞かずに攻撃を続行した光輝の態度にキットが怒鳴る。

 『この機体はまだまだ試作段階! 各装備のエネルギー効率もまだ悪くてそれほど威力を発揮出来ないというのに、距離減衰の厳しい最大射程距離で攻撃したって通用するわけないでしょう!? 大体この機体の相転移エンジンの出力は艦船には及ばないというのに!』

 と、一気に捲くし立てるキットの言葉を半分聞き流しながら光輝はエネルギー残量に目を配る。エネルギー残量は22%。ディバイダーもグラビティショットキャノンもかなりのエネルギーを食う。連続で使用すれば最悪エンジンを動かすために最低限必要なエネルギーをも食い潰してしまうかもしれない。使用には注意が必要のようだ。

 「そうか、だからビームマシンガンは独立したエネルギーパックを採用していたのか」

 光輝はようやく納得した。莫大なエネルギーを供給する相転移エンジンを搭載しているのならわざわざ発射回数が制限されるエネルギーパックなど不要だと思ったのだが、浅はかな考えだったようだ。

 「やはりよく知らない分野の見解は的外れが多いな」

 1人納得して戦艦への接近を試みる。進行ルートは菫に転送済みだ。しかし相転移エンジンと言えど流石にサイズの差までは覆せないか。この機体が未完成ということを差し引いてもエネルギー効率の改良は急務になりそうだ。そうでなければ、敵に勝つことは難しいだろう。

 『ちょっと、聞いてるんですか?』

 光輝はキットの言葉を無視して北斗に指示を出す。

 「菫、対艦攻撃に移るんだ。対空砲火に気をつけろよ」

 「任せて任せて! もうだいぶ慣れてきたから」

 菫は言うが早いかストレリチアを加速させてあっという間に姿勢を整える。確かに、素晴らしい成長速度だ。実戦という場においてここまで成長出来るとは、我が妻ながらやるじゃないか。光輝はうんうんと満足げに頷くと、精密射撃モードに切り替える。長距離砲撃を可能とする装備を持つストレリチアだからこそ持つ一種の狙撃専用モードだ。この状態ではストレリチア側からの機体の制御は殆ど出来なくなる(流石に射撃に必要な姿勢制御はオートで行うが)。単独で使用すれば固定砲台にしかならなくなるが、Gファルコンと合体して機体の制御を譲渡すれば機動力を残したまま精密射撃モードを起動する事が出来る。もっとも、動き回っているのだから命中精度は大きく低下するが、そこは馴れと技術次第だ。

 「限界ギリギリの機動を取る! 火器管制は付いてこれる!?」

 菫は勢い良くストレリチアを操り、最高速を保ったまま戦艦に肉薄する。バッタ達はストレリチアのスピードに付いていけない。破損してもなお、速度が違い過ぎる。操縦自体はまだまだ拙くても、それを補えるだけのポテンシャルを、この機体が秘めていた。

 光輝は冷静に、静かな心でターゲットスコープを覗く。表示されているマーカーをマニュアルで動かし、敵艦に合わせる。

 (そこじゃない。右に5度、下に2度修正して)

 脳裏に直接言葉が響き。それが誰の言葉なのか、不思議と理解出来た。

 「わかっている。ストレリチア、俺を信じろ」

 自分が辛うじて聞き取れるような大きさで呟くと、静かにマーカーを移動させる。狙うはエンジンユニット。1回で仕留める。

 ストレリチアが敵艦に再接近した一瞬、菫がストレリチアを離脱させようとするそのわずかな自機の硬直、急減速から急速離脱に移るわずかな硬直。その瞬間、光輝はトリガーを素早く2回引いた。放たれた重力波は狙い違わずエンジンユニットに吸い込まれるように消えていった。敵艦のフィールドは堪えようと重力波と拮抗したが、至近距離から高収束の一撃に耐え切るにはフィールドの出力が小さかった。もし全力防御を行っていたら防げたであろう攻撃は、心臓部と言えるエンジンを破壊され、沈黙した。爆発こそしなかったが、もうただの合金の塊でしかない。どうやら先程こちらの攻撃を無力化したことで、こちらの攻撃力を見誤っていたようだ。

 「流石よ旦那様! こうでなくちゃ最強は務まらない!」

 菫が嬉々として叫ぶ。状況が状況なら手を打ち合わせて喜びを表現しているところだろう。

 「わかったわかった、ありがとう。油断だけはしてくれるなよ」

 「わかってるって、あたしにまぁっかせなさい!」

 光輝は素早くコンディションを把握して機体の性能低下を抑えるべくスイッチを操作し、菫も追尾してくるバッタ達に向き直るべく操縦桿を翻した。ストレリチアはその意に応えて振り返りバッタ達を迎え撃つ。






 つもりだった。



 ガクンという振動と爆発音がコックピットに伝わってくる。はっとして計器に目を走らせると、Gファルコンのメインスラスターが破損したことを示していた。

 「メインスラスターがいかれた? 出力40%以下に減少。合体形態での機動性と運動性能は大幅に低下中。不味いぞ」

 光輝はすぐにダメージコントロールに勤しんだが、やはり事前に受けていたダメージが大き過ぎたようだ。バイパスやプログラム側からの補正では到底間に合いそうにない。分離するかとも思ったが、この状態ではGファルコンは満足に動けないだろうし、ストレリチア側にも満足に使用出来る武装が残されていない。分離すればあの世行きへのカウントを縮めるだけだろう。

 「くそっ。菫、スラスター出力を30%に下方修正する。挙動がさらに重くなるぞ。早め早めじゃない、過剰反応のつもりで回避行動を取ってくれ」

 出力を上げる事も叶わず、ボソンジャンプで立ち回りを改善することも出来ない。こうなると、機体が大型化していることとバランスの悪さが際立つ。せめて機体バランスが整っていてサイズが小さければメインスラスターの破損もそれほど深刻ではなかったはずだ。だが、巨体を被弾させること無く動かすには相応の推力が要る。バランスの悪い機体を強引に動かすには、相応の梃入れが必要だ。それにここは火星近海、重力場の影響を受けて宇宙空間にも拘らずほんの僅かだか重さの概念が生まれている。

 「メインスラスターへのエネルギー供給量を減らしてサブスラスターで代用……くっ、エネルギー伝導回路にも損傷が……。このままでは火器にも影響が出てくるぞ」

 光輝はコンディションの悪さに歯噛みする。これではただの的にしかならない。

 「うわっ……! 動作が重くて思うように動けないよ……」

 菫も急激に悪化した機体の運動性と機動性に戸惑いを隠せず、被弾が目立つようになる。光輝は使用可能な火器のエネルギー効率を優先して出力を落としながら1機1機確実に撃破していく。だが、正直何時まで持つか見当もつかない。最悪機体を破棄して菫を連れて撤退するしかないだろう。アルフォンスを破棄するのは気が引けるが、命には代えられない。マスクドライダーシステムなら真空中でも十分活動出来る。だが、逃げるのは万策尽きてからだ。






 アキトは突然覚醒した。シェルターに向かって走っていた所で突然目が覚めた。表現がおかしいかもしれないが、そうとしか言えなかった。

 「俺は、どうして……」

 目の前に広がるのは失ったはずの故郷。もう見ることの叶わないはずの景色。道行く人々は必死にシェルターに向かって走っている。突然立ち止まったアキトの腰にぶつかって、一人の少女が転倒する。

 (アイちゃん……!?)

 アキトは少女の姿を見ておぼろげながら状況を悟った。

 (俺は、時空を超えたのか!?)

 突拍子の無い発想も今のアキトには信じるに足りる推測だった。過去に2回も経験したのだ。火星から地球へ、地球から月へ、いずれも時間移動も混みのボソンジャンプだった。もしかしたら、あのイレギュラージャンプのせいで時間を跳び越えてしまったのかもしれない。しかも、今の自分の感覚はあの不鮮明なものではない。懐かしささえ感じる鮮明な感覚だ。間違いなく、健常者そのものの五感だ。

 (俺は、やり直せるのか?)

 アキトの中で様々な感情が渦巻く。もう1度人生をやり直せるという事実に対する歓喜。そして、もう2度と、最愛の妻とは再会出来ないという失望。その2つが特に際立っていた。この時代のユリカは、自分の知っているユリカとは似て非なる人物だ。例え姿形が同じで、再会するまでの経験が全く同じでも、自分の妻ではない。赤の他人のユリカなのだ。

 (再会の約束を、果たせなかったのか……!)

 腰が砕けそうになった。あれほど待ち望んでいたユリカとの対面を、もう1度一緒にやり直そうと誓ったのに、果たすことが出来ない。突然暗闇に放り込まれたような絶望感がアキトを襲う。

 「いたたた……」

 目の前で少女――アイちゃんがお尻を擦って涙ぐんでいる。アキトははっとしてしゃがみ込んだ。意識していなかったが、バイト先の仕入れの途中でみかんの詰まった段ボール箱を抱えていた。

 「大丈夫かい?」

 アキトは心中でざわめく感情を抑えてアイちゃんに手を差し出す。

 「うん、大丈夫」

 アキトの手を借りてアイちゃんは立ち上がる。後ろから母親が駆け足で近づき、アキトに向かって頭を下げる。どうやら、アイちゃんが先行していて、アキトに激突したことで追いついたようだ。

 「すみません、ご迷惑をおかけして」

 「いえ、ボーっとしていた俺が悪いんです」

 アキトも母親に頭を下げて、周囲を見渡す。全員が突然の警報に困惑を隠せずにいた。シェルターに急ぎながらも、不安を隠せずにいた。

 (確か、今朝の新聞に正体不明の戦艦が郊外に漂着したという記事が載っていたはず)

 自分がこの世界に出現したのなら、乗っていたユーチャリスと巻き込まれたナデシコCが出現していてもおかしくない。もしそうならブラックサレナがあるはずだ。あの時から、復讐を心に誓ってから共に歩んできた戦友がいる。決して褒められた存在ではなく、何時の日かテロリストとしてのテンカワ・アキトが消える日にユーチャリス共々消えるべく存在していた負の財産。しかし、それでも戦友には変わりがない。あれを使えば、シェルターくらいなら何とかして守れるかもしれない。否、守らなければならない。それが自分に出来る罪滅ぼしの1つであり、同時に負の存在でしかなかったブラックサレナに光を与え足られる唯一の方法だ。

 「お譲ちゃん、これお守り代わりに身に着けておくといいよ。俺もこれで助けられたことがあるから」

 アキトは身につけていたCCの付いたペンダントと仕入れの品のみかんをアイちゃんに渡す。少々強引だが、これさえ渡しておけばイネスに関わる事情が変わらない可能性がある。自分は、一緒にシェルターには行けない。だから手段は選んでいられない。失敗したとしてもアイちゃんが死ななければ将来的にイネス・フレサンジュが誕生する可能性は十分にあるはずだ。たぶん……絶対。

 「お兄ちゃんがもってなくていいの? これ、だいじなお守りなんでしょ?」

 「お兄ちゃんは大丈夫。それよりも、君が持っていたほうが良いよ。きっと君を守ってくれる。お兄ちゃんは一緒に行けないからね」

 そう言ってアイちゃんの首にペンダントをかけ、みかんを握らせる。イネスがこの世に生まれてくれることを祈って。……いや本当に生まれてきてくれなきゃ困るのだが。

 「すみません。あの、お名前を聞かせてもらえませんか?」

 「テンカワ・アキトと言います」

 アキトはそう言うと脇目も振らず駆け出した。そこにあるであろうユーチャリスとナデシコCを目指して。

 アキトは走る。

 せめて、今出来ることをしようと。









 光輝と菫は辛うじて撃墜を免れていた。装甲の半分近くがすでに脱落して、装備も殆ど使い物にならなくなっていた。グラビティショットキャノンは右側が脱落し、左側も砲身が損傷して発射が不可能になっていた。ストレリチアも右腕と左足首が失われ、残った左腕と右足も機能障害を起こしていた。頭部のセンサー類も7割近くが使用不可能になり、各種スラスター類も戦闘に耐えられる状況ではなかった。

 「流石に、きついね……」

 「ああ、もうこれ以上は打つ手が無いな……」

 万策尽きた。元々経験の無い機動兵器での戦闘。そして絶対的な不利――数の暴力。ハイパーストレリチアがいかに優れた機体であっても、腕のないパイロットとあまりに多過ぎる敵の数には手も足も出なかった。あれから数機のバッタを辛うじて撃退したが、それ以上はどうにもならなかった。一番最初の戦艦の爆発に巻き込まれなければハイパークロックアップ等の機能を使ってもう少し粘れたか、もっと早急に戦線を離脱出来たのだが。もう、最後の手段を使うほか無い。

 「――キット、全データは保存済みだな。この戦闘の物を含めて」

 『はい。……やはり非常手段を取りますか?』

 「ああ。ストレリチアを破棄する。自爆装置をセットしてマスクドライダーシステムを纏って飛び出せば真空中でも活動出来る。ストレリチアごとは跳べなくても、ライダーなら跳べる。遺憾ながら、ストレリチアを捨てて逃げる以外に術が無いな――」

 苦渋に満ちた顔で決意を決めた。もう他に逃げ延びる方法が無い。未来の自分から受け継いだ機体を自爆させるのは気が引けるが、データさえあればいずれ再生出来るだろう。完全に失うよりはマシ。そう思おう。

 もし“アスマ”なら何が何でもストレリチアを持ち帰っただろう。そう言う意味では、光輝は冷めている、もしくは割り切れる人間と言えた。北辰の教育の賜物と言えた。少なくとも戦の場で私情を挟んで任務や目的を見失うような人間ではなかった。……だいぶ後ろ髪を引かれているのは変えようのない事実だったが、やはり持ち帰るのは無理だろう。

 「菫、準備しろ」

 「……うう、逃げ出すのは癪だけど、ここで死んじまったら意味が無いからね」

 そう言うと菫はガタックゼクターを呼び出して右手に握りしめ、何時でも変身出来るように身構えた。

 光輝は自爆装置を起動させるべくコンソールを操作し、タイマーをセットする。――丁度近くに戦艦が1隻いるではないか。相転移エンジンの自爆なら、例え機動兵器サイズの小さな物でも十分に沈められるはずだ。道連れにしてやろう。

 「さよならだ、アルフォンス。1人では逝かせないぞ」

 ふと心配いらないという声を聞いた。何が心配いらないのかその時はわからなかったが、その後ストレリチアの子供に会った時、光輝はその言葉の意味を知ることとなった。迷いを捨てきれないままではあるが、思い切り良く光輝が自爆スイッチを押し込もうとした。



 その時、突然ボソンの輝きが煌き、出現した人型機動兵器がストレリチアの周りを旋回していたバッタを数機撃ち落す。

 「何? ――キット、データベース照合急げ」

 光輝は慌てず騒がずキットにデータ照合を行わせる。自爆装置のスイッチから手を離す。一応助けてくれた機体を巻き込むような手段は控えるべきだろう。礼儀というのもあるがもしかしたら事態を打開する切り札になるかもしれないのだし。

 『データ照合完了。非公式ながらネルガル重工業所属の機動兵器、ブラックサレナです』

 「何だ、それは?」

 光輝は一通り記憶を探ってみたが該当する記憶が無かった。まあ元から不完全な記憶だったのだし、それほど困るというものではないか。

 『一応ではありますが、血縁上貴方のお兄さんが乗っている非公式の機動兵器です。機動力と耐弾性を追求し、1対7を実現しようとしたある意味非常にふざけた機動兵器にして、設計思想上このストレリチアの先人になります。覚えていませんか?』

 「全く記憶が無い」

 光輝は即答する。菫は話に付いていけないので沈黙を保っているが、一応操縦系統の再点検は行っているようだ。

 「通信出来るか?」

 『通信アンテナが相当な被害を受けているので無線による通信は不可能。ワイヤーを撃ち込んで接触通信を試みます』

 キットはそう言うと無事だった接触通信用のワイヤーをブラックサレナ目掛けて発射した。






 「何とか無事だったか……。間に合って良かった」

 アキトはほっと胸を撫で下ろした。ユーチャリスのレーダー機能が一部生きていたので状況確認を兼ねて戦場を見てみると、明らかに連合軍とも木連のものとも違う未確認機が確認出来た。もしかしたら、自分のような存在が介入を試みたのかもしれない。どちらにせよ、たった1機で太刀打ち出来る数じゃない。アキトはそれを悟るや否や格納庫に倒れていたブラックサレナを再起動させてボソンジャンプを敢行した。フレームへの影響が懸念されるが、殆ど機能を停止しているユーチャリスの格納庫で、高機動ユニットを装備したり、消耗した弾薬を補給することは難しい。こうなれば、何とか突破口だけでも切り開いてやるほか無いだろう。

 そう判断するとアキトはレーダーが捉えた座標めがけてボソンジャンプを行った。結果、自爆装置起動寸前に割り込みに成功したわけなのだが、ブラックサレナで跳躍するまでの時間差は、敵の戦力分布の移動には十分な時間だったようだ。窮地を救いに来たつもりが、自分から窮地に突っ込む形になってしまった。

 「不味いな……。これじゃあ突破口を切り開くのは無理だ」

 予想を遥かに上回る戦力が集中している。突破するには、最低でもスーパーエステバリス以上の火力と高機動ユニットクラスの機動力が必要だ。本当なら眼前の未確認機がそれを保有していたのだが、現状では見る影も無いほど損傷しているし、アキトからすれば自分が消えてから実戦投入された新鋭機のことなど、知る由も無かった。

 アキトは未確認機がワイヤーを撃ち込んできたのを見て、接触通信の回線を開いた。どうやら、先の戦闘やイレギュラージャンプの影響を受けていないようだ。ありがたいことだ、これで打ち合わせが出来る。

 『アキトさん、救援を感謝します』

 出し抜けにそう言われてアキトは少し戸惑った。明らかに合成音声だが、聞き覚えが無いしそもそもこのような音声を使用して会話するような友人知人はいないはずだが。

 『私はこの機動兵器の制御AIの1つ、K・I・T・Tと申します。キットとお呼び下さい。オモイカネ級AIの小型廉価版です』

 「オモイカネ、って言うと、ネルガルの」

 『はい。私はアキトさんがイレギュラージャンプで行方不明になってから3年後の世界からやってきました。光輝、一応顔見せをお願いします。知った顔がいれば少しは納得されると思うので』

 そう言って映像をブラックサレナに送りつける。画面に映った人物を見て、アキトは喜びを隠せなかった。

 「アスマ! お前も来てたのか!?」

 喜んで話しかけるアキトを冷たい視線で迎えうった光輝は言った。実は戸惑っているのだが、自分にとって不利になりかねない動揺を悟られないためにこういう時冷徹に対応する癖が付いてしまっている。例外は女房などの身内、ついで親友や悪友の類なのだが、そうであっても戦場ではきっと同じ対応をしただろう。

 「初対面の人間に呼び捨てにされるいわれは無い。大体馴れ馴れしいぞ」

 光輝の返答は容赦なくアキトの心を抉る。歓喜していた分、その一撃は鋭くアキトの心を抉った。まさか、ジャンプの影響で記憶に障害を負ったのか。

 「お前、俺のこと覚えてないのか?」

 ショックを隠せず動揺する。再会を果たせた兄弟だと言うのに、光輝の反応は紛れも無く初対面の人間に対するものだった。

 だが驚いていられたのもほんの一時だ。すぐにバッタたちの攻撃が再開され、話すこともままならなくなる。

 ワイヤーが切れて通信が途切れる前に、ボソンジャンプは不可能という言葉を聞いた。ブラックサレナではあの機体を連れてのボソンジャンプは難しいだろう。元々単独でのボソンジャンプは高機動ユニットを装備している時に行うのが常だったし、すでに高機動ユニット無しでのボソンジャンプでフレームが悲鳴を上げている。それでなくてもイレギュラージャンプ前の戦闘で少なからず消耗しているのだ。ボソンジャンプは辛うじて実行可能だが、このまま戦闘続行は不可能だ。アキトとしても何とか敵の注意を引きたくてブラックサレナを求めたに過ぎず、敵の撃退など端から考えていなかった。そんなことが実行出来ると考えるほど自惚れてもいなかったし、この物量ではどんなエースだって自分が生き残るのに必死で周りに気など配っていられないだろう。
 ブラックサレナが残っているかもしれないと思い何とか擱座したユーチャリスに乗り込んだまでは良かった。状況を確認するべくブリッジに移動してダウンしたシステムを自力で復旧させて、どうにかレーダー装置だけは使えるようにしたが、それ以上のことは流石に出来ず、艦の損傷具合さえも把握しきれていない。だが、軌道上での戦闘に気づき、手助けをと勇んでやってきたのだが、格納庫で倒れ伏していたブラックサレナへの搭乗でいきなり蹴躓き、どうにかしてようやく乗り込んでいざボソンジャンプと戦場に到着した時にはすでにストレリチアは致命傷を負っていて戦力どころか足手纏いでしかない状態。アキトは自分の不運を呪うと同時どないせいと言うんだといもしない誰かに突っ込みを入れていた。

 「さて、どうやって逃げるかな、ブラックサレナも調子悪いし、あの機体もまともな手段だ逃げられそうにないし、ボソンジャンプが出来ないんじゃどうしようもないな。ゲキガンガーでもあれば話は別なんだがな」

 ついつい軽口を叩く。ボソンジャンプ抜きではブラックサレナが完全であっても生きて帰れないような戦場だ。例外と言えば、アニメにしか登場しないようなスーパーロボットだけだ。この時はその“スーパーロボット”に自分が搭乗することになろうとは、予想だにしていなかったのだが。

 「本気でゲキガンガーが欲しくなる一瞬だよな」

 アキトは唇を舐めながらブラックサレナを操り、ぎりぎりで機銃を回避する。エネルギーに限りがある以上燃費に難のあるディストーションフィールドは出来るだけ使用を控えたい。

 (体がついていかない。やはり鍛えていない体では)

 アキトはブラックサレナの加速についていけなかった。あの頃――復讐に燃えていた頃は体を鍛えていた。が、今の体は鍛えてなどいない。一民間人としてバイトなどに精を出していたが、機動兵器に必要な耐G訓練も武術を収めるのに必要な肉体改造も全くされていない極々一般的な体だ。知識として知っていても、今の体とは全く反応が違って狂いまくっている。その反応の違いもまた、この状況を絶望的にしていた。

 (もし全開で動けば、確実にあの世行きだ)

 慌てていたから専用とでも言うべきパイロットスーツさえ着ていない。今のアキトは肉体改造前とあって、ブラックサレナの性能を完全に殺していた。弾薬も少なく推進剤も少なくおまけに機動性も殺がれて多勢に無勢。ブラックサレナがいかに重装甲で耐弾性が高いとはいえ、所詮は機動兵器レベル。艦船ほどの装甲は望めないし何よりその重装甲が災いして機動力も運動性能も低い。ついで前記の理由によりそれを補っているスラスターの類も有効活用出来ない。重さを推力で補っている以上、推力の微調整で負担を軽く動くなんて芸当からは程遠いのがこのブラックサレナという欠陥品である。

 なお、その思想を少なからず受け継いだストレリチアは、動力と推力の源を支援戦闘機に移し、本体はエステバリスやアルストロメリアのように可能な限り軽量にし、必要に応じて合体分離することでその機体特性を変化させるというシステムをとる事でこの弱点を緩和している。最も、戦闘中の分離合体のリスクが高いことは言うまでも無い。その上、分離している状態では中核である人型戦闘機の方が戦闘能力が低いという欠点も抱えている。



 アキトは体中がGで軋むのを我慢しながら懸命に敵弾を避け、何とか脱出口を探そうとするが、ブラックサレナを操るのに精一杯でとても分析まで頭が回らない。モニターの端に写る新型機も、撃墜されないようにするのが手一杯なようだ。

 「やっぱ、見捨てればよかったかな?」

 ついついそんな事を考えてしまう。とりあえず、このままでは犬死だと結論付けて単独離脱を考えてみる。せめて通信さえ出来ればパイロットだけは回収出来るのだが……。






 「救援には素直に感謝するが、タイミングが悪過ぎだ、あの不幸男」

 光輝は白い目でブラックサレナを見ながら自爆スイッチをぽちぽちと押してみる。

 反応無し。

 『やはり先ほどの攻撃で自爆装置の回路が破損したようです。アキトさんに非が無いのはわかりきっていますが、流石に恨めしく思えます……』

 キットも呆れたように嘆く。おかげで脱出の機会を失った。戦艦も幾つか残っているし、バッタなどもまだ大量に残っている。まあ、アキトからすればこちらが自爆を考えているとは露とも思っていなかったのだから不可抗力なのはわかっている。ただちょっと愚痴っているだけだ。

 「仕方ない、自爆は止めて特攻だ。エンジンの出力を最大にしておけ。戦艦の機関部に突っ込めば誘爆で幾らか巻き込めるだろう」

 「――結局機体は捨てるのね。でも、他に方法がない以上仕方のないことなのかな。……ストレリチア、御免ね」

 菫はベルトのバックル部分にガタックゼクターを装着してシステムを完全起動させる。カブトゼクターの音声に比べてエコーの掛った『ヘンシン』の電子音声と共に瞬時にボソンジャンプによって下着を除いた衣服が取り除かれ、同時にベルトから放出されるナノマシンがインナー、スーツ、プロテクターの順に装着者の体を覆ってシステムを完成させる。頭髪は幾重にも折り畳まれてヘルメット内に収められる。全ライダーシステムに共通する特色だ。本来インナーを着替えなければ使えないナノマシンスーツやパワードスーツの類を瞬時に装着するために開発された技術である。
 ナノマシンによって衣服類など体に身に付けていた物を分解してしまうという案もあったが、それだと貴金属類や特に携帯電話などの電子機器に悪影響を与えてしまう為、不要なものは全部ボソンジャンプによって排除、排除と並行してナノマシン性のインナーとスーツを体に張り付けるというアイデアを採用している。衣服のボソンジャンプも全部をいきなり取り払うのでは装着者を全裸にしてしまい特に女性の場合は致命的な状態になってしまうので、ベルトを中心にシステムの構築速度に合わせて段階的にボソンジャンプさせるという高度な技術によってこの問題を解決している。傍から見ると衣服などがライダーシステムに置き換わっていく様がはっきりと見えるため、段階を経て姿を変えていく変身ヒーロー(ヒロイン)のように見える。衣服類はライダーシステムが常駐している異空間に保管され、変身解除に応じて再び寸分違わずに装着者に戻される。またサインスーツとインナーはマスクドライダーシステムが停止してしまっても衣服が戻せない状況下では保持されるようになっているので(パワーアシストと自己修復機能は失われるが、防弾着としての機能は残る)強制的に変身解除がなされても全裸になることだけは防いでくれる。
 初めからシステムそのものをボソンジャンプで装着者に衣服と交換で着せるというアイデアがあったのも事実だが、それだと定期的なメンテナンスがやり難くなり、同時にその都度生成したところで問題がないと豪語出来るほど技術を確立させる事に成功したため保守を容易にするために採用を見送っている(実は原作再現を忠実にしたかった開発者の無茶振り)。
 サインスーツそのものはシステムが復旧すれば自動的に装着前の衣服や装飾品に戻してくれるし、このボソンジャンプだけはハイパークロックアップ同様特性回線を使ってかなり優先的に演算処理をして貰えるため、完成から現在までの実験では不都合が生じておらず、実際に並行世界に飛ばされた光輝も衣服などで苦労することもなく、身に付けていた貴重品などを1つたりとも失っていない。このシステムもすでに完成されていると見て不都合はない。
 余談ながら開発者のヤマサキも、どうやってこんなアイデアを実現したのか、あまりにものめり込み過ぎたため覚えていないと言う。

 マスクドフォームに変身した菫はGファルコンのコックピットの中で狭そうに身じろぎする。腕や足、胸部プロテクターなどの造形はカブトと全く変わらない。が、赤い部分が青くなり、両肩にライダーフォームと共用でガタックバルカンやダブルカリバーを懸架する角ばった形状の肩アーマーが着けられていて、カブトのマスクドフォームとは印象が異なる。頭部も赤いコンパウンドアイの表面にマスクドアーマーの格子が走り、まるで8つに分割されているように見える。カブトに比べて丸みが強く、ガタックホーンと呼ばれる角は両肩に頭部から切り離されて保持されていて、それを支えるために胴体のプロテクターにパーツが追加されている。

 「変身」

 『ヘンシン!』

 光輝もカブトゼクターをバックルに装着して変身し、Gコントローラーを始めデータディスクを回収すると直結で繋いだ回路で敵艦に向けてストレリチアを特攻させる。ハッチを爆裂ボルトで吹き飛ばして機外に出ると、改めてライダーフォーム、ハイパーフォームへと変化する。

 『ハイパーキャストオフ! チェンジ、ハイパービートル!』

 「菫、じっとしていろ」

 光輝は全身の装甲、カブテクターに展開を展開させる。この状態なら、例え真空中だろうと活動可能だ。問題は、ストレリチア喪失後のエネルギー源の確保か。

 『コロニーのエネルギーを奪いましょう。ただし、絶対にハイパーフォームを解除しないで下さい。解除した場合、ルート確保がされていないエネルギー源からの搾取は出来なくなります。菫、聞こえていますか? 貴方も早くライダーフォームにマスクドフォームでは安定した供給が出来ません』

 「わかったよ。えっと、その前にもう1人のあたしが言いたいことがあるらしいから少し時間を頂戴」

 言うとヘルメット越しではあるが、両手を米神に当てて顎を引く。どうやら脳内でもう1つの人格と会話を始めた様子だ。



 (で、貴方誰?)

 まさか自分の中に見知らぬ人格があろうとは思いもよらなかった。自分が精神病持ちだったという事実もちょっぴりショックだったが、まずは相手の正体を正確に見極めようと思う。

 (俺は、今は北斗の名を貰ってる。一応お前の別人格と考えてくれていいんだが、実際はちょっと異なってな、その、何というか……俺実は幽霊なんだ)

 菫は北斗の言葉に驚き、次第に背筋が冷たくなっていくのを感じる。

 (ほえ!? ってことは、もしかしなくてもあたしって……)

 (……。すまん、その通りだ)

 北斗は本当に申し訳なさそうに頭を下げる。確かに彼女の別人格となることで自分を“補完”出来た。彼女に“憑いた”のは本当に偶然だったが、余程相性が良かったのか、そのまま彼女の第2の人格として定着してしまい、失いかけていた自分自身さえも取り戻してしまった。元が“男性”だから女性の体に違和感は感じるが、鏡で見たこの女性の容姿は生前の自分にとって好みのど真ん中だったので、案外美女だから憑いてしまったというのが正しいのかもしれない。憑いて7年になると、体の違和感はすでになく、男性的な思考こそ失われていないが現在自分が生物学的に(と言っても他人の体だが)女性であることにも拒絶反応はなく、むしろ“楽しんでいる”。性転換手術等とは及びもつかない、文字通り完璧な女体なのだ。男性の体との違いに驚くと同時に関心もする。

 (あははははははははは……はぁ〜〜。まさか自分が心霊現象の“犠牲者”になるなんて……オカルトは好きだけど複雑な心境)

 北斗はますます申し訳なく思ってくる。体を共有しているとは言っても元が別人格ということもあり、どちらかが体を使用していると片方は休眠状態になってしまう。だからこそ彼は彼女の私生活に影響が出ないようにかつ気付かれないように彼女の生活を“観察”したり荒事に生じた際の救済措置として一時的に体を乗っ取る等と言った手段で世間の情報を集めたり表に出てくるなどそれはそれは気を使った。5年ほど前に北辰と光輝に存在がばれてからは色々と策を講じてもらって表に出る機会を増やしたが、本人の知らぬ間に生傷を拵えては大変と生前大好きだった格闘技やスポーツなどは控えなければならず、おまけに彼女の心象を悪くしないために不慣れな女言葉での対応など、貴重な経験ではあるがなかなかにストレスの溜まる。まあ自分の存在を考慮して菫の体力トレーニング等を欠かさずに行ってくれた光輝や北辰には感謝してもし足りないが。恐らく自分の影響で、彼女は戦闘にすぐに適応出来たのだろう。一応元軍人ではあるし。

 (すまん。だけどもう離れられなくて、何度か試したんだよ? だけど全然ダメで、一応霊能力者とかにも頼ってみたんだけど結果は芳しくなく)

 (だからか、時折家の中で“お札”なんて見るようになったの。もういいや、特に不自由は無さそうだし)

 と、とっととこの問題に決着をつけることにした。正直ここまでやってダメなら今後離れることはないだろう。幸いなことにどうやら良い人そうだし、受け入れることに問題はないだろう。……本当はちょっと抵抗あるけど。

 (うう、本当に申し訳ない。でもありがとう、受け入れてくれて)

 (しょうがないよ事故だったんだし。それよりも今はこの状況を何とかしよう。死んじゃったら元も子もないし)

 あ、もう北斗は死んでるんだっけ。と思考を脱線させながらも菫は光輝に話が終わったことを伝えた。  菫はすぐにガタックゼクターのゼクターホーン(要はハサミ)を開いてキャストオフする。開いたハサミはそのまま180度回転してお尻にくっ付かんばかりの状態になっている。カブトゼクターに比べて外見的変化に乏しい変形である。

 『キャスト、オフ! チェンジ、スタッグビートル!』

 装甲が弾け飛び、ガタックは真の姿を露わにする。胸部プロテクターは中央の小さいパーツの周りに大きな4つのパーツが配されているかのようなデザインだが、ガタックのそれは段々畑のように三段に段の付いた構造で、段の部分には金の色彩が入っている。頭部はカブトと違い始めから双眼のデザインで、口の部分はこれまた段の付いた昆虫の口、というデザインにちゃんと仕上がっている。両肩に分割されて配されていたガタックホーンは両頬のローテイトに結合し、回転して角のように頭部の両側に設置される。ガタックバルカンの銃身部分は完全に排除され、露わになったのは細身で曲線を描いた双剣だ。基本カラーはブルーだが、刃の部分が右が金、左が銀となっており両者を結合するために鍔に相当する部分に連結用の穴が開いていたり巨大なピンが生えている。カブトに比べて攻撃的なデザインで、体は熱くとも心は冷静であるとでも言わんばかりに赤いボディと青い目のカブトとは対極に、冷徹な戦士をイメージしたかのような青い体に対して燃える心を表現したかのような赤い瞳の対比は戦いの神の名に恥じない。太陽と月という昼と夜の天体を表現しているとも言える色彩の対比だ。

 「菫、しっかり捕まってろよ」

 光輝はハイパーゼクターのスラップスイッチを叩き、ハイパークロックアップで火星の地表に跳躍した。

 「逃げろと伝えておいてくれ」

 『了解』

 消え際にキットにそう注文し、ブラックサレナを視界の片隅に認識する。

 (精々逃げ延びて見せろ、俺の兄を語るのならな)

 アキトに向かってそうエールを送りながら光輝はボソンジャンプを敢行した。光輝は、ストレリチアの声を聞いた気がした。さよなら、と。その声は、手にしたGコントローラーから発せられていたことに気がついたのは木連の増援と合流した後だった。






 主を逃がし、その使命を果たそうとしているストレリチア・ハイパーフォームは、ハイパーゼクターとGコントローラーを失ってなお、その姿のままあった。が、制御装置を失い強引な直結回路で動いている機体は不安定で、何時暴走してもおかしくない。そんな状態で、ハイパーストレリチアは敵艦に特攻を仕掛けた。



 「げっ、あいつ特攻しやがった!」

 アキトが突然の行動に驚き戸惑っていると、キットとかいうAIからメールが送られてきた。

 《撤退に成功。火星ユートピアコロニーで待つ。速やかに離脱されたし》

 「助かった。これ以上は俺も限界だったんだ」

 これ幸いとアキトは素早く撤退する。これでブラックサレナのフレームには致命的なダメージを残してしまうだろうが、命合っての物種だ。さっさと逃げてしまおう。丁度連中は、ストレリチアの特攻で一時的な混乱に見舞われている。
 アキトはストレリチアの最後を看取ると、速やかに戦線を離脱したのであった。








 なかがき

 今回は非常に長くなりそうなのでここで一区切り、後編に続きます(え? 誰も読んでない? 1人くらいはいると信じよう)。

 ぶっちゃけ追加した冒頭の「2つのヤマトの最後」が一番の原因です。最初は予定に無かったんですが、こうした方がいいかなと思って追加しました。何しろ、「さらば」以降に製作されたシリーズはファンの間でも賛否がありますかね。私は「さらば」が大嫌いな終わり方だったので続編作ってくれて非常にありがたかったのですが。

 今回は信念を曲げて俗に言う「さらばルート」を書きました。これ実は改訂前(つーか前作)のラストのひとつです。アンドロメダに関しては完璧なゲストですが。

 想定されていたルートは大まかに分けて3つ。

 1.「さらば」と同じラストを辿って完結(今回のエピソード)

 2.デスラーは死なず主要クルーは全員生き残る(生存者は68名)も、ヤマトは最後の攻撃において大破、辛うじて地球には帰還するものの東京湾沖合い30kmの地点に沈没。その後、ナデシコとヤマトの設計データを組み合わせた後継艦「2代目ヤマト」を建造して物語続行。「新たなる」のエピソードに突入する。この場合の後継艦は、かの「YAMATO2520」の第18代宇宙戦艦ヤマト。

 3.基本的な流れは「2番」と同様。ただし、ナデシコは損害を受けていたが健在で、最終決戦においてついに参戦。ヤマトと合体して究極体「ヤマトナデシコ」なって彗星都市と戦い、ボロボロになりながらも“自力で”超巨大戦艦までを撃破、地球に帰還して続投。

 2.3の場合はアクエリアスによる水害も自爆以外の方法で防ぎ、現役続行という筋書きが用意されていました。
 ヤマト建造中に出ていたナデシコの無人戦艦への改造はこの合体形態「ヤマトナデシコ」への伏線だったんです。



 今回この追加演出のせいで非常に沈んでしまって執筆が全く捗りませんでした。うう、ゲーム版作った人達の「書きたくねえ」とのコメントが心に沁みました(佐渡先生の死亡アニメーションの原画)。

 ちなみにこのラストシーンも今回の新生ヤマト用の設定を流用して一部変更してあります。その最たるのが「波動モノポールエンジン」の実装と、予定していた搭載武器の「艦底部ガトリングミサイルランチャー」の排除です。主砲も原理の面で差別化してあります。他にも細々とした相違があるのですが語って意味が無いので割愛します。プロローグのあとがきも修正していますがグレートヤマトから復活編を祝福する意味でデザインに関してはオリジナルデザイン(これを書いている段階ではPVの復活編デザイン)に変更しなおしています。武装こそ減少していますが逆に性能を向上させる方向で同程度の性能という扱いにするつもりです。何せ復活編ヤマトは波動砲六連射可能ですし、こちらもグレートヤマト用にナデシコの最終兵器と合わせて考案していた新兵器とほとんど同様の機能を持つ“トランジッション波動砲”まで搭載していますからね。復活編ヤマト採用に伴い新生ヤマトの発進シーンも大幅に改訂しました。余波を受けて、ヤマトを自沈させるための準備の前に、古代が乗組員を説得した言葉を最近たまたま見つけた35mm版から流用しています。こっちの方が普通に良い言葉なのですが、何故に変更されてしまったのでしょうね?



 で、前回といい今回といい全く良い扱いをされていないストレリチア。ついに撃破されてしまいました。
 第一話から通算二度目の実戦でお空のお星様となってしまいました。
 つい調子に乗って虐めてたらもう帰れない状況に立たせてしまい、沈みました。当初の予定ではアキトの奮戦(乗機はブラックサレナやブローディアにあらず。後編に登場)もあって大破しながらも回収されて復元、後継機が完成するまで現役で頑張るはずだったのですが、予想外にピンチにしてしまったので殺ってしまいました(笑)。まあ、適正があっても素人が乗って大群と戦えば如何に圧倒的な性能差があろうと倒されるのは必然ですからね。今作品中で「時の流れに」のアキトや北斗に匹敵するパイロットは基本いませんし、今後登場予定のパイロットも“本気の状態(暴走の一歩手前)”限定で非常に強力ですが、むしろそれは暴走アキトとなんら変わらない状態なので一概に比較出来ませんし。

 今作において天道光輝は「機械の扱いにかけては一日の長がある(後編参照)がパイロットとしては二流(電子機器の取り扱いと火器管制(射撃戦限定)には一日の長あり)。操縦技術に関しては向上はしていても機体への負荷を極端に避ける傾向にあるため活かされることが殆ど無い(無意識化の行動でありどうにも出来ない)。白兵戦では超一流の腕前でメンバー中ではほぼ最強(飛びぬけてと言うわけではない)」という設定なので。
 一応アキトは「パイロットとしては超一流でメンバーの中では最強。専用である乗機の性能もあって機動兵器戦では地球圏一(飛び抜けてと言うわけではない。約一名全開状態ではパイロット技量を凌ぐ人物あり)だが、白兵戦の腕前は並(肉体改造後は多少改善されるが経験値分の強さ)。どちらかと言うと装備に頼る傾向あり」なので。ある意味「時の流れに」のアキトを「パイロットはアキト、白兵戦は光輝」という分割した設定です。
 今回登場してもらった北斗も合わせて菫は「パイロットとしては操縦技術に関しては一日の長あれど、火器管制および電子戦がすこぶる苦手。白兵戦の技量は(北斗の状態で)光輝より劣り、メンバーの中ではナンバー4。経験値も不足している」という具合になっています。複座であるにも拘らずパイロットの役割が決まるまでにえらい回り道をしてしまいました。変更箇所としてはある意味一番の部分です。

 で、ストレイチアの尊い犠牲の元集められたデータは後継機にして原点回帰の「ダブルエックス」に受け継がれるわけです。もう新プロローグで名前が出ているのであえて記載します。



 今回からメカニックは基本的に版権物(つまり原作のまま)をベースに細部使用の変更や装備の追加を行うのみで全くオリジナルの機体は使用を控える(考えるのが面倒くさいというか、基本的に似たり寄ったりになってしまうため(例:ストレリチアとブローディア=ガンダムダブルエックス(Gファルコン装備)とウイングゼロ(Gファルコンがくっついている)と言った具合に)という決まりを作ったため、登場するメカニックはナデシコや他作品からの流用含めて基本的な外見と装備は原作のままです。ただし、新生ヤマトをはじめサイズや細部装飾、強化のために追加する装備品などにより変化することはありますが、基本的に名が示す通りの姿をしています。

 ストレリチアがダブルエックスに戻ったのもその一環で、現実にはベースして武装や外見の変更を行ったものがストレリチアなのですが、原点回帰とでも言うべき結果となり、元の姿に戻った事になります。

 

 







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プロフェッサー圧縮in雷王星(嘘)の「日曜劇場・SS解説」


さらば〜ヤマト〜も〜ぅ〜お別れだ〜(T^T)/~~

・・・ハイ、のっけから失礼しました。プロフェッサー圧縮でございマス(・・)

いやあ。ヤマトですね、ファイナルですね(・・)

わたくしね、見に行きました。映画館に。

いやぁ〜スゴかったですね(・・)

ナニがスゴかったかと言いますと、最後の(ry


それから『さらば』! コレも見に行きました、涙しました。

後で別のイミで(ry


・・・え〜、このパターンばっかではあんまりなので多少ヤマトの特殊性について補足しましょうね。

『宇宙戦艦ヤマト』と言う一連のシリーズは、今でも余り類を見ない構成になっております。

まず第二作である『さらば宇宙戦艦ヤマト』が
いきなり黒歴史です(爆)

劇場版の後にTVシリーズが開始されたのですが、そのラストで超巨大戦艦を仕留めたのはテレサの特攻になっています。
テレサ自身も反物質人間ではなく、普通の(?)超能力者で島と熱烈に愛し合ったりなんかしちゃったりします。

・・・まあ
数kmオーダーの要塞級戦艦を生身で粉砕する辺り尋常では有り得ませんがええ。

その血を輸血された島が超地球人化しなかったのは今となっては不思議ですが(ぉ 閑話休題。

こうしてTV版で生き残ったヤマトは、TVスペシャルの『新たなる旅立ち』を経て『ヤマトよ永遠に』、IIIと続いてファイナルにてピリオドを打つことと相成ります。

ちなみに『新たなる〜』の続編的位置づけが『永遠に』ですが、どちらかと言えば劇場用リファインであるとわたくしは思っております(゜゜)

それと主砲に三本線が入り始めたのは『新たなる〜』からでして、その他にも波動エンジンにスーパーチャージャーが付いたりと、
グレートと共闘したVer.のマジンガーZ並の強化がされてます。コレ豆知識(・・)


・・・・・・とまあ、そんな訳で。

ヤマトである以上、
パラレルはむしろ必定!と言うお話なのであります(ぉ


さて、そんなこんなで作品世界の主時間軸についてですが(゜゜)

ヤマトの代わりにストレリチアが特攻してしまいました(超爆)

・・・ナニやら
すっかり特攻づいてしまってますが今話だけでしょうええ(゜▽゜;)

と言いますかフクベといいアキトといい
間の悪い野郎ばっかなのがなんともはや。

・・・・・・もしかして、コレが
世界の修正力なのでしょうか(絶対違)

今回、一騎当千で無双なキャラはいないようなので、チームワークが勝利の鍵となるのでしょうが、さて(゜゜)



さあ、次回作が楽しみになってまいりました(゜▽゜)機会があったら、またお逢いしましょう(・・)/

いやーSSって、ホント〜に良いものですねー。

それでは、さよなら、さよなら、さよなら(・・)/~~


                By 故・淀川長治氏と宮川泰氏を偲びつつ プロフェッサー圧縮

#ファイナルがTVの洋画劇場で放映された時、最初は
正気か?と思いましたが見て納得(謎)
 興味があって暇な人は35mm版でググると良いデス(・・)

 

 


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