「アキト君、ちょっといいかしら?」
ユリカを艦橋に送り届けたあと、エリナが声をかけてきた。
「――ああ」
アキトは少し戸惑いながらも応じる。
二人はそのまま艦橋の後部にある展望室に足を運んだ。
本来は後方監視用の展望室なのだが、なぜかクルーたちの憩いの場として活用されることが多く、気になる男女が二人で立ち寄っていい雰囲気になることがあるとかないとか噂になっていた。
「エリナ……その、俺――」
二人きりになった途端謝ろうとしたアキトを遮る形で、エリナの拳がアキトの鳩尾に突き刺さる。
「かはっ……!」
と呻いてアキトが鳩尾を抑えて立ち尽くす。
「余計なことは言わなくてよろしい。最初から私はただ自暴自棄になってたあなたを慰めてあげただけ。ユリカから奪おうとか、責任を取って欲しいとかは考えてないわよ」
笑みすら浮かべた顔でアキトに宣言する。
別の話をしたかったが、アキトの性格だと絶対にこうなるだろうと思って先制攻撃したのだが、大成功。
「あなたは愛すべき女性はユリカだけ、もちろん責任を取るのもね。――もうこれ以上泣かせちゃ駄目よ」
優しい声色でアキトを諭す。奇襲を受けて苦しんだアキトも、これ以上はお互いのためにならないと悟らされた。
「あ、ありがとうエリナ。感謝、するよ」
苦しみながらも礼を言う。これで、アキトとエリナの男女関係の清算は完全に終わった。
「もっとも、友人としての関係はこのまま続けさせてもらってもいいわよね? あんたたち、放っておくと何しでかすかわからなくて心配なのよ……まったく、タチの悪い夫婦と仲良くなったものよね」
苦笑するエリナにアキトもバツの悪い顔をする。
「で、本題なんだけど……あなたアカツキ君からどれくらい聞いてるの?」
「どれくらいって、ユリカがヤマトの再建に尽力したことと、余命が半年だってこと……それと、イスカンダルとコスモリバースのこと」
万が一誰かに聞かれても困らないように、敢えてぼかしたアキト。だが、それだけでエリナはすべてを察した。
「そう、文字どおり全部か。あの人も大胆ね、下手したらアキト君が潰れてもおかしくない、残酷な事実なのに」
はあっ、と額を抑えて首を振る。
多少は自業自得だと思うが、アキトが不憫に思えた。エリナですら消化するには時間を要した案件を聞かされてすぐに出撃になるとは――。まあ彼にはいい薬だろうか。
「……まあショックだったよ。でも、あいつが助かる可能性が万に一つでも残ってるんならそれに賭ける。俺は絶対にユリカを諦めない。一緒に生きていくって約束したんだ」
アキトの静かな決意にエリナもニヤリと笑って応える。
「なら私たちにできることは」
「ユリカを全力で支えてイスカンダルに辿り着かせることだ」
「ええ。この宇宙戦艦ヤマトならそれができる。ネルガルもそれしきのことができない戦艦に、社運を賭けたりしないわよ」
二人は静かに視線を交えて拳を打ち合わせる。
「そうと決まれば話は早いわ。詳細は知らされてないけど、ユリカの世話役の森雪にもちゃんと顔見せして仲良くなっておくように。いくら夫でも艦内の風紀を考えると入浴とかの介助は務まらないでしょ? 一応私と雪で交代で務めることになってるから」
「わかった。にしても風呂も一人で入れないなんて、思った以上に弱ってるんだな。……やっぱりなぜなにナデシコは今回で最後にしておくべきなんじゃ」
アキトの心配はそちらに向く。騒いだ直後だというのもあるが、着ぐるみ着用で動き回るのがいまのユリカにとって負担にならないわけがない、というのがアキトの考えだから当然だろう。
「それについてはなんとも言えないわね。ユリカのことばかり考えて、クルーの精神衛生を無視するのも悪手だし。実際凄く受けがいいのよ。たぶん戦艦の中だと娯楽が少ないし、これからの未知の旅路を思えば、ってことなのかもだけど」
「そんなに受けてるのか……。だとすると無理に辞めさせるわけにもいかないのか……わかった。今後ともよろしく頼むよエリナ。頼りにしていいんだろ?」
「当然」
不敵な笑みで頷くエリナにアキトも笑みを浮かべる。
男女関係は終わったが、彼女とはこれからも末永く付き合っていくことになりそうだった。
翌日、ヤマトは木星近海に到着した。
艦内はにわかに慌ただしくなり、資源を得るためにどの場所に行くのが効果的かを調べるべく、調査活動を開始した。
新設された電算室とそのオペレーターたち、新装備の出番であり、見せ場であった。
「ルリちゃん、プローブ発射」
「了解、プローブを撃ちます」
第三艦橋の電算室に(フリーフォールで)移動した(涙目の)ルリは、コンソールを操作して第三艦橋前方に備えられた、プローブの発射管を解放する。
従来の第三艦橋では六つの窓のように見えた部分の内、二つが展開、中から各種高感度センサーを満載したプローブがそれぞれ一基づつ、計二基が発射される。
発射された魚雷型のプローブはしばらくロケットモーターで推進、ヤマトから離れると先端の天体観測レンズ部分を残し、前半分の外装がガバッと開いて電磁波探知アンテナ群を瞬時に展開した。
たちまち電算室にプローブが収集したデータが送り込まれ、電算室の高解像度モニターやウィンドウに所狭しと表示される。
ルリたちオペレーターはその情報を種類ごとに分別しそれぞれの担当する情報を徹底的に解析、最終的な回答を導き出していく。
地球では名の知れたルリはもちろん、そのバックアップを務めるオペレーターたちも選りすぐりの才女たちだ。
今回は雪も解析作業の手伝いとして副オペレーター席に座ってルリのバックアップを勤め上げる。
「艦長、解析結果出ました。第一艦橋のメインパネルに映します。オモイカネ、よろしく」
ルリの指示に従ってオモイカネが第一艦橋正面のメインパネルに解析結果を表示する。
その結果を見て真田が唸った。
「やはり、木星の居住区はあらかた破壊されてしまっているようだな。備蓄されていた資材が残っているかどうかまでは外部探査ではわからんか……。艦長、敵影もないようですし、最寄りのガニメデに寄って資源の確保に掛かりたいと思います。――最悪、破壊された居住区の残骸を回収して資材に加工しましょう。心が痛みますが、ヤマトには必要です」
沈痛な面持ちで訴える真田にユリカも神妙な顔で応じる。
「わかりました。ではコスモタイガー隊から選抜して真田技師長の護衛を頼みます。工作班も総出でかかってください。できるだけ短時間で終える必要があるため、機動兵器を使用しての解体作業も許可します。ダブルエックスは必ず連れて行ってください。それと、資材運搬のために作業艇はもちろん、Gファルコンも忘れずに」
と命じる。
真田も敬礼を持って応じ、すぐに工作班に招集をかけて自身も艦橋を飛び出した。
ヤマトは慎重にガニメデまで移動すると地表から一〇キロの地点で停泊、ヤマトから資材運搬のための作業艇が数隻と、コスモタイガー隊の隊員が操るGファルコンが一五機、アルストロメリアが六機、そして最後にダブルエックスが発進する。
ヤマトは単独での長旅を考慮しているため、不足した資材をほかの星での採取を考慮されている。そのためほかの戦艦では不必要な高性能な作業艇が複数搭載されていた。
搭載場所は第三主砲とメインノズルの間にある甲板下の専用格納庫で、カタパルト移動用のハッチを解放したあと、さらに内側のハッチを解放することで発進口が開く。
ほかにも第三艦橋両脇のバルジ部分にも上陸用の地上艇が格納されているなど、多種多様に備えていた。
ヤマトを発った作業艇と艦載機は、ガミラスを警戒しつつ可能な限りの隠密行動で破壊された居住区画に侵入すると、すぐに資源確保のための調査を開始した。
ガミラスの攻撃で破壊された居住区に生存者はなく、僅かながら期待をもっていたクルーたちの心に影を落としたが、幸いにも使えそうな資材が幾ばくか残されていた。
ほかにも居住区を構成していた残骸をいくつかを解体して、ヤマトに積み込むべくピストン運輸を始める。
ここで役に立ったのが、ダブルエックスが装備するハイパービームソードと呼ばれる武器だ。
ビームを剣状に収束させた近接戦闘武器で、高出力・高収束率、ビームの粒子を猛烈な勢いでチェーンソーのように循環させることで、ディストーションフィールドにも通用する破壊力を有する接近戦の切り札だ。
対ガミラス戦が前提、かつGファルコンとの合体を含めて、射撃戦が主体なダブルエックスにこんな武装が用意された理由は、「人型なら剣が欲しいでしょう」という真田の一言のせいだ。
ほかの武装の開発にかまけて意見を出し損ねたウリバタケは、それこそ唇を噛んで悔しがったが、これが切っ掛けで二人は仲良くなったのだから、ある意味では縁結びの装備とも言えた。
空間を漂う塵などに接触して発光して見えるビームの刃は、横から見ると少々幅があるが、正面からでは細い線にしか見えない。
ビームソードはその威力を存分に発揮し、居住区の残骸を容易く切断して運搬しやすい大きさに切りわける。
ダブルエックスがこのような作業に積極的に駆り出されたのには訳がある。
重力波ビームもGファルコンもなしで長時間行動ができるスタンドアローンタイプの機体であることだ。
障害物によって供給が断たれる心配もなく、その動力が生み出す大出力と、それを活かしきれる破格の機体強度とパワーは、戦闘のみならずこの手の土木作業にも適しているためだ。
アルストロメリアも一次装甲にバッテリーを組み込む技術によって、エステバリスでは難しい長時間の活動を可能とし、機体出力の強化も果たしていたが、それでもダブルエックスと比較するとはっきりと見劣りする。
なのでアルストロメリアはダブルエックスの作業の補助として、建材が倒れたり落ちたりしないように支えたり、切りわけた資材の作業艇への積み込み作業を引き受けたりしていた。
切りわけられた資材はGファルコンのカーゴスペースに収められ、ヤマトに向かって運ばれる。
機動兵器を格納するためのスペースは、その気になればこのような運搬作業にも使えるし、規格を合わせたコンテナを収めての人員移動、さらには武器を満載して補給機や爆撃機としても使える汎用性を誇っていた。
そうしてGファルコンが運んだ資材は艦尾上甲板、第三主砲後部の左右に存在する搬入口に運ばれ、そこから専用の運搬路を使用して下部の工場区画に運ばれて加工され、旅路を支える物資となる。
工場で生産されるのは保守点検用の交換部品だけでなく、機動兵器の部品だったりヤマトの装甲板だったりミサイルであったりと、実にさまざま。
加工された部品や加工せずに保存することになった資材は、対空砲群の前後にあたる上甲板下の大型倉庫に、ミサイルは各発射管の弾薬庫に、機動兵器用の武装や保守点検部品は格納庫下の弾薬庫兼保管庫に保管されるように区分されている。
幸いなことにガミラスの妨害を受けることなく倉庫を満たすことができたヤマトは、出撃していた作業艇や艦載機をすべて収容し、ガニメデを離れて木星圏の調査活動を開始した。
ルリは第三艦橋内の電算室で解析作業を続けていた。
探査プローブとて消耗品ではあるが、出し惜しみをして見落とししてはいけないと、さらに二基を追加。先に射出してまだ機能しているプローブと合わせて計四基による探査活動を行う。
ルリを含めた八人のオペレーターとオモイカネが収集した情報を解析、さらに航法補佐席のハリがその情報を以前の木星圏の情報と照らし合わせ、その解析結果をまた電算室に送り返しす。
そんな作業を一時間も続けた頃だろうか、探査プローブは巨大な木星の影から姿を現した物体の姿を捉えることに成功し、ルリたちオペレーターもその情報を解析して、物体の正体を突き止めた。
「……艦長、木星の市民船と思しき物体を発見しました、パネルに出します」
ハリが解析されたデータとプローブのレンズが映し出した映像を重ねて、メインパネルに投影する。
メインパネルに投影された市民船は、かつて木連の居住区として使われていた、いうなれば国土の一部。
戦争開始と共に真っ先に攻撃され破壊されたか、住人を皆殺しにされたと聞いているが、圧倒的なガミラスの力の前にほうほうの体で逃げ出すのが精一杯だったため、細かな状況が伝わっていない。
そのためその存在を認めたユリカは、淡い期待を抱くのを止められなかったのだが……。
映し出された市民船は六つ、ひとつひとつがヤマトの一〇〇〇倍では済まされないような、もはや小天体といっても過言ではない凄まじい大きさを誇っているのは昔のまま。
しかしその表面には戦闘によるものと思われる傷が無数に刻み込まれていた。いくつかの傷はかなり大きく、内部構造を露出させている。
そして市民船の周囲には一番見たくなかった存在――ガミラスの艦艇が複数駐屯しているではないか。
おそらく内部にも、相当数の艦艇がいることは疑いようがない状況だ。
「これって、もしかしなくても市民船を……拠点にしてる?」
ユリカが呆然とした声で確認するように尋ねる。
「……おそらくそうです。さすがに内部までスキャンはできませんが、周囲にはガミラスの駆逐艦クラスが一三〇隻、空母も二五隻が確認されています。内部にもいるかもしれませんが、外部からでは確認できません」
航法管理席でハリが報告する。
電算室からのデータを参照する限りでは、これが解析の限界だった。市民船のドック施設の規模を考えるともっと多くても不思議はないが、どちらにせよシャレにならない規模の敵戦力である。
「くそっ。ガミラスの奴らめ!」
進が苦々しげに吐き捨てる。
木星に必ずしもいい感情のない進であっても、滅ぼされた挙句蹂躙される木星という国家が哀れに思えて仕方がない。
「ルリちゃん、市民船のコンピューターにハッキングして、中を見れたりしない?」
「結果だけを申し上げるのなら、可能です。ただそのためにはもう少し接近しないといけませんし、なにより私のハッキング戦法はすでにガミラスに筒抜けです。下手に仕掛けるとヤマトの所在が露呈する恐れがあります。それに、ヤマトはナデシコCと違って電子戦――と言うよりも掌握戦術に特化した仕様ではないので、あれだけの物体を掌握して解析するのは限りなく不可能に近いです。仮にできたとして、内部のカメラやセンサー類がどの程度生き残っているのかが不明ですので、知りたい情報が手に入る保証もありません」
専門家としてルリが答える。もうルリは、ユリカがなにを気にしているのかを察して、暗たんたる思いになっていた。
せめてもう少しガミラス側の情報がわかれば、システム掌握の精度を上げることができるのだが。
「艦長、市民船が完全に破壊されていない以上、もしかしたら生存者がいるんじゃないですか?」
大介が疑問を呈する。そう、それがユリカの気にしていることだった。
「確かに可能性はある。元々全滅か奴隷かなんて言ってた連中だ。捕まって奴隷にされている人がいるかもしれないし、もしかしたどこかに隠れて助けを待ってる人がいるかもしれない……! 艦長、市民船を奪還しましょう。見過ごすことはできません!」
進が血気盛んに吠えるが、ユリカは首を横に振る。
「そうしたいのはやまやまだけど、ヤマトの戦力でどうやって奪還するつもりなの? 敵の総数もわからないし、艦隊戦力を叩いたところで内部にどの程度ガミラスが入り込んでるのかわからない。それに小天体にも匹敵するような市民船を、三〇〇人程度の私たちでどうやって掌握するの? 六つもあるのに」
冷静な意見に進は言葉を繋げない。
言われてみればそうだ。ガミラスに対抗できる戦力と言っても、所詮は戦艦一隻と最大でも三〇機程度の航空戦力を有しているだけだ。
艦隊戦なら戦いようがあっても、この手の施設制圧はとにかく人手が必要な作戦だ。
逆に敵の基地だったり宇宙要塞に対する破壊工作ならやりようはある。むしろ少数先鋭でもやり方次第で完遂できることは、ヤマトの戦歴が証明している。
だが中に『いるかどうかもわからない』要救助者を探し出して保護し、さらに敵兵を駆逐するような救出作戦を展開できる余力は、ヤマトにはないのだ。
市民船が大きすぎるし数も多い。
それに、救出したとしてもヤマトで受け入れることはできない。アキトやイネスがピストン運輸しようにも、すべての木星人がジャンパー処理をしているわけではない。
そしてボソンジャンパーを失った地球がここに迎えに来るのは、とても時間がかかる。
それまで生き延びられる保証はない。そもそも迎えをよこす余裕は、地球にはない。
どれだけ吠えたところで、この現実を覆すことなどできないのだ。
「しばらく様子を見ます。メインスタッフは中央作戦室に集合。対策を考えましょう」
中央作戦室に集結したユリカ、進、大介、真田、ハリ、エリナ、ラピス、ゴート、ジュン、そしてアキトと月臣とサブロウタ。ルリは電算室で情報解析をしながら通信で参加していた。
「アキト、ボソンジャンプで内部に入り込んでの調査は無理そう?」
ユリカの質問にアキトは心底困った顔で、
「ボース粒子反応を検知されたら発見されるだけだろうな。探知システムくらい持っていると考えるのが妥当だろう。それに、このサイズの構造物を調べるのはヤマトの人数じゃ無理だ。居住区画はたぶん制圧されているだろうし、メンテナンスハッチとかカメラのない場所とかに隠れられてたりしたら、俺一人じゃどうにもならないよ――仮に月臣とか、木星出身者であっても、一般には立ち入り禁止の区画とかまで含めた詳細までは知らないだろうから、人海戦術を取るか、膨大な時間を使って調べ上げるか……。どちらにしても、現実的じゃない」
断言する。
ユリカもわかりきっていたが、諦めきれずに聞いただけなので「そう」と短く答えた。
「俺も調査には反対だ。さすがに規模が大き過ぎる。ヤマトの戦闘班を総動員しても手が全く足りない。不必要な犠牲を招くだけだ」
ゴートもアキトを援護する形で反対を表明する。が、やはり苦い顔をしていた。
「俺にとっては祖国の大地だ。解放してやりたい気持ちはある。だが、この状況でそれを求めることは、俺には、できん……!」
辛そうな月臣の姿に誰もが掛けるべき言葉を見つけられない。
「残念ですけど、俺も月臣少佐と同じです……本当、胸糞悪いですけどね……」
サブロウタも気落ちを隠せず、何時もの軽いノリは鳴りを潜めている。
「航海班は市民船攻略作戦は反対です。ヤマトの航路日程にはあまり余裕がありません。すでに火星での停泊で一日のロスタイムを生じていますし、これから土星のタイタンでのコスモナイト採掘作業を考慮するのであれば、ここは見過ごすのが得策かと思います」
大介が心を鬼にして職務を優先しようと意見する。
人道としては捜索すべきだと心が訴えるが、それでは本末転倒だと、理性が釘を刺す。胸の痛みを我慢して、大介は意見する。
「なんてことを言うんだ島! 生き残っている人がいるかもしれないんだぞ! それに、ここに敵戦力を残していくのは、後顧の憂いを立つという意味でも看過できん! 艦長、せめて艦隊戦力だけでも叩きましょう!」
と進が熱く語るのを、ユリカは表情を変えることなく受け止めた。彼の性格からすればこのような反応をするのは初めからわかっていた。
「だが古代君。ここで戦闘をして時間もそうだが、ヤマトに傷を負わせて消耗させるのは得策じゃないぞ。多少の資材を確保することには成功したが、ヤマトの今後を考えると余剰はないんだ。太陽系を出たあとで資材の補充ができるかどうかもわからないままなんだぞ。――事前計画で決まっている、冥王星基地攻略を忘れたのか?」
ジュンが逸る進を抑える。「しかし……!」と進も食い下がろうとするが、ジュンの言っている事の正しさも理解しているため、それ以上言葉を繋げなかった。
「古代君のいうことももっともね。ここにあんな戦力を残していくのは不安なのも事実。とは言っても、ヤマトを消耗させることなくあれを叩く方法は……」
エリナも難しい顔で床と空中に表示されている市民船のデータを睨みつける。
本当はここにいる全員がわかっている。今取るべき最良の手段を。だが、実行したくないのだ。
――だからユリカが言うしかないのだ。艦長として、ヤマトの最高責任者として。
心を鬼にして言うのだ。
「――波動砲、しかないね」
誰もが口に出したがらなかったキーワードを告げる。
特に月臣とサブロウタの体がはっきりと震えた。
その反応はわかっていた。だが、目を逸らしてはいけないのだ。この現実から。
「波動砲で市民船を消滅させる。艦隊ごと全部、まとめて……」
静かな口調の中にも諦めと悲しみが混じるのを止められなかった。
波動砲ですべててを消滅させる。
それならヤマトへの負担を最小限に抑え、かつ不安材料を文字通り消滅させることができるのだ。
しかし、それが意味することとは――。
「それでは、それでは生き残っているかもしれない人たちを見殺しにしてしまいます!」
進が強く反発する。
護るべき市民が残っているかもしれないのに、無視して波動砲で粉砕するなど到底承服できないと、感情も露にユリカに突っかかる。理性ではそれ以外に選択肢がないと理解しながら。
そんな進の姿に胸を痛めるユリカだが、指揮官として譲ることはできなかった。
「いる、と言う確証があれば波動砲を使うことはない。でも、確証はないしこのまま放置もできない。かと言って制圧作戦を実行することもできない。だとすれば、ヤマトの航海の安全に繋がる手段を選択するしかない……違うか?」
ユリカの隣で苦々しい表情のアキトが進に理解を求める。
アキトだって本当はこんな手段を肯定したくはない。この行為は、自分の犯した過ちをヤマトに――自分を受け入れてくれたみんなに背負わせるに等しい。
しかし、この現実を前に手段を選んでいられないのもまた、事実。
苦渋の決断なのだ。
「それに、波動砲の試射もできればいましておきたい。使うかどうかは未定だけど、予定している冥王星前線基地攻略の前に、それを抜きにしても補給の利きやすい太陽系内でテストを済ませて、万全の状態で外宇宙に出たいの」
ユリカも心苦しさを顔中に張り付けながら、断言する。
「――工作班も波動砲の試射『には』賛成します。補修用の資材を確保する当てがあるいまだからこそ、ヤマトの全機能を試しておく必要があると判断します」
「……機関班も同意します。ワープでのトラブルを鑑みると、波動砲でもエンジンになんらかの反動が生じることが予想されます。コスモナイト補充の当てがある今の内にテストして、タイタンにて可能な限りの改修を行うほうが、今後のためになると思います」
真田とラピスもそれぞれの部署の統括者として賛成の意を示す。
だがその表情は暗く、苦しげだ。
誰もが波動砲で市民船を撃つことを認められないでいる。指揮官としての仮面を被ったユリカですら。
「僕は、波動砲の使用に反対です。ヤマトへの反動もそうですけど、古代さんと同じ理由です」
ハリが悲しそうな顔で反対を表明する。まだ一二歳の子供には酷な現実に、全員が顔を俯ける。
「ルリちゃん、波動砲で市民船を破壊するとしたら何発必要?」
「――破壊するだけなら一発でも足ります。ただ、一発で二つ以上の破壊は無理です。直線に並んだ状態なら一発でもすべて破壊できるかもしれませんが、距離がありますし、どの方向から狙っても直線に並べることができません。複数回の発射は、必須です」
ルリの回答にユリカは目を瞑って天を仰ぐ。僅かな沈黙の後顔を下げ、目を開くと決断する。
「波動砲、六発すべてを使用して、市民船ごと敵艦隊を消滅させます!」
ユリカの指示を聞いて真田とラピスが目を見開いて驚く。
「艦長、危険過ぎます! 試射もしていないのに全力射撃はリスクがあまりに大きすぎます!」
「でも真田さん、いずれは試さなければならないことを考えると、いまがチャンスなのでは? いま駄目なら改修の余地もありますが、これを過ぎればチャンスがないかもしれません」
真田がリスクを訴えるのに対し、ラピスは驚きながらもいずれは試すのだからと使用を消極的に肯定する。
――標的がなんであるかはわかっている。だから、目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「進君」
静かなユリカの声に、進は姿勢を正して耳を傾けた。
「嫌なら私が波動砲の引き金を引く――どうする?」
「…………やります、やらせてください。せめて、せめて逃げずに向き合うことが、彼らに対する弔いだと、考えることにします」
進は辛そうな声で、しかししっかりとした姿勢で波動砲の発射を受け入れた。もうこれ以上議論余地はない、いまできることをするしかないのだと、受け入れるしかなくなってしまった。
「艦長、古代。俺は、決してあなたたちを恨まないことを誓う。――侵略者に蹂躙されるくらいならいっそ、ここで終わらせてやって欲しい。これ以上の辱めを、受けさせないでやってくれ……!」
悔し涙を浮かべながら月臣は頭を下げる。
足元にポタポタと垂れる涙がその心情を物語っていた。サブロウタも言葉なく、月臣に倣って頭を下げる。
ハリもそんな月臣の態度に覚悟を決めたのか、もう反対をしなかった。メインスタッフ全員が、この業を背負って先に進む決意を固めたのであった。
「エリナ、艦内放送の準備をお願い。木星出身のクルーにも、理解を求めます」
「……わかったわ。いま準備する」
エリナは暗い顔のまま、中央作戦室の通信システムを起動して艦内の全員にユリカの言葉を伝える。
「ヤマトのみなさん、艦長のミスマル・ユリカです。たったいまわれわれメインスタッフ一同は、木星の市民船を占領するガミラスに対する対応の議論を行いました」
ユリカの言葉にヤマトのクルー全員が姿勢を正して耳を傾ける。特に市民船の単語が出た瞬間、木星出身者が動揺した。
大介が気づいたように、もしかしたら生き残りないし捕縛された市民がいるかもしれないという考えに行き着いたからだ。
「議論の結果、市民船の奪還、および生存者の捜索は行わず、波動砲を使用してガミラスの拠点となっている市民船ごと、占拠しているガミラスを排除することを、決定しました」
ユリカの言葉に木星出身者は絶望と怒りを覚える。しかし続く言葉にそれも萎んでしまった。
「理由としては、ヤマトの戦力で六つもの市民船を奪還および捜索するには、莫大な時間を浪費してしまうため現実的ではないこと。辛いからといって放置して進めば、ヤマトが去ったあとの地球の危機に繋がるかもしれず、ヤマト自身が後ろから攻撃される危険性も高く、最悪冥王星基地攻略作戦で挟み撃ちにされる可能性もあります――よって、後顧の憂いを立つため、そして予定していた波動砲の試射も兼ねて……市民船とガミラスの部隊を殲滅します……木星出身のクルーのみなさん、どうか理解してください」
ユリカの声は物悲し気で、彼女自身の辛さも雄弁に語っている。
「木星の同胞諸君。月臣元一朗だ。われらの故郷は、すでにガミラスに滅ぼされたのだ。この悔しさを、怒りを叩きつけるべき相手はガミラスなのだ! ヤマトは土星での補給を終えたあと、冥王星の前線基地を叩く予定であることは知っているだろう。われらの屈辱は、その時に晴らす! どうか、艦長を恨まないでやってほしい」
放送に割り込んだ月臣が同胞たちに頭を下げ、ユリカを庇う。
その姿に木星出身のクルーは受け入れ難い残酷な現実に涙し、そもそもの元凶となったガミラスへの怒りと憎しみをたぎらせ――業を背負うことを決めた。
決断したユリカへの怒りが湧かないわけではない。
しかし、彼女に怒りをぶつけるたとしてもなにも解決しないと理解しているし、木連がこうなったのは決して彼女のせいではない。
この決断も、指揮官として当然の決断なのだ。
それに自分たちは約束してきたのだ。
絶対に地球を救ってみせると。
国としての木星が滅ぼされた時、励まし、手を取り合おうと言ってくれた友人たちに。
地球に逃げ延びて、ヤマトを信じて送り出してくれた同胞たちに。
人類にとっての母なる大地を、必ず救ってみせると。
その障害となるのであれば、割り切るほかない。
すでにガミラスに滅ぼされて、蹂躙された姿を見るくらいならと。木星出身のクルーは自分たちに言い聞かせた。
心の中で泣きわめき、この現実を呪いながら、彼らは決断したのだ。
故郷の地を破壊することを。
生きているかもしれない同胞を見殺しにすることを。
自分たちが残してきた人たちが、生き延びれるように。
「司令、ヤマトが接近中です」
市民船を占領し、拠点にしているガミラス部隊の司令官に部下が報告する。
「なんだと? 例の地球艦か。……よし、すぐに艦隊を差し向けろ、ここを奴らの墓場とするのだ!」
司令官はすぐに部下にそう命じた。
占拠した市民船に陣取ったガミラスは、即座に接近中のヤマト迎撃のため準備を始める。
ガミラスは地球に対する威圧も兼ねてまず木星を攻略した。
市民船やコロニーに対しては冥王星基地の超大型ミサイルを使った先制攻撃を加えて壊滅させた。
その大きさゆえに完全破壊を免れた市民船は制圧して、ガミラスが太陽系で活動するうえでの拠点として活用している。
住人はすでに全員処刑している。この市民船にいるのはガミラスの兵士のみだ。
本当なら住人は労働力として使いたかったところだが、太陽系に侵入したガミラスの総力では到底御しれない数の住人がいたため、全員処刑の判断が下された。
市民船の住人はやたらと反抗的であったし、複雑な市民船での土地勘で勝る相手だけに油断して足元を掬われるのも馬鹿らしかったので、全滅してもらうほうが都合がよかったというのもある。
だから中央制御室を乗っ取って大気循環システムを停止した。あとは放っておくだけで窒息して全滅する。
思うことがないわけではなかったが、こちらとて祖国のためだ。
決して嗜虐的というわけではない兵士たちは、ただその一念で住人を葬ったのだ。
いまは市民船内部の工場区画や資源を利用して地球占領のための準備をしている最中だ。
ここをヤマトに潰されるわけにはいかない。
戦艦一隻の火力で潰されるとは思わないし、六つもあるのだ。返り討ちにするのは容易だろう。
義憤に駆られて向かってきているのは理解できるが、自殺行為でしかない。
ガミラスの司令官は余裕を持ってモニターに小さく映るヤマトの姿を見て薄く笑った。
ヤマトは市民船とガミラス艦隊から離れること、一〇〇万キロの地点にあった。
比較的木星の大気層に近い位置で、敵の発見を少しでも遅らせるため、危険を承知で選んだ航路である。
メインパネルに映る市民船の姿を目に焼き付けたユリカは、静かに、重々しく命令を下した。
「波動砲発射用意。艦内電源カット」
「――了解、艦内電源カット」
機関制御席のラピスが艦内の電力供給を必要最低限の生命維持システム以外、すべてカットする。艦橋も計器類の明かりを残して照明が落ち、艦内全体が暗闇に染まる。
そうすることで予備電力を確保し、エンジンの再始動を速やかに行うための処置だ。
自沈直前のヤマトでは不要になっていた措置だが、今回は再建直後、そしてトランジッション波動砲への強化ということで意識的に行っている。
「相転移エンジンと波動エンジンの圧力上げて。非常弁全閉鎖」
「エンジン、圧力上げます。非常弁全閉鎖」
ユリカの指示に合わせてラピスが機関室に指示を出しつつ、機関制御席のコンソールでエネルギー制御を開始する。
「非常弁全閉鎖。エンジン圧力上昇中」
機関制御室の山崎が指示に合わせてコンソールパネルを操作、波動砲の発射準備を進める。操作に合わせて相転移エンジンと波動エンジンが唸りを上げる。
「波動砲への回路、開いて」
「波動砲への回路、開きます」
ラピスの指示を受け、太助が山崎と並んで波動砲の発射準備を進めていく。その顔にはべったりと緊張が張り付いていた。
「全エネルギー波動砲へ。強制注入器作動」
計器を読み上げながらラピスが口頭報告を続ける。報告を受けたユリカはひとつ頷き、指示を続ける。
「波動砲、安全装置解除」
「安全装置解除、最終セーフティーロック解除」
ユリカの指示に合わせて進が戦闘指揮席から波動砲の安全装置を外していく。
進の操作を受けて六連炉心の前進機構のロックが外されて、突入ボルトへの接続機能が解禁される。
同時にヤマトの波動砲口奥のシャッターが開いて発射口を解放する。
スーパーチャージャーから発射口手前の最終収束装置にエネルギーが送り込まれ、内部に波動エネルギーを制御するためのフィールドが形成、発生した光が発射口から外部に漏れる。
戦闘指揮席の波動砲発射装置が起き上がり、進の目線の高さまで持ち上がる。
ごくりと唾を飲み込んだ進がトリガーユニットに恐る恐る手を伸ばし、両手でしっかりと掴む。
「大介君、操艦を進君に渡して」
「了解――渡したぞ、頼むぞ古代」
「ああ、任しておけ!」
迷いを振り切り力強く頷いて、トリガーユニットとコンソールを併用してヤマトの姿勢を制御する。
「進君、六連射の反動もあるだろうから、主翼を開いて。スタビライザーの機能もあるから、こういう時の安定感を増す分には、真空でも有効よ」
「はい、主翼展開します」
進の操作でヤマトの中央、喫水線の部分から赤く塗られたデルタ翼が出現する。四つのパーツに分解された翼は展開と同時に組み立てられ、その姿を露にする。
本来は大気圏内航行用または宇宙気流内での安定化装備であるが、改良型の主翼では宇宙空間での姿勢安定用にも使えるようにと、波動エネルギーの生み出す空間歪曲作用を転用した安定化装置としての機能も有していた。
小回りが利かなくなる代わりに艦の姿勢が安定しやすくなるため、精密砲撃時に展開されることも想定されている。
特に、トランジッション波動砲の連射には有益な効果をもたらしてくれる。
「艦首を市民船に向けます。ターゲットスコープオープン、電影クロスゲージ明度二〇。ルリさん、市民船の正確な位置情報を頼みます」
「――了解。市民船の正確な位置情報を送ります」
電算室から送られてきた位置情報を頼りに波動砲の狙いをつける。
収束型のヤマトの波動砲では、広がった敵艦隊を一挙に撃滅することはできない。だが、背後にある市民船に巻き込む形なら話は別だ。
今回はこれを狙う。
ガミラス艦艇は特に広がりもせず一丸となってこちらに接近してきている。これなら直線型の波動砲でも十分に巻き込む事ができるだろう。
市民船に向けて発砲するだけでケリがつくのだ。
進は位置データに合わせて六発分の照準を設定し、射撃順序を組み立てる。
「タキオン粒子出力上昇。出力一二〇%に到達」
ラピスが静かにエネルギーが十分な出力に達したことを報告する。
「発射一五秒前。総員、対ショック、対閃光防御!」
ユリカの指示を受けて、艦内全員が安全ベルトの装着や手短な物にしがみ付く。同時に艦橋要員全員が対閃光ゴーグルを被って備える。
本来なら防御シャッターを下ろして窓を閉鎖することが望ましいのだが、今回だけは、その成果を肉眼で見届ける必要がある。
自分たちの業を、その目に刻むのだ。
「発射一〇秒前……八……七……六……五……四……三……二……一……発射!!」
進はカウントが〇になると同時に引き金を引く。
トリガーユニットのボルトの前進と同じくして、エンジンルームの六連相転移炉心が前進して突入ボルトに叩き付けられた。
同時に莫大なエネルギーが発射装置内部に一気に押し流され、ライフリングチューブ内を駆け巡る!
二つの収束装置を通過したタキオンバースト波動流が、わずかな間をおいて轟音と共に艦首の砲口から撃ち出された!
一度、二度、三度と、六連炉心が頂点を入れ替えながら突入ボルトに激突し、そのたびにヤマトの艦首からタキオンバースト波動流が放出された!
入力された照準に基づいて主翼の重力波放射推進器と各部の姿勢制御スラスターがわずかに作動、艦の姿勢をコンマ単位で制御、入力された照準通りに計六発のタキオンバースト波動流を撃ち切った!
「な――――」
ガミラスの司令官は、ヤマトの急激なエネルギー反応の上昇に驚き詳細を確かめようとしたところで、あっけなく消え去った。
光よりも速いとされるタキオン粒子の奔流は、発射とほぼ同時に手前にあったガミラス艦艇を飲み込みつつ市民船に命中した。
命中したタキオンバースト波動流の奔流に晒された市民船は、抵抗すらできずに歪んだ時空間に飲み込まれ、素粒子レベルで消滅していく。
命中と同時に飛び散り広がったタキオンバースト波動流の作用で、小天体にも匹敵するといわれる六つの市民船は跡形もなく、爆発するかのようにこの宇宙から永遠に消え去った。
その爆発に飲み込まれたガミラス艦隊は、離脱どころかなにが起こったのかすら理解できぬまま、宇宙の藻屑となる。
――そして、市民船とガミラス艦隊を消滅させてなお衰え切らなかったタキオンバースト波動流は、自然消滅するまで宇宙を切り裂き飛び去っていった……。
衝撃的な光景に第一艦橋の全員が言葉を失う。
あそこにはまだ、守るべき市民がいたかもしれないのに。
仮にいなかったとしてもガミラスを退けたあと、再び戻ることができたかもしれない、木星人にとって故郷の地。
自分たちが消し飛ばした。塵さえ残さずに。
かつてその威力ゆえに条約で禁止された相転移砲にも劣らない、単純な出力では遥か上をいくとユリカが語った波動砲。
その威力をヤマトクルー全員が目の当たりにした結果、その言葉が誇張でもなんでもなかったことを思い知らされた。
しかも、市民船のサイズはヤマトがいままで波動砲で消し飛ばしてきた物体の中でも中堅に過ぎない。
はっきりしているだけでも、ヤマトはこれよりも大きいオーストラリア大陸に匹敵する浮遊大陸を一撃で破壊することに成功しているのだ。
それが、ヤマトは六発も撃てるのだと、改めてその威力を見せつけられ、その責任をクルーに突きつけるのだ。
「は、反則だ、こんなの……」
そんな陳腐な感想しか浮かんでこない。ハリは目の前の光景が信じられない気持ちで一杯だった。
こんなもの、宇宙戦艦が備えていい装備ではない。
波動砲の強烈な閃光も消え去り、計器以外の明かりが消えた艦橋の静けさが戻ると、ユリカは対閃光ゴーグルを乱暴に取り払って床に叩きつけようとして、止めた。
さすがに艦長として、この決断を下した人間として、そんな子供じみた真似はできないと自制する。
しかし、予想以上の破壊力だ。
(波動砲。やっぱりこれは、人類が持つべきではない禁忌の力なのかもしれないなぁ)
改めてヤマトがもつ力に畏怖を感じる。
(でも制御しなきゃ、使いこなさなきゃ。この力を使わない限りヤマトは勝てない。この星をも砕く禁忌の力を、人の心で制御してみせなきゃ!)
ユリカは改めて波動砲と向き合い、御することを心に誓う。
――その時、強烈な振動がヤマトの艦体を襲った。
「状況報告!」
慌てて叫ぶユリカにハリが叫び返す。
「木星の重力に捕まりました! 艦体がどんどん引き寄せられています!」
「艦長、重力アンカーが波動砲の反動を吸収しきれなかったようです! ヤマトは反動で木星に突っ込みかけているんです!」
真田が艦内管理席から叫ぶ。
モニターは本来波動砲の反動を吸収して空間に固定するための重力アンカーが、正常に作動しきれなかったことを示している。
そこでユリカは気づいた。従来の波動砲のデータを基に復元された重力アンカーが六連射に最適化されきっておらず、キャパシティオーバーを起こしたしたのだと。
そして、反動と閃光、そしてその威力に唖然としていたクルーは、ヤマトが木星に接近したことに気づくのが遅れたのだ。
ナデシコならオモイカネの自動制御もありえただろうが、ヤマトではオモイカネはあくまでサブコンピューターであってメインコンピューターではない。
その規模もいくらか縮小されて搭載されているので、ナデシコのように艦全体を支配して制御することはできない。
なお悪いことに木星の自転方向とヤマトの艦首方向が一致してる。反動で吹き飛ばされたということは、当然自転方向とぶつかり合う形になる。
そのせいで反作用による加速が木星の自転速度で中途半端に相殺され、木星に引き込まれる形になったのだ。
「エンジン再始動急いで!」
ユリカの絶叫に応えるように、ラピスも機関制御席から補助エンジンの出力を最大にするように指示を出し、自身もエネルギーを巧みにコントロールして推力を確保すると同時に波動相転移エンジンの再始動を開始する。
「島さん! オーバーブーストを使って! 補助エンジンが焼けても構いませんから全力噴射を!」
余裕なく叫ぶラピス。大介も操縦桿を巧みに操りなんとかヤマトが木星の大気に沈まないようにコントロールを試みる。
ヤマトの補助ノズルから最大噴射が始まるが、補助エンジンの出力では木星の重力場に勝つことができない。
徐々にヤマトの艦体が木星のガス雲の中に飲み込まれつつあった。
「大介君、艦首を持ち上げつつ木星の自転方向に乗せて主翼で滑空して! 無理に噴射しても逃げられない!」
「りょ、了解!」
ユリカの指示に従い大介は主翼とメインノズルに三本備わった尾翼を制御、空力制御も利用して艦の姿勢を制御しつつ、足りない推力を補ってなんとかヤマトが没しないように懸命に舵を操った。
大介の懸命な努力の甲斐もあって、ヤマトは辛うじて木星の雲の中をそれ以上沈まずに水平飛行している。が、このままではいずれ失速して飲み込まれてしまうのは明らかだった。
いまも、徐々に速度が落ちている。
補助エンジンの推力も限界に近い。その名のとおり補助推進機関でしかないのだから、オーバーブーストの持続時間はメインエンジンよりも短く、推力も小さいのだ。
「こちら機関室、相転移エンジン再始動! 波動エンジン点火二〇秒前!」
太助の絶叫じみた報告がラピスに届く。
ラピスも機関制御席のスイッチ類を操作し、計器に映るエンジンの状況をモニターして大介に告げる。
「波動エンジン点火一五秒前! 島さん!」
「了解! 一〇……九……八……七……六……五……四……三……二……一……点火!」
大介が操縦席のスロットルレバーを押し込んで、メインノズルの噴射を最大に設定する。
スラストコーンが目一杯後退したメインノズルから、轟音と共にタキオン粒子の奔流が噴き出し、失速しかけていたヤマトに力を与える。そのまま徐々に速度を上げつつ艦首を上げ、木星の重力場を振り切ることに成功したのであった。
なんとか重力の魔の手から逃げ果せたヤマトの中で、クルーが安堵の息を吐いていた。
エンジンの再始動があと一歩遅ければ、ヤマトは木星の圧力に押し潰され、鉄屑となっていただろう。
「あれが、波動砲の威力……」
進の呟きに真田が反応する。
「……われわれは、身に余る力を得てしまったのかもしれない。このような武器が、はたして本当に必要なのだろうか?」
自ら再建に携わったヤマトの威力に、真田も恐怖を隠し切れない。
その威力を推測していながらも、追い込まれた地球を救い、ガミラスを退けるためには必要だと修復・強化した波動砲だが、実際にその威力を目の当たりにすると許されないことをしたのではないかと後悔の念が浮かんでくる。
「波動砲は私たちにとって、このうえのない力となることが実証されました――ただし、使い方を誤るとありとあらゆる物を破壊してしまう恐るべき破壊兵器であることもまた、実証されたのです。――今後の使用には、細心の注意を払うべきでしょう。この星すら砕く力を、我々人間の心の力で、良心で押さえつけ、正しく使うように心掛ける以外ありません……おそらくわれわれ人類は、もう波動砲を捨てることができないでしょうから」
と、ユリカが締めた。
普段の彼女とは正反対の様子に、波動砲の使用が極めて重大な責任を伴うことを嫌でもわからせる。
第一艦橋の面々は、今後安易な気持ちで波動砲を使用することは決してしまいと、誓いを立てる。
しかしユリカの言うように、迫りくる脅威に対して使用を戸惑って敗北を喫し、護るべきものを失うような結果を招くことも避けなければならないと、否応なくに波動砲と向き合うことも余儀なくされた。
星すら砕く禁断の力。それを制御するのは結局人間なのだとユリカはクルーに突き付ける。
そして地球人類はすでに恒星間航行を実現した文明の軍事力に対して大きく劣っていることが露呈し、破滅寸前に追い込まれた。
ならばこの力を決して手放しはしないだろう。逆にこの力を使って身を護ろうとすることをも、ユリカは指摘した。
その力を使って人類が将来、侵略者にならない保証はどこにもない。
ならいまの自分たちにできることはなんなのか。もしも将来、地球人類が侵略者になる可能性があるのだとすれば、ここで滅ぶべきなのだろうか。
イスカンダルは何故、この力を託したのだろうか。ヤマトに元々備わっていた装備でもあったが、トランジッション波動砲への改良案のデータを提供したのはイスカンダルだ。
人類がガミラスのような侵略者にはならないという確証があったのか、それとも別のなにかがあったのだろうか。
ヤマトクルーはそんな答えの出ない問題に直面して悩みながらも、木星圏をあとにする。
ユリカと秘め事を共有する、わずかな共犯者を除いて。
宇宙戦艦ヤマトよ。一六万八〇〇〇光年の前途は長い。
君に与えられた時間はわずかに一年。
地球では絶滅の恐怖と戦いながら、コスモリバースシステムの到着を待っている。
人類滅亡の時言われる日まで、
あと、三六三日しかないのだ!
第五話 完
次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
第六話 氷原に眠る、兄の艦!
氷原に慟哭が響く。
第六話 氷原に眠る、兄の艦! Aパート
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代理人の感想
このへん原作2199だと地球人が勝手に作り上げたことになってましたけど、
デスラーはなんでイスカンダルが提供したと断言したんだろうか。
まあ2199世界とは別世界なんでそういう感じだと言えばそうなんでしょうけど。
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