「な、なななななな、なぁ!?」

 ミスマル・ユリカはベッドの上で完全に腰を抜かしていた。眼前にいるのは間違いなく自分自身。鏡を見てるかのような光景だった。違うのは服装と顔つきだ。
 目の前の自分からは艦長としての貫禄を感じるが、人生にくたびれているように見えるのが気になる。

 「まあ、普通は驚くよね。この光景は。――ヤマトのデータディスクは無事に届いたようね」

 どこか陰のある笑みで訪ねてくるもう1人の自分に対して、ミスマル・ユリカは無言で首を縦に振った。

 「まあ、データディスクが届いていなければ、私はここにいないんだけど――」

 「あ、え――、と」

 「気遣いは必要ないよ。ここは、ヤマトのデータディスクを引き継いだ世界。だから、ヤマトがどうなったかは私達の世界ではまだ不確定なの。この世界ではヤマトが沈んだ後、データディスクだけを届けられたと言う事実があるだけで、必ずしもデータディスク出自の世界でヤマトが沈んだとは限らないよ。と言っても、私の場合はすでに確定してるんだけど――」

 力無く首を降るもう1人の自分にようやく我に返ったミスマル・ユリカが立ち上がって向き合う。

 「あの! どうして――」

 「ああ、データディスクだけで済ませようと思ってたんだけどそれだけじゃ気持ち足らないかな、と思って。
 ミスマル・ユリカ、貴方にアドバイスを残すなら直接対面すべきかな、って思ったの。――と言っても、私はすでに死んでるからこの場にいるのは元気過ぎる幽霊さん、って所だけど。死んでも意外と自分ってものがあるものなのね。おまけに足まで」

 さりげなく奇怪な事を口にしているがそこは無視して――本当は無視すべきではないのだが――再度確認を取るべき言葉を繰り返した。

 「あ、アドバイス?」

 「悩んでるんでしょ? ヤマトの艦長職に就く事を」

 ずばり的中だ。どうして、艦長職に就く事を打診されたと知っているのだろうか。

 「わかるよ、ここに来る前に本当に必要最低限の下調べは済ませたから。――ハイパージャンパーを使えば、出来なくは無いから。
 遺跡に繋げられた後遺症で……殆ど意識していない状態で非常に高度なボソンジャンプナビゲートが可能な状態になってるの。もっとも、これは繋げられたことで意識せずとも正確なイメージの伝達と実行したいボソンジャンプに必要なイメージを明確に――それこそ時間移動や次元の壁を跳び越えるようなボソンジャンプすらも苦も無くイメージ出来るってだけなんだけどね。

 そう、貴方もよ」

 「え? あ、あたしも? まさか……」

 「だから貴方は、超能力によってハイパーゼクターを完全に使いこなせるはずの天道光輝君以上に、ハイパーゼクターを使えるの。ハイパーゼクターはまだまだ生まれたばかりの赤子同然だから、任意で時間移動やパラレルワールドへのアクセスは行い得ない。にも拘らず、ハイパーゼクターはそれを成した。

 気づいてなかった? この世界に火星の後継者の残党やアカツキさんやキット、そしてアスマの記憶を運んだボソンジャンプに演算ユニットへの直接アクセスは必要ないの。全ては、貴方のナビゲートよ。アスマだけは、ノイズが酷過ぎて失敗に終わっちゃったんだけど――」

 「う……そ……」

 驚愕にミスマル・ユリカの目が見開かれる。あれが、あれが自分の力だと言うのか。しかしあのヤマサキ・ヨシオはそんなこと一言たりとも言わなかった。あのジャンプを成功させるためと、ハイパーゼクターを介して間接的に遺跡にリンクさせると告げただけだ(直接接続しなかったのは草壁が強固に反対したため。仮にも同志にそのような非道は許さないと一喝したらしい。前科を考えると白々しさすら感じられたが、本心からの行動だと悟ったからこそユリカも協力したのだ)。

 「本当よ。ただ自覚していないと遺跡により強力にイメージを伝達するためにハイパーゼクターのような補助装置が必要だけど。自覚さえしていればハイパーゼクターさえも必要ないんだから。事実、オモイカネ級AIを持たないハイパーゼクターでこれだけのジャンプを成功させたじゃない。

 ヤマサキさんは高性能演算ユニット、って呼んでるけど。それは将来的に第二・第三の演算ユニットとして機能することを視野に入れているからで、今現在の状態は超高性能ナビゲーションシステムって言うのが近いかな。ただ、今言った通り将来的な発展性を見据えているから、あの大きさにしては不必要までの記憶容量と電子演算能力を備えているの。

 だから、構造材自体が電子回路や記憶装置としても機能するように特殊なナノマシン構造材を使用したら、自己修復能力と自己進化能力を獲得出来た。このおかげでハイパーゼクターは使用を重ねる度に機能の拡大と最適化を繰り返してより強力になっていく。
 ――そして一つだけ断言出来る事があってね。ハイパーゼクターは私たちの世界の同一の存在であるハイパージャンパーすら遥かに凌ぐ存在になる。特に、オモイカネ級AIと一体化しその機能を模写した1号機はね。ハイパーゼクター同士は情報共有によって進化を効率的に行っていく。だから直に2号機も自我を確立して進化するはず。そして最大の違いとして、ハイパージャンパーには自己進化能力も自己修復能力も無いのよ。だから私たちの世界じゃ、ヤマサキ博士亡き後には機能の拡張も何も無かった。こうしてパラレルワールドにアクセス出来るのはあたしが事前に入力してたからだし。
 人為的に改良しない限り機能の拡大は無いハイパージャンパーに対し、ハイパーゼクターは何もしなくても自分で進化していく。これなら、将来的に自分を使ったボソンジャンプに限っては演算ユニットの力無しに実行出来るようにはなると思う。何時になるかまではわからないけどね……。もしかしたらボソンジャンプとは無縁の機能まで必要と感じたなら獲得してしまうかもしれない。まあ、流石にこっちは限度があると思うけど。

 だけど、そのハイパーゼクターは経験を積まないと、新しい用途の可能性を示唆して貰わないと実力が身に付かない。だから、あの時あなたの力が必要だったの。

 実は、演算ユニットはただの保険。本当はハイパーゼクターと貴方さえ揃えば良かった。
 あのジャンプに巻き込まれたアスマの――今は天道光輝君が所有するハイパーゼクターはキットとの融合とその時のジャンプに巻き込まれた事をきっかけに進化した。けど、その過程の暴走事故を起こして自分が生まれた次元に跳ぶことになった。その事故によって小型波動炉心とそれを搭載する最強の機動兵器――ガンダムが生まれ、時間を短縮する形で強力な機動兵器を手に入れる事が出来た。
 これで、この世界で事情を知る人々は、完成された機動兵器からノウハウを学ぶことで新型機動兵器開発に掛る時間と資金を宇宙戦艦ヤマトと機動戦艦ナデシコの復活、艦船用の大型波動炉心を幾つか完成させるだけの余力を得る。

 それによって地球は、私達の世界以上に過酷になる運命に贖うことを可能とする下地を得ることになった。

 この世界に来ることになった切っ掛けがアキト達だとしたら、この世界を救う足がかりを作ったのは――貴方よ、ミスマル・ユリカ」

 開いた口が塞がらないとはまさにこの事。自分が、そこまでの能力を知らぬ内に得ていたとは。

 「でも安心して、ハイパーゼクターも私が力を借りたハイパージャンパーもね、人間が大好きなの。
 最初はただの主従関係だったけど、成長するに従って、自我に目覚めると共にキットに感化されてね。自らは人間と共にあって、その繁栄と幸せに貢献してこそ価値があるって考え出してる。だから、ハイパーゼクターは自分自身が人類の毒にならないように律することを覚えつつある。

 だから、仮に貴方が瞬間移動以上のボソンジャンプを実行しようとしても人類のためにならないとハイパーゼクターが判断している内は決して実行出来ない。それは人類にとって毒でしかないから。
 ――何しろ現状A級ジャンパー単独のイメージ伝達は不可能。機械入力ではハイパーゼクターくらいの能力が無いと正確な情報を送れないからやり方がわかっててもそうそう時間移動や次元跳躍は実行出来ない。ハイパーゼクターが許さない限り。

 もうわかったでしょ? ハイパーゼクターが貴方の異能を封じてくれる。これはキットがその身を呈して残してくれた封印と、ハイパーゼクターの覚醒によってもたらされた封印。決して貴方が、世界の破壊者にならないようにするために。決して化け物にならないようにするための、彼らの愛の証なの」

 ミスマル・ユリカはテンカワ・ユリカの言葉を聞いて、涙が溢れて来た。

 キット、大切な大切な家族の一員。例え人工知能であっても嘘偽りの無い家族と呼べる存在。自らを犠牲にしてまで未来を拓いてくれたなんて。自分の身代りになって。

 溢れだす涙を拭いもせず、時間の流れから取り残されて永遠の孤独の中で生き続けることになった家族を想った。

 「あ、そうそう、キットからジャミングの方法も伝わってるみたいだけど、ハイパーゼクターにはほぼ無効よ。
 遺跡そのものを抑えているのならまだしも、ハイパーゼクターの自己進化能力を考えると、大凡思いつく殆どのジャミングを自力で抉じ開けてボソンジャンプ出来るはずだから。主流はイメージの伝達阻止だけど、ハイパーゼクター自身が演算してボソンジャンプを実行させるのなら全く関係ないし、ジャンプフィールドの展開阻止も出力さえ十分に高ければ安定に持っていけるだけの底力がある。むしろ、新しい妨害に出会えば出会うほどに対処法を確立していく。それが、ハイパーゼクターに与えられた最大の使命だからね。コストその他の問題からすると、進化したハイパーゼクター以外はジャミング下で安定したボソンジャンプは無理、って考えて貰った方が正解かも。正直ジャミングって無茶苦茶強いから普通の装置じゃ負けちゃうのよね……。ライダーのクロックアップシステムじゃ話にもならないし。
 ――と言っても、今のハイパーゼクターの能力だとヤマトとナデシコの2隻を跳ばすのがやっとだと思うけど。この2隻は最初からハイパーゼクターとの連動を考慮して建造される可能性が高いからだけどね。ほら、ワープもあれで結構融通が利かないから、手札は多い方が、って感じ。

 覚えといて損は無いはずよ。ハイパーゼクターの所有者を抱えるヤマトとナデシコだからこそ、出来る荒業。出来る出来ないはその時でないとわからないから頼りきりには出来ないけど、いざという時に役に立つかもしれないわね」

 「――――――うん」

 キット。最愛の家族。もう2度と会えないけど、決して忘れない。貴方が残してくれた未来への可能性を。その犠牲の上に、自分達の未来が成り立っていると言う事も。

 「ちなみにアスマがデータディスクを持ちこめたのは私がナビゲートをしたからよ。正確にはハイパージャンパーに座標を入力しただけなんだけど……。こんな事もあろうかと、ってね。
 今回はハイパージャンパーもこの世界のハイパーゼクターも人類にとって必要だと判断してるからこそ、問題無くナビゲート出来るんだけどね」

 「……」

 良いのだろうか、それで。思いっきり私利私欲のために世界を変えようとしているようにしか思えないが。まあ、人の事は言えまい。自分だって私利私欲のために次元跳躍を敢行し、戦争に備えているのだ。人の事を非難出来るほど清廉潔白の身の上ではない。

 「ヤマトの艦長としてのアドバイスだけど――馬鹿になりなさい」

 「………………………………はっ?」

 長い沈黙の後、ミスマル・ユリカの口から出たのは間の抜けた言葉だった。それが、アドバイスだと言うのか。

 「ヤマトの戦いと旅がどういうものか、説明する必要は無いよね? ヤマトの戦いと旅は、複雑なものじゃない。極めて単純なモノ。

 だから、馬鹿になりなさい。純粋さを失わないこと、最後の最後まで諦めずに立ち向かう事こそが、宇宙戦艦ヤマト艦長の素質よ。指揮能力なんて、この際二の次三の次で良いの。と言っても、単艦での戦闘を余儀なくされた身の上としてはそれなりの能力が欲しいんだけどね。

 今この世界で、宇宙戦艦ヤマトの魂を次世代に受け継がせる事が出来るのは貴方だけよ。残念だけど、ヤマトと共に戦えなくなった沖田さんには艦長として次世代を導く事が出来ない。
 今艦長としての資質を持ちながら、ヤマトの指導者としての資質を兼ね備えているのは貴方だけ。と言っても、能力云々以前に経験値で圧倒的に劣ってるからどんなに逆立ちしても今の貴方は沖田さんには及ばない。人生観にしたってね。

 だから馬鹿になりなさい。道を開くにはそれしかないよ。少なくとも貴方は、絶対に沖田艦長にはなれない。だから参考にはしても、模倣しようとしない事。もう、わかったよね? 人は、決して自分以外の何者にもなれない。――復讐鬼となったアキトだって、結局その本質を変える事が無かったように」

 「……何か、抽象的であんまり参考になりそうにないね」

 正直泣きたかった。結局選択肢なんてないじゃないか。自分がヤマトを導かない限り未来は無いと言っているも同じことだ。

 だが、同時にこうも言っている。「私らしくやりなさい」と。
 そう、ミスマル・ユリカが家名による束縛を拒絶し、自分自身を見て欲しい、示したいと思って自らに課した生き方だ。周りに何と言われようとも、今まで決して変えてこなかったその生き方だ。

 「本当に、それで良いの? あたしなんかが、あのヤマトを指揮しても」

 「当然です! 私は、重責にさらされながらもそうやって戦い抜いてきた。今までずっと、そうしてきた。
 私に出来て、並行世界とはいえ私と同一の存在である貴方が出来ないなんて事、ありえないよ。もう1度言うけど、私は宇宙戦艦ヤマト艦長のテンカワ・ユリカよ。
 もう1つのアドバイス。最後にモノを言うのは理屈じゃなくて気合と根性と愛よ。ヤマトは優れた宇宙戦艦だけど、何時も最後はそれで――廃退しつつある精神性を武器に地球を救ってきたんだから。

 ――もうそろそろ限界が近いかな」

 テンカワ・ユリカの輪郭がぼやけてきている。それでもなお、彼女は言葉をかけ続けた。

 「――ヤマトと共に戦いたいと思っているのなら、知らなくちゃいけない。
 何時の時代、どの時空であっても決して変わる事の無い、宇宙戦艦ヤマトの戦いと旅の本質。そして決して失ってはいけない、守り抜いていかなければならない事、全てを知らなければならない。

 ううん、思いだすっていうのが正しいのかな? 貴方はもう、全てを知っている。だけど、今は見失ってる。理屈に負けて見えなくなってる。覆水盆に帰す。それが、最期のヒントよ」

 「あ、ありがとう。……ねえ、聞いちゃいけないのかもしれないけど。――貴方は――」

 ミスマル・ユリカは一度言い淀んでから思い切って訪ねてみようと思った。が、全部言う前に答えは返ってきた。

 「……私は間違いなく、ヤマトと運命を共にした。だけど、何の因果か私の魂はヤマトのデータディスクに引き寄せられてこの世界に跳ばされた。本当にどうしてこうなったのかは全く分からない。自分でもはっきり言って信じられない。もしかしたら私達のヤマトがこの世界の事を思って連行してきたのかもしれない。

 だけど1つ言えるのは、この世界では私やあなたが元いた世界に比べて霊的な存在が非常に強く具現化出来るっていうことかな?
 光輝君の武羅威も乱暴に言えばそういう手の現象だし、その力を持って私は一時的にこうして具現化出来た。
 で、折角憑いてきちゃったんだからこれを利用しない手は無いと思って。本当はデータディスクに憑いてたんだけど、追ってこれたからくっ付いてきて、話をしてみようと思って。
 ――ねえ、わかってるとは思うけどね、本当は、どんな理由があっても並行世界に干渉するなんて――ましてや助けを、逆に干渉を求めるなんてやっちゃいけないことなんだよ。だけど、だけど、私には生きなきゃならない理由が――理由があるの。

 ――私ね、息子がいるの。生後1年、アキトと私の子供が」

 「そ、そんな……それなのに、戦ったの?」

 子供を残して戦場に出るなんて――自分にはとても考えられない事だ。目の前の自分が自分と生まれた世界が違うだけの同一人物であるなら(しかも同じような経験をしてきたというのなら)、戦場に出る事もそうだが、それ以上に死を覚悟してまで戦いを挑まねばならない程に追い詰められているのか。

 「私は、例え自分が死んだとしても、子供を守る。一緒にいてあげられない最低な親になってでもあの子が生きる世界を守り抜く。私は、その為に再びヤマトに乗ったの。命令違反で飛び出したから最初は反逆者扱いだったけど、敵の存在が確定した事もあって汚名は雪げたんだけど、結局地球に戻ってる暇なんて無かったから子供には会えず終い。何としてでも護り抜くって決意を固めて挑んだんだけど――」

 ミスマル・ユリカはテンカワ・ユリカの告白を聞いて再び涙を流した。

 子供がいるのに、まだ生まれて間もない子供がいると言うのに、死と言う運命から逃れる事が出来ないのか。もう1人の自分は、子供が成長していく姿をその目で見る事が出来ないと言うのか!

 「――結果見事に玉砕。地球は救えた、子供の命も――少なくとも異星人との戦争で失われる事は無かった。アキトも、敵要塞攻略の際に死んだ。私達夫婦は、結局子供だけ残して死んじゃった。

 ――私達は確かに人類を、地球生命を救う事が出来た。だけど、私が、アキトが一番護りたかった子供を、逆に不幸にする結果になっちゃった。覚悟はあった。けど、実際に死んでもう2度と、あの子に触れる事も声をかける事も出来ない。永遠に、会う事が出来ない。その事実が、凄く辛い。自分で自分を許せないくらい。

 だから―――お願い、助けて」

 「っ!」

 先程までの大人びた様子は何処に行ったのか。涙を流してテンカワ・ユリカは親に泣きつく子供のようにミスマル・ユリカに縋りつく。しかし肉体を失っているその手は、ミスマル・ユリカの体を通り抜けていくだけだった。

 「あの状況じゃ勝ち目が低いの! ヤマトも決して万全の状況とは言えない! あの世界に救援を求められる存在はもう無い!

 ――だから、並行世界に助けを求めるしかないの! お願い、助けて……。貴方達以外に、私達のヤマトとアクエリアスで没したヤマトの2つを同時に引き継いだ、貴方達にしか縋れないの!! ――――助けて、息子を残して……死にたくなかった。仲間を、ヤマトを、失いたくない。大切な大切な、家族と友達なの――。亡くしたくない……!

 こんな事、本当はしちゃいけないってわかってる! 許される事じゃないって、自分勝手だってわかってるけど!! ――助けてよ、まだ終わらせたくない! せめて、せめて私の生きていた世界で無くても、並行世界でも良いから助けてよ! 子供の所に帰らせてよ! アキトと一緒に、皆と一緒に帰りたいよ!」

 泣きじゃくるテンカワ・ユリカの体が一層透きとおり、表情の判別すら危うくなる。

 「――もう時間ね。言い逃げになって本当にごめんなさい。でも、私はこの世界で貴方を――貴方達を見守っていく。だから、お願い。天の道を往き、人類を照らす太陽に――」

 そこまで言い終えるのが限界だったのだろう。テンカワ・ユリカは目の前から完全に消失し、肉眼では――能力者以外には決して観る事が出来ないであろう存在へと還っていった。



 「私はもう、ヤマトの在り方を知っている? 見失っているだけ?」

 正直訳がわからなかった。一体何を見失っていると言うのだろうか。そして、天の道とは、太陽という言葉の意味は一体何なのだろうか。前者に関しては光輝に尋ねればわかるかもしれないが、まずは自分で考えてみようと思う。それが、自分の成長に必要な事だと思う。

 「とりあえず、アキトに伝言伝えてくれる?」

 と虚空に向かって言葉をかける。ハイパーゼクターに向かって言葉をかけたのだ。空中に出現したハイパーゼクターは何と、

 『了解』

 とウィンドウを表示して意思表示した。

 「…………意志疎通が出来るようになったの?」

 もしかして、1号機とデータのやり取りでもして自我に目覚めたのだろうか。だとしたら嬉しい出来事だ。順調に育ちつつある。ハイパーゼクターの出生もあって結構感情移入しているから素直に嬉しい。
 さあ、メッセージを入力しよう。皆に伝えておかないと、この出会いについて。



 そうだ、メッセージを入れたらルリに手紙を書こう。今なら自分の事をわかってくれるはずだ。だってアキトとラピスに変化があった。同じボソンジャンプを行ったのなら目覚めるタイミングに大きなズレは無いはず!(ここでハイパーゼクターの合いの手が入ってルリとハリ、ついでに三郎太の到着を知らされた) メッセージを入れ終えてから便箋とペンを取って文字を綴る。会えなかった寂しさもあってか、思った以上に筆が躍った。ついつい余計な事を書き過ぎて1回訂正する羽目になるほどに。
 書き終えて封筒に入れて封をし、またハイパーゼクターに頼もうかと思ったところで思わぬ配達人が来たので目を丸くした。






 「…………う、美味い――」

 「美味しい! お姉ちゃん料理上手ね!」

 目の前に出された料理に舌鼓を打ちながらラピスは感激の、アキトは複雑な表情を浮かべる。

 「――上出来だ。ようやくまともに作れるようになったな」

 と至って冷静に、それでいて少し嬉しそうに光輝は感想を述べた。

 「やりぃ!!」

 菫は嬉しそうに光輝の言葉に反応する。喜びを表現するためかガッツポーズまで取っている。こと料理に関しては色恋沙汰を抜きにしてはっきりとモノ言うタイプなので、はっきり言って滅多な事じゃ褒めてくれない。何故なら菫の料理の腕が光輝が認める水準に達していないからだ(専属主婦としてはかなり上手い――と言うかはっきり言ってその辺の食堂の主よりも上なのだが)。
 光輝はラピスやアキトに付き合っていて食事の用意が出来なかったので、泊めて貰っているホテルの一室で菫が作った食事で腹を満たしているところだ(厨房を借りた)。

 何故かこの場に出現しているカブトゼクターとガタックゼクターは4人の頭上をぐるぐると飛び回っている。カブトゼクターは光輝とラピスに時折ちょっかいを出しては手で掃われているが、これは単純に「食事の邪魔をするな」という意思表示だ。それを理解したのか一回縦に宙返りをしてカブトゼクターは去って行った。後ろ背中にそこはかとなく哀愁を漂わせながら。
 一方のガタックゼクターはアキトの頭上を旋回しながら時折頭に噛り付いてじゃれていた。しかし肝心のアキトは、

 (お、俺が作ったよりも美味い……かも)

 と菫の腕前に驚き茫然自失状態だった。現在進行形で料理人としての修業をしている自分よりも、美味い気がする。相手はただの専業主婦のはずなのに。

 (って、今光輝の明らかに上から目線だったよな? つーことは、光輝は菫ちゃん以上に料理上手? 確実に、俺よりも美味いと言う事か?)

 とガタックゼクターを追い払うこともせず料理に集中していた。ので、結局ガタックゼクターもあえなく退場となった。こちらも哀愁を漂わせながらではあったが、何故かあまり絡まれなかった資格者の菫はガタックゼクターの行動に違和感を覚えていた。もしかして、嫌われたのだろうか。それとも――。

 「菫お姉ちゃん料理上手だね。あたしにも教えてよ」

 とラピスは嬉々として料理を口に運びつつ話題を振る。1人暮らししているから自炊もするが上手とは言い難い腕前だから外食や出来合いの惣菜などで済ませることが大半だから、こういう家庭料理を食べるのは久方ぶりだ。
 その分嬉しさもひと押しである。

 「おいおい、菫よりも俺の方が上手いぞ。――いや、料理を教わるのなら俺や菫よりもお義母さんに頼んだ方が良いぞ。俺も及ばない料理の達人だからな」

 と光輝が言うとラピスとアキトが揃って反応を示した。

 「それって、もしかして北辰の……」

 「ああ。北辰さんの嫁さんだよ。菫っていう娘がいるんだから当然だろうが。
 それとな、こいつの妹に枝織ってのがいて、髪の色以外は瓜二つなんだぞ」

 「へぇ〜。何色なんだ?」

 「枝織は黒だ。こいつの髪は染めてるんだよ。地毛は驚くなよ、真紅だ」

 「え!? ――ホントなの」

 「うん。何なら落そうか?」

 そう言って例によってハイパーゼクター(中々該当の品を見つけられなくて四苦八苦していたが)に持ってきてもらっていた専用の染料落としを手に洗面所に向かった。もはや完全に運び屋扱いされている。もっとも、ハイパーゼクター自身もこれが生まれ持って与えられた役割だと自負しているので恨みごと等言うつもりもないのだが、せめて1度の配送で済ませたいと思う。
 というか、荷造りくらいしておいてくれても良いじゃないか。あれ持ってこいこれ持ってこいと仕事を任されるのは良いが、“判別出来ない”んじゃ最高の運び屋としてのプライドが廃る。というかだいぶ傷ついた。



 5分後。



 「ほら、こんな感じ」

 「わぁ――」

 「これは、凄いなぁ――」

 洗面所から出て来た菫を見てラピスとアキトが感嘆の声を漏らす。

 染髪料を落とした髪は驚くほど鮮やかで見事な赤だった。赤という色を極限まで鮮やかにすればこうなるのではないかと思わせる色は、真紅という表現が似つかわしかった。しかも洗った直後でほのかに湿っているため妙に色っぽい。水も滴る良い女と言うやつだろうか(正しくは水も滴る良い男だが)。

 「な、凄いだろ? どうしてもれ――幼馴染みたいな黒髪にしてみたいって相談された時は、髪が傷まないように染髪料を調合するの大変だったんだぞ」

 「……って、お兄ちゃんが作ったの!?」

 ラピスが驚愕の声を上げる。

 「当然だ。大事な嫁の髪だぞ。傷んだりしたら大変だろうが。こんな素晴らしい髪世界に2つとない。
 痛ませず、それでいて地毛の色を活かすために色々苦労した。散髪の時に切った髪を
使って色々試してな、地毛の赤を絶妙に残した黒を調色することに成功したんだ」

 「おまえ、何でも出来るのな」

 さりげなく惚気ても見せた光輝の言葉に、アキトは口の端を引き攣らせながらそう感想を残す。料理人としての立場を取られたら(不本意ながら)パイロットとしての技量しか残らない自分とはえらい違いだ。

 兄としての威厳が――無い。

 「まあ、好きこそものの上手なれ、だな。

 俺の場合は武術も含めて自分が好きで、望んでやってるからな。――まあ能力が伸びたと言うからには素質もあったんだろうが。

 ああ、化粧とか着付けも一通り出来るぞ。まあ菫とか零ちゃん――女友達を綺麗にしてやりたいって気持ちがあったから真剣に勉強しただけさ。まあ、プロと言えるレベルには達せたな。

 そう言うお前だって料理以外に真剣に取り組んだらかなりの能力を発揮すると思うぞ? 実際諜報戦がそうだったんだろ?」

 「言われてみれば、料理人になりたいって夢だけ追ってきたからな。そうか、他の事に目を向けてみるのも必要かもな」

 確かに今の世の中出来る事は多くても損は無いだろう。器用貧乏になるかもしれないがやってみれば面白いこともきっとあるはずだ。実際ウリバタケの所で作ったプラモデルはそれなりの物が出来たし、長屋にいた頃はヒカルの手伝いで漫画だってやった事がある。やりようによっては色々身につけられるかもしれない(しかしパイロット技量と屋台を引いていたラーメン以外は専門家に及んでいないと言う事実は失念していたりする)。

 「何なら実用的なモノを何か教えてやろうか? ――そうだな、コミュニケーションの一環になるやつの方が覚えは早いだろうな」

 「例えば?」

 「マッサージ、とか? 部位ごとでも構わないが――全身マッサージの方が色々と役立ちそうだな」

 にやり、と邪悪な笑みを浮かべて問いかける光輝にアキトは過剰なまでに反応した。

 「なっ!! ――っ……」

 マッサージ、全身。

 それらの単語からついつい不純な(ある意味至極真っ当な)妄想に飛躍して顔を真っ赤にする。ついついユリカのエッチな姿を妄想してしまった。初夜で1回しか出来なかったが、一応経験があるだけに妄想の広がり方も具体的だった。まあ夫婦なので別にOKなわけで、あの時はお互い初めてで一杯一杯だったから今度はもっと楽しみながらやりたいかなぁとか。――あ、鼻血が。

 「こらこら、純情な青年をからかって遊ばない遊ばない」

 「こいつが勝手に考えを飛躍させただけだ。――誘導はしたかもしれないがな」

 と再び邪悪な笑みを浮かべる。

 「――覚えてろよ」

 垂れてきた鼻血を拭いながら言う。

 「忘れる」

 アキトの恨みの言葉を即切り捨ててからまじめな顔を作って「何ならやってやろうか?」と尋ねて来た。
 自分から薦めるということは腕に自信はあるはずだ。何分鍛えが足りない体でかなりの無茶をやらかした事もあって、大分体がダルイ。明日筋肉痛で悩む事は確実なのだし、少しは楽になりたいと思う。(あれだけの事をするだけあって)ヤマサキの処置は完璧で捻った右手はあまり傷まないのがせめてもの救いだったが、やっぱり全身の疲労感は無視し難い。

 「じゃあ、お願いしようかな」

 「疲れてるし右手が痛いからから30分コースで済ませるが、問題無いな?」

 「無い」






 結論。すっごく気持ち良かった。不慣れだからくすぐったかったり痛かったりしたが、慣れてくると非常に良いものだ。不純な動機抜きにユリカにも体験させてやりたいと思った。話を振ってみたら「何時も傍にいるのはお前の方だろう? それにどうせならお前の手で体験させてやった方が良いだろう。コミュニケーションだ」と返されたので是が非でも習得しようと思う。確かに、どうせなら自分の手でこの素晴らしさを体感させてあげたいと思う。感動ものだった。



 しかしこの歳で(まだ18歳)マッサージを気持ちいいと感じる事が爺臭くて少し嫌だった。まあ今日は過酷な労働の後だから良しとしておこうかな。



 「いやぁ〜。何と言うか、本当に凄いな」

 「だろ? 機械じゃこうはいかないんだ。人肌の温もりってやつかな。――最初は俺もして貰う立場だったんだ。修行のし過ぎで体を痛めた事があってさ。
 その時さな子さん――お義母さんにしてもらったことがきっかけだったんだ。それでさ、お礼をしたくなったんだ。
 だから一生懸命勉強した。菫や零ちゃん――もう1人の幼馴染の女の子に協力して貰って。
 真剣に取り組んだからこそ上達があった。お前も真剣に取り組めば、この程度は出来るようになるさ」

 「そうだな。頑張ってみるよ」

 返事をしてからふと気になったことがあったので、思い切って訪ねてみた。

 「なあ、その、紫苑零夜ちゃんだったよな? ――仲良いのか」

 アキトの問いに光輝は微笑んで言った。

 「――ああ。菫以外じゃ一番仲の良い女友達――だな。
 美人というよりは可愛い顔つきで、本当に艶やかで綺麗な黒髪を腰くらいまで伸ばしてて――そうだな、ついついお母さんって言いたくなるような子かな?

 女性で俺のライバル張れるのも同年代では彼女くらいだな。北斗は――除外しておこう。体は菫だが人格面では完璧に男だからな。菫は次点くらいにしておいてやろう。もっとも、大分差が開いているがな」

 と当時の出来事を振り返ってみる。本当に1度(冗談半分に)お母さんみたいと言って赤面させた事も今ではいい思い出だ(照れ隠しに貰った拳は当時の段階ですでに自分に比肩していたと思うと、感慨深い)。

 「ライバルって、どういう事だ?」

 「学力、運動能力、その他諸々。全てにおいて俺と同等の実力を発揮する。だが料理と裁縫に関しては俺でも太刀打ち出来ない。何をどうしたらあんなに上手い料理を作れるのか、何度挑んでも俺が敗退する。1度たりとも勝てた試しがない。
 代わりに掃除の手際と機械関連の知識と技術で俺が勝る。

 そうだな、1度木星に来い。是非会わせたい」

 まるで紫苑零夜という人物を自慢しているようにも聞こえるが、会ってみたいとアキトも考えていた。
 お母さんみたいな、というのが正直気になる。

 (ミナトさんみたいな感じなんだろうか? 気になるなぁ)

 零夜に対する興味もさることながら木連の生活がどのようなモノなのか知っておきたいと思う。
 そうでなければ本当の意味で木星を理解する事は出来ない。知るべきだ、本当の意味で平和な世界を求めるのなら、相手の事情も知らなければ。もっとも、自分がどう頑張ったところで独力で和平など作れるわけはないし、中心となって動ける自信もない。そうするにはあまりにも自分の了見が狭すぎる。

 『メッセージ受諾』

 とハイパーゼクターが何時もの通り唐突に出現したのはそんな時だった。最初は心臓に悪いと思ったが、流石にもう慣れてしまった。普通のボソンジャンプと違って跳躍前後のリアクションが無さ過ぎる。

 『アキト、唐突で悪いんだけど――というか自分でも今体験したことが信じられないんだけど。――――――――――――――――――――――――自分自身の幽霊に会っちゃった』

 そこまで聞いた段階でアキトの顎がかっくん、と落ちた。ついでに隣にいた光輝も呆気にとられ、菫とラピスも「へ?」と声に出して心境を表した。

 『何を言ってるのか、って怒鳴りたくなると思うけど堪えてね。

 何でも、並行世界で、超巨大戦艦に体当たりした方のヤマトの艦長のあたしが――何でもデータディスクに憑いてきたらしくて……』

 おいおい幽霊もボソンジャンプの対象なのか、と聞いてる面々は驚きを通り越して呆れかえってしまった。考えてみれば精神だけの(正しくは個人の脳内情報なのだろうが)ボソンジャンプすら実行されたのだから不思議は無いのかもしれないがやっぱり不可思議な現象だ。

 『それで、折角憑いて来たんだから未来の艦長であろうあたしと話してみたくなったって、さっきまで話してました』

 「き、貴重な経験をしたみたいだな」

 口の端を痙攣させながら光輝が言うが、声には明らかに力が無かった。流石の天道光輝をも呆れる現象だったらしい。しかしユリカと菫に言わせれば「発光現象を伴う超能力者が何を呆れてるか」という反応をするだろう。

 『まあアドバイスも貰えたから無意味じゃなかったんだけど、一応報告だけはしておこうと思って。

 そうそう無いとは思うけど、こっちで何かあったらすぐに伝えるから。それじゃ』

 メッセージはそこで終わっていた。

 「……ユリカ、お前って奴はどうして」

 「ああ。失礼承知で言うが火星の後継者の一件以降かなりの不幸体質というか、厄介事に巻き込まれやすい体質になってるんじゃないか? 考えてみればこれからの事だってどちらかというと巻き込まれたようなものだしな。

 ――菫、ラピスと一緒にヨシオに伝えに行ってくれないか? ついでに出前も頼む。今頃味気ない飯に泣いてるところだろうからお前の作った飯を食わせてやってくれ。
 まだまだ変わり初めだからな。へそを曲げさせると前のヨシオに逆戻りしてしまうかもしれないから、出来るだけ優しく頼む。

 良いな? ラピス」

 「……は〜い、気をつけますぅ」

 「あたしは問題無いよ。――そんなことで他人を責められる立場じゃないから」

 ラピスは不承不承、菫は自嘲気味な笑いを浮かべて手早く残っていた料理をタッパーに詰め「じゃ、行ってくるね」と部屋を出て行った。



 男2人残った部屋で、アキトは思い切って光輝の事に付いて尋ねてみることにした。わざわざラピスまで同行させてまで菫を追い出したのは2人きりで話しをする為だろう。知っている人は少ないが、あの木星(と白鳥九十九・ユキナ兄妹を思い起こしてみる。月臣元一朗は敢えて除外する)で何をどう間違えたらこんな男が育つのか知りたかったからでもあり、交流を深めるためにはやっぱり腹を割って話す事が大事だと考えたからでもある。

 「なあ光輝。お前、木星でどんな生活してたんだ? その、記憶も無くしてるんだから色々苦労があったかもしれないけど」

 「ん? ああ、興味があるんだな。――まあ、大変と言えば大変だったな。



 ――俺は、半ば非国民扱いされたからな」

 「!」

 「驚く事か? こんな性格の人間が、ましてや木連の正義とやらを否定した俺に好意的なわけ無いだろ? 今はその考えが認められたからこそ受け入れられているんだ」

 アキトは目の前の男が、決して平坦な道を歩いてきたわけではない事を、嫌でも理解させられた気がした。光輝の声には、そう感じさせるだけの力があった。

 「俺が木星に来た当初は、文字通り右も左もわからなかった。――今思えば春樹に拾われた事が幸運だったとしか言いようがない。
 春樹は俺が時空跳躍――ボソンジャンプによって地球圏からやって来たのではないかと疑っていた。しかし、記憶を失った幼子を研究所に引き渡すのは気が咎めたらしい。自分にも近い年齢の子供がいた事が理由だったらしい。

 春樹は記憶が戻るまでという条件で俺を一時的に引き取った。名前は俺が持ってたハンカチに書いてあったから、多分そうだろうってことになって。記憶を取り戻すための手掛かりになるかもしれないから名前はそのままでということになってな。
 ――俺が、春樹やその妻のかなえさんを父や母と呼ばないのも向こうがそれを拒否したんだ。本当の両親は他にいるはず、自分たちをそう呼ぶことで本当の両親思い出せなくなるんじゃないかって言われたら、そう呼べなかった。それが正しい判断だったのかどうかなんてわからないが、2人なりに俺のことを心配してくれていたことは事実だ。だから、な」

 本当に寂しそうに、光輝はアキトに愚痴った。

 「おかげで俺は、春樹やかなえさんを親だと思ってるのに、どうしてもそう呼べない。今となっては問題ないとは思ってる。……けど、気恥かしさが先だってどうもな……。北辰さんとさな子さんは俺が婿養子って形で入ったから恥ずかしくないんだけど、どうして――春樹とかなえさんは駄目なんだ。ついつい生意気な、友達感覚で接しちまって。本当に親不孝で顔から火を拭く気持ちだよ。会ってる時はともかく後で後悔するんだよな」

 寂しそうに、それでいてそんな事を話しているのが恥ずかしいのか顔を赤くしながら光輝はただアキトに語りかけている。
 アキトもそんな光輝に黙って付き合う事にした。中々話せる相手がいなくて、溜まってるものがあるのかもしれない。

 「脱線したな、すまん。
 俺は草壁家に引き取られてから近所の小学校に通う事になった。本当の年齢はわからなかったが、背格好から大凡小学生高学年だと思われてな。
 そこで授業を受けたまでは良かった。だが、地球を絶対の悪と教えるその内容が妙に気になって、俺は、本当の敵は地球ではなく当時の独立派に暴挙を振るった政府だって言いきった。だが、それは見方を変えれば地球を庇うような言い方だった。

 それが切っ掛けになった。教師からは注意を受けた。だけど俺はどうしても木星の掲げる正義とやらが正しいとは思えなかった。受け入れられないから悪党呼ばわりして壊滅を願うなんて、テロリストの考えそのものに思えたんだ。確かに、木星の祖先が受けた暴挙は俺から見ても許し難い。償わせたいと思うのも当然だ。

 だが、だからと言って関与していない、しかも世代交代していて無関係になったと言っても良い地球全体に対して一方的に価値観を押し付けるような考え方はどうしても納得出来なかった。
 まあ、ゲキガンガーの勧善懲悪の単純な、それでいてぶれない絶対正義を刷り込まれて、しかも主役たるゲキガンガーを自分達に投影すれば、こんな宗教的な価値観を持つ国になってもおかしくない」

 「光輝は、ゲキガンガーを否定するのか?」

 アキトの短絡的な意見に光輝は失笑しそうになったが、真面目な顔を作ってに答える。

 「いや、否定しない。勧善懲悪が悪いとは思って無いし、そもそも娯楽のための存在だ。ヒーローに憧れ、なりたいという気持ちは正義感を養うには手頃なものと言えるし、複雑骨折してる正義も悪も無いようなリアル過ぎる人間ドラマは見ていて疲れるとも言えるし下手したらグレる。そう言うのは何が大事なのか見失い易いからな。

 だけど一番大事なのは、誰かから与えられた正義じゃない、自分だけの正義を見つけてそれを貫くのが大切なんだ。だから木星で間違ってるのはゲキガンガーを利用して自己の絶対正義を謳っている事なんだ。アニメはアニメ、現実は現実。参考にこそすれど心酔せず自分なりに解釈して考えていけるのなら、どんなアニメを観ようがそれこそ個人の自由だ。
 一番大切な事さえ怠らなければ。



 だが、自己の絶対正義化に刷り込まれてしまった正義で成り立ってる木星社会に俺の考える正義は異質だった。地球は悪だ、木星は正義だの1点張り。俺の意見を検討したりする以前の問題だよ、地球を庇ったと認識された途端非難の嵐、挙句に非国民呼ばわりだ。肝心の大人ですらそんな子供じみた正義に縋ってるんだからな、全く救いようが無い。そして子供たちはさらに酷い。なまじ純真であるが故に容赦が無い。
 俺も子供だからむきになって言い返しちまったんだよ。

 “自分達が直接地球人に痛めつけられたわけでもないのに知った風な事言うな!”ってな」

 「そりゃ――反感も買うな」

 アキトが呆れたように相槌を打つ。光輝も苦笑しながらそれを肯定した。

 「ああ。子供だからな。今なら“もう少し”上手く言えてたと思う。ともかく、それからは虐めの嵐で、正直勉強を自宅でやっても良いって言われたら学校になんて行きたくなかった。机に落書きは当たり前、靴を隠されたり画鋲を入れられたり、ノートや教科書を駄目にされたことだってある。

 全く、性質が悪い。悪と断じたなら何をやっても良いと来てる。それが本当にゲキガンガーなのかと問い詰めたことだってあったさ。だが連中はそれがゲキガンガーの正義だと言いきった。正直失望した。殺意すら沸いた。ゲキガンガーはそんな正義を語る様な連中じゃなかったからさ。一時期はゲキガンガーそのものにも失望した事がある」

 アキトは光輝の言葉を聞いて、何時の間にかナデシコで木連の事を知ってから火星で遺跡を飛ばすまでの自分と重ねていた。細かな違いは多い。だけど、その根っこの部分は同じなのではないだろうか。その時感じた疑問、憤り、失望感。全て、自分の体験した事と重なる気がする。

 「ついには暴力に訴える連中まで出て来た。俺は、同年代の中では飛び抜けて腕っ節が強かったが何しろ訓練を受けていたわけじゃない。何しろ木星じゃ武術を習うのは当たり前みたいなものだからな、基礎がなっていない分技量では劣っていた場合も多かった。打たれ強さと基礎体力と頭を使って退けて行ったが命の危険を感じ始めた。何しろ返り討ちにするどころかリンチから逃れるのが精一杯だったからな。だから学校で習う以上の、1対多数の戦いを効率よく行うための技術を体得するために春樹に相談したんだ。
 だけど一般的な道場でそれを得るのは難しいばかりか、肝心の同年代の連中が俺を目の敵にしていて非協力的。道場自体も俺の入門を拒否してきた。子供たちが嫌がったからだ。

 だから春樹は、訳あって草壁家に使える暗部の長。北辰さんに俺を預けることにしたんだ。北辰さんは春樹の頼みを聞き入れてくれた。住み込みで学ばせてもらう事になって俺は北辰さんの自宅を訪れた。

 そこで俺は、出会ったんだ。俺を変えてくれた女神様達に」

 「女神、様? お前の性格に似合わない表現をするなあ」

 からかうようにアキトが言うと光輝は照れたのか、椅子から立ち上がって窓際に向かいながら言った。

 「そうとしか表現出来ないんだよ。それにな、俺は結構ロマンチストだ。間違いなく俺の人生を好転させてくれた女性だからな。それも、3人も出会えたのが俺の今までの人生で最も幸運な出来事と言っても良いくらいだ。

 ――菫は俺の考えを否定しなかった。むしろ肯定してくれたんだ。散々虐められてすっかり拗ねてた俺の攻撃的で、はっきり言って怒らない方が不思議に思えるような態度も“あんなことされちゃ当然だね”って流してくれた。その時たまたま遊びに来た零ちゃんもまた、同じだったんだ。――まあ枝織の場合はまだ小さかったから俺の苦しみなんてわかっちゃいなかっただろうけど、それでも懐いてくれてたからな。可愛い妹が出来たみたいで嬉しかった。今になって思えば、ラピスが影響してたのかもしれないな。

 単純なもんでさ、肯定された事を切っ掛けに俺は菫に惚れたんだ。ある種の一目惚れだな。
 それからは同年代で俺を肯定してくれた菫と零ちゃん、枝織を失いたく無くて、嫌われないように、それでいて惚れちまった菫の関心を引きたくて必死だった。だからその時ははっきり言って今まで虐めてた連中も眼中になかった。俺にはその3人しか見えていなかった。だから、気を引くために誰が見ても善行と言える行動を取って、気を引こうと思ってたんだ。

 10日くらい学校を休んで北辰さんに教えを請うて、余程の事が無い限り大丈夫と言えるだけの立ち回りを学んでから学校に戻った。今まで気が付かなかっただけで、菫と零ちゃんは隣のクラスにいたんだ。知り合ってからは俺の事も気にかけてくれるようになった。もしかしたら自分達に飛び火するかもしれないってリスクを承知の上で俺に接してくれた。
 そんな日常の中で俺は、菫が武術の技術が伸び悩んでいて、それを理由に――俺に比べれは軽いとはいえ――虐められてる事も知った。俺は良いところを見せたいと思って虐めてる奴の名前も調べてすぐにでも報復出来るように構えてた。問答無用で行動しなかったのは、菫が自分の代わりに報復を考えてた零ちゃんを止めてたからだ。女性の気を引くことに夢中だった当時の俺が、好き好んで嫌われる要因を作れるはずもなかったしな」

 自嘲気味に語る光輝の話を黙って聞きながら、アキトは光輝ではない、今は亡きアスマに思いをはせた。もしかしたら、光輝程ではないにしても苛められていたのだろうか。こいつに比べれば普通な性格だったとはいえ、異邦人には違いなかったのだから。

 「事態が一変したのはそれから間もなくだ。社会科見学の授業で採掘現場に行ったんだ。金属資源を産出する鉱山は、木星の生命線の1つだからな。そこで俺を虐めてた連中の主犯格が事故に巻き込まれたんだ。他の生徒は逃れたんだが、そいつだけ巻き込まれた。因果応報というか、運が悪いと言うか、床が崩れて天然の洞窟のどこかに落ち込んだんだ。
 俺はチャンスだと思った。ここであいつを救助して見せれば株が上がると。単純に考えたもんさ。

 俺は採掘現場に付きもののライト付きのメットを被ってロープと扱い方もよくわかって無い発破用の爆薬を持って中に飛び込んだ。はっきり言って怖かった。何であんな奴のために体張らなきゃいけないのか自分でわからなかった。大人に見つかったら連れ戻されちまうから見つからないように、それでいて大人たちよりも早く見つけなきゃならない。我ながら馬鹿な事をしたもんだよ」

 窓から遠くを眺めながら光輝は先程にも増して自嘲気味に言った。視線は窓の外を向いているが、その目に映っているのはきっと過去の光景なのだろう。

 「で、見つけたんだろ、大人よりも早く」

 アキトに振り返りながら光輝は答えた。

 「まあな。そこだけは運が良かったらしく、押し潰されていなかったのが幸いだったな。とはいえ右足を骨折してたし、俺が通ってきた道は狭くてとても連れて行けなかった。何しろガタイが良かったし片足で抜けられるような道じゃなかった。

 しかたないから持ってきた爆薬を使って無理やり横道を作ってそこから脱出した。当時の俺は小柄な方だったから連れて逃げるのは大変だったなぁ。爆発に巻き込まれないように注意しなきゃならなかったのもそうだが、耳を塞いで口開けるとか、衝撃波で耳をやられないように注意しなけれりゃならなかったのが一番辛かった。それでも数分は酷い耳鳴りに苦しむ羽目になったし。北辰さんに教えてもらって無かったら鼓膜を破ってたかもしれない。

 おまけに俺になんぞ助けて欲しくないとか何で助けに来たとか騒ぎやがるから見殺しにしてやろうかと本気で考えたがそれだとわざわざ苦労して来た甲斐もないから止めておいて、問答無用で黙らせるために、ついでに脱出した後で悪く言われないために格好付けてこう言ったんだ。
 “目の前で助けを求めてる人を助けるのに理由がいるのか?”ってな。そうしたら流石に黙り込んでくれたからな。静かになって集中出来たから何とか脱出に成功した。」

 「そりゃ、難儀だったな」

 「本当にな。何度か縦穴を登らなきゃいけなかったからさらに大変だった。流石に人1人背負って傾斜を登るのは特に。何度か滑り落ちかけて指の爪が捲れるわ、手の皮が剥けるわ、本当に何が悲しくてこんな奴を助けなきゃならないのか、何でこんな奴のために体張らなきゃならないのか、自問自答を続けてた。でも、体裁を繕うために自分で言った、“目の前で助けを求めてる人を助けるのに理由がいるのか?”っていう言葉がその回答をくれてる事に、道中で気が付いたんだ。

 そう、もしこれでこいつを見捨ててしまったら、もし憎しみ呑まれてこいつを死なせてしまったら、俺は――自分で否定した木星の正義を体現してしまうんじゃないかって、思ったんだ。
 まあ、冷静に考えれば俺が否定したのは身に覚えの無い他人から伝えられた憎しみを我が事のように思う事と、それを理由に全てを決めつけることだから、実際にはあいつを見殺しにしたところで俺の主張がねじ曲がるわけじゃなかったんだが。まあその時は疲労困憊で頭が回って無かったからなぁ。

 でも、助けて良かったと今は思ってる」

 清々しい表情の光輝にアキトは視線だけで先を促した。

 「無事に表に出た後、大人たちにこっ酷く怒られたよ。言葉と同時に平手も飛んで来た。流石に悪いのは俺だからおとなしく叩かれたけど、効いたな、あれ。疲労困憊だった事もあって1発で意識が飛んだよ。

 そのあと病院で意識を取り戻した後も酷かった。春樹は元より北辰さんにも怒られて、気を引きたかった菫にも“自分の命を大切にしない人は嫌い!!”ってヘソ曲げられて、零ちゃんにも“それで自分が死んだらどうするつもりだった!!”って遠慮無しの往復ビンタ喰らって――あのビンタは本当に良く利いた。体力が十分回復していたにも関わらず意識を持っていかれたからな。
 おまけに両手がしばらく使い物にならなかった。裂傷が酷くて包帯でぐるぐる巻きだったからな。

 ただ――」

 「ただ?」

 「ただ、俺が助けた奴はそれなりに恩を感じてくれたのか、直接礼を言いに来ただけじゃなくてその後俺の考えをちゃんと理解して周りに伝えてくれたんだ。以降虐めも激減したから過ごし易くなったし、今までの事があるとは言っても子供から見れば英雄的行動だったおかげもあって、逆に謝罪してから打ち解けて行った連中も多い。子供は単純で純粋だ。それ故に残酷で思慮が足らないが、その逆もまたしかりだ。

 それに、その一件がどうにもニュースにもなったらしくってな。春樹の手回しもあって俺個人に対する取材とかはなかったけど、助けた奴が要約すると「今まで考え方の違いから悪だと決めつけてたけど、実際には良い奴だった。今まで理解してやろうともせずに虐めて来た事を悪かったと思ってる」って、思いっきり電波に乗せて言ってくれたのさ。
 後は、過剰反応されないように、それでいて自分を通しながら生きて来た。そして色んな出来事を経て、今の俺と友人たちがいる。

 結局、人は自分の知ることでしか物事を図れない。だけど、完全な理解はそこに必要ない。理解しようと行動し、知って自らの血肉にするという行いによって人は成長していく。俺にとって周りの行動が偶然、本当に偶然だが良い方向に働いた。それだけさ。――運が良かったとしか言いようがない」

 「そう、か。運が良かったのか」

 「ああ、運が良かっただけなんだ。あのまま理解者を得られる機会が無かったら。自分の在り方を見失っていたら、俺はアキトの世界にいた春樹と同じか、それ以下の存在になってたかもしれない。自分しかない、自分こそが絶対の存在なのだと盲信するただの愚か者に。

 アキト程深刻なものではないが、一応は憎しみを乗り越えて自分を通した事は、俺の成長に繋がったと思ってる。乗り越えた先に俺が求めた幸せがあった事は間違いない。

 菫に恋した時、俺はお世辞にも幸せとは言えなかった。幸せになりたいと切望した。そのために、俺は菫を利用しようとしていたのかもしれない」

 「光輝……それは、違うんじゃないのか」

 あんまりな言い草にアキトは反論する。この男とはまだ出会ったばかりだが、菫を心から愛していることは傍から見ればわかる。それなのにそれを否定するようなことを言うなんて、と考えたのだ。

 「違わないさ。あの時の俺は自分の事しか考えてなかった。嫌われたくないって思ってたのも全ては自分のため。どうしようもなく矮小だった。俺は、自分以外な何も見ていなかった。自分さえ良ければそれでいい。そう考えているようなどうしようもない愚か者だった――天の道を外れていたんだ。

 ――だけど、変わった事もある。俺はささやかな幸せを手に入れる事が出来た。だから、俺は他人の幸せを考える余裕が出来た。そこまで来て初めて思い知らされた。人は決して1人では生きていけないし、生きていけたとしてもそこに本物の幸せは無い。
 人が本当の意味で幸せになりなりたければ最初にしなければならない事はまず愛する事だ。自分を愛し、他人を愛し、そして世界を愛する。俺は今も昔も自分が好きだ。

 俺は性格に難があると言われても文句は言えない。だから変えようと思った事が1度だけある。だけど理解した。人は結局自分以外の何物にもなれない。だからまず最初にすべきは自分を好きになる事。そして、自分を不幸にしないためには何が必要なのか考える事。幸せのために他人が必要なら他人を愛すること。他人を愛することで少しずつ、そして確実に世界を愛するようになっていけた。

 そう、世界が変わったんじゃない。知らない内に俺が変わったんだ。俺が変わったから世界も変わった。そういう積み重ねによって俺は俺の幸せを手に入れたんだ。性格が変わらなくても、ちょっと付き合い方を変える、ちょっと考え方を改める。それだけでいい。ただ我を張って他人を否定するだけでは何も変わらない。周りに変化を求めるだけじゃダメなんだ。火星の後継者の様にな。

 さっきの話を聞くだけだと周りが変わったと錯覚するかもしれないが、実際は違う。最初に行動したのは俺だったんだ。俺が変わろうとしたから、少しだけ世界が変わったんだ。

 ――これが、俺の言う天の道だ。自分自身のためじゃない、誰かのために、世界のために自分を変えていける。それが人の生きる道なんだ。だから俺は決めたんだ。天の道を往く、と」

 光輝の独白を聞いたアキトは苦笑しながら恐らくこの話題では最後になるだろう問いを投げかけた。

 「どうしてそこまで悟れたんだ? 俺なんて、お世辞にも自分の考えで行動してたとは言い難かったぞ。――ナデシコに乗ってた時は特にな。流されてばかりだった。どうしてあがなえたんだ?」

 光輝はその問いに殆ど間を置かずに答えた。

 「それはな、俺は俺自身を愛し、同時に誰かを愛してるからだ。俺自身を愛するが故に幸せを求め、その幸せに不可欠な誰かを愛し共に生きようとする。それがはっきりとわかったからこそ、俺は俺の生き方を見つけられたんだ。
 陳腐な表現だが、この一言で全ては語れる。

 そう、全ては愛のために。俺は愛の為に戦う」

 「確かに、陳腐だな」

 アキトはぐっと背を伸ばして椅子から腰を上げた。そのまま窓際の光輝の隣に並んで、

 「全ては愛のために。――良い言葉じゃないか。愛だって形あるもんじゃないし時として妄執になって見失いがちなもんだけど。それでも、正義だとか大義だと言うものよりは何倍も共感出来る。少なくとも俺は――な」

 「ああ。俺もそうだ。

 ――なあアキト」

 「何だよ?」

 「さっきも言った通り、人の感情はうつろい易い上に感情は時として理屈も素っ飛ばす恐ろしいものだ。俺だって、例外じゃない。逆に愛するが故に暴走することだって必ずあるはずだ。お前のように。

 ――だから」

 「だから?」

 「もしも俺が一時の感情に流されて自分を見失うような事があったら。アキトが止めてくれ」

 光輝は隣に立つアキトに真っ直ぐな視線で訴えた。

 「――例えば、菫ちゃんがお前を残して死んだりした時、とか?」

 アキトは表情を消して、その視線を真正面から受け止めて問うた。正直口に出すのは憚れる例えだが、光輝が感情に流されて暴走するとなると、一番確率が高い。最愛の女性の1人で人生の恩人としている人だ。何かあったら間違いなく光輝が狂うだろう。

 「嫌な例えだが、あり得ない事じゃない。正直その時が来てみなければ、どうなるのか全く見当がつかない。
 もしかしたら、悲しみに呑まれて他の愛する者たちの事が抜け落ちてしまうかもしれないし、復讐に走って自分を曲げてしまうかもしれない。そうなったら最後、止められるのは恐らくアキトだけだ」

 そう言われてアキトは視線を窓の外に向け、ぼやく様に、

 「どうして、俺じゃなきゃいけないんだよ」

 と問い返した。

 「アキトだけが、その時の俺の感情を一番理解し得るからだ」

 「――かもな。夢も希望も奪われて、危うくユリカまで失うところだった。あの時の絶望感は、筆舌し難いものがある。

 ――確かに、理解した上でその手の感情の暴走を阻止出来るのは俺くらいか。ユリカはその手の感情は理解しきれないだろうし、他の面子は――特にイレギュラー以外の知り合いは、きっと理屈や同情でしか慰められないだろうからな。

 ……本当は聞きたくないんだけど、手段は問わなくて良いんだな? 最悪、殺す事も」

 「ああ。俺が天の道を外れたなら、遠慮無くやってくれ」

 「……………わかった」

 アキトはそう返事をするのがやっとだった。願わくば、そのような日が来ない事を信じてもいない神にお願いしたかった。

 しかし、恐らくこれからの戦いの中でそれを望むのはあまりにも身勝手で、そして夢物語になるだろうことは想像に難くなかった。自分達から見れば絶対的な戦闘力を誇るあの宇宙戦艦ヤマトですら、その命と引き換えにすることでしか地球を救えなかったのだ。

 確かにそのヤマトの全てを引き継いだ。そして今は異次元からやってきたもう1つの宇宙戦艦ヤマトまでもが自分達に力を貸してくれる。しかし、そのヤマトですら多大な犠牲を払い、やはり自らの命を引き換えにして地球を救ったのだ。

 2つのヤマトが融合して生まれる第3の――新生宇宙戦艦ヤマトの力が如何程の物であっても、犠牲を払う事は絶対に避けられない。その犠牲の中に、光輝の、自分の宝物が巻き込まれない可能性もまた、皆無だ。

 2人の間に重い沈黙が流れたが、それを振り払う事は到底出来そうになかった。






 一方菫とラピスは一時滞在しているホテルから徒歩数分の位置にある仮設司令部にお盆を両手に持って歩いていた。

 「そう言えば、どうして菫お姉ちゃんはお兄ちゃんと結婚したの?」

 「どうしてって、恋愛関係になった男女の行きつく先じゃない。それが不自然?」

 「ん〜とね、どっちかって言うとよく惚れたね、ってところが疑問かな? あたしが言うのも何だけど正直付き合い易い人じゃないでしょ?」

 はっきりと言われて菫は苦笑するしかなかった。確かに、灰汁が強い人間である事は否定出来ないが。

 「まあ、接点が一番多い異性だったからね。確かに付き合い辛いところはあったし最初の頃はあまり好きじゃなかったけど、自分の筋は曲げない奴だったし、あたしがどれだけ無駄な努力を重ねても笑ったりしなかった数少ない人だったからね。

 あたしってどうしても格闘技の腕が全然伸びなくてね。強くなりたかったから必死になって続けたのに全然上達しなくて――。皆に笑われて、何時も零夜に庇われてた。正直悔しかった。そんな中かな、光輝が家に来たのって。
 あたしって恋愛には凄く疎いからさ、光輝にそんな目で見られてるのも最初はわからなかった。だけど光輝と零夜だけが辛抱強くあたしに付き合ってくれたんだ。文句も言わずに最後まで。零夜は幼馴染の親友だからだと思ったけど、どうして光輝まで付き合ってくれてたのか当時は全くわからなかったなぁ。
 てっきり居候の身だから付き合ってくれてるのかと思ったけど。

 で、あまりにも成果が無くて沈み込んでたら「格闘技に拘るのも結構だけど、他の事にも興味を示してみたら良いんじゃないか? 案外スランプ脱出のヒントが得られるかもしれない」って言われたから色々な事にチャレンジしてみる気になれたんだよね。零夜からも薦められたし。
 んで、光輝と一緒にお母さんに料理教わって、光輝は素質以前に料理する事が凄く気にいったらしくてお父さんにも協力して貰って武術の修業のと並行して料理の修業も始めて、ついでに零夜も巻き込んでメキメキと腕を上げて行ったんだよねぇ。あたしはまあ結婚して困らない程度の腕があれば良いと思って本格的な修業はしなかったんだけど、交際始めてからは案外あいつが口煩いんで問答無用で修業する羽目になっちゃった。
 それから裁縫とか洗濯とか一通りの家事を覚えて、武術以外には興味無かったからやって無かったんだけどスポーツを始めてみたら殆どの競技で割と優秀な成績を上げられてね、それで主に陸上競技を専攻してみたら一躍アイドルに。何でここまで極端に武術の才能が欠如してたのかはわからないけど、運動神経そのものは悪くなかったから。
 そしたら何時の間にか、劣等感無くなってた。

 まあその時にはあちこち成長始ってたから、男子連中は逆に口説きに来る始末だったし、女子連中は元々そんなことで嫌がらせなんて殆どしない連中だったから状況は改善されたんだけどね。元々光輝と違って嫌われてたわけじゃないし。――それ以前に光輝を本気で敵に回すような奴もいなくなってたけどね。光輝は敵には容赦しない性格だから、認める認めない以前に敵に回したら滅茶苦茶厄介だったから。あのやるなら徹底的にっていうスタンス、元からじゃなくて絶対にお父さんや春樹さんの影響だと思う。

 まあ、その後色々あって、ぶっちゃけ光輝のアプローチには全く気が付かないで3年くらいが過ぎて、その後零夜に話振られて何度か受け答えして行く内にああ、あたし光輝が異性として好きなんだなって意識するようになって。

 もしも零夜が意識させてくれなかったら、気がつかなかったろうなぁ」

 シミジミと語る菫にラピスは米神を引き攣らせながら、

 「――極めつけの鈍感だったんだね。逆にお兄ちゃんが可哀想かも……」

 「……うん、否定はしないよ。ともかく、その後ちゃんとした交際を始めて、つい1週間前に結婚に漕ぎ着けた」

 「じゃあこれから幸せ街道まっしぐらって所だったの? 新婚早々戦争に巻き込まれるなんて、災難だね」

 「――――まあ、幸せ街道まっしぐらってのは無かったと思うけどね。……大きな問題が残ってたし」

 顔を背けてぼそりと漏れた言葉を聞き逃したラピスはすぐに問い直したが、菫がそのことで口を開く事は結局無かった。

 (そう、あの問題が片付かない限りあたしも光輝も――零夜)






 その頃ヤマサキは腹を空かせながらヤマトの艦体とデータディスクとキットの忘れ形見の本格的な解析の下準備、ついでに戦闘で損傷したジェネシックとダブルエックスとGファルコンの整備と仕事が目白押し状態になっている。特にダブルエックスとGファルコンは被弾によって、ジェネシックは相手に付いていくために無理に振り回したため内部機構にもそれなりのダメージを負っている。要修理というレベルだ。とはいえ、機動兵器のような複雑かつ精密なメカニズムを戦闘のような酷使して当たり前の運用をすれば多少なりとも壊れるのは当たり前だ。

 パイロットの慣熟訓練不足かつダブルエックスとGファルコンはパイロットが未熟ときている。むしろこの程度の損傷で済んだのは戦闘技術と数で劣ったとは言え、根本的な機体性能で優位に立てていたからに他ならない。しかし、ジェネシックもそうだが基本的に未来の――それに未知の異星人の技術を組み込んで建造されたダブルエックスとGファルコンの修理と調整は並大抵の苦労ではない。何しろ、ノウハウが全くない上に構造すら把握していないのだ。まずは理解する事から始めない限り修理を開始する事すらままならない。ヤマサキが缶詰にされている理由としては最も大きなものだ。
 ヤマトは時間がかかるものと認識されているため後回しにすることに同意を得られたが、また異星人の戦力と遭遇した場合唯一対抗出来る戦力として何時でも使えるようにしておかなければならないと他ならぬヤマサキ自身が理解していた。乗るのは、大切な大切な友人達だ。整備不良などで死なせるわけにはいかない。

 おかげで天道一家の夕食の誘いを泣く泣く断る羽目になった。あまりにも仕事が山積みでしかも最長でも3年しか猶予が無い(これには人材の確保と訓練、さらにはガンダムとスーパーロボット以外の機動兵器戦力の確保にヤマトとナデシコの再建の時間も含まれる)となると、ある程度目処が立たない事には休む事すらままならない。
 最低でもヤマトの再建プランが固まってからでないと余裕をもった作業は出来ないだろう。

 誘いを受けた時は喜んだが部下から白い目で見られて断らざるを得なくなった。興味の無い連中が多かったためか、火星の後継者で活躍した科学者の殆どがこちらには来ていない。自分はハイパーゼクター(当時のハイパージャンパー)の行く末が気になったのと異星人との接触で新しい技術に触れられるかもしれないと思ったから付いてきたのだが、予想外としか言いようの無い新しい価値観と技術に触れられて――新しい価値観のせいで後悔や罪悪感に苛まれるようになってしまったが――結構楽しめている。今一緒に仕事をしているのもこっちの世界で新しく付いた部下だ。
 こっちの世界の自分もそれなりにあくどい研究をしていたが、メインが優人部隊の設立のためのジャンパー処理の研究であった事もあって多少の理解は得られた(=自国の利益が深く絡む)が、やはり同族にしか理解されなかった。とはいえ、自分のいた研究所に自分を人間的に避難する者などまずいなかったので快適と言えたが。

 それにしても――腹減った。

 「みんな、そろそろ食事にしない? 血糖値が下がったら能率ダウンだよ?」

 「――そうですね、そろそろ食事にしましょうか。何食います?」

 そう言って部屋の隅に置いてあったダンボール箱から戦闘糧食のパックを幾つか手にとって訪ねて来た。

 「――どうしようかなぁ。――正直どれもあんまり美味しくないし……」

 流石に光輝の作る飯の味を覚えてしまったら味など二の次、三の次の軍用食は喰えたもんじゃない。――ヤマトの食糧事情も長期的な無補給航海に備えて美味しい合成食料を作れるようにしておいた方が良いかもしれない。地球製の戦闘糧食は知らないが、木連製の物は幾らなんでも不味過ぎる。

 「贅沢言わんで下さい。木星に比べればマシですが、火星の食糧事情だって決して良いわけじゃないんですよ。見てびっくりしましたもの。それに、あんまり火星の人達の心証を悪くするような事はするなって念を押されまくってるんですし、しばらくは持ち込みの食糧で我慢するしかないですって。
 と言っても、ヤマサキ博士は本星に戻るか地球に移勤するかするでしょうから、しばらくの我慢で済みそうですね」

 嫌味ったらしく言う部下に苦笑いを返し、すっかり冷めたインスタントコーヒーを啜りながらヤマサキは今後何処で腰を据えて研究と勉学に励むかを真剣に考え始めた。
 
 正直に言えば地球が最適だろう。ハイパーゼクターある限り距離はさほど問題ではない。ジャマーの有効半径は案外広かったのでハイパーゼクター以外が実行するフリーのボソンジャンプは絶望的だ。
 このジャマーの存在やボソンジャンプの悪用(要するにアキトが行ったコロニーの襲撃や火星の後継者の行った重要施設への奇襲)等を考慮すると、ボソンジャンプはあくまで惑星間やスペースコロニー間の移動時間短縮――ヤマトのワープ航法のような扱いに絞った方が良いかもしれない。
 大陸間の移動に使用しても良いのだが、それをやると航空会社等移動手段を提供して成り立っている企業が倒産しかねない。失業者等の事を考えると、やはり広大な宇宙空間を行く術の1つに留めておいた方が良いかもしれない(将来的には変更もありえるだろうがすぐには無理だ)。

 ワープ航法の方が長距離――光年単位での移動に適しているというデータディスクの情報を信じるのなら(実際ハイパーゼクターでも木星から火星間のボソンジャンプで数百mの誤差を生じている)、太陽系内やコロニー間の様な移動距離が(比較的)短かったりワープでは移動が厳しい障害物の密集した宙域を挿む時の移動手段にボソンジャンプ。恒星間移動等ボソンジャンプでは大きな誤差が生じる(とデータに記されている)超長距離移動ではワープという住み分けるべきのようだ。
 ジャマーの技術が存在する以上、異星人がそういう装置を持っている可能性があると言うことだ。並行世界のようにボソンジャンプ戦術は実行困難だと草壁に進言しておこう。――不幸中の幸いは確定したゲート――跳躍門同士のラインをジャミングするのは難しいということだ。これなら基本的には同じ概念で動かしているライダーシステムは大丈夫なはず。とはいえ、フリーのジャンプは進化したハイパーゼクターでなければ文字通り不可能になってしまった。すでに自分の手を離れて進化したハイパーゼクターの内部構造にプログラムは手に負えない。量産は絶対に不可能な代物だから、除外すべきだろう。

 だが地球に行きたい一番の理由は最新の医療についてももう少し触れておきたいという点に尽きる。再生医療の完成のためには様々な知識が必要だ。――今となっては心苦しい限りだが、火星の後継者でA級ジャンパー達を弄くり倒してきた事が少なからずプラスに働いている。
 おかげで、不必要とも言えた人体の構造や耐久力に関してもデータが得られたからだ。あの過去を無駄にしないためにも、成果を残さなければ。技術の完成が罪滅ぼしになるとも思えないが――。
 木連で有効な医師免許は持ってる(そうでなければ木連の将来を担う優人部隊には関われなかった)が、今後の活動を考えると地球での医師免許も欲しいところだ。大学にでも通って勉強し直すのも良い。問題はクローン同様、宗教上や人道上の観点から見た場合の避難等をどう潜り抜けるかと、どうしても駄目な時の代替え手段の確保か。



 しかしながら今は飢えを満たす方が先だ。適当な戦闘糧食を選ぼうかとダンボール箱に手を入れようとした時に菫とラピスが訪れた。

 「こんばんわ! 差し入れでございまーす!」

 と元気のいい声で菫が料理の詰まったタッパーをじゃじゃんと見せつける。

 「おおっ!!」

 と明らかに研究者たちが沸いた。天道光輝――影護遊馬の料理の腕前は広く知られ(料理店紹介の雑誌に名前が載ったこともある)、その妻である菫も(小言は言われているが)その夫を失望させない程度の腕前を持っている事も知られている。

 よって、滅多に味わえない御馳走を頂けると判断したのである。やはり人間、不味い飯よりも美味い飯が食いたいものである。

 「う〜ん。こりゃヤマサキさんだけに上げるわけにはいかなくなったね。皆で平等に分けて食べてね!」

 「ありがたく頂きます!」

 「ありがとうございます天道さん! 美味しく頂きます!」

 と恭しくタッパーを受け取って手短な机を片付けて食卓を作る。

 「いや、ありがとね菫ちゃん。おかげで味気ない戦闘糧食だけの食事に光が見えたよ」

 「――不味いもんね、木連の戦闘糧食って。1度お父さんに食べさせてもらった事あったけど。泣きたくなるほど不味かったもんね」

 そう言われてヤマサキは大きく頷いた。

 「うんうん、本当に泣きたくなるよねぇ。いや本当に助かるよ」

 「――そんなに不味いの、それ?」

 ここまでそういう話をされると興味を惹かれる。

 「食べてみる? 今しがた開封したのがあるけど」

 とヤマサキの後ろにいた研究者がラピスの眼前に戦闘糧食を差し出す。丁寧に付属の箸も一緒に差し出す。

 「じゃあ、話のタネにちょっとだけ」

 恐る恐る箸を受け取って戦闘糧食の中から一番無難そうな――多分野菜の煮物に箸を伸ばす。

 ぱくり

 もぐもぐ

 うぐっ! しくしくしく……。

 ラピスは精神的にダメージを受けた。

 「ね、泣けるでしょ?」

 「――うん。この不味さは犯罪だね」

 菫から渡されたハンカチで溢れ出る涙を拭いつつ、手身近な紙コップを手に取って中に入っていたたいして美味くもないコーヒーを啜る。普段ならただ苦くて粉っぽいだけのインスタントコーヒーが非常に美味しく感じた。

 「それ、僕のコーヒー……」

 「げっ!?」

 ラピスが下品な声を出して紙コップから口を離す。その表情は何よりも雄弁に「抜かった、こんな野郎と間接キッスかよ?」と語っていた。

 「ああ、口付けた所は違うからセーフだよセーフ」

 とフォローになっていないようなフォローを試みる。ラピスの表情は一層険しくなっただけだが。まあ不味い飯を(自分からだが)口にした上にこの世で最も気に食わない男の飲み物に手をつけてしまったんだから、当然の反応と言える(光輝の警告を気に留めているからか、まだやさしいと言える反応に留めてはいるが)。

 「ヤマサキさん、機体の調子ってどんな感じですか?」

 「あ、うん。どの機体も要整備。整備無しで再出撃は止めておいた方が良いって状態。一言で済ませると小破ってところかな」

 先程まで目を通していたデータを思い浮かべながら菫に答える。「あ、そうそう」とヤマサキは続けた。

 「菫さん、さっきの戦闘で拡散グラビティブラストの設定間違えたままだったよ。あれは対機動兵器攻撃用じゃなくて対艦攻撃用の発射モードだよ」

 「え゛!? そうなの……」

 「うん」

 と頷いてヤマサキは手短なモニターにデータを表示する。

 「今設定されてるのは対艦攻撃用に拡散範囲を狭めて密集させて、単位面積当たりの破壊力を強化したバックショットモード。対機動兵器戦闘用のモードはバードショットモードって言って、拡散範囲を広げて広範囲を攻撃するための発射モードで、密度は大きく低下するけどその分敵に掠めさせやすい攻撃モードなんだ。散弾じゃない単発の射撃が出来ないからスラッグショットモードは無いみたいだけど。
 はっきり言ってバックショットモードであの敵に命中させるのって、光輝どころか経験豊富なアキト君の技術でも難しいと思うよ」

 「じゃあ、折角の散弾砲を有効活用せずに撃ってたってこと?」

 顔面蒼白になって聞き返す菫に(内心、心が痛みまくっていた。今までならありえなかったことだなと驚きも覚えながら)ヤマサキははっきりと頷いた。

 「そう。ミサイルが上手く使えないにしても、ちゃんとバードショットモードで発砲してたら最初の一撃も外さずに済んだと思うよ。撃破は出来なくてもダメージは与えられていたと――」

 思うと言い切る前に俯いてしまった菫の反応におどおどする。何分こういう人間的な感情や道徳心と向き合うようになったがつい最近なのでどうにも上手く立ち回れている自信がない。はっきり言えば責任感の強い彼女のことだから自分の不手際を責めてしまうんじゃないかと思っていたが、かと言ってどんな風にフォローすれば良いのかよくわからない。

 「ぶ、武器の扱いはまだまだだったけど、Gファルコンの機体制御と光輝やアキト君との連携は初心者とは到底思えないレベルだったよ! これならもう少し時間をかけて訓練すれば、大丈夫だと思う!」

 声が少し裏返りそうになったがヤマサキなりにフォローしようと頑張ってみた。始めての親友の妻というだけでなく、彼女自身が友人だ。泣き顔なんて見たくないし、そもそも自分が泣かせるなんて言語道断。とはいえ、どういう風な言い回しが良いのだろうか。表面的なやりとりならともかく、真剣に相手を想っての会話は経験に乏しい。

 ――本当にどうしたら良いのだろう。「光輝、ヘルプ!」と心の中で思わず叫んでしまった。

 「そっか。あたし、まだまだ駄目なんだな。――じゃあ、もっともっと頑張らないと。次があるなんて言ってられないしね」

 目尻に浮かべた涙を指で拭いながら笑みを作ってヤマサキに答えた。

 「北斗に頼ってばかりもいられないしね」

 《阿呆。機動兵器戦なんて、俺には逆立ちしたって出来るか! まあ、ライダーとか白兵戦なら何とかしてやれるけどよ》

 と、頭の中で北斗が声を掛けてくれた。普段は自身が男性ということもあってか、女性のプライバシーに立ち入るまいと半ば眠った状態にある。記憶や意志の疎通は案外簡単に済むしよほど強引にしない限り見られたくない記憶や思考を覗きあうこともないので起きていても良いと何度も言ったのだが、長年の習慣からか必要な時や自分か関係する事柄以外には干渉してこようとしない。嫌われているわけじゃないのが救いだがさびしいと言えばさびしい。

 「ああ、君の中にいるもう1つの人格のことだね。光輝から聞いてるよ。何でも白兵戦やらせたら自分と互角の才能があるって。

 ――でも滅多に出てこないから鈍り気味で詰めが甘いところがあるとも聞いたけど」

 「うっせえ!! 余計な事まで聞いてんじゃねえよ!」

 顔を真っ赤にして(恐らく羞恥から)いきなり豹変した菫――北斗が大声を上げる。一瞬にして入れ替わったことに驚きを覚えつつもヤマサキは最初に言うべきことを言った。円滑な人間関係を形成するためには絶対に必要と言える行動だ。

 「ああ、君が北斗君だね。知ってるとは思うけど自己紹介させてもらうよ。
 僕はヤマサキ・ヨシオ。科学者だよ。今のところは」

 「ああ、俺は北斗って呼ばれてる。こいつに憑依して一体化しちまった幽霊さ」

 「――僕は科学者だからオカルトの類は苦手なんだけど、良かったら話を聞かせて欲しいな。何か色んな意味で視野が広がりそうな予感がするし」

 「まあ良いけど……。夜、寝れなくなるぞ。幽霊なんてそこらじゅうにいるし、木連も結構悪霊が――」

 「やっぱりいいです、ごめんなさい」

 さらりと怖いことを口にした北斗に対してヤマサキは間髪入れずに頭を下げる。そんなコントをしている間にも他の連中が食事を進めていたので慌ててヤマサキも食事に飛びつく。このままだとクソ不味い戦闘糧食しか残らない。人間誰しも食欲にはそうそう勝てないものだ。







 アリサは放課後ルリとハリの事を追及しようとしているクラスメイト(とファンクラブの連中)から2人を逃がし、自室でゆったりと過ごしてから携帯を手にとってルリに電話をかけた。

 「ルリ、ちょっとお願いあるんだけどいいかな?」

 『……何ですか?』

 電話口から流れる声にはわずかだが険が含まれている。まだ少し根に持っているようだ。

 「ちょっとね、薬品が手に入らないかなって」

 『はあ?』

 突然そのような事を尋ねられてルリは困惑した。薬品なんて、一体に何に使うのだろうか。と言うか、わざわざ話を振って来るということは普通に手に入れるのは少々困難、もしくは一般人には決して入手出来ない薬品をご所望と言うところだろうか。ルリの推測は正しかった。アリサが口にした薬品は所謂劇薬に相当する非常に危険で入手の難しいものが含まれていたのだ。

 『そんな物、何に使うんです?』

 「ワームに対抗するための毒薬を作るのよ。――私の記憶に間違いがなければこれで殺せるはず。問題は、あいつらの表皮をブチ破って毒薬を体内に入れられるかってところね。――加速されても対抗しようがないけど、全く対抗手段が用意出来ないでいるよりは気が楽になるわ。
 なんだかね、ワームがもうすぐ傍にいるような気がしてならないのよ」

 堅い声で説明するアリサの様子にルリは内心溜息を吐いた。自分の知り合いで唯一ワームと言う脅威の存在を知り、常にその存在に気を割いている。街中で一緒に歩いていても気がつけば周りを窺っていた。本当の意味でリラックスしている時間があるのかどうかすら怪しいと思うことだってある。
 せめて、人のままでワームに対抗する手段があれば良いのだが。

 一方アリサもルリの沈黙からルリが今どんな事を考えているのかだいたい予想を立てていたが、生身の人間がワームに勝てるはずがない。生命力に関しては対物用途の火器があれば問題ない。だが、問題はクロックアップとアリサが呼んでいた高速行動能力だ。あの速度で動きまわられては遠距離ならともかく至近距離ではどうにもならない。何しろ秒速120m近い速度で動き回れるのだ。生身の人間の動体視力ではとても追い切れない。距離を置いているのなら話は別だが、これだけの速度となると遠距離からの狙撃も厳しい。ましては車と違って生物的な挙動がとれるのだ。しかも、加速性能が凄まじい。あっという間にトップスピードに乗ったかと思えばあっという間に静止状態になることも出来る。到底狙えるものじゃない。何しろ相手からすれば自分の時間が加速した感覚に近い。周りから見れば高速移動でも本人にすれば普通に動いているのと変わらないのだ。周りが遅くなっているように感じるだけで。

 同じ速度で動くことが出来ない限り、対抗は不可能だ。

 「とにかく、用意出来そう?」

 『ごめんアリサ。ワームの事情を両親に話さない限り、流石に都合がつく物じゃないよ……』

 「――そう、やっぱり難しいよね。――でも、ワームの事は出来れば大事にしたくないのよね。私の事も話さなきゃいけなくなるだろうし、そうでなくても人間社会に化け物が潜伏してるって知られたら、人間社会の基盤が叩き壊されかねないし」

 アリサの懸念はルリにもよくわかる。実際にはそうはなかなかいかないが、信頼関係無くして社会は成り立たない。確かに人間社会には闇は付いて回る。裏切りや嘘は横行しているし、相手を疑う姿勢も必要だ。
 しかし、ワームの存在が明らかになってしまうと個人レベルでまで、と言うより自分以外の全てを疑ってかからないといけなくなる。そうなると、家族友人知人と言った全てが“何時の間にかワームに入れ変わられているかもしれない”という恐怖に債悩まされる事になる。こんなことになったら、人間社会なんて到底維持出来ない。
 仮にアリサのような人間と同化して人間として暮らす事に意義を感じている、というか人間そのものになりたがっているワームは問題ない。――と思いがちだがそうでもない。そのような存在がいた、それだけでもとんでもない事態を生み出す。

 何せ姿形はおろか記憶も人格も完璧に継承してしまい、裏で殺意や悪意を醸成しているのがワームだ。完全に根絶したと発表したところで“何処かに生き残りがいるかもしれない”という恐怖は永久について回る。
 あまり好ましいとは言い難いが、ワームに関しては完全に国家レベルで情報を隠蔽してその都度対処して少しづつ数を減らしていくしかない。

 ワームに関しては存在を知られること自体が最大の武器と言える。対応する側も、秘密裏に処理していくことを要求される。厄介な遺産を残してくれた物だ。

 ルリやハリに話したのは殆ど衝動的なモノだった。本当の理解者を得たいという欲求がさせたものとも言える。

 『もう少し手軽に対策を立てられないの?』

 「う〜ん、心当たりはあるんだけど、正直言って時間稼ぎが出来るかどうかってレベルだから逃げに使える可能性がある程度ね。退治出来るわけじゃないから問題を先送りにする程度しか出来ないし。それに、ワームだって日々進化してる。より戦闘に適した形に、能力を得て。イタチゴッコが一番厄介なのよ」

 『つまりこちらが強くなればワームも合わせて成長する、と? 本当に厄介極まりないのね。――何か、あると良いよね、ワームに対抗する手段』

 言いながらルリが連想したのは天道光輝が使用したというマスクドライダーシステムだ。火力防御力、そしてクロックアップシステムの存在が何よりも大きい。相手の土俵で戦えるというのがライダーの強みになる。何とかして連絡を取れないだろうか。K.I.T.T.は取りついでくれそうにないから自力で頑張らなければならない。

 「そうね、私ももう少しワームの特性について熟考してみる。ごめんねルリ、夜遅くに」

 『ううん、気にしないで。友達じゃない』

 「うん、ありがとう」

 電話を切ってベッドに寝転がりながらアリサは改めてワームについて考えてみる。だがどんなに考えても人間が対抗出来るような存在じゃない。
 やっぱり、同等の能力を持つ存在でなければ――。

 「何かないのかな……せめて人の心を保ったままワームになるとか、強化服の類があれば何とかなるかもしれないけど」

 ふと思いついたのが、造っておきながら予想以上の能力を発揮したワームを恐れて異星人が自分たちの肉体をベースに開発したという超人計画の戦士だ。
 アリサと同化したワームは比較的後期に生まれたので話だけは聞いた事がある。とは言え詳細を知っているわけではなく噂レベルで聞いた事があるだけなので当てにするのは憚れる。実現したのか机上のプランで終わったのかすら定かではないからだ。

 「ま、無いもの強請りだよね。――自分の力でどうにかしなきゃ」

 どさっとベッドに横になりながら黄昏る。だからアリサは気がつかなかった。窓の外に、銀色と黒のツートンカラーの上下に角を持つカブトムシ――のような物体が様子を窺っている事に。





 一方でルリは何とかしてマスクドライダーシステムの所有者に連絡が取れないか考えていた。すでにニュースでは謎の艦隊の襲撃を受けて火星が陥落したという情報が流れている。火星の住民は恐らく全滅しただろうという痛ましい情報も流れている。まあ、事実は異なるのだが。

 どちらにせよ火星に直接連絡を取ることは難しい、通信網はズタズタだろうし仮に通信網が生きていたとしても普通の連絡手段では火星にリアルタイム通信は出来ない。もしも木星に引き返していたなら連絡は絶対に無理だ。
 しかし、アリサを少しでも安心させるためにライダーに関する確定情報が欲しい。出来る事なら直接対面させたい。

 ユリカなら、連絡を取れるかもしれないが。連絡しても大丈夫だろうか。いきなり失踪してしまって、心配させてしまったのだから怒ってるかもしれない。
 K.I.T.T.が正しければ、もうこの世界のユリカは自分が知っているユリカと同化しているだろうから、連絡を取っても問題はないと思う。だが、肝心の連絡手段がわからない。電話番号もメールアドレスも知らない。

 「どうしよう……。せめてユリカさんに連絡が取れれば解決の糸口が見えるかもしれないのに」

 ルリは泣きそうだった。アリサはワームが本格的に動き出した事までは知らない。ただ何時か動き出すだろうという推測の基に自分なりに対策を考えてはいるが個人レベルで対策出来る問題でないという壁にぶち当たっている。
 そんなところにいよいよ本格的に動き始めたという情報が聞こえたら、暴走しかねない。ちなみにユリカに連絡を取りたがったのは単純に火星にいるはずのアキトらに連絡を取るのはもはや現実的でなく、唯一自体を把握していてライダーに連絡を取れて地球にいるのがユリカだというだけだ。

 コンコンッ!

 と窓を叩く音がする。

 ――ここは2階であるし、ベランダの無い窓を叩いている。

 (ま、まさかとは思うけど壁に張り付いた変態さん?)

 念のために箒を片手にじりじりと窓に忍び寄り、そっと覗きこむ。何がいるのかはわからないが、今もなお窓を叩き続けている。

 ブゥゥゥッ――。

 と虫の羽音のような音を立てて真っ赤で成人男性の拳程の大きさもありそうな巨大なカブトムシ――のような物が飛んでいた。今もルリの目の前で窓を開けろと言わんばかりに「コンコンッ!」と窓を叩いている。よく見ると、胴体に封筒が張り付けられているのが見える。ピンクのハートマークシールで封をされている。
 ルリは訝しみながらも窓を開ける事にする。こんなにも小型の物体が宙を飛ぶなんて、はっきり言って現行の技術ではありえない。もっと進んだ技術が必要だ。となると――ユリカ達と関係のあるモノかもしれない。
 
 冷静に考えれば入れない方が良いに決まっているのだが、焦っていたルリは迷った末に招き入れるという選択を取った。結果として間違いではなかったのだが不用心と罵られても文句は言えまい。

 窓から入ってきた赤いカブトムシ型ロボットはルリの周りをクルクルと回った後机の上に静かに着地して沈黙した。
 ごくりっ。唾を飲み込んで恐る恐るカブトムシに手を伸ばして張り付けられていた封筒を手に取る。封筒を取るとカブトムシは羽を開いて飛翔し、ルリの傍らで滞空する。何と無く居心地が悪いが、封筒を裏返す見慣れた筆跡で“ルリちゃんへ ミスマル・ユリカより愛をこめて(ハートマーク)”等と書かれている。差出人を確認するや否や大急ぎで封を開いて中に入っていた可愛らしい便箋を取り出して開く。

 〈ルリちゃんへ

 ルリちゃん、この世界ではまだ知りあってないし、ボソンジャンプでそっちに行ってうっかり話しこんじゃったりしたら色々不味いから、会いに行けない代わりにカブトゼクターにお手紙を託します。

 ユリカは元気です。アキトも元気だし、アスマ――と同じ存在の天道光輝っていう弟も出来て、光輝が結婚してたから菫ちゃんって言う妹まで出来たんだよ! それにラピスも最後に会った時のルリちゃんと同じくらいの歳で、すっごく可愛いの! ルリちゃんの家族も増えたね! アキトも心配してたよ、ナデシコCとユーチャリスが火星で各坐しちゃってるから無事なのかって。無事だって伝えておいたから安心してね。良かったね、この世界では優しいご両親と一緒で。でも、ルリちゃんを引き取れないのは残念だなぁ。でもでも、あたしたち家族も同然の関係だよね!
 調べるのに使ったアイテムは、ハイパーゼクターって言ってね。ボソンジャンプのナビゲートシステムとしては最高の品なんだよ。この子のおかげでルリちゃんのこともすぐにわかったんだ。無事で本当によかった。

 あ、そうそう。そのカブトムシはカブトゼクターって言って、マスクドライダーシステムって言う強化服の中枢なんだよ。それを使うとね、光輝は仮面ライダーカブトに変身するんだよ! まるで特撮のヒーローみたいだよね! ハイパーゼクターもマスクドライダーシステムの一部なんだよ。変身した光輝って本当にかっこいいんだよ! あ〜あ。アキトも変身しないかなぁ〜、なんてね。

 電話番号とメールアドレスを書いておくから、何時でも気軽に連絡してね。その時出れなくてもちゃんと時間を見つけて返事するから。
 
 ユリカより愛をこめて〉

 文面を見て、ルリは目頭が熱くなった。彼女の時間で3年も音沙汰無しの親不孝をしたと言うのに、全く気にせずに心配してくれていたなんて。それに何と良いタイミングでメッセージを届けてくれたことか。恐らく事前に自分のジャンプアウト時期を調べていたのだろうが、嬉しくて嬉しくて声にならない。
 ルリは早速携帯電話を手にとってナンバーをプッシュする。時刻は午後9時54分。少々遅いがすぐにでも連絡を取らなければ。
 それに、手紙を読んでしまった今となってはもう我慢出来ない。声が聞きたい。元気一杯のユリカの声を聞きたい。一杯お喋りしたい。そんな欲求に突き動かされるまま、通話ボタンを押した。

 1コール、2コール、3コール目で繋がった。

 『はい、もしもし』

 受話器から流れてくるユリカの声にルリは固まった。テレビ電話なんて当たり前の時代だから、モニターには在りし日のユリカの姿が映し出されている。

 『もしもし? ――ルリちゃん?』

 「――はい、ユリカさん」

 言葉が詰まって全然話せない。一杯話したい事があるのに、全然出てこない。目頭もまた熱くなってくる。そんなルリの様子などお構いなしと言わんばかりにユリカが口を開く。

 『わぁ! ルリちゃんだルリちゃんだルリちゃんルリちゃんだルリちゃんだルリちゃんだ! カブトゼクターはしっかりお仕事してくれたんだ!』

 「はい。見慣れてみると、結構かわいい子ですね」

 カブトゼクターはくるくると回転を繰り返しながら相も変わらずルリの周りを飛んでいる。それにしても、初っ端から名前連呼とは。相変わらずで安心通り越して嬉しさがこみ上げてくる。演算ユニットから分離した後、アキトの事を告げて時に見せたあの憔悴しきった姿。両手で顔を覆って啜り泣き、似つかわしくない呪詛の言葉まで漏らしていた。アキトを受け入れた時だってかつての輝きを取り戻してはいなかった。多くを言わずただただ優しく夫を受け入れ生涯支えていくことを再度誓ったあの時と比べてどうだ。彼女は本来の輝きを取り戻しているではないか!
 心の底から嬉しさがこみ上げて来て言葉が詰まりそうになる。だけど、ちゃんと言わなくてはならない。

 「あの――」

 『ん?』

 「その、心配おかけしてごめんなさい。3年も、連絡を入れないで」

 『え、良いよ良いよ。だって連絡しようにも出来ない状況だったんだし。それに――』

 「それに?」

 『信じてたから。何時かまた会えるって』

 「ユリカさん……」

 涙が再び溢れ出してきたが、今は再会の喜びに浸りきるわけにもいかなかった。ユリカも今度は気を利かせてか、ルリが口を開くまで微笑みを浮かべて待ってくれている。

 「あの、天道光輝さんに連絡を取れませんか? マスクドライダーシステムの力が必要になるかもしれないんです」

 『ライダーが? 何かあったの、わ――化け物が出たとか?』

 「はい。ワームとか言う生物兵器が地球上にもいるみたいなんです」

 『え!? 何でルリちゃんがワームの事知ってるの!?』

 「その――」

 言い淀んだが、話さないわけにはいかない。それに、ユリカになら話しても問題無いだろう。そういう類の偏見とは無縁の人間なのは良くわかってる。他ならぬルリ自身への対応にも見て取れる。

 (アリサ、ごめんね。勝手に話しちゃって)

 「実は、私の友人にワームと融合した子がいるんです。その子が地球にもかなりの数のワームが潜んでいて、そろそろ動き出しそうって警戒してるんです。それに、自分がワームと融合していることを気にしていて」

 『そうなんだ……。ルリちゃん、残念だけどもうワームは動き出してるよ。木連と火星で光輝と光輝の奥さんの菫ちゃんが、ライダーとして交戦してる』

 ユリカの返事にルリは驚いたふりをした。何故ならこの会話の流れだと知っているはずの無い事だからだ。普通なら。

 『一応データには目を通してみたけど、確かにライダーじゃないと戦いにくいみたいね。こっちで連絡を取ってみるからあまり無茶しないでね。
 え〜と、光輝の顔なんてわからないよね?』

 「はい……あの、アスマさんと同一人物なんですか?」

 本当はワームの事を含めてK.I.T.T.から聞いているのだが、K.I.T.T.が自ら接触を断っている事を考えるとK.I.T.T.から仕入れた情報は極力使わない方が良いだろう。ライダーの事をユリカが触れてくれていて本当に助かった。

 『うん。だけど、似てる程度かな。はっきり言って性格が大分違うし身長も光輝の方が高いし、多分強さも桁違い。身のこなしが全然違ってたから』

 ユリカの答えを聞いてルリは少し気が楽になった。性格が違うと言うのは気になるが、強いにこしたことは無い。間違っても俺様系は嫌だなあと冗談半分で思った。絶対につき合い難いに決まっている(実際には結構俺様系)。
 一方でユリカはその光輝も敗北したワームがいるということを伝えるべきか悩んでいた。しかしわざわざ不安がらせることもないだろう。事実あのワーム以外には敗北どころか圧勝しているのだから。

 「それじゃあ、出来るだけ早く連絡を下さい。お願いします、親友の人生がかかってるんです!」

 ルリの剣幕に押されながらもユリカは快く承諾した。娘同然のルリの頼みだ、断るはずもない。

 「後、ナデシコCの乗組員について、わかった事があったら教えてください……。私、ナデシコCの艦長だから……乗組員の命を預かってた、責任者だから――」

 携帯を握る手に力が籠る。無事だと言う話は聞いた。だがもしかしたらK.I.T.T.が騙しているのかもしれない。落ち込ませないために嘘をついたのかもしれない。それに、K.I.T.T.の事を黙っておく以上聞かないわけにはいかない。不自然過ぎる。
 とはいえユリカの口から聞いておきたかったのも事実だ。艦長としての自分にとって目標とすべき存在は、ユリカだったから。

 『……ごめんねルリちゃん、まだよくわかってないの。ただ、調査した人達によるとクルーの遺体は見つかって無いってことだけ。
 オモイカネの事も、良くわかってないの。メインどころか補助電力も完全に落ちちゃっててそう簡単には調べられないみたい』

 ユリカの返事は芳しいものではなかった。遺体が見つからなかったと言って生存しているとは限らないのがボソンジャンプの恐ろしいところだ。ましてや、ナデシコCの乗組員でジャンパー処理を施されていたのは自分を除けばハーリーと三郎太他少数だけだ。

 『え、何ハイパーゼクター?
 ――ルリちゃん、今ハイパーゼクターが教えてくれたよ! キットが――ええとルリちゃんは知ってると思うけど、あの縮小版オモイカネ級AIの事なんだけど』

 「ええ、知ってます。本当に初期段階だけですけど、開発に協力してますから」

 『そのキットはね、あたしの代わりに演算ユニットに自分から同化してね、ボソンジャンプのコントロールをやってくれてるの。
 具体的な内容はまた今度教えるね。
 ともかく、そのキットからメッセージがハイパーゼクターに今入ったの。それによると、あたし達が元々暮らしていた世界にも限定的に干渉して、あのイレギュラージャンプに少しだけ手を加えてくれたみたい! みんな無事だって! この世界には来てないけど、元の世界で元気に暮らしてるって! よかったねルリちゃん!』

 ユリカが喜びの声を上げるがルリとしてはそう簡単には納得出来ない。

 「そのハイパーゼクターってそんなに信用出来るんですか?」

 『えーとね。――あんまり言いたくないんだけど、ハイパーゼクターって人間翻訳機にされたあたしの分身に相当するんだって』

 「ぶん、しん?」

 『うん。だから、演算ユニットにあたしをくっつけてA級以外の人のイメージを伝達するっていうのが火星の後継者の研究の一応の最終段階だったんだけど、その後叩き潰されちゃったでしょ。だからその時の研究データを基に、手元に無い演算ユニットに正確な情報伝達を行うためのツールとして開発されたのが、ハイパーゼクター。

 実際の性能ってかなり未知数で、今回あたしと草壁さん達がこの世界に来れたのも、その、ハイパーゼクターとあたしの組み合わせあってのことらしくて。何でも、演算ユニットを直接管理するのに比べたら自由度は低いんだけど、入力そのものは演算ユニットへの直接入力とほとんど同じ精度で跳べるんだって。

 あまりにも物騒だから使用出来る人はともかく、その全能力を行使する権限を持つのはハイパーゼクターが認めた、もしくは管理者権限から入力された正式な所有者だけっていう制約があるの。光輝が1号機の所有者で、今はあたしが2号機の所有者なの』

 「そうなんですか」

 ルリはユリカの説明を聞きながら2つだけ気になったところがある。問い質しておいた方が良い気がする。

 「どうして、ユリカさんが必要だったんですか? ハイパーゼクターの力があれば、A級ジャンパーは必要ないのですよね? それってハイパーゼクターの能力がそれほど凄くないってことじゃないですか?」

 『それは――』

 ユリカは言葉に詰まった。まだ、アキトにすら話していないのだが、この問いに答えるためにはテンカワ・ユリカ艦長から聞かされた事について触れなければならない。
 しかし、ハイパーゼクターの能力を疑われたままだとナデシコCの乗組員についての情報も信憑性が大きく損なわれるのもまた事実。話しておかなければならないだろう。

 『あたしね、演算ユニットに組み込まれた影響でね。自覚は無いんだけど、時間移動と次元移動を含めたボソンジャンプの完全な実行が可能になってるの』

 「完全な実行が?」

 『うん。要は、時間移動とか次元移動が任意に出来ない理由って、演算ユニット側のセーフティーとかじゃなくて、その情報を正確に入力出来ない事にあるんだって。

 だけど、あたしは組み込まれた後遺症で遺跡にどんな風に入力したら良いかがわかってるらしくって。自覚無いんだけど自分の意思で実行するボソンジャンプに限っては問題無く出来ちゃうみたい。だけど、今はキットがA級ジャンパーのイメージ入力を完全に拒否してくれている事と、ハイパーゼクター自身が人類にとって毒になるかもしれないボソンジャンプのナビゲートは拒否してくれるから、どうにでもなるみたいなんだけどね。

 で質問の答えなんだけど、まだ完成したばかりのハイパーゼクターの完全な動作と、あたしの異常性を予測したヤマサキさんがより確実なジャンプを実行するためにあたしを必要としていたってだけよ。だから、今のハイパーゼクターはジャンプ入力のコツを完全に掴んで当初の予定よりも遥かに優れた存在に進化してるみたい。そんでもって、キットが事情があってハイパーゼクターに移植された時に自我に目覚めたらしくて、それが、さっき話した人類を思ってのナビゲートとに繋がるの。
 これに関しては長くなりそうだから、今度会った時に話すね』

 「……わかりました。ごめんなさい、言いにくい事を言わせてしまって」

 『ううん。いいの。ルリちゃんに話して、少し楽になったから。えへへ、まだアキトにも伝えてないんだよ、ナビゲート能力の事』

 「そうなんですか? 嬉しいなあ、ユリカさんに信用されてると思うと」

 とは言うものの、実際には自分を信用させるために話さざるを得なかったのだ。だが、信用されていなかったら話してくれなかったと思う。その気になれば人間社会を根底から揺るがす事可能な悪魔のような存在だということを告白するのは、並大抵の信頼関係では出来ないだろう。
 それだけ、ユリカに信頼されていると思うと嬉しくてたまらないのは事実だ。他人が何と言おうと、ユリカは家族だ。今だって母親同然に思っている。社会での立場なんて関係ない。これは、心の問題だ。

 『そうだね。アキトのけ者にしちゃったね』

 電話の向こうでユリカも笑っていた。ユリカの対応にルリも笑う。重苦しい話題ははっきり言って好きじゃない。

 『光輝にはあたしから伝えておくから、ルリちゃん、ワームを見てもすぐに逃げてね』

 「はい」

 『それじゃあ、おやすみルリちゃん。今度はちゃんと会おうね』

 「はい。おやすみなさい、ユリカさん」

 電話を切ってルリは天井を仰いだ。打つべき手は打った。後はもう待つしかない。それにしても――

 「ユリカさん、早く会いたいな」

 近くにあったアミューズメント景品のデフォルメされたカピバラのぬいぐるみ(取ったのはハリ)を抱きしめながらルリは期待に胸を躍らせていた。もうすぐ、身近な問題に片がつく。これからの事を考えると決して楽観視出来ないが、それでも悩みを共感出来る仲間に恵まれているのとではかなり違う。

 「そうだ、ハーリー君にも教えてあげなきゃ!」

 ルリはもう1度携帯を手にとってハリに今の出来事を報告することにした。そう言えばカブトゼクターの姿が見えない。もしかしなくても最初から障害物など関係無いのかもしれない。ただ、こっちの心情を考えてわざわざ窓を叩くと言うアクションをしたのだろうか。――妙に愛嬌があって好きかも。とルリは思った。



 一方でユリカは電話を終えてからすぐに便箋を取り出してルリに聞いた事をすぐに書き留めて再び呼び出したカブトゼクターに括りつける。さっき来てくれたので冗談混じりにで「カブトゼクター」と声に出して呼んでみたらあっさりとカブトゼクターがやってきたというオチだ。案外カブトゼクターに気に入られたのかもしれない。

 「よろしくねカブトゼクター。一刻も早く光輝に伝えて」

 角に手紙を結びつけられたカブトゼクターは頷く代わりに宙返りを1つしてから消えた。しかし、完成して間もないはずだが何故かハイパーゼクターよりも愛嬌がある気がするのは気のせいだろうか。

 「あとは、光輝と菫ちゃん次第か……。ワームの数が増えていくとしたら、ライダー2人で大丈夫かな?」

 はあ、と溜息1つ吐いてベッドに倒れこむ。ちょうど良いタイミングでルームメイトが帰ってきた。

 「あれ、ユリカちゃんどうしたの?」

 「ん〜、何でも無い」

 「そう? 休日はどうだったの、朝からずっと出てたんでしょ?」

 「最高だったよ。色々と、ね」

 と、ルームメイトに微笑む。そしてベッドから起き上がって自分の机の引き出しを開ける。そして中からありふれた宝石箱を取り出した。蓋を開けると中に入っていたのは直径3cm程の大きさをした透明度の高い真紅の宝玉が埋め込まれたペンダントだ。取り出して、電灯に透かしてその美しさを愛でる。

 「また? 毎日のように見てるけど飽きないの?」

 「そうだよ。えへへ、将来の旦那さまから貰った宝物! 1日3回は見ないと落ち着かなくて」

 ベッドに仰向けに転がって頭上にかざす。

 「はいはい御馳走さま。にしてもホントに綺麗ねぇ〜、この宝石。ねえ、これって火星に行けば手に入るの?」

 興味津々とルームメイトが尋ねると、ユリカは首を横に振った。

 「ううん。これしか見つかってないよ。調べてみたけど地球の宝石店でも鉱物展でも見なかったよ。ルビーとはまた違う色合いなんだよねぇ〜」

 手の中でペンダントを弄びながらユリカは答える。蛍光灯の明かりに照らされて神々しく輝く石ににっこりと笑いかける。玉をそのままペンダントヘッドに埋め込んでいるので蛍光灯の明かりが透けて、温かく柔らかな輝きを湛え、空から地上を照らす太陽の恵みを連想させる。優しい輝きだった。

 「う〜ん、あたしも欲しいなぁ。それに、何か不思議だね。見てるだけで元気が出てくるって言うか――」

 「う〜ん、確かにこの石を持ってると凄く気分が良くなる、って言うか、体の調子が良くなるかな? 風邪引いた時もこの石を握ってるとすぐに良くなるんだよねぇ。おかげでここ10年ばかり病気とは無縁だし、割と怪我も早く治るようになったかなぁ」

 不思議だねぇ、と両手でそっと石を握りしめて思い出に耽る。不思議と石が輝きを増したようにも感じたが、気のせいだろう。
 この石に触れる度に鮮明に思い出す。地球に引っ越すことになって無くなくアキトと別れた10年前。空港で別れる時にアキトがぶっきらぼうに差し出したこの石。工事現場で見つけたと言っていた。

 「きっとまた会えるって。――その、約束の印」

 その言葉と共に差し出された真紅の宝玉は今もまったく色褪せること無く――いや、さらに輝きを増してこの手にある。1度たりとも手放した事が無い。幼い頃は毎晩握りしめて寝ていたし風呂に持ち込んで磨いたり学校に行く時にこっそり荷物に紛れ込ませたりと殆ど手放さずに持ち歩いている。最近でも外出する時は必ず持ち歩いている。無くしたら困るものであるにも拘らず止められなかった。しまい込んだままにしてしまうのがどうしても耐えられなかったのだ。石のままでは持ち運びに不便だからと宝石店に加工を頼んだがどうしても加工出来ず(ダイヤモンドカッターでもかすり傷1つ付かなかったとか)、そのままの形でアクセサリーに埋め込むという方法を選ぶしかなかったのだ。
 この石が、自分とアキトを繋ぐ唯一の物と信じて疑わなかったから。並行世界の自分と融合してからもその想いはまったく薄れず今に至る。

 ユリカは思う。火星の後継者の元から救われた後の事を。1度は世界を呪った。大切な夫の夢を奪い去り、あのような行いに走らせた世界を。正直なところ、会ってみるまで受け止めてあげられる自信は全く無かった。それでも会いたかった。そして会った。もう何も考えられなかった。一目見た瞬間からわかった。夫は、アキトは、苦しんでいた。気が付いたらまだ自由に動かない体を動かしてそっと抱きしめていた。そして、気が付いたら全てを受け入れていた。
 後はただ、アキトの告白を静かに受け止めて一緒に人生を歩み直していこう誓い合ったのだ。

 だからユリカは自分自身に誓った。強くなると。ボロボロになったアキトを支え、共に生きるためにも。心身ともに強くなると誓った。アキトとルリが消えてから何度も修羅場を経験した。それでも成長出来たのかと問われれば首を傾げてしまう。ただ、強くなる代償として自分らしさを失ってしまう事だけは嫌だった。それはアキトも望んでいないと確信していたから。今日会ってそれをより一層強く実感した。強くなりたいと言う願いも強くなった。

 もう護られてばかりの自分じゃない、今度はあたしがアキトを護る。その気持ちに呼応するかのように、紅の宝玉がその輝きを増した気がする。





 不味い戦闘糧食と美味い菫の手料理とのギャップは凄まじかったが、それでも上手い料理を口に出来てそれなりに満足して食事を終えた研究員達は一服してから自分の仕事に戻って行った。対してヤマサキはガンダムとジェネシックについて話したいことがあったので天童夫妻の宿泊先を訪れていた(アキトとラピスは自宅がある)。ちなみにユリナはヤマサキに仕事を押し付けられて居残りである。彼女としてもキットの忘れ形見と言える資料の整理とガンダムの整備に全力を注ぎたかっていたので願ったり叶ったりだったと言える。

 「え〜と、まずは機体の整備状況だけど――流石にまだまだ整備っていう段階じゃないね。少しづつ構造を理解して技術を把握している最中。ただこのままだと困るだろうから明日から本格的に作業を始めて、効率を犠牲にして確実に間違えが無いように整備していく方針だ。
 何しろ18年以上技術が進んだ本体に、小型波動エンジンと波動エネルギー絡みの未知の領域が待ってるから慎重になるのに越したことが無いからね。具体的には言えないけど数日かけてやっていくつもりだよ」

 「まあ、そうだろうな。ストレリチア程わかり易くないだろうからな。堅実が一番か」

 と光輝が頷き、

 「まあ、いくらマッドサイエンティストでも知らないんじゃしょうがないよね」

 とラピスが毒を吐き、

 「俺も勝手が違ったから結構乱暴に振り回しちまったし、手間かけさせるな。――これでスペアパーツを組み上げてあいつを移植するとなると、また手間が増えるな」

 とアキトが神妙に頷き、

 「アキトさんはまだ良いよ、あたしはもろに被弾してプレートスラスターふっ飛ばしちゃったし。派手に壊したのってあたしだけなんだけど……」

 と菫が落ち込む。

 4者それぞれが異なった反応を示す中ヤマサキは現在までにわかっている範囲で解析されたデータをウィンドウで投影しながら説明する。

 「まずツインサテライトキャノンについて。これが波動エネルギーを発砲する大砲だってことはもう知ってるはずだけど、波動エネルギーによる破壊作用とかがどうなのか、とか細かな仕様がわかったから伝えるね」

 「わかった、メモの用意をするから少し時間をくれ」

 と光輝がメモ用紙とペンを近くの棚から取り出して構え、視線で先を促す。

 「まず波動砲の動作について説明するね。

 波動砲は通常――つまり艦船用のものは――チェンバーに蓄積したタキオン粒子を圧縮してから圧縮ボルトで遊底を押し込んで発射口からタキオン波動バースト流という形で開放し、その反動でエキストラクターを動かしてボルトを元の位置に押し返すって言うのが一連の流れ。

 それに対してツインサテライトはチェンバーにオーバードライヴさせた波動エンジンから大量のタキオン粒子を強制注入して押し出すっていうシステムで発砲してるんだ。で、2門の砲口から解放されたタキオン粒子は前方に展開されるタキオンフィールドで合成されて1門になって飛んでいくわけ。

 ただ、この発射システムだと圧縮ボルトで撃ち出すのに比べて波動エネルギーのロスが馬鹿みたいに多いんだよね。押し出し自体に無駄があって効率悪いし、押し出しに使った波動エネルギーもそのまま砲口からダダ漏れだから、1発撃ったらエンジンのエネルギーもごっそり持ってかれて出力大幅にダウン、で定格出力に戻るのに最短でも1分はかかる。

 この間は冷却も並行して行われるけど最低出力の90%の射撃で5分かかるし、この間は発射体形を解除出来ないから腕の動きがさらに制限されるし干渉があってミサイルも使えない。出力低下の影響もあるから機動力も落ち込むしそもそも武装が使いにくくなるし。最高出力の120%射撃の場合冷却に7分もかかるからその間の近接戦闘能力の低下とかかなり大きそうだね。考えて撃たないと攻撃は成功してもガンダムがタコ殴りにされるかもしれない。

 おまけにエネルギーロスが多い発射システムだから同じ出力でぶっ放した場合の艦船用波動砲と比較すると威力も有効射程は50%以下に低下してるからねえ……。艦船用のよりも粒子の拡散が早い事早い事」

 あれで本来の50%以下かよ。実際にサテライトキャノンの威力を目の当たりにした4人は心の中で突っ込みを入れる。威力も有効射程距離もそこまでの減衰がかかっていようとは。だとすれば波動砲という兵器の非常識さが想像出来るというものだ。とはいえ、あまりにも強力過ぎて逆に想像しにくいのだが……。

 「それと、破壊原理として主軸になるのがタキオン粒子の作用による時空間破壊によるものだってこともわかった。タキオン粒子を触媒にしているって言うだけでグラビティブラストと似たような破壊作用を示すってことだね。ただし、グラビティブラストとは比較出来ないほど強力な破壊作用をもたらす。直撃したらまず普通の物体じゃ持ち堪えられない。何しろ静水圧平衡を保てるだけの質量を持った天体(要は球体になっている天体)を消滅させるだけの威力があるんだから。仮に波動エンジン出力で全力のグラビティブラストを撃ったところでこれほどの破壊力は得られない。

 欠点と言えば、機動兵器程度の装置で使えるエネルギー出力、例えばアクエリアス・ヤマトに採用されていたショックカノンみたいな通常兵器としてのレベルで使用する場合は、カプセルみたいなものに封入して安定させてやらないといけないんだ。どうにも一般的に使われてるビーム兵器程度の出力だと波動エネルギーが安定しないってデータが同封されてた。だから、カプセルに入れて安定させないと使い物にならない。どちらのヤマトも波動エネルギーを直接撃ち出す主砲を使ってなかったのもこれが理由みたいだ。

 実際ツインサテライトキャノンだって波動エネルギーを安定させて発砲するためにあれだけの出力になってるんだから。

 機動兵器の出力って言われると小さい出力だと思うけど、その出力に達するために必要なタキオン粒子の量って物凄く膨大なんだ。なにしろ小型波動エンジン1基でYユニット付きのナデシコと同等の出力で、エネルギー効率と装置の耐久力の問題で減小してるとは言え、総エネルギー量だけなら90%サテライトキャノンでもYナデシコ4隻分の出力があるんだし。
 ――しかもこれが安定して波動エネルギーを撃ち出せる最低限の出力。これってヤマトの波動エンジン出力の40%に匹敵する。しかも、1門で。つまり波動エネルギー砲を実現したとしても、波動モノポールでも常用出来ないくらい燃費が悪い。ここまできたら素直に波動砲で全エネルギーを投入して使用した方が効率面から考えて絶対に良いよ。発射システムもやっぱり現行以下の大きさにすると安定度が低下して威力と射程が犠牲になる。サテライトキャノンが立証してくれてる通り。



 それともう1つ。タキオン粒子バースト流って見方を変えると光学兵器――粒子ビーム兵器に限りなく近い性質を持つから熱エネルギーによる破壊作用も持ってるってデータが残ってる。粒子ビーム兵器に特化したバリアには防がれる可能性が高いね。実際ヤマトにデータだけ残ってた空間磁力メッキとか言うので反射までされてるみたいだし。
 ディストーションフィールドの場合は、性質的に波動エネルギーによる空間歪曲作用を防ぐことが出来ないから問題ないんだけど。

 以上の点から粒子ビームにグラビティブラストの性質を加えたものと判断するか、グラビティブラストに粒子ビームの性質を加えたものと判断するかは微妙なところだけどね。僕個人の考えとしては前者かな。理屈はまだよくわからないけどタキオン波動バースト流って熱エネルギーも持ってるみたいだし。しかも出力相応だからこれだけでも戦艦なんてあっという間に蒸発するくらい。

 時空間歪曲作用はある程度広がるけど、撃ち出されたタキオン粒子バースト流は絶対に追い越さない。これは時空間歪曲作用が生じる速度よりも圧倒的にタキオン粒子バースト流の方が速いから。ただしタキオン粒子バースト流は当然ながらタキオン粒子のみの奔流で歪曲した時空間は内包していない。だから作用する前にタキオン粒子を何らかの手段で逸らしたり反射したりすると波動砲は無力化される。
 そうでないと、空間磁力メッキみたいな防御手段は考案されないと思う。あれって光学兵器には滅法強いけど重力波兵器みたいな純粋な歪曲空間や熱エネルギーそのものを逸らすことは出来ないみたいだから」

 「なるほどな。波動砲はグラビティブラストと粒子ビーム兵器の融合体、か。絶対的とは言えないがかなり強力な武器だってことはわかった。

 ――そして、引き金を任せられた俺の責任が重大だってこともな」

 びっしりと文字を書きこまれたメモ帳を1回ペンで叩いて光輝が頷くとヤマサキも頷き返して続けた。光輝の表情は話を聞く前と比べて幾分引き締まっていた。

 「それと、ツインドライヴを完全駆動させるために必要なコンピューターがどうも同封されていなかったみたいだから、しばらくの間はテストも出来やしないよ。何で一緒に送ってくれなかったのか理解に苦しむね。ただ、小型波動エンジンの基礎理論はキットのくれた情報の中にあったから、時間さえあれば作れなくは無いけどね。このデータはそのまま向こうに送れば、10年かけて5つの炉心を造ってもらえるはずだけど、こっちで造りたかったらまだまだ時間がかかりそうだし、予備の炉心は無いと考えてね。機体は壊しても何とかなるけど炉心だけは護り抜いてよね」

 あまり芳しいとは言えない状況に顔を引き攣らせ気味なヤマサキだったが、気分を入れ替えるように今度はアキトにジェネシックガオガイガーの事を告げる。

 「ジェネシックガオガイガーの改造自体は思ったよりも手間がかからなそうだよ。必要な部品は全部用意済みだから。何とかエンジンを降ろさなくてもメンテナンス出来るように改造出来そうだ。真ゲッターもだけどね。
 具体的にはスラスター系をタキオン粒子対応型に置き換えて、増加した出力に対応させるためのチューニングを施せば終わりだね。後はアキト君の完熟訓練を行いつつ微調整を済ませるっていうのが方針になってる。

 改良が済めば、通常戦闘能力に限ればGファルコンDXにも引けを取らないはずだ。ただし、戦略兵器は搭載していないから爆発力じゃかなり見劣りするけど、その代わりかなり安定した戦闘力を持つと思うよ。近接格闘戦闘に傾倒してるっていうコンセプト上の問題があるにはあるけど」

 「そうか。改良が済んだらコスモナイト鉱石って言うのを探しに行かなきゃな。――その場合は、探査用の機材を追加出来るのか?」

 ヤマサキへの嫌悪感の類は一切見せずにアキトが問う。一応は“仲間”なわけだし、変わり始めだから出来るだけ優しく(=完全にこちら側に引き込みもう戻れないようにしろ)という光輝の弁も一理あると考えたからこその演技だが、自分でも驚くほどにすんなり出来た。やっぱりこの世界の――まだあの地獄を経験していない自分との融合が利いているのだろう。今のところ何もしていないのだし、したらしたで今度こそ本当に引導を渡してやればいい話だ。その時は一切の慈悲も無く現世に肉片の1つ、細胞すら残すことなく消し去ってくれる。
 そんな感じで自分自身をコントロール出来るようになった分、成長したと言っても良いのではないかとちょっと自画自賛してみたり。

 「そうだね、人間みたいに手に持って使う探知機の類を用意しておくよ。ジェネシックガオガイガーってオプションを後付けして拡張するのが物凄く面倒というか難しい構造してるから、元々の機能の強化――この場合は装置の更新――以外凄くやり辛いんだよね。ガンダムにも言えるけど、こっちはまだマシだし」

 「拡張しにくいのか……。と言うことは、武装の追加も?」

 顎に手を当て首を傾げて尋ねるアキトにヤマサキは頷いて答えた。

 「データには専用のオプションの事が書かれてるっぽいんだけど、ロックがかかってて見れないんだ。たぶん、ガオガイガーの必殺技同様、扱う側の見定めとか完熟とかがアンロックのキーになってるんだと思うんだけど……。
 現状じゃ、ガオガイガーに追加武装を施すのは無理だね。エステバリスとかガンダム用の追加武装はサイズが合わないから使えないからね。
 何せエステバリスは全高が6.5mで、ガオガイガーと真ゲッターは10mもあるからね。ほとんど倍近いし。そうなると専用に作んなきゃならないから。五感性に乏しいガオガイガーに追加武装施すと無茶苦茶コストがかかるからちょっとね。ガンダムは携行武装に限れば同サイズの機体と互換性があるからどうとでもなるんだけど」

 「そりゃあ、仕方ないよな……。ブラックサレナよりもデカイもんな。あの大きさに慣れておかないと、無駄な被弾を増やしそうだな」

 腕を組んでアキトは思案する。ブラックサレナの場合は元々攻撃にさらされることは想定済みだったし、内部にダメージが届かないように装甲や追加ユニットもかなり分厚かった。
 だが運動性が勝るとはいえ機体そのものが大型のジェネシックの場合、きちんと大きさを考慮して扱わないとまともな回避行動が出来ない恐れがある。それに、エステバリス程度の大きさの敵機と格闘戦を演じるというのなら、それこそ大人と子供ほどの体格差がある。この体格差による死角の把握とフォローの方法もきちんと組み立てておかなければ。いくら装甲強度が次元の違うレベルに達しているとはいえ塵も積もれば山となるという言葉もある。先程の戦闘では半分勢いで戦ったところが大きいしちゃんと考えないと。

 「あ、これはアカツキ会長からの伝言なんだけど、君には正式に地球に来てもらってテストパイロットをやってほしんだって」

 「テストパイロット?」

 「そう。何しろスーパーロボット――ガオガイガーとゲッターロボの分類名だけど――とガンダムはオーバーテクノロジーも良いところだからね。スーパーロボットはともかくガンダムは純然たる地球製のマシンで言い逃れが難しいから、その原型になるエステバリスをしっかりとアピールして不自然さを少しでも消したいんだって。

 だから、実戦経験豊富の君にアドバイザーも兼任して貰って拡張装備も含めたシステムウェポンの開発に協力をして欲しいと」

 ヤマサキの言葉にアキトは少し考えてから返事をした。考えるまでもない。かつての夢とは決別することになってしまうが、今の自分がすべきことは決まっている。

 「わかった。後で俺の方からアカツキに了承したって伝えておくよ。どうせ渡航履歴にも細工するんだろ?」

 「良いのか? 一人前の料理人になりたいんじゃなかったのか?」

 「――良いさ。正直な話、ガオガイガーの正式なパイロットをやるって決めた時から覚悟はしてたよ。料理店のシェフって言うのは諦めたとしても、身内連中に限定して腕を振るうことくらいは出来るし趣味として楽しんだっていい。
 それに、世界の歪みであんな目に会ったんなら、例え微力でも、少しづつでも世界を変えていける仕事についていきたいと思ってる。

 テストパイロットもやるけど、俺はアスマとキットがやってたっていう慈善事業も悪くないと思ってるし、むしろ今後の地球と木連のことを考えたらクッションになる存在が必要じゃないか?」

 「そうね。確かに今のまま共存の道を歩んだところであの考え方じゃあ無駄に衝突するだけだろうし、かと言って公共機関に任せきりにも出来ないよね。ああいった組織って大きいが故に腐敗も進んでるし、政治的な要因とかもっと大きな事件とかに労力が割かれがちで、民間レベルのトラブルにはあんまり手を出せないみたいだしね。それに民間レベルよりも政治レベルの方が仲良くしにくいし」

 と菫が同郷の人間たちの言動や価値観を思い浮かべながらそう返事をする。

 「う〜ん。確かに一考する価値はあるかも。あたしはキットからあんまり聞けてないから良く知らないし、アキトと出会うまでは研究所にずっといたから世間知らずで向こうの世界情勢なんて知識としてしか知らないけど、こっちの、火星だけで見ても警察とかに対処して貰うほどじゃないけど手助けは欲しいかな、って思えるトラブルはあったからなぁ。戦争が確定してるような状態だし、あって損はないと思うけど、人員とか装備とかはどうするの?
 世界レベルで活動することになるのは見え見えなんだからどう頑張っても人員が必要だし、キット――というかナイト2000みたいな高性能で万能な装備って無茶苦茶金がかかるよ」

 とラピスも同意を示す。

 「それがネックだが、確かにあの活動は効果的かもしれない。ネルガルなら政界にもかなり強く食い込んでるし、他の企業には悪いがエステバリスとかを利用してシェアを拡大させてもらって、民間企業という形で活動することは出来るかもな。警察との合同に限った場合で捜査権もあるなら言うこと無いが。
 そこら辺はネルガルの手腕によるな。だが、キットを欠いたことは痛いぞ。電子の世界での情報収集に特化してたし人間と違って科学捜査に凄まじく強かった上その場で出来るっていう強みもあった。
 せめて、ナイト2000を使えるようにしないことには……」

 「ユリナちゃんに言わせると、キットを欠いても車は動く。装置も使える事は使える。だけど、効率的に制御することも出来なければスーパー追跡モードを含めた幾つかの機能が使えなくなるから過剰な期待はしないでほしいって言ってたね。

 基盤が無いから、キットの代理を生むことも出来ないって言ってたし、機能を削減した廉価モデルの車やAIを作るにも色々と問題が山積みみたい」

 ヤマサキがナイト2000の現状について簡単に纏め上げた。状況的には芳しくないようだ。が、あまり気分を暗くしても仕方が無いので希望的観測込みで場をまとめる事にする。

 「ともかく、今出来る事は少しづつでも片づけていこう。情報収集にかけてはラピスちゃんに、上手くいけばホシノ・ルリちゃんが協力してくれるかもしれないし、実行部隊としては光輝がいるし、草壁閣下が北辰さん達を回してくれるかも」

 「流石にお義父さんに関しては希望的観測が過ぎると思うが。
 まあ最初から大規模な組織を作るのは無理だ。となると少人数で効果的かどうかを検証する試験段階から始まるだろうし、それだったら俺と北斗とアキトくらいでも何とかなるかもな。有益だと判断されたら組織の拡大もあるだろうから、人員に関してはそれから考えれば良いさ。
 それに、少数先鋭を要求されるヤマトとナデシコの再建を視野に入れるのなら、訓練と並行して組織で働いてもらってお互いの信頼関係を醸成するって言うのも手だな」

 と光輝がアキトの意見を支持する姿勢を見せ、5人はそのことで意見交換を行った。

 途中で乱入する形になったカブトゼクターが届けた手紙によって地球でのワームの活動に対抗する必要性も生じた。この案件は早急に決着をつける必要がある。最低限警察に話をつけてワームの存在の隠蔽や情報の収集に関して対策を立てなければ。本当なら1度木星に帰るつもりだったが予定を変更して地球に直行する事になった。ライダー1人でどうにかなるものではないだろうがいないよりはマシだ。

 あまりここにいられないヤマサキが最初に抜けたが、組織発足の際には全面的に協力してくれると約束を得られた。ついでにライダーベルトを回収して行った。何でもかなり長時間使用したからメンテナンスを兼ねた改良をライダーシステム自体に施すのだという。ワーム戦での証拠隠滅も兼ねてライダーキック等の打撃系必殺技の衝撃伝播を調整して対象の体全体を粉砕するようにすると言っていた。ついでにパーフェクトゼクターも超必殺技1発で使用不能にならないように実用データを基に改良してみるつもりだとも言っていた。その後アキトが自宅に戻り、一応新婚である2人を気遣ってラピスも自宅に帰った。ただし、朝食は食いに来ると力強く宣言していたが(たいそう気に入ったようだ)。

 流石に夜も遅いし疲れたのでベッドに入って明かりも消したところで菫が唐突に尋ねた。

 「ねえ光輝。初めて人を殺した時、どんな感じだった?」

 「うん?」

 「あたしは、今日初めて人を殺した――と思う。あれが無人機だったとは思えないし、例え無人機であったとしても、あたしは人を殺すつもりで攻撃した。そして、撃破した」

 ごろりと寝返りを打って夫を振り向きながら独白する。悔みの中で光る眼は、返答を求めていた。

 「――俺が殺った時は、狙撃だったからな」

 妻の目を正面から見据えて光輝は答える。

 「だから目の前で人が死んだという感覚は薄い。だが、スコープの中で頭を吹き飛ばされて死んだ奴を見て、殺したんだと実感した。それだけだ」

 「本当に?」

 「本当だ」

 光輝はそれ以上はなかなか語ろうとしなかった。それでも辛抱強く睨みを利かせてようやく続きを吐かせた。

 「本当にそれだけなんだ。俺は、お前と一緒になると決めた時から人殺しになることも決めていた。それが、お前をあの血塗られた運命から解放するための手段とも信じていたからな」

 「あたしじゃあ、暗殺者になれない。我が家の贖罪も果たせなくなる、か」

 視線は再び天井を見上げた。照明を完全に落としているため天井は見れず、ただただ真っ暗な空間が広がっている。

 「あたしのお婆ちゃんは、1度ならず2度までも木連を――当時の月独立派を裏切った。たまたま草壁家に匿われはしたものの、そんな自分を恥じて闇の世界に入って木連のために生きていくと心に定め、その子も孫も、そうして生きてきた。

 だけどあたしに、その宿命を継ぐ事が出来るかどうかは――怪しい」

 「ああ。確かにお前は俺と同じようにやる時にはやれる人間だ。だが、性格的に暗部に属してはいられないだろう。お前は、暗部で生きるには優し過ぎる」

 ゆっくりと上体を起こしながら菫は、

 「お父さんも、自分の代で贖罪は終わらせるつもりでいたみたいだし、春樹さんもあたしまでその宿命に巻き込むことに反対してた」

 「だから、お前は普通に生きるんだ。表の世界で、俺達と一緒に」

 横になったままの光輝に覆いかぶさるようにしながら菫は「そのつもりだけどね」とだけ答えた。

 その後は話が続かなくなった。どちらにせよ、話していて楽しい話題でも無い。光輝はまだ覆いかぶさったままの妻をそっと抱きしめた。

 「安心しろ、俺が死ぬまで傍にいてやる」

 「うん。だけど、零夜が――」

 「1度に2人の妻はとれない。俺は、俺なりに悩みぬいた末に選んだんだ。――零夜には本当に悪い事をしたと思っている。しかし、零夜を選んだとしてもおまえが今の零夜の立場になる事になる。
 どっちを選んでも悔いが残る。かと言ってどちらも選ばずに別れるという選択肢も取れなかった。――だから、俺は俺なりの結論を出すしかなかったんだ」

 「わかってる。あたしもそれを承知の上で結婚したんだから。でも、零夜の前で惚気られないのは辛いなぁ。なまじ付き合いが深いだけにね」

 「ああ、そうだな。――どうしたら良いんだろうな、本当に」

 「振っといて何だけど、ごめん。あたしにもわかんないや。――多分、零夜もわからないと思う。わからないから、決着ついてるはずなのについてないような状態になってるんだよね。
 でも、一緒になれて嬉しいのは本当なんだけどね。――世の中本当に上手くいかないよね」

 自嘲気味な笑いを浮かべる妻の髪を梳きながら、光輝もまた考えていた。この問題の解決策を。






 そんなことを考えてしまったせいか、疲れている割にはよく眠れず少々睡眠不足で起床する羽目になった。本当なら今日ばかりは昼過ぎまでだらだらと惰眠を貪りたい気分だったがラピスが飯を食いに来ると言っていた以上そうも言っていられない。例え記憶が無く出会ったのが昨日であったとしても関係無い、愛らしい妹のために最高の朝食を作る。
 意地と根性を持って強引に覚醒した。だが流石に女房を道連れにするのは気が咎めたのでギリギリまで寝かせておこう。

 食材を下の厨房から調達する事に成功し(意外な事に昨日の事を少しは感謝されているようだった。光輝としては愚かしい身内の尻拭いをしただけで感謝されるような事をしたつもりはない)、調理もさせてくれたのでいつも通りの変わらぬ献立の朝食を用意する(途中で味見したホテルのシェフが悔し涙を流していたのが気になったが)。別に凝った物を作らなくても普通に上手い物は作れるし、そもそも凝った食事=御馳走ではない。それを知っているからこそ朝食に相応しい献立の食事を愛情込めて作るのが結局のところ一番なのだ。

 用意が終わったのを見計らったようにラピスが訪れた。朝から元気よく「おはよう!」と言ってVサインをかまして光輝を呆れさせてら(後で聞いたらユリカから教わった“相手のハートをキャッチする術”だとか)、手洗いうがいを済ませて食卓に着く。ここでようやく菫を起こして顔を洗わせる。大分眠そうだったが心の中で謝罪してベッドから引きずり出す。あまりにも覚醒しないので仕方なく氷水を張った洗面器に顔を突っ込んだうえ着替えまで手伝った。というかここまでやってもまだ目が醒めきらないとは余程疲れているのだろう。一部始終を見ていたラピスが大きく顔を引き攣らせていたが気にしない。



 「――やっぱり、俺よりも美味い」

 予想外だったのが何やら自然に溶け込んでいるアキトだった。料理の腕前で劣っているのが悔しいのかザメザメと涙を流しながら料理を口に運んでいる。何故ここで飯を食うのかと突っ込みを入れたかったがそこは流して言いきる。

 「当然だ。俺様だぞ。格が違うんだ」

 胸を張る光輝に軽く嫉妬を覚えながらも秘訣を盗むべくしっかりと味わって食べる。料理人の夢を諦めたとは言ってもそれはそれ、これはこれ。

 「う〜ん。眠い……」

 遠慮なく欠伸をしながらトロトロと食事を進める菫は腫れぼったい瞼を懸命に開きながら未だ夢と現実の世界を行き来していた。光輝と比べて鍛え方が足りない菫の体力で長時間に及ぶマスクドライダーシステムの使用と戦闘は流石に酷過ぎた。体力の回復が全然追いつかない。

 「うう、こんな、こんな美味しい朝食は生まれて初めて」

 感激の涙を流しながら箸を進めるラピスに光輝は頬を緩める。

 「そうだろう? 大切な妹のために、お兄ちゃん頑張ったからな」

 「でも、食べ過ぎて太っちゃいそう」

 「馬鹿だな。ちゃんとしっかりと食べて体を動かす。それが美貌を保つ秘訣みたいなもんだ。だいたいラピスはダイエットが必要なほど太ってないだろ?」

 ラピスの言葉を笑い飛ばして光輝は諭す。

 「そうなの?」

 「そうだ。良い女性になりたかったら体重ばっか気にした生活を送るよりも、良く食べて良く動いて健康的な生活を送るのが秘訣だ。
 年齢と身長によって定められている規定値に収まってるのなら無理しなくも良い。それにな、痩せてガリガリな女性よりも、多少丸くても健康的な女性の方が魅力的だと思うぞ。俺はな」

 「そ、そう? ――じゃあ、おかわり頂戴」

 「わかった。食事が終わったら散歩を兼ねてユートピアコロニーを案内してくれないか? もしかしたら失った記憶の手掛かりがあるかもしれない」

 「え? 良いけど……地球に行くんじゃないの?」

 「行く前にだ。どうせライダーシステムの調整にもしばらくかかるだろう。調整が完了しない内に地球に行くのは得策じゃない」

 そう言われるとそういう気がしてきた。ワームの問題が目前に迫っているというのに対抗手段であるライダーシステムを保有せずに行くのは得策じゃない。いくら光輝でも生身ではなぶり殺しにされるだけだ。――と思うが、この男の場合クロックアップさえ無視出来れば生身で殺せるんじゃないだろうか。武装しているという前提でだが。

 「わかった。あたしが案内したげるね」

 「俺は昨日の戦闘の復旧作業を手伝うつもりだから、地球行きにはまだ同行出来ないな。それに説明もなしに消えるのは良くないだろ、お前と違ってここに住んでるわけなんだし。ルリちゃんに会ったらよろしく伝えてくれ」

 「わかったよ。心配してたと伝えておく」

 「え〜と――あたしは、木連に戻って引越しの準備と店仕舞いをしてくる。出来れば休業で済ませたかったけど、地球を活動拠点にするとなると、お店、続けられないよね」

 さびしそうな菫に光輝は無言で頷く。開店してまだ1年少し。店仕舞いするにはあまりにも早く、評判も良かったのだがこうなってはいたしかたない。――ただ、常連の連中がどう言う反応をするのか、少々気にかかる。間違っても暴徒になどならなければいいのだが。

 「とりあえず張り紙と、店舗の処分について業者さんに話してくるね。売却、で良いのかな?」

 「――ああ。頼む」

 言葉少なく妻に任せる。大切な店だった。自分に反目しながらも美味い飯に釣られてやってくる連中は少々腹立たしくもあり、同時に微笑ましくもあった。それに自分の作った料理を美味そうに平らげてくれる姿を見ると料理人冥利に尽きると何度も思ったものだ。そうなると憎まれ口にも愛嬌すら感じる。
 そいつらとも敬遠になるのかと思うと一抹の寂しさを覚えないでもない。まああの国から離れられるのは両手を上げて喜びたいところだが。

 「店の処理は任せるが、あまり急く必要はない。疲れてるんだ、のんびりと進めてくれ」

 勿論妻を気遣うことも忘れない。無理して倒れられでもしたら気が気じゃない。菫といい零夜といい、放っておくと無理をする女性が身の回りに多い事多い事。大切な存在だけに無理はなるべく控えて欲しいのだが(そもそも未熟者にも関わらず戦場に出てきた菫を止めなかった時点で説得力に欠けるのだが、自覚しながらもそう思わずにはいられないのが人情というものだろうか)。

 「わかってるよ。もう、心配性なんだから」

 ちょっぴり嬉しそうに笑う菫に微笑みかけてからアキトに向き直り、

 「こっちが落ち着いたら地球に行くんだろ? 身辺整理を忘れずにな」

 「はいはい、子供じゃないんだから言われなくてもわかってるよ」

 ひらひらと手を振ってそう答えるアキトに光輝は口の中でぼそっと呟いた。

 「……お前は十分子供だと思うがな。まあ、それがお前の良いところでもあるが」






 ホテルの玄関を出て光輝とラピスは目を丸くした。玄関に横付けする形で1台のバイクが置かれていたのだ。オンロード専用スポーツタイプのそのバイクは銀と赤を基調としたカラーリングで塗られていた。一見公道を走る事に問題がありそうな形だがしっかりと保安装置は完備しているそのバイクは非常に見慣れた意匠があった。そう、ライトはまるで目のようなデザインでその中央にカブトムシの角を象った小型ウィングが装備されているのだ。

 「ああ、ライダーバイク――カブトエクステンダーか」

 ウィンカーはヘッドライトの真横に設置されているがライト自体が目をイメージした保護カバーまとめて収められているため一見すると装備していないように見える。ミラーもハンドルの前方、カウルの部分に収まる形で設置されている。位置的に少々見辛く保安基準に適合しているとは考えにくいが、一応付いているという言い訳は出来そうな状態だ。というか、どうやって取得したのか知らないがテールにステーを介してライセンスプレートが取り付けられている。さりげなく火星ナンバーだ。

 「さて、どうするか。歩きたい気分ではあるが」

 タンクの部分にヘルメットでメモが止められていた。つい先程完成したから慣らし走行を頼む。必要な検査と動作確認はやってあるとヤマサキの筆跡で書いてあった。この調子だと本人ではなく代理の人間がバイクだけ置いていったというところか。

 「う〜ん、このコロニーって結構広いしバイクの方が移動の便は良いと思うよ? 昨日の戦闘の被害がどれくらいかまだわかって無いから徒歩とどっちがいいかはわからないけど」

 「そうだな……。まあ良い。散歩からツーリングに変更しよう。ラピス、後ろに乗れ」

 と自分は用意されていたヘルメットを被る。

 「って、あたしはノーヘル!?」

 「近くに店があるだろう? そこで買えばいい。――運転手がノーヘルはマズイだろう? ああ、それと俺は火星で使える金を持ってないから。すまん、自腹で頼む」

 ひでえ。と内心腹を立てながらラピスは光輝の後ろに座る。パンツスタイルで良かった。スカートだったらとてもバイクに跨がれない。ついでに財布の中身も確認する。よし、まだ2万残ってる。

 「しっかり掴まってろよ」

 そう言ってキーを回して動力を始動してアクセルを開く。動力である超電導モーターが唸りを上げる。ラピスがしっかりと掴まったことを確認してからゆっくりと発進する。カブトエクステンダーは滑らかな動きで前進を始める。
 トランスミッションは無段変速式のセミATだ。ステップ近くのレバーの操作で変則出来るがマニュアルトランスミッションと違ってクラッチ操作は必要無い。
 無段変速だから変則比の切り替えも自由自在。設定の数字を変えるだけで最適な変則比に設定出来る。なかなか高性能な動力と駆動系を持つバイクだと光輝は感心した。ライダーバイクの名に恥じない基本スペックはあるようだ。

 一方でラピスは義兄とはいえ年上の男性にしがみついたことで内心ドキドキしていた。細身ながらも鍛え上げられた異性の体に心臓が高鳴る。今までとは違った形で自分が女だと自覚する。

 (将来恋人作るなら、お兄ちゃんみたいな人が良いのかな?)

 最初に会った時は性格に難があると心配していたが人なりを知れば案外付き合いやすい(意外とお人好しだ)。何より自分と言うものがしっかりしているため年齢の割に大人びているし頼りがいがある男という印象がある。ただナヨナヨしてるだけの男は興味が無い。やっぱりこういう逞しさを持つタイプの方が良い。もっとも、本当に嫌味なだけの俺様系はごめんだが。
 そんな事を考えながら振り落とされないようにしっかりと義兄の体にしがみつく。

 「ラピス、大丈夫か?」

 走行風で乱れるラピスの髪が気になるのか、しきりにミラーでラピスの様子を確認している。

 「ん、まだ大丈夫。でもこれ以上飛ばさないでね」

 まだ速度は40km以上出していない。道を知らないしそもそも記憶を辿る目的なのにとばしてどうするんだという理由もある。

 「次の角右ね。そこに確かバイク屋があったはず」

 「わかった、次を右だな」

 右ウィンカーを点滅させて角を曲がる。確かに看板があった。弾痕が痛々しいが店舗自体に大きな被害は無い様子だ。やれやれと思う。これならヘルメットくらいは買えそうだ。

 「すみませーん! やってますかぁ!」

 ラピスが店の奥に向かって叫ぶとすぐに反応があって、中年の男性が顔を出した。

 「おや、ラズリちゃんじゃないか。一体どうしたんだい?」

 「あの、あたしに合うヘルメットが欲しいんですけど」

 そう言われて店主は店の外に視線を巡らせた。外には見慣れないバイクに跨ってこちらを見ているサイトウ・アスマ――じゃなくて自称・天道光輝がいた。ああ、兄貴とバイクに一緒に乗るのにヘルメットが無いのか。

 「あいよ。――これなんかどうだ?」

 そう言ってシンプルなデザインの銀色のヘルメットを見せる。

 「うん、それで良い。いくら?」

 店主が告げた金額はたいして高いものではなかった。ラピスはズボンのポケットから財布を取り出して払う。

 「それじゃ、また」

 買ったばかりのヘルメットを被ってラピスは兄の元に走っていく。その後ろ姿を見送りながら店主は意外と上手くやっているなと安心していた。記憶を無くしても妹思いは変わっていないようだ。

 ラピスが再び跨ると光輝は再びイグニッションキーを捻って動力を始動させてアクセルを捻る。心地いい駆動音と共にカブトエクステンダーは再び走りだす。

 「お、良いバイクじゃねえか。あいつどこであんなもん手に入れたんだ?」

 バイク屋として気になるところだった。知っている限り、地球・火星のどちらでもあんなバイクは開発されていない(とはいえ骨格部分では市販車と共通の個所も見受けられるのだが)。となると、昨日突然やってきた木星製だろうか。
 どちらにせよ、弄ってみてぇなあと思った。



 順調に走り続けるカブトエクステンダーは走行可能な場所は全て回った。昨日の戦闘で広範囲に被害が出ていたが、主な被害はライダーVS虫型機動兵器のせいだったのは心が痛かった。特に(止むを得なかったとはいえ)マキシマムハイパーサイクロンによる被害が1番深刻だったのはさらに心が痛んだ。まあ、撃たなければやられていたのはこっちなのだが、やっぱり堪える。なにしろあの1発で商店街の一角がまるまる消滅してしまっているのだ。勿論住居兼用の住人は路頭に迷う結果になっている。死ぬよりはマシだったとはいえかなり気落ちしていた。

 マキシマムハイパーサイクロンを都市部で使用するのは控えた方が良さそうだ。最大威力での攻撃が必要だと思ったらマキシマムハイパータイフーンの方にしておこう。単位面積当たりの威力で多少劣るとはいえその攻撃範囲などを考慮すればパーフェクトゼクター最強の攻撃手段を事実上の封印と言うのは――。今後の改良を考えよう。

 「流石ヤマサキの発明品、後先考えないというか人の迷惑を考えないというか」

 「それには同意するが、やったのは俺だぞ」

 「まあ、ヤマサキに巻き込まれた時点でこれも宿命だったんじゃない?」

 「……」

 容赦ない義妹の言葉にお兄ちゃんは気落ちした。とりあえず、出来るだけパーフェクトモードの使用は控えて通常の必殺技とハイパーキックでケリをつけるという方向性が1番か。それにしても、妹にこう言われると堪える。

 光輝はカブトエクステンダーを降りて自分が最後に所在を確認されたというコロニー外れの空き地に来ていた。色々と細かく見て回ったので狭いコロニーとはいえ午後に跨いでのツーリングになってしまった。最後に目撃証言があった場所にも言ったし、生みの親と呼べるサイトウ博士の墓参り(数年前に事故死したらしい)も済ませたが、記憶は一向に回復する兆しが無い。最後にかつて暮らしていた家を見て終わりにしようと、かつての我が家に足を踏み入れた。

 「俺は、ここで暮らしていたのか?」

 「うん、お義母さんが死んでからは、私が1人で住んでる」

 というラピスの案内で室内を案内され、最後に自分がかつて使っていたと言う部屋に入る。

 「ここが、俺の部屋」

 「うん。あの時から弄ってないよ。ずっとそのまま」

 記憶の糸を求めて光輝は部屋の中を物色する。クローゼットを開け、引き出しと言う引き出しを開けていく。ラピスは気を利かせて部屋を出てくれた。これで心置きなく家探し出来る。

 「ん?」

 1個所だけ鍵がかかった引き出しがある。学習机の一番上の引き出しで唯一鍵が付いているところだ。もしかしたら、日記でもあるかもしれない。そう思って服に日常的に忍ばせているピッキングツールを使って解錠を試みる。簡単な鍵だけあって、あっけなく解錠に成功して引き出しを開ける。そこから現れたのは日記帳ではなかった。艶消し黒の小さな小箱だけが鎮座していた。光輝は慎重な手付きで小箱を開ける。
 すると中に収まっていたのは紅の鉱石だった。大きさは直径3cm程で半透明で非常に美しい紅の鉱石に目を奪われる。まるで陽光の様なそれは燃えるように光を揺らし、激しく熱い太陽の表面を連想させる。見た事の無い不思議な鉱石だ。

 「何だ、これは」

 不思議な石だ。手に持っているだけで力がみなぎって来るようだ。まるでこの輝きは、生命の炎を体現しているかのようにも感じる。

 「お兄ちゃん、何か思い出した?」

 ラピスが心配そうに声をかけてくる。

 「駄目だ。全然思い出せない」

 壁越しにも落胆の気配が伝わって来る。しかし、記憶が戻ろうと戻るまいと大きな違いは無い。俺は所詮、俺でしかないのだから。

 「手掛かりも残っていなさそうだし、そろそろヨシオのところに言ってベルトを取ってこよう。地球に行くぞ、害虫駆除にな」

 光輝はそういうとラピスを急かしてカブトエクステンダーに跨った。行先は当然ヤマサキがいる仮説の研究所だ。









 「ようっ!」

 光輝は目の前で軽く挨拶をしてくる男を信じられない目つきで見た。そして、問答無用で思い切り拳を振りぬいた。勿論手加減なし、本気の一撃だ。

 「おい、いきなり殴るな。当たればかなり痛いんだからな」

 といとも簡単にその拳を受け止めて見せた。セリフの割には「その拳は当たらんぜ」と態度が言っていた。

 「何故お前がここにいる、元一朗」

 光輝は半眼で目の前の長髪男を睨みつけた。腰まで伸ばした黒髪に端正な顔立ちのまるでゲキガンガーに出てくる海燕ジョーにそっくりな容姿をしている木連優人部隊のエリートだ。勿論服装だって優人部隊を表す白い襟詰めという地球から見れば学生服にしか見えないそれだった。

 「御挨拶だな。――おっと、名前を変えたんだったんだな。確か――」

 「天の道を往き、光の如く輝く男」

 「おお、天道光輝だったな。まあその仰々しく感じる名前はお前にぴったりだな。なあ」

 「お褒め頂き光栄だよ、元一朗」

 にやにやとそれはもう不気味に笑う元一朗に光輝は苦い顔で返すのがやっとだった。かなり本気で殴りかかったにも関わらず容易く受け止められるとは。徒手空拳では勝ち目が薄いか。

 「しかし、俺もだいぶ強くなったようだな。お前の拳を簡単に受け止められるとは」

 「……」

 笑った顔を崩さないままの元一朗に光輝は悔しさに僅かに顔を曇らせる。昔から梃子摺る相手だった。初めてやり合った時も(北辰に鍛えてもらっていたにも拘らず)打ちのめすのに苦労した。意見の相違から度々殴り合いに発展していたが、最終的に河原での殴り合い(しかも時刻は夕方)の末ついに和解して意気投合。親友となった。その後は良きライバルとして付き合ってきたがとうとう徒手空拳での技量は越えられてしまった。

 ライバルの成長を嬉しく思う反面悔しさが先立つ。

 「しっかし驚いたぜ。閣下に呼び出されたと思ったら突拍子のない話を聞かされた挙句協力を要請されてな。お前との交流が無ければ断ってたかもしれないところだったぜ」

 「なるほど。賢明な判断だな。――木連でこの計画に相応しい人間はそうはいない。
 お前が呼ばれたという事は、九十九と秋山さんもだな」

 光輝の推察を元一朗は大きく頷いて肯定した。

 「ああ。三人で呼び出されたよ。勿論俺達は快諾したさ。これからは一緒に仕事が出来そうだな。嬉しいぜ光輝、お前の実力を一番理解出来てるのは俺だと思ってるからな」

 「そうだな。木連で最も俺と拳を交えた男だからな。俺としても頼もしいことこの上ない。……一応聞いておくが、零ちゃんには?」

 「話してない。俺が呼び出されたのはつい昨日のことで、後は準備に忙しかったからな。それに、彼女を戦場に巻き込みたくないのは俺達も同じだ。

 ――例え、お前と対等に戦える実力があってもその気持ちに変わりは無い。実力がある事と戦う事は別物だからな。彼女に戦場は似合わない」

 元一朗は腕を組んで自分の気持ちを吐露した。

 「感謝する。巻き込まないでいてくれて」

 「当たり前だ。お前が――えっと、新しい名前は菫だったか? ともかく女房を巻きこんだと聞いた時に決心した。愛する女を2人も戦場に送り込むなんて、お前には拷問以外の何物でもないだろう?」

 先程までの真剣な表情はどこに行ったのか、邪悪な笑みを浮かべた元一朗に光輝は有無を言わさず上段回し蹴りを放つ。その鋭く重い一撃を危なげなくバックステップで回避する。付き合いが長く、やり合うのは日常茶飯事だけあっておおよその攻撃は見切っている。
 と言うか初見で今の回し蹴りを回避出来る奴等まずいない。前に迂闊な事を言った高杉三郎太が不意の一撃を喰らって悶絶、あわやムチ打ちになりかけたという事例がある。ちなみに蹴られた日は1日意識が戻らなかったという。

 「突っ込みにしては仰々し過ぎるんじゃないか?」

 「いらんことを言うからだ」

 「って言うか、お兄ちゃん二股してたの?」

 後ろでラピスが顔を引き攣らせているのが無性に悲しかった。でも、自分からは否定出来ない。少し違うだけでだいたい合ってるからだ。

 「いや、この男はそもそも菫以外には手を出していないからノーカンだな。余程親しい間柄の奴以外はそもそも気づいてないし――って、その美しい少女は一体誰だ?」

 今までわざと無視してきたが光輝を兄と呼んだことで触れるつもりになったようだ。ついでにフォローしてくれた事は嬉しかった。

 「う、美しいなんて――そんなぁ――!」

 両手を頬に当ててうっとりとした表情で赤くなる。かわいいとか綺麗とかは散々言われてきたが、美しいという表現は初めてだ。何か、一人前の女性扱いされているようで嬉しい。

 月臣の事は多少知っているアキトを鍛えてくれた男だ。詳しくは知らないが何か非常に後悔することをしてしまって日の当らない裏世界に足を踏み入れたと聞いていた。それ以外は特に興味もなかったので覚えていない。あっちの世界の自分は世界が狭かったしあの事はアキトの補佐に忙しかった。日常生活の補佐(これはどちらかというとエリナの仕事だったが)に戦闘と情報収集のアシスト(自分にとってはこっちがメイン)。体力に自信の無い自分にとってはなかなか大変だった。五感に障害を抱えたアキトの補佐は普通に生活するだけでも大変なのに戦闘関連の補佐となるともう。当時の自分ではアキトが何を考えているかも良くわからなかったし。流石に神ならざる身の上で人の思考は読めない。

 あまり、思い出さないでおこう。人殺しの事も合わせて精神衛生上良くない。

 「ああ、俺の義理の妹のラピス・ラズリだ。どうだ、愛らしい娘だろ?」

 「うん、血の繋がりが無くてよかったな。こんな性格に育ったら折角の美貌が台無しだぞ」

 真顔で言うのでラピスは思わず声を出して笑ってしまった。でも、クールな美女と言うのも悪くない人物像だと思うから否定はしないでおく。まあ悪女でなければ、どんな女性だってそれなりに魅力的だと思う。

 「あたしラピス・ラズリ。よろしく」

 「月臣元一朗だ。よろしくな」

 ラピスの差し出した右手を取って握手する。あっちの世界で何をしてしまったのか知らないが、こっちの世界ならきっと大丈夫だろうと楽観する。何故なら、こっちの世界には天道光輝という色んな意味で規格外れの友人がいるようだからだ。それに、自分だって微力ながら手助け出来るだろうし、案外そのトラウマに草壁が関わっているのではないかと勘ぐっている。

 単に自分の経験から勝手に思い込んだに過ぎないのだがこれが当たってたりするところから見ると、案外草壁春樹という男は予想しやすい行動パターンをしているのだろうか。

 「それよりもどうして火星に? まさかわざわざ挨拶に来たのか?」

 「それもあるが、ヤマサキ博士に呼ばれてな。あの悪名高い博士を籠絡したんだってな」

 からかう様な口調の元一朗に光輝は対照的なまでに真顔で、

 「特に何もしてないんだがな。向こうが俺に対して友情を覚えたらしい。無碍にすることも無いし色々助けられているからな。何、なかなか面白い奴だよ。あいつは少しづつ、天の道を歩み始めている。今更疑いはしないさ」

 「ふむ。まあそれがお前の魅力とも言えるが……。しかしあの人間らしさとは無縁と言われるヤマサキ博士を惹きつけるとは、流石は木連きっての変人だけの事はある」

 「……その変人に散々敗北を喫して泣いてたのはどこの誰だったかなぁ? 月臣元一朗」

 その場で睨みあいを始めた2人に溜息を1つ。ラピスはそっと靴を脱いで手応えを確かめてから、兄とその友人に向かって鋭く振りぬいた。一切の手加減を抜きにした会心の一撃を。






 「あれ? どうしたの光輝。頬に靴跡なんて付けて」

 徹夜明けのナチュラルハイになりかけているヤマサキが光輝の顔を見て爆笑する。確かに全力で振りぬかれたラピスの靴が命中してからまだそう経っていないから綺麗に赤く腫れている。土汚れは拭いされても赤くなった頬が治るのにはまだ少しかかる。結構痛かった。腰のしっかり入ったスイングをどこで覚えたのか少々気になった。
 ちなみにラピスはユリナの方に呼ばれて波動エンジンの理論についての解析を手伝うことになった。まだまだヤマサキと顔を合わせ辛いこともあって喜んでそっちの手伝いに行っている。

 「って、月臣君もか」

 「初対面の割には馴れ馴れしいな。名前くらい名乗ったらどうだ」

 「ああ、ごめんごめん。僕はヤマサキ・ヨシオ。一応例の計画専属の科学者兼医療従事者ね」

 「俺は月臣元一朗。本日付をもって本計画に参加、地球への出向を命じられてる。軍人としてはこいつよりも階級が上だが、例外的にこいつの下に着く事になった」

 そう言って隣に立つ光輝を親指で指した。

 「ほう……。じゃあ今度からは俺の部下と言うことか。――悪くない。上司にするには少々不安が残るが、部下としてならこれ以上の逸材は中々いないな」

 「ちっ、あながち間違ってないのが癪に障るぜ。――訓練を受けていないお前に能力で劣るとはなんとも情けない話だぜ」

 「仕方ないだろ。怨むなら熱くなりやすい自分の性格を呪え。

 男はクールであるべき、沸騰したお湯は蒸発するだけだ。

 それにお前が俺に勝っているのは身長と徒手空拳での戦闘力と訓練を受けた分だけパイロットとしての実力だけだ。それ以外ではあらゆる面で俺が(だいたい)勝る。妥当な判断だ」

 しれっと言ってのける光輝の頭を小突き、

 「くそっ! 俺を除け者にしてライダーなぞなりやがって! 羨ましいったらありゃしねえ!」

 と嫉妬を丸出しにした。

 「あ〜、君を呼んだのはそのライダーになって貰いたいからなんだけどね」

 とヤマサキが言った途端光輝を突き飛ばしてにじり寄る。

 「本当か!?」

 「本当。君ほどの使い手をそのままにしておくのは勿体ないと思ってね。武器を使うよりも徒手空拳が得意だって聞いたからこいつを――」

 そういってアタッシュケースを引き寄せて開封。中から出てきたのは手の中にすっぽりと収まってしまいそうなほど小さな、ケンタウルスオオカブトを模した黒と銅色のゼクターだった。胴体が黒く頭の部分が銅色のケンタウルスオオカブトの頭を模したデザインになっている。

 「変身アイテムはこれね」

 とカブトとガタックとは型の異なりブレスレットを取り出す。細長い形状のブレスレットにはパーフェクトゼクターの切っ先にあるのと同じゼクター取り付け用セットアップサークルが設けられ、先端が太くて後ろ側が細めの形状をしている。ベルトの部分は銀の合金製のようだ。本体と対角に割れ目がある事から、左右に大きく開いて装着者の腕に嵌めるらしい。

 「ライダー名はケタロス。カブトをベースにスピードに特化したライダーでちょっとだけカブトとガタックより力が弱い。けど、クロックアップ時の速度が微妙に速くてジャンプ力もカブトよりも上。まあ、ハイパーカブトになったらスペックは完全に負けるけど。
 マスクドフォームが存在しないライダーだから変身したらそくライダーフォームになって武器はカブトクナイガンの色違い、ゼクトクナイガンね」

 それと、と続けて別のアタッシュケースを取り出して光輝に差し出した。

 「何だこれは?」

 「パーフェクトゼクターがあるから必要無いと思って渡してなかったんだけど、今回の件で反省したよ。手札は多い方が良い。君たちには死んでほしくないからね」

 アタッシュケースを開けると中に入っていたのは円盤状の物体だった。片側には“コ”の字型のレールが4本並んでいて反対側にはスリット上のモールドが彫られたスイッチがある。

 「ゼクトマイザー……。これはまたマイナーな武器を」

 「ね。劇中じゃ3度しか出番が無かった超影の薄い装備。だけど、大量の誘導弾をばら撒いて行動制限をかけられるのは大きい。パーフェクトゼクターと組み合わせれば相当戦力を強化出来るかもしれない。まだ1つしかないから君に運用してもらって結果次第で量産して他のライダーにも配備するよ」

 ヤマサキの言葉に頷きつつ、光輝は昨夜考えていた事をヤマサキに頼んでみる事にした。

 「なあヨシオ」

 「うん?」

 光輝はヤマサキに顔を寄せて小声で告げた。

 「武羅威の事をもっとよく知りたい。俺の体に何が起こっているのか科学的に知りたい。何で全身に激痛が生じたのか、とかな。
 これからの事を考えると、お前の言う通り手札は多い方が良い。使いこなせるようになりたい。例え限定的であっても」

 その発言に驚いたのはヤマサキではなく元一朗の方だった。そもそも発現したのがこいつとのどつきあいの真っ最中であったこともあり、武羅威の事を知っている数少ない人物の1人だ。それだけにその力を封印することの理由も知っている。

 「あいつは間違いなく俺よりも強い。パーフェクトゼクターがあっても勝てるかどうかわからない。だから、切り札を切る」

 「わかった。今度暇を作って研究してみよう。だけど、健康を害するとわかったら意地でも封印するからね。
 一応、バンダナじゃ夏とか大変だと思うからベルトの方に似たような機能を持たせておいたから。ナノマシンへの干渉で同じような事が出来るんだ。元々神経の情報処理を強化したりするような働きがあるんだから出来ないわけでもないし」

 そう言って調整を完了したカブトのベルトを差し出す。

 「そうか、ありがとう。確かにこいつはこれで結構煩わしかったんだ」

 渡されたベルトを再び身につけてバンダナを外してみる。違和感が無い。バンダナをつけていた時と同じような感覚がある。バンダナに偽装しているとはいえあれで頭は少し重くなるしバッテリーの関係で1日しか持たないし、洗濯するのにだって手間がかかる。一々装置を外さないといけないからだ。1回だけうっかり忘れて洗濯して壊した事がある。修理費は自分持ちだったのが少々痛い。

 「それと、こいつも持っていってほしい」

 そう言って差し出したのは元一朗に渡したのと同じ型のブレスレットだ。

 「ヘラクスゼクターが地球で資格者を見つけたみたいなんだ。――全く勝手に出かけたかと思ったらまたしても勝手に資格者を見つけて……。その人物が協力してくれなかったらどうするつもりなんだよ!」

 最後の方でいきなり叫んだところからするに、相当ハイになっている様子。

 「自由意思が高過ぎるのも問題だな」

 がっくりと肩を落とすヤマサキに光輝は容赦無く皮肉を言う。とはいえ、その自由意思があるからこそただの装備の域を超えた関係を結べるのだから削除してほしいとは思わないが。

 「ああ、そうだそうだ言っとかないといけない事があったんだ」

 「何だ?」

 「ハイパーゼクターがタキオン粒子に対応するために自己進化を始めたんだ。当分は使い物にならない。タキオン粒子は時間に干渉する力がある。機能の戦いでボソンジャンプしたんだって? その時に危うくナビゲートをミスりそうだったんだってさ。タキオン粒子のせいで。

 だからタキオン粒子の干渉下でも問題無く実行出来るように、もしくは逆にタキオン粒子を利用してボソンジャンプの精度を強化する目的で自己進化を始めるって自己申告してきた。
 両方ともいなくなるのは問題だろうから最初に自分からやるって、君のハイパーゼクターから進化を始めたみたい。
 つまり、ハイパーフォームになれない。
 ゼクターの待機してる空間はボソンジャンプ可能なあらゆるパラレルワールドに繋がっているとはいえ、時間の流れは意図して資格者と同じになるように選んで待機してるからね。迂闊に時間の流れの異なる場所に入ると時差が生じるらしいからやりたくないんだって。ハイパーゼクターも移動時間帳消し以外の過去へのタイムスリップは嫌がってるし。

 ついでにパーフェクトゼクターも現状ハイパーカブトじゃないと管制出来ないから、どっちにしても使えないよ。整備自体は今朝方には終わってたんだけど。ついでにタキオン粒子に適応させたいらしいし。今のままだとエネルギー供給に支障が出るとかで。
 手伝おうかって言ったら「邪魔」って一言で返されたし。どうせ僕なんか、生みの親なんてもうどうでもいいんだろうけどさ。他のゼクターは自分が進化を終えた後に情報を提供するから調整を頼むって言われたけど、正直疎外感なるなぁ。成長してくれた事は生みの親として嬉しいけど、寂しいなぁ。

 あ、聞かれる前に言うけど、ユリカさんのハイパーゼクターはカブトには非対応だからね。あっちはガタックに対応させてあるからカブトには使えない。
 ただ、惑星間の移動に関しては協力してくれるって。未登録だけど君のハイパーゼクターのお願いとあっては断れないからだって」

 光輝は1つ溜息をついて首を横に振る。

 「全く。ハイパーフォームでも負けた相手がいるとわかっていながらハイパークロックアップもパーフェクトゼクターも使用禁止とは……。しかもガタックはまだ未熟だと言うのに」

 「だから、数をそろえる事にしたんだよ。コーカサスも早く見つけないと」

 ヤマサキは「うーん」と背を伸ばして「他のライダーはまだゼクターも完成してないし」と言った。

 「ダークカブトも完成した途端行方を晦ましたっちゃし……何で言うこと聞いてくれないの!! ベルトは手元にあるからまだマシだけど、これで協力体制にないクリムゾンとか明日香インダストリーとかに渡っちゃったらどうしろっての!?」

 「――すぐにカブトゼクターに探させようか?」

 呆れて言う光輝にヤマサキは、

 「いや、とりあえずメンテナンスとか情報収集用の緊急信号で呼び寄せてみようかと思う。この信号で強制されないのって君のハイパーゼクターだけだから有効なはず。それで駄目そうだったらお願いするよ。ダークカブトはカブトの試作品だから思考その他が良く似てるからね。そういう意味では自然と君に寄って来るかもしれないからその時は虫取り網になってよ」

 「わかった。――全く、つくづく面白い奴だ」

 後半ヤマサキに聞こえないようにぼそりと呟いた。

 「それはともかく、こいつを調べてくれないか」

 そう言って光輝は紅の宝玉を渡す。

 「何この鉱物。――んー跳躍石に感じが似てるね。何なのこれ?」

 手の中で石を弄びながらヤマサキは感想を告げる。物珍しい物体に触れているからか心なしか目が輝いている様子。しかし、一昔前のようなはっちゃけが無いところからするに、だいぶ価値観が変わってきているのだろうか。

 「わからないが俺が昔住んでた部屋の引き出しから見つかったんだ。良くわからないが普通じゃない気がする。調べてくれ」

 「ん〜〜」とヤマサキは紅の宝玉をしげしげと眺めながら1つ頷いて。

 「わかったけど少し時間をくれないかな? ――正直言って物凄く忙しくてこれから大車輪で働かなきゃならないんだ。心苦しいけど、大親友の頼みでもそうそう時間を割いていられないんだ」

 と心苦しそうな表情を作って言い切る。とはいえ嘘はついていない。ヤマトとナデシコAの再建計画が持ち上がった結果、残されたデータと想定されうるあらゆる事態に対処するための設計として何が必要で何が要らないのか等、技術面で検討しなければならない事は非常に多い。ましてや機動兵器まで全く新しい物に更新し、おまけにヤマトとナデシコが1段落ついたら今度は生産性を高めた所謂正式採用品を設計しなければならない。これで時間的猶予は約3年と言われたらもう忙しくて忙しくて猫の手でも借りたいところだ。

 本当なら光輝の頼みとあれば何よりも優先して片づけてあげたいのだが、立場ある人間として個人的感情ばかりを優先させ続ける事は出来ない。涙を呑んで理解を求める。

 「わかっている。暇を見つけてやってくれればいい。体に気をつけろよ。体力無さそうだからな」

 「わかってるってば。光輝こそ、虫けら如きに2度も3度も後れを取らないでよ」

 ふっ、と鼻で笑って光輝は人差し指と親指を伸ばし、中指から小指までを軽く曲げた右手で天を指す。それ以上は何もせず、何も言わずにヤマサキの元から去っていく。ラピスはヤマサキを一瞥しただけで出ていき、元一朗は深く頭を下げて退出する。
 3人を見送ったヤマサキは改めてパソコンに向かってデータ解析に勤しむ。



 ――しかし何だ、本当に倒れるかもしれない。前に作った栄養ドリンク、試してみようかな。









 「へっくしゅっ! ――うう、頭痛い」

 紫苑零夜は風邪に苦しんでいた。夢である教師になるという目標の元、連日夜遅くまで勉強に励んでいて体調を崩し、まだ大丈夫だろうとタカを括っていたら風邪を拗らせてしまった。

 「うう、不覚だぁ〜」

 布団の中で悪寒にと頭痛に苦しみながら、3ヵ月後に迫っている試験の事を考える。外しても後が無いわけじゃないが出来るだけ早く叶えたい気持ちが強い。つまり、早く直さなければ差支えるかもしれないということだ。

 「げほっ! げほっ! ――ほ、じゃなくて菫ちゃんに助けを呼ぼう」

 昨日の時点で草壁から送られてきた手紙にあの夫婦が姓名を改めた事が書かれていた。何故今更変えるのか非常に気になったが、光輝もそうだが男の名前をつけられてだいぶ拗ねてた菫の改名は大歓迎だった。ただ、慣れ親しんだ愛称を使えなくなるのは残念だ。しかし草壁は相変わらずの達筆だった。血縁関係にないとはいえ流石親子、父と息子で筆跡が似ている事似ている事。まあ彼に書道を教えたのは草壁なのだから当然か。
 ともかく、掛け布団を被ったままのろのろと床を這って電話のところまで行く。なかなかしんどかったがこのままだと食事もまともに取れず逆に悪化しかねない。というか、着替えを取るのもしんどい。

 本当は、あまり光輝と菫に接触したくなかった。今もなお想い焦がれている最愛の男性とその妻。幼馴染の親友だが、惚れた男と一緒になっている事に対して嫉妬を感じないわけが無い。嫉妬を理性と友情が上回っただけだ。元々光輝が惹かれていたのは菫の方で、自分はそれに愛のキューピッドを称して協力したのだ。にも関わらず惚れてしまった。迂闊としか言いようが無い。
 惚れてしまった理由などどうでもいい、菫は認識していなかっただけで両想いになっていたようだし自分の出る幕は無い。そう思って身を引いたが気持ちはまったく薄れない。多分、光輝も同じ気持ちだろうと思う。お互い口にこそ出さないが何となくわかってしまう。
 お互い人前でも2人きりの時も友人として接しているが、それでも一緒にいる時間が長くなると気まずくなるし、別れにくくなる事がしばしば。

 だから、最近では受験勉強を理由に接触を絶っていたのだが背に腹は代えられない。とてもじゃないが、自分で食事を作るだけの気力は無い。そして他の誰かに世話をしてもらいたいとも思わない、というか頼めない。
 電話機そのものを床に引き摺り下ろして受話器を取る。短縮ボタンで彼らの新居にコールする。

 1コール、2コール、3コール――何度コールしても出ない。

 考えてみればあの2人が直接改名を伝えてこなかった時点でおかしい。長期的に家を空けると言うことか。と言う事は――。

 「うう、救援が呼べない――」

 他に友人がいないわけでもないがこういう時に頼れる程親しい友人は限られている。しかも、全員が軍人となっている以上今は頼れないのだ。全く木連の軍事国家的な風潮は! 等と心の中で愚痴る。

 どうしよう。

 試しに菫の携帯電話の方にかけてみる。多分繋がらないだろうと思ったが意外な事に繋がった。

 『もしもし零夜、どうしたの』

 「あ、北ちゃん――じゃなかった菫ちゃん、だったよね」

 『ああ、連絡行ってたんだ。ごめんね、急なことで連絡も出来なくて。――どうかしたの、鼻声みたいだけど』

 「うん、風邪引いてね。――それで、悪いけどお世話を頼みたいんだけど、今外出してるの?」

 『うんそうだけど、わかった。丁度あたしだけ戻るところだったからすぐに行くよ』

 「じゃあお願い。ごめんね、迷惑掛けて」

 『気にしないで。じゃあ30分以内に行くから』

 電話が切れたのを確認してから受話器を戻す。そこで大きなくしゃみをして電話を抱えながら再びずりずりと布団を引き摺って寝床に戻る。光輝が来なさそうで良かった。何てことは無い。大量の汗を掻いて汗臭くなっている状態で異性に会いたくなかっただけだ(恋愛感情はこの際関係ない)。

 そこでコツコツと窓を叩く音を聞いて音のした窓を見る。そしてぎょっとした。
 外にいたのは成人男性の拳大もありそうな体を持つ巨大なクワガタだった。クワガタ、だと思う。メカメカしい外見は自然界にはあり得ないし、そもそもメタリックブルーのクワガタなどいてたまるか。

 「な、何?」

 布団に隠れながら警戒する。体調が万全なら捕獲して光輝に見てもらう(知り合いの中で一番機械に強い)のだが、今の体調では捕獲は無理だ。
 クワガタは唐突に輝いて消えたかと思うと、今度は室内に出現した。

 「これ……跳躍?」

 話には聞いた事がある。今木連で研究中の古代宇宙人の技術。離れた場所に瞬時に移動するらしいが、まだ次元跳躍門と称される物体に無人機を通すのがやっとらしい。まだ人が通る事は出来ないでいると聞いている(情報源は光輝。機密漏洩を気にしない辺り良い性格をしていると毎度のことながら思う)。

 クワガタはハサミをカチカチ鳴らしながら(ついでに飛行装置の噴射音も響かせながら)ぐるぐると頭上を旋回している。何がしたいのか知らないが、これでは落ち着いて寝てもいられない。しかもついでと言わんばかりに同じくメカメカ黒いカブトムシまでやってきた。
 しかも顔を合わせた途端2匹(?)は

 カキンッカキンッ!

 と金属音を響かせて角をぶつけ合い始めた。病床に伏している身としては、はっきり言ってかなり耳障りでうるさい。うんざりして再び窓の外を見ると、そこにいたのは異形の存在だった。虫の意匠を人に持ち込んだかのようなシルエットの醜悪な怪物。一瞬思考を停止した零夜を守るかのようにクワガタ――ガタックゼクターとダークカブトゼクターは猛然と怪物――ワームに向かって飛びかかっていった。



 直後、窓ガラスの割れる音が室内に響いた。








 あとがき

 今回も何故か早めでした。KITTです。

 にしても当初の予定と“変わる変わる”。
 だいたいの流れは決まってるんですが本当にだいたいで、しかも多くの場合はキャラクターの方が勝手に予定に無いセリフを喋ったり行動したりとか、作者の思う通りには動いていないというか何と言うか。たぶん最後までこの調子なんでしょうね。ちなみにこの第4話Bパートの中ではハイパーゼクターの自己進化がそれにあたり、当初の予定では地球に移動後しばらく経ってからの予定でした。
 幽霊ユリカ(笑)は生身の予定でしたが死んでからの方がユリカを動かすだろうと思ってこうなりました。にしても幽霊とは思えない元気さです。流石ユリカ。三つ子の魂あの世までですね(違)。

 ナデシコCのクルーの話。本当は前々回くらいのあとがきに書いた通り“全滅”でした。助かるはずの無い状況としていたので。
 にも拘らずルリが可哀そうになって「キットが強引に干渉して生かした」というご都合主義万歳な展開に変更されてます。この変更自体が“該当シーンを書いている時に行われた”ためそれ以前の話では全く触れられていません。

 しかし、意外とルリ出てくるな。やっぱりアキトとユリカの身内となると必然的に出番が回ってくるものなのか……(はっきり言って世間が騒ぐほどルリにも綾波にも魅力を感じない)。代わりにオリキャラのユリナはメカ関係の話題をヤマサキに(これは作者の予想外な展開)取られまくってるから出番のない事。これで真田さんとウリバタケさんとイネスさんが出てきたら――。つーかヤマトの主要クルーは固まってるけどナデシコ側の主要クルーはまだ全然固まってないんだよなぁ〜。愛の差か? というかナデシコは乗組員が艦を動かしてるっていう印象に乏しいのが一番の原因かも。



 古代進の声は「山寺宏一」でお願いします。作者は「宇宙戦艦ヤマト復活篇」を支持し、同時にプレッシャーの中古代進を継いでくれた山寺さんを応援しますという意味で。島も「田中秀幸」さんで(ゲーム版「さらば」以降を担当)。
 (古代が)若い頃の演技がようわからんと言う人はPSゲーム版シリーズをプレイするか動画でも見てください。
 そう言えば、島次郎(大介の弟)はアカツキの中の人でしたね。雪はノーコメント。上手い下手以前に回想シーンでのセリフしか無いに等しいのでイメージが定着してないし。

 あと前回のあとがきで普通に書き忘れてましたが、本作の新生宇宙戦艦ヤマトの寸法は「復活篇」を基準にして制作した模型からスケールアップしたもので、劇中設定280mのところを、信濃の寸法から比較して逆算した全長設定にしてます(とはいえパート1の時に330mという数値もあったりします)。信濃はあれで81mと表記されています。

 そう言えば、新生ヤマトもクルーの中に「能力はともかく性格的問題あり」の奴がちらほらと。モニター表示等にもエヴァやナデシコの影響があるし、妙なところで混ざったか? おかげでさらに遠慮なくナデシコと混ぜられます(笑)。



 と、最近はヤマトの事しか語って無い(多分愛の差と後述の理由から)のでちょっとナデシコの事も。

 作者、実はナデシコの原作は手元にあるにも拘らずここ数年視聴してませんでした。と言うのも、劇場版の内容があんまりだったため必然的に辛くなってTVシリーズが視聴出来なくなったんです。本当に辛くて。ここでこんなに明るく馬鹿騒ぎしてるのに将来的にああなるのかって。メカニック的には劇場版の方が好きなだけに残念で残念で。最初に劇場版を見た時も「自分の中ではパラレル扱いにしておこう」と本気で考えたくらいですから(ナデシコを勧めてくれた友人にも断言した。このパラレル発現の発端になったのは「時ナデ」の影響が強し)。

 たぶんですけど、ヤマトも“さらば”で終わっていたならここまでのファンじゃなかったと思ってます。
 皮肉な事に、オマージュとしてヤマトの要素を取り込んでいたナデシコがそれを証明する形になったんです。事実ヤマトも“さらば”に関しては“作品としては面白かった、けど認めたくない”というスタンスを今まで貫いています。幸いこっちは“2”以降の作品で“さらば”の展開を無視してくれたので問題にもなりませんでしたが。

 ナデシコも、入った切っ掛けがスパロボとこのActionの二次小説等だったのが救いとなったんだなと思ってます。ただ、前々回のあとがきで書いた通りアキト×ルリの作品のユリカの扱いのせいで一時期はカップリング作品を通り越してルリというキャラクターそのものに対する嫌悪感が醸成されてしまったという手痛い出来事もありましたが。オフィシャルでは今後続編が何らかの拍子に制作可能になったとしても、今更アキトとユリカの関係の完全破棄はごめんです。あの2人の絡み無くしてナデシコの空気無し。そういう意味では劇場版はナデシコらしくなかったと思います。

 この作品を書いていること自体「劇場版とさらばを“否定しつつ肯定する”」ためと思えなくもないです。今となってはですけど。――ツンデレとは違いますよ? 嫌っていること自体は本気ですから。

 ヤマトは復活に成功した。もしかしたらナデシコも復活出来るかも!? と全く根拠もなく思ったりしたり(ヤマトにしても副監督曰く「再始動は100%無理だと思ってた。スタッフの努力と意気込みが復活を成功させた」と語ってるくらいですし。――ナデシコのスタッフがナデシコという作品にそこまでの想いがあるのかと問われたらかなり微妙な感じですが。そもそもヤマトと違って制作中止になったいきさつ(ヤマトは制作会社の破産と裁判に端を発する著作権問題のごたごたが主の要因)が語られていないから何とも言えない)。

 余談ですがスパロボWikiのラピスの項目にある監督の「アキトはまたラーメンを作ると思う」「ラピスがいればラーメンは何とか作れる」との発言があったとのことから本作のアキトが異様にポジティブで張っちゃけてる気がします。まあ多分帰還を果たすのだろうと。アキトにとっての「ラーメン」ってユリカとルリでボロアパートに住んでた頃の自分の象徴でしょうからね。そこにラピスがくっ付いて来て4人家族になると。

 しかし個人的には“劇場版を無視したヤマトで言うところの2を作ってくれ”という感じでしょうか? 劇場版はどうしても受け入れがたい。とはいえ劇場版後でも内容次第という感じでしょうか。

 ちなみに作者、メカニック的にはナデシコ系列は嫌いな部類に入っていました。スパロボでプレイするに辺り、「換装面倒癖っ〜〜〜。改造資金個別かよ!?(Aに限定か?)」ってな具合と、元からして機体コンセプトで好みのものがあまりにも少なかった(砲戦と月面だけ。共通して格闘戦よりも射撃戦。しかも当時は武装はともかく機体に関しては陸海空宇全ての地形で活動可能な汎用機が好み)という理由もあり、スパロボでも主力としては使っていませんでした(例外はブラックサレナとナデシコ(YユニットとC)。いずれも最多の周回を回したRで主力として使用したから)。まあ量産機(規格品)の良さを全くわかっていなかった若かりし日の思い出でしょうか(笑)。

 しかしながら、ミリタリーにも(にわかではあるものの)触れる機会が増えた結果、そのコンセプト等にも理解を示せるようになって好きになって来たの喜ばしいことです(ただ若干の火力不足が不服です)。それにヤマトも復活篇でコスモパルサーが換装機構を採用していたので(結局重爆仕様しかでなかったものの、企画段階では相当なバリエーションあり。何でもミサイル以外で戦艦に匹敵する火力を持たせるのは駄目という意見があったため、遊び過ぎの域に達していたそれらのプランが没ったらしい(この文章読んでダブルエックスの搭載を微妙に後悔したのも記憶に新しい……)。中にはヤマトと同型のパルスレーザーを装備して作中に出た大型爆弾を搭載したモデルもあり)。

 しかしエステバリス系列と初代ナデシコはともかく、戦艦として見た場合のナデシコCは嫌いでして(あのハッキング掌握が、ね)、今作品におけるナデシコ級唯一の戦艦としての役割をグレートが新生ヤマトに置き換わった様に最終的にはYナデシコに置き換わり、スクラップのまま消え去る運命になりました。最初に採用した理由は「一応ナデシコ系列最後の艦だから(出来るだけ最終形のメカニックを使用するという方針が当時あったため)。原作でのYナデシコも相転移砲の発砲以外は戦闘シーンに乏しくて印象が弱かった」と言う程度。メカニック設定も文章だけで軽く120kbに達するヤマトに対して(記述が被る点が多いとは言え)現状16kb(まだ未完成)。愛の差が――。
 作中で言わせた通り「内部容積が足らなくてヤマト張りの装備が施せない」というのも理由なんですけどね。格納庫の拡大と工場設備に農園の事を考えるとYナデシコでもないと足らないんですよ、いくらなんでも(ヤマトが混じってるんで無視しても良い内容なんですけどね)。ヤマトに同行する艦が無補給での長期間航海不可って話にならないんで。あ、あと唯一“噴射口”を持つナデシコだからというのも理由ですね。波動エンジン搭載艦艇で噴射ノズルが無いのはちょっと。

 艦長はやっぱりジュン君あたりかな〜? 出来ればヤマトに乗せて副艦長として頑張って貰いたい気がするんですが、そうするとナデシコの艦長が全く思い浮かばないと言う問題が。おまけに予定変更で強化IFS体質(本作品では意味無しながら)が全員ヤマトに集結した設定になっているのでオペレーターもね。“復活篇”のキャラは使わないと決めているので色々と大変な事に。何とかしますけどね。目星は幾らか付けてるんで。

 ちなみに本作品では劇場版の一件でアキトとユリカが人体実験の影響で数年内に死ぬ、ラピスとアキトがリンクによる感覚共有をしているという設定は無いです。前者に関しては治療の余地がある、後者に関しては単なる相棒という感じです。



 あ、波動エネルギーの解釈は私の勝手なものなのでオフィシャルと思わないでくださいね。
 一応オフィシャルのファクトファイル(ディアゴスティーニの奴)には「波動砲はタキオン粒子そのものを撃ち出す兵器。タキオン粒子は三次元空間を不安定とする性質を持ち、命中した物体は不安定になった三次元空間の歪曲に巻き込まれて崩壊、その過程で誘爆が起こる」と記述され空間磁力メッキも「タキオン粒子が作用する前に何らかの方法でそらしたものと推測される」との記載があるのでそれをベースに勝手に解釈しました。まあ空間歪曲による破壊って言うのが後付けに近い気もしますけどね。当時の資料は殆どないので何とも言えません。

 ちなみにゲーム版では波動砲は「粒子砲」と真田さんが明言していますのでそれも流用してます。
 本作の原理だと「熱による破壊作用」があるのははっきり言っておかしいのですが、「永遠に」の劇中で波動カートリッジ弾の威力の議論で古代が「波動エネルギーの熱効果じゃ?」というセリフを言っていました。今回採用しています。たぶん、当時は時空間の歪曲作用による破壊なんて設定が無かったか、あったとしても失念してたんじゃないかと思います。ヤマトじゃ良くあることです。

 ちなみの「燃費が悪い」「低出力だと波動エネルギーはビームとして安定しない」というのも創作設定なれど確定したのは“このパートを書いてる段階”。実は低出力でも撃てるという設定に基づいていたのがツインサテライトだったのですが、そのままだと「何でヤマトに(波動エネルギーの前では無力な)DF付けてんだよ、敵が持ってるかもしれないのに、とか、もっと強力ならGBじゃなくて波動エネルギー砲搭載すりゃいいじゃん」という矛盾に気がついた(遅ぇ!)ので過去に遡っての修正を。ついでに描写の不一致も修正しました。

 この波動エネルギー問題、「DF関連の歪曲でも防げる」設定に変えることも考えたのですが、どっちにしろGBの立場が無いので「最終兵器にしかまともに使えない」設定に改めました。「低出力でも使用可」の設定は原作ヤマトの「戦闘衛星」が波動エネルギー砲だという記述を見た為(ヤマトだから勿論諸説あり)逆に悩まされたと言うのが真相。カートリッジ弾は“ビーム兵器じゃない”ので低出力でもどうとでも出来ると判断したのですが、ツインサテライトはもろビーム兵器なのでどうしようもありませんでした。

 何度も修正を変更して本当にすみません!(この辺の不確定さがもんじゃ焼き表現の由来)
 ただし今回の修正は波動エネルギーの描写のみの変更で話自体は全く変わっていないので「ふぅん。波動砲の設定が変わっただけね、了解了解」的なノリで流して頂くだけでも全く問題ありません。ただし、不自然な描写や誤字(気づけた範囲で)の修正等は行っています。でも大筋には全く変更がありません。元々の荒唐無稽っぷりにも変わりはありません。



 ちなみに今回語ったハイパーゼクターの自己進化はだいぶ前にお師匠様にある質問をした時の返答の中にあった内容をベースにさせて頂きました。たぶん自力では思いつかなかったと思います。

 お師匠様、本当にありがとうございます。

 にしても、この世界のボソンジャンプ制御は改めて確認してみると物凄いです。対象を完璧に限定しての(しかも衣服みたいに体に密着している物も)ピンポイントのボソンジャンプを実現してます。今のところマスクドライダーシステムに限定されていますが。巻き込み確認が要らないのは良い事です。巻き込まれても死にはしない世界にしてますが。

 ちなみに本作品におけるクロックアップは原作よりも遅いです。また今作では動作を機械的に加速していますが(かなり無茶苦茶)原作では“(ライダーのエネルギー源でもある)タキオン粒子を利用して自分の時間を加速する事による高速移動”であるので、実際にはタキオン粒子が流れていない目では視認も出来ず、通常時間軸からの攻撃で捉える事も極めて難しいです(時間操作の影響を受けていない行動は全てスローで見えるため)。改定ミスがあった2話も込みでクロックアップの速度を修正しました(もう少し速くしたかったため2話に書かれていた数値を改定したのみ。そもそもその1か所を除いて速度表記無し)。HCUが現状音速でCUは秒速120m前後だと最高速度は時速435kmくらいですね。以前の表記速度は100kmですから物凄くスピードアップしてます。。速度の違いはHCUが“必殺技”相当で、CUが“ワームとの戦闘の大原則”であるという違いが如実に表れたある意味面白い設定ですね。資金難か演出上のネタ切れか、後半ではCU演出が殆ど無くなってしまったのが残念です(HCU形態もMHCの反動抑制以外では出番が無くなってしまった――)。
 にしてもまだ残ってたか、電王絡みの記述。文量が多いから見逃しやすいっす。いっそ書き直してればよかったかも(と当時を振り返る)。まだ残ってそうで怖い。

 すっごい今更ですが本作ではハイパーフォームの必殺技、マキシマムハイパーサイクロン(タイフーン)で必ずマキシマムライダーパワーを使用していますが、原作ではハイパーライダーキック以外では使用する必要がありません。これはゲーム版での演出を採用しているためです。膨大なエネルギーを使用すると設定した超必殺技の演出として最適かと思ったので。

 ちなみに今回ケタロスやヘラクスのゼクターを「○○ゼクター」と呼称していますが、正しくは「カブティックゼクター(○○)」です。頭の部分が違うだけで後は共通の劇場版登場のライダーです。また、ケタロスは劇中ではクナイガン・クナイモードしか使いませんでしたが本作ではフルスペックで装備しているのでガンとアックスモードも使えます。

 ちなみに2機目のガンダムはまだ未確定です。登場作品は決まってますが具体的にどれかはまだです。好みの変化で00Rが没ったので色々と、ね。
 元々3機予定をスーパー側に合わせて2機に減らしたシワ寄せがどうにも。やっぱクアンタかな? 00Rが好みから外れたのでデザイン的には好みなクアンタを採用したいんですけどまだ詳細スペックがわからないと言う始末。早く公開してくれ〜。

 ちなみに前衛後衛の区分とその役割に対する基準としているのは大人気(?)アーケードゲーム「機動戦士ガンダム 戦場の絆」です。まあガンダムとスーパーロボットのみがこのゲーム中でのカテゴリーの中でも他のカテゴリーの役割も果たしかねない超高性能機という扱いになりますが。

 当然スーパーロボットは「格闘型」でガンダムタイプが「射撃型(ゲーム中でも初代様はこのカテ)」という感じです。各々のカテゴリーについては絆Wikiでも参考にしてください。



 まあ、そんな感じです。にしても、毎度の事ですが本文共々あとがきが長いです。――喋り出したら止まらない、という奴でしょうか? まあ本文中で入れられない気持ちの吐露、ってのも大分含まれてますけどね。



 >プロフェッサー圧縮さんへ ヤマトの強さ

 私も地球の人々の“祈りや願い”がヤマトの強さに大きく関与したと思います。今回はあえて書きませんでしたが、そういう祈りや願いを強く受け続けていた事をきっかけにヤマトは命に目覚めた(正真正銘の九十九神化した)という解釈をしています。で、命を得た理由がそうだからヤマトは地球を愛した。例え忘れ去られてもその気持ちは変わらなかったからヤマトは戦った、強くあれたと言うのが今作におけるヤマトの解釈の1つです。乗組員は言うに及ばず、始めからそういうつもりで戦ってますし。

 どちらにせよヤマトの復活は「人類の願いありき」に変わりは無いです。ヤマトの強さって優れた科学技術だけじゃなくて泥臭くて拒絶反応すら起こしかねない人の精神性との釣り合いで成り立ってますからね。どっちが欠けてもヤマトは弱くなりますし、ヤマトという作品自体がそういう精神的なもので成り立ってますから。
 理屈で固まっちゃったらもうヤマトじゃないんですよね。そういう意味では復活篇は間違いなくヤマトでした。ヤマトという作品をちゃんと正面から捉えてないと、安易な批判に走りがちになる作品でもありますけどね。何しろ現行のアニメのフォーマットで作られてませんからね、設定にしろ脚本にしろ。というか最近のが妙な方向に走っているようにも感じられますが。



 後実写版ですが、予告見る限りでは個人的に期待出来そうです。“匂い”を感じました。強いて言えば最後でヤマトを“昇天”させないかどうかが一番の心配どころです。ヤマトが逝く様なんて、さらばと完結編でお腹一杯。2度と見たくないです。




プロフェッサー圧縮in惑星探査機(嘘)の「日曜劇場・SS解説」


さすらい〜続けて〜祈りの〜歌ぁが〜今また心に〜よーみー返るぅ〜(゜▽゜)

・・・ハイ、またお会いしましたネ、プロフェッサー圧縮でございマス(・・)

えー今回は閑話、または嵐の前の静けさ、そして未来につながる過去なお話でした(゜゜)

一方比喩でも誇張でもなく全人類の命運が双肩に掛かっているヤマサキですが(爆)いつ倒れるかでトトカルチョが成立しそうな勢いですな(ぉ

まるで要件定義も手付かずなのにケツだけ決まってるプロジェクトを5つくらい押し付けられたプロジェクトリーダーのようで哀愁を誘います(’’)

しかも現状、制作進行と作監兼任してるようなモンなので(爆)体制的には最悪の悪手してると言えましょう(大爆)

木連の人の居なさが根本原因なので、地球からの助っ人確保が急務なのですが・・・・・・

助っ人来たら来たで、管理は誰がやるんでしょうね?



・・・さあ、次回作が楽しみになってまいりました(ぉ 機会があったら、またお逢いしましょう(゜゜;)/

いやーSSって、ホント〜に良いものですねー。

それでは、さよなら、さよなら、さよなら(・・)/~~


                By コメント中のプロジェクトはあくまでフィクションであり(ry プロフェッサー圧縮

#文部科学省がヤマトとコラボ始めたようDeath(超爆)
 そして告知ポスターを見て、わたくし全力で一言。
 ただのキムタクポスターじゃねーかYO!!!!!
 ・・・もうね(ry