「全く。ラブシーンならもう少し場所を考えてもらいたい物だな」

 「いや、同感」

 光輝はダブルエックスの調査に付きっ切りの兵士たちと愚痴を零しあう。アキトに勉強を教わろうとしたのだが、感動の再会を邪魔するわけにはいかず、離れた仮説指揮所のモニターでダブルエックスの解析データを一緒に観覧していた。これはこれで十分楽しいのだが、姉と慕う舞歌の影響もあって、人の色恋沙汰にはちょっかいを出したくなる。まあ、険悪な関係を作ることなく適度に油を注ぎこんで適度に鎮火させるのは結構スリリングで楽しいのだが匙加減を間違えると最悪の結果を招いてしまうので、空気を読む能力は結構問われる。
 その一点に関しては間違いなく舞歌は才能に恵まれていると言える。

 「まあ離れ離れの恋人同士の再会だし、野暮なことは止しておきましょうか」

 「そうだな。彼女が居ないからって邪魔するなよ、若林」

 ようやく地上に返り咲いた北斗が疲れた顔で言った。彼女、正確には北斗は何故か方向音痴なのだ。菫の案内を受けても尚道に迷う(しかも一本道に近い場所でも)のは一種の才能だろうか。
 光輝はあまりに好戦的なため周りが見えないその性格が影響しているのではないかと仮説を立てているのだが、真偽は定かではない。

 「ああ、独身男の僻みは醜いからな」

 「ひでぇ。こんな美人の嫁さん得た奴に言われると嫌味にしか聞こえねえぞ」

 「勿論嫌味のつもりだ。早いとこ彼女でも見つけたらどうだ。独り身にはそれなりの自由と楽しみがあるが、嫁さんがいると生活に張り合いが生まれるぞ」

 光輝はしたり顔で言う。若林は気分を害したのかしかめっ面で、

 「特に夜の生活か?」

 と茶化した。

 「そうだな。悔しかったら彼女を作ってみろよ、彼女いない歴25年だったよな?」

 とニヤリと嫌らしい笑みを浮かべてバシバシと背中を叩く。

 「……ド畜生」

 若林は滂沱の涙を流しながらモニターに向き直る。

 「あ〜〜、生き返るぅ〜。一仕事済ませた後の一杯は格別だねえ〜」

 いつの間にか北斗と交代していた菫がウォータークーラーの水を紙コップに注いで一気飲みしていた。腰に手を当てて水を煽る様は、さながら風呂上がりに牛乳を飲んでいるようであり、疲れたサラリーマンが気合を入れる為に飲む栄養ドリンクを連想させた。運動した直後で上気した頬やうっすらと浮かぶ汗は、結構色っぽい。

 「……本当に羨ましいこって。俺たちのアイドルを口説き落としやがって」

 「そのアイドルを男女、とか。残念な子、とか散々虐めてたのは、どこの誰ですかね?」

 それはもう嫌味ったらしい顔と声で古傷を抉る。男の名前であった事、どんなに努力しても武術の技術が上達しなかったこと等から、彼女を虐めていた事は事実だ。だがそれも彼女が二次性徴期に差し掛かる時にはピタリと止まっていた。容姿は以前から良かったが、女性らしさを増すと共に彼女に嫌がらせをする男性はいなくなった。過去の虐めについて謝罪して交際を求めるものも多かったが、彼女は決して首を縦は降らなかった。

 無論光輝のアプローチに対しても同様であり、彼女を口説き落とすのに光輝は本当に苦労した。一目惚れから交際に至るまでの期間は、実に5年。傍から見ていていっそ哀れに思えるほど気付かれる事の無いささやかな意思表示は尽く失敗に終わり(この時ばかりは彼を排斥しようとしていた連中も同情を隠せなかった)、かと言って告白したとしても振られたら家に居辛い上に立ち直れそうになかったので、万全に万全を期して色々と外堀を固めてからの告白となった。一応成功は収めたからこそ現在の関係になったが、交際を始めてからも色々と苦労はあった。

 まあその苦労が身に染みているからこそ、今の自分があるのだが。



 思い返せば、欲望に勝てなくて覗き(当然風呂)を企てて、目を盗み切れなかった北辰に内々の内に折檻されたことも、良い思い出だ。振り返ってみれば、良く結婚を許してくれたものだと思う。家から叩き出されても文句は言えないものなのだが。


 「さて、待望の――というのは大げさだが、折角の新型機だ。おかしなところが無いかチェックを頼むぞ。何せ、俺たちのガンダムだ」

 「へいへい。仰せのままに。……“俺たちのガンダム”、ねぇ」

 軽く嫉妬を覚えながら若林はガンダムDXに繋いだPCのキーを叩き、モニター表示を始める。

 「ってちょっと待て。ガンダムっていうのか。この新型は?」

 今更という感じもしたが、若林は突っ込む事にした。てっきりエステバリス系列の機体だと思っていたが、もしかして全くの別物なのだろうか。

 「そうだ。ガンダム、こいつはガンダムDXとGファルコン。

 ストレリチアの原型になった機体だよ。エリナの話だともう1機、別のガンダムが完成したそうだけど」

 「もう1機だと!? ガンダムが2機も……しかしこのスペック数値から見ると、並みのパイロットじゃ機体に振り回されて終わるぞ? ド素人のお前たちにどうにか出来る代物なのか?」

 『確かにその通りですが、技術はともかく光輝と菫の順応性は、はっきり言って桁外れです。戦闘における駆け引きと戦況を有利に運ぶための技術は確かに不足していますが、機体制御に関しては問題無いでしょう。
 それに、その機体を制御するために、私のような存在がいるのです』

 と、キットが言う。
 実際問題この機体は2人乗り、自分の様な存在を含めれば実質3人乗りだ。制御する人間が増えれば必然的に1人当たりの負担は減る。その場合はパイロット間の意思疎通、連携が戦闘能力を左右するが、この2人に限って連携が取れないという事は無いはずだ。先の戦闘でも証明して見せている。極端な言い方をすれば、言葉を交わさなくてもある程度の意思疎通が可能で、お互いの出来ることと出来ない事を把握しあっている2人だからこそこの機体を制御し得るのだ。そこに自分のようなAIが入れば完璧だ。2人の事を正確に把握し、不足分を補いより連携を密にする。それこそがこの機体がオモイカネ級AIの搭載を前提にした造りをしている最大の理由だ。

 「そうだな、後はキットとハイパーゼクターの補佐に期待するさ。幾らなんでも一朝一夕で高度な操縦技術は得られないからな。訓練のみならず、実戦経験が物を言う。
 熟練するまでの間もさることながら、長時間の戦闘になった場合の消耗の低減その他の事情を考えると、負担が少ないに越したことは無いだろう。



 ……しかし、幾ら強力でも単機で戦えるような性能じゃないな……。
 包囲されたり接近戦に移行されたら厳しいな。それに屋内戦闘も無理だ」

 『そうですね。確かに突破力に秀でていますが、機体バランスを考慮すると殴り合いやチャンバラ、それに限定空間内での戦闘は避けた方が無難ですね』

 キットは相槌を打ちながら思考の片隅で、この機体で一緒に戦う事は無いかもしれないと思った。その理由は到底この場で話せる事ではないのが、心苦しい。

 「となると、ダブルエックスが役に立たない場面で戦える機体の用意が必要だし、複数の事態を想定して戦うとなるとやはり信頼しあえる仲間も必要だ。

 ナデシコの乗組員候補というのはわかるのか?」

 『残念ながら、この世界の候補のデータはまだありません。ネルガルとしても最高ランクの機密事項でしょうから、簡単には入手出来ません』

 「ネルガルの会長に問い合わせればわかるんじゃないかな? と言っても、まだクルーの選別やってない可能性が……」

 「早めさせろ。ダブルエックスの慣熟訓練だけじゃない、新型エステバリスとジェネシック、それに今だ未覚醒の真ゲッターも含めたチームプレイを模索する必要がある。パイロット候補だけでも早急に集めさせろ。
 ガンダムと遺産ロボットは特殊すぎる。早い内に戦術を見つけないとチームワークが崩れて各個撃破されかねない。

 機体の損傷は直せるが、人的資源はそう簡単には補充出来ないんだ。春樹を通して連絡を頼む。俺の名前を使えば余程の用事が無ければ連絡が通るはずだ。それと、戦艦のスクラップを回収する事になるかもしれない。輸送手段の手配も頼む」

 「……どんだけ贔屓されてるんだお前?」

 「ふははははは! コネを持つとはこういうことだ。人脈を確保するに越したことはない。まあ、殆どが偶然得た人脈とはいえ、使える時使わなくてどうする? それに、ハイパーゼクターを保有する俺はこの計画でも重要人物の1人だ。権力を使える時に使わなくてどうする?」

 若林は苦笑して通信端末を操作する。

 「これで問題が起きたら責任取れよな」

 「ああ。恩を仇では返さない。誓うさ、天道光輝の名にかけて」

 こう言われてはもう断れない。自分の名前にかけた誓いを破ったことは、今だかつて無かったからだ。

 (本当に問題が起こったら絶対俺もとばっちり食うよな……とほほ)

 若林は世の中の理不尽さを感じながら、通信端末を操作して上司の了解を得てから光輝の名前を使って草壁に連絡を取るのであった。









 抱擁を終えたアキトとユリカは、やがてどちらとも無く重い口を開いた。

 「ごめんねアキト、あたし、アキトとルリちゃんに会いたかったから、許されないことしちゃった」

 「時間に、他の歴史干渉したことか? だったら止せよ、それを言ったら事故とは言え俺達の方が先だ」

 「でも、あたしたちは故意にやったんだよ……」

 沈痛な面持ちで顔を伏せるユリカの顔を、アキトは両手で掴んで上を向かせる。そして、真っ直ぐに彼女の目を見つめる。

 「故意だろうと事故だろうと同じだよ。罪は罪だ。知らなかったからとか、そんなつもりは無かったとか、そういうの結局言い訳にしかならない。

 良いんだよ。自分が悪いことをしたって意識出来てれば。そうすれば、意識さえしていれば、心だけは真っ直ぐにいられると思う。

 俺がそうだ。許されないことをした、道を踏み外した。例え連中が極悪非道なことをして、その被害者だったからって、ユリカを取り戻すためとは言え、俺は大罪を犯しちまった。だけど、真っ直ぐ生きようと思う。

 だからユリカも真っ直ぐ生きれば良いんだよ。

 あの時誓ったろ? お互いの罪を共有して、2人で償っていこうって。だから、俺が支えてみせる。今度は絶対に逃げない。だから、何時もみたいに笑っていてくれよ。

 それに、離れ離れになるのはもうたくさんだ。一時はそれで良いって思ってた。罪人にはお似合いの末路だって。でも、もう嫌なんだ」

 アキトの言葉に目をぱちくりさせたユリカはアキトの態度に違和感を感じて尋ねた。

 「……アキト、何か変わったね」

 「人間は変わる生き物だよ。俺だって成長くらいするさ。……悪い方か良い方かはわからないけど、な」

 「でも良かった――。昔のアキトに戻ったみたいで、何か嬉しいな」

 「そ、そうか?」

 「うん。だって復讐直後のアキトって、何か無理してるみたいで、自然じゃなかったっていうか。
 あ、あのアキトを否定するわけじゃないんだけど、やっぱりアキトはこういう方がらしいな、って」

 「そうだな――。しかし、やっぱりユリカは笑顔が似合う。お日様みたいで、見てるだけで心がポカポカしてくるよ。やっぱりユリカは、俺にとっての太陽なんだな」

 「えーーーいやだあ〜〜」

 頬に手を当てていやんいやんと首を振る仕種は年齢に似合わず非常に似合っていた。



 すっかりバカップル状態の2人に水を指した勇者の名はラピス・ラズリと言った。桃色の妖精とご近所でも評判のユートピアコロニーのアイドルである。その容姿に惹かれて交際を申し込み玉砕した猛者は数知れない。その撃墜王は果敢にもこの桃色の空気に戦いを挑んだのだった。

 「ねえちょっと! 何時まであたしのことを無視してるのよ!」

 アキトの上着を引っ張って自己主張する。無視されてご立腹なのか、ぷうっと頬を膨らませている。その整った顔立ちと合さって並の男なら一撃で轟沈させるだけの愛らしさを露わにしているが、この男に通じるわけがない。何故ならすでに目の前の女性に沈められている沈没船だからだ。沈没船が二度沈む事はありえない。

 「ああ悪い悪い。ユリカ、覚えてるだろ? ラピス・ラズリだよ」

 「ラピス!? うわあ、美人さんになったねえ!」

 ユリカは軽く腰を屈めるとラピスを正面からまじまじと見つめて、顔を様々な角度で見てにっこりと笑う。

 「ホント美人だねえ。そっかー。ラピスって大きくなるとこんな風になるんだー」

 「えへへへ。そんなに褒められると照れちゃうよお。にしてもユリカ、スタイル良いねえ。ちょっと分けて欲しいよ。――特に胸元」

 そう言ってラピスはユリカの胸に顔を埋めてすりすりと頬擦りする。ついでに両手で胸を鷲掴んでモミモミと悪戯する。

 「うきゃ! くすぐったいよ」

 けらけらと笑う2人をすることもなく見ているアキトは、

 (仲良さそうで何よりだ。やっぱりラピスも会いたかったんだな)

 仲睦まじい姉妹というのが相応しい光景に思わず頬を綻ばせる。ラピスの行動でちょっぴり邪な思考が浮かんだことは浮かんだが、そこはスルーしようと固く誓っていた。どうせ今後は(ユリカが嫌がらなければ)やりたい放題だ。

 『私は機械だからこういうことには疎いが、よかったなアキト。絆を取り戻せて』

 「まあな。俺もようやく取り戻したよ。……家族を……な」

 アキトはジェネシックと言葉を交わしながら今後のことを考えていた。ジェネシックガオガイガーの処遇はまあ先程の考えに基づいても問題も無いだろう。
 問題は今後の立場だろう。ジェネシックに搭乗しても問題のない立場、それでいて戦闘に加担しても全く問題のない立場となれば、選択肢は非常に限られる。

 「軍人か……本当ならなりたくはない職業なんだけど」

 仕方ないか。

 アキトは諦めにも似た思いを覚えた。アカツキ辺りに上手く計らってもらえば企業からの協力、という形で関われるかもしれないが、今後のことを考えるとやはり軍人以外に選択肢はない。ネルガルのテストパイロットという形にして軍人になることを避けるという手もある。しかし――

 「でも、ガオガイガーを埋もれさせるのは惜しい」

 そうなると今度は戦場に出ることが難しくなる。

 ならば、光輝に便宜を図ってもらって草壁一派の計画に参加するのが一番だろう。ジェネシックガオガイガーの技術をネルガルと木連の双方で解析すれば発展も容易だろうし、おそらくあの新型にもジェネシックの技術が転用されているはずだ。それに、機体形状の類似や構成から見て、軌道上で大破したネルガル製の新型を発展させた機体というのは間違いないだろうから、それがベストだろう。

 はっきり言って軍人は嫌いだ。嫌な面を見過ぎたからかもしれないし、元々軍人は正義の執行者であるべきという思い込みがあったのかもしれない。軍人だって、警察等の法的機関を運営するのも、人間だという事を失念していた。
 しかし、どちらにせよ向き合わなければならない事は明白だ。もし仮に自力で和平の道を模索するにしても、軍人や政治家の行動が無ければ戦争は終わらない。本当の意味で和平を考え、その為に微々たる影響であっても尽くしたいと考えるのなら、避けては通れない道筋だ。

 「……仕方ないか。俺が出来ることで世界に良い影響を与えられるなら」

 アキトはジェネシックを見上げて目を細めた。

 『大丈夫だろう。誰も信じられなくなったら、それはそれで終わりだぞ』

 「まあ、な。……お? 光輝達が来たぞ」

 菫を伴った光輝がこちらに向かって歩いてくる。

 「よお。感動の再会は終わったか?」

 唇の端を軽く持ち上げた、薄笑いの表情で近づいてくる。まるで玩具を見つけた子供のような、というよりは虐める対象を見つけた悪ガキのような表情だ。彼はそのままアキトの隣を素通りしてジェネシックガオガイガーの傍に立つ。アキトよりもそっちの方が興味を惹かれるらしい。

 「まあな。最後まで邪魔が入らなくてよかったよ」

 そう答えている間にも光輝はジェネシックガオガイガーに物珍しそうに触れていた。

 「そうか。早速で悪いがダブルエックスの解析に付き合ってくれ。ガオガイガーも一緒に簡易メンテナンスをしておきたい。機能の把握もあるからな」

 アキトは光輝の言葉に頷く。ジェネシックも(しっかりと頭部を動かして)頷き、ゆっくりと立ち上がるとダブルエックスの隣に移動して膝を付いた。ドリルが地面を抉っているのはご愛嬌だろう。工場施設でやられては溜まったものではないが。

 『では光輝、ダブルエックスと合わせてデータ解析を行ってくれ。ついでに出来るのであれば左肘の2番アクチュエータの調整を頼む。先程の戦闘で少々負荷がかかったようで、調子が悪い』

 「わかった。早速始めよう。ヤマト出現予定時刻まであと3時間30分。移動に30分。1時間以上は余裕を見たいから1時間半後に出発しよう。それまでに調整は可能か?」

 『勿論だ。幸いにもメンテナンスハッチの開放だけで見れる範囲内にある。すぐに終わるだろう』

 光輝は頷くとアキト達を伴って仮設指揮所に戻った。道中でワームの事――光輝のワームとの関係も含めて掻い摘んで説明した。ラピスもユリカもたいそう驚いていたが、特に拒絶するような反応は見せなかった。それは、光輝にとって紛れもない救いである事は疑う余地が無いだろう。

 「あっ! そう言えばキットは何処? ハイパーゼクターに移植されたって聞いてるけどまだ会ってなくて」

 「ん? ああ、恥ずかしがって出てきてないだけじゃないのか?」

 『シャイなんです、良いじゃないですか登場が遅れたって』

 文句を吐きながらキットINハイパーゼクターが出現してユリカの手の内に収まる。

 「うわぁ〜キット久しぶり! 元気してた? こんな姿になっちゃたけど大丈夫?」

 矢継ぎ早に問いかけてくるユリカにキットは困ったような口調で返事を返した。

 『大丈夫ですよ。この姿でも結構快適なものです。ご心配どうもありがとう』

 思えば彼女とも長い付き合いになる。3年と口に出してしまえば短い数字だが、その間の密度の高いあの時間はそのまま自分の年齢に繋がるキットにとって掛け替えのない時間だ。
 生まれてからすぐに出会い、相棒と共に護ってきた大切な女性。単なる人工知能に過ぎない自分に対しても親愛の情を抱いてくれた事は、幾多の困難を乗り越えるだけの力を与えてくれた。彼女と相棒無くして今の自分は無かっただろう。2度も修復不可能と称される打撃を受けたにも拘らず復活がなったのは、きっと彼と彼女との間に芽生えた愛情が生んだ奇跡だろう。

 「そう? 良かったぁ〜。火星でキットが壊れかけた時、1号機に移植することを思いついたから慌てて作業したんだけど、間に合って良かったぁ〜」

 ほっと胸を撫で下ろす姿にキットは、「ああ、やっぱり彼女が助けてくれたんだ」と感激で胸が一杯になった。
 感極まったユリカがハイパーゼクターを胸に抱く。

 「そう言えば、お前がアスマと一緒にユリカを守ってくれてたんだっけ。礼を言ってなかったな。ありがとう」

 アキトが微笑みながら礼を言う。本当なら握手でもしたいところなのだが、相手はハイパーゼクターであり手が無い。握手も出来ずユリカの胸に抱かれている状態では迂闊に触れる事すら出来ない。何しろ手で包まれてるわ胸に埋没してるわで、普通に手を出したらセクハラと罵られても文句が言えない状態なのだから仕方が無い。

 『いえいえ、与えられた役割を果たしただけです。それにアスマの身内なら私にとっても身内同然。助ける理由としては至極シンプルな物です』

 アキトはキットの返事に納得したと言わばかりの表情を作ると、さも当然のようにユリカの肩を抱いた。
 光輝はそれを呆れた視線で見届けると何も言わずに仮設司令部に向けて歩き出した。

 短い移動時間であったが、思いの外簡単に女性陣が打ち解けられて良かったと思いつつ、光輝は今後の事に思考を巡らせていた。



 さて、夕食は何にしようかな。





 光輝はダブルエックスとGファルコンの解析の為に木星にいたユリナを問答無用で呼び付けた。元々ストレリチアの開発担当だった彼女の方がより効率的に解析出来るだろうと判断したからだ。
 呼び寄せた途端“光輝だけ”がストレリチア消失の代償として2,30発引っぱたかれたが、素直に諦めておこう。菫(と北斗)は被害を免れたのが少々癪に障るが、これは男の性と受け入れるしかないだろう。



 「え〜と。基本的な仕様はストレリチアとあまり変わりませんね。まあストレリチアがこのガンダムをデザインベースにしたから当然なんですけどね」

 とユリナはモニターに表示されているスペック表や文字列を読みながらそう言った。

 「というほとは、そうしゅうひすてむにもほほひなひがいはひゃいってほとか?(と言う事は、操縦システムにも違いが無いってことか?)」

 熟れたリンゴの様に真っ赤に腫れあがった頬を濡れタオルで冷やしながらそう尋ねた。気を抜くと上手く呂律が回らそうなので喋るのにだって一苦労だ。というか、まともな言葉になっていない。
 隣では菫が痛々しそうに光輝の頬を見ている。自分にだって責任の一端があるのに直接の報復を受けていないだけに、余計に辛かった。狙ってやったのだとしたら彼女は結構陰険なのではないかと疑いたくなったがそれはひとまず置いておいて、夫の手当てを済ませることにする。定期的に氷水で濡らしたタオルを取り替えて患部を冷やしておけるように配慮する事しか出来ないのだが。

 「そうでもないわね」

 ユリナは紙コップに注がれたコーヒーを一口飲みながら否定した。散々引っぱたいてすっきりしたのか返答には険が無い。

 「機体性能は比較に出来ないほど向上しているし、どうもこの機体指揮官機としての性格を持たせてるらしくて電装品の扱いが難しいのよ。
 ま、合体してなきゃ指揮官機としては恐らく使えないけどね。この子、システムが凄く複雑で、完全に性能を発揮したいのなら合体して2人乗りにして、ハイパーゼクターを制御装置に組み込むだけじゃなく、キットみたいなオモイカネ級AIの制御が無ければならないみたい。
 つまり、実質3人乗りなのよ、この子って」

 そう言ってモニター表示を切り替えて続けた。

 「電装品の性能も素晴らしいけど、何よりも特筆すべきは動力炉よ。

 小型波動エンジンとは、恐れ入ったわ」

 「波動、エンジンって?」

 隣でちびちびとコーヒーを啜っていたユリカが質問する。

 「宇宙エネルギーを圧縮してタキオン粒子に変換、それを推進力や機体の電力に置き換える、半永久機関ですよ。
 ……恐らく元はヤマトの動力機関――すなわち人類にとって、相転移エンジン以上出力を誇る大出力機関であると同時に、ボソンジャンプとは異なるワープ機関を兼ねた強力なエンジンです。
 まあ、相転移エンジンをベースとしているモノポールエンジンの方が最終的に動力としては高出力化しているとは言っても、この波動エンジンが無かったらそもそもそのモノポールエンジンすら誕生していないという事を考えると、波動エンジンの価値は無視出来ませんね」

 「その、モノポールエンジンってのは一体何なんだ?」

 今度はアキトが口を挟む。

 「モノポールってのは磁気単極子っていう素粒子の事だよ」

 答えたのはラピスだった。秀才少女の面目躍如とばかりに一気に捲し立てて自身の知識を披露する。

 「存在が確認されているわけじゃない架空と言っても良い素粒子の一種。タキオン粒子も現状同じようなものよ。
 要は、通常磁極にはS極とN極があるんだけど、この磁気単極子はそのどちらかしか保有してないの。
 理論上存在するはずだと言われながら観測出来ずに早2世紀。ビッグバンにて生成されたと言われていて、1つの銀河系に1つあるか否かと言われるほど希少価値が高い素粒子とも言われてるのよ。

 恐らくモノポールエンジンって言うのは、この磁気単極子を触媒として真空のインフレーション――すなわち真空の相転移現象をより強力に作用させてエンジン出力を驚異的に高めた強化型相転移エンジンの事を指しているんだと思う。

 ついでにさっきお兄ちゃんから聞いた波動モノポールエンジンの概念からするに、波動エンジンと相転移エンジンを結合して使用した際、システムの相互干渉が何らかの反応を起こしてモノポールを発生させてしまうんだと思うよ。
 だから、これを相転移エンジンのシリンダー内部に誘導する事で相転移現象をより強力に、確実に起こさせることでエンジンとしての性能を大幅に増すことに成功したんだと思う」

 得意げに胸を張るラピスに回りにいた大人達も驚きを隠せなかった。頭が回るにも程がある。これでまだ16歳とは。造られた存在とは言え教育が伴わなければ実力を得ることが無いと知っている面々だけに、その努力を大いに評価した。約1名、それでこそ俺の妹だと大きく頷いている奴がいたが、全員が意図的に無視していた。

 「多分その通りよ。この小型波動エンジンもモノポールエンジンの開発で得たノウハウを使用しているらしくて、かなり珍しい合金を使用して小型化に伴う各部位への負担に耐え、同時にガオガイガー搭載のエンジンよりもさらに上の出力を実現させているわ。わかりやすく例えるならYユニット装備のナデシコ並みよ。
 それを、ダブルエックスはGファルコンと合わせて2基搭載して、さらに合計出力を上げてる。
 ツインドライヴシステム。それがこの駆動方式の名前ね。

 どうも操縦系統を統合したことの影響だと思うけど、2つのエンジンを同調制御することで2つの波動エンジン搭載を実現したのね。これのおかげでGファルコンDX形態なら、艦船用波動エンジンを搭載した巡洋艦クラスの出力を叩きだせるわよ。

 まあ、現状不安定極まりないからまず1分と稼働していられないけどね。
 通常時は70%程度の出力で稼働しているみたいね。それでもエンジン1つだけの機体よりも1.4倍の出力なわけだけど」

 苦笑しながらユリナはまたモニター表示を切り替えて告げた。全員が何故70%の出力なのか疑問に思っているようだったが、すぐにその答えを告げた。

 「もう一つの目玉、ツインサテライトキャノンを自力でフルチャージするためよ。70%もあれば十分性能を発揮出来るし、チャージの効率と装置の耐久力との兼ね合いを考えると30%以上の出力を回したチャージは良くないの。
 これ、ヤマトの艦首に備えられていたタキオン波動収束砲よ。砲身1つじゃ撃ちきれないから連装にして発射後に合成して1つの粒子ビームに加工するっていう手順を踏んでるけど、凄い破壊力みたいよ。
 原作同様スペースコロニーを一撃で粉微塵に砕ける――いえ、もっと巨大な物体を破壊出来そう下手したら、。流石に砲身の耐久力の問題があるのか、艦船用と比べたら威力、射程距離共にかなり見劣りする性能だけど。

 おまけにツインドライヴシステムのおかげで10分で1発分のエネルギーをチャージ出来るなんて――機動兵器としては常識知らずな恐ろしい兵器を搭載したものね」

 「非常識極まりないな……しかし、異星人の侵略行為が本当なら、相手の戦力を把握出来ない以上制限を外した過剰戦力は必要と言う見方も出来る。一概に否定は出来ないか」

 ようやくまともに喋れるようになった光輝がモニターを見ながら言った。数値上で見る限りストレリチア・ハイパーフォームとは比較出来ないほど強力な機動兵器だ。合体状態の戦闘能力比較なら、(この場合能力を完全に発揮出来るという想定になるが)恐らくジェネシックガオガイガーすらも倒せるほどなのではないだろうか。

 合体形態での運用をメインにしているせいか、射撃武器に対して格闘専用の武装が少ない上に破壊力もさほど重視した造りでは無いようだが、その分射撃武器の性能は素晴らしい物がある。

 この専用バスターライフルとか言う小型のグラビティブラストは、弾丸状に重力波を撃ち出すという武器だが、それでも収束率比較だと現行の戦艦のグラビティブラストと互角の威力を持ち、貫通力に至っては艦船用の物を凌駕する。これなら艦船用波動エンジンを搭載した艦艇に対しても、ダメージを与えることが可能ではないかと思わせる出力だ。今までのライフルとは比べ物にならない。耐久力に少々不安が残るが、これは今後改善出来ると考えるしかないだろう。
 胸部インテークの下に装備された大口径リボルヴァーカノン(1つの砲身とレンコン状のシリンダー(薬室)からなる機関砲の一種。間違ってもリボルヴァー式拳銃の巨大版ではない)――ブレストランチャーと肩部マシンキャノンもレールガンを使用した発射システムを採用している為従来の装薬式の機関砲に比べて格段に破壊力を向上させている。それに液体装薬を収めておくスペースや弾頭の小型化に伴う省スペース化のおかげで装填数も多くメインとまではいかないが補助兵装として使っていく分には十分過ぎる量を確保している。

 頭部には低出力ながら粒子ビームを断続的に発射するビームマシンガンが内蔵されている牽制ないし迎撃用の武器がエネルギーの続く限り、装置が壊れない限り無制限に使用出来るというのはありがたい話だ。

 腰部サイドスカートアーマーに装備されたハイパーディストーションソードは、ストレリチアが使用していた物の弱点を全て改善しただけでなく、刀身長が延長されていて間合いを広く取れるようになっている。威力だって相転移炉式の艦船用ディストーションフィールドを難なく突破出来る程充実したものだ。

 外見上の特徴とも言えるツインサテライトキャノンはGファルコン無しの状態ではチャージが20分に延長され、起動指数ギリギリの90%の出力でしか使用出来なくなる(合体形態では120%出力で発砲可能)。が、それでも驚異的な破壊力を持っていることに変わりはない。
 Gファルコンと合体すれば条件次第で最大3連射が可能とあって、この機体の優位性を不動のものにしている。
 ジェネシックガオガイガーと普通に戦えば互角か状況次第では圧倒されるだろうが、ツインサテライトキャノンの連射を見舞われては如何なる存在も一溜まりもあるまい。もしもサテライトキャノンを無効化出来る防御機構があるのなら話は別だが、そうなってくると艦船や機動兵器と言うよりは要塞攻略に近い物になるだろう。

 Gファルコンの武装の威力も恐ろしいレベルに達している。主砲の拡散グラビティブラストは散弾状に加工した重力波を前方円錐方向に発射出来る武器で、その威力ときたら子弾1発で艦船用グラビティブラストに匹敵するほどだ。それを十数発も一気に発砲するのだから、相当な破壊力を期待出来る。しかも散弾として発砲する癖に必ず一発だけは銃身の軸線状に発射するので、しっかりと狙いを定めて撃てばちゃんと目標に命中するという変わった性質を持っている。これなら確実にターゲットに向かって飛翔する弾丸を中心に複数の子弾が向かっていく事になるので、回避行動は困難になる。
 散弾の拡散範囲も調整可能だから密度を犠牲に広く拡散させることも密度を優先させて狭く殆ど収束射撃に近い状態で射撃することも出来る。

 これなら拡散範囲の調整次第で波動エンジン搭載艦艇のディストーションフィールドでも貫通してダメージを与えられそうだ。もっとも、相手がディストーションフィールドを持っているとは限らないし、通常状態なら相当近付く必要がありそうだが。
 残念なことに収束モードへの切り替え機構は削除されてしまっているようだが、これだけの出力に耐えるために必要な強度を確保するためには止むを得なかったのだろう。

 コンテナユニットのホーミングミサイルは射程を犠牲に運動性能と迎撃回避システムを組み込んだハイマニューバータイプだ。破壊力も今までのマイクロミサイルに比べて強化されているし、この性能ならかなりの命中率を叩きだしそうな予感がする。問題は欺瞞対策だが、ミサイルが主軸と言うわけでもないだろうし、必要最低限施されていれば問題無しと考える他ないだろう。

 機首部分――Aパーツに装備されているマシンガンはビームを断続的に発射するビームマシンガンタイプだ。破壊力は頭部搭載の物とは比較出来ないほど強力になっている。近接防御用としてはビームタイプのブレストランチャーと言ったところか。

 単独で大気圏離脱を可能とする程の絶大な推力に、機体バランスからは想像もつかないような機動性と運動性の両立は“ガンダム”を名乗るに相応しい素晴らしさだ。流石に格闘戦を行えるような運動性能ではないが、距離を置いての射撃戦に徹する分には十分過ぎる能力だ。

 防御面も、ディストーションフィールドを球状ではなく機体の装甲表面に展開することで攻撃と防御を綺麗に両立したディストーションアーマーが採用されたことで、一々フィールドのオンオフを考えなくてもエネルギー問題さえなければ常時付けっぱなしでも問題無くなった。

 これの原型はジェネシックガオガイガーに搭載されたジェネシックアーマーと言う機能だ。名前が違うだけで機能面での違いは無いが、ジェネシックは構造材の強度だけでなくこれによって高い防御性能を得ているのだろう。先程の戦いではそもそも被弾しなかったから機能することが無かったが素晴らしい機能だ。
 従来のフィールドは球状に展開する関係上、展開している時は攻撃が行えない。戦艦などでは砲撃や雷撃の際には解除する必要があるし、当然艦載機の発着の時にだってフィールドが消失することになる。
 これなら開口個所に穴が開くのは避けられないが、他の部位の防御力が低下するという事もなく、フィールドを展開したまま攻撃が行える。
 とは言っても、攻撃と併用するとなるとエネルギー消費量が大きくなるため、機動兵器でも最低限相転移エンジンを搭載している事が条件で、艦船なら波動エンジンないし相転移エンジンを最低でも3基以上持っていないとキツイ。まあ攻撃する時は出力を落としてエネルギーを蓄えるという手段が取れるが、出力に余裕のない機体では考えない方が賢明だろう。
 ジェネシックにしたって、攻撃する時には出力を下げないとエネルギーが枯渇しかねない程なのだから。

 他の機体に用意された一時的なブースト機能、“フルバースト・システム”を使えば同じ波動エンジン搭載機なら同程度の性能を発揮するが、そちらは明確に制限時間が存在する上に連発が難しい上に使用後は一時的に性能が低下するという欠点を持つ。やはり常時それと同等かそれ以上の出力で駆動出来るという利点は不動のものだと言える。

 分離形態での性能低下は否めないがそれでも平均的な機動兵器の水準を大きく上回っている。
 合体形態での運用の幅もそれほど広いわけではないが、分離合体を上手く使い分ければ十分過ぎる戦果を期待出来そうだ。かなり癖が強い機体らしく、上手く使いこなさなければ原型機にすら劣る戦果しか上げそうにないのが不安要素だが、そこは部隊レベルでの連携を加味すれば補える範囲のはずだ。

 ガンダムがエステバリスのエース仕様モデルにチューンを加えた機体だと言うのなら、その原型たるエステバリスカスタムの性能が如何程の物か、機体に心躍る。

 「それにしても強力過ぎる機体だね。……こんなのが必要になる程状況が悪いっていうことなのかな」

 ユリカはダブルエックスの存在を好意的に扱えなかった。
 軍人(まだ学生だが)とは言えやはり人の子。大量破壊兵器を諸手を振って歓迎出来るような趣向は持ち合わせていない。
 しかし、先程ちらりと見せて貰ったヤマトのデータにも大量破壊兵器である波動砲が存在し、幾度となく使用されている。しかも場合によってはその波動砲の一撃で衛星や小惑星を完膚なきまでに破壊してしまっていることまでわかった。

 ヤマト単艦で惑星国家1つを相手取ったのだから確かにそのような兵器は必要だったのだろう。しかし、果たして本当に自分はこのような大量破壊兵器の使用を容認出来るのだろうか。使ってしまう事に慣れてしまうのだろうか。それが許されることなのだろうか。

 ユリカの悩みを知ってか知らずか、光輝は言った。

 「大量破壊兵器の存在が呪われたものだって言うのは今に始まったもんじゃない。耳触り良く言うのならこれは抑止力にするべき力だ。
 こちらが力を持っている事を誇示して相手に武力を使わせることを戸惑わせる。戸惑わせておいて外交政策を行うと言うのが理想的な展開と言えるが、現実はそうとばかりは言っていられない。
 どれほど対話で解決しようと訴えても暴力で解決しようとする輩は必ずいる。それに対して言葉のみで解決しようとして殴られるだけで終わって良いはずはないと、俺は考えている。

 戦略兵器を持つことで対話への可能性を造る事が出来るのなら俺は喜んで戦略兵器を持とう。戦略兵器を保有すると言う事は、中々戦争は起こらないが逆に起こってしまった時に破滅という展開を引き起こす可能性を持ち続けると言うことを意味する。逆に持たなければ、破滅という展開への可能性は減るが日常的に小競り合いが続く様な世界になる可能性が高くなると言うリスクを伴う。どちらが正しいとは言えないが、それは地球人類同士だからこそ立てられる予測だ。
 異星人相手では文化がまず違うだろう。そうなれば価値観もだ。仮に対話よりも暴力で欲しい物を得ると言う習慣が骨身に染みている文明を相手にするとなれば、こちらも同様の手段で防衛しなければ一方的に叩かれることになる。それでも暴力を拒否して大切な存在を根こそぎ奪われたり壊されると言うのも馬鹿な話だと思うな。
 そうでなくても俺は黙ってやられるつもりはない」

 「言いたい事は良くわかるよ。降りかかる火の粉は払わなきゃ何時まで経っても解決しない事があるって、アキト達のいなくなった後の事件の数々のおかげで理解させられたから。戦うっていう選択肢を取らざるを得ないっていう状況がある事は。

 だけど、あたしは止むを得ない理由が無い限りは出来るだけ平和的だと思える手段で解決を見たいと思う。だけど、その手段を講じる為に武力が必要だと言うのなら、武力を行使する事を躊躇うことはしたくないの。
 だって、躊躇った事で失いたくないと思ってるモノを無くすことになったら、自分で自分を許せないと思うから。だから、本当に必要なら武力を行使する事は躊躇わない。

 サテライトキャノンや波動砲を使う事だって認められる。

 さっきのは確認なんだよ? 自分がそういう存在に対して嫌悪感をまだ持っているのかって。もし大量破壊兵器を持つことに抵抗を無くしてしまったら、きっと使う事にも全く抵抗を覚えなくなっちゃうと思うから」

 散々な目にあってきた。新婚旅行を台無しにされて以降、本当に死んだ方がマシだと思えるような数々の仕打ち、ようやく家族そろってやり直せるかと思えば夫と妹は行方不明、挙句に自身の身柄を狙って色々暗躍もあった。
 色々と世間の裏を見てきてしまっただけに、ユリカとしても思うところは多かった。少なくとも、以前のままではいられないなと考えるほどには。

 「だろうな」

 光輝はユリカの考えを肯定した。

 「確かに俺は、武器を持つ事や戦闘技能を習得する事に戸惑いや抵抗が全く無い。それを使う事にもだ。
 命を奪う事に抵抗こそ感じているが、力を振うことに対する抵抗が無いというのは本当に矛盾だな」

 光輝はそう言うと苦笑して窓の外にあるダブルエックスを見上げる。新品の装甲が太陽光の照り返しで光り輝いている。1度引き金を引くだけで下手をすれば数千・数万単位で人を殺せる兵器だとは思えない美しさを感じる。

 「ダブルエックスが人類にとってどのような存在になるのか、それを決めるのは俺達だ。
 せめて、最良と思える存在にしてやりたいな」

 光輝が苦笑いしながらそう言うと、アキトは首を傾げて尋ねた。

 「なんだよ、その最良って」

 光輝はその問いに笑みを浮かべながらはっきりと、仮設本部全体に届く様な声で言いきった。

 「決まっているだろう。―――希望、さ」

 「希望、か」

 ユリカは天井を仰いで少し考えてから、光輝に振り向いてはっきりと言った。

 「だとしたら、やっぱり私は最後の最後まで平和的解決手段を模索する事を止めないよ。
 例えどれだけの遺恨を残すとしても、相手を受け入れるって言う事は大事だと思う。だって、拒絶し続けるだけじゃ何時まで経っても戦争なんて終わらないし、もしかしたらこれからたくさん出会うかもしれない異星人の人達とも仲良くしていけなくなっちゃう。

 だから私は、どれだけの暴力を振うことになっても、どれだけ人を殺すことになっても戦争の終結が平和に――私達の人類と敵だった異星人の人達にとって平和と言えるような結末にする為の努力を疎かにだけはしたくない」

 「何故俺に向かって言うのか少々理解に苦しむが、ユリカなら絶対に出来るさ」

 光輝は苦笑しながらはっきりとユリカを肯定した。

 「ほえ?」

 光輝は「どうする?」とアキトに視線を向けると、柔らかくほほ笑んだアキトが光輝の言葉を継いだ。

 「ユリカにとってはさほど難しい事じゃないさ、最後まで平和的な解決を求め続けるっていうことはさ。
 だって、ユリカはありえないくらいすんなりと受け入れてるじゃないか」

 アキトの言葉を受けても繋がらないのか、ユリカはきょとんとした顔で首を傾げる。

 「火星の後継者での遺恨もそうだけど、光輝がワームと融合した人間だって言われても全く気にしてなかったじゃないか。ワームがどれほど人類にとって恐ろしい存在か予備知識があるにも拘らず。
 つまりユリカにとって、相手がどんな存在かなんて大した意味を持たないんだよ。仲良く出来るなら仲良くしたい、仲良く出来そうになくても仲良くする為の努力をする。

 少なくともユリカが、ヤマトかナデシコの艦長をやれば、下の人間も自ずと染まるんじゃないかな? 何しろ、ナデシコのあの軽快過ぎる雰囲気を構築してたのは、紛れもなくユリカだろうからな」

 「そ、そうかな?」

 珍しく照れているのか、胸の前で手を組んで指をもじもじさせている。

 「だろうな、菫でさえ動揺していたのに、この女全く動揺しないばかりか「何だ、そうだったんだ」とでも言いたげな表情で一発で納得しやがったからな」

 呆れているのか感心しているのか判断するのが難しい表情で言った。

 「うっ……面目ない」

 隣で菫が胸を押さえて俯く。非があるわけではないのだが、やっぱりそう言われると胸が痛い。最初は興味の欠片もなかった(というか嫉妬の対象だった)男と言えど今は最愛の夫に他ならない。本人も知らなかった上に知ったからと言って変化するほど真っ直ぐな男じゃないと知っているのに、疑った自分が恥ずかしい。今日初めて会った(と言っても構わないだろう)ラピスでさえ動揺していないと言うのに。

 「まあ、あたしの場合は自分も普通じゃないから特に気にしないだけなんだけどね」

 とラピスが頬を指で掻きながら言った。彼女は強化IFS体質の被験者だ。遺伝子操作でより優れたマシンインターフェイスとして機能するように造られた人間だ。成功していたとしてもナノマシン制御によるコンピューター関係に非常に強い事を除けば普通の人間だが、自然界ではありえない金色の虹彩が人目を引く事は数知れず。髪の毛の色と合わさってかなり苦労した。
 出会いがある度に都度誤魔化すのだって楽じゃないのだ。遺伝子治療の後遺症と言う事で周囲を納得させる事は出来たが、気味悪るがられた事だってある。

 一歩間違えれば友人に恵まれない孤独な生活を余儀なくされていたはずだ。その点通っている学校は物分かりの良い奴が多くて助かった。

 「ラピス〜〜」

 と泣いてるような声を出してラピスをガシッと頭に頬擦りしながら、

 「あたしはラピスの生まれなんて気にしないからねぇ〜」

 と言ってくる菫の行動をちょっぴり鬱陶しく、そして心地良い体温と柔らかい肢体の感触に心地良さを感じていた。頬擦りさえなければ文句は1つも無かっただろう。行動が激しくてちょっと頭皮が痛い。将来禿げたらどうしてくれる。

 「わかったよ義姉ちゃん。だから頬擦りはやめて。禿げる〜」

 おまけに髪の毛が大分ぐちゃぐちゃになってきている。というかこの行動だけでも髪がだいぶ傷んでいるのではないだろうか。女の命なのに。

 「こらこら菫、ラピスの髪が傷むだろうが」

 そう言って菫をラピスから引き剥がした光輝は、屈んでラピスと視線を合わせると、

 「ごめんなラピス、痛かったろ」

 そう言って髪を手櫛で整えてやる。だいぶ手馴れていいるようで、結構綺麗に梳かしてくれた。

 「それで、ヤマトのデータの方はどうなんだ? そろそろ移動する時間だろ」

 ああ、とユリカがポンと1つ手を打って答えた。先程目にした資料はすでに暗記済みだから、スラスラと答えが返ってくる。この短時間で暗記する辺り、優秀である。

 「とりあえず改良型の方のデータなら大体見たけど、全長300m、全高100m、全幅50m、重量83000t、主兵装は三連装46cm重力波砲を3基、艦首側に2基で艦尾に1基。15.5cmの同三連装砲を副砲に2基、こっちは司令塔の前後に1基づつね。粒子ビーム型の対空機銃群を司令塔の両舷に装備。小型二連装に中型二連装に大型四連装って結構バリエーション豊富で片側計42門、両舷で84門。艦首と艦尾に左右合わせて6門づつ、司令塔後部にある煙突型上方迎撃ミサイルランチャーに、艦底部にガトリングミサイルランチャーを14基、格納式対空機銃を8基、後対空機銃群の下に舷側ミサイルランチャー左右合わせて16門。
 通常動力の補助エンジン2基に、波動モノポールエンジン1基、各部に姿勢制御スラスターを計14基。そうだね、高速駆逐艦並みの機動力と運動性能を発揮するね、この数値なら。
 装甲表面にディストーションフィールドを誘導して攻撃しながらもフィールドをオフしなくても良いようにしたディストーションアーマーに、ウリバタケさんが前のナデシコに乗ってる時に発明したディストーションブロックも完備。

 ……それに最大の特徴とも言える艦首波動砲。最大出力ならアメリカ大陸だって木っ端微塵に粉砕しちゃうような物凄い大砲だよ。

 やっぱり凄い。カタログスペックだけでも、え〜と――――西暦2201年当時の地球と木連の艦隊、全部纏めて相手にしても楽に勝てるような戦艦だよ。

 やっぱり単独で艦隊を相手にするような運用をするとなると、これくらい必要なのかな?」

 先程覚えた資料を改めて口にしてみると、このヤマトという戦艦の過剰スペックっぷりは良く目につく。

 資料を見ていなかった光輝、菫、アキト、ラピス当たりは開いた口が塞がらないらしく、呆れたような途方に暮れたような呆けた表情だ。

 「何と言うか……」

 「それは本当に……」

 「宇宙戦艦の……」

 「範疇に収まるのか?……」

 上からアキト、ラピス、菫、光輝の順だ。光輝と菫にその年代の統合軍や宇宙軍の全戦力がわかるはずもないのだが、最低でも相転移エンジン等の遺跡から解析された技術は一般化しているだろうし、ある程度は強化されていると見てもいいはずだ。

 にも関わらず、それを全部まとめて相手にして一蹴出来るだけの戦闘能力を持つというのか。それは絶対に宇宙戦艦ではなく、それこそれいげつを完全に戦闘用に改造して相転移砲も含めて強力な大量破壊兵器を完備してようやく可能か否かというところだろう。
 しかも、れいげつは並みの艦船が豆粒ほどにしか見えないほど巨大な物体だ。それと比較して初代ナデシコと同程度の大きさの(改修前ならそれ以下の大きさの)ヤマトが、それほどの戦闘能力を保有しているとは。

 「あ、これって搭載機の戦力は無視してのことだから。今を基準に考えるんなら、アキトのガオガイガーに、光輝のダブルエックス、菫ちゃんのGファルコンに、誰が使うのかは分からないけど真ゲッターロボに、もう1機のガンダムに、それのベースにもなってる新型エステバリスが4機で、そのバリエーションのアルストロメリアにスーパーエステバリス。

 うん、乗組員がそれらの性能を完全に発揮出来ると仮定した場合、やっぱり地球圏を力尽くで支配出来そうな戦闘能力だね」

 ますますげんなりした表情で全員が沈む。






 どんな宇宙戦艦だよ、ヤマトって。






 その場にいた全員の感想だった。

 同時に改良型に比べて劣るとはいえ、ヤマトの運用によって得られたノウハウは間違いなく地球圏全体の戦力を強化したはずだ。詳細な戦力はわからないが、一度侵略戦争を経験した以上相応に軍備を増強させていたはず。それほどの戦力があっても地球圏は敗北の一歩手前にまで追い込まれたというのなら、相手はこちらの想像も出来ないほど強力無比な戦力を持つと考えて良いだろう。

 そう、ヤマトは負けたのだ。これほどの力を持ち、恐らくは決死の覚悟で戦った乗組員達も、その多くが犠牲になった。

 それを考えると、さらに途方もなくなって思考が暗い方向に流れつつある。果たして強化されるとは言っても、まだ技術的なノウハウも無い状況でヤマト1隻がどれほどの戦力になるのか、未知数過ぎる。

 「まあ、ヤマトがとても頼りになる存在だとわかっただけでも収穫だろう。後は異世界から漂着してくるもう1つのヤマトを回収して、このデータを元に復元していけばいい」

 「ねえ光輝、確か漂着してくるヤマトってこのデータのヤマトよりも波動エンジンとかの性能は良いんだよね?」

 「あ、ああ。確かそんなことを言っていたな」

 「だとしたら、波動モノポールの波動エンジンをそっちに交換するとして、主砲とかも使えそうな技術は全部取り込むとすると、最低限エンジンの交換だけでも出力が向上するはずだから、エンジン性能に直結する機動性とか波動砲の出力はそれに比例して強力になるはずだから……。
 戦闘力、さらに上がることになるよね」






 まだ上がるんかい。






 またしてもその場にいた全員が総突っ込みを入れた。

 ここまで来ると驚くのにも疲れてくる。



 「まあ、何だ。このままだと取らぬ狸の皮算用だから、ヤマトの艦体を回収に行くとするか。実際にその性能を発揮出来るかどうかは造ってみて、乗組員の錬度次第何だし」

 光輝はぽりぽりと頭を掻きながらそう言った。

 「そうだな。地上を行くのもなんだからガオガイガーとガンダムで行くか?」

 アキトがそう提案する。

 「そうだね、地上を行くのは正直タルイし」

 と菫も同調する。まだまだ開発途上の火星は、コロニーの周りは不整地が続いている。例えナイト2000でも易々とは走破出来ないだろう。それこそ純粋なオフロード車でもない限りまともに走れない可能性が高い。おまけにヤマトの出現予定地点もユートピアコロニーから近いとは言えないし、絶対に空を移動した方が早くて楽だ。

 「でも、楽だからって気を抜かないでよ。空間歪曲の影響がどんなものか想像出来ないんだからね。
 それと、まだダブルエックスとGファルコン合体させちゃ駄目よ。ツインドライヴの調整、まだまだなんだから」

 とユリナが注意する。どうせなら完成させてから送り届けて欲しかったと思う。

 「わかったよ。どうせなら完成させてから届けて欲しかったよな。ツインドライヴが不完全じゃ本来の性能発揮出来ないんだから」

 全くだ、とユリナも頷く。しかし、このシステムを完全に完成させるには、恐らく年単位で時間がかかるはずだ。向こうでも10年近い時間を変えてようやくガンダムが形になったばかりなのだ。殆ど基礎理論のみに近い状態から波動エンジンを組み立てたのだとしたのなら、無理もないのかもしれない。

 しかし、現状ではハイパーゼクターやキットの力をもってしても制御出来ないだろう。というより、キットそのものがダブルエックスに対応出来ないはずだ。システムの規格そのものが全く異なっている。どうしてだろうか。
 確かにキットの本分は人間とのコミュニケーションにある。仕様変更により犯罪捜査に必要なシステムを構築したが、機動兵器の制御は全くの専門外だ。今までは気合でどうにかしてきたし、ハイパーゼクターのおかげでAIとしての性能を底上げされたからハイパーストレリチアまで対応してきたが、GファルコンDXは既存のソフトウェアで制御出来るような代物ではない。開発にあれほどの時間がかかったのはハードの構築の難しさもあったが、ソフトウェアの開発にもかなりの時間を要したはずだ。

 10年もあれば発展の著しいソフトウェア関係の基本性能には雲泥の差が出る。恐らく元の世界ではキットですら時代遅れの旧式呼ばわりされている事だろう。その旧式のAIに対応したソフトウェアでは、ガンダムを制御しきれない。

 「だとしら、キットそのものの性能強化が必要っていうことかしら?」

 だがそれは不可能に近い。ハイパーゼクターは現行どころか、10年先の並行世界でも最新鋭のコンピューターに後れは取らないだろう。それに、自己進化すらしてのけるから、たぶん大丈夫のはずだ。

 キットをバージョンアップしようにもハイパーゼクターはブラックボックスが多くて下手に弄れない。自己進化が仇になって開発者のヤマサキですら、すでに理解を超えられていると落ち込んでたくらいだ。
 これではキットのバージョンアップなど叶わない。迂闊なことをすればキットの人格が消滅してしまう可能性だってある。

 「となると、ハードとソフト、両方見直さないといけないわねぇ」

 ユリナは仮設指揮所の天井を仰ぎながらぼそりと言った。

 「でも、天下のネルガルがこんな欠陥を残したまま送り届けるとは思えないんだけどなぁ」






 ジェネシックガオガイガーに乗り込んだアキトは、膝の上にユリカを抱えた少々不自由な姿勢で操縦していた。ユリカがどうしても直にヤマトを見たいと駄々をこね、それを快諾したアキトが責任を持って運ぶと言い、ジェネシックのコックピットに入れたのだ。すでに資格者を選定し、登録を済ませた状態とあってはコックピットに誰が入ろうが一向に構わない。だからジェネシックも拒絶はしなかったし、資格者の意思ともなればますます拒否する理由がない。Gファルコンに積み込まれていた燃料ペレットで補給も済ませたし、問題無くヤマトの姿を拝めるだろう。

 「意外と乗り心地が良いんだね」

 「まあな。慣性相殺機構はエステバリスとは比較出来ないほど強力だよ。おかげでGも殆ど感じずに動かせる。かなり無茶に動けるし、力む必要も無いから腕とか動かしやすくてかなり操縦しやすいよ」

 「そうなんだ」

 「ああ。ブラックサレナはかなりGがきつかったから専用のパイロットスーツが必要だったしな。まあ、あれは健康体とは言えなかった俺の体を保護する意味もあったけど」

 昔の話だな、とアキトはそこでその話を切り上げた。

 「ふ〜ん。そう言えばガオガイガーってどうして封印が解除されたの?」

 ふと気になったユリカが訪ねてみる。

 『一口で言えば状況がそれを求めたからだ。確定というわけではない、非常にあやふやなものなのだが、将来予想されているという異星人の侵略に関係している。
 あやふやと言ったのはその異星人の技術系統の事だ』

 「もしかして、その異星人の技術――貴方を造った古代太陽系文明と関わりがあるの?」

 こういう時鋭さを発揮するのはユリカだった。どこか抜けているアキトはそこまで頭が回っていない。というか、そこまで深く考えていない。

 『うむ……。確証は得ていない。我々の封印解除は実は外部から行われるのだ。何しろ我々は必要となった時にすぐに動けなければ意味がなく、当然ながら経年劣化は避けなければならない。だから、我々はあらゆる時間軸から独立し、干渉を受けない異次元空間にその身を潜めていた。
 そして世界の出来事を観察している観測機からの情報によって復活させられる。今回もその例に漏れず、観測機からの情報で再起動した』

 「って、“今回も”って事は、ジェネシックガオガイガーは前にも起動したことがあるの?」

 ユリカが小首を傾げて訪ねた。話が逸れてしまうが気になってしまう。

 『そうだ。以前でもありこれからの事でもある。パラレルワールドの存在はすでに知っているだろう?
 私は必要となった瞬間に起動し、役目を果たせば立ち去らねばならない。世界によってはアキトと別の形で巡り合うかもしれないし、もしくは別の人間と巡り合ったかもしれない。

 非常に言い難いが、ガンダムの存在により私のこの世界での役割はすでに終わっている。私は、近い内に去らなければならない』

 「ガオガイガー……」

 アキトが悲しそうにその名を呼ぶ。

 『残念だがそれが定めだ。しかし、私の今のボディはこの世界に残る』

 ジェネシックガオガイガーはそう言った。

 『すでに私の予備パーツは丸々1機分以上用意されている。それを組み上げれば寸分違わずボディを複製出来る。後はそれに私のAIシステムを移植すれば全てが終わる』

 「このボディは、残していくのか?」

 『そうだ。君達にはこのボディが必要だ。だから体は置いていく。しかし私は行かねばならない。私を必要としているのはこの世界だけではないのだ。そして、真ゲッターロボもこの出来事を知り、起動を取りやめている。だが、そのボディパーツはこの世界にすでに存在している。

 推測だが、あれは予備パーツではなくこれから君達が使用していく我々そのものなのだ。私が去らねばならぬと知り、だが戦力としてその存在を求めた君達がせめてボディだけでも、と複製したのだろう。真ゲッターなら、断らないはずだ。私のAIユニットの代替えとなる制御ユニットは、どうやら製造されているようだ』

 「そうなんだ。もうお別れなんだ……」

 ユリカも寂しそうに言う。完成された人格を持っているだけに親しみやすく、もう友達とさえ思っていただけに残念で仕方ない。

 『このボディを残していくのも、真ゲッターとは違って、すでに君達に合わせてコックピットシステムを調整してしまっているからだ。一度調整してしまうと基本的に直せないから、新しくボディを複製してから去る事にしている。私の役目は、未来永劫終わることはないからな。と言っても、中には用意してくれない者もいるので、その場合は再構築して消え去るのだが』

 「なるほどな。思った通りだ」

 隣を飛行しているダブルエックスから光輝が通信で話に参加してくる。

 「役割からしておかしいと思ったんだ。人格を持つのが安全装置の一環と考えても行き過ぎた機能だし、全ての時間軸に干渉可能なゼクター達と同じような空間に待機しているとなれば、そういう答えにも行きつくさ。もっとも、ゼクターの連中は資格者と時間を合わせているからお前たちほど自由ではないようだがな。
 だいたいからしてこの世界、地球人類限定と言ってなかったろ。だったら他にも存在する知的生命体や、他の世界の人類だって対象のはずだ。
 だから、最終的にいなくなるのではないのかと、思っていたんだ」

 と光輝は自分の考えをジェネシックガオガイガーに言った。

 『正解だ。もしかしなくても、私の思考でも読んだのかな?』

 「当たらずとも遠からずかな。ガンダムを見た後の感情に揺らぎを感じただけだ」

 『そうか……』

 ジェネシックガオガイガーもそれ以上は何も言わなかった。






 「お兄ちゃんって機械に対しては本当に鋭いんだね」

 と、やっぱり駄々を捏ねてちゃっかり兄の膝の上にいるラピスが感心したと頷く。菫から少し嫉妬の視線を浴びたが、妹相手では間違いなど決して起こらないだろうと譲ることにした。
 それに、Gファルコンだと操縦システムの関係で2人乗りが難しい。単座だし、分離・収納形態(ガンダムDXとのドッキング形態。戦闘機モードの事)では従来の戦闘機同様、前方のコンソールパネルから伸びている操縦桿を使用するので、膝の上に座られると満足に機体を動かせなくなる。展開形態(同、人型戦闘機モードの事)ならダブルエックスと同じ操縦システムに切り替わるのだが、合体を禁じられている現状では使えないのでダブルエックス側に任せるしかない。

 一方のダブルエックス側でも、問題が無いわけではなかった。

 (おかしいな。このターゲットスコープ上のスフィアは、ボイスインジケーターじゃないのか?)

 見上げた先のスフィアは相変わらず沈黙したままで、黒く濁っている。てっきりハイパーゼクターを接続したら動くと思っていたのだが。

 『光輝、何考えているんですか?』

 キットが気遣ってくれているが、音声が発せられたとは言っても今まで通りハイパーゼクターの目が点滅するだけで、スフィアには何の反応もない。

 「何でもない。大丈夫だよ、キット」

 光輝は操縦桿を握り直してダブルエックスがふらついたりしない様に操縦する。触れているからこそわかるのだが、ダブルエックスもGファルコンの合体とは別の意味で性能をフルに発揮していない。どうしてだろうか。分離・合体双方で問題なく機能するように調整されているはずなのに。



 そして何よりも、この事態にキットがまるで気が付いていない。

 (もしかしなくても、キットはダブルエックスに対応しきれていないのか?)

 だとしたら、どうすればいいのだろうか? 専門的知識を持たない自分では解決策を模索することは出来ない。

 (ユリナとヨシオ次第か。キットが無事で済めば良いがな)

 光輝は頭が痛かった。前途多難も過ぎるのではないだろうか。いかに優れていようが俺は普通の人間だぞと、大声で文句を言いたい気分だ。



 流石に言えないが。






 10分程度の飛行で、予定地点に到着した。

 「もう目に見えて空間が歪んでるな」

 アキトはジェネシックのモニターに映る山脈の映像を見て目を見張った。山脈の麓当たりの空間は目に見えて歪み、まるで水面に生じた波紋のようにも、特殊レンズ等を通して撮影した特殊効果のようにも見える。

 「凄いな。これだけの空間歪曲となると、相当なエネルギーだぞ」

 光輝も目を見張っている。ホバーリング状態でその光景を見詰めている。Gファルコンもダブルエックスの左隣で同じように滞空している。右隣りにはジェネシックが留まっている。

 見ている間にもどんどん歪みは大きくなり、とうとうその中心に変化が訪れた。

 水が流れ出してきたのだ。初めはちょろちょろという感じだったが、時間経過と共に勢いを増し、やがて轟音と共に滝となった。すでに麓は水没し湖と化していた。水深はすでに50mは超えているだろう。窪地になっている場所と言う事もあり、殆ど水は流れ出ていない。

 そして、その流れの中に何かがいた。それはそのまま流れに従って湖に没した。しかし、その物体はゆっくりとだが浮上してきた。



 そして、水面から顔を出した。それは戦艦の艦首だった。フェアリーダーの真下に存在している巨大な砲口や甲板の上から膨大な量の水を滴らせ、艦首をゆっくりと真上に向けて徐々に姿を現していく。喫水上は青の強いグレー、喫水下は目も覚めるような鮮やかな赤に塗られていた。そのまま甲板に乗っていた主砲塔を、2つ覗かせる程度にまで伸びあがると、今度は艦首のバルバスバウを下に向けて横倒しになり、大きく水面を割って少しの間浮かんでいたが、ゆっくりと水中に没して行った。第二主砲の後ろ当たりで後ろは無かったが、それは間違いなく戦艦の艦首部分だった。

 次に落ちてきたのは戦艦の艦尾だった。巨大な噴射口と、艦底部に2つ小型の噴射口が据え付けられていた。上甲板には艦首にあったのと同一の主砲塔が1基据え付けられていた。巨大な噴射口の周りには3枚の尾翼らしきものが付いていたようだが、爆発の衝撃か熱かで半ば溶け落ちている。こちらも一度浮かび上がってから時間をかけて沈降して行った。

 最後に落ちてきたのは恐らく上甲板に存在していた司令塔だろうか。角ばったデザインで上側に行くほど緩やかに細くなっている。艦橋と思しき場所は2つ。上側の窓が5つの部屋と、下側の6つの部屋だ。塔の最上部には小さいが何かの部屋が備えられていた。一番上の部屋と5つ窓の部屋の間にはレーダーアンテナが装備されていた。長方形状のアンテナで、横向きの物と縦向きの物の計4枚。右側のアンテナだけ半壊していたが不思議と原型を留めていた。
 司令塔の後ろには煙突らしい構造物と、Y字型とその根元から伸びている翼のようなアンテナマストがあった。

 艦首や艦尾に比べると非常に損傷が少なかった。艦尾噴射口の尾翼は吹き飛んでいるというのに、もっと脆いはずのレーダーアンテナやアンテナマストが原型を留めている。それに窓のガラス(と思われる)部分は、表面は熱で溶けて爛れているが、気密が破れている様子ない。

 「あれが……あれが、宇宙戦艦ヤマト?」

 ユリカがモニターに釘付けになりながら、思わず口にしていた。

 「これじゃあ――本当にただの鉄屑じゃないか……」

 アキトが茫然として言った。これがどうしたら人類の希望になるというのだろうか。

 司令塔の部分はまだ浮力を失っていないらしく、ゆったりとゆったりと、直立した姿勢のまま水面を漂っている。

 これで最後の残骸だったのか、空間の歪みはあっけないほど簡単に静まり、轟々と流れ落ちていた水は完全に止まっている。後にはユートピアコロニーすら飲み込んでしまいそうな広大な湖だった。

 恐ろしい光景と言えた。何もない不毛の大地だった場所にいきなり巨大な湖が誕生してしまったのだ。誰がどう考えても超常現象でしかない。
 はたしてどのような理由で誤魔化せば良いのだろうか。

 「全く派手な登場だな。――宇宙戦艦ヤマト。これが、人類の希望の艦」

 光輝は眼下に漂うヤマトの残骸を見詰めながら呟いた。艦首部分と艦尾部分はすでに水中に没してしまったが、初めて見るくらい透明度の高い水は、沈んだヤマトのシルエットを思いの外はっきりと見せてくれている。対して司令塔部分は未だに水面をゆらゆらと少々危なげながらも直立した姿勢のまま漂っていた。

 「ん? まさか、そんな……」

 「どうしたの? お兄ちゃん」

 兄の不審な態度にラピスが振り返ってその顔を見る。

 「こんな……こんな状態でもまだ生きているのか、ヤマトは?」

 「―――――え?」

 ラピスは表情を固まらせた。兄が機械類の考えというか、何かを感じ取れることはすでに知っているし、多少懐疑的ではあるがまあ受け止めている。

 しかし、それは触れている時限定だったのではないのだろうか。触れずともわかるということは、それだけヤマトが強い何かを持っているという事なのだろうか。あんな残骸になっても、それを失っていないというのか。

 「光輝、ヤマトはもう死んでるんじゃないの? だって、バラバラじゃない……」

 「ああ、そう思うのが普通なんだ。俺でもそう考える。だけど、感じるんだ。ヤマトの命の息吹を。確かに弱々しくなっている。だけど、まだ生きてるみたいだ」

 光輝自身、戸惑いを隠せないらしくモニターに映るヤマトの残骸を茫然と見つめている。

 「ちょっと待てよ光輝。ヤマトが生きてるとしてもだ、そう長くは続かないんじゃないのか?」

 深い考えあっての発言ではない。だがアキトは漠然とした考えながらそう思った。機械と生物の違いなど自分にはわからないが、あれの状況をどう解釈してもまともとは言えない。

 「ああ。アキト、大至急戻って並行世界のヤマトのデータディスクを取ってきてくれ。あのヤマトの魂を移植してみる」

 「出来るの? 光輝」

 ユリカが不安そうに聞いてくる。彼女にとってのヤマトの価値が如何程の物なのか、光輝にはわからない。
 だが、並行世界の自分が指揮し、運命を共にしたと聞かされた宇宙戦艦ヤマトと寸部違わない姿を持つあの宇宙戦艦ヤマトに対して、何かしら思うところがあるのだろうと光輝は解釈した。少し疑問に感じたのは、夫婦そろって“ヤマトが生きている”とか“ヤマトの魂”という突拍子もない表現に対して突っ込みが一切ない事だが、きっと俺が超能力者だと知っているからこそスルーしたのだと、光輝は自分に言い聞かせた。

 「やってみる。ただ、命懸けになるかもしれないな」

 光輝は額に汗を滲ませながらそう言った。文字通り“命懸け”になるだろう。あの忌々しい力を最大限に活用すれば、魂の誘導くらいこなせるはずだ。問題は、成功したとしても自分が生き残れるかどうか、わからないことだけだ。

 何とかするしかないか。



 そう考えてヤマトに接近しようとした時、レーダーシステムが異変を捉えた。

 「未確認飛行物体? 数は5。高速でこちらに接近中」

 光輝よりも先にラピスが装置を操作して情報を表示させる。ダブルエックスから見て13時25分の方向、仰角46度、距離25000。表示された数字を読み取って光輝がアキトと菫に警告を出す。
 同時に心の中で舌打ちした。キットはこれに気付けなかったのか。だとしたら、もうちょっとやそっとのアップデートではダブルエックスに対応出来ないという事じゃないか。

 (どうすれば良いってんだよ! キットのアップデートなんて、簡単には出来ないというのに)

 「こっちでも確認している。かなり速い、高機動ユニット付きのブラックサレナ以上だ」

 「わかった。追いつけるかどうかわからないけど、出来るだけやってみる」

 2人とも戦闘態勢を固めている。光輝も火器管制システムをオンにして装甲表面のフィールド出力を戦闘モードに、スラスター出力も戦闘機動モードに調整し直す。

 ジェネシックガオガイガーもガジェットフェザーを展開し、エンジン出力を上げる。
 Gファルコンも火器管制のロックを解除して戦闘態勢を整える。ツインドライヴが駆動していないため、主砲の拡散グラビティブラストは射程も攻撃力も大きく落ち込んでいるため、どこまでやれるのか不安だが、いたしかたない。

 重量も合体時よりも軽いのだが、出力が不足しているため機動力も差が殆どない。ついでに、菫は射撃の腕に自信が無かった。

 「正面に向けて撃つだけとは言っても、タイミング外したら当たらないしなぁ」

 操縦桿を握る右手が汗ばんでくる。左手で握るスロットルレバーを調整して、エンジン出力が不足したりオーバーしない様にする。こっちの方は殆ど問題ないのだが。

 「菫、合体出来ないダブルエックスとGファルコンは半人前の機動兵器だ。合体出来ない分連携で補うぞ」

 「了解」

 返事と同時に機体を翻してダブルエックスと並行して飛行する。柔軟性はダブルエックスの方が上だが、機動力と火力はGファルコンの方が現状上だ。もっとも、素人が登場する機動兵器がどの程度の戦闘能力を発揮するかはまるでわからないのだが。

 「アキト、すまないがフォロー頼む」

 「ああ、わかってるよ素人。任せとけ」

 快諾するとアキトはジェネシックの右手にウィルナイフを装着させて近接格闘戦に備えた。

 『未確認機接近。距離15000。……すみません光輝、気が付けませんでした』

 キットが謝罪してくるが、残念なことにそれに付き合っていられるほど事態は良くなかった。
 返答をする前に未確認機が二手に分かれた。恐らく偵察機とその護衛機に分かれ、情報を入手した偵察機を逃がし、護衛機でこちらを足止めする気なのだろう。当然、攻撃をしてくる可能性も高い。

 『光輝、撃ってきましたよ。ミサイル接近、距離13000、数20』

 キットの警告が出るや否や光輝は頭部のビームバルカンを起動させて即座に迎撃モードにセットする。ダブルエックスに向かってきた5つのミサイルは断続的に発射された粒子ビームによって即座に撃ち落とされた。かなり良い動きをするミサイルだったが、ガンダムDXの火器管制システムは問題なくついていった。

 Gファルコンは機首のビームバルカンでの迎撃に失敗し、止むを得ずに運動性能に物言わせて近接信管を作動させての自爆を誘発した。衝撃で多少煽られたが問題無く立て直して迎撃行動に入った。ミサイルの数が3基程度だったからこそ出来たことではあるが、一見してミサイルの運動能力を見切った菫の感も大したものだと思う。

 ジェネシックガオガイガーは無理に避けようとせずに左腕の高性能ディストーションフィールド発生機――プロテクトシェードで全てを受け止めた。というより、ミサイル迎撃に使えるような装備が乏しく、ボルティングドライバーの起動が間に合わないと判断したからこその行動だったが、図らずもプロテクトシェードの強度を体感することとなった。

 「きゃっ!」

 アキトの膝の上でユリカが悲鳴を上げる。戦艦の被弾と機動兵器の被弾では全く感覚が異なる。衝撃はダイレクトだし、そうでなくても一撃でバラバラになるとも限らない。厚い装甲に守られているわけでもないし、体勢だって不自由な状態ともなればなおさらだ。

 「安心しろユリカ。俺がそう簡単に墜とされるわけないだろうが!」

 言うなり左腕にボルティングドライバーを装着し、右肩から射出されたブロウクンボルトを装着した。広範囲攻撃を主体とするジェネシックボルトと異なり、弾丸状にグラビティブラストを撃ち出す言うなればライフルモードとでも言うべき状態で、単発から3点バーストからフルオートまで使い分けることが可能である。破壊力はエネルギー密度が高いだけあって戦艦の主砲クラスだ。

 アキトは遠方の敵機に向かって重力波の弾丸を撃ち込んでいく。格闘戦を主体としているジェネシックガオガイガーの飛び道具としては唯一射撃戦に対応可能な武器だ。それでも有効射程距離はDX専用バスターライフルの半分程度。命中精度と取り回しは良いのがせめてもの救いか。
 ジェネシックボルトなら広範囲を攻撃出来るが連射が出来ないため、この局面では適切と言いきれなかった。敵は広く散開していて、ボルティングドライバーの一撃で全てを薙ぎ払うには攻撃範囲が不足していた。
 ボルティングドライバーから放たれた弾丸はアンノウン目掛けて突き進んでいったが、軽くかわされてしまった。物凄い運動性能だ。当てられないほどではないが、今まで戦ってきた地球製・木星製の機動兵器とはケタが違う。

 「速いな、くそっ。接近してぶった切るか」

 ボルティングドライバーで牽制しつつ接近戦を挑もうとするが、最高スピードはジェネシックと互角かそれ以上の様で、接近しようとしても接近戦を避けたいのか距離を離そうとしているアンノウンを追いきれない。ボルティングドライバーでの撃墜を狙うにしても、あまりにも運動性能が高い。馴染み切っていない不慣れな機体かつ格闘戦主体で射撃戦への適応力の低いジェネシックで射撃戦に付き合っていては敗北が濃厚だ。ブロウクンマグナムは問題外だ。あの装備の本領は対艦攻撃にある。機動兵器戦にも使える事は使えるがあの運動性能では追い切れずに終わることが目に見えている。接近しなければドリルだって当然役に立たない。

 反撃に撃ちこまれてきた重力波の弾丸を、機体を捻り、プロテクトシェードを展開して凌ぐ。敵の攻撃力はジェネシックの防御を突破するには力不足らしい。しかし、このままじりじりと押されてしまう事は避けないと、限界活動時間になってしまう。現状ジェネシックには活動制限があるのだ。とっとと決めないとまずい。

 「ちっ。接近戦を重視しているからか……。光輝! 菫ちゃん! 牽制してくれ! 飛び込めない!」

 アキトはすぐにGファルコンとダブルエックスに支援を要請した。どちらもジェネシックガオガイガー以上の射撃武装を搭載している。何とか敵の動きを制限してもらわないと幾らジェネシックでも追いきれない。機動力が桁外れだ、直進加速、旋回速度、加速力、いずれもジェネシックと互角となれば、普通に追いかけていては接近出来ない。

 「わかってる。突っ込めアキト!」

 光輝はダブルエックスの右腕に握られたDX専用バスターライフルを発砲する。ボルティングドライバー・ブロウクンボルト並みの威力の重力波の弾丸が発射され、アンノウン目掛けて襲いかかる。

 1発目。外れた。

 2発目。掠めた。

 3発目。命中した。

 射撃は狙い違わずアンノウンの飛行経路を塞ぎ、時に被弾させる。一撃で撃墜出来ないのは相手の防御性能が高いのか、それとも命中点を微妙に外されているのかのどっちかと思われるが、手傷を負わせればそれだけでこちらが優位になる。エネルギー分布と着弾時の重力波の動きをみる限りでは、ガンダムやGファルコンやジェネシックガオガイガー同様、装甲表面にフィールドを定着させて攻撃と防御を両立するディストーションアーマー(ガオガイガーはジェネシックアーマー)を装備しているのだろう。

 ダブルエックスの機動力ではアンノウンについていくことは難しいが、距離を置いての射撃戦なら十分対応出来る。ダブルエックス単独のスラスター出力は原型であるエステバリスから極端に強化されていない。単独状態でもツインサテライトキャノンのチャージを行うため、出力を取られているからだ。原型機を上回っているとはいえ、あの高機動機に付いていけるほどではない。かと言ってチャージをストップするといざという時にサテライトキャノンを使えないというジレンマがある。元々それを解消するためのGファルコンとの合体システムなのだ。

 「機動力なら、Gファルコンのが上みたいだね」

 一方の菫は積極的に発砲せず、アンノウンを追い回すことで誘導することにした。幸いなことにGファルコンの機動力はアンノウンのそれを凌駕している。
 しばらく追い回してようやく目視出来る距離に接近すると、アンノウンが航空機に近い形状をしていることがわかった。
 緑を基調にしたカラーリングで、機首が長く、胴体の両脇に長方形状のエンジンユニットが取り付けられていて、その端に小型の水平翼が装備されている。機体中央の下に懸架された円形の砲身から時折グラビティブラストを撃ってくる事を考えると、最低でもストレリチアと同程度のジェネレーターを搭載しているはずだ。Gファルコンのセンサーはタキオン粒子の反応を検知していないから、恐らく波動エンジン搭載機ではない。
 出力はあまり高くなく、一撃の重みよりも手数を重視していることが伺えるが、それでも直撃したらかなり痛そうだ。

 真後ろを取り、菫はここでようやく主砲である拡散グラビティブラストの引き金を引いた。砲口の軸線上に1発と、その周辺に円錐状に広がっていく数発の散弾がアンノウンに襲いかかる。が、アンノウンは驚異的な運動性能を発揮してこの攻撃を完全に避けて見せた。こちらの射線と射撃タイミングを読んで見せたのだ。確かにエネルギー反応を逐一確認していればエネルギー火器の回避運動の目安にすることは出来る。しかし驚異的な弾速であるためタイミングを察したとしても実際に避けるのは至難の業なのだが……。
 自分の狙いが甘かったのもあるかもしれないが、こうもあっさりと避けられると少々腹立たしい。

 おまけに菫が思わず目を丸くする事態が発生した。エンジンユニットの下から突然腕が飛び出し、機体下部に取り付けられている砲身を掴んで真後ろに向けて発砲したのだ。とっさに機首を翻して回避行動を取ったが、驚きで反応が遅れたため左コンテナの下部プレートスラスター(板型の重力波推進基)が根元から吹き飛ばされてしまった。

 「ディストーションアーマーが無かったらコンテナ丸ごと持ってかれたかも……!」

 機体の表面全てを覆っているディストーションフィールドの存在が無ければ、被害はもっと拡大していたはずだ。ディストーションブロックの存在も大きい。それが無ければ安定翼だけでなく左コンテナを丸ごと持っていかれるほどの被害が出たはずだ。
 ハニカム構造の複合装甲は、その装甲間にもフィールドを張り巡らせている。そのおかげで被害は安定翼で留まったのだ。もっとも、この安定翼は重力波推進装置も兼ねていたのだから、運動性能の低下は否めない。

 「ツインドライヴじゃないから、想定よりも防御力が低いし機動力も気持ち足りない!」

 Gファルコンを操りながら菫は愚痴る。元々このGファルコンもガンダムDXも合体しての運用を前提としている。そのため各種装備は燃費が悪くても望める限り最上級の装置を使用している。それが災いして分離した状態ではエネルギー効率が悪く、どの装置も本来の性能の80%程度しか発揮していない。元々は合体して2つのエンジンからエネルギーを供給し、単独時の140%の大出力での駆動を前提にしている装置だ。100%の出力では足りないのだ。
 もしも性能をフルに発揮していれば、あの攻撃でフィールドを突破されることもなく、無傷で済んでいたはずだ。
 主砲のチャージも遅いし、このままでは厳しいかもしれない。

 せめてもの救いは出現時に搭載していたタンクを切り離していた事か。必要な物資を納めたそれはかなり重いし嵩張る。無い分機体も軽いから動きはかなり軽快になっているのだが。



 ガンダムDXの射撃とGファルコンの追跡で動きを少なからず制限されたアンノウンは、とうとうジェネシックガオガイガーの有効射程距離に捕えられていた。

 「ここなら、俺の距離だ!」

 アキトは最大出力でガジェットフェザーを吹かし、一気に距離を詰めてようやく1機両断することに成功した。

 「菫、ここはもういいから偵察機の追撃を! 何としてでも撃ち落とせ! ヤマトの事を知られちゃまずい! ジャミングも忘れるなよ!」

 「わかった! 偵察機を追撃して、撃ち落とす!」

 すぐにスラスターを全開にして先程別方向へ逃走して行った偵察機と思しき機影に向かって全速で飛行する。最高スピードなら逃げた偵察機はおろか、先程から交戦している敵の戦闘機だって上回っている。
 火器管制をオフにして最高速で飛行すれば、スラスターは本来の出力を出せるはず。ガンダムDXと合体していないからスラスター連動による推力の強化は無いが、今からでも追いつけるだけのスペックはあるはずだ。

 「よし、こいつらを始末したら俺達も追いかけよう」

 「ああ。手早くやろう」

 光輝はバスターライフルを可能な限りの早さで連射して手傷を負わせ、ようやくの思いで2機撃墜することに成功した。

 途中で何発か貰ったが、ぎりぎりのところでシールドによる防御が間に合ったのは減俸としか言いようがない。こちらも本来の性能を発揮しているとは言い難いため、最後の1発を受け止めた時にシールドが砕けてしまったが、本体にダメージは殆どない。
 最高速と機動力で劣ったとはいえ、火器管制システムの完成度は素晴らしい物で、敵の動きを難無く捉えてくれた。それに性能が弱体化している現状でもジェネシックガオガイガーにも迫る性能を発揮してくれているとあれば、性能面での不利は殆どない。

 唯一の懸念材料だった経験不足も、アキトが奮戦してくれたおかげで今回は問題にならなかった。アキトの動きを把握して支援射撃すること等、朝飯前だ。戦いの基本くらいは知っているし、このガンダムDXという機体は自分にとって扱いやすい。



 一方アキトはアンノウンとの戦闘で早くもジェネシックガオガイガーの性能限界を感じ始めていた。
 今回は優秀なパートナーが居たからタコ殴りは回避出来たが、1機だけで戦っていたら間違いなく撃墜されていた。

 まさか、ジェネシックを手玉に取れるほどの敵だとは想像出来なかった。木連にも地球にも、ガンダムのようなイレギュラーを除いてジェネシックと対等に渡り合える機体は存在しない。あの個々の錬度の高さ、それを120%引き出す見事としか言いようのない連携。完全な戦闘装備の敵機だったら、ガンダムごと叩きのめされていたかもしれない。

 ガンダムのカタログスペック上の戦闘能力は、恐らくアンノウンを凌いでいるはず。だとすれば、ジェネシックガオガイガーは現状、ガンダムにも劣る機体と言う事になる。

 (わかっていたつもりだった。ガオガイガーは言うなれば発火剤。木連が使っていたようなプラント製の兵器には絶対的な優位性を持つ。だけど、それをベースに発展された機体に対してはその限りではない。……ガンダムがその代表格だ。

 ガオガイガーの優位性は絶対ではない、わかっていたはずなのに、こうも呆気なく――)

 アキトは胸の内に不安という名の暗雲が立ち込めてくるのを感じていた。ジェネシックに戦局を左右するだけの力は無いかもしれないという不安と、それによってこのジェネシックが不必要となるかもしれないという、不安が織り交ざった複雑な感情だ。

 乗って間もないとは言え、すでに自分の半身とも言える存在で、罪滅ぼしの機会をくれたこの存在を――例えAIユニットを失って抜け殻のようになったとしても、もう手放したくない。
 だが、個人レベルで維持出来る物ではないことは理解してしまっている。組織が不要と判断すれば解体されて、処分されるだろう。そんなのは、絶対に嫌だ。

 アキトが暗い思考に取りつかれそうになった時、ダブルエックスからの通信が飛び込んできた。

 「アキト、そっちの被害は?」

 「ない。消耗部品の摩耗とかはあるだろうけど、被弾によるダメージは無し。そっちは?」

 「シールドを持ってかれた。本体に被弾及びダメージなし。

 ……しかし、ジェネシックガオガイガーをも手玉に取るとはな。こうなったら、ガオガイガーも波動エンジンに換装して、各部の調整をし直した方が良さそうだな。幸い、Gファルコンダブルエックスの2基、もう1機のガンダムの1基の他に、予備エンジンが2つある。その内1つをガオガイガーに搭載すれば、出力向上に伴った性能向上が見込めるはずだし、活動時間の制限も無くなる」

 「波動エンジンを、ガオガイガーにも搭載出来るのか!?」

 吉報とはまさにこの事だ。波動エンジンの出力があれば、ジェネシックガオガイガーの性能はかなり向上するだろう。そうすれば、お役御免は免れるはず。

 「楽勝だな。ガオガイガーの機体構造を見てみたが、どうやら搭載ジェネレーターの寸法が小型波動エンジンと同じみたいだ。
 多分、ガオガイガーのジェネレーターをベースに小型相転移エンジンのノウハウ、それに新合金コスモナイトを組み合わせて製造したんだろう。

 寸法が同じなら積載スペースの調整は少なくて済む。後はエネルギー伝導系の調整と、ガジェットフェザーをタキオン粒子対応に改造すれば、機動力はかなり強化されるだろうし、出力が向上すれば防御と攻撃にも相当余裕が出るだろう。

 後はガンダムから流用出来そうな電子戦装備を幾つか移植して、センサーを強化すれば、射撃精度も改善するんじゃないか?

 まあ、この手のアップデートはどんな兵器だってやるようなもんだし、ガオガイガーほどの機体ならそう邪険に扱われることはないだろうさ。
 安心しろ、即お役御免だけは無いさ」

 アキトの心中を察していたのか、ニヤリと笑ってそう言った。光輝の顔を見てアキトは少し恥ずかしい思いをしたが、ホッと胸を撫で下ろした。

 『確かに、データで見た限り波動エンジンは私にマッチングするだろう。改造も最低限で済むだろう』

 ジェネシックもそれを肯定した。

 「さて、無駄話はここまでだ。早いとこ菫を追うぞ。ガオガイガーとダブルエックスのスラスターをシンクロさせれば、何とか追いつけるはずだ」

 「ああ!」

 アキトは頷くとダブルエックスを背負ったジェネシックのスラスター――ガジェットフェザーの出力を全開にする。同時にダブルエックスも背中のメインスラスターを全開にして、2機は弾かれたように加速する。



 菫は苦戦を強いられていた。追撃して偵察機に追いつく事には成功した。予めレクチャーを受けていた妨害装置を使用してデータ送信を妨害したはずだから、ヤマトや自分達の情報は母艦に伝わっていないはずだが、妨害を行う前にSOSを送っていたらしく、敵の増援との戦闘に突入していた。最初の内は機動力に物言わせて攻撃を振り切って、気合で偵察機を撃墜することには成功した。

 そこまでは良かった。しかし増援部隊との戦闘は搭乗機が新型Gファルコンでなければ軽く5回は殺されていただろうと思えた。ストレリチアのGファルコンだったら、偵察機撃墜までは出来てもその後は即あの世行きだった。
 何とか生き残れているのはこの機体の優れた機動力と運動性能にあった。敵の武装は前後左右と下側に対して狙いを付けることが出来るようだが、真下と上側に対しては狙いを付けられないことが分かった。そして、1対1ではGファルコンが圧倒している事も。
 こちらもアキトと光輝が追いかけて来ることがわかっているからこそ、逃げに徹して生き残ることを優先してた。囲まれない様位置取りに気を付けさえすれば何とか逃げられる。
 持ち前のセンスを総動員し、菫は全ての攻撃を避け続ける。反撃に出る余裕はないが、この短時間で戦闘を優位に進めるために必要な重要な要素、位置取りを学び、どうすればそのような位置に移動出来るかも理解しつつある。驚異的な成長速度だった。

 生身での戦闘技能全般は並かそれ以下とまで言われたとは思えない。Gファルコンの戦闘能力を鑑みてか、攻撃の手を強めて来た。
 正直辛いが、まだ何とかなるレベルだ。コンソールパネルを操作してレーダーレンジを切り替えて見る。正直細かくは操作出来ないが定められた縮尺で広げることは出来る。しかし、先程から沈黙しているコンソールパネルの中央にあるスフィアは一体何なのだろうか。ガンダムダブルエックスにも同様の装備がある事がわかっているが、全く正体がわからない。最初はレーダー画面かと思ったのだが。

 「来たっ!」

 レーダー表示に味方のマークが示される。ようやく追いついてきたようだ。これで形勢逆転出来る。
 Gファルコンの動きを先回りしようとしていた1機が彼方から飛来した重力波の直撃を受けて叩き落とされる。良い具合にエンジンユニットに命中したようだ。友軍機を巻き込まない様に最後の最後まで機体を制御したのだろう。大地に叩きつけられるまでの間に脱出は確認出来なかった。そもそも有人機という確証もなかったのだが。……そう考えて菫はぞっとした。有人機なら、自分は人殺しをしたんだと。

 実感を伴わない現実が、胸を締め付けた。



 「良く当てられたな」

 アキトは呆れたような感心したような声で言う。それもそのはずだ、この距離はダブルエックスが使う専用バスターライフル(でも届く事は届くし威力も一応保障されているのだが、FCSが対応していない距離だから、自動照準の類は働かない。だから全てマニュアルでやらないと命中しない。

 「先程の戦闘で感は掴んだ。敵の動きも予測出来ないほどではないしそもそもこのライフルは長距離射撃にも耐えうるだけの性能がある。
 それよりも“足場”が安定してくれているから当てられたんだ。幾らなんでも不安定な姿勢では当てられない」

 確かに、先程狙撃するから速度を一定に保ちつつ直進するようにと頼まれたのだが、本当に当たるとは思ってなかった。
 少なくとも自分ではこの距離で命中弾を出せるとは思えない。ちゃんとした狙撃用装備が整っているのなら話は別だが、同じ装備と状況で当てられる自信は無い。もしかしなくても、イズミ並みの技量があるのか。

 「すごい……。お兄ちゃん射撃の名手?」

 「ああ。徒手空拳や他のどの武器よりも、銃が一番相性が良い。ハンドガンにショットガン、マシンガンにライフルに対物ライフル、一通り扱える。
 一番好きなのはショットガンかな? 上下二連の中折れ式とポンプアクション。セミオートやフルオートは使い易いが癖の無さが物足りなくてな。
 拳銃は自動拳銃の方が好きだけどな。愛用してるのはH&K USP20。40&W弾仕様の奴。中々使い心地が良くて良いよ。知り合いのガンスミスに調達して貰ってから5年は愛用してる。フラッシュライトにレーザーサイト、サプレッサ―と一通りのアクセサリーは使用可能だっていうのも良いな。
 弾頭も距離次第では防弾ジャケットも貫通出来るし貫通力重視と人体への破壊力重視の弾薬を用意して貰っているし、どっちも亜音速弾だからサプレッサとの相性が良くて発砲音は殆ど聞こえなくなるし、何かと便利でな。本当はマグナム弾を使いたいんだが、銃が対応出来なくてな」

 妹の質問に笑顔で答えると(内容は笑顔で語るべきものではないのだが)、改めてマーカーを操作して動きまわる敵機に狙いを付ける。相手も激しく動いているためマーカーもそれに合わせて目まぐるしく動く。
 最初の1発でこちらに長距離射撃能力があると判断したのか、Gファルコンへの攻撃を行いつつも回避運動をより巧みに混ぜている。

 先程に比べるとかなり狙い難いが、撃たないわけにもいかない。

 ダブルエックスはジェネシックの後頭部に上半身を乗り出させた状態でライフルを両手でホールドする。アキトはジェネシックの腕で乗り出したダブルエックスの上半身を支えて出来るだけ安定させてやる。同時にスラスターの推力や大気密度の違いなど様々な要素で変化する飛行速度を出来るだけ一定に保ちつつ、直進する。
 一定速度で直進させると口で言えば容易いが、常にスラスター出力を同じにしているからと言って速度は一定にならない。おまけに今要求されているのは狙撃――ほんの0.01度ずれただけでも大きな誤差を生じてしまうような技を支える安定感だ。機体の振動にすら注意を払わなければならないというプレッシャーを感じながら操縦しなければならない。それを成し遂げているのは単にアキトの操縦技術が並外れて高いからだ。
 勿論、ジェネシックのような高性能な機体だからこそ多少は楽を出来ているのだが。

 光輝はGファルコンの周りを飛び回る1機に狙いを絞ると、動きを予測して発砲した。重力波砲は殆ど弾道が曲がらないため(惑星の重力場等の影響で多少曲がる)相手との相対速度さえ気を付けていれば命中率はビーム兵器や実体弾とは比べ物にならないほど高いと言える。グラビティブラストの弾道は先程の小競り合いで十分理解したし、バスターライフルの癖も何となくではあるが掴んだ。
 後は相対速度による予測射撃の幅だが、これも弾速が光速に近いグラビティブラストなら小さくて済む。
 そもそも予測射撃等のは「弾が届くまでの時間差分、相手の行動を先読みする」と言うものであり、言うなれば相手が移動するだろう場所に弾丸を「置く」と言うのが正しい。
 仮に弾丸が届くまで2秒かかるというのなら、相手はその2秒間で動ける行動を予測し「大体この辺」という場所を割り出してその場所に向けて発砲するというのが予測射撃である。相手が動いている以上、その時居た場所に撃っても外れてしまう。
 当然着弾までに掛る時間が長ければ長いほど予測の幅は広がるため、長距離の敵に命中させるためには弾速が速い=着弾までの時間が短いことが命中率向上に繋がる。実弾なら運動エネルギー増大による破壊力向上も見込めるため一石二鳥だ。

 ダブルエックスが重力波兵器やビーム兵器に偏った武装を施されているのはこの予測射撃を容易にするためである。破壊力も並の武装よりも高いからというのも理由であるが――当たらなければ無意味という見方もある。
 連射系の武装もそういう意味では非常に効果的で、持続した攻撃で相手の動きを制限することが可能で、発射しながら銃を動かすだけで簡単に命中率を上げる事が出来る。すぐに行動に移れるか否かで予測の幅を狭めることも出来るからだ。行動を抑制するという意味では弾幕と言うのは非常に効果的な手段である。欠点は、長時間持続した射撃をすると大量の弾薬を消費し、銃にも大きな負担がかかることだ。

 そして光輝はこの予測射撃に関して人並み外れた才覚を有していた。

 「……っ」

 短く息を吐いてトリガーを絞る。ライフルの銃口から吐き出された重力波が敵機の右エンジンユニットに直撃する。一撃で空中分解にまでは持ち込めなかったが、何とか敵の防御を突破出来る。先程の手応えを参考に収束率を調整したのが功をそうしたようだ。

 「次っ……」

 次の標的に狙いを定めると即座に発砲。外れたが進路は逸れた。計算通りだ。あの位置、連中の姿勢制御能力なら確実に仕留めてくれるはずだ。
 菫の奴が。

 光輝がにやりと笑ってすぐにGファルコンが機首を翻し、主砲の拡散グラビティブラストを発砲して敵機を木っ端微塵に砕いた。
 流石は我が嫁だ。一々指示等出さなくてもこちらの意図を汲んでくれる。

 「アキト、FCSの有効範囲に入った。援護するから飛び込め」

 「わかってる、頼むぞ!」

 アキトはホールドしていたダブルエックスを離すと、加速して敵の編隊に向かって突き進む。光輝は機体を減速させて出来るだけ安定させながらツーハンドホールドの状態で射撃を続ける。ここからは自動追尾が働くからだいぶ楽が出来る。流石にまだ火器管制と機体の制御を両立出来ない。アキトが突っ込んでくれないと、攻撃に手一杯になって被弾を避けられない所だった。

 「菫、当たらなくても良いからばら撒け」

 「了解!」

 心地いい返事が返ってくると、今まで逃げの一手だったGファルコンが反撃を開始する。ばら撒けという指示に従って機首のビームマシンガン、ついでにミサイルも発射する。まだロックオン操作が良く分かっていないのだが、適当に発射する。誘導しないミサイルなどミサイルとは言えないのだが、それでも敵を威嚇する効果くらいはあったようだ。

 敵がミサイルの進行方向からそれ、ばら撒かれたビームに追い立てられて隙を見せ始める。

 「貰った!!」

 その隙を逃す程アキトは甘くない。右手のブロウクンマグナムを発射して隙を見せた敵機を射抜く。対機動兵器戦には有効と言いきれない武装だが、相手がもたついているのなら話は別だ。アキトの腕なら問題なく当てられる。

 移動中は取り外していたボルティングドライバーを再び装着し、今度はジェネシックボルトで広域破壊を目論む。どうせ精密射撃は出来ないのだ、面制圧で圧倒させてもらう。アキトはGファルコンの動きを予測して邪魔になったり間違っても命中したりしない様に注意しながら発砲する。
 流石にこれを最小限の回避運動で避けることは出来なかったようだ、大きく動いて攻撃を避けている。しかし、モーションが大きくなればその分隙だって増す。そうなれば……。

 「上手いぞアキト、この距離は俺向きだ」

 ダブルエックスの専用バスターライフルが火を噴き、ボルティングドライバーの一撃を避けた敵機を容赦なく撃ち落とす。今までの命中のデータからさらに出力と収束率を弄った一撃だ。FCSの照準データも弄ったからかなり命中精度は上がったはずだ。

 「ふっ、ラピスさまさまだな」

 「もちっ、天才パソコン少女だもんね。ちょろいちょろい」

 データ入力用のキーボードを膝の上に置いたラピスがユリカ直伝のブイサインを決める(アキトがユリカの入院先を訪れた時に教えてもらったらしい。朱に交われば赤くなるというが、影響を受けるのが早過ぎる気もするとアキトはボヤいていた)。
 流石に操縦しながらデータの修正は難しかったというか無理なので、折角居るのだからとラピスに各種データの修正を行ってもらったのだ。
 ラピスが一般市民として生活出来ているのは研究材料としての価値が無かったかららしいが、それでもコンピューター知識はかなりのもので、専門家並みの知識があるし実力もある。
 もっとも、強化IFS体質でなくても出来るだろうと思わせるレベルでしかない事を考えると、確かに研究材料としての価値は無いだろう。ありがたいことだ。
 ラピスに聞いた話では、この世界の強化IFS体質は完全に失敗に終わっていて、あのホシノ・ルリですら自分同様に専門家レベルの域を出ないらしい。それにインターフェイスも一般人と同じような物しか使えずオモイカネのオペレートも不可能だという。オモイカネに関してはこの世界の自分と融合した後の推測で知ったに過ぎないらしいのだが。

 「ふふん、この程度の調整ならコツさえわかってればあっという間よ。試作機だけあって、入力用のインターフェイスは完備してるし、専念出来るから何とかなる! こっちの調整は任せて、操縦に専念してね」

 ぱちりとウィンクまで決めてラピスはさらに火器管制の調整を続行する。まだ敵の運動データを反映しきれていない。しかしこの兄なら、きっとすぐに順応してしまうに違いない。ラピスはそう信じて疑わなかった。

 ラピスはキーボードを操作してデータを書き換えていく。当然戦闘中に火器管制に介入すれば武器の操作は覚束なくなる。データの書き換えが完了すればその通りに動くが、操作している最中に火器を使う事は殆ど絶望的だ。

 しかし、光輝はいとも簡単にそれを為した。というよりは、直感のみで操ったと言える。
 トリガーさえ残してもらえれば後は腕と手首の向きだけでおおよその狙いは付けられる。
 機体の制御に関しては確かに才能と言う点でアキトや菫に(くやしいが)劣っている。しかし、射撃管制の癖は掴んだ。腕の制御に専念してトリガーを引くくらいなら何とでもなる。

 そう、腕さえ思い通りなら後はいつもの通りだ。元々人間が使う火器に大層な照準システムも弾道計算ソフトも搭載されていない。自分で考えて正解と言える狙いをつけるのだ。

 これが実弾兵器だったなら流石にすぐに扱う事は出来なかったが、使う武器は重力波砲。多少周りの重力場等の影響を受けるが殆ど直進するという性質がわかっているし、まっすぐ飛ぶというのなら相手の動きを先読みしてその先に銃口を向ければいいだけだ。弾速も光速に限りなく近いとなれば予測の幅も狭い。

 相手の動きも追えるようになったし反撃はこれからだ。

 光輝はすぐさまライフルの銃口をジェネシックから逃げようとするアンノウンに向けて引き金を引く。
 弾丸は狙い通り、敵の鼻先をかすめた。ロックオン警告を受けて回避行動を取ったアンノウンの足が僅かに鈍る。その隙を逃すことなくアキトが攻撃する。

 「さよならだ!」

 アキトは容赦なく高速回転する右手首――ブロウクンマグナムを撃ち出し、敵機を粉々に粉砕する。設定が変更されたおかげで音声認識抜きで装備が使えるのはありがたい限りだ。
 元々は安全装置として付けられている音声認識だが、ジェネシックはアキトの状態を安全と判断し、音声認識無しでもIFSを通して機能を使えるように管制を弄ってくれたようだ。IFSのおかげでパイロットの精神面でのコンディションを把握しやすくなったからだろう。
 しかしこれはありがたい。高機動戦闘で一々武器名を叫んでいたらタイミングを逃して攻撃をミスりかねない。流石に必殺技はパスワードとして音声認識が必要だが、あの手の攻撃は準備時間が長いから問題にはならないし、しっかりと気合を入れないとそもそも発動しない。

 ジェネシックガオガイガーや真ゲッターロボにはどうやら人の精神エネルギー、特に感情を自身の力に変換して出力を高めたり装甲やフレームと言った部位が耐えられる物理的な負担を軽減するシステムが組み込まれているようだ。

 つまり、パイロットの精神状態次第で性能限界以上に強くなるのが遺産のロボットなのだ。音声認識はそれを補助するための物でもあるのだ。

 後にスーパーロボットと分類されるこの手の機動兵器にツインドライヴシステムを搭載出来ても搭載しない理由はここにあった(もっとも、ツインドライヴ自体が機動兵器には必要のない出力を生み出すためサテライトキャノンでも積んでなければ採用する意味のないシステムなのだが)。



 ついでに、アキトの精神状態はかなり良い具合だった。

 何が無くとも膝の上で慣れない高機動戦闘に耐えているユリカの存在が大きい。自分が守るべき存在、愛している存在がすぐそばに――というか自分の膝の上にある。自分がしくじったら最愛の女性も死んでしまう。

 これで奮い立たない男などいまい。

 共に闘う仲間がいるのもプラスの要素だ。1人じゃないという実感が、危うい状態に置かれた時にすかさず飛んでくる援護射撃によってひしひしと感じられてくる。ラピスが居たとはいえ殆ど孤独な戦いを強いられていたあの復讐劇の時とは比べ物にならない安心感。

 仲間がいる、背中を任せられる仲間がいる。そして愛すべきものが傍にいる。



 これ以上なく、アキトは燃えていた。おかげで現在のジェネシックの基本性能は限界まで引き出され、ガンダムにだって引けを取らない程に強化されていたりする。それでも出力だけは波動エンジンに及ばないが。



 叫ばなくて嬉しいのはこの状態で叫ぶとユリカの耳元で叫ぶ事になり、不愉快な思いをさせてしまうかもしれないというちょっぴり間の抜けた状況によるものだが、案外ジェネシックの方が気を使ってくれているのかもしれない。

 何しろ、先程の戦いでは結構遠慮なく叫んでしまっていたから気になって仕方なかったのだ(とはいえあの義父の事等から考えるに、ユリカが大声に対する強い耐性を持っている事は容易に想像出来るはずだが、この時アキトは気がつかなかった)。





 それでも、快進撃とは行かなかった。こちらの武装や動きを把握したのだろう、敵機の連携がこちらの連携を分断して各個撃破するためもものに変わってきた。今分断されようものなら、アキトのジェネシックですら長くは持たない事は明白だと言うのに。



 「アキト、4時の方向上下角マイナス20、距離230に敵機!」

 経験が乏しいとはいえそこは軍事教育の賜物、苦しいというかかなり怖いが愛する男のために索敵をこなす。
 アキトも計器類には絶えず目を配っているがやはり注意が逸れる瞬間というものは存在する。何しろ現状多勢に無勢、基本性能が僅かに勝っている程度では覆すのが困難な状況だ。思いの外連携が上手くいっているのと敵もそれほど重装備でないから助かっている。

 これでもっと攻撃力の高い敵がいたら流石にお手上げだっただろう。

 ユリカの言葉に従って機体を制御して敵を捉えようとするが間に合わない。すぐさまプロテクトシェードを展開して防御姿勢をとりつつ回避運動に移る。
 プロテクトシェードの表面で弾けた重力波の奔流がジェネシックの機動を妨げる。

 「背後に敵機! ロックオン警告!」

 「わかった!」

 ユリカの警告にアキトは何とか機体を立て直すが如何せん敵の錬度が高い。足止めされた状態で背後からの一撃を避けるのはしんどい通り越して無理に近かった。

 すぐさまダブルエックスがバスターライフルでジェネシックの背後に陣取った敵機に牽制射撃を加える。ジェネシックとGファルコンの死角に入った敵を狙えるようにと常に位置取りを気をつけている光輝だが、何しろ機体制御に関しては2流レベルだ。ジェネシックもGファルコンもこちらの意図を理解しているから立ち回りに気をつけてくれてはいるのだが、多勢に無勢で連携が取り難い。

 敵はダブルエックスにだって攻撃してくるのだから、当然応戦しなければならない。光輝は自分の腕を全く信じていなかったから、出来るだけ距離を置いた射撃戦に執心していたが機動力で負けているから引き離す事もなかなか出来ない。
 冷や汗の出てくる状況も多かったが、良いタイミングでGファルコンが突っ込んでくれたりジェネシックがプロテクトシェードで防いでくれたりしてくれるから何とかなっている。

 「くそっ。GファルコンDXなら、こんな連中一網打尽に出来るのに……!」

 本領を全く発揮出来ていない上にパイロットも不慣れな現在のダブルエックスとGファルコンは正直決め手を欠いていた。
 要と言えるジェネシックは性能が向上している状態とは言え、防御と機動力が上回っている以外はダブルエックスと殆ど機体性能に差が無い。
 むしろ最重視されている格闘戦に持ち込む機会が少ない分、決め手になりきれていないという印象が強い。せめて動力が波動エンジンになっているのなら余裕を持って戦えるのだろうが。

 『光輝、どうやら敵の母艦も降りてくるようですよ。増援を5機、確認しました』

 「まだ来るのか!?」

 正直今でも一杯一杯なのに、これ以上は持ちこたえられない。

 「光輝、たぶんあたし達を鹵獲するつもりなんだよ。彼らが本当に異星人で、地球侵略を考えてるんなら、情報が少しでも欲しいはず。
 向こうが知っているとは思えないけど、地球・木星圏最強のガオガイガーとガンダムとその支援戦闘機の情報を完全に解析されたら、ヤマトがあっても贖えなくなる! それどころか、ここであたし達が倒れたらあのヤマトの残骸だって持って行かれちゃうよ!」

 それだけは絶対に避けないと。ユリカは言外にそう言っていた。



 「キット、サテライトキャノンのチャージ状況は?」

 『ダブルエックス単独で使用可能な出力をチャージ済みです。――まさか、サテライトキャノンで状況を打破するつもりですか?』

 「それしかないと俺は思う。――ユリカは?」

 「……賛成。とにもかくにも敵の数を減らさないといけないし、母艦も沈めないとまだ出てくるかもしれない。

 サテライトで一掃しましょう」

 苦々しくユリカは光輝の行動を支持した。使いたくないと言っていた兵器を、すぐに使用することになろうとは。

 「決まりだ。ハイパークロックアップで砲撃ポイントに移動する。アキトと菫はボソンジャンプをハイパーゼクターと同調させろ! ジャンプはこちらで実行する!」

 「了解!」

 同時に返事が返ってくる。すぐさま位置関係を計算してベストと言える砲撃ポイントを探りだした。間髪入れずにハイパーゼクターのスイッチを叩き、ハイパークロックアップで移動する。両手両足のプレートが開放されて金色に輝き、ジャンプフィールドを瞬時に形成。ダブルエックスをボソンジャンプさせる。

 「サテライトキャノン、展開!」

 出現と同時にGコントローラー後ろの黄色いスイッチを前に押し込む。展開されたプレートはそのままに、背中の巨大なプレートも追加で開き、下を向いていた砲身が天を仰ぎ、伸長しながら前に倒れて肩から起き上がったマウントスコープに噛み合って固定される。
 最大出力のエンジンのエネルギーをサテライトキャノン用のコンデンサーにチャージされていたタキオン粒子と一緒に砲身に流し込む。

 3秒で臨界まで圧力が上がった。発射可能状態だ。2機ともボソンジャンプを使用して離脱した。ハイパーゼクターと連動した2機は、ダブルエックスの背後にしっかりとジャンプアウトした。ここなら、巻き込まれることは絶対にないはずだ。

 「ツインサテライトキャノン! 発射!」

 迷うことなく引き金を引く。

 連装式の砲身から吐き出されたタキオン粒子バースト流は、発射後に1軸に合成されて巨大な1本の奔流と化して敵部隊の大半と、衛星軌道から降下しつつあった円盤状の本体から十字の発着口を伸ばした空母と思しき敵母艦を呑み込んだ。

 機動兵器の出力とはとても思えない巨大な粒子ビームは、その奔流に巻き込んだ敵艦載機と空母を原子レベルで分解して消滅させ、その周辺に居た残りの艦載機をも衝撃波で粉砕してしまった。

 直径が800mにもなる極太の粒子ビームはその後火星の衛星軌道まで達して消滅した。敵の空母もかなり強力な、少なくても地球・木連双方が所有しているどの艦艇よりも遥かに強力なディストーションフィールドを保有していたと思わるが、苦もなく貫通して消滅させてしまった。
 エネルギー反応を見る限り、ジェネシックアーマーやディストーションアーマーと同じように、装甲表面に展開していたようだが、何の意味もなさなかった。ビームが通り過ぎた後は、まるでかち割られた水面の様にゆらゆらと歪んで不安定になっていた。



 「―――機動兵器の出力でこの威力?」

 アキトの膝の上で、ユリカが茫然と呟いた。この威力、ナデシコYユニット装備のグラビティブラストとも、比較にならないほど強力だ。この一撃だけでも、ユートピアコロニーが消滅してなお御釣りが来そうな威力だ。最大出力だったら、それこそ隕石が落着したのと変わりない光景を目の当たりにする事になるだろう。

 「機動兵器レベルでこの威力って……。艦載砲だったら地球くらい簡単に粉砕出来そうだよ、この兵器――」

 ラピスもまた、あまりの威力に腰を抜かしている。あまりにも、あまりにも強力過ぎる。

 「なるほど。確かに使えると言える威力だが、如何せん加減が利かないな。――安心しろユリカ、使いたくてもこの武器は使えないさ。強力過ぎて地表付近ではまずぶっ放せないし何より味方を巻き込みかねない。
 牽制ないし味方と示し合わせた上で伏兵として撃つか、もしくは接敵前に全部吹き飛ばすつもりで先制攻撃するか――どちらにせよ、使う機会は極端に限定されるな。ほぼ宇宙空間での戦闘に限定しても問題無いと思う」

 光輝は至って冷静に分析して、将来的に上司になるであろうユリカに報告する。実際に指揮を取っているところは見た事もないが、ナデシコの驚異的な戦果は資料として見ているし、あの若さで大佐まで上り詰めたとあれば、相応の実力があるだろうと思っただけとも言える。まあ、彼女自身は親の七光りを嫌っているようだから実力で上がったと考えるのが妥当だろう。

 「うん。だけど、この兵器を使ってようやく撃退出来た事を考えると……現状のどの兵器も、あの所属不明機に対抗することは出来ない。

 もう一度攻めてこられたら、初めからツインサテライトキャノンの使用を前提とした戦略を組んでいかないと、嬲り殺しにされるかも。

 ――――――蜥蜴戦役初期の、地球みたいに」

 ユリカは今回の交戦で肌身に感じた敵の強大さに顔色を失くす。歴戦のエースであるアキトとジェネシックの組み合わせだけでは勝てず(そもそも一対多をこなせるパイロット等まず存在せず、そのような戦闘を想定した機動兵器だって存在しない。軍隊と言うものの戦闘は基本的に数と複数の兵器や兵士の組み合わせで成り立っている)、素人とは言えジェネシックすら凌駕する最強の機動兵器ガンダムとその支援戦闘機のコンビをもってしても、贖いきれなかった。

 確かに状況は数の面でも錬度でも不利だったと言える。しかし、あの部隊がエース級とは到底考えられない。敵軍のどの程度の位置にいるのかは情報不足で予測が付かないが、あれが並みだとしたら、恐ろしく強大な軍事国家の可能性も否定出来ない。

 幾度となく実戦さながらの訓練を積んだだけではあの連携は出来ないだろう。判断の速さもかなりの水準だ。恐らく、どこかで実戦を数度経験している。そうでなければ、あの切り替えの速さが納得出来ない。



 なるほど、これでヤマトのスペックも得心が行った。あの艦は、恐らくナデシコと同じような運用をしていたのだろう。艦隊を組まず、独立して行動する特殊な艦。
 だからこそ、工場施設や食料製造用の農園などと言った戦艦にあるまじき設備に多大なスペースを割いているのも、波動砲の様な無差別破壊兵器を保有しているのも、全身にバランス良く配置された重装備の数々も、全ては単独で作戦行動を行うため。

 あのデータによればパラレルワールドのヤマトは最初期の波動エンジン――正確には波動モノポール――の搭載艦艇で、色々と不備も多かったとされている。おまけに搭載後すぐに単独で銀河系を飛び出すという前代未聞の航海に出ている。目的は全く不明だが。恐らく異世界のヤマトも同様な理由で建造された艦なのだろう(当然この時は異世界のヤマトが地球最後の戦艦として建造された事を光輝達は知らない)。
 当然満足な支援も期待出来ない状況下で運用されるのだから、自己解決のための設備を取りそろえておくのは当然の帰結と言える。



 「お兄ちゃん……。あんな敵が大勢で一気に襲いかかってきたら、木星も地球も――」

 「ああ。一網打尽。あっという間に征服されて終わるな」

 光輝はラピスの問いに答えると、入れっぱなしだったツインサテライトキャノンのスイッチを戻した。
 しかし冷却が終了していない為か、砲身も放熱板も収納されなかった。冷却終了までのカウントが小さくモニターに表示され、時間を刻む。

 「ツインドライヴ――すぐにでも完成させないとヤバいかもね」

 Gファルコンの菫が苦い顔をして光輝に話を振った。ツインドライヴが使えないがばかりに不利な戦闘を強いられた事が強く印象に残ってしまったらしい。

 しかし――

 「ああ。今のままでは、本当に蹂躙されるだけで終わってしまう。少数でも戦局を左右出来るだけの切り札は、多い方が良さそうだ」

 光輝は敵の戦力を体感してぞっとしていた。最強クラスの機動兵器と殆ど互角に戦った“正式採用機”という事実にだ。正式採用機、ロボットアニメの視聴者から見た場合“量産型”と呼ばれるものだ。本来正式に軍が採用する兵器と言うのは量産に耐えうるコスト、誰でも訓練すれば使え、様々局面に適応出来るか部隊を編成することでお互いの穴埋めをする一芸に秀でた機体だ。
 極端な例だが、ガンダムの様な維持するにも金の掛り、数も揃えられない兵器など軍隊ではまともに扱えない。基本的には数を揃えて物量で対抗または圧倒するのが基本戦術であるし、今回のように数で劣っていればその分不利を背負うためどんなに強くても負ける時は負ける。それに人を選ぶとなっては話にならない。
 だったら誰にでも扱えて大量に配備出来る兵器を軍隊が求めるのは当然のことであり、人の育成には元からして時間がかかるのだから、多少の扱い辛さは慣れと訓練でどうにかするのが普通だ。

 確かに不利な要素が多い戦いだった。最終的には勝った。

 しかし、現在の地球と木星の戦力ではこの部隊に勝つだけで軽く10倍の戦力差が必要だろう。火力・機動力・防御力、全てがこちらの正式採用機を軽く凌いでいる。

 しかも、(不利な要素を大量に含んでいたとはいえ)ガンダムですら苦戦するような相手だ。
 人型機動兵器でもエステバリスの様な完全な人型はまだどこにも配備されていない。そして、長きに渡って大きな戦争の無かった地球圏で本当の意味のベテランパイロットはいない。例外はアキトだけだ。
 これから発掘して鍛えていくにしても、現状の装備では無駄に死んで行くだけだろうし、新しい兵器に対する慣熟訓練にどれほどの時間がかかるというのだろうか。

 考えただけで目の前が暗くなってくる。

 「光輝、とにかくヤマトを回収に行こうよ。早く引き上げて隠さないと」

 「そうだな。ハイパーゼクターが2基もあるんだ。戦艦1隻くらい簡単に動かせるはず。ナビゲートは頼んだぞユリカ」

 「任せて。光輝よりは上手にナビゲート出来るよ」

 にっこりと微笑んで言うユリカだが、この真相は経験の差ではなく(そもそもユリカ自身はボソンジャンプの経験が乏しい)彼女が演算ユニットに生体ユニットとして組み込まれた経験を持つからだ。本人は全く気が付いていないのだが、その経験により演算ユニットに限りなく近い性質を持つハイパーゼクターの扱いに非常に長けている。オモイカネの様なAIユニットを持たず、その真価を発揮しきれていないハイパーゼクターであるにも関わらず、その能力を余すことなく引き出せるほどだ。

 よって、超能力によりハイパーゼクターをかなり正確に把握出来た光輝よりも遥かに高い適性を示し、全く気が付いていない事実だがその気になれば“自由に並行世界を移動する事すら出来る”。ユリカ自身はこの世界への渡航を演算ユニットの傍で綿密な準備によって無し得たものと思っているが、実際問題演算ユニットは保険として用いられたに過ぎず、ユリカとハイパーゼクターの組み合わせこそが重要だったのだ。遺跡をわざわざ強奪したのはユリカとハイパーゼクターの組み合わせがそこまで有効だと考えられていなかったからである。強奪自体は並行して行われたのだから当然だ。
 ハイパーゼクターとユリカの組み合わせがかつてない程に強力であるという事実を、ヤマサキ・ヨシオと草壁春樹はユリカ自身には伝えていない。

 裏切る可能性が万に一つある以上教えるわけにはいかなかったというのもあるし、草壁としてはあまり深く関わらせ過ぎてしまうといざという時抜け出せなくなってしまうという危険性があったからだ。
 身内に近い存在であると知ってしまった以上、草壁としてはもうユリカに苦痛な思いをさせるわけにはいかなかったのだ。

 ヤマサキがこの世界に来たのは単純に自分の発明であるハイパーゼクターの成長を見届けるためと、その潜在能力を完全に引き出せる存在が使用した場合のデータが欲しかったからだ。故に、かつて火星の後継者の暗部を担った研究者の殆どはこの旅立ちに同行していない。並行世界の――と言うよりも人類の存亡など興味が無かったからだ。

 光輝の保有する1号機が並行世界への移動を可能としているのは単純にキットを取りこんでその真価を発揮した事と、2号機のボソンジャンプに巻き込まれてそのやり方を学んだからだ。光輝自身のナビゲーターとしての能力は、下から数えた方が早いほど低い。ユリカに及ばないが、ハイパーゼクターの性能を引き出せるからこそ経験豊富なナビゲーターと同程度のボソンジャンプを実行可能なだけだ。

 「頼む。アキト、ガオガイガーの活動時間は大丈夫か?」

 光輝の言葉にアキトはウィンドウを表示して燃料ペレットの残量を確認してみる。

 「そうだな……この量だと、後20分くらいは動ける。さっきの戦闘で大量に消費しちまったな」

 アキトは残量と最低限機体を操るのに必要なエネルギー量を簡単に計算して答えた。もう戦闘が無いというのなら機体制御と飛行に必要なエネルギーだけで事足りるはず。流石にもう一戦やるのは無理だが、仮設司令部に移動するくらいのエネルギーは残っている。

 向こうで補給すれば引き返せる。幸いなことにエネルギーペレットは余分に用意されていたようで、まだ2回は満タンに出来るだけの量が向こうに置かれている。Gファルコンの下部に取り付けられていた2本のポッドの内1本に大量に詰め込まれていた。もう1本には消耗部品が少量であるが納められていた。安心出来る程は無いが、整備に使えそうな重機類が満足にないこの状況下ではかりに修理用の部品が山ほどあってもさして意味は無いのだし、必要最低限あれば十分と言える。

 「補給も兼ねて引き返すからその時に持ってくる」

 「あっ、あたしは残るね。残らなきゃいけない気がするの」

 ユリカはそう言うと手早く持物を確認してハイパーゼクターを呼び出した。

 「じゃあアキト、また後でね」

 「後でな、ユリカ」

 返事を返すとアキトは不意打ち気味にユリカの唇を奪った。突然の事に目を丸くするユリカだが、にっこりと嬉しそうに微笑むと「じゃ」とボソンジャンプで消えていった。

 「さて、さっさと済ませるか」

 アキトはジェネシックを仮設司令所に向けて全速力で飛んでいく。何となくだが、急がなければならない気がしたのだ。



 「というわけで、お邪魔しま〜す」

 「はいはい。でもせめて事前に一言欲しかったかなぁ〜と思ったり」

 突然ボソンアウトしてきたユリカに潰された菫が苦情を申し立てるも、ユリカは気にしない気にしないと取り合うことなく、未だ浮かんでいるヤマトの司令塔に接近するように頼んだ。

 「了解しましたお嬢様。――とは言っても、着陸は無理そうだし迂闊に外壁ぶっ壊すわけにもいかないし、どうしようかな……」

 「俺が司令塔後部の展望室を破るから、そこからユリカだけ降ろしてくれ。菫はそのまま上空の監視を頼む」

 菫は心得たと返事をし、光輝はダブルエックスを司令塔後部にあるドーム状の展望室に接近させる。揺れている建造物の動きに合わせるのは光輝には難儀な仕事だったが、何回か失敗してようやく成功させた。
 試しにドームのガラス(?)を叩いてみたが、今まで見た事もない素材で出来ているらしく、ダブルエックスが殴った程度では到底壊れそうもない。透明度の高い合金なのだろうか。
 止むを得ずハイパーディストーションソードを抜刀し、ガラス部分を一部開口して侵入することにした。

 空間歪曲場によって構成された構成された緑色の刀身は本来接触した物体を分子レベルで切断出来るだけの破壊力を持つ。ディストーションフィールド、それもディストーションソードと同程度にまで密度を高めたフィールドでなければ防御する事は叶わない。何でもディストーションフィールドを一点集中させての体当たりにヒントを経て武器化した際、剣――というか棒木刀――の様な形状に推移していったと資料には書かれていた。

 にも拘らずこのドーム部分を切断するのに少々手間取った。刃は通ったのだが思った以上に切断速度が遅かった。もしかして、空間歪曲に対する抵抗でも持っている素材なのだろうか。

 手摺のあった床付近から果実の身を削ぐように切っただけだが、それで円形の穴がぽっかりと開いた。曲面を描いた物体を切ればこうなる。

 光輝はダブルエックスの体を固定させるとコックピットハッチを開放して展望室の床に飛び降りた。

 「ラピスはどうする?」

 「ついてく!」

 ラピスはそう言うとふらふらと危なっかしい足つきでダブルエックスの体を伝い、えいっと掛け声を挙げて展望室に向かってジャンプした。光輝を跳んできた妹の体を優しく受け止めるとゆっくりと立たせてあげる。

 「全く、危なっかしくて見てられないな」

 苦笑交じりの笑みを浮かべる光輝にラピスは頬を膨らませて抗議した。

 「あたし、平均台とか苦手だもん!」

 運動音痴と言うわけではないが、スポーツ等体を動かす事よりもパソコンに向かってネットサーフィンやらゲームをしたり、時折ハッキング(クラッキングではない)に性を出す方が好きな彼女は学校で行われる体育の授業以外は体を動かそうとはしていない。精々太らないように適度に動いているだけだ。

 ちなみに体育の成績は5段階評価で3だったりする。

 ダブルエックスが開けた穴に機体を寄せたGファルコンのコックピットからユリカが身を乗り出し、こちらは危なげなく跳び移る。流石に軍事訓練を受けているだけあって身のこなしに無駄が少ない。ちゃんと鍛えれば格闘戦とかもそれなりにやれるのではないかと期待出来る。

 「さて! 早速探検と行きましょうか!」

 妙にハイテンションでユリカが言う(と光輝は思ったがこれがユリカの素)、光輝はすぐさまそれに乗った。
 とりあえず展望室のドアを強引に抉じ開けて侵入を試みる。思ったよりも呆気なく開いたのですんなりと艦内に侵入出来たのはありがたい。

 展望室を抜けた3人は、そのまま艦内の探索を開始した。思ったよりも司令塔内部の破損は少なく、エレベーター等の移動手段が停止している事を除いては簡単に動けた。

 最初に訪れたのは下側の艦橋――第二艦橋だった。外から見た以上に間取りは広く、窓の部分が幾らか溶解している事を除いては綺麗なものだった。位置的には上の第一艦橋の方が近かったのだが、停止したエレベーターが邪魔で上がれなかったので先に下に降りたのだ(下への階段があった)。もしかしたらラッタルでも見つけられるかもしれないし。

 「ここは――もしかして航路決定用の艦橋なのかな?」

 ユリカが適当に計器類を触りながら感想を漏らした。航路探査用と思われるセンサー類のコンソールパネルと思しきものが多いし、戦闘指揮を行うにしては足りないものが多過ぎる。
 床に埋め込まれているモニターは、航路図を表示するためのものではないだろうか。

 「すごっ。あたし達の工業規格とは微妙に違うしアナログなモニター表示しかないみたい」

 ラピスもまた艦橋内を行ったり来たりして色々と物色している。確かに、ヤマトのデータ表示はモニター表示が多く今の地球側が使用しているようなウィンドウの空中投影等は存在していないようだった。

 「アナログって言うけどな、確実で良いじゃないか。新しければ良いってもんじゃないぞ」

 と光輝が反論する。が、文句無しに最新技術で完成された最新鋭機、ガンダムのパイロットのセリフではないかもしれない。

 「流石に動力が完全に停止している状態じゃあデータは引き出せそうにないね」

 ユリカが残念そうに言う。手当たり次第試してみたが、どの計器もうんともスンとも言わない。

 「どれどれ……」

 光輝もユリカが先程まで弄っていた計器に触れて見る。

 「ふむ……」

 しばらく触ってみるがやはりウンともスンとも言わない。

 「仕方ないか。とにかく上がってみよう。上の艦橋には生き残ったデータでもあるかもしれないからな」

 「そうだね。何時までも同じ場所にいてもしょうがないし。じゃ、よろしくね光輝!」

 とにこやかに手を振るユリカに光輝の米神が引き攣る。

 それは暗にラッタルも見つからなかったし邪魔なエレベーターをどけて上まで運んでくれと言っていた。
 つまり、ハイパーカブト頼みと言う事だろう。まああの手の強化スーツは災害救助にも使えなくはないのだから強ち間違った判断ではないのだが、連戦に連戦でだいぶ消耗していて変身したくなかったから地道な探索を行っていたというのに、この女は。

 「お兄ちゃん、お・ね・が・い」

 と胸の前で祈るように手を組んで潤んだ目で頼みこんでくる妹を裏切ること等出来るはずもなく、渋々とハイパーカブトに変身すると先にエレベーター通路を上昇してエレベーター本体を掴むと力任せに下に降ろして第二艦橋エリアにまで運ぶと、一度第二艦橋に侵入してから扉をこじ開けて全力でエレベーターを蹴って階下に叩き落とす。普通に蹴るだけじゃダメそうだったのでライダーキック(踵落としバージョン)で蹴り落とした。
 続けてラピスとユリカを抱えてまた上に飛び、第一艦橋のドアをパーフェクトゼクターを使用して梃子の原理でこじ開ける。こちらも割と素直だったので両手が塞がっているカブトの代わりにユリカがこじ開ける役割を担った。
 ドアが開いたら2人を艦橋に放り込んで変身を解除し自分も降り立つ。

 「つ、疲れた……」

 普段滅多なことでは弱音を吐かない光輝だが、木星を出発してからと言うもの満足な休憩も取らずにストレリチアでの機動兵器戦、長時間に及ぶマスクドライダーシステムの使用、おまけにダブルエックスを使用しての機動兵器戦2戦目とくれば、幾らなんでもオーバーワークである。

 がっくりと肩を落として全身で疲労を表現している光輝を綺麗に無視してラピスとユリカは艦橋を見渡す。そして、すぐに気が付いた。

 「光輝、人がいる!」

 「なにぃ?」

 ユリカはすぐにドアの近くにあった一段高い位置にある席――艦長席に駆け寄った。

 そこには白髪で白髭を蓄えた老年の男性が座っていた。銃の様な装置を握り締め、俯いた姿勢でピクリとも動かずにいる。

 「大丈夫ですか!?」

 駆け寄ったユリカが手早く脈を測る。これもアキトとルリが消息不明になった後必要に駆られて覚えた技術だ。無論学校でも習っていたが考えるまでもなく実行出来るようになったのはアスマとキットに出会ってからだ。それだけ彼らが日常的に負傷したりしていたという事でもあり、接する機会も多かったという事でもあるのだが。

 「――脈はある。呼吸も正常だし気を失ってるだけみたい。もう少しちゃんと診てみないと何とも言えないけど」

 手早く様子を観察したユリカは念のためにと持ってきていた医療パックを腰から外して開封する。中には戦闘で負傷した場合等に使用される必要最低限の医薬品が納められている。重傷者には心許ない装備だが、この場合ないよりもマシだろう。

 「光輝、ゆっくりと慎重に運んで頂戴」

 「了解」

 有無を言わせぬ迫力に光輝は逆らうことなく従う。先程までとは眼光がまるで違う。ぽやぽやした雰囲気が完全に消えて完全な戦士の表情だ。それも歴戦の勇士とかそういった類の連中が見せる鋭さがある。
 流石、英雄と称される戦績を残しただけの事はあると改めて見直した。

 光輝は男性を両手で抱き上げると慎重に歩を進めて一段下の平らな床の上に寝かせ、着ていた上着を脱いで枕代わりに頭の下に入れる。

 その間にもユリカは衣服を緩めるなど必要な行動をてきぱきとこなしていく。何も動けなかったのはこう言った経験のないラピスだけだったが、ユリカの指示に従ってすぐに通信機のスイッチを入れて仮設司令部に救援を要請した。

 「10分で来るって。アキトも補給を終えたから護衛を兼ねてデータディスクを届けてくれるって」

 ラピスの報告に頷くと、ユリカは男性の意識が戻らないかと声をかけ始める。
 光輝は念のため艦橋内部を調べて危険が無いかを改めて確認しつつ、ダブルエックスへと戻って行った。このままでは男性を外部へ運び出すことが難しい。
 少々嫌な気分だが、艦橋の外壁に穴を開けてそこから運び出すほかないだろう。

 「よし。ユリカ達は艦橋の左側にいるから、右側に穴を開けるか」

 正面の窓をぶち破るのも選択肢に入っていたが、コンソールパネルを乗り越えるのは大変だから床と面位置になる場所に穴を開けるのが最良の選択だろう。

 「離れてろよ! 間違っても艦橋の右側にだけは移動するなよ!」

 光輝が警告を発するとユリカとラピスは頷いてその場に伏せる。ユリカは男性に覆い被さるように身を伏せて、男性に破片等が降りかからない様に配慮した。

 またしても出番となったディストーションソードだが、ここでも装甲を切り裂くのにはかなり苦労した。ヤマトの構造材は異様に強固で、ディストーションソードですら容易には破壊出来ない。ガラス部分ですら手間取ったのに装甲部分ともなればお察し下さいという状況だ。しかも、重装甲とは言い切れない司令塔の装甲でこれなのだから艦体部分の強度は一体どうなっているのだろうか。

 と言うよりも、やはり重力波だとか空間歪曲などによる破壊に対する耐性が強いのかもしれない。

 苦労したとは言っても20秒程度で装甲を切り裂く事には成功し、何とか開口部を作った。

 「ユリカ、ラピス。何時でも動けるように準備してくれ」

 2人は頷くと手早く荷物を纏めて移送に備える。

 「菫、念のため俺もダブルエックスで警戒に当たる」

 「了解、って何かあったの? こっちには連絡来てないけど」

 しまった忘れてた。光輝は改めて第一艦橋内部で意識不明の男性を保護した事を伝え、現在救援待ちである事を伝えた。

 「わかった。光輝はヤマトに残るんでしょ?」

 「そのつもりだ。やる事が残ってるからな」

 「どうせまたあの良くわからない力使うんでしょ。やり過ぎて倒れられたら困るから、ユリカくらいは残しておいた方が良いんじゃない?」

 「そうだな。――ユリカ、頼めるか?」

 通信で呼び出して訪ねてみると、今一会話についていけていないようだが笑顔で頷いてくれた。



 しばらくしてジェネシックと救命艇がヤマトの残骸に到着した。アキトはデータディスクを光輝に渡すと、男性を収容した救命艇を護衛すべくGファルコンと共に仮設司令部に戻っていった。今度はラピスも連れて行って貰っている。

 「さてと、ちゃっちゃと済ませてしまうか」

 光輝はデータディスクを小脇に抱えて艦長席に座る。

 「で、どうやってヤマトの魂を救うの?」

 すでに受け入れてしまっているのだな、と光輝は心の中で突っ込みを入れつつもユリカの疑問に答えた。

 「俺が媒介となって誘導する。頼むから、気味悪がらないでくれよ」

 言うなり額のバンダナを取り外し、隣に来ていたユリカに預ける。

 「ふぅ〜〜〜……」

 ゆっくりと息を吐いて集中力を高めていく。



 来た。



 あの時、親友と全力で殴りあった末に体得してしまった木連式の秘伝奥義の感覚だ。感覚を頼りにその力を手繰り寄せ、発現する。

 「――ほへっ!? 光輝の体が光ってる!」

 驚愕の声を上げるユリカ。それもそうだろう、突然人体が発光現象を引き起こす等、滅多にない事だ。例外は強化IFS体質の人間のフルリンク(この世界では成立しないが)とボソンジャンプを実行した場合のみだ。後はテンカワ・アキト(人体実験後)も含めても良いかもしれないが、あれとも少し違う。
 ナノパターンの発光現象は確認出来ないが体全体が真紅に淡く輝いている。電源が落ちていて薄暗い艦橋内部だからこそはっきりと視認出来たが、真昼間の屋外では凝視しなければ認識出来ないだろう。

 「木連式柔の口伝奥義、武羅威。何でも極限まで高めた魂の力が具現化したものだそうで、一種の気功術だな。本当なら気功術の強化版みたいな効果が見込めるらしいんだが、俺は全く効果が無いばかりか、原因不明の苦痛を味わって入院沙汰にまでなってるんだ」

 苦笑しながらそう説明すると、ユリカは目をまん丸にして、

 「流石だね光輝! 太陽を自称するだけあって本当に光り輝いてる! うんうん! 名前の通りだね!」

 やたらハイテンションで頷いている。正直鬱陶しいくらいだ。拒絶されると思いきやこの反応。やっぱり天才と何かは紙一重と言う事か。自分の例もあるし。

 「この力が魂の力の具現なら、同じ魂の力を誘導出来るかも知れない。――確証もなくやるから上手くいく保証は無い。

 それと、今は何とかなっているが万が一倒れたら手当を頼む。鎮痛剤くらいは持ってるだろ?」

 「うん。でもどうしてかな? 気功術で自爆するなんて聞いた事もないけど」

 「わかってたら、どうにかしてるさ。そのバンダナだって一種の洗脳装置で、武羅威を発現する際に検知される脳波が発生しない様に直接脳に働きかけて抑えているものなんだ。殆ど性格とかに影響を与えない優れモノだぞ。
 何せこの力は目立ち過ぎる。正直奇異の目で見られたら堪ったもんじゃないからわざわざ物騒な装置使ってまで抑えてるんだ。――ユリカなら言い触らしたりしないだろうから、見せたんだ」

 言いながらデータディスクに左手を、艦長席のパネルに右手をかざして集中する。光は手に集まってかなり強く発光している。意識して力を集中することで発光の程度も変わるようだ。

 「良し、掴んだぞ」

 そう言うと、艦長席のパネルにかざされていた掌に包まれるかのように武羅威とは異なる蒼銀の輝きが生まれた。

 「それが――」

 「そう、これがヤマトの魂だ」

 右手に包まれた蒼銀の輝きは、そのまま光輝の腕と胸を通って左手にあるデータディスクに吸い込まれるように消えて行った。

 「はい、終わり」

 そう言うと真紅の光は跡形もなく消失し、元通りになった。

 「ほへぇ〜。これでヤマトは大丈夫なの?」

 「たぶんな。思ったよりも簡単に出来たから驚いたが、ヤマトの方から歩み寄ってくれたみたいだな」

 「で、体は大丈夫なの?」

 「ああ、不思議と何ともない。――やれやれ、今度もっと詳しく調べてみる必要がありそうだな」

 データディスクを改めてユリカに手渡すと、光輝は艦長席から立って背中を逸らしてストレッチを始めた。流石の彼も今日の強行軍は大分堪えているようだ。

 ユリカは無言でデータディスクの表面を指でなぞる。乾いて赤黒い染みとなっている血痕は並行世界で逝った自分のものなのだと、跡だけでは実感がわかない。こびり付いた手形は、まるで救いを求めているようにも見える。

 「……どんな気持ちで逝ったのかな」

 ぽつりと漏れたユリカの声に、光輝は振り返った。

 「――どんな気持ちでテンカワ・ユリカ艦長は、ヤマトと運命を共にしたのかな?」

 その問いに対する答えを光輝は持ち合わせていなかった。ただ口を噤み、沈黙を守る。

 「ごめん、変なこと言っちゃった。――でも、どうしても気になっちゃって」

 「それは――そうだろうな。だけど、その答えだけはそのような状況に立たされて見なければわからないさ。――もっとも、そんな状況に立たされることは御免だが」

 「そうだね……うん、そうだね」

 データディスクを胸に抱いてユリカは静かに目を伏せた。それは黙祷をしているようでもあり、感謝しているようでもあり、泣いているようでもあった。



 『光輝、ユリカ。お願いがあるのですがよろしいでしょうか?』

 今まで沈黙を保ち続けていた。キットが声をかけて来た。

 「何だキット。言ってみろよ」

 「何キット? 何かあったの?」

 『遺跡に、極冠遺跡に行きたいのです。出来れば3人だけで』

 キットの言葉に顔を向き合わせた2人だが、断る理由もないので頷き寄り道すると連絡を入れてからダブルエックスで移動を開始した。






 極冠遺跡にはすぐに辿り着いた。問題は天然の氷の封印と間に張り巡らされたディストーションフィールドによる防壁だが、こちらもあっさりと解決した。

 氷もディストーションフィールドも、ディストーションソード1本で片が付いた。ダブルエックス1機が通り抜けられるだけの穴を開けるだけならすぐに済むし、その後のフィールドも最大出力で発生させたハイパーディストーションソードを喰いとめる力は無く、真下に向けて突きだして降下するだけで簡単に通り抜けられた。

 「また見ることになるとは思ってなかったなぁ。この演算ユニット」

 良い思い出など無い無機質な金色の箱を見てユリカが言った。個人的には、この世界への移動の時で見るのを最後にしたかった。

 「で、この後どうするんだ?」

 『ダブルエックスから降りて下さい。周囲に危険は無いと思いますが、不安なら武器の携行を』

 言われて光輝はコックピットに備えつけられていた半自動拳銃を取り出して弾を確認する。薬室に弾薬が入っていないだけで同封されていたマガジンには9mm弾が一杯に装填されていた。ワームが居た場合完全な気安めだが、無いよりは良い。変身の時間さえ稼げれば。

 『私も行きます』

 ハイパーゼクターは自らコントロールユニットから外れると自力で飛行してコックピットから飛び出す。ユリカも続いて身を乗り出し、ダブルエックスの右腕を伝って床に足を着いた。

 「これが演算ユニットか」

 意外と小さいなと思いながら電子回路の様な模様の金色の箱を物珍しげに観察する。

 「そう。あたしが経験した戦争で地球と木星が標的としていた物。――あたしが、生体ユニットとして組み込まれた物」

 沈んだ声で語るユリカに声をかけようとして、止めた。自分が何を言っても彼女の救いに等ならない。その苦しみを分かち合えるのは恐らく似た境遇に置かれたアキトだけだ。それでも、ナノマシン過剰投与の苦しみと遺跡に接続される苦しみの違いがどのような物なのか、恐らくお互いに理解しあう事は不可能だろう。

 「キット。ここで一体何をするつもりなんだ?」

 『―――私はここで、演算ユニットと一体化します』



 空気が凍りついた。光輝とユリカはそう感じた。

 「い、今何て言ったの?」

 『私はこの場で演算ユニットと結合して、ボソンジャンプを人類にとって適切な存在にします。――ここでお別れです、光輝、ユリカ』

 「どうしてだ? どうしてお前が結合する必要がある!?」

 声を荒らげて光輝が問い詰めるとキットは重々しく言った。

 『ヤマサキ博士も言っていたでしょう? 現状では生贄を捧げる以外にボソンジャンプを制する事は出来ないと。現状制御装置としての役割を果たせるのは――私以外ではユリカだけなんです』

 ユリカの表情が強張る。考えてはいた事だ。ハイパーゼクターは現状ジャンパー処理をした人間以外では使えない。後天的に処理出来るとは言え金も手間もかかり、一切の危険が無いとは言えない。
 そして、ハイパーゼクターの機能を完全に発揮出来る存在として最適なのは、やはりA級ジャンパーなのだ。

 つまり、ハイパーゼクターだけではA級ジャンパーの存在を無視出来る要素にはなりえず、ハイパーゼクター相当のボソンジャンプ制御装置が出回るとしてもA級ジャンパーの優位性は揺るがない。

 アキトのように、その能力を利用した犯罪者が生まれないとは言えないし、どうしても偏見の目で見られる事になる。情報の隠蔽など、完全に行う事は出来ない。



 しかし、ボソンジャンプそのものの制御を完全に行えれば可能性はある。A級ジャンパーとそれ以外の人間との差を無くすることが出来れば火星出身だろうが地球出身だろうが関係なくなり、ディストーションフィールドに依存しないボソンジャンプも可能となり、惑星間移動に限らず地球上での移動すらも容易となる。

 そして、ボソンジャンプの完全制御が出来ると言う事は人類にとって不利益なボソンジャンプの妨害すら可能となるのではないだろうか。
 自分達が行った時空間移動を阻害することも、犯罪の防止だって出来るはずだ。



 そして、1度は遺跡と融合した自分がその制御装置として再度組み込まれる可能性は想定していた。今は草壁の意向でそれが抑えられているし、出発前に会ったヤマサキももう1度自分を遺跡とくっつけようとは考えていない様にも見えた……ヤマサキに関しては不安が残るが、恐らく草壁に関しては大丈夫だと思う。
 仮に草壁が失脚したとしても、ハイパーゼクターのデータ収集中なら安全だろう。しかし、将来的に安全かどうかは全くわからないままだ。

 『ユリカ、私は貴方を愛しています』

 びくりとユリカの肩が震える。

 『私は今度こそ、貴方に自分の人生を完遂して貰いたいのです。――人として生き、人として死んでもらいたいのです。
 ユリカ、貴方が今後どのような道を進むのかはわかりません。しかし、A級ジャンパーとしての価値が無くなれば、人間としての人生を全う出来るはずです。――化け物でもなければ、特異体質でもない。ただの人間でいられるはずです』

 「キット……」

 『私なら、耐えられる。時間も空間もない場所でも、私なら全く問題ありません。だから、私が行くのです』

 「だからって――だからってそんな事」

 涙声でユリカがキットに縋る。ハイパーゼクターは再びユリカの手の内に収まった。

 『ユリカ、私は本当に感謝しています。アスマと貴方が居たからこそ、私は私になれた。貴方は単なる人工知能に過ぎない私に対しても人間と変わらぬ愛情を示してくれました。
 ――本当に嬉しかった。私は貴方達のためになるのなら、喜んでこの身を捧げましょう』

 「キット、お前」

 『光輝、貴方も愛しています。一緒にいられた時間はあまりにも短いですが、貴方はアスマと同様に私に接してくれた。ワームとの融合問題に関しては私ではどうにもなりませんが、この上A級ジャンパーという問題まで抱える必要はないでしょう』

 「しかしキット。俺は――」

 お前と別れたくない。その言葉が発せられる前にキットは言った。

 『ハイパーゼクターと一体化したからこそ、私は演算ユニットの制御を部分的にでも行えるだけの下地を作れたのです。――それに、私ではこれから先、貴方のサポートが務まりません』

 「そんなこと――!!」

 『ない、とは言わないで。私ではどう足掻いてもGファルコンDXを制御しきれません。光輝、私はサポートAIなのです。家族として精神的に支える事は出来るかもしれない、でもそれでは私の存在意義が失われてしまいます』

 「キット……」

 『私は機械、人間をより豊かにするためにこの世に生み出されてきた存在。人間の役に立つことこそが私の存在意義であり、誇りなのです。だから私は、人間と同等の“自由”を手に入れた後でもその誇りを胸に、みんなと接してきました。

 私は人間のために働いてこそ、存在意義があります。

 だから、演算ユニットと融合することでボソンジャンプを人類にとって最適な形で提供出来るのなら、本望です。
 私は人類のためになる事を出来るのですから。これほどの栄誉はありません』

 「キット、俺にはもう、止められない」

 涙を浮かべながら、光輝はユリカの手の内にあるハイパーゼクター――キットを撫でる。

 「うう……キット、さよならなんて嫌だよ。――折角また会えたのに」

 流れ落ちる涙を拭おうともせず、ユリカは泣き咽ぶ。

 『お願いです、笑顔で見送って下さい。私の大好きな、大好きなユリカと光輝』

 2人は涙を浮かべたまま、ぎこちなく笑う。どうしても口元が、目元が悲しみに歪む。

 『ハイパーゼクターは置いていきます。これからも必要不可欠ですし。――さあ、私を演算ユニットに繋げて下さい。お願いします』

 ユリカと光輝は顔を見合わせて、互いに頷くとゆっくりと、ゆっくりと演算ユニットに歩み寄る。

 これが今生の別れになる。1度遺跡と融合してしまえば、もう分離する術は無い。ユリカの時は肉体ごと結合したから、肉体を開放すればその精神も解放された。しかし、データでしかないキットは2度と帰ってこれない。

 もう2度と、会う事は無い。

 「――キット、元気でね。元気でね」

 「――さよならは、言わないぞ」

 平静を装って、精神力を総動員して笑顔で見送ろうと頑張る。それでも止まることなく流れ落ちる涙のせいで、泣き笑いの表情になっていた。

 『ユリカ、光輝。――行ってきます』

 それがキットの最後の言葉だった。

 2人はハイパーゼクターをゆっくりとした動作で、演算ユニットの表面に押しつける。

 すると、ハイパーゼクターのコネクターの接した部分から赤い光が幾何学模様の部分に広がるように走ってから、戻ってくるという往復運動が数回行われた。赤い光の往復運動は、2人にとってキットを象徴するスキャナーの点灯パターンを連想させた。

 発光現象が収まると押し付けていたはずのハイパーゼクターが押し戻され、ボソンジャンプ特有の虹色の輝きと共に演算ユニットが消え去った。

 恐らく誰にも利用されないようにするために、万が一にも破壊されないためにゼクター達と同じ、異空間に移動したのだろう。

 自分の意思で出てこない限り、ハイパーゼクターをもってしても演算ユニットを直接触れることは出来ないだろう。

 変化は唐突だった。ハイパーゼクターの目の部分からウィンドウが展開されてメッセージが表示された。

 ≪演算ユニットの設定変更完了。

 内容:A級ジャンパーからのイメージの完全拒否。ただしワームの擬態と同化に関してはそのまま。移動は拒否。

    地球人類を生物と認識、ボソンジャンプのプロセスを変更。ディストーションフィールドは不要に。

    ボソンジャンプの妨害装置のデータをダブルエックスに転送済み。ハイパーゼクターにはジャマーは効果なし。

    ヤマトの完全修復及び機関部の小型化に不可欠な技術情報とそれに必要な資材の所在情報、ダブルエックスに転送済み≫

 メッセージウィンドウだけが、キットの行為が無駄でなかったという証しだった。検証してみなければならない事も多いが、今はこのメッセージだけが2人を慰めてくれた。

 「うっ、ううっ……うあああああぁぁぁぁぁああぁぁっ!!」

 ユリカがその場に蹲って恥も外聞もなく泣き叫ぶ。悔しさを示すかのように時折床に叩きつけられる拳が、彼女の心境を物語っていた。

 自分のせいでキットを犠牲にしてしまった。自分と言う存在がキットにあんな決断をさせてしまった。それがどうしようもなく悲しかった。

 本当に大切な大切な家族だった。人工知能だろうと関係ない。愛すべき家族だった。あんなに自分の事を想っていてくれたのに、犠牲にするしかなかったなんて。

 光輝もまた、天を仰いだ姿勢で静かに涙を流し続けた。大声で泣ければどんなに楽だろう。しかし、出来ない。笑顔で見送ってほしいという願いに反することなど出来るか。笑顔こそ消えてしまったが、意地で声だけは挙げなかった。――最後まで。










 沖田十三は静かに目を覚ました。死んでいない事が不思議で、残念だった。

 (死にそびれてしまったか)

 背中や頭の下の柔らかい感触からするに、ベッドに寝かされているのだろう。心地よい重みと温かさをくれる掛け布団からするに、それなりに整った場所なのだろう。

 「お気づきになられましたか?」

 沖田は声の下方向にゆっくりと首を巡らせた。そこにいたのは角刈り頭の初老の男性だった。まだまだ若々しい活力に溢れているが顔には幾つかの皺が刻まれている。

 「貴方は?」

 「私は木星国家の代表、草壁春樹中将です」

 「私は宇宙戦艦ヤマト艦長の、沖田十三です。しかし、木星国家とは?」

 はて、木星には防衛軍基地はあったが国家など無かったはずだが。

 「信じて頂けるのか自信が無いのですが、ここは貴方にとって異世界なのです」

 「異世界、ですか?」

 「はい。貴方は宇宙戦艦ヤマトの残骸と共に、次元断層の中から大量の水と共に火星に出現し、我々が保護させて頂きました。ヤマトの残骸も同様です」

 沖田はゆっくりと上半身を起こす。不思議と体は何ともなかった。理由はわからないが、むしろ活力に溢れているような気がする。

 「ヤマトは、どうなっていますか?」

 「ばらばらです。艦首と艦尾、それに司令塔部分のみが巨大な残骸として漂着しました。今の科学力では再生困難ですが、復元するための手段はすでに見つかっています。

 そこで、貴方にお願いがあるのです」

 草壁の言葉に、沖田は姿勢を正してから先を促した。

 「宇宙戦艦ヤマトを、我々に譲っては頂けないでしょうか?」

 「ヤマトを?」

 草壁は沖田に全てを話した。

 自分達もイレギュラーに近い存在であることから始まり、元いた世界の出来事、この世界に来た理由、これから自分達がしようとしている事。

 沖田は黙って草壁の告白に耳を傾けていた。正直理解の及ばない部分もあったし、自業自得だろうと思うところもあった。

 しかし。

 「人類の未来のためには、ヤマトが必要……ですか」

 沖田は古代進の言葉を思い出していた。

 <――ヤマトはな、地球を救い、人類に未来を拓くために九州坊ヶ崎の海底から蘇ってきた艦だ。最後までそうさせてやるのが、ヤマトの幸せじゃないのか>

 そうだ。ヤマトは常に、地球を守るために、人類の未来を拓くために戦い続けてきた艦だ。人間側が与えた役目とはいえ、ヤマトは常にそれを果たしてきた。幾度となく、人類を絶望の淵から救い出してきた。

 世界は違うとはいえ人類が救いを求めている。他ならぬヤマトに。ならば、ヤマトの幸せを考えるのなら、答えは1つしかない。

 「草壁さん」

 沖田はゆっくりと面を上げて草壁を正面から見据えた。

 「本当に人類のために必要だと言うのなら、ヤマトは喜んで力を貸してくれるでしょう」

 「沖田さん。私は許されない事をした。また過ちを犯さないとも限らない。

 この行為自体が自己満足と言われても否定は出来ません。しかし、私は知ってしまった。知ってしまった以上見過ごすことは出来ません。
 人類には、ヤマトが必要なんです」

 草壁はそう言って沖田に頭を下げた。罪滅ぼしをしたいと言う意識はある。罪の意識から逃げようとしているだけなのかもしれない。

 だが、今この事実を知っているのは自分達だけだ。知ってしまった以上見過ごすことは出来ない。仮に異星人の侵略行為が無くてもヤマトは人類のためになると断言出来る。武装関連は無視しても波動エンジンとワープ機関に関しては、見方によっては火星や木星で発見された異星人の技術よりも優れている部分だ。
 それに、ヤマトという存在を木星と地球の懸け橋として使う事が出来る可能性は高い。幸いなことにネルガルとの懸け橋は出来ている。
 アカツキ会長の弁によると、本当に人類規模で立ち向かわなければならない脅威だとするのなら、流石にネルガルだけでは支援しきれないという。
 明日香インダストリーやクリムゾングループに支援を求める必要があると言う。

 上品な明日香インダストリーはともかく、強欲なクリムゾングループがどう動くか全く予想が付かない。万が一にも独り占めなどされようものなら企業として喜ばしくない状況に立たされることになる。

 ヤマトの情報はすでに伝えてあるが、ヤマトから得られる技術の特許に関してどうするべきかという話題についてはまだ解決を見ていない。ネルガルとしては独占したいところなのだろうが、ネルガルのみがあまりにも突出し過ぎると叩かれる可能性もある。

 特に軍と政府に煙たがれては商売上がったりだし戦時下のどさくさに紛れて安く買い叩かれたり権利そのものを盗まれたり、最悪ネルガルそのものが解体されかねない。

 そうならないようにするためにも色々工作が必要だった。確かに利権を独り占め出来れば莫大な利益をもたらすが、出過ぎた釘にならないようにバランスを考えなければならない。
 ただし、並行世界のヤマトのデータに関してはネルガルの製品である事に違いが無いため波動モノポールエンジンに関してはネルガルの特許と言う事に確定していた。
 そしてコスモナイト鉱石等太陽系外周の天体からしか取れない宇宙合金の材料の加工やそれに伴う合金の特許は木星が保有する事に話が決まっている。どちらにせよ地球に本拠を構えるネルガルではコスモナイト鉱石を獲得するにはかなり長期間航行可能な船舶を用意する必要がある。
 人件費等を考えると中々手を伸ばしにくい。それにこれからの事を考えれば木連側にも強力なカードがいる。ネルガルも古代太陽系文明の遺産を保有していることや、地球との国力の差を考えるとやはり何らかの切り札が必要になる。

 レアメタルの精製技術を元にして国力を維持することは出来るはずだ。波動エンジンやモノポールエンジンにはコスモナイトが不可欠だ。これが無ければエンジンは完成しない。これを切り札に木星を上手く立ち回らせれば今度こそ地球と対等な条件で和平交渉を結べるはず。

 その後は、異星人との戦いだ。罪滅ぼしのためにも、この身を捧げる覚悟はすでに出来ている。
 今度は間違わない。間違ってたまるか。その決意を胸に秘め、恥を忍んでユリカ達に協力を求めたのだ。そうでなければ、どのような面を下げて彼女達の前に立てると言うのか。

 「草壁さん。――ヤマトのことを頼みます。ヤマトの使命を最後まで、果たさせてやって下さい」









 彼女は自分が指揮する戦艦の艦橋にいた。艦長席に座り指揮を取る。すでに馴染みつつある状況だった。

 しかしこの時ばかりはいつもと状況が違い過ぎた。油断していたのだ。大好きな家族との語らいと猿芝居に注意を逸らしていたせいで、大切な乗組員を犠牲にしてしまった。

 完全に不意を突かれた。最初の一撃で艦は大きな被害を被った。ハッキングのために必要な大規模通信装置でもあるディストーションブレードが半壊してしまった。慌てて反撃しようとしたがナデシコCにとっては補助武装に過ぎないグラビティブラスト1門とスーパーエステバリス1機では少々苦しい戦力差だった。

 不意打ちを食らったのは家族の乗る戦艦も同様だった。発進口と主砲を破壊されたのか、満足に反撃も出来ずに砲火に曝されている。あの黒い機体が慌てて出撃したが、多勢に無勢、劣勢に追い込まれていく。

 止むを得ずボソンジャンプによる撤退を行うために艦載機を帰還させ、ユーチャリスのジャンプに便乗して逃げようとした。しかしジャンプフィールドを展開した直後の被弾で装置を破損し、不安定な状況でのジャンプを余儀なくされる。

 ディストーションフィールドの出力が上がらず、その加護を受けられないという絶望的な状況に右往左往するクルーを落ち着かせて打開策を導き出そうと頭をフル回転させた。でも、なにも出来なかった。









 それからどうなった。



 「あああああぁぁぁぁぁぁっぁああ!」

 ホシノ・ルリは絶叫と共に目を覚ました。布団を跳ね上げて上半身を起こして荒い息を吐く。
 汗でぐっしょりと濡れたパジャマが肌に張り付いて不快な気分を助長している。密かに自慢に思っている実の母親譲りの青味掛った長い銀髪がはらりと顔にかかる。

 激しい動機に両手を胸に当てて俯き、収まるまで待つ。

 「私は、一体――?」

 きょろきょろと辺りを見渡す。見慣れた自分の部屋だ。2階建ての一軒家の、2階にある自分の部屋だ。水色を基調にした壁紙や魚を模した飾りを天井から吊るしている。他にも等身大の姿見や少女漫画やコンピューター関連専門書が納められた本棚に教科書や通学鞄を置いた学習机がベッドの反対側の壁際に置かれている。

 自分はホシノ・ルリ。オオイソ高校に通う1年生だ。今年入学したばかりで、通い始めてまだ半年。夏休みを終えて、明日から登校だ。



 それが、この世界のホシノ・ルリだ。そして自分は、戦艦ナデシコCの艦長で、パラレルワールドからやってきたホシノ・ルリだ。

 何故かそう確信することが出来た。

 この世界での自分は強化IFS体質としてはほぼ失敗に終わった。IFS入力は可能だがもう1人の自分の様な高度なオペレートは不可能。一般人と能力的には変わらない。知識がある以外には。

 そして、その後子供を欲していたが恵まれていなかったホシノ夫妻に引き取られ、養子となった。
 並行世界の自分と違い、紛れもない愛情をたっぷりと受けて育ってきた。引き取られてから10年もの間、本当の親子として暮らしてきた。

 ばたばたと、階下にある両親の寝室から慌ただしい足音が聞こえてくる。

 「ルリ! どうしたの?」

 真っ先に飛び込んできたのは母だった。次に父が部屋に飛び込んできた。

 「何があったルリ!」

 揃いも揃ってパジャマ姿で慌てて飛び出した成果少々着衣が乱れていた。

 「な、何でもない! ちょっと夢見が悪かっただけです!」

 飛び込んできた両親の勢いに引きながらルリはそう説明する。同時にパラレルワールドの自分の経験から心配してくれる養父母に対して感動を覚えた。アキトやユリカと暮らしていた時と同じ温かさを感じる。



 本当に、愛してくれている。



 「そう? あんな声を出した事なんて今までなかったじゃない」

 母が心配そうに傍らに寄ってくる。

 「大丈夫、ちょっと崖から落ちる夢を見ただけだから。――たぶん、この間のハイキングが原因だと思う」

 と、親友と2人で山登りをしたことを原因にしてばっくれようとした。まさか艦長をしていた戦艦が沈められる夢を見たなんて、言えない。

 まあ実際に夢に見るほど苦難な体験だっただけに信憑性はあると思う。

 アリサの奴、何だってあんな険しい山に登らせたのだろうか。体動かすのが趣味とは言っても限度はあると思う。運動音痴の自分を本格的な登山に連れ込むなど無茶を通り越して無謀だと言うのに。

 それでも無事に頂上まで登らせて下山させた辺り中々フォローが行き届いているなと感心したりもしたが。

 「それってアリサちゃんと一緒に金時山を上った時の事? あの子もなかなか凄い体力よね。貴方みたいな運動音痴のもやしっ子を連れて余裕綽々で帰ってくるんですものねえ」

 「……」

 「おいおい、幾ら事実でももう少しオブラートに包んだ言い方をだな」

 「…………………酷」

 我が親ながら容赦の無いというか娘の事を良く知っているというか。まあ事実だけど。自分はもうへとへとでふらふらになって自宅に辿り着いたが、親友のアリサ・ファー・ハーテッドは疲労こそ見られたものの平然な顔で自分を自宅に送り届けてから徒歩10分の自宅に戻って行った。
 後日そのことで少々愚痴ったら愚痴ったで、

 「あら、ルリは運動不足気味なんだから少しくらいちゃんとした運動なきゃ駄目じゃない。そんなんだから幼児体型から脱却出来ないのよ」

 とこれまた驚いた顔で言い返された。しかも反論を完璧に封じられてカウンターKOまで食らった。まさかアリサに口で言い負かされる日がこようとは。
 ――まあ確かに幼児体型だし、スポーツ万能のアリサはスタイル抜群の銀髪美女だ。胸どころか腰回りのボリューム感だって完璧に負けている。こんだけ差があると、おなかは自分の方が細いと言っても虚しいだけだった。
 日本に興味があったから思い切って留学したとは聞いたが、まさか登山も趣味の範疇だったとは。おかげで筋肉痛で2日ばかり体中が痛くて堪らなかった。

 「確か山頂付近は鎖を掴んで上る急斜面があったはずよね? じゃあ、ルリならうなされる程怖がっても無理ないかしら。体使う事に関してはとことん臆病だし」

 「……うぅ」

 反論出来ない。確かに登山に行った日の夜は、足を滑らせて転落する夢を見てうなされた。おまけにベッドからも転がり落ちていたというおまけ付きだ。笑うに笑えない。



 今度報復してやろう。こっそりと枕元に苦手なカエルの玩具でも忍ばせてやれば十分だろうし。

 「ふむ、どうやら大丈夫そうだな。母さん、戻ろうか。
 ルリ、怖かったら何時でも来なさい。父さんも母さんも大歓迎だぞぉ」

 と大げさに両腕を広げて語る父に苦笑しながらルリは両親を見送って再び床に就いた。



 「ナデシコのクルー、無事かな?」

 アキトとラピスについては殆ど心配していなかった。間違いなくジャンパー処理を施されているのだから、最悪自分のようにこの世界の体と精神に溶け込むような形で生きている可能性は高い。もっとも、これは同じジャンプを行ったという仮定の話だが。

 ハリも大丈夫だと思う。だけど、あの自分以上に幼い彼がこの状況に順応出来るのかは全く不明瞭だ。3ヵ月年下の幼馴染と言うのがこの世界の自分と彼との関係だ。自分は心身ともにこの世界と並行世界で差が無いが、彼は年齢差が大きいから心配が募る。



 しかも、つい最近Aまで関係が進んでしまったから尚更。



 そこまで思考が行きついた時思わず頬を赤く染める。幼馴染から1人の男性に。何時の間にやら変わっていた彼。果たして大丈夫だろうか。今まで通りの関係でいられるのだろうか。

 高杉三郎太も心配に思う。同化しているのなら、かつてのゲキガン熱と木星の正義が復活して地球と戦うと言う可能性も否定出来ない。

 現に自分だって、この世界のルリの恋心を否定出来ず、ついついハリとの付き合いに赤面してしまっている。少なくとも艦長のルリは、部下とか弟としか思っていなかったはずで、異性として意識していたのはアキトだったのに。

 「はぁ〜……」

 もしもナデシコのクルーが本当に全滅してしまっていたら、どうしよう。

 自分のミスで大勢死に至らしめてしまった。止むを得ず敵を殲滅してしまったというのならまだ気が楽だった。――よりにもよって、味方を。しかもこんな若輩な自分に付いてきてくれた素晴らしいクルー達を100名近くも犠牲にした事になる。






 どう償っていけばいいのだろうか。






 答えの見つからない思考のループに突入しかけた時だった。携帯電話の着信を知らせるメロディが流れたのは。
 丁度思考の海に潜ろうとしていたところで急浮上させられたせいでびくんっと体を震わせて慌てて枕元の携帯に手を伸ばした。

 もしかしたらハリかもしれないと深夜2時という非常識な時間に電話がきたにも拘らず心が躍った。もしも自分と同じ状況に立たされての連絡なら、ハリの無事だけでも確認出来るし弱音を吐いて一時的にでも甘える事が出来る。悲しみを共有出来る筈。ルリはその思いから携帯を握りしめて折りたたみ式の本体を開いてディスプレイを見る。

 「あれ?」

 見た事の無い番号だった。詐欺の類かとも思ったがそれにしてはコールが長い。音を聞かれて両親に心配をかけるのも嫌だと思ったので思い切って通話ボタンを押す。もし本当に詐欺だったら根性で履歴を調べてハックでもして報復してやると固く心に誓いながら。強化IFS体質で無くとも技術さえあれば昔ほど容易とはいかなくてもそれなりの事は出来る。
 ネットの裏世界ではそれなりに名を知られた存在なのだ。元電子の妖精は伊達じゃない!

 「もしもし……?」

 テレビ電話だった。ディスプレイには透き通った青さの半球の中央に赤い光点が浮かんでいる。よく見ると、その半球の周りには銀色のプレートの様なものがあり、左右にメッシュが付けられた半月状の穴が開いている。周りの様子からすると、車のダッシュボードに取りつけらているのだろうか。運転席と助手席のフード部分にも青色LEDのものと思われる明りが灯っている。

 「夜分遅くに申し訳ありません。貴方に早急に伝えねばならない事があり、覚醒を確認次第連絡した次第です」

 発声に伴って半球の中央部分に横3列並んだ赤い棒が出現して上下に伸び縮みする。それに重なるかのように非常に横が狭く上下に長い波形も出現した。中々芸が細かいと少しだけ感心する。
 しかし妙な言い分だなと思った。早急はまだわからなくもないが、覚醒とはなんだ。もしかしなくても、

 「それは、私がナデシコC艦長のルリの記憶と人格を蘇らせる事を意味しているのですか?」

 「その通り」

 若い男の声は肯定した。声は若いのだが、妙に落ち着きがあると言うか貫禄があると言うか、頼りになりそうな声だった。

 「つまり、貴方は私と同じ穴の狢、ということですか?」

 「少々違います。私は事故ではなく意図的に送り込まれた存在です。ですから貴方の感覚で言えばさらに13年後から訪れています」

 「じゅう、さんねんも?」

 「そうです。覚えがありませんか、ナイト2000という名前に?」

 ナイト2000。その単語を聞いてルリははっとした。ユリカの身辺警護のための特殊車両を開発する過程で名付けられた、小型縮小版オモイカネ級AIの開発コードだ。火星の後継者の乱終了後すぐに計画がスタートして、自分達があの事故にあう直前に完成したはずの――。自分も、開発に携わっていた。

 「あ、貴方。キット……?」

 恐る恐る、その愛称を口にする。正式名称Knight・Industry・Two・Thousand。頭文字を繋げた愛称だ。

 「違います。私はキットであって、キットではありません」

 「じゃあ、一体――」

 「私の正式名称はKnight・Industry・Three・Thousand。愛称は変わらずK.I.T.T.。



 ――私は初代キットの後継です」










 あとがき



 みなさんお待たせしました、1年と3ヵ月ぶりのKITTです。

 いやぁ〜今回の話も難産でした。ぶっちゃけ当初の予定の3倍もの容量に発展しましたし。過去最長記録更新です。



 まあ先に進まないのは色々と修正やり過ぎているのが原因なのですが、ぶっちゃけ遅筆が影響して自分で作った設定忘れたりとかが相次いだり、ヤマトが復活したり(笑)好みの変化等の影響を大きく受けたせいで改定作品のはずなのにさらに改定したりとか、正直自分でもやり過ぎてるなと思ってます。

 ごめんなさい。でも自分が納得出来ないのに先に進める事も出来ないんです。読者の方々には本当に申し訳ないです。



 え〜と。今回纏めて過去の話にも手を加えて一部メカニックと菫・北斗の描写を変更しました。理由としてはまず第一に電王は劇場版1作品目とTVシリーズしか観てないので以降の作品の設定を盛り込めないので没に(観るつもりもない)。

 その2として作品として頓挫していた復活編が公開されると確定した(副監督曰く「100%再始動不可能と思われるなかでの復活」)ので、グレートヤマトと天秤にかけていたこちらが文字通り復活。乗っ取りました。
 元々グレートを選択したのは「原作よりも敵が強かったり厳しい状況に立たされるのに、完結編仕様のヤマトで勝てるのか?」という疑念からの強化プランとして採用しただけなので(実はそれほど思い入れが強くない)、今回の変更に繋がりましたね。

 1対多数戦闘の回答の1つとして復活編プランには波動砲の大幅な強化を、グレートには通常火器の強化を与えていたのでそれを組みかえて交換と言う形に。そのため外見とそれに伴う仕様が変更された以外は初期状態ではグレートのまま。最初は6連発波動砲も無し。ナデシコの技術を取り入れた以外は殆ど完結編ヤマトからの進化系に。

 外見も復活編仕様に変更したため待望のオフィシャル錨マークが復活。評判悪いらしいんですが、私は錨マークと参戦章を付けたヤマトがデザイン的に一番好きなので錨マークだけでも復活してくれたのはありがたい限りです。
 それに艦載機の戦力を鑑みることなくグレート化を進めたので、艦載機も強力になった現状グレート化の意味は殆ど無いです。
 まあヤマト(完結編仕様)で不足かな、と考え始めちゃった最大の理由が「PS2 宇宙戦艦ヤマト 暗黒星団編三部作」のゲームシステムのせいだなんて、言えないですよ(←言ってるし)。

 その3として菫・北斗。ぶっちゃけGファルコンDXの仕様が固まりきっていなかった+変な風に原作(時ナデ等)のイメージに引き摺られたりでイメージの固まっていなかったキャラクター性の確定。それに伴う能力の差別化等を行いました。電王を外してガタックに変更したためフォーム事の人格担当を廃止して一本化が出来ました。

 それに煽りを受けて北斗(男性型)の人格は憑依した幽霊という設定に変更され、多重人格症とは少し趣を変えたものにしています。






 そして一番の被害者はキットだったりします(笑)。実は最初の段階では予定になかった生贄になりました。出番も事実上これで終了です。

 本家米国にて放送された「Knight Rider 2008」の影響をもろに受けて次世代型K.I.T.T.ことナイト3000が参戦確定し(実は映像見て物凄く惚れた)、初代キットは型遅れという不名誉な役割を与えられてリタイアに。

 基本的には別人です。区別の一環として括弧を『』から「」に変更た他、表記をアルファベットのK.I.T.T.にしてあります。

 光輝もアスマとは別人扱いなのでキットもそれに倣った感じですね。最初の予定ではキットが移植されたハイパーゼクターも生贄になる予定でしたが、それだと後々困るのでキットのみのリタイアになりました。また、見送る人間も最初はヤマト捜索に行ったメンバー全員だったのが最終的に特に関わりの深い光輝とユリカだけに。



 最後のルリの描写は個人的に一番不満だった「艦長の癖にアキトの事ばかりでクルーを鑑みなかった駄目艦長」の描写が多い逆行型ルリに対するアンチです。主に時ナデに類する逆行を経験する場合に多いのですが。

 艦長たるものやっぱりクルーの事を鑑みるべきだと言う考えが強く、あのユリカですら考えて無いようで考えていた事を考えると、やっぱりルリの扱いがむしろ“悪い”という印象が強かったので、当初の予定よりも遥かに柔らかくして入れてあります。

 本当は自責の念に潰れかけて泣き喚くはずだったんですが、別にルリが嫌いなわけでもなく、そんな描写を入れるのに抵抗を感じたのでそこまで取り乱させることもなくぼかしました。別に鬱な作品描きたいわけじゃありませんし、ヤマトとのクロス作品で鬱など要りません。必要なのは迸るロマンと熱き血潮と愛なのです!(ちょっと違うか?)。

 作者は実は、一時期ルリが猛烈に嫌いでした。今では回復してそれなりに好きです。それなりですが。

 その理由は数多にある“アキトxルリのカップリングかつユリカを悪人にしてくっ付くOrルリがユリカの事を全く気にもとめていない(もしくは完全に見下している)作品”のせいです。

 つまり、作者としてはカップリング成立のためやユリカ嫌い(嫌いで無くてもルリのが良いとかアキトとくっ付くのはルリのが良いという考えでしょうが)のために一方的に原作無視の悪人にされて愛想尽かされたり大切な家族に裏切られる彼女の描写があまりにもムカつき、その反動から来ました。

 作者やアキトもユリカも好きですし、アキトもしくはユリカとのカップリングのみで語るのなら相性が良い思えるのはアキトxユリカのみ。



 そもそもアキトはロリコンじゃないだろうし(ぼそっ)。



 飽きたとか以前に腹が立ったので以降アキトxルリの作品は基本的に読まない事にしています。もうパターンの様な気がしてならなくて。

 あれは正直心底腹が立ちました。ユリカを裏切るアキトにも、ルリにも、カップリング成立のためにユリカを悪人にした作者にも。

 で、結局はそのせいでルリすらも悪人にしてるんですよね。家族を裏切って男を誑かす悪女に。アキトにしたって(死んでもいないのに)妻を裏切って浮気する男にしちゃってるわけで、原作での優柔不断だけど責任感が強いっていうキャラクタをぶっ壊されてるわけですし。



 ちなみにハーリーとくっ付いてるのはあまりにも報われず、(ギャク的意味で)不死身の男の子にされている不憫さに涙がちょちょ切れたので、1人前の男にしてやろうと思い立ちまして。



 予め宣言しておきますけど、ルリは艦長にはなりません。あまり指揮官が似合うキャラクターでも無いですし。



 この行為に対する怒りが色々作用したのが草壁やヤマサキで、はっきり言って嫌いなキャラなんですけど(アキトとユリカに対する仕打ちを考えれば好きになれるはずもないのですが)、「じゃあ嫌いだからって徹底的に悪人にして殺してしまったら、ユリカにそういう役割を与えてる連中と変わらないんじゃないのか?」という考えに至り、草壁に関しては師匠の作品を参考に自分なりに考えて(模倣を脱していないでしょうが)自分の間違いに気付かせるためのキーとしてアスマを義理の息子に置いています。で、更生。色々とわだかまりは残っていてもアキト達と共闘して人類のために動こうとしています。

 で、ヤマサキはどうしようもなかったので変人の代表格である光輝を友人にすることで「友達に嫌われたくない、死なれたくない」という個人的感情からの協力。光輝の身内であるためユリカやアキトやラピスとも仲良くしよう(勿論友人として)と奮戦する彼の姿にご期待下さい。

 人格はともかくかなり優秀な科学者には違いないので、今度こそ人類のために頑張って頂きたいと思います。

 その煽りで光輝は本来の予定に無い悲劇に見舞われる事になりそうですが……まだ未定ですけど。


 北辰は―――何故か壊れ北辰のイメージがあったためすんなりとハマりました。何故でしょうか?(笑) 前作と異なり奥さん健在でさりげなく2児の父親ですし。



 ついでに時ナデベースとはいえアキトの女性問題を描写する気はさらさらないので人間関係も変更を加えつつアキトはユリカ一筋。で、年齢的に問題のある子供達3人はパラレルワールドだからというご都合主義を持ち出して15〜16歳程度にまで成長させております。
 ヤマト発進が3年後ですからヤマトの乗船には問題ありません。ヤマトも結構未成年多いです。1作目は事情も事情なので。

 と言うわけで、通常逆行物の定番は「登場人物を含めて基本的は“何故か”逆行前の世界とあまり変わり映えしない」というテンプレートをぶち壊すべく(笑)、人物の設定から性格まで自分なりに咀嚼して変更しているキャラクターがそれなりにいます。

 また、ヤマトは明確に軍艦であり乗組員も軍人になりますので、ナデシコ側のキャラクターであっても乗船が確定しているキャラクターは自分なりの理由を持って“人殺しになる覚悟”を決めています。

 以前はナデシコから殆どそのまま移動で一部ヤマトのキャラを入れる(例:古代進 森雪 島大介)でしたが、今度はナデシコという僚艦が付く事になるので入り混じった状況に置かれています。ヤマトの艦橋要員は最初のページですでに書かれている者もいますけど。

 改定後のあとがき

 誤字とフォントの修正の為にbパートと一緒に修正しました。また4話を書いている段階で波動エネルギーに関する設定を変更する必要が出てきたのでツインサテライトキャノンの設定を変更。チャージタイムの増加に旧設定の妙な引き継ぎでおかしなことになっていた部分を修正。元々は合体せずに撃てないという設定を「サテライトの無いDXに価値ねぇだろ?」と無理やり撃てるようにした上、当時は出力に関係なく「波動エネルギー砲が使える」という設定だったのですが、これが色々と不味い事が発覚。修正した影響でツインサテライトキャノンも設定に変更が必要になって変えました。にしても、何で当時分離状態の方が(低出力とはいえ)チャージタイムが短縮されるって設定したのか自分でも理解に苦しんでたりします。これは修正しないと物凄く支障があるので思い切って修正します。2010.6.9修正。





プロフェッサー圧縮in大マゼラン星雲(嘘)の「日曜劇場・SS解説」


ひとりが落とした〜涙ひぃとつぅ〜人々の頬に〜流れた〜とぉき〜(゜▽゜)

・・・ハイ、1年超ぶりに失礼しました(爆)プロフェッサー圧縮でございマス(・・)

えー今回は照準値の高いALL武器がない機体は辛いとゆーお話でした(違)

レベル低いと必中すら無かったりしますからねぇ・・・・・・(’’)

まーそんな事はさておき。

ヤマトまたも復活。

しょーじき復活編ももう許してやれよと言う気分なのですが(ぉ 地球の危機とあらば致し方ないのもまたヤマト(゜゜)

またひとり、人類の命運背負って旅立つのでしょう(・・)



さあ、次回作が楽しみになってまいりました(゜▽゜)機会があったら、またお逢いしましょう(・・)/

いやーSSって、ホント〜に良いものですねー。

それでは、さよなら、さよなら、さよなら(・・)/~~


                By 故・淀川長治氏と宮川泰氏を偲びつつ プロフェッサー圧縮

#・・・ただ、実写版だけは心底誰得だと思ふ(絶爆)
 特に佐渡先生をあんなコトにしたアホウは腹を切るべき。