「なに? ヤマトが火星にワープしただと?」
地球を死の淵へと追いやる大ガミラス帝国。
そのガミラスの総統であるデスラーは、本星の執務室で突如として出現した宇宙戦艦――ヤマトについての報告を受けていた。
その端正な顔に薄っすらと微笑を浮かべている。まるで新しいおもちゃを見つけて喜んでいるようにも、野蛮人と蔑んでいる地球人の予想外の努力に称賛しているかのようにも見える、深い笑みだった。
「はっ! 冥王星前線基地司令のシュルツが、一部始終を目撃したとのことです」
相も変わらず神経質そうな面構えの副総統ヒスの言葉に、デスラーはくつくつと笑う。
ヒスが渡したメッセージカプセルが映し出すフライウィンドウにも、事細かな観測データが記されている。
疑う余地はないのは明白だった。
「ワープくらいできなくてイスカンダルには辿り着けんだろうさ。失われたボソンジャンプ技術を有しているだけでは、イスカンダルまで辿り着くのは不可能に近いからな。――まったくかわいい連中じゃないか、今頃低レベルなワープを成功させたことに喜んでいる頃かな?」
しかし、とデスラーは思考を巡らせる。この状況を覆すイスカンダルからの救援ともなれば、持ち出したのはあのコスモリバースシステムか。
ガミラスにはないイスカンダル独自の超技術の結晶ではあり、ガミラスとしても欲しいシステムではあるが、デスラーは力尽くでイスカンダルからシステムを取り上げるつもりはない。
それにあのシステムを確実に機能させるにはいくつかの条件があったはずで、いまのガミラスではそれを満たせず、状況的にガミラスにとっては限りなく無用の長物に近いのも理由のひとつだ。
だがイスカンダルが地球に提供するとすれば、その要件を満たすために必要なあのシステムも提供していると考えるのが妥当だろう。
……それだけは看過できない事案だ。ヤマトがイスカンダルを目指すのであれば、その傍らには。
しかしなぜスターシアは地球に手を貸す気になったのだろうか。一体どこで接点を持ったと言うのだろうか。彼女はわれわれの行動を非難してはいるが、直接行動に出たことはいままで一度たりともなかった。
一体なにが、彼女を動かした。
ヤマト――あまり軽んじないほうが、足元を掬われずに済みそうだ。
「ヒス君。シュルツに伝えてやれ、ヤマトにはイスカンダルから受け継いだ超兵器が備わっている可能性が高いとな」
ヒスに命じてデスラーはメッセージカプセルを握り潰す。その行為が、デスラーの心情をよく表していた。
コスモリバースシステムであの地球を救うためには、いま現在ガミラスでも開発中のあの超兵器をシステムの一部として使う必要がある。だとすればヤマトもそれを有している可能性が高い。
デスラーとてイスカンダルの過去の文献で目にしただけの、波動エネルギーを直接兵器転用したとされる超兵器には詳しくないが、波動エネルギーの性質を考慮すればその威力は――。
ヤマトとかいう艦がどこまで逆らえるかは読み切れないが、あれを装備しているのならたかが戦艦一隻と侮るには危険だ。手負いの獣どういう蛮行に走るかなど、予想できるようでできないものだ。
「さて、未熟な野蛮人がどう使うのだろうな。……タキオン波動収束砲を」
新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
第五話 悲壮な決断! トランジッション波動砲!!
火星を出発した宇宙戦艦ヤマトは、木星に向かって静かに星の海を航行していた。
エンジン補修用のコスモナイトが不足していることや、ワープ後のエンジンの様子をより丁寧に見るためにと、ワープを使わず通常航行で移動となった。
しかしヤマトの巡航速度はいままでの比ではなく、木星まで移動するのに一日程度しかかからない。相転移エンジンと重力波推進で航行する従来の宇宙戦艦では真似られない高速性を示していた。
そんなヤマトの艦内には平穏な時間が流れていた。
目立ったトラブルもガミラスの姿もなく、クルーは木星到着後に予定されている作業を考えて体と心を休めている。
そんな中、アキトはジュンの言いつけを守るという口実でユリカと昼食を共にすることになった。
まず最初に近かった食堂で自分の食事プレートを受け取り、その足で医務室に寄ってユリカ用の食事一式を受け取って――面食らった。
艦長室に入って広げたテーブルの上に自分のトレーを置き、教わったとおりにパウチの封を切ってスープ皿に中身を空けて、絶句。
「これ、美味いのか?」
思わずわかりきった答えを求めてしまう。聞いてはいたがまさかここまで彼女の具合が悪くなっていたとは。
「アキトと一緒に食べるからきっと美味しいよ!」
ユリカは辛さを微塵も感じさせない笑顔で断言する。
――あんな事件があったあとでも、こんな食事生活を余儀なくされていても、彼女は変わっていない。変わらぬ愛情を自分に向けてくれる。
そのことが嬉しくてついつい抱きしめてしまった。彼女はとても嬉しそうに抱き返してくれる。
すっかり細くなって力も弱くなったハグにもの悲しさを感じながらも、昔と変わらない彼女の温もりも感じられて、アキトは強く思った。
――帰って来てよかった。この温もりはなにものにも代えがたい。
やっぱり、この女性と結ばれたことは自分の人生の中でも特別幸福なことかもしれないな、とアキトは考える。
(だからこそ、絶対に救って見せる)
この航海を持って、火星の後継者の呪いを断ち切って、今度こそ平穏な生活を取り戻して見せると、アキトは誓いを新たにした。
そうやって数分の間抱き合ったあと、二人はようやく食事を始めた。
アキトは自分の昼食であるプレートメニュー(パン二つ、ホワイトシチュー、バターを乗せたハンバーグと付け合わせのレタスとフライドポテト、レタスの葉の上にポテトサラダ、オレンジジュースを乗せた日替わり定食のひとつ)に、ユリカはいつもどおりオレンジ色のスープもどきに、それぞれ先割れと普通のスプーンを突っ込んだ。
互いに食事が半分になるまでは取り留めのない雑談に花を咲かせていたのだが、ふと気になったアキトはヤマトがどうして木星に向かうのかを訊ねてみた。
一日でも早くイスカンダルに行くのであれば、太陽系内で寄り道をしている時間はないとおもうのだが。
「理由は簡単。ひとつはガミラスの拠点を探し出して叩けるなら叩くため。ヤマトが旅立って無防備になった地球の安全を確保するためには必要だしね。彼らに制圧されたことがはっきりしている木星だもの、冥王星以外で拠点を造るとしたらここしかないでしょ。地球より内側の星は拠点造りに向いてないし、海王星と天王星に手を伸ばすには時間が足らないし。土星も――航路に組み込まれてるから調査はするけど、あそこには人類の手が入っていないから、活用できそうな施設の類もない。いくらガミラスでも、悠々と太陽系全域に拠点を造ってる時間的余裕はないはずだから、一番確率が高いのは、木連の跡を使える木星でしょ」
なるほど。アキトは頷いた。連中の目的があくまで地球、それも可能な限り早く手中に収めたいと思っているのなら、他の星に手を出すのは地球を手に入れてからでも遅くはないだろう。
ユリカの読みは決して楽観的でも的外れでもないはずだ。
「もうひとつは、木星になにかしら資源が残っているかもしれないから。ヤマトの補修用の物資は潤沢じゃないし、もしも木星で使われたプラントだったり採掘施設に少しでも使えそうなものがあるのなら、回収しておくに越したことはないでしょ? 本当は遠回りになるんだけど、木星で用を果たしたら反対方向の土星にも行かなくちゃ。木星だとコスモナイトが手に入らないからね」
スプーンを口に運びながらユリカは説明する。
「コスモナイト?」
「波動エンジンのエネルギー伝導管とかコンデンサーに使う、地球外鉱物資源ってところかな。あれがないとエンジンの負荷に耐えられる部品が作れないの。装甲材にも使えるんだ。耐熱・耐圧性能も高いし、グラビティブラストみたいな重力波兵器にも、理屈はよくわからないけど耐性があるみたい。だけどヤマトの再建作業で使い切っちゃったから備蓄が乏しいのよ。結構タイタンから採掘したつもりだったんだけど、思った以上に使っちゃったしねぇ。太陽系を出たあとコスモナイトが手に入る保証もないし、ガミラス艦の残骸から回収するのにも限度があるから、できる時に補給しておきたいのよ」
あむ、とスプーンを咥えながら溜息にも似た息を吐くユリカに、アキトも思案気な顔を見せる。
「ほかにもヤマトの機能自体ちゃんと働くか未知数だからねぇ。知ってのとおり、今回のパワーアップはどうしても必要なことなんだけど、ものすごく背伸びしてるから技術が追い付いてない場所が多くて多くて……。たぶんだけど、ヤマト以外の艦だったらワープどころか発進の時点で失敗してると思うよ」
というか、エネルギー伝導管の小規模な破損と装甲板の亀裂で済んだこと自体が奇跡だと、ユリカは心の中で断言する。
「ヤマトだから耐えられてるってことか? 確かに実績はあるんだろうけど、それは万全の状態の時の話で、いまそれほど関係あることなのか?」
アキトは怪訝そうな顔をする。
アキトはユリカと違ってヤマトの活躍のイメージをまったく知らないのだから、当然の疑問だ。
これはアキトに限らず他の全ての人に言えることでもある。
「うん。ヤマトはね、生きてるから」
「は?」
アキトは一瞬ユリカの頭がさらにおかしくなってしまったのかと訝しむ。元々「天才と馬鹿は紙一重」を体現しているかのようなユリカなので、実験の後遺症とかその他もろもろで本格的におかしくなってしまったかと疑う。
「――アキト、私あっぱっぱーになんてなってないからね?」
考えを読まれたようだ。ユリカがふくれっ面になって半眼で睨んでくる。
「ともかく! ヤマトは生きてるの! 確かに喋ったりしないし擬人化した妖精さんとかも出てこないけど、ヤマトはちゃんと命がある。意思がある。だからこんな短時間でちぐはぐな再建を成し遂げられた。ヤマトがそれを望んだから――ヤマトは人の手で制御されてこそ力を発揮するからそれ単体ではなにもできないけど、ヤマトと目的を同じとする、心通わせる人が乗って操れば、常識を超えた力を発揮する。アクエリアスの水害から地球を守るために波動砲で自爆しても原形を留められたのは、まだ自分の力が必要だって感じたから。そして、必要とされているこの宇宙に……。別の宇宙であっても、愛する地球と人類のためなら、何度だってヤマトは立ち上がれる。生まれ変わる時に捧げられた、大いなる祈りのために――それがヤマトの強さだよ、アキト。ヤマトは二六〇年もの長きに亘って存在し続けてきた。だからそう、一種の九十九の神みたいなものなんだよ――だからちょっと気が咎めたんだけど、この世界の大和の残骸の一部も再建にあたって使ってるんだ。ヤマトに改造することはできないけど、せめて一緒に戦おうって。同じ歴史を辿ったこの世界のヤマトだからね」
ユリカは嬉しそうにアキトに語る。
そんな様子に『夢物語』と否定的な感想を抱けるはずもなく「そっか。だったら、俺もちゃんとヤマトに向き合わないとな」と肯定する。
実際、ヤマトに乗っているとどこか暖かいものを感じる。
それがそうなのだとしたら、ヤマトが数多くの奇跡を起こしてきた理由が、なんとなくわかる気がする。
何度も地球を救ったという艦がどうして壊れて漂着したのかについては、クルーを含めたヤマト計画に参加している全員が知らされていた。
そうでなければ、絶対の守護者といわれたところで大破して漂着したヤマトが信用されることはなかったろう。
「それに私たちは――冥王星の基地を叩いてから太陽系を出る。地球の安全のことを考えると、あそこを捨て置くわけにはいかない。絶対に叩かないといけない。それまでに、ヤマトを万全な状況にしないといけないからね」
「――噂に聞いたガミラスの前線基地か。叩けるのか?」
ユリカの大きな発言にアキトは不安げに尋ねる。アキトでなくても戦艦一隻で前線基地を叩くと言われたら、誰だって不安になる。
「できるできないじゃなくて、やるの。いえ、やるしかないの。後顧の憂いを立つためにも、これ以上地球を汚させないためにも、私たちがやらなきゃだめなの。だって私たちが、人類最後の、地球最後の希望の光なんだから」
ユリカはスプーンを握り締めて断言する。
握られた手が白くなっているところを見ると、相当気合が入っていることが伺えるし、彼女自身勝てないとわかっていた戦いとはいえ、なす統べなく敗退したことが悔しいのだろう。
アキトはそんなユリカの手をそっと握って頷いた。
「わかった。俺も頑張るよユリカ。サテライトキャノンを装備したダブルエックスなら基地攻略作戦にうってつけ、いやそのために造った機体なんだろ?……人数的にも時間的にも制圧は無理。話に聞いた波動砲の威力を鑑みるに、サテライトキャノンが切り札ってことで、間違いないだろ?」
「そのとおり。欲を言えば残骸からデータくらいは欲しいけど、まずは破壊が優先――ヤマトが太陽系を去ったあとは、二度と地球に遊星爆弾は降らさせない!」
食後ユリカに薬を服用させたアキトはそのまま少しの時間談笑して過ごした。
そしてユリカの休憩時間が終わる頃になって、彼女の身支度の準備をした。クローゼットに掛けられていたロングコートを着せて艦長帽を渡し、座席ごと第一艦橋に降りるのを見届ける。
とりあえずいまのところは何事もないようだと安堵しながら、アキトは食器を片付け自分の仕事をするために艦長室をあとにした。
副長命令として公然と一緒にいられるようになっているアキトとユリカ。
それ自体はユリカのコンディション維持のためと説明されれば、そして痴話喧嘩の過程で聞いた火星の後継者の裏を知れば文句はないと、クルーたちは生暖かく見守る姿勢を取っている。
それに絶大の人気を誇るルリが「決してお二人を邪魔しないで下さい、お願いします!」とあちこちに頭を下げて回ったのも効いているのだとか。
しかしそれも長くは続かなかった。
特にユリカが失われた時間を取り戻さんと以前にも増して人前だろうがなんだろうが、所構わずイチャイチャイチャイチャと、全力で甘えにかかり、押しの弱さや惚れた弱みかあまり強く抵抗しないアキトの態度が原因で、ヤマトの旅が数日を過ぎた頃には何人ものクルーが口から砂糖を吐きそうになったり壁をぶん殴りたくなったと言われている。
そしてそんな光景が目撃されるたびに、
「がぁあああああぁぁぁぁぁっ!!」
とか、
「俺も彼女欲しいぃぃぃぃぃっ!!」
とか、
「なんで私は独り身なのよぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜っ!!」
とか、
「リア充爆発……しちゃ困るけどやっぱり爆ぜろぉぉぉぉぉぉっ!!」
といった悲鳴と怨嗟の声が艦内のどこかで響いたという。
食器を片付けたアキトは、コミュニケで予定表を呼び出しながら格納庫に向かって移動する。
「えーと、あと二〇分でシミュレーション訓練開始か。急がないとみんなに悪いな」
足早に艦内を駆ける。
スペースが乏しく搭載機数が多いヤマトでは、ナデシコのようなシミュレータールームの確保が難しかった。
そこでウリバタケと真田が協議を重ねた結果、機体のコックピットを艦内の回線に有線で接続し、シミュレーターモードを起動できるように調整を加えた。そうすることで省スペース化も図れるし、エステバリス系列機に採用されているアサルトピットが個人用に徹底したチューンがされているという利点を活かせ、場合によってはそちらの調整にも役立つという恩恵を得ることができた。
特にコックピットシステムが根本的に異なるダブルエックスにとって、とてもありがたい仕様であったという。
コスモタイガー隊に無事入隊したアキトは、ダブルエックスの専属パイロットとして仲間たちと訓練に勤しむようになった。
早くみんなと打ち解けて綿密な連携を取れるようにしないと、今後の作戦行動に支障が出る可能性がある。
ただでさえ自分は連帯行動の訓練を受けていないのだから、疎かにできないことだ。
アキトはパイロット待機室を通過して格納庫に足を踏み入れると、格納庫で最も艦首側にあるスペースに格納されたダブルエックスの収納庫にはしごを伝って上り、機体のコンディションをチェックする。
目立ったトラブルはないようだ。昨日の戦闘でそれなりに被弾しているはずなのだが、装甲を交換する必要もなかったと言われた。サテライトキャノンの負荷に耐えるには、これほどの装甲強度や機体剛性が必要とされるのかと、改めて驚かされる。
時間まで整備班員と一緒にダブルエックスの通常メンテの手伝いをしていたが、隊長であるリョーコに呼び出されてブリーフィングルームを兼ねる待機室へと移動する。整備はなんとか間に合った。
そして待機室で仲間たちと一緒に訓練内容の最終確認。今回の訓練は対艦攻撃訓練である。
ブリーフィング終了後、各々の機体に駆け寄り、格納スペースの脇にあるコンソールを操作して機体をシミュレートモードに設定してあるかを確認、確認が終わったら機体に乗り込んでコックピットの電源を入れて訓練を開始した。
「アキト、遅れるな!」
「……了解、隊長!」
アキトはリョーコ達のアルストロメリアに続き、ダブルエックスを対艦攻撃に参加させる。
いまはダブルエックスもGファルコンを装備した姿――GファルコンDXへと変貌していた。
サテライトキャノンの砲身を伸長させて正面斜め上に向け、リフレクターユニットを後ろに寝かせた状態でGファルコンのA、Bパーツに胴体前後挟み込んで完成する、展開形態。これは主に火力と運動性能が求められる対空戦闘に特化した姿であり、サテライトキャノンの全力使用のためには必ずならなければならない姿だ。
これに対し、リフレクターを下に倒し、縮めた状態の砲身を頭上に向け、Gファルコンで上下に挟んだ姿が収納形態。こちらは主に長距離移動を迅速に行ったり、機動力の方が優先される局面での対空戦闘や、状況次第ではオプション兵装を使っての対艦戦闘を想定した姿だ。サテライトキャノンも使えなくはないが、最大出力は出せない。
最も強力な相転移エンジン搭載型のダブルエックスと、出力で劣っていてもこちらも相転移エンジン搭載のGファルコンが合体しているだけあって、その総出力は重力波ビームを併用したアルストロメリアの合体形態すら圧倒的に凌ぐ。
その出力は相転移炉式戦艦、それもナデシコ級に匹敵する値にまで達しているほどだ。
そのためGファルコンの拡散グラビティブラストも最大出力で活用できるようになり、アルストロメリアと違ってノンオプションで対艦攻撃を実行可能な唯一の機体として、コスモタイガー隊の要となりつつあった。
しかしそれも当然のことである。
ヤマト用に求められた新型機動兵器は、その設計段階においては対機動兵器戦闘から対艦・対要塞攻撃性能のすべてを単独で盛り込むテンコ盛りな仕様が検討されていた。
しかし当然といえば当然であるが、そのような機体を完成させられるわけもなく頓挫。単機にすべての機能を盛り込むのではなく、そして多機能を求めて過度に大型化を避けるため、人型本体とそのサポートを行う支援戦闘機という形に分解されたのが、いまのダブルエックスとGファルコンである。
このアイデアの源流は、ブラックサレナと高機動ユニットにあった。
対北辰、取り巻きの七人衆を単機で相手するために歪に進化して至ったブラックサレナは、任務に応じて複数のオプションユニットを使用して運用された実績がある。
その運用実績から求められる性能や要求を推し進めた先で誕生したのが、キャリアー戦闘機とも形容されるGファルコンというわけだ。
こういう形で機体が分割された恩恵は大きく、状況に応じて分離と合体を使い分けることで数を増やす、または強力な単機で対応するといった使い方も可能になった。
さらにGファルコンには輸送戦闘機としての性質が結果的に付与されたことで、ダブルエックスの消耗を抑えつつ機体を輸送して戦場で分離して支援に回ることも、そのまま強化パーツとして機能することもできる、非常に多機能な運用法を確立している。
その意味では、この機体はブラックサレナの系譜を受け継ぐ機体としての側面も持ち、アキトが乗る事が運命付けられているかのような機体だった。
しかし、ヤマトではアルストロメリア単独では敵機に対抗しきれないこと、そしてアキトを乗せるために回りくどい画策をしなければならなったという事情も影響して、Gファルコンに求められる機能の一部である、合体と分離の使い分けに必要なGファルコン側のパイロットが用意されていない。
常に合体したままの運用が求められる都合上、キャリアーとしての役割も果たせないなど、いくつかの制約を抱えての運用となっていた。
アキトのGファルコンDXは、ほかの機体が敵艦をかく乱している内に急接近、収束射撃モードに切り替えた拡散グラビティブラストと専用バスターライフルの最大出力を、装甲が薄い下部から機関部に連続して叩き込む。
本来の性能を発揮した拡散グラビティブラストと最強クラスの携行型ビーム砲である専用バスターライフルの威力の前に、データ上のガミラス駆逐艦は数発の被弾で機関部から火を噴き爆ぜた。
「目標の撃破を確認。次に移る」
アキトの報告に、シミュレーションながらリョーコも心が沸き立つのを感じる。これが新型の力か。合流した時の戦いでも見せつけられたが、Gファルコンが合体するともう手が付けらえれない強さにも思える。
この機体を活かすことができれば、ガミラス相手でも不足なく戦える。
まさに機動兵器版のヤマトではないかと、リョーコのみならず参加しているすべてのパイロットが高揚する。
「よしっ! いいぞアキト、全機続け!」
リョーコの指示に従って隊列を組んだコスモタイガー隊が次の目標に向かって飛翔する。アキトのGファルコンDXもなんとか隊列に合わせて行動するが、追従しきれずもたついてしまう。
それでも訓練を重ねるごとに、確実にアキトは合わせられるようになってきていた。
思った以上に飲み込みがいいことに、ほかのパイロットも関心せざるをえない。
なるほど、単独でコロニーを襲撃した腕前に間違いはないということか。
あまり口に出したくないことではあったが、それでもアキトの呑み込みの早さとパイロットとしての技量を認めるには十分過ぎた。
――それに気づいていたのだ、アキトがもたつく理由が経験不足だけではないことに。
それから数回にわたって対艦戦闘訓練が続けられた。
ダブルエックスを前面に押し出した戦果は上々であり、対空戦闘から対艦戦闘、さらにサテライトキャノンまでも含めれば対艦隊戦闘に要塞攻略にまで対応できるマルチロールぶりに、否応なく実戦での活躍を期待する声が挙がる。
しかし肝心要のサテライトキャノンの運用が難しく、安易に使えないことが頭を悩ませた。
元来が戦略砲撃装備であることから、戦術レベルの戦闘に持ち出す兵器でないことが原因だ。
第一に、発射のために必要なエネルギーチャージに数十秒という時間が必要となり、その間は一切の火器も使えず、ディストーションフィールドすら展開できない。
いくら度を越した機体強度と装甲強度を持つダブルエックスといえど、棒立ちで集中砲火を浴び続ければいずれ決壊する。
発射形態に移行したダブルエックスはリフレクターの受信パネル部分や両手足に装備された放熱装備――エネルギーラジエータープレートを展開するため、どうしてもそういった部位が無防備になる。当然この部位がひとつでも破壊されてしまえば発射が阻止されてしまう。
チャージを開始してエネルギー収束に必要なタキオンフィールドを展開することや、余剰エネルギーが生み出す一種の高熱フィールドが生じるとはいっても、万全の防御体制とは言えない。
つまり発射準備に入る前にいかに安全を確保するか、状況次第では準備中のダブルエックスをいかに護衛しながら撃たせるかが課題として挙げられた。
第二に、技術的問題から受信したエネルギーだけでなく、機体すべてのエネルギーを消費する構造になっているため、発砲後は空になる。影響を受けないGファルコンと合体していないと身動きすらままならず、合体していたとしても、Gファルコン側の出力だけでは満足に戦えず、放熱の都合から最長五分間出力回復の見込みがないため、発射に成功しても残存兵力が存在する場合のケアが求められた。
――第三に、攻撃範囲も破壊力も過大である程度の調整が可能といっても限度があるため、迂闊に発砲すると味方を巻き込みかねない、破壊すべきではない対象すら巻き込んでしまう危険性があり、使用の判断が極めて難しい。
当たり前のことだがサテライトキャノンの運用に終始するのであれば、ダブルエックスは前線に出すべき機体ではない。ほかの機体が安全を確保しなければ常に破損の危険が付きまとい、使用機会を棒に振る危険性があるのだから当然だ。
だがダブルエックスは――特にGファルコンDXはきわめて強力な戦力。後方に下げておくべき存在ではない。
本来の運用思想とその高性能ゆえに求められる運用がかみ合わないちぐはぐさもまた、この機体の扱いを難しくしているのであった。
アキトはダブルエックスのコックピットから這い出して大きく息を吐く。
ダブルエックスのコックピットハッチは既存の機体と違って胸部――というより襟元に備わっている。
頭部がわずかに後退し上部のハッチが解放され、胸部中央ブロック自体が前方に倒れるようにスライドしたあと、シートが昇降してパイロットが乗り降りする方式だ。
だからヤマトの格納庫では、固定ベッドに仰向けに寝かされて格納されている都合上、機体への乗り降りがほかの機体よりも幾分楽である。
ちなみにそのままだと格納スペースのサイズをオーバーしてしまうため、格納中はリフレクターとサテライトキャノンは根元の結合ブロックごと外され、格納スペースの壁に固定されていた。
アキトは機体を降りたあと梯子を使って格納庫の床に降りると、訓練を終えたほかのメンバーのところに集合して反省会に参加する。
やはりと言うか、話題に上るのはダブルエックスのことだ。
アキトの技量についてはそれほど問題ならなかったが、先に挙げた運用上の問題は当然として、アルストロメリアの性能をもってしてもダブルエックスには完全に追従できないという事実がさらに問題を深刻にしていた。
「くそっ。古代の言うとおりダブルエックスは扱いが難しいな。アキト、おまえの手応えはどうだ?」
「そうだね……。機体性能が高いのは個人的にはありがたいんだけど、隊列を組むとなると合わせるのが大変だと感じたかな? 並行して飛ぶときだって、速度を合わせたりすると性能を抑えてる感じがしてちょっともどかしい。ただ、火力に関しては折り紙付きだから、それを活かすためにもみんなと行動したいと思う。連携したほうがチャンスも多いし、こっちからみんなをフォローするためにもあまり離れるのは得策じゃないと思うんだ。さすがにサテライト抜きで敵部隊を一機で退けられるような機体でもないし」
率直な感想を述べる。リョーコを始めとするパイロットたちも難しい顔で頭を捻った。
「まあ確かに凄い機体なんだよな。凄過ぎて活用が難しいってのは贅沢な話かもしれないが」
パイロットの一人が自分の考えを述べる。
シミュレーションでは問題にもならないが、ダブルエックスは機体のデザインからして悪目立ちする機体だ。実戦でその威力を見せつければ、恐らく集中的に狙われる。
それをフォローするのもコスモタイガー隊の課題ではあるが、ダブルエックスに追従できなければフォローどころではないのは明らかだ。
「いっそ、真田さんに頼んでアルストロメリアのさらなる性能向上を図るとか? 冗長性は残されてるらしいし、あの人のことだからなにかしらプランがあるんじゃないのか?」
「でも実働二六機だぞ? その数を改造するのは結構手間じゃないか?」
「でも改造が上手くいったなら、ダブルエックスをもっと活かしやすくなる。頼んでみるだけでもしてみたほうがいいと思うぞ」
意見はおおよそアルストロメリアのパワーアップが現実的という結論に達していた。ダブルエックスについていけない理由のひとつは推進装置の推力が劣っている、というのがあった。
確かにアルストロメリアはエステバリスに比べると部品のオミットもなく、Gファルコンの推力も分散しないだけマシではあったが、それでも方や相転移エンジンが二基搭載された超高出力機。
方や重力波ビームと相転移エンジン一基のハイブリット仕様。どちらのほうが優れているかは一目瞭然である。
「つーても本格的な改造になると配備まで時間かかるし、冥王星での戦いには間に合わねぇよなぁ〜。となると、やっぱり運用方法を構築するしかないってか――おいサブ、なにか知恵ないか?」
待機中のサブロウタに話を振る。待機組ゆえシミュレーションには参加せず、外部からモニターしていたに留まっていたが、それでもダブルエックスの隔絶した性能を把握するには十分だった様子。
「と言われてもねぇ……。やっぱりアルストロメリアの強化が最優先だろうな。確かにいままでのエステに比べれば優れてるけどよ、今後ガミラスの連中だってダブルエックスを基準にして戦力を用意してくる可能性は高いわけだ。となると戦術を練っていまのままでも連携できるようにしたりしても、いずれ限界が来るだろうしな。つーてもアルストロメリアをいくら強化したってダブルエックスに並び立つのは不可能だろうし、やっぱり状況に応じて臨機応変に、ってのが最良になるんじゃないか? ありきたりな意見で申し訳ないけど、結局のところダブルエックスの性能がまだまだ未知数なところもあるし、実戦での運用経験の浅さとかを考えると、いきなり名案を出すのはちょっと無理だぜ」
サブロウタは真面目な顔で顎に手を当てて悩む。
こういう時はチャラい態度を取ることは少なく、真面目な軍人としての視点で語ってくれるため、リョーコとしてもありがたい。
――普段からこうであればもっとありがいのだが……。
「しかないよなぁ。せめてダブルエックスみたいのがあと二、三機あれば、独立した遊撃部隊として別枠で扱えるんだけど、単機じゃなぁ〜。……テンカワもそれでいいか?」
リョーコも頷く。
「……そうだなぁ。やっぱりもっと一緒に訓練を重ねて、地道にお互いの呼吸を掴んでいくのが確実そうだよなぁ。とりあえずアルストロメリアの改良要望案をまとめたあと、いまの訓練の情報をまとめて検証して、次の訓練の計画を練ったほうがいいかな?」
アキトも二人の意見に賛成する。堅実に努力を重なることの大切さはアキトも理解しているし、いかんせん不慣れな集団行動なのだから、いまのままではどうにもならないだろう。
ほかのパイロットたちも「それ以外に思いつかないし、それでなんとかするか」と応じて「ま、ダブルエックスが要だ。しっかり頼むぞ」とアキトの背中を叩いたりと、気安い応対だった。
昨日行われた親睦会を兼ねた食事の席のことだ。
隊長として幹事を担当したリョーコが開口一番に、
「ここにいる奴は、おまえがなにをやったかなんて興味ねぇよ。いまはこの旅を成功させることだけ考えようや。成功さえすりゃ、過去になにがあったって面と向かって文句言える奴はいねぇ。なんせ、人類を救った英雄なんだ。帳消しするには十分過ぎるだろ?」
と断言し、コスモタイガー隊はもちろん、たまたま食堂で相席したクルーたちもが頷いたことで、アキトは自分を受け入れてくれた彼らに大きな感謝を感じて、自分から歩み寄るように心掛けたのもあった。
――結果、アキトはユリカとの再会をネタに散々弄り倒され、最前線で命を懸けてきた自分たちを差し置いて新型機を受領したことに対する(冗談半分の)嫉妬に晒され、火星の後継者関係のことを聞かれない代わりにナデシコ時代はもちろん結婚に至るまでの同棲生活についてとか、さらに火星で過ごしていたころのユリカとの馴れ初め話などなどと、いろいろ吐かされた結果、無事(?)にコスモタイガー隊の隊員たちと打ち解け良好な関係を築くことに成功したのであった。
「にしても、ダブルエックスって本当にゲキ・ガンガーみたいだね。いやぁ、ロマンの塊ですなぁ」
サブロウタ同様、待機組だったヒカルがやってきて、楽しそうにアキトに話題を振る。
「言われてみればね――ガイの奴が生きてたら、乗りたがったろうな……少なくとも、この状況に燃え上がってたのは間違いないか。本物の侵略者との戦いだもんなぁ」
ふと、ナデシコで最初に仲良くなった友人のことを思い出す。
思えば、ダブルエックスの原型というべきXエステバリスと共に散ったムネタケ・サダアキ提督も、ガイのことで罪悪感を抱えてた様子だった、とアキトは思い返す。
だとすれば、自分がダブルエックスに乗るのはある種の因縁なのだろうか。
最後まで分かり合えずにいたムネタケ提督ではあったが、いまの自分なら彼が最後に暴走してしまった理由がわかる。
……もしも出会い方が違っていたら、もしも自分がもう少しだけでも大人だったら、あかり合うこともできたのだろうか。
当時は鬱陶しい、威張り散らすだけの嫌な大人としか思えなかったムネタケ提督。
当時わかり合えなかったことが、いまになって無性に寂しいと感じるとは、考えもしなかった。
「ムネタケ提督……正直、俺たち最後までわかり合えなかったけどさ、あんたが守ろうとした正義は、地球は俺たちが絶対に救ってみせる――だから見ててくれ。あんたが乗った機体と同じ、Xの称号を受け継いだこいつと、ヤマトの活躍をさ」
「真田さん、シミュレーションのデータを見る限りだと、アルストロメリアでもダブルエックスに追従するのは難しいと思いますが、真田さんはどう思いますか?」
「うむ……。想定よりもダブルエックスの完成度が高いのは間違いないようだな。確かにこのままでは部隊行動に支障をきたしかねん」
第一艦橋でコスモタイガー隊のシミュレーションを見守っていた進からの相談を受けた真田が苦い顔で唸る。
アルストロメリアとて、十分高性能な機体であるにもかかわらずこれとは、少々予想外だ。
「全面改修をする余裕はヤマトにはない。が、部分的に手を加えればもう少し性能を上げられるかもしれん。しかしそれをするにも資材が心許ないな。――艦長、木星で資材を入手できた場合、アルストロメリアの改造計画を練っても構いませんか?」
真田の進言を受けてユリカも難しい顔で考えたあと、「そうだね」と頷く。
「なにがあるかわからない旅だし、部隊行動もそうだけど、長期戦とか変わった環境での運用とかを要求されるかもだし、備えておくのは悪いことじゃないと思う」
と前向きな意見を口にする。
問題は、木星にそれだけの資材があるかどうかと、実際の作業にどの程度の時間を取られるかにかかっている。
「とりあえず事前計画だけは練っておいて。アルストロメリアは各パーツのブロック化が進んでるし、パーツ交換で済む程度の改造なら、それほど掛からないでしょう? あ、あと航空隊からの要望があるかどうかちゃんと聞いてから作業してくださいね。実際に使うのは彼らなんですから」
「わかりました。では、少し彼らのところに顔を出して、意見を聞いてきたいと思います。構わないでしょうか?」
「いいよ。いってきてあげて」
真田はすぐに席から立ち上がると、そのまま主幹エレベーターに乗り込んでパイロット待機室に向かって移動し始めた。
その姿を見送って二分ほど経ってから、
「あっ!」
ユリカが突然大声を上げたので、第一艦橋の面々はびくりと体を揺らす。一体何事だというのだろうか。
「ルリちゃん! 波動砲の説明、まだみんなにしてなかったよ!」
ユリカが言うとルリは露骨に嫌そうな顔をした。
「まさかまたやるんですか? 私はちょっと……」
「嫌なら変わりましょうか? ルリ姉さん」
嫌がるルリにラピスが助け舟を出す。が、かわいい妹を晒しものにはできないと、ルリは思い悩んだ末、結局応じた。
「じゃあまたイネスさんに連絡して、と。真田さんは仕事中だから……そうだ、進君行ってみようか! 進君にばっちり関係あるしね!」
「えぇっ!?」
巻き込まれた。
アルストロメリアの改良について話し合おうとしていたアキトたちは、ちょうどよく顔を見せてくれた真田も交えて改良案について色々と意見を出し合っていた。
「やっぱり優先すべきは機動性の強化ですかね? スラスターの追加とかでなんとかなりませんか?」
「そっちも大事だが火力も必要だ。大型爆弾槽でもなんとかなるが、もう少し柔軟に立ち回れる武器が欲しい」
「いや、ダブルエックスの護衛が最優先になる状況を考えると防御力も欲しい。防衛対象から離れられない状況だと、盾になることだって考慮しないとまずいぞ」
などなどと、パイロットひとりひとりが思い思いの要望を口にする。
そこになにを感じ取ったのかウリバタケが顔を見せると、話し合いは一気に具体性を伴ってヒートアップ。
「やっぱりよ、本体への固定武装をもう少し増やしたほうがいいんじゃないか? ダブルエックスだってヘッドバルカンとブレストランチャーがあるしよ、攻撃用途に限らず小回りが利く迎撃用装備とかさ」
「そうですね、だとしても実弾を採用するかビーム兵器を採用するか。設置場所や搭載に伴う出力系への負荷を考えると……」
などなどと、ウリバタケと真田の独壇場へと変貌する意見会。
「ダブルエックスとアルストロメリア双方に搭乗経験がある俺からすると、やはりヘッドバルカンは迎撃・牽制目的で用いるには最適な武装だ。できるなら類似品の追加が欲しい」
月臣もその中に混じって意見を提出したりする。
そんな中黙って聞き手に回っていたはずのアキトが、
「……みんなの善意を棒に振るみたいで申し訳ないんだけど――ブラックサレナ、使えませんか? ウリバタケさん、真田さん」
アキトが真面目な顔で訴える。
「装甲兼用のスラスターユニット。ここに武装を足してもいい。本体に無理に機能を内蔵させたりするよりも設計が楽になったりしませんか?」
なにがなんでもヤマトを成功させたい。そして仲間たちが生き残れるようにしたいというアキトの真摯で悲痛な覚悟が嫌でも伝わってくる。
アキトの提案を受けた真田とウリバタケもその気持ちを汲んで、「検討してみよう」と答えた。
その場にいる全員が神妙な空気でいた時、突如としてウィンドウが艦内の至る所に起動、使用されていなかったモニターに灯が灯る。
そして流れ出す軽快な音楽。
アキトはなんとなく嫌な予感がした。
「三……二……一……どっか〜ん! なぜなにナデシコ〜〜!!」
続けて流れてきたユリカとルリの声にアキトは脱力してその場に崩れ落ちた。それでも視線は開いたウィンドウに釘付けのまま剥がせない。
「おーいみんな、あつまれぇ〜。なぜなにナデシコの時間だよ〜!」
「――あ、あつまれぇ〜……」
もはや恒例のウサギユリカと(前回以上に恥ずかし気な)ルリお姉さんに、巻き込まれたのだろう、仏頂面の進お兄さんもいた。
ルリとお揃いというか、子供向け体操番組のお兄さんのような格好をさせられ、顔を赤くしながらも、(自分が解説したくなる的な意味で)台本通りに動かない真田と違い、一応真面目に台本通りに動いている。
だが不憫だ。
背景には『なぜなにナデシコ ヤマト出張篇その二〜初めての波動砲〜』と書かれている。
……この瞬間、艦内では拍手喝采でなぜなにナデシコの放送を歓迎していた。
可愛らしい艦長とオペレーターの姿、さらには生贄一名を見ることができるというのが大半の理由だが、説明される内容がヤマトへの理解に繋がるとなれば見ない理由もない。
そもそも娯楽に乏しい宇宙戦艦の中で、これほど娯楽性の高い放送は人気が出ないわけがないのである。
「あ、あ……あのバカぁぁぁっ!!」
叫びながら立ち上がったアキトはわき目も振らず待機室を飛び出し、中央作戦室に向かって全力疾走を始めた。
一度ならず二度までも、普通の体ではないというのになぜ安静にできないのかと、妻の暴挙に怒りを露にしてアキトが駆ける! 焦り過ぎてよろめいて曲がり角の壁に激突しながらも走る走る!
可愛いからと、ちゃっかり前回放送分の映像ディスクを懐にしまい込んだことも忘れて、アキトは走った!
「ユリカぁぁぁぁ〜〜〜っ!!」
廊下から叫び声が聞こえてくる。まるで地球でヤマトの帰りを待っている義父、コウイチロウが乗り移ったかのような叫び声だ。
怒りだけでなく泣きが入っているあたり、複雑なアキトの心境を的確に表しているといえよう。
「……あ〜あ。俺は知らねえぞユリカ」
頭の後ろで手を組んでリョーコが呆れ顔で呟く。ほんの少し前までのシリアスな空気は完全に霧散してしまった。
「不憫な……」
月臣がアキトの心情を慮って目を伏せる。
ちなみに意外に思えるが、月臣はあまりなぜなにナデシコを笑っていない。多少面食らったが思いの外わかり易くいろいろ説明してくれるので、むしろありがたがっていた。――ただ木連時代だったら怒っていたかもしれないな、とは本人の弁。
「まあなぁ。まったくユリカもよくやるよ。付き合わされるルリも可哀想に……もっと可愛そうなのは古代かもしれねえけど」
羞恥を堪えながら、画面の中で波動砲の仕組みについて台本どおりのセリフと、用意された映像などを駆使してルリお姉さんと一緒に説明している、直属の上司であるはずの進お兄さんの姿に、リョーコは深〜く同情した。
――同情しただけだが。
最速で中央作戦室に飛び込んだアキトは、待ち構えていたゴートの奇襲の前に遭えなく拘束、猿ぐつわを噛まされたうえで簀巻きにされた。アキトの行動を読み切ったユリカの勝利である。
そして着替えを手伝ったのだろうエリナが、それはもう申し訳なさそうな顔でこちらに手を合わせながらも、ヨタヨタと動くユリカの姿をハラハラと見守り、原画協力として待機室を抜けていたヒカルも、その手伝いとして同行したイズミも簀巻きにされたアキトをそれはもう楽しそうに弄り、メガフォンを構えて演出に余念がないイネスは一瞥も寄こさない。
ユリカはカメラに映らないところでアキトに笑顔で手を振ってくるがそういう問題じゃないめっちゃ可愛いけど。
アキトに気づいたルリは「お願いだから見ないでください」と言わんばかりの目線でアキトを責めるが悪いのは俺なのかと理不尽な思いをする。
進も「止められません、無理」と目線で訴えるのみで可哀想だなおまえ。
……アキトはとうとう放送を中止させることができず、部屋の片隅を芋虫のようにのたうち回ることしかできなかった。
結局なぜなにナデシコ第二弾も好評を博し、クルーたちは最終兵器である波動砲に対する理解を得た。
しかし軽めのノリに反して示されたその威力の凄まじさに、全員で震えあがる羽目になったという。
波動砲。正式名称は『タキオン波動収束砲』。
ヤマトに装備されたそれはトランジッション波動砲と呼ばれている。
それはヤマトの最終兵器にして、地球人類が手にした火砲の中でもトップクラスに強力な破滅の力。
波動エンジン内で生成される波動エネルギー=タキオン粒子をエネルギーに変換せずそのまま発射装置に強制注入、圧力を限界まで高めて出力を上げ、『タキオンバースト波動流』の状態に加工、加工されたそれを一挙に前方に開放する、ヤマトの必殺兵器だ。
このタキオンバースト波動流は時空間そのものを極めて不安定にする性質を持っている。
そのためこの奔流に飲まれた時空間は時間連続体を歪められてしまう。空間が消滅したり穴が開くほどではないが、そこに物体があればもれなく消滅するというのが破壊原理だ。
また時空間を歪めているのはあくまでタキオンバースト波動流という『粒子ビームの一種』であるため、なにかしらの物体に命中するなどしてエネルギーが拡散することがあり、飛散したエネルギーによって広範囲に破壊作用がもたらされ二次被害を起こす性質を持つ。
さらに厄介なことに、粒子ビームとしての性質があるためか、それとも波動エネルギー自体がもつ熱エネルギーとの相乗効果なのか、爆発と形容しても差し支えない強烈な反応を生む場合も多く、エネルギー流自体は収束された細いビームに過ぎないのに、実際の破壊作用が広域に広がり過ぎてしまうことすらあるという。
事実、過去に強力なミサイルの迎撃と敵艦隊撃滅を目的として発射された波動砲のエネルギーがミサイルの爆発で拡大し、艦隊を丸呑みにしてしまったこともあったというデータも残されている。
ヤマトの波動砲はエネルギーを集約した収束型であるため、通常は戦艦一隻呑み込めるかどうかという細いタキオンバースト波動流を撃ち出すが、撃ち出されたエネルギーの周囲の空間にも破壊作用は広まっているため、かすめた程度でも宇宙艦艇くらいなら容易く破壊する。
その破壊力はたった一発でオーストラリア大陸に匹敵する大きさと質量を有した、衛星の一種とも形容される浮遊大陸と呼ばれる天体を塵も残さず消滅に導くほどと、常軌を逸している。
――新生したヤマトはそれを六発まで連続で発射できるのだ。
そのため本来は不向きなはずの広域攻撃や多数のターゲットに対する連続攻撃すら可能としている。
そのすべてを使い切れば、地球の月すら消滅させ、地球サイズの天体すら砕くだけなら可能と言われている。
参考として語られた豆知識によれば、外的な力で月を消滅させるには、いまなお最強の核兵器である、水素爆弾の二兆発倍もの威力が必要と言われている。
つまり、ヤマトの最大火力はそれに匹敵あるいは凌駕する水準ということなのだ。
とはいえデメリットも相応にある。
ヤマトの主動力は波動相転移エンジン。
相転移エンジンを利用して波動エンジンの出力を大幅に強化した、複合連装エンジンを採用している。
だが発射体勢に切り替わると、相転移エンジンから波動エンジンへの供給が停止し、波動エンジンもエンジン内のエネルギーを電力などに変換しなくなるのだ。
その状態でそれぞれのエンジン内圧を十分に高め、六連炉心の中央にある動力伝達装置とも呼ばれる波動砲用の薬室内にて、小相転移炉一つの全エネルギーと波動エンジン総量の六分の一の波動エネルギーを融合、仕上げに六連炉心部分が前進して突入ボルトに接続、エネルギーを流し込む。
あとは波動砲の発射口まで繋がる長大なライフリングチューブと、その中にある波動砲収束装置、最終収束装置を経てエネルギーの収束と増幅を繰り返して発砲される。
使用する小相転移炉は円周状に並んだ炉心の頂点に位置する炉で、発射のたびに炉心が回転してエネルギー回路を切り替える構造を有している。
これがトランジッション、『切り替え』と名付けられた由来だ。
従来のストライカーボルトで遊底を押し込む方式だと複合炉心でも連射が困難と判断され、改定された構造だった。
そして最大の欠点。それは波動砲は一発撃つごとに小相転移炉心一つがエネルギーを空にしてしまうため、停止するということである。
基本的に六連炉心はそれぞれの炉心が独立して制御されているため、一つが空になったからといってほかの炉心から直接エネルギーを供給して再始動することはできない構造になっている。
当然再始動には時間がかかり、相転移エンジンの供給で稼働する波動エンジンの出力は入力されるエネルギーでも作用されるため、出力低下を招く。
ヤマトの波動エンジンは連装エンジンに改造されたことで単独では起動できないため、波動砲を発射するごとに六分の一づつ出力が低下し、最後には停止してしまう。
そのため再始動の際は相転移エンジンから始めなければならないというシステム上の都合もあって、波動砲を撃ち切ったヤマトは長時間無防備になってしまうという致命的な弱点を有しているのだ。
たとえ撃ち切らずとも、出力が減少して回復に時間がかかるとなれば弱体化は避けられず、波動砲の使用はその威力がもたらす被害と合わせて常に慎重であることを余儀なくされる。
つまり、安易に頼ることができない、まさに最終兵器と呼ぶにふさわしい存在なのだ。
この説明によってクルーたちは、使いこなせれば頼もしい力になると同時に、一歩間違えれば自分たちもガミラスと同等の存在に墜ちる可能性を示されて、青褪めるのであった。
んで、なぜなにナデシコ終了直後。
「おまえという奴は! 自分の体のことをわかってるのか!?」
激怒したアキトがユリカに説教を開始していた。
「でもでも好評だったし、波動砲のことは乗組員全員が理解してくれないと困るのよ〜」
「だったら別の人にやらせりゃいいだろうがっ! 俺は心配で心配で……」
「ううぅ、ごめんなさいアキトぉ」
アキトに真剣に怒られてはユリカも立つ瀬ない。ウサギユリカの格好のまましょんぼりと身を小さくする。
「まあまあアキトさん。落ち着いてください、あんまり怒ったら却って艦長の体に障りますよ、『一応』病人なんですから『一応』」
進がフォローに回る。しかし『一応』などという言葉が出てくるところから察するに、彼も複雑な心境なのだろう。
「そうですアキトさん。止められなかった私たちにも非があります。ごめんなさい」
「ごめんなさいアキト君。その、ユリカの無茶を止められなくて」
ルリお姉さんとエリナまでもがユリカを庇いに入る。
こうまでされてはさすがにに叱り続けるわけにはいかず、アキトは不満と一緒に怒りを飲み込むことにする。
「まあいいじゃない。怒る気持ちもわかるけど、ガス抜きは誰にも必要なのよ。大丈夫、彼女の体調は私が保証するわ――それに、アキト君が戻って来てから彼女、本当に調子が良いのよ」
薄く笑いながらイネスが告げると、顔を赤くしながらもアキトはユリカに向き直って、
「もういい――でも、あんまり無茶するんじゃないぞ」
「うん、ごめんねアキト、心配させちゃって」
涙声で謝罪するユリカをぎゅっと抱き締めて円満に終わらせることにする。
周りが見てるが知るかそんなこと。スキンシップは夫婦円満の秘訣、だとかアカツキが言っていた。
――あいつ未婚のはずだけど。
「おっ……?」
「? どうしたのアキト?」
なぜか手をわさわさと動かして体を撫でるアキトの行動を疑問に思ったユリカが問う。人前で体を撫でまわすなんてアキトらしくない。
「いや、この着ぐるみ……すっげぇ手触りがいい」
抱きしめて思いのほか気持ち良かったのか、アキトの顔が綻ぶ。
「そ、そう? あんまり気にしてなかったけど」
「いや凄いってこれ。クッションとかにして配ったら、ストレス解消用にちょうどいいんじゃないか?」
感激の声を上げるアキトにユリカが閃いた!
「そっか! じゃあ艦内の空気が悪くなったら、私がこの格好で艦内歩き回ってハグしてあげればいいんだ!」
「そういうのは止めておけ!!」
その場にいた全員から即座に突っ込みが突き刺さった。