……それからさらに数日が経過した。
 オクトパス原始星団に捕らわれて以降、ヤマトはワープや波動砲も使用していないし、気流から逃れるための移動を除けば停泊しているのに等しい。
 またこのような環境下ではいかにガミラスと言えどヤマトを補足して戦いを挑むことはないだろうと判断されたため、ヤマト全体で機能を維持できる範疇での整備と改修作業が行われていた。
 特に作業の進展が著しかったのが搭載機の改修作業であった。
 鹵獲したガミラス機を解析して判明ことであるが、ガミラスの使用している相転移エンジンの完成度はこちら側を凌駕している。
 人型機動兵器に比べると内部構造にゆとりがあるからか、全体的に大型でゆとりのある設計であったので、そのままコピーしても役には立たなそうであったのだが、ばらして解析を続けた結果部分部分応用可能な技術を発見することに成功したのである。
 それを基にしてエネルギーの変換効率や回復速度の向上や、より安定性を高める措置を加えつつ、コンデンサーも見直すことで全体的な性能向上を図っているのが現状だった。
 改修作業はまだ途上ではあるが、完成すればいままでよりもずっと効率的にエネルギーを使えるようになるので継戦能力が格段に向上することは間違いない。
 それに加えガミラス機が採用していたパルスビーム砲を参考にすることで、射撃系ビーム兵器全般の威力と射程の強化も並行して行われている。
 対空戦闘の主力兵装がビーム兵器に偏っていることは否めない現有戦力に置いて、この改修は魅力的なものとして歓迎された。特にGファルコンの大口径ビームマシンガンは敵のパルスビーム機関砲と構造や原理が似ていたため特に強化が著しい。
 ダブルエックスのバスターライフルも、アルストロメリアの内蔵型ビームライフルもこの恩恵でより強力になった。
 グラビティブラストのほうもコンデンサーとジェネレーターの改良によって性能を向上できるらしく、この基礎改造だけでもコスモタイガー隊の打撃力は格段に向上したと言っても過言ではないだろう。
 だがアルストロメリアの強化はこれに留まっていない。
 改修によって出力に余裕が生まれたことからオプション装備の拡大も始められたのだ。
 今回新たに考案された装備は『アトミックシザース』と呼称される武装だ。
 これは腰に増設されたハードポイントを介して接続する、多関節アームとビーム砲を内蔵したハサミがセットになった遠近両用のマルチウェポンである。
 多関節アームは伸長状態ならばアルストロメリアの両腕部よりも長く伸ばすことができ、自由度も非常に高い。先端に据え付けられたハサミはマニピュレーターとして機能し、精密作業に耐えうる器用さも、機動兵器を捕縛するだけのパワーも兼ね備えている。
 ハサミの中央部には内臓式のビーム砲が内蔵されていて、多関節アームと併用して非常に広い範囲に発砲できる。火力も腕部内蔵型ビームライフルとほぼ同等を確保した。
 さらにハサミ部分にはディストーションフィールドの中和システムが組み込まれているため、接近して対象に閉じた状態で突き刺し、ハサミを開くことでフィールドに穴を開けてからビーム砲を発砲することでより効率的に対象にダメージを与えられるように考慮されている。

 そしてつい最近存在が知れたブラックボックス――フラッシュシステム。
 これらはダブルエックスとまだ開発中のエックスの二機に搭載され、機体の制御やオプションの制御に使えるかの試験も開始されていた。
 現状ではIFSとの競合が懸念されているが、うまく住み分けができればパイロットの不足から使用できていない、分離・合体を交えたGファルコンとの連携を実現できるかもしれないと期待されていた。
 また月臣に至っては「以前のエステバリスにあったワイヤードフィストの機能と併用すれば、短距離限定で疑似的な全方位攻撃ができるのではないか」という意見を提出し、彼の機体を使って今後テストを行ってみる予定にもなっていた。

 その改修作業にはヤマト機関長ラピス・ラズリも関わっていた。機関部門責任者としての知識と優れたプログラマーとして技術を買われ、エンジンや出力系のプログラムを最新のものにアップデートする作業に協力したのである。
 もちろん力の及ぶ範囲で最高の仕事をした、これ以上はないと胸を張れる出来栄えだった。
 しかし成果に反して、ラピスの胸の中にはモヤモヤした感情が渦巻いていた。
 …………結局今回も、IFSを使わなかった――いや、使えなかった。そのせいで作業時間が伸びてしまったのが、なんとなくしこりとして胸の内に残っている。
 もちろん仕事に手抜きはないし、最終的な完成度も遜色ないと自負している。
 現在ヤマトは停泊中とはいえ、限られた時間の中で目的を果たさなければならないヤマトにとって時間はなによりも貴重。
 それを個人的な感情で無駄にロスしたのではないかと考えると、気持ちがモヤモヤする。
 根が真面目なラピスはなかなか割り切ることができず、気恥ずかしさからエリナをはじめとする親しい大人に相談することもできず、ずるずると引きずってしまっていた。
 ――それで勤務時間外でも落ち着かず、いまもこうして寝付けないでベッドの上で悶々としている。
 ――部屋にいても落ち着かない。これなら機関室の様子でも見てきたほうがマシだ。
 ラピスはベッドから這い出すと手早く着替えて足早に機関室に向かう。
 ちょうどプロキシマ・ケンタウリ第一惑星で確保した耐熱金属を組み合わせた部品への置き換え作業も進展している。……確認作業の人手が増える分には構わないだろう。

 機関室に足を踏み入れると、徳川太助が相転移エンジン部分に取り付いて汗水流して整備作業に勤しんでいた。
 隣には山崎奨も指導のためか、マニュアルと工具を片手に口と手を出していた。
 普段から口うるさいと言われがちな山崎であったが、その表情は穏やかさを感じさせ、漏れ聞こえてくる会話にも棘は感じない。どうやら太助はよくやれているらしい。
 ――いつまでもこうして見ているのも悪いだろう。とりあえず挨拶をしておこう。

「こんばんは徳川さん、山崎さん。エンジンの様子はどうですか?」

 太助は驚いたように振り向いた。勤務時間外で就寝しているはずの時間なのだから当然だろうか。眠れないにしても部屋で休んでいるのが定石であろうし。
 山崎も同じような視線を向けつつ「どうかなさったのですか?」と尋ねてくる。
 ……彼は実の子同然の年齢のラピスにもこうして敬意を表してくれるので、上司としてありがたく思うと同時に少々申し訳なく思える。
 ――経験と実力、どれをとっても彼が機関長に相応しかったのだ。ラピスが割り込まなければ、彼がその立場に就いていたであろうし、それが相応しいのではないかと考えたことは一度や二度ではない。
 でも彼なら、自分の悩みを受け止めてくれるのではないだろうか。少しだけ、期待を抱いてしまう。

 一方で山崎は突然現れたラピスに戸惑っていた。顔を見ればなんらかの悩みを抱えているようではあるが、はたしてこちらから問いただすべきなのだろうかと。

「機関長? 今日はもう終わりのはずじゃあ……」

「ちょっと眠れなくて……」

 太助の問いに言葉短く視線を逸らしたラピス。
 太助と顔を見合わせて少し悩んでから、「なにか悩みごとですか?」と異口同音に尋ねた。
 ラピスは少し悩んだ素振りを見せたあと、周囲を見渡してから少し沈んだ声で悩みを打ち明けてくれた。
 ――その悩みは単純でありながら、それでいて根深いものだった。
 山崎もヤマト配属が決定され、上司になる立場の人間が年端もいかぬ少女であると聞かされた時、その素性を訪ねたことがあったが、こうした悩みを抱えていることにまでは考えが追い付いていなかったようだ。
 ――彼女は人為的に遺伝子調整を施された人間として生まれてきた。それゆえに普通の人間では持ちえないほど高いIFS適性を与えられ、より高度なオペレートが可能になっている。
 そういった存在ゆえに、まともな戸籍もなくずっと研究素材として扱われてきた経緯があり、紆余曲折のはてにアキトやエリナと出会い、その生活が激変したのだという。
 ふたりは人間として不完全だった彼女に対してよくしてくれていたのだという。
 ただ、当時の問題から(山崎はその『問題』というのがおそらく公然の秘密として処理されているアキトと火星の後継者との戦いに関することだと察した)あまり外部の人間と接することはなく、自分と他者との違いというものをあまり認知しておらず、漠然とした認識しかもっていなかったのだという。
 そしてその違いを身をもって知ることになったのがヤマト再建プロジェクトに従事するようになってからだった……と。
 ――彼女はヤマト再建作業においてシステムプログラム関連の作業に従事していたのだという。またユリカと接触してからは特に最後の最後まで形にならなかった機関部の再建作業に熱を上げていて、おのれの能力を隠しもせず存分に活用して挑んでいたのだという。
 もちろんそのおかげでヤマトは間に合ったわけだが、その生活の中で彼女は自分と他人の『違い』に関する決定的な言葉を耳にしてしまったのだ。

「遺伝操作で生まれた? へえ〜、つまり俺たちとは生まれた時から出来が違うってことか。じゃああの才能も納得だな」

 ショックだったと彼女は言った。多分その人物に悪意はなかったのだろうとも。事実件の彼がラピスを悪く言ったと言えるのは、彼女の知る限りではそれだけ。作業中に顔を合わせても表情や言動から読み取れる限りでは悪意は感じなかったし、いろいろと差し入れをくれたり休ませてくれたりと、気を使ってくれている人物だったとも語った。
 だが、偶然ではあったが聞いてしまった事実は消せない。
 自分がネルガルの研究所で生まれたことも『実験体』であり『改造された人間』だと言う認識はあったが、はっきりとした形で突き付けられたのは初めてだった、と。
 自分がどれほど素晴らしい仕事をしたとしても、『改造されているのだからできて当たり前』であり、そうでなければ問答無用で『失敗作』と呼ばれる存在なのだと、否応なしに突き付けられたのだと。
 ……その事実を意識した瞬間、ラピスは自分自身の在り方に迷いを抱くようになったのだと、沈んだ声で語った。
 それ以来彼女は時間の切迫しているヤマト再建作業は効率重視で与えられた才能を――IFSを使ったオペレート能力を使うことに抵抗を覚えてしまったのだという。
 だからヤマトに乗る決意を固め、機関部門の総責任者として第一艦橋の機関制御席を任されることになった時も、ほかの同類ふたりとは異なり制御システム改修の一切を断ったのは、忌避感があったからなのだと。
 ――なるほど、道理で不自然さが残る仕様になったわけだと、山崎はいまさらながら理解した。
 ……同じ遺伝子操作の結果『普通ではない』能力を得て生まれてきたルリとハリは、そのことに対してなにかしらの葛藤を抱いているようには見えない印象がある。
 山崎の見立てでは、ルリはとっくにそういったものを克服してしまっているのだろうし、ハリはまだそういった壁にぶつかっていないか、敬愛しているルリと同じなら誇らしいとでも考えているように思える。

(本来なら相談相手として最も相応しいはずのルリさんも艦長絡みであのありさまでは、なかなか相談相手に恵まれなかった、というところか)

 山崎はラピスとの人間関係において踏み込みが足りていなかったことを痛感した。
 山崎は別にラピスを軽んじているわけではないが、やはりまだまだ幼い少女というだけあって、距離感を掴みかねていたのは事実だ。上司として、そしてその手腕と知識に敬意を損なわないようにしていたが、年頃の少女に対する接し方としてはもう少し業務外で気遣いが必要だったかと猛省する。
 ――ついつい太助やほかの若造たちの教育ばかりに熱を入れてしまっていた。……少女相手にいつものノリで説教などできないし。
 さて、どうアドバイスすべきだろうか。
 年長者として山崎は少し考えこんだ。

 ……結局問われるままに悩みをすべて打ち明けたラピスは、気分が少し軽くなった代わりに羞恥を覚えていた。
 上司としては軽率な行動だったといまになって思う。弱みがあったとしてもそれを見せずに胸を張らなければ、部下はついてこないだろうに……。

「……その気持ち、ちょっとわかります。僕は遺伝子操作とかとは無縁ですけど、立派な父親がいましたから――その背中に憧れて同じ道を進みましたけど、よく父と比べられて……いまだって山崎さんにそうやってどやされてますし」

 太助の言葉にラピスは少し驚いたあと――山崎への視線が厳しくなったことを自覚した。

「それはだな……」

 彼は予想外の方向から切り込まれて狼狽えているようだが、いまのラピスにはどうでもいいことであった。

「偉大な親がいると、子供はどうしても比べられます。親父のことは心から尊敬してるしあんなふうになりたいとは願ってるんですが……やっぱり比較されると辛いときってありますよ……。失敗したときに親父が泣くぞ! とか……言われなくてもわかってるのに」

 ついに視線の温度が氷点下まで下がったことを自覚した。――頼れる大人だと思っていたのに。

「訓練学校の時は特に酷かったですよ。同級生はもちろん教師からも頻繁に比較されてましたし。――その点山崎さんはいいですね。口うるさくても指導に手抜きはないですし、現場でミスしたら叱責されるのはあたり前って言えばあたり前ですから。いまだってこうして休憩時間を割いて面倒見てくれてますし」

 ほう。山崎は違うといのか。

「あー……それはだな……ごほんっ!――俺はおまえの親父さんに世話になったことがあるからな。代わりにちゃんと背を押してやろうとしてるだけだ」

 ――なるほど。これは失礼な誤解をしてしまったようだ。反省しなければ。

「色眼鏡で見られる気持ちはわかりますし、結局大成したとしてもついて回ることなのかもしれない……でも僕はこの道を突き進んでいつか必ず親父に追いついて――追い越す。そんな色眼鏡を吹き飛ばすくらいに立派になればいい、スタート地点がどうであれ、これが僕の実力だ! って。機関長もいっそ開き直っちゃえばいいと思いますよ。IFSを使おうが使うまいが、機関長は立派なんですから」

 太助の言葉に思わず泣きそうになってしまった。こんなにも立派な部下を持てて私はとても幸せだと思う。

「なるほどね……IFSをやたらと忌避していたのはそういう理由だったわけね」

 聞きなれた声にぎくりと体を硬直させ、ギリギリと錆びた扉のようにゆっくりと振り返る。……いつの間にか機関室に入り込んでいたエリナの姿が視界に入った。

「え、エリナ……」

 なぜだか説教されそうな気がして身を縮こませる。

 そんなラピスの姿がおかしくて、エリナは薄く微笑んだ。

「ま、なんとなくわかってたけどね。いろいろと裏で注意喚起してたんだけど、ちょっと遅かったのか。にしても、そういう相談ならまずユリカにしておくべきだったんじゃないの?」

「でも――ユリカだって忙しいし……」

「あの娘もね、軍人の家系として高名なミスマル家に生まれて、その長女として扱われることを窮屈に感じてナデシコに乗ったような娘なのよ。そう、そこの徳川太助と同じような悩みを持って生きてきたんだから」

 ナデシコに乗っている当時は理解しようとしていなかったが、いまなら理解できる。
 だからこそ彼女にとってそういったしがらみが無縁のアキトは『王子様』だったのも、同じように(アオイ・ジュンを除けば)家名のしがらみをまったく気にしない連中の集まりだった『ナデシコ』という場所が、この上ない宝であったのだろうということも。
 そしていま、その場は『ヤマト』へと移った。
 厳密には『ナデシコ』までとは少々意味合いが違う。彼女は家名こそ振り切ったが、今度は『ヤマト艦長』として自ら縛られているし、エリナには名前以外の情報がほとんど伝わっていない『沖田十三』という人物の背を追いかけている。
 いまのラピスならそれを察せないわけがない。相談を持ち掛けることを遠慮する判断は決して間違いではないが、それはそれで保護者としては寂しさを感じる。
 ――アキトもエリナも、他人からの視線や評価などにそれ相応に悩まされた経験はあるし、なんやかんやでそれを乗り越えてきた。
 ――だからもう少し、もう少し頼ってくれたって……まあ人間関係の輪を広げていること自体はもろ手を挙げて喜んでいるのだけども。

「そうだったんだ……知らなかった」

「そうよ。アキト君だって、コックになりたいって願いながらもパイロットとして戦うことを求めれてたり、自分がなりたい自分と他人が求めてる自分ってのが上手く合致しなくて苦しんでたんだ経験があるんだから、口下手で要領を得た回答は得られないかもしれないけど、相談するのが無駄って人物でもないのよ?」

 少々手厳しいが、実際アキトにこの手の人生相談を持ち掛けても要領を得ない回答しか返ってこないのだから仕方がない。

「悩むことを恥ずかしがることはないのよ。人間誰しもそうやって大きくなっていくんだから。だから思いっきり悩んで、ひとりでどうにもならなかったら誰かに相談したりして、自分なりの答えを見つけていけばいいのよ」

 諭されたラピスはこくりと頷く。
 やはりこの若さと経験で、機関長という大任を拝命したのは負担だったのだろう、これからはもう少しラピスにも気を配らなければ、とエリナは思った。



 この一件もあってか、ラピスは太助、山崎両名と親密な関係となり、特に年齢が近い太助とは急速に仲良くなった。
 山崎も「上官に対する礼を失しない程度に相談にのりましょう。おじさん代わり思っていただければ光栄です」と提言してもらえたこともあって、以降技術面だけではなく身の上話――それも『家族』には打ち明けにくい話を山崎に聞いてもらうことが増えたのであった。

 ……が、そのことを知ったユリカが「頼ってもらえないよ〜……!」と滂沱の涙を流し、アキトも「そっか。もう親離れか……」と若干落ち込んだりして、そのことを知ったラピスが大いに慌てたという。



 …………ヤマトがオクトパス原始星団に捕らわれて二週間が経過した。
 旧ナデシコクルーの影響で比較的空気の軽いヤマトの艦内も、徐々に不穏な空気が蔓延しつつあった。
 些細なことで諍いが発生する様になり、脱出路を発見できない航海班もピリピリした空気を出し、艦内の空気をさらに悪くし始めていた。
 また、弱り始めたユリカが再び体調を崩して寝込んだのも事態を悪化させていた。
 というのも彼女は普段から艦内を見回ったり放送で一日の開始を告げたりと、過酷な航海でクルーが精神的に参らないように艦内を明るくしようとあの手この手を尽くしていたのだ。
 しかし体調不良でそれが敵わなくなれば、彼女へに心配が転じて不安となり、クルーたちの心の平静を奪っていった。



 艦長室で家族や友人に囲まれて心身を休めながらも、ユリカは艦内の空気が悪くなったと聞いてそれを解消する手段を色々と考えていた。

「――と、言うわけでルリちゃん、エリナ、協力して!」

 ベッドの上で上半身を起こし、世話に来てくれたルリとエリナに拝むように頼み込む。
 ルリは露骨に嫌な顔をして、エリナも渋い顔をするが……艦内の空気をこのままにはしておけないと、渋々ながら了承してくれた。なので次は――。

 艦長室に呼び出しを受けた真田と進は、一体何事かと不安と困惑を抱えながら主幹エレベーターを昇り、緊張しながら艦長室のドアを叩く。
 ……で、ドアを潜ったあとエリナとルリも合わせて艦長直々に要請を受けたふたりは、渋い表情で顔を見合わせてから――結局応じないわけにはいかなくなった。

「――なあ古代。断り切れない俺は弱い人間か?」

「――いえ、そんなことはありませんよ、真田さん……」

 艦長室を去り、後方展望室に傷心を癒すためにやってきた野郎ふたりは、互いの肩を抱いて慰め合う。

 …………彼らの仲がより一層深まったことは、言うまでもないだろう。



「はぁ〜い! 今日は日頃頑張ってるヤマトの乗組員のみんなを励ますべく、ウサギさんとお姉さんとお兄さんとトナカイさんが応援に来たよ〜〜!」

 そう、かつて第二回放送終了後にユリカが舞台裏で閃いたとおり、人気番組なぜなにナデシコのキャラクターとして握手会(写真撮影付き)が実施されたのだ。
 ウサギユリカとルリお姉さんを中心に、脇に控える生贄二名。
 普段から乗組員の憩いの場として、こういう時には有視界による天体観測の場として活気溢れる舷側大展望室。その右舷側がなぜなにナデシコ出演者のイベント会場に早変わりしていた。
 工作班主導の下、リサイクルも考えられた装飾で染め上げられた会場。そんな会場に足を踏み入れるべく廊下にすら連なるクルーの列、しかも長蛇の列だ。

 そんな盛況な会場の様子を遠い目で眺めるアキト。あのあと事後報告に近い形でこのイベントのことを聞かされ、文句も挿めず会場護衛の任についていた。
 ――いまアキトの心境は、窓の外を高速で流れるガスと微小天体の如く荒れている――ようなそうでないような。

「――みんな、娯楽に飢えてるんだな」

 出演者の傍らで、同じく護衛担当のゴートと月臣、サブロウタも無表情に頷く。
 予想外の盛況ぶりに言葉を失ったのは彼らも同様である。

「――アキト。艦長のアイデアに付き合わせれて大変だなぁ」

 パイロット仲間として、ルリの保護者として最近打ち解けてきたサブロウタにそう語られて、アキトはなんとも言えない顔をする。

「……本当は大人しくしてて欲しいんだけどね。サブロウタもありがとうな、手伝ってくれて」

「気にすんなって。ルリさんの護衛役なんでね。……しかしまあ、盛況だねぇ〜」

 そういうサブロウタ――つまりアキトたちの眼前ではなぜなにナデシコ出演者の握手会と写真撮影が行われている。
 基本的に希望すれば全員との握手や撮影、場合によっては複数のキャラクターと同時に撮影可能と言う大盤振る舞いのサービスに、大体どのクルーも全員分と撮影してホクホク顔で帰って行く。

(みんな、成人してるんだよな?)

 アキトはついつい首をかしげてしまう。
 よくも悪くも変わり者が多かったナデシコならともかく、職業軍人――それも敗戦一歩手前というか事実上の敗北を経験している軍人たちが半分は乗り込んでいるはずのヤマトなのに、どうしてこうもお遊びに真剣なのだろうか。
 ――いや、むしろ追い込まれ過ぎた反動なのだろうか。
 眼前では艦長自らが着ぐるみを着て先陣を切っている。
 ――嗚呼、結局真面目な軍人さんすら毒したのは我が最愛の妻であったか……。
 アキトは世の理不尽さというかなんというか、とにかくになにかを実感したような気がした。

 そういった外野の思いを蹴り飛ばしつつ盛況のイベント会場。
 基本的には握手と撮影のみだが、本当に病人かどうか怪しく思える溢れんばかりの元気にアキトやラピスすら魅了した着ぐるみの手触りが人気のウサギユリカ、羞恥で頬を染めているのが萌えと大人気のルリお姉さんが人気をほぼ二分していた。
 が、生贄枠の進と真田も専ら弄りネタ確保のためだろうが、そこそこ人に囲まれていた。
 それぞれお兄さんの格好とトナカイの着ぐるみといういつもの格好で、「ああ、早く終わらねえかな……」と魂が半分飛んでいる放心状態であった。
 もちろん握手や撮影を願うクルーたちの顔にも邪悪な笑みが浮かんでいたと言われ、それからしばらくは密かにからかいの種になっていたとかいなかったとか。

 なお、期待に目を輝かせながら列に並んでいたラピスは山崎を保護者代わりに同伴しつつ、半暴走状態で全員に飛びついてハグを求める羽目の外しっぷりであった。
 もしかしなくてもエリナのコスプレ趣味の影響を受けてしまったのかもしれない、とはアキトの言い分であり、エリナはその発言に対して静かに反論したという。――そっぽを向いて。



「ご苦労さま、進君。ユリカの無茶に付き合わせて悪かったね」

 優しいがとても強い同情の念が込められたアキトの視線に進は、

「――これで艦内の空気がよくなるのなら本望です……」

 と激しく疲れた顔で返す。
 イベントは無事成功と言える成果を収め、クルーたちの焦りもいくらか癒されたようだった。
 ――そうなってくれなければなんのためにこんな恥をかいたのかわからない。

「……いやほんとにありがとう。うん」

 アキトは痛ましげな表情でさらなる労いの言葉を送ってくれた。
 ありがとうお父さん。その言葉を貰えただけでもがんばった甲斐があったよ……。
 ナデシコCに乗る前の自分だったら断固拒否の姿勢を崩さなかっただろうに。本当に変わったと自分でも思う。
 ――十中八九、ユリカに振り回された影響だろう。これがいい意味での成長なのかどうかは判断付かないが、成長しないよりはいいのだと思う。心底。

「……この二週間、艦内をそれとなく見て回ったり、雑談やゲームに参加したりしてみましたけど、艦内の空気の悪さは目に見えていましたからね。ただでさえ一三日以上の遅れを出しているのにこの停滞。気が気じゃないのはだれしも同じでしょうし」

 これまでに艦内を巡って集めた情報をアキトに報告しておくことにした。彼の耳に入れておけば、自然とユリカの耳にも入る。
 自分で報告に行くのが一番早いのだが、どうにも時間が合わないのだ。

「話を聞いた限りだとユリカさんが倒れたことが堪えているクルーが多いようです。地球のタイムリミットまではまだ一〇ヵ月半の時間ありますが、ユリカさんの余命はあと四か月ちょっと。アキトさんが最初の口喧嘩で余命半年なんて口走ったから、時間がないっていう強迫観念が強いみたいです」

「…………」

 進の言葉を受けて、アキトは勢いで口走ってしまったことをいまさらながらに後悔しているようだった。
 あの状況では無理らしからぬことと思ってはいる。むしろユリカが想像以上にみなに慕われ、愛されていることが驚きであったとも思っている。
 失礼ながら、たしかにユリカは優れた指揮能力を持っている。が、その型破りな振る舞いに頭のねじが五・六本飛んでるんじゃないかと疑わしい言動や性格など、万人受けするタイプではない。
 にも拘らず目立った不満が聞こえてこないのは、このような過酷極まる旅路にあってはその性格こそが精神的支柱として機能しているということなのだろうと推測はできる。
 なるほどたしかに、これは機械では真似できない。これこそがいまもってなお生身の人間でしか発揮できない、『艦長に求められるアイドル性』というものか。

「いまはまだユリカさんが動けているからなんとかなっていますが、今後さらに病状が進行したら――」

「日程の遅れによるプレッシャーが、ますます強くなるだろうね」

 アキトの返答に進も頷く。これからは、だれもがこの命題と向き合っていかなければならない。
 ――だがはたしてどうにかなるのだろうか。
 ヤマトには、ユリカに肩を並べるほどの影響力を持った人間がほかにいないのだ。
 ルリもジュンも指揮官を経験したことのある優秀な人材ではあるが、ユリカの代わりが務まるほどの求心力はない。――特にジュンは日ごろの影の薄さがどうにも――。
 ルリはマスコットとしての人気はあれど、ことヤマト艦内に置いて『指揮官』としての評価が高いかと言われると苦しい。
 レクリエーションとはいえ、彼女はユリカに太刀打ちできずに敗退している。それに彼女はいろいろと精神的な脆さが知られてしまっている。
 ましてや彼女に白羽の矢が立つとしたらそれはユリカが倒れた時――彼女がヤマト艦長としての重みに加え、状態が悪化したユリカの未来を背負うことになったとしたら……結果は火を見るまでもない。パンクして終わりだ。

「避けては通れない道だとは思う。だけどユリカがイスカンダルまで艦長を続けられないかどうかはその時が来てみないとわからないんだ。いまは最悪の事態を避けるように全力を尽くすことを考えよう」

 アキトに肩を叩かれながらそう諭された。
 進は頷きつつも、そう遠くないうちにやってくるであろうその日への恐れを消し去ることができなかった。



 ヤマトがオクトパス原始星団に捕らわれてから、とうとう三週間が経過してしまった。
 解析そのものは遅々としてだが進んでいた。
 ヤマトが求める『海峡』と呼ぶべき場所の見当もついた。
 それはオクトパス原始星団のど真ん中。中央に四方を囲むように位置する四つの原始星が生み出す渦の中心部。それこそがヤマトが通過可能な嵐の目とでもいうべき開口部だ。
 星団の形状やガスの流れから、あるとすればここだろうと比較的早期から見当が付いていたのだが、流れが変わった暗黒ガスに飲まれないように移動するなどして観測位置が頻繁に変わってしまったことや、流れが一定ではなく観測機器の阻害をするなどしていたので、時間がかかってしまっていた。
 その所在と存在が確定したのは進展であったが、まだヤマトが通行するに十分な大きさがない。それにそこに至るまでの航路も確保できていない。
 だが、気流の流れを計測して今後の動きを計算した限りでは、数日中に必ずヤマトが通過できるタイミングがあるであろうことが判明し、この長きに亘る停泊にも終わりが見えてきた。
 しかし、三週間も足止めされたことで今後の航海ではたして遅れを取り戻せるのか、ユリカの命が持つのかという不安が増し、艦内ではますますピリついた空気が広まっていた。



「まずい……また艦内の空気が悪くなってきちゃった……」

「無理もないわね……ただでさえ時間の限られた旅だし、あなたの体調も気がかりだって意見も多いし。こればかりはどうしようもないわ」

 お風呂上りにエリナにマッサージで体を解して貰いながら、ユリカはなんとかしなければと対策を考え始める。
 なぜなにナデシコはネタがない。
 出演者による慰問イベントはやったばかり。
 ……なにかないか……ナデシコの二年間で培った経験でなにか……!

「……そうだ、まだひとつだけ――ナデシコの思い出がある」

「え?………も、もしかして、あれ!?」

 察したエリナに力強く頷いて答える。
 もう――これしかない!



「と言うわけで! 明日一三時よりミス一番星コンテストを執り行いたいと思いま〜す!」

 艦内放送で唐突な宣言をしたユリカに、半数以上のクルーが困惑させられた。『ミス一番星コンテスト』などといきなり前置きもなく言われて「あ、あれね!」と言えるのはそれこそ旧ナデシコクルーくらいだろうと、ルリは額を押さえる。

「参加者はおひとりでもグループでも構いません! 自分の容姿だったり芸に自信のある人は奮ってご参加ください! 優勝賞品はヤマトの一日艦長体験です!」

「あの、ルリさん……なんですかこれ?」

 戦闘指揮席で波動砲用測距儀を使った観測を手伝っていた進が、電探士席で作業を手伝っている自分に訪ねてきた。
 まあ無理もない。大事な前置きがごっそり抜け落ちているのだから。

「かつてナデシコAで行われたミスコンです。まあ、レクリエーションの一環だったと捉えてくれればおおよそ合っています」

 裏ではほかにも思惑はあったようだがいい方向に転がったのだからあえて語る必要はあるまい。
 そのイベントに飛び入り参加で優勝を掻っ攫ったのはルリ本人だが、結局恥ずかしくなって辞退、次点のユリカが繰り上げ優勝となったんだったか。
 ――いまとなってはもうあんなことはできないし、イベント自体に参加したいとは思えない。
 ましてやこの歳になってなぜなにナデシコに強制参加させられて、コスプレ姿を晒してしまっているルリだ。
 恥ずかしい以前にさらにハードルが上がってしまいそうで非常に面倒くさい。そもそも特に魅せたい相手なんて――いや、いないとまでは言えないのだけども……。
 などと悶々としていたルリに進は悪意なく容赦のない一言を浴びせてくれた。

「本当に非常識な艦だったんですね、ナデシコって」

「返す言葉もございません」



 結局「このまま憂鬱な気分のままでいるよりは……」という消極的な理由からミス一番星コンテストは粛々と開催され――たはずが異様に盛り上がってしまった。
 なにしろなにかのお約束と言わんばかりに美人揃いなヤマト女子クルー。ゆえに男性陣の話題でも「誰が一番美人なんだ」と論されることがしばしばであり、公然とした理由をもって彼女らを愛でることができる機会となれば、気合が入らないわけがない。
 という女性陣からしたらグーパンをお見舞いしたくなるほど下心満載の動機によって、コンテスト会場はすさまじい速度で設営されてしまったのだ。

「レディース&ジェントルマン! これより、第一回宇宙戦艦ヤマト・ミス一番星コンテスト! 一日艦長権争奪杯を開催いたしま〜す!!」

 盛大な拍手に煽られながら(作戦行動中の軍艦にあるまじき)ミスコンの開催が宣言される。
 開幕の音頭はナデシコで開催された前大会の(繰り上がり)優勝者であるミスマル・ユリカ艦長が勤め、その傍らには司会担当の座を奪い去ったウリバタケ・セイヤと哀れにも巻き込まれてしまったアオイ・ジュン副長が固めていた。

 ちなみに、「艦長は参加しないんですか?」という(彼女の体調を考慮すれば暴言に等しい)質問も飛んだが、それに関してはユリカ自身から、

「私、人妻だもん! それに、アキトの一番であれさえすればいいから……」

 と惚気を引き出す結果となった。
 質問者が二重の意味で失敗を悟って「はいわかりました理解しました!!」と遮り、後ろで睨みを利かせたエリナの威圧によって、彼女がアキトにしな垂れかかっていちゃつくという展開だけは阻止されたのであった。

 開幕早々危ういところであったが、男性陣は気を取り直して会場を注視した。
 なにしろほとんどの女性クルーが参加を表明してくれた一大イベントだ。気になるあの子が参加していれば、煌びやかに飾られた姿を見るチャンスとなり、意中の女性でなくても艶姿を見れるとあれば、溢れんばかりの衝動を抑えられないわけがない。
 男とは、そういう悲しい生き物なのだ。
 対する女性陣は不本意に見世物にされるこのイベントに消極的ではあった。が、彼女らにとっても客観的に見てだれが一番魅力的なのか、という答えには興味があったし、このまま悶々としているよりは、見世物にでもなっていたほうが気が紛れる……という消極的な理由から、いつしか互いをライバルと認め合ったガチンコ勝負へと発展してしまったのだ。

 こうした流れを冷静に見届けたイネス・フレサンジュは後に、「あの艦長の下にあっては、ヤマトであってもナデシコ化するのは避けられないってことね」という的確な感想を残したと言う。



 そして、楽屋裏にて。

「まさか……雪さんまで参加するとは思いませんでした」

 驚き半分呆れ半分のルリに雪はくすくすと笑いながら、

「あら、私もルリさんが参加するとは思わなかったわ」

 と返された。
 ルリが結局参加した理由はもちろん艦内の空気を鑑みてのことだ。こういったイベントに無縁そうな自分が出たとなれば、ほかの女性クルーも動いてくれるだろうと考えたから。
 ――ハリへのアピールなんて考えていない、たぶん、おそらく。
 対する雪は進へのアピールが目的であろうと予想している。それに生活班長としてレクリエーション自体に積極的であったという立場を鑑みれば、彼女は絶対に参加を拒否できないとも思うが。

「はぁ――人妻という方便で逃げたユリカさんが羨ましいです」

「うふふ。ルリさんはこういうの好きそうじゃありませんものね。――私も露出過多は遠慮したいけど、みんなの気分を盛り上げられるのなら、参加しないわけにはいきませんからね」

 ほらやっぱり。彼女は生活班長としての立場でこのようなイベントに参加できる。その社交性は本当にうらやましく思う。こればかりは軍人としてそこそこのキャリアを積んだいまであっても改善の傾向がない。
 ――うーむ。
 あ、そうだ。せっかくだから勧誘してみるか。

「それなら今度なぜなにナデシコが放送されるなら、ユリカさんの代役しますか? 番組の存続はともかく、これ以上ユリカさんに暴れられるのはありがたくないので」

「謹んでお受けします。……実は、ちょっと参加してみたかったのよね。いままでお声がかからなかったから自重してきたんだけど……」

 と意外な事を口にする雪にルリはびっくり仰天。

(……これが、これが生活班長としての矜持……! わ、私には真似できない……!)

 ルリは雪の職務に対する姿勢に驚愕した。まさかあんな番組でさらし者にされることに興味があったとは……!

「一度着ぐるみって来てみたかったのよ。どうせ着るなら相応の舞台で着たいものだし」

「……」

 勘違いがあったようだ。彼女も結構いい性格をしている。

 優勝候補ふたりがそんなやりとりをしている傍らで、サブロウタはリョーコに絡んでいた。

「あれ? スバル中尉は参加しないんですか?」

「しねえよ。恥ずかしいだろうが」

 頬を赤らめながら参加辞退を明確に示すリョーコに、サブロウタは両手を頭の後ろで組んで露骨にがっかりしていた。

「そりゃ残念。せっかく中尉の晴れ姿が見れると思ったのに」

 すっごく残念だ。火星の後継者事件で知り合って以来、時間を見つけてはアプローチを続けているのだがなかなか成果が出ない。
 態度からするに脈がないわけではないのだろうが――男勝りな態度に反して奥手で乙女な部分があるんだな、と改めて魅力を感じる。
 そのギャップがいい、もっと見たい。

「ばっ! なに言ってやがるんだこの野郎!」

 と脇腹に肘を捻じ込まれるが、照れ隠しの一撃なので悶絶するほどは痛くない。それでも不意打ち気味の一撃に「げふっ!?」と呻くが、こういったやりとりもまた楽しいものだ。
 ――マゾじゃないけれど。

(まあ、ヤマトの旅が成功してミスマル艦長が救われないことには――気が引けるんだろうけどな)

 脇腹を抑えて呻くふりをしながら、頭の中では冷静にリョーコを分析する。
 実際ユリカが実験の後遺症で余命幾許もないと知らされたときは誰よりも(それこそ家族のルリよりも)激しく憤り、激情も露に捕縛した火星の後継者の連中を全員殴り飛ばしてやると騒いでいたり、その後のヤマト再建に関わる無茶を知ったときも烈火の如く怒って「アキトを残して死ぬつもりか!」となじり寄っていたくらいだ。
 それからもパイロット室でアキトにユリカの様子をかなりの頻度で尋ねたり、ユリカが具合を悪くしたと聞けば問答無用でアキトを追い出して行かせようとするなど、かなり気を使っていた。
 ずっと、傍らで見てきたのだから自信を持って言える。

「――そんなに、見たいものなのかよ……?」

 リョーコの呟きに真面目な思考も一時停止して振り向く。いまなんて言った。

「え? そりゃまあ……気になるあの子の普段と違う姿を見たってのは当然の欲求と言いますか……まあ男なら、ねえ?」

 ドストレートに反応してみる。
 リョーコと知り合ってからはほかの女性に手を出していない、つまり本命であるのだから嘘偽りのない言葉だ。
 ――そもそもいまの地球の状況ではナンパに精を出す余裕なんてないし。声をかけてた女の子たちもいまは生きるのが精一杯、どころか何人かは訃報も聞く羽目になった。
 一応それとなく手を回して少しでも生き残れるようにと力を貸しはしたが……はたして無事だろうか。
 ヤマトが戻るまでに、何人が生き残れるのだろうか。
 などと少々シリアスな思考が頭を過ったのだが、思わぬ直球発現を受けてかさらに赤くなるリョーコ。
 おお、可愛いでないの!
 追撃しようかとも思ったが、機嫌を損ねたり場の空気を悪くしても悪手だろうと思って自重しておく。ただ、一言だけ告げておきたい。

「俺、マジだからね」



 『ミス一番星コンテスト』は熾烈極まる投票の末、雪を辛うじて退けたルリの優勝で幕を閉じた。
 悔しがるほかのクルーの嫉妬と羨望の視線に晒されながらトロフィーを受け取り、一日艦長の権利が授与される。
 わざわざ用意された「一日艦長」の札が張られたユリカと同デザインのコートと帽子を渡され、次の日には艦長席にも座る羽目になったことには困惑を隠せない。

「さすがに艦長席は……」

 辞退したかったのだが、

「艦長が艦長席に座らないでどうするのよ。せっかくだから体験体験」

 てな感じで無理やり座らせれてしまった。
 ――艦長席から望む第一艦橋の景色は、自分が最高責任者なのだと嫌でも実感させてくれるようなプレッシャーを感じさせてくれる。
 人類最後の希望――ヤマト。
 艦隊旗艦を担ったことがあるナデシコの艦長経験があるとはいえ、単独で過酷な任務に投入されるヤマトの異質さには到底及ばない。
 なるほどたしかにユリカがナデシコ時代よりもマジな態度が多いわけだ。

 ふむ。気乗りしていなかったがこれはユリカを公然と休ませる良い機会だ。今日一日だけでも羽を伸ばしてもらおう。
 幸いにも今日という日に海峡通過のタイミングは巡ってこなかった。ユリカへの引継ぎも考慮した書類整理などは普段の手伝いの延長と考えれば苦ではなかったし、ジュンという頼れる副官がいればなんのその。
 一日の終わりにエリナに聞いた限りでは、ユリカはアキトとラピスを引き連れて映写室で定期的に行われている映画の上映会を楽しんだり、娯楽室でほかのクルーを巻き込んだ簡単なゲームで無双したりしていたらしい。



 そしてヤマトがオクトパス原始星団に捕らわれて三〇日が経過した。
 これ以上の停滞は許されないといよいよもってクルーがかんしゃくを起こしそうになったその時、ついに待望の瞬間が訪れた。

「艦長! 海峡への航路が開けています!」

 待ち望んでいた瞬間に艦内が活気付く。これを逃したらもしかしたら期限内に抜け出せないという危機感もあり、超特急で出港準備が進められていく。
 待ち望んだ機会に航海班――特に班長たる大介の気合はすさまじかった。
 おそらくこれが最初で最後の機会と、操縦桿を握る手にも力が入っているのが後ろ姿からでもわかる。

「探査プローブを発射します。目的の空間が海峡であることを確定させ、可能な限り航路の設定を行います」

 ルリはユリカに伺いを立ててから探査プローブを撃ち出す。
 この宙域の規模と環境を考慮すると、使い捨て可能で無人の探査プローブ以外に選択肢はない。あとはプローブが収集した情報を電算室をフル稼働させて解析し、この千載一遇のチャンスをものにする。
 第三艦橋に直行したルリは、大盤振る舞いの大型探査プローブ六発を撃ち出して広域探査を試みた。

 探査プローブはロケットモーターを点火、弱まったガスの嵐の中を突き進みアンテナを展開、ヤマトの目となり耳となり情報を集め出す。
 まるで無限にも思える数分が過ぎ去った。探査プローブはガスに飲まれてバラバラに分解されるその瞬間まで、ヤマトの航路を導き出す貴重な情報をもたらしてくれた。

「――解析を終了。確度は七割程度ですが、ヤマトが通過可能で反対側に繋がっている可能性の高いトンネルのような空洞を発見しました。予想どおり渦の中心部、芯を貫くように航行すれば、分解されることなく通過可能であると判断します」

 ルリが集めた情報を解析したハリの報告を受けて、大介は操縦桿を握る手に力を込めてユリカの指示を待った。

「そこまでわかれば十分よ。リスクは高いけれどこれ以上ここで足止めを食らうわけにはいきません。……ヤマト発進! 最大戦速、海峡に向かった突撃!!」

「了解! ヤマト、発進します!!」

 待望の指示を背に受け、大介はスロットルレバーを全開にしてヤマトを発進させた。
 緩やかになっているとはいえガスの流れは依然として強く、いつどのようなタイミングで強くなるかわからない。
 大介はラピスに最大出力の維持とエネルギー増幅を依頼しつつ、ハリが導き出した航路データに従って操縦桿を捻った。

 ヤマトは最大戦速で渦巻くガスの中心目掛けて突撃を開始する。
 渦に近づくにつれてガスの流れは激しくなる。水で結びついているという解析どおり水の流れも随所に見られ、超高温の水の流れも襲い掛かってきた。
 ガスの中には塵とでも言うべき微天体が無数に流れ、展開したフィールドの表面にひっきりなしに激突しては砕けていく。
 ヤマトの表面を覆うように展開したフィールドでは安定感が足りない。いっそラグビーボール状の従来方式で展開を――いや、負荷は減っても安定させるには物足りない。ならばいっそ、

「大介君、安定翼展開。翼を使って気流に乗って安定させて!」

 ユリカの指示に従いすぐに多目的安定翼を展開する。
 艦側面、喫水部分の装甲シャッターが開いて中から分割された多目的安定翼が姿を覗かせる。くみ上げられながら巨大なデルタ型の翼へと変じ、ヤマトの空力を補助する。

 安定翼を開いたヤマトは、ガスの中をあっちへふらふら、こっちへふらふらと蛇行しながら前進。主翼の、メインノズルの尾翼の動翼も動かして気流の流れに乗りつつ、ヤマトは一歩踏み外せばバラバラに分解されかねない危険な航路を突き進んでいく。
 大介は額に汗をびっしりと浮かべながら、操縦桿に加え各種スイッチやレバーを絶え間なく操作、必死の思いでヤマトを操るが、中心部に近づくにつれて流れが一段と激しくなり、とうとう手に負えないレベルにまで激しく揺さぶられるようになっていった。
 その困窮を見かねた進はたまらず進言した。

「艦長! 予備操縦席を使って島のフォローをさせてください」

「許可します! 助けてあげて!」

 ユリカの了承を受け、進は安全ベルトを外して揺れる第一艦橋の床をよろめきながら、左隣の予備操縦席に転がり込むように座り込む。
 本来は操舵席が破損した時の予備として用意された席であったが、操舵席のバックアップとしても操縦を補佐する使い方もできる。

「――すまん! 古代!」

「やるぞ島! 力を合わせてこの荒波を乗り越えるんだ!」

 進も波動砲の砲手として操縦のレクチャーは受けている。その先生はほかならぬ大介だ。技量は到底及ばないまでも、補助くらいなら……!

 ふたりは息を合わせてヤマトを操り、縦横無尽に流れるガスの奔流の中を進んでいく。
 異なるガスの流れにぶつかる度にヤマトの艦体が大きく揺れ、進路が定まらなくなるのをふたりがかりで抑え込む。
 額から滝のような汗を流しながら、ルリとハリの助けも借りて必死にヤマトを目的の航路に乗せて進ませる。
 ガスの流れに負けないよう、機関部はエネルギー増幅を繰り返して推力を確保、メインノズルと補助ノズルからは煌々と力強く噴射が続いた。

 そうやって二時間近い時間が流れた。
 無限に続くかと錯覚しそうになるほど密度の濃い時間を過ごしたヤマト。
 だがついに海峡を通り抜け、反対側に抜け出すことにせいこうしたのだ!
 眼前の宇宙はまだ暗黒星雲に包まれているようだが、銀河中心側に比べると濃度が薄い。
 ヤマトは密度の薄いガスの中を全速力で駆け抜けていく。
 そしてついに、暗黒星雲の隙間を見つけ出した! その先には久方ぶりとなる星の海が広がっているではないか!

「……抜けた」

 大介がやり遂げたと、万感の思いで呟く。

「やったぞ島! さすがはヤマトの航海長だぜ!」

「古代……! いや、おまえが手伝ってくれたおかげだ! ありがとう古代!」

 互いに座席から飛び出したふたりは互いの手を取り合って成功を喜び合い、互いの肩を抱き合って力なく床に座り込む。

「みんな、よくやったよ! これで、ヤマトは銀河系を離れて銀河間空間に進出した……私たちはオクトパス原始星団の試練に打ち勝ったんだよ!」

 ユリカの言葉にクルー全員が、とうとう銀河系すら飛び出したことを実感した。
 これでヤマトは地球から約二万五〇〇〇光年の距離を進んだことになる。
 思わぬ足止めを食らってしまったが、着々と大マゼラン雲に――イスカンダルに近づいていることを実感するには十分すぎる出来事であったと言えよう。
 それに計算では、この銀河間空間では銀河同士に作用する重力場の影響こそあれど、銀河内や恒星系の中に比べるとワープへの干渉は小さくなることが予測されている。
 改修が進んでワープ性能が向上しつつあるいまのヤマトなら、もしかしたら二〇〇〇光年以上の大ワープも実現できるかもしれない。
 そうすればすぐにでも遅れを取り戻して使命を果たせる。そんな期待が胸に満ち溢れ、互いの健闘を称えあう。
 そこに長き足止めによるギスギスした空気は存在していなかった。
 さあ、挽回の時が来た!
 この遅れを取り戻してヤマトはイスカンダルに往く。
 次の指標は銀河系と大マゼランの中間に位置するとされる銀河間星――自由浮遊惑星のバラン星だ!



 苦難の末、ついに宇宙の難所を超えたヤマト。

 その背後には母なる太陽系を含む天の川銀河がある。

 再びこの地に戻ってくるためにも、急げヤマトよイスカンダルへ!

 人類滅亡とされる日まで、

 あと二七九日しかないのだ!



 第十三話 完

 次回 新宇宙戦艦ヤマト&ナデシコ ディレクターズカット

    第十四話 次元断層の脅威! ヤマト対ドメル艦隊!

    宇宙の狼、ヤマトと出会う。

 

 

第一四話 次元断層の脅威! ヤマト対ドメル艦隊! Aパート

 







感想代理人プロフィール

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代理人の感想 
ナデシコに出てくる女性陣はみんなメシマズが宿命なのかなあw(食堂組を除く)

色々苦労してたけど、終わってみるとクリスマスと美人コンテストやってただけってイメージになるのがナデシコらしいと言うかw





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