冥王星はかつて太陽系の最果てといわれていた星だった。
二〇〇年以上も前、惑星の定義を具体的に定める議論の末に惑星から外され、準惑星として太陽系近隣の天体として扱われるようになり、自然と話題に上り難くなった星である。
しかしその星はいま、ガミラスの出現によって軍関係者から注目を一身に浴びていた。
そう、ガミラスの太陽系前線基地はこの冥王星に建設されているのだ。惑星の環境改造や艦隊の規模や使用された兵器などから、その基地はかなり大規模であることが伺えた。
にも拘らず地球人類がまったく気づくことができなかったのは、単純に冥王星が遠く、観測自体が難しかったからというのもあるし、ここ数年続いた地球圏の混乱も一因のひとつであろう。
ガミラスはいずこからやって来たのか。ヒューマノイドタイプの宇宙人なのかすらもまだわかっていない。
少なくとも断言できるのは、古代火星文明の遺物を手に入れ急激に技術レベルが向上したはずの地球圏を遥かに上回る力を持っていること。
そしてヤマトが太陽系を去るためには、眼前の脅威であるこの冥王星前線基地の所在を明らかにし、撃滅しなければならないという事実のみである。
そして西暦二二〇二年夏。
冥王星はガミラスの手で惑星改造を施され、表面積の半分以上にもなる海洋が与えられていた。
その海洋の下、透明な耐水圧ドームの中に冥王星前線基地のさまざまな施設が収められている。
巧妙に隠蔽された地上付近の宇宙船ドックに、生活を支える小規模な食糧生産工場など、複数の施設がドームごとに区分けされて連なっている。
基地司令のシュルツは、その施設の中のひとつである司令室にあって、腕組をしながらモニターを睨みつけていた。
「ヤマト確認。方位PX703からOP6へ」
モニターには宇宙を悠々と航行するヤマトの姿が映し出されていた。
この宇宙戦艦には、すでに幾度となく煮え湯を飲まされている。
あの大氷塊の中に隠れていたことさえ事前に掴めていればと、後悔の念に苛まされたことは一度や二度ではない。
「ヤマトめ、本気でこの冥王星基地を攻略するつもりか」
モニターに映るヤマトを睨むシュルツに、副官のガンツは逸る自分を抑えて報告する。
「シュルツ司令、部隊はすでに配置についています。いかがされますか?」
ガンツの言葉にシュルツは気持ちを固めた。事前にできるだけの準備は整えた。あとは実行に移るのみという段階に達している。
決戦の時が来たのだ。
「よし! ガンツ、遊星爆弾を発射してヤマトを誘え。母なる星を痛めつけられれば、向こうから勝手に来てくれる。あのタキオン波動収束砲は脅威だが、デスラー総統から賜ったデータと、ヤマトの使用記録を検証する限りでは、あれはチャージに相応の時間が必要となり、正面にしか撃てない。さらにエネルギーを使い尽くすため、使用後の隙も甚大となることがわかっている。ならばいままでの地球艦隊同様、包囲して接近戦を仕掛ければ使用を封じることもできるはずだ。――冥王星にまで引きずり込めば。使いたくても使えまい。星の破壊に巻き込まれて自滅するだけだからな」
と、シュルツはヤマトのタキオン波動収束砲を封じる策を披露した。
シュルツは自分の分析が間違っているとは考えていない。あの砲は威力こそ桁外れではあるが所詮は固定砲だ。そういう意味では地球艦隊が使ったグラビティブラストや相転移砲と同じ対処法が使える。
それにヤマトのタキオン波動収束砲がその威力を発揮するのは、強いていうならアウトレンジからの一撃にあり、対象が宇宙要塞や基地施設、まとまった艦隊なら最大の威力を披露できるだろう。
シュルツとしては、それが一番避けたい事態だ。
艦隊でなら対処することはできる。しかし身動きできない基地施設はタキオン波動収束砲の格好の獲物だ。
それ故に慎重な、それでいて大胆な作戦を練る必要があるのだ。
「奴が所定のラインを越えたら、まずはステルス塗装を施した超大型ミサイルで後ろから煽る。そのあとは艦隊を小ワープでヤマトの至近距離に出現して混戦に持ち込み、冥王星の領空に入ったあとは、反射衛星砲でとどめだ」
シュルツは自信も露に笑みを浮かべる。本当はヤマトへの恐れが消えてはいないのだが、指揮官として部下に不安な顔など見せられようはずがない。やせ我慢だ。
先のタキオン波動収束砲によって破壊された木星の市民船と、そこに駐屯していた艦隊を纏めて損失したのは大きな痛手だった。が、デスラーの一声で冥王星前線基地にはそのキャパシティー限界までの艦艇が配備されたので、兵力的に不足は感じない。
ガミラスのワープ性能なら、危険を伴う最短コースを使えばガミラス星から太陽系まで一週間程度、安全な迂回路を通っても数十日程度で到達できる。
ただ、損失した空母の補充だけは間に合わなかった。太陽系に導入していた空母はすべて、運悪く木星で塵と消え去った。
あれがあれば航空戦力と合わせてヤマトを波状攻撃できるのだが、いまや基地防衛のための最低数しか航空機が残存していない。
デスラーの予定した増援の中には宇宙空母も含まれていたのだが、すぐに出撃できる空母の中に高速十字空母がなかった。ガミラスの主力空母である多層宇宙空母は足が遅く、ヤマトの進行速度の速さもあって間に合わなかったのだ。
もっとも、あのヤマト相手に航空戦力がどの程度有効なのかは不明だが。
ガミラスは地球侵略の目的の関係から、冥王星前線基地に試作の防空兵器のテストの役割を与えていた。
それが反射衛星砲と呼ばれる兵器である。
惑星全体を防衛する最新鋭の防空システムの雛型で、衛星軌道上に大量に反射装置を備えた衛星を打ち上げて、基地の砲撃を反射衛星で幾重にも屈曲させ、目標に確実に命中させるという恐るべき兵器であった。
攻撃範囲内に入ったが最後、破壊されるまで逃れることは叶わないだろう。だが、試作品故に弱点もあった。
「問題はうまくヤマトを追い立てて、反射衛星砲の射程内に入れられるかどうかにかかっている。反射衛星砲はあくまで拠点防衛兵器だ。……射程距離はヤマトの砲を下回っている。それにヤマトの砲は副砲クラスですら、わが軍の艦を一撃で破壊する威力がある……。追い立てに失敗して最大射程から砲撃されては、虎の子の反射衛星砲も宝の持ち腐れだ。また、反射衛星砲はわがガミラスの艦艇なら、戦艦であろうとも一撃で破壊する威力を持つが、ヤマトの防御性能に関しては不明瞭な点が多い。――少なくともタキオン波動収束砲の反動に耐える強度をもつ以上、決して柔な艦ではないはずだ。一撃で決められればよし、さもなくば沈むまで何発でも命中させるまでだが、エネルギーのチャージには相応の時間が掛かる……その間に反撃の機会を与えてしまわないかが心配だ」
つい弱音が口に出てしまった。
シュルツとて独自にヤマトの分析は進めている。しかしいかんせんヤマトとの交戦機会は少なく、その性能を推し量ることはできない部分が多いのだ。
艦載機戦力を使用して別動隊を派遣する可能性もなくはないが、こちらの基地の所在は掴まれていないのは地球艦隊の動きから推し量れる。それに、ヤマトの艦載機の火力で基地施設の破壊は困難極まるだろう。ましてや水中の施設だ。
少なくとも最初の攻撃で艦載機兵力の投入がなければ、艦載機による基地襲撃を警戒する必要があるが、全部でなくてもいままで確認され、推測されているヤマトの最大搭載数に近い数が出撃していれば、過度に警戒する必要なないだろう。
一機や二機でどうにかなるほど柔な基地ではないし、ヤマトの艦載機はおそらく単独で長時間・長距離の任務に対応できるものではない。
これまでの地球との交戦データでそれは判明しているし、比較的データの少ないあの宇宙戦闘機もどきの追加パーツを装備してからも、性能向上は著しいが対処できる程度の能力に留まっている。
やはり、警戒すべきはタキオン波動収束砲であり、ヤマト自身の戦闘能力だろう。
――持てる力のすべてを叩きつけなければ勝てぬ相手だと、シュルツはヤマトを高く評価していた。せざるをえなかった。
「だが、われらとて誇りあるガミラスの軍人だ! デスラー総統への忠誠に誓って、必ずやヤマトをここで打ち取って見せるのだ!」
シュルツの鼓舞にガンツら部下達も闘志を奮い立たせてモニターに映るヤマトを睨みつける。
ガミラスの誇りにかけても、必ずやここでヤマトを叩き潰す! この命に代えてでも!
新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
第七話 ヤマト沈没! 悲願の要塞攻略作戦!!
時は少し遡る。
宇宙戦艦ヤマトは土星を発ったあと、通常航行で冥王星を目指して飛行していた。
「では、コスモタイガー隊のパワーアップは成功したんですか!」
ユリカが目を輝かせて真田に確認する。
「ええ、ダブルエックスの運用データを参考に、アルストロメリア各機の出力系と推進系のチューニングを行うことにしました。――ただなにぶん時間が不足しているので全面的な改修には程遠く、カタログスペック上はほんの数パーセント、目的であるGファルコンDXに追従するという性能には到底達していません。武装の強化も同様です。一応いままでの戦闘データを参考にレールカノンと腕部クローの再調整も行いますが、あまり過度な期待がもてる状態には……」
と真田が答える。さすがに時間が不足していたため本当に必要最低限に達するかどうかという状態から逸脱することはできなかった。
コスモタイガー隊の損耗や生存率を考えれば、もっと徹底して作業したかったのだが。
「それでもないよりも全然マシです! これでみんなが生き残る確率が一パーセントでも上がるんなら万々歳ですよ! さっすが真田さん! いよっ! ヤマトの切り札! 生きるご都合主義!」
ユリカは素直に喜んで真田を煽てる。パチパチと拍手のおまけも付いた。十分な仕事を果たせたとは思えないとはいえ、煽てられては真田も悪い気はしない。
「ありがとうございます、艦長。武装の強化や新装備の開発こそ間に合いませんでしたが、地球で積み込んできた試作品と大型爆弾槽の増産だけはなんとか間に合いそうです。ハイパーバズーカと命名された大型のロケットランチャーのことですが、幸い構造が簡単だったので短時間での大量生産を実現できる判断してプランを作成しました。弾頭には、対ディストーションフィールドを考慮してタキオン粒子を封入した炸裂弾を用意します。タキオン粒子の放つ波動はディストーションフィールドを打ち消す働きを持つため、通常の炸薬よりも有効であると思います。もちろん、大型爆弾槽の高性能爆薬にも同様の処置を施します。艦長の許可さえいただければ、冥王星の決戦までに数を揃えてみせます」
真田の言葉にユリカも大いに頷く。いまは少しでも戦力が欲しい時だ。ありがたく配備させてもらおう。
「本当に頼もしいですね、真田さんは。それじゃあ艦長権で工作班のみんなの食事には少しイロを付けてもらえるよう頼んでおきます」
「ありがとうございます。部下たちの励みになるでしょう
ヤマトの食糧事情は決して豊かではないが決戦前の準備だ。工作班には戦いのあとも含めて大仕事が続くことになる。戦闘班同様、英気を養ってもらわないと。
「艦長、三日後には冥王星に接近します。航路はこのままでよいんですか?」
大介が艦長席を振り返り、形だけの確認を取る。
今回の冥王星攻略作戦は航海班も納得済みではあるが、攻略にどれほどの時間がかかるのか、そもそもヤマトの被害がどのくらいになるのか、その回復にどの程度の時間がかかるのかは見当もつかない。
ヤマトの運航責任者としては、できることなら回避していきたい戦いでもある。――職務上は、だ。
「このままでいいよ。下手に進路を変えても意味がないし、どうせ向こうはこっちの動きなんてお見通しだろうしね」
ユリカはあっさりと肯定する。
ならばと、大介は視線を隣の席の進に向けた。
「古代、お兄さんの敵討ちはわかるが、勢い余って空回りするなよ」
大介は親友に対して少し釘をさしておく。
大介とてこの宇宙で辛酸を舐めた。正直いま思い返しても悔しいし、仲間たちの仇を取りたいと思う。
だからこそこの戦いを止めることはしないし、多少の遅れは、それこそ航海班の総力を挙げて取り返して見せる所存だ。
だが進の血気盛んさを知る身としては、こうも言いたくなる。失敗したら、それこそ守はなんのために囮になったのかわからなくなってしまうのだから。
「ああ、わかってる。――ガミラスの奴ら、今度こそ叩いて見せる。兄さんの敵討ちだ」
大介の言葉を受け入れつつも、進は静かに闘志を燃やしていた。この宇宙で兄はやられた。
あの時は成す術なく敗退するしかなかったが、今度は違う。この宇宙戦艦ヤマトなら、ガミラスに太刀打ちできるのだ。
「――やれやれ。でもまあ、僕も冥王星基地だけは叩かないと気が済まないから、ここは古代君に続くべきかな?」
ジュンも冥王星海戦では苦い思いをさせられたひとりだ。今回ばかりは気合の入りようが違う。
「――私にとってもリベンジです。あの時の悔しさ、ここで晴らしていきます」
ルリも闘志に満ち溢れた顔でシステムチェックに余念がない。
あの時、システム掌握がもう少し上手く行っていれば、敵の行動を読めてさえいれば。そう思わずにはいられない。
あの海戦に参加した全員が、たっぷりと味わわされた悔しさと憤りをすべて、冥王星前線基地に叩き返してやるつもりだった。
「よし! じゃあ作戦を煮詰めようか。中央作戦室に集まって!」
ユリカの号令に第一艦橋のクルーたちは力強く頷いた。
「これが、現在の冥王星です」
今回は中央作戦室で直接データを操作しているルリが、床の高解像度モニターに冥王星の姿を映し出す。
ジュンは改めて変わり果てた姿となった冥王星の姿を目にする。
「これは先の冥王星海戦の時に撮影された映像です。ご覧のとおり、ガミラスによるものと思われる環境改造を受けた様子で、いまの冥王星は海洋を有しています」
映し出される冥王星の姿は、かつて探査機などで得られた姿と異なり、水によって青々とした姿に変貌していた。
「いままでの調査で冥王星にガミラスの前線基地があることだけはわかっていますが、残念ながらそれ以上のことはわかっていません。――ハーリー君、ヤマトのタキオンスキャナーで得られた、最新の映像データを表示してくれませんか?」
「わかりました」
ルリの隣でアシスタントを務めるハリがコンソールを操作、冥王星の姿をより鮮明に映し出した。
ヤマトには波動エネルギーを構成する超光速粒子、タキオンを応用したセンサーシステムが各所に設けられている。
光よりも速いその粒子を利用したレーダーや光学測定システムは、使い方次第では数千光年先の事象をも捉えることができた(ワープ計算に必要な天体観測が限界)。
幸いにも冥王星は恒星を背にしていないため、恒星風などで解析が阻害されることもなく、情報は正確なものだった。
「……ん? やけにデブリが多いな」
表示されたデータを見て真田が疑問を抱く。
言われた気付いた。最初はてっきり撃破された艦艇の残骸かと思ったが、考えてみれば地球側が冥王星の近海で戦ったのは先の海戦のみで、残骸がデブリとして冥王星を回り始めるには少々時間が足らない。そもそもの絶対数が違う。
「ガミラスの偵察衛星かなにかか? だがそれにしても数が多い。なにらかの衛星兵器の可能性があるな」
ゴートが自分の意見を口にした。
かつてのバリア衛星はもちろん、サテライトキャノンの初期案を知っているため、衛星軌道上になんらかの武器を設置している可能性を指摘したのだろう。
もしそうであるのなら、ヤマトは敵の大艦隊と大型ミサイルなどの基地からの直接攻撃に加え、衛星兵器にも注意を払わないといけなくなる。
「だとすると、迂闊に冥王星に接近するのは危険ですね。――波動砲を使えない以上、ロングレンジ攻撃で一気に撃滅、といかないのが難点ですね」
進が難しい顔で情報を分析する。
この作戦の本格的な立案は木星で波動砲の試射を行ってから行われたが、その結果を踏まえ、波動砲は使用せずに作戦を実施することが確定していた。
「そうですね。波動砲を使えば冥王星自体を破壊してしまう可能性があります。もしそうなったら、冥王星の破片や影響を受ける小惑星帯が将来的に地球に降り注ぐ危険があります」
ラピスの指摘にジュンも頷く。
太陽系とは意外と繊細なバランスで成立している。波動砲のような大きな力でそのバランスを崩してしまえば、人道云々以前に自らの首を絞めかねないのだ。
「そう、波動砲は使えない。でも基地攻略を成し遂げるためには大火力の運用が必須。つまり切り札は……」
ユリカの視線がこの場に呼ばれていたアキトに向けられる。
「ダブルエックスの、ツインサテライトキャノンか」
「そう、僕たちが保有する最小サイズの戦略兵器。これに賭ける」
ジュンが補足しつつ、アキトに信頼の眼差しを向ける。
「うん、この作戦のカギになるのはダブルエックス。ツインサテライトキャノンの火力なら、基地制圧に十分な火力を叩き出せる。なにせ、火力はヤマトの波動砲に次ぐ、私たちの切り札その二だからね」
ユリカが断言した。
ダブルエックスのツインサテライトキャノンは高圧縮タキオン粒子収束砲、いわば波動砲の一種である。
さまざまな事情から運用不可能と判断された波動エネルギーではなく、それよりもエネルギー順位の低いタキオン粒子を使用しているのが特徴だ。そのため破壊力という点では本家波動砲には遠く及ばない。しかしこれは単に比較対象が悪いだけで、その破壊力は小型機動兵器の域を遥かに超越していることに変わりはない。
その威力たるや、大型のスペースコロニーすら一撃で消滅に導き、最大射程は優に三〇万キロにもおよぶ、まさにコスモタイガー隊の切り札。
波動砲と違って出力調整の幅も広く、対象の破壊規模に合わせることも比較的簡単であるため、今回のように戦略兵器の威力が欲しいが波動砲では過剰であると判断された時の代用品として、出航前から期待されていた装備だ。
これは強力過ぎる波動砲は最後の手段として極力使用を控えることで、敵を過剰に刺激して兵器開発の競争を生み出すことを極力避けるため、同時に波動砲の乱用によって第三国家を刺激して侵略の口実を与えないようにするためという事情もある。
もちろんユリカたちは威力が劣るとはいえ、サテライトキャノンも大量破壊兵器であることも、拳銃で人を殺すのも、本質的な意味では大きな違いはないことを承知している。
だが同時にどのような理由であれ、殺し合いはその意思と覚悟がある者同士の間でのみ成立すべきだとも考えている。その意思がない者に強要したり巻き込むことは好ましいことではない。だからこういった大量破壊兵器は忌み嫌われるべきだとも考えていた。
例えサテライトキャノンであっても、艦隊や大型ミサイルの規模から推測できる前線基地の規模と、その最大破壊力を考慮すればただでさえ改造されて激変した冥王星の環境をさらに激変させてしまう危険性は極めて高い。
そうであるのなら、過剰威力を理由に波動砲を自粛したこと自体が自己満足の欺まんとの罵りを受けたとしても、まったく反論できないことも承知している。
それでもこの矛盾ともいえる理由を掲げて極力自粛する姿勢を通すことで、目的のために手段を選ばない悪魔に堕ちないようと、自分たちに言い聞かせているのだ。
「Gファルコンに追加エネルギーパックを装備したダブルエックスは、サテライトキャノンを最大出力で一発だけ撃つことができる。この火力を冥王星の前線基地に叩き込めれば、形勢は一気にこちらに傾くはずだ」
ゴートが矛盾を飲み込みながら期待を寄せている。
現状基地攻略の手段としては最良の選択であるのだから当然だろう。しかしまだ問題は残されていた。
「サテライトキャノンの威力であれば、艦体の規模から推測される冥王星基地の破壊は十分可能であると判断されていますが、規模はあくまで推論に過ぎず、具体的な規模や構造などが不明であり、それどころか未だに基地の所在すらわかっていません。またテストこそ数回行われていていますが、サテライトキャノンの実戦使用が初めてであるため、波動砲同様その威力も厳密には未知数です。ガミラスへの露見を避けるため、小天体などを相手にした試射もなく、その威力は発砲した時の観測データとエネルギー量から来る推測に過ぎません。ですので、使用の際は確実を期するためにも事前調査を怠らないよう心掛ける必要があります」
それらの不確定要素を挙げて、真田が注意を促す。相手はこちらの戦力をおおよそ把握しているが、こちらはまったく把握できていない。
それこそがこの作戦の一番の問題なのだ。
「そこで、今回の作戦ではヤマトとダブルエックス以外の航空部隊をすべて囮として使います。敵はおそらく波動砲の使用を警戒して、包囲しての接近戦を挑んでくる可能性が高いと結論付けられました。それにもしこのデブリが敵の装備の一角であるとすれば、敵はヤマトを冥王星にまで誘き寄せる可能性もありえます。――その状態で波動砲を使用すれば、冥王星の崩壊に巻き込まれて自滅の恐れがありますから、今回の戦いでは絶対に波動砲には頼れないと、頭に入れておいてください」
ジュンは事前に立案されていた計画を再確認しつつ、改めて感情的な理由だけではなく、状況的に波動砲は使えないであろう判断したと強調し、続けた。
「この作戦ではヤマトはわざと敵の術中に嵌まり、冥王星に慎重を重ねながら、それでいて確実に接近します。基地攻略はダブルエックスのサテライトキャノン単独での成功がベストではありますが、場合によっては特別攻撃班を選定して、基地への破壊工作作戦への切り替え、または両者の同時進行も考えられるため、臨機応変な対応を心掛けることが求められます。――この無謀以外のなにものでもない本作戦を成功するカギは、クルー全員の臨機応変さに掛かっていると言っても過言ではないでしょう」
と締める。改めて口に出してみても、無謀としか言い表せない作戦だと思う。
計画そのものを立案したのはユリカで、ジュンがそれに色々と質問をして纏め上げた代物なのだが、やはり不安は尽きない。
――と言うのもユリカは最初から「基地攻略はダブルエックスで決まり! アキトが失敗するはずないもん!」と言い切ったため、それではほかが納得しないとジュンがいろいろと付け足したのが、今回のブリーフィングで行われた解説だ。
ナデシコだろうがヤマトだろうが、ユリカに振り回されることに変わりはないようだ。もっと、ユリカの突飛な発想に理屈付けしたり理解を示せるようになったのは、ジュンが経験を重ねた分だけ成長したということの表れといえよう。
……これだけ苦労しながらも影が薄いと言われてしまうのだから、ジュンはちょっぴり世の理不尽さを呪った。
「――敵の術中にわざと嵌まらないと敵の本拠もわからない、か。かなりハイリスクな戦闘になりそうね。無傷で抜けられるとは考えないほうが、かえって気楽に思えそうだわ」
エリナも渋い顔をしている。戦闘畑の人間ではない彼女でも、この作戦の無謀さは理解できるだろう。
――きっとナデシコ時代なら、それこそ「こんな戦い勝てるわけないでしょ! もう少し考えてからものを言いなさい!」などとヒステリックに騒いでいただろうと思うと、彼女も落ち着いたものだと改めて実感する。
――本人の前では怖くて口にできないが。
「たしかに、いくらヤマトがすごい艦でも、要塞の大型火器の類に直撃されたら、耐えられない可能性も十分に考えられますからね。罠に嵌るのにも慎重さが要求されますね」
ハリも懸念材料を口に出して確認する。
冥王星基地が大型の惑星間巡航ミサイルを装備していることは判明している。ヤマトの火砲なら迎撃自体は可能だが、艦隊戦の最中に撃ち込まれたら脅威になるだろうし、万が一にも直撃すればヤマトは一撃でスクラップにされる。
ほかにも未確認の武器があってもおかしくない以上、警戒するに越したことはない。
「でも、ヤマト以外に囮が務まらない以上、やるしかないよ。――真田さん、艦のコンディションはどうですか?」
「全艦異常ありません。望みうる限り最高のコンディションです」
「エンジンも正常です。タイタンでの改修は上手くいきましたので、想定される激戦にも耐えてくれるはずです」
真田とラピスが自信たっぷりに宣言する。
先のトラブルから知恵を絞りに絞って改修を加えたヤマトだ。早々に故障することはありえないと胸を張る。
技術者の誇りにかけて、と胸を張る二人に全員が頷いた。
「だったら思い切ってぶつかっていきましょう。この戦い、尻込みしていては絶対勝てません! 私たちの、ヤマトの力を十全に引き出して戦えば勝てます! 全員、気合入れて行きましょう! おぉーーーっ!」
てな感じで気合たっぷりに拳を突き上げるユリカに、ジュンはとても心配になる。
――つい先日同じことをして全身が攣ったということを聞かされているからだ。
それを知らないほかのクルーは完璧に乗せられて「おぉーーーっ!」と気合いも新たにしている。珍しいことに普段は乗らない真田まで乗せられている。気に恐ろしきはユリカの影響力だ。
「じゃあ解散! 関係各員に詳細を連絡したあと、決戦の日まで英気を養いながら準備してください!」
ユリカの号令でスタッフ一同解散してそれぞれの持ち場に戻った。
アキトは解散するクルーの中から進を呼び止め、その行動になにを感じたらしいユリカとルリとエリナを含めた五人だけが中央作戦室に残った。
「ユリカ」
真剣なアキトの声に居住まいを正したユリカが正面から向き合う。
「なに?」
「ダブルエックスに進君を同乗させても構わないか?」
「俺、ですか?」
予想外の発言に進も怪訝そうな顔をする。
「ああ。できればサテライトキャノンの引き金を譲りたい――進君、お兄さんの敵討ち、ここで果たしてガミラスへの憎しみに終止符を打つんだ」
真剣な表情のアキトに進も真剣な顔で応じる。
「……終止符、ですか」
「そうだ。……ガミラス全体が憎い気持ちはわかる。地球はあのざまだしこれからヤマトの航海が続けば犠牲者だって出るだろう。無茶苦茶を言ってる自覚はある。だけど、君は俺と同じ道を万が一にも通っちゃいけない。君は人の道を外れてはいけない」
アキトは進に真摯に訴えた。それは進から自分と同じ――いや同じだった暗さを感じ取ってしまったからこその行為であった。
「俺は火星の後継者が憎かった。俺とユリカを苦しめ、その人生を狂わせたあいつらが。非道を働きながら詭弁でそれを正当化していたあいつらが、憎くて憎くて仕方がなかった。とても許せなかった。同時にユリカをあいつらのいいようにされてくなくて、俺は戦った。でもあいつらは強かった。ネルガルのバックアップを受けていても、単独で挑んで勝てるほど弱くもなければ、立ち回りも下手じゃなかった。だから連中と戦う過程で俺は――無関係な人さえも巻き込んでいった。止まらない癖に自分でも許せないようなことをする自分が……いや、そうじゃない。どんな理由があれど、憎しみのままに人を殺し続ける自分が心底嫌になって、許されたいけど許せなくて、一度は逃げ出して引きこもった」
アキトの独白は続く。進は言葉を挟むことなく、ただ黙ってその言葉を聞き、噛みしめていた。
「状況的に君が俺と同じような道を進むとは思っていない。でもどんな理由があれ、戦って人を殺すってのは重いことなんだ。生き抜くために仕方のないことであっても。たぶん君は、本質的には俺と似てるんだと思う。本当はどんな理由があっても暴力だとかが嫌なタイプで、でも理不尽を見逃せるほど醒めてもいなくて。だから理由があれば矛盾に苦しみながらも戦って戦って、傷ついていく。そこに憎しみが絡んで自制が失われてしまえば――君は自分で自分を一切許せなくなってしまうと思う。だからお兄さんの敵討ちとして戦うのは、これで終わりにしてしまったほうがいいと思う。俺の時と違って、この戦いは国家絡みだから」
アキトの言葉に進はしばし考えたあと、大きく頷いた。
「――わかりました。ここは、先輩のアドバイスに従います」
応じるべきだと思った。たしかに進はガミラスが憎い。いや、いまの地球でガミラスを憎まない者などいないだろう。
しかし以前ルリに言われたことを思い起こせば、そしてアキトが彼らに弄ばれてから今日までの日々を鑑みれば、アキトの言葉を真摯に受け止めるべきだと思う。
それに進自身も薄々と感じていたことだ。かつて憎んだ木星の市民船を波動砲で消し飛ばした時に。
もしも自分が木星のことを消化できずに憎み続けていたら、きっと内心では喜んで波動砲を撃ちこんでいただろう。両親の仇を取ったと。ガミラスに滅ぼされた時点で喜んでいたかもしれない。
そんな自分を連想したことが怖かった。ガミラスは憎い、復讐を果たしたい。でもそのまま突き進むのは怖い。人として歪んでしまいたくない。そう考えていただけに、アキトの気遣いが身に染みた。
アキトは進と自分の類似点から進が内に抱える闇と澱みを察し、自分と同じ轍を踏まないよう発散の機会を与えつつもヤマトの航海に関わる大きな責任と同居させることで、歯止めをかけさせるつもりなのだろう。
自分と同じになってほしくないから。
(俺は、間違えてはいけない……)
ユリカもそんな進をとても嬉しそうに見つめている。
最近のこの人は、本当に母親同然の位置に収まってしまった。だけど、それがとても嬉しい。この間はだいぶ甘えてしまったし、彼女の存在が進の心の闇を払ってくれているのは事実だ。ルリが慕うのもよくわかる。
この人は本当に周りの人を明るく染め上げる。ある意味では、この人の下につけたからこそ、自分は必要以上に暗い感情に囚われ続けずに済んでいるのかもしれない。
――そんな自分のほうが、ただガミラスへの怒りと憎しみを糧に突き進む自分よりも、ずっとずっといい。
「じゃあ出撃に向けての準備は怠らないように。アキト、しっかりレクチャーしてね」
「わかってる。俺はGファルコンのほうに乗るよ。合体中ならGファルコン側からの操縦を受け付けるから、もしも戦闘になってしまったら俺が対応できるしな。サテライトキャノンの発射だけはダブルエックス側からしか操作受け付けないから、進君にもダブルエックスのシミュレーションも受けてもらうことになるけど、構わないだろう?」
アキトに促され「では、早速お願いします」と承諾して共に格納庫に向かうことにした。
が、退室前に進はユリカに向かって「では、アキトさんをお借りします」と会釈をしていく。
するとユリカはわが子を見送る母親の顔でVサインを突き出し、「いってらっしゃい!」と快く送り出してくれた。
なぜそこでVサインなのかはよくわからない。普通に手を振るだけでいいのではないか、と考えながらも、進はアキトと一緒にダブルエックスの元へと向かうのであった。
「古代さん、意外とアキトさんのアドバイスを受け止めてくれていますね」
「――この戦争が今後どうなるのかなんて予想もつかないけど、憎しみを抱いた戦いの果てがどういうものなのか、アキト君っていうわかり易いお手本が目の前にいたってのもあるんでしょう。――特に古代君は、肉親を殺された直後で、その無残な姿を目の当たりにしてる。だから、互いの姿が重なって見えるのよ、きっと」
分析するエリナの脳裏には、ユリカを奪われ、五感に障害を抱えて自暴自棄になったアキトの姿が、徐々に黒衣の復讐者となっていった過程が思い出された。
もう、あんな光景は見たくないものだと思う。
人が壊れて闇に飲まれていく姿何て、本当に見るものじゃない。
「でも私もアキトも、進君をそんな道には絶対進ませません。たしかに戦争は続いていますし、私だってガミラスに怒りや憎しみがないといえば嘘になる。もちろん火星の後継者にだって……。でも私たちも進君も、まだまだ明るい未来が掴めるんです! だから、私たちなりの方法で導いて見せます」
ユリカの決意は固い。
並行世界の、ヤマトと共に戦い抜いた進はそのようなこともなく、最後は愛する人と一緒になったようだが、この宇宙の進がどう転ぶのかはまったくわからない。
辿ってきた人生だって違うし、性格や人間性もまったく同じではないだろう。
だから、しっかりと導かなければならない。
そう、沖田艦長の代わりに自分が。
ユリカは改めて『母親として』進に向き合っていく決意を固めてしまう。もはや、ユリカの中では『古代進は息子である』という考えが完璧に定着してしまい、書き換え不可能になっていた。
そして進もすっかりユリカに毒されて、その事を当たり前と感じるようになってしまっていたのだった。――それはそれで問題があるのかもしれないが。
その日の夜。ルリとはラピスと今日の世話役であるエリナと一緒に、ユリカと食卓を囲んでいた。
今回アキトは進に操縦のレクチャーをしていて格納庫に入り浸っており、食事も食堂で進と一緒に摂るとして辞退している。作戦前ということもあってユリカも「そっちを優先していいよ」と気持ちよく送り出しているので一家勢ぞろいの食卓とはいかなかったことを、ルリとラピスは秘かに残念がっていた。
ヤマトに乗艦してからユリカがルリとプライベートな時間を過ごすのは、これが初めてだった。
ユリカの食事内容は相変わらずだが、ルリはユリカと食卓を囲めること自体が幸せに思える。隣にはできたばかりの妹分のラピスに、この間の一件で打ち解けたエリナもいる。
かつて失ったはずの家族の温もりは、輪を広げてルリのもとに帰ってきた。
あとはイスカンダルの助太刀で地球を救い、ユリカを救い、ガミラスとの戦いを終わらせれば――アキトとユリカの生存を知って以来、火星の後継者との戦いを終わらせてからずっとずっと望んでいた平穏な生活に戻ることができる。
そう考えるとルリはあれほど不信がっていたヤマトがよきものを運んでくれる箱舟のように思えてきた。
そうして和気あいあいと語り合いながら終えた夕食のあとは、さらにいろいろな雑談に花を咲かせる。
その話題の中には、先日ついに手に入れた念願のサンプルを解析の進展が含まれていた。
「ガミラスの空母を解析したことで、少しですけどシステムの理解が進みました。まだまだ不完全ですが、解析がさらに進めば限定的であることに変わりないとはいえ、システム掌握も可能になる可能性がみえてきました。現時点でもECMなどの妨害手段の効果をいくらか上げられると思います」
ルリがやや明るい顔で語った。タイタンで回収した空母の残骸から得られたデータは、ルリにとっては喉から手が出るほど欲しいものだった。
おかげでガミラスのシステムを不完全ではあるが解析することに成功し、システム掌握はまだまだ届かないまでも、ガミラス相手の電子戦での遅れをいくらか挽回できるような資料を得ることができた。
嬉しくないわけがない。これでユリカの負担をまた一段と減らせる。
敵をルリが無力ができれば、そこまで行かなくても弱体化させるだけでもできれば、艦の指揮を執るユリカは幾分気が楽になるだろう。
いまの彼女にとってストレスは大敵なのだから。
「そうなんだ! さすがルリちゃん! あー、でもあまり使わないほうがいいかもしれないなぁ」
最初は驚いて喜んだものの、すぐにやや浮かない顔になったユリカにルリは少し傷ついた。
システム掌握ができればユリカの負担を減らせると思って必死にがんばってるのに、その言い方はないのではないだろうか。ちょっとだけルリは拗ねた。
「これでヤマトがシステム掌握と波動砲を両立できるなんて知れたら、相手がどんな対策を練ってくるのかわからなくなっちゃうよ。掌握は本当に最後の切り札として温存しちゃって、それ以外は純粋な戦闘艦として戦ったほうが却ってやり易いかもしれないね。ヤマトはナデシコと違って純粋な戦闘艦として見られているはずだから、そういう先入観を覆さないようにしていざというときに付け入る隙を残しておこうよ。幸いというか、ヤマトには波動砲っていう凶悪過ぎるほど凶悪な武装があるわけだし。……その、別にルリちゃんが私の負担を考えてくれてるのを無視してるわけじゃないの。ナデシコCに比べるとヤマトの電子戦装備じゃシステム掌握戦術にも限度があるから、本当にここぞというとき以外は使いたくないって考えてるだけだから」
その考えにはルリも納得した。
たしかにナデシコCの時点でも敵は対策を始めていて通用し辛くなっていたのだ。警戒して損はない。相手の基礎技術力は地球を上回っているのだから、本腰を入れて対策されるといくらルリとオモイカネのコンビでも限界があることは身に染みている。
温存したがるユリカの意見は正しい。
掌握戦法は自身の能力を最大限に発揮できる戦法だ。かつて火星の後継者に対して決定打になった手段だと、あれほど強大な敵であるガミラス相手にギリギリのところであっても通用した戦法なのだからと、知らず知らずのうちにそれにしがみ付いてしまって視野狭窄に陥っていたのかもしれないと自省した。
「だから解析作業はこのまま続けて。例え一度きりでも完璧にできるように準備だけは進めておいて欲しいの。……もしかしたら、本当に切り札になるかもしれないからね。使用の判断は私がするから、ルリちゃんの独断では使わないように。ただし、私が指揮を執れない状況だったり、もしくは判断を仰いでからじゃ遅いっていう超緊急事態の時はルリちゃんの裁量に任せる。当てにしてるからね、ルリちゃん」
そう言われてしまってはもう反論の余地はない。「わかりました、艦長命令に従います」と素直に応じる。
緊急事態に限るとはいえ、自分の裁量で行使するチャンスが与えられているだけありがたい。
それにどちらにせよ冥王星基地攻略作戦には間に合わないのだ。ルリはこの戦いに負けるつもりなど微塵もないので、あわよくば基地の残骸のひとつでも入手してさらに情報を蓄積し、より磨き上げた起死回生の一打として備えておくのが吉だと考えた。
自惚れるわけでも、その身に施された遺伝子操作を肯定するわけでもないが、それこそが自身の、そして友人たるオモイカネの能力を最大限に発揮する戦法であるのは明白だ。
ならば、今度使うときは絶対に決定打にしてみせる。そしてヤマトを必ず勝たせる。
ルリは新たな決意を固め、今後のプランをハリと検討しようとあれこれ考え始めた。
――本当ならラピスにも意見を求めたいのだが、彼女は最近この手の話題に乗ってくれないし、消極的に協力してくれるだけなのであまり声を掛けないようにしている。
いまだって嬉しそうにシステム掌握について話すルリを複雑な顔で見ていた。その瞳には素直な称賛のほかにも、なぜか自己嫌悪が見て取れた。
ルリは一度だけ理由を尋ねたことがあったが、ラピスは「IFSを使いたくないんです。私はみんなと同じようにヤマトと接したいだけなの……」としか答えてはくれなかった。
なぜそのような考えに至ったのかは聞けなかったが、ならばそれ以上は聞くまいと、ルリは深入りせず、話題も極力降らないようにしている。
姉として妹の考えを尊重したいのだ。無論彼女なりに答えが出て、そのうえでIFSを含めた自分の在り方を定められたのなら、その手を借りればいい。
きっとラピスはかつての自分同様、自分の居場所を自分の手で掴みたいと考えているのだ。いわば自己を固めるためのステップを踏んでいる最中。邪魔をしてはいけない。
「問題は冥王星をどの程度の損害で切り抜けられるかに掛かってるわね。できるだけ最小の被害で切り抜けたいけれどね……」
とエリナはため息を吐く。
正直敵基地攻略作戦を単独で実行するなど正気の沙汰ではない。たしかにヤマトにはそれを実現する実力がある。だがその切り札というべき波動砲はもろもろの事情で封じされている。幸いにもダブルエックスという切り札は健在だが、はたしてうまく機能するのかどうか。
「最善は尽くします。でも、どうなるかはやってみないとわかりません。――私は、絶対にイスカンダルに行きます。そして必ず、アキトやルリちゃんたちと一緒の生活に戻る。そのためなら、どんな障害だって蹴散らして進むのみです」
ユリカはそう力強く宣言して拳を握る。小刻みに震える拳が決意の強さと不安を現しているように見えた。
もとより苦難は覚悟のうえ。楽にイスカンダルに行けるなんて最初から思っていない。
だが、諦められない理由があるのだ。
例えそれが個人的なものだとしても、諦められない夢がある。だからどんな苦難であっても乗り越えて突き進むしかない。
そして世界も救う。みんなが幸せを掴み、日々を生きていくこの世界を。
それが――宇宙戦艦ヤマトの使命なのだから。
「あっ! 折角だからルリちゃん、今日は一緒に寝ない? ハーリー君との進展が気になるし。……もしかしなくても、恋人一歩手前だったりするの?」
「……え゛えぇっ!?」
結局捕まって根掘り葉掘り喋らされた。
「……かんべんしてください……マジで」
二日後。ヤマトは冥王星空域に到達した。自ずと艦内の緊張が高まる中、戦い始まりを告げる合図が静かに現れた。
「十時の方向、レーダーに感二〇。これは……遊星爆弾です!」
ルリの報告に第一艦橋の全員の顔が引き締まる。
「くそっ! 俺たちを誘うためにこれ見よがしに!!」
進がいきり立って座席の肘掛けを叩く。だが進の言葉はヤマトクルー全員の気持ちだ。
すでに瀕死の地球にこの仕打ち。
地球に住むものとして、決して看過できるようなものではない。
「……へぇ〜。そう、そこまでしてくるんだ……!」
ユリカも怒りで頭が煮えてくるのを感じた。
ガミラス。彼らが侵略などしてこなければ、地球はあんなことにならなかった。
木星も滅ぶことはなかった、誰も彼もが絶望に打ちひしがられることはなかったのだ。
地球侵略の目的は知っているが、モノには限度というものがある! ヤマトを確実におびき寄せるためだけに地球にこの仕打ち――いいだろう、望み通り正面からねじ伏せてみせようではないか。
冥王星前線基地は、今日という日で終わりを迎えるのだ。
「――コスモタイガー隊発進準備。敵さんこちらに気付いているみたいだから、ダブルエックスの出撃は慎重にね。進君も早く格納庫に行って……戦闘指揮は私が執る。席を借りるよ」
彼女らしくないと感じるほど低く落ち着いた、底知れぬ迫力のある声で宣言する。
ユリカはすぐに艦長帽とコートを脱ぎ捨てながら立ち上がり、乱暴に座席に引っ掛ける。
そのまま杖片手に席を離れ、同じく席を立ち艦橋中央で立ち止まった進と手を打ち合わせる。
いつになく真面目だ。本気と書いてマジと読む。珍しいユリカの超シリアスモードの発現であった。
「しっかりね」
「はい、艦長!」
短く言葉を交わすと進は主幹エレベーターに駆け込んで格納庫に、ユリカは進の代わりに戦闘指揮席に着く。
この席は波動砲の管制をはじめヤマトの戦闘指揮を一手に担える造りになっているため、単独での操艦といった非常事態への対応が不可能なことを除けば艦長席の代わりに戦闘指揮をすることくらい造作もない能力を有している。
過去のヤマトにおいて、指揮官となった進がこの席でヤマトの指揮をやり通してみせたことからも、その能力が伺えるというものだ。
「全艦戦闘配置! 各砲座位置につけ!」
ユリカがマイクを手に取って各部署に指示を出す。一斉に艦内が慌ただしくなり、戦闘班・砲術科の面々は担当となる砲座に次々と着席する。
並行世界の宇宙戦艦を復元した、というだけあってヤマトは従来の宇宙戦艦と違って艦砲ごとに制御するシステムが残されている。
この世界で復元され、この世界の人間に合わせて改修を受けたヤマトは以前に比べると自動化が進み省力化しているが、随所に人間が直接管理する余地が残された、人機一体を体現する制御システムが導入されている。
火器管制システムもその例に漏れず、照準から発砲までを人間が担うことも、コンピューターに任せてしまうこともできる造りになっている。だがダメージコントロールや時に機械すら上回る能力を示す人間の才覚を考慮するという言い分で、そして単独航海で不測の事態が多数想定されるヤマトだからこそ、貴重な人材を惜しげもなく配する必要があるこの管理方式が導入できたといっても過言ではないだろう。
そしてこの管理方式こそが、人の血肉が通ってこそヤマトは真の力を発揮できる。言い換えればそれこそがヤマトを特別足らしめている要因であろう。
艦隊戦という意味では事実上の初陣となる今回では機械制御に頼るところも大きいだろう。しかし経験を重ねていくたびに、クルーは強くなる。それがヤマトを強くする。
この相互関係こそが、宇宙戦艦ヤマトの実力を支えるのだ!
「防御シャッター降ろせ! 全艦、砲雷撃戦――用意!」
ユリカの指示でヤマトのすべての窓に防御シャッターが下ろされる。旧ヤマトから継承された保護システムだ。艦橋全体の基礎構造の強化と合わせて、CICをもたないヤマトであっても指揮中枢を容易く失わないように配慮されていた。
またシャッターで閉じられた窓はそのままスクリーンとして機能する。艦橋上部にある測距儀をはじめとする外部カメラが拾った光学映像を映し出したり、メインパネルと併用して解析データを多く表示したりと、無駄にならない。
「さて……派手な戦になりそうね」
珍しくユリカは高揚する戦意に笑みを浮かべた。
ヤマトの戦闘準備が進む。下部の大型格納庫でも慌ただしく出撃準備が進められていた。
今回は大規模な艦隊戦が予想されているため、機体の半分は重爆撃装備に換装して待機している。
準備ができた機体から順次出撃していく中で、Gファルコンと合体したダブルエックスも収納形態の姿で左舷カタパルトに乗せられた。
「よし、Gファルコンからの制御が有効になった。進君、心の準備は?」
「もちろん終わっています」
計器類を確認し終えた進が力強く答える。シミュレーターでは何度も座った席だが、実戦ともなるとやはり感覚が違う。
アルストロメリアとは桁違いのパワーを、進は操縦桿越しに感じ取って身震いする。 これが、地球圏最強の機動兵器の鼓動か。
「古代、しっかりやれよ! 兄さんの敵討ちだ!」
通信で大介が進を鼓舞してくる。本当にありがたい親友だ。そう言われてはますます気合いが入るというものだ。
「島、しっかりやろうぜ! 今日から遊星爆弾は地球に落とさせん!」
気合を入れた進に準備完了とみたアキトは管制室にカタパルトの起動を指示した。
「よし、発進!」
左舷カタパルトに乗せられたGファルコンDXが、カタパルトの勢いで一気に加速して冥王星めがけて突っ込む。
今回は特別に光学迷彩を可能とする装備が追加され、ステルス性が高められていた。その一環でボソンジャンプを利用した通信機が新設された。例の隠蔽措置が施された品で、ボース粒子反応を検出されにくいようになっている。
そしてサテライトキャノンを撃つために必要な二本のエネルギーパックが、コンテナユニットの下に装着されている。機体の全長にも匹敵するほどの巨大なエネルギーパックだ。その大きさと扱うエネルギー量の多さからダブルエックス本体にも劣らない装甲が施された、非常に高価な装備でもある。
基地に潜入しての破壊工作も考慮し、Gファルコンのカーゴスペースの隙間に装備一式を詰めた大き目のトランクも装備してある。
加速が終了したあとはエンジンも切って、最低限の航法システムを使って冥王星に飛ぶ予定だ。
ダブルエックスの存在は敵に認知されていてもおかしくはない。だがまだ一度もサテライトキャノンを使っていない。となれば見たことがない新型機がいた、という程度の認識はあってもそれ以上には至らない。仮に戦場で姿を見かけなかったとしても気にも留めないだろう。
それにヤマトの火力なくして基地の攻略はならないという先入観があるのならなおさらだ。
進はモニターに映る冥王星の姿を睨みつけ、今日こそはあの日の雪辱を晴らし、地球に降り注ぐ遊星爆弾を止めてみせると――兄の仇をとると誓った。
発進したコスモタイガー隊は、半数ずつヤマトの両翼を固めるように編隊飛行を開始した。コスモタイガー隊を従えたヤマトは、慎重かつ大胆に冥王星に向かって悠然と直進する。
その姿はまるで王者の前に現れた挑戦者のようでもあり、逆に奢った王者に真の王者のなんたるかを見せつけに来た、強者のような風格すら漂わせていた。
その姿を冥王星前線基地のモニターで捉えたシュルツは、迫り来る強敵を前に不敵な笑みを浮かべる。
相手にとって不足なし。今日が地球との戦いに終止符を打つ日だと、戦意を高揚させる。
「やはり動いたか、ヤマト。ガンツ、超大型ミサイルでヤマトを後方から煽れ!」
「はっ!」
指令に従ってガンツはすぐに基地の制御パネルから、事前に冥王星に向かうヤマトを後ろから追い立てられるように配備しておいた超大型ミサイルに攻撃指令を送信する。
これでヤマトを後方から煽り、冥王星領空圏内に、反射衛星砲の射程内に納めなければならない。
さあ、勝負だヤマト! いまこそ雌雄を決する時だ!
シュルツは口の端を持ち上げて迫るヤマトを睨みつけた。
電算室で警戒任務を務めているルリは、緊張で額に浮かぶ汗を何度も袖で拭いながらレーダーで周囲を監視する。敵の発見が早ければ早いほどヤマトが優位に立てる。念のためにプローブも三基ほど発射しているが、まだ目立った動きは見つけられない。
瞬きもがまんしてじっとレーダーに目を凝らしていると、ヤマトの後方に放った探査プローブがなにかの影を捉える。距離一〇キロ、高速でヤマトに接近してきている。これは!
「こちら電算室! ヤマト後方一〇キロ地点に超大型ミサイルを複数発見! 数は二〇。どうやらステルス塗装を施していたようです。光の反射率が極めて低く、光学観測ならびに長距離用のコスモレーダーでは探知が遅れました」
ルリの報告に第一艦橋に緊張が走る。最初からなかなか激しい歓迎だと、ユリカは口元に笑みを浮かべた。
さあ、戦闘開始だ。
高ぶりきった戦意も露にユリカは戦闘指揮を執る。全力で迎え撃ってこい、こちらも全力で叩き潰してやる。
「第三主砲、第二副砲は大型ミサイルの迎撃を開始! 艦尾ミサイル発射管開け! 発射したあとはすぐに再装填して追撃に備えて!」
戦闘指揮席から指示を受けて、即座に第三主砲・第二副砲と艦尾魚雷発射制御室がすばやく迎撃態勢を整える。
第三主砲が重々しく、第二副砲が軽やかに回転して後方から迫り来る大型ミサイルに照準を合わせる。
鼓型で全長が一〇〇〇メートルにも達する巨大なミサイルだ。直撃したらいかにヤマトでも耐えきれるものではないだろう。
第三主砲と第二副砲から送られてくるデータは、主砲が目標を捉え、発射準備を終えたことを知らせる。
「てぇー!」
ユリカの号令で第三主砲と第二副砲が火を噴いた。各砲時間差で発射された六本の重力衝撃波は、狙い違わず大型ミサイルに命中する。
しかし一射では破壊できなかった。続けてもう二射撃ち込んで一発迎撃に成功。大都市をも一撃で吹き飛ばしてしまいそうな特大の爆発が生まれる。あの規模の爆発に巻き込まれたら大損害確定だ。懐に入られる前に迎撃しなければ!
すぐに次の目標に向けて砲撃を行う。だが手数が足りない。徐々にヤマトとミサイルの距離が詰まってくる。
しかし距離が縮まれば艦尾ミサイルの有効射程に入る。それで手数は足りるはずだ。いざとなれば煙突ミサイルも足せるだろう。
「艦長、増速しますか?」
「まだ駄目。敵の狙いは冥王星にヤマトを追い込むこと。まだダブルエックスが予定の地点に全然届いていないから、ギリギリまで粘るよ。このまま第一戦速を維持、迎撃を続けます。各砲攻撃の手を緩めないで!」
ユリカは大介の提案を却下して粘ることを決める。早々に敵の術中に嵌ってやる必要はない。
ギリギリまで粘ってダブルエックスが冥王星の上空に侵入するまでの時間を稼がないと、作戦はご破綻だ。
「艦尾ミサイル、全門発射!」
ヤマト艦尾喫水部分にある六門の六一センチ魚雷およびミサイル発射管。そのすべてが開いて六発の対艦ミサイルが発射された。
艦砲では狙いにくい、甲板よりも低い位置にある大型ミサイルに向けて、ヤマトの対艦ミサイルが煙の尾を引いて襲い掛かる。
主砲の直撃に三回も耐えた大型ミサイルだけに、対艦ミサイルが六発命中しても破壊できない。その結果を知る前に速やかに再装填した艦尾ミサイル発射管から、再度六発の対艦ミサイルが放たれた。
命中、ようやく超大型ミサイルの撃墜に成功する。
そのをを喜ぶよりも先にハリの鋭い声が艦橋に響いた。
「後方よりミサイルの残骸が接近中! ヤマトへの直撃コースにある残骸を確認!」
ハリの報告にユリカは即座に命令を下す。
「ピンポイントミサイル発射用意! 諸元データの入力はこっちでやります!」
命令に従ってヤマト後部マストの根元に装備された二基の多目的ランチャーにが後方に向けられる。
一基につき四つあるハッチの内二つが跳ね上がって、中に収められた中型ミサイルが顔を覗かせる。発射筒の中に十字に仕切られ四つ収まっている。
発射。
計一六発のミサイルが放たれて向かってくる破片の内、脅威度の高いものに命中、破壊。残った破片が向かってくるが、この程度のサイズなら問題なく弾ける。
「フィールド艦尾に集中展開! 衝撃に備えて!」
ヤマトの艦尾方向に円錐状に集中展開されたフィールドが、ミサイルの破片を食い止め、弾き返す。
質量兵器に対しては強固とは言い難いディストーションフィールドだが、持ち前の高出力とフィールドの傾斜で凌ぎきる。
――成功。ヤマトは被害を受けることなく二基の超大型ミサイルを迎撃することに成功した。
この調子ですべて撃ち落さんと、戦闘班の士気もぐんぐん上がっていった。