ユリカの宣言を受けた会場は騒めいていた。
ヤマトの来歴の衝撃もだが、彼女が見せつけたヤマトにかける熱い情熱と信頼に影響されたのも大きい。
自分たちこそが愛するモノたちにとって、最後の砦であるという事実を悲観的ではなく、むしろ誇らしげに語ってみせたその姿は、不思議と彼らの心を沸き立て、勇気を与えていた。
無論ヤマトのクルーに選ばれた者たちは直接的、間接的に彼女が余命幾許もない身の上であることを知っている。
一般にはともかく軍内部では調べればすぐにわかる情報だ。
だからこそ、あの力強い言葉に勇気を貰えたと言っても過言ではない。
自分自身の未来すら危うい、むしろ地球同様すぐにでも終わってしまいそうな状態にも拘らず、微塵も諦めを感じさせない姿に、クルーたちは敬意すら抱いた。
――我々はまだまだやれる。絶望するにはまだ早い。信じてぶつかっていけば、なんとかなるかもしれない、と。
その後、一人の脱落者も出すことなく全員がアクエリアスへと移動を開始した。
連絡艇の窓から見た地球の惨状は、クルーたちの心に鋭い刃となって突き刺さる。
これが、いまの地球の姿。これを救う唯一の存在は、自分たち。そのためのヤマト。
ユリカの想定通り。クルーは皆、己に課せられた使命を改めて自覚して、知らず知らずに拳を握り締めていたという。
……全員乗艦、欠員なし。
その報告を艦長席で受けたユリカは全員の覚悟に感謝し、なおのことしっかりしなければと、改めて自分に決意表明をするのであった。
新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
第三話 号砲一発! ヤマトの目覚め!!
ヤマトへの乗艦が完了してから一時間。
乗組員は自分たちの部屋割りを確認して荷物を置くと、それぞれの配属先に散らばってシステムを立ち上げていった。
大介は配備先になる第一艦橋の操舵席にて、家を出る時にまだ幼い弟から渡された激励の手紙を大切そうにポケットに入れ、使命感を燃え上がらせていた。
大切な家族たちからの激励の手紙だ。せめて発進の時くらいは肌身離さずに持っていたい。
島は操舵席に備わった操縦桿を動かして手応えを確認、各種スロットルの位置や計器類を確認する。
シミュレーションは受けているとはいっても実物を触るのはこれが初めてなのだから、発進前にきちんと把握しておかないとヤマトは飛ぶに飛べない。
ヤマトの運航部門の責任者にしてパイロットを兼任する航海長という立場を考えても、決して疎かにはできない作業だ。
「次郎、親父、お袋よ。待っててくれ。きっと帰るからな……」
そんな大介の様子を、進は自分の受け持ちである第一艦橋最前席の中央、戦闘指揮席の計器チェックをしながら見ていた。
そのような座席に座る進もまた、戦闘班の責任者である戦闘班長に任命されていた。
ヤマトの戦闘指揮を任されるということは、ヤマトに備わった数々の武装の運用は勿論航空部隊への作戦指示すらも任されるということだ。
……それにここは、ヤマトの最終兵器であるトランジッション波動砲のトリガーを備えられている。使用の判断は艦長のユリカに一任されているとは言っても、管制を担う進が仕損じるわけにはいかない。
進は責任感から額にジワリと汗が浮かぶのを感じた。
役職に対して経験と年齢が釣り合っていないとは感じるが、極度の人材不足の地球だ。任された以上やり遂げるしかないと、気持ちを引き締めようとするが、ふと耳に入った大介の言葉に寂しさが去来するのは避けられなかった。
(……いや、島に悪気はない。これから苦難を乗り越えていく仲間で、俺の一番の親友なんだ。ここは、普段の礼も兼ねて励ましてやるとするか)
「島、気張って行けよ。しくじったら、残された家族がかわいそうだからな」
「古代……ああ、しっかりするさ。その、ありがとうな」
進の前で軽率だったか、と言う顔をする大介に進は心配するなと笑い飛ばして見せた。励ましておいて寂しさや嫉妬を見せるなんて――格好がつかないじゃないか。それに、
「俺のことは気にするな。世界のどこもかしこも、同じような人間が山ほどいるんだ。それに俺は、ルリさんやユリカさんを信じるって決めたんだ。全身全霊をかけて、この計画に挑むだけさ」
「……そうか、そうだったな、古代。必ずやりきろうな。俺達の未来のためにも」
家族を失った心の痛みは消えない。
しかし進は以前に比べるとそういった痛みが和らいでいることを自覚している。
そう、ナデシコCに乗艦して以降交流を重ねている、ルリやユリカの影響だ。
始まりはもちろん、あのナデシコCの騒動である。
ユリカの監視任務を任されていた間、ルリと腰を据えて話したことがあった。
その時に進は、ルリが宇宙に進出するに足る完璧な人間を目指して遺伝子操作されて生み出された子供であることを、そして両親と思っていた存在が単なる教育のための虚像に過ぎなかったこと、遺伝上の本来の両親とは馴染めず縁遠くなっていること、そしてナデシコを降りた後ユリカに引き取られ、ユリカに連れられてアキトの住むボロアパートでの共同生活に至り――二人を家族と慕うようになったこと。
さらには火星の後継者によってその幸せな生活が奪われてからの話。全てを聞かされた。
進は安易な同情は示さなかったが、やはり似た者同士としての共感を抱き、彼女と打ち解けていった。そして同時に彼女が広告塔として宣伝されているような雲の上の人ではなく、本質的にはどこにでも居る普通の人間なのだということをこれ以上無く理解させられた。
そしてユリカだ。
結果として兄を見殺しにした張本人。だがそのことを心から悔やんで苦しんでいる彼女を、冷徹な人間だと言い切ることは、進にはできなかった。
だから進はとにかく話してみることにした。
知りたかったのだ。彼女のことを。ルリがあれほど慕う彼女の人柄を――どうしても。
そうやって数日も経てば、進はユリカが感情豊かで情に厚い、太陽のような暖かい人間であることを知る。
にも拘らずルリをいたずらに心配させる行動について不可解に思い、そのことを問い質してみたこともある。
結局「そうするしかなかったの。未来に希望を繋ぐためには」としか返答を貰えなかったが、その時の表情を見れば、ルリを苦しめたことは本意でないのがわかった。
……彼女は表裏のある人間ではない。それに、帰路のナデシコの中でも時折話題を聞き、そして帰還後に自身も配属されることになったヤマトのことを聞かされれば、決してベストとは言えないまでも、間違ったことをしていたわけではないということが進にもわかった。
話が進むにつれて、進はそこまで彼女を突き動かす最大の動機――彼女の夫テンカワ・アキトのことが気になり始める。
少々不躾かとは思ったが、思い切って尋ねてみるとユリカは僅かな沈黙の後に、
「そうだね、私も古代君の身の上話を聞かせて貰ったから、答えなきゃだね」
と、自分が知りえる限りのことを教えてくれた。
それは火星の後継者によって拉致され、人体実験の素材にされた彼女らの顛末。
アキトは実験の後遺症で、夢であった料理人に不可欠な味覚を始めとする五感に障害を抱えてしまい、自分たちの未来を閉ざした彼らへの復讐と、囚われたままのユリカ奪還のために復讐鬼と化し、火星の後継者の隠れ蓑であったヒサゴプランに関わるターミナルコロニーを襲撃して……無関係な人にも少なくない被害を出してしまった。
そして自身の行動ゆえに彼女と共に生きることを諦めて、別れの言葉もなく雲隠れしてしまったことを知った。
……そこまで話を聞くと、ユリカへの怒りや恨みなど吹き飛んで、彼女たちを身勝手かつ自己満足の正義を振りかざして引き離した、火星の後継者への怒りが湧きあがってきた。
確かに実験の後遺症とやらがなければ、ヤマトの再建は成しえなかったかもしれない。いや、そうだとしても火星の後継者事件がなければまた違った道もあったはずだ。
ガミラスが避けられない脅威であったとしても、彼女の隣には最愛の夫がいたであろうし、その夫にしても、自分で自分を許せなくなるような所業に手を染めずとも済んだはずだ。
そんな感情が口を吐くと、ユリカは本当に泣きそうな顔で「それ以上言わないで」と進を止めた。
それから間を置かずに嗚咽を漏らして泣き出す姿を見て、火星の後継者の遺した傷跡が決して小さい物ではないことを痛感する。
彼女もまた自分と同じように、理不尽な暴力で不幸を背負っていた。
――そして、彼女はまだ火星の後継者の呪縛から逃れられていない。
そうやった腹を割った話が続くほどに、彼女らとの関係が深まるに連れ、いつしか進はユリカに強い敬意を抱くようになった。
あんなに弱々しい体なのに、本心では寂しくて寂しくて泣き叫んでいるというのに、それを感じさせない不思議な包容力に心が休まるのを感じる。
自分だって手一杯であるだろうに、彼女は進を決して蔑ろにはしなかった。
そんな彼女の心の強さを、進は尊敬した。
いつしか彼女の元で共に戦い、この苦難を打ち勝つことを夢見るようになった。
その気持ちが極まった進は、冥王星近海での戦いで見せた戦術眼を思い出して「俺に戦闘指揮を教えてください」と頼んでみた。
断られるかもしれないと思ったが、彼女は「いいよいいよ、大歓迎だよ!」と快く応じてくれた。「やっぱりそうなるんだね!」と言いたげな視線が気にはなったが、そんなことを追求するよりも先に己を鍛えるほうが先だと流して、教えを請う。
――あとから彼女が連合大学を首席で卒業した才女であることを知ったが、その時は知りもしなかった。
ちょうどその時そばにいたルリは、それはもう怖いくらいに目を吊り上げて「大人しくしてください」とユリカを非難したが、「ゲームだからゲーム。そんなマジなのやらないから!」と、本当にオモイカネに頼んでゲームを起動して進と対戦する、という形でのレクチャーを実施した。
進はちょっと拍子抜けしたが、ルリの心情も考えるべきだろうとその場は我慢してユリカと対戦――してフルボッコにされ、格の違いをまざまざと見せつけられ、すごく悔しかった。
見かねたルリが代わりにユリカに挑んではみたものの、結局あの手この手で叩き潰されてやはりボッコボコにされていた。
ルリは尊敬するような悔しいような複雑な表情で「もう少し手加減してくれてもいいと思います」と唇を尖らせ、いままで見たことも無いような可愛い表情を見せてくれた。
その表情にユリカも進も大笑いして、陰鬱な空気を完全に吹き飛ばした楽しい時間を過ごしたものだ。
直後にルリは拗ねてしまったが、いまになって思えば空気を明るくするためのルリなりのポーズだったかもしれないと、進は思う。
……それからは毎日が忙しくも楽しかった。
時にはユリカの看病のために離れられない雪や、ルリを心配して様子を見に来たハリ、進がまた馬鹿をしでかさないかと気になって顔を出した大介すら巻き込んで、他愛のない無駄話に花を咲かせることもあった。
ユリカの無茶苦茶な活動報告も悪いことばかりではなく、地球では見られないような変わった気象現象などの写真だったり映像だったりを資源採掘のたびに残していたらしく、未知なる宇宙の神秘の記録に全員で目を輝かせた。
ほかにも全員でゲームで遊んでバカ騒ぎをしたり、過去の映画やドラマを見て笑ったり感動したりと、暇さえあればユリカの所で大いに楽しんだものだ。
……病室では静かに、と艦医に怒られもしたが。
地球に戻ってからはヤマト乗艦のための訓練に勤しむことになったが、暇さえあれば顔を出すことに変わりはなく、そこでユリカからより本格的な指導も受けられ、そこで示した成績が見込まれたことも、進が戦闘班長に選ばれた理由らしい。
そこに地球で合流したラピスやエリナ、イネスらを始めとする旧ナデシコの面々とも顔見知りになると、進の交友関係は一気に広がった。
そういった日々を経て、進は兄を失った悲しみを克服し、出会った友人たちのためにもこの航海の成功を誓うようになった。
もう二度と、大切な人を失うまいと固い決意を抱いて。
そこまで述懐してからふと後ろを振り向くと、その視線の先にはヤマトのコンピューター関連の総責任者、チーフオペレーターの任に就いたルリが、機関制御席に座ったラピスに声を掛けていた。
「ラピス、そちらの準備はどうですか?」
電探士席のパネルを操作してシステム全体をチェックしながら問いかける。
ヤマトには最終調整の段階で急遽ナデシコCからオモイカネが移植された。
長年の相棒が一緒なのは心強かったが、ヤマトではオモイカネもサブコンピューター扱いだ。
本来想定されていない改修のため、マッチングが不完全なのだ。
なにしろ、ナデシコCが無事に帰って来れる保証はなかったし、現役で活躍している貴重な戦力を、秘密裏に作業しているヤマトのために潰すわけにはいかなかったので、これは致し方ない。
メインコンピューターはユーチャリスが使用していたものを改修して搭載しているらしいが、そちらはオモイカネと違って人格のようなものは芽生えるに至っていなかったようで、そちらとのマッチングは思ったよりも悪くない。
――立場の違いにオモイカネが嫉妬していたが。
第一艦橋側の操作パネルは透明なスクリーンモニターひとつとコンソールパネルが一枚だけで、パネル全体が右側にある支柱一本で支えられているだけと、ボックス席の他に比べると本当に簡素なものだ。
改修が追い付かずIFS端末の使えないキーボードタイプのそれは、ルリの能力を最大限に発揮できるものではなかったが、本命の電算室は第三艦橋にあるのであまり問題ではない。本格的な作業をしたければそちらに移動すればいいだけだ。
ただ……。
(移動方法……もう少しなんとかならなかったのでしょうかね?)
頭を痛めながらラピスの返答を待つ。
てっきり彼女は自分の下に付くものかと思っていたのだが、彼女は意外や意外、機関部門の総責任者、機関長として乗り込んできた。
エンジン本体の機械的な調整作業はその細腕では無理だが、プログラム関連は元よりコンソールパネルを使用してのエンジンコントロール技術で優れた手腕を発揮したことで、案外すんなりと決まってしまったのだという。
本人も再建の際に最も力を注いだのが機関部の制御系だったようで、愛着があるのだとか。
見目麗しい少女が自分たちの上司になったというのに、機関部のクルーたちは意外と好意的にその事実を受け止め、小躍りしていたのが印象的だ。
ラピス自身は特に反応を示さず(理解できなかったのだとルリは判断した)、礼儀正しく部下となる男共に接していた。
「……起動準備は進展率五〇パーセント。作業は順調です、ルリ姉さん。いまのところハード、ソフト共にエラーはありません」
ラピスは計器類のチェック作業を止めずに回答する。
こちらはボックスタイプの立派なコンソールが用意されているの。
その中にすっぽりと納まったラピスは、長い桃色の髪を邪魔にならないようにうなじの所で縛っている。
計器盤はアナログメーターとデジタルメーターが複数備わったもので、複雑なエンジンの出力管理とエネルギー分配はこの席で行う(ラピスはIFS端末への改修作業を強く断っていた)。
機関室からの直接制御を求められるときはこの席から直接指示を出して、彼女が担当できないエンジンの直接管理を部下たちが担う、という構図だ。
――本当に彼女は変わったと思う。
ナデシコCが地球に帰還してからのひと月の間に彼女とついに直接対面したのだが、最初は別人だと疑いたくなるほどに人間として飛躍的な成長を遂げていた。ユリカの影響と聞かされて大いに納得すると同時に悪影響を不安視したが。
おまけに対面するなりラピスはユリカに以前「じゃあラピスちゃんはルリちゃんの妹だね」という言葉をいろいろな点から考えた結果受け入れてしまったらしく、早々ルリを姉と呼び始めて大いに困惑させられたものだ。
それからはアキトやユリカという共通の話題を切っ掛けとして関係を深めていき、いまでは姉妹と言われても戸惑わないほどの関係を醸成している。
「通信システム、すべて異常なし、と。さすがわが社の製品ね。完璧だわ」
通信長に抜擢されたエリナが会心の笑みを浮かべている。
彼女の座る通信席は、壁面に備えられた艦内の各所を映し出す小型モニターが幾つも連なっているのが特徴で、手元のコンソールと合わせて艦内の通話を円滑に繋げる事ができる。
ヤマトでは任務の都合上艦外の通信の殆どは艦外作業中の工作班か、さもなければ出撃中の航空部隊になることが大半になるだろうが、場合によっては不審な電波の傍受や解析も担当することになる席だ。
ナデシコでは副操舵士の役割についていた彼女だが、ヤマトでは通信関係の責任者となったのは意外だった。
ユリカをフォローすべく第一艦橋への配属を強く希望した結果、空いている席がここしかなかったというのが理由らしい。
「それにしても、エリナさんが乗艦するとは思いもしませんでした」
と、率直な感想を漏らすルリ。
ルリもこの一月の間にエリナが公私に渡って深くアキトと関わりがあった事実を掴んでいる。
ラピスの話で納得するまではエリナが自分から、ユリカから、アキトを奪おうとしているのかと思ってささやかな敵意を持っていたものだが、どうやらそれは間違いであったと理解して内心頭を下げたものだ。
「――まあ、ね。ヤマト再建計画には私もがっつり絡んでたからどうしても気になるし、ユリカのフォローを考えると、私が居なきゃ話にならないじゃない。それにやられっぱなしってのは、私も嫌いなのよね」
ふむ、とルリは頷く。
正直あまりいい印象のある人物ではないが、こういう時に嘘を言ったりはしないだろう。
実際彼女が日常的にユリカのフォロー、というか介護をしてくれているのは直に見てきた。
ガミラスにやられっぱなしが云々というのも事実だろうし。
アキトのことに触れないのは――まあ、当然だろう。やぶ蛇でしかないし。
「ふむ、シミュレーターよりも操作しやすいな。火器管制制御の補佐は任せてくれて構わないぞ、戦闘班長」
とは砲術補佐席に座るゴートだ。
彼は砲術科長として武器運用の責任者に選ばれた。
目の前には主砲や副砲、対空砲に各種誘導兵器用の管制モニター、さらには武装管理や切り替えを行うための各種スイッチやキーボードが備わっている。煩雑さを避けるために洗練されたパネルデザインは、仕事量の割にはすっきりして見える。
……だが目を引くのはパネルデザインに対して立派過ぎるその体格だ。ヤマトの座席はゆとりある設計のはずなのに、少々窮屈に見える。
隣の席に座るエリナと比べるとその体格差は一目瞭然。
そしてなによりゴートには……ヤマトの隊員服があまり似合わない。
新しいデザインの隊員服は機能性を求めた結果体にフィットするデザインを採用している。筋骨隆々の大男が着ると目のやり場に少々困るのだ。
事実女性陣は特に性差を気にしたことのないラピスを除いて、極力直視を避けているのが現状であった。
(でもまあ、旧女性用隊員服よりは数段マシですが)
ルリは地球に戻ってからユリカに相談を求められた。その内容が隊員服についてのものだったのだ、旧隊員服の再生産に消極的なユリカの様子を訝しんでデータを見て――凍り付いた。
セクハラ反対、新規で行こう。
ルリの意見はユリカも大いに頷き、新規デザインに改定とあいなった。大正解だったと、自分の姿を見て思った。
「古代でいいですよ、ゴートさん。頼りにさせてもらいます」
ルリが施行を脱線している間に話は進んでいたようだ。
あれほど荒れていた進もユリカに毒されたからだろう、いまではすっかり落ち着きを取り戻している。実に恐ろしきはユリカ・ウイルスの感染力と威力か。
ルリは勝手に納得してから自分のコンソールに視線を落とした。
艦橋内の会話には加わらず、黙って自分の作業を進めていたヤマトの工作班(化学分析・修理・製造)の総責任者である真田志郎は、会話が途切れたことを見計らって進に波動砲の確認作業を求めた。
「古代、波動砲のテストモードを起動してみてくれ。問題ないとは思うが、操作手順の確認だけは怠るなよ」
「了解。波動砲、テストモード開始します」
真田の要請を受けた進が所定のスイッチを順に押していくと、安全装置が外れて戦闘指揮席正面のコンソールパネルが裏返り、拳銃型の発射装置(トリガーユニット)が顔を覗かせる。発射装置はそのまま回転したパネルごと、進の目線の高さまで上昇した。
そして発射装置の眼前にポップアップ式のターゲットスコープが出現。『TEST MODE』の文字と共に波動砲の照準が表示された。
――よし、操作手順は暗記しているようだ。
真田は安堵した。真田は表に出さないように心掛けているが進のことを常に気にかけていた。
ヤマト乗り組みが決定するまで直接対面したこともなかった。だが真田は彼の兄である守の親友であった。
さすがに成人して家を出た兄の交友関係など知る由もなかったのだろう、進はなんのリアクションもしてこなかったが。
だがそれでいい。亡くなった兄の親友だなどと告げて妙な気を使われるのは困る。
幸いユリカによってかれの心は救われている。いまはまだ、ただの同僚として見守っていくだけでいい。
――自分だってまだ、守の死を消化できていないのだから。
進は両手でしっかりとトリガーユニットを握りしめると、横に前後にと、軽く力を入れてみる。
遊びのないサイドスティック操縦桿でもあるトリガーユニットは圧力を検知、それが反映されてターゲットスコープの仮想ターゲットマーカー動く。
マーカーの動きは機敏とは言えずゆったりとしたものだが、それも当然だ。
波動砲はヤマト艦首に固定装備された艦隊決戦兵器。
それゆえに照準動作は艦の旋回と連動している。この状態では操縦席からの操作はほぼ無効化され、戦闘指揮席からの操艦に切り替わる仕様なのだ。
圧力センサーだけではできない微調整を行う場合は、別途入力装置を使用し、コンマ単位の姿勢制御をも可能とする。
計器が表示する情報が発射準備の完了を告げる。
進は標的を照準に収めると引き金を引く。するとトリガーユニットのボルトが前進してターゲットスコープに映し出された仮想標的が粉砕された。
動作は良好だ。次に複数回の連続発射モードを試す。
新生したヤマトのトランジッション波動砲は、六連発が可能になっている。
これはヤマトのエンジンが六連波動相転移エンジンに換装されたことで波動砲のシステム自体が大きく変貌したからだ。
それに伴い管制システムは一新されていて、複数のターゲットに対してピンポイントで撃ち込むことすら可能になっていた。
ターゲットを事前にロックしてそれぞれ微調整をすれば、ある程度の艦の制御は自動化されるなど、新システムに合わせた最適化も随所で行われている。
……かつての波動砲を凌駕する、最終兵器。
「ルリさん、仮想標的のデータ処理、お願いします」
「了解。波動砲のターゲット出します。数は六、正確な位置データを転送。発射どうぞ」
「受け取りました。発射します」
ルリが表示したターゲットの位置情報を火器管制システムに組み込みロックオン。
進はそれに向かって仮想の波動砲を撃つ。
一射ごとにトリガーユニットのボルトが前進しては戻り、六つの標的を見事に粉砕する。
「波動砲テストモード終了。真田さん、問題ありません」
「うむ。あとはどこかで試射だな。使ってみなければ、どの程度の反動がヤマトに襲い掛かるかわからんからな……。なにしろわれわれにとっては未知の兵器だ。かつてのヤマトは使いこなせていたのだろうが、基礎技術の足りない状態での再建、しかも強化改造だ。正直慎重に慎重を重ねてもなお、不安が残る」
ヤマトの再建に一から取り組んでいる真田だ、その発射システムや要求されるエネルギーと合わせて、波動砲の破壊力をほぼ正確に導き出しているのだろう。
データは進も目を通している。確かにすさまじい威力だった。
……ガミラスと対等に渡り合うには必要な力だとは思うが、一歩間違えれば自分たちのほうこそ破壊者に成り果てる禁忌の力。ユリカに言われた言葉が頭をよぎった。
「とてつもない威力の大量破壊兵器なんですよね? テストであっても迂闊に使ってガミラスを刺激するって結末は、嫌ですよね……?」
と、心配が口を吐いたのは航行補佐席に座るハリだった。
彼は大介の副官としてヤマトの操縦に必要な航路データの割り出しや、周辺宙域の解析等を一手に引き受けている。
小柄な体に対応しているとは言い難い多数のスイッチとモニターの連なった情報管理に特化した席。その実力はナデシコで共に戦った進だから疑いもしない。
「たしかにな。とはいえ地球は遊星爆弾のせいであのざまだ。戦時条約の類もない以上、使うべき時には使って危機を乗り越えなければ、地球を救うことなんてできないさ」
大介は波動砲の使用に対して賛成の姿勢を見せている。進も同じ考えだった。
「俺も島に同感だ。だがハーリーの懸念ももっともだ。威力の底が知れない以上、扱いには慎重であるべきだろうな。こいつは、あの相転移砲すら上回る怪物だと――艦長が言っていた。――艦長にそこまで言わせる砲を、安易に使うつもりはないさ」
進はそのときのユリカの表情を思い出して背筋が寒くなった。あれほど深刻な表情……波動砲とはそれほどまでに恐ろしい存在なのだろう。
深刻な空気が艦橋内に広まろうとしていた。そんなとき、副艦長のアオイ・ジュンが第一艦橋に飛び込んできた。
「発進準備は進んでいるか?」
第一艦橋に飛び込むなり開口一番に尋ねる。
ヤマトの副艦長を任命されたジュンはやる気をみなぎらせていた。
ジュンとて散々ガミラスに煮え湯を飲まされてきた。地球がここまで追い込まれてしまったのは、自分たち軍人が情けなかったからだと後悔の念もある。ヤマトが最後の希望だというのなら、力を尽くさない理由はない。
それにアキトを失ったことユリカを助けるためなら、ジュンは例え甲板掃除であったとしてもヤマトに乗り込んだ。すでに自分の気持ちにはケリをつけているが、いまのユリカの姿は痛々しくて見るに堪えない。
友人として見過ごせない。少しでも支えてあげなくては。
「はい、まもなく完了します」
すでに艦橋に集まっていた責任者を代表して、真田が返答をくれた。
「よし。古代君、艦長の様子を見て来てくれ。地球からの通信だ。ガミラスの艦隊が接近中らしい。さすがに感づかれたみたいだ」
「わかりました、艦長を呼んできます」
ジュンに言われて進はすぐに戦闘指揮席の波動砲テストモードを完了、通常モードに戻してから席を立つ。そのまま第一艦橋の後ろ、左舷側の主幹エレベーターへ。
ヤマトの艦長室は旧戦艦大和でいうところの主砲射撃指揮所に相当する場所にある。
そんな艦長室に行く方法はふたつ。ひとつは艦長席の昇降機能を使うこと。艦長席は専用のエレベーターも兼ねていて、艦長室の間を座席ごと速やかに移動することができる。
もうひとつは主幹エレベーターの左舷側を使うこと。このエレベーターは艦長室のひとう下の階層で止まり、そこから狭い階段を上ることで艦長席のドアの前に着く。
右舷側にはエレベーターシャフトが通っていない。そのスペースは洗面所とユニットバスに使われている。
しかし見れば見るほどに危険な位置にあるな、と進は思う。被弾はともかく、うっかり小惑星帯かなにかで接触事故でも起こしたら一巻の終わりだと思うのだが。
なぜこのような場所に最高責任者の個室が用意されたのかはわからないが、ユリカ自身が在りし日のまま復活させることを望んだためそのままになっている。
のちに本人自ら、
「変えときゃよかったかも――こわいよぉ〜。なんで沖田艦長大丈夫だったの〜?」
とか、
「しまった、シャッター降ろさないと外から丸見え! 迂闊に着替えもできない!?」
といった泣き言が飛び出すのだが、いまさら嘆かれても進になにかできるわけではなかった。
「伝説を受け継ぐのって、プレッシャーだなぁ」
艦長席でクルーの準備が終わるのを待っていたユリカは、杖で体を支えながら艦長室の正面窓越しにヤマトの艦首を見下ろす。
視線の先には巨大な三連装四六センチ砲塔が二基、背負い式に配されているのが見え、その先にはかつて自動航法室を要していた、いまは波動砲の最終収束装置を収める空間として機能しているドーム型の建造物とそこに立つ情報収集用アンテナ。
さらに海上に浮かぶ船だった頃からの名残である、波除けのブルワーカーに巨大なフェアリーダー(鎖が絡まないようにするための係留用の穴)が見渡せる。
沖田艦長も、ヤマトにトリチウムを積み込むさまをここから見届けたのだろうか。最後の戦いを挑むため、わが身を犠牲にするヤマトの姿を。
いま自分は、偉大な沖田艦長がその生涯を終えたこのヤマトで旅立とうとしている。はたしてうまくやれるのだろうか。自分は沖田艦長のようにクルーを見事まとめ上げ、これからの苦難を乗り切っていけるのだろうか。
不安は尽きない。
(だって私は、沖田艦長じゃない)
その不安はいつも胸の内にあった。ヤマトがどれほど凄くても、その力を引き出せなければ絶対に苦難を乗り越えることなんてできない。
自分にそれだけの力があるのかどうか、自問自答は繰り返されたが答えはでていない。いや、正確にはわかっている。わかっているが、不安なのだ。
だって自分は一度、負けている。艦長としてではなく人としてだろうが、とにかく負けた。その雪辱も晴らす機会は永久に失われたいま、燻ているのは自分も同じなのかもしれない。
ユリカはゆっくり慎重に座席に腰を下ろすと、シートをリクライニングさせて上を仰ぐ。ドーム型の窓をもつ艦長室だけに、ドックの天井すら一望できた。
いまは閉鎖している巨大なハッチ。もうすぐあそこを抜けてヤマトは旅立つ。私たちの旅が始まる。
ふと意識が艦長室前方、窓辺と一体化したデスクの一番左下にある、大きな引き出しの中身に向いた。その中には、ヤマト艦長となったユリカにとって支えとでも呼べるような品が入っていたが、それを取り出そうとは思わなかった。
それが必要になるとしたら、その時自分はきっともう――。
進はエレベーターを降り、狭い階段と廊下を抜け、艦長室のドアの前に立つ。一度呼吸を整えてからノック。
「古代です」
と声をかける。
すぐに「入っていいよ」と応答があったので「失礼します」とドアを開けた。
目の前には一部の隙もなく制服を着こなし、椅子ごとこちらを振り向いて座っているユリカの姿があった。
ついつい病人であることを忘れそうになるほど、立派な姿だった。
「艦長。地球から通信です。ガミラスの艦隊がアクエリアスに接近中とのことです」
「わかった。じゃあすぐに発進して迎撃だね。ヤマトの初陣だ、気合入れて行こうね、進君」
とってもフレンドリーな応対するユリカ。これだけだととても艦長と部下の会話には聞こえない。
しかも交流を重ねた結果、彼女は進を下の名前で呼ぶようになっただけでなく、すっかり我が子のように可愛がり始めているのが拍車をかける。
正直嬉しいような恥ずかしいような。
進はそのたびに黙り込んだり赤面したりしているが、ユリカは一向に意に介してくれない。
でもさすがに最近慣れてきた。むしろこの関係が心地いいとすら感じている。
「はい! 気合マシマシで行きましょう、艦長!」
ユリカ相手に、しかも周りに人のいない状況では堅苦しくしているだけ無駄と諦めている進は、冗談交じりに返事をしながら敬礼をする。
ユリカも椅子に座ったまま笑顔で答礼して、第一艦橋に戻るようにと指示する。
進もすぐに応じて艦長室を後にし、第一艦橋の自分の席に戻っていった。
「……立派になるんだよ進。あなたが、これからこのヤマトを背負っていくんだからね――かつてのヤマトを導いた、並行世界のあなたのように」
進が部屋を出たあと、ユリカは独白する。
自分の今後を考えれば、どうしてもヤマトの指揮を継ぐ人間が必要になる。
……残念だがジュンでは駄目だ。
ヤマトを指揮するために必要なのは型にハマった強さじゃない。状況に応じての柔軟性だ。
ジュンは教本どおりにやらせたら自分に引けを取らない、いや経験値の分だけ勝るかもしれないが、ヤマトのような(この世界の基準からすると)特殊な艦艇を扱うには少々頭が固い。
これはルリにも同じことが言える。シミュレーションで対峙してみてよくわかった。だから本当に残念なことに、自分の後継者に選ぶことができなかった。
だが古代進なら、それが務まる。
交流を重ねた一ヵ月半の間に、ユリカは進が自分の後継者足りえると確信を持った。ヤマトの記憶で見た別世界の彼のことが頭を過らなかったわけではないが、それを差し引いてもなお、資質がある。
足りない経験はこれから積めばいい。
ジュンやルリといった経験者もフォローできるだろう。
いま最も必要なのは諦めない心。挫けない心。そして、目的のためにひた走る情熱なのだ。
「さて、母親足る私がうじうじしてちゃ、示しがつかないよね」
親代わりとしてどっしり構えなければと思うと、さきほどまで抱いていた不安が吹き飛ぶ思いだ。
「――ヤマト、行くよ」
ユリカの声に応えるかのように、眼前のモニターが明滅して応える。くすりと笑ってシートの昇降スイッチを操作して、第一艦橋へ。
――さあ、旅立ちの時が来た!
第一艦橋に降りたユリカに全員が席から立ちあがって敬礼をする。もちろんルリもそうした。
「地球からの報告は?」
答礼したユリカがエリナに尋ねると、
「月軌道上にガミラスの駆逐艦五隻を確認。現在アクエリアスに接近中、到達まであと一〇分を想定」
うむ、と頷くとユリカはすぐに指揮を執り始めた。といっても現状でできることはひとつしかないだろう。
「全艦発進準備。発進と同時に主砲と副砲で敵艦を砲撃します!」
「了解! 相転移エンジン、波動エンジン、起動開始!」
艦長の指示を受けて副長のジュンが指示を出す。
「い、ECIに移動。準備に入ります」
一瞬の躊躇いのあと、ルリは本格的な準備のために第三艦橋の電算室に移動する。
電算室の主オペレーター席と第一艦橋の電探士席は座席自体が直通のエレベーターを兼ねる構造になっている。
――そう、これからほぼヤマトの最上層に近い第一艦橋から最下層の第三艦橋まで『急降下フリーフォール』を体験することになる。
……たしかに利便性はすばらしいと思う。だがなぜよりにもよって高速フリーホールなのだろうか。はっきり言ってルリはビビっている。
それでも覚悟を決めてシートのスイッチを操作すると、座席がわずかに後退したあと、そのまま床ごと降下を開始した。
眼前で接触防止のために通路を照らしている照明がある。それが高速で視界を流れていく。
…………ひぃ!
ルリが消えた穴が閉鎖される。その寸前に引きつった悲鳴がたしかに聞こえた。
ユリカと真田は思った。これはあとでトラブルの予感がする、と。
そんな第一艦橋の状態など露知らず、あっという間に第三艦橋の電算室に到着したルリはエレベーターシャフトから座席ごと飛び出し、制御パネルの前までスライドレールに沿って移動した。
(し、心臓に悪い……!)
急降下でちょっと乱れた髪を手櫛で直し、青褪めた表情のまま目の前のIFSコンソール両手を置く。
こちらも設計段階では想定していなかったため急造の物だが、性能的にはナデシコCに遜色ないはずだ。
ルリたちオペレーターが座っているのは全天球型スクリーンの中央に浮かんだ、古墳か、もしくは棒の先端に丸がついたような形をした制御台である。
二段高い位置にあるルリの主オペレーター席とその隣で一段下がったところに副オペレーター席(普段は空席)、最下段の先端の丸い部分に沿うような形で計六名、最大七名のオペレーターがヤマトの頭脳を管理するのだ。
ルリは弾む心臓を宥めながらシステムを次々と起動していく。
「ECI、準備完了」
『STAND BY』の文字が躍っていた全天球スクリーンにヤマトの外部カメラや各種センサーが拾った情報が表示された。
機関室も慌ただしかった。機関士たちが走り回ってエンジンの起動準備を整える。
新生ヤマトのエンジン制御は従来のエンジン本体に直付されたコンソールではなく、機関室の壁面や天井を移動する専用の機関制御室内のコンソールで操作する。
その内のひとつに飛び込んだのは、やや小太り気味の若者である徳川太助と、中年に差し掛かろうというベテラン機関士の山崎奨。二人は次々とシステムを起動していく。
起動終了後、山崎は通信マイクに向かって叫んだ。
「機関室、システム準備完了!」
「機関部門、配置完了」
ラピスの報告にユリカはこくりと頷いた。艦長席のパネルにも異常は見当たらない。あとは飛び立ってみないことには問題の洗い出しもできないか。
「全通信回線オープン。送受信状態……良好です」
エリナが流れるような手付きで通信回線を覚醒させるのを見届ける。
「レーダーシステム、異常なし。長距離用コスモレーダー、起動完了!」
航行補佐席のハリがヤマトの艦橋上部、波動砲用測距儀に取り付けられた四枚のレーダーアンテナからなる長距離用タキオン観測機器――コスモレーダーを起動。
上部のアンテナがモーターの駆動音と共に旋回……問題ない。
「火器管制システム、異常なし」
ゴートが黙々と兵装システムを点検し、異常がないことを口頭報告。よし、これなら外のガミラス艦の迎撃が可能だ。
「艦内全機構、すべて異常なし。出航に差し支えありません」
艦内管理席で艦全体のチェック作業を終える真田。ヤマトの復元作業に携わった彼が言うのだから間違いはない。工作班のクルーも復元作業に関わった人員が半数を占めている。
彼らの活躍が今後のヤマトの航海を左右すると言っても過言ではない。
「航法システム、異常なし」
操舵席でモニターと計器を確認した大介もシステムが正常であることを告げ、改めて操縦桿を握る手に力を籠めているようだ。
緊張で体が震えているのが後ろ姿からでもわかる。報告後も繰り返しすべてのスイッチが所定の位置に入っているのを確認している様子。
ナデシコCでの操舵経験が活きているようだ。ナデシコCの操舵を初めて任されたとき、スイッチの入れ忘れでミスをしてしまったのが堪えているのだろう。
真面目な大介のことだ、同じ失敗はしまい。だが、肩に力を入れすぎるのは感心しないな、とユリカは思った。
「発進準備、すべて完了。……ドック上昇へ」
副長席のジュンがドックの管制室に指示を出した。
管制官の操作で天井のハッチがゆっくりと開放されていく。ハッチ開放後、ドック内部に警報ブザーの音が響き渡った。
直後、七万トンを超えるヤマトの巨体を支えていた船台がエレベーターとなって緩やかに上昇をはじめ、ヤマトは巨大なハッチの開口部を潜る。
その先にあるのは事前に掘られた氷のトンネル。氷塊の表面ギリギリの地点まで続いているトンネルだ。
「補助エンジン、始動」
「補助エンジン、動力接続」
「補助エンジン、動力接続、スイッチオン」
ユリカの指示を大介が、ラピスが復唱して実行されていった。
ヤマトの艦尾、喫水の下に備わった二基の補助エンジンから煌々と噴射炎が噴き出す。
まだアイドリング状態だが、その噴射炎の圧力と熱量でヤマトや船台に張り付いていた氷の一部が剥がれて舞い散る。
エレベーターシャフトに白い靄が立ち込めて、ヤマトの喫水よりも下に漂い始めた。
「相転移エンジン起動。フライホイール接続」
「フライホイール接続!」
ラピスの指示が機関室に響き、波動エンジンの前方に増設された相転移エンジンが起動を開始する。
小相転移炉心に取り付けられている小フライホイールが回転を始める。フライホイールは緊急時に備えた予備エネルギーを蓄えはじめ、表面が赤く発光を始める。
六つの小炉心が生み出したエネルギーは、収束を目的として一体化している大炉心内部に誘導され、そこでも回転する大フライホイールが力を蓄えて発光する。
何事もなく相転移エンジンは起動に成功。
生み出したエネルギーを後方に接続された波動エンジンに伝達。波動エンジンが静かに震え始めた。
「続けて波動エンジン、第一フライホイール、第二フライホイール始動、一〇秒前」
「波動エンジン、第一フライホイール、第二フライホイール接続。起動!」
さらなる指示が機関室に届く。太助と山崎が一緒に機関室内のコンソールを操作、波動エンジンに備えられたフライホイールが重々しい音を伴って回転を始める。
二枚のフライホイールは回転が高まるにつれて赤々と発光。エンジンが眠りから覚めたことをこれ以上なく視覚的に訴えていた。
そのさまを見届けた太助が思わず「よしっ!」と拳を握ると、山崎もぐっと親指を立てて応える。
相転移エンジンが、波動エンジンが、唸りを上げる。ヤマトの艦体が強力無比なエンジンが生み出す莫大なエネルギーを受け止めて――震える。
「ガントリーロック、解除」
ジュンの指示でヤマトの艦体を固定してた拘束アームが次々と花開き、ヤマトの艦体がフリーになった。
アームが解放されるわずかな振動を体に感じながら、ユリカは万感の思いを乗せて叫んだ。
(――沖田艦長。どうか、私たちを見守りください!)
「ヤマト、発進!!」
「ヤマト、発進します!!」
大介が命令を復唱、操縦桿を思い切り引く。
メインノズル内部のスラストコーンが後退して噴射口を広げ、煌々とタキオン粒子の奔流が噴出。ヤマトの体が激しく震え、最大噴射開始!!
厚さ数十センチはある氷の天井を力尽くでぶち破り、ついに宇宙戦艦ヤマトが浮上した。
その体に張り付いた氷のかけらを振るい落としながら浮上する姿は、赤錆びた以前の体を振るい落として発進した誕生時を彷彿とさせる。
すべては愛のために。
アクエリアスの海に没したヤマトは次元すら飛び越え、平行世界の地球を救うために新生を果たしたのだ!
メインノズルが生み出す莫大な推力の余波で氷塊の表面が砕け散り、後方に巨大な水蒸気の柱と化しては宇宙へと流れ、消えていく。
氷上を水平に猛スピードで飛翔するヤマト。メインノズルと補助ノズルから煌々と噴射炎を放ちながら、ヤマトは新たな生を謳歌するかの如く、力強く宇宙を突き進む。
その姿を捉えたガミラス軍駆逐艦――デストロイヤー艦五隻は速やかに攻撃体制に移行、ヤマトとの距離を詰めつつ照準に捉えようと身を捩った。
「主砲の発射用意をしろ。速やかに距離を詰めて、あの戦艦を葬り去るぞ」
いままで幾多の地球艦艇を血祭りにあげてきた、ガミラス艦標準装備の無砲身三連装グラビティブラストが旋回し、その射線上にヤマトの姿を補足する。
あとはこのまま一気に距離を詰めて撃ち込んでやればいい。そうすれば、あの初めて見る宇宙戦艦もおしまいだ。
どうせ地球の技術力ではわが軍の艦には勝てっこない。
艦隊の指揮を兼業している駆逐艦艦長はそう思っていた。相も変わらず、いい加減無駄な抵抗を続けるものだと。
艦橋上部のコスモレーダーが、接近中のガミラス駆逐艦隊の動きを正確に捉える。
予想どおりヤマトを早々に狙い撃ちにして沈める算段のようだ。
「ヤマト右舷、十六万二〇〇〇キロ、三時の方向、上方二〇度の地点にガミラス駆逐艦五隻を確認! ヤマトに向かって接近中です!」
ハリがレーダーに映る敵艦隊の位置情報を口頭報告しながら、詳細データを艦長席と戦闘指揮席と砲術補佐席に転送してくれた。あとはこれを頼りに迎撃すればいい。
「主砲、発射準備!」
「了解! 主砲発射準備! 目標、右舷のガミラス駆逐艦隊」
ユリカの命令を復唱、進はヤマトの主砲と副砲を起動を指示した。
各砲座の砲手たちは速やかに命令を実行。パネルを操作して主砲と副砲を起動した。戦闘指揮席のモニターからでもそれがわかる。
砲身の尾栓部分にある安全装置が、拳銃の撃鉄のように起き上がったことが示された。
「ショックカノン、エネルギー伝導終了。自動追尾装置セット。標的誤差修正」
ゴートの報告。第一から第三主砲、第一・第二副砲の作動を確認。ゴートがハリから送られてきた位置情報を参照、月軌道上からヤマトに向かってくるガミラス艦に照準すべくデータを各砲に転送した。
転送されたデータを基に砲手は眼前の制御パネルを操作、狙いを定める。
動力室で巨大なギアが唸りを上げて駆動、水上艦だった頃からヤマトの象徴といえる三連装四六センチ砲塔――改良された重力衝撃波砲ことグラビティショックカノンが首をもたげる。砲室の回転に連動して波打つように砲身が角度を変え、遠方の標的を捉える。
同時に副砲である三連装二〇センチ重力衝撃波砲も各々標的を補足する。
ガミラス艦との距離はまだ遠い、従来の地球艦艇はもちろん敵の射程距離よりもまだ外側だ。
しかしヤマトならば――!
「主砲、発射ぁ!!」
「主砲、発射!!」
発射準備完了の報せから間髪入れずにユリカが叫ぶ。
進はすぐに復唱。
発射命令に各砲の砲手がトリガーを引いた。
強力な重力衝撃波が砲口から飛び出す。右・中央・左の砲と時間差を置いて発射される重力衝撃波。反動で砲身が後退、砲身内部で後退機が伸び切って衝撃を吸収する。
撃ち出された重力衝撃波は青白い光の尾を引きながら、狙い違わず各々の標的に命中。
主砲はおろか副砲ですら、徹底的に地球艦隊を打ちのめしてきたガミラスの艦艇を容易く撃ち抜ぬき内部で強烈な重力衝撃波をまき散らす。ガミラス艦は内側から徹底的に、ズタズタに引き裂かれ、最後は内側から爆ぜるようにして砕け散った。
いままでの地球艦隊のそれとは、比較することすらばからしい、桁違いの威力、そして有効射程であった。
ガミラス駆逐艦五隻を苦もなく葬り去ったヤマトは、主砲と副砲をニュートラルの位置に戻して加速、アクエリアス大氷塊を通過した。
背後には一年間眠っていた大氷塊――そして白く輝く姿に成り果てた地球。それらを背にしてヤマトは再び宇宙という名の大海原へと旅立った。
それは地球にとって、誰もが見たがっていた光景。誰もが望んだ光景。
そう、ついに、ついに地球はガミラスと対等に戦える力を得たのだ。
宇宙戦艦ヤマトという、強大な力を。
ヤマトの出航を見守るため、危険を承知でナデシコCに乗船して宇宙に上がったミスマル・コウイチロウら、軍や政府の高官たちもその光景を目に焼き付けていた。
全能力をヤマトの最終調整に割いたため、ナデシコCは制御コンピューターも仮設で飛ぶのが精一杯、襲われたらひとたまりもない状態。
だが彼らはその目で直接見届けたかったのだ。
全員が姿勢を正して敬礼、悲願だったその光景に涙を流していた。
ついにやった。いままで一矢報いることにすら多大な犠牲を払っていたガミラスを、ついにこちらが一方的に打ち破った! これほど嬉しいことがあるだろうか!
その光景はさながら、六年前の佐世保で産声を上げた機動戦艦ナデシコの再来。
奇しくも艦長は共通してミスマル・ユリカ。運命とでもいうべきなのか。目的や立場こそ違えど、単艦で旅路に挑むその姿は、重ねずに見ることはできない。
「これが……ヤマトか!」
誰かが感嘆の叫びを上げる。みなが最後の希望の誕生と門出を喜び祝っていた。
そしてその渦中にあって、コウイチロウは別の意味でも涙を流していた。
ネルガルから水面下で接触を受け、今日までヤマトの再建とその後の運用についてさまざまな便宜を図ってきた彼は、事実上ヤマト計画の責任者といえる立場にある。
だからこそ、念願叶ったヤマトの復活はことさら感慨深い。
「頼んだぞ、ヤマト。任せたぞ、子供たち」
氷塊から離れ、悠然と宇宙空間を進むヤマトの姿を見届けながら、コウイチロウは敬礼と共に言葉を贈る。
そして――旅立つ娘を想う。
(――必ず生きて帰ってくるんだぞ、ユリカ)
愛娘が命を削って復活させたヤマト。
その胸中の全てを出航前夜に打ち明けられたコウイチロウは涙が止まらなかった。
ヤマトの再建に娘が関わっていることは知っていたが、その無謀と言える行動の裏にあのような理由があったとは、決意があったとは……露と知らなかった。
すっかり弱り切った愛娘をしっかりと抱きしめて、
「必ず、必ず生きて……帰ってくるんだぞ……!」
と激励することしかできない。
旅立つことを、止められない。そんなことをすれば地球にも未来がない。
いまコウイチロウにできることは、ただただ娘が、ヤマトが無事に帰還することを願い、ヤマトが帰ってくるまでの間、絶望に飲まれたこの地球を維持するために力を尽くすことだけだ。
あとは、コスモリバースが想定された機能を発揮してさえすれば、その苦労も報われるだろう。
そこまで考えてふと思った。
凍てついた氷の中で眠っていたヤマト。凍てつき氷に閉ざされた地球。
凍てついた氷の中で生まれ変わり雄々しく浮上したヤマト。凍てついた地球の上で、懸命に誇りを捨てずに生きている人々の姿。
コウイチロウにはこの二つの事象が関連付けられて脳裏をかすめる。
あのヤマトの目覚めは、いまの地球がまだ死に絶えてはおらず、最善を尽くせばヤマト同様、再びあの青く美しい姿を、多くの命を湛えた素晴らしい生命の都として蘇ることを暗示しているようにも思えた。
だとすれば、ユリカもきっと――。
(アキト君……君なら立ち上がってくれるね? ほかならぬ、ユリカのために)
ヤマト発進とガミラス撃退の映像は速やかに地上にも届けられた。
いままで難攻不落を誇ったガミラスにとうとう決定的な威力を見せつけたヤマトの雄姿は、人々を勇気付けた。
ヤマトなら、やってくれるかもしれない!
いままでは漠然とその名前のみを伝えられていたヤマトが、ついに現実となって人々の胸に刻み込まれる。
その名はすでに忘れさられた過去のものではない。
人類最後の砦を指す名前。
宇宙戦艦ヤマト。それこそが滅亡に瀕した地球が縋る、最後の対抗手段の名であった。