そんな開会式を経て開始された『太陽系お別れパーティー』は、開幕から盛り上がっていた。
そのさまを見ながらアキトは皿に盛った料理をひと口。うん、平田は本当にいい腕をしている。
隣ではユリカが涙を流しながら激マズドリンクをちびちびと煽っている。時折投げられる視線が頬を刺す。盛り上がった会場はそんなユリカをも肴にしてしまっていた。
すでに上下関係はないに等しく、それでいながら無礼になるほどでもないという絶妙な距離感を保ちながらヒートアップを重ねる。
パーティーということもあって活躍の場を得たと心得たか、イズミがユリカが開会を宣言した壇上に上がり、ヤマトに持ち込んでいたらしいウクレレ片手に漫談を始めた。
旧ナデシコクルーはやや冷ややかな対応だったが、なにも知らないクルーにはそこそこ好評であった。流石はバーの雇われママさんを経験しただけのことはあると、アキトはしきりに感心していた。
それに刺激を受けたのか、場を艦長自ら盛り上げると気張ったユリカが、
「艦長ミスマル・ユリカ! 一曲歌わせてもらいます!」
と宣言して、かつてナデシコの一番星コンテストでも歌った『私らしく』を熱唱。さすがにアイドルコスチュームではないし椅子に座った状態ではあったが、(涙目の)ウインクのおまけをつけたりしてとにかく盛り上げに徹する。
さらには持ち寄った景品を掛け、大ビンゴ大会まで開催される悪ノリっぷりを見せつけた。
景品の中に『ウサギユリカ(杖ありとなし)』と『ルリお姉さん(一七歳バージョンと一一歳バージョン)』のフィギュアセットが含まれていて、アキトがウリバタケを睨むハプニングもあったが、大会はつつがなく進行した(ちなみにフィギュアはラピスがゲットして、嬉しそうに抱きかかえて自室に置きに行った)。
そんな会場から抜け出して、通信室に向かうクルーの姿が目立ち始めた。往路で地球と連絡できる最後の機会とあって、誰もが浮足立っている。
クルーたちは事前に地球側で調整された順番どおり列を作り、生活班長の雪がPDAを片手に彼らを捌いていた。通信の時間はスケジュールで管理されているので、列を作る人数は五名に制限され、ひとり入るごとに次のクルーがコミュニケで呼び出されるようにして、遅滞が生じないように配慮されていた。
トラブルの種を極力取り除き、通信に集中できるようにという生活班の配慮である。
PAD片手にクルーの整理をしていると、自然と列に並ぶクルーから世間話が漏れ聞こえてくる。待っている時間を適度に潰すためか、それとも緊張を紛らわせるためか、前後のクルーと雑談に興じている様子だ。
「地球を出発する寸前に生まれた子供なんだ」
と赤子の写った写真を見せて語る者。
「俺、婚約者を残してきたから、帰ったら結婚するんだ」
と語る者がいて、
「リアル死亡フラグ!?」
と突っ込まれたり、
「父の容態がよくないんだ。帰るまで、元気だといいんだけど……」
と家族の様子をしきりに気にする者など、実にさまざま。
列の先頭に立つものは、通信室を出るクルーと入れ替わって中に入る。通信室をあとにするクルーは涙を浮かべながら寂しげな表情を浮かべるものが多い。
当然だと思う。郷愁の念もそうだが、生きて帰れる保証がない未知なる旅路への不安が、どうしても消せないのだ。
それに保護されているとはいえ、地球の現状を考えればないよりはマシ程度であることも否定できず、絶対の安全が保障されたと考えるような楽天家はいない。
これが今生の別れかも知れないと思うと、通信では成功を強く誓って励ましていても、いざ通信が終われば不安を感じて落ち込んでしまうのも無理はない。
雪は顔に出さないように努めながらも、自分のときは大丈夫だろうかと不安を覚えるのであった。
そんな人間模様を見せる通信室の列の中に、島大介の姿もあった。
大介はそわそわしながら自分の番を待ち続け、ようやくその時が来た。雪の指示を受けた通信科のクルーに案内され通信室に入り、通信機の操作を教わる。
と言っても、ドックタグに記載された認識番号を打ち込んでスイッチを入れるだけで繋がるようにあらかじめセットされているので苦労はない。
認識番号を打ち込んでスイッチを押すと、数秒の待ち時間を経て、通信画面に両親と弟の姿が映し出された。
「お父さん、お母さん、次郎……!」
「大介……!」
「兄ちゃん!」
一ヵ月ぶりの対面に、互いの顔が歓喜に彩られる。
「ご無沙汰してます。お父さん、少し痩せたようですね?」
「おお、そうかね?」
他愛のない話題から会話が始まる。限られた時間では言いたいことをすべて言い切ることはできないが、重苦しい話題から入りたくないのは、同じ思いなのだろう。
「次郎、元気そうだな」
「へへへ、そうかい?」
年の離れた弟も元気そうで一安心。ヤマトで出発する時は使命感に駆られていたとは言え、置き去りにする家族のことが心配だったのだが、ユリカの手回しのおかげで状況は悪くないようだ。
それから少しだけ近況報告をする中で、母はやや思いつめた表情で大介に尋ねる。
「ねえ大介、ヤマトは本当に大丈夫なの?」
「うん?」と大介はいきなり深刻な話題を切り出した母に怪訝そうな顔をする。
「大丈夫に決まってるだろ。なんてったって、俺たちはあの冥王星基地だって攻略してみせたんだぜ!」
大介は極力明るく応対する。不安があるのは大介とて同じだが、それを家族に見せるわけにはいかない。
「そう? 噂に聞いた話だと、ヤマトの艦長さんは命に関わる大病を患ってるって言うじゃない。そんな人で本当に大丈夫なのか、心配になって……」
大介はなんとか顔に出さずに堪えた。噂が流れていたのか――どこからか漏れるのは避けられなかったか……。
軍内部では周知と言ってもいいユリカの体調も、当然のように民間には公表されていない。死にかけの人間が指揮する艦に、誰が希望を託せるものか。
明かされているのは、彼女がかつての戦争で活躍したナデシコの艦長であることと、第一次冥王星海戦にて艦隊の被害を最小限に抑えた立役者であることくらいだ。
しかし軍に保護された以上、ユリカの体調に関する話が漏れ聞こえたとしても、なんら不思議ではないか。
「心配ないよ、お母さん。艦長はなんともないし、本当に――本当に凄い人だ。あの人がいなかったら、俺たちは冥王星基地を攻略することもできなかった。普段から俺たちのことを大切にしてくれて、空気を明るくしてくれるし、変に怒鳴り散らしたりもしないし、ノビノビと任務に打ち込める。――本当に尊敬できる艦長だよ」
言いながら、これまでのユリカの振る舞いの数々を思い返す。
――戦闘指揮の凄さやいざという時の決断力は疑いようがないが、それ以上に思い返されるのは、艦長としては奇行と言うほうが相応しいであろう行動の数々だった。
……発進直後から着ぐるみを着込んで児童番組同然の用語解説番組に出演したり、それから間を置かず夫婦喧嘩を勃発させて艦内に痴話喧嘩をリアルタイム放送したり、それが終わったら感動の再会に託けてイチャイチャを生中継したり、またなぜなにナデシコを開催したり、作戦名のセンスは微妙だし、戦闘中の体調崩して嘔吐したりボケをかましてノリツッコミせざるをえなくなったり。
(……あれ、本当に尊敬してるのかわからなくなったぞ?)
「そうなの? それならよかった。いい上司に巡り合えたみたいで、お母さん安心したよ」
息子の回答に満足したのか、ほっと胸を撫で下ろす母の様子に、大介は誤魔化せたと胸を撫で下ろす。
母としても、最期の希望であるヤマトに無視できない不安材料が含まれているとは思いたくないのだろう。噂話よりも息子の答えを信じてくれたらしい。
「大丈夫。ヤマトは必ずコスモリバースを受け取って……地球に帰ります」
――無情にも時間が近づいていることをブザーが知らせた。家族の顔も寂しげなものに変わる。あと一五秒しかない。
「それじゃあ、お父さん、お母さん。お元気で」
「兄ちゃん!」
弟が通信モニターにしがみ付いてくる。涙を流して別れを惜しむ弟に胸を締め付けられる思いを抱きながら、大介は別れを告げた。
「次郎……あまり世話を掛けるんじゃないぞ」
――通信モニターが暗転する。もう、家族との浅瀬は終わりだ。
「……くっ……!」
大介は寂しさを飲み込んで、暗くなったモニターに別れを告げて立ち上がる。
次に会えるのは……ヤマトがコスモリバースを受け取って地球に帰ったときだろう。
果たしてその時が訪れるのか、その時まで自分は生きていられるのか。そんな寂しさを抱えたからだろうか、無性に人の騒めきが恋しくなって左舷展望室に戻ることにした。
ルリが賑やかしをしている右舷展望室でもよかったのかもしれないが、母とのやり取りでユリカに対する不安が顔を覗かせてしまったので、普段どおりバカをやっているであろう姿を見て安心したくなったのである。
そう思って通路を進んでいると、眼前から徳川太助が歩いてくるではないか。さっきまでは左舷展望室でパーティーに参加していたと思ったのだが。
「あ、島航海長!」
大介の姿に気付いた太助が緊張の滲んだ声で敬礼する。
「おいおい、いま敬礼は必要ないだろう。パーティーの真っ最中なんだぜ」
大介はそう言って太助の反応に苦笑いする。
「あ、す、すみません!」
手を下ろしながらも硬い表情の太助に、とうとう島は笑いを隠せなくなった。
「そんなに固くなるなよ。もっと気楽にいこうぜ」
そう言って肩を叩く。おかげでいい気分転換ができた。それだけでもこいつには感謝したいくらいだと、内心思った。
太助は島の二つ下の後輩にあたる存在だ。専攻した分野が違うため接点は多くはなかったが、それなりに目立つ存在だったので何度か顔を合わせて一緒の飯を食ったこともある。と言うのも……。
「どうだ、ヤマトの機関部門は。ラピスちゃんはともかく、山崎さんは厳しいんじゃないのか?」
「――ええ、まあ。でも、親父の背を負うんならこれくらい乗り越えていかないといけないんで」
太助の父、徳川彦左衛門はかなり名の知れた凄腕の機関士だ。
彼が現役だったのはちょうど木星との戦争が行われている最中で、まったく新しい機関である相転移エンジンに関しても、四苦八苦しながらではあるが見事制御してみせ、ネルガルから購入した相転移エンジンやグラビティブラストなどを搭載してようやくまともに戦えるようになった宇宙軍を陰から支えた立役者のひとりだった。
だがそんな彼も、ガミラス戦の初期に戦死している。息子である太助は比較されるのを承知の上で、その悲しみをバネに機関士として勉学に励み、その結果ヤマトに配属されたらしい。
「そうか、しっかりやれよ徳川。おまえの親父さんもきっと、応援してくれているさ」
大介は太助の肩をポンと叩いてエールを送る。あまり気の利いたことは言えない自分が少し情けなかった。だが太助はそれで十分だったらしく、
「はい! 頑張って親父に追いついてみせます!――それでは、通信の予定が近いので、僕はこれで」
「ああ、引き留めて悪かったよ。それじゃ、ご家族としっかり話してくるんだぞ」
「は、はい! ありがとうございます!」
太助は頭を下げてから駆け足で通信室に向かう。その背中を見送った大介は、目的地である左舷展望室に足を踏み入れた。
――おや、異様に盛り上がっているような……。
大介は何事かと注意深く展望室を見渡して、すぐにその正体に気付いた。とは言ってもこれで気付かないやつがいるとしたら、そいつは相当注意力散漫な人間だろうと思うくらい、目立っていた。
「ウィナー、ミスマル艦長ぉ〜〜!!」
司会を担当しているであろうウリバタケがマイク片手に叫び、その傍らでユリカがブイサインを観客に突き出している。
誰もが見られるようにと大きなウィンドウが頭上に開かれており、そこには戦略シミュレーションゲームと思われる画面が映し出されている。対戦者の名前は「ホシノ・ルリ」とあった。
どうやら余興としてユリカとルリがゲームで対戦したらしい。
「さあさあ! ヤマトが誇る天才頭脳! ミスマル艦長に挑戦する勇気ある者はほかにいないかぁーー!」
テンションも高く煽るウリバタケにクルーもわいわいと「次おまえが対戦したらどうだ?」「いや無理無理勝てっこないって」と言葉を交わし合っている。
挑戦、という言葉からするに、ユリカをチャンピオンかなにかに見立てて挑戦者が挑む形式のようだ。
それにしても冥王星で見事な指揮を見せたユリカに挑むのは、たとえレクリエーションであってもそれなりに勇気のいる行動だと思うのだが、意外と挑む者が多いようだ。
現にゲーム画面の隣にやや小さいウィンドウが開いているのだが、そこにはいままでの対戦結果が連なるようにして表示されている。複数回の挑戦も許されているようで、ルリは立て続けに二回挑戦していた。ほかにもラピスやゴート、戦闘班のクルーを中心に挑戦者の名が刻まれているが、いずれも黒星、つまり敗北しているのが見て取れる。
(シミュレーターと言えど全戦全勝――そう言えば、艦長は学校のシミュレーションで無敗を誇ったとか聞いたことが――)
レクリエーションでも容赦なし、そしてその栄光は健在なり、か。
……それにしても月臣の名が連なっているのには驚いた。この手のレクリエーションには関心がなさそうだと思ったのだが、彼なりに賑やかしに気を使っているということだろうか。
「おおっ! 艦長宛てに挑戦状が届いたぞぉ!? これは……第一艦橋で当直中の古代進戦闘班長だぁ〜! 去る冥王星攻略作戦でついに艦長の息子であることを認めた古代戦闘班長! どんな戦いを見せるのか、いまから楽しみだぞぉ〜!」
ウリバタケの言葉を聞いて大介は思わず顔を手で覆う。
「当直中に遊びの予約入れるなよ、古代……」
染まり過ぎだ、かつての暴走癖があれどまじめだったおまえはどこにいった。それが大介の率直な感想だった。
ユリカとシミュレーション対決を終えたルリは、傍らに控えていたハリの手を取って通信室に向かって移動を開始した。
観戦していたクルーたちに会釈しつつ、「順番が近いので通信室に行きます」と断ってそそくさと右舷展望室をあとにする。
余興とは言え、正直負けたのはかなり悔しい。結構いいところまで追い込んだと思ったのに、わずか一手でひっくり返されてしまった衝撃は計り知れない。
自分だって艦長を経験し、幾多の戦いを経て成長したから喰らいつけると考えていたのだが……甘かった。
「今度は負けませんよ……」
すっかり意地になったルリは通信が終わったら再戦することを心に誓いつつ、通信室に足早に通路を駆けていく。
通信相手にはミナトとユキナを選んでいる。ピースランドの父と母も気にならない訳ではないのだが、そこまで近しいとは言えない距離感なので今回は遠慮させてもらった。――もしかしたらその事実を知らされて泣いているかもしれないが。
「本当にいいんですか? 僕も一緒させてもらって」
遠慮がちに尋ねるハリに「もちろんです。ハーリー君だって気になるでしょ?」と返す。
ハリはルリの通信に便乗したあと、養育してくれた義理の両親に連絡する予定だ。ナデシコに乗ってからはあまり会えていないが、血は繋がっていなくても育ての親であるため気になっている様子。
――自分と違って養父母との関係が良好なのはいいことだ。。
通信室前に到着した二人は、列に並びながらそわそわと待つ。
気安く提案したあとに気づいたのだが、ルリはハリの通信にも同席することになってしまった。
ナデシコ乗艦時には上司であったのだから、腹心の部下といえる彼の両親に挨拶のひとつや二つしたとしても問題はないだろう。――と思うがやはりプライベートな通信にわざわざ同席してそれをするということは、「まるで交際の許可を取ろうとしているみたい」と思えてしまって心臓が跳ね上がる。
……それもこれもユリカだ、全部ユリカのせいだ! ヤマトの空気が平時において軽過ぎるのもラピスが好奇心旺盛な天然になりつつあるのもいまここで自分がこんな失態を犯したのも、全部ユリカが悪いのだ!
「おっ、ルリさんにハーリーじゃないですか。通信ですか?」
そんなことを考えていたらサブロウタが声を掛けてきた。ちゃっかり最後尾のルリとハリの後ろに付いている
「サブロウタさんもですか?」
ハリの質問にサブロウタは「おう」と頷く。
「俺は秋山少将と話しておこうと思いましてね。両親もいないし、木星時代はお世話になったんで」
そういえば、たしか戦中はかんなづきで彼の副官をしていたと聞いたことがある。戦後宇宙軍に参画した際も世話になったとか。
所属や立場が変わってもなお、サブロウタは変わらず秋山源八郎のことを慕っているようだった。
「……後ろ、失礼する」
いきなり声を掛けられてぎょっとして確認すると、そこには月臣元一朗の姿があった。
「月臣少佐――」
「……」
驚くサブロウタと対照的にルリの顔はどうしても険しくなる。
ルリも彼が九十九を殺したことを知っている。そのせいで、ミナトが悲しい思いをしたことを忘れることができない。
そう簡単に割り切れるはずもない。許せるわけもない。
彼を責めるのは簡単だ。だがアキトのことで恩があるし、アキト同様罪の意識で苦しむ月臣を責め立てるなど、自分にはできそうにない。
……どうしても、彼と黒衣を纏ったアキトの姿が重なってしまうからだ。
「あなたも、誰かと話たいんですか?」
「……ああ」
月臣は多くを語ろうとはしなかった。ルリも問うつもりはない。ただ、言葉を交わしてみたかっただけだ。
「ホシノさん。頼みが――いや、忘れてくれ」
「――なんですか?」
「忘れてくれ。気の迷いだ……」
「……」
月臣の様子からなにを言いたいのかは予想がついた。おおかたミナトとユキナのことだろう。
――かつて自分が殺めた親友の想い人と妹。
あの戦争が終結して四年。すでに草壁との決着も付け、人類の進退をかけた未知の脅威との戦いに身を投じることになったいまにあっても、過去の過ちを清算したと思えずにいるのだろう。
「私は、ミナトさん……白鳥さんの恋人だった人と、ユキナさんと話すつもりです――あとで様子をお伝えします」
余計なお節介だと自分でも思う。嫌味だと思われても仕方がないとも。だが、このままでいいとは思えない。そんな、個人的な感情だった。
「……心遣い、感謝する」
言葉少なく礼を告げる月臣に、ルリは「お気になさらず」とだけ返した。
それからしばらくして。
ようやく順番が巡ってきたルリは、ハリを引き連れて通信室に入室。
最初はルリの番だ。ハリを同席させているが別々の相手との通信なので五分づつの会話。あまり時間を無駄にはできない。
ルリは早速認識番号を入力して通信機を起動。わずかな待ち時間。そわそわした気持ちで待ち構えていると、通信モニターが灯った。
「ルリルリ、元気そうね」
「ルリ、しばらくぶり!」
「ミナトさん! ユキナさん!」
モニターに映ったハルカ・ミナトと白鳥ユキナの姿に、ルリもハリも気分が高揚する。
「お体の具合は、もういいんですか?」
「ええ、大丈夫よ。イスカンダルの薬って凄いのね。おかげさまですっかり元気よ」
モニターに映るミナトの顔色はたしかによさそうだ。ルリもハリもほっと胸を撫で下ろす。
行動力にやたらと優れたユキナがヤマトに乗艦しなかったのは、適性試験に落ちたのもそうだが、それ以上に体調を崩したミナトが心配だったからと聞いている。
現在の地球は極度に寒冷化にあり、地表ではウイルスや細菌などは生存していない。が、人々が暮らす居住区はそうもいかない。
食糧事情が厳しく慢性的な栄養不足、そこに加えて閉鎖空間でプライベートの確保すらできないほど切迫した避難生活。それらのストレスなどから体調を崩す人はあとを絶たず、暴動や略奪なども繰り返し発生している、切迫した状態が続いていた。
ミナトは、避難生活が始まってからも教育者として避難所の子供たちに勉強を教えたり、ボランティアの引率というような形で居住環境の改善のための活動をしていたが、避難生活のストレスと疲れから、ナデシコCが冥王星海戦に望むべく発進したあと、倒れてしまった。
ナデシコCが帰艦した頃は相当具合が悪く、衣料品の不足から回復が難しいとすら言われていたくらいだった。
ユキナはもしかしたら自分が制止を聞かずナデシコCに乗り込んだことが、ミナトが倒れた切っ掛けになったのではないかと自責の念に駆られ苦しんだ。
しかし幸運なことに、ナデシコCの帰還はイスカンダル製の医薬品の提供を意味していた。先行してネルガルがアキト相手に行ったテスト結果から使えると判断し、少しづつではあるが民間にも出回りつつある。
薬の入手を巡った争いも少なからず発生してしまったが、それでも状態の悪い人間に優先して与えられ、幾人もの人命を救う結果をもたらしたと聞く。
ミナトは残念ながらなかなか薬を得る機会が巡ってこなかったらしいが、ヤマト発進直後にネルガルと軍が保護したため、最悪な事態を迎えることなく病状が回復に向かい、いまではほぼ完治と言っていい状態にあるのだそうだ。
「心配しなくていいよルリ。あたしがついてるんだから!」
そう言って胸を張るユキナだが、ミナトは「調子に乗らないの!」と軽くその頭を小突く。
ユキナも勝手を言ってナデシコCに乗艦して迷惑を掛けた自覚があるので強くは出れないらしく、「てへへ……」と頭の後ろで手を組んで可愛らしく舌を出した。
「それだけ聞ければ満足です。心配してたんですよ」
「僕もです。これで安心してイスカンダルに行けますよ」
「もう大丈夫だから安心して。それと、ユリカさんにありがとうって伝えておいて。アカツキ君から彼女が保護を訴えてくれたって聞いたわよ……特別扱いなのは心苦しくもあるけど、ユキナも一緒に保護して貰えたし、感謝してるって」
複雑な心境なのは本当だろう。ミナトの性格を考えれば、自分たちだけが特別扱いされて保護されている状態は、後ろめたさを感じても不思議はない。
特にミナトの大切な教え子たちはヤマトともナデシコとも関係がない人が大半のはず、その子らを安全と言える環境下におけないことは、彼女にとってさぞ辛いことだろう。
「あ、そうだそうだ。ルリ――元一朗ってヤマトに乗ってるの?」
予想外の質問に顔が強張る。その様子から察したのか、ユキナは「そっか」と呟いたあと、
「じゃあさ、伝えといてくれない。お兄ちゃんを殺したこと、許せないけど、許せないけどさ……ヤマトの航海が成功したら、一緒にお墓参りに行こうって。だから、死んじゃダメだって、伝えておいて。お願いね」
そう言伝を頼まれた。複雑な気持ちが顔に出ている。
ユキナにしてみれば、兄を殺されたことは許せないし、許せるとは思えない。月臣も許されたいとは思っていないだろう。
しかし九十九の親友であったということは、自然とユキナとも関係が深いということを意味するはず。このままにしておきたくはないのだろう。
だから向き合いたい。その思いを言葉を伝えてくれと頼まれては、断りようがない。
「わかりました、伝えます」
ルリがそう答えた時、別れを告げるブザーが鳴った。
「時間みたいね……ルリルリ、必ず帰ってくるのよ。もちろんユリカさんもアキト君も一緒にね」
「帰ってきたらお祝いするからね! 準備を無駄にしないでよ!」
「……必ず、必ず帰ります……!」
「約束します、約束しますとも!」
涙を浮かべながら別れの瞬間を迎える。モニターは無情にも時間きっかりに通信を終了し、暗転した。
次に会えるのはヤマトが帰って来た時だと未来に想いを馳せながら気持ちを落ち着かせ、次の通信相手――ハリの育ての親に繋げた。
……彼の両親は隣に立つルリの姿を見るや否や「彼女か?」とまじめな表情で問いただしてきたので赤面回避不可という、事前に予測していたとおりの展開に見舞われたのは、言うまでもないだろう。
そんなハプニングを知らず、通路で自分の番を待っていた月臣は二人からユキナの伝言を聞かされた。月臣は静かに目を伏せ「わかった。ありがとう」と言葉少なく受け取る。
短い会話を終えた二人はそのまま静かに去っていった。
月臣はそれから五分待った。ルリたちの次の番で通信を終えたサブロウタに会釈を受けてから、月臣も案内に従って通信室に足を踏み入れる。
――最初は誰とも話さないつもりだった。だったのだが、ふとかつての友と言葉を交わしてみたくなった。
たぶんそれは、アキトが戻ったことに影響されたのだろうと思う。結局自分も過去に置いてきたつもりのなにかを取り戻したがっているのかもしれない。
認識番号を入力してしばらく。モニターに彼の姿が映った。
「よう、久しぶりだな月臣」
「ああ、久しぶりだな秋山」
月臣が選んだ相手は、かつての友人である秋山源八郎。いまは連合宇宙軍に参画して、コウイチロウの片腕として敏腕を振るっている彼。
……共に熱血クーデターを起こして木星を変えた――友だ。
「おまえがヤマトに乗ると聞いたときはさすがに驚いたぜ。なにかきっかけでもあったのか?」
「……俺はただ、九十九を殺した償いがしたかっただけだ。それに、あいつが生きていたらこうしただろうと思うと……じっとしていられなくてな」
それが月臣がヤマトに乗った理由だ。それと、
「テンカワも気がかりだった。会長の計略に乗った以上、最後まで見届けたかった。それにイスカンダルに辿り着くまでの間、少しでも艦長の助けになればと――あの夫婦は、敵ではあった。だがそれ以上に俺の信じた正義の……草壁の被害者だ。力になってやりたくなったんだ」
ただがむしゃらに正義を、熱血を追い求めていたあの頃が懐かしく思える。だがいまとなっては深い考えを持たず、ただ言葉上の“正義”とロマンばかりを追いかけていた自分が恥ずかしい。
もう少し視野が広ければ、もう少し九十九に理解を示すことができれば……あんなことにはならなかったかもしれなかった……。
「そうか……なあ、月臣よぉ。そろそろいいんじゃねぇか? 自分を責めるのを止めたってよ」
「しかし……」
「おまえは十分罪滅ぼしをした。おまえが気にかけてるテンカワ・アキトにしたって、世間に顔向けできねぇことをした。……だが、自分に向き合って真っ当に生きる選択をしたんだろ?」
「それは……」
月臣自身感じていたことだ。同じく過ちを犯しながらも、それを乗り越えて元の道に戻る決意をしたアキトの存在が、とてもまぶしく映る。
自分には、帰るべき場所も待ってくれている人もいない。
だが、紛いなりにも彼の師のひとりとして、このままではいけないとは漠然と考えていた。
「なにをしようが九十九の奴は帰って来ねぇ、昔に戻れるわけでもねぇ。だがな、テンカワを案じたおおまえが、元通りとはいかなくても普通の生活に戻ることを望んだおまえが、そのままでいいわけねえだろ?」
秋山の言葉が胸に刺さる。
そもそも、九十九暗殺から続く自身の戦いはすでに終わっている。
だからいまの人生が蛇足でしかないと感じることは多々あった。――ヤマトに乗る前は。
「おっと、そろそろ時間か。説教臭くなって悪かったな。無事の帰還を信じてるぜ、月臣」
「ああ、必ず帰る。俺の戦いにケリをつけるためにも」
そこで通信は途切れた。だが、月臣の気分はいくらか軽くなった。
必ず地球に帰り、九十九の墓参りをしてから、身の振り方を考えよう。少し前までに比べると前向きな気持ちで、月臣は通信室をあとにする。
とりあえず自分の同類だったといえるアキトの様子でも見るかと、左舷展望室の会場に足を踏み入れた瞬間、月臣はゴートに捕獲された。
何事かと問い質すと、「思った以上に盛り上がってるからリベンジしろ」と一方的に告げられて引っ張られた。
――連れていかれた先は、会場の盛り上げになるかと思って挑んだユリカ艦長とのシミュレーションバトルの場だ。
ユリカはかつて秋山が『快男児』とまで評した指揮官だ、その腕前を自分も体験してみたかったこともあって戦ってみたが、もう十分その手腕はわかった。
残念ながら月臣の技量では勝ち目がない。
「おおっとぉ!? 先程は善戦空しく敗退した元優人部隊のエース、月臣元一朗のリベンジだぁーー!!」
相も変わらず司会を続けているウリバタケが煽る煽る。その傍らに大きく表示されるウィンドウには対戦者の名前が山と表示されていた。
一部の連中は束になって掛かって纏めて撃沈したらしく、試合の回数よりも挑戦者の数が多いようだ。
「ヤマト艦長との戦いだけに、山と挑戦者が現れる……お粗末」
いつの間にか隣に現れたイズミがそんな駄洒落を言ってから去っていった。
……それが言いたかっただけか。
「わ、私もう十分戦った気がするんですけど……」
例のドリンク片手にバテ気味のユリカが暗に「もう終わりにしよう」と訴えるが、誰も聞く耳持たない――なんというか、本命の通信よりも悪い意味でメインになってしまっている印象が否めない。
(ああ――ここまで来たら、せめて一勝持って行かないと気が済まないのか)
月臣は自分がこの場に担ぎ上げられた理由を悟る。
挑戦者リストに目を向けてみれば、三度目の挑戦に敗退したルリの名前の横には黒星が三つも付いている。なるほどこれは引き下がれない。
――む、地味に艦長の息子の立場を受け入れた古代進の名前が予約リストに入っているではないか。
(――あいつ当直中に予約入れたのか)
少し頭痛がしてきた月臣だが、この場で断るのは会場の空気を考えればよくないだろう。
逃げたと言われるのも癪だし、パーティーの成功に繋がるのなら、この程度の協力は惜しむべきではない。
艦長には……がんばってもらおう。普段イチャつき過ぎて不評を買った報いと諦めてくれ。普段の様子からするに、この程度なら大事にも至らないだろうし。
「そういうことになったようです。艦長、再挑戦させて頂く!」
やる気十分と宣戦を布告して操作盤の椅子にどっかりと座る。
月臣のやる気にユリカは引き気味だ。
「うう……もうこれで四九戦目……」
――嘆くユリカの姿に心が大いに痛んだが、ノせられてしまった以上は完遂する。もちろん全力で挑む。戦士の礼儀だ。そう、過ちを犯してしまったが、月臣元一朗は元来戦士の気質の持ち主だ。
例え病弱だろうと女性だろうとゲームだろうと、戦うのなら全力でやらせてもらう!
「ふっ、分の悪い賭けは嫌いじゃないんでな……いざ! 尋常に勝負!」
「……嫌ってください、休ませてぇ〜……」
気合い溢れる月臣と疲れた顔のユリカの対比が面白いと、観戦中のクルーが盛り上がる。
いつの間にかユリカの傍らに来ていた夫のアキトがグラスにドリンクを継ぎ足して、
「がんばれよユリカ! 俺、ユリカの勝利を信じてるからな!」
とてもいい笑顔で煽る煽る。おいおまえは立場的に止めるべきだろうと内心突っ込んだが、やはりアキトも会場の空気を尊重しているのだろうと思いなおした。
万が一体調を崩してもここは医療室にも近いから即対応可能である。イスカンダルから提供された医薬品の効能に感謝しつつ、月臣は指を鳴らしてから操作盤の上に静かに置いた。
「うぐっ……ア、アキトにそんなこと言われたら……がんばらない訳にはいかないじゃない……!」
追い詰められた表情ながら、しっかりと操作盤に向かって対戦準備を始めるユリカ。本当に旦那に弱いな、と改めて月臣は思う。
さて、申し訳ないが観戦者のためにも見ごたえある試合をしようではないか!
そして、月臣元一朗とミスマル・ユリカの(二度目となる)戦いの火蓋が切って落とされた。
ユリカが月臣との対戦でヒイヒイ言っていた頃、当直任務を大介に引き継いだ進がようやくパーティー会場に顔を出していた。
副長のジュンも真田に引き継いだあと、家族との通信のために通信室に足を運んでいるはずだ。
地球に話したい相手のいない進は気が楽なもので、パーティー会場に顔を出すと近くのクルー相手に雑談の華を咲かせながら、適当に料理を摘まんで腹を満たし、フレッシュジュースを飲んで喉を潤す。
ヤマトで発つ前は、最後の家族を亡くして天涯孤独になったと悲しんだものだが、いまの進にはユリカとアキト、ルリやラピスといった新しい『家族』がいる。
だから進はもう寂しくなかったし、ほかのクルーが地球に残してきた家族や友人、恋人たちと通信していようが孤独を感じないし嫉妬もない。
むしろ(ちょっと恥ずかしいが)日常的に『家族』と接していることを悪いと考えてしまうくらい、いまの進は満たされていた。
もちろんその『家族』に引き摺り込んだ張本人であり、新しい母といえるユリカが危機的状況にあることは重々承知だ。
激情のままに胸倉に掴みかかった時に触れた血の感触は、忘れたくても忘れられない。
あんなことをしでかした自分を優しく受け入れて、ここまで導いてくれたユリカには感謝が尽きない。
もちろんユリカと接するきっかけを与えてくれたのは、同じ悲しみを共有したルリのおかげであるし、復讐という行為に対して考えさせてくれたのはアキトだ。
この三人の内ひとりでも欠けていたら、どうなっていたのだろうか。
ラピスにしたって、弟として生きてきた自分にとって初めてできた妹のような存在である。かわいくてしかたがないし、彼女との触れ合いもまた、こうして自分を安定させられている要因であろうとも思う。それに、
「あら、古代君もお休み?」
合成肉のステーキを齧っていた進に、雪が声をかけてきた。手にはサラダとハンバーグの乗った皿を持っているところからするに、彼女も交代したばかりなのだろう。
「ああ。島の奴に引き継いだよ。俺だってパーティーを楽しむ権利くらいあるさ。冥王星攻略の要だったんだぜ?」
とわざと調子のいいことを言ってみる。
進はあの功績はアキトのものだと考えている。表沙汰にできない経験に寄るとはいえ、アキトの経験値とそれに基づいた判断がなければ、失敗していた可能性が高いから当然だった。
「うふふ。そうね、古代君とアキトさんの手柄だったものね」
それをわかっている雪はわざわざ補足して進をからかう。進も「ちぇっ」とわざとらしく反応して互いに笑う。
未だに距離を縮められないでいるが、進は恋も知った。
今後彼女とどうなるかはそれこそ神のみぞ知るといったところだろうが、いずれはアキトとユリカのように、仲睦まじい家庭を築きたいと将来の願望を抱いている。
その幸せ家族計画のためにも、イスカンダルに行かなければならない。しかし――、
(イスカンダル……それ以外に寄るべきところがないのも事実だが、なにか引っかかるな……)
展望室の窓から深淵の宇宙を覗きながら、進はユリカといままで交わした会話からイスカンダルに対しての疑問を思い返す。
疑問とは言うが、イスカンダルの協力や支援を疑っているというわけでない。
ユリカの言動などから鑑みるに、イスカンダルには一定の信頼を置いていいだろう。それにユリカの失言などを考慮すると、なんらかの方法で――おそらくはボソンジャンプでイスカンダルとコンタクトを取ったであろうことは、疑いようがない。
だからこそ、ユリカはイスカンダルを信じているのだろうし。
進が懸念を示しているのはイスカンダルの技術そのものだ。
壊滅的な被害を被った地球を救うと言われているコスモリバースシステム。はたしてどのような原理でそれを成すのだろうか。
それにユリカはあまりにも自分を気にかけ過ぎていると感じることが多々ある。鬱陶しいとかではなく、まるで自分の後をすぐにでも継がせようとしているように感じることあるのだ。
その様子は自分がそう遠くない内に指揮を執れなくなることを示しているように感じられて、不安であると同時になにかしら裏がありそうな気がしてならないのだ。
(たしかに病気が進行すれば、指揮を執れなくなるのは自然だ。しかし、副長だっているし艦長経験のあるルリさんだっている。なのにどうして俺に期待するんだ?)
経験値で勝るジュンとルリが控えているのだから、新米の域を脱していない自分に期待するのは筋違いに思える。それとも二人に期待できず、自分に期待するなにかがあるのだろうか。
(お、月臣さん負けたのか……相変わらずすごいな、ユリカさん。ユリカさんの思惑はわからないけど、いまは好意に甘えて自分を鍛え、期待に応えていこう)
結論の出ない思考を早々に打ち切って、進は皿の上の料理を飲み込んでカラになった皿をテーブルの上に置き、ユリカのいる場所に向かって歩き出す。目的は当然――。
「艦長! 挑戦に来ましたよ!」
「ぎゃあぁぁぁ〜〜〜っ!」
鍛えたいと申し出たのはあなたでしょう、と言わんばかりの視線を向けると「進相手じゃ断れないぃーっ!」と頭を抱えて対戦を承諾する(予約済みだから会場が拒否させてくれないが)。
うむ、生徒として恥じない戦いをしてみせるぞ。進は指を鳴らして戦意を露にした。
楽しげな様子の進に雪も肩の荷が下りた気がする。正直、今回の地球との交信で問題になったのは、すでに家族を失って天涯孤独の身になっているクルーだった。
雪の中で特に気がかりだった進だが、すでにユリカたちと良好な関係を築けた事から振り切っているようで、一安心。
ほかの孤独なクルーも、ナデシコクルーが作り出すこの緩くて騒ぎやすい空気のおかげか、パーティーに参加している限り寂しさを感じない様だった。
(でも、古代君が寂しくない理由の中に、私は含まれているのかしら?)
少しだけユリカたちに嫉妬する。関係を進められない臆病な自分にも非があるが。
(焦りは禁物ね。ユリカさんも協力してくれているんだし)
軽く頭を振って、せっかくだから特等席で進を応援しようと舞台に近づく。
ユリカの後ろではアキトが盛り上げのためにユリカを鼓舞し、挑戦者の進には周りから「絶対に勝てよ!」と野次が飛んでいる。
いい加減無敗の王者が地に落ちるさまを誰もが見たいのだろう。
幸いにも相手は弱り切っている。ここで決めねばいつ勝ちを拾えるというのだろうか! と最早悪役のノリに近いものを感じる。
「――じゃあ、進との対戦はちょっと特別な編成でやろうか」
疲れ切ったユリカは不敵な笑みを浮かべて提案した。やはり、手塩にかけて育てている進相手だと気合いが違うようだ。
ユリカの提案した編成は至ってシンプル。
進は新生ヤマト単艦(搭載機三〇機(ダブルエックス含む)と信濃)。
対するユリカはヤマトのデータベースから復元したらしいアンドロメダなる戦艦とその原型らしい量産型の主力戦艦からなる三〇隻の艦隊。
基本性能では新生ヤマトが勝るが、数ではユリカ有利でしかない編成にブーイングも出たが、進はあっさり了承して戦いを開始した。
母からの挑戦状と言うべき戦いに、進の戦意も駆り立てられたのだろうと思う。不敵な笑みで応じた進は、ユリカ率いるアンドロメダ艦隊と戦った。
戦いの結末は引き分けだった。過去最高成績と言っても過言ではない戦いは、最後は波動砲の相打ちによる双方の破壊で幕を閉じる。
波動砲搭載艦艇での試合は唯一とはいえ、ユリカに波動砲使用の決断をさせたということもあり、進は称賛された。
進としては、波動砲の使用を『促された』のは艦隊行動から察したし、それに乗っかる以外の手段では引き分けに持ち込めなかったので、事実上の敗北だと考えているのだが、周りはそうではない様子。
――だが、ようやく彼女相手に戦えるレベルにまで成長できたのではないかと思うと、少しは自信を持てるというものだ。
(ユリカさん、あなたがなにを思って俺を鍛えているのかは、いまはわからない。でも、その期待だけは裏切らないって、約束します)
そうして、『二日間』にも及んだパーティーはいよいよ終幕へと向かう。
三〇〇人近い人数が五分の個別に通信するとなると、大体二五時間は掛かる計算になるのだ。
修理作業が予定よりも少し短縮されたことを差し引いても、貴重な日数を浪費したという事実はみな気付いていたが、だれもそのことには触れようとしなかったという。
結局その二日間はどんちゃん騒ぎのお祭りパーティーが続き、クルーは大いに英気を養った。
二日目は半ばダウン状態のユリカだったので、会場にはいたが半ば上の空、隅っこでぐったりと椅子に座りながらドリンクをチビチビ煽り、時折司会担当としてマイクを掴むに留まった。
代わりの目玉は初日に通信を終えた航空隊におけるシミュレーション対決で、トーナメント方式で行われたそれは会場を大いに盛り上げ、優勝を掻っ攫た月臣には惜しみない拍手が送られた。
アキトは一日目の終わりも間近という頃に、ユリカを同伴してコウイチロウとアカツキと通信した。いろいろと裏で工作してくれたことへの礼を述べると共に、必ずの帰還を誓う。
「アキト君、改めてユリカを頼むよ」
改めて告げられた義父の言葉に、アキトは深々と頭を下げて応え、通信は終わる。
寂しい気持ちは沸き上がったが、生き残り、ヤマトの旅を成功させればまた会えると、気持ちを入れ替えた。
必ず、あの平穏な日々を取り戻すのだと硬く誓って。
そうして全員が思い思いの人と通信し、ヤマトの使命に改めて向き合ったパーティーの閉幕。ユリカはクルー全員に唱和を求めた。
「みんな、地球と残してきた大切な人たちに改めて宣言しましょう!――必ずここへ! 帰ってくるぞーーー!!」
必ずここへ、帰ってくる!
全員が心の底から叫び、使命を果たして帰還する誓うのであった。
パーティー閉幕から二時間後。宇宙戦艦ヤマトは長距離ワープで太陽系を離脱する。
ワープに伴い生じる空間の波動が、まるで別れを惜しむかのようにゆっくりと溶けて消えるのであった。
われが故郷太陽系に別れを告げて、ヤマトは旅立つ。
その先に待ち構えているのは、ガミラスの魔の手か、それとも大宇宙の神秘か。
ヤマトはすでに、予定日数をオーバーして三六日もの時間を費やしている。
人類滅亡まで、
あと、三二九日しかないのだ。
第十話 完
次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
第十一話 外宇宙への進出! 迫るガミラスの影!
いざ、未知なる宇宙へ。
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
月臣とユキナはな・・・木連式の考え方で言うと、
むしろ親友である月臣の手で裏切者を始末させてやるのが慈悲ですらあった可能性もあるし。
それでも少しは救われた気持ちになりますね。
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