イネスの突発的な解説を終えたヤマトは、慎重にベテルギウス近海を通過すべく航行を続けていた。
 ベテルギウスから放射される強力な放射線の数々に加え強力な重力場とそれが生み出すわずかな空間歪曲の影響もあってか、ヤマトのセンサーが誤作動を起こして航路が安定しないハプニングも起きたが、最終的には電算室でルリとハリが補正を掛けたことで鎮静化に成功していた。


「ルリさん、ご苦労様です。ホント、いつも大助かりですよ」

 副オペレーター席で情報処理を終えたハリが尊敬の眼差しを向けてくる。
 ナデシコBで初めて会った時から変わらないまなざしに、ルリはこそばゆい思いだった。

「そう言うハーリー君もよく頑張ってますよ。……本当に立派になりました。初めて会ったときとは見違えてますよ」

 頼りなさが目立った彼も、火星の後継者の事件を経て、ガミラスとの戦いを経験し始めてから急激に成長している。
 かつてのような泣き言を聞く機会は目に見えて減り、顔つきにもいくらかの頼もしさと落ち着きが出てきている。
 ――すっかり、大人の男性になりつつあるようだ。
 もう少し褒めてあげようかと思って副ナビゲーター席に近づいたところでヤマトを凄まじい衝撃が襲う。
 バランスを崩したルリはそのままハリに向かって倒れ込む形になり、慌ててハリもルリを抱き留めようと向き合う。
 倒れ込んだルリはハリに抱き留められてことなきを得た。――思ったよりも彼は逞しかった。サブロウタ稽古をつけてもらっているからだろうか。

「チーフ、大丈夫ですか!?」

 階下の部下がルリを心配して振り返る。

「だ、大丈夫です!」

 恥ずかしいところを見られたと、羞恥で頬が染まる。明らかな緊急事態でなければもう少し――

(なにを考えてるの私! シャキッとしなきゃ!)

「ルリちゃん、いまの衝撃はなに!? ってえぇ〜〜!!」

 状況確認のために第三艦橋に問い合わせたのであろうユリカの顔が、眼前に浮かんだ。あっ、まだ抱き合ったまま……。

「こっ、これから解析しますのでいま少し時間をください!!」

 追及の暇を与えまいと語気も強くユリカをけん制、黙らせる。
「は、はいぃ〜〜!」とすっかり怖気づいたユリカの顔が小さくなる。少しきつかっただろうかと反省が頭を覗かせるが、からかわれてたまるものかという怒りのほうが勝った。
 ルリはハリに話してもらってからチーフオペレーター席に座ってすぐに解析作業を開始、部下の集めた情報を精査して事態を探った。



「大介君、航法装置に異常は?」

「ありません! 自動操縦、手動操縦共に正常です。――ラピスさん、エンジントラブルは?」

「こちらも確認できません。相転移エンジンも波動エンジンも正常そのものです」

 第一艦橋では状況確認のため声が飛び交っている。
 突然の衝撃に続けてヤマトの航行速度が低下しているのが計器にはっきりと映し出されている。
 この原因不明の衝撃と減速がヤマト自身のトラブルでないのなら、外的要因があるはずだと、進は戦闘指揮席からでも確認できる範囲で周囲の状況を探った。

「イネスさん、真田さん、想定される要因はなんですか?」

「情報不足でなんとも言えません。ベテルギウスの脈動による衝撃波も想定されますが、可能性は低いと考えられます」

「私も真田さんと同意見ね。ベテルギウスは星自体の形状が変化する脈動変光星の一種、つまり膨張と収縮を繰り返している星よ。それによって表層のガス帯が外部に流出もするだろうし、それがヤマトに作用した可能性は考えられるわ。とは言え、直前の観測データそれらしい兆候はないわね……脈動なのだから、星の表層に動きが見られるはずだし、なによりあの規模の星の脈動による衝撃波に見舞われたのなら、ヤマトにも大きな被害が出ているはずよ。だとすれば考えられるのは――」

「自然現象でないとしたら、ガミラスの工作の線があるのでは?」

 副長席のジュンがもっともな意見を述べている。進もその可能性には思い立った。連中がヤマトの航路を把握しているのなら罠を仕掛けてくるであろうことは、先のプロキシマ・ケンタウリ第一惑星で証明されている。

「雪、レーダーシステムの反応は?

 ユリカに栄養剤を届けに来ていた雪に尋ねてみた。彼女は衝撃で転びかけたところを偶然そばにいたゴートに抱えられて難を逃れていた。――惜しい、あそこに自分がいれば。
 つい邪な考えが思考をかすめた。いかんいかん。

「いま確認するわ! ルリさん、データを送ります!」

 雪はレーダーシステムのログを呼び出しながら、レーダーの感度や対応レンジを細かく切り替えてリアルタイムの反応を調べつつ、そのデータを電算室に送って解析に回している。
 それから数十秒かけて、第一艦橋と電算室のデータのやり取りが続けられ、謎の衝撃と減速の理由が判明した。

「……これは!? 艦長、ヤマトの周囲に磁力バリアが展開されています! 衝撃と減速はバリアに接触したことが原因です! すごい出力だわ、このままではヤマトはあと数分で完全に停止してしまいます! それに、ヤマトの計器類に磁場の干渉によるものと思われるエラーが発生し始めています!」

 雪の報告にユリカの顔がこわばるのが見えた。おそらくこれは本命のトラップに嵌めるための前座に過ぎないのだと、彼女はすぐに理解したのだろう。その表情を見て、進も理解した。
 ――おそらくこのトラップは、眼前のベテルギウスを利用したなにかである、と。

「大介君、バリアからの離脱を試みて。雪ちゃんはルリちゃんと協力してバリアの範囲と位置の詳細を。全艦戦闘配置。進、主砲とパルスはいつでも使えるようにしておいて」

 進はもちろん大介も雪も「了解」と応じて作業に取り掛かる。
 大介はさっそくバリアから離脱するために操縦桿とスロットルレバーを操りながら、機関部に要望を出している。

「ラピスさん、エネルギー増幅。リバーススラスターを最大噴射願います!」

「了解。機関室、エネルギー増幅! リバーススラスター最大噴射!」

 ラピスの指示で機関室が慌ただしくなった。




「徳川! エネルギー増幅、最大噴射だぞ!」

「は、はい!」

 原因不明の衝撃の調査でエンジンに取り付いていた太助は、山崎に怒鳴られるように指示されて大慌てで機関制御室に飛び込む。
 油で汚れた顔を拭う間もなく、汚れた手袋を外してコンソールを叩いた。隣の山崎もあまり余裕のない表情。
 太助はいまヤマトが窮地に置かれていることを、否応なく理解させられた。



 六連波動相転移エンジンが唸りを上げ、艦首の喫水部に縦四つ並んだバウスラスター兼用リバーススラスターが、最大噴射を開始する。
 噴射の反動とバリアの抵抗でヤマトの艦体がビリビリと震えるが、抜け出せない。

「ラピスさん! これが限界ですか!?」

 操舵席の大介が操縦桿を捻ってヤマトの艦体を揺らすように動かし、強引に抜け出そうと努力しているが、効果は薄い。

「エンジンは最大出力です! スラスターもこれ以上出力上げられません!」

 大介の叱責にラピスは泣きそうになりながら答える。全力を尽くしているのにそれがまったく反映されていない。これほど悔しく無力感を煽ることはないだろう。

「っ! 全姿勢制御スラスター、逆噴射!」

 出力アップが敵わないと見た大介が艦首側の姿勢制御スラスターすべてを、可動域が許す限り艦首側に向けて全力噴射させた。
 ラピスはすぐに操縦に合わせた出力管理を行うが、ヤマトはカメの如く遅い歩みでしか動けない。

「一〇時三〇分の方向から大型ミサイル接近! 数は二四! 対艦ミサイルだと思われます!」

 雪から報告にラピスの焦りが募る。なにかほかに手段は――!?

「機関長! 波動砲口からエネルギーを噴射する逆進システムを使いましょう! カイパーベルトで調整したあれですよ!」

 機関室から太助のありがたい意見が届いた。
 ラピスは緊急時の急停止・全速後退用の逆噴射システムの存在を失念していたことに、いまさらながら気づかされた。
 なんと迂闊な――。自責の念が顔を覗かせるが反省はあとにしていまはこの手段にかけるしかない!
 ラピスはすぐに機関室にシステムの起動を指示した。



 ラピスの許可を得た太助と示し合わせ、山崎は波動砲の発射口を機関室からの操作で開放、バイパスを通してタキオン粒子を波動砲のライフリングチューブ内に導入、波動砲用の最終収束装置のみを使用してメインノズルと同等の推力を発生させた。
 普段はここまでの大推力が要求されないことから使われないでいたシステムだが、どうやら太助はちゃんと覚えていたようだ。もう少し遅かったら自分が提案していたが、なかなかどうして、頑張ってるじゃないか。

(機関士としての才能は親父譲りか……。煙たがれようが構わず厳しくしてきたが、どううやらその成果が顔を覗かせてきたようだな)

 太助に見えないように唇を嬉しさで歪ませる。
 こいつは将来――大物になるかもしれない。




「よし! 動き始めたぞ……! 機関長、この状態をキープしてください!」

 波動砲リバース噴射の威力は絶大で、ほかのスラスターの推力も合わさりヤマトをバリアからじりじりと引き剥がしていく。
 ――だが、ミサイルを回避するには間に合いそうにない。進はそっと迎撃ミサイルの発射スイッチに手を添えた。――艦長ならそろそろ。

「進! リフレクトディフェンサー!」

「了解! リフレクトディフェンサー発射!」

 進はすぐにスイッチを押し込む。
 左舷八連装ミサイル発射管が解放、八発のバリア弾頭搭載のミサイル――リフレクトディフェンサーが煙の尾を引いて放出される。リフレクトディフェンサーはミサイルの眼前でディストーションフィールドの円盤を展開、すべての対艦ミサイルを苦もなく受け止めた。
 超大型ミサイルや高収束グラビティブラストならまだしも、普通の対艦ミサイル程度でこれを貫通してヤマトに被害を与えることはできないようだった。

 それからすぐに、ヤマトは艦首を突っ込んでいたバリアからも離脱する。ひとまずは、危機を脱することができたようだった。
 しかしヤマトがバリアに触れたことを切っ掛けとしてだろう。後方もバリアに囲まれてしまい、ヤマトはその場に立ち往生する羽目になってしまった。
 ――どうやらここからが本番らしい。
 進は額に滲んだ汗を右手で拭った。



 ラピスはユリカからの指示を受けて機関室に降り、エンジンの整備の指揮していた。これからガミラスの罠を掻い潜るにあって、エンジンのコンディションは命運を左右すると言って過言ではない。
 しかしラピスは残念なことにハードウェアの整備を先導することはできない。その欠点は頼もしい副官である山崎に一任し、ソフト方面からの管理とバグ取りに専念することにしていた。

 部下の助けも借りつつ機関制御室でプログラムの修正作業をあらかた終え、山崎にエンジン本体の整備状況を訪ねようと思って制御室の窓から外を覗くと、こちらに向かって歩いてくる山崎と太助の姿が見えた。
 出迎えようと部屋の入口を潜ると、珍しく山崎が太助を褒めているのが聞こえた。

「徳川、さっきの機転はなかなかよかったぞ。普段使われていないシステムをちゃんと覚えていたばかりか、機関長のフォローまでするとはな。……きっと、親父さんも喜んでるぞ」

 珍しく手放しで山崎に褒められて、太助は喜んで良いのか気味悪がるべきなのかイマイチ判断がついていない様子だった。
 普段からやれ「半人前」だの「親父が泣くぞ!」だのと特に叱責されている立場だし、変に思い上がろうものなら直後に雷が落ちる、とでも考えて萎縮しているのだろうか。
 とはいえラピスも山崎にもっと穏便に済ませてほしいとはなかなか言えない。若輩者の自覚はあるし、立場が上とはいえその道のプロとして手腕を振るっている山崎の育成方針にケチを付けられるほどの知識も経験も、持っていない。

「あ、ありがとうございます山崎さん……」

「今回はおまえに助けられてしまったな。これからもこの調子で自己研鑽に励むんだぞ」

 さて、そろそろ自分も声を掛けるとしよう。もう少し太助の百面相を見ていたい気もするけど。

「助かりました、徳川さん。適切な助言をありがとうございます」

 にこやかに助けにお礼を述べる。山崎と違って太助は表情が一気に柔らかくなって素直に言葉を受け取ってくれている。山崎は多少呆れ顔ながらも釘を刺したりはしないようだ。今日は柔らかいな、と改めて思う。
 ――おや、なぜだか周囲から視線が集まったような気がする。……気のせいだろうか。ともかく、仕事をしなければ。

「山崎さん、波動相転移エンジンの整備状況はどうなっていますか? 艦長からの要望で、長時間の全力運転に耐えられるようにしてほしいとのことですが」

「長時間の全力運転、ですか?……!? まさか、ベテルギウスの至近でも航行するつもりなのですか?」

「ガミラスの罠が張られている以上、ベテルギウスを利用しないとは思えない、とのことです」

「……たしかに艦長の仰るとおりですね。――徳川、もう少し見て回るぞ。今回ばかりは少々の無茶ではすまなそうだ」

 山崎はすぐにユリカの考えを飲み込んだらしく、大きく頷いて太助やほかの機関士たちを呼び寄せて再度エンジンのコンディションの確認と調整作業を最速で終わらせるように指示を出した。
 ラピスももう一度プログラムチェックをしておくべきだと考え、部下を引き連れて別の端末に向かった。






「……ヤマト、冥王星での戦いから今日まで、おまえの姿を忘れた日はなかったぞ……!」

 デスラーに本作戦のためにと充てられた、シュルツが乗っていたのと同型の戦艦の艦橋。そこでガンツは最大望遠で捉えたヤマトの後姿を睨みつけていた。
 あの戦艦に、敬愛する上司と苦楽を共にした同僚や部下の大半を殺された。その報復を果たすためなら――そして祖国の未来のためなら、喜んでこの命を捧げよう。
 ヤマト――今日こそ息の根を。

「デスラー総統の名誉のためにも、シュルツ司令の敵をとるためにも、今日、憎きヤマトを確実に叩き潰す――みんな、命を捨てる覚悟はできたか?」

 後ろを振り返れば、共にシュルツを見殺しにして撤退した同志たちの姿がある。
 みな一様に、ガンツと同じ目をしていた。そう、敬愛すべき上官を葬った怨敵に対する憎しみと怒りを湛えた目だ。
 その目は口よりも雄弁にその心を語っていた。――ヤマトを討ち取って敬愛するシュルツの許に逝こう、と。
 元よりこの策に生還の可能性などない。ガンツたちはこれからガス生命体を使って追い立てたヤマトと共に、赤色超巨星ベテルギウスの至近を通過するのだ。そして高確率で失敗するであろうガス生命体の後釜としてヤマトを追い詰め、諸共に灼熱の業火に焼かれるが運命。
 だが躊躇はない。ヤマトを討ち取れるのであれば。

「作戦どおりガス生命体を放ったあとは、ガスの注意を惹かないようにヤマトを追撃してベテルギウスに接近する。あのヤマトがガスに飲まれるとは思えない。ガス生命体はあくまでベテルギウスに追い込むための陽動に過ぎん。本命は本艦の全攻撃能力を駆使してヤマトを痛めつけ、ベテルギウスの炎の中に叩き落すこと! 差し違えるため……体当たりも辞さない覚悟で行くぞ!」

 ガンツの檄を受け、同志たちは最後の作戦の準備にかかる。

「よし! ガス生命体を放て! ヤマトとの決戦だ!」

 ガンツの叫びに応え、艦首の魚雷発射管からガス生命体を収めた宇宙魚雷がヤマト目掛けて突き進む。
 ヤマトが迎撃しようがしまいが、一定の時間で弾頭が解放されて中からガス生命体が出現、ヤマトをベテルギウスに追い立てる。
 そしてヤマトは、自ら死地に向かって突き進むことになるのだ。






「艦長、分析結果が出ました。バリアはヤマトの全周をほぼ覆っていますが、推測どおりベテルギウスの方向だけは開いていました。となればガミラスの次の手は――」

 ルリが電算室の解析結果を第一艦橋に報告していた時、レーダーに後方から急速接近する物体の姿が映る。ミサイルだ。

「進、迎撃!」

「了解! 目標、接近中のミサイル。第二副砲発射!」

 進の指示で第二副砲の砲手が迫り来るミサイル目掛けて三本の重力衝撃波を撃ち出し、ヤマトへの直撃コースにあった二基のミサイルを正確に撃ち落とした。意図はわからないがヤマトへの被害は回避できた……はずだった。

「!? 艦長、ミサイルの弾頭からガスのような物が放出されました。パネルに出します」

 ルリがメインパネルに映し出したのは、時折赤い稲妻が走る黒色ガスであった。それが脇目も振らずヤマト目掛けて接近してくるではないか。

「なにこれ? 妨害物質かなにか?」

 ユリカが疑問の声を上げる頃には接近してきたガスの一部が触腕のように伸びて、左舷カタパルトとメインノズルの左尾翼に接触寸前であった。固唾を飲んで事態を見守ると、触腕が触れたフィールドが瞬時に消失、接触を許したカタパルトと尾翼があっという間にボロボロになって崩壊していく。
 慌てて消失したフィールドを再展開、強引に遮蔽。しかしそのフィールドも急激にエネルギーを喪失して消失寸前となり、代わりにガスの動きが活発化して増殖していることが見て取れた。

「金属腐食ガスだ! 逃げないと艦がやられる!」

 真田の叫ぶような推測にユリカはすぐに発進を指示する。

「しかし艦長! 進路が……!」

「構わないからベテルギウスに向かって! こうなったら、死中に活を見出す以外に道はないわ!」

「……了解! ハーリー! ベテルギウスの活動データを随時解析して航路を見つけてくれ! 火に触れたら一環の終わりだからな!」

 ユリカの活に覚悟を決めた大介はハリにフォローを頼みながら操縦桿を捻り、ヤマトをベテルギウスに向かって前進させた。
 ガスを振り切るべく最大噴射を始めたヤマト。ガスを振り切れると思われていたのだが……。

「くそっ! メインノズルから噴射されているタキオン粒子を食って加速してやがる! あのガスは周囲のエネルギーを食って増殖するガス生命体なんだ!」

 焦りからか普段よりも乱暴な口調で吠える真田。
 ……状況は最悪だった。進路の先にある赤色超巨星ベテルギウスはから放出されるエネルギー量は文字どおり桁外れ。いかにヤマトが優れた防御性能を持つとは言っても、長時間は耐えられない。
 最大出力でディストーションフィールドを展開してその尋常ならざる値の熱量や放射線を少しでも防ぎつつ、対放射線防御壁や放射線除去装置を使って防御しなければ、乗組員全員があっという間に致死量の放射線を浴びて即死してしまうだろう。
 そして後方にはガス生命体。火器でこいつを除去することは事実上不可能となれば、このままチキンレースを挑むしかない。おまけに後方からガミラスの戦艦クラスが接近していることもレーダーが捉えている。

(おそらくガミラスは、ヤマトがあのガス生命体を駆逐するためにベテルギウスに接近することを見越しているはず。ガス生命体で追い込むのは序の口。プロミネンスとかが進路を塞ぎ、それを波動砲で除去しようとすることまで視野に入ってる。……だから戦艦に追わせて発射のチャンスを潰して心中させるってところかな。――ヤマトが以前のままだったら、これで詰んでたけど、生まれ変わったヤマトは一味違うよ、デスラー総統!)

 テスト未了で効果のほどが不明瞭ではあるが、波動砲には再建時に仕込んだ隠し機能がある。その機能を使えばこの危機を乗り越えられる公算はある。
 ユリカが密かに決意を固めていたとき、第一艦橋にファーストエイドキットと船外作業用の宇宙服を手にしたイネスが飛び込んで来た。

「やっぱりこうなるのね! 艦長! 全員に宇宙服を着せて! 艦内の冷房は食糧庫や医療関係の場所に集中させる必要があるから乗員が無防備になる! 宇宙服を着なければ熱にやられてしまうわ!」

 イネスのアドバイスを受けてすぐにユリカは全乗組員に宇宙服の着用を指示する。自身もイネスの手を借りてよろめきながらも宇宙服を着こんだ。



 ヤマトはバリアの開口部を潜り抜けながらベテルギウスに接近していく。ベテルギウスの光に照らされて、ヤマトの姿が完全に朱に染まり、表面と内部の温度が急激に上昇していく。
 艦内の温度も冷房が弱い部分では一〇〇度に達しようとしていて、イネスの警告どおり宇宙服がなければクルーの健康被害が懸念される状況である。
 最大出力でフィールドを多重展開しながら、ベテルギウスに墜落してしまわないよう最大噴射を継続する。

「気を付けて! 火の粉であってもヤマトなんて一飲みだからね……」

 燃え盛るベテルギウスからは重力の束縛を逃れていたであろう灼熱のガスが流出している。それに乗って断続的に生じるプロミネンス以外にも大量の火の粉が舞い上がり、ヤマトの進路を著しく制限していた。
 進は戦闘指揮席で計器を睨み、万が一の時は波動砲を使ってでもこれらの除去をしなければならないと考えていた。
 隣の操舵席では大介がハリと連携してプロミネンスや飛び散る火の粉にヤマトの防御を凌駕する高熱のガスを避けつつヤマトを進めている。ひっきりなしにハリが口頭でも進路の指定を繰り返していることからも、ヤマトの進路確保が絶望的に難しいことが伺えた。
 万が一にもこの業火に接触すれば、ヤマトはあえなく蒸発して消えさる運命。大介の心労も心配になってくる。

「っ! 主翼展開! 少しでも恒星風に乗って墜落を防ぎます!」

 大介は少しでも回避行動による失速を避けるべく、安定翼を開いたようだ。。
 安定翼を開けばタキオンフィールドの保護に加え、彼が口にしたように恒星風の力を借りて浮いていられる。プロミネンスを回避するために速度を落として旋回した場合でも、幾分失速しにくくなるはずだった。

「それにしても暑いわね……艦長、大丈夫?」

 艦内無線の維持に努めながらもユリカの体調が気になるのであろう、エリナが気遣わし気に尋ねるのが聞こえた。

「なんとかね……バリアを抜けてベテルギウスから離脱出来るまであと一時間……みんな、なんとしても切り抜けるよ!」

 艦長席からの檄に進を含めた全員が応える。
 ユリカの体調は心配だが、進にいまできることは緊急事態への対処に備えることだけだった。

 灼熱の責め苦に喘ぎながら、ヤマトは進む。
 この高温に水や食料、医薬品を保護するために冷却システムを全開にして対処しているが、すでに限界が近い。
 対して防御フィールドに推進力、冷却システムに各種センサーやコンピューターに消費されるエネルギーを確保するため、機関室はほかの部署よりも高温の環境下で必死にエンジンを回していた。

「機関室、エンジン出力が低下しています。エンジンのチェック急いで下さい!」

 ラピスの指示で同僚たちが慌ただしく機関室を駆け回る。
 機関室も温度が極めて高くなり、身動きし辛い宇宙服を着ての作業となって、中々エンジンの直接整備が覚束ないでいるのは、機関制御席の窓からでも伺えた。
 それを見かねた隣の山崎は、

「徳川、俺はエンジンを直接見てくる、ここは任せたぞ!」

「りょ、了解!」

 返事を聞くなり山崎は機関制御室を飛び出して、暑さでへばっている機関士を「サウナに入ったことないのか! このくらいでへこたれるんじゃない!」と激励ししつつ稼働中のエンジンに取り付き、高熱と連続した最大運転の影響で音を上げないように細心の注意を払ってエンジンのコンディション管理に努めている。
 一方で機関制御室に残された太助は制御プログラムのバグを確認しつつ、コンピューター方面からのエンジン管理を継続する。過酷な環境下での運用に加えてこれほどの時間の全力運転は、再建後のヤマトでは初めて。ただでさえ管理が難しくその全貌も理解しているとは言い難い六連波動相転移エンジン。あちこちで小さなエラーが見え隠れし、太助はそれをもぐらたたきのように見るそばから修正すべくキーに指を走らせる。
 普段ならラピスの支援も得られるだろうが、彼女は現在エネルギーの分配制御と全体の統括で忙しく手が回らない。いまコンピューター方面で作業できるのは、太助しかいない。

「くそっ、めげてたまるもんか……! 親父、見守っててくれよ! 名機関士の息子の名に恥じない、立派な機関士になって見せるからな!」

 脳裏に浮かぶのは亡くなった父、徳川彦左衛門の背中。口煩くて苦手なところもあったが、己の職務に誇りを持ち、卓越した技術で責務を果たし続けてきた広い漢の背中。いまでも太助の目標であり、追い付きたいと願っている偉大な父の背中であった。



「現在ベテルギウスから七〇〇万キロの位置を通過中。コロナによる乱磁場随所にあり。大介さん、右に七度転進してください」

 現在ヤマトとベテルギウスの間には太陽半径の一〇倍ほどの空間が開いていた。だがそれほどの数値でありながらヤマトはベテルギウスの至近を通過しているに等しい状況にある。あまりにもベテルギウスが大きすぎるのだ。コロナの範囲内を通過することを強要されたヤマトには、常に一〇〇万度を優に超える超高温と莫大な量の放射線が襲い掛かっている。
 持ち前の優れた耐熱性と複数枚のディストーションフィールドによる遮熱がなかったら、ヤマトはとっくの昔に蒸発していただろう。

「後方のガスの動きに変化あり! 火の粉に触れて発火しているようです!」

 ヤマトと共にコロナの中を突き進み、その熱エネルギーを吸収して地球すら軽々呑み込めそうなほど巨大化していたガス生命体が、とうとうプロミネンスに触れて発火した。
 ガス生命体はそのままプロミネンスに飲まれるようにしてベテルギウスに飲み込まれ、呆気なく燃え尽きてしまう。ここまでは進も予見していたことだった。だが――。

「ガミラス艦の増速と射撃用レーダーの照射を確認しました。砲撃が来ます!」

 急速に距離を詰めてきたガミラス戦艦からの砲撃が始まった。次から次へと主砲をから重力波を放ち、ヤマトに牙を剥くガミラス戦艦。恒星風を凌ぐためにフィールドの出力を割いているヤマトにとって、容易くはじける砲撃であっても被弾は好ましくない事態であった。
 このまま被弾が続けばフィールドは弱まり、ベテルギウスからの放射をもろに受けることになる。そうなってしまえばヤマトはどれほど耐えられるだろうか……。

「あいつら、ヤマトと心中するつもりなのか?」

 進は戦慄に震える。ガミラス戦艦は明らかにヤマトと心中するつもりで突撃している。頭の片隅でその予感がしていたが、まさかここまで――。進は自分が敵の気迫に飲まれつつあることを悟った。

「っ!? 前方に恒星フレア発生! イレギュラーで計算にはありません! この規模と距離では回避不能です!!」

 ハリが非常な現実に悲鳴を上げる。恒星フレアは、太陽の五つや六つくらいなら簡単に飲み込んでしまえるような規模をもって、ヤマトの眼前に立ち塞がっている。

「くそっ、波動砲も間に合わない!!」

 距離が近過ぎて、このままだと発射前に恒星フレアに激突してしまう。減速して間に合わせようとすると、推力低下でベテルギウスに墜ちる。それに後方から心中する覚悟で迫ってくるガミラス戦艦の接近をこれ以上許してしまえば、無防備になるメインノズルを狙われてしまう。そうなったらヤマトは一巻の終わりだ。
 進は必死に考える。この状況を打開できる手段はなか、なにかないのか――!?

「しかたないか……波動砲用意! モード・ゲキガンフレア!」

 進の思考を彼方に吹き飛ばすような力強いユリカの指令に、詳細を知らない進は唖然とした。

「しかし! あれはまだテストも――」

 詳細を知っているらしい真田が思わず制止しようとしているが、ユリカは取り合わなかった。

「これがテストです! 主翼の改良も済んだいまなら使えます! 議論している余裕はありません!」

 ユリカの勢いに真田も覚悟を決めたらしく、進に操作手順を口頭説明してくれた。

「古代! 波動砲のトリガーユニットを起動したらボルトを手で押し込め! それで切り替わる!」

 進はもはや疑問を挟んでいる余地はないと黙って指示に従う。波動砲のトリガーユニットを起動し、言われたとおりボルトを手で押し込んだ。普段はトリガーの動作を確認するための機構に過ぎないと思い込んでいたからか、押し込むという発想はなかった。
 ボルトを押し込むと、起き上がったターゲットスコープのレティクルの下に「Mode ゲキガンフレア」と表示されている。
 ……なぜゲキガンフレアだけカタカナなのだと突っ込む余裕もなく、表示される操作マニュアルに従う。

 操作を指示した真田は目に流れ込んでくる汗に苛立ちながら艦内の自己診断プログラムのモニターを凝視して、システムの発動に問題がないかを確認する。
 モード・ゲキガンフレア。それは、波動砲に備わったもうひとつの機能。ユリカが引き出したヤマトの過去の『戦闘データ』の中にあった、波動砲から波動エネルギーをリークさせて突撃する姿を基に立案された、波動砲の応用戦術だ。
 要約してしまえば波動エネルギーを波動砲口から意図的にリークさせ、安定翼のタキオンフィールドを利用してエネルギーを艦の周囲に停滞させ、その状態で突撃するという一見すれば自爆覚悟の突撃戦法である。
 周囲を覆う波動エネルギーの空間波動の一部を後方に放出することでメインノズル単独では到底生み出せない爆発的な加速をもって敵に突撃、そのまま敵を突き抜けて後方に抜ける、または敵艦隊の集中砲火を強引に耐え凌ぐために考案されてた使い方だった。
 波動エネルギーのタキオンバースト波動流への加工手順が省略されるため、波動砲に比べると三分の四の時間で使用可能な即応性を持つ。
 波動エネルギーに包み込まれたその姿がまるで「ゲキガンガーのゲキガンフレアみたいだ!」と木星出身技術者が騒いだことが原因でモード・ゲキガンフレアと呼ばれるようになった。
 発案者のユリカは最初もっと格好よく「シャインスパー……」と意見を出したがまったく耳に入らなかったらしく、真田が彼女の意見を尊重しようとして抗弁しても通用せず、なし崩し的にそれが正式名称となってしまったのである。
 しかし――調整に参加している真田の目から見ても、この戦法は問題点が多い。
 タキオンバースト波動流にまで加工していないとはいえ、高圧化させた波動エネルギーを周囲に停滞させることによる艦体への影響もそうだが、突破戦術であるためメインノズルの噴射を継続しなければならないのでエネルギー消費量が波動砲を越えていて持続時間も短い。
 さらに波動エネルギーの防御幕が邪魔になって一切のセンサーが使えないため、使用しながら航路を修正することはできないに等しく、事前に収集したデータを基に算出した計算のみを頼りに進むしかないなど使い勝手はかなり悪い。
 そもそも『戦艦で体当たりを敢行する』という無謀さもあり、実は最後の最後まで搭載が反対されていた機能であった。

(まさか本当に使う機会があるとは……さすがは元ナデシコの艦長だ)

 真田は改めてユリカの発想の柔軟性に感服させられる思いだった。
 ――あとはシステムが想定どおりの威力を発揮することはそうだが、それであの火柱に通用するかどうか。それが一番の懸念であった。



 一方、モード・ゲキガンフレアの命令が下るなり駆けこむようにして機関室にやってきたラピスは、太助の隣に陣取ってエンジンの制御に忙殺されていた。
 未知なるシステムを起動するためには第一艦橋のコンソールでは『遠い』と考え駆けこんできたのだ。

「相転移エンジン、波動エンジン、出力一二〇パーセントに到達。非常弁全閉鎖。強制注入器作動。突入ボルトに六連炉心接続」

 ラピスが機関制御室の計器を読み上げつつ粛々と準備を進める。
  一応このシステム自体はラピスも知っていたし、その意図も聞かされている。本当に使うとは思わなかったが……。

(波動砲の時にはトラブルを起こしたけど、エンジンは改修しているし調整も繰り返した。――今度はトラブルが許されない)

 万が一トラブルを起こしてしまえばヤマトはベテルギウスに真っ逆さま。筆舌し難い緊張とプレッシャーを感じる。

「機関室のみなさん! 踏ん張りどころですです! 絶対に成功させますよ!」

 自分自身に言い聞かせるように声を張り上げて部下たちを激励する。部下たちも声を張り上げて応じてくれるのが頼もしいが、それでもラピスは心臓が締め付けられるような思いだった。
 これからエンジンはエネルギーを流出させつつ全力運転を続けなければならない。
 すでにエンジンには大きな負荷がかかっているというのにはたしてもつの。恒星フレアの突破に成功しても、引力圏を離脱する推力を残せるのか。
 イチかバチかの大勝負。ヤマトが沈めば地球は終わる。その事実を改めて突き詰められたような気がして、ラピスは胸が痛かった。



 モード・ゲキガンフレアは波動砲の変化形。舵の担当も進が受け持つことになった。ほぼ直進するだけとはいえ微妙な軌道修正は行うかもしれないのだ、嫌でも緊張させられる。
 親友に比べれば自分の操縦技術など子供騙し。盲目の計器飛行でベテルギウスに突っ込むことなく、ヤマトをこの溶鉱炉から抜け出させるのか、不安が胸に渦巻く。だが、やるしかない。
 ヤマトは地球と全人類の未来を背負った艦だ。そのヤマトの戦士として――敬愛するミスマル・ユリカの息子として、ひざを折るわけにはいかない。
 進は波動砲のトリガーユニットを握りなおしてタイミングを計った。






 その頃、恒星フレアに向かって突き進むヤマトの姿をガンツ達は会心の笑みを浮かべながら見送っていた。
 もう回避はできない。勝った。あの悪魔のような力を持った戦艦に。
 われらの行動は無駄ではなかった。デスラー総統の策は本当に素晴らしかった。
 ここで命果てようとも、怨敵宇宙戦艦ヤマトを葬ったのだ。

(シュルツ司令……あなたの行動は無駄ではなかった。あなたが私に託したデータのおかげで、ガミラスは奇策を用いてあの化け物を屠ることに成功しましたよ……!)

 感涙にむせび泣くガンツ。だが事態は彼の予想を裏切る。
 そう、宇宙戦艦ヤマトのすべてを、彼は知らなかったのだ。






「波動砲口よりエネルギーリーク開始! それ、ゲキガンフレアァーーーー!!」

 ユリカのお約束の絶叫と共に、進はトリガーを引いた。途端に波動砲口から青く輝く粒子の奔流が噴き出す。
 その粒子の奔流は、安定翼が生み出すタキオンフィールドに制御され、繭のようにヤマトを包み込んで輝く弾丸と化した。
 そのままヤマトは恒星フレアに最大戦速で突撃。――直後、凄まじい衝撃がヤマトを襲う。
 超高温の恒星フレアはヤマトの突撃で割かれながらも、真下から猛烈にぶち当たり続け、ヤマトを翻弄する。桁違いのエネルギー量と勢いに、ヤマトを覆う波動エネルギーの膜が剥がされそうになる。
 それでも全力運転するエンジンは健気にエネルギーを波動砲から放出、それまでに蓄えたエネルギーでメインノズルからの噴射も止めない。
 しかし――。

「だめです! エネルギーが足りません!!」

 ラピスの悲鳴が第一艦橋に届く。
 恒星フレアの猛威からヤマトを護っている波動エネルギーが急速にエンジン内から失われていく。六連波動相転移エンジンの出力をもってしても、恒星の――赤色超巨星の放つエネルギーのほんの一端にも敵わない。
 波動エネルギーの膜が消失すれば、ヤマトは一瞬で蒸発してしまうだろう。

(くそっ! 波動砲だったら!!)

 波動砲の威力であれば、五発以内に恒星フレアを引き裂いて突破することもできたはずだ。だが、ただその身に波動エネルギーを纏っただけでは、波動炉心六つ分の出力でも足りないのだ。
 そんな諦めにも似た焦燥に進が挫けそうになっていたとき、ユリカが腹の底から叫んだ。

「根性入れなさいヤマトぉ!! 使命を果たさずに沈むつもりかぁ!!」

 それはヤマトへの叱咤。第一艦橋に響き渡った叱咤の声が反響する。
 そして――奇跡は起こった。

 ――そんな結末を、私は望みません!――

 それは声だった。誰かが口を開いたわけではない。ただ頭の中に自然と入り込んできた。とても静かで、それでいて熱く、透き通った綺麗な声が。
 その声が響いたあと、すぐに変化は訪れた。

「フラッシュシステム、起動……?」

 戦闘指揮席のコンソールの一角にウィンドウが浮かび上がり、フラッシュシステムなる装置が起動したことを伝えていた。
 それは進が疑問を抱き独自に調査を進めようとしていた、波動エンジンとイスカンダルのメッセージカプセルに組み込まれていたブラックボックスの一端であることは疑いようがない。
 まさか、こんなタイミングでお目にかかることになろうとは。




「そんな! 安全装置が!?」

 機関室で必死にエンジンを守っていたラピスたちが驚きと戸惑いの声を上げる。なぜなら六連波動相転移エンジンに施されているあらゆる安全装置が残らず外され、想定外の動作を始めたからだ。もちろんなにも操作はしていない。エンジンが勝手に人の手を離れて動き出してしまったのだ。
 管制モニターには小相転移炉心の前方に備わった制御棒が限界まで抜かれたことも示されている。
 想定外の事態に狼狽えていたラピスたちの眼前で、エンジンは本来不可能なはずの波動砲起動中のエネルギー生成も実行していく。
 息を吹き返した相転移エンジンからの供給を受け、波動エンジンは全力運転を開始。あっという間に不足していた波動エネルギーを補填して波動砲からの放出を継続しているではないか!
 物理的に実行不可能に近いはずの動作を見せるエンジンに、ラピスは初めて恐怖を覚えた。――だがすぐにそんな感情も吹き飛んでしまった。想定外の動作を始めたエンジンが不安定になったのだ。
 安全装置をかけなおしたい欲求を堪え、現状維持を心がけてこの苦難を乗り越えるべく力を尽くす。
 次々と現れるプログラムエラーを修正し、異常振動で緩みかけるボルトを締め付け、冷却装置も限界までフル稼働させ、辛くもエンジンを守り切ることに成功したのであった。



 無限とも思える時間を耐えきり、死力を尽くした彼らの努力は報われた。
 ヤマトは青く輝く弾丸の姿を保ったまま、恒星フレアを突き抜けた。そしてその勢いのままとっさに舵を上に切った進の機転の結果、バリアすらも力づくで突き抜け、ガミラスが張り巡らせた巧妙な罠を切り抜けることができた。
 バリアを突破してすぐに波動エネルギーの膜は霧散、ヤマトはエンジンが生み出す出力をすべてメインノズルに注ぎ込んで噴射、ベテルギウスから全速力で離脱していく。
 その頃にはエンジンの制御棒も含めた安全装置は独りでにすべてかけ直され、安定した状態に戻っていたという。

 この奇跡の裏で、フラッシュシステムとは異なるブラックボックスが密かに機能していたことに気づいたのは、ユリカと共犯者のみであったという――。






「こんな……こんなことが……」

 ヤマトを追尾しながらその動向を最初から見届けていたガンツは放心していた。
 恒星フレアに突入し、儚く燃え尽きるはずだったヤマトは波動エネルギーを艦首から噴出させてその身を包み、ベテルギウスが生み出した巨大な恒星フレアに突っ込んだのだ。
 そして増速したヤマトは恒星フレアを突き抜けたばかりかバリアすらも突破して、急速に離脱していく。
 ――失敗したのだ。ガンツたちの作戦は。想像を絶するヤマトの切り札によって。
 心は折れたガンツたちは茫然と立ち尽くしたまま、ヤマトが突破した恒星フレアに吸い込まれるように突入し、一切の抵抗も許されず燃え尽きてしまった。






 そしてガンツが最後の瞬間まで送り続けた映像と、執念に配した観測衛星によって一部始終を見届けたガミラス本星――中央作戦室もまた、混乱に見舞われていた。

「馬鹿な……」

 将軍の誰かがわが目を疑う光景に呆然としているのが視界に入ったが、デスラーはそんな醜態に意識を割ける状態になかった。

「まさか、タキオン波動収束砲にあのような使い方を見出していたとは……!」

 想像の遥か上を行くヤマトの力に、デスラーは驚愕を隠せない。だが、同時にますますヤマトに心を惹かれる自分を認めた。

(これほどの危機に見舞われても諦める気配なしか、ヤマト!――改めて認めようヤマト……君たちはわれらに勝るとも劣らない力と勇猛さを秘めた、救国戦士なのだと!)

 デスラーはベテルギウスから急速に遠ざかる艦影を見送りながら、内側から沸き上がる熱を感じる。
 それは愛する祖国を窮地に追い込む怨敵に対する怒りや憎しみなどではない。
 最初にその姿を見たときに感じた――感じてしまった、共通の目的を抱え、死力を尽くす存在に対する敬意であり、対抗心。
 ガミラスのため、デスラーはヤマトを討たねばならない。地球のため、ヤマトはデスラーを討たねばならない。
 決して相容れない立場にありながらも、根底に流れるモノがまったく同じであることが実感できたからこそ得られた、この不思議な感覚。
 デスラーはヤマトを『好敵手』として認識していた。

「――これではっきりしたようだね、諸君。ヤマトと対することができる存在は、もやはただひとり。宇宙の狼と名高いドメル将軍に委ねるのが最適だと考えるのだが、諸君はどう思うかね?」

 デスラーの提案に異を唱える者はいなかった。当然だ。これほどの敵に対抗できる将軍は、もはやドメル将軍しかいないと否応なく理解させられたのだろう。
 デスラーは薄く唇に笑みを浮かべた。彼ならば不足はない。必ずや自分の思惑を正しく理解し、ヤマトと対面してくれるだろう。
 ヤマトをドメルがどう捉えるか。それこそがガミラスの未来を左右することになると、デスラーは漠然と考えていた。






 ガミラスの仕掛けたふたつの罠を辛うじて切り抜けたヤマト。

 しかし、その立役者となったブラックボックスの正体とはなにか。

 そしてついに表舞台に出たヤマトの自我は、どのような影響を与えていくのだろうか?

 急げヤマトよイスカンダルへ!

 人類滅亡と言われる日まで、

 あと、三二三日しかないのだ!



 第十二話 完



 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

    第十三話 銀河の試練! オクトパス原始星団を超えろ!



    それは宇宙の大嵐か……。

 

第一三話 銀河の試練! オクトパス原子星団を超えろ! Aパート

 

 







感想代理人プロフィール

戻る 





代理人の感想 
人の力は科学の力に負けてない、というのは松本先生流の人間賛歌ですが、やっぱりいいですねー。
ゲキガンフレアもやはりよい。

でも今回けっこう印象に残るのは、毎回総統の対応に冷や汗をかくヒスさん。
ああ言う性格で独裁者のナンバーツーやるのは大変だろうなあw


※この感想フォームは感想掲示板への直通投稿フォームです。メールフォームではありませんのでご注意下さい。 

おなまえ
Eメール
作者名
作品名(話数)  
コメント
URL