ヤマトがプロキシマ・ケンタウリ星系第一惑星に降下したことを確認したガミラスは、すぐにヤマト撃滅を目的とした作戦を展開していた。
プロキシマ・ケンタウリが有する三番目の星である褐色矮星に潜んでいた工作部隊の艦艇が、ヤマトに発見されぬよう密やかに行動を開始する。
幸いと言うべきか、ヤマトはたびたび周辺探査に使用しているプローブをこの星には使用しなかった。また好都合なことにあまり接近もせず、われわれを見逃した。
資源を得られない恒星のなりそこない――褐色矮星。
このような星にわれわれが拠点を造ることはないだろうとタカを括ったのだろうが、それが過ちであったと思い知ることになるだろう。
偉大なデスラー総統の名を賜った新型宇宙機雷を満載した大型輸送艦が、偽装解除して褐色矮星の影から姿を現し、そのまま静かに第一惑星に向けて航行を開始。
ヤマトはすでに惑星の地表付近に降下している。降下に加えてプロキシマ・ケンタウリの煌々と降り注ぐ光によって、頭上への監視が損なわれているだろう。
現に惑星の反対側から慎重に接近した工作艦隊に、ヤマトはまったく気付かなかった。
工作艦は第一惑星の軌道上に到達すると、巨大なカーゴスペースをすべて開放、中から大量のデスラー機雷をばら撒き始める。
数千、万に届こうかというすさまじい数の機雷の中で、たったひとつだけ異なる物体が混じっていた。
形状こそ酷似しているが、一回りサイズが大きく、球体から飛び出している突起の数も倍以上、色も総統の名に恥じぬようにと高貴な蒼を使用しているほかの機雷と違って血のような暗い赤色をしている。
――コントロール機雷だ。
これ自体は接触しても爆発しない、機雷としての機能を持たないものだ。だが代わりに散布した大量の機雷の動きを一括でコントロールする、言わば司令塔の役割を担っている。
このコントール機雷は、ヤマトが機雷原に突入するまで機雷の信管を意図的にオフにし、ヤマトが網にかかってから信管を作動させながら素早く退路を断ち、少しづつ確実に機雷同士の間隔を狭めて一斉に起爆させるようにプログラムされている。
驚異的な耐久力を誇るヤマトを確実に葬るための措置だ。機雷の動きが緩やかに設定されているのは、ヤマトが機雷網から脱しようとして動くように仕向け、より深く絡めとるためらしい。
デスラー総統の発案だった。
ステルス塗装をされた機雷はヤマトのレーダーではよほど近距離にならなければ捉えられないだろう。冥王星での戦いのデータから推測したのだから、間違いはない。
ガミラスの技術の粋を集めて生み出されたこのデスラー機雷を切り抜ける道はない。
仮にコントロール機雷を無力化したとしても、個々の機雷は自動的に信管をオンにしてその場で留まるようにプログラムされている。解体できた頃には包囲網は完成し、大型の宇宙艦艇であるヤマトは逃げ出す隙間もないだろう。
ワープもボソンジャンプは封じたも同じ。使用の兆候が見られれば即座に起爆して機雷網全体が吹き飛ぶ。ヤマトとて耐えられないだろう。
人型機動兵器での撤去も考慮して、コントロール停止後はそちらにも反応するよう別の信管も作動するよう設定されていた。
――網にかかった時点でヤマトは逃げ出す術を失っているのだ。
ガミラスの科学力は地球のそれを遥かに凌駕している。外部からの助力を得たとはいえ、根本的な技術力の差を覆せはしない。
たとえ常識を遥かに覆す強力無比で非常識の塊としか言えない宇宙戦艦であっても、例外ではない。
工作部隊の隊長は機雷の敷設作業に成功し、ヤマトがその中に飛び込んだ時点で勝利を確信していた。
あとはヤマトが吹き飛んだことを確認してから、総統に成功の報告を告げるだけでいい。
そうすれば、いまは凍り付いているあの青々と美しい地球は、第二のガミラス本星となる。
――われわれは、生き延びられるのだ。
新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット
第十二話 機雷網と灼熱の星を越えろ!
「艦長。この機雷は前の超大型ミサイル同様、コスモレーダーには映らないステルス塗装を施されていたようです。惑星間航行用の安全装置が反応しなかったら、機雷に突っ込んで起爆させてしまっていたかもしれません」
電算室で部下のオペレーターと共に機雷の解析作業を続けるルリはそう報告した。
……こんなことになるのなら、探査プローブを軌道上に配置しておけばよかったと後悔の念に駆られる。
いや、ガミラスが上手だったのだ。
この環境下では探査プローブを残したところで、恒星から降り注ぐ熱と光であっという間にダメになってしまっていただろう。
(それに採掘作業のために日陰を造って上空への監視が甘くなることすら想定したいたかもしれない……外宇宙での経験値の差が出た、ということでしょうか――?)
やはり油断ならない相手だ。
広大な宇宙空間で単独航海するヤマトにトラップを仕掛けるのは難しい。
その目的地が割れているとしても、どの航路をどのように航行するのかを正確に予測する事は不可能に近いからだ。
だが極力最短距離を進みたいというこちらの心情を読み、かつその航路上にあるめぼしい資源を有する惑星や、どうしても抜ける必要がある宙域に目星をつけて罠を張るのなら、話は別だろう。
冥王星での戦いによる消耗は、ボソンジャンプを駆使すれば地球から少しくらいの支援を受けられると判断できるかもしれないが、単独航海ともなれば常に資源に飢えているという判断を覆すには、いささか旅の序盤過ぎた。
そして波動エンジンが実現する超空間航法――ワープの技術と経験が未熟な地球人が、最初の目的地として最寄りの恒星系を選んでテストをすることも、考えてみれば予測できないほうが難しい。
だから警戒していたつもりだったが――今回はガミラスの掌の上でまんまと踊らされてしまった。
ルリは悔しさに唇を噛んだ。
「ユリカ、接近中の航空部隊に対処しないと。ヤマトが機雷に接触しなくても、敵の攻撃で起爆されたら一巻の終わりだ!」
ユリカはジュンからの進言に大きく頷いた。
自分よりも経験値で勝っているだけのことはある。その対応の早さと肝の座りようは、ナデシコ時代の彼にはなかったものだろう。
「コスモタイガー隊の出撃準備が完了しました! いつでもいけます!」
進からの報告を受けてユリカは両手をコンソールに付けて立ち上が――ろうとして失敗しつつも声を張り上げた。
「すぐに出撃させて!――進はヤマトに残って。もしかしたら、機雷の対処に出てもらうかもしれないから。それと……サテライトキャノンの使用許可をアキトに。余波は心配だけど、あの機体の速力なら余波を考慮しなくて済む地点まで早急に飛び出せるはずだから」
「了解!」
進はすぐにコスモタイガー隊に出撃を指示した。――彼もだいぶ肝が据わってきた。それでこそ自分の後継者だ。
「……真田さん、この機雷網からの脱出は可能だと思いますか?」
「――難しいと思います。機雷の動きから推測すると、機雷全体の動きをコントロールする中央制御装置があるはずです。しかし周辺に艦艇の反応がなく、接近中の部隊が大規模コンピューターを搭載できない航空隊であることを考慮すると、おそらく機雷群の中にコントロール機雷のようなものが紛れているのでしょう。それを止めない限り、機雷はやがて隙間なくヤマトを囲い込み、一斉に起爆してヤマトを吹き飛ばしてしまうでしょう」
真田は淀みなく回答する。
「艦長、機雷の突起から電磁波が放出されているのを確認した。あまり遠くまでは飛んでいないが、これも信管の一種と考えていいだろう。――それにこれまでの交戦経験を考えると、ワープやボソンジャンプで逃げようとするとその兆候を察知して起爆する仕掛けを施していると考えてもいいはずだ。機雷を撤去して道を広げない限り、脱出はできないと判断する」
真田と協力して機雷の分析に当たっていたゴートが補足してくれた。
砲術補佐席は兵器関連のデータが敵味方問わず豊富に収められているし、ゴート自身も従軍経験のある腕利きだ。
その判断は間違っていないだろう。
「なるほど……まず最初にすべきはコントロール機雷の無力化か。――ルリさん、分析できますか?」
進の要望にルリは少しだけ沈黙したあと、
「――それらしい物体を発見しました。ヤマト前方仰角五度方向、右四二度方向に異常電波あり。機雷の信管として機能しているものとは周波数が違います。間違いなくコントロール電波の一種です」
さすがルリちゃん仕事が早い。
進は手短に礼を述べるとすぐにユリカに、
「艦長。俺が行きます。真田工作班長とウリバタケさんを連れてコントロール機雷に接触し、これを無力化したいと考えます」
頼もしい言葉にユリカは即座に許可を出した。止める理由も躊躇している時間もない。
「許可します。アルストロメリアとGファルコンで向かって。大型の作業機械が必要になるかもしれないから」
「了解」、と進と真田がウリバタケに連絡を入れつつ格納庫に全力疾走を開始した。
ほぼ同時刻、事前に発進準備を整えていたコスモタイガー隊が次々と格納庫から飛び出して、敵航空部隊を迎え撃つべく進路を機雷網の外に向けた。
ここは惑星の陰で恒星風の影響を受けにくい。ここなら心置きなく戦えるし、ビーム兵器も射程の減少は避けられなくても使用に耐えうる。
火力の低下もなければ後れを取る理由ない。
アルストロメリアを凌ぐ機動力で機雷網を真っ先に飛び出したのは、アキトのGファルコンDXだ。
敵が機雷網に十分に近づく前に接敵し、早急にサテライトキャノンを使用して敵部隊の頭数を減らすのが彼の仕事だ。
機雷網にサテライトキャノンの影響が及んで起爆してしまわないようにするためにも、最速で突破しなければならなかったのである。
(こうも頻繁に使うことになるとはな……!)
冥王星の戦いから連続して使わなければならないことに良心が痛む。だが流れ弾ですら致命的になりかねないこの状況下で使用を躊躇していられない。
アキトは痛む良心を黙らせて、発射体勢に移行した機体をヤマトに振り向かせた。
――今回は機体を重くしたくなかったのでエネルギーパックを外している。だからサテライトキャノンを撃つにはヤマトからエネルギーを供給して貰う必要があるのだ。そしてリフレクターの受信は正面側からしかできない構造になっているため、こうして振り返らなければならないのだ。
ダブルエックスからの信号を受信したヤマトは、専用の重力波ビームをダブルエックスに向けて照射を開始。
指向性が極めて強く大出力なので、アルストロメリアではあっという間にパンクしてしまうほどの代物だ。
重力波ビームを受信したリフレクターの表面パネルが金色に発光し、変換しきれなかった余剰エネルギーが両腕両脚のエネルギーラジエータープレートから放出され、機体全体が高熱フィールドと、タキオンフィールドに包まれる。
受信開始からきっかり一〇秒でチャージを終えると機体を翻し、敵編隊に砲門を向ける。
「ちっ、対処は考案済みか……」
舌打ちしたアキトの視線の先には、散開した敵航空編隊の姿が映し出されていた。
いかにサテライトキャノンと言えど、照射範囲には限度がある。それを見越してのことだろうが……少々、見込みが甘い。
この武器は波動砲ほど『エネルギー制御が洗練されていないのだ』。つまり――
「散開が甘いんだよ!」
アキトはサテライトキャノンの反動制御に使われている重力アンカーと姿勢制御スラスターの制御をオートからマニュアルに変更、発射と同時に機体を旋回させた。
砲身から放出され、眼前で一門に収束されたタキオンバースト流が直径二〇〇メートルにも達する円柱状のビームと化し、機体制御によって放出方向がリアルタイムで変更されるに追従して、『ビームが振り回された』。その軌跡に沿って敵部隊の半数以上が光芒に飲まれ、消えていく。
ダブルエックスに装備されたツインサテライトキャノンは完成にこそ至っているが、その実まだまだ未成熟なエネルギー制御で運用されている装備だ。
トランジッション波動砲と比較してもエネルギー収束はあまく、無駄に広範囲にエネルギーが広がってしまっている。だから直径二〇〇メートルもの巨大なビームを打ち出してしまっているのだ。
そしてエネルギー量に対して放出口が小さいこともあって、撃ち切るのにも時間がかかる。そのため、こういう無茶なアクションをすることで巨大な剣のように扱うこともできる。機体にかかる負荷は大きくなるが、一回程度なら問題にならない程度の耐久力を、ダブルエックスは持っているのだ。
「先制には成功――あとはリョーコちゃんたち次第か」
アキトはクールタイムに突入した機体をGファルコンの出力で制御しながら、追いついてきた仲間たちの健闘を祈った。
コスモタイガー隊はサテライトキャノン発砲直後で無防備になったダブルエックスのすぐ横を次々とすり抜けていく。
予想以上の威力を見せたサテライトキャノンに浮足立った敵編隊。このチャンスを逃すわけにはいかない、一気に攻め立てて機雷網に接近させないようにする!
「アキトの一撃を無駄にするな! 全機攻撃開始! 間違っても機雷網に向けて発砲するなよ!」
リョーコの檄が飛び、コスモタイガー隊とガミラス航空隊がついに交差。そして――
「リョーコ、こいつら新型みたいだ! 油断してると足元掬われるよ!」
「うへぇ〜、速いよ〜!」
果敢に攻撃するイズミとヒカルも、いままで相対したことのない新型の動きに戸惑いを隠せない。
戦闘機と爆撃機だと判別はできたが、いままでの全翼機より一段上の強さだった。火力もそうだが機動力でも勝っていて、いままでの戦闘リズムでは対処できないのだ。
戦闘機と思しき機体は緑色を基調としていて、機首が横に膨らみ機体後方に主翼のある姿は、地球でエンテ型と呼ばれる戦闘機に似ている印象を受ける。機首に従来機にも見られた高収束タイプのビーム機関砲を主翼と機首に内蔵し、翼下に対空ミサイルを左右四発づつ吊るしている。
爆撃機と思しき機体は紫色を基調とし、機首左右に小型八連装ミサイルランチャーを搭載し、中翼配置の逆ガルウィングの翼下にも大型爆弾と対艦ミサイルらしい装備が多数吊るされている。ガミラスの科学力を考慮すれば相当な大火力だろう。
間違いなく、ヤマトを標的として調整された新型だと判断できる。
「くそっ、アルストロメリアが改良されてなかったらやばかったぜ……!」
コックピットの中でリョーコが毒づく。
真田たちの判断は正しかった。エッジワース・カイパーベルト内で地球と共同で行われた改修によってパワーアップしたアルストロメリアは、この予想外の新型に対して互角の戦いを演じられるほどの性能を獲得していたのである。
改修後初めての実戦に加え、相手が新型であったことから戦闘リズムが狂って面食らうことにはなったが、機体性能は不足ない、十分に食いついていけることが実感できた。
リョーコは右手に握ったラピッドライフルを発射、回避されるがすかさず狙いを着けなおし、新装備の腕部内蔵型ビームライフルを発射する。
腕の武装ユニットから放たれたビームは狙い違わず敵戦闘機の左翼に命中。ダブルエックスのライフルのように一撃で吹き飛ばすには出力不足であったようだが、十分な手傷を負わせることには成功している。
続けて左肩に追加装備しておいたハイパーバズーカをサブアームを介して左手に握らせて速やかに発射、動きの鈍った敵戦闘機にとどめを刺す。
「いけるぜ……! 真田とウリバタケの仕事は確かだ!」
「同感! 腕前じゃあこっちだって負けてないよ!」
隣のイズミ機がレールカノンを撃ちかけつつ拡散グラビティブラストも活用して攻勢にでた。
「そうそう、地道に改良を重ねて強くなっていくのだって、ロボットもののテンプレートにして偉大なるお約束なんだから!」
ヒカル機は脚部追加スラスターを展開して瞬間的に全力噴射、敵機の攻撃を錐もみに回避しつつ、右肩に備えたロケット砲から砲弾を撃ち放ち、Gファルコンからもミサイルを発射、敵機の回避行動に合わせてライフルを撃ちかけていた。
地道な強化を繰り返したコスモタイガー隊は数で勝るガミラス航空隊と一進一退、まったく互角の戦闘を繰り返していた。
機雷網に一発の流れ弾を出すまいとするが故に行動が制限されていたが、そんな不利を感じさせない勇猛さで迎え撃つ。ガミラスの航空隊も機雷網に向かう余裕を見出せないのか、コスモタイガー隊が釘付けにできている。
――そこに機体の冷却を終えて戦闘可能になったGファルコンDXが、収納形態の姿で追い付いた。
「おまたせ! 戦線に復帰する!」
新型相手に善戦している仲間たちに加勢すべく、アキトはダブルエックスを操った。
この中で最も脅威と認められているGファルコンDXの突撃に、ガミラス航空部隊は優先して戦力を割こうとしている様子だったが、コスモタイガー隊の仲間たちがそれを許さない。
「やるぞ! ダブルエックス!」
敵陣に突っ込むと同時に機体を翻し、人型の展開形態に姿を変えたGファルコンDXは、右手に携えたエステバリスの大型レールカノンと左手の専用バスターライフルを腰だめに構えて連射、そこにGファルコンのAパーツの大型ビーム機関砲、Bパーツのミサイルと拡散グラビティブラストを合わせて弾幕を形成する。
――やはりそうだ。敵新型機は恐るべき性能を有していたが、GファルコンDXの性能は圧倒的に優勢であることが伺える。
敵は基礎技術力で勝っているとはいえ、慢心がある。ユリカから聞いた話では、ガミラスにとって人型機動兵器というのは過去の産物でお遊びに近いものらしい。それに加えて開戦当初の圧倒的優位から来る印象が加われば、そう簡単には意識を変えられないだろう。
それにあの新型機。おそらくヤマトが思った以上に手強いと判断したからこそ投入してきたのだろうが、その運用思想に、仮想標的に、十分な性能を持った人型機動兵器というものは含まれていないのだろう。だから付け入る隙がある。
(イスカンダルのおかげで生まれたこの『ガンダムダブルエックス』は、星間戦争の舞台でも戦えるだけのスペックがあるんだ!)
アキトはGファルコンDXのスペックを活かして敵陣に喰い込み、その圧倒的な戦闘力で一気に戦局をコスモタイガー隊優位に傾けた。
Gファルコンの兵装は高速戦闘時の命中精度と威力を両立すべく搭載された大口径ビーム機関砲と拡散グラビティブラスト。ビーム機関砲での牽制から繋げられる重力波の散弾のコンビネーションは、宇宙戦闘機でも対応し辛いだろう。それに加え距離の近い敵には左手に握ったビームジャベリンのリーチを活かして突き刺し、切り裂く。
瞬く間に五機を撃墜せしめたGファルコンDXは、振り向きざまに背後から奇襲しようとした敵機に対応すべく頭部を巡らせた。
「――余計だったかな?」
「いや、そんなことはないさ」
アキトが対処しようとした敵機は、月臣のアルストロメリアが爪を突き立てて始末していた。
二本に減った爪で敵機のフィールドと装甲を貫き、密着状態で内蔵型ビームライフルを撃ち放って撃墜。なかなかに容赦のない攻撃だった。
並び立った二機目掛けて爆撃機がミサイルを放つ。散開して回避しつつ、アキトは敵の頭を押さえるべくコンソールを操作して武装の設定を変更し、右操縦桿のトリガーを引く。
Gファルコン両翼の拡散グラビティブラストから、散弾の雨が放たれた。アキトは機体を旋回させながら散弾の雨を敵編隊に浴びせかける。
通常拡散グラビティブラストは、ショットガンのように数発の散弾を一回放出するだけ発射方式を採用している。エネルギー効率の問題だ。だがダブルエックスと合体した場合は出力に余裕があることに目を付けたウリバタケが、作業の片手間にダブルエックスと合体する機体にのみ、新たに拡散放射モードを設定し、試験運用していたのだ。
エネルギー消費は相応に激しいが、より効率的かつ持続的に面制圧が望める利点は大きかった。
事実ほとんど狙いを付けない威嚇射撃に近いにも関わらず、命中したら即撃墜の攻撃に回避に徹さざるえないガミラス航空隊は、その連携を乱しているではないか。
こうなればしめたもの。コスモタイガー隊の怒涛の猛攻が展開され、ガミラス航空部隊は瞬く間に追い込まれていった。
――結局今回の戦いは、コスモタイガー隊の完勝と言える結果に終わった。ガミラス戦開始以来の快挙と言える勝利であった。
形勢不利と見た敵機が二〇機ばかり這う這うの体で逃げ出していったが、無理してすべて叩き落す必要はなく、見逃すことにした。
こちらもまったく無傷というわけではない。損傷は全機軽微ではあったが、深追いして傷を増やすのは馬鹿らしいし限りだ。今回は、連中の鼻を明かせたことでよしとしよう。
リョーコは現宙域で警戒することを命じて四方に目を凝らすように促した。増援が来ないとも限らない。
そう指示を受けたアキトは例によってサテライトキャノン用のスコープを起動して、光学観測も交えた長距離探査を実施した。
敵機が逃げていった方向、スコープで観測できるギリギリの距離に甲板を四つも重ねた見慣れぬ空母が三隻(緑、青、紫)存在するのを確認した。
艦の一部が焦げたり溶解しているように見えるのは、もしかしなくてもサテライトキャノンが至近をかすめたのかもしれない。
(――そう言えば、最大射程は約三八万キロにも達するんだったな)
アキトは無自覚に敵の母艦に対しても打撃を与えていたことを知った。ということは――思ったとおり、空母は生き残りの航空隊を回収すると早々にワープで撤退していった。
コスモタイガーが激戦を繰り広げているなか、ヤマトは機雷網の中で少しでも触雷を遅らせるための努力を繰り広げていた。
「微速前進〇.五。左前方の機雷の隙間に入り込んで」
「了解。微速前進〇.五」
大介は補助ノズルの推力を絞ってヤマトを低速で前進させる。ユリカの指示どおり、比較的隙間の広い空間にヤマトの巨体を捻じ込んでいくことで、一秒でも触雷を遅らせるべく苦心していた。
ただ前進するだけでなく、艦を一桁単位の数字でロールさせ、数十センチ単位で水平移動、ときには一桁単位、場合によってはコンマ単位で艦を動かしてとにかく機雷の間隙を縫う精密操舵を続ける。
そうやって三〇分近くも大介はヤマトを機雷の脅威から護り続けた。航法補佐席のハリも電算室のルリと協力して、機雷の動きからヤマトが捻じ込める空間を必死に算出してフォローしてくれているからこそ成しえた神業だ。
その情報は艦長席のユリカも受け取っていて、時に完全に大介の技量頼み、針の穴を通すような操舵を指示して、ただでさえ冷や汗で濡れている大介の顔に汗を追加注文する真似をする。
(ちくしょう……! なんて無茶な操縦をさせるんだ!)
内心愚痴をこぼしながらも、大介はそれに見事に応え続けた。機雷の動きは自爆を避けるためか緩やかだったのも幸いした。
それでも、限界は自ずと迫ってくる。もうこれ以上はヤマトを動かすスペースが確保できない。
「島、気を付けろ! 左舷の機雷に接触寸前だ!」
砲術補佐席からも機雷の動きを監視していたゴートの警告に、大介はすぐに艦を右側に倒してギリギリのところで接触を回避した。――危うかった。
「艦長! これ以上は限界です!」
思わず挙げた悲鳴にユリカは、
「大介君なら大丈夫! 必ず耐えられるよ!」
丸投げとも取れる声援を持って応えた。
大介の額に青筋が浮かぶ。だが反論している余裕はない。よそ見もしていられない。ひたすら計器と睨めっこして機雷を躱し続けなければならない地獄の時間が続く。
(古代、真田さん、ウリバタケさん、早くしてくれぇ〜!)
大介は心の中で撤去作業に向かった三人に泣きついていた。
そんな大介の悲鳴を聞き届けたかどうかは定かでないが、進たちはコスモゼロとそれに合体した複座仕様のGファルコンを駆り、機雷の間隙を駆け抜けながらようやくコントロール機雷を発見することに成功していた。
進は速やかにコスモゼロからGファルコンを分離させ、無線制御での操縦に切り替えつつコントロール機雷に横付けさせて待機させる。
機雷の解体にコスモゼロの力が必要だとするのなら、重心バランスを狂わせるGファルコンは邪魔でしかないので速やかに排除しなければならなかったので、ふたりを届けるついでに排除したのだ。
Gファルコンが無線制御で横付けされたのを確認すると、真田とウリバタケは速やかに行動に移った。
「よしこれだ! 解体作業を開始するぞ!」
船外作業用の宇宙服に身を包んだ真田とウリバタケが手持ちの工具を確認。――準備よし! Gファルコンのコックピットから飛び出す。
「ルリ君、解析作業を手伝ってくれ!」
宇宙服の通信機で真田が呼びかけると、ルリはすぐに「了解」と応じる。
要請を受けたルリはIFSボールに置く手を直して気合を入れなおす。
「オモイカネ、コントロール機雷の解析を始めますよ」
ナデシコ時代からの相棒はすぐに応えてくれた。
以前アキトが冥王星基地の兵士から強奪してきた端末機器の解析もあり、理解を深めたいまのふたりなら、この程度の規模の機器ならば解析できるはずだ。
真田が届けてくれる情報を頼りにコントロール機雷を丸裸にしていく。まだシステムを掌握するにはデータ不足であったが、ハードウェアの解析をするには足りている。
「――解析終了。結果を転送します」
ルリはやり遂げた。小さな――だが辛酸をなめ続けてきたルリにとっては大きな成果であった。
「よし! 古代、その突起を外してくれ!」
解析結果を受け取ったウリバタケはすぐに指示を出す。進もすぐに応じて機体をコントロール機雷に取り付かせ、突起を慎重に捻って取り外す。すると本体と繋がったコードがこぼれ出て、進が悲鳴を上げているのを通信越しに聞く。
気持ちはわかる、と思いながらもウリバタケは真田と一緒に開口部から内部に入り込み、解析データを基にハードウェアを次々と解体し、コアモジュールを取り出して機能を停止させる。
「よし! 解体終了だ!」
変化はすぐに表れた。コントロール機雷からの信号を失った機雷が動きを停止して、信管となる電磁波の放射も止めたのだ。
おそらくコントロール機雷にトラブルが生じた時のためのスタンドアローンモードになったのだろう。コントロール機雷に全体のコントロールを依存していた機雷なので、機雷同士の接触による暴発などを防ぐため、コントロールを失ったあとはその場に停止して動かないようにと予め設定されていたとみて、間違いはないだろう。
というルリの報告でジュンも胸を撫で下ろした。ヤマトが動かない限り、機雷が爆発することはないだろう。――あとはどうやって撤去するかだ。
「接触信管が解除されているかどうかは確認が取れていませんので、アルストロメリアに撤去させるのはリスクが高いと思われます」
ふむ。ルリの言葉にジュンはコスモタイガー隊に撤去要請を出そうと通信スイッチに伸ばした手を止め、腕組みして悩みだした。さて、ほかになにか効率的で安全な方法は――
「工作班と手の空いてる戦闘班のみなさぁ〜ん! 艦長命令です! すぐに船外作業服を着て『素手で』機雷の撤去作業を始めてくださぁ〜い!」
一切の相談もなく、ユリカは唐突な命令を出した。ジュンもそうだがゴートも目を剥いて反論する
「す、素手でか!?」
「無茶だよユリカ!?」
だがユリカはどこ吹く風と言った感じで涼しい顔をしている。
「え? 宇宙戦艦用に作られた機雷に人間が触れたって起爆しないでしょ? 信管の感度は知らないけど、普通は大型船舶とかと接触して初めて機能するように設定しない? だって宇宙っていろいろ飛び交ってたりするんだし、人間程度でも反応する感度じゃ、信管入れた瞬間にドカァンッ! でしょ?」
……言われてみればそうだった。実際人類が作った機雷や地雷の類も、目的とした対象に合わせて信管の感度を調整するものだ。なんだ、いつもの突飛な発想じゃなくてちゃんと考えてたのか。
「それに、ガミラスって科学技術の凄さを誇ってる節があるし、超原始的な人力作業で撤去することまでは考えてないよ。逆に艦載機で動かすことは――存在を知った時点で対策されてるだろうけど、ね?」
妙に自信ありげなユリカの態度は不思議だが、たしかに地球も科学技術の発展に伴って人力作業を機械に置き換えてきた歴史があり、ヤマト以前の最強の艦であるナデシコCですら、それを逆手に取った掌握戦法を行使できるからこそ猛威を振るったのだ。地球以上のガミラスならそのような考えに至っても不思議はないかもしれない。
「なるほど――なら話は早いな。艦長、俺も行って撤去してくる」
ゴートも自ら機雷撤去作業を手伝うべく第一艦橋を飛び出していった。
ヤマトのエアロックや搭乗員ハッチから次々と工作班と、今回まったく出番がなかった砲術科の面々、さらに手の空いている部署から志願したクルーが飛び出して行く。
最初は恐る恐るだったが、人間が接触しても機雷が起爆しないとわかるとすぐにコツを掴み、電算室からの指示に従って順序よく航路上の機雷を取り除いていった。
機雷撤去が進む中、作業の邪魔にならないように迂回しながらコスモタイガー隊が次々と帰還する。
ほとんどの機体が傷を負っていたが、大きな損傷を受けることも脱落者も出すことなく、戦いに勝利して凱旋してくるコスモタイガー隊。
サテライトキャノンで半分吹き飛んだとは言え、八〇機以上の新型機と正面から戦わざるをえなかったのだが、順当にパワーアップを遂げたコスモタイガー隊は数の圧倒的不利を覆す大戦果を挙げて帰還してきた。
まぎれもない、快挙であった。
コスモタイガー隊が帰還してしばらくすると、ゴートから機雷撤去完了の報告が届く。艦長として作業に参加した全員に労いの言葉を贈るユリカ。
なかなかにスリリングな戦いであったが、どうやら今回もヤマトが勝ちを拾ったようだ。
ヤマトはクルーが人力で抉じ開けた間隙をゆっくりと潜り抜け、ついでに貴重な資料としてコントロール機雷と撃破した敵新型艦載機の残骸(しかもパイロットが投げ出された関係でコックピットも含めて原形を留めた貴重品)をちゃっかり回収しつつ、機雷網から距離を置く。
――そして、
「第三主砲発射!」
「はい! 第三主砲発射!」
ユリカの号令に、進はそれはもう嬉しそうに応じた。
標的はもちろんさきほどまでヤマトを散々苦しめてくれた宇宙機雷網である。
第三主砲から放たれた重力衝撃波は機雷網に飛び込み、射線上の機雷をいくつも破壊して爆発させる。
当然誘爆、機雷網全体が大爆発する結果となった。
「た〜まや〜!」
「か〜ぎや〜」
ユリカの言葉に悪ノリしたルリが同調し、その光景を展望室で、あるいはウィンドウを通して目の当たりにしたクルーが拍手を送る光景にユリカもすっきりした気持ちになった。
……ただ、
「あや!?」
思った以上に爆発の規模が大きかったことは誤算だった。被害こそ受けなかったが、爆炎にヤマトの姿が飲み込まれてしまったのである。
(ば、爆発オチってギャグマンガじゃないんだから……! 調子に乗り過ぎた!)
機雷の威力をどこか見くびっていた自分を咎めるユリカ。同時に万が一にもあの機雷網の中いる時に起爆していたら――と考えると、いまさらながら肝が冷える思いであった。
機雷群に囚われてから一幕を漏らさず捉えたガミラスは、予想されてはいたが現実のものになるとは思っていなかった光景に唖然としていた。
いくつものリレー衛星を介して実現している超光速通信よってほぼリアルタイムで中継されたその光景を見届けたデスラーは、静かに口を開いた。
「――タラン」
「は、はい総統」
「近頃物忘れをするようになってね。あの機雷の名前はなんと言ったかね?」
「……はっ、総統の名前を賜って、デスラー機雷と……」
本当に申し訳なさそうに告げるタラン。
大ガミラスの指導者であり顔と言うべきデスラーの名を貶めるような真似は、命をもって償わなければ……。
そう口にしようとしたタランを片手で制して、デスラーは笑みすら浮かべて笑う。
「恐れ入った。まさか宇宙機雷を人間の手で取り除こうとはね……ガミラスの科学の粋を凝らしたデスラー機雷でも、そんな原始的な手段にまでは対策を施していなかった。まったく、野蛮人の素朴な発想には学ばされるじゃないか」
口ではそう言うデスラーだったが、内心ではいままで以上にヤマトの評価を、その最高責任者であろう艦長の評価を上げていた。
(おそらくなんの考えもなしにあのような手段を取った訳でない。われわれが地球よりも優れた科学力を有し、それを誇っていると見抜いたからこその選び取った選択。盲点だった。人力などという前時代的な手段のことなどなにも考えていなかった)
直観的にミスマル・ユリカの考えを見抜き、ますます笑みを深くする。
程度の低い内紛を起こすような未熟な文明と見下していたが、なかなかどうして、見所のある連中がいるじゃないか。
ガミラスの文明の特徴を、限られた情報から見抜いてぶっつけ本番にも怖気ず行動する胆力。
どのような障害にぶち当たっても知恵と勇気をもって打ち破り、目的を完遂しようとする使命感。
わがガミラスの兵達にも勝るとも劣らない、実に清々しい連中ではないか。
しかし――。
(それだけの知恵と実力持ちながら、なぜ最後にあのような迂闊な真似をしたのだ? ミスマル・ユリカ……スターシアをも動かした人物にしては迂闊に思えるが……)
脳裏を過るのは爆炎に飲まれたヤマトの姿。
デスラーはてっきりスターシアすらも動かしたミスマル・ユリカという人間はさぞかし人ができていると考えている。それに加えこれほどの戦いを見せるのだから、さぞかし理知的な女性でもあるのだろうと思っている。
――もしかして、自分の抱いている人物像は間違っているのだろうか。
デスラーは悩んだが、いまはヤマトへの対策を考え実行するときだ。個人的な探求は後回しにして、相当としてみなを率いることが求められている状況だ。
「さて、ヤマトの最期が見られなかったのは残念だが、さっそく次の作戦の準備に入るとしようじゃないか。偉大なわが大ガミラスが、策のひとつやふたつ破られたくらいでどうにかなるものではないと、改めてヤマトに教えてあげようじゃないか」
デスラーの言葉に冷や汗を浮かべながら、将校たちは次の作戦の披露を待っている。最高指導者たるデスラー直々の作戦立案だけあって、誰も口を挟もうとはしない。
「タラン、ヤマトの現在位置からイスカンダルまでの航路を計算した場合、次の目的地は赤色超巨星のベテルギウスと推測されるんだったね?」
デスラーの問いにタランはよどみなく答える。
「はい総統。ヤマトはプロキシマ・ケンタウリへのワープで、短距離の恒星間ワープテストを成功させています。となれば、次にヤマトが目論むのは長距離の恒星間ワープテストであることが容易に予想できます。イスカンダルへの航路を考えると、プロキシマ・ケンタウリから約六三八光年ほど離れたベテルギウスだと推測されます。このベテルギウスは赤色超巨星であり、地球の太陽半径の約九五〇〜一〇〇〇倍の大きさを誇り、同時に強力な重力場を有しています。ヤマトのワープ性能の詳細は不明のままですが、仮にわれわれと同等であったとしても、この恒星を航路上に置いては飛び越えられるはずもございません。進路に変更がない限り、ヤマトは必ずベテルギウスでワープアウトします」
断言するタランにデスラーも頷く。ワープ航法は実に繊細だ。ガミラスのように全力であれば数万光年もの距離を一息に跳べるワープであっても、これほどの大物を飛び越えるのは自殺行為だ。
素直に迂回路を設定するか、手前でワープアウトして安全なルートを再計算する必要がある。
「そこで、われわれはこのベテルギウスの周囲に磁力バリアを設置した。ヤマトの機関出力が波動炉心六つ分だとしても、このバリアを力尽くで突破することは不可能だ。バリアに接すれば、磁力の影響で計器類も狂ってまともに動けないだろうしね。だが、このバリアはベテルギウスに面した一角だけ意図的に開けられている。そこにヤマトを誘い込む」
デスラーは言葉を区切ってタランに目配せ。頷いたタランがある実験室の様子をモニターに映し出した。
「こちらをご覧ください。これはガミラスの開発局が偶発的に開発した、ガス生命体です」
モニターには時折赤い電を生じる黒色ガスを封じたカプセルの姿が映し出されていた。そのガスに向かって赤いレーザーが放たれると、ガスの総量が急激に増えて活性化するではないか。
続けて金属片がガスに向かって放り込まれる。するとガスに触れた金属片が瞬く間に誘拐するかのごとく分解され、ガスに吸収されていく。そしてまたしてもガスの総量が増加して、活動が活発化していく。
「このガスは物質のエネルギーを吸収して成長する特性があります。このガスを封入した魚雷を、すでに作戦のため待機させているガンツの艦に渡してあります。ヤマトがバリアに接触すれば、付近に忍ばせたミサイルポッドからミサイルが発射され、ヤマトを煽り、運がよければ傷つけることができるでしょう。ミサイル発射を確認次第、ガンツの艦からこのガスを収めた魚雷が発射されます。このガスはより大きなエネルギー源であるヤマトに自ら食らい付いていくでしょう。ヤマトの武装ではこのガス生命体になんの痛痒も与えられない以上、このガスから逃げるためにバリアが開いている唯一の方角――ベテルギウスに自ら向かっていくしかありません。そうすればヤマトはベテルギウスのコロナの中を突き進むことを余儀なくされます」
おおっ、と称賛の声が漏れ聞こえる。だが策はこれで終わりではない。
「仮にガス生命体がベテルギウスに惹かれて飲まれたとしても、追撃するガンツに追い立てられることになる。ベテルギウスのコロナの中を進めばプロミネンスも障害となる。重力に逆らうために高速で駆け抜けなければならないヤマトだ。進路を塞がれて避けられない局面に遭遇することもあるだろう……だがタキオン波動収束砲でプロミネンスを吹き飛ばして進路を開こうとしても、ガンツの追撃を受けては無防備にエネルギーを充填できるはずもない。――ヤマトを待つ運命はただひとつ。ベテルギウスに飲まれて燃え尽きるのみ、というわけだ」
自然を上手く利用した奇策に、将軍たちが唸るのが聞こえた。
おそらくほとんどの将校が勝利を確信したであろう。
だがデスラーは違った。深い笑みを浮かべながら思う。
(さあヤマト、救国の戦士たちよ。私と君たち、どちらの想いの強さが勝るか、勝負しようではないか。……万が一にもこの罠を突破したのであれば、私は君たちに最大限の敬意を表し、私が切れる最高の手札をもって、君たちを推し量ろう。わがガミラスが誇る宇宙の狼――ドメル将軍によって。彼を通して、君たちを見定めさせたもらう。母なる祖国の命運を掛けて)
デスラーはいつしかヤマトのことを認めていた。自分でも気づかないうちに、ヤマトをただの敵・障害物とは見做せないでいるようになったことに、いまさらながら気づかされた。
――ヤマト。母なる星ガミラス。そして気高き隣人イスカンダルをも救う力を持つ、最大の敵。
彼らをどうするかで、ガミラスの命運は決する。デスラーは確かな確信を得ていた。
デスラー機雷の脅威から逃れたヤマトは、次の経由地であるベテルギウスに向けた大ワープの準備を行っていた。
幸運なことにプロキシマ・ケンタウリ第一惑星での活動や、その後の機雷網での攻防を含め、ヤマトもコスモタイガー隊も大きな被害を受けずに済んだ。
まったくの無傷とはいかなかったが、それでも一方的に負けていたガミラスにとうとう互角の戦いを――それも新型機相手に行えたという事実は、コスモタイガー隊のパイロットはもちろん、改修作業を繰り返したウリバタケにとっても喜ばしく、誇らしいことであった。
「まさかここまでやれるとは――感慨深いですね、ウリバタケさん」
改良の成果を直に見たいと第一艦橋から足を運んだ真田が、整備作業を指揮するウリバタケにそう声を掛けた。
「……だな。ようやっとダブルエックス以外の連中も対等に渡り合えるまでになったか……改修内容には自信があったけどよ、こうやって実際に目の当たりにすると、頑張ってよかったって思えるよな、真田」
ウリバタケも感慨深そうに帰還したアルストロメリアを眺める。
二六機もの巨人たちは細かな傷をあちこちに作っていたが、五体満足、大けがもなく帰ってきた。資料映像で見た、惨敗して碌に帰ってこれない、帰ってきてもズタボロであったかつてのエステバリスたちとは真逆の雄姿に――そして自分たちの努力の成果として、生きて帰ってきたパイロットたちの姿に涙がにじむ思いであった。
「――ええ。ですが、喜んでばかりもいられません。イタチごっこにはなりますが、こちらの戦力強化を向こうが知った以上、さらなる対策を考案していかなければ――」
真田の言葉にウリバタケも頷く。しかし――
「――前に観た大昔の特撮のセリフにこんなのがあったな。『それは血を吐きながら続ける、悲しいマラソン』だって。超兵器を含めた兵器開発の競争に対する皮肉だったが、まさか自分がその渦中に身を投じることになるたぁなぁ。――艦長の波動砲に対する考えも含めて、やるせない気分になってくるぜ」
つい吐露してしまった言葉に真田も静かに、そして強く頷く。
結果的に自ら関わった兵器開発とその整備。避けようがない競争の歴史。
物事の進展には欠かせない競争。
いまはただ、虚しさを感じた。
「――さて、暗くなっててもなにも進展しやしねぇ。修理作業だけど、回収した敵の新型の解析も大事だな。敵の性能が少しでもわかれば、付け入る隙を見つけられるかもしれねぇしな」
「そうですね……。ルリ君にも手伝いを頼みましょう。――ルリ君、鹵獲した敵新型の解析作業について相談があるのだが……」
真田がさっそくルリに連絡を取ると、準備万端と待ち構えていたルリがすぐに承諾してくれた。
「私もオモイカネも準備万端です。いつでもどうぞ」
ルリも散々辛酸を嘗めさせられたからだろう、後方にいたウリバタケや真田とはまた違った熱意を感じさせる。十中八九ユリカの体調も絡んでいるのだろうが、彼女も無茶を重ねているように感じて、その成長を見てきたウリバタケも心配を隠せない。
「ウリバタケさん、解析作業もそうですが、エックスの完成はいつ頃になりそうですか? エアマスターとレオパルドはまだまだだとしても、エックスを投入できるようになれば、もう少し戦力に余裕を得られると思うのですが?」
「あとひと月もあれば投入できるはずだ。急いではいるが、急ぎ過ぎて詰めを誤ると取り返しがつかねぇからな」
ウリバタケは格納庫の一番隅で組み立て作業を続けられているエックスに視線を送りながら答えた。
フレームはほとんど組みあがっていて、あとは装甲やらスラスター、ジェネレーターに各部コンデンサー(エネルギーコンダクター)の取り付けと調整に、装備一式の調整を終えれば実戦投入可能になる予定だ。
今回はサテライトキャノンはもちろんほかに多種多様な武装ユニットを製作して換装するというプランもオミットして開発しただけあって、思ったよりも順調に進んでいる。
……この装備なら、役に立つはずだ。
「エアマスターとレオパルドはルリルリの言うとおり、まだまだ先になる。こっちはおおよその設計が終わっただけで、部品の生産もそうだが、細部の詰めが甘い。地道に続けてはいるが、順調に航海が進んだとしても、バラン星までに間に合うかどうかってレベルだ。最悪完成は諦めてダブルエックスとエックスの予備パーツとか強化パーツへの転換も視野に入れないといけないかもな」
「そうですか……難しい問題ですね。データ上のシミュレートでよろしければ私もお手伝いしますが?」
「必要になったら声を掛けるよ。真田だってそっちの方面だったら頼りになるし、それよりもルリルリにはチーフオペレーターとしての仕事に専念してもらいたいからな。――あんまり無理すんなよ。艦長だって、無理して倒れるルリルリは見たくないだろうしな」
「……善処します。それでは、解析作業を開始するときに声を掛けてください、待機しています」
ルリはそれだけ言うと通信を切った。ウリバタケはなんとなく釈然としない思いを抱きながらも自分の仕事に戻ることにした。
真田も修理作業の指揮をウリバタケに任せて新型機の解析作業の準備を進めている。
(さて、縁の下の力持ちとして、頑張るとするかねぇ)
ウリバタケは肩をぐるりと回して気合を入れなおした。
それから一〇時間ほど経過した。
さらなるガミラスの罠を懸念し、艦載機の修理作業を完全に終わらせたほうがいいと考えられたため、ベテルギウスへの大ワープの予定がやや繰り下げられていた。
航路が敵にばれているのは確実と確信しているユリカは、できるだけ万全な状態を維持したほうがいいと航海班と工作班に理解を求め、ヤマトを万全な状態にするため、特に新たに手に入れた金属資源での改修箇所全般の調整に時間を割くことにしたのだ。
もちろん鹵獲した新型戦闘機とコントロール機雷の解析の時間も設けられ、作業を担当していた真田とウリバタケとルリは、その成果をユリカに報告すべく第一艦橋に揃っていた。
「艦長、コントロール機雷と敵新型戦闘機の解析を完了いたしました」
「ご苦労様です。それで、なにか成果は上がりましたか?」
こういう言い方はプレッシャーになるかとも思ったが、嬉々とした表情を見る限りでは問題なさそうだと思えた。実際、その直感は間違いではなかったようだ。
「はい艦長! まず最初に私から報告です。……ごほんっ! コントロール機雷の制御システムを解析したことで、リフレクトディフェンサーやアステロイド・リングの制御プラグラムの改良に使えそうなコマンドをいくつか発見することができました。これからはより小さな負担でより自由なコントロールが望めるようになると思います。もちろん、なんらかの事情で私が制御を請け負えない場合でも、いままでよりもずっと高精度なコントロールが可能になりはずです。すぐにでも作業に入りたいと思っているのですが、どうでしょうか?」
胸を張って報告するルリは自慢げそうだった。彼女がこんな表情を見せるのは珍しいと思う反面、ヤマトの航海に対する意気込みを感じさせる。
――彼女に隠し事をしなければならないのが、少し堪えた。
「かまわないよ。でもその前に休憩を忘れないでね」
「はい」
ルリの報告が終わったら、次は真田とウリバタケの番だった。
「それと敵新型の解析結果ですが、ガミラスも戦闘機には小型相転移エンジンを採用していたことが判明しました。使われていた技術や部品のいくつかはわれわれでも使えそうなものでしたので、これを組み込むことで小型相転移エンジンの出力や安定性の強化が図れそうです」
「それはありがたいですね。エンジン出力に余裕が生まれれば、火力や機動力にも回せますしね」
「おう! 期待しててくれよ艦長!」
自信たっぷりのウリバタケに「期待しています」とエールを送る。
兵器の開発競争は正直辟易ものだが、それでみんなが生き残れるというのなら――。
(あ……)
ユリカは軽いめまいを覚えた。機雷原を突破してからどうにも体調が優れないが、これはもしや――。
(――ナノマシンの浸食が、また進んだみたい……そうだよね、結構ストレスだって溜まるし……)
状況は芳しくない。これから先ますます状態が悪くなる。だが、弱音を吐くわけにはいかない。
(私は、宇宙戦艦ヤマトの艦長なんだ! 沖田艦長だってきっと、このくらいの苦難は越えてきたはず!)
詳細はわからないが、どうも最初のヤマトの航海の時、沖田艦長が病気を――それも死に至る病を患っていたことだけはわかっている。進を艦長代理に任命したのもそれが原因だと、前後の状況から推測できる。
でも、まだこの世界の進には早い。なんとしてでも、その時まで耐えなければ。
それからしばらくして、コスモタイガー隊の修理完了に加えヤマトの改修箇所の調整も終え、予定よりも四日ほど遅れを出してしまったが無事ベテルギウス近海へと大ワープを成功させていた。
改修の恩恵もあるのか、六〇〇光年を超える大ワープをトラブルらしいトラブルもなく実行できたことで、運行責任者である大介の表情も明るかった。
安定翼の改装は効果的だったようだと、真田もウリバタケも大満足しているようだったという。
ヤマトが接近したベテルギウスはオリオン座α星とも言われ、おおいぬ座のシリウス、小犬座のプロキオンと共に冬の大三角形を形成していることで著名な星だ。
大きさは太陽系の中心に置いた場合、木星の公転軌道近くにも達すると言われる大物で、質量は太陽の約二〇倍にも達するという。
赤色超巨星であるベテルギウスは、言うなれば星としての寿命を終える寸前の末期の状態にある。
この状態は安定した水素の核融合を終え、水素の核融合で生まれたヘリウムによる核融合を開始して外層が膨張し始め、表面の温度が下がったことで形成される。
質量が十分に大きいとそこからヘリウムの核融合も開始される。さらに中心核ではヘリウムが炭素に変わる核融合も発生し、窒素、酸素、ネオンと言った順に重い元素が形成され、最終的に鉄に変換されていき、鉄の中心核とそれを取り巻く元素の層が形成されるとされている。
ここからさらに状態が進むと『超新星爆発』と呼ばれる星全体が吹き飛ばされる爆発現象を引き起こすとされていて、このベテルギウスは脈動偏光を起こすほど不安定な星であるため前述のとおり寿命が近いと考えられ、この現象を観測できるであろうモデルケースとしても注目されていた(一部からはとっとと爆発しろ、などという不謹慎な発言があったと言われているほどらしい)。
また、ベテルギウスが超新星爆発を起こした場合についての地球への影響も過去に散々議論されていた。
というのも、この超新星爆発によって生じる現象のひとつに、『ガンマ線バースト』と呼ばれる大量のガンマ線が放出される現象があるとされているのだ。かつてはそれが地球に直撃することが懸念されていたのである。
もしも本当にその懸念が現実のものとなれば、オゾン層が破壊され、地球生命に甚大な被害が生じるとも言われていた。
近年の研究ではガンマ線バーストに恒星の自転軸から二度の範囲で指向性があることが判明し、ベテルギウスは観測の結果自転軸が地球から二十度ずれているため直撃の心配はないとされ、また距離の二乗に反比例してガンマ線の強さが弱まることから、多少の影響はあっても大事には至らないだろうとも言われている。
ヤマトはいま、ベテルギウスの放つ光に照らされて朱に染まっていた。
恒星にかなり近い位置にいるため、減光フィルター越しでも艦内に相当な光が飛び込んでくることが予測されたため、それを防ぐため予め防御シャッターがすべて降ろされた状態でワープし、ベテルギウスの様子はすべて光学カメラを含めた外部センサーが捉えたものを、スクリーンと化した窓とメインパネルに映し出すことで見ていた。
「ほへぇ〜。おっきいねぇ〜!」
能天気なユリカの率直過ぎる感想にルリは思わず苦笑してしまう。だがみな同じような感想を口にしていたし、自分だってそうだった。――つい先ほどまでは。
受難の時間はワープ明けしてからわりとすぐに訪れたのである。
「――というわけで、ベテルギウスは木星の公転軌道直径にも届かんばかりの超巨星というわけなのよ。ルリちゃん、フィルターを通した映像を見せてあげて」
案の定、即座に湧いてきて上機嫌で説明を続けるイネスの要望に疲れた顔で応じる。
すでに観測データを超特急で解析させられ、要望に応じて何度も何度も形を変えて表示する作業に従事させられている。
電算室にいる部下に航路探査のため降りて来ているハリ、そして手伝いに来ている雪はウィンドウ越しに実に申し訳なさそうな顔をしているが、イネスの相手はルリに任せきりにして自分の仕事に精を出している。――だれかたすけてよ……。
「あれ? 太陽みたいに完全な球形じゃないのですか?」
ラピスが疑問の声を上げる。
フィルターを掛けられ、単なる光の玉から恒星特有のなんとも形容しがたい表層が見れるようになったベテルギウスだが、太陽のように真球に近い形ではなく、大きなこぶ状のものをもった形状であった。
「それはガスが恒星表面から流失して表面温度が不均一になったりして、星自体が不安定な状態にあるからだと考えられるわ。この形態にあるということは、星としての寿命も近いということであるし」
「それじゃあ、いまこの瞬間にもドカァ〜ン! ってこともあり得るってことですか」
イネスの回答に不安を感じたユリカが尋ねると、「ありえるわよ」とにべもなく答えるイネス。おい、空気が重くなったじゃないか。
「いまのところそれらしい兆候は見られませんからたぶん大丈夫だと思いますよ」
見かねてフォローするのだが、
「あら、恒星の研究――それも超巨星なんてまともに解析されているとは言い難いのよ。私たちが気づいていない、もしくは想定していたのとは違う動きをしているだけで、超新星爆発の秒読みに入っていても、なんらおかしくないのよ」
イネスはルリのフォローを台無しにした。
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。だから慎重に通過して。こんな大物のすぐ横をワープで通り抜けるのは困難極まりないわ。質量は大きさほどでないにしても、航路が歪曲されるには違いないし直径がが広すぎて、緊急ワープアウトで恒星の中に出現しかねないわ。――もしも爆発したら、亜光速まで加速しても逃げ切れるとは思えないけれど、イチかバチかの手段ならあるわよ」
「というと?」
イネスの発言に大介が食い付く。やはり操舵手として、航海長として知っておきたい情報だったか。計算を求められたルリとしてはできるだけ避けたい手段なのだが……。
「そうね、名付けるのなら『波動砲ワープ』とでも言うべき手段よ。ワープ開始と同時に波動砲を発射することでワープ航路の空間を強引に押し開くように湾曲させることで、太陽質量の三〇倍までの恒星なら、中心核さえ外せば跳び越えることは理論上可能よ。ただ、ワープと波動砲の同時使用はヤマトへの負担も大きいし、波動砲の影響で歪曲した空間を跳ぶから精密さは皆無に等しい、事実上の無差別ワープになるわ。正直反転してワープしたほうが安全ではあるし短時間で済むのだけど、なんらかの事情で反転ができない緊急時には、これに頼るほかないでしょうね。ヤマトは艦長の体調はもとより、波動エネルギーの作用の影響で安全なボソンジャンプを実行できない以上、緊急時にはこういった賭けに出るしかないのだから」